ドウタヌキ?


#1犬神アジテーション


俺達の青春は《不可思議》に満ちている。



犬  神  ア  ジ  テ  ー  シ  ョ  ン





高校生の本分は勉強であるとか言われているらしいがそれは嘘だ。勉強など学校生活においてはスキルの一つでしかない。高校生に一番必要なのはコミュニケーション能力であり場の空気を読む力だ、「KY」だなんて言葉が流行語になってしまう現代、人間関係で摩擦を起こさないことはそのまま生死に直結する。
学校生活はサバイバルだ、3年間は永遠のように長い。脱落して戻れなくなる奴なんていくらでもいるのだ、そして脱落したらもう後がない。
だから俺は当たらず触らず適当に絶妙に距離を置いて人とつき合うようにしている、深く関わらない、本音は喋らない。俺のように軽いハンディを背負っている人間は、クラスという集団において最低限のヒエラルキーを保つために細心の注意を払う必要があるのだ。その《ハンディ》について語るためにはこの世界について語らなくてはいけないのでまずそこから始めよう。
その前に自己紹介、岩上逹瑯、公立青嵐高校2年B組、取り柄はスタイルの良さと《ムードメイカー》というキャラ設定、成績は下の中、運動神経は並、家は中流家庭で一人っ子、まぁこの程度。
そしてこの世界は20年前にあるとんでもない大事件、大変革が起こった。一般の人々にとっては晴天の霹靂、TVの全チャンネルで総理大臣が訥々ととんでもないことを語るのでだれもがエイプリルフールの冗談を疑ったぐらいだ。まぁその日は11月11日だったらしいけれど。
20年前、国連加盟国のお偉いさん達が集まって色々語り合った結果、あることを全世界に発表したのだ。
その内容は魔法、魔術、超能力、そして様々な超常現象の存在を正式に認めるものだった。とはいっても宗教問題が絡むので魂の存在やらなにやらまで全てを一定にしてしまった訳ではなく、認めたかったのは魔法使いと超能力者の存在であり、それに付随する形での超常現象、まぁ日本では霊障だの言われるものがキリスト教圏では悪魔の仕業ですと言っても矛盾が起こらないように恐ろしく微細な取り決めがなされたらしい。
当然世界は大パニックに陥った、完全に収束するまで5年かかったらしい。その間に魔法使いや超能力者は《資格》扱いとなり、職業として一般化した。日本ではそういった人々を纏めて《能力者》と呼び、国家機関による能力の確認と登録が必要とされる。登録は義務であり《能力者》は力の程度によってランク分けされた《免許》を持っている、《免許》を持っていない者が能力を使うのは禁止。
そんな法律ができてようやく《能力者》は世間馴染んだというわけだ。
なにせ俺が生まれる前、そして物心がつく前の話なので詳しくは知らない、俺が言いたいのは一つ、この世界では《不思議なことがある》のだ。
最近の若者論みたいな冒頭からいきなりファンタステックになってしまって戸惑いもあろうがこれが俺が生きる世界だ、そして俺の《ハンディ》は俺の右目にある。常に眼帯できっちり隠してある右目だ。《ハンディ》を負ったのは中学2年の時、ちょっとした《不思議》に出会って俺の右目はなくなった、だから見せるわけにはいかないのだ。眼帯を外したらそこにあるのは人間の目ではなく、黄金色に輝く猫の目なのだから。



前フリも済んだところで物語を始めよう。矢口雅哲、その身に白き神を宿した少年の物語。語り部は引き続き俺、岩上逹瑯だ。



常に眼帯をしている言い訳については弱視のため両目で見るよりこちらのほうが楽だからということにしてある、俺の右目が猫であることを知っているのは家族を含めてごく少数。
《能力者》は世間に馴染んだとは言ったがそれは完璧に力を自律できる一部の人間であって俺のような突発的な事故車みたいな人間は論外なのだ。
畏怖され忌避される。
だから俺は学校という場で自分の立場を守る。常に眼帯をしているなんてそれだけでもうイジメの理由になりえてしまうのが学校なのだ。
実際、クラスの空気は悪かった。表面上は仲良くしているけれど誰もがピリピリしていて少しバランスが崩れるだけですぐに陰湿なイジメが起こりそうな雰囲気。
だから2年生に上がって二ヶ月、そいつのことが気になってしかたない。こういう言い方をするとまるで恋のようだが残念ながら青嵐高校は男子校だ。
その彼、矢口雅哲は窓際の一番後ろの席でいつも空を見ているか本を読んでいた。同じクラスになって二ヶ月になるというのにほとんど声を聞いたことがない。俺は社交的キャラを演じているので何度か声をかけたが何か喋ってくれれば良いほうでリアクションは頷くか首をふるだけ。誰に対しても同じ態度で授業中当てられても彼は黙って首を振る。でも成績は良いらしい、なんと学年トップ。殿上人だ。まぁうちの高校は偏差値が低いのでそこまで凄い事ではないのかもしれないけれど。
背がとても低くて華奢、冗談みたいに色白、顔はちょっと可愛い系だけど目が細くて、そのせいか目つきは悪い。
いや、外見や成績はどうでも良いのだ。高校生活において、この一歩間違えばイジメという生き地獄が待っている状況で孤高を貫けるという人間はいったいどんな精神状態なのだろう、それが気になる。
帰りのホームルームが終わると矢口はさっさと席を立ち、教室を出ていった。それを確認したところで俺は前の席の奴の頭を叩いて振り向かせる。
「いきなりなにするナリかっ!?」
変なキャラ作り、髪を金髪にしているのはこの学校では許容範囲内だが何を考えているのか前髪一直線の見事なキノコヘア。《いぢられキャラ》というもっとも危ない立ち位置を見事にこなしている男。福野優介、あだ名はユッケ。
「ウチのクラスの矢口ってのさ、あれなんなの?」
「ミヤ君がどうかしたなりか?」
「ミヤ君?」
「あ!いや、矢口君ね!」
俺が睨むとユッケは「きゅー」と変な声を上げた、可愛くないつーの。でもミヤ君ねぇ、雅哲の雅でミヤってとこだろう。なかなかセンスの良いあだ名を持ってるじゃないか。
「なにオマエ、矢口と仲良いわけ?のわりに話してるとこ見た事ないけど」
「・・・小、中と一緒だったんだよ、それだけだよ〜」
俺がさらに睨みつけてやるとユッケは渋々といった感じで口を開いた。
「昔はああじゃなかったんだよ、みんなのリーダー的存在っていうか、統率力があるっていうか、明るかったし・・・でもしかたないよ、あんなことがあったんだから」
「あんなこと?」
「ん〜。たつぅ、これあんま吹聴しないで欲しいんだけど・・・」
「しねぇよ、さっさと喋れ」
「ご両親が亡くなってね、それから変わっちゃったんだよ、いや正確には今の家に引き取られてからかなぁ」
ちりっと右目に痛みが走った、顔をしかめた俺をどう思ったのかユッケは続ける。
「事故でいっぺんに亡くなちゃってさ、俺、仲良かったからお葬式行って、でもその時はしっかりしてたってゆーか、しっかりしなきゃって思ってたみたいっていうか、俺にも普通に喋ってくれてさぁ、来てくれてありがとうみたいに、でも偶々遠縁の親戚が近所にいてそこに引き取られて、それから一ヶ月ぐらい学校来なくて、で卒業間近だったんだけど次に登校してきた時はああだったの。誰が話しかけてもあしらうし、近寄るなって空気出してるし・・・」
「ふぅん・・・」
「誰にも言わないでよ、分かってると思うけど」
そこだけはきっぱりと真剣な口調でユッケが言う。当たり前だ、家庭に事情があるっていうのもイジメの標的になりやすい理由の一つだから。
それでも矢口はこのクラスから浮遊している、浮いているんじゃなく浮遊。徹底的な拒絶。
「言わないよ、そのぐらい分かってる」
「それに今のミヤ君のことなら、ヤス君に聞いたほうが良いんじゃない?」
「ああ、まぁな・・・」
高安悟史、通称ヤス。とんでもない逸材だ、完全純粋培養の天然男、言うなればバカ。それ故に誰からも警戒されず、俺やユッケのようにクラス内ヒエラルキーに注意を払わなくとも上位をキープしていられる羨ましい存在。
バカだけど誠実で人情家、あのタイプの人間は嫌われない。嫌う奴はかなり性格が歪んでるだろう。確かにヤスは矢口と唯一コミュニケーションがとれる人間だった。といっても仲が良いわけではない、ただ他の奴よりはマトモに喋ってもらえるというだけだ。
俺達が最高でも一言しか話して貰えないところをヤスは三つぐらいの言葉で喋って貰えるというだけ。
教室を見渡すとヤスはまだいた。なにかなくしたのか机の中を引っかき回している。忘れ物グラフとかつけたらたぶんヤスがぶち抜きでトップだろうな。
「おい、ヤス!」
「ん〜?なんだべ、逹瑯」
「ちょっとこっち来て」
呼ぶとどたどたと嬉しそうに駆け寄ってきた、某動物番組の旅犬を思いだす。けっこうなイケメンだがヤスは全体的に犬っぽい。
「オマエさぁ、矢口どう思う?」
「どう思うって?」
きょとんとするヤスに俺はどう説明していいか少し悩んだ。
「だからさぁ、誰とも喋らないだろ、矢口って」
「ん?でも矢口、このクラスのこと嫌ってねぇぞ?」
「はぁ!?」
「だからさぁ、別にオレらのことが嫌いでしゃべらないわけじゃねぇってこと、すっげえ優しい奴だかんな!」
猫の目を持つ俺が人とは少し違うものが見えるようにヤスの目には矢口は特に奇異に映っていないらしい。天然で公平な男なのだ。人の良い面をあっさりと見抜き、それだけで相手を全肯定できてしまう男なのだ。つくづく羨ましい。それこそ嫌になるほどに。


二人と別れて俺は『社会科準備室』に向かった。ますます矢口への興味が湧いたのでもう一人の有効な人物に話を聞くためだ。クラス内で交流がなくとも彼なら何か知っているだろう、2年B組の担任教師、進学レンジャー・パープルの元へだ。《進学レンジャー》とはなんぞや?という疑問が当然ながら湧くだろう。青嵐高校は偏差値の割に進学率が高い、2年に一回ぐらいは東大合格者が出るぐらいのレベル。3年生になると組まれる進学コースの指導を担当し、偏差値の低いこの学校の生徒を大学合格へと導く5人の教師を俺達生徒は《進学レンジャー》と呼んでいる。国語担当の河村隆一、カラーはレッド。英語担当の小野瀬潤、カラーはブルー、数学担当の山田真矢、カラーはイエロー、理科担当の杉原有音、カラーはピンク、そして我らが担任は社会科全般(地理歴史公民)を担当する井上清信、カラーはパープルだ。
なんでこういう色分けになったかはそれぞれけっこうなおもしろエピソードがあるのだが大幅に本編とそれてしまうのでそれはまた別の話としよう。
全員ちょっと変人ながら取っつきやすく生徒にも人気があるが、井上教諭だけは取っつきにくい、雑談レベルならばむしろ面白い人だが、性格的にはなんであんたが教師なんだ!?と全力で突っ込みたくなるような人である。いや悪人ではない、むしろ教師じゃなかったら積極的にお友達になりたい素敵なキャラクターの持ち主なのだが・・・井上教諭は徹底的な放任主義なのだ、生徒間の問題は生徒で解決しろとそういうスタンス、それでも2年B組がイジメに到らないギリギリの均衡を保っていられるのは井上教諭の絶妙なバランス感覚のおかげではある、誰に対しても平等に突き放す。そういう人なのだ。積極的に俺達の問題に突っ込んだのは一度きり、今や伝説となった最初のホームルームで井上教諭はこう言った。
「今は学校裏サイトとか流行ってるけど、あれ作ったら即座に潰すからね、こんな狭い空間で面突き合わせてんだからネット使う必要ねぇだろ」と。
当然この言葉に反感を覚える者が即座に学校裏サイトなるものを立ち上げる馬鹿をやったのだが本当に即座に潰されたらしい、それもかなりエグイ方法で。
教師のくせにナチュラルにクラックを仕掛けてきたのだ、普通に犯罪だ。
またそのクラックの方法が怖かったようでやられた奴は本気で怖かったらしく詳しくは喋らなかった。
井上教諭、あなどれない。
変に秘密主義なところがあるため正体は不明だが、本当はどこかの大学の準教授らしいという噂が流れている。
むしろ教師にしとくには勿体ないキャラクターと言ったほうが良いだろうが。校則違反には恐ろしく無頓着で授業中に携帯を弄っていても着信音をならしたりテストのカンニングに使用しないかぎりは注意もしない(その代わりカンニングに使ったらそれこそ一瞬でバレる)服装や髪型にも文句は言わない。
言ってて怖くなってきた、絶対変だ、あの人。
校舎の端、一年中日の当たらないカビ臭い場所にある『社会科準備室』のドアをノックすると「どーぞー」という間延びした声が返ってきた。
滑りの悪い引き戸を開けると、井上教諭がこちらを見て目を細めた。
はっきりいって美形、同性でも思わずみとれてしまうようなとんでもない美形である、球体関節人形のようなどこか気怠げで退廃的で背徳的。女子校に赴任したら彼を巡って刃傷沙汰が起きそうな現実離れした美しさ。
「なんだ岩上じゃん?珍しいな」
そんな美形なのに生徒にフランク、ますます美味しいキャラだった。
井上教諭は「片付ける」という行為を知らないらしく社会科準備室は本が散らばっていた、どれもハードカバーの俺なら開いただけで眠くなってしまいそうな本ばかり。井上教諭は『サイの戦場』と書かれた本を煙草片手に読んでいた。
「なにを読んでるんですか?」
「今となっては古典論文って感じだよ。つーか説明したって分かるのかよ、オマエ」
「わかんねーでしょうね」
散らばっている本を見た『民俗学』『超心理学』『魔術』『呪術』そんな単語が踊っている本ばかり、分かりはしないけれど高校教師が読む本でないことぐらいは分かる。いや、校内にこんなに私物を持ち込んでいいのだろうか、教師って。
「なんかようなわけ?」
「・・・ウチのクラスに矢口雅哲っていますよね」
「一応自分の担当クラスの生徒ぐらいは頭に入ってるからね、知ってるよ」
いちいち変化球を投げてくる人だった。
「彼、まったくクラスに溶け込む気ないですよね」
疑問系ではなく断言としてそう言うと井上教諭は面白そうに首を傾げた。
「本人が溶け込む必要性を感じていないなら問題ないでしょ」
「気になるんですよ」
「それはなに、岩上が必死でクラス内の立場を守っているのに矢口はなにもせずにいるのが気になるってコト?」
これは変化球ではなくて嫌味だろうなぁ。
「まぁそうですよ。でも例えばヤス・・・高安は自然体でああしているから俺は単純に羨ましいと思うけど、矢口は違うでしょう?」
「無理してる感じだね」
分かってるんだよな、やっぱりこの人は。
「だから気になるんですよ、無理して拒絶する理由なんて・・・ユッケ、福野に聞いたら昔はリーダーキャラだったって言うし」
「だからなに?」
今度はやや鋭利で冷ややかな声が返ってくる。
「センセーのご意見もうかがいたいなぁと思いまして」
「矢口はちょっとばかり特殊だからなぁ・・・」
てっきりいつもの《自分達の問題は自分達で解決しろ》という言葉が返ってくると思っていた俺はちょっと驚いた。
「ああ、両親が亡くなったってとこですか」
「そんなもん特殊じゃねぇんだよ、つーかなんでオマエがそれを知ってるんだよ」
「福野だな」と井上教諭は苛ついたように指で机を叩いた。
「片親だとか家族を早くに亡くしたとかそういうのは《特殊》って言わないんだよ、何がどう心の傷になるかなんて人によって違うんだから、実際あれなんだよ、一回仲間はずれにされただけで一生閉じこもっちまう奴もいるし、拷問みたいなイジメ受けても立ち向かってく奴だっているしな、まぁ家庭の問題は確かに重いけど・・・」
そこで井上教諭は珍しく言葉を選ぶような表情を見せた。
「家族を早くに亡くしてしまうのは確かに辛いけど、そこに《愛情》って思い出があればいつか乗り越えていけるものだからな、だから矢口のは家庭の問題じゃぁねぇんだ、コレばっかりはなんとかしないといけないんだが、まさか岩上、オマエが興味持つなんてな・・・」
「俺ってそんな薄情なキャラですか?」
「排他的ではあるだろ」
鼻で笑われた。こういうところが本当に教師らしくない、あんまいないぞ生徒を鼻で笑う教師。まぁそれをやってもムカつかないってところがこの人のすごいところだが。
井上教諭は俺を観察するようにじっと見つめてきた。黒目に不思議な輝きがあって内面まで見透かされているような気がして居心地が悪い。
「それもありかもなぁ・・・」
その呟きは明らかに独り言の域だったので俺は答えない。
井上教諭はびしっと俺を指さした、何故か俺の眼帯をした右目を。
「岩上、好奇心は《猫》を殺すんだよ?」
「猫」の部分を強調して言って井上教諭は笑う。
右目が疼いた


社会科準備室をあとにして帰り道、家が適度に遠いため自転車通学である俺は愛車(青のマウンテンバイク)に乗って走っていた。右目の疼きは止まっている。
人気のない道にさしかかった時、スーツ姿の男に声をかけられた。
ごくごく普通、中肉中背で特徴のない男。でも目つきが剣呑、無視するという選択肢もあったがつい止まってしまった。
「君、青嵐高校の生徒だよね?」
「ええ、まぁ・・・」
ウチの高校は特徴的なブレザーなので地元の人間ならすぐに分かる。
「矢口雅哲って知ってる?」
・・・なんだ、この引きは、偶然にしては嫌すぎるが、嘘をつける雰囲気でもなかったので俺は素直に同じクラスであることを告げた。
「そうか、それは丁度良かった」
言葉とは裏腹にこいつ聞く前から知ってたんじゃないかという思いが過ぎる、右目のおかげで俺は直感の精度が高いのだ。
「アナタは矢口君のなんなんですか?」
「今は《父親》だよ」
近所に住んでた遠縁の親戚さんってことらしい、《父親》という言葉に妙な含みがあったのが気に掛かったが。
「雅哲は学校でどうだい?いや、これは聞くまでもなく《誰とも関わっていない》んだろう?」
苦手なタイプだなと思った、こういう会話の進め方をするタイプは人の話を聞かないのだ。
「あの子は心を閉ざしてしまっていてね、困っているんだ」
ダウトと叫びたい気分だ、この男は嘘をついている、これも直感だけど。
「どうだろう、あの子を《怒らせて》くれないかな?」
「はぁ!!??」
これには思わず声が出てしまった、今の会話の流れなら《友達になってやってくれ》とかそういう言葉がでるのが普通じゃないか?
「いやいや、一度感情を爆発させれば元に戻ると思うんだ、どうだろう?」
どうだろうじゃねぇだろう、なんだその変なミッション。
また右目が疼いた、気のせいか男の視線が俺の眼帯をした右目に向いている気がする。
「・・・別に、かまいませんけど、できるかどうかはわかりませんが」
とりあえず回避するためにそう答えると男は微笑んだ。嫌な感じの笑顔だった。
「自己紹介が遅れたね、私は三刃杜若(みつはかきつばた)だ」


夜、俺は眠れずに矢口のことを考えていた、わりと整った白い横顔、俺の席は廊下側の一番後ろであるため思い出せるのは横顔か空を見ている時の後頭部だけ。仏頂面で本に目を落としている横顔。
どうせなら可愛い女の子で頭の中をいっぱいにしたいのに同級生の、それも男子の横顔なんぞをベッドの上で思いだしているなんて滑稽だった。
それと《父親》を名乗った三刃杜若という男。三刃という名字に引っかかりを覚えた、どこかで聞いた事があるような気がする。
時計はすでに午前3時を指していた、さすがに眠らないといけない、俺は布団を被って目を閉じた。


翌朝、俺は優介に電話をして(早朝であったのでキャラ作りを忘れていたのかすごい口が悪かった)矢口の現住所を聞き出すと、通学路に先回りして矢口を待った。
通学路といっても家と学校の間で一番通りそうなルートという適当な予測だったので会えるか不安だったが矢口の姿を見つけることができた。
そこそこの距離があるというのに自転車ではなく徒歩。道の端で自転車を止めて立っている俺を見つけると驚いたように細い目を丸くした。
が、驚いたのは一瞬、そのまま無言で俺の前を通り過ぎていった、そうですか、そうきますか。
「俺、矢口のこと待ってたんだけど?」
そう言って腕を掴むと無表情で見上げてくる、俺と矢口はかなりの身長差があるのでまさに見上げるといった感じだった。
「なんで?」
矢口は小さな声でそう言った、ちょっとだけ舌っ足らずなのもあってますます聞き取りにくい。
「矢口と話したくてさ」
にっこりと笑ってみたがたぶん効果はないだろう、何故か俺はどう笑顔を作っても「軽薄そう」という烙印を押されてしまう。あれ地味に傷つくんだけどなぁ。
「俺は話すことねぇよ・・・」
また小声で言うと矢口は腕を振り払った、見た目より力はあるらしい。
「俺は話したいんだよ」
そう言う俺の言葉を無視して矢口はそのまま歩き出す、その背中に俺は声をかけた。たぶん効果的な一言を。
「ミヤ君!」
矢口の肩がびくっと震えてふり返る。
「岩上・・・なんでそれ・・・」
う〜ん、名前を覚えていてくれたとは、むしろそっちに感動。
「なんで変わっちゃったの?中学時代はもっと違ったんでしょ?」
矢口が明らかに傷ついた顔をしたのを見て俺は少し後悔した。
「・・・頼むから、俺に関わらないでくれないか」
矢口はそれだけ言うと背を向けて歩き出す。
俺はそっと眼帯をずらして右目をさらした、猫の目をさらした。
矢口の背中に禍々しい黒い炎を纏った巨大な白い犬の姿が見える。
やっぱりだ、やっぱり矢口は、彼は俺と同じだったのだ。
俺と同じ、異形の世界の住人だったのだ。


矢口が行ったのとは別ルートで学校へ着くと俺は教室へは行かず保健室に向かった。あの人物に会うための手段がこれしかないのだ。面倒くさい。
保健室の扉を開けると養護教諭の新倉薫が鬱陶しそうに俺を見た。
少し長めの黒髪、顎髭、整った顔立ちだが服のセンスは限りなく悪い。よれよれの白衣を着て、保健室だというのに煙草をふかしている。
「なんや岩上か、五月病なら殴って治したるからこっち来いや」
忘れてた、この新倉教諭も素晴らしいキャラだった。いつか徹底的に語らなくては。
つーかこの学校、何を基準に教職員雇ってるんだろうな。
「違います、ガラ持っていっていいですか?」
「お〜持ってけ、持ってけ、ついでに焼却炉にでも放り込んどいて」
「いやだなぁ、骨は焼いても骨ですよ」
「ははは!そやなぁ」
ジャラララと勢いよくベッドのカーテンが開いた。浅田誠ことガラの登場である。わりとカッコイイのに骸骨を連想させる骨っぽい外見に肩まで伸ばした髪が神経質そう。
「悪口が聞こえないようにお願いしたいな、保健室登校児の心はガラスのように繊細なんだよ」
そうぶつくさ言いながらガラはベッドから出てくる。俺と同じ2年生でクラスはA組。でも入学した時から保健室登校、いや、なんで入学したんだよ?ってところはいつか聞きたい。
なんで保健室登校児なんぞと友達かというと、1年の頃サボりまくってった時に知り合ったのだ、そしてちょっとした共通点があって友達になった。
ちなみにもう一人、この学校には保健室登校児がいるのだが、他の人間がいても姿を見せるガラと違ってこちらは滅多に出てこない、生徒の間でレアキャラ扱いされている人物だ。「見たら良いことが起こる」とか座敷童子のような噂まで付随している。
御恵明希という1年生で「保健室の眠り姫」という二つ名まである、ちなみに俺は一度見た事があるが「姫」超納得!って感じの可愛い子だった、本当に男なのか疑いたくなるぐらいに、まぁ良いことは起きなかったが。
閑話休題。
俺はガラの腕を掴むと廊下に出た。既に始業時間は過ぎているので人影はない。始業時間を過ぎているのに俺が此処にいることに対する新倉教諭からの突っ込みもない。
ついでに今日の一時限目は井上教諭の授業なのでサボっても怒られはしない、きっちり点数は削るんだけど、あの人。
「なんなんだよ朝っぱらから」
ガラは心底迷惑そうに俺を見る、そんなガラの首を後ろから掴んで耳打ちするように顔を近づけて言った。
「あの人に連絡を取ってくれないか?オマエしか連絡先知らないだろ」
「・・・右目の調子、悪いのか?」
ガラは俺の右目の正体を知る数少ない人物である、単純に同類だというだけだけれど。
「ちげえよ、でも問題が起こった、早急にあの人の力が借りたいんだ」
お願いする態度じゃないという突っ込みを入れてこないのはガラも俺に慣れたんだろうな、俺は下手に出るのが嫌いなのだ、キャラじゃないからね。
「早急にって言っても、近くにいるかどうかも分からないんだぞ」
「だから連絡してくれって言ってるんだよ、どうしてもあの人の、外法師、西村京さんの力がいる」



《能力者》が資格制であり登録制であることは語ったがそこから外れてしまう者もいる。単純に力が安定しないという理由から18歳未満で超能力や霊能力を使えても国からの認証は降りない。というのは表の理由。
一般の人間には語られない物語。その力があまりに強すぎる時、その能力があまりに規格外だった時、うっかり国にその力を申請したらろくでもないことになる。冗談のような話だが国家機関に取り込まれてしまうのだ。
強すぎる力は他人に恐怖しか与えない、そんな人物を国も野放しにしておけない。それがこの国の《能力者》に対する裏ルールだった。
当然それをよしとしない人間もいる、そういう人間は《能力者》でありながらそれを隠して生きることを選ぶかもしくは逃げる。逃げるのは当然法律違反だが、ことがことだけに指名手配というわけにもいかず、現在では国の対応は後手にまわっている。
国に登録していない《能力者》は《外法師》という名で呼ばれる。
ガラに先程連絡を取ってもらったのはその外法師だ。まぁ闇医者みたいなものを想像してもらえればいい。ただしこの西村京さんははした金しか要求してこない、彼の目的はそもそも金ではなくこういった《不思議》な事件や現象を解決することそのものだからだ。それについては後々話そう。
運良く京さんはこの町に来ているらしかった、すぐに待ち合わせ場所を決めて授業中の学校を抜けだし、自転車を走らせる。

この町の隠れパワースポット『葉隠公園』の中心にある幾何学模様のモニュメントの上に京さんは鳥が枝に止まるかのようにちょこんと座っていた。
人が登っていいモニュメントではないしそもそも登れるわけがない、その天辺に当たり前のように腰掛けている。
全身から漂うただ者じゃないオーラに俺は不謹慎にもわくわくしてしまった、この人は言動が普通からかけ離れているので会うと楽しいのだ、京さんはあまり俺を好いてはいないようだが。
自転車を止めて近寄っていくと京さんはひょいっとモニュメントから飛び降りた、しなやかな身のこなしで着地すると俺を見上げる。
相変わらず小さい。ミヤ君よりさらに5センチほど低い。つまり俺とは20センチ近い身長差がある。
黒いサロペットジーンズの下は素肌。首にバンダナをお洒落な感じに巻いていて、全身のいたるところにシルバーのアクセサリーをつけている。髪は赤と黒の斑。腕には刺青。この片田舎でこのファッションってだけでもうただ者じゃない、最高だ。
華奢な体躯ながらぎりぎりまで絞り込まれ均整のある筋肉のついた素晴らしいスタイル、相変わらず格好良かった。
「俺を呼び出すなんてええ度胸しとんなぁ、逹瑯」
俺よりはるかに年上のはずだがかなりの童顔。黒目がデカイこともあって子猫を思わせる顔立ちはめちゃめちゃ可愛らしいけど、俺は猫が嫌いなんだよなぁ。
「俺が即座に呼べる《能力者》なんて京さんしかいないんですよ」
「《能力者》ってだっさいよなぁ、俺、二つ名決めたで《ブラッティカーニバル》や」
「その意味不明な中二病っぽい単語は何処から出てきたんですか?」
「ああ、ネットの《二つ名メーカー》とかゆうので決めた」
八重歯を見せてすっげー良い笑顔で言う京さん。いや素晴らしいなこの人のキャラクター、惚れ惚れする。しかし《ブラッティカーニバル》とはソフトがランダムにはじき出したとはいえ言い得て妙だ、案外定着してしまうかもしれない。などと馬鹿をやっている場合ではないので俺は矢口雅哲のことを正確に丁重に話した。


「その犬っちゅーのは黒い炎を纏った白い犬で尻尾が二股やったわけやな・・・」
「これって妖怪ですよね?矢口はやっぱり何かに取り憑かれてるわけですか、取り憑かれたから性格が変わっちゃったんですか?」
俺の問いかけに京さんは冷ややかな視線を向ける。
「猫の目持っるぐらいで知ったかぶんな阿呆。あと自分で分かってることを他人を試すために疑問系にするな、不愉快や」
うわぁバレバレだわ、さすが《ブラッティカーニバル》さん、いや呼ぶのには適さないなこの名前。
「まぁそうですよねぇ・・・」
「その矢口って奴は自分の意志で《誰とも関わらない》ってスタンスを取っとる、でも原因を突き詰めればその《犬》ってとこまでは逹瑯も予想ついてんねやろ」
「ええ、でもその《犬》がなんなのか分からないんですよね」
「・・・その矢口の《父親》は《三刃杜若》を名乗ったんやろ?」
腹の辺りの大きめのポケットに両手を突っ込んだまま、京さんは少し顔をしかめた。
「九の刃の下に花・・・束ねる一刃も下に花」
「あ、一刃家の分家でしたか三刃は!」
「お、ちゃんと脳味噌入ってるんやなその頭、びっくりしたわ」
「さすがに基本、でしたね」
日本拝み屋最高会、通称《祝り人》全九家。尾下家《シャーマン》楠木家《僧侶》去風家《神官》塩薙家《忍者》濡羽家《鍛冶屋》信太家《陰陽師》丁屋家《管使い》有里家《修験者》そして一刃家《犬神憑き》。
まぁ一般教養のレベルではないがそちら側に詳しい者なら名前ぐらいは知っている。
三刃家は一刃家の分家、ここの一族は全員花の名前なのも特徴だ。胸のつかえが取れた。
三刃杜若という名前を聞いた時ひかかっていたのはこれだったのだ。
「ってことは矢口に憑いているのは犬神なんですか?」
「外見的特徴も合致しとるし間違いないやろな」
犬神、犬神憑き、言ってしまえば犬の悪霊。
「その矢口が《誰とも関わらないようにしていた》って行動にも納得がいくやろ?犬神憑きの人間はちょっと殺意を抱いただけで、人に怒りを向けただけで人を殺せてしまう、いや殺してしまうんやからな・・・」
「ってことは矢口は自分の意志に反して犬神を憑けられたってことになりません?」
「まぁ合理的に考えればな・・・ちょお待て、その矢口が三刃家に引き取られたのって中学の終わりって言ってたよな?」
「ええ、卒業間近だったとか。それがどうしました?」
「・・・おまえそれ、かなりヤバイで」
「ヤバイって?」
「はっきりいってもう一刻の猶予もない、いや此処まで持ったのが奇跡や。その矢口って子、死ぬぞ」


俺は再びマウンテンバイクを走らせ学校へ戻った。京さんの言葉を思い返す。
「犬神ってのはな契約なんや、契約霊。蠱毒なんかと同じ動物霊の使役。契約つーのはギブアンドテイクってことや、犬神は人間の魂を喰らって生きる。犬神っていうと呪殺の部分が強調されるがそれはむしろ人間側が犬神に与えるものなんや、犬神は人間に富を与えて犬神はその代わり人間の魂を頂く」
ペダルが重い、自分の体力のなさに腹が立つ、なんでもっと早く走らねぇんだよ、この自転車!!
「矢口は犬神に対して契約違反をしているんや、人間の魂を犬神に喰わせてやってない。犬神が憑いていれば富は自動的に集まってくるからどうしようもないが、矢口は徹底的に人との関係を絶って、誰も恨まないようにして犬神が人を襲わないように押さえ続けていた・・・契約違反者には罰がある」
息が切れる、町中でなければ《あの手》も使えるけどそれはできないのが悔しい。なんのためなんだよこの猫の目は。
「一定期間魂を与えられなかった犬神は主人に襲いかかる、この場合の主人は矢口や」
どんな気分だっただろう?リーダーシップがあるってことは本当は人と関わるのが好きな奴なんじゃないのだろうか、それなのに全ての関係を絶って、仲の良かったユッケに助けを求めることもせず拒絶して、独りぼっちで・・・そして知っているというのか?自分が犬神に喰い殺される事も知っているっていうのか、一人で、死んでいくつもりなのか?
矢口、おまえいったいどんな気分で生きてきたんだ?


自転車で昇降口の手前まで突っ込むとその場に放りだし、俺は校舎に駆け込んだ、一気に教室まで走って扉を開けると二時限目の授業中。突然入ってきた俺に河村教諭とクラスメイトが驚いた顔をしていたが全て無視して矢口のところまで一気に駆け寄る。
さすがに何事かという表情の矢口の腕を掴むと「ちょっと一緒に来て」と小声で言った。
「え?なんでだよ?」
「いいから来いって!!」
怒鳴ってしまった。教室内にざわめきが走るがかまうものか、クラス内ヒエラルキー?そんなもん今はどうでもいい。俺の剣幕に驚いたのか必死さが伝わったのか矢口は素直に腕を引かれて俺についてきた。
「ちょっと、たつぅ!?」
ユッケの驚いた声と、
「いってらっしゃ〜い」
という無駄に美声の河村教諭の声がした、ウチの学校の教師が変人ばかりであることに今ほど感謝したことはない。

とりあえず階段の踊り場まで矢口を連れて行って足を止めた、いきなり京さんの所に行ってしまうのはさすがにルールー違反だろう。
「岩上・・・今朝からどうしたんだよ」
矢口は困惑した顔をしていた、そりゃあそうだろうな、ろくに話した事もないクラスメイトにいきなり授業中に拉致されれば誰だって困る。
「時間がないから単刀直入に言うけど、矢口、オマエに犬神が憑いてるよな」
矢口は細い目をさらに細めて俺を見た、動揺したのを無理矢理隠したようなそんな表情。
「そうか、岩上は見えるヤツってわけか・・・気にするなって言っても無理があるよな、犬神だもんな・・・」
「まったく見当違いだよ矢口、俺は見えるヤツじゃあない、それに気にしてるのはそこじゃない、矢口は知ってるの・・・?」
巫山戯て言うことだってあるのに、この単語は、この一言は、現実を伴うとこんなにも重いものだったのか、口が渇く。
「このまま犬神を使わなかったら、矢口が死ぬんだよ?」
ほんの数秒の沈黙が永遠に思えた、俯いていた矢口が顔を上げた時、矢口は微笑んでいた。泣きそうな顔で笑っていた。初めて見た笑顔がこれなんて最悪だ。
「知ってるよ」
なんで自分の中にこんな感情があるのか分からない、単純に孤高を貫く矢口雅哲という人物が気になったそれだけなのに、俺と彼との間にはクラスメイトという以外なんの関係性もないのに、それどころか俺は人生のうちで誰ともまともな関係を築いてこなかったのに、だからこんな感情は初めてだ、こんな思いは初めてだ、《誰かを守りたい》なんてそんなこと、初めて思ったんだ。
「知ってるよじゃねぇだろうが・・・」
「・・・関係ないだろ、岩上には」
「関係あるね!矢口が死んだら俺が嫌だ」
「なんでだよ、ろくに話した事もないのに、なんでだよ?」
ああそうか、そちらの理由もあったのか《誰とも関わらない》ことで自分が死んだ時、傷つく人間を作らないようにしていたのか。
「俺、矢口を助けられる人を知ってる、だから一緒に来てくれないかな?」
「無駄だよ、俺だってそれなりにあちこちあたったんだ、でも全部無理だった、先に手が回ってて」
三刃杜若、分家とはいえ拝み屋最高会、高校生が辿り着ける程度の《能力者》に先手を打つ事は容易いだろう、ましてや犬神である、生半可な《能力者》ではどうにもならない。かなりの曲者だな、三刃杜若そもそも俺を矢口にけしかけたのは矢口に犬神で俺を殺させるためだったんだろうし、この部分はまだ矢口に告げないほうがいいだろう。
「それがなんとかなると思うよ、矢口、これを見て、俺を信じてくれないかな?」
俺は眼帯に手を掛けてそれを外す。京さんが作ってくれた様々な封印の呪文が描かれた眼帯を完全に外す。
猫の目を解放する。
矢口は今度こそ本当に驚いた顔をした。俺の右目、黄金色に輝く猫の目を見て驚愕の表情を浮かべる。
「中学二年の夏、俺はフェアリーリングに踏み込んで妖精の世界を見た、その代償に右目を持っていかれた、そして死にかけた。でもある人の助けで取り返した、いや代わりに妖精の右目を奪ったんだ」
あの巫山戯た二足歩行の猫型妖精のにやけ面を思いだす。
そして今、俺の右目はしっかりと矢口に憑いた犬神が見えていた。白い巨大な犬、禍々しい黒い炎を纏って、目を細めて俺を見ている、餓えて気が立っているのだろう、直視できないほどの殺気を感じる。
「絶対無理だと思ってもさ、なんとかなることもあるんだよ。だから矢口、最後に賭けてみない?だって・・・死にたくなんかないでしょ?」
矢口はもう驚きの表情を浮かべていなかった、真剣な、それでいて泣きそうな顔で頷く。
「当たり前だ、死にたくなんかねぇよ・・・」


矢口を後ろに乗せて自転車を走らせ(冗談みたいに軽かった、何食べて生きてんだ、この人)再び『葉隠公園』へ。先程とは一転空気が張りつめていた、何度か経験したから分かる、結界が張られているのだ。対人用結界、京さんが張るこれはかなり高度なもので京さんが選んだ人物は出入り自由だがそれ以外の人間はこの場所を見ることすらできない、現在この場所は異空間と化しているのだ、この町から『葉隠公園』そのものが消失している。
京さんに言わせれば此処がパワースポットだからこそなせる技らしいが。
矢口もこの空間の異様さを感じているのか少し緊張した面もちで俺の後を着いてくる。
モニュメントにもたれかかっていた京さんは俺達の姿を見ると早く来いとばかりに顎をしゃくった。
小走りで近寄っていくとアーモンド型の目を細めて矢口を見る。
「間違いなく犬神やな、それもけっこう強力なやつや・・・まぁ三刃ならこれぐらいのレベルは当然か・・・で矢口雅哲、オマエは俺にどうして欲しい?」
「この犬神を解放して欲しいです」
はっきりとした口調で矢口は言った、妙な言い回しだなと思う。「助けてくれ」でも「なんとかしてくれ」でもないのか。京さんは納得したように頷いた。
「ただな、少々守りが薄すぎる、それだけ強大な犬神になるとな、必要なものがいるつーか必要な人がいる」
「必要な人って《能力者》っすか?」
京さんは首を振って淡々と言った。
「《矢口雅哲》を必要として、大事に思ってる人間があと二人はいる」
矢口はその言葉に唇を噛んだ。
「そんなのいないですよ・・・」
「いるじゃん」と俺、矢口がそう思うのも無理はないけれどちゃんといる。
「まず俺でしょ、で、《あと二人》なら心当たりあるって!」
矢口が驚いた顔で俺を見上げる、なんだか今日は驚いた顔ばかり見ている気がするな、それだけでなんか新鮮だ。
「じゃあとっとと呼べや、あ、分かってると思うけど此処結界張ってるから電話なら外でかけろよ」
「あいあいさ〜」
俺は小走りで公園の外に出て携帯電話を操作する。まだ授業中のはずだが絶対出る、俺が矢口を無理矢理連れだした行為が此処で良い方向に働いた。
予想通り呼び出し音が鳴ってすぐに相手が出た。
『ちょっとたつぅ!ミヤ君をどこに連れてたんだよ、こらぁ!?』
ユッケ、キャラ作りが微妙に壊れていた、かなり動揺しているらしい。
「ユッケ、今どこだ?」
『それはこっちが聞きたいんですけど!君らを探して授業放りだして学校の外だよ、商店街の辺り!』
その時、電話の背後に聞こえた声に気づいて俺は慌てて言った。
「おい、もしかしてヤスも一緒なのか?」
『そうだよ、ヤス君も二人を心配して・・・』
「ユッケ!でかした!つーか今から俺の言う場所に光速で来い!馬車馬の如く走れ!」
『はいいいいい!?何言ってるのかな!?かなかなかなっ!!』
「おまえさ、矢口を助けたいか?これヤスにも聞いてくれ」
『はぁ?当たり前なりよ、ミヤ君はどう思ってるか知らないけど俺はずーっと友達だと思ってたんだから!・・・はいヤス君』
がさがさと音がして電話はヤスに渡されたらしい。
『逹瑯、なんかよくわかんねぇんだけど矢口が困ってんのか?』
「ああ、困ってる」
『で、俺達にできることがあるのか?』
「そうだ、俺達じゃなきゃできないことがある」
『ならやるに決まってんべ!!』
雄叫びを上げるヤス、つくづく馬鹿だが本当に頼もしい男だ。
俺は二人に場所を告げて電話を切った。

結界をヤスとユッケ用にも開いてもらって二人を待つ間、俺は緊張した雰囲気の矢口に声をかけた。
「あのさぁ・・・俺もミヤ君って呼んでいい?」
場違いな会話だとは思ったがなんだかすぐに言いたい気分だったのだ。
「え、いや別にかまわないけど・・・」
「じゃあ俺のことも逹瑯って呼んでくれる?」
「分かった」
「じゃあ京さんもミヤって呼んで下さいよ」
「なんでやねん!しかもそれ逹瑯が頼むことちゃうやろ!?」
「俺はなんでもかまいませんけど・・・むしろミヤのほうが呼ばれ慣れてるぐらいなんで」
「ああ分かった、じゃあミヤって呼ぶわ」
とまぁそんな青春っぽい会話をした。ミヤ君は少し恥ずかしそうで、京さんはものすごく居心地悪そうにしていた。ツンデレっぽい人だからこういう甘ったるい会話は苦手なんだろうな。
数十分後到着したユッケとヤスに全ての事情を話した、耐性のある俺と違い、いくら世間的にその手のものが認められているとはいえさすがに信じがたいようだったが、俺は二人にも猫の目を見せた。ミヤ君の事情だけ公開するのもフェアでない気がしたし先程の二人の男気に俺は心底感動したのだ。結果的に二人とも全ての話を信じてくれた、普段は邪魔なだけの猫の目だが力を持たない人間にも視覚的に捉えられる右目の異常が幸運に働いた。
ちなみに事情を話す間、俺が矢口からミヤ君呼びに変わったのに目敏く気づき「俺もミヤ君って呼ぶべ!」とヤスが言ったことも一応付け加えておこう。

事情の説明が終わったら此処からは専門家である京さんのターンだった。元々関西弁のわりに軽妙な響きは全くない感じの話し方をするのだが、仕事モードに入った京さんの声は厳かだった。
「まず最初に言っておく、100%の安全保障はできない、逹瑯達は90%、そしてミヤは70%ってとこや」
ミヤ君が顔を上げて俺達3人を見る、この状況で自分より他人の心配をするのか、この人は。
「問題ありませーん」
「おお!10%は大丈夫なんだな!」
「ヤス君、逆だよ!90%大丈夫で10%危ないんだよ!」
「おおお!?よくわかんねぇけど平気だっぺ!」
それに比べてシリアスにならない他三名だった。つーかヤスって損得勘定ナシで見境なく人助けるタイプだな、誰か手綱付けたほうがいいぞ。
そんな漫才めいた俺達のやりとりを無視して京さんは続ける。
「オマエらにやってもらいたいことは守りを固めること、といってもそこにいて、ミヤを心配してるだけでいい、人の誰かを思う心はそれだけで《結界》になる、まぁなるべくミヤを思う事に集中してくれてたほうがより確実やけどな。そして俺の力は異形の力や、変質タイプ、古い言葉を使えば憑依型シャーマン・・・と言っても分からんやろな、つまり力を使う時、俺は身体が変質して、変形する。カッコイイもんとちゃうで、ひたすらグロくて怖いもんや、心構えをしておけ、ビビって騒いだり逃げたりすんなよ」
これにはミヤ君もそしてユッケとヤスも神妙な顔で頷いた。
「ほな、始めよか」
京さんは右手のブレスや指輪を外してその場に投げ捨てる、あれはそもそも《封印》なのだ、京さんが行うのはそもそも淨霊でも除霊でもない、さきほどの説明はずいぶん適当だ、知っている俺からすれば適当すぎる。ビビるなっていうのはたぶん、無理な話だろう。最後の指輪を外すと京さんの右腕に変化が現れる、まるで内側から波打つかのように、皮膚内に無数の蛇でも潜んでいるかのようにぼこぼこと動き始める。
ミヤ君達が息を飲むのが分かった。
憑依型シャーマンを名乗っているのは方便なんだと思う、祭壇も呪文もない、理屈も理論もない、もしかしたら召喚ですらないのかもしれない。
もはや京さんの右腕は人間を放棄していた、肥大しそして破裂するかのように最終変形が終わる。
そこにあったのは巨大な口だった、鰐によくにているが獣のような太い毛がびっしりと生えている。鋭く白い牙を光らせて、右腕の口は荒く呼吸をしていた。
それはどこまでも異形で、どこまでも禍々しく、どこまでも神々しい、恐ろしく、美しい。《ヴォルバドス》と京さん自身は呼んでいる。
京さんの腕の変形は実際に視覚認識できるもの、つまり物理現象なのでユッケやヤスにも見えている。
三人は呆然とそれを見ていた。・・・いや俺、初めて見た時、前もって説明されたのに腰を抜かしたんだけど・・・俺がビビリなのか?
右腕がそんな状態にもかかわらず京さんは普通の調子で、無表情でミヤ君に言った。
「動くなよ、怪我するぞ」
「・・・はい」
ミヤ君は冷静だった、返事できるか、この状況で。
そして俺は眼帯を外していたのでそれを確認できた。
ミヤ君に憑いている犬神が怯えている、毛を逆立てて歯をむき出しにして唸っている。
「先に確認しとくが、オマエがこの犬神の主だってことは、オマエがこの犬神を作ったんやな?」
ミヤ君がかすかに震える、京さんの《ヴォルバドス》を見てもほとんど動じなかったミヤ君が、震えている。
「・・・脅されて」
「脅されて?」
「無理矢理、作らされました」
犬神を作らされた。その言葉を聞いて俺は頭が沸騰しそうな怒りを覚えた、京さんも顔をしかめる。《犬神を作る》ということがどういう意味か分からないユッケとヤスもミヤ君の反応でそれがろくでもないことだと察したのだろう、何かを堪えるような表情でミヤ君を見ている。
「なるほどな、三刃杜若、かなりのゲス野郎ってことか」
京さんはひょいっと犬神に向けて《ヴォルバドス》を突きだした。まさに川を渡るバッフアローに食らいつく鰐のように大口を開いて犬神に食らいつく。
『ぎゃん!!』という声がして犬神がミヤ君から引き離された。
《ヴォルバドス》にくわえられたまま犬神は苦しそうに身をよじる。
「もうオマエらにも見えてるんちゃうか?これが犬神や」
京さんはユッケとヤスにそう声をかける、二人は空中に持ち上げられた犬神に視線をやったまま小さく頷いた。
「それでは、食事の時間や、《ヴォルバドス》たっぷり食え」
京さんがこういった不思議現象に首を突っ込んでくるのは《捕食》のためなのだ、右腕に宿した《ヴォルバドス》に餌を食わせるための手段。
「ちょっと待ってもらえますか?」
突然そう言ったミヤ君に京さんは怪訝そうな顔をしながらも頷いた。
ミヤ君は前に進み出て犬神を見上げた、《ヴォルバドス》に捕らえられもがき苦しむ犬神にミヤ君は言った。
「・・・ごめんなさい。苦しい思いをさせてしまって、ごめん」
優しい声と優しい表情でミヤ君はそう言った。
京さんと俺は面食らった顔で、ユッケとヤスも不思議そうな顔でミヤ君を見る。
「本当にごめんなさい」
ミヤ君が頭を下げたその瞬間、犬神が眩い真っ白な光を放った、纏っていた黒い炎が一瞬で消え去る。
同時に捕らえていた京さんの《ヴォルバドス》が犬神を解放する。
犬神はもう禍々しさを持っていなかった、白い美しい犬の姿だった。それはくるりと一回転するとミヤ君の中に入った。
「おわっ!」
と声を上げたのはヤス、ミヤ君がそのまま後ろに倒れたからだ。俺とユッケとヤスが同時に駆け寄ってその結果、三人で頭を激突させるはめになった。感動的なコンビネーションだ。差し出した手のおかげでミヤ君の頭が地面にぶつかるのは防げたが、俺は地面力一杯キスしてしまった。地味に痛い。
「ああああああ、あの!?京さん!?あの犬神、ミヤ君の中に入っちゃったんですけど!!??」
ゼロコンマ何秒差ながら一番最後に駆け寄ったため一番ダメージの少なかったユッケがそう声を上げる。
ヤスがミヤ君を抱き起こすのを確認してから俺も顔を上げた。
京さんはなんとも言い難い表情をしていた。なんというか感動を通り越して呆れたというかそんな感じの。
「・・・だってあれ、犬神じゃなくなってたもん!」
語尾が「もん!」って!可愛いじゃねぇか!そんなこと言ったら殺されるだろうけど。
「え〜〜〜〜と。バカにも分かるように説明してくれっぺ!?」
ヤス、バカの自覚あったんだ。いや今はそれどころじゃなくて。
「どういうことっすか?」
いや、京さん。何故同じ質問をしたのに俺だけ睨むんだ、不公平だ。
「あれ、犬頭になったんやもん」
また語尾が「もん」だった。こっちが素なのだろうか?
「イヌカシラってなんですか?」
「犬の神様・・・犬神は《犬の悪霊》やっていうたやん、犬頭は《犬の神様》。つーかこんな事態俺かて想定してへんわ、めちゃくちゃやその子!」
そう言って京さんは気絶しているミヤ君を指さす。
「あんな、怨霊を祀って神様に昇華させる話は聞いたことあるやろ?平安時代の話によく出てくるアレな。それと同じことが起こったんや・・・すまん、まとめるから3分まって!」
そこまで言うと京さんは変形した腕を一振りして元に戻し、背を向けて座り込んでしまった。
「とりあえず、ミヤ君は大丈夫なんですよね?」
「超大丈夫や」
びっと親指を立てて京さんが言う。
まぁそれが一番大事なことだからとりあえず良いだろう。ヤスがミヤ君を運んでモニュメントの適当な位置に寝かせた。ベンチもあるけど遠いからね。
その前に俺達三人も座り込んできっちり3分、京さんも俺達のほうに近づいてきた。
「つまりこーいうことや・・・」
声に威厳が戻っていた。この人案外、突発事故に弱いな、弱点というよりは京さんのキャラだと萌えポイントって感じだが。
「ミヤは人と関係を絶って、犬神がうっかり人を襲わないように気をつけてた、それだけでかなりの意志の強さがいったはずやけど、それだけじゃなくて、ミヤは本当に誰に対してもネガティヴな感情を抱かなかったんやな・・・ずっと一人でいたけど、その間、普通に過ごしているクラスメイトを羨んだり、自分の境遇を嘆いたりはしなかった、むしろ優しい気持ちでオマエらを見てたんやろな。犬神は霊体やから主の感情をダイレクトに受ける、光の感情を受け続けてたからこそ、1年以上も主であるミヤ自身を襲う事がなかったんやろ、普通持って半年やからな」
口調は淡々としていたけれどミヤ君を見る京さんの目は何処か優しかった。
「感服するっていうかすごいわ、感心はせんけどなぁ、人が人を恨んだりするのは本来自然な感情やから、心の根底まで自分で抑制してまうつーのはちょっと行き過ぎや、でもそのおかげで犬神はちょっとづつ変わっていった、そんでダメ押しにあの時、犬神に謝った。自分を苦しめてきた犬神に謝罪した、それで犬神のほうも完全に怨みを昇華して、神に変化した」
「あのぉ・・・なんでミヤ君が犬神に謝る必要があったんですか?」
遠慮がちにユッケが言ってヤスもそれに頷く。京さんは軽く笑った。
「犬神を作らされたって言ってたやろ?犬神はな、まず犬を首だけ出して土に埋めてその前に餌を置いて餓えさせる、犬の餓えと人への怨みが限界まで達したところで犬の首を切り落とす。そうやって作るんや、ミヤは無理矢理とはいえそれをやってしまったことを申し訳ないと思ってたんやな、だから謝った・・・前代未聞やで自分の犬神に謝るやつなんて。さすがに俺の《ヴォルバドス》も神に昇華してまったもんはさすがに食えないわ、食事しそこねた」
「その犬頭はミヤ君の中に入っちゃってるわけですけど、問題はないんですか?」
「まぁ全くないとは言えないけど、超強力守護神が憑いてる状態やからな。影響は出るけど、犬神みたいに悪いことは起こらん。ミヤの精神力だったらコツさえ掴めばあっさり制御できるやろ、その犬頭も自分でミヤの中に入った、ミヤを選んだんやし」
「・・・だって、本当に酷い事をしてしまったなって、ずっと思ってたから」
いつのまにかミヤ君は目を覚ましていた。ゆっくりと身体を起こして、ミヤ君は続ける。
「脅されてやったとはいえ、犬をあんな酷い方法で殺してしまって、その上悪霊にしてしまったんだ、ずっと償いたかったけどどうしたらいいか分からなかった」
何人かの《能力者》の元へ行ったようなことを言っていたけれど、それは自分が解放されるためだけでなく、犬神を浄化する目的でもあったということか。
「だから俺の《ヴォルバドス》に喰わせたくなかったんか?」
「いえ、俺はそこまで善人じゃないですよ、でもせめて最後にあやまりたかったんです」
「・・・オマエ、変なやつやなぁ」
京さんに呆れたように笑われてミヤ君は少し困った顔をした。
それからミヤ君は立ち上がって俺達の前に立った。
「ユッケ、ヤス、それから逹瑯、本当にありがとう」
ミヤ君は笑顔で言った。とても心に染みこむ、めちゃめちゃ可愛くて、めちゃめちゃカッコイイ、素敵で最高な笑顔だった。
俺とユッケとヤスとミヤ君は手を取り合って、まずは《本当の友達》になることにした。



さて、危機は去ったが問題は解決していない。雑草は根っこから抜かなければならないように問題は根底から叩き壊さなければいけないのだ。そう、三刃杜若である。
俺の友達であるミヤ君を脅して犬神を作らせたなんてそれだけでもう万死に値する行為である。猫の目をもつ俺は猫のように執念深く恨むタチなのだ。
さっきまで沸騰していた怒りは今や氷のように冷たく、刃のように研ぎ澄まされていた。
怒っているのは俺だけではない、ユッケとヤスも怒り狂っていた。
「ぶち殺す!ぜってぇぶち殺す!八つ裂きにして塩漬けだっ!」
と完全にキャラを崩壊させているユッケと
「一発殴らなきゃ気がすまねぇ!」
となんとも片田舎のヤンキーらしい、そして単純な彼らしい素直な台詞を吐くヤス。
対する俺は無言、でも前記した通り、俺も怒り狂っている。
脅されて作らされたと言っていたが、意志の強そうなミヤ君をどんな風に脅したのかそれを考えるだけで吐き気がした。それが《犬神作り》だとは知らされずにやらされた可能性はあるが、今の世の中、それが何らかの呪術であることは分かったであろうし、残忍な方法で生き物を殺すなんていう行為をやらされたのだ、半端な脅しではあるまい。
そしてこの状況に一番ノリノリでルンルンでいけいけどんどんだったのは京さんだった、犬神食べ損ねたのがそれなりにご不満だったらしい。
三刃杜若の元へ乗り込めば、犬神が喰えるうえ、いけ好かない《祝り人》の一員を好きなようにできるというシュチュエーションは彼にとって最高なのだ。
三刃家へ向かうのは徒歩、自転車は俺のマウンテンバイク一台しかなかったのでしかたがない。京さんは「一度でいいからチャリンコの前カゴに乗ってみたいんや!」とか言ったが、生憎マウンテンバイクには前カゴはないし、そんな曲芸乗りはゴメンだ。
片田舎だって言ってるだろうが、明日から町歩けなくなるっての。
まぁ京さんのサイズなら前カゴなんか余裕で乗れそうだけれど、身長のこと指摘すると怒るくせに、その辺りはフリーダムな人だった。
ミヤ君だけはさすがに不安そうだったが、さきほどの京さんの《ヴォルバドス》と三刃杜若では《能力者》としての格が違うことは分かっているらしく何も言わなかった。
「一刃本家はとっくの昔に犬神による呪殺からは手を引いてるんや、現当主、一刃椿が犬神を呪殺ではなく単純戦闘用に作り替えてからな。今時律儀に犬神作ってるのなんて分家の中でも跳ねっ返りの三刃家だけや、杜若を叩いても本家が出てくる事はない、椿の性格上無視するからな、なーんも問題ない」
三刃家は現在、杜若一人。
他の拝み屋からも嫌われているらしいので潰してもなんら問題は起こらない。
俺は眼帯の下の猫の目をなぞった。京さんの《ヴォルバドス》とまではいかないが猫の目もただ《見る》だけの力じゃない。戦闘に特化した能力だってあるのだ。
三刃杜若、やってやろうじゃないか。


しかし俺達は三刃家に到着して、拍子抜けすることになる。
三刃家、ごく普通の日本家屋一戸建て、ちょと庭が広めのその家はもぬけの殻だった。
家財道具一式は置きっぱなしになっていたが室内を見てまわったミヤ君が
「なんか大事なものだけ持っていったみたいなんだけど・・・」
と困惑顔で言った。
大事なもの、金品や呪術道具などが全てなくなっているらしい。
「夜脱げしたんか!?」
「ヤス君、それを言うなら夜逃げだよ、脱いでどうすんの・・・」
「でも今、昼だっぺな、昼逃げか!?」
「あのね、別に夜間にものだけを夜逃げって言うんじゃないんだよ!」
と漫才を始めたユッケとヤスを無視して俺は京さんに声をかけた。
「どういうことっすかね?」
「綺麗になっとるな、結界を解いた痕跡があるし、杜若は自分の意志で出ていったみたいや、ずいぶん慌ててはいたみたいやけど。結界の解き方が乱暴やし・・・」
「京さんが攻め込んでくるのを察知した、とか?」
「攻め込むって人を赤穂浪士みたいに言うな、かっこいいやないか。俺の存在はそこまでメジャーでもないし、逃げる理由もないはずなんやけどなぁ」
赤穂浪士は《討ち入り》だと思うのだが、怒られるから突っ込まないでおこう。
そんな話をしていると奥の部屋を見ていたミヤ君が一枚の紙を持って戻ってきた、ますます困惑が強まったという顔でそれを俺達に差し出す。
「こんなものが置いてありました」

『念書・私、三刃杜若は今後いっさい矢口雅哲には関わりません』

京さんは紙を手にとって穴が開くんじゃないかと思うほど見つめてから言った。
「・・・これ呪符やん、しかも、こんな・・・初めて見たわ」
「なんなんですか?なんかヤバイもんなんですか!?」
「いやあ・・・ほんま、いやあって感じ。これ《能力者》用の契約書みたいなもんでな、これに書いたことを守らないと・・・怖いコトになる」
「怖いコトって!?」
なんか死ぬより物騒な言葉のような気がするのだが。
「怖くてえげつないコト、いや、使うヤツいたんだ、俺でも恐ろしくてよう使わんわ、こんなん。一応、聞くけどこれ、筆跡は杜若本人か?」
ミヤ君に紙を見せて確認するとミヤ君は頷いた。
「おい、逹瑯。オマエかミヤの周囲に《能力者》はおらんはずなんやろ?」
「俺は京さんしか知りませんよ」
「・・・どうも他の誰かが一枚噛んできたみたいやな。でもまぁとりあえずこの念書は本物や、今後杜若がミヤに関わることはないと断言できる、100%な」
「あ、あのこの念書どうすれば?」
「ん?一応オマエが持っとけ」
ミヤ君は顔を引きつらせた、イヤだろうなこんな不審物というか危険物引き取るの。
ややすっきりしない感は残るもののこうして問題はなくなった。



『葉隠公園』で京さんと別れると(犬頭の扱いなどについてはガラを通して自分に相談するように言っていた)狙いすましたかのように携帯電話が鳴った。井上教諭からだ。
うん、さすがに授業中にクラスメイトを拉致したのはまずかったかぁ。ユッケとヤスも結果的に出て来ちゃたしなぁ。
怒られる覚悟を決めて電話に出ると、いつもの調子ののほほんとした声で言われた。
『あれ、岩上、生きてたの?』
生徒に向かって何を言うんだこの人は。というかなんでそんな言葉が出てくるんだ?
「生きてますけど、ダメですか?」
『いやいや、それは上々だ。とりあえずそこにいる矢口と福野と高安と一緒にさっさと学校に戻っておいで。15分以内にね。一秒でも遅れたら切断しちゃうよ〜』
「どこをですか!?」
『部位は選ばせてあげようじゃないか』
「じゃあ枝毛でお願いします」
『分かった、枝毛ね。それは頭の?』
「おいおい、生徒に下ネタ吐いていいのかよ!?」
『相手は選んで言ってるからね、とにかく早く帰っておいで』
井上教諭は軽快な笑い声を上げて電話を切った。つーかなんだ今の会話。
葉隠公園から青嵐高校まで15分で行くのは不可能だ、まぁ切断は冗談だろうから俺達はのんびりと学校へ戻った。
友達と歩くというのは楽しいものだった。


青嵐高校に戻ると門の前に河村教諭が立っていた。人の良さそうな微笑みを甘いマスクに浮かべて仁王立ちしている。河村教諭はボクシング部の顧問だったなぁと思うと少し腰か引けたが、しかたがない。つーかユッケとヤス、俺の後ろに隠れてんじゃねえよ!三刃杜若の元へ乗り込んだ時の男気は何処へ行った!ミヤ君は並んでくれてるけど。
「岩上君、僕、校長先生に怒られちゃったよ、なんで止めなかったんだって。親にも怒られたことないのに」
とむくれる河村教諭。今の冗談だよな?でなきゃただのダメ人間発言だぞ。
「岩上君だけ社会科準備室に来てってイノちゃ・・・井上先生が言ってたよ。1秒でも遅れたら頭もぎ取るよ!とかなんとか」
怖い話になってる!怖い話になってる!!それをナチュラルに伝える河村教諭も怖いし、なまじ顔が良いだけになおのこと怖い。
俺はミヤ君達と視線を交わして引きつった笑みを浮かべた。


ミヤ君達は教室に戻り(ちなみに昼休憩の時間だった)俺は一人で社会科準備室を訪ねた、昨日ぶりだというのに散らばっている本の数が増えている。
その真ん中、長机の上に腰掛けて井上教諭は裁縫鋏を器用にくるくると回していた。
「遅いじゃねぇか、待ちくたびれて寝るとこだったよ」
「すいませんね、けっこう遠くまで行っちゃてたもんで」
「あっそ、じゃあここ座って」
井上教諭は座っている長机の前にパイプ椅子を反対に置いて指さした。そこに座ると丁度井上教諭の足の間に背を向けてことになるのだが。
「え?なんでそんなところに!?」
「こうしないと切りにくいじゃん、枝毛」
マジで切る気だよ、この人!
「いやいやいやいや!!どう考えてもあのやりとりはシャレでしょう!?冗談でしょう!?」
「失礼な、俺は生まれてこのかた嘘と坊主の髷はゆったことがないんだよ」
《日本人に生まれたからには一度は言ってみたい小粋な台詞》をこんな場面で適当に使うなよな!
半ば強制的に座らされて、シャキシャキと髪を切られた。
「岩上って髪薄いなぁ、若いのに・・・」
「ぐじゃぁ!?それだけは!それだけは言わないで下さい!」
だから伸ばしまくって誤魔化してるのに。鬼だこの人。
そういえば下に何かひかなくていいのだろうか?思いっきり俺の髪が床の上に落ちてるんだけど。
「生徒の問題は生徒で解決しろっていつも言ってんじゃん?」
「言ってますね、良いことだと思いますよ。大人が口出ししたって解決できないことのほうが多いんですし、そもそも誰も先生なんて信用してないでしょうしね」
「ふふっ、今の若い子でも尾崎ぐらいは聞くのかな?俺もよく盗んだバイクで走り出したり、窓ガラス壊してまわったりしてたなぁ・・・」
「そうなんっすか?なんか意外つーか、キャラじゃないような感じがしますけど」
「そうでもないさ、だからこそカッコイイ先生になろうって心がけてんじゃん?俺は金八先生を見て教師になろうって決めたんだから」
「アンタと金八先生って180度キャラ違うよ!なんで今更熱血教師みたいな態度とろうとしてんの!?」
「だからって冷血じゃあないんだよ、俺だってね・・・生徒の問題は生徒で解決すべきだけど、大人の力が必要な時はいつだって手を貸してやるさ、だから、矢口のことの後処理は俺に任せとけってこと」
この人、何を何処まで知ってるんだ?それに・・・
「あの、後処理って?」
俺がそう言うと井上教諭は露骨に嫌そうにため息をついた。
「悪い悪い、オマエがバカなの忘れてたわ」
「・・・いやバカなのは認めますけど、いったいなんなんでしょーか?」
「親権の話だよ」
「・・・は?」
「矢口の親権は現在誰にあると思う?」
「・・・あ!!」
顔を上げようとしたらジャキっと不吉な音がして髪の束が床に落ちた。


超ロン毛だった俺の髪は正面から見るとボブカットで後ろ髪だけ長いというこの片田舎にはファッショナブルすぎるヘアスタイルになった、井上教諭、教師辞めて美容師になったほうが良いと心から思う。いや、あんな性格じゃ客が逃げるか。
「そのほうが眼帯にも目にも似合うよ。俺は常々オマエの髪型が鬱陶しくてイライラしてたんだ」
と井上教諭に爽やかに言われ、教室に戻るとミヤ君達に「なにしに行ってたんだ!?」と驚かれた。まぁその後みんなして「カッコイイ」と太鼓判を押してくれたが。
さて俺の髪の毛の話なんぞどうでもよく井上教諭が指摘したミヤ君の親権やらなにやらのことだ。
便宜上名字はそのままだったがミヤ君は三刃杜若の養子になっていたらしく、これはかなりヤバイんじゃないかと思っていたのだが、宣言通り井上教諭は色々手を回してくれた。
法律のことなど俺はさっぱり分からないのだが微細な手続き(たぶん裁判所への申し立てとかそういうの)を残して上手くいったらしい。
結果的にミヤ君は1人暮らしをすることになり(高校二年生、別に異例ではないだろう)俺の家の近所にある木造アパートに引っ越してきた。
四畳半の狭い部屋だったがミヤ君はいたく気に入った様子だ。俺はユッケ、ヤスと共に引っ越しの手伝いを称して遊びに行かせてもらった。
持ち物はほとんど捨てて、最低限の物だけ持ってきたらしい、過去を振り切るために、乗り越えるために、思い出のものを全部捨てて、やり直す事に決めた。
教科書類に混じって机の本棚に数冊の文庫本があって『十五少年漂流記』と『蠅の王』が並べてあるには戦慄したけど、出版社同じだけど並べちゃいけない組み合わせだろう、それは。
「どっちが好きなの?」と聞いたら嬉しそうに「《蠅の王》だな!」って答えてくれたので良かったけど、俺も『蠅の王』のほうが好きだからね。どうもあの国民性テンプレが苦手なんだよね、十五少年は。
「それ面白いんか?どれか読んでみたい!」と言ったヤスに迷わず『はてしない物語』を渡すとこも良いなぁ、ミヤ君。
四畳半で四人、暑苦しくひっついてバカみたいに語り合った、計算もなく打算もない言葉達は次々と溢れてきて止まることを知らず、泣いたり笑ったり小突き合ったりしながら俺達は飽きることなく一緒にいた。


ここからは本当の後日談、一週間学校を休んで登校してきたミヤ君が俺達と普通に雑談しているのにクラスメイトは驚いたようだったが、本当の衝撃はこの後だった。
朝のホームルームの10分間、井上教諭から発言の許可を得て立ち上がったミヤ君はその10分間で2年B組を統率してしまった、支配ではない《統率》だ。アジテーションというと少々受ける印象が悪くなってしまうかもしれないがそれに近い。
これによりクラス内ヒエラルキーは徹底的に崩壊し、イジメが起こりそうな雰囲気、悪い空気が一掃されてしまった。
「だからね、ミヤ君はリーダーキャラなのね、統率力があるナリよっ!」
とかユッケが嬉しそうに言っていたが、これを統率力で片付けていいものかどうか。井上教諭は「当然」という顔をして見ていた。この人マジでどこまで把握してるんだろうな・・・
ともあれクラスの空気に注意を払う必要はなくなった、もちろん波風立てるつもりもないが、せっかくミヤ君やユッケやヤスと友達になれたのにクラス内では息を殺してなきゃいけないのかと不満に思っていたので、素直に嬉しい。
個人個人や小さなグループの些末な問題などもミヤ君は一日かけてクラス中を周り全て解決してしまった。人との関係を絶ちながらもちゃっかり人間観察はしていたらしい。帰りのホームルームの頃には羨望の視線がミヤ君に集まっていた。
まぁ唯一困ったことは、ミヤ君が変わったのは俺、岩上逹瑯が原因だと思われてしまったことか。一週間前の授業中拉致が効いたらしい。
俺がサブリーダーとか参謀的な目で見られるのは正直参る、俺にはそんな能力はないのだ。そのポジションなら意外と冷静なユッケか人望のあるヤスに譲りたい。


ミヤ君はよく笑うようになって、ちゃんと感情を表に出すようになった。クラスメイトもそんなミヤ君を受け容れた。
只一つだけ問題がある。ミヤ君の中にいる犬頭はミヤ君の感情に同調してしまうらしく、極端に感情を高ぶらせると、出てしまうのだ。
白い犬耳と尻尾が。
しかも物理現象、俺の猫じゃないほうの目でも見えてしまう。昔いたよな、こういう女の子向けアニメの主人公。生憎俺は獣耳属性はなかったが、案外似合うんだ、これが。といっても1年以上自分の感情を自律できていた彼のこと、人前でそれを出してしまうようなヘマはしないのでミヤ君自身が障害とも問題とも思っていないらしい。
が、俺らの前だと油断するのだ、彼は。
正直、手みやげにプリンを持って家に訪ねた時に嬉しそうな顔でぴょこんと犬耳を出された時はどーしようって感じだった。

目つきが悪いくせに甘味好きで、頭が良いのにかなりの天然で、真面目なわりに大雑把で、ポイントがたまにズレるけど聞き上手で、小さいくせに喧嘩が強くて、とんでもない統率力があるのにドジな彼。
矢口雅哲ことミヤ君。
その身に白き犬の神様を宿した少年。

俺の一番の友達だ。



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