この肉体が
土に還るまで

※全体的に暗い。
※宗教に関する話題が出てきますが、全てフィクションです。信仰や教えを否定する意図は一切御座いません。



「後でいくらでも話すから……レヴナントの安否を確かめなきゃ」
「見なかったの?私が奴の眉間を貫いたのを……流石にあの<{ディは壊れたんじゃないかしら」

いくら機械の体といっても、レヴナントの様なシミュラクラムは代えのきかないパーツを失ってしまうと修復は難しいだろう。しかも落下したのは深い海ときた。

居ても立っても居られなかった。
銃を突きつけられているにも関わらず、私は彼を探す為に立ち上がる。
あの時、私は何かを感じ取ったのだ。最期に極限まで近付いた、あの時。
レヴナントじゃなければ、きっと辿り着けなかった答え。

レヴナントを撃った謎の女は「ちょっと」と眉を寄せ不満気に口を開くが、その言葉と同時にアニータが動いた。
あっという間にアニータは謎の女を拘束し終えると、ピースキーパーを彼女の脳天に押し付けた。

「申し訳ないけど、一から説明して貰えるかしら?」

アニータの口振りはお願いする様な下手に出たものだったけれど、実際は尋問だった。
レヴナントを撃っただけでなく、スカルタウンが崩壊したキーを確実に握っている不審者だ。そういう態度になるのも仕方ない。

発砲も止む得ないと言った雰囲気にミラージュが「手荒なマネはよせ」と口を出したけれど、余計にアニータの機嫌がねじ曲がった様に思える。
きっと謎の女性に、男ならば思わず靡いてしまう様な色気があるから、それに当てられたと思ったに違いない。

早くレヴナントを回収したいという気持ちで焦れるが、その作業は1人では無理というのを頭では理解していた。
それに、この凶行に移した彼女の動機を知りたかった。私の知らないレヴナントの一面が明るみに出るかもしれない。そういう期待もあり、私は大人しくジブの側で彼女が口を割るのを待った。



結局彼女……ローバ・アンドラーデというらしい……はシンジケートとハモンドのお偉いさんが来るまで一切口を開かなかった。
学があまり無い私は彼女とお偉いさん達の会話はサッパリだった。
とりあえず、彼女は裏社会の有名人で、レヴナントに家族を殺されたから今回の復讐に及んだというざっくりとした要約を聞き、納得は出来ないけれど理解はした。

そこまでは着いていけたが、驚く事件が更に2つも続いた。
1つはローバがレジェンドとして就任する事になった事だ。これにはアニータが怒髪天だった。 いきなりスカルタウンを崩壊させたと思いきや謝罪の一つも無い。ましてや、レジェンド達に相談も無く、ぺこぺことお偉いさん達が勝手に彼女なら数字が取れると事を進めたからだと思う。


そしてもう1つは、機能停止したと思っていたレヴナントが傷一つ無い状態で姿を現した事だった。

これにはローバ以外のレジェンド全員が驚いた。重たい機械体は、深い海では沈む以外の選択肢など無いはずなのに。

「レヴナント、大丈夫だったの……?」
「あの小娘を始末したら、蠅のように飛び交うお前の番だ」

真っ先に彼に声を掛けると、いつものように冷たい反応を返される。どうやら記憶は引き継いでいるらしい。それが尚更私を混乱させた。

クリプトやナタリー曰く、普通シミュラクラムというものは元となる人間に対して一体だけの筈だ。
何故ならシミュラクラムに感情や記憶を与える為に元となる人間の脳組織を利用し、その機械体の頭蓋フレームに組み込まれているからだ。 どうやら、レヴナントはその常識から外れる存在らしい。

そして私は考える。
後、何回レヴナントは死ねるのだろう。 もしかしたら、彼は死ぬ事が出来ないのかもしれない。

どうやって彼が復活したのか、私には理屈が分からない。けれど、機械の体のストックさえあれば彼はこうして戻って来るのかもしれない。 科学的な話をしている筈なのに何故か不思議とファンタジーな話になりつつある。

邪険にされるのは分かりきっているけれど、私は彼の事がもっと、知りたい。


* * *


出会いは最悪だったというのに、意外にもローバはレジェンド一同に積極的に絡んで来た。復讐対象であるレヴナントは勿論除いてだけれど。

ローバは気にしなくても、他の皆はローバと親しくする気は無いみたいだった。
そりゃ説明もなくキングスキャニオンの一部を吹っ飛ばして、シンゲートやハモンドと薄ら暗い関係を持っていそうな不審者とフレンドリーにとはいかないだろう。

でも、私はローバと話がしたかった。
何度も繰り返し彼女に声を掛けるが、私は蔑む様な目で見られたし、あからさまに無視をされていた。
多分、初対面の時にレヴナントの安否を気にする場面を見られたからだろう。
それでいてレヴナントの話が聞きたいから関係が深そうなローバに付き纏うだなんて、彼女からしたら死神の献身な信者としか思えないだろう。

八方塞がりの中、現れたレヴナントを私は救い≠セと思った。無感情に、平等に、人を殺す完璧な命の狩人だと。
でも、それは少し前の話だ。私は、彼の中に魂を見出してしまった。



試合直前のドロップシップともなれば流石に神出鬼没であるレヴナントやローバも船内に揃っている。
今日はそのどちらとも部隊を組む事は無かったけれど、話すチャンスをみすみす見逃す訳にはいかなかった。

「ローバ、おはよう」

彼女は本日のチームメイト達から1人離れ、壁に体重を預けていた。彼女の形の良い眉が私の存在を認めた途端、歪む。
当然だが、彼女は朗らかに挨拶を返す事などしなかった。カツカツと威嚇する様にヒールの音を立て、私から距離を取ろうとするローバの腕を思わず掴んだ。

「……何のつもりかしら?」

意志の強い、ある種の熱が籠った瞳は鋭く、常人だったら怯んだに違いなかった。
でも、こんな事で動揺していたら一生ローバに話しかける事は出来ない。

「……絶対に死なない相手に、どうやって復讐するつもりなの?」

周りの人間に聞こえない様にそっと耳打ちすると、ローバは目を見開いた後、口角を釣り上げた。意外にも、彼女はしっかりと感情を表に出すタイプらしい。

「機械と言えど、命は有限だと私は思うけれど?……面白い考えね。根拠を聞かせてくれる?」

そう言うと彼女は胸ポケットから颯爽と端末を取り出し、座標を送ってきた。急な展開についていけなくてポカンとしている私を尻目に彼女は続ける。

「試合後、ここで落ち合いましょう。お酒が美味しいの」

アルコールは苦手だけれど、折角ここまで上手く話が進んでいるのに、急に不機嫌になられても困る。
ローバに合わせるのが最適だろうと思い、私は何回も繰り返し頷いた。もしかしたら、馬鹿だと思われたかもしれない。


* * *


琥珀色の酒とロックアイスで満たされたグラスをローバはカランと鳴らした。アルコールは苦手だから何を飲んでいるのか検討が全くつかないけれど、度数は強そうだ。

お店には青い髪を逆立てた男性が1人カウンターに立ち、私達に飲み物を出してくれた。ローバには何も聞かずスッとお酒が出て来たものだから、きっとこの人はローバとは顔馴染みなのだろう。

お酒自体は大丈夫だけれど、アルコール特有の苦味が無理でお酒は飲めないとバーテンダーに伝えると、一見オレンジジュースとしか思えない飲み物を渡された。
くん、と匂いを確かめてみると少しだけアルコールの香りがするけれど意を決して飲むとオレンジジュースの甘味と一緒に爽やかな風味が口一杯に広がる。これなら飲み易い。

「えっと、私の事から話した方がいいよね?」
「そうね。お願いしてもいいかしら」

もう一度洒落たお酒を口に運んでから私は話し始めた。

「私の家族は全員天国に行っちゃってるんだ。ここまでは有名だからローバも知ってるかな?」
「今はジブラルタルが保護者代わりなのも知ってるわよ」
「オーケー。……あのね、私にとっては最愛の家族だったけれど、他の人からしたら違かったのかもしれないんだ」
「……ふぅん?聞かせてくれる?」

ローバが脚を組み替えて、私の顔を真っ正面に見据えた。

「地球に人類の大半がいた時は、殆どの人が神様を信じてたんだって。今は大抵の事が0か1で説明出来るからそんなの不要って人も多いけど、それでも説明のつかない事はあるよなぁって私も昔から思ってる」
「貴女は信じているの?」
「まあね。……それで私のパパは地球では最もポピュラーだった信仰を伝えてたの。それが仕事であり使命だったの」

普段、自分の事をこんなにも話す事は無いので少しだけ照れ臭い。けれどローバの瞳は真っ直ぐ私を見詰めていた。勘違いでなければ話の続きをせがんでいる様にも思えた。

「パパはいろんな意味で仕事熱心だった。数多くの人の心の隙間を埋めてあげてた。そして見返りに、お金を貰ってた。お金を貰うのは悪い事じゃない。……でも、ちょっと度が過ぎていたんだと思う」

私は一度グラスを傾け、唇を湿らせた。

「学校から帰ってきたら、家……というか本拠地が火の海に飲まれてたの。まだ、家族が中にいるかもしれないって思って飛び込もうとしたらジブに止められて……その時からずっと、私は止まってる」
「……そう。犯人は捕まったの?」
「誰がやったかは、未だに分かってないんだ。ただ、怨みを買う理由はあり過ぎたよね」

ローバは口を閉ざした。ただ、何かを考えている様だった。バーテンダーを、そして私を見た後、グラスを美しい指先で突いた。

「貴女の悲惨な過去は理解したけれど……それが何故あの悪魔に拘る事と結び付くのかしら?」

小洒落たカウンターにローバは肘を着き、私の瞳を覗き込んだ。嘘やハッタリはきっと通用しない。そんな雰囲気があったが、私は全て素直に話すつもりだった。そもそもの話、正直に話して困る事が私には無い。

「……ローバは家族を失った時、後を追おうとは思わなかった?」
「愚問ね、それは」
「そうだね。変な事聞いて、ごめん。私の場合はそう……いや、だったのかもしれない。分からない」

人と話す事で、今この瞬間、自分の気持ちが新しい方向に向かい始めている事に気付く。
考えると、余計闇に溺れて、人を悲しませる。だから、目を背けていた。
今は、ローバと向き合わなくては。けれどその後、私自身と戦わなくては、いけないのかもしれなかった。

「とにかく、レヴナントに会った時は生きる事に疲れてたの。彼なら、きっと躊躇いなく後腐れなく殺してくれるって思って、私の希望だったの」
「あら、じゃあ私が今話しているのは亡者なの?」
「期待に沿えなくてごめん。こんなんでも生きてる」

急に自身の長ったらしい前髪が気になって、適当に流すとローバは「そっちの方が良いわね」と笑った。その言葉が妙に擽ったくて、頬が熱くなる。

「レヴナントは完璧なキラーマシン……死神だと思ってたんだけど……彼は、電子回路が弾き出したままに動いてない。自身の心臓の声に従って殺しをしてる。私を殺して欲しいってお願いしたら、『私は私の為の殺ししかしない』って言われて……」
「振られたのね」
「うん。私の中でレヴナントは、1人の何処にでもいる、男の人なんだ」

自分の言葉で、伝えなくてはいけない事をローバに言えたと思う。派手なアイメイクが施された彼女の瞳をチラリと窺う。その瞳は意外にも穏やかだった。

「まるで恋してるみたいね、あの悪魔に」
「そういう訳じゃないけど……。気になってるのは確かだから、現状1番彼の事を知ってるであろうローバに話が聞きたかったの」
「あの熱視線はそういう事」

ローバはグラスの中身を堪能している様だった。唇に付着した液体を舐めとる舌が艶やかで視線が自然と吸い寄せられてしまう。

「良いわ。教えてあげる。でも、私のお願いを聞いて貰ってからよ」
「うん。何でも聞くよ」
「到底貴女1人だけで叶えるのは無理なお願いだから……他の同僚達への口利きも宜しく頼むわね」

そう微笑むローバに対して力強く頷いた。


* * *


「私は今、とっても珍しくて貴重なお宝を探しているの。コレクションにするためにね。協力してくれたら、私のこの恵まれた才能で、どんな願いにも手を貸してあげるわ」

ローバはそう言うと、妖しい美しさを感じさせる笑みを浮かべた。

「する!するよ!ローバ!ねぇ、皆もどんなお宝か気になるし、協力するよね?」

先日のローバとの約束が脳裏を過ぎる。どんな無茶なお願いをされるかと思っていたが、意外にも常識の範囲内の様だった。

「……普段だったら『面倒臭い』、『やりたくない』と言う所でしょ。イライザ、彼女に何を吹き込まれたの?それに、いつの間にか随分と仲良くなったみたいだけど」
「別に、何も」
「どっかの誰かさんと比べて本当に嘘が下手くそね」

アニータはローバの事となると途端にイライラする。私の下手くそな演技にもきっと苛立ったのだろうけど。そう考えると余計な事は余り言わない方がいいかもしれないな、と思いジブの背中にスッと隠れた。

レヴナントを除いたレジェンドはパラダイスラウンジの男子トイレに勢揃いしていた。ローバから秘密の取り引きあると打診され、それを切っ掛けに彼女の裏を暴く為だ。

「ミラージュならお母さんに良い治療を受けさせてあげられるでしょうし、ライフラインならご両親がやっと戦争犯罪を償えるかもしれないわね?……コースティック博士はきっと、ガイアに置いてきた面倒な『法的問題』を解決して欲しいでしょう?大丈夫。貴方は無実よ」
「お、お前はなんでそれを……!?」

コースティック博士は目をくわっと見開いた。心の底から驚いている様だ。震える声色から、若干の焦りを感じた。

「これが私の力。そして大切なのは、私が貴方達の力になれるってこと」

文句は言わせないとばかりに、ローバは一方的に話を進めて、全体を牛耳ろうとした。
お願いの内容を要約すると、別次元のキングスキャニオンにあるお宝のピースを集め、ナタリーとクリプトに組み立て貰うという物だった。

以前、事故で別次元に行った事があるパス曰く、別次元のキングスキャニオンは、この次元にいるレヴナントとはまた違う彼が仕切っているらしい。
だからこの事はレヴナントには漏らさない。そう私達は約束をした。私はその話を聞いて俄然、ローバに協力して彼の話を聞き出したくなった。

ローバはどちらかと言えば、煌びやかで美しい、分かりやすく価値があるものが好きだと思っていたから、機械が欲しいというのは少しばかり意外だった。
でももし、それがレヴナントのパーツだとしたら?復讐の為に必要不可欠なパーツだとしたら?

今の私は、レヴナントをどうしたいのだろう。

完璧なる死神から、何処にでもいる人間だと思い改め、かりそめの死をあの時は悲しんだ。
でも、ローバの怒りの心を聞いて彼は罰を受けるべき存在だとも思った。

道徳心や倫理面からすれば、理不尽に親を奪われたローバに寄り添うべきだ。でも、レヴナントだって別の視点や物差しから見ればきっと自由を奪われた被害者だ。

自分の魂の在り方以上に、分からなかった。



ローバが去った後、レジェンド達は作戦を練る為に再度顔を合わせた。
皆、ローバの態度に否定的で彼女を疑っていた。一度も公にしていない秘密を何故か知っていた事が皆には不気味に思えたらしい。

きっと、あの日話したプライベートな事は私が言わなくてもローバは知っていたに違いなかった。でも、私は彼女と話せて良かったと思っている。

ローバはレジェンドとして就任した時からハモンドやシンジケートとコソコソしていた。
ハモンドの人間とデートする予定があるというオクを主体に、レジェンド達は彼女の真の目的を調べ上げる部隊と、現地でピースを拾いに行く部隊、そしてピースを組み上げる部隊に分けられた。
私は現地組に分けられた。まあ、オクのデートなんて興味ないし、ピースの組み立てなんて出来ないから当然の結果だ。

早く、ローバの口からレヴナントの秘密を聞きたい。それが無理でもローバが考えている事に近付きたい。

嫌な予感を少しだけ肌で感じつつも、夜風が吹くキングスキャニオンに私達は降り立った。


* * *


吼える様にアニータはローバを呼び止めた。

「ちょっとローバ!話があるの」

ローバのお願い事を聞いてからまだ長い時間は経っていないと言うのにレジェンド達は、多くの犠牲を払っていた。

プラウラーに襲撃され、ベッドに伏せるナタリーと、生き急ぐ様に1人別次元に旅立ったオク。
ナタリーは元気になったけれど、意識を失った彼女を見ていると涙が止まらなくて、苦しかった。身近で大切な人が居なくなってしまう恐怖で体の震えが止まらなかった。
情けない事に、銃を握る事すら出来なくて、ナタリーの容態が良くなるまで私はずっと彼女の側で手を繋いでいた。

1人飛び出して行ったオクを追いかける為にアジャイはアニータを説得しにいった。
その後、2人は息を切らしてパラダイスラウンジまで戻って来たと思えば、アジャイはジブを誘って早速別次元に飛び立った。
それを見送るとアニータはローバを含めたレジェンド全員に鋭い視線を向ける。

「レジェンドのみんな、集合して。話しておきたいことがあるの。私達が異世界で命を賭けている本当の理由。そして、それがお宝とは関係がなかったこと……」
「えっ、どういう事?」
「ローバはハモンドから報酬を受けるために私たちを利用していたのよ」

アニータの言葉にローバの柳眉がピクリと引き攣った。

「バンガロール、どんな事実を掴んだつもりかは知らないけれど、その説明は全然……」
「あら?みんなに悪魔の取引をバラして欲しくないの?」

ローバは目に見えて焦っている。彼女が真に欲していたものは一体何なのだろう。ハモンドという事は……やっぱりレヴナント関連なのだろうか。

「スカルタウンを掘り返した時、貴女はレヴナントの外殻だらけの倉庫を取り壊したと言っていたわね」
「事実、その通りだもの。貴女達も見てたでしょう?」
「でも、それが全てじゃなかった。貴女は他のものを探していた。ソースコードと呼ばれているものをね」

オクのデート相手である、ハモンドの人間から手に入れたらしい書き起こしをアニータはつらつらと読んだ。

「待て。それじゃあ、俺達は……ハモンドの為にこんな事を?」
「連中の汚れ仕事をさせられていたのね。お宝はローバの作り話だったみたい」

つまり、ローバは私と約束をした時にはもう、“ソースコード”と呼ばれる物のためにハモンドと取り引きをしていたという事になる。
何故、彼女は嘘を吐いたのだろう。そして、ソースコードとは何なのだろう。

「ローバ、なんで嘘なんて吐いたの?ソースコードって何なの?スカルタウンの地下にあったって事はレヴナントに関係するものなの?」

ローバの両腕を掴み、問い詰める。直ぐに彼女は私の手から抜け出し凍りつく様な視線を私達に向けた。

「あの悪魔は何百人もの命を奪ってきたのよ。私はアイツに家族を奪われた。……そして貴女達はアイツと肩を並べて戦っている。そんな連中を信じられる?」
「ローバ……」

最初から微塵も私達の事を彼女は信用していなかったのだろう。ただ、利用価値があった。それだけ。
ローバの立場からすれば当たり前なのだが、私は仄かに彼女との繋がりを感じ始めていたのだ。なんだか胸がチクチクする。

「止まり木が倒れた時、私は復讐を誓って飛び立った。貴女の中で時が止まっても必ず季節は移ろうわ。いずれ全てが土に還る時……貴女の前には何が残るのかしらね」
「……どういう意味?」
「私は貴女を理解出来する事が出来ないって話よ」

私との話は終わりらしい。ローバはさっさと立ち去ろうとするがレイスがそれを許さなかった。

「貴女を信頼した私達もバカだったみたいね。でも、それもこれで終わりよ。ローバ、ソースコードって何なの?」
「……アイツの惨めな存在を消す為の秘密を、やっとの思いで掴んだのよ!言えばヤツに気付かれる。絶対に……」

ローバが取り乱す。それを静止する様に意外にも博士が口を開いた。

「奴の頭だ。私は少しだけヴィンソン・ダイナミクスにいた事がある。つまり、人造人間のプログラミングの事情には精通している。……感情、記憶、人格といった個体の内部ロジックの『源流』を司る、元の人間の脳組織が頭蓋フレームに組み込まれている」

以前、ナタリーやクリプトに聞いた通りだ。やはり元の人間のパーツが無いとシミュラクラムは成り立たない。だから、彼も例外無く替えの利かない存在だと思っていたのに、どうやら彼はその例外らしい。

「だがレヴナントの場合は、奴の生体組織……ソースコードはユニットの外部にあったのか。面白い」

つまり、脳味噌が外部にあるお陰で、体が破壊されても永遠に甦り続ける。それがレヴナントという事らしい。
衝撃の事実だが、レヴナント自身はそれを望んでいたのだろうか?
そこまでして彼は殺戮の快感を得たいのだろうか?
私は話を聞いて尚、レヴナントを何処にでもいる、1人の男だと思った。彼は残酷な性質を持っているのは確かだが、人としての感情を捨て切っていない。そう思うからだ。

「なんて事を……!貴方は私に死刑を宣告したのよ!悪魔の手先がこの話をアイツに伝えたら、私は寝ている間に殺される。間違い無くね!」

金切り声を上げるローバを無視してレイスは話を進めた。
ローバの真の目的が分かった以上、作業は中断すると思われたが、ハモンドの企みを暴く為にも作業は続行する事になった。乗りかかった船だ。レイスの言う様に、悪用される前に私達でその性質を確かめるというのも尤もだろう。

私としてはもう、ハモンドの事はどうでも良かった。ただ、レヴナントと他愛も無い話がしたかった。
私だけの物差しで、もう一度彼を測り直す必要があると思ったからだ。


* * *


ローバはレヴナントの魔の手から逃れる為に。
ナタリーは心の傷を癒す為にレイスに連れられどこか遠い所に行ってしまった。
レヴナントの内偵扱いをされたクリプトは酷く沈んだ顔を浮かべ、パラダイスラウンジを気早く立ち去った。

レジェンド達は瞬く間に散り散りになった。物理的にも、精神的にも。

すっかり寂しくなってしまったパラダイスラウンジのカウンターでミラージュが出してくれたカボチャを私は口に運ぶ。
美味しい。「折角だから皆も食べればよかったのに」そう呟くとミラージュも「ホントにな」とカボチャを一切れ摘んだ。

普段は五月蝿いミラージュを鬱陶しく思う事もあるけれど、なんだか今日は彼の存在が有難かった。
なんというか、温かい男だと思う。彼が灯した光にまた人が集まってくる、そんな気にさせてくれる。

私の隣にジブがゆったりと腰掛けた。それと同時に脚の細いカウンターチェアがキィ、と音を立てる。

「カボチャ?」
「いや、今は遠慮しておくさ」

ジブは何か言いたげだった。私の事を信用してはいるものの、どこか探る様な様子だ。

「……クリプトはツンツンしてる癖に、誰よりも人間臭いから。絶対に違うと思う」
「イライザもそう思うか」
「うん。どう見ても違うでしょ」

私がそう言うと、ジブとミラージュが張り詰めていた空気を破るかの様に腹から声を出して笑った。

「俺は博士の後を追うが、イライザはどうする?」
「……ローバの見送りをする。本当に最後になっちゃうかも知れないから」
「そうだな、それがいい」

ジブが大きく頷いたのを合図に私は椅子から立ち上がった。
まだまだローバから聞きたい事が沢山あるのだ。レヴナントの事、そして彼女自身の事。
ミラージュに礼を言って、私は道を急いだ。


闇夜の腕は等しく平等に人々を抱く。
ダークブルーのキャンバスに散った細かなダイヤモンド達はとても美しかった。こんな日じゃ無ければ、ぼうっと空を眺めるのも一興だっただろう。

エンジン音を轟かせながらもシップは停泊していた。恐らく中にローバは居る。ハッチは開いていなかったので船の真正面に周り両手を振った。
無視されても最悪仕方ないが、諦めきれない。「おーい!ローバ!おーい!」と全力で叫び続けると顔を顰めたローバがハッチから姿を現した。

「五月蝿いわね、もう」
「ローバ、最後に聞きたい事があって」
「あの死神の話はもう懲り懲りだけれど?」
「違う。……私とローバは境遇が似てるけど、全く違う生き方を選んだでしょ。結果、奮わなくても私には貴女が輝いて見えたの」
「……それで?」
「悔い無く生きようって思って、ここに来た」

私がそう言い切ると、ローバは目を見開いた。そして直ぐに溜息をついた。

「折角だから、貴方も見習えば?」
「え?」
「やっぱりいたのね。分かるわよ」

木々が少しだけ揺れる。その合間から影が飛び出したと思いきや突如として目の前に背の高いシルエットが現れた。

「お前達だけか」
「レヴナント、私話が……!」

ローバに言われた通り、もしかしたら恋なのかもしれない。今までした事が無いから分からないけれど、ここの所ずっと私の頭の中を占領していた存在に、胸がドキンと跳ね上がる。
急速に死が迫る展開に、乱れる脈拍を脳味噌がそう勝手に暗示掛けているだけかもしれないけれど。
思わず急く様に彼に話し掛けるが、ローバが銃をレヴナントに向けるのを見て口を閉じた。

「終わりにしましょう、悪魔」
「ゆっくり楽しませてくれないか。心待ちにし続けてきた瞬間だ」
「ローバもレヴナントも待って!少しだけ話がしたいの」

私の言葉に少しだけレヴナントはこちらに意識を向けた。それを見逃さなかったローバが、船のサイドパネルのボタンを押した。機械音が鳴ったと思いきや、オートタレットが起動し、照準はレヴナントに合わさる。

「貴方は復活する。どんなに倒しても、復活し続ける。それでもここから逃げる時間は稼げるわ」

ローバの意志の強いダークブラウンの瞳がキラリと光った。それがとても美しいと、場違いながら私は思った。

「ローバ、ローバよ……。落ち着くんだ、私はお前を殺しに来たのではない」

耳を疑った。それはローバも同じ様で私と同じ様に険しい表情を浮かべていた。
レヴナントだって、死を恐れている。そう私は思っていたからだ。

「信じられないわね。人を騙すのは得意でしょう?」

レヴナントが私達の方へ歩み出し距離を詰める。それと同時にローバはタレットの安全装置を外す。レヴナントの言葉に動揺しつつも、2人を失いたく無い私は庇う様にローバの前に立った。

「私はローバ、お前を助けに来たのだ」
「……私を何処まで馬鹿にするつもり?」
「復讐の為に私の元を訪れた人間はお前が最初だと思うか?私は300年以上も存在し続けてきた。お前のした事は、さほど珍しい事ではない」

「300年!?」と驚きの余り、私は思わず声に出して体を震わせた。レヴナントは私を無視して話を続ける。

「スナイパーを見張りに使ったのでさえ、お前が初めてではない。……だが、私のソースコードの手掛かりを掴んだのは、お前が初めてだった。ローバ、お前が全てを終わらせるのだ」
「一体、何を言っているの?」

暗闇の方に一瞬だけレヴナントは視線をやるが、直ぐに彼は黄金に輝く瞳で私達を射抜く。

「お前は、自分が息を引き取る感覚を知っているか?知る由も無いだろう」

どこか、うっとりしている様な語り口でレヴナントは続ける。前から思っていたがレヴナントはナルシズムを感じさせる仕草を結構する。

「もがき苦しみ、見えない神々に縋り付くが、結局は敗れてしまい、何者も深淵に消えゆく自分を止められはしない。そして私は、それを何度でも繰り返し経験することになる訳だ」
「怖いのね……」

レヴナントですら、神に祈る事があるのか。此処に来て、私は彼の新たな側面を知りし続けている。

「話を聞け。連中は私の記憶を綺麗に抹消していた。その所為で私は最期の度に死ぬのは初めてで、2度と感じないものと思っていた。ところが、プログラムが不具合を起こし、300年分の死と、怖れと、恐怖が一瞬に凝縮されて雪崩れ込み、脳裏に甦ったのだ」

隣のローバが息を呑んだ。その顔からは感情が上手く読み取れない。それほどまでに複雑な表情を浮かべていた。

「……地獄だ。私は、それから1秒も絶える事なく生き地獄を彷徨っている」

ゾッとした。彼は300年の間、何度死に、甦ったのだろう。……キングスキャニオンで私の首を絞めた時、彼は何を思ったのだろう?

「そんな私にも、たった1つ無事だったプログラムがある。私は自身のソースコードを壊せない。物理的に不可能なのだ。滑稽だろう」

レヴナントは瞳を細めニヒルに笑った。

「なら、誰かにやらせればいいでしょう」
「まず、場所を突き止める必要があった。ハモンドの施設に踏み込んだ時、私が何を探していたと思う?私が尋問した者は誰も在処を知らなかった。お前が現れるまではな、ローバ。……分かりやすく言えば、お前は私の救世主なのだ」
「……っ」
「これは、運命だ。私はお前と共に行く。ソースコードがどこにあろうとも、そこに銃弾を撃ち込むお前の傍に、私はいる」
「アンタを殺すのではなくて……安楽死をさせて欲しいと?」

ローバは絞り出す様な小声で言った。

「私は3世紀前に死んでいる筈だった。これは世紀を超えた誤謬を正す行為だ。亡霊を眠らせてやるのだ」

喜びが滲み出る様な声色だった。きっと彼に肉体が有れば満面の笑みを浮かべていたに違いなかった。

「私達は共に、願いを叶える。灰は灰に、塵は塵に……この言葉を口にするだけで私は……幸福の様なものを感じる」

ローバは立ち尽くしていた。私はなんて声を掛ければ良いのか、全く検討も付かなかった。

「ハモンドから座標が届いたら教えてくれ……楽しみにしているぞ」
「レヴナント、待って!」

私の大声は闇夜に響き渡ったが、レヴナントは待つ事無く影に溶け込み、消えて行った。


* * *


欲しい物なんて特に無いし、試合の賞金はいつも貯めっぱなしだった。
ジブに頼んで自分の貯蓄の半分をソラス捜索救援協会に渡す事にした。
自分の様に何かを失った人間が、また再度立ち上がるのを手助けしたいと思う様になったからだ。

まだ、これが本当に私の生きる理由でいいかは分からない。でも当分はこれでいいと思う。

ジブもアジャイも……というかレジェンド一同はやりたい事が出来たと報告すると皆喜んでくれた。当然ながらレヴナントは除いて。

「……っていうのが最近の私の近況なんだけれど、レヴナントはあれからローバとどうなったの?」

相変わらずレヴナントは私を避けているので試合で同じ部隊にならない限り話す機会は無い。 屋根の上でかがみスコープを覗き込むレヴナントに話し掛けるがツンツンとした態度で返事をしてくれない。

私とレヴナントの歪すぎるコミュニケーションを見てられないと、同じ部隊であるミラージュは隣りの建物で私たちと同じ様にスコープを覗き込んでいた。

「ねぇ、もしかしたら近い内にレヴナントは死んじゃうの?」
「ローバの頑張り次第ではな。歓喜に打ち震えているよ」
「じゃあ、思い出を作ってもいい?レヴナントが生きてた証拠だよ」

レヴナントは充分に生き過ぎた。彼が望むのであれば、長い眠りにつくのを妨げる権利は私には無い。
でも、彼は自我を持って此処に存在している事だけは確かだった。その存在を大切にしたいという気持ちはエゴでしかないが、許される筈だ。

彼にとっては呪縛であろうHの文字が刻まれた手の甲に指先で触れた。忌々しいと言いたげな目線が私に突き刺さるが、意外にも彼は手を振り解かなかった。

「私、レヴナントが好きだよ。自分でもよく分かんないけど、きっとそう」
「貴様の頭にはずっと蛆が湧いているな」
「自分でもそう思う」

私が自嘲した様に笑うと彼は手を振り解いた。
ひんやりとした彼の手に私の体温が少しだけ移ったのが何だか擽ったくて私は頬を緩めた。





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