あなたのために
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夜間パトロール。何となく、二人が出会った道へ向かう。今夜は満月、那田蜘蛛山の夜を思い出してしまい思わず身震いしたが、次に浮かぶ記憶は翼の生えた天使。
その天使は、実は普通の平凡な女の子。人の良いところを見つけるのが上手で、怒ったら物凄く怖いけど誰とでもすぐ仲良くなれる、ちょっとばかし無防備で、たまに気難しくて、炭治郎並みに頑固で、素直じゃない、俺を好きで、俺が大好きな女の子。
ふと、焦がれた懐かしい名前の声が聞こえたような気がして急いで足を向けた。近づくにつれてより感じるのは名前の悲鳴と鬼の気配。焦燥を噛み締めて駈ける速度は加速する。
「っ…離…せっ…このっ…変態っ…」
「変態とはご挨拶ですね。しかし翼の生えた人間とは珍しい。翼は食用には不向きですし。どうでしょうお嬢さん、僕の妻になりませんか?」
「……頭大丈夫?」
見えてきたのは、可哀相なものを見る目ーー俺を蔑む炭治郎に少し似ているーーで鬼を見据えた名前。那田蜘蛛山の鬼には怯えていたのに、やけに紳士気取りなこの鬼には強気に刃向かっている。この子の危機感どうなってるの。というか、こいつ何で俺の許可無く俺の名前に求婚してんだよ!! なに普通に触ってるんだよ!! しかも鬼のくせに男前な面とかふざけんなよ!! チクショー!!
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帰ってきたのは、出立した時と同じく太陽が真上にある真昼間。しかし、世界を越えた疲労と心地良過ぎる
「私には心に決めた殿方が居ますのでごめんなさいね。離して!」
言い終わると同時に鬼が空へ飛び上がった。本能か、思わず私も翼を広げてしまい、そのおかげで奴の手中から抜け出せた。そして先程私達が居た場所には、ずっと会いたかった人の姿があった。
「善逸っ!!」
「名前っ!」
刀に手をかけつつも目が開いている善逸に、成長したんだと悟った。大好きな人に向かって一直線に飛ぶも、あと少しというところで邪魔が入る。
「おやおや、感動の再開ですか? でも僕がいるのを忘れないで下さいよ」
「!!」
気がつけば身体はまたしても鬼の腕の中。
「名前っ…! てめえ、ふざけんなよ…! 俺の名前にべたべた触るな」
遠目にも、静電気を纏った善逸が俯いてキレていることが窺えた。ザッと構えの姿勢をとり、そして次の瞬間には、稲妻を見ていた。
善逸の霹靂一閃はやはり目で追うことさえ出来ないけれど、それは鬼も同じだったようで、鬼の首が飛んだのを視界の端で確認した直後、善逸の残像が消えて黄色い羽織りがはためくのを眺めながら落下する身体へ向かった。
いつもいつも、私の手の届かないところで高い所から落ちるのが癖みたいな貴方だから。私は善逸の翼になろう。鬼と戦うときは大して役に立てないけれど、もう二度と落っこちて痛い思いをしないように、一番近くで私に貴方を守らせて欲しい。
だけど受け止めた善逸が何故か暴れ出して、地上へおろす。未だに状況を把握していない私の翼を誰かが後ろへ引っ張った。善逸は目の前で焦燥しきった顔で私に手を伸ばしている。じゃあ誰が?
「残念でしたね。あなたが切った頸は偽物だったんですよ」
善逸が頸を切ったはずの鬼が生きていた。善逸は鬼の音が止まないことに気付いたから慌てたんだろう。しかし再び捕らえられた私はそのまま上昇を続けた鬼に雲の上まで連れて行かれた。
善逸と離れて何時間経っただろう。
「朝がくるまでこうしているつもり?」
「はい?」
「ここには朝日を遮るものは何もない。地上へ降りなければ朝日が、地上へ降りれば善逸がいる。軽率ね。あなたの負けよ」
「っ…、朝日ならいざ知らず、私があんなおチビくんに負けるわけがないでしょう? 彼は空を飛べない」
「現に今、あなたは善逸から逃げている。善逸が怖いんでしょう? 逃げても逃げても、逃げられないときもあるのよ」
「このっ…小娘の分際で!!」
ビリッ、ブチッと、何かが引きちぎられる音がした。遅れてやってくる激痛の中、片翼をやられたのだと理解した。
「…ぎっ、あ゛ああ゛あっーー!!」
「もうあなたは要りません」
むしり取られるように奪われた片翼はまるでゴミのように捨てられた。拘束されていた腕から解放されるも、無情にも落下する身体。片翼ではもう飛べない。あの人の翼にももうなれない。悔しくて悔しくて、涙が溢れてきた。
地面に衝突すればさすがに死ぬだろうな。でも片翼だけでも羽ばたかせれば加速度は緩和出来るかもしれない。鬼はまだ倒していないし、泣いている場合じゃない。私は私に今出来ることをしよう。
地上が近づき、私を呼ぶ善逸の声が聞こえた気がした。それでも必死に片翼を動かして空気抵抗を弱めるよう努める。激痛の中、無我夢中でもがいたため周りなんか見ちゃいなかったし、あとどれくらいで地面と衝突するかも分からない。
ーーポスッ、
そんな私を見事、スライディングキャッチした善逸。顔を見れば必死さが窺えて素直に嬉しくて笑ってしまった。必死過ぎて笑える顔だからというのもあるかもしれない。
「名前! 翼が…!」
赤い血に気付いたのか音で気付いたのか、善逸が途端に表情を険しくした。
「私は大丈夫だから。それより、朝日から身を隠すために鬼が降りてくる!」
心配そうな目を向けてくるも、「分かった」と力強く頷いた善逸。本当に強くなったね。不意に何か音が聞こえたのか、善逸が空を仰いだ。
「来る…」
次いで空襲かと思うほどの音と共に、隕石かと思うほどの空気摩擦を身に纏った奴が空から善逸に向かって落ちてきた。低い姿勢で居合いの構えをとった善逸。一騎打ち。きっとここで勝負が決まるのだろうと悟った。そして爆音と共に衝撃波が訪れ、私の身体は弾かれるように遠くへ飛ばされた。
気がつけば、顔を出した朝日が夜の世界を朝へと塗り変えていくところだった。つまり、戦いは終わりを告げられた。
「善逸っ、」
はっとして辺りを見渡せば、善逸はただ立っていた。今気付いたけれどそこは、私達が出会った道。
初めて眠らずに鬼を倒す善逸を見た。格好良くなった。あんなに会いたかった人を少しばかり遠くに感じていれば、ゆっくり振り向いた善逸と目が合ってそんな隔たりは一瞬にして涙に溶けていく。霞む視界でも善逸を映していたくて、自然と足を踏み出していた。
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鬼を倒した直後、朝日が差した。振り向くとその先には俺の天使が居て。涙で濡らした目で真っ直ぐ俺を見据えている。二人共ボロボロで、特に名前は重傷だ。それでも磁石のように二人同時に駆け出す。走った勢いそのままに抱き締め合った。しまった、痛くなかったかな。ああもう俺は、君を離せない。離したくない。君無しじゃ駄目だ。君が側に居ないと苦しくてたまらない。これからは守るから。一生守り抜いて必ず幸せにするから。だから。
「善逸、善逸、私ね、あのね…、ただいま!!」
仕切りに俺の名を呼ぶ声に仕方無くゆっくり身体を離して名前の目を見る。
「…お、おかえり。なんか可愛さに磨きがかかってない? 俺のため? 俺のため?」
「善逸のためだよ」
零れ続ける涙を拭ってあげようとして、その言葉につい固まってしまった。その言葉こそ、俺がずっと、ずっと渇望していたものな気がする。
「名前、好きだ」
「っ、……また嘘つくの?」
意を決して告白すれば、またあの嘘吐きだと責める目。
「嘘じゃないって!」
「じゃあ、…私だけのものになってくれますか?」
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苛立ち交じりに叫ばれ、つい醜悪な欲が顔を出してしまい穴があったら入りたい衝動にかられていると、今までに無いほど強い力で腕を引かれて同時に唇に何かがくっ付いた。それを取ろうと目を開けて漸くそれが取るべきものではないことを知る。
「っ、」
好きな人とキスしていると頭が追い付くまで少しだけ間が出来たけれど、それを理解した途端全身が喜びに
「俺の全部あげるよ。名前のために俺はもっと強くなって君を守る。名前、好きだ。信じてくれ」
きっと、この瞬間から。そう、この瞬間から私の全てがちゃんと貴方のものになった。待ち焦がれた感覚は想像以上に脳を痺れさせている。
「…俺も聞きたいんだけど、名前の本当の気持ち」
「…………貴方が、好きです」
また溢れる涙。
「苦しくて、苦しくて、でもずっと善逸が好きだったの。善逸だけなの。誰にでも優しくていざとなったら自分を盾にする強さも、人に弱さを見せる勇気も、きっと"聞こえてる"のに言葉を信じてくれるのも、悲しみを知ってるその瞳が不条理を許さないのも、思い込み激しいけど常識人なのも、蒲公英みたいな髪も、感情豊かでつい叫んじゃうとこも、妖怪描いちゃう異様な絵心も、たまに男の子になる目も、顔も声も逞しい体も温かい匂いも全部好き。私ね、善逸が…大好き、なの!」
「っ…名前っ!」
「善逸に会いたくてたまらなくて、世界飛び越えて会いにきたよ。約束だから、帰ってきたんだよ…!」
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百面相と号泣しながらも必死に俺に伝えようとする名前に胸が締め付けられてーー途中はちょっとツッコミ所満載だったけどーーまた強く抱き締めた。
「これ…夢…」
「はぁ!? 馬鹿なの!? 夢なわけないじゃん!! 夢だったら泣くよ俺」
「善逸が泣いたら私が慰めてあげる」
現実なのに泣いてしまっている情けない俺の涙を優しく拭う手が。その微笑みが。俺を一生分の幸せで満たした。衝動的にまた唇を奪って容赦なく口内を貪る。
「ん…ふぁ…、善逸…好…きぃ」
ああ駄目だ。そんな可愛い声で言われたら俺止まれないよ。理性が飛びかけたとき、名前が俺の胸を押したので唇を離す。危なかった……、もう少しで押し倒すところだった。
「ねえ、もうどこにも行かないよね?」
君は約束通り帰ってきたけど、また元の世界に戻ったりしない? 俺が守ってあげるから、頼むからずっと……。二度と……。
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あんなに信じられなかった、私に向けられる愛の言葉。最初から分かっていたんだ、善逸がそんな嘘つくわけないって。だけど私は信じたくなかったのかもしれない。"善逸くん"を裏切ってしまうような気がしていたから。
でも私ね、確かめてきたの。やっと"善逸くん"に好きって言えたよ。一つの恋として、宝物にして青い海に沈めてきたよ。もしかしたら、またフワッと恋心が浮かんでくる時もあるかもしれない。でも私、全然怖くないの。だって、目の前に貴方が居る。この白い翼みたいに輝くような白くて綺麗な感情で、今なら何でも出来る気がするの。
「ねぇ善逸。私ね、明日もその先もずっと善逸の側にいたい。気怠い朝目が覚めたら一番に善逸の顔を見たい。寝る時は善逸の匂いに包まれて、善逸の夢を見たい。毎日の嬉しいや悲しいを分かち合いたい。だから、善逸と…その、結婚、したいです」
「…………………っ! はぁあああ!? いっ、今なんてっ…!?」
善逸の口吸いと幸せのオーバーヒートで使い物にならなくなりそうな頭を必死に使って求婚すれば、数秒後、とんでもない取り乱し様で叫び出したので、私はキレたのかと思って泣きそうになる。それはそうだろう、今まで何度も何度も善逸の告白も求婚も突っぱねておいて、今度はこちらから請うだなんて都合が良すぎる。自分の身勝手さを恥じながら、それでも伝えなければと涙をこらえて言葉を吐き出そうとした。
「えっと、だから! 私と結…むぐっ」
結婚してくれますか、と紡ぐはずだったが「ちょっ、俺が言うから!」と口を塞がれてしまった。顔を見上げれば赤くなった善逸の顔。そんな彼の反応を見てこちらも更に顔に熱が集まってくる。
「人生で最後の求婚だから、一度しか言わないからな!」
「分かった、一度しか聞かないから格好良くキメてよね」
「ちょっ、名前〜!!」
茶化してしまうのはご愛嬌にして欲しい。だって善逸が今から言うことは想像に
「っ…、」
今更照れくさいなと思っていれば、すーはーと深呼吸で整えてから珍しく凛々しい顔付きになった善逸にまたもやドキッとさせられてしまう。いつもこういう顔してればモテるんじゃないだろうかこの人。
「結婚しよう、名前」
「…はい、
私は善逸に出会って、苦しんだけれど、善逸に恋をして幸せだった。気難しい恋だったけれど、とうとう実を結んだ。私はこれから死ぬまで善逸のために生きようと、私達を照らす朝日と善逸くんに誓った。
ああ、貴方と生きる未来がなんと輝いていることか。
fin.
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