ドウタヌキ?


僕等の壊した世界・与


−連鎖する《言葉》はやがて魂を持つ。


夢から現実に戻りマオはふと思い立った。今や自分達の手元にはクリック一つでどんな巨大図書館をも凌ぐ情報を持ったツールがあることに。
しかし思いつく限りの単語を入力し、検索してみたが特にこれと言った情報はなかった。検索するワードが悪かったのか、ネットで調べてもどうしようもないことなのか。
「・・・煮詰まるし。ブログでも更新しよっかな」
ブログサイトのマイページを開き、ついでだからとそのサイトにオマケのようについている機能を使って時間を潰していた時、それに辿り着いた。
慌てて携帯電話を開き、少し迷ったがミヤの番号を選択して通話ボタンを押す。
長い呼び出し音の後、ミヤが出た。
『・・・・・・・・・はい?』
ラジオなら軽い放送事故ぐらいの間を空けて、不機嫌そうなミヤの声。単純にマオから電話がかかってきたことに驚いただけかもしれないが、顔を見ても何を考えているか分からない人間の気分を電話で読むのは無理がある。
「ミヤさん。夢のことなんですけど・・・もしかしたら有益かもしれない情報を見つけたんですよ」
『どんな情報?』
「アメーバピグって機能知ってますか?」
『・・・悪いけど知らない』
アンタもアメーバ使ってるじゃん!という突っ込みは禁止だろう。ミヤはマオのような乙女思考もユッケのようなゲーマー気質も持ち合わせていないのだから。
茨城ヤンキー気質と音マニアで人格が形成されている人だ。はなから知っていると思って聞いたわけではなく、たんなるとっかかりである。
「アバターを使ったチャットルームみたいなものなんですけど」
『・・・あ?ああ』
アバターって何?とはさすがに質問は来なかった、知っているのか、《チャットルーム》の部分だけで充分だと思ったのかは不明だが。
「話題別に部屋が別れてるんですけどね、そこのオカルト系のところに入ったら《リジーの部屋》って噂が流れていたんです。詳しくは聞けなかったけれど概要としては《リジーの部屋は夢で入れる、一度入ると毎晩連れて行かれる、リジーを納得させない限り部屋から出ることはできない、7日を越えても部屋から出られないと永久に目覚めない》みたいな内容なんですけど・・・」
『《L》と《夢》と《毎晩》って部分が被ってるな、三つ被れば充分か・・・』
「でしょう?気になるんで詳しく調べてみます。だから一応報告を」
『わかった、こっちも調べてみる。じゃあ』
「はい、なにか分かったら連絡します」
通話を切るとマオは改めてパソコン画面を見た。
そこまで暇なわけではないが、だんだんきな臭くなってきている、夢だからと無視はしきれない。情報化社会万歳だ、パソコンか携帯電話があれば仕事の間でも調べられる。
「うしっ!」


ミヤからユッケ、そして恒人を通じてDメンバーへもこの情報はパスされた。面倒な伝言ゲームだが夢の中に携帯電話を持ち込めないため、未だ番号交換ができていないのでしかたがない。
恒人からその話を聞いて真っ先に声を上げたのは浅葱だった。
「しまった!僕としたことが!」
「浅葱君が杉下右京になってまった!」
珍しく涙沙が浅葱に的確な突っ込みを入れた。
「いや、別に狙ってないよ?」
じゃあなんでいきなり一人称が「僕」になったんだよ。
「分かってるって。で、なに?」
そこは突っ込まないのかよ。
「女の人が41回斧で斬られていて男の人が40回斧で斬られていた、そしてイニシャルが《L・B》ここで気づくべきだったよ・・・」
そう言って浅葱は他のメンバーを見渡したが誰もピンとこないらしく首を傾げている。
「Lizzie Borden took an axe,Hit her father forty whacks.When she saw what she had done,She hit her mother forty-one」
突然、英語でしゃべり出した浅葱にメンバーはますますきょとんとした。
「マザー・グースの歌だよ《リジー・ボーデン 斧をとり 父親を40回 ぶった斬る 我に返って 目が覚めて 母親を41回 ぶった斬る》」
ようやく涙沙と恒人が「ああ!」という顔をしたが大城と英蔵は首を傾げたままだった。
「まぁ普通、男は知らんて〜。ツネはどこで知ったん?」
きゃらきゃらと笑う涙沙に問われて恒人は「なんかの漫画に出てきて」と現代っ子らしい回答をした。
「ま、英蔵さんはマザー・グースとか知らないですよねぇ」
海辺のヤンキーだからね。
「ツネだって漫画で知ったんじゃん!大城さんも知らないのになんで俺だけピンポイント攻撃してくるんだよ!あと、なんか今・・・聞こえないけどすごい罵りを受けた気がするんだけど!?」
「英蔵さんだいじょうぶ〜?」
「俺は大丈夫だよ!」
「黄色い救急車召喚しましょうか?」
悪戯っぽく笑う恒人に狐耳と尻尾が見えた、何故かその悪戯のターゲットである英蔵には見えないらしいが、他のメンバーのは見える。
「できるの!?」
「できますよ〜」
「やれるもんならやってみなよっ!」
無駄な口喧嘩と見せかけたじゃれ合いを始めた下手組を大城が小突く。
「話進めたいんだけど、いい!?」
しゅんとなって黙る二人を見て涙沙が爆笑したので浅葱もつられて笑う、話が元に戻るまで少し間。
「まぁ《L・B》さんがリジー・ボーデンってとこは間違いないかな、その《リジーの部屋》って噂も気になるよね」
「でもマザー・グースの唄なんやろ?確かに物騒な内容ではあるけれど、なんでそれが怪談話になって、あげく俺らは夢に連れてかれてるん?」
「いや、リジー・ボーデンは実在の人物だよ」
「そうなんですか!?」
驚いた様子の恒人に浅葱は頷く。
「1892年8月4日、フォール・リヴァーにあるボーデン家で殺人事件があった。被害者は大富豪で町の支配階級、アンドリュー・ジャクソン・ボーデンとその妻、アビー・ボーデン。二人とも手斧で殴られて殺害されていた。その容疑者として上がったのが娘のリジー・ボーデンだよ」
「実際にあった殺人事件ってこと?」
大城の合いの手に頷きつつ浅葱はフルスロットルのまま続ける。
「ただし、物的証拠がなく、町の経済を支配していたボーデン家の娘の犯罪を立証することはできず、証拠不十分で不起訴になってる。莫大な遺産を受け継いだ彼女は67歳で天寿をまっとうして亡くなってる・・・こっちはこの辺りを調べてみようか?」
「そうやね、ムックやシドのみなさん方がネットは調べてくれるみたいやし、俺らはそっちの事件調べてみてもええな」


さてこちらはムックチーム。ミヤのノートパソコンの前に全員が集合していた。
「マオの話を聞いてすぐ、某大型掲示板のオカルト板にスレッドを立てたんだ」
「・・・ミヤ君がそういうことできるのなんとなく意外」
逹瑯の呟きを無視してミヤは続ける。
「立ててから4時間経過したけどすごい勢いでレスがついた、現時点で300」
「さ、さんびゃく!?そんなに有名な話だったってこと!?」
ユッケが驚きの声を上げてパソコン画面をのぞき込むがすぐに首を傾げた。
「ん〜なにこれ。《その話はヤバイだろ》とかそんなレスばっかだね・・・」
「ああ。《リジーの部屋》は恐らく、《牛の首》に限りなく近い都市伝説だ」
「バカにも分かるようにお願いします!」
サトチの言葉に少しだけ笑ってミヤは頷いた。
「《牛の首》はとてつもなく恐ろしい怪談で、それを聞いた者は死んでしまう、しかしどれだけ調べても怪談の内容は出てこない、というものだ」
「《赤い洗面器の男》の話のオチみたいなもの?」
「違う」
ユッケの意見を一蹴してミヤは顔を上げてサトチを見た。サトチは目を丸くしたまま首を激しく振る。分かっていないらしい。
「《牛の首》は《とてつもなく恐ろしい怪談話》というのが実体なんだ、そもそも内容は存在しない」
「存在しない怪談だけれど、《怖い話だ》って噂だけが流れてるのね、まぁたしかにこのレスを見る限りはそんな感じか」
逹瑯はちゃんと分かっているらしく画面をのぞきこみながら笑った。
《話をするとリジーの部屋に連れ込まれるぞ》《話題に上げるだけでヤバイ》《連れ込まれたら二度と目覚めないらしい》そんなレスばかりが連なっている。
「試しにそれだと思えるような夢を見たって書き込みもしてみだんだがこの通りだ・・・」
ミヤは200番台前半の投稿を指さしてから画面をスクロールさせる。
《死亡確定じゃない?》《とにかくこの話はヤバイ、冗談ならやめろ》レスはそんなものばかり。
「さとーついて来れてる?」
「まったくダメだなっ!」
ユッケの問いにサトチは元気良く答えた。
「ミヤ君、ちょっといい?」
逹瑯は手を伸ばしてキーボードを叩く。
《リジーの部屋に入っちゃった場合、対処法はないの?》
しばらく待つとレスがついた。
《ないらしいよ》
4人は顔を見合わせた。
「ちょっとヤバイかもね・・・カシマレイコさんとも違うみたいだし・・・」
「なんだそれ!?」
声を上げるサトチをユッケと逹瑯が冷ややかな目で見た。
「カシマレイコさんっていうのはな・・・」
優しげに語り始めたミヤに逹瑯が抗議の挙手をする。
「リーダーはウチの太鼓に甘いと思います!!」
「・・・カシマレイコさんっていうのはな」
「無視かよ!!」
凹む逹瑯を一瞥してミヤは淡々と続けた。
「カシマレイコさんの話を聞いた人間の夢の中へカシマレイコさんがやってくる、パターンは色々あるがその時になぞなぞみたいな問いかけをしてくるんだ、それに答えられないと身体の一部を奪われるっていう定番の都市伝説だ」
「へぇ・・・なぞなぞ出されたら困るな〜」
真剣な顔で考え込むサトチに逹瑯も思わず笑ってしまった。
「糸口は見つけたがいきなりつまずいたな・・・タイムリミットはあと4日か」
目を閉じて考え込んでいるミヤの携帯が着信を告げた、マオからだ。
『もしもし、ミヤさん』
「なにか分かったか?」
『引き続きピグで適当な子捕まえて話を聞いてみたんだけど、俺達が行ったのは《リージーの部屋》間違いないみたいですよ。《リジーの部屋》に入れるのは13人・・・いえ、必ず13人集められるってことらしいです』
不特定多数に聞くよりもピンポイントで聞いたマオのほうが有益な情報を得られたらしい、ミヤが電話越しなのに軽く頷いて続きを促すので他の3人が吹き出した。
『で、ここからが微妙なんだけど・・・13人の中の一人が裏切り者だとかなんとか・・・』
苦笑した様子のマオにミヤも呆れた顔をする。
「それってまさか・・・12使徒とかかってるのか?」
『そう思うでしょう?聞いてみたんだけど、その子達、キリストの12使徒自体知らなくて・・・ただ13は裏切りの数字だからって、それだけでした』
「なんか色々混ざってる怪談話だな・・・美学が感じられない上にとてつもなく稚拙だ、こんなことに巻き込まれてるなんて腹が立ってきた。あ、それでこっちで分かったことなんだけどな・・・」


マオに得た情報を話してから、Dチームに情報をパスするためにユッケが携帯電話から恒人の番号を呼び出す。
「俺は中継点じゃないんだけど!?」
「うるせぇブログ担当なんだからいいだろうが」
「俺ベース!!ムックのベースだよ!!忘れないでねっ!!」
「いや、覚えがない。オマエはムックのブログ担当だ」
「ベースです!ベース弾いてます!!」
携帯電話片手に逹瑯と言い合っているユッケをミヤはしばし冷ややかな表情で見てから言った。
「ユッケ、恒人君もう出てるぞ」
「ふえっ!?」
ユッケが慌てて携帯電話に耳を寄せると電話の向こうで恒人が笑い転げていた。
「ちょ、ぐっちゃ!!もっと早く言ってよ!!」
「いや、気づいててやってんのかと思って」
「しないよ!そんなこと!!あ、もしもし恒人君、ごめんね・・・」
『い・・・いえ・・・いや・・・はい』
まだ笑いの発作が治まらない様子の恒人にユッケは逹瑯を睨め付けるがあかんべーをされる、それに口パクで「アホ」と返しつつ、こちらが得た情報とマオから聞いた情報をパスした。
『すいません、こちらちょっと仕事詰まってて、まだ何も。とっかかりは見つけてあるので後で連絡します』
「いいよ、いいよ。仕事ガンバってねっ!」
『ありがとうございます。ユッケさんも頑張って下さい・・・ブログをっ!』
「ツンデレ萌えぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
電話を切った後、ユッケは3人から蹴りを食らった。


再びDチーム。この調子で行ったら今回現実ターンだけで終わりそうだ・・・
「しっかし13だから裏切りの数字って適当な話やなぁ〜」
「で、でもあそこにいた人数にも意味があったなんて驚きじゃない!?」
呆れた様子の涙沙に英蔵が言うが浅葱意外の全員に「別に」とばかりに肩を竦められた。
「まぁ・・・ネタとして振るけど12使徒全員言える人〜!」
大城の戯けた言葉に当然の如く、浅葱に視線が集まった。
「バルトロマイ、アルファイの子ヤコブ、アンデレ、ユダ、シモン・ペテロ、ヨハネ、トマス、ゼベダイの子ヤコブ、フィリポ、マタイ、タダイ、熱心党のシモン・・・じゃなかったっけ?」
そんなことを確認されても困る。大城は笑って頷いて涙沙を指さした。
「じゃあ次、るいちゃん」
「え〜・・・アダム 、リリス、サキエル、シャムシエル、ラミエル、ガギエル、イスラフェル、サンダルフォン、マトリエル、サハクィエル、イロウル、レリエル、バルディエル、ゼルエル、アラエル、アルミサエル、タブリス、リリン・・・ってあかん!18おるやんっ!!」
エヴァンゲリオンネタでボケたあげくきっちり自己ツッコミまで入れた。大城は満足げな顔で恒人を指さす。
「はい、ツネちゃん!」
「12使徒でしょう?メフィスト2世、百目、妖虎、ユルグ、サシペレレ、鳥乙女、象人、家獣、ピクシー、幽子、ヨナルデパズトリー、こうもり猫・・・ですねっ!」
アニメ版悪魔くんという無難なところを言って恒人は子狐モードの笑顔で英蔵を見る。大城の視線も英蔵に移って輝かしい笑顔。
「じゃあ英ちゃん!12使徒言って!」
前フリの長いいぢりなのに英蔵は真剣な顔で言う。
「酒井忠次、本多忠勝、榊原康政、井伊直政、松平康忠、平岩親吉、鳥居元忠、鳥居忠広、大久保忠世、大久保忠佐、内藤正成、服部正成、高木清秀、米津常春、渡辺守綱、蜂屋貞次・・・」
「え!?16人いたけど、それに何それ?」
首を傾げる大城に英蔵が頭を掻いて笑う。
「徳川十六神将ですよ」
「そんな、ある意味本家12使徒よりマニアックなものを・・・真田十勇士ぐらいにしとけばよかったのに・・・でも英蔵さんにしては面白かったです」
「え?そう!?ありがと〜」
何故そこで喜ぶ。
「まぁ真面目な話に戻すけどさ、さっき休憩の合間にリジー・ボーデンの事件を調べてみたんだけど、どうも妙なんだよね・・・まず一つ目、女の人形、アビー・ボーデンって考えてもいいと思うんだけど、実際の事件では彼女は2階のゲストルームで死んでいたはずだった、男の人形、アンドリュー・ボーデンも亡くなっていたのは居間のはず。二つ目、俺は暖炉の中で青い布きれを見つけたけれど実際の事件ではリジー・ボーデンは台所のストーブで犯行時着ていたとされる青いドレスを焼いている、三つ目、凶器と思しき斧が見つかったのは地下室だった」
浅葱、本格的に杉下右京になっている。
「なんか地味に現実と違うんやな・・・」
「そうなんだよ、そのくせアンドリュー・ボーデンの眼球が真っ二つになっていたことや、事件の数日前、家族全員が食中毒を起こし、それを毒を盛られたと思っていたことなんかは忠実に再現されてる」
「・・・あの夢の中と同じですね、ちぐはぐで整合性がまるでない」
その後はこれといった情報は得られないまま、その日の仕事は終わり、それぞれが帰路についた。








夢の中、前回終了地点の廊下に13人が集合した。
「うわ、朽木じゃん!懐かしい!」
ユッケが自分とメンバーを確認して声を上げた、黒いツナギに白いペンキをぶちまけたような衣装、今回のムックは朽木時代らしい。
シドは『御手紙』だったが、特にコメントはなし。この頃から既に衣装的には脱Vが始まっているからだ、特徴的なのはマオの衣装ぐらいなもの。
「俺らは《久遠》か・・・」
「なななななっ!!!」
涙沙の声に被せるように恒人が悲鳴を上げて英蔵の後ろに隠れた。
「どうした・・・あれ!?」
「・・・な、なんで俺だけぇぇぇ!!」
恒人だけロリータっぽい恰好だった。ふりふりのスカートにニーソックス、ベールのついた髪飾りまでついている。前バンの衣装だ。
「え!?なにそれ可愛い!見せて!」
いきなりテンションの上がったマオが近づいていくが英蔵を盾にして恒人は逃げる。
「なんで照れとんの?昔着てた衣装なんやろ〜!」
「いや、心の準備ってものがですね・・・てゆーかなんで俺だけコレなんですか!?いや、この髪型だと変ですよ〜!」
追うマオ、英蔵を盾に逃げる恒人。
「マオ君やめなよ、顔怖いんだからさぁ。目が爬虫類系で」
ある意味失礼なことを明希に言われてマオはむっとしたような顔をする。
「別に変な意味じゃないし、俺もそーいうの着たいな〜と思っただけだよ」
「・・・サイズ合わないんじゃないの?」
さらに失礼なことを言われてマオは追いかけるターゲットを明希に変える。
「明希しこーーーーーーーーーっ!!!!」
「わ〜!ごめんてばっ!今のマオ君なら着れるよ〜!」
「今のとか言ってんじゃねぇよ!この衣装腰まわりめっちゃ緩くてイライラしてんだよ!」
ぎゃーぎゃー騒いでいると、鈍器を固い物に叩きつけるような音が響いた。一人を除いた全員がびくっとして口を閉じ、その人物を注視する。
ミヤが火かき棒を壁に叩きつけた音だった。昨日の終了地点で置いた火かき棒がちゃんと回収できたらしい。
凍りついた空気の中、ユッケが慌てたように言う。
「大丈夫です、ウチのリーダー別に怒ってませんから!天然でやってますから!」
「・・・え?みんなどうかしたのか?」
「ほらねっ!」
怪訝そうな顔のミヤにユッケが若干引きつった笑みで言えば、全員ほっとしたように息をついた。
「・・・ツネ諦めなよ、衣装に関してはどうしようもないよ。それも可愛いし、いいじゃん」
「諦めますよ、しょうがないです・・・でもなんか俺だけ仲間はずれみたいでちょっとイヤだなぁ・・・」
《久遠》だとメンバー全員、お揃いの衣装なのだ。
邪魔なのか髪飾りだけ外し、恒人は不満げに英蔵を見る。
「じゃあ《地の文》さんに頼んでみる?」
「いえ!いいです、浅葱さん、大丈夫です!」
どんな展開だ、登場人物が地の文に衣装替え要求するって。さすがに恒人が必死で断った。
「遠慮しなくていいのに」
「アンタさ、前から言おうと思ってたけどバカだろ!?」
あくまで穏やかな浅葱に向けて逹瑯がその言葉を放った瞬間、Dメンバーの空気が剣呑なものになった。浅葱以外の4人が冷めた目で逹瑯を睨みつけている。
「たつぅ、今、敵にまわしちゃいけないもん敵にまわしたよ・・・」
「あ〜あ、協力しなきゃいけない時にすごいこと言いますねぇぇ!!」
ユッケは呆れて、ゆうやは苦笑いで逹瑯を見る。
「・・・すいませんでした、言い過ぎました」
「逹瑯がバカ呼ばわりして良いのは俺だけだぞ〜!」
反省して頭を下げる逹瑯の肩をサトチが励ましなのかなんなのかよく分からないことを言って叩く。忘れがち、いや、動向を見ていれば分かる通り逹瑯より浅葱のほうが年上である。
ちなみに涙沙とムックチームが同い年。
「・・・話すんだなら先に進んでいいか?」
究極のマイペース、ミヤがさっさと先頭に立って歩き出したので他の面子も慌ててそれに続いた。



廊下を抜けると眩しいほど明るいエントランスホール。高い天井には豪華なシャンデリアがあった。床には赤い絨毯まで敷かれていて、いきなり豪奢な雰囲気。
「これはまた・・・いきなり珍妙だねぇ・・・そろそろ敵キャラがわらわら出てきそう」
感情のこもらない口調で言うしんぢに「イヤなこと言うんじゃねぇよ!!」とゆうやが噛みついた。
「・・・あ」とミヤが小さな声を上げて中央に進んで行く、何事かと他の面子が見守っていると、ミヤはシャンデリアの少し手前で足を止め、火かき棒をのばして床を叩くと素早く後ろに下がった。
シャンデリアが落下し、ど派手かつ豪快な音を立てて床で砕け散った。
「うん、やっぱりな」
「やっぱりなじゃねぇよっっっっっっ!!!!!なんだよ今の!!??」
一人で納得した様子のミヤに逹瑯が吼える。
「いや、床の一部が膨らんでたからトラップかなと思ったらやっぱりトラップだったな、と思ってさ」
「ミヤ君ねぇ!!いきなりすぎるんだよ!!心臓止まるかと思ったべ!!なにが《やっぱりトラップだったな》だよ!!スイッチ押してみる前に何段階もやることあるだろうがっっっっっ!!!!」
「まぁ良かったよ、ミヤさんが気づいてくれたから誰も引っかからなくてすんだわけだし」
浅葱に言われ逹瑯はなにか言い返しかけたが先程の失言を思いだしたのか顔を歪めて黙った。
「あ、でもあの・・・できればやるまえに一言教えておいてもらえると嬉しいんやけど、心の準備とか色々あるし」
涙沙の言葉に全員が頷いた。
「そうか、じゃあ次からは言ってからやるよ」
「しかし怖いよね〜、のぞき穴に顔近づけてたら眼球と脳みそぶち抜きでしょ〜、で今度は下手すればシャンデリアの下敷きでべっちゃーってたわけじゃん、怖い、怖い」
怖さがまったく伝わってこない口調で明希が言う。
「まぁトラップ無効化できたんやからええやん」
「前向きだなぁ・・・」
丁度置きやすい位置なのか逹瑯が涙沙の頭に手を置くと心底嫌そうな顔で振り払われた。
「扱い悪っ!」
「知らんし。で、どうするん?たぶんそっちが玄関やろ?」
「るいちゃんダメだよ、此処は全員で協力しなきゃ」
「ん〜、まぁ浅葱君がそう言うなら。ごめんな、逹瑯君」
「変わり身早っ!まさかこれで脱出なんて間抜けたことはねぇだろうけど」
悩んでいるとミヤがさっさと玄関へ歩き出した。
「ミヤ君・・・さっきの話聞いてた!?」
ユッケの言葉は無視して玄関の扉をガタガタと揺すり、こちらを向いて腕を×にする。やはり鍵がかかっているようだ。
となるとエントランスホールを突っ切って向かいの廊下に進むか、奥にある大きな扉を開けるか、階段を上がるかの三択。
「・・・あの、マオさん!スカート掴んで素材チェックするのやめてもらえませんか?」
恒人が小声でそう抗議した、まだ微妙に英蔵を盾にした状態。
「べつによかやろ〜、これホント可愛いな〜」
「いや、あの・・・」
「ツンデレ君、今日はやけにしおらしくない?」
先程の反省は既に大気圏を突き抜け、宇宙のかなたへ飛んでいったらしい逹瑯に、にやにや顔で言われ恒人は苦笑する。
「ツンデレじゃありません!別にしおらしくしてるつもりはないんですけどねぇ」
「衣装のせいじゃない?ファッションって行動に影響を与えるらしいよ、久々に可愛らしい恰好したから調子でないんだよ、きっと」
「ああ、ライヴや撮影でメイクしたり衣装着たりすると気分切り替わるもんな」
戻ってきたミヤが浅葱の話に興味を引かれたようだ。
「特に俺らはそれが顕著だと思う、私生活とライヴでは全く別人といってもいいほど変わるから」
「俺らは最近、ノーメイクの時も多いけど、やっぱり今日みたいながっつりメイクだと気持ちが全然違う」
「ツネは・・・」
ずっと大人しく恒人の盾になっていた英蔵が控え目な声を上げた。
「昔はあんまりライヴで笑わなかったけど、最近はよく笑うよね」
その言葉に恒人は顔を赤くして唇を噛む。
「・・・それが・・・なんなんですか?」
え?なにこれ、どうするの?なんだこの繊細な雰囲気!?なんか恥ずかしいんですけど、今の会話のなにがどうしてそうなっちゃった!?誰かどうにかしろ〜!!!
という空気の中、サトチとユッケが逹瑯を肘で突いた。
え!?俺かよ!?という顔をしつつも逹瑯が言う。
「ちょっとそこの・・・名前忘れたけど雑魚キャラ顔のお兄さんさ」
「雑魚キャラ顔って!?っていうか昨日普通に名前呼んでたじゃん!!」
「・・・英蔵さん、雑魚キャラ顔と呼ばれて返事をした時点で自分が雑魚キャラ顔だと認めてますよ」
空気打破成功だった。ガッツポーズをする逹瑯にユッケとサトチが小さな拍手を送る。
「ところでだけどさ、噂だとこの13人の中から誰か一人裏切るんだよね?」
あえて空気を読まない男、しんぢがさらりとそう言って全員が固まる。
「裏切るって!この中の誰も裏切るわけねぇだろ!?」
ゆうやが吼えるがしんぢは嘘くさい微笑を浮かべたまま続けた。
「だってそういうシステムなんでしょう、意志に関係なく裏切るのかもしれないし」
そう言われると返す言葉がない。困惑した表情で全員が視線を交わし合う中、はっきりとした声を上げたのは英蔵だった。
「大丈夫、裏切る人なんてでないよ」
「なんでですか?」
しんぢの問いに英蔵は少し苦笑した。
「意志に反しても裏切らないだろうなって思うから、どんな事情があっても、どんなことが起こっても、なにと引きかえでも・・・メンバーがいるんだよ、裏切りなんてありえない」
理屈はほとんど通っていないのに説得力のある言葉だった、しんぢもはなからそこを追及する気はなかったのか大仰な動作で肩を竦めて笑う。
「ごめん、そうだよね・・・」
「ったく、変な空気にするんやなかよ。アレだな、しんぢたけ《裏切り者がいるかもしれないのに一緒に行動できません!俺は一人で行動します!》とか言ってどっか行け」
「最初の《死亡フラグ》ネタを引っぱってきて罵るなんて・・・マオ君さすがだね」
無機質な目で見上げてくるマオにしんぢはそう戯けてみせた。
「英蔵君さぁ・・・」
誰も彼もが感心した空気の中、一人難しい顔をしていたミヤが言う。
「メンバーならって話だけど・・・此処から出られるのは一組だけだったらどうするんだ?ムックかシドかDのうち一つのバンドだけこの夢をクリアできる設定だとしたら・・・どうする?」
「ちょ!?ミヤ君!?」
ユッケが慌ててミヤの腕を掴むが視線は英蔵に固定されたまま。
「どうする?」
「・・・全員でクリアできる方法を考えます」
真摯な顔で言う英蔵をしばらく見つめてから、ミヤは笑い出した、声を上げて笑った。
「あの、俺なにか変なこと・・・」
「良いこと言うなと思っただけ。システムに納得いかなければシステムそのものをぶっ壊せばいいんだもんな、すっきりした。さて、とりあえずあの奥の部屋を見てみようか」
踵を返して歩き出したミヤの背を見ながら、何が起こったのか分からないという顔をしているDのメンバーに逹瑯が言う。
「ウチのリーダー。あれで最大級に褒めて、コレがホントにヤバイ事態なら運命共同体として一緒にやれるなって言ったつもりだから。ゴメンね分かり難いし上から目線だし」
「いえ、こちらとしても信頼は置いて貰ったほうがありがたいよ。あらためてよろしく」
浅葱は逹瑯の言葉を受け止めて微笑んだ。
Dだけ交流が浅かったが、これで繋がった感覚がある。
これが只のホラーじみた馬鹿馬鹿しい夢ではなく、噂通りタイムリミットの7日を過ぎれば目覚めないのだとしたら、13人全員の協力は必須だ。


奥の扉を開けると食堂だった。白いテーブルクロスが眩しい、つい今し方まで誰かがいたように、皿やシルバーが並べられていた。中央には幾つかの果物が入った籠まで置かれている。
しんぢが手を伸ばして林檎を一つとり、匂いを嗅いだ。
「・・・本物だね」
「食べるの?」
明希の問いにしんぢは「まさか」と苦笑する。
「食べないほうが良いと思うよ、黄泉の物を口にすると現世に戻れないっていうしね」
浅葱が笑みを浮かべて言うと明希はうにゅ顔になった。
「モツ鍋弊社ですか?」
「うん、そうだね、黄泉戸喫(よもつへぐい)だね」
微笑を浮かべたまま浅葱が頷く。
「・・・よく拾えたね、今の」
メンバーである大城すら呆れたように言った。
「こんな穏やかに突っ込まれたの初めてですよ〜」
明希は何故か嬉しそうだった。
「突っ込みですらなかったちゅーか、普通に受け止めてたじゃねぇか・・・」
「浅葱君は褒めて伸ばすタイプなんだな〜!!」
不満そうな逹瑯の横でサトチが快活に笑う。
「リーダー!俺も褒めて伸ばしてよ、俺は褒められると伸びる子なんだよ〜!」
「オマエは褒めると図に乗るタイプだろうが」
戯けて絡んでくる逹瑯をミヤは見もせずに一刀両断した。何をしているのかと思えばテーブルの上にあるシルバーナイフを集めている。
「なにしてるんですか?」
涙沙がのぞき込むとミヤはずいっと持っていたシルバーナイフの一つを差し出して口角を上げた。
「武器。ないよりましだろ」
「ははははっ!どーも!」
笑うしかないといった顔で涙沙がそれを受け取ると、ミヤは全員にシルバーナイフを配り始めた。
「武器ったって・・・」
困惑するマオに明希がのほほんと言う。
「いいじゃん。女神転生ifだって最初の武器はピッケルと金属バッドだよ」
「明希、例えがマニアックだよ」
しんぢに言われ明希はまたうにゅ顔をしてから言った。
「ドラクエ5とかだって初期装備は鍋のふたと果物ナイフだよ」
「だ・か・ら!ゲームじゃねぇんだっつーーーーの!!!」
ゆうやが吼えたのでシド弦楽器隊はにまっと笑って黙った。
「なんかそっちはみんな魔法使えそうだけどね」
逹瑯にそう言われてDのメンバーは苦笑した。まぁ基本的にV系はみんな魔法使えそうなのだけれど。
しばらくみんなで食堂の中を見て回ったがめぼしいものはなかった、トラップらしきものもなければ襲いかかってきそうなものもない。
そろそろ移動しようかと誰かが言った時、扉の向こう、エントランスホールで足音が聞こえた。扉の近くにいた浅葱、逹瑯、マオが慌てて飛び出る。
自分達が来た方向とは反対の廊下に駆け抜けていく人影。
「・・・メイドさん!?」
逹瑯が驚きの声を上げる。確かにその人物はエプロンドレスを着た女性だった。
「ブリジッド・サリバンかもしれない、犯行時自宅にいたメイド。リジーとの共犯説もある!」
浅葱がそう言って他の面子をふり返る。どうするのか聞こうと思ったのだがそれより早くマオが走り出した。
「またんかこらぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
威勢のいい声を上げてメイドを追いかけていく。
「おい!ちょっと勝手に行くなよ!」
ゆうやが慌てて走り出した。
「あ〜あ、マオ君のドSスイッチが入っちゃった・・・」
「相当この状況にストレス溜まってたんだねぇ・・・」
遠い目をするシド弦楽器隊の肩をミヤが叩く。
「離れるのは危ない、俺達も追うぞ」



食堂を出て、廊下を駆け抜ける。足の速さにかなりのばらつきがあるため後方の人間からは先頭を誰が行っているのかすら分からない状況の中、狭い廊下を全力で走る。
廊下の向こう、出口はぼんやりとした光が見えた。
出てみればそこは緑が広がっていた。野外かと思ったが天井がドーム状のものに覆われていて、どこから光がくるのか夕方ぐらいの明るさだった。
そして目の前には植え込みで作られた迷路。植え込みと言っても高さは二メートルを超える巨大なもので、作りも複雑そうだ。
一瞬躊躇ったが逃げたメイドを追いかけ、先頭集団が駆け抜けて行ったので他の面子も続く。
「ゆうやっ!俺を抜くんじゃなかっ!」
「マオ君、そんなこと言ってる場合じゃないでだろ!」
やはり早いのはゆうや、サトチ、大城の筋肉キャラチーム。
「あれ本当に女かよ!足早すぎるだろ!」
「そもそも人間じゃないんじゃないかっ!?」
「《久遠》でよかった〜!走りやすい・・・ツネ!大丈夫!?」
「大丈夫っす!でも厚底だからスピード出せないんで先に行ってて下さい」
時折声を上げて他の人物の存在を確認しながら迷路の中を走る。
しばらく走った頃、突然横殴りにされたような衝撃が走った。ぎりぎり立っている者、転んでしまった者に別れる。
「じ、地震!?」
「また何かの罠かも・・・」
芝生の地面が激しく波打ち始める。ついに全員立っていられなくなった。
それに横揺れも加わって、視界がぶれる。ザワザワと植え込みが動き出し、迷路そのものが変化をしているようだった。
「近くにいるヤツに掴まれ!はぐれても最悪一人になるなっっっっ!!」
ミヤの声が全員に届いた次の瞬間、一際大きな衝撃音がして静かになった。



《緑の迷路》

「いってぇ・・・」
ほぼ最後尾を走っていた逹瑯はぶつけた腕をさすりながら恐る恐る目を開けた。言われたとおりとっさに近くにいた人間の服を掴んだのだが、誰か確認する余裕はなかった、相手も軽く逹瑯の腕を掴んでいる。控え目に添えられた手はメンバーでもないし明希でもない、そもそも明希やメンバーは前の方を走っていた。そして自分より後ろを走っていたのは・・・
ぐたぐだ考えている暇があったらさっさと振り向けばいいのだけれど、落ちついてみれば掴んでいる感触が・・・服の裾や袖ではなく、妙に掴める面積が広いもので、それがなんなのか予想できるからふり返りたくない。
「あの・・・逹瑯さん、大丈夫ですか?」
先に声をかけられてしまった、そしてその声で確定した。逹瑯は諦めてふり返る。
恒人がぺたりと地面に座り込む形で逹瑯を見上げていた、そして案の定、逹瑯の手は恒人のスカートを掴んでいた。しかもきわどい。
「俺はだいじ(大丈夫)、そっちは?」
さりげなく手をはなしながらそう問いかけて誤魔化すように笑う。
「大丈夫です、でも俺らだけみたいっすね・・・」
スカートを掴まれていたことは特に気にならないらしい。恒人の言うとおり周囲を見渡しても見えるのは高い植え込みだけで、他の面子とははぐれてしまったのが分かる。
「ちょいちょい分断かけてくるんだね、此処の主さんは」
「ミヤさんが直前にああ言ったから一人になった人間はいないかもしれません。咄嗟の判断力がすごい方なんですね」
心の底から感心した様子の恒人に言われて逹瑯は妙に誇らしい気分になる。
「そりゃ、ウチのリーダーだもん」
「格好いいっすね。でもどうしましょう・・・」
「じっとしててもしかたねぇし、動くか?」
「・・・はい」
逹瑯が立ち上がると恒人もふらつきながら立ち上がった。
それを少し不思議に思ったのだが、歩き出してみれば恒人は明らかに右足をかばって歩いている。厚底ブーツを履いてあの揺れだ、怪我をするなと言う方が無理だろう。
まいったな、と逹瑯は顔をしかめた。明希やゆうやのようにストレートに懐いてくる後輩のほうが扱いやすくて楽なのだが。根は優しいがその優しさを表に出すのは逹瑯が最も苦手な行為だ。恒人も悟られたくないのか平然とした顔をしている。
正直、困ってしまった。指摘すべきか、黙っているべきか。
しかし歩き方からして相当痛いはずだ。よく見れば表情も痛みを堪えているかのように固い。
「・・・あんさぁ。右足、怪我したんじゃねぇの?」
結局そう言えば、恒人は慌てて手を振って笑う。
「あ、いえ。ちょっと捻っただけです、よくあることなんで大丈夫ですよ」
昨日の英蔵の言葉を思いだした、なるほどこれはこれでかまいたくなるというか、言えばいいのにと思う。
「だいじに見えないんだけど・・・」
「大丈夫ですよ」
「ツンデレっていざ絡んでみるとめんどいなぁ」
「え?」
大城や英蔵や浅葱だったら、あるいはムックのメンバーの中でもサトチだったら有無を言わさずおぶってやりそうだけれど、逹瑯にそんなまねはできない。
「・・・腕、つかまっとけば?多少は歩きやすいんじゃねぇの」
そう言ってぶっきらぼうに手を差し出すことが限界だった。
恒人は少し迷ったようだが大人しく逹瑯の腕に掴まった。
別に男同士でじゃれてくっつくことも珍しくないし、女形だって見慣れているが、慣れていない相手とこの状況でこの体勢は恥ずかしい。
「どこ行こうか?」
「下手に歩き回るより出口を目指しましょう。《右手法》のこと、他の人も覚えているでしょうし・・・」
確かゆうやよりも年下のはずだがしっかりした子だなと逹瑯は恒人を見る。
なんとなくやりずらい、ボケてくれればおちょくりまくれるのに。
「ただ問題は《右手法》は出口が複数あったりしたら対応できないんです。単純にこの迷路が変形して分断されたのなら呼びかけてみてもいいかもしれません」
「呼びかけるか・・・ゆうやあたり喚いてそうなもんだけど、今のところ誰の声も聞こえねぇし・・・」
「こっちに危害を加えてくる気のモノを呼んでしまう可能性もありますね」
左腕に恒人を掴まらせているので逹瑯は右手で植え込みをなぞるようにしながら進む。
いったい此処はどれだけの広さがあるのか、そもそも屋外と呼んで良いのか、植え込みが育つぐらいだから上のドーム状のものはガラスなのか、いや、そんな法則は通用しないのか、疑問は尽きない。
薄暗い迷路を進むと不安はつのるが、そこそこプライドの高い逹瑯は自分より年下の恒人相手に取り乱すようなまねはしたくなかった。
「英蔵君、心配してるんじゃねぇ?」
「なんでそこで英蔵さんの名前が出てくるんですか?」
「そりゃ懐いてきてるヤツのことは心配になるべ」
「懐いてるわけじゃ・・・逹瑯さんこそミヤさんいなくて不安じゃないですか?」
ピンポイントで抉られてしまった。
「べつに〜」
「じゃあ俺も、別に〜。です」
そう言って笑う顔は無邪気だった。逹瑯も自然な笑顔を返す。
歩く速度が遅くなったなと足元をみれば、ほとんど右足を引きずっている状態だ。下手をしたら捻挫しているのではないだろうか、いくら怪我は現実に持ち越さないといっても放置しておいていいのか。やはり厚底ブーツぐらい脱がせるべきか、しかし下は芝生で、此処はトラップが張ってあるような空間だ、防御力を下げるのもどうか。
「恒人君さ、もうちょいちゃんと掴まれよ、足痛いんだろ?」
「大丈夫ですよ」
「大丈夫くねぇんだっつーの!」
腰に手を回して無理矢理寄りかからせた、ミヤと身長は同じくらいに見えるがずっと華奢だ。
いや、恒人はミヤより高いのだが180越えの逹瑯から見れば170以下なんてみな同じに見える。この場にはいないが、京ぐらい小さければまた別だけれど。
「あの・・・」
「あ〜〜〜〜!!!もうっ!!!やっぱダメ!気になる!一旦座れ!」
なんなんだこのやりにくさはと声を上げる逹瑯に、恒人は少し戸惑いながら地面に腰を下ろした。
「ブーツ脱いで、足見せて!」
「あ、ちょっと待って下さいね!」
正面にしゃがみ込もうとする逹瑯を押しとどめて恒人が姿勢を変えたので何事かと思ってから気づいた。気づいたら恥ずかしくなった。
「・・・なんでスカートなんだよ〜」
「俺が聞きたいっすよ!そもそも《久遠》だったらこんな厚底じゃなかったのに・・・」
スカートの裾を引っぱって口を尖らせる恒人に逹瑯は頭を抱えた。
「あの、一応下着そのままじゃなくて上にもう一枚履いてますけど・・・」
「そーいう問題じゃねぇよ、照れてる自分が恥ずかしいんだよ」
スカート履いている男子なんて見慣れているのに、シャレで胸を揉んだり、スカートめくりしたりやりたい放題してきたのに、やはりシチュエーションというのは大切だ。
結局恒人の右側にしゃがんで、ブーツを脱いでニーソックスを下げた足を見る。
「すげぇ腫れてるぞ、これ」
「でもどうしようもないですよ、冷やすものもないし、テーピングする道具もないし・・・」
「ちょっと危ないかもしれねぇけど、靴は脱いでおけよ。多少は楽だろ」
「そうっすね・・・」
恒人はニーソックスを上げてからもう片方のブーツも脱いで、息を吐く。
「すいません、迷惑かけて」
「迷惑だとか思ってないから迷惑じゃないべ、ちゃんと力を合わせるってさっき決めただろ」
ふわり、と他のメンバーが見たら驚くほど優しい笑みを逹瑯は浮かべた。
それがどれほどレアかは知らないだろうが恒人も安心したように笑った。
しかしその恒人の笑顔はすぐに強ばり、声にならない声を上げて逹瑯の後ろを指さした。
「あ・・・あれ・・・」
「ん?」
ふり返ると軽自動車ほどもある巨大な蜘蛛がこちらに向かってくるところだった。
形状としてはタランチュラ、ルビーのように赤い8つの目が爛々と輝いている。
本当の恐怖と生命の危機を感じた時は悲鳴を上げられないものだなと軽く現実逃避しかけたが、生存本能は正常に動いてくれたらしく、逹瑯は恒人にしゃがんだまま背を向けた。
「走れねぇだろ、おぶされ!」
「え・・・でも」
「おんぶかお姫様抱っこかの二択だ!」
蜘蛛はこちらに気づいているのかいないのか、カチカチと口を鳴らしながらゆっくりこちらに向かってくる。
走れないのは事実なので恒人は素直に逹瑯の背中におぶさった。
気合いを入れて立ち上がったが気合いを入れるほどの重さでもなかったことに少し拍子抜けしつつ逹瑯は蜘蛛とは反対方向に走り出した。
走り出した瞬間、蜘蛛のスピードも上がる。気づかれたらしい。
「まじかよっっっっ!!!」
そういえばパニック映画では巨大蜘蛛って動きが機敏なのが定番だなとか思ったけれど実際追いかけられて見るとその《定番》がシャレにならない。
体力に自信があるほうではない上に、軽いとはいえ成人男子をおぶっているのだ。
「ちゃんと掴まってろよ!」
恒人にそう声をかけ全力で走るが、カチカチという音はどんどん近づいてくる。
「逹瑯さん、ダメです!追いつかれますよっ!下ろしてくださいっ!」
「バカか!?走れねぇだろ、オマエっ!」
首にまわされた恒人の腕をがっしりと掴んで怒鳴るように返せば恒人の声も大きくなる。
「なんとか走りますから!それにこれ、夢の中なんですよ!?」
「あんなもんに襲われて無事かどうかまでは分からないだろうがっ!!」
「だったらなおのこと・・・一人は助かったほうがいいでしょう!?」
「全員で助かるってのが基本だって話になったんだっての!!」
「なんでっすか!?ほとんど喋ったこともないのに、仲良くもないのに、なんでここまでしてくれるんですかっ!?」
「おめぇこそ俺だけ逃がそうとしてんじゃねぇかよ!!」
「だって逹瑯さんは走れるじゃないですか!!」

「俺はな、適当で不真面目でお調子者のアホかもしれねぇけどっっ!!もう絶対に誰も裏切らないし失望させないって・・・そう決めてんだよっっ!!」

恒人がどんな顔をしたか逹瑯からは見えなかったが、まわされた腕にこもった力で納得してくれたのだということが分かる。
しかし状況は変わっていない、B級ホラー映画の怪物に迷路の中で追いかけられているという馬鹿馬鹿しい状況はそのままだ。
とにかく足を動かし走るしかない。
「逹瑯さん!あそこ!あそこだけ道が狭いですっ!」
恒人が指さした先、確かにそこを曲がれば道が狭くなっている、だからどうしたと一瞬思ったが、分かった。
あの道の狭さなら、巨大蜘蛛は入ってこられない。
一気に角を曲り狭い道を駆け抜けて後ろを確認すると、蜘蛛は道の入り口でシューシューと威嚇するような声を上げて止まっていた。成功だ。
このままこの道を逃げ切ればと再び走り出したその瞬間、とてつもない力で足が引っぱられて転倒してしまった。
地面で頭を打って一瞬気が遠くなる。ずずっと身体が蜘蛛の方へ引っぱられた。
「逹瑯さんっ!!」
恒人がしっかりと腕を掴んでくるがその恒人ごと引きずられていく。見れば左足に白い糸が絡んでいて、糸は蜘蛛の口に伸びている。
「そんなベタなことを・・・」
「巫山戯てる場合ですかっ!」
怒られてしまった。ここで「俺のことはいいからオマエは逃げろ!」とギャグを飛ばしたらどんなリアクションするのだろう、本気で怒るんだろうなと思ったらなんとなく笑えてきた。ずるずると着実に蜘蛛の方へ引っぱられる。口元にある鎌状のものは相変わらずカチカチと不気味な音を立てていた。怖い、たぶん今、血の気が引いて顔が真っ青になっているだろう。逹瑯も恒人も必死で踏ん張るがあまり効果はないらしい。
「俺のことはいいからオマエは逃げろ!・・・なんっつて!」
「・・・殴りますよ」
半ばやけくそ気味にギャグを飛ばしてみたら、予想に反して泣きそうな顔をされてしまった。
「・・・ツンデレってめんどくさい」
「昔、テレビでタランチュラがネズミを食べるシーンを見たことがあるんですよ」
「ネズミ食うんだ!?」
「ぴょんっと飛びかかられてかぷっとやられたと思ったらネズミさんはしわしわのドライフルーツみたいになっていました・・・」
「怖いなぁ、それ」
「人間バーションでそれを見るか、自分自身がそうなりたくなければ本気で踏ん張って下さい」
「やってんだけどねぇ・・・」
逹瑯の脇の下から腕を絡めて恒人も力を込めているがずるずると蜘蛛の方へ引き寄せられていく。
「あんさ、今からすっごい情けないこと言うから・・・聞いても聞かなかったことにしてね」
「分かりました」
巨大蜘蛛に捕食されかけれてるというのに二人して笑ってしまった。逹瑯は大きく息を吸い込んでから叫ぶ。
「ミヤくぅぅぅぅぅぅん!!!!助けてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
逹瑯の声が響き渡ったが返事はなかった。誰の気配もしなかった。
「逹瑯さん、ダサカッコイイっす」
「あは!ニュージャンル確立っ!」
笑っていた恒人がふと何かに気づいたような顔をした、逹瑯を掴んでいた片手を外しポケットを探る。
取りだしたのはシルバーナイフ、食堂でミヤがみんなに配ったもの。
「ミヤさんの名前が出てきたから思いだしましたよ、これのこと。ちょっと失礼します!」
恒人が逹瑯の上から身を乗り出して蜘蛛の糸にナイフを当てた鋸を扱うようにスライドさせれば少しずつだが糸は切れている。
「逹瑯さんは持ってないんですか?」
「いや、数足りなくて俺だけフォークだったんだけど、できるかな・・・」
足に絡んだ蜘蛛の糸をシルバーナイフとフォークで切るというある意味でシュールな行為の結果、無事、逹瑯は解放された。
蜘蛛との距離は2メートルほど。どっと冷や汗が出た。
カチカチと口を鳴らす蜘蛛からゆっくり後ずさるように逃げる、あまり刺激しない方がいいと、それだけは判断できたからだ。
心臓が煩い、走って逃げるよりこちらのほうが怖い。赤い瞳は爛々と輝くだけで思考も感情も窺わせない。
再び蜘蛛の口からシューシューという音が鳴る。また糸を吐く気か、飛距離はあるようなので横にかわすか、恒人と目配せをしつつ息を飲んでいたその時。
蜘蛛が甲高い悲鳴を上げて横に転がって行った。
何事か?は、まさか、もしかして、でもきっと、いや絶対!に変わっていく。
ガツン!どこっ!という物騒な音と蜘蛛がキーキー叫ぶ声が聞こえてやがて静かになった。
蜘蛛が消えた代わりに狭い道への入り口に立ったのはやはり彼で。
相変わらずの仏頂面で、涼しげな目で逹瑯を見て、まるで此処がスタジオで、挨拶を交わすような焦りもなければ驚きもない口調で、一言。
「よう」
それだけで、逹瑯は全身の力が抜けてしまった。安心して地面に伸びた。
「ああ、もう・・・ミヤ君にはかなわねぇ!」



時間を戻してあの揺れの直後、地面で軽く膝を打っただけですんだことを確認しつつ英蔵は立ち上がってふり返った。
「ツネ!?」
確か自分の後ろを恒人と逹瑯が走っていたはずだがふり返って目の前にあったのは植え込みの壁。やはり迷路そのものが変形してしまったらしい。
「嘘だろ、またかよ!!ああ、くそっ!!昨日一回分断されてんのになんで離れて動いたんだよ、俺!!こんな中でまたはぐれるなんて・・・俺のバカっ!!」
そう言って目の前の壁相手にオタオタしていると後ろから静かな声がした。
「英蔵さん・・・悪いけど、人の腕を掴んだまま暴れないでもらえるとありがたい」
「・・・ふぇっっ!?」
視線を移せばそこにいたのはミヤで、英蔵の手はしっかりとその腕を掴んでいた。
「あ!?ごめんっ!」
「いや、別に・・・」
一緒にいた面子が散り散りになってしまったというのに表情に変化はない、涼しげな表情に冷めた瞳。大体において感情がダイレクトに表情に出るメンバーに囲まれている英蔵からすると不思議な人だった。
「ミヤさん・・・後ろにいた逹瑯さんとはぐれちゃったけど・・・」
「そうだな、前にいたユッケやヤスとも分断された、ざっとみたところ俺ら二人だけだ」
あまりにも淡々とした物言いに英蔵は顔をしかめた。
「心配じゃ・・・ないの?」
「心配だ心配だって言えば事態が好転するのか?」
「・・・っ!」
言われた通りだ、慌てていたってどうにもならない。それにミヤだって心配していないわけがない、失礼なことを言ってしまったと英蔵は唇を噛んだ。
「悪い、キツイ物言いをしてしまって・・・」
「いや、その通りだよ。落ち着かないとね、オタオタしてったってどうにもならない」
「まあ泣きわめいてなんとかなるならいくらでも泣くし、土下座してどうにかなるならいくらでもやってやるけどな」
僅かに上がった口角でミヤが冗談を言ったことが分かった。それにしても男前すぎる発言だ。この男はそういう状況になったら本気でやるし、できてしまうのだろう。
「じゃあ・・・えっと・・・どうしよっか?」
びびるな、神奈川ヤンキー。アンタのほうが年上だ。
「あれ?またなんかすごい罵りを受けたような・・・?」
「昨日浅葱君が言ってた《右手法》で出口を目指そう、たぶん全員がそうできるぐらいの判断力はあるだろ」
人の奇行をスルーすることに慣れているミヤはそう言って歩き出した。
「そ、そうだね・・・あの、ムックのメンバーさんってどんな人なの?ここのところ夢とはいえ毎晩会ってるけど個人的にはほとんど喋ってないからさ」
「逹瑯は変、ユッケは小心者だけどまとも、ヤスはバカだけど真面目。そっちは?」
「浅葱さんはすっごい良い人で、カッコイイし素敵だし、頭も良いし、尊敬できる。るいちゃんは明るくて、可愛いけど格好良くて、良い人、大城さんは優しいし、頼れるし、男前で、ツネは頑張りやさんでしっかりしてて、ちょっと意地っ張りだけど可愛くて良い子」
「・・・・・・そっか」
橋から川をのぞき込んだらヌートリアがいた、とでもいうような顔でミヤに見られて英蔵は何か変なことを言っただろうかと首を傾げた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・俺、なんか変なこと言った?」
「いや、すげぇ褒めるんだな、と思って」
「え?本当のことだよ」
「・・・俺らの後ろに逹瑯と恒人君がいたろ」
スルーすることにしたらしいミヤが話を変えた。
「そうだね、一緒にいてくれるといいんだけど」
「悪いがアイツはこの手の状況は苦手なタイプだからあんま当てにできねぇよ。むしろこっちが恒人君を当てにしたいぐらいだ」
ミヤは尖り気味の上唇を撫でて言った。
「そうなの?めちゃめちゃ逞しそうに見えたけど、初日からずっと堂々としてたし」
「まぁ居直っちまえば強いんだけどな・・・でも、一個だけ言えるなら、逹瑯は人を裏切らない、そういう約束だからな」
「約束?」
「ああ、この先どう変わっても、どうなってもそれだけは守る、約束なんだ」
切れ長の目を細めて、ミヤは少しだけ笑ったようだった。なんだかんだ言って信頼しあってるのだなと英蔵は一人納得して頷く。
元々口数が多いタイプではない二人はそれから黙々と出口を目指して歩いていた、どれぐらい進んだか、同時に足を止めて顔を上げる。
「今・・・逹瑯の声が・・・」
「ツネの声がした・・・でもどっちから!?」
確かに声は聞こえた。それも悲鳴でこそなかったが緊急を要するような声。
植え込みの壁に囲まれた迷路の中、その声がどこから聞こえたのかが分からない。英蔵は焦りかけ、先程のミヤの言葉を思いだしてなんとか心を落ちつかせた。
「英蔵さん、恒人君は喧嘩とかできるタイプ?」
「・・・できない、そんなに運動神経も良い方じゃない」
「逹瑯もだ・・・」
ミヤは目を閉じて黙る。逹瑯と恒人の声がまた微かに聞こえた。
「こっちだ」
走り出したミヤの後に英蔵も続く。
緑の迷路の中を駆け抜ける、角を曲り走る、景色に変化がないせいで全く進んでいる気がしないが、ミヤは本当に聞こえた方向が分かっているらしく、迷うことなく走り続けていた。
そして今度ははっきりと逹瑯の声が聞こえた。

−ミヤくぅぅぅぅぅぅん!!!!助けてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!

後ろ姿なのではっきりとは分からなかったがミヤは笑ったように見えた。
それから二つほど道を曲り、視界に映ったのは巨大な蜘蛛。
軽自動車ほどもある黒い蜘蛛。
狭い道に頭だけ突っ込み、進もうとしているのかガサガサと足を動かしている。
あの向こうに恒人がいると思った瞬間、目の前が真っ赤になった。
あ、自分キレたな・・と僅かに残る冷静さで思ったが勢いよく踏みだした足は止まらない。相手が化け物級の蜘蛛であることも遥か彼方へ飛んでいった。
ミヤが火かき棒を振りかざすのと同時に、英蔵も巨大蜘蛛を蹴り飛ばす。なんともいえない嫌な感触がしたが、攻撃が効いたのか蜘蛛は横に転がった。
その先はもう、無我夢中だった。
気がつけば蜘蛛はひっくり返って動かなくなっていて、それもやがて黒い霧になって消えた。
限界まで体力を使ってしまったようで吐く息は荒く、咳き込みながら、蜘蛛が頭を突っ込んでいた細い道へ向かうと、既にそこに立っていたミヤがどうぞとばかりに退いてくれた。
逹瑯と恒人がへたり込んだままこっちを見上げていた。
「・・・ちゅ、恒人」
噛んでしまった。つくづく締まらない男だ。
「だ、大丈夫?怪我してない?」
「大丈夫ですよ、逹瑯さんが助けてくれましたから」
「え!?いやいやいや!?俺なんもしてねぇべっ!?」
慌てたように手を振る逹瑯に頭を下げて英蔵は恒人の正面にしゃがむ。
「・・・よかった〜!無事で!怖かったろ?」
「別に怖くはなかったですけど」
「こんな時ぐらい素直になろうよ・・・昨日気をつけようねって話したばっかじゃん、まぁこれは不可抗力だけど・・・でも・・・っ!」
ほっとしたら泣けてきてしまった。
「ちょ!?なんで泣いてんですか!?」
「とにかく、無事でよかったぁ〜」
細い肩を掴んで揺すったら複雑そうな顔をされてしまった。
「・・・ツネ、本当はどっか怪我してるんじゃないの?」
「いや、大丈夫です、してないです」
「嘘だね、してる」
二人のやりとりをにまにま顔で見ていた逹瑯が軽い調子で言った。
「恒人君ねぇ、右の足首捻挫してるみたいよ」
「ちょっと逹瑯さん!!なんで言うんですか!?」
「え〜、別に言わないなんて約束してねぇし」
「なんで怪我してないなんて嘘つくの・・・」
「だ、だってこれ、地面が揺れた時に挫いたんですもん!蜘蛛に襲われた時じゃないから・・・」
「子供みたいな言い訳してないで、見せて」
「別に見せる必要ないじゃないっすか。治療する道具もなければ、夢から覚めたら治る怪我なんですから〜!ちょ!ニーッソックス脱がせようとしないでくださいよ!」
「・・・・・・ごめん」
「いきなり照れないでください!分かりましたよ、脱げばいいんでしょう!?」
「すごい腫れてるじゃん!大丈夫じゃないよ!こーいうのは!」
恒人は自分の足首に触れていた英蔵の手を掴んで睨んだ。
「英蔵さんこそ、手・・・傷だらけじゃないですか・・・」
言われるまで気づかなかったが、手には細かい傷がたくさんついていて、少し血が滲んでいた。
「いや、これは・・・あの蜘蛛と素手で戦ったから・・・」
「あんなもん相手に素手って馬鹿ですか!?」
「・・・ごめん、ちょっと自分見失ってた、ホントごめんっ!」
「どうしてそんな無茶したんですか・・・しかも手ですよ、大事にして下さいよ」
「ごめんね・・・でも、ツネになんかあったらイヤだったから」
「馬鹿蔵・・・」
すごい会話になっていることには気づいていないらしい。
ぎゃーぎゃー騒いでるとミヤも寄ってきた。逹瑯を見て言う。
「やればできんじゃん」
「まぁねっ!・・・って何が?」
「走れない恒人君おぶって頑張ったんだろ」
「ん〜」
「そうなんですよ、逹瑯さんすっっごい格好良かったです、助かりました」
本音半分、怪我をバラされた仕返し半分といった調子で恒人が笑う。
「逹瑯さん、ありがとうございます!」
英蔵に深々と頭を下げられて、逹瑯は困った顔でミヤを見た。
最高のへにゃっとした笑顔で親指を立てられた。
「Good job!」
和やかな空気になったところで英蔵が恒人に背中を向けて言う。
「それ以上怪我酷くなるといけないからおんぶ」
「え〜〜!!いやっすよ、歩けますよ。それに英蔵さんそんなに力ないじゃないっすか、お姫様抱っこされた時もすげぇ不安定で痛かったんですよ」
注釈をつけるが、お姫様だっこはあくまでライヴのノリでやっただけだ。
「あ〜、英蔵君さぁ。恒人君スカートだからおんぶだと生ふともも触り放題だべ」
にやにやとして言う逹瑯に恒人と英蔵は顔を見合わせた。
「・・・肩貸すよ」
「・・・お願いします」
「照れてやんの〜」
けらけらと笑っていると突き刺さる冷たい視線。見ればミヤが呆れた顔になっていた。
「やっぱオマエなんか褒めるんじゃなかった・・・」
「あは。やっちゃった〜!!」



再び時間を戻して揺れの直後、浅葱は隣で蹲っている人物の手を引いた。
「えっと、明希君。大丈夫?」
「ん〜!大丈夫です」
明希は顔を上げてむうっとした顔で周囲を見渡す。
「俺らだけですかぁ・・・」
「そうみたい、立てる?」
明希は頷いて立ち上がり、ズボンについた草を払った。
「困りましたね〜薔薇薔薇にな・・・変換間違えました、バラバラになっちゃいましたよ」
「動き回るより出口を目指そう。しまったね、昨日のこともあったんだからはぐれた時どうするかとか決めておけばよかった」
明希は「そうですね〜」と気のない返事をして浅葱を見上げた。
「またはぐれるといけないから手、繋いだままでいいかな?」
「いいですよ、なんだったらラブ繋ぎでもかまいません」
「さすがにそんなことはしないよ」
「あははは!」
自バンドの曲にかけて言った冗談を真面目に流されて明希は笑って誤魔化した。
「それにしても見事なメイズガーデンだね、周囲の木はなんだろう、見たこともないものだよ・・・」
「あれ思いだします。《ハリー・ポッターと炎のゴブレット》!浅葱さん、一つ聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
「迷宮と迷路ってどう違うんですか?あとダンジョンも!」
この状況ではどうでもいい明希の質問にも浅葱は頷いて真面目に答える。
「迷宮は入り組んだ建物のこと、ダンジョンっていうのは本来《地下室》の意味でお城の地下にある監獄とかのこと」
「そうなんだ〜!初めて知りました!」
なんなんだこのゆるい空気は。
「役に立ててよかったよ。それにしてもみんな大丈夫かな・・・」
「ん〜よほどのバカじゃなきゃ昨日言った《右手砲》を使ってますよ」
さらりと凄いことを言った、あと《右手砲》だとロケットパンチじゃないか。
浅葱さん、それシドのベーシストの明希様ですから、猫じゃないから、言葉は正してあげて下さい。
「え?そうなの?」
今まで猫だと思ってたのかよっ!!!
「いやだな、人間とにゃんこの区別ぐらいつくよ。にゃんこみたいだなと思ってただけで」
「また《地の文》と喋ってるんですか?俺もやってみたいんだけど、どうやったらできるんですか?」
「う〜〜ん、自分でもなんでできるのか分からないしね・・・」
ダメだこの二人、究極のツッコミ不在だ!
「ああそうだ、《地の文》さんがよけいなこと言うから話がこんがらかっちゃったよ・・・」
・・・登場人物に理不尽な文句を言われてしまった。
「その《右手法》なんだけど、問題点があるんだよね。迷路の中心がゴールだった場合は辿り着けないし、複数ゴールがあったら対応しきれない」
「ふむふむ、分かります。壁が入口と出口で繋がっているからこそ使える方法ですもんね。確かにそうですよね」
バカではないんだよな、天然なだけで。
「危ないかもしれないけれど、大声を出して呼んでみてもいいかもしれない」
浅葱は真面目な顔で、明希はぼんやりとした顔で周囲を見渡す。
「・・・・・・あああああっ!!!」
急に明希が大声を上げた、他の人を呼んだにしては妙だと思いながら浅葱は明希を見る。
「浅葱さん!肩車ですよ!!といっても柔道の投げ技ではなくっ!」
「あ、そうか。肩車をすれば向こう側がのぞけるね」
またもボケはスルーか。
確かに植え込みは二メートル半。浅葱の身長が178p、明希の身長が175p、合わせて
「353pだけど座高と考えなきゃいけないから、175pの平均的な座高は94pぐらいで、178+94で272p、ギリギリで見えるかもしれない」
詳しい説明どうも、でもこっちを飛び越えて喋らないで下さいっっ!!
「浅葱さん、あの階乗がどーたらって問題解けたんじゃないですか?」
「いやあ、さすがに暗算じゃ無理だよ」
あくまでのほほんとした明希につられて浅葱もやんわり微笑む。
「うあ、だったらほら!なんかその辺ので壁を削ってぐあ〜〜って書いたら《探偵ガリレオ》みたいで格好良かったのに〜」
あれはドラマ版だけだ。
「いや、さすがにそこまでするほどのことでもなかったしね・・・あ、肩車ならどうぞ」
そう言って屈む浅葱に明希は首を傾げた。
「え?俺が上ですか?」
「え!?俺が上なの!?」
うん、まあ確かに3pしか違わないですもんね。イメージ的に明希が小さく思えるけれど。そういえば浅葱としんぢは同じ身長か。
「大城君も同じ。いや・・・でも俺、けっこう重いよ?明希君は体重どれぐらい?」
「え〜あんま言いたくないですね〜」
乙女かアナタは、公式サイトに思いっきり体重55キロって書いてあるでしょうが。
「55キロなの?《地の文》さんが言ってるけど・・・」
「うあ!そのスキルの反則さが今分かりました的な!いや〜公式は公式っていうか、最近鍛えるの趣味なんで今はもうちょいあるかも」
「だって俺、59キロあるよ?」
「ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!俺が上で」
なんだかものすごい無駄な時間を過ごした気もするが、浅葱が明希を肩車して立ち上がった。かなり気合いを入れている。
「お姫様抱っこより辛いね〜」
そういやメンバー全員お姫様抱っこしてましたね。
「そりゃ男としては腕力あるとこ見せたいじゃない。明希君、見える?」
「・・・見えるんですけど、見なきゃよかったかもしれないです」
「え?」
「この迷路・・・ガチで《ハリー・ポッターと炎のゴブレット》ですよ。なんかモンスターっぽいものがいます」
「・・・・・・」
浅葱は黙って明希を下ろして、真剣な顔で俯いた。
現在の二人の状況。
浅葱、職業ボーカル、防具《久遠》の衣装、武器シルバーナイフ。
明希、職業ベーシスト、防具《御手紙》の衣装、武器シルバーナイフ。
最初の洞窟にすら足を踏み入れてはいけないレベルだ。
「明希君、静かに移動しつつ出口を探そう・・・みんなも危ない・・・」
「そうですね」
さすがの明希も真剣な顔で頷いた。
足音を殺しながら迷路の中を進む、時折耳をすませながら慎重に。
「浅葱さん・・・この夢の中でもし死んだら、どうなるんでしょうか?」
「分からないし、想像もつかない。なんともないと思いたいけど・・・しかしモンスターか。他のみんなは大丈夫かな・・・」
自然と握る手に力がこもる。浅葱は少し目を伏せて言った。
「俺、けっこう根暗でさ、本当はずっと怖かった・・・穴のトラップも、襲いかかってきた人形も、落ちたシャンデリアも、怖かったんだ。夢でも、たとえ此処で死んでも普通に目覚めるとしても、怖かった。酷い想像ばかりが浮かんで目が覚めてからもずっと怖かった。眠るのだって怖い。でもそんなこと表に出すわけにはいかないから・・・まぁメンバーにはあっさり見破られてみんないつもより明るく接してくれるんだけど、それがとても嬉しかったけど、その反動でもっと怖くなる時がある、幸せな時間は終わってしまう、別れは必然で、ずっとあの幸せなままじゃいられなくて、みんなと永遠に一緒にいたいのに、それこそが夢で、こうしてる間にも誰かが危ない目にあってるんじゃないかって不安で不安で、どうかなりそうなんだ・・・」
ぺたりと明希の手が髪に触れた。
「大丈夫ですよ、今までのこと考えてみて下さい。端から見たらめちゃくちゃで、非常識な方法でも、全部切り抜けてきたじゃないですか。そりゃ俺らは只のミュージシャンです、腕っ節も強くないし、めちゃくちゃ頭が良いわけでも、特殊な能力があるわけでもない、それでも此処まで来ました。きっと浅葱さんも同じだから言うけど、俺らは殺人トラップより動く人形よりもっとでかくて途方もないものとずっと戦ってきたじゃないですか、そしてそれは一人なら無理だったけれどメンバーが一緒だったから、どんな壁もぶち壊してきました。今回はそれがちょっと不可思議で具体的になっただけです、だから大丈夫ですよ」
どこまでも透明に明希は笑う。その笑みはなにも知らない無垢ではなく、身を削り、心を削った者の証である研ぎ澄まされた純粋さ故のもので、だからこそ強い。
「そうだね、ありがとう。明希君」
「えへへ。どう板前」
「・・・どういたしまして?」
「それです」
ふと、浅葱は足を止めた。自分にとってとても慣れ親しんだ足音がしたからだ。しかしそれは人間のものではない。
でもこの足音は。
にゅっと脇道から出てきた茶色い影。
「にゃんこだ・・・」
「にゃんこですね!」
ゴールドに近い茶の毛並みは上質な絹の如く、少し大きめな耳と凛々しい顔、スレンダーな身体。姿は完璧に猫だ。
体長が2メートルなければの話だが。
キラキラ光るゴールドの瞳は高慢そうに二人を見ている。
「にゃ、にゃんこ、可愛い・・・」
もしもし浅葱さん!?
「これはアビシニアンかな?アビシニアンって機敏で頭が良くて甘えん坊だって言うよね・・・」
「でっかい種類のにゃんこがいるんですね〜」
うっとりとした様子の浅葱の隣で明希が感心したように頷く。
アビシニアンはそんなにでかくない、こんなものがいたら生物学界がひっくり返る。
巨大猫はくあっと口を開け尖った歯を見せる。2メートルの猫だ、人間なら一噛みで御陀仏であろうそれを見ても浅葱は笑顔。
猫ならなんでもいいのか・・・
「でも浅葱さん、なんか怒ってますよ、噛まれたら痛いですよ、ちょっと怖いです」
「ダメだよ怖がったら、動物は人間の感情に敏感だからね」
巨大猫は自分の姿を見ても驚かない二人に苛立ったのかう〜っと唸りながら姿勢を低くする。
「やっぱ怒ってますよ?」
「いや、猫は待ち伏せ型のハンターだから襲いかかって来る気なら姿は見せないよ、向こうも戸惑ってるんだ」
浅葱は少し屈むと手を出して、少し高い声で巨大猫を呼んだ。
明希もそれに習う。
「目は合わせちゃダメだよ、怖がるから」
「は〜い」
根気よく呼ぶこと数分、巨大猫は少しずつ浅葱に近寄っていって、手をぺろっと舐めた。
浅葱が喉の辺りを撫でてやれば気持ちよさそうに目を細める。
「ほら、やっぱり猫だよ」
・・・化け物であろうが猫の姿をしていれば懐かせることができるらしい。
なんなんだこの人は!
ごろごろとすりよってくる巨大猫に浅葱は言う。
「あのね、お願いがあるんだ。俺達、他の人とはぐれちゃったの、案内してくれないかな?」
巨大猫はにゃーっと鳴いて歩き出した。
「連れてってくれるって」
「浅葱さん凄いですね!」
凄いじゃねぇよ、オカシイだよ。
「やっぱり猫の姿をしたものに悪いのはいないってことだよ」
「ですね、俺もあんなデカイ猫いるのかと思ったけど、にゃーって鳴いたからやっぱり猫ですねぇ」
その理屈で言ったらウミネコも猫だ。
こうして二人は巨大猫の案内で迷路を進み始めた。
一刻も早く突っ込みができる人と合流して下さい・・・



揺れの直後、いち早く立ち上がったのは先頭を走っていた3人だった。図らずも、いやドラマー=筋肉キャラ故の必然か。サトチ、ゆうや、大城が互いに掴んでいた服の袖や裾をはなして立ち上がる。
「うっそーーーー!!!うしろ誰もいねぇしっっ!!!」
「ゆうや〜静かにしたほうがいいべ、なんか怖いの出たら困るっ!」
「あのメイドは見失ったかぁ・・・」
慌てる二人を後目に一人冷静な大城は前方を見て目を細めた。
「大城さん、どうしましょうか!!」
「おお、どうすんべ〜?」
犬気質の二人は一瞬でその場でリーダーと成り得る者を見抜く。4つのキラキラとした目に見つめられて大城は苦笑した。
「下手にみんなを探し回るよりは、出口を目指そう。あとゆうや君、危ないかもしれないから静かにね」
「はいっっっ!!!!」
「声でけぇよ〜〜!!」
オマエら小学生かと言いたくなるような二人相手でも兄貴分キャラである大城は慣れた顔。
「静かに進もう、そのうちみんなも追いついてくるかもしれないし」
「あんな〜ミヤ君はぜってぇ見つけてくれると思うんだ〜ミヤ君は本当にヤバイ時はいつの間にか近くにいてくれるんだ。でもユッケと逹瑯だいじかな〜心配だべ」
「あはは!マオ君はいつの間にか先に行ってそうな感じだな〜!」
さらにこの3人の共通点を上げるならメンバーへの信頼をストレートに出せるということだろうか。大城が《右手法》を使いながら迷路をずんずん進んでいく。
「サトチさん、この夢のことなんか分かりましたか?」
「ん〜〜!ミヤ君はな、牛がどうとかって言ってたべ!」
「牛っすか!?」
「おう、でもよく分かんねぇから任せてる。いっぱい相談もするけどな、俺も意見は出すけど、ミヤ君なら間違いないからだいじ!」
「ミヤさんって強そうですもんねっ!!」
「喧嘩は俺のほうがちょっと強いべっ!」
この二人は「静かに」の意味が分からないのかもしれない、大城からも特に注意はなかった。
「大城さんはこの状況どう思いますかっ!?」
ゆうやにそう訪ねられ、大城は目を細めた。
「あまり好ましい状況じゃないとは思うな、今回分断されたことも警戒したほうが良いとは思う、昨日のミラーハウスでは一応罠があったわけだし。これだけの迷路だから・・・何もないわけがないよ」
「うん、そうだっ!そうですよね!!」
「直前にミヤさんがああ叫んでくれてよかった、多少ばらけて走ってはいたけれど。こうして一人になるのは防げたわけだし」
「ミラーハウスでは偽物が出てきたんだから、植え込みの迷路では何が出てくるんだ?ジェイソンか?」
サトチの言葉に大城はしばし考えてから言った。
「サトチさん、ジェイソンが出るのはクリスタルレイクのキャンプ場付近だよ・・・」
「あ、そっか!クリスタルか!」
たぶん分かってないだろ。
「つーかジェイソン出てきたら怖いっすよ!チェンソー持ってるんですよ!」
ゆうやがでかい身体を縮めてサトチの肩にしがみついた。
「いや、ジェイソンの武器って基本、鉈とか斧だよ。チェンソーは使ったことない」
大城にそう教えられゆうやは驚きの声を上げる。
「え、そうなんですか?なんかチェンソーのイメージが!?」
「《悪魔のいけにえ》のレザーフェイスと混ざってるんじゃないかな?」
「そうっすかね!?よくわかんねぇ!でも怖ぇぇ!!」
「ゆうや!大丈夫だべ!ジェイソンが出るのは13日の金曜日だけだ!一年に一回だ!」
サトチが爽やかな笑顔でゆうやの肩を叩く。
「いや、別にそんな決まりはないから!あと最低一回はあるだけであって3回ぐらいある年もあるよ」
律儀に訂正する大城にサトチは感動したように頷いていた。
「すげぇな!物知りだなっ!」
それに笑顔を返しながら大城は思う。13人のうち一人から裏切り者が出る、という噂。もちろん大城もこの中の誰かが裏切るなどとは露ほども思っていないけれど、その噂があるという事実は着目すべきではないかと。
浅葱の言うとおり、この空間はあまりに《適当》すぎるのだ。この二人と話していて気づいた、と言うと少々失礼になってしまうが。リジー・ボーデンを半端に知っている人間が適当に図面を引いたらこんな空間になるのではないか、と。
ジェイソンの武器をチェンソーだと勘違いしていることと同じ。
調べもの好きの浅葱だが今回の件に関しては、仕事の合間だったのでネットで見た情報を自分達に伝えたのだろう。
そんな単純な手間すら厭うような人間が描いた絵。
13人だから《裏切り》という短絡的設定。
稚拙で幼稚な空間。
だとしたらジェイソンぐらい出てきてもおかしくないかもしれない。浅葱の話ではリジー・ボーデンは戯れ歌になるほどの有名人で、アメリカでは半ばキャラクター化しているらしい。ジェイソンやレザーフェイスと同じだ。
B級映画は好きだが、B級映画の化け物に追いかけられたいとは思わない。
「・・・イヤな分断のされかたをしたな」
小声で呟いたつもりだがサトチがしっかりと拾ってのぞきこんでくる。
「ん!?」
「ああ、体力的な問題。走ってる順にバラバラになったからさ、つまりは体力の近い人同士が固まってるわけでしょ」
「ん〜〜!?」
「あ、そうっすね。最後尾は走るのが遅い人がいたわけだから」
サトチは首を傾げていたがゆうやは分かったらしく頷いた。
最後尾は誰だったか、妙なものが出てこなければいいのだが。そのまま歩いていくと視界が開けた。
出口らしい。
少し開けたその空間は薔薇園だった。中央には白いテーブルクロスがかかった円形のテーブルがあり、椅子が二脚向かい合うように置かれていた。
そしてその片方の椅子には、追いかけていたメイドが座っていた。顔には白い仮面。
「あ!ブリッジ・タンバリン!」
サトチがそう言ったので、大城とゆうやがふいた。
なんだその楽しそうな響きは。
ブリジット・サリバンかどうかは不明だがメイドは三人を見て言った。
「ようこそ、《リジーの館》へ」
やはり此処は《リジーの館》らしい。どうしたものかと顔を見合わせているとメイドは淡々と続ける。機械を通したような甲高い声。
「貴方達が最短です、4日目で此処まで辿り着けた人間は初めてです」
「・・・と、いうことは此処は正しい道ってことか?」
ゆうやの問いにメイドは頷いて奥を指さす。薔薇園の向こうに離れらしき建物があった。
「あそこの鍵は私が持っています」
「じゃあくれっ!」
サトチのストレートな物言いにまたも大城とゆうやは吹いた。
「ゲームに勝てば差し上げます」
そう言ってメイドはどこから取りだしたのかトランプをテーブルに置いた。
「ゲーム?」
警戒した様子のゆうやが問うとメイドは相変わらず淡々とした口調で言う。
「簡単なゲームです。まずランダムに選んだ札を一枚、中央に置きます。そして私と貴方達のうち一人がそれぞれ一枚ずつ札を選びます。先に中央の札を開き、自分の手札がその札より強ければ勝ちです。両者とも中央の札より強かった場合、相手の札より強い手札のほうが勝ち。中央の札を見て、開く前の手札に自信がない場合は《放棄》、両者とも《放棄》なら引き分けですが片方が放棄せずに続け、大きい手札を出した場合はその者の勝ちです」
「すっげ〜ジョジョとかに出てきそうなシーンだべ!」
サトチは嬉しそうだったが、気の小さいゆうやと人並みの慎重さを持っている大城は困惑顔。
「あ、あの・・・負けたらどうなんの?」
ゆうやが恐る恐る聞いた。
「その時点で13人のうちの1人に決定します」
「・・・・・・裏切り者になるってこと?」
「そう考えてもらってかまいません」
意味は分からないが負けた時のリスクが高いということは分かった。大城が小さくため息をついてから聞く。
「トランプってローカルルールがあるから一応聞くけど、札の強さはキングよりエースが強くて最強はジョーカーってことでいいのかな?」
「はい。同じ数字の場合は負けです」
「厳しいな・・・ジョーカーは何枚入ってるの?」
「一枚です」
「そっか、じゃあ俺が・・・」
「俺やるっ!!」
大城が前に出る前にサトチが椅子に座った。気負いもなく怯えもなく笑顔のままで。
「ちょ、サトチさん!?」
「ん?俺がやったらダメか?俺たぶん勝てるぞ」
どうせ誰かがやらなければいけないこと、やめろとも言えないが、目を剥いている二人にかまわずサトチは笑う。
「ブリッジ・タンバリンさん、早くやるべ!」
メイドは無言のまま札を切り始めた。誰一人としてトランプに細工がないか調べさせろと言い出さないあたりこの三人、究極のお人好しチームである。
しばらく切った後、一番上の札が中央に置かれる。そしてその横に広げられたトランプからメイドは一枚引いた。サトチもそれに習う。
この時点でいくらでも細工できそうなものだが誰も何も言わない。相手がイカサマをするかもという感覚すら持ち合わせていないのかもしれない。
手札を伏せたまま、中央の札が開けられる。
スペードのA
メイドは小さく息を吐いた。
「勝負になりませんね。私は放棄します」
「そんじゃあ俺は放棄しない、続ける」
あまりにもあっさりと言うので一瞬事態が飲み込めず、大城とゆうやは顔を見合わせる。
メイドの動きも止まっている。
「ん?どした?俺はこのまま続ける。早くカード開けよう!」
「サトチさん!?ルール分かってますかっっ!!!」
ゆうやの大声にもサトチは動じない。
「分かってる。俺はこの札で勝つ」
その表情は先程までのどこか抜けた笑顔が嘘のように凛々しく、鋭い視線は真っ直ぐに向かい合ったメイドを射抜いている。
「どうぞ、開けてください」
サトチはやはり気負いもなにもなく手札を開けた。
ジョーカー。
「俺の勝ちだなっ!」
メイドは無言で鍵を差し出すと立ち上がった、背を向ける彼女に大城は言う。
「一つ質問させてくれ、この夢の中で死んだら・・・どうなるんだ?」
「死にます」
簡潔に言って、メイドは迷路の奥へ消えていった。
「さ・・・サトチさん、なんで手札がジョーカーだって分かったんですか?」
ゆうやの問いにサトチは不思議な質問をされたとばかりに首を傾げる。
「見ずに引いたんだから開けてみるまでなにかなんて分かるわけないべ」
「じゃあなんで、なんで・・・スペードのAだったんですよ!勝てる札はジョーカーだけ・・・確率どれだけ低いと思ってるんですか!?」
「だってよ、一回乗った勝負を放棄するなんてできるわけねぇべ」
そう言ってサトチは快活に笑う。
無茶苦茶だ、端から確率計算をしようとも、計略も策戦もなにもなく、ただ自分のほうが強い札を引くと信じて、そして勝った。
「「バ・・・バカカッコイイ」」
思わず声を揃える大城とゆうやにサトチはピースで答えた。



「最っっっっっっっっっっっっっ悪!ありえない、なにこれ」
揺れの直後、第二グループ。ドラマーチームの後ろを走っていたマオは低い声でそう言いながら、手を繋いだ隣の人物を見た。
「最悪や〜!浅葱君とはぐれた〜!!」
涙沙だった。なんだこの最強に不安な組み合わせは。
「涙沙さん。どうする?って言っても進むしかないけど」
「そやね、同感。サクサク行こ、そのうち誰かと会えるかもしれへんし」
見た目は存分に可愛らしいこのコンビは立ち上がって歩きだした。マオが人見知り発動したため、微妙に距離を取っている。
「・・・・・・」
「・・・・・・あの、なんか喋りません?この状況で黙ってると怖いんやけど」
「と、言われてもね・・・しりとりでもする?」
「そういえば浅葱君から聞いたんやけど、しりとりって魔除けになるらしいで」
「そうなん!?」
マオが驚いた顔で涙沙を見る。
「えっとな〜。一種の言葉の結界になるんやて、途切れのない言葉は結界になるらしい。あと、夜道で判別できないのに会った時は《もしもし》って声をかけるといいとか、物の怪の類は言葉を二回繰り返せないんやて」
「へぇ・・・おもしろいこと知ってるんだね」
「えへへ」
なんでアンタが照れるんだよ。
「ん!?なんか今、失礼なこと言われたよーな気がするわ〜!まぁせっかくだからしりとりやろか?」
「そだね」
明らかに妙な状況になっているが、どちらもこの空気に耐えられなかったらしく、しりとりが開始された。涙沙からスタート。
「じゃあしりとりの《り》」
「《立体面図》」
「《図形》」
「《伊豆》」
「《図画工作》」
「《黒酢》」
「・・・《ずいずいずっころばし》」
「《心電図》」
「・・・・・・・・・《ズロース》」
「《スイングジャズ》」
「《頭痛》!!」
「《梅酢》」
マオ、しりとりでドSだった。《ず》攻めという鬼畜行為を平然とやってくる。涙沙が不満そうにマオを見れば、無機質な瞳と無表情で返された。
「ああ、そういえばローカルルールかもしれんけど!濁音は取って良いルールなんですよ、ウチの方は!」
「ああ、そうなの。なら取ってもいいよ?」
同じくドSの涙沙の闘志に火が点いた。にまっとブラックな笑みを浮かべる涙沙にマオは表情を変えずに頷く。
「じゃあ《スキル》」
「《ルーズ》」
「《スペースシャトル》」
「《ルイーズ》」
「《スキャンダル》」
「・・・・・・《ルナ・シルバースターストーリーズ》」
「《スロットル》」
涙沙の《る》攻めだった。なんだこの鬼畜しりとりは。お互いドSの名誉をかけて一歩も退かない。いや、マオは作詞者としてのプライドも賭けているのかもしれないが。
しかし濁音抜き許可をしてしまったマオは《す》攻め、圧倒的に不利だ。
「《ルネッサンス》」
「《スノーモービル》」
「《ルパン対ホームズ》」
「《スクランブル》」
既に歩みを止めて、互いにバチバチ火花を飛ばしながらの攻防。どちらも夢中、あるいはムキになると周りが見えなくなるようだ。
そして生憎、止める者がいない。しかしマニアックな言葉が出てもそれは何かと確認しないあたり、絶対に造語は言うまいという信頼がある・・・といえばあるのだろうか。
「《ルピナス》」
豆科の植物、別名『昇藤』です。
「《スコール》」
「《ルフトハンザ・エアポートエクスプレス》」
ドイツ空港が運営する列車です。
「《スタイル》!」
「・・・《瑠璃カケス》」
鳥の種類ですよ。
「《スチール》」
盗塁ね。
さすがに詰まるマオ、素直に《す》攻めを止めればいいものをそこは引けないらしい。
ふと、すぐ近くでカタカタと音が鳴っているのに気づいた。
そしてようやく二人は自分達の状況を思いだした。
引きつった顔を見合わせながらゆっくり音のする方を向く。
やけにサイズの大きな、膝の高さまであるからくり人形(お茶を運んでくるアレ)がいつの間にか二人のすぐ傍にいた
「ル・・・ルイス、酸!」
「あは!マオさん《ん》がついた!負けや〜!」
乾いた笑いを漏らしてみたが虚しい、この場でただからくり人形が通過するだけなどと都合のいいことがあるわけがない。
かといって背を向ける勇気もない、ゆっくりと後退っていると人形の口がかぱっと開いた。ほとんど反射的に、涙沙は横に避け、マオは持っていたランタンを顔の前にかかげた。風切り音がして何かが飛んでいく。
「え?なに?」
事態が飲み込めずぽかんとする涙沙にマオが引きつった笑顔でランタンを見せる。
ガラスが割れて、小さな矢が突き刺さっていた。
「ちょ・・・!シャレにならんわっっっっ!」
再び人形の口かぱっと開き矢が発射された、そこそこ幅のある道の真ん中だったことが幸いだ、植え込みギリギリまで避けて矢を避ける。
人形には動きを察知するセンサーがついているのか、二人が両側に避けたため、ぐるぐると動きながら迷っている様子だ。
二人はドSだった、《逃げる》コマンドを持ち合わせない性格だった。からくり人形如きに怖がるなんていうことが許せないほどプライドも高かった。
マオに関しては根はビビリだが、それを表に出したらドSが廃る。
可愛い子ぶる場合は例外だが、此処にいるのは二人だけ、被っている猫は分断されたその時に捨て去っている。
先程まで大人げない鬼畜しりとりを繰り広げていたとは思えないほど、静かに視線を交わし合い、アイコンタクトだけで互いの役割を決める。
まず涙沙が走り出した、一旦逃げるような姿勢を取ると人形が反応して涙沙の方を向く、それを確認してからマオがゆっくりと涙沙とは逆方向へ進む。
涙沙は途中で方向転換して人形に向かって全速力で走り、人形の口が開いた瞬間、横に転がる、その時にはもうマオが人形の後ろに立っており、力一杯人形の頭を蹴り飛ばした。
人形の頭が折れて転がる。念のため、胴体部分にも蹴りを入れて倒してからマオは涙沙を見て頷いた。
涙沙は転がったまま親指を立てて笑った。
「ちょっと冷や汗かいたわ〜、矢が真横抜けてった」
「まぁいいんじゃね、成功したんだし」
「この人、鬼畜や〜!ああそうだ、マオさん《ンドゥール》!」
「続いた!?しかも《る》攻め!?」
ユッスー・ンドゥール。セネガルの歌手。
しかし、しりとりに魔除けの効果はなかったのか、そもそもこの空間では無意味だったのか、時間を大幅に無駄にしただけになってしまった。
人形を確認していたマオがそれを見つける。からくり人形に見えたがどうやら電池式だったようだ。ランタンに入れる単一電池ゲットだった。
それを見せると涙沙は呆れたように笑った。
「まるっきりゲームやね、ミッションをクリアしてアイテムゲット」
「ったく、バカバカし」
「マオく〜ん!」
聞き慣れた呑気な声がした。
「ったく、バカがっっっ!」
「うあ!いきなり怒られた!」
道を曲がってきてのほほんと笑ったのは明希。さらに何か言ってやろうとしたマオの表情が凍った。そりゃそうだ、2メートルの猫を連れているのだから。
「ぱきしこーーーーーーーーーっ!!!なんじゃそれは!!!なんでもかんでも持ってきたらダメだって言ってるやろっっ!!」
その怒り方もなにか違う気もするが。
「マオ君、大声出さないでよ〜。アビちゃんが驚くじゃない」
「アビちゃん!?アビちゃんって言うの、そのデカイ猫!アビシニアンっぽいからアビちゃんとかどんなネーミングセンスだよ!?」
「え?俺、センス悪いかな?可愛いと思うけど」
とデカイ猫改めアビちゃんの後ろから現れたのは浅葱だ。どうやらアビちゃん呼びをしだしたのは浅葱らしい。
「悪いんじゃなくて、安直じゃ!あとなにを当たり前のようにそんな化け猫連れ・・・」
マオの正当な突っ込みに被せて輝かしい笑顔で涙沙が浅葱に駆け寄る。
「浅葱君!めっちゃ怖かったわ〜!浅葱君は?怪我してへん?」
「うん、大丈夫だよ。るいちゃんは?」
「俺は大丈夫っ」
語尾にハートマークが飛んでいる。すごい変わり身だと逆に感心してしまいマオは黙った。しかしなんとなく苛ついたので、明希をべしべし叩いた。
「なにすんだよ〜!」
「この、ぱきしこがっ!」
「人のあだ名を悪口みたいに使うな〜!」
「ぱきしこ!ぱきすたん!」
「ぱきすたんって言うなよ!」
「あ?悪い言葉じゃないだろ、むしろ明希が失礼じゃない?パキスタンに謝罪しろ!」
「・・・えっと、ごめんなさいっ!・・・・あれ?なんか理不尽だよ〜」
《バカップル》2組、無事合流。



さて残るはこの二人、しんぢとユッケだ。
「へぇ。俺は《影の薄いメンバー》で定着してるし、ユッケさんも面白くないからてっきり省略されると思っていたのにちゃんと出番回ってきましたよ、よかったですね、ユッケさん」
胡散臭いスマイルで言うしんぢにユッケは呟くように返す。
「なんか素直によかったね、って返せないのは何故だろうか・・・」
ナチュラルに悪口挟まれてたからだろう、たぶん。
「俺やユッケさんの総台詞、逹瑯さんの半分に満たないんじゃないかな。突っ込み役って羨ましい・・・」
「だったらしんぢさんもやったらいいんじゃないの?」
「いや、明希ならともかくミヤさんの唐突さには対応できないですよ」
「誰もできてないから、そもそも。俺なんてミヤ君と小学校の頃からの付き合いなのに未だに対応できないから」
「じゃあ一生できないでしょうね」
笑顔で言い切られた。
そりゃそうなのだろうけれど。
「しかし困りましたね、見事にみんなとははぐれてしまいましたよ。と言っても探しつつ迷路を脱出以外に手段はないですからさっさと行きましょうか」
「そうだね、うん。なにかこう画期的な方法も浮かばないしね・・・ミヤ君だったらきっと道具があれば植え込み壊して突っ切るんだろうけど、道具もないしね〜」
しんぢとユッケは脱力気味にそう言いながら《右手法》を使って迷路を進む。
「ユッケさん、なにもなかったら恐ろしいですね」
「え!?なんか怖いことあったら困るじゃん!?」
首を傾げるユッケにしんぢは淡々と言う。
「初期設定は守らないと、恒人君が言った通りこれは小説なんですよ?」
「しんぢさん!?」
ユッケが慌てるがしんぢは止める気がないらしい。
「小説です。状況がソリッドかつクローズドでるために登場人物は13人で固定されていますけど、だからこそ・・・何も起こらないと言うことは問題です。活躍しなければ埋もれます、え?あの人いたの?的扱いになります、俺にしてもユッケさんにしてもここらで一発何かをしなければダメなんですよ」
「アナタが恐ろしいよ!?怖いことは起こらないに限るでしょ!平穏無事に終わるならそれが一番いいじゃない」
少し先を行っていたしんぢはふり返って笑う。やはりどこか嘘くさい笑顔だったが、少しだけ挑戦的な雰囲気をたたえている。
「小説の登場人物が、小説内で起こったことを解決しようと動くのは当たり前ですよ」
「・・・・・・目からピックが落ちたよ!!そうだね!!」
「目にピック入ってたらさぞかし痛いでしょうね、そのボケも若干痛いですね」
「上手いこと言われたっ!?」
まぁピックは鱗よりデカイですからね。そして別に上手くもないけどね。
「だから俺は周囲がどんな強烈なキャラクターだろうが、胡散臭いというそのキャッチフレーズにかけて、胡散臭いまま乗り切ってみせましょう」
「なんだか意味が分からないけどカッコイイよ!しんぢさん!」
とにかく何かを納得したらしいユッケが考え込むように腕を組んだ。
「じゃあ俺は・・・逹瑯はいじめてくれないし、今更《てゅん☆》とか《ナリ!》とか言ってもバカ丸出しだし、ミヤ君みたいなリーダー気質じゃないし、逹瑯みたいに悪目立ちしないし、さとーみたいなファンタジスタじゃないし、俺にできること・・・って、なんだろう・・・」
「ユッケさん・・・影が薄いのは立派な個性ですよ」
全く心のこもっていない口調で言われた。
「・・・・・・泣きたくなってきたっ!」
と叫んだ瞬間、後ろから強い力で突き飛ばされた、何かに襲撃されたかと慌ててふり返ると、確かに襲撃はされたようだった。
自分のところの唄うたいに。
「なんか小汚ねぇキノコが生えてると思ったら、ウチのブログ担当じゃねぇか」
にやにやと笑いながら立っている逹瑯の後ろにはミヤもいた。恒人と英蔵もいる。
「ほら、なにも起こってないのに合流しちゃいましたよ?」
大仰な動作で肩を竦めるしんぢにユッケは乾いた笑いを漏らすしかない。
「・・・・・・俺にできること、俺だから思いつくようなこと、俺だからやってもいいこと、か」
それでも何かは得られたらしい。しつこくタックルしてくる逹瑯を押し返しながらユッケはそう呟いた。




迷路の出口。13人全員が無事合流した。明希、浅葱チームが連れてきた巨大猫改めアビちゃんは一部に突っ込まれ、一部に驚かれた後、浅葱が礼を言うと迷路の中へ帰っていた。
「・・・・・・ああ、で。全員無事だな」
巨大猫を手なずけた浅葱をさすがに唖然と見ていたミヤが気を取り直すように言った。
「まぁなんとかって感じだけどね、巨大蜘蛛とかどんだけパワーバランス悪いんだよって感じだけどさぁ!」
軽い調子で笑う逹瑯の隣で英蔵も頷く。
「さすがに武器がいると切実に思った・・・」
「素手で倒した人がそれを言いますか?」
その英蔵の肩に掴まった恒人が呆れ笑い。
「で、サトチさんが手に入れてくれた鍵であの離れのドアを開ければ今日は終わりかね?」
鬼畜しりとりで無駄にエネルギーを使ったのかマオが怠そうに言った。
「にしてもさとー・・・無茶苦茶するね・・・」
「なにがだっ!?」
「分かってないならいいよ、もう・・・」
こめかみを押さえるユッケにサトチはあくまで爽やかスマイル。
全員で扉の前へ移動し、サトチが鍵を差し込む。カチャリと音がして扉が開いた。
意外と重いそれを開けると地下へ続く階段が見える。
「また地下か・・・」
浅葱が重々しく呟くと同時にアラーム音が鳴った。
本日は終了。目覚めの時間が来たらしい。
歪んでいく世界で、できる限り明るく、それぞれ挨拶を交わす、笑顔で「それじゃあまた」と手を振る。









満ちた光はそのまま目蓋を差す日の光に変わった。
朝、いやもう昼に近い時間。今日もメンバー揃っての仕事だったなと思いつつ浅葱は目を開けた。横で丸まっている愛猫を起こさないように携帯電話に手を伸ばす。
「そろそろ本格的に困ったかもしれないな」
13人のうち1人の《裏切者》。そして夢の中で死んだら死ぬ。今回得られた情報は悪いものが多い。まぁあの怪しげなメイドの言葉を全て鵜呑みにするわけではないけれど。
寝転がったままぽちぽちとメールを打った。念のため、怪我をしていた恒人と英蔵に。
しばし愛猫に顔を埋め至福の時間を味わっているとメールが届いた。
立て続けに二通。恒人と英蔵からの返信。
《差出人:英蔵
 大丈夫です(^_^)持ち越していません。ツネも大丈夫だって言ってました(>_<)
ご心配おかけしましたm(_ _)m》
《差出人:恒人
 大丈夫です、起きたらなんともありませんでした。英蔵さんも大丈夫だそうです。
 心配かけてごめんなさい》
あまりに被っているその内容に笑ってしまった。くつくつと笑う浅葱に愛猫が何事だと目を開いた。
「ん?いや〜・・・本当に大丈夫なんだなって、大丈夫なんだ、きっと・・・」



目覚めたそこが自分のベッドであることを確認してからユッケはもう一度布団を被った。
「俺にできること、俺だからできること・・・」
こにくったらしい唄うたいが「ブログ担当〜!」とにやにや笑う姿を浮かべてため息一つ。
「ったくあのアホめ。だいたい俺は・・・」
天啓、というほどのものではないが閃いた。他のメンバーがやれば不自然さが漂うが自分がやるなら問題のない行為。そしてあの大型掲示板ではダメだったけれど、それならば悪意のない、純度の高い、それも真剣な意見をもらえるはずのこと。
素早く携帯を開くと、猛スピードでそれを作成する。

《2009−●−●−10:35:09
 テーマ:YUKEE
 怖い!

 なんかすごい怖い夢見た!
 友達に聞いたら「それリジーの部屋だよ」って言われた!
 リジーの部屋ってなに!?
 なんかヤバイらしい!!

 どうしよう、なんか怖い!
 

 みんななにか知ってたら教えて(汗)

 ■yukee■ 》


- 4 -

*前次#


ページ: