遅刻、寝坊、ゆめ?

自然と目が覚めた。スマホで時間を確認すると、八時五十分の表示。本日、土曜日。仕事じゃないことに安堵し、二度寝をするため再び目を閉じた。

土曜日……?

土曜日。
九時。
朝の。

「……やばい」

バッと音を立てて体を起こす。「九時に迎えくる」先日交わした約束を思い出し、スマホを取り電話帳を開いた。時刻は八時五十分。あと十分。

「勝己の連絡先、知らないんだったぁぁ」

今となって連絡先を交換していないことに気付く。どうする?あと十分はある。きっと勝己はもう来ている。目立つからと言って迎えはいつも家から数分歩いた場所で待ってくれるから今回もそこに居るのは確か。
急いで歯を磨き、顔を洗ってスキンケアを済ませると、パジャマの上から大きめのパーカーを羽織った。ついでにフードを目深まで被り、サンダルを突っかけたまま家を飛び出した。


「いた。……勝己!!」
「お前、」
「ごめん!本当にごめん!!寝坊した!」
「なんつー格好で外出て来とンだ!?」
「とりあえず車どこかに置いて、私の家来て!準備に二時間かかるから」
「二時間だァ!?」

返事を聞かず、私は急いで家へ駆け戻った。それから暫くしてインターホンが鳴り、勝己が家に上がる頃には着替えとベースメイクは終わっていた。

「いらっしゃい。意外と三十分で終わりそ……」
「っ!?テメェ!!なんつー格好してンだ!?」
「え?」
「下履けや!!」
「あ」

意外と三十分で終わるかもしれないと言いかけた時、怒鳴り声で遮られたため自分の下半身に目をやると、何も履いていない状態だった。とはいえ裾の長い服だったから何も見えていないし、何より先日、裸同然の姿を見られているんだからこれくらいどうってことないと思ったのだけれど、どうやらそういうことじゃないらしい。「この前一緒にお風呂入ったじゃん」「そーいうことじゃねえ!クソが!」と言われた。

「お目汚しすみませんでした」
「ッントにな!」

目を吊り上げてキレる勝己を置いて急ぎ着替えた後、コーヒーを手渡した。爆速で終わらせます、と勝己をソファへ誘導し、自分はその前に座って卓上鏡を使い顔を作ることに集中する。
コーヒーを啜りながら焦んなくていいと言ってくれたが、気遣いの言葉は耳に入らず、適当な相槌を打ってしまった。

「聞いてねェだろ」
「うーん」
「……絶叫、怖ェらしいから乗るか」
「うん」
「お前、乗れるようになったンかよ」
「うん」
「ぜってぇ乗るぞ。言ったかんな」
「……え?なにを?ごめん、聞いてなかった」
「ケッ」

手を止めて後ろを振り返ると、勝己は何故か不貞腐れていた。特に理由を言うわけでもなさそうだったから、再び顔を作るのに集中すれば、無言の空間が生まれる。ついでに視線も感じ、さっきまで気付いていなかったそれにまたも手を止め後ろを見ると赤い瞳とぱちりと目が合った。

「勝己、ひま?」
「てめーのせいでな」
「じゃあ、アイロンしてくれない?髪」
「は?」

こんな感じに、と"ストレートアイロンで綺麗に巻く方法"というショート動画をスマホ片手に見せれば、想像以上の食い付きで前のめりになって視聴するから目を丸くする。えっ本当にやってくれるの?いや、言ったのはこっちなんだけど……。ちょっと揶揄ったというか、半分冗談、半分本気くらいの気持ちで。

「えっと……、やってくれんの?」
「あ?やってほしいから見せたンだろが」
「まあそうだけど。てか、これ巻くやつだ。これは結構難しいから、ただ真っ直ぐにしてもらえばいいからこっちの……」
「あ゛ァ?俺に出来ねェッてか!?」
「いや、そうは言ってないけど」
「巻き殺したるわ」
「まきころす……?」

アイロンするのに一応何種類かのヘアクリップを用意したら動画を見つつ当たり前のように使い、当たり前のように髪を巻いてくれた。メイクする私に支障がないよう丁寧に、そして私より上手に。

「すご!慣れてるねえ。髪巻くの初めてじゃないでしょう」
「初めてだわ」
「ウソつけ」
「ホントだアホ」

そうだった。この子、昔から才能マンだった。
巻き終わるのと同時にメイクも終わり、全ての準備が整ったから家を出ようとした時、勝己が呆れたように「戸締りくらい確認しろや」と言う。

「今日開けてないし」
「そういう問題じゃねぇ。火も」
「料理しないし」
「だとしてもだ!!」

テメェの生活能力クソだな、と悪口を吐かれつつも私は全てを確認してくれる勝己を眺めるだけ。「ありがとう」「マジでな!」キレながら家から出て行く勝己について行こうとすれば鍵をかけ忘れる。「鍵」「あ」言われてやっと気付くと、今日だけだろうなと言った表情で睨まれ、勝己は呆れを通り越して引いてた。私の家に盗めるものなんて何もないし、盗まれて困るものもない。貯金なんて一銭もないのだから。





「それこぼすんじゃねェぞ」

それ、とはコンビニで買ったおにぎりのこと。家から勝己の車を停めている駐車場までの道中にあったコンビニで朝食を買うよう促された。時間がない時は朝食を取らない派だが、それを言ったところで取るよう言われそうだから大人しくゼリー飲料だけを手に取りレジへ向かおうとすれば、ヤツはおにぎりコーナーへ行き、私が昔から大好きなシャケおにぎりへと腕を伸ばしたからすかさず横取りした。
「勝己も食べる?」「いや、」歯切れが悪そうに口を閉じるから、やっぱり私に買おうとしてくれたのかと自分で支払い出来たことに安堵する。
先日何も食べないで倒れたことが災いしての行動だと思うと、過去の私にたくさん食べとくよう注意したくなった。

もぐもぐ。助手席に座り、変わりうる外の景色を眺めながらこぼさないよう注意を払っていると、突然車が急旋回したかと思えば停車し、上体が運転席の方へ持ってかれる。同時に手からおにぎりが離れ、宙に浮いた。

「うわ、」
「ちょっと待ってろ」
「……はい」

路肩に停めた愛車から私の返事を聞くより先に勝己は飛び出して行った。一瞬の出来事に呆然としていると、何が起きたのか答えを見つけるより先に飛び出した人物が戻ってきた。

「悪ィ」
「ううん」

どうやら衝突事故を防いだらしい。戻ってきた方向へ注視すると、勝己から引き継いだと思われるヒーローが対応に追われていた。
本当に急いで戻ってきてくれたのだろう。勝己は焦りと気まずさを顔に滲ませ謝罪をしてから運転席に座った。

その光景を見て、以前職場で耳にした会話を思い出す。「あの人、デート中すぐいなくなるし、待ち合わせには遅れるし、仕事でドタキャンされることもあるんだよ。結婚の話も出てるけど考えちゃうよね。親との顔合わせなんかも敵が現れた〜とか言って来れなくなりそう」「たいへん。だから私はヒーローと付き合えないわ〜」「まあ、仕方ないんだけどねぇ」
こういうことか。まあ、確かに大事な場面でこれをやられたり、デートの度やられたら思うこともある。女というのは誰かの特別になりたい生き物だ、って最近見た漫画で言ってた気がする。
ヒーローの彼氏を持つ同僚と同じ状況を経験したと思うも、勝己と私はただの元同級生で恋人ではない。ヒーローは大変だと思うくらいしかないし、それよりも今、現状、もっと気にしないといけないことがある。

「こぼしちゃった」

そう。私の足元に転がっているおにぎり。運転席に戻ってきた勝己はブレーキを踏みシフトレバーに触れた瞬間、私が発した言葉に動きを止めた。

「ほんとごめん」

謝罪をしながら落ちたおにぎりを拾う。あと二口くらいだったのにな。もったいないことをしちゃった。車内に常備してあったゴミ袋に米粒ひとつ拾い残すことのないように気を付けながら入れていると、横から質問を投げかけられた。

「こぼしただけか?」
「うん。このおにぎりだけ」
「ちげえ。どっか打ったり、怪我ねェかって聞いてんだ」

あ、そういうこと?他にこぼしたものはないか聞かれたのかと思った。私の唾液も飛びました、なんて言わなくて正解だった。危ない、危ない。こぼしたら放り出すぞと言われると思っていたからなんか拍子抜けだ。続けて、急にハンドルを切ったことへの謝罪もされたから開いた口が塞がらず、そんな口からぽろっとこぼれてしまった。

「気にしないで。ついでに私がヨダレをシートに垂らしたことも気にしないで」
「気にするわ!!テメッ、放り出すぞ!!」
「えぇ?」

そっちが荒い運転したからじゃん。これも免除して欲しいと心の中でぼやいていたら、ゼリー飲料を強く握ってしまい飲み口からそれが少し出てしまった。

「あ」
「おい、ゴラァ」
「ごめんって」

幸い私の服だけに落ちる。キレながらティッシュを乱暴に取り、こちらに投げてくる勝己を見て、いつの間に世話焼きキャラになったんだと首を傾げた。


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