ドウタヌキ?


僕等の壊した世界・参


−この世に『偶然』もなければ『必然』もない、『選択』のみだ



ムックの4人は昼食時に一つのテーブルに集まり、相談を始めた。周囲のスタッフも4人ががっちりくっついてシャットアウトしてるので声をかけくる者はいない。こういう時、付き合いが長いと呼吸が合うので便利だ。
真ん中に置かれた金の懐中時計を逹瑯とユッケは渋い顔で、サトチは怖がっている顔で見つめているが、ミヤだけは黙々と弁当を食べていた。
肝が据わっているというか、無駄に大物だ。
「ああ、んで明希に電話してみたんだけどさぁ・・・」
ミヤの普通さを見ていて諦めたのか吹っ切れたのか、逹瑯がいつもの軽い口調で言う。
ミヤから懐中時計を夢から持ち帰ったという報告を聞いてすぐ、逹瑯は明希に電話をかけた。

『逹瑯さん、さっきはどうもです!なんかすっごい変な会話ですね〜』
電話越しの明希は夢で会った時と変わらずのほほんとしており、そして言われた言葉に逹瑯はほっとした。
「ちゅーことは明希達もあの夢を見ていたんだな、変な夢・・・」
『見てましたよ。なんでですか?』
確かに夢の中ではさんざん話したし、シドのメンバー内ならあの夢の話もしただろうが、それを確実に他の・・・明希から見ればムックとDのメンバーもあの夢を見ているという確証はなく、話してもいないのにチラとも疑わなかったのだろうかと思ったが、いちいち突っ込むのも怠いので逹瑯は流すことにした。
『あ、そうだ逹瑯さん、突っ込み役お疲れ様です、鬼神のようでしたよ〜。素敵でした』
「やっぱ突っ込んでいい!?馬鹿だろてめぇ!!!」
流しきれなかった。そしてそんなところ褒められても嬉しくもなんともない。
「そう言うならてめぇが突っ込めよ!異文化突っ込みは気力使うんだよ!」
『それは聖徳太子です』
「十七条憲法作っちまった!?」
『間違えました、承服しかねます』
「どんな間違え方だよ、なにがどうなればそう言い間違えるんだよ!!」
『そういえば報告があるんですけど』
「うん、いいよ。マイペースっぷりではウチのリーダーを下回るからね、明希は」
『あのですね、夢の中で受けた怪我、現実には持ち込まれないみたいですよ。俺あの時頭ぶつけて、けっこうでかいコブができてたんですけど、目が覚めたらなくなってました、痛みもないです』
それは良い報告だ。夢で怪我をしても現実には問題ない、死んだらどうなるかまで確証はもてないが。しかし夢で受けた怪我は夢の中にいる間は持続するということでもある。どちらにしても下手に怪我はできない、というより痛みがある以上怪我はしたくない。
『うお!逹瑯さん!今すっげーやばいんです、遅刻しそうなんですよ〜遅刻したら罰ゲームなんで話後でもいいですか?』
「あ?ああ、いいけど・・」
『じゃあ失礼します〜』
確かにマイペースっぷりでミヤに勝てる人間はいないが、明希のマイペースレベルも相当高いと思いながら逹瑯は電話を切った。それでも一応、こちらが電話を切るまで待っているところはさすが体育会系気質が根強く残るV系男子といった感じだが。
しかし『遅刻したら罰ゲーム制』ムックにも導入したいな、と逹瑯は思う。
ユッケあたりを遅刻するように誘導して罰ゲームを喰らわせるなんて楽しそうだ・・・が、ムック遅刻魔ナンバー1はミヤだ、どこの誰がミヤに罰ゲームを課せられるというのだろう。まぁあれでクソ真面目なのでそういうルールにしたら男らしく罰ゲームは受けてくれそうだけれど、罰ゲームを受けるのがミヤだと分かっていて発案する勇気などない。

「で、その後メールで報告が来た。マオがランタン持ってただろ?あれもしっかり現実にお持ち帰りしてたってさ」
「微妙なところ、なんだよな・・・」
さっさと弁当を食べ終わったミヤがデザートのプリンの蓋を開けながら言う。
「微妙って?」
ようやく弁当に箸をつけ始めたユッケの問いにミヤは一口目のプリンを咀嚼してから答えた。
「持ち帰れるアイテムに制限はあるのかってとこ。主要アイテムだけ持ち帰れるのか、覚醒した時に手にしていた物を持ち帰れるのか、次は適当な物を・・・そうだな壊した物の破片かなにかを覚醒時に持ってみるといいかもしれない」
壊すこと前提かよ!という突っ込みを飲み込んで逹瑯はサトチの肩を突く。
「そーいやオマエ、斧手放しててよかったな」
「ん?なんでだ!?」
「だってオマエ、目が覚めた時に血まみれの斧持ってたらどうするよ?」
「びっくりする!」
「だろ?なんかそのまま警察に電話しかねないもん、オマエは・・・」
「119しちまうな!」
「なんで救急車呼ぶんだよ?イタ電だと思われて怒られるぞ」
じゃれる水戸チームをミヤが一瞥して止めた。
「しかし・・・問題はDのみなさんの連絡先を知らないってことなんだが、彼等もあの夢の中にいたのか確かめたいし、相談もしたいんだけど・・・」
その言葉を聞いた途端、ユッケが立ち上がり、携帯を掲げて笑い出す。
「はーーーーっ!ははははははははは!」
「ミヤ君、黄色い救急車ってどうやって呼ぶんだっけ?」
「呪文でも唱えたら来るんじゃねぇか。ついでにオマエも運ばれろ」
逹瑯は巫山戯てミヤに絡むが冷ややかに酷い台詞を返された。
「あのさ、話聞いてくれる?」
置き去りにされた形になったユッケが情けない顔で言ったので他の3人は「早く言え」とばかりに顔を上げて睨んだ。
「俺はなんとっ!恒人君の携帯番号ゲット済みナリよ!」
「ベーシスト組合緊急連絡網か?」
「ねぇよそんなもん!じゃあドラマー組合緊急連絡網あるのかよ!」
サトチの言葉にユッケが思わず素に戻って叫んだ。
「でもベーシスト対談の時に聞いたんだから似たようなもんじゃねぇか」
「ミヤ君・・・さとーに甘い!砂糖のように甘いよ・・・」
ミヤにさらっと言われてユッケはまた情けない顔になった。韻の踏み方が下手だったので突っ込みももらえない。
「さっさとかけろよ」
「誰も味方がいない!分かったよ!かけるよ!」
逹瑯にダメ押しされてユッケは携帯電話を操作する。

『もしもし。どうもお疲れさまです、ユッケさん』
「どうも〜・・・それで、あの、昨日の・・・」
『夢のことっすね?俺も連絡しようと思っていたところなんです』
明瞭で元気の良い挨拶、外見に似合わず体育会系、そしてすぐにこちらの意図を酌んでくれるところ、ユッケは顔をほころばせた。
「こっちはミヤ君が懐中時計を持って帰ってきたんだけど、そっちはどう?」
『こちらは大城さんが鍵を、浅葱さんが暖炉で拾った布きれを目が覚めた時に持っていたんですよ。そうですか、そちらもでしたか・・・』
「ちなみにマオ君もランタン持って帰ってたらし・・・」
そこまで言ったところで逹瑯に携帯電話を奪われた。
「あ、もしもし。俺、逹瑯だけど」
『おはようございます。昨日は突っ込み役お疲れ様で〜す!』
電話越しでもわかる悪戯っぽい笑い声に逹瑯は苦笑する。
「そう思うなら恒人君も突っ込み役やってよ、できるっしょ?」
『俺は英蔵さん限定の突っ込み役ですから』
「・・・・・・・・・全力でスルーして、一つ報告。明希が頭ぶつけた時に怪我してたけど、怪我は現実には持ち込まれなかったみてぇ。それだけなんだけどさ」
『それは不安が一つ消えましたね。だからと言ってあんなトラップがある以上、気は抜けませんけれど・・・そういえば俺、一つ気づいたことがあるんですよ』
「お?なに〜?」
『気温、です』
「気温?」
『体感温度と言うべきかもしれません。そういったものがあの部屋、いえ、あの空間には存在していなかったように思います。俺らって一回目はスーツっぽい衣装だったじゃないですか?あれ、かなり暑いんですよ。でも暑くなかったんです』
そこまで言われれば逹瑯も分かる。
「二回目のあの異様に露出度高い衣装で寒さは感じなかったってことなら矛盾してるよな」
『まああれだけ露出してたんで気分的には涼しかったんですけどね。オカシイです。お聞きしますが逹瑯さん達はあそこで暑さや寒さを感じましたか?』
「感じなかったな、適温だと思ってた・・・でもそうじゃないってことか」
『まぁあくまであれは夢なのであまり関係ないかもしれませんけれど』
確かに夢で《暑い》《寒い》を感じるのは稀だ。しかしあの夢には《痛み》がある。全部の感覚がなくなっているわけではない。
「交換できる情報はそんなもんか。今日も夢で会う可能性が高いわけだけど、お手柔らかにね〜」
『はい。逹瑯さんの突っ込みを勉強させてもらいます!』
「だ・か・ら!俺は好きでやってんじゃねぇの!」
ミヤがずいっと目の前に手を差し出して来たので逹瑯はミヤに携帯電話をパスした。
「あ、もしもし。ミヤだけど」
『おはようございます。昨日はありがとうございます』
「こちらこそ。さっくり質問だけど、恒人君、昨日の夜は英蔵君と一緒だったんだよな?」
『はい、俺の家に泊まってもらいましたよ』
「どっちが先に寝た?この場合、寝入ったかってことなんだけど」
恒人は少し唸ってから答える。
『たしか俺が風呂から上がった時、英蔵さんはもう寝てましたね。寝入っていましたよ』
「・・・そうか」
『やっぱり気になりますよね。あの空間に入ったタイミングでしょう?』
「ああ、そもそも13人が同じタイミングで眠るわけもなければ、目を覚ますわけもないからな、ちなみに俺は本当にうたた寝だったよ、20分ぐらいしか寝てねぇ」
『ん〜〜、体感時間で2時間はあった気がしますから、あの空間にはそもそも時間が存在しないってところでしょうか』
「レム睡眠とノンレム睡眠についてまでは考えなくてもいいのかな・・・まぁもし今夜も続きがあるならその時はよろしく」
『こちらこそよろしくお願いします。では、失礼します』
やはりこちらが切るのを待っているようだったのでミヤは電源を切り、逹瑯の手に携帯電話を押しつけた。
「これ、ユッケのだってば。さて、さしあたって・・・どうする?」
携帯電話をユッケに投げ返しながら逹瑯が言うとミヤはミヤはプリンの底をスプーンでさらいつつ言った。
「あ、次の曲な、歌い方を・・・」
「仕事の話かよっっっっっ!!!」
叫ぶ逹瑯をミヤは怪訝そうに見上げる。
「いや、こっちがキョトンだよ!夢の話だよ、夢の話っ!!」
「そんなもん今日寝てみなきゃ分からねぇだろ、どうにもならんことをいちいち考えてもしょうがねぇし」
「だーーーーーーーーーーーーー!!!!」
「じゃあオマエなにか対策あるのか?今日、眠らなきゃどうにかなる問題でもねぇんだぞ。全員がどのタイミングで眠ろうが、時間ずらして寝ようがたとえ一瞬でも眠ればあの空間に強制移行されるんだから」
「だからってさぁ・・・原因究明とか・・・」
「常々不満というか疑問に思っていたことがある。ホラー映画なんかで何故、呪いの根元を辿れば助かると安易に思っちまうんだ?ビデオだの携帯だので無差別祟り攻撃かけてくるの相手に、なんで死体見つけて弔えば助かるとか思うんだ?」
薄い唇をなぞってミヤは笑う。不敵な笑み。
「突きつけられた問題を叩き潰し、立ちふさがる壁をぶち壊す。それでいいだろうが」
リーダーの言葉に他の三人は顔を見合わせ、頬を緩めてから姿勢を正し、敬礼ポーズ。
「「「いえっさーーー!リーーーダーーー!!」」」



「なんだかもう胸元まで重要なことが出かかってるんだけれど思い出せないんだよねぇ・・・」
「ああ、よくあるな、そういうこと」
頭を抱える浅葱の肩を涙沙が軽く叩いた。
恒人からムックチームの伝言を受けてDチーム、こちらも昼食中。
「ま、あれだけ激しい上に現実に食い込んでくる夢なのに疲れは持ち越さないのはありがたかったね」
大城は持ち帰った鍵を弄りながら苦笑気味に言った。
「まぁ目覚めてみたら《明瞭な夢》って感じですもんね。怪我も持ち越さないみたいですし。そういえば夢の中のアイテムがこちらに持ってこられるってことは、現実から夢へは持ち込めないんでしょうかね?」
「持ち込むって、どうやって?」
英蔵の問いに恒人は少し考えてから言う。
「まあ、一番無難なのは眠る時に何かを手に持って寝るってところでじゃないっすかね、そうですね・・・なにか武器になりそうなものとか」
「ん〜?どうやろ、そもそも衣装チェンジしてる時点で持ち込めない確立が高い気がするけどなぁ・・・」
「あ、そうか、そうですよね・・・」
涙沙に言われて恒人は納得しかけたが、そこに英蔵が口を挟む。
「でもさ、やってみる価値はあるんじゃない?やるだけなら害はないし」
「じゃあ英蔵さん、模造刀持ってきてくださいよ〜」
「え!?ダメだよ!あれ武器じゃないよ!美術品だよ!超高いんだからね!」
冗談で言っているのに本気で焦る英蔵を見て、恒人が楽しそうに笑った。狐耳と尻尾装備の悪戯っ子バーション。
「と、言うか・・・次はもっと動きやすい衣装にしてほしいよね」
大城の言葉に涙沙が激しく頷く。
「昨日のは本気で動きにくかった!何回裾踏んでがくんっ!ってなったか分からんわ!」
「・・・今日は《桜花》だったりして」
「浅葱君、怖いこと言わんで。あと浅葱君が言うと本当にそうなりそうやからやめて」
「じゃあるいちゃん、どれが良い?」
浅葱に問われて涙沙は軽快に笑う。
「希望出してもしゃあないやん。どうなるか分からんのやし。そやな《久遠》とかええな」
「《地の文》さん、《久遠》だって・・・」
涙沙と大城が慌てて浅葱の肩を掴む。
「浅葱君・・・さすがにそれはないわ・・・」
「夢の中だからギリギリ許された行為だよ・・・」
「ごめん、ごめん」
まぁ《久遠》だとなお雰囲気が出るっていうか、あの衣装めっちゃ好きですけどね。
「でしょう?」
「浅葱君、やめてってば!」
「でも・・・《桜花》だったら本気で困りますよね。そりゃ動けなくはないですけれど・・・走ったりとか登ったりとか、特に浅葱さん、難しくないですか?」
真顔で言う恒人の肩をばしっと叩いて大城が笑う。
「そうなったら、脱げばいいんだよ!」
「それはイヤだよ」
「それはイヤですよ!」
「それはイヤやわ」
三人ほぼ同時に声を上げ、最後に恒人が言う。
「そもそも脱ぐのが大変ですよ、あれ・・・」
「あ、そっか、そうだよね。ん?ツネちゃんは脱ぐの大変じゃなかったら脱いでもいいの?」
「それもイヤっすねぇ・・・特に英蔵さんは絶対イヤでしょう?」
ほとんど裸みたいな衣装もあったのに、今更なにを言う。
「うん、イヤだ、絶対イヤ」
「なんかもう脱ぐ脱がないの話になってまったなぁ・・・で、浅葱君、さっき言ってた胸元まで出かかってたこと、思いだした?」
「・・・腹の底まで沈殿したって感じだね。もうとっかかりすらでてこないよ。まぁ考えてもしかたないかな、所詮は夢なんだし、現実のほうが大事だよ」


諦めが良いのか、肝が据わっているのか、心底どうでもいいと思っているのか、さっくり切り替えたムック&Dチームと違いマオは諦め切れていない様子だった。
「今日もあんな夢・・・あんな空間行くとか最悪なんですけど・・・なんか方法ないの?」
据わった目でメンバーを見渡すと明希が間髪入れずにいった。
「ん〜ないじぇりあ。噛んじゃった!ないんじゃない?」
突っ込むのも怠いとばかりに首を振ってマオは視線をゆうやへ移す。
「い、いや・・・思いつかないよ、そんなん!」
がつん!とランタンで頭を殴られた。理不尽だ。そしてけっこう痛い。
「マオ君、そのランタン見せて」
全く調子を変えないしんぢに言われマオはむすっとしたままランタンを突き出す。
ランタンを受け取ったしんぢはしばらく弄り回してから言う。
「これ、電池入ってないよ?」
「うっそ!?なんで!?」
「知らないよ。単一かぁ・・・あったかな・・・」
しんぢが席を立ってスタジオ内を漁るのを見ながら明希が目を細める。
「あの人形がいた部屋か、この先行く部屋にあるのかもね・・・」
「ん〜?」
まだ目が据わっているマオをうにゅ顔で見返しつつ明希は言う。
「脱出系ゲーム・・・ソリッドシチュエーションホラー?あれってパズル要素が強いじゃない。だから・・・電池は別の場所にあったんじゃないかなって。机の鍵にしてもミヤさんがぶっ壊しちゃったけどさ、鍵はどっかにあったと思うよ?だからランタンの電池も別、みたいな?」
「でもあの部屋は一通り探したよ?」
「別に順番に進むルールはないもの、他の部屋で見つけて、またあの部屋に戻ってもよかったんじゃないの〜」
「で、でもあの部屋!動く人形が!」
喚くゆうやをやはりうにゅ顔で見て明希は続ける。
「あれをゲーム・・・脱出系ホラーゲームっぽく考えたとしてだよ?ミヤさんが机を破壊してアイテム取ったのも、恒人君達が人形の目を壊してあの人形が俺達を襲えなかったのも、本来コマンドが決まっているゲームなら考えられないことでしょう」
マオも考える気になったのか表情を戻して言う。
「鍵を取らなきゃいけないから人形の片目が壊れたのは筋書き通りだったとしても・・・恒人君がもう片方の目を壊しちゃったのは仕掛けをした側からしたら計算外だよね、まさかあんな風に人形を使うなんてさ」
「うん、だからゲームみたいだけど、ゲームじゃなくなっちゃってるんだよ。なにせ夢とはいえ俺達がそれぞれの意志を持って行動しているから選択コマンドは無限大だもん」
「ホント、あっきーって頭良いのか悪いのか分かんねぇなぁ・・・」
へらっと笑ったゆうやの足を明希が蹴り飛ばした。
「いてっ!でもさ、あそこに殺人トラップがあるのは事実なんだよ?俺だってできればあの夢の中に行きたくないよ!?今日寝なきゃ済むんじゃねぇの!?」
そこへしんぢが電池を持って戻ってきた。ランタンに電池を入れながら淡々と言う。
「ダメ、寝ないと」
「なんでよ!?対策って言ったらそれしかねぇだろ!?」
「無駄な徹夜なんかして仕事に支障が出たらどうするんだよ。所詮は夢、疲れない、怪我も持ち越さない。だったらあくまで現実の仕事が優先でしょう」
3人はポカーンとした顔でしんぢを見て、同時に叫んだ。
「「「しんぢがまともなこと言った!?」」」
電池を入れ終わり、明かりのついたランタンを掲げながらしんぢは嘘くさい微笑を浮かべる。
「俺はいつだって清廉潔白誠心誠意、生まれてこの方嘘をついたことがない人間だよ」
「その台詞が嘘やろ」
「よかったー、いつものしんぢだ〜」
「すっげー胡散臭せぇ!!」
シドチームもいつものテンションに戻り、日は暮れ、夜は更けていった。






そして夢の中、昨日の終了地点である廊下に13人が集合した。
「よかったーこれなら動きやすいわ〜!」
「オレらも衣装チェンジしてんじゃん!?」
「オレらもですよ・・・」
Dチーム、今回の衣装、『Genetic World』、髪型はそのままだったがメイクは当時のものに戻っていた。
「英蔵さん!俺ちゃんと眉毛書いてあります!?」
「書いてあるよ、大丈夫」
「か、髪飾りがズレる・・・この髪型だと無理だよ・・・エクステないと・・・」
「俺も髪があの時より短くなっとるから、なんか痛いわっ!」
ムックチームは『空と糸』、特にコメントはなかったが明希が逹瑯の顔をのぞき込んで言った。
「逹瑯さん、格好いいっすね!」
「・・・メイクしてない俺はダメってことか?」
「そうです。いえそんなことはないです」
「・・・本気でぶん殴ってもいい?」
シドチームは『涙の温度』、こちらも特にコメントはない、視覚的に地味になったぐらいか。
「しかし季節感のない集団だよね〜」
としんぢが呟いたがそもそもV系に季節感もくそもない。しかし今回はムックチームとDチームが真っ黒なため怪しさが増していた。
薄暗い廊下、闇に飲まれて見えない先。よく見ると周囲の壁は赤く塗られていた。
考えるまでもなく黒い扉を行けば壁は黒に、白い扉を行けば壁は白に塗られていたのだろう。
「てゆーかさ、色の選択で赤ってちょっと早まったかもね・・・」
「なんでだよ?」
ユッケの呟きに逹瑯が答える。
「ほら、学校の怪談とかでさ、トイレに出るので、色の選択迫ってくるヤツいるじゃない?それで赤を選ぶと・・・」
「ああ、首を切られて血まみれになって殺されるってやつだよな」
逹瑯が頷くと大城が首を傾げて言った。
「え?赤い紙、青い紙だろ?あれって天井から血が降ってくるんじゃなかったっけ?」
「あれって地方差がかなりあるらしいよ」
浅葱の言葉に涙沙が手を叩いて言う。
「あ、俺が知ってるのは便器から赤い舌が出てくるって話やったわ。あと選択肢は赤と白やった。花子さんとか太郎さんも地方差あるって言うよな?」
「「太郎さん?」」
英蔵と恒人が同時に声を上げたので涙沙が首を傾げた。
「あれ?そっちはないの?男子トイレに出る太郎さん」
「え?ないよ」
「ウチはヨースケさんでした」
地方差だけでなく年齢差もあるらしい。
「ってゆーか・・・なんで怖い状況で怖い話するんですか・・・」
マオの低い呟きに話していた面子は気まずそうな笑顔を浮かべて謝った。
確かにこの状況で怪談話というのも妙だ。
「じゃあとりあえず進むか」というミヤの号令で一斉に廊下の奥へ移動を開始する。
「そういえば、やっぱり現実のアイテムは持ち込めなかったみたいですよ、寝る時に××××を持って寝たんですけどダメでした」
「なんで伏せ字にしたのかな?かな?」
恒人の言葉に逹瑯の突っ込みがうっかり竜宮レナになっていた。
「逆に夢から持ち帰ったアイテムは勝手に手元にくるみたいだな」
ミヤが懐中時計を手の中で弄びながら言う。
「え?俺、ランタン持って寝たんですけどミヤさん懐中時計どうしてたんですか?」
「スタジオに忘れてきた」
きっぱりと言い切られ、他の面子は顔を引きつらせる。
「・・・もう使わないかもしれないけど、念のため鍵持って寝たのに」
「俺も・・・布きれ持って寝たよ・・・」
大城と浅葱が呆れ半分感心半分で呟くがミヤは素知らぬ様子。
良くも悪くも大物だ。
「アイテム持ち込めないのは本当みたい・・・ランタンに入れた電池なくなってる・・・」
明かりが点かなかったため慌てて確認したマオがそう暗い声で呟いた。
「やっぱ電池はこっちで探さないとダメみたいだね」
明希がマオを励ますように笑って言ったがマオは落ち込んだままだった。
此処は明かりが点いているのでランタンが必要なわけではないところを見ると、明希の言うとおりランタンの電池は他の場所にあるのだろう。
そうこうしているうちに廊下の端へと辿り着いた。そこにあったのはカラフルな対称制の図形が描かれた扉。
「万華鏡をのぞいた時みたいな柄だね」
浅葱は興味深そうに扉に触れながら言った。他の面子も納得した様子で頷く。
「じゃあ、開けますよ・・・」
扉に鍵は掛かっていなかった、扉の向こうにあったのは・・・
「ミラーハウス!?」
浅葱の肩越しにのぞき込んだ逹瑯が叫ぶ。
鏡張りの迷路。この状況でなければ「懐かしい」と和めそうだが。殺人トラップが仕掛けられているような空間である、和めない。しかし道は此処しかない。
「行くぞ」
さっさと中に入ったミヤを追って他の面子も鏡の迷路へ足を踏み入れた。


《鏡の部屋》

さすがにミラーハウスに13人同時に入ると壮観・・・というより視覚的に邪魔くささすら感じる。先頭を行くミヤが豪快に鏡に激突すること3回目、浅葱が遠慮がちに言った。ちなみにミヤ、激突しても無表情だった。
「あの、ミヤさん・・・一応平面の迷路のようなので・・・右手法を使いませんか?」
「右手法?」
「イギー法?」
「利き手砲?」
「ゆってぃ砲?」
ミヤ、逹瑯、しんぢ、明希の順でそう言われた浅葱はショックを受けた顔になる。
「俺・・・そんな滑舌悪いですか?」
「いや、わざと」
「俺もわざとですよ」
逹瑯としんぢがにやりとしたが明希だけは真顔で「え?なんて言ったんですか?」と首を傾げてマオに叩かれていた。
「で、右手法ってなんなん?」
涙沙に助け船を出され浅葱は仕切りなおす。
「迷路って基本、壁の切れ目が入口と出口しかないから右手を壁について進めば出口に辿り着ける、というものだよ」
「すっげー浅葱君もの知りっ!」
ユッケが本気で感動した様子で手を叩く隣で逹瑯がにやにやしてミヤに言った。
「ちゅーかミヤ君の進み方が適当すぎんじゃん?せめて前に進む時、鏡かどうかぐらい確認すればいいのに、何度もぶつかるとかどんだけドジなの」
「分かった。逹瑯は先頭を行きたいのか、いいぞ、来いよ」
ミヤは表情を変えないままさらりと言い、逹瑯が焦る。
「え、いや・・・俺、先頭はちょっと・・・」
「馬鹿だなぁ逹瑯!怖いのによけーなこと言うからだべ!」
「怖くねぇよ!行けばいいんだろ!行けば!」
サトチに馬鹿にされてプライドが刺激されたらしい、前にいた数名を押しのけて逹瑯は先頭に出る。
「右手を壁について行けばいいんだね!?」
「あくまで理屈上だけだけど・・・」
肩を怒らせて進む逹瑯に浅葱が小さく答えたが聞こえているのかいないのか。



数歩、ほんの数歩だ。先頭の逹瑯はふと気配が変わったのを感じた。上手くは言えないが確実に何かが変わった、霊感などというものとは無縁だが空気の流れが先程と全く違うような。それに・・・
なんでこんなにも静まりかえっているのだろう?
まるで自分以外誰もいないみたいに。
そしてなんで鏡には自分しか映っていないのだろう?
唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた、ゆっくりと後ろをふり返る、顔は自然と引きつった笑みを浮かべていた。
後ろには誰もいない。誰一人としてそこにいない。鏡に映るのは逹瑯一人。合わせ鏡に自分の姿が幾体も映されているだけ。
「冗談だろ!?」
先頭に立ってから数歩しか進んでいないのだ、角を曲がってすらいないのに残り12人とはぐれるわけがない。
「おい!巫山戯るなよ!ユッケ!ヤス!ミヤ君!!」
声の限り叫んだ、喉の調子は良いらしく、周囲の鏡が震えるぐらいの大声。でも、返答はない、静まりかえっている。
恐怖が、あの殺人トラップを見た時以上の恐怖が襲いかかってくる。
「やめろよ、俺こーいうの本当はダメなんだって・・・おいっ!」
今まではさほどでもなかったこの鏡の迷路がこの上なく不気味なものに思えてくる。鏡に映る幾人もの自分の動きが気になる。考えてみれば人形がいきなり動き出すような場所なのだ、鏡の中の自分が襲いかかってこない保証がどこにある。
とにかく他の人間を捜さなくては、逹瑯は道を戻り始める。しかし目印があるわけではない、適当に進んできたのだ、何処から来たのかなんて覚えていない。
「ちょっと、シャレにならないっての!」
相変わらず人の気配はない、自分の声と足音が響くだけ。
一人になった途端、こんなに怖くなるとは。殺人トラップや動く人形のような突発的恐怖ではない、あれなら少し考えれば冷静になれた。それなのに、この状況がこんなにも怖い。一人になったことが怖い。そりゃああれだけ賑やかだったら怖くもないだろうけれど。
「・・・違う、そうじゃなくて」
そこに見慣れた顔があったから、いつものやりとりができたから、いつものようにふるまえたから・・・メンバーがいたから。
ユッケをいじってると落ち着けた、サトチと喋っていれば安心できた、そしてミヤがいるならなんとかなると信じていたから。
「一人だったら・・・最初の《赤い部屋》から動けなかったよ・・・」
震える足を鼓舞してなんとか前に進む、合流しなければ、怖い想像はなるべくしないように意識して、進む。
突然、肩を叩かれた。
悲鳴を上げ、頭を抱えてしゃがみ込むと聞こえてきたのは聞き慣れた声。
「逹瑯、びっくりするじゃねぇか・・・」
不明瞭で聞き取りにくい小さな声なのに、深い落ちつきがあるそれ。
「ミヤ君!」
ぱっと立ち上がって振り向くと、そこにはやはりミヤが立っていた。優しい笑顔で逹瑯を見上げている。
・・・優しい笑顔?
「急にいなくなるから慌てて探したんだよ。心配したんだぞ、大丈夫だったか?」
「・・・・・・」
「どっこも怪我してねぇだろうな」
相変わらず優しい笑みを浮かべながらミヤは逹瑯の腕をぽふぽふ叩く。
「さっきは悪かったな、意地悪言ってさ。オマエがこういうのダメなの知ってるのに大人げなかったよ。もう先頭行けとか言わない」
「・・・・・・」
「どうした?やっぱ怖かったか?大丈夫だよ、俺がついてる。心配するな、ちゃんとメンバー全員、俺が守るさ」
相変わらず優しい笑顔のミヤに逹瑯は深いため息をついた。恐怖心は別の意味でショッキングすぎてどこかに飛んでいった。
「昨日も似たようなこと言われたけど、あれとは全然違うんだもんなぁ・・・いや、分かってるよあれだって《嘘》じゃなかったし、これも《嘘》じゃないんだけどさ・・・ま、ミラーハウスにこれって定番っていえば定番なのかな」
「逹瑯、どうしたんだ?」
微笑むミヤを腕を組んで逹瑯は見下ろす。尊大に笑う。
「アンタ誰だよ?」
「何を言ってるんだよ、逹瑯」
「ミヤ君はそんなこと言わない。俺がはぐれたって探しには来てくれるかもしれないけど第一声で冷ややかなこと言うか無言で睨むっての!そんな笑顔で来てくれないって、めっちゃ怒りながら来るって!でも言わないのがミヤ君で言ってくれなくたって分かってる、直接言われなくたってちゃんと伝わってる、顔に出てなくたって、言葉に出してくれなくたって、心配も期待も気づかいも全部ちゃんと伝わってる!だから・・・偽物なんかに言われるのすっげぇ不愉快!なんか損した気分になるからやめてくんない?」
目の前のミヤは、いやミヤの偽物はそのまま横の鏡に駆け込んでいって消えた。一応物質的なものが鏡に消えるというのは(それも姿は完璧にミヤだ)そこそこ肝が冷える光景だったが、化け物に変身して襲いかかってくるよりはマシだっただろう。
「でもミヤ君のほうが、怖い。なんてね・・・とりあえず・・・」
逹瑯は後ろの鏡にもたれてずるずると座り込む。
「トラップ撃破!みたいな〜?」



「・・・あれっ?」
最後尾を歩いていた英蔵はそう声を上げた。一瞬だ、ほんの一瞬目を反らしたその間に一人になっていた。隣を確認するがそこにいるはずの恒人もいない。
「・・・嘘、はぐれた?」
慌てて小走りに進むが誰の姿も見えない、鏡にも自分しか映っていない、誰の声も聞こえない。
「いや、まて、おかしい・・・はぐれたにしても・・・」
もう一度、自分の右側を見る。誰もいない右側を見て顔をしかめる。
隣にいた恒人までいないというのはやはりおかしい。そもそも恒人が自分を置いて先にいくはずがない。足を止めて周囲を確認する。注意深く鏡を見ていく、複雑に向き合った鏡は幾重にも屈折し、扉が示していた通り万華鏡のような世界を現していた。端から端まで見たが映っているのは自分だけだ、他の人間の影すら映らない。
大声で誰かを呼ぼうとしたが、すでにこの状況が異常だ、下手に声を出さない方がいいかもしれないと思うと躊躇してしまう。
「でも・・・」
問題は、はぐれた・・・いやはぐれたという言葉は適切ではない。分断されたのは自分だけなのかということだ。全員が全員、バラバラになったのだとしたら?危険ではないだろうか。なにかの罠ということは当然これ以降も仕掛けがあるのだろう。
だとするなら、探さなければいけない、他のメンバーを、一刻も早く!
殺人トラップに動く人形、此処は安全な場所ではないのだ、夢とはいえなにが起こるか分からない。
「・・・くそっ!」
踏み出しかけた足がつんのめる、鏡に映っているのは思った以上に情けない自分の顔。
「ああ、もう・・・いつもうるさいぐらいくっついてくるのに、なんでいないんだよ!俺がなんも言わなくたって、そこにいるくせに」
自分の右側にそう呟いて、太股を叩いた。
「落ち着け、大丈夫だ・・・」
浅葱と大城は頼れるし、涙沙と恒人はしっかりしている。一人になった程度でパニックを起こすようなヤワな精神の持ち主はいない。だったら自分もしっかりと、冷静に行動しなくては。とれるべき行動はメンバーを探しつつこの部屋から脱出すること、幸いにも直前に浅葱が『右手法』の話をしていた。バラバラになったのなら全員がその方法を使っているはずだ。英蔵は右手を壁について歩き出した。
何個目かの角を曲がった時、すぐそこでしゃがみ込んでいる人物がいた、赤い髪に剥き出しの腕が細く白い。見慣れた、間違いようがない人物。折れそうなぐらい細い身体を丸め、顔を膝に埋めて震えているその姿に英蔵はそっと声をかける。
「・・・ツネ、どうしたの?なにかあった?」
「英蔵さん?」
顔を上げたのはやはり恒人で声も恒人だったが英蔵は違和感を感じた。その頼りなさげな表情、それに・・・すぐに違和感の正体は分かった。
「急に誰もいなくなるから怖かったんですよ、怖くて、動けなくて・・・」
「で、へたりこんでたの?」
「はい・・・でもよかった、英蔵さんに会えて。俺一人でどうしようかと・・・」
「ちょっと待ってくれるかな」
もう回答は分かっているのに、それでも優しく対応してしまう英蔵は根っから性格が良いらしい。
「キミ、誰なの?誰かは分からないけどさ・・・その、幽霊的なもので、俺に話があるなら聞くけど、ツネの姿は止めてくれないかな?」
「・・・え?なに言ってるんですか、英蔵さん」
「あ、もしかして偽物のつもりなの。だったら大失敗っていうか、あんまりだよ。ツネは根性ある子だからこの程度じゃへこたれないし弱音も吐かないって。一人になったかからてへたり込んじゃうような可愛い神経してない。まぁ内心で怖がってても口には出さないよ。ビビってたとしても俺の顔見た瞬間へらず口叩くって。素直じゃないからさ、ツネは。あと偽物のつもりならツネをセレクトしたのは大失敗だと思うっていうか・・・まあ此処がミラーハウスってことを考えればベタベタなのかな。でも髪型とアクセはちゃんとなってるから単なる凡ミス?それともそれだけはどうしようもなかったの?」
「なにを言ってるの?」
袖を掴んでくる恒人の、いや、恒人の偽物の手を振り払う。口調がもう恒人ではなく、若い女性のようになっていることにため息をつき、英蔵は自分の顎を指して言った。
「・・・黒子の位置が逆だよ」
恒人の偽物は笑い出した、その笑い方が恒人とはまったく別物で英蔵は顔をしかめる。不快な笑い声、狂っているようでいてどこか女性的な笑い声。
でも声質は恒人のものなのでとてつもなく不愉快だ。
「やめってってば・・・」
「願望に沿ったつもりだったのにね」
「は?」
恒人の偽物は立ち上がるとそのまま鏡の中へ消えた。鏡の中に人間が吸い込まれる図に軽く冷や汗をかいたが、すぐに心を落ち着けて思考を切り替える。
「・・・他のみんなのところにも誰かの偽物が出てるってことかな?」
他のメンバーが見たら改めて見直してくれそう、というか恒人と大城ですら英蔵いじりをしばらく緩めるような見事な対応だったが・・・生憎英蔵は一人だった。
誰も見ていないところで格好いいことをしてしまった。
そんなところもまた英蔵らしい。
そしてわざわざ見せなくてもメンバーは英蔵のこういう部分を分かっているのだろうけれど。



「まいりましたね、まいりましたね〜なんてキャラ崩壊させたらなんとかならないかなっと思ってみたけどならないね、夢なんだから《地の底に眠る星の火よ、古の眠り覚し裁きの手をかざせ!ファイガ!》とか言ったら炎がぶぁ〜〜〜って出たらいいのになぁ」
丁度真ん中を歩いていた明希は前にも後ろにも誰もいなくなっていることに気づきそう呟いた。本人は精一杯焦っているのだが、声質がのんきなので端から見たら平和な光景だった。
「気合い入れたらできないかなぁ・・・《地の底に眠る星の火よ、古の眠り覚し裁きの手をかざせ!ファイガ!》・・・・・・・・・うん、でないかぁ・・・」
鏡に映る幾重もの自分の姿に目を細め、それから首を傾げる。
「ん?今できてたらえらいことになってたんじゃないの?此処火の海になっちゃうよ〜タワーなんとかインフェルノだよ、パニックだよ〜」
がしがしと豪快に頭を掻きながら明希は目の前の鏡を叩きつつ呟いた。
「問題は、俺以外のみんなが消えたのか、俺が消えたのか、全員がバラバラになったのかってとこなんだけど・・・まぁ後者二つ、だよね。俺だけ残してみんなが消える・・・この場合、拉致って言葉が適切かは分からないけど・・・それは無理があるもんなぁ」
しかし明希自身だって多少ぼんやりとはしていたが拉致されるほど気を抜いていたわけではない。
「まぁ得体の知れない力、ならそれもありかなぁ・・・」
そして全員が分断された可能性、それも高い。そうだとしても静かすぎる。この部屋がどれだけの広さなのかは知らないが、単純にこの室内でバラバラになったのならあの無駄にデカイゆうやの喚く声ぐらい聞こえてきてもよさそうなものなのに。
さすがの明希も不安が増してきた。それでも心の芯からおっとりしている彼はやはり慌てているようには見えなかったけれど。
自分の前には6人歩いていたはずだ、道が狭かったのでほとんど一列になっていた。
「えっと、前から・・・逹瑯さん、ミヤさん、浅葱さん、涙沙さん、大城さん、で・・・しんぢ、だったよね、たしか俺の真後ろにマオ君がいたはず、その後ろがゆうやか・・・」
それ以外は思い出せないが、ムックのリズム隊とDの下手組はたぶんくっついていただろう。
「・・・困った、かも」
「明希!」
突然後ろから声をかけられた、聞き慣れた美声、良く通る声。
ふり返るとマオがいた。走ってきたのか息が上がっている。
「よかった、急にみんないなくなるから焦ったよ、他のみんなは!?」
「ん〜〜俺だけだけど・・・マオ君も一人?」
「うん、とりあえず明希と会えて良かった、大丈夫だったん?」
「ん〜〜〜〜」
明希は何ともいえないという顔でマオを見る。
「代表・・・大丈夫だったけど、見れ・・みんなはどうしたのかな?」
「なんだよその携帯の予測変換間違いみたいな喋り方は」
「・・・ん?突っ込みが明瞭かつ的確・・・うあ〜〜」
怪訝そうな顔のままの明希の肩を掴んで、マオがのぞき込んでくる。
「明希、オマエ本当に大丈夫かよ?ちょっと休んだほうがいいんじゃない?」
「・・・どこも悪くないんですけど」
「でも調子悪そうだよ」
「・・・あのさ」
「うん?」
微笑を浮かべるマオの手をさりげなく肩から外しつつ明希は言う。
「俺さ、言葉にするの苦手だから上手く言えないけど・・・なんか違うってゆーか・・・アナタ、マオ君じゃないよね?」
「なに言ってんだよ、明希・・・」
「明確に言うと〜優しすぎて気持ち悪いっていうか、なんでマオ君が俺に気を使ってくるのってゆーか・・・この噛み合わなさ、鳥肌立つよ」
「・・・一番納得いかないわ」
マオの偽物の口調が変わった。表情も女性的なものに変わる。
「どうして違うって・・・?」
「いや、アナタが誰だか知らないけどさ、こっちは四六時中マオ君と顔つき合わせてるし付き合いも長いし、違和感、みたいな・・・」
「それだけで何故、偽物だって言いきれるの?」
「そうだねぇ・・・これ本人には内緒だけどさ、マオ君はジャイアンで傲岸不遜で猫みたいに我が儘で、勝手に突き進んで行って、そのくせ人見知りの付き合い下手で、だからこそ言葉を大事にしてて、自分の気持ちを人に伝えるのに一生懸命で、誰よりも真っ直ぐで、傷つきやすくて繊細で、優しくて、でもその優しさを表現するのがホント下手っぴで・・・だから・・・無理しなくていいと思ったから、メンバーだから、気づかいは無用なんだ。気持ちは酌むよ?でも友達とはまた別だからそんな力んで気を回さなくていい関係なの、暗黙の了解でね」
少し言葉を切って明希はマオの偽物を見る。
顔の造形も完璧かと思ったが少しだけ違う気がした、明希はそこで周囲の鏡を見て気づいた。
「鏡・・・か。まあお約束だったわけだね。見た目のコピーはともかく中身に関してはダメダメだよ、ぜんぜんなってない、本当に質の低い偽物だよ。もしかして他の人のとこにも出てるのかなぁ、だとしたら人物セレクト間違えてない?どういう意図で俺のとこにマオ君の姿で出てきたかは知らないけどさ、誰も・・・メンバーを間違えるわけないもの」
不可解そうな顔をするマオの偽物に明希はのほほんとした口調で言った。
「簡潔に言うと・・・カンで分かったの、ごめんね」
マオの偽物は明希を睨め付けると鏡の中へ駆け込んで消えた。
「あ!偽物見るのって気分悪いからもうやめてね〜!」
そう声をかけてから明希は歩き出した。特に考えはない、他の人物と合流できればいいし、ダメなら出口で待てばいい。
「この部屋のトラップがアレなら心配ないし、アレに引っかかる人、いないでしょ」
油断させて襲う気だとしたら人物セレクト間違いだと明希は改めて思う。
あんな質の低い偽物に気づけない人はいない。だから現れるならば、例えば明希の前に出てくるならシドのメンバー以外の姿で出てこなくてはいけなかったのだ。それなら騙されただろう。
と、思っていたら目の前にメンバー外の人物の姿が見えた。鏡に背を預け座り込んでいる逹瑯の姿。逹瑯は明希を見るとニヤリと笑った。
「先に聞くけどさぁ、オマエって本物の明希様?」
「危篤っすね、俺もそれを聞こうと思っていたんですよ」
「俺は死にかけてねぇよ、同じギャグ使い回すな!」
「逹瑯さんが逹瑯さんであることを証明してみせてくださいよ〜突っ込みだけじゃ判断できません」
「はぁ?そっちが先に証拠出せつーの!俺はミヤ君の偽物にショックを受けたんだよ!あんな思いはもうゴメンだ」
「ミヤさんの偽物になにされたんですか?」
逹瑯は座り込んだまま俯いて深いため息をついた。
「優しい笑顔で優しい言葉かけられた。すっげー損した気分だよ・・・そっちは?」
「やたら人付き合いが上手そうなマオ君が出てきましたね〜ポジティヴそうなマオ君」
お互いが本物だと確証できたわけではないがその内容に二人は声を上げて笑った。
そこに「あの〜」と恐る恐る顔をのぞかせたのは英蔵。
「変なこと聞くけど・・・二人は本物なの?」
「そっちこそ本物?」
「本物だよ、って言っても証拠はないけど・・・」
「ちなみに暫定英蔵君のところには誰のどんな偽物が出たの?」
「弱々しくて素直な恒人・・・」
自分で言った言葉がツボに入ったのか英蔵は声を殺して笑い出した。
「よ・・・弱々しくて・・・素直な・・・ツネ・・・やばい、言葉にするとおもしろすぎる・・・」
多少和んだ空気にはなったが、3人は互いが本物だと確証できない、交流のある明希と逹瑯は「大丈夫かも」と思い始めていたが、先程のように自信を持って断定できずにいた。
「そういえば変なこと言われたんだよね、ツネの偽物さんに」
二人から少し距離をとった位置に立ったまま英蔵が言う。
「変なことってなんですか?」
「《願望に沿ったつもりだったのに》って言われた、願望ってなんの願望だろう?」
「まぁそのまんまの意味で捉えるなら、英蔵君が《弱々しくて素直な》恒人君が良いって思ってるってことじゃねぇの?」
「ええ!?そんなこと思ったこともないよ!?」
「それを言ったら俺だって、めっちゃ優しいミヤ君とか・・・というか露骨に優しいミヤ君ってそれもうミヤ君じゃねぇよ、別人だよ、別人28号」
「逹瑯さんギャグが古いですよぉ。ん〜俺の場合は前向きで付き合いやすいマオ君?いや、俺の場合、お二人みたいに全く違ったわけじゃないから・・・ん〜でも俺もマオ君にどうなって欲しいなんて願望抱いたことないよ〜」
「というより逆って言うか・・・俺はツネの根性あるとことか頑固なとこ可愛く思ってるんだけどねぇ・・・」
「ほんっっっっとオタクらってストレートに仲良しだね!?」
逹瑯が呆れた顔をすると英蔵は褒められたと勘違いしたのか照れた。
「じゃあ逆にミヤさんのところに真面目で素直な逹瑯さんが現れてたらミヤさん、どん引きでしょうね〜」
「さりげなく馬鹿にしてないか?じゃあマオのところには機敏でしっかりした明希が出てマオが気持ち悪がってるよ」
「ああ、ツネのところに俺の偽物が現れてる可能性もあるんだった、大丈夫かな・・・」
「男前で挙動不審じゃなくて弁が立って残念じゃない英蔵さんってことですか?」
明希にうにゅ顔で言われて英蔵は顔を引きつらせた。
「さりげなくひどいこと言わなかった?あとそんな自分を想像して自分でちょっと不気味だよ!」
そこへバタバタと大勢の足音と声が聞こえてきた。
賑やかに何かを言い合う声と共に姿を現したのは残りの10人で、逹瑯と明希と英蔵は分断されたのは自分達だけだったことを知る。そして自分以外の二人も本物であることも。
「なにやってんっすか!何処行ってたんですか!?」
真っ先に英蔵の前へ走ってきたのは恒人で、そう怒鳴りながら英蔵の頭をべちべち叩いた。
「ごめん、ごめん・・・いや、俺も急に一人になってたのね・・・」
「でっ!?」
「《でっ!?》って、ちょっと〜」
「・・・っだから」
「ん?なに?」
「・・・・・・・・・大丈夫、だったんですか?」
今の今までデカイ目で睨みつけていたのに、そこは視線を外して言う恒人に英蔵は思わず笑ってしまう。
「心配してくれた?」
「・・・・・・・・・・・・・・・多少は」
「あ〜!やっぱツネはこうじゃないと!」
「なんなんですか!馬鹿にしてるんですか!?」
肩を叩きながら笑っている英蔵を恒人はむくれた顔で睨む。
「だから何をやってたんだよっての!」
「再会するなりなんやねん、そのいちゃつきは!」
「心配したんだからね」
大城、涙沙、浅葱からどつかれて英蔵は笑うのを止めた。
「るいちゃんにだけはいちゃつき云々言われたくないんだけど。いや、本当に気づいたら一人になってて・・・そこでさ、ツネの偽物が出た」
「俺の偽物!?」
「ミラーハウスで偽物か、ベタやなぁ。で、なんで偽物だって分かったん?」
「喋ったらさ、すっごい弱々しくて素直だったのよ」
英蔵の言葉に一瞬ぽかんとしてから恒人以外のメンバーが笑い転げた。
「ちょ、なんやそれ!めっちゃ見たい!」
「それはさぞかし・・・うあ〜想像拒否!!」
抗議の声を上げたいところだが浅葱まで本気で笑っているのでなにも言えず、恒人はまた英蔵を睨んだ。
「すいませんね、素直じゃなくて」
「いやあ、そこが良いよ!?」
「・・・やっぱマゾっすね」
お約束めいたやりとりをしていると、涙沙がにま〜っとした顔で口を挟んできた。
「あ、でも英蔵君がいなくなったのに気づいた時はツネけっこう取り乱してたちゅーか一番心配してたで〜」
「ちょ・・・涙沙さん!?いや、違いますよ、あれは・・・隣にいた人間がいきなり消えたから驚いたんですって!」
「まぁこっちはこっちでレアなツネが見れたよね〜!」
「ひ、大城さんまで・・・!」
「でも英蔵君、それだけでよく偽物だって断定できたね、迷わなかった?」
浅葱が急に真面目に話し出したので他のメンバーも笑うのをやめて英蔵を見る。
「だって夢とはいえこんな状況でしょう、いつもと違う態度になってもおかしくはないじゃない、でも断定できたんだな、と思って」
「いや、こればっかりは・・・すごく感覚的っていうか、たとえ怖がってたとしてもこうはならんだろ、みたいな。それに・・・」
「それになんやねん?」
「顎の黒子の位置が逆だったし」
英蔵は何で他のメンバーの目が点になっているのか分からずに首を傾げた。
「俺、なにか変なこ・・・」
「馬鹿じゃないですか!?」
質問し終わる前に恒人が胸をぐーで殴ってきた。大した力ではないが恒人としての本気殴りであったため、指輪やらなにやらの衝撃も加わってけっこうなダメージを受ける。
「ちょ・・・痛い!」
「黒子の位置が逆って!理由それだけでいいじゃん!それでもう偽物確定じゃん!なんで弱々しくて素直だったとかそんな・・・ばかーーーー!!!」
顔を真っ赤にして、敬語も放棄で叫ぶ恒人が再び繰り出してきた拳をキャッチして、英蔵はしばし何が悪かったのか考えてみた。
「え〜〜〜。ごめん、なんか怒らせたみたいで・・・」
「英蔵君、ツネ怒ってるんとちゃうから恥ずかしかっただけやから」
涙沙に呆れた調子で言われ、英蔵は改めて恒人を見る。
「・・・バイオレンスな照れ方だね」
「・・・すいません」
「いや、こっちがゴメン」
しばしの沈黙の後、5人は声を揃えて笑い出した。

楽しげなD面子の横で逹瑯は顔を引きつらせて直立してた。いつもの涼しげな顔で見上げてくるミヤは無言。
「・・・オマエのところにも誰かの偽物が出たのか?」
ようやく口を開いたミヤが言った言葉に、逹瑯はできるだけ戯けた調子で言う。
「金のエンジェル並にレアな笑顔浮かべたミヤ君に優しくしてもらっちゃった!」
「そりゃ不自然だな、それに騙されるほどオマエも馬鹿じゃないか」
「・・・あんさ、ミヤ君。ちょっとは心配した?」
「心配しなかったと思ってるならオマエの頭はよほど目出度いな」
その言葉に一瞬呆けてから、逹瑯は一気に体温が上がったのを感じた。
「やっぱコレがミヤ君だよな〜」
すっと伸びてきたミヤの手が逹瑯の額にデコピンを喰らわす、ギタリストのデコピンは痛い。呻く逹瑯にミヤは少しだけ笑って言った。
「気をつけろよ、馬鹿」
「でもいいな〜俺も見たかった!ミヤ君の偽物っ!なぁユケツ!?」
「え〜俺はいいよ〜なんか不気味だもん・・・」
「・・・いや、俺はそこまでオマエらに優しくないのか?」
さすがに少し困った顔をするミヤにサトチが爽やかな笑顔で言う。
「ん〜なんてゆーかさ、ミヤ君って《お父さん》って感じだべ!?」
タメにお父さん扱いされても困ると苦笑するミヤにかまわずサトチは続ける。
「でもその《お母さん》っぽいミヤ君ってなんか見てみてぇなと思っただけ!」
「だからそれが不気味じゃん、不気味すぎるよ」
不気味を連呼したユッケは無言でミヤに睨まれて視線をそらした。
「いや、そのミヤ君が良いってわけじゃなくて単純に見てみたいだけっ!でもミヤ君今のままで充分優しいから別にいいけどさ!」
「結局なにが言いてぇんだよてめぇは・・・」
呆れた顔をする逹瑯にサトチはきっぱりと言った。
「ん〜〜〜、分かんねぇ!!」
ムックチームも笑い出した。

「あっきーのとこには誰の偽物が出たの?」
「マオ君だよ〜」
乱雑に身体をべしべし叩いて無事を確認してくるしんぢにかまわず明希はへにゃっとした笑顔で言う。
「なんでその俺が偽物だって分かったん?」
「ん?なんとなくだよ」
マオは深いため息をついて明希を見た。
「ったく・・・しょうがないな、オマエは」
「いいじゃん、結果オーライでしょ」
「明希」
ぺちっとしんぢに頭を叩かれて明希は少し首を傾げてから言った。
「あ、ごめんね心配かけて」
「・・・しとらんし」
むくれた顔で明希を睨むマオにしんぢは肩を竦めてゆうやを見た。どうにかしろと言われているらしい。
「でもさ、なんで偽物で出てきたんだろうな!?まあミラーハウスって言ったら偽物なんてお約束だろうけどさぁ、でなきゃ鏡の中の自分が襲いかかってくるとか・・・あ、そうか偽物で出てきて油断させて襲う気だったのかなっ!?」
「え〜、だったらゆうやで出てこないと、俺たぶんマオ君より強いよ〜」
得意げに力こぶをつくって(長袖だから見えないが)笑う明希、完全に論点がずれている。お手上げだよとゆうやはしんぢにアイコンタクトでパスを回した。
「いや、明希。襲いかかってきた時点で偽物だって分かったとしても見た目がマオ君じゃあ攻撃し辛いでしょ?」
「なんで?俺、別に気にしないけど」
「気にしようよ!!!」
叫ぶゆうやに明希は首を傾げる。
「大事なのは中身だよ」
「・・・良い台詞っぽく馬鹿丸出しなことを言うわんでくれんかな?」
こめかみを押さえるマオに明希はまた首を傾げた。
「俺は明希の姿をした偽物、攻撃できんけどね〜、見知った顔なんてやりづらい」
「だから腹立つんじゃん。よくも私にDIO様の姿を破壊させたな、ぐらいの?キレるよ俺、メンバーの姿なんかで攻撃してこられたら、偽物なんて気持ち悪いしムカつくもん」
「・・・明希って、ホント男前だよ、惚れそう」
マオが笑い出し、ゆうやとしんぢも笑い出した、明希もつられて笑った。



「だからって・・・他に方法ねぇのかよぉ〜!」
「しかたありません。ロープなどがあればよかったけれど」
13人、手を繋いでミラーハウスの中を進んでいた。勿論、分断を避けるためだ。
いい大人が手を繋ぐなんて恥ずかしいのに加え、複雑な迷路の中を13人繋がって進むのは骨が折れる。しかもこのミラーハウス、かなり広いらしく右手法を使用しても一向に出口は見えてこないのだ。
順番はミヤ、逹瑯、浅葱、涙沙、しんぢ、明希、マオ、ゆうや、大城、ユッケ、サトチ、英蔵、恒人。分断されたのは先頭と最後尾、そして真ん中であったため順番には多少もめたがそれぞれのリーダーが説得する形でおさまった。
それでも後ろから二番目を歩く英蔵は不満らしく何度もふり返っては恒人に睨まれていた。
「ねぇ、やっぱりさぁ・・・ツネが前に・・・」
「イヤです」
そのやりとりを15回繰り返したところでサトチが見かねて最後尾に移った。
しかし本当に進みにくい、角を曲がるだけでも一苦労だ。しかしまた分断されるよりはいい。
「ねぇ、その偽物さん、中身は女性っぽかったんだよね」
浅葱の問いかけに、明希と英蔵が肯定の返事をする。喋るのも一苦労だ。
「若い女性って感じでしたね、若いって言っても幼くはないですよ」
「若い女性・・・あの部屋にあった人形が元か?」
ミヤの通りにくい声をなんとか拾って英蔵は答える。
「違う、気がする・・・あの人形はもっと老けてたから・・・ただこれ、個人的な感想だけどさ、あんまり人付き合いをしてない人なのかな・・・と」
「へぇ?そのココロは?」
可笑しそうに言う逹瑯に英蔵は真剣な顔になって言った。
「俺達の所へ来た偽物・・・俺の場合はツネだけど、《願望に沿ったのに》って物言いしたでしょ。あれの意味をずっと考えてたんだけど・・・勘違いしたんじゃないかなって。あ、これ俺の場合ですけど、ツネ見てて大丈夫じゃない時も大丈夫って言ってたり、あきらかに困ってるのに助けを求めてこない時とか、言ってくれたらいいのになぁって思う時はある、そこを勘違いしたんじゃないかと・・・」
全員無言で英蔵の言葉を聞いていた。
「でもそれってこうして欲しいって《願望》じゃないよ、言えばいいのにって思うだけで本当に手助けが必要だったら勝手に手を貸すし、ほかっといても大丈夫なら黙ってる、変えて欲しい部分じゃない。えっと勝手に言ったら失礼かもしれないけど、逹瑯さんもミヤさんに優しい言葉かけて欲しい《願望》があるわけじゃなくて・・・言われなくても分かってるけどたまには口にだしもいいじゃんって、そのレベルのことだったんじゃ?《願望に沿った》って言ってくるぐらいだから向こうはこちらの心を読めたのかもしれない、でもそういう細かいところまで理解できなかったってことは・・・そういうのが不得手な人、なんじゃ・・・ない、か・・・」
こんな体勢でなければ逹瑯の顔が真っ赤になって引きつるのが確認できただろう、そして一度でも後ろをふり返っていれば途中で言葉を止めただろう。
恒人に握られている左手が万力で締められているかのように痛い。
「・・・英蔵さん。よりにもよってなんでこんな大勢の前でそんなこと言うんですか?」
メリメリと音を立てる左手に目をやったが恒人の顔は怖くて見られない。
「ご、ごめん!でも手はやめて!手はっ!」
ベーシストの握力で本気を出されたら、そりゃあ痛い。恒人もさすがに手はまずいと思ったのか握る力を緩めた。
「まとめると若い女性、心の機微には疎い、イニシャルはL・Bか・・・手がかりが少なすぎるな・・・」
淡々と言うミヤに逹瑯が悲痛な声で言った。
「巻き沿いで羞恥プレイを喰らっているアナタのところの唄うたいに・・・フォローをお願いします・・・」
「阿呆、そっちが言わなくても分かってるならこっちも言われなくても分かってるんだよ・・・言葉にされた程度でいちいち照れるな」
「さらに照れる!!あ、でも・・・俺も英蔵君の意見に賛成かも」
「ほ〜!そのココロは?」
自分が言った言葉を真似て問いかけてくる涙沙に少し笑いつつ逹瑯は言う。
「明希の場合は、頭オカシイ・・いや、馬鹿だから・・・違うな、独特の感覚だからともかくだけど・・・」
「そこまで言ったならもう頭オカシイ馬鹿でいいですよ」
嘘くさい笑顔で言うしんぢの膝裏に明希が蹴りを入れた。
「オマエが決めるなぁ!」
「続けるぞ。もし油断させて襲いかかってくるつもりなら、なんで偽物だって見破られたぐらいでそれをやめちまったんだ?いや、ゲームとかだと見破った時点でクリアみたいなことあるけど実際それはないだろ。見破られたら変身が解けるってわけでもなかったみてぇだしさ。俺はできないぞ、偽物だって分かっててもミヤ君の姿をしたものに襲われて、反撃なんてできない」
「それはもちろん、そうでしょうね。いや明希君の考え方がおかしいわけではないよ?でも躊躇する、俺ならたぶんできない・・・」
浅葱が頷くと後方でゆうやも声を上げる。
「俺も無理だね〜そもそも俺、力強いから巫山戯て絡む時だってすっげぇ気をつけてるのにさ、偽物相手でも本気で抵抗や反撃なんて無理っ!」
「ん?逹瑯さんのほうがミヤさんより強いならよけい無理やな」
涙沙に言われて逹瑯は慌てて首を振る。
「いやいや、ミヤ君のほうが強いよ!?たぶん一撃でのされるって。英蔵君ならできた〜」
できればそのパスは回して欲しくなかったと顔をしかめてから英蔵は答える。
「・・・無理だよ。だって見た目は、黒子の位置が逆なだけでツネだったから・・・手を上げるようなまねできない」
また左手が握力計代わりにされるのを警戒しながら言ったが、今度はなにもされなかった。若干視線が突き刺さってきたが。
「相手はそれも分からなかったんじゃねぇの?偽物だろうとその姿をしてる限りこっちが反撃できないことすら・・・分からなかった」
逹瑯の言葉をミヤが静かに継ぐ。
「この空間に住むヤツ・・・L・Bさん。寂しい人、なのかもな・・・」
「根本的な問題に戻るけど、L・Bさんは・・・《彼女》はどうしてオレらを此処に連れてきたんだろう、そこにも意味があるんかな?」
首を傾げるマオの言葉に少しの沈黙の後、答えたのは浅葱だった。
「そもそも害するために連れてきたのであれば、単純にこの夢の迷宮から出ることだけを考えれば良いけれど、こちらの手を必要としているのなら、こちらにできることがあれば・・・してあげたい気もするね」
「出るの優先ならね、悪いけどそこまでいい人じゃない」
逹瑯はそっけなく答えたが彼なりの賛成意見だということはなんとなく通じたので皆、静かに頷いた。



《書斎》

ようやく出口と思しき扉が見えた。警戒しつつミヤが扉を開けて外へと出る。
「大丈夫みたいだ」
他の面子も恐る恐る次の部屋へ移った。全員がミラーハウスから出ると、扉は勝手に轟音を立てて閉まった。全員がビクリとしてふり返ると音もなく扉下から消えていき、最終的にはただの壁になってしまった。
「後戻りはできない、ってことですかね」
扉があった位置を叩きながら恒人がため息をつく。
ミヤが懐中時計を開いて時間を確認した。
「2時半、ってことは1時間もあんなとこをウロウロしてたのか・・・」
「なんかもう身体の節々が痛いよ、30歳に無理させないで欲しいなぁ・・・」
手を繋いで歩いたため、つりかけた腕を振りながらユッケが呟いた。
「書斎・・・みたいな感じだね・・・」
「だね」
部屋を見渡していたマオの呟きにしんぢが頷く。
広い部屋、大きな文机や壁一面の本棚、応接セット、暖炉もある。
真向かいに扉があったが確認しに行ったミヤがドアノブを回して無言で首を振る、やはり鍵が掛かっているらしい。
「また手分けして探索か・・・っあ!!」
突然大声を上げた大城が指さした先に全員が注目する。
「げげげげ!マジかよ!勘弁してくれよ!」
「どーすんの!?どうする!?」
サトチとゆうやが喚いたがどうしようもない、鍵を見つけないかぎりどうせ此処からは出られないのだ。
「どのタイミングでさっきみたいなことになるかが問題だよね・・・」
いつもの落ちついた声で浅葱が呟く。
長椅子に横たわっていたのは血塗れの、男の人形だった。
「まぁ最初の人形だってすぐには動かなかったし・・・調べないわけにはいかないでしょう」
薄い唇を結んで人形の方へ向かう恒人の後を大城が追う。
「ツネ、待って。俺も行くから」
「あ、俺も!」
その後に英蔵が続いた。
「オタクの末っ子さんは肝が据わってるのか無謀なのか鈍いのかどれよ?」
逹瑯に揶揄するように言われ浅葱は首を傾げた。
「・・・どれだろうね。あ、3人とも気をつけて!」
「「「はーい!」」」
「俺達も別のところを調べよう、いつアレが動き出すか分からないしな。探す物は鍵、武器になる物、脱出の手がかり、役に立ちそうな物、じゃあ行くぞ」
ミヤの号令で全員が部屋中に散った。


本棚の前、シドの4人が集まって適当に本を引っ張り出していた。
「あれ?これ全部英語の本じゃねぇ!?」
素っ頓狂な声をあげるゆうやにしんぢが「当たり前でしょ」とさらりと返した。
「なんで当たり前なの?」
「だってその《彼女》さん、イニシャルがL・Bなんでしょう。日本人でそんなイニシャルの人間あんまりいないよ、英語圏の人なんじゃない?」
「あ、そっか・・・でも偽物さんは日本語喋ってたよ〜」
明希としんぢのほんわかしたやりとりにマオが冷めた声で言う。
「オマエね、英語で喋りかけてきたらもうそれ一発で偽物やろ」
「そうだけど、適当だよね〜なんか色々と・・・」
「まぁL・Bってイニシャルもなくはないか・・・Bだと板東とかでもLはあんまり使わないかなぁ」
ゆうやが首を捻りつつ取った本を元に戻した。英語の本では読みようがない。
「でもこれで確実に、L・Bさんは英語圏の人ってことが分かったな」

文机には涙沙と浅葱がいた。机の上や引き出しを漁るが特に手がかりになりそうなものはない、鍵が掛かっている引き出しもなかった。
「浅葱君、これ・・・手紙とちゃう?」
涙沙が差し出した紙を浅葱がのぞき込んだ。
「手紙・・・だね・・・あんまり英訳は自信がないんだけど、英和辞典もないし」
「俺もちょっと自信ないわ〜」
ぴったりとくっついたまま二人で手紙を見てなんとか訳そうと試みる。
「・・・だいたいだけど、《Food poisoning》は《食中毒》だから、前後の文章と合わせて、《家族が食中毒になった》かな?でも次の文で《drug》が入ってて、疑問文だから《毒を盛られたのではないか?》。分かるのはそれぐらい」
「なんかえらい物騒な話やな・・・」
涙沙が顔をしかめながら改めて手紙をのぞきこんだ。
「あれ?最後のこれ・・・差出人の名前とちゃう?」
「ジャクソンって読めるね。A・ジャクソン・B」
「んんん???B?あれ?これって手紙やからイニシャル被ってるだけなん?」
不思議そうな顔で見上げてくる涙沙に微笑み返して浅葱は言う。
「この手紙、折り目がついてない、ということは封筒に入れる前、出す前の手紙だよ」
「ちゅーことはこの部屋の主が書いた手紙・・・」
「うん、だから」
浅葱は前方右側、他のメンバーがいる方を、正確には長椅子に横たわっている人形を指さして目を細めた。
「あの人がジャクソンさんじゃないかな」
「じゃあその食中毒事件があったのも此処?」
「この家族、って言うべきかもね。此処はまるで・・・この建物って言っていいのかすら分からない、さっきのミラーハウスにしても広すぎだもの、右手法じゃ確かに最短ルートは進めないし、手を繋いでたから手間取ったっていうのもあるけど、それにしたって1時間は長いよ・・・いや、英蔵君達とはぐれた時間はミヤさんが計ってたからマイナス20分、そうだとしても広すぎる、ウィンチェスター館とまではいかなくても複雑すぎる、まるで・・・人の心の中だ」
「心の中・・・L・Bさんの?」
「予想だけどね」
「なんか浅葱君が言うなら正解な気がするわ〜!」
微笑む涙沙に浅葱も嬉しそうに笑う。
「そう言い切られると困っちゃうよ・・・」

最初の人形よりも50倍ぐらい警戒して恒人達は人形をのぞき込んだ。壮年の紳士といった風体の男の人形。
「気づくのが遅くなりましたけど・・・凶器は斧みたいっすね」
さすがに今回は怖いのか恒人は大城の腕を掴みながら言う。
「まぁこれは露骨だよね・・・」
英蔵は恒人の腕を掴み、水鳥の玩具のように勢いよく頷いた。
人形の頭を分断するような疵痕があった、ざっくりと割れた傷に血糊が塗りたくられている。といっても人形の頭部自体は破壊されておらず、あくまでそのように見せてあるだけだったが、ご丁寧に眼球が最初から割れていて眼孔から血糊が流れていた。
大城が手を伸ばして人形の割れた目に触れるが血糊は乾いているようだ。
「女の人形の旦那さんって感じかな?」
「・・・たぶん。夫婦で殺害された・・・みたいなところでしょうか」
「もしくは・・・一家惨殺」
自分で放った物騒な言葉に大城は息を飲んで隣の二人を見た。
「変ですよね。《事件現場の再現》のつもりならなんで此処はこんなに複雑なんですか?三色に塗られた地下室も、ミラーハウスも余分ですよ、総合性がありません・・・建物の作りがコンクリートなのもそもそもおかしな話になってきますよ」
「確かに・・・まるっきり無茶苦茶でちぐはぐだよ此処は・・・」
恒人が意を決したように大城の腕を放し、しゃがみこんで本格的に人形を調べ始める。恒人の腕を掴んでいた英蔵も引っぱられて必然的に人形に顔を近づける形になった。
「こっちの人形の傷は40箇所です・・・意味があるのかは分かりませんけど・・・」
「つ、つねぇぇぇ・・・」
「なんっすか!?耳元で情けない声出さないで下さいよっ!」
恒人が呆れて隣を見ると英蔵が頬を引きつらせながら言った。
「・・・鍵見つけたんだけど」
「どこに!?」
大城を見上げて英蔵は泣きそうな顔で言う。
「人形の・・・口の中っ!」
恒人と大城がのぞき込むと、断末魔の表情を浮かべた人形の口の中、確かに鍵があった、形状からいって扉の鍵だ。
口を開けているといってもかろうじて指先が入りそうな程度のそこ、そして動く可能性がある人形。
それに手を突っ込める度胸がある人間がいたら教えて欲しい。
加えて職業柄、手は死ぬほど大事な部位なのだ。
「あ!下を向けたら落ちてくるかもしれませんよ!」
「ツネ、ナイスアイディア!」
引きつった顔のままDリズム隊は視線を交わし合い、二人で人形を掴んで頭を下に向けて揺する・・・が、鍵は落ちてこない。
そうは上手くいかないらしい。
「てか英ちゃん!なに後ずさってんだよ!」
「うあ、すいません」
「・・・ああ、もうっ!」
恒人がそう叫んで幾つかつけているネックレスの一つを外した。
「どっかに引っかかってんじゃないですか!」
大きな装飾の部分を人形の口に突っ込みがちゃがちゃと動かす姿を見て、大城と英蔵は顔を見合わせた。
「「・・・雄々しい!」」
「とれたかも・・・もう一回揺すってみましょう」
恒人が二人を見上げてそう言ったので大城と、さすがに今度は英蔵も手を貸そうとした。
がたん。
人形が音を立てた。人間、本気で怖いと笑うらしい。笑顔を浮かべたまま3人は人形を見た。がたがたと魚が跳ねるように動く人形。後方で誰かの悲鳴が上がった。
しゃがんていた恒人も立ち上がり、目を見開いて後ずさる。
「くそっ!動き出す前にまた目を壊しとくべきだったっ!」
大城が悔しそうに言うが後の祭り。人形は長椅子から立ち上がり一歩踏みだした。その時、軽い金属音を立てて人形の口からこぼれ落ちたもの、扉の鍵。おそらく恒人が引っかかっていた部分を取り払っていたのだろう。
しかし落ちたのは人形のすぐ前だ、「どうする?」と大城と英蔵が顔を見合わせたその瞬間、手前にいた末っ子は、今まで散々やらかしてくれたが最大級のことをやってくれた、逃げかけた足を止め、人形の方へ一気に踏み込んだのだ。
元々下がったのは数歩、一足で踏み込むと落ちた鍵に手を伸ばして拾い、戻ろうとした。しかしそれより早く人形の腕が振り下ろされ、無理な体勢で避けた恒人は尻餅を突く形で人形の真ん前で転んでしまった。
即座に大城が駆け出して恒人の身体を抱え、そのまま引きずるように横へ飛んで転がる。二人の目の前すれすれを人形の手がとてつもない勢いで通過してき、大城の腕を掠った。
「馬鹿野郎っっっ!」
「・・・すいません」
本気で怒鳴る大城に恒人は身を竦ませる。掠った部分は服が破れただけでダメージはなかったが、あの人形の手は丈夫な衣類を破けるほどの威力を持ったものだと言うことを指している。人形はこちらを認識したらしくぎこちない足取りで近づいてきていた。
「逃げるぞ!」
大城が恒人の腕を掴んで立たせようとした時、妙に高い位置で怒声がした。何事だと二人と、その向かいにいた英蔵が顔を上げると・・・サトチが宙を飛んでいた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
叫びながら素晴らしい滞空時間を保ち、そのまま人形の胸に跳び蹴りを喰らわせる。
それから瞬きする間すら置かず、姿勢を低くして走ってきたミヤが人形の顔面目がけておそらくは暖炉から持ってきたのであろう火かき棒を叩きつけた。
ダブルダメージを喰らってひっくり返った人形の頭部をサトチは足で、ミヤは火かき棒で執拗に攻撃する。どん引きというか、もしもしお巡りさん!な光景だ。
どごっ!と派手な音を立てて振り下ろされた火かき棒の下で人形の頭部は粉々に砕け散っていた。そしてもう動く気配はない。
「おーーー!!ミヤ君の言った通りだべ!さすがっ!!」
「やっぱりな、眼球が壊れて目が見えなくなるってことは人間とシステムが一緒ってことだ、頭を破壊しちまえば動けない。動けたとしても目はぶっ壊してんだから同じことだ」
涼しげな表情のままミヤはクールに言い放つ。そして破壊行動を共にしたサトチとハイタッチ。
「「茨城ヤンキーなめるな!!」」
ホラーの法則がねじ曲げられた瞬間だった。それも馬鹿と天然によって。
「英蔵君、神奈川ヤンキーとしてなにか一言」
いつの間にか隣に立っていた涙沙に言われ英蔵は目を細める。
「俺、ヤンキーじゃないって」
「ヤン車に乗ってた人が何を言うん?」
「悪いけど今は冗談にのれる気分じゃないよ・・・」
「まあ俺もやけどねぇ」
壊した人形を調べているムック2人と今、なにがどうしてどうなったんだ!?という顔の残りの面子を置いて、まだへたり込んでいる恒人の元へ移動中の浅葱、纏うオーラの種類が完全にいつもと別物だった。
浅葱の顔を見てことのまずさを改めて実感したらしい恒人は立ち上がり、しかし顔を上げられずに結局俯いた。
「・・・ツネ。気をつけてねって言ったよね」
「ごめんなさい・・・」
浅葱が手を伸ばし、触れる程度の軽さで恒人の頬を叩いた。ぺちっと。
「怪我してない?」
「大丈夫です」
「大城君は?」
静かに重いオーラを放っている浅葱に若干ビビリつつ大城は頷く。
「大丈夫だよ、服破けただけ」
「怪我がなくてよかった・・・でももうやらないで、心臓に悪いよ・・・」
くしゃくしゃと頭を撫でながら微笑む浅葱に恒人は俯いたまま小さく頷いた。
「だから言うたやん、自分案外鈍くさいって!なにフラグ回収しとんねん!」
「・・・・・・馬鹿」
駆けてきた涙沙と英蔵も恒人の頭を掻き回す。
「すいません、ホントごめんなさいっ!」
伸びてくる三本の手をかわしながら顔を上げると大城と目が合った。
「・・・大城さん、ありがとうございます・・・あと、すいませんでした」
ふっと大城は微笑んで恒人の肩に腕を回し、もう片方の手で豪快に髪をかき混ぜる。
「もういいっての!」

「よく分からないけど、なんかとっても感動的なシーンだね〜」
本棚の前にいた明希がしみじみと呟いた。
「な〜、マオ君さぁ、俺が同じ事したらどーする?」
「愛のないビンタを喰らわせる」
戯けて言うゆうやにマオが冷ややかに返す。
「愛はないんですかっっ!!??」
「無視しないのが愛でしょ?」
さらっと言ったしんぢをマオは軽く睨め付けて拗ねた顔。
「しっかし・・・ミヤさんとサトチさん、人形を壊しちゃうなんて・・・無茶苦茶だよ」
「まぁ脱出系ゲームって《戦う》コマンドあるの多いけどね、実際やられるとすっげーびっくりだよ。そもそも倒そうって発想が出てこなかったもの」
夢であってもゲームではない、選択肢は無限大、考えつくかぎりいくらでもできる。しかし案外、提示されなければ思い浮かびにくい選択肢というものもあるのだ。
動き出した人形を破壊するという選択肢浮かんだのはミヤとサトチだけ(ミヤがサトチに言った可能性も高いのであるいはミヤだけ)だったのだろう。
応接セットで腰を抜かしたようにテーブルに座っていた逹瑯がずいぶん遅れて突っ込みを力の限り叫んだ。
「《でろでろ》の主人公かぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
「たつぅ・・・それごく一部にしか通じないから・・・」
その隣でユッケは半笑いだった。
「逹瑯さん、突っ込み不発だなんて!タイミングも悪いし《でろでろ》なんて漫画マニアックすぎて通じないし・・・ダメですよ。逹瑯さんが突っ込み失敗したら存在意義がない・・・間違えました突っ込み役が不在のオールボケ状態になってしまうじゃないですか〜」
のほほんとした声で明希に言われ逹瑯が脱力する。
「そ、存在意義がない・・・俺の存在意義は突っ込みだけなのか・・・」
「突っ込みが突っ込みできなくなったらキャラ立たないもんねぇ」
「うるせぇキノコ!はなから影が薄いオマエよりはマシだっ!」
「俺はねぇっ!俺はねぇ!影が薄いのがキャラなんだよっ!!」
「はぁ!?そんなもんキャラじゃねぇよ!いつもの変な喋り方やら5歳児キャラはどこいったんだよ!!」
逹瑯の言葉にユッケが立ち上がり、Dのメンバーを指さして叫ぶ。
「アンタねっ!!天然であんなキャラ立ちしてる連中見て、作り物のキャラ立てる勇気なんてないんだよっっっ!!アホにしか見えないだろっっ!!だから影薄いのがキャラなんだよ!!でなきゃやってらないんだよ!!薄いと思うならいつもみたいにもっといぢってよ!!」
「ふざけんな!周り全員が天然でボケまくってんだぞ!そのうえオマエまでいぢってたら精神的に疲れるべ!!!」
ムック2人の不毛な喧嘩を止める者はいなかった。というより内容がバカバカしすぎて口を挟む気にもなれないのだろうが。

「あの、ミヤさん、サトチさん、ありがとうございました」
人形を調べていたサトチとミヤに4人に引っかき回されてぼさぼさになった髪のまま恒人が頭を下げた。
「ん!気にすんなっ!!」
ミヤは一瞬不思議そうな顔をしてから「ああ」と小さく頷いた。どうやら別に助けたつもりはなかったらしい。
「で、鍵は手に入ったわけだけど、どうしよう?もう少しこの部屋探す?」
大城も寄ってきて恒人の肩に腕を回してまた髪をぐしゃぐしゃとかきまぜた。
「大城さ〜ん・・・ごめんなさいって・・・」
「ん〜?もう一回目を見て言ってごら〜ん?」
「こんな掴まれたら見えないっすよ〜」
「仲良しだなっ!仲良しなのはいいことだな!うん!」
Dリズム隊のそんな様子を見てサトチが満面の笑みで言った。
「で、そっちのリーダーはなんて言ってるんだ?」
「え?」
「次の部屋に行くかどうか」
ミヤがあまりにも普通に話を進めたので大城は一瞬見失ったがふり返って浅葱を呼ぶ。
「浅葱君!もう次の部屋行っていいかって!」
「俺はかまわないよ。たぶん次に移動すれば目覚めるんじゃないかな」
「なんで〜、浅葱君」
涙沙が嬉しそうに浅葱に問いかける。
「文字数が30000を越えたから・・・」
「浅葱君そーいうこと言ったらあかんって〜!」
「・・・るいちゃんわざと言わせたでしょ。語尾にハートマーク飛ばす勢いで突っ込んでも説得力ないよ」
呆れた調子の英蔵に涙沙はにま〜っと笑う。
「自分がすぐにツネ助けに行けなかったから拗ねてる〜、まぁ大城君が行って正解やったけどね、英蔵君の力じゃあんな素早くツネ動かせなかったもんな〜」
「・・・るいちゃん」
情けない顔をする英蔵をブラックな笑みでのぞきこんでいる涙沙の肩を浅葱が「こら」と叩いた。
「意地悪言わないの、もう・・・」
「えへへ、ごめんな〜」
「あ〜さっさと次に行っちゃっていいっしょ〜なんか俺もう怠いし」
マオが本気で怠そうに言った。
「じゃあ、これ持っていこう」
しんぢが本棚から適当な本を一冊抜いて笑った。
「え?なんでよ?」
「現実に持ち越せるなら英和辞典でも見て訳せるでしょ」
ゆうやの問いにしんぢは胡散臭いスマイルで言う。
「ついでに言うならば・・・」
ミヤの静かな声が割って入った。
「それが現実に持ち越せるなら、覚醒時に手に持っていたものが持ち帰れる、持ち越せないなら《主要アイテム》のみってことになるからな」
「そういうことです」
しんぢが頷くと逹瑯がテーブルに座ったまま面倒くさげな拍手を送った。
「よくもまぁ頭が回るよね、次から次へと・・・」
「俺も一つ確かめたいことがあるし、行くか」
部屋に散っていた面々が扉の前に集まった。恒人がある意味命がけで手に入れた鍵を鍵穴へ差し込む、確かな手応えがして扉は開かれた。
「俺が先に行く」
「え?ちょ・・・」
出ようとした恒人を押しとどめて英蔵が外へ出た。しばらく周囲を見渡してから残りの面子に視線を戻し頷く。
「大丈夫みたい」
英蔵の言葉を受けて全員が部屋を出る。薄暗い廊下、壁は白い。そして廊下の先が妙に明るかった。
無言で眩しいぐらい明るいその先に視線をやっているとアラーム音が響いた。目覚めの時間が来たらしい。
ミヤは手に持っていた火かき棒を足元へ置いた。
「次はこの場所からスタートだから武器確保ってところですか?」
マオの問いにミヤは口角を上げて頷く。
「ああ、もちろん次に来た時にはなくなってる可能性もあるんだけどな、試しだ」
「ってかまた来るのかぁ!めんどくせぇ!!」
ゆうやが叫ぶのをうるさそうに見ながら明希が言う。
「しょうがないじゃん、まだクリアしてないんだからさ」
「これゲームじゃねぇっての!現実でもないけど!」
ゆっくりと歪みだす世界にそれぞれ挨拶を交わしながら手を振る、三回目ともなれば慣れたものだ。
そして全てが光に包まれなにも見えなくなった。
















「シャドウカーテンが欲しい・・・間違えた、斜光カーテンが欲しい・・・」
漏れてくる日の光に顔を歪めながら明希は目を覚ました。
「いや、ある意味欲しいよ、シャドウカーテン。なんかめっちゃカッコイイじゃん・・・物理攻撃無効化とかできそうだよ・・・うん、突っ込みがないって寂しいっ!」
ベットから降りてまだ覚醒しきっていない、いつもより数段ぼんやりした表情のままキッチンへ向かう。
「しかし、ゆゆゆゆゆ・・・ゆ・・・?や〜ゆ〜よ・・・由々しき事態だな。これを言っていいのか分からないけど・・・俺らなんか影薄くなかったっ!?ってゆーか周りがケイン・コスギ!濃すぎ!・・・突っ込みないって寂しっっっ!!」
ヤカンを火にかけながら明希は首を傾げる。まぁ今のボケは逹瑯でも流しただろうけれど。
「さりげにウチ、危険回避能力高いからな〜、俺以外は。あれでゆうやも慎重だからな〜、この手の話だとなかなか目立ちきれないよね〜ふふっ」
明希は目を閉じて忍び笑いを漏らしてから、気合いを入れるかのように自分の頬を両手で挟んで叩いた。
「ま、夢も現実も俺は俺で・・・張り切っていきますかっ!」






恒人も窓から差し込む日の光に目を覚ました。
「っ最悪。カーテンちゃんと閉めてなかったじゃん・・・」
時間を確認するとまだ眠っていても大丈夫だったが、覚めてしまったものはしかたがない。起きあがりなんとなく頭に手をやる。
ぼさぼさになった髪。
でもあれは夢で、こちらは現実。
これは只の寝癖だ。
「ああ・・・もう・・・やらかした〜〜〜!!!」
改めて思いだせばすまない気持ちでいっぱいになり、恒人は起こした体をまたベッドにダイブさせる。
「あれでなんかあったら・・・大城さんが怪我でもしてたら、どうするってんだよ、俺・・・」
枕に顔を埋めて悶えていると携帯電話が着信を告げた。画面を見ると《英蔵》の文字。
出るのを躊躇う。覚醒前、まだ英蔵は怒っていた様子だった。それでも無視するわけにもいかず通話ボタンを押した。
『もしもし?まだ寝てた?』
「いえ、起きてましたよ。あの〜〜さっきはごめんなさい」
『もういいよ、夢のなかでもあやまったじゃん』
「だから現実でもう一回、ごめんなさい」
『ツネ・・・本物のツネだよね?偽物じゃないよね?』
「どういう意味ですか、俺が素直になったらなにか問題でもあるんっすか!?」
恒人が少し拗ねた調子で言うと、電話越しに英蔵の笑う声が聞こえた。
『よかった〜本物だ〜!いや、俺・・・夢の中だと怒った顔したまんまだったから、もう怒ってないっていうか、最初から怒ってたわけじゃないっていうか・・・その、あのさ、夢でも怪我を現実に持ち越さなくても、怪我しないにこしたことはないじゃない?』
「ま、怪我はともかく死んだらどうなるかまでは分かりませんしね」
『またそういうことを言う・・・だからさ・・・』
「分かってますよ、もうあんな無茶はしません。いや〜しかし我ながら驚きですよ、まさかあそこで転けるなんて。涙沙さんに《案外、鈍くさい》って言われても反論できないっす」
『ははは!でもホント、心臓止まるかと思ったよ』
「俺が・・・英蔵さんがいなくなった時と同じにっすか?」
『あ〜、痛いとこ突くねぇ。そうだね、俺も気をつける』
しばらく受話器越しに笑い合って、すっかりいつもの調子に戻った英蔵が言った。
『今日は何時からだっけ?』
「もうボケたんですか?2時からなんであと3時間ぐらいありますよ」
『ん〜じゃあさ、お昼ご飯食べに行かない?』
「・・・ラーメンっすか?」
『え、なんで分かったの!?ラーメン屋誘うって!?』
「英蔵さんは9割ラーメン屋でしょうが。いいっすよ〜。行きましょう」
『じゃあ1時間後に迎えに行くね。ラーメン食べて、あとドンキ行く?』
「行きま〜す。じゃあ待ってますね」
『うん、また後で。変な感じだよねついさっきまで会ってたのに』
「夢と現実じゃあ全然違いますよ」
この会話への突っ込みは唯一の突っ込み役、逹瑯不在のため読み手に任せつつ。
3日目、終了。



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