ドウタヌキ?


獅子達の戦い


「考えるな、ヤス・・・」
肩に置かれた手は重く熱い、『サトチ』ではなく『ヤス』と呼ぶのは、距離が近い証だ。
「音だけ聞け、考えるな、身体に任せろ、それがお前の強さだ」
何十回というダメ出しにパニックになった頭にその声は響く。
「考えなくても動けるのがお前の強さだ。野生と呼んでも良い、思うままに叩け」
猛禽類の瞳に射抜かれ、パニックを起こした心は平常心を取り戻した。
霞んで見えた視界はクリアになり、これなら叩けると頷く。
「お前は強いんだよ、ヤス。考えないってことがどれだけ強いのか分かってないようだが、強いんだ」
「・・・でも俺は、一人だとすぐ迷う」
「当たり前だ。ヤスは目的地が決まっているのに、日本地図を見て探しているようなものなんだから。日本地図を眺めてもコンビニには辿りつけないだろ。でも目的地は決まってるんだ、俺が教えてやるよ」
猛禽類の瞳は地上を睥睨し、軽蔑する。
サトチがミヤについて行く理由はきっと、ミヤほど洗練され、自分の好みに合ったコンパスを持つ人間が他にいなかったからだ。
もしミヤを見失ったら、別れてしまったら、こんなコンパスの持ち主には二度と出会えない、自分は道に迷うだけ。
ミヤは鳶だ、地上を鋭い瞳で睥睨し舞う・・・鳶。
「ヤス、お前は大地を走れ、思うままに突っ走れ。お前は獅子になるんだよ」



雨宮ゆりねは駅のホームに立った。それなりの混み合いをみせる夕方のホームで、ゆりねのゴシックロリータ衣装は目を引くらしく、ちらちらと視線を感じる。
ギャル系女子達の嘲笑を一瞥し、ゆりねは電子掲示板を見た。
特急が間もなく通過する。
ゆりねは蓮咲 蓮という友人と歓談した帰りだった。
蓮咲はネット上で『自虐亭敗北』を名乗り、少々常識から逸脱した生業を持っているが、歓談相手としてその変人っぷりは面白く、暇があれば彼が居座っている喫茶店に足を運んでいた。
「・・・あ」
ホームの端に立つ少女を見つけ、ゆりねは小さく声を漏らした。
以前、蓮咲が「知り合い」と呼んでいた少女だ。
紹介されたわけではなく、道の向こうにいたのを指差してそう呼んだだけだが、後にも先にも蓮咲が「知り合い」というカテゴリーで人を指したことはなく、珍しく思い記憶に留めていた。
あれで友人は多い。特定の仲良しを作らない代わり、分け隔てなく接する男なのだ。
そんな彼が積極的に「関わりたくない」と明言した人間。
その関わりたくない理由は明白で、作家を自称し、創作のためと合法ドラックに手を出している子だったのだ。
そこまで聞けばゆりねだって関わろうとは思わない。
しかし・・・ホームの端という危うい位置で、ふらふらしているとなれば話は別だ、明らかにおぼつかない足元で、電車の停車位置からズレていく様は尋常ではない。声をかけたほうが良いと思ったのと、顔を向けた方角から眩い光が迫ってくるのは同時だった。
ばしん。
と軽い音がした後、視界はオレンジから赤に塗り替えられる。
近い位置にいた人々は血飛沫を浴びた己の姿に呆然としていた。
悲鳴はどこからも上がらなかった、軽いざわめきが起こっただけ。
特急列車は行き過ぎた位置で停車し、険しい顔をした車掌や駅員が駆けて行く。
ゆりねもまた、その光景を呆然と、漫然と見つめていた。
そもそも人身事故の多い路線である、それを理由に電車に止められた経験が地元民であるゆりねは何度もあった。
しかし、こんなにもあっけないものかと思う。
友人ではない、蓮咲と違い知り合いですらない。だが今まさに声をかけようとした人間が既に死んでいる―血の量から見て生きてはいないだろう、じっくり見たいものでもない―という事実に動けずにいた。
周囲は動きだしていた、携帯電話を取り出し、写真を撮っている。
ゆりねはむしろその冒涜的な行動に吐き気がし、そして思い立った。
身を翻してホームから階段を駆け降りる、同じようにその場を去る人間も何人かいた。
青白い顔で口元を抑えて逃げ出す人間はともかく、携帯電話片手に興奮気味に事故の様子を話している者に嫌悪感を抱きながら下へ。
同類に見られたくはないが、伝えなければならない。
今しがた会っていた男に電話をかけるとすぐに繋がった。
『なんだい?忘れ物ならないよ』
平坦な口調の蓮咲にこの出来事を伝えようと思うと、喉が鉛を飲んだ様に重くなった。
「北条莉々が・・・今、電車に轢かれて・・・死んだよ」
『・・・事故かい?』
「事故だと思う。轢かれる前、ホームの端でフラフラしてたし・・・」
『薬でラリってたのかもね・・・そうか・・・』
蓮咲の口調は平坦なままで、おそらく表情は一ミリたりとも動いていまい。
『死』の重みにさすがに苛立ったが、電話した本来の意味に立ち返る。
「ねえ、彼女・・・作ってたんでしょ?都市伝説を」
『ああ、都市伝説の具現化条件が揃ってしまったよ・・・参ったな』
「ちょっと、蓮・・・」
『死を悼む気持ちはあるが、僕には僕の役目があるからね、終わってから悼むさ。ところでゆりね君、現場に行って彼女の携帯電話を拾って来れないかい?』
息を飲み、返した言葉は叫びに近かった。
「無理に決まってるでしょ!!」
『そうだね、君の目立つ格好で隠密行動は無理か・・・』
「そういう問題じゃないわよ」
『失礼、知った顔の轢死体なんて見たくもないよね』
「携帯電話・・・回収しなきゃまずいの?」
思わず怒鳴ってしまったが、回収しないことでなにか・・・人死にがでるような被害が起こるのならばという気持ちが芽生えた。
『彼女が作ったのは《電話の怪》だから、確実に携帯電話は使われるだろうさ。回収してしまえば被害の広大が遅くなるはずなんだ・・・遅くなるだけだ、無理はしなくていい』
「・・・そう」
やれと言われたらやる心づもりでいたが、やらなくて良いならほっとする。
『どっちにしても、片付けが終わるころには携帯電話は消えているだろうし・・・もういいよ。どこかで休むか、なんならこっちに戻ってきても良い。ただ、今から言う番号を着信拒否にしてからだ』



東京も一本路地を入ってしまえば人気はない。
夕暮れ迫る住宅街を大城は一人歩いていた。
今日は車を使わず電車での出勤だった。
影は長く手前に伸び、自分の足音だけが響いている。
練習したフレーズを頭の中で繰り返しているとポケットの中の携帯電話が振動した。
開いてみれば、自虐亭からのメールだった。
念のためにアドレスを入れておいたのだ。
《件名:全員に一括送信しています。
本文
至急、以下の番号を着信拒否にして下さい。
090−××××―××××
もしこの電話に出てしまった場合、絶対に後ろは振り返らないように。
尚、自らこの番号にかけて何かが起こった場合の責任は負いません。
振り返ってしまった場合は以下の番号に連絡を
090−××××―××××》
着信拒否設定はどうやるんだったか思い出せないので家に帰ってからでいいだろう。
あまり深くは考えず携帯電話をポケットに戻そうとした時、再び震えだした。
電話着信の文字に通話ボタンを押す。
押してから気づいた、今の番号はまさにメールに書かれていた番号じゃなかったかと。
「も、もしもし・・・」
乾く口内を舌で湿らせて言う、番号が同じである確信はなかった。
登録されていない番号であるだけで、重要な電話かもしれない。
声は聞こえてこなかった、ひゅーひゅーと空気が漏れる様な音だけが響く。
(悪戯電話か・・・!?)
空気が漏れる音に混じり、ごぽごぽという音も聞こえる。
「・・・・・・」
電話を切ろうとした瞬間、むわっと周囲の空気が重くなった気がした。
肌にべたつくような不快感。
電話からはまだ、ひゅーひゅーという音が響いている。
いや、電話からではない、自分の背後から聞こえる。
空気がべたつき、鉄錆のような匂いに満ちていた。
視線を落とすと、自分の影に重なるもう一つの影。
ほとんど反射的に後ろを振り返っていた。
全身つぎはぎだらけの少女がそこにいた。
腕が、足が、身体が、ズタズタに千切れ、千切れた個所は太い糸で不格好に留められ、切断面がのぞいている。
傾いだ頭は首が繋がっていないせいで、縫いとめた糸の隙間からひゅーひゅーと空気が漏れていた。
こつ。
少女が一歩前に進む、足はなく、足首から露出した骨で歩いている。
鼻の上から真一文字に縫い目のある少女の顔が微笑んだ。


気がつくと大勢の人が行き交う通りに出ていた。
肺の痛みで自分が全力疾走して逃げて来たのだと気づく。
携帯電話を開いて、自虐亭からのメールを見返した。
この番号に掛ければいいのだろうか、さして深い思考があったわけでもない。
しかし今、目にしたものは決定的で、強烈過ぎた。
夢でも何でもない、現実の場に現れた異形に、大城は思考を放棄する。
『もしもし』
電話口に出たのは若い男の声だった。
「・・・振り返って、しまった」
それだけ言うのがやっとだった。
『メールを見たということは、僕の顧客の誰かなのだろうが生憎君の番号は登録されていない、名前は言わなくていいから関わった事件を教えてくれ』
平坦な喋り方だった、アナウンサーのように明瞭な発音だが感情は一切こもっていない。
「・・・リジーの部屋が最初だ」
『ということは、タッチダウンも?』
「ああ、背を縮められた」
『なら話は早い』
自虐亭は変わらない平坦な声で言う。
『ブラウニーを部屋に住まわせたのは君の知り合いだね。その人の家に入れてもらえばいい』



そこまで親しい間柄ではなかったが、サトチに連絡して事情を話すと快諾してくれた。自虐亭から移動には極力タクシーを使うように言われていたので、タクシーを拾い、乗りこんで住所を告げる。
ようやく気持ちが落ち着いてきた。
そういえば、今まで本当のところで正体不明だったが、自虐亭を名乗っていたのは若い男だったのだなと大城は思う。
「お客さん、ナマモノかなにか持ってません?」
タクシーの運転手にそう声をかけられ、大城は顔を上げる。
「・・・いえ、ナマモノも食べ物も持っていませんけど」
「・・・・・・そうかい」
質問の意味を考えて気づく、あの時の匂い。
鉄錆の様な匂い。
あれがまだしているとしたら、そんな勘違いをするんじゃないだろうか?
問いかけようとした時、運転手が手を伸ばしてバックミラーを後ろに回した。
「あの・・・」
「後ろ、振り返らない方が良いよ」
「・・・え」
「職業柄ね、たまにあるけど。家に帰ったら塩でも撒いた方が良いよ」
バックミラーに何が映っていたのか、さすがに聞けない。
振り返ることももうできない。
リジーの部屋以降色々あったが、今回ほど身に染みて怖いと思ったことはなかった。
住所で告げられたマンションに到着し、振り返らないようにエントランスを抜けてエレベーターに乗り込んだ。
上昇していく小さな密室。
こつん。
足元が振動した。
それなりの値段を誇るマンションらしい、静かな稼働をするエレベータに伝わる雑な振動。
こつん。
誰かが床を叩いている。
こつん。
上昇中のエレベーターの底を叩いているモノがいる。
目的の階で開いた扉を一気に駆け抜け、部屋番号だけ確認してチャイムを押すとすぐにドアを開けてもらえた。
初めての訪問で失礼とは思いつつ、飛びこんで後ろ手に閉めてから言う。
「すみません、サトチさん・・・」
「べつにいいぞ。なんか困ってんだろ」
屈託なく笑うサトチにほっとしたのも束の間、その後ろに立つもう一つの影。
「えっと、なにがあったんですか?」
困惑顔の人物はシドのドラマーゆうやだった。



逹瑯はいつだって意地悪く笑う。
それでいて愛嬌はたっぷりで、彼の悪戯も言動も子供じみていて怒る気が起きない。
子供じみているとは言うが、サトチにとって逹瑯は「頭が良い」部類の人間だった。
ミヤに言わせると「アンテナが広く吸収が良い」ということになるらしい。
逹瑯は意地悪な笑顔で言う。
「ヤスは正しくないから好きだ」
「俺、悪い奴なのか?」
「『正しい』の対義語は『悪い』じゃねぇよ、『正しい』に対するものなんて存在しない、だって『正しい』んだからさ」
首を傾げるサトチに逹瑯は意地悪く続ける。
「なぁ、正しさってさホントはすげぇ怖いことだと思うんだよ。たとえばお前は馬鹿だろ。でもそれが許されてるだろ。そこに“物を知らないのは知ろうとする心を持っていないから、覚える努力をしないから”って言われたらどーする」
「どうするって・・・」
「正しいだろ?言い返せないだろ?」
「できねぇけど」
「こーいう理屈を常時、自分に言い聞かせられる奴が・・・正しいんだよ」
なんとなく分かる、そして誰を指しているかも。
「俺はあの連中が怖いね・・・まあ世の中広いんだし正しさを持った人間がいるのはいいけど。正しさに染まれる人間がいるのが怖い」
「正しさに染まれる?」
「さっきの言葉を受け入れて、そして自分がそう変われる人間。そいつの中身ってなんなのかなって怖くなるよ。普通嫌だろ、正しいからこそ拒否したくなる、目を逸らしたくなる、それに向きあって変われる人間が、俺は怖いな」


「え、それじゃあ俺、帰れないんっすか!?」
「うん。自虐亭が11時には解決法を作ってくれるらしいんだけど。なんかブラウニーって悪いモノを家の中に入れないって特性があるから、室内は大丈夫だけど、外をうろつかれてる状態だから、迂闊に出ない方がいいって、ごめん・・・仕事とか大丈夫?」
その辺りもサトチには説明したはずだがちゃんと伝わってなかったようだ。
「いや、べつに、仕事はいいんっすけど」
ゆうやは引きつった笑みを浮かべている。
「11時まで籠城すればいいんだな。うん、がんばろーな」
サトチの屈託のない言葉に、大城の笑顔も引きつった。
逹瑯の横柄さにばかり目が行くが、サトチの手綱を握るのもかなり労力を使う作業だろう。それを平然とやってのけるミヤを改めて尊敬する。
既に大城も、他二名も例の番号は着信拒否に設定したが、『化け物』が周囲をうろついているとなれば怖い。
サトチはそれを『特にどうとも思っていない』ようだった。
怖がっているゆうやの反応が真っ当なのだ。
「自虐亭さんからの連絡待ちか・・・」
大城が電話で伝えた内容を理解しきっていれば、大城が此処に到着する前に出て行き巻き込まれることはなかったゆうやだが、二人に恨み事を言う気はないらしい。さっぱりしているし、巻き込まれることに耐性があるのだ。
「って俺が仕事の電話しなきゃいけないんだった・・・」
大城の言葉にゆうやが返す。
「持ち帰りの仕事あったんですか?」
「アレンジのことでツネちゃんとメールする約束だったんだけど、ちょっとできないって電話していいかな?」
「どーぞ」と綺麗にハモられ、大城は携帯電話を開く。恐る恐るになってしまう自分に苦笑した。
呼び出し音が鳴ってすぐ、歯切れの良い声が響く。
『はい、もしもし。恒人、あるいはカーバンクル、もしくはチュネズミですけど?』
「電話に出るだけなのに斬新だな!ツネちゃんに用事」
『おお、本日初の恒人です』
「え!?誰がどうなって!?」
『浅葱さんはチュネズミを所望され、英蔵さんはカーバンクルを選んだので』
「なにそれ気になる、やっぱカーバンクルで!」
『チェンジは不可です。・・・で、なにか困りごとでも起きましたか?大城さんの声が暗いだなんて、地球滅亡規模の問題ですけど』
巫山戯ながら見抜いてきた末っ子に驚嘆しかない。
「ああ、ちょっと問題が起こった。だからアレンジのことは明日にしてほしい」
『大城さん、俺は大城さんのためなら笑って死にますけど』
快活に、清々しく、恒人は言う。
彼にとってはそれが本心であり、大城も同じだった。
「サンキュー、手が必要な時は連絡する」
かといって、本気で盾にするような真似はできないし、手を借りるのも相手の望みであるからこそではあるのだが。
電話を終えると、サトチが渋い顔をしていたので、何か気に障ることをしたのかと聞いてみる。
「どうしました?」
「あんな、恒人君にあやまることがあるんだ」
「え、サトチさんなにしたんですか!?」
これにはゆうやが先に驚きの声を上げる。
「いや、俺じゃなくてな。逹瑯が酷いこと言ったから、ミヤ君が逹瑯にお前ちゃんとあやまれよって」
「・・・それを俺が聞いてどうすればいいんですか」
若干の呆れを滲ませて大城は返す。
それはあくまで逹瑯が恒人にあやまることであって、サトチが大城に話しても意味がないし、サトチが恒人にあやまっても意味がないだろうに。
「俺はよくわかんねぇんだけど、逹瑯は酷いこと言ったらしい。逹瑯は恒人君に、助けられるのを拒むってことは愛されるのを拒んでることだから、お前は人を愛せても愛されたくない奴なんだな、って」
「・・・っ!?」
自分に言われたような気持ちになり、大城は息を飲む。
「うわぁ、そんなことマオ君でも言いませんよ・・・」
「え、これって酷いんか?」
ゆうやの中で暴言のリミットがマオであることには突っ込まず、サトチは首を傾げる。
「だって、愛せても愛されたくなくたって、別に悪いことじゃないべ。恒人君良い子だべ」
「いや、そこじゃなくてですね・・・」
「ああでも、その後に、それがお前のオリジナルじゃないっぽいとこが気持ち悪いとか、気持ち悪いは酷いよなぁ」
息を飲んだまま、大城は俯いた、握り締めた掌が汗ばんでいる。
その『オリジナル』が誰かなんて・・・決まり切っていた。
「あのっ!」とゆうやが声を上げる、この三人の共通点をドラム以外に挙げるのであれば、「重苦しい空気が苦手」というところだ。
「恒人君カッコいいっすね。俺も言われてみたいっすよ、お前のために死ねるみたいなこと!ウチは俺が最年少っすけど年下に言われるってまた違うもんっすか?」
そして基本的にゆうやは空気が読める子だ。
「ああ、そうだね。特にウチはめっちゃ年下だからさ、言われると胸の内が熱くなる」
「俺も言って貰いたいなぁ」
「シドのメンバーさんはそういうこと言わないの?」
「言わないっすよ。勝手に死ねか、オマエが盾になれって感じです」
「俺は、死ぬと迷惑って言われるなぁ」
自らが重くした空気が軽くなったことに安心した顔でサトチが言う。
逹瑯の発言にも思うところがあったが、ゆうやとサトチの心情は一緒だった。
メンバーからそんな風に言われるなんて羨ましいし、カッコいい。
「貴方のために笑って死ねます」だなんて、それこそ漫画でしか聞かない言葉だ。
それを実際に、それも本気で言う人間が身近にいるとは羨ましい。
羨望の視線を浴びながら大城は照れたように肩を竦めた。

11時15分前、自虐亭から再び着信があった。
「りりあさん、という怪談話を聞いたことがあるかい?「そうかないなら良い。まったく不便な時代になったものだ、創作した話をあっちこっちに貼りつければそれで不特定多数の目に触れて、都市伝説としての下地はできてしまうんだからね、口語伝承なんて今はもうないのか。出来の悪い怪談なんて流行って欲しくないよ、怪談だって文化なんだから。りりあさんも相当出来の悪い話だ。でも実体化しちゃったんだからしょうがない、僕の領分だ「ああ、もちろんそっちにもやってもらうことはあるよ、君は×ちゃんねるを使用したことがあるかい?「オッケーそこにオカルト板があるのは?「ロム専か、まあいいや。じゃあそこに新しくスレッドを立ててくれ、りりあさんを実況中継するんだ「意味が分からない?そうだろうね、りりあさんは成り立ての都市伝説だ、今日の昼から実体化した出来たてほやほや、りりあさんの怪談自体には『解決法』が書かれていない、電話を受けた人間を追いかけて殺すスタンダードな話だ「そう、殺すんだよ。けっこう切迫してる。でも都市伝説は人の噂に左右され、変化する「分かったみたいだね。そう、『解決法』を作ってしまえば良いんだよ。これから僕が出す指示を忠実に聞いてくれたまえ、それから外部の協力者を3人ぐらいみつくろってくれ。部屋にパソコンはあるね?「オッケー、携帯電話は連絡用にして、書き込みはパソコンから行ってくれ」

外部の協力者を3人と言われ、大城は義理立ても兼ねて恒人に連絡をとった。
「ツネちゃん頼みがある、聞いてくれるか?」
『大城さんは自分の手を動かすのにわざわざ了解を取りますか?俺がやるべきことだけ言って下さい。なんでもしますよ』
これまたさらりと言い放つ末っ子に大城は苦笑する。
「男前すぎるよ、ツネちゃん」
『リズム隊として一心同体である大城さんから言われて、了承しないことなんてありません』
そんなやりとりを横目に、ゆうやは携帯電話を開き、つい「その人」を選択してしまった。
大城と恒人の様子を見なければ選ばなかったであろう人物。
『リズム隊として一心同体』という言葉に揺り動かされてしまった。
そのくせ、遊びに出ていることの多い彼に電話が通じなければ良いのにと思う。
しかし電話は通じてしまった。
「あ、明希、今忙しいよね?」
『えーなにそれぇ。それが超ヒマしてんの。誰も遊んでくれなくてさ、このさいゆうやでもいいから飲む相手してよ』
電話の相手、シドのベーシスト明希は相変わらずほやほやした口調ながらぞんざいだ。
「それがちょっと困ったことあって、明希に頼みたいことあるんだ」
『なにそれ?めんどいのイヤだよ、俺』
あまりの落差に泣きたくなった。だからと言って恒人と取り替えて欲しいとは思わないのだが。
なんだかんだで明希のことは信頼している。
「お願い!明希様にしか頼めないんだ!」
『えー。しょうがないなぁ。お兄さんの余裕で聞いてあげる』
君のドコにお兄さんの余裕が?なんて突っ込みはもちろんしない。
気まぐれでマイペースで、何を考えているのか分からなくて、ぶっ飛ぶほどの馬鹿だが、扱いやすいのは・・・明希が極めて乗せられやすい性格だということだ。
大城が恒人に、ゆうやが明希に電話をかけたの見て、サトチは勝手にベーシストにかけなければいけないと思い込んだ。
というわけでユッケだ。
『さとー、どうかしたの?』
「お願いがあってな、聞いて欲しいんだけど」
『いいけど、内容によるよ・・・?』
「えっと、えっとなぁ・・・」
一生懸命説明すること数分、どうやら異常事態であることだけ理解したユッケが言う。
『さとー、他の人もいるんだよね、ちょっと電話代わってもらってくれる?』
すでに電話を終えていた大城が代わって説明し、ようやく全てを理解したユッケは頷く。
『ま、そういうことなら俺だね。任せてよ』
こうして格バンドのリズム隊タッグが結成された。
状況的には前衛にドラマーが3人、その後ろに控えるベーシスト3人といったところか。
準備が整ったことを告げるため自虐亭に連絡を取ると、ほんの少しだけテンションが上がったような声が返ってきた。

『君達には初めてだね。見せてあげよう本物の《都市伝説狩り》を』

ゆうやは改めて大城とサトチを見た、ムックとはつき合いがあるし、リジーの部屋ではこの3人で行動したこともある。
しかし、何故か個々の印象が薄い。
ことサトチに関しては逹瑯とミヤのキャラクターが強烈すぎるのだろう、鏡に映したように正反対のあのコンビが強すぎる。
大城は大城で、あの中では常識人だったような印象しかない、これまた浅葱のキャラが濃すぎる。そして・・・たぶん自分も同じなのだろうなと思った。
明朗活発という分かりやすいキャラクターしか持っていないゆうやは、紆余曲折馬鹿の明希や、自己主張の強いマオの前では霞む。
しんぢがキャラを確立させたがるのも分かるのだ、マオはとにかく目立つ、ボーカルとしては華があるという立派な才能だ。
このドラマー三人は「明朗活発」で括れてしまう。
「あんさー、俺さ」
とサトチがなんの脈略もなく喋り出した。
「ミヤ君に獅子だって言われたことあるんだ、俺が目的地を示してやるからお前は一心不乱に走ってればいいんだって、大城さんも虎かなんかじゃなかったっけ?」
一瞬なんのことかときょとんとした大城だが意味を理解したらしく頷く。
「剣歯虎・・・まあサーベルタイガーですよ」
「いいっすね、俺なんか犬扱いされますよ」
ゆうやがこぼすとサトチはぽんっと手を打って頷いた。
「じゃあ俺らみんな同じだな!」
「いや、獅子とか剣歯虎は猫科・・・」
「まあいいんじゃない、みんな獅子ってことでさ、獅子同盟」
訂正しかけたゆうやを遮って大城が快活に笑う。
「獅子同盟・・・カッコいいっすね」
その名称に不満はなかったのでゆうやは頷く。
空を舞う器用さはなくとも、牙と爪を持ち、大地を駆ける獅子。
大城とサトチにはぴったりだし、自分だって背伸びしたっていいだろう。

オカルト板に立てたスレッドはすごい勢いで伸びていた。
自虐亭のID、それからサクラ役を務める恒人、明希、ユッケのIDは把握している。
恒人とユッケに関しては書いて欲しいニュアンスだけ伝えて任せていたが、明希に関しては書き込み内容をゆうやが指示している。
しかし書き込みを見る限り、膨大な人数が此処を見ていることが分かる。
大半は「釣り」だと思っているようだったが、どうやら自虐亭があちこちで宣伝しているらしい。
まずは、大城がりりあさんなる者に出会い、追いかけられた経緯を書き込み、現在は「寺に住む友人」の家にいると、そこだけ嘘を書いた。
それだけなのに、膨大な人数がそれにレスポンスを寄こしてくる。
親身にレスをつける役は恒人が、解決法を求めるレスをつけるのはユッケが、過剰にリアクションをするのは明希が請け負っている。
明希に関してはゆうやの指示通りの文章を打ち込んでいるだけだが。
「ホントにこんなんでなんとかなるんっすかねぇ」
ゆうやが呟いた時、窓がノックされた。
高層マンションの上階である、ノックなぞされるわけがない。
「え・・・なに?」
「りりあさんとやらが・・・活発になりはじめてるんだろな」
ノックされた窓を一瞥し、大城が固い声で言う。
解決法を定着させる前に、活性化させる必要があるというのが自虐亭の談だ。
ノックはだんだん激しくなる、ばんばんと掌を窓に激しく打ち付ける音、ガタガタと窓が揺れるのがカーテンの後ろにあってもはっきりと分かった。
大城はそのことを掲示板に書き込む。
『塩をまけ』『般若心経を唱えろ』など、具体的な指示が出始めた。
しかしそれはまだ解決法ではない。
求めているのは『都市伝説・りりあさん』の解決法だ。

『大城さん、大丈夫ですか?』
窓の外にいるという書き込みを見て心配になったのだろう、恒人から電話がかかってきた。
「ああ、大丈夫だ。部屋の中は安全らしいから」
『らしいじゃ困るんですよ、ふむ・・・手近に武器になりそうなものはありませんが』
「何をする気だ、お前!?」
『勿論、いざとなったら腕力に訴えます』
「ツネちゃんの腕力に頼れるなら俺の腕力でどうにかできてんだよね・・・」
『そうなんですけど木原虎之介みたいに、持ったものが対・霊武器になるかもしれませんよ、やればできるかも』
「やってもできねぇし。『D×D』とかマニアックなドラマネタ出すなよ、誰も覚えてないぞ」
『それ涙沙さんに言ったら怒られますよ、あと正式名称で言わないと怒られます』
「ジャ●ーズ的に豪華だもんな!!でも正式名称なんて覚えてないよ!」
『Dangerous Angel ×Death Hunterが正式名称です』
「そうか・・・ありがとうツネちゃん・・・」
和んでしまった、おそらく恒人も和ませるために電話をよこしてきたのだろうが。
『冗談さておき大城さん、マジでやばかったら連絡くださいよ。5分で駆けつけますから』
「5分って・・・ツネちゃんの家からじゃ無理だろ」
恒人は車を所持していない、電車は既に止まっている時刻だ。
そして車を所持していたとしても、電車が動いていても5分では無理だろう。
『いえ、既にサトチさんの住むマンション近くのネットカフェにスタンバイしてますから』
「予想斜め上すぎる!」
『近くに深夜営業しているスポーツ用品店があるので、そこで金属バットでも買って駆けつけますよ』
なにが怖いって本気で言ってるのが怖い。
必要とあらば、あの細腕に物言わせる気でいる、できなかろうと気合いでやるつもりでいる。
「ツネちゃんって・・・ある意味・・・」
馬鹿だよねと続けるつもりだが、それはあんまりなので止める。
「ハードボイルドだよねぇ・・・」
『俺って固茹で卵ですか?』
「元来の意味で言ってねぇよ!」
すっかり和んだところで電話を切る、依然として窓はノックされ続けていた。
それに怯えたような視線を向けながらゆうやが言う。
「恒人君って女子アニメのキャラみたいですね」
「うん?そりゃ外見は少女漫画の男子みたいだけど・・・」
「そうじゃなくて、うーん、どう言えばいいのかな」
少し悩んで、頷く。納得のいく言葉に当たったらしい。
「ほら、いわゆる女の子の変身ヒロインって少年漫画の戦闘と違って理屈ぶっちぎってるじゃないですか。場当たりで万能って言うか・・・駆け引きとか、心理戦とかなしで、強い敵が出て来てもいきなり新しい必殺技出して倒しちゃうような・・・」
「あー。なるほど、確かに場当たり万能だな・・・チートじみてる」
「ウチの明希もそーいうとこあるんで、紆余曲折馬鹿なのに、天然でなんとかしちゃうとこ、あるんで・・・いや、なんか恒人君と一緒にするの申し訳ないんですが」
慌てるゆうやに、明希のことをさほど知らない大城は首を傾げる。
「音楽面においても引き出しは多いし、器用だし・・・」
そこは恒人も同じで、大城の脳裏にメンバーが言った言葉が過った。
「天才肌・・・か」
「そうなんですよね、パートナーとしては申し分ないから。面倒見るのは大変っすけど、あ!噂をすれば明希様だ」
震える携帯電話を開き、大城達に軽く一礼してからゆうやは通話ボタンを押す。
『ねぇ、まだ?なんか飽きて来たんだけど』
「・・・ごめん」
どうやら恒人と違い、心配してかけてきたわけではなさそうだ。
『つーかさ、そっちにオバケいるんでしょ、りりあさんだっけ?』
「うん、めっちゃ窓叩いてる」
『なにそれー!怖いんだけど』
「めっちゃ怖いです」
『そっか、死なないでねめんどいから』
「めんどい、って・・・」
『今更、他のドラマーをパートナーにする気ないもん』
さらりと、嘘をつく器用さも持ち合わせない明希らしくそんなじんとくるような台詞をくれた。
『今、更地・・・あ、間違えた今更、他の・・・』
「なんで《いまさら》と《いまさらち》を言い間違えるんだよ!」
『えー漢字にしたら一緒じゃん』
「一緒じゃないよ!?人偏と土偏の違いがあるよ!?」
『なにそれ!意味分かんない!!』
「なんで明希がキレるの!?」
感動が吹っ飛ぶようなやりとりだ。
つーかこの歳にして漢字のつくりを理解していないところは突っ込むべきなのだろうか。
『ねえ、ゆやさぁ・・・なんで俺に頼んだの?』
「なんで・・・って」
『こういうのマオ君とかしんぢのほうが得意じゃん、あの二人は嘘つくの上手いしさ、俺である理由がない気がするんだよね』
「それは・・・」
『なに、俺に一丁前に隠し事するつもり?あ、なんかラーメン食べたい』
「問い詰めてる途中で飽きるなよ!!」
『明希だけに?』
「その程度のことキメて言うなっ!!」
『ちょっと出前一丁作ってくるねー』
「お酒は飲まないでね・・・」
本当に切れてしまった通話に呆然としていると、大城が心配そうに言う。
「なにかモメたんですか?」
「モメてはないっす・・・」
変わらない、いつも通りの明希との会話に安心できた部分はある。
「明希さんって・・・面白い人ですね」
しかし大城にそう言われると肩を落とすしかないのだけれど。
「面白いですか・・・そっか、よかった・・・」
ガタガタと揺れる窓にサトチが「ああ!」と大声を上げたので、二人は何事かと視線をやった。
「あそこの窓な、鍵かかってねぇんだ!」
「・・・・・・」
「・・・今更だぁ」
脱力するゆうやの脇を抜けて大城が行く。
「俺が閉めてきますよ」
事の発端は自分だ、その責任はある。
「お、俺も行きます」
「俺もー!」
怯えながら続くゆうやと、軽い調子でサトチも続く。
大城は一気にカーテンを開けはなった。
りりあさんの姿がないと安心した次の瞬間、漏れそうになった悲鳴を飲みこむ。
サッシに掛る華奢な手がカリカリと窓を引っ掻いていた。
指先、いや爪先が部屋の内部へと侵入しかかっている。
「・・・っ」
ずるぅと顔をのぞかせる少女。
壁に横に貼りついて頭だけを窓に押し付ける。
裂けた首がぱくっと割れて縫いとめられた糸が伸び、がくがくと揺れている。
真一文字に割れた鼻の上から、ぶくぶくと泡状の血が溢れていた。
少女の顔に笑みが浮かぶ。
ばん!と窓ガラスが揺れ、少女が吹っ飛んだ。
何が起こったのかは分からないが大城は手早く窓を閉めて鍵をかけてカーテンを引く。
「・・・見ました?」
「み・・・みた・・・なに、あれ・・・」
蒼白になっているゆうやの横でサトチがうんうん頷いている。
「やっぱこの部屋、ブラウニーが守ってくれてんだな?」
「・・・はい?」
「え?」
「あれ?そっかアレは俺にしか見えないんだった。あんな、今、ブラウニーが窓叩いて追っ払ってくれたんだ」
「そういうことでしたか・・・」
あの窓ガラスの揺れは内側からのものだったのかと大城は納得する。
「今あったことも書き込んだ方が良いですよね、ブラウニーの部分を・・・お寺だから貼ってあったお札にーとか」
「そうだね」
パソコンの前に戻ってさっそくキーボードを叩く。
この部屋は本当に安全なのだという安心感と、今見た異様なものへの恐怖で頭がぐちゃぐちゃになっていたが、乱れた文面がリアリティを持ったのか、先程より好意的なレスポンスが増えて来た。
『もしもし、さとー、大丈夫?』
今度はユッケからの電話だ、書き込みを見て心配になったらしい。
「なにがだ!?」
元気よく答えるサトチにユッケは深い溜め息をつく。
『ならいいよ、大丈夫そうだね・・・それにしたってさとーは優しいよね』
「だからなにがだ?」
『困ってる人見たら助けちゃうから、義侠心とか正義感とかじゃないんだよね、もうその行動を反射でやってんだよね・・・ホント優しいよ』
「反射でやってるのに優しいんか?」
『天然で優しいんでしょ。たつぅはも愚痴愚痴言いながら助けるだろうし、ミヤ君は冷静に考えた結果、結局助けるし、俺もおっかなびっくり助けるだろうけど、さとーは何も考えずに助けるんだもん』
「・・・反射?」
『そう、反射だよさとーのは』

大城君は人が良いと言ってきたのは確か涙沙だ。
「お人好しなんやね、浅葱君とはまた違うんや・・・ツネのアレも英蔵君のアレもお人好しとはまた違うもんやし、微妙なニュアンスの違いが・・・でもまぁそこが良いんやけどね」
ふと思う。
これが他のメンバーならどうしただろうと。
浅葱や恒人ならサトチの家に逃げ込もうとせず、迎え撃つのではないかと。
「なら・・・俺でよかったかもね」
こちらの殺害を目論んでくる都市伝説だ、物理攻撃とは限らない。
他人に頼るというメンタリティを持ち合わせている自分でよかった。
パソコン画面をのぞきこむ二人を見た。
―獅子同盟
器用さはない、大地を蹴り走るだけの獣。
やっていることがパソコンへの書き込みでは迫力に欠けるが、目的地しか見ない性格の三人には合った状況かもしれない。
携帯電話に自虐亭からメールが入った。
『今から書き込まれる解決法を実行』
それとほぼ同時に更新した画面に連続して上がる文字列。
自虐亭のIDではない。
おそらく自虐亭が他のサイトにばら撒いた情報が拾われ、到達したのだ。
「・・・やってみよう」
「はい」
「おう!」
三人の獅子は立ち上がり、窓のカーテンを開け放つ。
りりあさんはそこにいた。
先程より首元の糸が伸びてぐらぐらと揺れている。
つぎはぎだらけの腕で弱々しく叩かれる窓。
ぶくぶくと泡立つ血があちらこちらから溢れていた。
右の瞼は固く閉ざされ、左目は瞼がなく白目しかない。
裂けた鼻の上から溢れる血を受けて笑う口。
何故だかもう恐怖感はなかった。
実体化した都市伝説と言った。
リジーの部屋と同じなら、彼女は人間だったはずだ。
そして『解決法』が意味するところは・・・
返してやるのが、最良なのだろう。
人間だったのなら、こんな風になってまで罪を重ねる必要はない、重ねさせたくはない。
「りりあさん・・・」
大城の口から漏れるのは優しい声だった。
意識せずとも優しくなってしまった。
「貴方の探し物は××線××駅にあります」
大城の知らない路線で、駅名だった。
この姿と合わせて考えれば分かる、この子は電車に轢かれて死んだのだ。
りりあさんが窓を叩く手を止めた。
ぐるりと反転した左目に瞳が戻り、じっと大城達を見つめそして・・・弾ける様に消えた、後にはなにも残らなかった。

『もう来ることはないけれど・・・この方法だと都市伝説として完全確立しちゃうんだよねぇ、しばらくは忙しいよ』
自虐亭はそうぼやいて電話を切った。
立てたスレッドにも解決を報告すると、乙コールが続いて1000を超えて落ちる。
「解決だなー!」
「どうも御世話かけました」
頭を下げる大城にサトチとゆうやが快活に笑う。
「いいよー、なんかおもしぃかったし」
「無事、解決しましたからね・・・あ、明希に連絡しなきゃ」
「俺もツネちゃん回収して帰ります。今度、一緒に呑みましょう」


その人物は見覚えのない番号からの着信に通話ボタンを押した。
真っ暗な路地、受話器から聞こえる空気が漏れる様な音に振り返る。
『もしもし、ワタシりりあさん』
都市伝説として確立し、『りりあさん』として確立した彼女はそう名乗る。
筋書き通りに、お話通りに、名乗る。
ただの現象として、都市伝説としてあるべき行動をとる。
つぎはぎだらけの身体を街灯の下に晒し、スポットライトを浴びる様に異形の化け物の姿を見せる。
その人物は、夜の闇より暗い瞳でりりあさんを見て言う。
「・・・お前、誰?」
都市伝説を否定する。


「解せないんだけどねぇ」
雨宮ゆりねは向かいの席に座る自虐亭―蓮咲に問いかける。
「解せないのはこっちだ、りりあさんが消えてしまった。影も形も掴めない・・・掲示板では話題になってるのに・・・消えた」
「質問に答えてほしいんだけど」
ゆりねの鋭い声に蓮咲は面倒くさげに顔を上げる。
「北条莉々が電車に轢かれて死んだって報告した時、即こう言ったよね『事故かい?』って」
「それが?」
「聞く限りの北条莉々の性格を考えたら・・・なんで自殺かどうか聞かなかったの?」
「ああ」と蓮咲は頷く。
「確かに彼女はいつか自殺しそうなキャラクターだったけれど、あの日に限ってそれはなかったからだよ」
「・・・どういうこと?」
「自殺しそうなキャラクターといえば僕も君もそうだが、あの日だけはあり得なかった、ましてあの場所じゃ・・・ね」
首を傾げるゆりねに蓮咲は笑う。
「りりあさんの探し物だよ、さすがに名前を出したら嘘っぽくなるからね。壊れ物だし、原形は止めてないかもしれないけれど、遺品として回収はされたかな?それでも・・・やっぱり探し物だし、北条君はあの日・・・家に帰りたかったと思うよ」
「はっきり言ってよ、まどろっこしい」
「新譜の発売日。正しくは前日だけどね、あの日、あの場所にいたってことは北条君も購入したんだろう、買って帰る途中だった。聞きたかっただろうね」
「・・・あ」
あの日ゆりねもCDを購入して帰る途中で事故を目撃した、蓮咲も同じものを購入している。
「あの子も好きだったんだ・・・」
「うん、だからあの日だけは、あの日の帰り道だけは自殺はあり得ないんだよ」
「なるほどね、納得だ」
増した切なさを抑えこむように、蓮咲のほうの疑問へと戻す。
「確立した都市伝説が消えることってあるの?」
「あるよ、否定されれば消える。でも口裂け女も人面犬もまだ残ってる、容易じゃないよ100人信じてる人がいるなら100人が徹底否定しなければ消えない」
「・・・じゃあ異常事態なんだ」
「今回は北条君という元があるからね、北条君が否定されて一番堪える人物に否定されれば・・・」
蓮咲は顔を上げて視線を宙に向け、それから首を振る。
「だとすれば・・・これ以上ないほど彼女は救われたとは思うけれど」
「救われた?」
「都市伝説となって彷徨い続けるより、いっそ思い切り否定されて、否定してもらって・・・成仏でも消滅でもしたほうが救いだろう」
「じゃあ、消えたのは良かったこと?」
「そういう形の消滅なら・・・ね。彼女はずっと否定されたかったんだと思うよ」
そう言って蓮咲はサングラスの奥の目を閉じる。
「自分の生き方を、只一言『間違いだ』って誰かに言って欲しかった・・・でもね、否定する甘やかしって、普通に甘やかすよりもずっと難しいから誰にもやってもらえなかった・・・それが叶ったなら、彼女はもう報われたのかもしれない」


《ある都市伝説収集サイトより》

『りりあさん』
携帯電話に自分の番号から電話がかかってきたら、絶対に出てはいけない。
それはりりあさんからの電話だからだ。
電話にでるとりりあさんが後ろに立つ。
振り返ってしまうとりりあさんはどこまでも追いかけて来て殺されてしまう。
りりあさんは全身がつぎはぎだらけの女の子で、電車の事故で死んでしまった時に大事なものを落としたのでそれを探している。
もしりりあさんに追いかけられたら
『りりあさんの探し物は××線××駅にあります』
と言えば助かる。

以上、追加情報求む。


都内某居酒屋にサトチがいた、ゆうやと大城を待っている。
「さとーは考えないよねぇ」
ユッケに言われたこと。
「反射で良いことしちゃうんだよね、考えるまでもないんだよね。さとーにとっては良いことって悩まずにできちゃうんだ。本能で良い人なんだよね・・・それって弱点かもしれないけど、俺は好きだよ、そういうとこ」
よく意味が分からなかったが褒められたことはなんとなく分かった。
自分はこのままでいいということも。
「お待たせしました」
快活な声でそう言って、ゆうやが向かいの席に座る。
「おー、元気?」
「元気っすよ、あれから変なこと起こってないっすか?」
「うん?おう!たぶんな!」
「たぶんって・・・」
「でもな、ミヤ君に頑張ったなって褒められた!」
満点をとったテストを自慢する子供のような顔にゆうやは笑ってしまう。
「いいですねー。ウチなんて『ふぅん』ってリアクションでしたよ」
マオは思いっきり不機嫌に言ったので、自分を頼らなかったことに対して怒っていたのかもしれない。
明希にいたっては「そんなことあったっけ?」と首を傾げていたが。
聞けばあの日、途中から酒を飲み始めて記憶が飛んでいるらしい。
それもまた、心配故の行動だったのかもしれない。
しんぢはしんぢで興味なさげにしながら軽く頭を小突いてきたので、3人ともこちらを気づかってはくれたのだろうけれど。
「あ、もう揃ってますね。遅れてごめんなさい」
大城が入ってきてそう言い、ゆうやの隣に座った。
三人揃ったところでビールを頼み乾杯する。
「つーか俺らもって感じですよね、みんな何かしら巻き込まれてましたから」
「だな、あ。タッチダウンの時があった!」
「俺はまともに食らいましたね、あれ・・・でもまさかアレに救われるとは」
「そういえば、それがありましたね」
「なんつーか馬だな」
大城とゆうやはしばし顔を見合わせ首を傾げ・・・大城が言う。
「人間万事塞翁が馬、ですか?」
「うん、なんかそんな感じ」
「まあ・・・そうですね」
ゆうやが曖昧な顔で同意する。
明希の言い間違いとはニュアンスが別物だなぁと思っていた。
「そういえば、あの・・・りりあさん?サイトで見たんですけど、番号が自分の番号からに変わってましたよね」
ゆうやの問いにサトチが手を上げる。
「それな!理由をミヤ君が教えてくれたんだ!えっと・・・」
それから首を傾げ、笑顔で頷く。
「うん!教えてもらったけど忘れた!」
「忘れちゃったんですか・・・」
「俺も浅葱君とツネちゃんから聞いたよ」
大城が確認をとるようにサトチを見、満面の笑みを返されて続ける。
「りりあさんは・・・あの日、都市伝説になった、つまり死んだのはあの日だった。浅葱君が調べてくれて分かった、××線の××駅であの日・・・人身事故があって、18歳の女の子が亡くなってる、名前は北条莉々」
「莉々・・・りりあさん・・・」
ゆうやの呟きに頷いて、大城はジョッキの縁を撫でた。
「つまりあの日の時点では北条さんは『自分の携帯電話』から電話をかけてきたんだ、だから番号が明確に分かってた。後で考えれば都市伝説にしては変わってるよな、番号が分かっててそれが・・・なんの特徴もない番号って」
「そういえばそうですよね、4のゾロ目とかならまだしも」
「うん、だからあれは紛れもなく北条さんの携帯番号だったんだよ。でも・・・」
少し切なげな顔で大城は視線を天井に上げる。
「死んだら・・・携帯電話は解約されるだろ。解約された番号はいずれ・・・違う誰かの番号になる、北条さんには使えなくなる、だからそこは改変されたんだろう。より都市伝説らしくなるために、都市伝説として成立するために」
「うん、そうだった、ミヤ君もそう言ってた」
満足そうに頷くサトチの向かいでゆうやも頷いている。
「言われてみれば・・・確かに」
「でもさー、俺、思ったんだけど」
サトチに視線をやれば、満面の笑みがそこにあった。
「二人と仲良くなれたから、なんか良かった!」
大城とゆうやが同時に吹き出し声を上げて笑う。
「まあ、そうっすね」
「俺も二人と仲良くなれて嬉しいよ」

空を飛ぶ器用さも、海を泳ぐ器用さもないけれど、大地を全力で駆け抜ける三匹の獅子が戦いの物語。


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