レディ・
ジュブナイル

※夢主の性格が悪い
※一応救いはある感じですが人によっては不快感がある話です


あたしと花村くん、いや陽介のカップルは美男美女だと学校中の人間は言った。当然でしょ、と思いつつもその称号は悪くないとも思った。

付き合ってすぐ、あたしはあいに陽介との事を報告した。「今度ダブルデートしようよ」と誘うとあいは顔を顰めて「アンタ、気持ちわる」と吐き捨てた。

可愛い女子の持ち物を次の日真似してくる同級生っていたよなぁ、とあたしは過去の記憶を振り返る。多分、それと同じ顔。
あたしも真似される側で、こんなクソ田舎じゃ他に代替もないから一方的にセンスを搾取され続けていく。

あの腹立たしい感覚はよく分かるから「ごめんて〜。でも、やっぱり都会的な男の子が良かったんだもん」と平謝りした。

「日高のそういう所ってさ、わざとなの?それとも素なの?」
「わざとのつもりだけど、素かも」

グーを二つ顎下に作り、あざとく首を傾げながら言うとあいに肩を軽く突き飛ばされる。体勢を崩したあたしの握り拳は、そのまま空中分解した。

「サイアクすぎ。もう二度とあたしに関わってくんな」
「えぇ〜でもあたし以外、あいには友達いないじゃん」
「アンタ、一度友達って言葉の意味、辞書で引いてみたら?」
「あたしは、あいに憧れてるし、凄い好きだよ」

本心だ。嘘偽りのない本心。だからこそ堂々と笑って言える。

「……もし、あたしがブスだったら、アンタってそんな風にチヤホヤしてくれたの?」

色素の薄いあいの瞳があたしをじっと見つめてくる。探る様な、試しているかの様な、弱い生き物がする目だった。

「しないよ。だってあたしより上だと思ったから、初めて尊敬出来る存在が身近に出来たから、関わろうと思えたもん」

生まれながらの支配階級、まさにあいはそれだった。美も、金も女として生きるのに必要なモノを全て持ってる。
あいの、だからこそ高飛車とも取れる自信に満ちた態度が、物言いが好きだ。あたしが欲しいモノを全て兼ね備えた彼女が好きだ。

あいがもし、美しくなかったら多分そもそも認知していなかったと思う。
あたしだけじゃない。人は皆路傍の石なんてわざわざ見ない。鮮やかで目を自然と奪う一輪の華を求めている。

「そういう綺麗事を言わない所を好ましく思えるヤツと今後は仲良くしなね」

そう吐き捨てるとあいは鞄を乱雑に掴んだ。あたしの顔を一瞥する瞳は、温度が感じられなかった。
怒りだとか、悲しみだとか、そういう分かりやすい色は一瞬にして消え褪せた。それだけは馬鹿なあたしでも分かる。

あいの背中に「ちょっ、ごめんって!というか授業は!?」と呼び掛けるが返事は一切返ってこなかった。

あいの態度が冷たいのはいつもの事だが、今回ばかりは流石にヤバいと完全に理解していた。
何かしらの、あたしの言葉があいの逆鱗に触れたのだ。


* * *


放課後、いくらメールを送っても電話を掛けても便りは一通も来なかった。このままでは不味いとあたしは鳴上くんの所へ駆け込んだ。

鳴上くんとは一回も話した事がない。それだと言うのに陽介が話したのか、はたまたあいが話したのかは分からないけれど、あたしの顔を見るなり「日高さんか」と彼は言った。

「鳴上くん、ガチ初対面で悪いけど親友の恋人であるあたしを助けて欲しいの」
「……海老原関連の話か」
「そう。あいの地雷踏んじゃって、連絡つかないの。こういうのって時間が空けば空くほど取り返しつかないから仲介役になって欲しくて」

「お願い!」と手のひらを同士をくっ付けた腕を顔面の前で広がると困った様に彼は頬を掻いた。

「どの言葉が、海老原の地雷だったと思う?」
「うーん。それが分かんなくて困ってるっていうか……。あたしはあいの容姿をベタ褒めしてたつもりなんだけど」

鳴上くんが一瞬だけ眉間を顰めたのをあたしは見逃さなかった。じっと彼の事を見ると彼はゆっくりと口を開いた。

「取っ掛かりは容姿なのは分かる。綺麗事抜きに、最初の印象って大事だからな」
「おー鳴上くん話分かるじゃん」

じゃあ何で今嫌な顔したの。と続ける程、あたしは空気が読めない人間ではない。

「付き合う前、全く話した事無い男が海老原の事を可愛いから付き合いたいって告白してたのを見たんだ。それに対して海老原は凄い醒めた態度だった」
「……それで?」
「海老原は、容姿じゃなくて中身で人に選ばれたいんじゃないかな。彼女は努力して美しくなった人だから。その努力出来る真面目なところとか、頑張り屋なところを」

小さな子供を優しく窘める様な口振りだった。それでいて、あたしの知らないあいを彼は知っている様だった。

自分が凄く恥ずかしい奴だと急速に意識してしまう。気付けば頬に血流が集まっていて、発熱しているのを自覚する。
既にさ、あいは選ばれてるじゃん。美の神にも、富の神にも。極め付けに理解のある彼氏くん、いるじゃん。

自分の足りないところを指摘されて、逆ギレして、それが余計にカッコ悪いのを自覚して、なお怒りの感情が無尽蔵に湧いてくる。

「あたしも、あいや鳴上くんみたいになれたらよかったのにね」

何でも持ってる人は、いつだって心にゆとりがある。そんな人間に、あたしの事なんかが分かる訳ない。
「心が大事なんだ」って綺麗事を言える、美しい世界にあたしも生まれてみたかった。

顔を逸らしてしまったから分からないけれど、鳴上くんは何かを言おうとして、きっと辞めた。


* * *


鳴上くんと別れた後、どうしてもスッキリしなかったあたしはバイト終わりの陽介の元へ押し掛けた。

従業員口前で待っていたあたしを見て、陽介は腰を抜かす勢いで驚いた。それが妙にあたしの機嫌を良くさせた。

「遅いし、仕方ねぇから送ってく」
「仕方ねぇ、って酷くない?」
「そもそもよ、女の子なんだからこんな遅くに一人で出歩くなよな」

彼の大きな溜息に苛立ちを感じだが、その後の思わぬ「女の子扱い」にあたしのテンションは簡単に上がった。
調子にのって「手、繋がない?」と提案すると、少しの間を置いて彼は手を伸ばして来た。

緩く絡まった指先が、知らない体温を伝えてくる。
少しの居心地の悪さと、その正反対である安心感の様なものが同時に流れ込んで来て、言い出しっぺはあたしなのに、早くもむず痒さに耐えきれず手を振り払いたくなった。

それでもグッと堪えたのは、正直な話、そもそも陽介が手を繋いでくるとは思わなかったからだ。
好きあってる同士じゃないけれど、恋人としての誠意をみせてくれるのが嬉しかったし、「恋人らしい事をしている」のがあたしの思春期丸出しな自尊心を満たしてくれた。

それに、これで「冗談だし」と手を離したら、多分もう二度とあたし達は手を繋がない気がした。

家の場所を聞かれ、自宅方面に歩き出すものの、暫く二人とも何も話さなかった。
話題が見つからなかったのではなく、多分あたしも、陽介も、まずは慣れない手のひらの感触に順応しないと話が進まなかったんじゃないかと思う。

「なんで今日は急に来たんだ?」
「あいも、鳴上くんも取り付く島がなくて」
「それって日高さんがまた喧嘩売った感じ?」
「ちょっと!あたしはあいの事大好きだし、その彼氏である鳴上くんに失礼言う訳ないじゃん!」
「いやだって、あん時の里中と天城めっちゃキレてましたわよ……?」

口調はふざけていても、陽介の視線からあたしの真意を図る様なものを感じた。

「あの二人は、可愛いのに努力しないから、むかつくの」
「はぁ?どういう意味だ?」
「あたしは養殖なの。天然には勝てないから、せめて敵わないなーってポーズをしてて欲しいって訳」

正直に答えるのはプライドが傷付く様に思えて、癪に障る。それでも、陽介にはさらりと言えた。それは多分、陽介とあたしは同類だと感じている側面があるから。

「逆にさ、陽介は鳴上くんに劣等感とか、ないの?」
「……無いって言ったら、嘘になるわな」
「おお、素直だ」
「まあでも、劣等感があるからアイツと肩を並べられるような奴にならなきゃいけーねな、とか成長のキッカケにもなる訳で。日高さんも、海老原さんと対等な友達になりたいからオシャレ頑張ってるんだろ?」

陽介の横顔を、あたしはちらりと見上げた。
彼は困った様な苦笑いを浮かべていた。苦笑いといっても、誤魔化す様なものではなく、本当に辛いけれど楽しい、といったどこか哀愁を感じる表情だった。

「そりゃ、頭の出来とか、身体能力だとか、顔とか、心の強さだとか……努力しても埋められない差みたいなのはあるけどさ、言い訳して何もやらないのが一番ダセェから」
「……うん。まあ、勉強だとかは分かんないけど、人との釣り合いみたいなのはいつも、考えてる」

というか、嫌でも考えてしまうからあたしは頂点に立って、何もかもから解放されたいのかもしれなかった。
多分、その所為であたしは「元が良いから」と努力せずあぐらをかいている子を異常なまでに妬んで、異常なまでに怠惰だと思ってしまうのだろう。

上昇意識が強すぎる事は悪なのか?そんなワケがない。
けれど、大衆は内面を磨く事は美徳とするけれど、ひとたび上部を着飾ると色気付いただの、いやらしいだの勝手にその人の思う枠に押し込める。

大衆はいつだってあたしなんかよりも傲慢で、神様気取りなのだ。

「日高さんって、性格悪いじゃん」
「……まあ、良くはないよね」
「人を馬鹿にした様な態度とか、関わった事もないのにそいつの全てを決めつけた様な話振りとか、ヤベー奴だなって思った」
「言うねぇ」

普通は、ここまで言われたら傷付くべきなのだろう。
けれども、陽介が鳴上くんらと一緒にいる時と違う面を見せる度に、あたしの心は穏やかに、澄んでいくような感覚がした。

カースト上位で、アイドルや有名人に囲まれる日々なんて、フィクションじみている。
あいと同じポジションに収まりたかったのが一番の理由だけど、陽介と付き合ったのは、その特別で幸せな生活の化けの皮を剥ぎたかったからだ。


本来ならこっち側の人でしょ、アンタは。ねぇ、そうでしょ。
だから、素顔を見せてみなさいよ。


一皮剥けば、皆肉のかたまりに過ぎない。
そんな事皆分かりきってる。でも、皆その一皮の為に命や金を賭けている。
だから、その必死に取り繕った皮をビリビリに破いて、暴きたくなるのは人間って残酷な生き物だし、普通の事なんじゃないかと思う。

「態度に出すから、日高さんの事性格悪いって俺は思ったワケだけど……。でもさ、結局の所、誰にでも先入観はあるし。俺にだってあるわけで」
「へぇ。なら、正直な話、エンコーしてると思った?」
「……まあ、勝手なイメージですけど」
「あはは!処女だっての!つーかこんなド田舎でエンコーなんかしたらすぐ身バレして大変な事くらい考えたら分かるじゃん」
「うん。だから、謝るわ。ごめん」

陽介の薄茶の瞳は、真っ直ぐだった。躊躇いや曇りは全く感じられない。 そういうところが、きっと彼とあたしの大きな違いなのだろう。

「性格悪いって死ぬほど自覚してるけど、言われた事で傷付いたから謝って」
「うん、ごめん」
「あたしの事どうでもいいのに、付き合ったのも謝って」

サラッと謝られて、何事もなかったかのように手を離せば、全てが終わる。
そう思ったのに、彼をじっと見上げても別れの言葉は出てこない。

「今も恋してるとかじゃないけど、なんか気になってさ。それが失礼な事だったら謝る」
「いや、それが失礼だったらあたしが頭丸めないとダメだわ」
「なんだよそれ」

顔をくしゃりと歪めて笑う陽介がやけに輝いて見えて、それにあたしは当てられたのだと思う。

「陽介、ごめん」
「うん」
「人と比べてばっかりなの、あたし」
「うん」
「自分の為に、誰かの一番になりたかったんだと思う」
「うん」

そっと絡まった指先を剥がしても、陽介はそれを追いかけては来なかった。

「話聞いてくれて、有難うね」

友情でも恋でもない、何かが綺麗に終わった。
今、あたしは少女マンガのヒロインみたいに汚れ一つない笑みを浮かべていて、それを月明かりが照らしている。はずだ。

「あー……その、今なんか日高さんの中で俺の聖人ポイントがカンストしたかもしれないけど、言っておかないといけないことがいくつかある」

どうやらあたしは相当怪訝な顔をしていたらしい。陽介はコホンと空気を変える為にわざとらしく咳払いをした。

「俺も、少し前までは都会と比べてこの場所を馬鹿にしてた。そういう見下してる感じってのがさ、多分伝わってたんだと思う。鳴上が来るまで、正直な話馴染めてなかったっていうか。今ここにいるのは確かに俺なのに、部外者気取りだった」

鳴上くん御一行になる前の、「花村くん」をあたしは思い出す。
腫れ物扱いの所為なのか、はたまた見えない壁を彼の方から打ち立てていたのかは不明だが、明らかに彼は馴染んでいるフリをしていた。

「それで、俺も同級生の子相手になにつけ上がってるんだよって話だけど……鳴上が俺にやったみたいに、日高さんの本音を知れたら俺カッケーかもとか、思った」

周りに合わせるというのが、学生時代を生き抜くコツだってのを何故か思春期になると突然皆理解し出して、弱みは仕舞い込むものだ。

本音を言うだとか、不満をぶつけ合うだとかは、そんなのフィクションの世界にしかないはずで。
でも、それがフィクションとして成り立つのは皆が何処かでそれを望んでいるからで。

「あと、周りの女子は相棒に夢中でさ。まあ、俺もオトコノコだから。俺に興味を向けてくれた子が出て来て色々チャンスだと思った」
「おー君の好意は君の自尊心を満たす為とあたしの体目的だったって訳か」
「ソウデスネ」

顔を見合ってあたし達は笑った。ひとしきり笑った後、視線が混じり合って、二人とも顔を寄せた。何だか、とてもそういう雰囲気だったのだ。

初めてのキスは触れ合うだけのものだった。ほんの一瞬で、あたし達には深い恋慕みたいなものはない。

それでも、多分ずっと覚えてるんだろうなってあたしは薄ぼんやりと思った。

「花村くん、有難うね」
「もう陽介は必要ない感じでオーケー?」
「うん。お礼にセックスでもしとく?」
「……今綺麗に別れる流れだったのに、俺の浅ましい未練を刺激しないでくれます?」

彼の言葉に今度こそ腹が捩れる程、笑った。
こうやって笑うのって、良い子ちゃん臭いけど「いいな」って、ただただ思った。

見たくないものは、関わらずにスルー。これが大人だ。
でも、あたし達はまだ子供との良いとこどりしても許される年齢だろう。

だってまだ、十七歳だもん。





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