会いたいな


先に聞かれたのは私の方だった。

「あのっ、治先輩と付き合うてるってほんまですか……?」

昇降口で靴を履き替えているところに三人組の後輩女子に声をかけられた。まだ治くんは朝練中で来ていない。昨日、一緒に帰ってたのを見ていた子達だろうか。それとも誰かに聞いたのか。

他にも続々と登校して来る同級生の子達がこの質問を耳にして驚いた表情でこっちを見てくる。宮兄弟は、アイドル的な存在だからね。これはもうスキャンダルレベルだ。宮治!一般人と熱愛か!?とか。

内心そんな冗談を考えながら後輩達からの不安な目と、周りの興味と驚きを含んだ視線を浴びつつ答えた。

「うん、治くんと付き合ってる」

そう告げれば、とても悲しい表情になったその子達を見て複雑な気持ちになる。でも、仕方ない事だって割り切るしかない。私は人生二度目、みんなより年上。だから、譲れるものはほとんど譲ってきた。でも、治くんだけはダメ、譲れない。絶対にダメ。
治くんの彼女は嫌な女じゃないと周りに思われるようにすることが私が今出来ることだと思っている。あとは、堂々としていよう。

周りから聞こえてくるヒソヒソ話をしっかり耳に入れながら歩き出した。

「みょうじさんと治が付き合うてる……?」

そして。たまたま近くにいて今の会話を聞いていた同じクラスの子が驚き固まりながらそう口にした。

「うん」
「俺、みょうじさん狙ってたのに……!!」
「そっち?……ありがとう」
「付き合うてくださいっ!」
「ごめんなさい」

何で告白するねん、と隣にいる友達がツッコミを入れた。なんだか少し気持ちがホッとし、ふふっと笑みを零してしまえば「好きや……」と再び言われる。今度は叩くという物理的なツッコミを受けたその子に目を細め笑いながら教室へと向かった。

ちょっと、今。いや、かなり?治くんに会いたい気分。








「みょうじさんって、治と付き合っとんの?」

女子トイレにて。手を洗っている途中、隣にやって来た二人組に率直に質問される。隠しきれていない敵意に少しだけ背筋が伸びた。

「うん。付き合ってる」
「ほんまに?思い込みとかやなくて?」

思い込みって……。かなり失礼だなぁ。

「本当に付き合ってるよ」
「……へぇ」

ジロリと上から下まで見定めるようにこちらを見つめる彼女達は本当に高校生?と疑った。怖すぎ。最後まで視線だけはこちらに向けてトイレから出ていく姿を見送ってから息を吐く。
去年同じクラスの子達だ。そして、大好きで可愛い私の友人と仲良かったグループにいた二人。

「あっ!治じゃん!」

ハンカチで手を拭きながらトイレから出れば、さっきの子達の声で治くんの名前が聞こえてきた。出るに出れない状況で、気まずさもあり、その場に立ち止まる。

「なあなあ、治とみょうじさんが付き合うてるって噂ほんまなん?」

さっきより数倍高い声で、私に聞いたことと同じ質問をする。隠さないって言ったから、治くんから出てくる答えは分かっているはずなのに凄く緊張する。絶対に大丈夫だけど、これでもし否定されたらって考えると……。

「付き合うてんで」

普段より落ち着きのある心地良い声が耳に届いた。もう少し照れたり、慌てて大きな声で言ったりするのかな、と思ってたからびっくり。

「へ、へぇ……」
「やっぱほんまやったんや」

歯切れが悪そうに放った返事には、あまり良い感情が含まれてないことを容易に感じ取れた。けれど、治くんはそんなのお構いなしに柔らかい表情で続けた。

「このことあんまみょうじさんに聞かんといたってな?なんかあったら俺が答えるから」

頼むわ、と眉を下げてお願いする治くんはイケメンそのものだった。イケメン、すごい。頼んでる顔もイケメンすぎる、イケメンすぎてこわい……。

治くんのこと好きになりすぎて怖い……。凄く治くんのことが好き。こういう優しさを私が知らないところで、たくさんしてくれているんだと思う。守られてる。自分でそう思うのは痛い女かもしれないけど、治くんと関わってからずっと守られ、助けられている。

「すきだぁ……」

今すぐあの胸の中に飛び込みたい。でも今はダメ。飛び込みたい衝動を抑えるため自分の体を必死に腕で抑えた。

早くお昼にならないかな。



そう願ったせいか午前の授業はいつもより長く感じた。やっと迎えたお昼休み。自然と足取りが速くなり、いつもの場所へとやって来た。

「さむ……」

この時期に外で食べるというのはかなり体温が高い人かバカの二択だ。私は後者。寒いとみょうじさんとくっつけるからええって言う治くんも後者。
防寒対策をした格好で好きな人が来るのを待つ。今日は温かいスープも持って来たから一緒に食べるのが楽しみ。

「やっぱり中入ろ」

まだ来るのに時間がかかるらしい。外で一人で待つのは寒いし、風邪ひいちゃう。いつもは私の方が遅いのにな、と思いながら、扉に手をかけ室内に入った。天気の悪い日は室内の扉付近でご飯を食べる。壁に背を預けて再び治くんを待った。

けれど、待ち人はいつになっても来ることがなかった。昼休みが終わる少し前にひとつメッセージが届いただけ。「すまん、今日行かれへんくなった」という文面を見た時には既に二人分のスープはなくなっていた。


それから治くんと会えない日々が続いた。頻度は多くなくても連絡は取り合ってるし、学校で姿を見かけることは出来たけれど、直接会えたり話せる時間は取れなかった。お昼休みに会うのももちろん出来ていない。治くんが部活の用事でとか、私が先生に呼ばれてたりとか。あとは治くんが告白で呼び出されていたり、治くんのことで私が捕まってしまったり。いろんなタイミングの悪さから、早く会いたいと思ったあの日から話せていないのだ。

そして、同時に嫌がらせを受けるようになった。理由はわかっているし、誰がやっているのかも想像が付く。トイレで治くんと付き合っているのかと聞いてきた二人組。その二人は、かわいいかわいい友人が去年仲良くしてたグループにいた子達。友人に嫌がらせをしていた子達だ。


「今度はお財布か」


基本的に物がなくなるという嫌がらせがほとんど。最初はリップだったかな。次が教科書でそのあとが体操着で、あとは……、そこまで考えて止めた。初めはくだらない小さいことだと気にしなくても、回数を重ねるとストレスにはなる。これはもう犯罪だと思う。窃盗罪で訴えられる。

だけど証拠がないから突き止められないし、物がなくなるから探すという無駄な時間が発生する。何度も取られてしまう自分が情けなくてムカつくし、治くんと会えないことにもイライラする。
ゴミ箱に入ってたら絶対訴える。そこらへんに落ちてても訴える。本人達が持ってても訴える。

そろそろ我慢の限界。顔にも雰囲気にも感情が表に出てしまい何も隠せないでいた時、あの子達は現れた。

「うわ、顔こわ」
「治くんってあんなんが好きなん?見る目な〜」
「可哀想やな、絶対誑かされたんや」
「この子の方が絶対お似合いやのに」

人が行き交う廊下ですれ違いざまに小声で発せられた言葉。「この子」と二人が指しているのは、トイレにはいなかった子だ。ふわふわした雰囲気でどこか守ってあげたいと思う女の子で、確か一年の時友人に告白した男子を好きだったのがあの子だったような。もしかして、今は治くんが好きなのだろうか。だから二人は私に嫌がらせを?

「あのさ、これくらいのサイズの、黒色のお財布知らない?」
「え?」

まさか声をかけられるとは思ってなかったのか、私の質問に二人は肩をビクつかせこちらを見ようとせず、一人の子だけか反応し、首を傾げている。きっとやっているのは二人だけだろう。容疑者と思われる子達を凝視すればこちらを振り返ったが、その顔付きは段々キツくなっていた。

「……知らんけど」
「そう」
「えっと……、お財布なくしたん?一緒に探そか?」
「は!?あんた何言うてるん!?お人好しにも度が過ぎるで?!」
「せや!こんないっつも人を見下ろしとるような人間のこと気にする必要ない」

どの口が……。というのは言わなかった。でも、そうか。「人を見下ろしてる」私はこの子達にそんな風に映ってたのか。見下ろしてるなんて全然ないのになあ。ただ、若いなぁって思ってただけで。おばさんが入っちゃいけないって思ったり、歳のせいかいろいろこだわりがなくなってたり、諦めてたりしてただけ。これが周りから「見下ろしてる」になるのか。次から気をつけよう。

「大体、何であんたみたいなのが……!」
「みょうじさん」

人通りも少なくなり、甲高い声が響き渡る廊下で聞こえてきたのは心地良くて落ち着いた声音。前世から聞き覚えのある、彼の声を演じる俳優さんが発表された時はネットが大興奮したのを今でもはっきり覚えている。そんな人が私の名前を呼んだ。

「角名くん」

感情の読めない表情でこちらに近寄ってきた彼に少し焦る。今の聞かれてないよね……?出来れば治くんにはバレたくないのだけれど。
後ろから角名くんに名前を呼ばれ振り返ったうちに、三人はそそくさとどこかへ行ってしまった。あの子達の後ろ姿を見送り、再び角名くんの方へ目を向ける。

「どうしたの?」

内心ヒヤヒヤ。意地悪されているのはバレたくない。特に治くんには絶対に。会えてないせいもあるし、人より人生歴が長い故にそういうのを隠すのが上手な方だから彼には絶対勘付かれていないはず。
どうしたの?の問いに答えてくれない角名くんは私と同じくあの子達をじっと見つめ数秒。やっと目が合ったと思ったら不思議なことを口にした。

「いや、ただ名前呼んでみただけ」
「……は?」

口角を緩く上げこっちを見下す角名倫太郎に変な声が出てしまった。もしかして助けてくれた?いやいや、そんなわけ……。

「じょーだん」
「冗談……」
「これあげる」
「え?」

そう言って差し出されたのはココア。受け取ると買ったばかりなのか温かくて、冷えた手には丁度良い。

「面倒だからあげたことは治に秘密にしといて」
「うん」
「って言おうとしたんだけど」
「?」
「面白そうだから言ってきてよ」

いつもの場所で待ってるっぽいよ。最近みょうじさん不足でヤバいから。と外階段へ向かう道を指差された。「出来たら治の反応教えて。待ってる」なんて続ける角名くんはどこか楽しそうで。さっきまでのイライラが嘘かのように消えてなくなっていた。

「角名くん、ありがとう」

もらった缶を右頬の傍まで持っていきお礼を伝えると、目を丸くして数回瞬きをした角名くんは苦笑し「その顔で俺と喋ったってことは絶対に言わないでね」とだけ言っていなくなってしまった。


どういうこと……?