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喧嘩、しちゃった。あれから家に着くと同時に雨は上がり、お空は綺麗な虹を作っていた。その光景になんだか少し複雑な感情になってしまったけど、ただ爆豪くんに嫌な思いをさせてしまったことで私は頭がいっぱいだった。
よく眠れないまま、朝を迎え、制服を着る。いつもみたいに一緒に登校してくれるだろうか。電車の時間は変わらないのに、普段より早い時間に家を出ていつもの場所で爆豪くんを待った。
「……あっ、……お、おはよう」
「……」
来てくれた。いつもの時間に爆豪くんは来てくれた。嬉しさと安堵、ふたつの思いで胸いっぱいになる。つい顔の綻びとして感情が表に出てしまった時、爆豪くんがあるものを差し出した。
「ん」
「え?」
「……………………悪かった」
横を向き、謝罪をして差し出された手には一本の傘が。
「日傘……?」
「ん!!」
「貸して、くれるの?」
「貸す、じゃねえ!!!!!やるっつってンだ!」
「えっ、え!?!?」
昨日の今日で新しい傘は買わなかった。午後は晴れるみたいだけど、今は雨。折りたたみの日傘があるから午後からはそれを使おうと思っていたのだ。
差し出された新品の日傘を爆豪くんは、やると言った。前の傘を壊したのは自分のせいだと思っているのだろうか。
「爆豪くんが気にす……」
「貰わねェと殺す」
「あ、ありがとう!!」
殺す、の単語に慌てて受け取った。いただいた傘はフリルが上品に付いていて可愛らしい。色も薄ら染められていて、お姫様みたいな。こういうの一度使ってみたかった。
昨日まで使っていたのは、寧人が選んでくれたものだ。なまえはこういうのがいいんじゃない?って白色の傘に軽く刺繍されたシンプルなもの。これも上品で可愛らしくて大好き。あまり自分の好みとかがないから、髪型だったり、服装やこういう日傘など、よく幼なじみがアドバイスしてくれる。
「うれしい、ありがとう」
日傘を両腕に抱きかかえ、相手の双眼を見つめて感謝を伝えれば、居心地の悪そうな顔をされる。でも、昨日みたいなものじゃない。
大事に抱え、壊さないようにしようと電車に乗った。
なに、これ……。この時間、こんなに混んでた……?
一駅進んでから何故か満員電車で車内はギュウギュウになっていた。男の人に触られたあの時からこういった状態になる場合、いつも爆豪くんは自身の背中とドアで私を挟んでくれる。
おい、あれ雄英の……
ああ、表彰台で拘束されてた?
一位だった子だよ
バクゴウ、だっけ?
満員電車の中、ヒソヒソと話す声が各方面から聞こえてくる。爆豪くんも耳は良い方だと思う。きっと本人にも聞こえているだろうと彼の表情を見ようとするもこの人混みでは動けず。どこか裏の含んだ言い方にあまり良い気はしないだろう。きっと見ようと意識しなくても私の方に背を向けている彼は視界と聴覚、両方からそういった情報が入って来てると思う。私はこういうの凄く苦手。
現に、彼の背中から若干ではあるが物凄い苛つきの色が視えた気がした。
爆豪くん、と。制服を引っ張ろうとした時、電車が急停止した。どうやら非常停止ボタンが押され、状況を確認するためしばらくの間、動かなくなるみたいだ。
「またかよ……」
隣のサラリーマンらしい方がそう呟いた。この混雑状況をなんとなく理解できた気がする。車両が急停止した時、若干爆豪くんの状態が傾き、こちらに背を向けている体勢がキツかったのか私と向き合う形になった。
「……クソが」
「……」
反転して直ぐ、後ろにいる人の体勢が傾いたらしく、爆豪くんは私の背にあるドアに腕を付き、悪態を吐いた。いつもなら爆豪くんでいう「近ェ…!」の状態。ち、ちかい。しかも、これ、乙ちゃんがよく言っている壁ドンだ。少女漫画の中での出来事だと思っていたし、こんなにドキドキするとは思わなかった。心臓が破裂してしまいそう。どうしよう。胸に抱えている日傘をギュッと握るしかない。顔に熱が籠る。
「あァ!?」
「えっ!ど、どうしたの?」
「てめ、また日傘差すの怠ったんか」
「最近は忘れずにちゃんと差してたけど……?」
「じゃあ、ンでその顔色なんだよ。ふざけてンのか」
「!?」
「自己管理クソかよ」
ちっ、違っ!?これは爆豪くんが近いから。そんなこと言えず、更に顔が赤くなり、それを見て更に爆豪くんの眉間の皺が険しくなるという悪循環。
と、とりあえず熱はない!とだけ伝えて場を凌ぐ。納得したのかしていないのか。体育祭とかでもないのに、どうして私の熱に対して敏感なのか分からないけど、今それを考えている余裕はない。
心を落ち着かせれば、この熱も冷める。何故、顔が近いだけでこうなるのか分からない。何かしらの病気なのかもしれない。症状が出るのは爆豪くんだけってお医者さんに言って通用するのだろうか。わからないわからない。一先ず、ここから抜け出したい、早く動いてくださいと願うばかり。
一位の子の傍にいるのって、もしかして彼女だったりするのかな?
あの子もヒーロー科?
いた?あんな子
心臓が早く動く中、女の人達の会話が耳に届いた。結構遠い。騒音に紛れて聞こえて来た。きっと爆豪くんは聞こえてなく、個性的に耳が良い私に届いたレベルの会話だ。でも、この未だ停止中の電車内ではその言葉に自然と興味が出てくる人もいるのだろう。女の人の周辺にいた人の視線が一気にこちらに向いた。
瞬間、すぐさま爆豪くんの耳を両手で多い、自分の顔の方へと引き寄せた。女の人達の会話も、他の発言もこの人は気にしないと思う。けれど、分からないけど、嫌な言葉を彼の耳に、視界に入れたくなかった。
よく彼が私を守ってくれるように。今は余計な言葉から私が守れるように、って恐れ多くも思ってしまったのだ。
「なっ!?」
「ちょっと、我慢してもらってもいい……?」
「あ゛ぁ!?」
「ヒッ」
やっぱり、守るなんて無理かもしれない。こ、怖い。この至近距離で爆豪くんの敵面は恐怖以外の何者でもない。ごめんなさい!と、パッと手を離した。
それでも、離して直ぐ「雄英」という単語が聞こえ、すぐさま爆豪くんの頭に両腕を巻きつけ、今度は自分の肩の方に持って来た。
「っってめッ、喧嘩売ってンのか!?」
「ごめんなさいごめんなさい。とりあえずこのままで、このままでお願いします」
「あ゛ァ!?」
そうすること数分。色んな意味で目立ってしまった私達はそのまま雄英高校の最寄りまで乗車し、様々な視線を向けられてしまった。
「おい、テメェ……コロス」
「ごめんなさいごめんなさい!」
駅のホームにて解放された爆豪は表彰台で拘束されていた表情と同じになっていた。改札を出て、人気がない場所へ小走りで向かい日傘を広げて見せた。
「か、かわいい……」
「……」
「かわいいっっ!」
「チッ」
あまりの可愛さにかわいいと喜ぶなまえは、もう一度爆豪へ向けて同じことを叫ぶと、「しつけえ!!!!」と怒鳴りつけられる。
珍しく自分の前で、無邪気に、そして嬉しそうに日傘をクルクル回しながら振り向いたなまえが曇りない笑顔で「爆豪くん、本当にありがとう」と目を細めいうものだから、苦虫を噛み潰したような顔になった。
理由は分からないが、なまえのこういう顔は前から大嫌いだと苛立ちしか覚えない爆豪であり、このイライラを解消すべくなまえを置いて学校へ向かうのであった。
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