吊り橋効果なればこそ



 恋に堕ちるのはいつも簡単であっという間だった。一人、また一人と、次々に男性を好きになってしまう。全て片想いの恋で、私はそれで満足だった。誰かを好きで居ることが、そしてそれ故に振り回されることさえ、どうしようもなく快感で幸福だった。
 ただ、ある時覚醒したように想い人を衝動的に殺した。そしてそれを"愛"だと信じた。私は真実の愛とやらを無意識に欲していたのかもしれない。これは、私の"恋"が初めて"愛"になるまでの話である。




 さて、恋に堕ちるのには3秒あれば充分だと云わんばかりな私であるが、私に愛を知らしめたその人に対してだけは恋に堕ちるのに時間というものがかかった。
 その人と出会ったのは、私が愛を狂い求めたなれの果て、とうとう殺人鬼と呼ばれるようになってしばらく経った頃だ。



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 鬼の情報をチュン太郎が持ってきて嫌々泣く泣く向かった山には、薙刀を持った女の子がいた。ただ居ただけではなく、その女の子は鬼と対峙しており、ゾッとするような笑顔で鬼を滅多刺しにしていた。そんなおぞましく衝撃的な光景に、勿論俺の両足は生まれたての小鹿のように震えていた。

「鬼は死なないからいたぶり甲斐がある」

 女の子がさらっと恐ろしい言葉を吐いて、鬼と俺は悲鳴を漏らした。俺が怯えてーー鬼にか女の子にか……きっと両方だーー足が竦んでいる間にも鬼の体は再生するが女の子の傷はどんどん増えていく。それでもいつまで経っても首を狙おうとはしない様子に俺は疑問を抱いた。

「痛いか」

 勝ちを確信した鬼が傷だらけの女の子に問う。しかし女の子はキョトンとした後ニタリと笑ってこう言った。

「痛い? 痛いのは生きてる証拠でしょう? もっと痛めつけて見せてよ」

 「ほら」そう言って自らの肉を薙刀の刃先で抉った。嘘でしょ嘘でしょ、あれこの女の子って鬼だっけ? いやいや人間だよ! 人間なんだけどさ! やばいよこの子、完っ全に異常者だよ。今すぐ尻尾巻いて逃げ出したいんだけど。尻尾なんて無いけどさ。

「抉って、血が滲んで、ひりひり痛む。最高…。あなたの血はどんな味?」

 女の子が自ら傷つけた傷から溢れる血を舐めながらそう言った時、視界は暗転していき俺の意識はプツンと途切れた。


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 朝まではまだまだ長い、と改めて覚悟を固めていると、シィィイイ……と聴いたことのない音が聞こえてそちらに目を向けた。そこに居たのは、低く腰を落とし頭を垂れて抜刀の構えを取っている男の子だった。それも、さっきまで女の子のような悲鳴をあげたり目障りなほど震えていた人物だ。

「雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃」

 先程までとはまるで別人の雰囲気を纏った彼が、瞬く間に鬼の首を跳ねた。速すぎて動きが見えなかった。鬼の体は再生することなく徐々に消滅していく。

「…へえ、それ、鬼にトドメさせるんだ。…欲しいな、その刀」
「……」

 話しかけるも、応答が無い。

「ねえ、」
「……くかー」

 肩を掴んで揺すり続けると、やがて弾かれたように目を覚ました。まさか寝ていた……?

「……はっ! ……え、近っ!! なになになんなの!? はっ! 鬼は!? 君が倒したんだね!? ありがとうううう!」

 目を開けた途端、急に騒がしい人になってしまった。二重人格……いや、夢遊病だろうか?

「あれ、君は、鬼殺隊じゃないの?」
「鬼殺隊? さあ?」
「え、鬼殺隊でもないのになんで鬼と戦ってんの…?」

 コロコロと表情が変わって、見ていて飽きないなあ。

「誰かを殺すことで私の想いが高ぶって洗練されるような、……ああ、生きているって実感出来るからってよく言うけどそれに似た感覚かな。勿論、鬼だけじゃない、人も沢山殺したわ」
「…え、それってひ、ひひひひ人殺し………ギャアアアーーーッ! 強いやつってどうしてこうイカレたのばっかなのぉ!? 助けて誰かー! 俺を守ってぇえ!!」
「情けな」
「まだ結婚もしてないのにぃいい、イヤァーーー! アアアアーーーー!!」
「うるさいんだけど…」
「もうこの際君でいいよ! 俺、何でもするから結婚してくれ!」
「………いや!!!!!」

 一瞬呆けたあと、心底軽蔑した目をたっぷり向けてから全力で拒否した。この男は一体どういう神経をしているのか。

「エエエエ!?」
「『君でいいよ』とか最低の求婚でなびく女の子なんかいないわ」
「ごめんよォ〜。でも俺、君のために生きるから、君も俺を守ってくれ!」

 その言葉に、今まで感じたことのない風が吹き抜けた。

「………考えとく」



 好きだから大切、それが世間一般の常識。勿論それは理解出来る。だけど同時に好きだから壊したいって思いが存在して、それこそが恋愛だと思っていた。今もそう確信している。
 なのにこの男の子は、私に守って貰うために結婚したいと言う。もう何がなんだか分からない。だけど。
 「君のために生きるから」。あんな彼の口からこんな言葉が飛び出てきた。「好きだ」と言われたわけではない。それどころか人殺しだと軽蔑していたはずだ。それなのに、あんなことを言われたら、何も言えなくなってしまう。あんなこと言ってくれた人は居なかった。私でさえそんな台詞を吐いたことは無い。言葉だけ見ればなんて胡散臭いんだろうと思うのに、彼がそう言った時は胸がときめいたし、世界の色が少し明るくなった。
 だから結婚の申込みは保留にしようと決めたのだが、保留の中でも限りなく却下に近い保留である。「君でいいよ」なんて吐いたのだからこれでも出血大サービスなのだ。今後、彼のことはしっかり観察していこうと思う。いくら惚れっぽい私でも、甲斐性無しはごめんだもの。


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 その子は名前と名乗った。専らニコニコしていたり、キョトンとしている。一見、害が無さそうな女の子だ。しかし俺には聞こえるんだ。彼女はとんでもなく恐ろしいことを考えているという音が。誰かをどうやって殺すとか、あいつは体格が良いからああしないと死なないとか、どんな死に方が良いかなとか、そんなことを考えていそうなおっかない音だ。鬼でさえこんな音は出さない。まるで自分も死にたがっているような、痛いことが嬉しいみたいな、死ぬことや殺すことに対して負のイメージを持っていないみたいな、常人には考えられない思考だ。でもその音は同時に切なさを秘めていて、まるで中毒性を持ったように俺を虜にした。音を聞くだけで、「好き」と言われているような錯覚に陥ることも、彼女を放っておけない理由の一つだ。きっと彼女にとって、"憎いから殺す"のではなく、"愛しいから殺す"というのが生き物に対する向き合い方だからなのだろう。……うん、やっぱり危ない子だ。でもそんな彼女のおっかない音や言動に、俺の鼓動はずっと激しく脈打つ。もしや、と思うが出会いが衝撃的過ぎたために確証が持てない。だけど朝を迎えていくらか穏やかな物腰になった彼女の隣を歩く道中もドキドキと熱が冷めやらない。これはやっぱり……。そうして確証が無いまま鬼殺隊本部手前で別れた。


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 それから鬼殺隊本部へ案内され、鬼殺隊の最高指揮官なるお人にお会いした。物腰穏やかで雄弁で謙虚、であるのに食えない人物であった。好き、とは違うが尊敬出来た。歴史上の偉人とは、ああいう人がなるのだろう。


 次に虫柱様の御屋敷である、蝶屋敷というところへ案内され、お館様に何と言われたのか訊いてきた彼ーー我妻善逸に、私はこう答えた。

「んー、『私は誰かを裁く立場にない。人は死んでしまえば生き返らない。だけどもし…、もし悔いているのなら、君に出来ることが二つある。一つは、これからは人を殺さず守ること。もう一つは、君が人を殺した数よりたくさん、鬼を狩りなさい。名前なら出来るね?』って言われたわ」
「名前、鬼殺隊に入るの?」
「そういうことになります、ね」

 善逸は厳かに「よろしく」と言った。そんな顔も出来るのね。
 そして彼は「あっ」と声をあげたかと思うと、部屋の襖を開けた。

「炭治郎!」
「やあ、善逸、変わりないみたいだな」

 何だ何だと思うと、開けた襖の向こうから人畜無害そうな男の子が現れ、襖を開けようしていたらしい手を上げて挨拶した。続いて登場した男の子に、私は目が釘付けになった。


 誰かを好きになるのに理由なんて要らない。きっと本能とかそういうので惹かれているんだから。

「おぅ! 俺は山の王だ! お前弱っちそうだな! 子分にして鍛えてやってもいいぜ!」
「好き!」
「えっ!?」

 私が、初対面の秒で求愛した相手は、猪の頭を被った野性的な男の子だった。条件反射で人畜無害そうな男の子、改め炭治郎が驚いた。実に素直な子のようだ。続いて、善逸の傍迷惑な絶叫が轟いた。

「っるせぇっ!!」
「静かにしないか善逸、近所迷惑だろう」
「名前、俺のことが好きなんじゃないの!? ねえねえねえええ!!」
「煩いな。私がいつそんなこと言った?」
「だって、だって…グスン、」

 騒がしいと思えば今度はめそめそ泣き出して、善逸は本当に面倒くさい。こんな男は真っ平御免だと思うのだけど、私のために生きると言った人だから、彼が幸せになるまでは面倒見てあげてもいいかなと思うくらいには嫌いじゃない。まあ、つまらない男だなという印象は拭えないのだけど。

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