花に埋もれる

『薔薇の惑星』というのは愛称だが、そう呼ばれるのも納得できる程に彼女の帰るべき故郷は……数年前までは、それはそれは美しかった。

アウトランズの惑星の中では比較的豊かな土地と長閑な気候で、美しい薔薇の庭園や史跡など、自然豊かな観光産業を生業にしていた星は、流石にどんなインドアだろうが写真や映像で頻繁に目にする程広く流布していた。

そんな星がフロンティア戦争の難民達を受け入れ始めたというニュースを皮切りに、以後思わず興味を惹くような素晴らしいニュースは一切入ってこなくなっていた。

だから彼女があの星から来たのだと自己紹介をした時、久しぶりに聞く名前だなんて薄ぼんやりと思うだけだった。



「クリプト先輩、全く弾当たんないです!」
「満面の笑みで言う事じゃないだろう」

たはぁ、と新人レジェンドであるエヴリンが気が抜ける緩い笑顔を俺に向けた。彼女の笑顔はどうも調子を狂わせるから、苦手だ。

今日だって、本来だったらオフの筈だったのに彼女の強引さと、ノーと断り辛い子供染みた(とっくに成人している癖に)純粋な笑みのせいで訓練場に付き合わされている。

「動かない的相手なら当たるのに動くダミーになると途端に当たんない現象なんなんですかねぇ」
「……お前は、被弾することを恐れすぎて相手の動きを全く見てない。ウィングマンは精度が肝心だ。我武者羅に撃てばいいという武器では無い」
「なるほど……やっぱりクリプト先輩にコーチお願いして良かった。具体的に指摘してくれますもん。そっか、相手を見れてない……か。大人しく一発一発を大事に地道に練習します……」

そう言うとエヴリンは銃をクルリと掌の中で一回転させた。その仕草だけ≠ヘ無駄にサマになっている。

「貸してみろ」

彼女の手からウィングマンを捥ぎ取り、ダミーを動作させるスイッチを押し込んだ。
武器を持たない彼女は慌てて離れた岩場に身を隠そうとするが首根を掴んで側に寄せる。

「俺の真横で見てろ」
「はっ、はい!」

此方を視認したダミー人形が坂の高低差を活かし、射線を切りながら攻撃を放ってきた。
だが、ダミーの攻撃は実際の人間とは違い、格段に素直な攻撃だ。

逆に撃ってきた方角から正確な敵の方向を定め、リロードのタイミングでダミーの前へ姿を現しダン、ダン!と5発ピストルの弾をボディに撃ち込む。
最後の弾が命中すると同時にダミーが倒れ、機能は停止した。

「うわ、ワンマガで……?」
「ピストルと言っても、飛距離は充分ある。中距離からしっかり狙って削り、最終的に詰めるのは違う武器でもいいかもしれないな」

振り向くと想像よりも近い位置にある、キラキラと瞳を輝かせる顔にぎょっとした。
勢いで引き寄せてしまったが居心地が悪く、努めて自然に見える様に半歩距離を開けた。

「なあ、イライザ」
「えっ、知ってたんですか本名。いや特に隠してるわけじゃないし、アジャイとかは普通に呼んでますけど」
「……背中を預ける人間の素性位は普通調べるだろう。お前位能天気ならまだしも。……とは言え勝手に悪かった」

手は嘘を吐けない。
ウィングマンを彼女の手から受け取った時に感じだった硬化した皮膚や手の付け根に無数にある豆に、愚直とすら感じた。

「いえ。クリプト先輩程のハッカーというか、一般人でも熱心にネットニュースさえ見てれば知ってる事ですし。えっと、まあでも一応私の口から話した方がいいですよね?」

「ああ」と返事を返すと彼女は苦笑いをうっすらと浮かべ、ふっくらとした頬を指で掻きながらぽつりぽつりと語り出した。

「……今、薔薇の惑星は一本も薔薇なんて咲いてません。戦争難民を受け入れてから急激に人口が増え、食料確保の為、土という土には農作物が隙間なく植えられました。かなりのハイペースだったんで、薔薇どころか芋すら成らない痩せた土壌の星に成り果てました」

チラリと彼女の瞳が俺を窺う様に見遣った。 続けろとばかりに軽く相槌を打つと、彼女は形の良い唇を動かす。

「今、星の治安は最悪です。観光産業が主な生業だった為仕事も食料も無いんで。故郷を救う為にもこのゲームで勝たなきゃいけない……ってのもありますけど、また薔薇でいっぱいの景色が見たいし、夢半ばで諦めた植物学者になりたいのが本心です」

成人してから、ましてやレジェンドにまでなったのに将来の夢を語る事なんて稀だろう。だからか照れ臭そうに鼻の下をさする彼女の言葉がやけに響いた。

「生憎俺はインドアで、写真でしか庭園を見たことがないんだ。……が、一生に一度位は生で見るのもいいかもしれないな」

本心だった。
余りにも純粋過ぎる理想に当てられたのかもしれないが、この瞬間だけは本当に思っていた。

「それってもしかして協力してくれるんですか!?うわー!組みましょ!組みましょ!次のデュオは……明後日にでもありますし!申請していいですか!?」

俺が気を遣って半歩開けた距離は一気に彼女によって埋められた。
例によってキラキラと輝く瞳は苦手だが……嫌いではない。

自然と漏れ出た笑い声にイライザが不思議そうに首を傾けた。





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