この肉体が
土に還るまで

※暗い過去の所為で死にたい夢主と死の救済をしてくれないレヴナントのお話
※全体的に物騒で暗い




10歳の誕生日プレゼントに、ママからタロットカードを貰った。前々から欲しくて散々強請っていたから凄く嬉しかった!

彼はママに貰ったタロットカードの『死神』そっくりなんだ。
赤いローブに大きな釜を持った髑髏。正位置の死神が出るとキャアキャア喚いたものだけれど、まさか本物に会えるだなんて!



「ねぇ、レヴナント。私を殺して欲しいんだけど……報酬がいるなら何でも用意する!」

レヴナントに話し掛けようとすると、いつも誰かしらが邪魔をして私と彼を引き離す。
夜、就寝時にすら私がベッドから抜け出さないように女性陣の誰かが今のところ毎晩添い寝を名乗り出る。

だから、彼がレジェンドとして数週間経ちデュオで同じ部隊になった今日まで話す事はなかった。

「私が、貴様をか?」
「うん。サクッとお願いします」

反撃の意思はない事をアピールする為に、先程拾ったR-99を地面に投げ捨て両手を肩の上に挙げる。

感情が昂り、ハイになっているのは自覚している。 それでも、もう少しでこの終わりの無い思考の渦から抜け出せると思うと、自然と笑みが溢れた。

ジブとアジャイには沢山迷惑かけちゃったな。
何だかんだ付き合ってくれるからクリプトにも。それにナタリーにアニータにレイスも。パスにだって。後はブラハとミラージュにも。

オクはどうしても眠れない夜にはこっそり強い薬をくれたし、博士だって進んで私を被検体にはすれど現に今私は生きてるのだから殺す気は無かったんだと思う。

あれ、結局全員に迷惑かけてるな。
私が死んだ後は、今まで私に構ってた時間を有効に使ってもっと遥かな高みを目指して頑張って欲しいな。
大好きな人達だからこそ、幸せになって欲しいって気持ちはずっと変わらない。


「さあ!さあ!レヴナント!どうぞお好みの方法で!苦しいのは嫌だけど、最終的に死ねるならどんな方法でもいいや」

満面の笑みでバンザイまでして、死を受け入れる準備は万全だというのに、レヴナントは動かない。

「あ、もしかして雰囲気とか拘るタイプ?……ちょっと遠いけど、エピセンターとか行く?真っ白な雪の中に咲く赤の花……とかちょっとベタだけど、どうかな?」

おどけて提案してみるも、レヴナントはジッと私を睨み付けるだけで、何も応えない。 ああ、もしかして私の態度の所為で機嫌を損ねてしまったのかもしれない。

「レヴナント、ごめんね」
「何に対して謝罪をしているのだ?」
「わ、分かんないけど……。もしかして、殺すのあんまり好きじゃ無いの?」

背の高いレヴナントの顔を見ようとすると、自然と見上げる形になる。顔を見たところでその感情は窺い知れないけれど。

「殺しは好きだ」
「じゃあ!」
「だが、……何故貴様の命令を聞かねばならぬのだ?」
「確かに馴れ馴れしかったかも、ごめんね」

クリプトに初めて頼んだ時も、同じ失敗をした気がする。 確かに親しくも無い人間のお願いは程度を越えれば命令に姿を変えるのかもしれない。

逆に言えば死神と友達になれば、それこそ甘美な死を友愛の印として贈ってくれるかもしれない。

死神と友達。
うっとりする言葉の響きに思わず口角が吊り上がる。頬も急激に上がった体温の所為で赤らんでいる気がする。

「気味が悪い娘だ」

私を一瞥するとレヴナントは吐き捨てる様に言った。

「望むのであれば、四肢を捥いでやってもいい。その後に丁寧に止血してやって、地べたに転がしてやる」
「それじゃあ、死ねないね」
「私は私の為の殺ししかしない。弁えろ、皮付き」

レヴナントは鼻を鳴らすと私に背を向けた。彼の足は長いから置いていかれたら大変だ。 投げ捨てた武器をもう一度拾ってレヴナントの背中を追いかけた。


* * *


張り切って狩り≠楽しむレヴナントの後ろを駆け足で着いて行って、何となくスナイパーでペチペチしていたら本日はベスト3位に入った。
銃火器の扱いや気配の殺し方、レヴナントはそのどれもが一流だった。凄い。
ピッタリ着いていったらお得意の暗殺の邪魔になりそうだったから援護射撃に徹していたけれど、それで正解だったかもしれない。

「イライザ大丈夫だった!?首も手足も繋がってる……わね。爪を剥がされたりしてない?」
「されてない。レヴナントは殺しは好きだけど、自分の為の殺ししかしないんだって」

試合が終わるとアジャイが飛んで来るが、心配される様な事は何一つとして起こらなかった。 むしろ、「殺さない」と宣言されてしまい、私からすれば残念な結果になった。

「あー……成る程ね。どうせお前みたいな小娘の命令等聞かぬとか言われたんでしょ」
「アジャイ凄い。なんで分かるの?」
「プライド高そうだもん、あの悪魔」
「悪魔じゃないよ!死神だよ!」
「もう!論点はそこじゃ無いから」

心配かけんじゃないよ、と言うお小言と共に私はデコピンを食らった。 その後ジブにもゲンコツを貰った。加減している愛のあるものだとは流石に分かるけど、痛かった。

それでも、私はレヴナントに殺して貰うのを諦め切れなかった。



「ねえ、レヴナントっていくら位お金を用意したら私を殺してくれるの?あんまり物欲ないからお金ならあるよ」

レジェンド全員を疎ましく思っているレヴナントだけれど、特別私と言う存在を彼はうざったいと思っているらしい。
クリプト曰く、時偶にレジェンド共用スペースに現れたりするそうだけれど(それ以外の時は何処で待機してるのかすらクリプトでも分からないらしい。確かに充電とか、何処でしてるのかな)私は一度も見かけたことがない。徹底的に避けられているのだろう。

だから私がレヴナントと話せるのはゲームで同じ部隊になった時だけだ。残念。
そして今日は久しぶりに同じ部隊になれたからとても嬉しい。 いくらジブの故郷と言えど、日差しが強いキングスキャニオンは正直好きじゃないのだけれど、そんな事がどうでも良くなるくらいに幸せだった。

「私が金で動くと思うか?」
「……あんまり」
「ならばそのお喋りな口を閉じろ。さもないと、縫い付けるか舌を抜くぞ」
「痛そう」

想像するだけで痛い。気付けば、無意識の内に両手で口元を隠していた。

「結局の所、お前は奴等と一緒だ」
「奴等って……ハモンド?」

その名前を出すとレヴナントの黄色の光に満ちた瞳が細まった。

「レヴナントって昔は人間だったんでしょ。ナタリーに聞いたらハモンド製のシミュラクラム?なんじゃないかって……」

何故、レヴナントはあの日フォージを殺したのか。はたまた何故このゲームに参加したのか。
疑問に思った私は機械に詳しいであろうナタリーとクリプトに考えを聞いてみたのだ。

単なる戦闘狂だから快楽目的に参加したと私は当初考えていたけれど、自分の為の殺ししかしない≠ニいう言葉を聞いて、かつて自分以外の為に殺しをしていた≠フではないかと当たりを付けていたのだ。

珍しく私の稚拙な推理は当たっていた様だった。彼の手の甲に刻まれたハモンドのロゴにクリプトは気付いていたらしい。
そこから推測するに、かつて殺しにおいて有能な人材だったレヴナントが何かしらの事故で死んでしまった後、ハモンドが彼の同意無しに勝手にシミュラクラムとして復元したのではないか……。
だから、ハモンドに関係のある人間を見せしめに殺し、復讐の為にこのゲームに参加したのではないか、とも。

「ハモンド……うーん、親会社だからシンジケートも?とにかく、その組織達の為にレヴナントは殺しをしているのが嫌だから、今は自分の為の殺ししか……」
「黙れ」

音も無く近寄って来たレヴナントが私の首を掴み、地面に押し付けた。視界は白と赤の機械体でいっぱいだ。息が出来なくて、自然と涙が滲む。恐らくパクパクと惨めな金魚の様な顔を晒しているに違いなかった。

息苦しいのに不思議と、安らかな気持ちだった。多分、私は嬉しいのかもしれない。
死ぬ事自体ではなく、レヴナントが任務でも命令でも無い自分の意思で私を殺すと決めた事が。

死神は命の選別などしない。ただ冷酷に決められた寿命を刈り取りに行くのだ。そこに情も理屈も無い。
レヴナントは違う。きっと金という理屈で殺して、今は情で獲物を選んでいる。
レヴナントは、死神でも悪魔でもなくて、唯の悩める男なのだ。

此処で無粋にも「殺して」と一言溢せば、きっとレヴナントはこの手を緩めてしまうだろう。 だからただ、微笑んだ。

鼻から酸素を取り入れても、喉元を抑えられていてはその奥の肺には届かない。脳味噌が煮えるように熱く、目の前が白く霞んで行く。

恐怖はない。あるのはレヴナントに対する憐憫と、感謝の気持ちだけだ。

やっと、パパとママに会える。ありがとう。
古臭い信仰だと馬鹿にする人も多いけれど、家族との繋がりを信じる私は自死を選べなかったのだ。
嫌な役を引き受けてくれたレヴナントが、これからは自分の為だけに生きてくれればいいなぁ、なんて。

「あり……が……」



遠のく意識の中、礼を言おうとすると突如として轟音が鳴り響いた。地面に預けている体全体がグラグラと揺れている。随分と大きな地震……だと思ったがどうやら違う様だ。
流石のレヴナントも私の喉元から手を離しスクリと立ち上がると、震源の方向を確認する。 私もむせ込んだ後、深呼吸を何度も繰り返しヨロヨロと彼の隣に立った。

「スカルタウンが……沈んでいく?」

キングスキャニオンのシンボルと言っても良いだろう巨獣の骨に囲まれた街が、そこだけ切り取られる様に海へ沈んで行こうとしていた。

「……興味深い。行くぞ」

私の返事を待つ事なく、レヴナントは崩壊するスカルタウンへ迷う事なく進んで行く。

つい先刻まで死のうとしていたにも関わらず、私の頭の中はジブの事で一杯だった。 ジブの生まれ育った思い出の場所が、消えちゃう。

この命と引き換えに、どうにかして止める事は出来ないか。そう思いながら、とにかく走った。多分オクよりも、何よりも早く。

先に走っていたレヴナントを抜き去り、ぽっかりと穴が空いた街の手前まで行くと同僚達が集まって来ていた。流石にこんな状況だからか誰1人として銃は構えていない。

「ジブ!?ジブは……?」
「此処だ」

大きな体を見つけると一目散に彼の体に抱き着いた。温かい。とても安心して大好きな、温もりだ。

「スカルタウン……ジブの、思い出が……」
「ああ。思う所はあるが……大切な人達が無事ならば、今はそれで良い」
「……うん」
「さあ、安全確認を急ぐぞ。イライザも協力してくれ」

私の頭を撫でる手は、大きかった。本来ならば私が彼を慰めなければいけないのに。そう思い、涙を引っ込め力強く頷いた。

周囲に積み上がった瓦礫をパスと一緒に退かし、逃げ遅れた参加者がいないか確認作業を進めていると突如として青白い光の軌道が目の前を走った。
光は弾けたと思いきや、すぐさま白い衣服を纏った美しくグラマラスな女性に姿を変えた。

彼女は私達を見渡すが、レヴナントの姿を認めるとハッとした様な表情を見せた後、形の良い眉を吊り上げた。

「小娘ごときに殺られるとでも?」

口振りから、レヴナントと女性はきっと以前からの知り合いなのだろう。……多分、恐らくは良くない意味合いで。緊張感の走るピリピリとした空気に思わず生唾を飲んだ。

「いつか、きっと必ず」

レヴナントの問いに女性は答えると同時にP2020を構え、レヴナントの頭部目掛け発砲する。
弾は、見事にレヴナントの脳天を撃ち抜いた。

「えっ……!?」

白と赤の機械体はグラリと膝元から崩れ、アッサリと巨穴に消えた。油断をしていたのかは不明だが、あのレヴナントが。

「レヴナントッ!!!」

気付けば大声を張り上げ、空虚に手を伸ばすが私の腕では短過ぎた。

「嘘、嘘でしょ……だって、私まだ」

ヘナヘナと全身の力が抜けて行く。ぽっかりと空いた穴の近くで重力に逆らえず座り込むと、コツコツとヒールの音が私のすぐ横で止まった。
女性レジェンドの中でヒールを履いている人間はいない。つまり、この足音はレヴナントを倒した謎多き女性のものだ。

「貴女、あの悪魔のお友達?」

私と目線を合わせる為に、女は私の前に屈み込んだ。艶かしい手つきで私の下顎に銃を突き付けるのも忘れずに。それは先程発砲したばかりだからか、熱を帯びていた。

「分かんないけど……少なくとも私には彼が必要だったの」
「なら悪い事をしたわね。アレは私の獲物なのよ」

そう彼女は言い放つと、ゾッとする程美しい笑みを見せた。





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