双葉

 喋る鴉に続いて進む先には鬼が居る。それをあまり意識しないようにして、獣道を歩いていた。

「ねぇ、そういえば善逸はどうして出会い頭で求婚してきたの?」
「ええええ!?」
「私ね、ずっと善逸くんに恋してるの」
「ええええええ!?」

 ああ、言ってしまった。ついさっきそれだけ伏せたのにもう口にしているなんて、私は隠し事が出来ないな。私が恋心を暴露したことで善逸は急激に赤面して私をガン見し出してきた。ちょっと! 善逸は善逸でも貴方は私が好きだった"善逸くん"じゃないでしょうが。

「名前、結婚しよう!!」
「"善逸"じゃなくて、前の世界の"善逸くん"のことよ」
「だってそれも俺じゃん!」
「…え?」

 そう、なのだろうか。別の人生を歩んでるのだから違う人物として解釈していたけれど、確かにどこもかしこもそっくりだし、本人がそう言うのだからもうそういうことでいいんだろうか。いやでも、私の恋心がそれじゃ納得出来ない。だって私は、"善逸くん"のことは好きになったけれど、目の前にいる"善逸"にはまだ恋してないんだから。……え、"まだ"って何よ"まだ"って。まるでこれから惚れる予定があるみたいじゃない。私はこれでも一途なことに誇りを持っていたのに。

「……冗談じゃない」

 思考の波の中で思わず吐露すれば、すがりついて泣き喚いていた善逸はその小さな呟きを聞き取ったに違いないがお構いなしに「俺はきっともうすぐ死ぬから結婚しよう」とわめき散らしている。

「だが断る!」
「え? っえーーーー!?」

 握られていた手を振り払えばべそをかき始める善逸を尻目に私は先を歩く炭治郎に走り寄った。こんな風に困惑を怒りで誤魔化すしか、今の私に出来ることはなかった。



ーーカリカリカリ。

 さて。鬼の屋敷へ入っていった頼もしい炭治郎と泣く泣くといった感じで炭治郎にすがりついて入っていった善逸を見送って、私達は現在外で待機している。鬼は太陽の光に当たると消滅するらしい。半信半疑だが、もしそうなら日中は安心して歩けるなと思った。

ーーカリカリカリ。

 しかし、炭治郎が背負っていた箱の中から木を引っ掻くような音がするのだ。この子達は再び怯え出し、かくいう私も未知の生物に恐怖している。

「…お、お姉ちゃ…」
「ううん、私も何が入ってるのか知らな……あっ、ちょっと待って待ちなさい!」

 あーあ、入っちゃった。待つように言われたのに。子守も出来なかったよ。無念。残ったのは私と、……。

「……ねぇ、君、守ってくれるの?」

ーーカリカリカリ。

「そっかそっか。いざという時は宜しくね」



 箱の中の何かと長閑に一方的な会話をしていると、上から誰かが叫びながら落ちてくるような声が聞こえて、思わず空を仰ぐけれど何も無い。でもこの声は十中八九善逸だ。そう確信した時、善逸と正一くんが叫びながら二階の窓から飛び出す形で視界に飛び込んできた。次の瞬間、まるで重力の向きが正常に戻ったように地面に落下した。善逸はとっさに正一くんを庇って頭から落ちていた。



「善逸!」
「善逸さん!」

 傷一つない正一くんと一緒に何度か呼び掛けると善逸はやがて目を覚ました。心底ほっとした。傷は浅いのかもしれない。怖がりの癖に無茶をする人だな、あんなに「死にたくない」と情けなく泣き叫んでいたのに。
 続いて、頭がいのししで体が人間の化け物が出てきた。日本語を喋っている。私は今日一で怯えた。真っ昼間なのにホラー映画を見たように肝が冷えた。猪の人はいつの間にか照準を炭治郎の箱に合わせていて、勢いよく飛びかかって行った。そして私が考えるよりも早く、善逸は動き出していた。まばたきをして次に見た光景は、木箱を背に猪の人から庇うように守る善逸の姿で。

「俺が直接炭治郎に話を訊く。だからお前は……引っ込んでろ!!!」

 あ。と思った。どこかで雷が落ちる音を聞いた気がして、胸がキュウウッと締め付けられるような、かと思えば解放感があった。覚えてる、これは恋する感覚に似ている。きっと種はとっくに撒かれていて、たった今芽生えたんだ。……いや、これは。元々あった"善逸くん"への恋の花が種を落としていた。運命だった……? 花が種を落とすのは必然。その種が私の前に現れた瞬間、私は恋する運命だったのだろうか。だってその種がいずれ咲かせる花は、既に恋の土壌に鎮座ちんざしているのだから。
はっきり分かっていることは、"善逸くん"の方の花はもうこれ以上成長しないということ。私が彼のことを忘れたら、枯れてしまうということ。そして、"善逸"の方の芽はこれから成長していくということ。二人の間に進む時間が雨や日光となりそうさせるから。これから先どうなるか分からないのに、彼との時間は続いていくという漠然とした確信のようなものが存在していた。


 それから炭治郎が出てきてからは、さっきは身をていして守るかっこ良い姿を見せていたのに善逸はやっぱり善逸だなぁと思うことばかりだった。ただ、善逸ってツッコミ役で、天然の炭治郎に並ぶと案外常識人なところが目立って見えて、そういうところも"善逸くん"にそっくりで。私は重ねたくないのに二人を重ねてしまうんだ。『どっちも好き』でいいじゃん、と誰かが言うけれど、私はずっと一途を貫いてきたのだから、今更『どっちも好き』ですなんて私が看過かんか出来ない。これは私の誇りでもある。



 正一くんに泣きついて離れない善逸を炭治郎が手刀で気絶させた後、正一くんが私にこっそり耳打ちしてきて、

「善逸さん、俺を守ってくれたんです。化け物を一瞬で倒したんです。そのこと覚えてないみたいだけど…、格好良かったんですよ」

 と、教えてくれた。善逸があまりに情けないところしか見せていないから、女の私にそういうイメージアップのフォローを入れて恩返しというところだろうか。それか正一くんと二人きりのときはべそをかかずにさぞや頼れる善逸でいたのだろう。やるときはやる人だから。口角をきゅっとあげて何故か私は誇らしげに応えた。

「知ってるよ。善逸が強くて格好良いことくらい」

 炭治郎が、何で? って表情をする。当たり前じゃないか。私が惚れた人なのだから。情けないときも確かにあるけれど、強くて優しい人の匂いを感じる。炭治郎じゃないけど、分かる。善逸は自分より周りの誰かを優先する、誰よりも強くて優しい人だって。刀を携えているからだろうか、前の世界の善逸くんよりも少し頼もしく思って気を失った彼を眺めていた。

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