「倉持が推薦かぁ…」
中学生活、最後に過ごす教室で天井を見上げながら息を吐くように呟いた。
「んだよ。文句あんのか、コラ」
「ないない。全然ないよ。ただ、」
「?」
「……倉持が推薦って……ププッ、…に、似合わなくて…ぶっ、」
「あァ!?」
隣の席の倉持洋一くんは見た目も中身をヤンキー。現に今にも人を殺しそうな顔でこちらを睨んでくる。
「ちょっと一回、あんた勉強しなくていいの?俺、推薦なんだよねごっこしない?」
「なんだよ、その遊び」
「そのまんまだよ。言い合うだけの」
「くだらねぇ」
背もたれに体重を預け、後頭部で手を組むこの男はあまりノリ気ではないらしい。楽しいそうなのに。絶対、笑う。私が。
「そういや、久しぶりに格ゲーやんね?」
「格ゲーって……。あんたさぁ、自分が推薦だからって余裕ぶっこいてんな?私は一般入試なの。勉強しなきゃなの。わかる?」
「みょうじなら大丈夫だろ。勉強は出来んだから」
「その余裕が命取りなの!ったく……。で、何時から行っていいの?」
「来んのかよ」
ヒャハッ、と独特の笑い声を上げ、時間を告げた。何時でもいい、と。
「ソラ、迎えに行ってからくんのか」
「んー…、今日はおばあちゃんちに泊まりに行ってるからいないんだよね」
「ふーん」
「あれ、ちょっと寂しい?弟いなくて」
「あ?そんなんじゃねーよ!」
そう言ってるわりには少しがっかりしてるように見えるけど。
私には四歳の弟がいる。母は仕事が忙しく、朝早く出て帰りは遅いから保育園の迎え等は私が担っていた。私達の家には父親がいない。そのせいかはわからないが、弟は倉持に凄く懐いている。父親と重ねているわけではないと思うけど、遊んでくれる年上の男の人が珍しいのだろう。倉持はソラの兄のような存在になっていた。
有り得ないほど懐く弟に、最初の頃は迷惑だろうと思ったけど、本人も満更でもないみたく「お前の弟、可愛いな。良かったな、みょうじに似なくて」なんて言われてからは気にせずどんどん遊んでもらうようになった。
そもそも何故ただのクラスメイトとここまでの仲になったかと言うと、まあ色々あったんだけれど、取り敢えず「何かと馬が合った」だけ。
あとは腐れ縁、というか、中学三年間同じクラス、席替えやグループ決めなど、同じになることが多かった。クジ的なやつはほとんど一緒。
故に、周りからは「またあいつら一緒かよ」「もはや運命の赤い糸的なので結ばれているんじゃねーの」と言われる始末。言い合いをすれば、痴話喧嘩と言われ、ただ一緒にいるだけでついに付き合ったの?と言われる。勘弁して欲しい。まあ、それも言われ慣れてお互いスルーなんだけど。挨拶がわりなんだって受け止めて流している。
私達は別に仲が良いわけではない。ただの腐れ縁なだけで、馬が合うだけだ。倉持も多分そう思っている。
「じゃあ、みょうじも泊まり行くのか?」
「ううん。私は行かないかなぁ。おばあちゃん家、近いからいつでも行けるし、今度ソラがお泊まり保育あるからそれの練習も兼ねて私行かない方がいいと思って。あ、でもお母さんも今日いないんだった」
「ふぅん。じゃあ、家に一人なのか?」
「そー。明日の夕方にはみんな帰ってくるけどね。……え?もしかして、倉持……」
「ちげー」
「まだ何も言ってないじゃん!」
「どーせ変なこと言うんだろ」
「変なことじゃないよ?ただ、私一人だから家に来たいのかと思って」
「変なことだろ!」
やだ、えっちじゃん!と言いながらケラケラ笑えば、相手の眉に皺が寄った。あ、そうだ。今日、倉持の家に泊まらせてもらおうかな。我ながらいい案だと鼻歌を歌いながら、これから始まる授業の準備に取り掛かった。
倉持の家に行くようになったのは中二になってからだ。弟が遊びに行きたいと言ったのがきっかけ。今は弟がいなくても行くようになったし、もはや倉持がいなくても行くようになった。だって、お母さんが凄く気さくで話しやすいし、おじいちゃんは面白くて、孫が増えたみたいで嬉しいって言ってくれるから。初めて一人で遊びに行き、おじいちゃんと一緒に倉持を迎えた時は「お前、凄いな」とか唖然として言われたのを思い出す。
「お邪魔しま〜す」
「は?お前、なにその荷物」
「今日お泊まりでーす!はい、これ手土産」
「はぁあ?」
「うわ、なに?うるさ」
「うるさ、じゃねーよ!!なんでだよ!」
「洋ちゃん母とおじいちゃんには、おっけいもらったよ?いいじゃん〜。泊まるのが初めてって訳じゃないんだし」
「それはソラがいて、だろ!?」
確かに、ソラがいて数回お泊まりした。でも家に二人きりじゃないんだし問題はないでしょう。
「え!?倉持、私になにかするの?」
「しねーよ!つーか、そういう問題じゃねえ!」
「だって、家で一人寂しいし〜」
「ぐ……」
特に一人でいても寂しくはない。でも、ここに来た方が楽しそうだし。この争いを収めるべく倉持の優しさに付け込んだ。こう言ったら、この男は首を縦に振ってくれるだろうって考える私は性格が悪い。ごめんね、倉持!
「おぉー!!なまえ、よく来たなぁ!」
「来たよー!おじいちゃん、服着てない!?あはははっ」
「じじい!服着ろよ!!」
「お邪魔しまーす」
ここの家族は温かい。倉持がそうである理由がよくわかる。
「ヒャハッ!俺の勝ち!!」
夕飯を食べ終え、倉持の部屋で肩を並べてテレビゲームに夢中。一般の女子よりは昔からゲームに触れていて、意外と出来る。いや、結構強いと思う。だって、倉持との勝利の差は一つだけなんだから。
それより眠い。お風呂も何もかも全て終え、あと寝るだけ。流石に倉持と同じ部屋で寝るわけにはいかないから、私は違う場所なんだけども、今ここで、直ぐにでも眠りにつきたい。
「おい、寝んなよ」
「ん〜…」
寝たら関節技決めんぞ。という物騒な言葉が聞こえるが、睡魔の方が勝る。コトン、と倉持の肩へ頭を乗せてしまった。
「ちょっと、五秒…だ、け」
「その五秒で布団に行け!!」
無理。眠い眠い。一瞬、仮眠しないと動けない。倉持の必死の叫びを無視して、そっと瞼を閉じた。
目が覚めると、次の日になっていて私は布団の中にいた。どうやら倉持が運んでくれたらしい。
「はよ〜。昨日はごめんねー」
洋ちゃん母の手伝いをしながら起きてきた倉持に挨拶をすれば、「テメェ、確信犯だろ」のお言葉をもらった。
「もしかして、お姫様抱っこしてくれた?うわぁ……」
「あ?引きずった」
「あ、そうですか」
引きずるって……。でもお姫様抱っこされてたら、されてたで寒気がするか。倉持とお姫様抱っこ。面白そうではある。