君に踏み出したい

NEKOMAの文字を背負い、肩を並べて歩く三人。車道側にトサカ頭が特徴的な高身長の男。その隣にプリン頭の猫背でゲームを勤しむ男。そして、ドブ側に腕を上げ体を伸ばしながら歩く女。

背にプリントされた文字は同じだけれど、女だけはジャージの色が他二人とは違う。

「苦戦してるな」
「うん、でもあと10時間くらいやれば」

黒髪の男、黒尾が研磨の操作するゲーム画面を覗き込むと、女も同様に画面を覗き込むようにして研磨に近寄り、歩きながらもきちんとゲームへの集中を絶やさない男に尊敬の眼差しを向ける。

「ほんと研磨の集中力半端ないよね」
「そんなことないよ。なまえが無さすぎるんだよ」
「ちょっとパパ、今の聞きました?この子反抗期かしら。どうしましょう」
「はい、聞きました。確かになまえの集中力はないに等しい」
「ちょっと!?」

黒尾、研磨、なまえの三人は家が近く、昔からの仲。黒尾の影響で昔からバレーボールを触っていた研磨と同じくなまえも常にそのスポーツが身近にあった。全生徒が部活に入らなくてはいけなかった中学ではどうせやるならという理由と黒尾に言われたのもあり、女子バレー部に所属。高校も黒尾と同じ高校に進学し、そのままバレーを続けている。同じスポーツでも性別の違いで部はバラバラ。ジャージの色が違うのもそういった理由。

「あ〜…ラーメン食べたい」
「いつもんとこの?」
「うん。定期的に食べたくなる」
「わかるわ〜。食いたくなるよな」
「だよね。頬っぺたにメンマ付けちゃって、ここに付いてるよって取ってもらう少女漫画的展開したくない?」
「それは分かんねぇわ」

つーかどんな展開?今どきの少女漫画はそういうもんなの?と独特の笑い声を上げる黒尾。

「えー…、研磨はやってくれるのね!?」
「やらないし、行かない」

二人の間で黙々とゲームの世界に入り込んでいた研磨だがきちんと幼馴染の会話に耳を傾けており、問われた事に対し不機嫌そうに返答した。そして、そのまま「話すならこっち来て」と、自分となまえの歩く位置を変える。

「研磨!?そっちは危ないよ!ドブに落ちたらどうするの!?」
「落ちないし」

私がそっち歩くから!!と慌てるなまえを他所に研磨は深いため息を吐く。いつものことなのだろう。そんな二人を黒尾は横目で見つめ、相変わらず研磨には過保護だと心中で苦笑する。

「だんだん暑くなってきたからちゃんと水分取るんだよ?」
「……わかってる」
「はぁ〜あ、なんで女バレと男バレ、同じ体育館じゃないんだろ」
「まあ、代々違うからな。仕方ねえだろ」
「ちぇー。中学の時は隣同士でやってたのにぃ」
「って言っても、もう俺らは最後だかんなー」
「うーん……あー、そっかぁ。今年でバレーやるのも終わりなんだ」

そう言って昔を思い出すかのように懐かしむなまえに「お互い頑張ろうぜ」とインハイ予選に向けて意気込みを放つ黒尾。そんな彼を見てからもう一人の幼馴染、未だゲームに意識が注がれてる音駒の脳に目を向けて、この二人が同じコートでバレーをするのも残り少ないのか、と少し寂しげな気持ちになるなまえだった。

あと少し。黒尾、なまえにとって最後の夏の大会が始まる。






「えっ!!鉄朗、一緒に帰れないの!?!?」
「おー、まだ残って自主練してく」

練習終わり。今日は研磨の家で夕飯をいただく約束をしているため、幼馴染達と帰る約束をしていた。しかし、体育館へいざ迎えに来てみれば、研磨しか帰る支度をしていなくて。

「ええええええ!!」
「だから、研磨と帰ってて」
「……」

鉄朗の言葉にスンと真顔、無言になる。研磨と二人で帰るの?今から?心の準備してないのに??

「私達、か弱い女子が二人で歩いてたら危ないでしょう!?一人トサカが居てくれないと…!」
「おい」

別に自主練をすると言ってる人に本気で帰ろうと頼んでいるわけではない。ただ、突然の好きな子と二人っていう状況に動揺が隠せなく、わがままを言ってしまう。そういった全てのことを、この幼馴染みは理解してる上で会話をしてくれている。

「じゃあ、おれ先に帰ってるからクロと一緒に帰ってきなよ」
「え?」
「夕飯食べるのは別にいつでもいいし。家で待ってるから」
「え、ちょっ、研磨…!?」

リュックを背負い歩き出す研磨の後ろ姿を見て慌て出せば、後ろから肩を軽くポンッと押された。

「ほら、なまえも早く行け」
「あれ怒ってた、よね?」
「……か弱い女子って言われたら、な。ちゃんと謝れよ?」
「ぐっ。すみませんでした」

そんなこと言うつもりなかった。だけど、二人で帰るって急展開に動揺と照れで、口から出てしまったんだ。

「ねえ、でもこれって部活終わりに一緒に帰るカップルみたくてやばくない!?」
「いいことじゃん」
「いや、危ない。帰り途中、幼馴染に襲われる男バレ部員(16)って音駒新聞に載っちゃうよ」
「なにお前、襲うの?」
「襲わないけど!そんな恥ずかしくて出来ないけど……!」
「だよな」
「でも。もしかしたら、可愛すぎて食べちゃうかも」
「……」

二人でいたら絶対制御が効かない。鉄朗がストッパーなんだもん。研磨が危ない。

「しかも、最近研磨が……」
「研磨が?」
「益々男なんだもん…!!」
「……」

前から男だけど。最近……っていうか、二年になってから色気を出してくる。研磨、雄になる!って感じで。ああ、どうしよう。でも、一緒に帰るって選択肢しかないから、先に行った研磨のあとを早く追わなきゃいけない。同じことを鉄朗も考えていたのか頭上から「いいから早く行きなさい」と言われた。自主練の邪魔をしてごめんなさい。





「研磨ー!」

前を歩く丸まった背中へ向かって叫ぶと首だけを動かし振り返って「一緒に帰ってくれば良かったのに…」の一言。

「さっきはごめん……!」
「なにが」
「色々!!ごめん!!それに、たまには研磨と二人で帰りたいんだ!」
「……さっきはクロいなくて残念がってたのに」
「なっ!?やっぱり反抗期っ!?」
「……」

反抗期の単語にムッと口を尖らせる横顔は可愛い。思わずジィッと見つめてしまえば黒目がこちらに動き、視線が交わる。その瞬間、意外にも胸が高鳴り、そのことを隠すように数回瞬きを繰り返し、ニコリと自分でも分かる下手くそな笑み作ってしまった。

「なにその顔」
「……え?……わっ、」

急なことに声が漏れる。こちらに研磨の手が伸びてきて頬に触れたかと思えば、そのまま押し出され顔を前向きにされられた。頬に触れた掌は直ぐ離れたけれど、今もそこにあるかのように熱い。想像しているよりも大きかったな。いつも見ているはずなのに、触れられてちゃんと男の手なんだと改めて気付かされる。最近、こういうことが多い。私が守らなければいけないと思っていた可愛い幼馴染は、私が守らなくても大丈夫なちゃんとした男の子なんだってことを。

自分より低かった身長もいつの間にか抜かされている。声も低くなって、手も大きい。力だって男子の中ではないかもしれないけど私よりは全然あって、体力も、走りも、運動神経悪いって言う割には私よりも上だ。自分のことは別に運動神経が悪い方とは思ってないけど、それでも研磨の方が上っていうのは、前なら考えられなかったことだからちょっと意識してしまうのはある。

あとは、ただ嬉しいなって。年下幼馴染の成長が嬉しいと思うのは普通のことだろう。恋愛感情があるなしに関わらず、幼馴染として。

「なんでそんな嬉しそうなの」
「嬉しそうなの分かる??」
「うん」
「ふふん、研磨が成長してるのが嬉しいなーって」
「……なにそれ」
「生まれた時から一緒にいるからさ、色々思うところがあるのです」

鉄朗みたいな言い方しちゃったと考えていたら研磨から流れるオーラが穏やかではないものに変わった気がした。……んん?あれ?なんか雰囲気悪くなった?怒らせた?

「今日の夕飯なんだか分かる?」
「わかんない」
「今日はね、オムライスらしいよ!」
「ふぅん。良かったね」
「研磨ママのオムライスが一番大好きだからね!研磨だって好きでしょう?」
「まあ、好きだけど…」
「ねっ」

どうして雰囲気が変わったのか私には分からなくて、それから逃げるように咄嗟に話題を変えるズルをした。

「ケチャップは私に任せてね」
「えー…」
「私のは研磨がやってね」
「うん」

昔から最後のケチャップはお互いに好きな文字や絵を描いたりする。美味しい上に、それが楽しくて一週間オムライスを頼んだ時もあった。今も変わらず書きあうのは私だけの特権みたいで凄く嬉しい。

「あとさ、ご飯食べ終わったら録画してた映画観たい!」
「え、おれゲームやりたい」
「……」
「……」
「お願いします。あれ観たいんだけどホラーなので一人では観れないんです。今日じゃなくてもいいから今度一緒に観て。お願いします」
「……」
「でも無理しては大丈夫……。鉄朗を秋刀魚で釣るから」
「今日観よ」
「え、いいの!?」
「うん」

なんだかんだ研磨は優しい。なんだかんだっていうか、普通に優しい。私自身でも気づけないことも研磨は気付いてくれる。それは私だけじゃなくて、鉄朗にもバレー部の人達にも、他の人にも全員に色んな気遣いの優しさを自然に出来る人なんだと思っている。

私は昔から研磨が大好き。幼馴染としても、異性としても昔から大好きなんだ。そのことを伝えるつもりは今はない。もしかしたら、これからずっとないかもしれない。

出来ることならこの関係が生きてる間ずっと続けばいい、なんて考えてしまうのだ。