あなたはだあれ?

「君は…だれ…? 何で俺の名前、知ってるの…?」

 呼び慣れた名前を投げかければ更に顔を青くさせた彼は、その言葉が私を絶望の淵に突き落としたことに気がついていない。



 時を遡ること四半刻しはんとき前。気がつけば知らない田舎道に立っていて、覚えの無い着物を身に纏っていた。辺りは田んぼしかなく、電柱も見当たらない。ドがつく田舎だった。とりあえず歩みを進めてみると、目に飛び込んできた人物に思わず目を輝かせた。私の意中の人がいたからだ。派手な黄色い髪に、この情けない声。何故か見知らぬ装いをしているが、間違いないと思って声をかけた。
 振り向いたその人物は顔色を悪くし怯えた様子だったが、間違いなく私の知る我妻善逸その人だった。

 私は無意識に入っていた緊張を解いて、いつも通り善逸くん、と呼びかけ話し始める。

「あの、善逸くん、ここって……」
「ああ、女の子だ! ねえ! 俺と結婚して! 頼むよぉ〜!」
「……え?」
「……え?」

 突然の求婚に驚いた私に続いて彼も固まった。通行人は皆無で、とても静かになった。そして冒頭に至る。

「善逸くん、どうしたの? 不安だからふざけてるんでしょ。そんなに生き急がなくても大丈夫よ。きっと帰れるよ。私もここがどこだか分からないけど」
「ねえちょっと待ってよ! 君なんで俺の名前知ってるの? ねえなんで? 教えてくれよ! 俺は君のこと知らないんだけど! ィイヤァーーーーッ!」

 私が自分の名前を知っていたことに怖い怖いと叫び声を上げる彼の様子に、私はひたすら戸惑う。これ絶対善逸くんなのに、善逸くんじゃないの? じゃあ、あなたはだれ……?

 善逸くんがあんまり叫ぶから、私は更に混乱してきて、知らない場所にいる不安だとか好きな人に忘れられた悲哀だとか負の感情がぐちゃぐちゃに混ざり合って、訳も分からず泣いてしまった。善逸くんが天晴あっぱれな号泣具合だから、もしかしたら単に貰い泣きしただけなのかもしれない。

 いつしか彼に抱きつかれながら二人で泣き叫んでいると、突然善逸くんが私から離れたので更に困惑して失った温度の行く先を見上げると、また仲の良い友達が見たことない格好をしていたので思わずぴたりと泣き止んだ。

「この女の人は困っているだろう! それに、雀を困らせるんじゃない!」

 雀……? 雀ってなんだろうすごく気になる。

「大丈夫ですか? どうして泣いているんですか? この人が何かしましたか?」
「あ、…いいえ、えっと、炭治郎くん? だよね…?」
「え…?」

 見知らぬ格好の私の友人はやはり先程の善逸くんと同じく固まってしまった。善逸くんは今度は炭治郎くんにしがみついて、先程の経緯を伝えている。なんだかやるせない。まるで私が化け物みたいに怯えられて。しかも好きな人に。乙女心が音を立てて割れるのも時間の問題だろう。

「やっぱり炭治郎くんも覚えてないの? ……私がおかしいの?」
「確かに俺も君とは初対面だ。うーん……、良かったら話を聞かせて貰えないか?」
「うん。あ、申し遅れました。私、苗字名前っていいます」

 落ち着いたら、ここでようやく自分が名乗っていなかったことに気付いて慌てて名乗る。自分は相手の名前を呼んでおいて名乗らないだなんて、あまりに失礼だった。

「俺は我妻善逸だよ」
「俺は竈門炭治郎だ」

 うん、そうだよね、知ってる。

 私、苗字名前は平和な日本に生きる、キメツ学園の生徒だ。そして、同級生の善逸くんに恋をしていた。恋仲ではないけれど、彼とは親しい友達という関係を築けていた。もちろんここは二人には伏せた。炭治郎くんは近所の同級生で小学校からの付き合い。善逸くんは耳、炭治郎くんは鼻が良いことも知っている。
 炭治郎くんが私の話を頷きながら、「善逸は耳が良いのか!」って初対面らしい善逸くんに親しげに話しかけたり、時折質問をしては返ってくる答えに眉間の皺を寄せながら、それでも最後まで聞いてくれた。やっぱり炭治郎くんの包容力は流石だ。

「名前、君の話に嘘が無いことは分かったから、信じるよ」
「あ、うん。勿論嘘じゃないよ」
「でも、俺達以外誰も信じないだろうな」

 たった今信じると言ったのに変なことを言う炭治郎くんだ。

「君は恐らく、タイムスリップか何かをしたんだと思う」
「……炭治郎くん、ごめん笑えない」
「冗談で言ったんじゃない。聞いたところ名前の時代はかなり文明が進んでいる。真面目な話、名前は鬼を見たことがあるか?」

 話の脈絡も見えないまま、しかめた顔を横に振った。

「この世界には人喰い鬼が潜んでいるんだ。俺と善逸は鬼を倒す組織"鬼殺隊"に所属している」
「それってお仕事なの?」
「へ…うん?」
「…炭治郎くんと善逸くん、今いくつ?」
「15歳だけど」
「俺は16」

 同じくらいの年で働いているだなんてすごいと思った。"鬼"という存在が私にとって未知のため、鬼を倒しているということよりもそんな時代特有の違いに感心していた。私が「偉いねえ」と暢気に言えば、二人共呆れたような表情で「状況分かってるのか」と責め立てた。正直分からない。分からないから、速やかに自らの頬肉をつねった。二人共驚いた後、涙を零す私に何か察したのか憐れむような表情をした。つねった頬は痛かった。ああ、夢じゃないのか。どうやら、私はタイムスリップとやらをしてしまったらしい。いや、鬼がいるなんてあまりに信じられない。昔話に鬼は出てくるけど、それにしたって。もし本当に鬼が居たら、ここは限りなく似通った別の世界の過去という可能性も有る。私は途方に暮れて泣いた。



 散々泣いてようやく落ち着いた頃。上から別の特徴的な声が降ってきた。

「苗字名前、炭治郎と善逸に同行命令。炭治郎、善逸、名前、鬼の元へ走れ!」
「ッギャーーーッ! 烏が喋ってるぅうううう!」
「えええ嘘!?」

 上空を旋回する鴉が喋っている内容にも私達は固まった。私も、鬼の元へ行くの……? 命令? いやいや、命令なんて聞く義務なくない?

 なんて言っても他に行く宛など有るわけもなく、その後ひーひー言っている善逸くんを炭治郎くんと二人で宥めて、三人で鴉の行く道を歩き出した。



「名前もほら」

 善逸くんにそう呼ばれて少し動揺してしまった。前の世界の善逸くんは私のことを"名前ちゃん"と呼んでいたから。差し出された、お握りの片割れを躊躇ちゅうちょしてから受け取った。

「ありがとう善逸。炭治郎、頂きます」
「…!」
「、ああ!」

 二人とも、呼称の変化に気付いたようだ。前の世界の彼は善逸くん、この世界の彼は善逸、そうして炭治郎も同様に呼び方を区別することにした。花が咲くようににやけた顔をしたその人はどこもかしこも"善逸くん"そっくりだから。そっくりなのに、別々の人生を生きてるから。

 善逸の鎹雀、チュン太郎とも挨拶を交わして和やかに歩みを進める、今から鬼の元へ行くというのに、辺りは長閑のどかで、空はとてもとても青かった。

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