恋をしなくても生きていけるか否か



「え゛ーーーー!? 嘘でしょ嘘だよね!?」

 怪我が完治したのを見計らったように私の鴉が部屋に入って人語を喋ると、懲りずに迷惑極まりない大声で喚き出した善逸を罵倒するも火に油。そこへ都合が良いことに炭治郎が戸を開けて入ってきた。

「善逸、うるさいぞ。外まで丸聞こえだ」
「鬼殺隊、鬼なの!? 鬼殺隊なのに!! あーもー、名前が死んじゃうでしょーが!! 誰が守ってあげるんだよこの子をさあ!」
「ど、どうしたんだ?」

 私は炭治郎が現れて心強かった。この壊れた人害騒音器をどう宥めたらいいか分からなかったから。炭治郎に事の経緯を説明すると、未だに涙目で転がり回る善逸を捕まえて説得してくれた。いや、善逸がなかなか受け入れようとしないので最終的には手刀で気絶させていたけれど。

「もう発つのか?」
「うん」
「そうか…。気をつけて。無事を祈ってるよ」
「ありがとう炭治郎。伊之助に宜しくね」
「ああ、伝えておく」

 炭治郎は見えなくなるまで見送ってくれた。本当にいい友人が出来たなあ。それは善逸に感謝している。善逸に出会わなかったら、伊之助にも恋することはなかったのだから。

「さて、」

 昼前から歩き続けて、目の前には目的の鬼がいるはずの町がある。これは初任務である。善逸は嘆いていたけれど、私は正直ワクワクドキドキしている。この刀で鬼を滅することができる。ようやく鬼と対等に殺し合うことが出来るのだ。

 私の場合、日輪刀の形は日本刀ではなく、使い慣れた薙刀にしてもらった。色変わりの薙刀。まだどの呼吸の流派も知らないけれど、渡されたその場で鞘から抜くとそれは色を変えた。色は、赤。人間も生き物もこれを見ると興奮する、そういう色だ。何故なら生き物の血の色だからだ。私は自分の肌をその刃で傷つけてみた。

「っ!! やだ名前何してんのっ!?」

 善逸が甲斐甲斐しく私の傷口を手当てしている間も、私は自分の血が付着した刀身に見入っていた。それらは境界線も曖昧な程、全く同じ色だった。



 初任務は、案外手こずった。今まで鬼は私をただの娘だと思って油断していたので隙をつけていた。しかし今は隊服を身にまとい、日輪刀を所持している。鬼が警戒しないはずがない。

「鬼殺隊とはいえ、やはり女だ。弱い弱い弱い、ヒヒヒッ」
「っ、…お黙り」

 鬼に与えた切り傷は無常にも片っ端から治っていき、私の精神を抉る。対して私の傷は増える速度も増す一方。脇腹の傷が肺を掠めていて呼吸だって満足に出来ない。明らかに絶体絶命な場面。しかし私の口角は上がっていたと思う。これこそ私が望んでいた戦いだったのだから。疲労は隠しきれないけれど、今まで対峙してきた鬼とは全て共に夜明けを迎えてきており、体力には自信があるのだ。

「っ、」

 長丁場の覚悟をしたとき、不意に足元を崩された。しまった、やられる…ー! そう思って目を閉じようとする直前、目の前を何かが遮った。体が地面に落下しても攻撃はなく、顔を上げると女の人がいた。鬼は攻撃を封じられ、顔を歪めているが、私を庇ってくれている人の顔は見えない。しましま模様の羽織りの下は隊服のようだが、肩より長い黒髪。首に巻き付けているのは……蛇だ、……って、蛇!?

「蛇ぃっ!?」
「うるさい。鏑丸だ」

 男性の声。女の人ではなく男の人だったようだ。それから男の人は独特な太刀筋で鬼を圧倒した。

「くそ、なんで柱が…っ、」

 瞬きする暇もなかった。なんと美麗で見事な剣捌きだろうか。なるほど、善逸の時は一瞬だったからまじまじ見ることが出来なかったけど、これが"呼吸"というやつか。
 太陽に焼かれるほど一瞬でとはいかないが、切り口から鬼の体が徐々に朽ちていく。

「お前、本当に鬼殺隊士なのか? 鬼をなめきっているとしか思えない。足手まといだ。鬼殺隊などやめてしまえ」

 その声に見上げると、その人は左右の目の色がそれぞれ違い、どちらも色鮮やかで。口元は布で隠されていたが、蛇を飼い慣らすその佇まいに目が奪われてしまう。

「……」

 闇夜に煌めく鮮やかな双眼を見つめた。いくら見ても見飽きることなく。

「…なんだ」

 赤子が泣き出すような悪い目つきでこちらを睨む男性。口元は隠れているが鼻筋はしっかり通っていることが分かるし、……あれれよく見たらめっちゃ男前。一見近寄りがたいけど実は優しくて年上で落ち着いていて面倒見は良い、絶対そういう人だきっとそうに違いない。つまり私の好みど真ん中というわけで。私は恋に落ちた。またしても一目惚れというやつだ。

「私を女にして下さい」

 ああ、あなたが創り出す沈黙さえ素敵だ。

「………」

 とうとう"何を言い出すんだコイツ"みたいな視線に居たたまれなくなって、一歩、近づいてみた。しかしほぼ同時に指を差されて制止される。

「鴉を飛ばしたのでもうじき隠が来る。それまでそこから一歩も動くな。分かったな?」
「かくし?」
「隠も知らないのか。お前本当に鬼殺隊士か?」
「まあ、成り行きで…多分」

 はっきりと、「鬼殺隊入隊だ」と言われたわけではないから自信がない。

「…そうか」
「それよりお名前を教えて頂けませんか?」
「自分から名を名乗るのが礼儀ではないのか」
「あ、失礼しました。苗字名前と申します」

 痛む右足を庇うように恭しく西洋風のお辞儀をしてみた。

「……蛇柱、伊黒小芭内」
「伊黒さん…、好きです」
「!?」

 驚いたのか、目を見開いて見つめられたがそれも一瞬で、すぐに顔を逸らされた。

「伊黒さん?」
「……」
「伊黒さん、」
「……なんだ」
「好きです」
「それはさっき聞いた」
「…ふふ」

 やはりこの人悪い人ではない。女の子がこんな全力で告白しているというのに顔色一つ変えないけれど、初対面の私のことを心配してくれるとても優しい人だ。こんなもっと好きになりそうな人なかなか居ない。と、見つめ過ぎたのか蛇の鏑丸に睨まれてしまった。……そう言えば、蛇を殺したことはまだ一度も無いな、そんなことを考えながら傷から溢れる血を舐め取れば、めちゃくちゃ威嚇された。



 それから隠という人達ーーそういえばこの人達前回もお世話になったなーーに蝶屋敷へで運んでもらい、治療を受けた。どうやら右足を捻挫しているようだったので入院した。戦っては負傷して入院。鬼殺隊ってもしやこの繰り返しなのでは、と人知れず震えていると喧しさが遠くの方から高速で近付いてきた。

「……ーーーーーーーっ!! 名前っ!」
「善逸、静かにしないか。近所迷惑だろう」
「っちょ、炭治郎の真似やめてくれない!? 全然似てないし!!」

 似てないと言われてもニコニコしている私の寝台の横に恐る恐る腰掛ける善逸。

「初任務で怪我したって聞いて心配して来てみれば、なんか名前嬉しそうだね」

 喧しいけれど、私を心配してわざわざ来てくれたらしい。うん、善逸は本当は優しいんだよね。

「あ、分かる? 好きな人が出来たの」

 静かな会話もたった数秒足らずで打ち破られ、善逸の叫び声にとうとうアオイちゃんがとんできた。

「静かになさってください、善逸さん!」
「ちょっとちょっと嘘でしょ酷い!! 俺と結婚するって言ったじゃん!?」
「寝言は寝て言ってよ」
「いやああ゛あ゛あ゛あ!?」
「っるさ…、あの時は考えるって言っただけでしょう?」
「大体名前は伊之助のことっ…す、…好きなんじゃないの」

 尻すぼみになる声で、最後まで聞き取れなかったけれどこの流れで伊之助を持ち出されれば言いたいことは分かる。

「誰かに恋に落ちるのは不可抗力で、自分じゃどうしようも無いでしょ? 好きな人が増えていくのも私自身どうしようもないもの」

 本当は私だって、運命だと思えるような、たった一つの恋だけに身を捧げたい。本当の愛を見つけるために人は恋をするんだって、信じてる。だからこそ、毎回全力で心を捧げるのよ。



 傷は一週間で完治間近だった。これでも遅いらしい。柱となればこんな傷は一日で治すそうだ。あの伊黒さんもそうなのだろうか。

 お館様のご意向なのか、あれから任務で出向く度に柱とやらの珍しいはずの人達に会う。伊黒さんの次に会ったのは恋柱の甘露路蜜璃さん。刀とは信じられないほど柔軟なそれであっさり華麗に鬼を退治した後「伊黒さんに会ったの!? キャー、名前ちゃんいいなあ。伊黒さんにときめいたりしなかった?」なんて言い出す彼女。恋敵かと思ったが私と同じ匂いを感じたのでうっかり仲良くなってしまった。私には絶対恋の呼吸が合っているから今度邸に来いとのことで別れた。恋敵のはずなのになんだか憎めない人だった。

 手傷を負わなかったためか、連日任務を告げられる。鬼殺隊はやはり忙しいらしい。そして此度討伐しにきた鬼は血鬼術を使ってきた。個体ごとにそれぞれ違った奇術を使うのだと話には聞いていたので油断することはなかったはずが、不意をつかれて体を強打し出血した。その瞬間、血が騒ぎ出す。

「狂恋の呼吸、初恋の傷痕きず
「ウッ、…うあ゛あ゛ああっ!!」

 見様見真似だが、伊黒さんの呼吸法、甘露路さんの型を参考にしてみて、なんとか鬼を倒せた。倒してみると呆気ないものだ。もう少し色々試したかったのだけれど。

「まあいいわ。上出来上出来」

 初めて見る血鬼術にかなり手こずりはしたが朝日を迎える前に倒すことが出来た。そしてその直後、まるで一部始終観察していたみたいに語り出す、上背のある男が現れた。

「お前、戦いを楽しむタイプだな。その割に忍みてぇな戦い方しやがって。派手さも大事だろう」

 なんだこの人。急に現れて上から目線で。

「誰?」
「俺か? 俺は鬼殺隊音柱、宇髄天元様だ。神と呼んで崇め奉れ!」

 あ、この人やばい人だ。というかまた柱か。

「私は鬼殺隊階級癸、苗字名前」
「忍…じゃねぇよな。戦いは好きか?」
「生まれも育ちも平凡な町娘よ。ただ、殺戮衝動っていうのかしら、『狂ってる』なんて言われるようになってしまったの」
「それで狂恋の呼吸ねぇ…。なぜ鬼殺隊に入った? 鬼が憎いか?」
「憎しみ? そんなものは不要な感情よ。『殺してやる』って息巻いて、実際に殺戮に成功している奴を見たことがないわ。感情だけに支配されず、獲物を殺すためだけの純粋な殺意で自身を支配しなければ命を奪うことなんて出来ない。必要なのは憎悪ではなく冷静さよ。純粋な殺意ってのはね、音がしないの」

 その時自分がどんな顔をしていたのか自覚が無い。けれどそれを見た音柱は、顔色さえ変えなかったものの一瞬目を微かに見開いて私を見据えるように考え込んだ。

「なによ、」
「……よし、お前、俺様の継子にしてやる、派手に喜べ!」

 「継子?」と首を傾げる私に、丁寧に説明してくれた。なるほどどうやら指導力はありそうだ。しかし。

「断固拒否します」
「うるせぇ、もう決定事項だ!!」
「は!?」

 そんな感じで、傍若無人で自称神のイカレた大男に俵担ぎで連れ去られた。それを見送りこちらに片手を伸ばしたまま小さくなっていく呆けた善逸の顔が見えた気がした。



「まあ聞け」
「いやです。継子になるなら伊黒さんの継子が良いです!!」

 喚いていると、瞬く間に宇髄さんの姿が消え、思わず身構えた。間髪入れずに後ろから落ちてきた踵落としを避ける。

「良い反応だ。まず背後を警戒しろ」

 次から次に攻撃を仕掛けてくる。

「何の真似ですか」
「この俺様が鍛えてやるっつってんだ。お前は素直に言うこと聞いてりゃいいんだよ」
「そんな操り人形みたいなの、真っ平、ごめんです」

 そう言った途端、攻撃が止んだ。しかし宇髄さんの姿は目視出来ない。一体どこにいるのか。私は五感を極限まで研ぎ澄ませた。その際、一番頼ったのが耳だった。

ーーカサ、

「…!」

 左側の落ち葉が風圧で動いた。それを察知して宇髄さんの居場所も攻撃のタイミングも分かったが、攻撃方法を把握出来ずに防御しきれなかった。

「っぐ、」

 隙をついてたたみかけられ、あっという間に地面を拝まされ、押さえつけられた。

「ほら見ろ、お前の適性は音だ。型は自分で生み出してもいいが、呼吸の適性は甘露路のより音のに近い」

 悔しい。でも。

「師匠、これからよろしくお願いします」
「ん? なんだ? 急に素直じゃねぇか」
「あなたの強さに惚れ込みました」
「へえ。俺の修行は死ぬほど辛いぞ。ついてこれるか?」
「どこまでも」



 それからは過酷な修行の日々だった。女に容赦なく、まるで忍のような非人道的な修行さえあった。それを抗議すると、なんと元忍なのだと打ち明けてきた。しかも奥様が三人も居て、そちらも三人とも元忍という。これは一度に驚ける容量を越えた情報量で、その日は修行に身が入らなかった。
 師匠の口利きで一旦任務の請け負いを中断させ、数ヶ月をかけて呼吸法を上達、同時に自らの型の精度を高める。やがて師匠直々の試練を突きつけられた。思い出したくもない。私の取捨選択を迫り、その判断を見極め、寸前で全てを守った。師匠は「それでいい」と言ったが、私がもっと、柱並みに強ければ選ぶ必要はなかった。全て守るという選択肢を自ら生み出すことが出来ていたはずだと。試練には合格したものの、達成感など微塵も味わえなかった。

 本来なら育手の元で一年程度修行をし、入隊試験を受けるそうだ。今更だと言ったが、師匠も任務で留守にするからと参加を言い渡された。既に日常的に人を喰っていた鬼と対峙していた私にとってはお茶の子さいさいの試験だったが、私が藤襲山で雑魚鬼と遊んでいるとき、師匠は連絡の途絶えた嫁三人を案じて遊郭に向かっていた。帰ったら、片腕を無くしていたのでそれはもう驚いた。そこに善逸達三人が同行し大怪我を負ったことを聞いて、目の前が真っ暗になった。



 お見舞いに行ったときには、善逸は蝶屋敷中をウロチョロ出来るくらい元気になっていたらしいが、もぬけの空のベッドを見て色々察した時は開いた口が塞がらなかった。全く、仕方ない奴だ。話に聞いただけでも重傷だと分かるのに。

「伊之助…炭治郎…」

 二人は見るからに意識不明で、虫の息というのがぴったりだった。大体、炭治郎はどうして顎に風穴が開いているの? 私には気をつけてって言ったくせに。伊之助も胸のど真ん中ぶっさされたら普通死んじゃうからね? もし相手が女だったら私が殺してやるんだから。え、どっちをって? 伊之助をよ。いつもあんな大口叩いてるんじゃない、なら無傷で帰ってきてよ。

「死なないで…」




「師匠、お世話になりました」
「ああ。折を見てまた稽古つけてやる」
「はい。行って参ります」

 数ヶ月ぶりの任務を鴉が知らせに来て、久しぶりの隊服に腕を通した。向かうは南東。最近、神隠しが多発しているという地へ赴く。

 道中ふと、善逸はどうしているだろうと頭を過ぎったときだった。偶然にも視界の遠くにタンポポにそっくりな頭の隊士を目にとめた。


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