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「超声かけられたよ。来る途中!!」

1-A組にて。朝教室に入ると、所々からそのような会話が飛び交っていた。
やっぱり皆、声掛けられたんだ。爆豪くんも凄く注目されていたもんね。と電車の中での出来事を思い出す。砂糖くんの席の後ろで皆の会話を聞きながら立ち止まっている間に爆豪くんはスタスタ自席へと向かい、私はその後登校して来た上鳴くんと目が合った。

「あ。おっはよーう、みょうじ〜!昨日はあんがとな」
「こちらこそ、ありがとう。凄く楽しかった」

昨日のことを思い出すと、表情が柔らかくなる。お礼を伝えれば、また行こうぜ!と内緒話をするように手を縦にして口元を隠し、ボリュームを抑えた声で上鳴くんが誘ってくれたから首を傾げながら頷いたのだけれど、返ってきたのは意外なもので。

「そんなすぐ誘いに乗っちゃダメーーー!」

と今度は普通のボリュームで言われてしまった。手で顔を覆い、腕をこっちに伸ばしてダメと言われる。確か、昨日も同じようなことを言われた気がする。でも、上鳴くんと遊ぶの楽しかったし。理由もなしにあんな風にお友達と遊ぶのは初めてだったから。爆豪くんとはホワイトデーやたまたまお店であったりとか、辛い物を食べるためにお祭りに行ったとか。そういう理由があったから新鮮だった。
昨日は上鳴くんのことを商店街のおじさんみたいだと思ったけれど、それプラス乙ちゃんにも似ている気がする。
でも、ダメなら仕方ないかもしれない。私が気付けないだけで、何か理由があるんだ。寂しいけど、仕方ない。

「〜っ待った待った待った!ストップ!ちがっ、俺が悪かった!違うのぉぉ!そんな、シュンとしないで!?」
「えっ、あっ、ごめ……」
「行こう!また行こうね!」
「う、うん……?」

すれ違いを感じる会話にまた変なことをしてしまった、と思うけれど何が悪かったのか思い付かず、そういうところがダメなんだと心の中で反省会が行われる。しかし、その途中教室に入ってきた飯田くんの醸し出すオーラに二度見した。

脆く、薄く、表面だけ繕った雰囲気。周りにバレないよう作り物の瞳を入れている、まるで人形のような表情に喉の奥がヒュッとなった。その瞳の奥に見えるのは色んな感情が混ざり濁った色。

私が、祖母と兄を亡くした時と少し似ている。現実から目を逸らしたくなる程の悲しみ、悔しさ、絶望、そして深い恨み。飯田くんからの眼の奥にそれらを感じた。




「おはよう」

相澤先生がチャイム音に紛れて気配を消してやって来た。一瞬にして全員の背筋が伸びる。私もその一人。それから直ぐに告げられた授業内容はこうだ。

「コードネーム、ヒーロー名の考案だ」

ヒーロー名の考案の言葉に、歓喜の声でクラスは揺れた。コードネーム……。そっか、作らないといけないのか。こういうの考えるの、すごく苦手。自分の苗字とかじゃダメなのかな。
でもちゃんと考えないと幼なじみに「ヒーロー名が自分の苗字とかふざけてんのォ?」などと言われそう。と、考えながら黒板に表示された指名件数を眺める。轟くんと爆豪くんへの指名が圧倒的で驚きつつも、凄いなぁと尊敬の眼差しを二人へ向けた。そして、瀬呂くんの下に自分の名前が映し出され、横に「1」の数字があったことに気付く。

「えっ」
「みょうじさんもとても活躍されていましたものね」
「い、いや……」

八百万さんが優しい言葉をかけてくれたけれど、活躍なんて出来ていなかった。障害物競走で上位に入れただけで目立ってもいなかったし、私より緑谷くんに指名がない方がおかしい気がする。それに、一件というのが嫌な予感。折角、私なんかを指名してくれたのにこんな考えはしていけないと思っていても、嫌な勘はほぼ当たる。
どのヒーローが?という不安から、職場体験の説明を聞き逃してしまい、意識がちゃんと戻ったのはミッドナイト先生が来て少し経ってから。



「それが、名は体を表すってことだ」
「将来自分がどうなるか……」

ヒーロー名をつける意味。将来なりたい自分……。全然想像つかないし、考えられないな……。私の原点は、お兄ちゃんの代わりにヒーローになることだから、お兄ちゃんがつけようとしていたヒーロー名にするのが良いんだろうか。でも、それはなんか違う気がする。上手く言葉に出来ないけど、お兄ちゃんが考えたヒーロー名で活動したらお兄ちゃんのヒーローになる夢を奪ってしまう気がして。あの名前はお兄ちゃんだけのものだ。

「う、うーーん……」

小さく唸り声を上げる。皆が続々と決まっていく中、何も案が出なくて焦り、その焦りが頭を真っ白にさせていく。

「爆殺王」
「そういうのはやめた方が良いわね」

爆殺王……?ばくさつ?オウ……?

「……ふふっ」
「おいテメェコラァ!笑ってンじゃねえ!!」
「っわ、ごっごめんなさい」

早く決めなきゃいけないという焦りを感じていたところに爆豪くんのヒーロー名が耳に入り、つい力が抜けてしまった。変とかじゃなくて、名前の付け方が個性的だなって思っただけで。そういうところもお兄ちゃんに似てる気がして懐かしく、微笑ましくなっただけ。

「残っているのは再考の爆豪くんと、飯田くん、緑谷くん、そしてみょうじさんね」
「!」

名前を呼ばれて再び現実へと戻される。はやく、決めないと。でも将来自分がどうなるか、どうなりたいか、なんて想像つかない。体育祭からずっとそう。自分に何もないことを痛感するばかりだ。

「みょうじさん……?大丈夫ですか?」

焦る私に気づいたのか八百万さんが声をかけてくれた。彼女もすんなりヒーロー名を決めていた一人。

「う、うん。……あの、八百万さんは前からヒーロー名決めていたの?」
「ええ、明確にこれという名前は決めていませんでしたが、なんとなくイメージは」
「そう、なんだ」

他の人達も皆そうなのかな。自分の個性の特徴を捉えた名前や将来なりたい自分、憧れのヒーローに似た名前。私も轟くんみたいに名前にしようかな、と考えたところで八百万さんが口を開いた。

「好きな物や言葉などをヒーロー名にする方もいらっしゃいますよね。好きな色をアレンジしたり、好きな言葉を英語にしたりですとか」

好きな物や言葉……。

「ですが、今すぐに決めなくてもよろしいかと。みょうじさんのペースでゆっくり時間をかけて決められては?」
「うん、ありがとう。八百万さん」

八百万さんのアドバイスを受けて、ひとつ浮かんだものがある。

鈴蘭。

私の好きな花。これと言った理由はないけれど、可憐で美しく、どこか儚さを感じる。隣にいる花同士が触れ、揺れて、鈴のように鳴るみたい。とても可愛らしくて小さい頃はよく鈴蘭になりたいと言っていた。見た目は私とは程遠い存在だけれど、根や花には毒が多く含まれていると聞いた時は子供ながらにして自分に似ているなと思えた。人間の皮を被った化け物。目に見えない力と触れてはいけない存在。

人間の皮を被った化け物の私はその毒を持ちながら、鈴蘭のように美しく綺麗に咲きたい。

そう願ってしまう自分に反吐が出るけれど、鈴蘭のように自分も好きになれたら少しは強くなれるだろうか。
それにこの花は、母が一番好きな花。花言葉は、「幸福」「再び幸せが訪れる」。ヒーロー鈴蘭として全ての人に幸せが訪れるようにと願いを込めて。



「私のヒーロー名は「鈴蘭」です」

緑谷くんのあとに教卓へ向かい発表する。ヒーロー名を考えるのも、皆の前で発表するのも凄く緊張したけど、緑谷くんが「デク」とヒーロー名を発表しているのを見て勇気を貰った。彼を見ていると、私も頑張ろうと思える。

「花の名前ね?」
「……はい、好き、なんです」
「確か花言葉は、純粋、謙虚、あとは幸福とかじゃなかったかしら?いいじゃない!」
「あ、ありがとうございます」

やっぱり皆の前で発表するのは緊張する。顔に熱が集中し、下向きになっていると梅雨ちゃんが「なまえちゃんっぽいわ、素敵よ」と言ってくれ、続けて皆が「純粋!」「謙虚!幸福!」鈴蘭ー!と叫んでくれたが、余計に恥ずかしくなり、急いで自席へと戻った。

「素敵なヒーロー名ですわね」
「八百万さんがいろいろ教えてくれたから。本当にありがとう」
「いっ、いえ」

にこりと笑えば、勢いよく前を向いてしまった。嫌なこと言っちゃった……?と焦りながら、さっきまでの八百万さんとのやりとりを脳内で何度も思い返した。




放課後。雨も上がり、足元に落ちてる雫は夕日に照らされキラキラ輝いている。折角の光景を楽しむではなく、私は幼なじみとの会話を楽しんでいた。

「なまえもヒーロー名決めた?」
「うん、鈴蘭にした」
「……へぇ」
「なあに?」
「いいや、何も。鈴蘭はなまえが好きな花だって思っただけさ」
「……」

嘘だ。幼なじみが嘘をつくのは珍しい。昔から嘘が通用しない私に寧人がそれを使う時はいつだって私や他の人を思ってそうする。いや、違うかも。自分に都合が悪い時も普通に嘘をつくかもしれない。でも、バレると分かっていても私の個性を気にする訳でなく、他の人と同じく接してくれるのが嬉しい。
今回寧人はきっと私のヒーロー名は兄がつけようとしたものにすると思ったのだろう。

「寧人は何にしたの?」
「ファントムシーフ。いい名だろ」
「うん。かっこいいね」

このご時世、誰もが一度は憧れるヒーローという職業。何でも個性に左右される現在。周りからスーパーヒーローになれない、脇役の個性だと言われていた幼なじみからヒーロー名を教えてもらったことは一度もない。
ファントムシーフ。日本語で、怪盗。入学してから見せてもらったコスチュームにも似合う名前。

「ファントムシーフ、これからもよろしくね」
「……こちらこそ、鈴蘭」

すぐ隣にあった手を握ってから伝えると、少しだけ照れを隠すように顔を顰めて握り返してくれた。照れてる色は見えない。けれど、幼い頃から一緒にいる寧人のことは何でも分かると、珍しく自信満々な顔になる。

「まあ、お兄ちゃんがつけようとしてたヒーロー名、鬼ちゃんだもんな」
「お兄ちゃんと鬼ちゃん、ちょっと掛けてるみたいだしね」
「ほんとネーミングセンスないよね」
「うん。……ふふ、そういえばね、爆豪くんね、考えたヒーロー名全部却下されてたの」
「……へえ。見るからにヤバイのしかつけないだろ、アイツ。安易に想像できる。却下せざる得なかった先生達はさぞ心苦しかっただろうなぁ」
「ふふ。取り敢えず、暫くは自分の名前で活動するんだって」
「随分楽しそうだね」
「うん!皆優しくて、学校楽しいよ」
「それは良かった」
「?」

あれ……?なんか急に寧人の様子が変?爆豪くんの話題を出してからだ。そうだ。この二人は、というか寧人はあまり爆豪くんのこと……A組のこと良く思っていなかったんだ。ライバル心のような、B組が好き故に、のような。気付けば爆豪くんの話をしてしまうのは直さなくてはいけない。そう心に誓った。

「というか、日傘変えたの?」
「え?あ、うん。昨日、壊しちゃって。折角選んでくれたのにごめんね」
「別にいいけど、それ自分で選んだの?」
「あ!これね!爆豪くんがプレゼントしてくれたの!可愛いでしょう!?」
「は?なにそれ、詳しく話して」

まずい。無意識で爆豪くんの話をしてしまった。さっき心に決めたというのに、その誓いは何の意味もなく。よろしく、と握った手はお互い自然と直ぐに離れたけれど、再び触れてきた寧人に嘘は通用しない。
日傘が壊れた経緯を話せば、こめかみをピクピク動かしてキレる幼なじみが出来上がった。「どう仕返ししてやろうか」と爆豪くん以上の怖い顔をして怒っている。

本当に爆豪くんの話を寧人にするのはやめよう。頑張ろう、頑張って話さないように気をつけようと強く思った。




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