なにも聞かないでくれるんだね

厳しい寒さもようやく和らぎ始めたこの時期。今日は日差しが強く、いつもより暖かく感じた。

「わっ、まったまったまった!ストップ、わぁぁっー!!」
「ッ」

ドンッッ!バンッ!バコンッ!
カートがコース脇の壁にぶつかり停止すると、隣に座っている勝己は俯き、わなわな肩を震わせ怒りを露わにする。

「ッなぁ〜にが、"免許証の色は黄金だからね"だッッ!!貸せ!」
「これ運転変わっていいの?……って後ろから来ちゃう!発車します!」
「すンな!!」

ハンドルを切りアクセルを思い切り踏めば、ヴォォンとエンジン音が鳴る。「テメェ!カーブでブレーキ使わねェならアクセル踏むな!」「私達が乗ってるのはゴーカートだよ?思い切り走り抜けなきゃ意味がないじゃん」「なら事故ンなや!」言い争いをしながら途中ハンドルの主導権は隣から伸びてきた勝己の手に乗っ取られ、無事ゴールすることが出来た。

「お前、絶叫行けんだろ」
「ムリだよ。怖い」

ゴーカート乗り場から離れると勝己はゲッソリしていて眉間に皺を寄せながらそんなことを言う。私の運転、絶叫並に怖かったと言いたいのだろうか。運転している側としては少しスピード上げすぎたのと色んなところに追撃しちゃったくらいなんだけど。

目的のものは乗ったしそのまま帰るのかと思ったのだが、どうやら違うらしい。昼食を済ませると違うアトラクションに乗ると勝己は言った。私でも乗れそうなものをいくつか回り、チュロスを食べ、傍から見ればデート中のカップルみたいな時間を過ごす。
そろそろ良い時間だろう。そう思っていたのに「最後にあれ行くぞ」と指差したものに絶句した。

「ムリですけど」

あれ、と指し示したのは樹上アスレチック。筋力と度胸とやる気がなければ到底クリア出来そうにないあれを、私にやれと……?
勝己ひとりで行ってきてよ、私見てるから。そう言おうとした時、ある人物が視界に入った。元カレ。数ヶ月前に別れた男がスーツ姿で歩いていた。この場に相応しくない格好でコーヒー片手に歩く彼はきっと仕事でここに来ているのだろう。いろんな場に行き、自社の商品を紹介する仕事をしていると言っていたから。

「勝己行こう」
「あ?ムリって」
「筋力と度胸とやる気が湧いてきた」
「は?」

鍛え上げられた硬い背中を両手で押し、入口へと向かう。元カレは良くも悪くも他人に興味がある人だから、こんなところを見られたら終わるし、面倒くさい。隠れるつもりでやることにした。
けれども。

「むり。むりむりむり。こんな所渡れない……!」
「下見んじゃねえ。こっち走って来い」
「違う。怖いんじゃなくてもう走れない。体に力が入りません」
「あ?」

木の上を命綱ひとつで進んでいくアスレチック。今、私が直面しているのは横倒しになっている丸太の上を進んで行くというコース。
普段使わない筋肉と高所にいる緊張から変なところに力が入り、初めて数分で体は言うことを聞かなくなっていた。
勝己が言うように走って渡ればすぐ終わる簡単なもので、ここを乗り越えればあとは降りるだけ。恐怖より体が動かないと言う私に勝己は理解不能といった表情をするけど、あなたの周りにいるヒーローと一般人である私は違うんです。
でもここは、二人で乗ってはいけない場所だし、呼ぶなら係員さんしかいない。目の前の男なら個性を使って飛んで来てくれそうだと思うも、それに気付いたのはずっと先のことで。

「全速力で走るからそっちで受け止めてー!」
「……わかった」

あとの事は考えず、走り抜くことだけ考えるなら出来るかもしれない。その先は勝己がなんとかしてくれる。泣け無しの筋肉と度胸とやる気、全てを発揮し、丸太に足を乗せ、そのまま駆け抜けた。

そして、ポスッと音を立てて顔面から勝己の胸へと突っ込んだ。まずい、勢いあり過ぎた。これはキレられるかもしれないと中学の爆豪勝己を思い浮かべ上を見れば、ぱちっと目が合う。なんか。

「ちょっと嬉しそう?なんで?」
「あ゛ァ!?」

嬉しそう。いや、照れてる……?何故?無意識に口から出た言葉は、目の前にいる男のキレ具合を見て初めて自分が何を口にしたか自覚する。
照れているなんてそんなバカな。体に限界がきて脳が正常に動いていない、ただの思い違い、錯覚。勘違い。幻覚だ。

未だ全体重を向こうへ預け動けないでいるが、残りのミッションはターザンみたいにして降りるだけ。ここまでずっと私の願いを聞いて勝己が先に進んでくれていたけど、最後は私を先に行かせてくれた。キレつつ、文句を言いつつ、手に力が入らないと弱音を吐く私が落ちないよう気を遣いながら先に送り出してくれる。
そうして勝己の手を借りながらなんとか出口までやって来れた。

「筋肉痛が今来るなんてまだ若いかもしれない。力が入らない」
「ただの筋肉疲労だ、カス」
「ああ〜じゃあ明日筋肉痛じゃん」
「来んのは三日後だろ」
「もっと早いよ!たぶん」

ああ〜つかれた。もう帰ろう。早く横になりたいとなんとか踏ん張って体を動かしていると、大きなぬいぐるみが目に入った。あ、あのキャラだ。私が中学時代に激ハマりしていたキャラクター。懐かしいと思いながら、置いてある棚に視線を奪われていると、ぬいぐるみ以外にもいろんなキャラクターグッズやおもちゃが並べられているのに気付く。

「ここで本日最高記録が出ました!!いやッ!?新記録!!俊足ヒーローの記録を抜いて一位!!お名前は!?」

アスレチック出口付近で突如として響き渡った喚声。そういえば私達がやったコースとは別にタイムを競うアスレチックコースがあったことを思い出す。

「時間制限内に戻ってくれば貰えるってこと」

軽くインタビューを受けた人は棚から景品を受け取っていた。カップルで来ていたみたく、選んだのは今流行りのキャラクターものグッズで彼氏が彼女へ贈る。素敵だ。
そう思うも私は早くこの体を休めたい。家に帰りたい。視線を戻し止まった足を動き出そうとした時、目の前の男は言った。

「やる」
「……」

言うと思った……!本日最高記録。新記録。一位。そんな単語はこの男に聞かせてはいけないのだ。

「わかったよ。いってらっしゃい」

私はその辺のベンチに座ってるから。受付に向かう姿に背を向け、微妙にアスレチックが見える位置にあるベンチへ腰掛ける。
そして、結果は言わずもがな。

「またまた出ました!新記録!!今までの記録を大幅に更新ッッ!!」

キャップを被っていても人間離れした動きで周りの目を引き、受付の際ダイナマイトと気付いたであろうスタッフの人は配慮して名前までは質問しなかった。しかし、圧倒的スピードと周りを魅了する身のこなしから、有名ヒーローと気付いたお客さんは多数いて。


えっあれダイナマイトじゃね?
ほんとだ!なんでこんな所に!?
すげえ!かっけえ!個性使ってないのにめっちゃ速かった!
サインとか貰えんのかな
勝手に撮ったら怒られんぞ
もしかして烈怒頼雄斗もいるんじゃない?
二人で遊園地?熱愛出てる女優とじゃない?


徐々に人は増えていき、当の本人は満足そうに記録タイムを確認し、景品を選んでいる。このまま私のところに来たら更に注目の的になるんじゃないか。そっと立ち上がり、トイレにでも行こう、行先は連絡しとけばいいやと考えた時、あることを思い出した。

「勝己の連絡先、知らないんだった」

本日二度目。自分から教えなかったくせに今は勝己の連絡先を聞いとけば良かったなんて自分都合な思考に陥る。どうしよう。ここにいた方がいいかな。でも少し離れるくらいだし、園内に入ればいつか会えるか。うん、大丈夫。
ひとりその場で頷き、立ち上がる。足早にトイレの方へ向かい、人が少ないところで騒ぎが収まるのを待っていること数分。人影が目の前で止まった。

「お前なんでここにいんの?」
「……うわ」
「元カレに向かってその反応どうなのよ」

やって来たのは目当ての人物ではなく、数ヶ月前に別れた彼氏。どこか急いでいるよう見える理由は、仕事関係ではなく騒ぎの真相を嗅ぎつけやって来た、に一票。

「それよりダイナマがいるって聞いたんだけど見た?」
「見てない」

やったあ、当たったあ。なんて心の中で喜べるのは体の疲労が限界突破しているからということにしよう。

「あっちのアスレチックにいるんだとよ。しかも熱愛出てる女優と来てるってネットで流れてきた。一緒に見に行くか?」
「行かない」
「だよな。つーか、お前ひとり?ツレは?まさか、男に置いてかれたとか?」

質問が多い。早くダイナマイトのところに行ってほしくて「そんなところ」と答えれば、仕方ないと言った顔で手首を掴まれ立たされる。

「ちょっ、」
「仕方ねぇから一緒に来いよ」
「嫌なんだけど!?」
「ついでに今日相手してやるから」

相手をしてやるというのは、そういうこと。こんなことになるなら注目の的になってでも、あの場に残れば良かったと後悔する。そう思った時、救済の声は耳に届いた。

「今日コイツの相手すんのは俺なんだが?」

グイッと背後から手が伸び、体が後ろへ倒れると硬いものに当たり、それが勝己の胸筋だと認識するまで数秒。

「は?ダイナマイト……?なん、……は?」

私とダイナマイトを交互に見て信じられないと驚愕した表情で固まる元カレを無視し、こちらを見下ろした勝己は言う。

「勝手に居なくなンな」
「ごめんなさい」

体の疲労が限界まできていることを知る由もない元カレは未だ勝己に体を預けている私と、私達の距離感を見て違和感を覚えたのだろう。

「付き合ってん、のか?」
「付き合ってな」
「俺、前付き合ってたんだけどこいつはやめといた方がいいっすよ」

付き合ってないと言い切る前に元カレは侮蔑した笑みを浮かべて、私がいかにダメな人間か勝己に助言し始める。

「生活能力ねーし、料理、掃除家事全般出来ない、金遣い荒くて貯金もない。なんも気にせずにんにく料理食べるわ、歯磨きする時ブスだし、薬飲んで喉に詰まらせて吐き出して汚ねぇし、やめた方がいいぜ?」
「汚ねェな」
「だろ?」

なんか凄い二人にディスられてるんですけど。ここは流れ的にそんなこと言うなって私を庇ってくる立場なんじゃないの?怒ってくれる状況じゃないんですか、勝己さん。何で同意してんのよ。
本人も予想外の返答に気を良くしたのか、最初こそは勝己の機嫌を窺うように話していたのが途端に嬉々として饒舌になる。

「知ってるか分かんないっすけど、これ無個性なんで。子供なんか産まれて無個性じゃアンタの立場ないんじゃないっすか?」
「……」
「しかもこいつ、血も涙もない女でさ」

私を"これ"と呼ぶところも、調子の良さも、プライドの高さも、口の軽さも。全部、何ひとつ変わっていない。次に出てくる言葉は容易に予想出来たから阻止しようとした。彼は私の過ちを知っているから。「言わな……」

「人殺し」

言葉に反して軽い口調で言われたことだが、他人からそれを突きつけられると、心の奥に鉛を落とされたように重く、重く沈んでいく。
私を無個性だと思っているのは、ただの彼の勘違い。
私を人殺しだと思っているのは、バレてしまった事実。

「だから付き合わない方が……」
「失せろ」
「えっ?」
「失せろっつってンのが聞こえねェのか」

勝己によって体を反転させられ、今度は顔を胸筋へ押し付けられる体勢になる。そうすることで、視界には向こうの上着しか映らないし、頭を抱え込む形で片腕を回されるから声も聞こえにくい。ただ、反転させられている一瞬、勝己が殺気にも似たただならぬ雰囲気を纏っていたことは分かったし、表情から静かな怒気を孕んでいるように見えてしまった。

こんなことで怒る必要ないのに。思ってるより全然気分は落ちていないし、思ったより傷付いてもいない。できればさっきの発言の深掘りはしないで欲しいと願うだけで。
逃げるように去る元カレに勝己は「余計なこと書き込むなよ」と威圧感ある声色でヒーローらしからぬ脅しのようなことを言った。


「それ、どうしたの?」
「あ?」

元カレが居なくなると辺りが静寂に包まれる。勝己から離れ一番最初に目に止まったのは、手に持っている大きなぬいぐるみ。さっき見てたもの。私が昔ハマっていたキャラクターで、中学の頃勝己がお土産で買ってきてくれたやつ。

「……やる」

視線を逸らし、ぶっきらぼうにそれを差し出してくれて素直に受け取った。新記録出すためにやったんじゃないの?もしかしてこの景品を貰うため?いや、両方?理由はどうであれ、私がこのキャラクターを好きなのことを覚えてくれていたことが嬉しい。
勝己には似合わないほど可愛らしいぬいぐるみと、さっきまでドスの効いた声を出していた人とは思えないくらい気恥ずかしそうにしている姿を交互に見て、つい笑いが込み上げてきてしまった。

「ふふ、ふふふふふっ」

両手で顔を覆い、肩を振るわせながら声を抑えて笑う。すると、訝しげな顔をされたから素直に答えた。

「勝己がぬいぐるみ持ってるのが可笑しくて」
「あ!?ぬいぐるみ持つのに可笑しいもクソもねェだろ!てか、お前これ好きなんじゃねーのかよ。さっき見てたろ」
「中学の時は好きだったけど」
「今は」
「今も、今好きになった」

受け取ったぬいぐるみを掲げて見つめながら言った。意味不明な日本語を話す私に片眉を上げて、理解不能と言いたげな表情で首を傾げられるから自分でも変なことを言っているって自覚はあると心の中で呟く。

欲しそうにしていたから貰ってきてくれたの?

なんて聞いたら、きっと不機嫌そうに眉を顰めるだろう。
空を背景に持ち上げていたぬいぐるみを両腕の中に閉じ込めると「帰るか」と言われ、腕の中にある柔らかなもので上がった口角を隠すように口元をそこへ埋めてから頷くと、頭を撫でられた。

何も聞かないでくれるんだね。

駐車場に着くまで特別話すこともなく、車に乗って直ぐ「メシは?」「なにも食べれない。体がもう限界です」とか「もうちょい鍛えろや」「鍛えなくても生活できるんで」など普通の会話をしているうちに、抱きしめているぬいぐるみに顔を乗せて眠ってしまった。この子、癒しの効果がある。やっぱり好き。

勝己は眠る私を横目に静かに運転し、信号待ちの間はこちらを見て、少し遠回りをして帰ったことなんて気絶したように眠っていた私には知りえぬ事だった。



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