甘やかし依存性

「よし、出来た」

ケチャップ片手に、ふぅ…と満足気に汗を拭くように額に腕を滑らせる。

「研磨〜!お待たせっ!!」
「なにこれ……」

居間で待っていた研磨の元へオムライスを届けると、ケチャップで描かれたものを見て訝しげに目を細められる。

「ピエロだよ〜。分かんない?」
「わかるけど。なんでピエロ」
「今日観る映画にピエロが出てくるから!」
「……」

無言でオムライスの上のピエロと睨めっこする幼馴染に研磨のお母さんは両手にお皿を持ちながら「あれ結構ホラーだったけどなまえ観れるの〜?」と楽しそうに聞いてきた。

「研磨と一緒だから大丈夫!あと今日そのまま泊まってもいい?」
「いいよ〜。そのつもりで布団用意しといたから」
「わーい!ありがとう」

私の家はクロと同じ家族構成。でも、祖父は数年前に他界し、祖母は施設に入っている。父は出張の多い仕事をしているから、こうやって研磨の家にお邪魔させてもらうことがよくある。研磨のお父さんと父は私達と同じで小さい頃の仲らしい。高校は別だったらしく、その高校で研磨のお母さんと父が同じで結構仲が良かったみたい。孤爪夫妻が結婚すると知った時は驚いたと聞いたことがある。前に「二人とは、なにか縁がある」と嬉しそうに話していた父を思い出した。

「あ、猫だ!」

私のところに置いてあったオムライスには猫の絵が描いてあった。いつも研磨は動物の絵を描いてくれる。私は文字だったり、絵だったりその時の気分だ。

「そのピエロ、デンジャラス・ビッグって名前だからよろしくね」
「食べづら」
「この猫の名前ある?なかったら、ネコちゃんにしとく」
「そのまんまじゃん」

いただきますをして直ぐに名前を伝えると、食べづらいと言われてしまったが、容赦なくスプーンで掬い口の中へ運んでいる。私もそれを見てから同じく食べ始めれば、美味しさで頬が落ちるほどだった。幸せを噛み締めながら完食した後、自宅へ戻り色々済ませ、研磨の部屋へと戻る。二人だと緊張する、と帰る時は鉄朗に言ったけれど、数秒二人きりになればそれも慣れる。幼馴染効果だろう。





「お邪魔しまーす!」

部屋の扉を開けるとベッドでゲームをしている幼馴染がいた。座っているベッドの手前に布団が敷かれているのが目に映る。

「布団ありがとうね」
「うん」

泊まるのは久しぶり。二人きりが慣れたというのに、ちょっと緊張してしまうのは研磨の雄っ気を常々感じ始めてきたからだろう。それでも、話せば、映画を観始めれば、いつも通りになるのが私達だ。




始まって数分。枕を両手で抱え、研磨の体にピタッとくっつき座っていた。

「!?……ねえ、くる??くるくる?もう来た?」

なにかが出る予感がして瞬時に枕で視界を隠し、隣にいる研磨の横顔を見つめ質問を投げかける。

「まだ」

そう言った瞬間。バンッといかにもなにかが出てきた音が聞こえ、反射的に研磨の両目に掌を滑らせ視界を奪った。

「ちょっと…」
「ダメダメダメ!こんなの見たら夜眠れなくなる!!危ない!!」
「それはなまえでしょ。逆に見ないと気になって眠れない」
「それもそうか…」

そっと手を自分の元へ戻し、今の流れ的に次は出ないだろうと私も画面へ意識を移した。

「っっ!?!?」
「!」

しかし、見つめた画面には音と共にいきなりドアップで映し出された顔。驚きの声すら上げられず、肩を震わせるよりも先に視界が奪われた。恐怖で思考が停止し、数秒。視界を奪ったのは研磨の掌だということが分かった。

「……見た?」
「見た……。みたみたみた…!!怖ッ!?びっくりした!!びっくりしたよ!!研磨ぁぁぁぁ」
「ちょっ、」

コアラが木にくっつくように横から研磨の体に腕と足を回し抱き着き、首元へ自身の顔を埋めて左右に振る。見た。見てしまった。けど、あれを見てしまったんだ。他になにを見ても大丈夫な気がする。

謎の大丈夫な気がする、で最後まで研磨にくっついて画面から目を離さず見ることが出来た。

「面白かったー」

パタッとベッドへ背から倒れ込み天上に向けて放つ。映画の余韻に浸っている間、幼馴染はゲームの準備をする。さっきまで観ていた画面には見慣れた風景が映し出されていた。ゲーム特有の音が流れ、それをBGMにしてぼーっとすれば眠気に襲われる。瞼が重くなってきた時、ベッドの主に声をかけられた。

「そこで寝ないでね」
「うーん」

背中に目でもついているのか。こちらを見るわけでもなく、淡々と私が寝そうなタイミングでそう言われた。このまま転がって下に降りようかな。そうすれば簡単に自分の寝床へ渡れる。そう思うも、眠気が勝って体を動かすことがダルい。数秒だけ眠ろう。研磨にバレませんように、と祈って瞼を閉じた。


「ねえ」
「……う、ん」
「ねぇってば」
「すこし、目を……つぶってるだ、け……!?!?」

もう少し寝かせて。そんな願いは許されず。重たい瞼をゆっくり上げれば、視界いっぱいに研磨の顔があって声にならない叫びが喉から出る。仰向けになってる私の顔の横に手を置き、もう片方の手は起こすために肩に触れられている。覆い被さるように至近距離に相手の顔があるから、そんなの耐えられるわけがない。

「自分のとこで寝て」

いつもの可愛らしい表情じゃなく。少し眉を寄せ困ったように顔を顰めるられるから、息を止めてしまう。

「ねえ、」

しかも。だって、これ、押し倒されてるみたいじゃない?みたい、じゃなくて押し倒された後の体勢でしょう、これ!

「聞いてんの」

ちょっ、まって…!顔近づけてこないで!?えっ、もしかして、研磨……。キスをしようとして…!?

「……なまえ?」

うぐっ…、キスする前に名前を呼ぶタイプなの?ずっと一緒にいるのに、そんなことはじめて知った。首も傾げないで。可愛いから。

「ムッっ!?!?」
「ねえ。早くここから降りて」

心内は慌しいのに表には一切出さずにいたら、むにっと片手で結構な力を使って頬を包まれた。口は尖り、変な声が出る。そろそろ退かないと怒られるやつだ。分かった、ごめんなさいと謝罪をしてから自分の布団へ移ろうとした時、視界に何かが入った。

「ぎっ、やぁぁぁぁぁぁあ!!」
「!?…なに!?」
「あっ、あ、あっ、」
「?」
「ピエロっ…!」

震える指で差した先に少し前まで観ていた画面の中の人物がいた。研磨の背後にいるため、更に眉間に皺を寄せた幼馴染はゆっくり指を差した方向へと振り返る。そして、呆れたようなため息を一つ。

「あれ、」

ゴトンッ。こちらを向き直しながら言いかけた研磨の言葉を遮り大きな音がした。途端、驚きで体が跳ね、そのままバランスを崩し、その反動で手がズルッと後ろへ滑りベッドから落ちそうになる。

「なまえっ!」

頭から床に落ちていくのが分かり、受け身を取らなければと思うが上手くいかず。ただ私の名前を呼んで珍しく焦った表情をして、手を掴もうと腕を伸ばす研磨に応えようとするも時間がなく。優しい衝撃音が部屋に響いた。

「痛、くない」

倒れた先には私の寝床。布団が敷かれているわけで痛いはずもない。首を変なふうに打つけたら痛かったけど、大丈夫だった。それよりも、私の今の格好だ。頭から落ち、後転に失敗したような体勢になっている。凄く、ダサい。

「なにやってん……ぶふっ」
「…っふふ、ぶっ、あはははっ!やめて、笑わせないで」
「ふっ、笑わせてんの、なまえ」
「研磨だって、さっき、凄く焦ってたし……ぶふふっ、まるで映画のワンシーンみたいだった!!」
「やめて」

危機的状況じゃない、大したことなかったって分かるとさっきまでの真剣な雰囲気が可笑しくなり笑えてきたりする。

「研磨、騎士みたいだったよ!」
「……嬉しくない」
「ふふふっ」

嬉しくないって言うわりには、騎士の言葉にちょっと反応する幼馴染が可愛く思えて笑みが溢れる。それに、またムッとする研磨のオーラは少し悪くなっていく。

「かっこよかったって意味だよ。本気だよ?」
「別に嬉しくない」
「えー」
「っていうか、あのピエロ。なまえがお土産でくれたやつだから」
「え?」
「小学の時、サーカス見に行ったって買ってきてくれたじゃん」
「!!そうだ!!家族みんなで見に行った時…!!」

私がピエロだと恐れていたものは、研磨にお土産としてあげた置物だった。ゴトンと大きな音がしたのはその置物が落ちたから。何故このタイミングで?という疑問は考えない方がいいと思ったから頭の中から消去した。

でも小学生の私、センスなさすぎない?でも、それよりも何年も前のお土産を飾ってくれる研磨が好きなんですけど。ピエロがいるって驚いてしまったけれど、思い返せばあの置物はずっとあそこにあった気がする。常にあったから部屋と同化されてよく見ていなかった。


「そうと分かれば怖くない!私トイレ行ってくるね〜」
「うん」

トイレを済ませ、直ぐに寝よう。あまり遅すぎると映画の内容を思い出して眠れなくなる。研磨はあまりゲームをする時間がなかったからもう少しやるかな?なんて考えながら用を足し部屋に戻ると、テレビ画面は真っ暗で研磨も寝る準備に入っていた。

「あれ?研磨ももう寝る?」
「なんか眠くなってきた」
「そっかぁ。おやすみ」
「うん、おやすみ」

布団から顔をちょこんと出す研磨は可愛らしいったらありゃしない。気持ちを頑張って抑え、自身の布団へ潜り込んだ。




しかし、数分後。

全然眠れない。うそっ!?あんなに眠かったのになんで!?いざ寝るってなると眠れないってあるあるがここで発動するとは。今はしないで欲しかった。怖いものをみた時なんかはやめて欲しい。

研磨、寝てるかな?体を起こしベッドの上を覗いてみると、プリンの後頭部が見える。背を向けられているから寝てるのか分からない。顔付近に明かりはついてないからスマホはいじってない。寝た…?

私も早く寝よう。瞼を閉じ視界が真っ暗になる。眠れないと寝返りを何度も打ち、ベストポジションをみつけようとするも上手くいかない。

眠れない……。しかも、トイレ行きたくなってきた。でもこんな静かで暗い中、一人で行けるわけがない。研磨を起こすわけにもいかないし。うーん、と心中で唸っていると落ち着いた小さな声が耳に届いた。

「眠れないの?」
「……うん。眠れない、し、トイレ行きたい」

研磨、起きてたんだ。ほっ、と安堵の息を吐く。それからあることをお願いしてみた。

「けんまぁ、トイレ行かない?」
「行かない」
「一緒についてきてくれない?」
「……」
「お願いします…!」
「……はぁ」

夜にあんなの見るからだよ、って怠そうに体を起こす姿にパァァと顔が明るくなるのが自分でも分かる。

「ありがとう…!」

研磨の腕に自身の腕を巻き付けて歩く。ここからトイレはそんな遠くない。すぐに辿り着いた。怖いから少しドアを開けとこう。

「研磨、そこにいてね」
「わかってるってば」

ドアの隙間からそう投げかければ少し荒い口調で返事がきて、外からパタッと扉を閉められてしまった。密室が怖いから開けてるの。閉められた途端、直ぐにまたガチャリと少し開けて隙間を作れば締められる。何度かそれを繰り返し、先に声を荒らげたのは向こう。

「ドア閉めてよ!」
「だって怖いんだもん!!ちょっと開けてて!!昔は一緒にトイレもお風呂も入ってたんだから大丈夫でしょう!?」
「いつの話してんの!?」

その言葉と共に今度はバタンッと大きな音を立てて閉められた。研磨が言ってることが正しいのはわかってるけども!

「じゃあ、しりとりしよう」
「はあ?」
「閉めるからしりとりっ!声が聞こえないと不安だからお願いぃぃ」

ドアに両手をピタリと付けて必死にお願いすれば長い沈黙の後、承諾を得られた。

「はじめますっ!」

研磨ママ達が起きないように、けれどドアの向こうには聞こえる声量で放つ。

「はじめは、そうだな〜……研磨のま!からいくね」
「はい」
「マカロン!!」
「……」
「……あれ?研磨?次だよ。……えっ?研磨?いない??ん、だよ。次は、ん!……あれっ、んって無くない!?しりとり終わってない!?」

既に用を足し終わった私は叫びと共にジャーっと水を流す。ドアノブに手をかけ開けようとした時、「バカ…」って小さな声が聞こえた気がした。間違えたー!とトイレから出れば、床にしゃがみ込み頭を下げて俯き肩を震わせている研磨の姿。全然しりとりにならなかったね〜、なんて他人事のように発しながら手を洗うと、ツボに入ったのかそれにも笑われ、何だか私も可笑しくなってあははっ!と小さく笑い声を上げてしまった。



今度こそ布団に入り、眠りにつこう。明日から学校だ。朝練があるから休日練習よりも起きる時間は早い。起きた時後悔しないように。睡眠をたくさん取らなくては……。そう思いながらゆっくり目を閉じた。


……眠れない。早く寝なきゃって思うけど、やっぱり眠れない。えええ、どうして?今までの私どうやって寝てた?っていうか、寝るって意識がないってことだよね?私毎日意識飛ばしてるってこと?凄くない?

「…け、けんま」
「……なに」

もうこれは最終手段。体を起こし、その場に正座をする。背を向けて横になっている研磨の後ろ姿を見つめ、恐る恐る口を開く。

「あの、さ」
「……」
「……そっちで、寝ても、いい?」

答えはきっとNOだ。答えのわかりきった質問をする自分は馬鹿だと考えながら、ほんの少しだけ期待する。けど、やだって言われるだろうな。生まれた時から一緒にいるんだもん。わかる。

「はぁぁ…」
「……」
「いいよ。はい、おいで」
「!!」

深い長いため息。やっぱり断られるだろうと肩を下げた瞬間、予想外の返答に目を見開いた。おいで、とこちらを見る研磨は私を迎え入れるように掛け布団を少しだけひっくり返してくれる。舞い上がってしまう程の喜びと嬉しさに顔面がゆるゆるに、へにゃへにゃに綻んだ。

「ありがとう」

うん。そう頷いて視線を逸らす研磨は少し照れているよう。一緒のベッドで寝るなんて久しぶりだもんね。私も照れる!!これで安眠できる〜!と研磨の方に顔を向けて横になれば、また背を向けられてしまった。

昔はお互い寝るまで話をして、向き合って寝ていたのにな。寂しいな。向けられた背にそれを伝えることも、手を伸ばし触れることも許されない。自分が許していない。だって、私はとても醜いから。好きな子に近寄りたい、触れたいっていう想いを幼馴染という立場を利用して叶えているのだから。こんな狡い醜い女を研磨が好きになるはずがない。


研磨は幼馴染のなまえが好きなんだ。