チャイナ
アドバイス

※一年生の冬ごろのお話


「さぁ〜んむッ!」
「うん、これは……本当に堪えるね」

隣を歩く花村くんは、学ランの下に着込んだパーカーを震えた指先で引っ張り上げて、少しでも肌の表面積を減らそうとしている。

花村くんは陽介という名前のイメージ通り、暖色系が似合うと思う。
けれど、青も似合うんだなぁ、なんて彼の目新しい防寒具を見て思う。
明るい髪とオレンジのヘッドフォンの間、差し色として添えられた鮮やかなブルーから、なんだか目を逸せない。

不自然にならない様に、私は強風で乱れる髪を直す度にちらりと、けれどもじっくりとその青を目に焼き付ける。

この極寒の中、自転車で帰ったら凍死する。そう判断した花村くんは、潔く学校に自転車を置いて来た。
そのおかげで空いた両手を、彼は一生懸命ゴシゴシと二の腕に擦り付けている。ガラスの様な冷気を纏った風からは、何が何でも私達を虐め抜くという強い意志すら感じる。

遮る物が全くと言って無い田んぼ道だから、余計に寒さが厳しいのだろうか。
農閑期を迎えた田んぼにはうっすらと雪が積もっていて、それが冬特有の寂しさを更に演出している様に思えた。

「こっちの冬、舐めてたぜ……。都会ん時は指定のコートが似合わなくて、このスタイルでやり過ごしてたんだけどさ。しっかりした上着が無いとマジでヤバいかも」

学校で指定されている物、となるとかなりカチッとしたデザインなのだろうか。
頭の中でブレザーをラフに着崩した花村くんを用意する。紺色のシックなピーコートを勝手に着せて見るが、確かに少しばかり、ちぐはぐかもしれなかった。
花村くんには、明るい色がよく似合う。

「スキー場が有るくらいには、まあ寒い土地だからね……」
「マジ!?それは知らなかった……。俺スノボ地味に滑れるからさ、ちょっとテンション上がって来たわ」
「そうなんだ。花村くんが滑ってる所見てみたいな。……でも私、凄い運動音痴だから雪だるまになりながら並走する事になるかも」

ゴロンゴロンと雪山を転がる私を想像したのか、花村くんはプッと軽く吹き出した。

「スノボは無理かもしんねぇけど、スキーなら日高さんでもいけるんじゃね?俺、教えるしさ」
「おっ、言ったな?私の絶望的な運動神経にひれ伏すが良い」
「胸張って言う事じゃないだろ!」

キレの良い花村くんのツッコミに思わず笑ってしまう。千枝ちゃん雪子ちゃんと一緒だと、私は比較的にツッコミ側に回るので、ボケを丁寧に拾ってくれる花村くんがいると、私も小ボケを言ってみたくなる。

ひとしきり笑い合った後、取り止めもない雑談をポツポツと続けつつ田舎道を進む。が、突如として花村くんの目から輝きが消えた。

「駄目だ、暖を取らないとマジで死ぬ」

少しでも体温を上げようと必死に腕を摩るも、ブルブルと震える彼の姿は、あまりにも同情を誘う。

「っだ〜!スノボ出来るかもって興奮で誤魔化してたけど、やっぱ限界だわ。カイロとか……近くにコンビニってあったりします?」
「うーん、花村くんが想像している様なチェーンのお店じゃなくて、個人経営のなら……」
「全然!命さえ助かれば何でも!」

必死らしい花村くんは、私の両肩をぐわしと掴む。その勢いと、血色を失った顔色がよく分かる程に近い距離感に、私は少しばかりたじろいでしまった。
ええい。私ばかり顔を熱くしてどうする!

「そ、そっか。なら、案内するよ」
「マジ助かるぜ。サンキュー、日高さん」

パッと離れた、少し前まで肩に乗っていた氷の指先を未練がましく私は見送る。
もし、私達が恋人だったら、その手を包んで温める権利があるのに。


* * *


田んぼしかない開けた道を曲がり、今度は古い戸建しかない狭い道を進んで行く。
彩度の低い町並みは生まれ故郷であるという事実を差し引いても実にノスタルジックだ。

特徴のない民家達を、凍える足でのろのろ見送る。久しぶりに寄るので今もやっているか不安だったが、色落ちした看板が掛かった商店は営業していた。

ガラス戸を覗き込むと、四六商店の女将さんと同じくらいの女性と目が合った。私と花村くんはペコリと簡単に頭を下げて横スライドの扉を開けた。

「いらっしゃい」
「あ、えーっと。凄い寒くて……カイロとか売ってます?」
「カイロ?ちょっと待っててね」

お店の中は、外に比べると暖かったが、充分にぬくいとは言い難い状態だった。レジ台の近くに置かれた石油ストーブがどうやら一台で頑張っているらしい。

女将さんと花村くんのやり取りをBGMに私はお店の中を少しばかり見て回る。
小さな頃は百円玉を大事に抱えて、よくこのお店で駄菓子を買ったものだ。当時からずっと並んでいた歴史あるお菓子や新顔に変わらずワクワクしてしまう。

フルーツ味の小さなお餅がバスケットを模したモナカに入っているお菓子を手に取った。 カラフルでレトロで、いい意味でチープさを感じるところが愛おしい。
このお菓子は四六商店には無かった気がするので、完二くんと自分、それから花村くん用に三つ買う事にした。

ジュネスの真新しい、明るくて見やすい売り場とは店構えが全く違う。けれど、個人商店特有の雑然とした感じがデメリットでもあり、メリットでもあるのだ。
流行から少しばかり置いて行かれた時間がこの店では売られている。それがなんだか私を含め、この町に住む多くの人間の肌に馴染む。

残念な程に刺激は無いけれど、私はこの町が好きだなあ、とこういう小さな事一つで思う。

ざっと店内を見回してから二人の元へ戻ると、花村くんは早速カイロをお腹に仕込んでいた。

「カイロ、あってよかったね」
「あっ、実はさ……」
「丁度品切れしててね、うちので良かったらどうぞ」
「って事でさ。すみません」

礼儀正しく花村くんは頭を下げた後、私が持っていたお菓子を手にする。

「ここまで連れて来てもらったし、俺が出すよ」
「えっ!いいよ!?別に」
「命の恩人にはこれくらいしないとな」
「……ありがとう」
「うんうん、女の子は素直なのが一番いいよな」

花村くんは都会育ちだけれど男だとか、女だとか性別に拘るおじさん臭い感性を持っているなと思う時がたまにある。
そういうのを気にする人もいるのでは、と思う一方、女の子として褒められると嬉しくなってしまう自分がいて、好きな人に対する甘さを自覚してしまう。

「あとすみません、肉まんも一つ」

花村くんの声に釣られ、レジ台の上にある蒸し器を見る。ふっくらとした白い生地が特徴的な蒸しパンが一つだけ収められていた。

お会計を済まして、お店を出た。店内に比べて外はやはり寒い。
ぶるりと体を震わせる私の前に、半分に割られた肉まんがぐっと突き出された。
湯気がほかほかと立ち、素朴な生地の甘さと肉の塩気がこっちまで匂いとして伝わる。

「日高さんの分な」
「……いいの?」
「一人で食べるより二人で食べた方が美味しいだろ、こういうのってさ」
「そう、かも」

申し訳なくて遠慮しようと思った。けれど、にっこりと当然の様に笑う花村くんを見て断る方が失礼だと思った。
それに、自然とこういう事が出来てしまう彼の、気配りだとか優しさが嬉しかった。

そろりと手を伸ばすと「熱いから気を付けてな」と花村くんは気遣ってくれた。
先程までパーカーの奥底に避難していた彼の指先と私の指先が交差した。肉まんのお陰か、少しだけ触れた彼の指先は雪解けていた。

「頂きまぁす」
「……いただきます」

横目でちらりと花村くんを盗み見る。ヘーゼルナッツ色の瞳に幸福の光が宿ったと思いきや、ゆっくりと目蓋が閉じられてゆく。
形の良い眉と頬が緩んで、じっくりと味わっているのが伝わる。

その表情に釣られ、私も一口頬張った。素朴な甘さを感じる蒸しパンと、火傷しそうな位熱い肉餡の塩気が美味しい。
買い食いなんて中々しないから、久し振りに肉まんを食べたけれど、こんなに美味しいものだっけ。
寒さと、分け合う人がいるという嬉しさの影響なのかもしれない。

顔を上げると、唇を軽く拭う花村くんと目が合った。それだけで、単純な私の体温は上がる。

「久し振りに食ったけど、美味かった」
「うん。ご馳走様」

寒がりな花村くんには悪いけれど、またこんな震える位冷え冷えとした日が訪れればいいな、なんて思った。

友人同士でも、こうして分け合える熱があるのが今の私にはとてつもない慰めだったから。





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