五月四日

文化祭でミヤビ様の個展が成功すればミヤビ様の立場はこの学校でも確かなものになる。 当時の私はそう考えて感謝こそされど、まさか迷惑をかけたとは思ってもいなかった。

ミヤビ様は、どちらかと言えば控えめで、いつもファンに対して嫌な顔を一つせず、丁寧に接していた。いわゆる、神対応ってやつ。同級生なのに、彼女の振る舞いは大人び過ぎていた。

私はイラストレーターを目指しているから、ジャンルは違えど芸術分野で成功をしている彼女が羨ましかったし(人形という立体だけでなくコンセプトアートを見る限り平面もいけるなんて神に愛されているとしか思えない)、私とは違う生き物だと思っていた。

だからミヤビ様に友達になりましょう、なんて優しく提案されても拒んだのだ。 彼女に伝えた通り、周りからの嫉妬を恐れたのも有るけれど、一番の理由は崇拝している女神が私という俗世に染まるのが許せなかった。


文化祭の準備期間に入ってから、ミヤビ様が私含む信者以外とお話ししている場面が増えた。というか例の三人組と一緒にいることがほとんどになった。

天城さんは、まあ許せた。
美人でお淑やかだし、ミヤビ様と並ぶとパッと周りが華やかになる。むしろ私なんかじゃなくて最初から天城さんと友達になってくれれば誰も苦しまなかったんじゃないか、なんて。責任転嫁なのは分かってる。

里中さんも、まあ私は許せた。
ミヤビ様の世界観が壊れるから近付くな、なんて過激派も結構いる。(いるけれど、里中さんを前にすると結局みんな何も言えないのだ。あーあ)
私も当初かなりの過激派だったけれど今は違うと、思う。ミヤビ様が困ったような、でも楽しそうな笑顔を見せるようになったのが少し嬉しいから。

問題は花村陽介で。
ミヤビ様が彼に恋をしているのは明らかだ。 彼の存在が決定的に私達とミヤビ様の距離を開かせた。私達アングラ趣味の者達は花村のような人間は正直、苦手である。その為、物理的に近づけなくなってしまった。

ミヤビ様に話を聞くのも憚れるので多分だけど、多分ミヤビ様は奴にフラれてる。 恐らく泣いたんだろう。メイクが取れて瞳を赤くしたミヤビ様を、文化祭の帰り道に私は見た。


そして、その顔を見てやっと私は気付いたのだ。 気付いた瞬間、猛烈な羞恥に襲われミヤビ様と関わる事を徹底的に避けた。



* * *



久し振りにお会いしたミヤビ様は私の姿を認めると少しだけ驚いた顔をしたけれどすぐにニコリと笑った。

「マリアさん、来てくれて凄く嬉しいわ」

若草色のクラシカルなドレスを着たミヤビ様は変わりなく、美しかった。
そして、しまった事に気が付いた。久し振りに会うのだから気の利いた挨拶くらい考えてくれば良かった。

えっと、個展おめでとうございます?いや、いきなり距離を置いた事を謝るべきだろうか。頭の中が急速にグルグルと回転しだす。 何も言えず押し黙る事しか出来ない私の手を冷たい手が包み込んだ。ミヤビ様だ。

思わず顔を上げて彼女の顔を見れば彼女の茶色の瞳は水面のように揺れていた。 ああ、だから今日はそんな顔させない為に来たのに。

「まずは久し振りに私の作品を見て頂けませんか?」
「あ、その。…はい」
「マリアさんは、高校に入る前から私の作品を知ってくれていたから、…だからこそ、その…感想があったら聞かせて下さるととても嬉しいですわ」

気の利いた返答が湧かなかった為、とりあえず私はコクコクと頷くしかなかった。 頷いた私を見てミヤビ様はほっとしたような表情を浮かべ私の手を開放した。


久し振りに見たミヤビ様の作品は、やっぱり綺麗だった。 これはもう彼女の性格というか、性質というか、定めというか、病気なのだろうけど一点のミスも見逃さない不自然な美しさがいっそ気持ち良いのだ。

淡い金髪にペールブルーのエプロンドレスを着た少女が私に微笑みかける。 私がミヤビ様を知る事になった、思い出の一体だった。

作り出したばかりの頃の作品らしいけれど、そこはミヤビ様らしく粗は全く無い。けれど今のミヤビ様のお人形と比べると少し野暮ったい顔をしている。個人的にはそこも好きだけれど。

彼女の微笑みに問われて、何故ミヤビ様に近付いたのか思い出す。 芸術を尊ぶ人間が近くにいるという純粋な気持ちで最初は近付いたのに。単純に語らいたかった筈だったのに。
結局は身の丈や釣り合いで彼女との間に勝手に線を引いたのは私だった。

でも一緒に絵を描いたり、雑誌をみたり。 気が合うと思ったから声を掛けたのだ、そりゃ滅茶苦茶に楽しかったのだ。

ミヤビ様の整ってはいるけど無感情な顔を(人形かよ、能面かよ)だなんて心の奥底で妬んだし、不気味だと思った事もある。

だからあの日泣いたミヤビ様を見て、神でもなく、作家でもなく、血が通った人間で、何処にでもいる同い年の女の子なんだと思い知って。それから焼けつくように胸が痛い。



展示も終盤に差し掛かり、今回の目玉だというココアブラウンの髪色をした三体が視界に入る。

「えっ」

視界に入った途端、驚きの余り思わず声が漏れた。普段、ミヤビ様の作品を見ない人からすれば特に目新しく変わった所なんて無いのだろうけれど。

三体ともミヤビ様を模しているのは分かる。
左端のお人形なんか、八高に入学したての頃のお化粧がまだ今より薄かった頃のミヤビ様にそっくりだ。リップは桜色で小さく口元が笑っているけれど眉尻は下がり切っている。
なんていうか、初々しくてあどけないのに、そっけなくて冷たい。まるで水晶の中に閉じ込められているのは彼女の癖に外の世界を見下しているというか。

真ん中のお人形は私と距離が開き始めた頃のミヤビ様にそっくり。困った様な笑みを浮かべているのは一緒だけれど、なんていうか温度を感じるというか、建前の笑みじゃない。
人形というよりも、最早一緒に時を過ごした人間の思い出だ。こんなの、多分あの三人組が見たら泣いてしまうんじゃないかってくらい兎に角ミヤビ様だった。

けれども右端のお人形が、私は今迄の作品の中で一際異彩を放っていると思った。 それはそれは健やかに微笑んでいた。小さな女の子が大好きなパパとママに褒められた時のように嬉しそうな笑顔だった。

ミヤビ様のお人形は大抵、真顔か薄く微笑んでいて例に漏れずこのお人形も微かな笑みを浮かべているのだけど、例えるならばいつものお人形が月の優しさとして、今回のお人形は太陽の力強さを感じる。

なんていうか、世間に求められているであろう「ミヤビ様らしさ」という型にいかに綺麗にハマるのではなくて、ここを始点に発信していきたいという気概を感じる。

人目を気にする事なんて考えた事もない幼子の素直な無邪気さを中心に、いつものミヤビ様の繊細な感情をふんわりと纏ったお人形は酷く魅力的だった。


「マリアさんなら、分かってくれると思ってたから…やっぱり嬉しい」

後ろを振り向くと、日高さんが柔和に微笑んでいた。

「…日高さんのお人形って繊細で冷たくて、突き放されてるように感じて。感情が読み取れない恐怖こそが美しさで、それが魅力なんだって思ってた」
「今まで人に胸を張って見せられる自分がいなかったから、曖昧に自分を隠してる内にミステリアスキャラ扱いになっちゃっただけなのにね」

自嘲する日高さんは私の前では見せなかった日高さんだった。 悪戯に笑う顔は、あの三人組にするような笑顔だった。

「ねえ、マユミさん」
「…そこだけはマリアでお願いします」
「うん、マリアさん。また一緒にお話ししたいんだけど、ダメかな」
「言っておくけど…私かなり日高さんの事、愛しちゃってるからね。本当に妬いてるからね。花村陽介よりもマリアって言わせてみせるから」

ボッと耳まで顔を赤くした日高さんは「エッ、なんで?マリアさん、エッ!?」と冗談の様に動揺をした後、唇をむず痒そうに動かして顔を手のひらで覆い隠した。

百面相する彼女は「生」そのものだった。





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