百年続く告白をしよう


 明日が来るという保証は誰しも、どこにも無かったはずなのに。鬼殺隊ならなおさらそうだったのに。"明日が来る"ことの脆弱ぜいじゃくさなど知るよしもなく、私は雷のような恋に溺れていた。



「あの、お慕いしております。結婚を前提にお付き合いして下さい」

 一目惚れは遺伝子情報回路でするという。つまり細胞レベルでその人を求めているし、その人の容姿も体格も性格も声も匂いも仕草も全て私の理想だということに他ならない。まだ何も知らないのに、この人の全てを愛した気になるのだ。

 黄色い髪、黄色い羽織り、黄色い脚絆きゃはんのその殿方は少し前は黒い髪で泣いてばかりいた。けれどとても優しくて強い人だと、一目惚れした日からずっと見てきたから私は知っている。
 初対面の女性にすがりついて求婚する姿を何度か目撃してしまい、女好きということは嫌というほど分かってしまったけれど、だからといって嫌いになれるわけでもなかった。きっと女をとっかえひっかえして何人も愛人が居るんだろうな、なんて勝手に思い込んでいたものだから、名前も知らないその方にいざ想いを伝えようとした時に思いっきり空回りをしてやり直すこと十数回。ようやくまともな告白が出来た私はあまりの達成感で返事なんてどうでもよくなっていた。


 時は少し遡り、あれは二十日ほど前のこと……。思い返せばやり直す度それはそれはとんでもない告白で、頭が真っ白になっていたのだと思う。


+++


「もし! …あの、その…お妾さんは何人までお許し頂けますか?」
「…は? …えっ!?」

 それが、名前が俺にかけてきた初めての台詞だった。俺と同じ隊服を纏っているその子は黄色い鞘の刀を提げていた。確かに俺に話しかけてきたのだと確認して真意を読み取ろうとするもやけに緊張しているのか"音"が爆発せん勢いで何も分からなかった。遂には顔を赤らめて逃げ出してしまったその子は、街を出歩く度に俺に意味不明な事を言ってくるものだから、頭のおかしい子なんだろうなと思っていた。同じようなことが繰り返されるうちにだんだん、俺が好きということには気付けてきて、俺の方も意識してしまいそうになるのだけど。何回目かのそれで彼女が言った言葉に俺は固まることになる。

「あの、これをひいて貰えませんか?」
「…………」

 あそこまでの沈黙をもって返事を拒絶したことはかつて無かった。その子は首に犬や猫が付けるような首輪を付けていて、そこにはしっかりと『名前』と名前らしきものが刻まれていた。こんな形で名前を知りたくなかった! いや更に酷いのは、彼女が恥ずかしげにその首輪に繋がる紐の先を俺に差し出していることで。

「……………」

 俺は本当に言葉に詰まった。道行く人々が俺達を変な目で見ながら通り過ぎて行くことも耐え難かった。せめて誰かこの膠着こうちゃく状態をなんとかしてくれと願うも、当然そんな鶴の一声はない。それはそうだろう俺だって道にこんな男女が居たら関わりたくなんかない。
 膠着状態はしばらく続いたが、それを打ち破ったのは第三者だった。

「善逸?」

 炭治郎が現れた。俺は心中で炭治郎を拝み倒した。

「炭治郎ぉおおおーーーっ!! よくぞ声をかけてくれた!! 助けてくれぇえええ!!」
「善逸っ、あまり引っ付かないでくれ! ん? その子は誰なんだ?」
「…この子は……えっと……その……」
「ああ善逸様…! 善逸様…!」

 なんと説明すればいいのか。というか言いたくない。そんな苦々しい思いでその子を見れば、素敵な名前だとうっとりした様子で俺の名前を繰り返していた。

「ひっ…、」

 何故だ。こんなに可愛い女の子に名前を呼んで貰えたのに、悪寒を感じるのは何故なんだーーっ!
 それから俺と炭治郎が見守る中、その子は「善逸様…」と何度もうわ言のように繰り返しながら歩き去っていった。また再会する予感がしてならない俺は人知れず怯えていた。立ち去る彼女からは、いくらか落ち着いたのか彼女本来の音が聞こえるけれど、どうにもそれが形容しがたく、まるで草や木のような音でいつまでも耳に残っていた。



+++


 そう、最初の告白もどきから約三週間が経った。

「げ、」

 会う度に私を見て硬直する善逸様は人様の顔を見て失礼にもそんな声を出すのだが、どうやら私のことを嫌いなわけではないらしい。そう思ったのは、彼がちゃんと私の名前を呼んでくれるからだ。

「あの、お慕いしております。結婚を前提にお付き合いして下さい」

 ようやくまともな告白が出来た私は歓喜に震えていた。目の前に、死んだ表情で佇む善逸様が重たい口を開く。

「あのさ、名前。こう言っちゃなんだけど、俺は君が思ってるような男じゃないと思うんだ。だから、、その…」
「ああ…。今日も善逸様に名前を呼んで頂けて、わたくしは幸せですわ。では、任務に参りますのでご機嫌よう」
「………………え、嘘でしょ?」

 返事など求めていなかった私はもはや挨拶と化した求婚を終えて、討伐任務へと足を向けた。間抜けな顔でポツンと佇む善逸様を置き去りにして。自分の想いがようやく伝わったことで、もう満足してしまったのだ。これ以上求めてしまっては、バチがあたるというものだろう。
 次に会ったとき善逸様は憤慨していて、私は首を傾げることになる。



 少しずつ。少しずつ。時間を積み重ねることが何より強い絆を生む。初対面は最悪だったものの、私と善逸様は安定した関係を築き上げている。

 可愛らしくスキップしている善逸様を街で見かけて跡をつければ、思った通り出会う女の子に片っ端から軟派ナンパな態度。なんと今回は女の子を三人もはべらせている。ここは私が出て行かねばなるまい。

「善逸様、何していらっしゃいますの?」
「げ、名前」

 相変わらず私を見て失礼な態度の善逸様のおかげで、まるで浮気現場がバレた旦那と証拠を差し押さえた嫁のようだ。

「こんなにおなごがお好きなのに、なにゆえわたくしではいけませんの?」

 善逸様を囲む女の子達をすり抜けて善逸様にすり寄れば、彼女達は三者三様の反応を見せた。お前正気か、と呆れた顔を向けてくる子。ベタ褒めする善逸様を気に入ったのか、可愛らしくもちをやいてくる子。何がおかしいのか、快活に笑い飛ばす子。善逸様の好みは統一性が無くて把握しづらい。それを他人ごとのように眺めながら呑気に感心していると、肩身が狭そうに息を詰まらせる善逸様が失神しそうな顔をする。私は安心させるように微笑みかけた。すると恐らく緊張がほどけたのか、いつもの様子で盛大な溜め息を零した。

 それからすったもんだあったものの、なんとか丸く収まって若干やつれた善逸様と店を出た。

「善逸様、このまま討伐デートでも行きませんか。きっと一段と仲が深まりますわ」
「ハァッ!? 何言ってんの!? 頭大丈夫!? …じゃないか、名前だもんね…。いやだよ俺は行かないからね!? 俺を巻き込まないで!」

 鬼殺隊の癖に一体何が琴線に触れたのか、一転して騒ぎ出す彼には手が付けられない。

「はぁ、分かりましたわ。ではせめて、お別れの甘いキスをして下さいませんか?」
「は?」
「鬼殺隊は死と隣り合わせ。これが最後になるかもしれませんでしょう」

 途端に表情が固まった彼の手を私がひいて歩き出す。

「え、あの、名前…?」
「…」
「ねえ、どうしたの」
「分かりましたわ」
「へ、何が?」

 振り返ってその立派な耳朶には充分な声量で言い放った。

「善逸様。わたくしは、死にません」

 間抜けにも呆けた善逸様のお顔を見据えて続けた。これは、真実ではない。そして、事実でもない。しかし、偽りではない。私の確信と決意である。


 先程とはうって変わってすっかり大人しくなってしまった善逸様の手を徐ろに手放した。軽い挨拶を残し、踵を返して、走り出す。私が向かうのが、自分の死に場所になる可能性など小さ過ぎるのだと自嘲しながら。