ちぇんじ。
深夜のコンビニで、目立つ互いの姿を見咎めた二人が「あっ」と小さく声を上げる。
片方は結いもしない伸びて垂れた黒髪とひょろ長い身体が、もう片方は鮮やかな赤に染めた髪と特徴的な顔立ちに目印のようにある顎元のホクロが、サングラスと帽子でも隠しようがなく名札を付けているかのようにはっきりと主張している。
「逹瑯さん、今晩は」
恒人はサングラスを外し、頭を下げる。
「ばんわー」
逹瑯は軽く手を上げてそれに答えた。
恒人のカゴにある大量のスイーツに自分のところのリーダーを思いだしたせいで顔がにやける。
逹瑯のほうは手にコーラのペットボトルを持っているだけだ。
「逹瑯さんって・・・この辺りじゃないですよね?」
「ちょっと夜の散歩」
「流星と殴り合いでもするんですか?」
「ことのついでに稲垣足穂の話をするんじゃねぇよ」
その突っ込みは満足だったらしく、恒人は柔らかに笑む。
「歌詞の構想まとめたくてな、俺は街から吸収するタイプだから」
「なるほど、セルのように・・・」
「恒人君って、恒人ってボケなきゃ話進められないの?」
深い理由は不明だが、逹瑯の中で恒人が「君付け」から呼び捨てる存在に変わったらしい。
まあ彼の呼び捨ては好意の表れなのだが。
「はは、ツネと呼んでもらっていいですよー」
「嫌だ。でも俺のことは御主人様と呼べ」
「はい、御主人様っ!」
「俺が悪かった!俺が全面的に悪かった!」
からかう相手を間違えた。明希なら真に受けてやりそうだが、恒人の場合は冗談だと分かってやっているのが救いだ。
会計を済ませ、そのまま別れるのも味気なく、コンビニの灰皿脇に備え置かれたベンチへと並んで腰掛ける。
どちらも煙草は吸わないが、恒人がさりげなく灰皿の近くに座った。
夜だと言うのに熱風が吹き、少しも涼しくない。
逹瑯はコーラを、恒人は野菜ジュースの蓋を開けて一口飲んだ。
「俺、考えてんですよね、逹瑯さんから注意されたこと・・・でもあまり、理屈では分かるんですけど、理解はできなくて」
「ああ・・・」
逹瑯は少しだけ気まずそうに笑う。
「いいんだよ。たぶん・・・価値観が決定的に違うんだろ、俺と恒人は。いや、俺らとお前らって言ってもいいのかもしれない」
「価値観の相違ですか、結婚できませんね」
「そもそもできねぇけど・・・ま、友達ぐらいならいいんじゃね」
「違うからこそですよね、みんなの価値観が同じだったら争いもないけど、きっと味気ないですもん」
「そうなったら・・・音楽なんて、ロックなんて生まれなかっただろうしな」
「それは困りますねぇ」
互いに笑った顔を見合わせる、湿った暑い風が髪を撫でていった。
「そういえば、あれから変なことあった?」
「いえ、なにも・・・これからもないと良いんですけど」
「恒人って巻き込まれやすいのか首突っ込んでるのか微妙だもんね。だからいいかも、被害者じゃなくて加害者でもなくて、当事者だから」
「当事者?」
「被害者ぶらなくて、加害者ぶらなくてそーいうの良いと思う」
「それは、逹瑯さんもそうでしょう」
「俺はお前みたく善人じゃねぇよ」
ふと、眠気に襲われた。
何日も徹夜して普通にしているはずなのに意識が飛んでしまった時のような眠気。
恒人ははっとして目を見開く、まがりなりにも先輩と話してる最中に失礼だと、見開いて怪訝に思う。
少しだけ上げた視線に逹瑯の姿はなく、代わりに視界の下に鮮やかな赤を見つけて視線を下げた。
間違えようもない自分が、恒人がそこにいた。
目を見開き、下げていた視線を上にやって、さらに目を見開く。
「・・・え?俺?」
「・・・逹瑯さん?」
自分の姿をした者に向かって問いかけると、恐る恐るといった風な声が返ってくる。
「恒人・・・?え、なに、俺達・・・入れ替わってんの?」
「どういう・・・こと?」
その後すぐに二人は互いのメンバーにヘルプメールを打った。
まさか電話をするわけにはいかない、入れ替わっているから声が違う。
逹瑯《外・恒人》はミヤに、恒人《外・逹瑯》は浅葱に連絡をする。
さすがにこんな時はヘルプを求めるのかと逹瑯《外・恒人》は思ったが、単純に仕事の問題で焦れているらしかった。
冷静沈着なタイプであるはずなのに取り乱している。まあ、取り乱しているのは逹瑯の姿なのでさして珍しいものでもなかったが。
恒人側の応援の到着は早かった、法定速度ギリギリですっ飛ばして来たらしい車から浅葱が降り、運転してきたであろう英蔵がよろめきながら走ってくる。
「え、えっと・・つね・・・」
英蔵が言葉に詰まり、浅葱もまた言葉を失っている。
ベンチにちょこんと縮こまって座り、縋るような視線を向けて来る逹瑯と、大股開いてふんぞり返り横柄な表情をした恒人というものに対応できずにいた。
しかしそこまでやってくれたことで持ち直しは早かった、恒人が浅葱の前で冗談でもそんな態度をとるわけがなかったからだ。
「逹瑯さん」
と浅葱がまず逹瑯《外・恒人》に言う。
その一言で反射的に姿勢を正さずにいられないような迫力があった。
痛感する、恒人の身長から見る浅葱は威圧感が大きすぎる。
「ツネ、大丈夫?」
「明日のコメント撮りと練習・・・どうしましょう・・・」
「そんなこと聞いてないよ、それも大事だけどね。入れ替わった意外に異変はないかな?」
「えっと、大丈夫です・・・なんかメンズサイズの服を着てるような違和感ありますけれど」
思わず突っ込みかけた逹瑯《外・恒人》は黙る、見下ろした華奢な体躯が身につけているのはどう見てもレディースサイズで、メンズサイズは大きかろう。
となれば比喩なく互いに合わないメンズサイズ、レディースサイズを着ているのだが。
三人寄れば文殊の知恵とも言うが、四人集まって、しかも知能指数の高そうな者も含まれた面子でもなにも浮かばない。
なにせ今回はベンチに座って喋っていただけなのだ、異常なモノを見たわけでもなんでもない。
「逹瑯さんのところは明日のお仕事は?」
浅葱に問いかけられ逹瑯《外・恒人》は肩を震わせる、立っても浅葱にはやや見下ろされる形で威圧感は消えない。
「ああ、レコーディング中だけど歌録りまでいってねぇから・・・しばらくはさほど困らねぇけど」
ふと見ると英蔵が渋い顔でこちらを見ている。
恒人《外・逹瑯》に向けるのは困惑が混ざりつつも笑顔だというのに。
そうこうしているうちにミヤが車で乗りつけてきた、無表情だが不機嫌なのがありありと分かる。
再び姿勢を正した逹瑯《外・恒人》と頭を下げる恒人《外・逹瑯》を見比べ、細い目をさらに細める。
「・・・困ったな。なにやってるんだこの馬鹿と逹瑯を殴りたいのにどっちも殴れない。恒人君の身体を殴るわけにもいかなければ中身とは言え恒人君に痛い思いはさせれない」
「悩むとこそこかよ!!」
突っ込む逹瑯《外・恒人》に恒人《外・逹瑯》が言う。
「あの、痕が残らない程度ならいいですし、俺、痛いの我慢しますよ?」
「ふざけんじゃねぇよ!俺が嫌だっつーーの!!」
連続で突っ込む羽目になった。
いや、そんなことは瑣末な問題なのだが。
自虐亭にメールで助けを求めたが待てども返信は来ない。
もう時刻は丑三つ時、いつまでもコンビニの前にいるわけにもいかなかった。とりあえず一旦帰ろうと言う話になり、どっちがどっちにと迷ったが、使い勝手がよかろうと、中身の方の家に戻ることになった。
逹瑯《外・恒人》は逹瑯の自宅に恒人《外・逹瑯》は恒人の自宅に、その日はそれぞれ帰宅した。
翌日、恒人の身体にもだいぶん慣れてきたが一つ不具合が生じていた。
此処は逹瑯の家で、逹瑯の服しかない、恒人の身体にはどれもサイズが大きすぎた。
「どんだけ細いんだこいつ!」
思わず鏡に映った恒人の姿に突っ込む。
逹瑯もまたスタイルが良いと言われる部類の人間だが属性が別物だ。
平均身長のくせに体脂肪が存在しないんじゃないかというような身体、風呂に入るのに若干照れてしまうぐらい、均整が取れた身体、肌は驚くほど白い。
手入れとかちゃんとしたほうがいいんじゃないかと思ったが自分の家にある物がはたして恒人の肌に合うのかも不安だ。
そして服。逹瑯は私服もだぼっとしたものを好んでいる。
この身体でそんなものを着たら「だぼっとした」では済まない。
なんとかぴったりしたTシャツをひっぱりだして着てみたが、全然ぴったりしていなかった。
ジーパンにいたってはベルトを一番細くしてなんとか止まるレベル。
ストリート系ファッションの失敗じみた姿になってしまったが、もうどうにもならないだろう。
チャイムの音に玄関を開けると英蔵がいた。
「えっと・・・逹瑯さんおはようございます」
「ん、おはよー」
渋い顔をしたまま英蔵が言う。
「じゃ、今日はコメント撮りだけお願いしますね」
「あんま自信ねぇんだけど・・・」
とはいえ仕方ない、他のバンドのスケジュールに穴をあけるわけにはいかないのだ。
車に乗り込むと英蔵がコピーした紙の束を渡してくる。
「行きがけにツネから預かって来たんですよ、今日やることの一覧です」
何枚にも渡る紙の束に逹瑯《外・恒人》は目を丸くする。
「これ、全部?」
「逹瑯さんの身体で徹夜になってしまってすみません、ってツネからの伝言です」
「いいけどさ・・・」
紙の束に目を通す。
衣装の着方からメイクの仕方、コメントで言うべきことまで事細かに、図解付きで載っていた。
「なんとかできるかもしれねぇわ」
「なんとかやってください・・・」
やはり渋い顔のまま英蔵は車を発進させる。
「っていうかさ、スタイリストさんとかメイクさんがいれば・・・」
「ウチ、今は自主でやってんで、こーいう細かい仕事の時はそこまで余裕ないんですよね。俺達もできるかぎり面倒はみますから、お願いしますよ」
「あ・・・そっか・・・」
「少人数とはいえスタッフはいますから、ツネらしくしててくださいね。俺達も敬語は使いませんし、逹瑯さんは敬語でお願いします」
「ん、りょーかい。恒人らしくね」
服装の件について、恒人のほうは如才なかった。
帰ってすぐに着ていた服を洗濯して干し、翌朝には着られるようにしておいたのだ。
着替えて、ムックがレコーディングに使っているスタジオに向かう。
逹瑯は車を所持していたが、恒人自身には免許がないので電車で。
「身長高いなぁ・・・」
逆につかまり難く感じる吊皮を握りながらそんなことを呟いていると声を掛けられた。
「あの、逹瑯さんですよね・・・ムックの」
「え?」
見れば若い女性が輝く目でこちらを見上げている。
帽子もサングラスもしていても、やはり逹瑯の身体は目立つらしい。
此処で邪険にしては逹瑯の評判に関わると、恒人《外・逹瑯》は柔らかく笑んで言う。
「はい、そうですよ」
「あの!大ファンなんです!握手してください!」
こういう場合のファンに対して逹瑯がどういったスタンスをとっているのかは知らないが、手を差し出して軽く握手を交わす。
「これからも頑張ってください!」
「ありがとうございます、頑張ります」
さすがにサインを求められたら書けないので断るしかなかったが、どうやら礼儀正しいファンらしく、お礼を述べるとその場を立ち去ってくれた。
「・・・うーん、やっぱすごいなぁ」
スタジオの最寄り駅で降りて、携帯電話のGPS機能でスタジオを目指す、ちなみに携帯電話はそれぞれの物を持っていた。電話にさえでなければ問題ないだろうし、やはり入れ替わったとはいえ他人にプライベートの塊を見せるのは抵抗があった。
スタジオにつき、ムック面子が使っているであろう扉を開き恒人《外・逹瑯》は元気よく挨拶をして頭を下げる。
「おはようございます!今日もよろしくお願いします」
沈黙が降りた室内に、はて部屋を間違えてしまったかと焦ったが、ミヤの姿を見つけてほっとして近寄る。
「おはようございます」
「いや・・・それが本来は正しいんだが、逹瑯の姿でやるとなんかな」
「えっと、ダメでしたか?」
ミヤは小声だったが、周囲にいるスタッフからの視線に困惑が混ざっているのは感じる。
「まあいいや、新手の嫌がらせが始まったとしか思われてねぇだろ。ところで一つ頼みがあるんだが」
「はい、なんでしょうか?」
「敬語は・・・まあいいや」
恒人に逹瑯のマネをしろというのも無理な相談かとミヤは判断した、周囲には逹瑯が新しい遊びを始めたと思わせておけばいい。
「仮歌を入れてくれないか」
「・・・俺がですか?」
さすがにそこは恒人《外・逹瑯》も声を落とす。
「イメージが固まらなくて進まないんだ、音程だけ外さずに歌ってくれればいいから、頼む」
「分かりました、俺にできるかどうか分かりませんが精一杯頑張りますのでよろしくご指導お願いします」
凛々しく表情を引き締め、頭を下げる逹瑯の姿。
「・・・っ!!」
全身に立った鳥肌を誤魔化すように、無表情の仮面をとっぱらってミヤが引きつった笑みを浮かべる。
スタジオ内に漂う絶対零度の空気。
しかしあくまで逹瑯はノリが軽いだけで良い人だと思っている恒人がその意味に気づくことはない。
「マジかよ・・・」
複雑な女形衣装を目の前に逹瑯《外・恒人》は呆然としていた。
いくら身体は恒人だとはいえ、こんな可愛らしい衣装を着るのか。
しかしあまり迷っている暇もない。
「ツーネ!」
明るい声で跳ねるようにやってきた涙沙が耳元で「逹瑯さん」と言いなおして笑う。
逹瑯の視界から見た時はちっこかった彼だが恒人の視界からならそこまで極端に小さくは見えない。
「腕を捻ったってドジやねぇ!」
部屋全体に聞かせる様な声で言って、ウインク。なるほどそういうことかと逹瑯《外・恒人》は頷く。
「そうなんだ・・ですよ。ドジですよね・・・」
「衣装着にくいやろ、手伝ってあげる」
「ありがとう・・・ございます」
涙沙の手伝いで衣装を身につけたら次はメイクだ。
鏡の前に座り息を吐く。
紙の束をこっそり見るが難しそうで、逹瑯がしていたメイクとは種類が違いすぎる。
つけまつげなんて使ったことはない。
しかしメイクに関しては「自分にやるのと人にやるんじゃ勝手が違うから無理」と涙沙に言われてしまったので自力でやるしかない。
「・・・逹瑯さん」
隣にいた英蔵が小声で言った。
「手、どうしたんですか?」
「ああ、これ」
逹瑯の愛猫は恒人の姿で登場した御主人様に戸惑ったらしく、いつも通りに接したら手の甲を引っ掻かれたのだ。傷が少し残ってる。
そのことを手短に話すと、英蔵は憤懣やるかたないという顔で睨んできた。
「気をつけてくださいよ、恒人の身体なんですよっ!」
「ご、ごめん」
あまりの迫力にあやまるしかなかった。
英蔵からダメ出しされながらメイクを終えたころにはすっかり疲れ果てていた。青い羽根付きつけまつげは重たく感じるほどで、気持ちまで重くなる。
「ねぇツネ」
肩を叩いて覗きこんできたのは浅葱で、そっと顔を寄せると声をころりと低くして言う。
「ツネの顔でむっつりしてないでもらえないかな。笑えないならせめて無表情でね、逹瑯さん」
「すすすす、すみません・・・」
本気で怖かった。
恒人は仕事場で愛想の良いタイプなのだろう。
いや、違うかと思いなおす。
おそらく浅葱はむっつりしている恒人を見るに堪えないのだ。
不貞腐れた顔など、見せられたくない。
そして恒人もまた見せたくはないのだろう。
鏡に映る恒人の姿に微笑んでみる、後ろにいる浅葱の顔も少しだけ笑った。
「注文多くなりますけど、お願いしますね」
え?これで終わりじゃないの?
鏡の中の笑顔が思い切り引きつった。
仮歌を入れ終わり、イメージが固まってきたというミヤと恒人《外・逹瑯》はアレンジの話で大いに盛り上がった。
「ウチとはカラーが違うし、採用はできないけど」
とミヤは感心した風だ。
「改めて凄いな・・・今度また話そう」
逹瑯とミヤが頭を寄せ合って仲良く、和気藹藹とアレンジに没頭している状態にスタッフはもはや戦々恐々だったのだが、二人は満足げだ。
「おっはようございまーっす!」
元気よくスタジオの扉を開け放ったサトチが一直線に恒人《外・逹瑯》の元にやってきて顔を近付ける。
「お、おはようござ・・・」
「ホントだ!恒人君の匂いだ!!」
「はっ!?」
恒人《外・逹瑯》は目を白黒させる。香水は肌に合わないといけないのでつけなかった、とすればボディソープやシャンプーの匂いだろうかと頭をめぐらせていると、ミヤがふっと笑って言う。
「そいつの取り扱いには免許が必要だから無視してくれ。ヤス、これよろしく」
「おう!」
ミヤから渡された紙束を手にサトチは元気よく駆けて行く。
この異常事態をどうとも思っていないようだ。
「おはよ、さとー!たつー!ぐっちゃ!」
同じく入ってきたユッケはどこか引きつった笑みで恒人《外・逹瑯》を見る。
「えっと、恒人君なんだよね?」
「はい、申し訳ありません、御迷惑をおかけして」
「・・・っ」
ユッケは鳥肌の立った肌を撫でる。
ユッケにしてもミヤにしても(サトチも同じはずだが)、10代の頃からのつき合いであり、横柄で軽薄で我が儘で俺様な逹瑯に、中身が違うとはいえこうも謙虚な態度をとられると怖い。
違和感の塊だ。
そもそも逹瑯の口から「御迷惑」だの「申し訳ありません」だの飛び出すのが気持ち悪い。
表情もきっと引き締まり、それでいて低姿勢で、どれをとっても逹瑯らしくない。
「ちょっと向こう行こうか?」
スタッフが怯えているのに気を使い、ユッケが言うと恒人《外・逹瑯》は素直に頷いた。
コメント撮りの前に練習しようと浅葱が言い、逹瑯《外・恒人》は4人から鬼の様なシゴキを受けていた。
「むっつりしない!ちゃんと微笑を浮かべて!」
「ツネはそんなヤンキー口調で喋らないよ!」
「あ、英ちゃんが噛んだ時は英ちゃんをのぞき込んで笑って、でも俺が間違えた時は下向いて笑いを堪える様にしてね」
「猫背になってるやん、しゃんと背筋伸ばして!」
矢継ぎ早に飛んでくる叱咤に逹瑯《外・恒人》は半ばパニックだった。
この面々ってこんなに厳しかったのかと考えを改める。
涙沙は屈託なく接してくれるが、浅葱は厳しいし、英蔵はどこか不機嫌だし、大城にいたっては視線を合わせるのすら厭うている。
あるいは、と思う。
恒人の存在が変わることがそれだけの大事なのだろう。
互いに干渉しないムックの面々とは違う。
休憩をいれて本番となり解放される頃にはすっかり疲れ果てていた、身体が重い。
「逹瑯さん」
大城が視線を合わせずに隣に座る。
「あんたらさ・・・いや・・・」
「言ってくれてかまいませんよ」
「・・・特に浅葱君、夢見てんのかってぐらい要求細かいよ」
ふっとやはり視線は合わせずに大城が笑う。
「ツネちゃんだって、機嫌悪い時もありますよ。でも・・・ポーカーフェイスが徹底してるんです、感情と表情がまるきり繋がってない。ポジティヴな思いしか繋げない、夢見てんじゃくて、見せられてるのかも」
「・・・なるほどね」
「それに、なにせコメント撮りです。残りますからね、完璧にやってもらわないと」
「オッケー。分かったからさ、視線ぐらい合わせてくれねぇ?」
「ツネちゃんのイメージ崩したくないんですよねぇ」
「・・・おいおい」
「というか、ツネちゃんが・・・それを望まないだろうから」
ああ、と逹瑯《外・恒人》は頷く。
確かに恒人は自分のイメージが崩れることを望むまい。
「俺のほうは・・・どうなってんのかな・・・」
「自虐亭さんからも連絡ないし、今日は仕事終わりにあのコンビニへ行ってみるつもりです」
「そうだね、何か手掛かりあるかも・・・」
スタジオ廊下の長椅子に腰かけてユッケと並んで話をしていると、唐突に声を掛けられた。
「逹瑯!丁度良かった・・・」
ぽんと肩を叩かれ、恒人《外・逹瑯》はそれが自分に向けられたものだと気づき慌てて顔を上げる。
相手を見て、ぴょこりと立ち上がって頭を下げる。
逹瑯の身長でそんなことをやったら「ぴょこり」どころではなく、新手の前衛ダンスのような動作だったが。
「ガラさん、お久しぶりです!」
目の前の人物、メリーのガラは麻痺攻撃でも喰らったかのように固まっている。
「あ・・・えっと・・・」
そこで恒人《外・逹瑯》は自分のミスに気づいた。
逹瑯がするには奇妙すぎる行為であることに。
「な、なんだよ。変な悪戯やめろよな・・・驚くだろ・・・」
「すみませ・・えっと、あ、わりぃわりぃ!」
出来る限り逹瑯っぽく返せば、ガラは怪訝そうにしながらも笑う。
線の細かそうな笑顔だ。
逹瑯とガラの仲良しっぷりは有名で恒人も知っているが、それ故にあまり会話を続けたらバレてしまうだろう。
慎重にしなければと思ったその時、ガラの背後にもう一人いることに気づいた。
逹瑯の視界から見ればその人物は極端に小さい、見下ろさなければいけないほどに小さい人物。
短い黒髪に、印象と異なる穏やかで落ちついた色を浮かべる童顔の中、瞳の色の暗さだけが異質だった。
奈落のように暗い。
「・・・京さん」
気圧される、ドライアイスを間近に置かれた時の様な冷たく、焼けそうに痛い感覚。
「あ、それでさ逹瑯。今夜、京さんとご飯行くんだけどよかったらお前も・・・」
「まこ、気が変わった」
京が発したのは予想外に穏やかな声だったが、ガラも恒人《外・逹瑯》はもぎょっとして注視する。
「誘ったら迷惑やろ」
「え、どうしたんですか突然・・・」
「だってそいつ、逹瑯とちゃうやん」
そう言い捨てると京は踵を返す。
「ちょ、逹瑯!なにか京さんのこと怒らせたなら謝れよ!」
ガラは慌てた様子でそう言うとすぐに京の後を追って消えた。
「・・・今のが、京さん」
奈落の瞳、見透かしたような瞳、見抜いたような瞳。
あの瞳を持ってすれば、サトチがやった「匂い」なのではなく当たり前に、本物の逹瑯でないことなど容易く分かるであろう瞳。
「・・・すごいねぇ、やっぱり」
背中に隠れていたユッケがぽつりとつぶやいた。
コメント撮りは無事終了した。
慣れもあるのだろうが、衣装を脱いでメイクを落とした時の解放感といったらない。
あんな格好でライブをやるのだから恐れ入る。
廊下に出て自販機で買ったコーラを飲んだが、身体が違うせいか味もいつもと違い、どうにもすっきりしなかった。
「よっ!ツネ!」
いきなり声をかけられ「あぁん?」と逹瑯《外・恒人》は振り返る。
振り返り、こいつ誰だっけと思う。
「え・・・俺、なにかした!?」
睨んでしまった上に振り返る時に「あぁん?」はなかったかと思ったがもう遅い。
記憶のデータベースからその人物を探り当てる。
リンチのボーカル、葉月だ。
確か同業の中で特別の友人だと以前、恒人が言っていた。
「なんでもねぇけど・・・いや、なんでもないけど」
「なんでもなくないがん!」
すっかり腰が引けている葉月に、恒人の評価を下げてしまったかと焦った。
端正な顔立ちに怯えを浮かべ、こちらをうかがう姿に、この二人の力関係は恒人が上だったのかと思う。
「えっと・・・」
少し悩む。恒人は葉月をどう呼んでいるのかが分からない。
分からないなら下手なことはしないほうがいいだろう。
「ちょっと考え事しててさ、なにかな?」
葉月はほっとしたように息を吐いて言う。
「東京に来たから顔見に来たんだよ」
色気のある笑顔を恒人の背からでは少し見上げる形になる。
逹瑯の身長ならば思いっきり見下ろせるのだろうが。
「なんだよ、なんか変だな、お前・・・」
「どこも変じゃないよ?」
少し首を傾げてみた、恒人の癖を真似たのだ。
突然、葉月の手が伸びて額に触れる、恒人の額に。
「そっか、体調悪かったのか」
葉月は一人納得して頷く。
「そっかそっか。ツネでも体調悪いと不機嫌になったりするんだ。それかなんかトラブル?俺が聞いてやるよ、解決はしねぇけど」
「・・・・・・」
脳天にチョップ入れたくなったが、我慢。
今は恒人なのだ、振る舞いに気をつけなければ。
「久しぶりにメシでもって思ったけど、体調悪いなら今度にするわ。じゃあ」
残念そうにそう言って、葉月は去って行った。
逹瑯《外・恒人》は額に手を当ててみる。
「・・・ああ」
思い出す、コンビニで会った時、恒人の鞄からのぞいていた薬局の袋、そこに透けて見えた風邪薬。
慣れていないからだと思っていた、どことなく身体が重いこと、動くと疲れることを。
「こいつ・・・・風邪引いてんじゃん」
葉月に関してはさすが友人と言うべきかもしれない、中身が違うことに目がいっているDの面々には気づけなかった、そして中身となっている逹瑯も気づけなかった体調の悪さを看破した。
「友達にも恵まれてんのね」
なんだか笑えてきてしまった。
夕刻、二人はコンビニのベンチに座っていた。入れ替わったままで、自分の姿を見つめる。
「こーして見ると俺って背ぇ高いんだな」
「こうして見ると、俺ってやっぱり貧相な身体ですね」
恒人の顔に意地の悪い笑みが浮かび、逹瑯の顔に柔らかな微笑が浮かぶ。
「色々分かったよ、恒人が普段どれだけ頑張ってるのかも。そういや風邪引いてたんだろ、言えよ、そういうことは」
「すみません、色々ありすぎて言い忘れました」
「ま、きっちり病院行って風邪薬貰って来たから」
恒人《外・逹瑯》は申し訳なさそうに頭を下げる。
「お手間かけさせて・・・ごめんなさい」
「俺のカッコでそーいうことすんなよ」
「逹瑯さんは素敵な人なんだって分かりましたよ」
「あぁん?」
「違和感だらけだったでしょうに、みんな何も言いませんでした」
「そりゃ、俺は日頃くだらない悪戯ばっかだからねぇ」
「それだけの信頼を築いてるってことですよ、どんなことをしても、なにがあっても大丈夫なんだって、信頼されてるんでしょう」
「照れくさいんだよ、やめろって」
此処に来てみれば、昨日は暗くて気づかなかったことが分かった。
ベンチに描かれていたもの、本物もなにも知らないが、あえて知識の中から汲み出すならば『魔法陣』と呼ばれるものが描かれていた。
試しに並んで座って待ってみたがなにも起こらなかった。
改めて観察して、その魔法陣に上下があることに気づき、恒人からの提案でベンチを逆にしてみたのだ。
幸い背もたれがないタイプのものだったので手早くやってしまえば造作もないことだった。
「これで戻らなきゃ手詰まりだよな」
「さすがにそれは困り・・・」
訪れる急激な眠気、昨夜感じたものと全く同じ眠気を振り払い顔を上げる。
恒人の視界には逹瑯がいて、逹瑯の視界には恒人がいた。
「戻った!」
「戻りましたね!」
同時に立ち上がりベンチを振り返る。
「これ、消した方がいいですよね?」
「間違いなくな・・・」
「あ、その前に英蔵さん達呼んできます」
軽快に跳ねて車で待機している英蔵の所へと向かう恒人を見送って、逹瑯は改めてベンチを見た。
「魔法陣・・・ね」
消す前にと携帯電話のカメラ機能でそれを写真に収める。
「戻ったんだな?」
いつの間にかミヤが背後に立っていた。
英蔵を呼ぶと同時にミヤにも声をかけたのだろう。
恒人の身体で車の運転はできないので逹瑯は英蔵の車で此処まで来て、恒人は当人が運転できないのでミヤに乗せてきてもらったのだ。
「うん、戻ったよ」
「・・・そうか」
恒人と英蔵もミヤの後ろで安心した様に笑っている。
ミヤの手が逹瑯の肩に乗った。
ざくぅ!と人体が発するには好ましくない音がして、逹瑯の長身がくの字に曲がって軽く浮き上がる。
「それはよかった。ようやく遠慮なく殴れる」
「芸術的すぎるボディブロー・・・」
感心した声を上げる英蔵の隣で、荒事に耐性のない恒人は怯えている。
「・・・ぐっ」
倒れそうになる身体を無理矢理引き起こし逹瑯は笑った。
「今回は俺、なんも悪いことしてないよ」
「なにもしてなくても結果的に周囲が迷惑を被ったんだ」
「あ、あの!」
怯えたまま恒人がミヤをのぞきこむ。
「なら俺も殴られるべきかと・・・」
ミヤはすっと目を細め、恒人を見た。
「殴るほどの関係じゃないかな、昨日までは」
「・・・へ?」
こつん、とミヤの拳が恒人の頭に当たる。
「今日は楽しかった。それから逹瑯が殴られたことなら気にするな、ただの愛情表現だ」
「そうなんだよね、本気で殴られたら血反吐もんだよ、拳で内臓破裂させられる人だから、今のなんて猫パンチみたいなもん」
笑顔で親指を立てる逹瑯に恒人はほっとしたように笑った。
生憎メンバーからボディブローを喰らう文化圏にいないので驚いてしまった。
「ミヤさんって本気出したらどれぐらいのパワーなんですか?」
英蔵の質問にミヤは首を傾げ、逹瑯が代わりに答える。
「軽自動車殴ったら稼働不可能になるぐらい。交通事故みたいなパンチ。今のって十分の一ぐらいでしょ?」
「二十分の一だ、一応ギタリストだからな、人体なんて本気で殴れるか」
「心配する方が違うよ!?」
じゃれ合う二人を見て、恒人が楽しそうに笑う。
「やっぱり・・・元のまんまが一番ですね」
「綺麗にまとめたつもりか!?綺麗にまとまってんの!?俺が殴られてまとまっちゃうの!?」
恒人から京とガラに会ったことを聞き、ガラにメールして居場所を突き止め、ミヤに土下座して送ってもらった某居酒屋内。
逹瑯は半平伏で無駄に存在を誇示している二人のところへ近寄って行った。
「あの京さん・・・先程はなんというか・・・すみませんでした」
そんな逹瑯を一瞥して京は頷く。
「座ったら?」
「・・・はい?」
「お前は逹瑯やろ」
「・・・はあ」
ガラの隣に座ると怪訝そうに言われた。
「どういうことだよ?昼間に会ったのはお前じゃなかったのか?」
「なんや、まこは気づかなかったん?あれどっからどう見ても逹瑯やなかったやろ」
「・・・いや、あの。逹瑯、お前って影武者とかいるの?」
困惑しているガラを余所に京はすでにこの話題に興味を失くしているらしい。
というより炙りサーモン寿司のトッピングを退けるのに忙しいようだ、玉ねぎとマヨネーズを丁重に退けて、イクラを元に戻している。
「あんねー、悪い魔法使いに別の子と中身を入れ替えられちゃったの!」
仕方なく逹瑯はそう答える。
「それは災難やったねぇ・・・勿論、相手の子が」
どうやら気に入る形にできたらしいサーモン寿司を頬張って京は笑う。
この人物に(愛がこもっているとはいえ)嫌味を言われると、さすがの逹瑯も反応に困る。
横ではまだガラが「どういうことだ・・・」と呟いていた。
「京さんは・・・なんで分かったんですか?」
「はあ?そんなん見たら分かるやん」
質問してみたが馬鹿馬鹿しいとばかりに言い捨てられ、逹瑯は黙りガラはさらに困惑している。
細かい状況は知らないが、恒人は唐突だったこともありミスをしているし、仕草やなにやらまで誤魔化し切れるものでないことは分かる。
それでも、何故こうも断言できるのか。
漆黒の、夜の闇の様な瞳が逹瑯を見る。
ミヤの実家辺りにいくと夜にはこんな闇が広がる、墨を流したような、鼻を抓まれても分からないような闇。
「・・・京さんってそんなに俺のこと見ていてくれたんですか?」
考えることは放棄しておどけてみせると、京は少し目を細め、にんまりと笑った。
「元に戻れてよかったやん」
逹瑯はふと、すべてのきっかけだった《リジーの部屋》のことを思い出した。
京ならば、自分達が最後に取った手段を、一日目の最初の部屋でやってしまいそうだなと。
自宅に戻った恒人は、微熱があることもあり、早めにベッドに入っていた。
「でもあんまり調子悪くない・・・逹瑯さんが気を使ってくれたのかなぁ」
鬼のシゴキを受けたことなど知らない恒人は、ズレた感謝を送る。
風邪薬を飲んだせいか早めに眠気がきたところで電話が鳴る。
葉月の名前が表示されており、逹瑯が会ったと言っていたことを思い出した。
「もしもし」
『体調は大丈夫か?』
「うん、ちょっと微熱があっただけ・・・えっと、今日はごめんね」
受話器越しに艶のある笑い声が響く。
『いいって、気にする仲でもねぇだろ』
「あのさ、葉月・・・実はアレが俺じゃなかったって言ったら信じる?」
『はぁ?どういうこと?なに、ツネって二重人格とかなの?』
「えっと、別の人と中身が入れ替わってたって言ったら」
『・・・それってマジで言ってる?』
「うん、マジ・・・」
『なら納得って感じ、お前はあんな年季の入ったメンチの切り方できねぇだろうしな』
「そっか、ありがとう」
『なんでそこでお礼なんだよ。まあ、ゆっくり寝てさっさと治せよ、また今度遊ぼうぜ』
「うん、また今度ね」
電話を切って、ベッドに身体を横たえる。
今回一番の収穫は逹瑯に「友達に恵まれてる」と言って貰えたことだと伝えたら、周囲はどんな反応をするだろうと思う。
逹瑯にそれを言ったら、また叱られてしまうのだろうか。
少し頭の端に引っ掛かっている、あの魔法陣のことを考えながら、長い一日を終え、恒人は眠りについた。
後日談的解決偏、自虐亭からのメール。
《少し忙しくて返信が遅れてしまい申し訳ない、既に自力で解決してしまったようだけれど、添付されていた画像はとても興味深いね。間違いなく魔法陣で、間違いなく本物だ。マイナーな呪術書を漁れば載っているかもしれないけど、あまり有名なものではない。
しかし解せない。
魔法陣というものは素人に描けるものじゃないんだよ。
それこそ専門家が描かなければ発動しない。
素人が真似てその通りに描いて発動する確率なんてそれこそ奇跡だし、コンビニの前のベンチだったんだろ?この手の物は描いている間に人に見られたら無効になるものなんだよ。
そして本当にこんな魔法陣が扱える専門家がコンビニのベンチなんかに描くわけがない。
その辺りは疑問だけれど、消したならもう問題ないよ。
これは一回こっきりしか発動しないタイプのものだから、入れ替えて戻すので一回。
魔法陣は確かに上下逆転させれば意味が変わるから上手くやったと思う。
しかし気になるから、今後また魔法陣を見かけたら連絡をくれると嬉しい。
自虐亭敗北 拝》
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