#2天狗ナイトランナー
失った時間はけして取り戻すことはできない、過去を変えることはできない。魔法が当たり前になった現代でさえ《時間を操る魔法》だけは存在しない。
だから俺達はあやまちだらけの過去を抱えて生きるしかない、やりなおしはきかないのだ。
そんなことを、そんな当たり前なことは全部分かった上で彼は走り続けていた、ずっと走り続けていた、過去が取り戻せないのなら未来を取り戻そうと走り続けていた。
失ってしまった大切なものを探して、失ってしまった理由を探して、彼は夜の学校を駆け抜ける。
その《理由》がどんなに残酷なものかも知らずに。
御恵明希、『保健室の眠り姫』というファンタスティクかつ物騒なあだ名を持つ彼、漆黒の翼を持つ少年は、夜を走る。
失ったものを取り戻すまで。
天 狗 ナ イ ト ラ ン ナ ー
時刻が夜の8時をまわりいいかげん宿題に手を付けようとした時、俺は英語の宿題のプリントを学校に忘れてきたことに気づいた。
英語の担当である小野瀬教諭は青嵐高校には珍しい熱血教師で鉄拳制裁も辞さない人だ、そして英語は俺の唯一の得意科目でこれで点数を稼げないとさすがにやばい。学校まで取りに行くしかないと決意するまで15分、俺は矢口雅哲ことミヤ君に電話をかけた、教科書を取りに行くのにつき合ってもらうために。
福野優介、ユッケの家は夜間の外出を許すほど緩くはないし、高安悟史、ヤスはいくら夜出歩いても怒られない環境だが、俺の家からも学校からも遠い。そういうわけで俺は家が近所で一人暮らしという条件のミヤ君に電話をかけた。
いや、断じて一人で行くのが怖いわけではない、危ないからだ、怖いわけじゃない。
電話で用件を告げるとミヤ君は呆れながらも一緒に行くことを承諾してくれた。学校までの道程はあぜ道や堤防があるのため、さすがに日が落ちてから自転車を出す勇気がないので徒歩でミヤ君の住む木造アパート《銀湾荘》まで向かう。
しかし今時木造アパートなんてほとんど骨董品だ、さすが片田舎なだけあって町の新陳代謝が遅い。名前だけは洒落てるけどね、《銀湾》なんてふぁんたすてぃくー!とか思っていたら『銀湾』は秋の季語で『天の川』を指すのだとミヤ君が教えてくれた。ふぁんたすてぃくー!ではなく風流な名前だったようだ。
ミヤ君はアパートの前で手持ち無沙汰に立っていた、部屋で待っていてくれてもよかったのに律儀な人だ。俺の姿を見ると元々ちょっと尖った感じの唇をさらに尖らせた。
「おまえなぁ、忘れ物ぐらい一人で取りに行けよな」
「そう言ってもつき合ってくれるミヤ君はつくづく良い人だよねぇ・・・」
「誤魔化すなよ。まぁいい、さっさと行くぞ」
ポケットに手を突っ込んで猫背気味に歩き出したミヤ君に小走りで追いつく、まぁそんなことしなくても足の長さで俺がはるかに勝っているのですぐに追いついただろうけど。
ここで一つ、この世界における『学校の怪談』あるいは『都市伝説』について語っておく必要があるだろう、それを聞いてもらえれば俺が怖がりでないことも証明できるはずだ。
とはいってもこれは一般常識ではなく我らが担任の井上教諭が授業で教えてくれたものだ。
幽霊や妖怪はそれこそ当然のように存在するが『学校の怪談』や『都市伝説』は種類が違うらしい。
簡単に言ってしまえば『噂が実体化する』のだ。「口裂け女がいる」と大勢の人間が語り続ければ「口裂け女」は実体となり噂通りの行動をとる。といっても実際に危害を加えてくるほど強力なものにはなれないらしい。「人体模型が動く」という噂が学校中に流れれば、噂は無機物に力を与え、人体模型は本当に動き出す。
生き霊に近いもののようだ。人形をしたものほどよく動くとか、人々の思いが人体模型や肖像画を動かし、口裂け女や人面犬を実体化させる、人の思いというのは恐ろしいものだと井上教諭は語った。
愛媛県で本当にポンジュースの出る蛇口ができてしまったのはまた違うわけだ。
しかしなんで社会科の授業でこんな話になったのか不思議だが、井上教諭がそんなことを語ってしまったのは少々まずかったといえる。
俺達はバカな子供なのだ、当然みんな面白がって「青嵐高校七不思議」なるものをその日のうちに作り噂として流した。
といっても自分が怖い目に合うのはゴメンなので他愛のないそして害のないものばかりだったが。かく言う俺もその噂作りに加担した一人である。お調子者のムードメーカーキャラを守るためではあったけど、今は少しばかり反省している。
というわけで今、夜の学校はとても危険なのだ、あれだけ噂を流したのだから本当に人体模型が歩き回っているかもしれないし、トイレで太郎さんが手招きしているかもしれない。これを考慮すれば同行者にミヤ君を選んだのは正しいだろう。ミヤ君には犬頭が、白い犬の神様が憑いている。
「中途半端な霊や妖怪なら、見ただけで逃げるだろう」というのは《外法師》西村京さんの談。
ちなみに京さんは霊や妖怪を右腕に宿っているモノに捕食させるが《学校の怪談》や《都市伝説》は好みじゃないらしい、「寒天みたいな味」だとか。
ミヤ君と他愛もない話をしながら歩いているうちに学校にたどり着いた、やはりこの歳になっても夜の学校は不気味だ、黒々としていて、こちらに覆い被さってくるような圧迫感がある。
当然の如く閉まっている鉄製の校門を、ミヤ君は足をかけてひょいと乗り越えて内側に降りた。元々運動神経は良いほうだったのに加えて、犬頭が憑いたことにより身軽になったらしい。
俺がもたもたよじ登っていると手を貸してくれた。
「しかしやっぱり、夜の学校って迫力あるよな」
「さすがにねぇ・・・ミヤ君、怖くない?」
「は?別に怖くはないけど。怖がってるのは逹瑯だろ」
「いやいやいや!俺もぜんぜん怖くないですから!」
「へぇ・・・」
今、ちょっと馬鹿にしたみたいに笑ったよ、この人!
怖くないって言ってるじゃないか!
「あ、今気づいたけど玄関って鍵かかってるよね!?」
「・・・おまえ、なんの考えもなしにここまで来たのか」
心底呆れた表情でミヤ君は俺を見上げてくる、なんで上目遣いなのにこんな迫力あるんだろうなこの人、ちょっと三白眼ぎみなせいかな。
へらへら笑っている俺の額をミヤ君は手を伸ばして叩いた。めいっぱい伸ばさなきゃ届かないんだから無理しなきゃいいのに。
「一階の西端の部品倉庫、あそこは窓の鍵が壊れてるからそこから入れるんだよ」
「そうなの?よく知ってるねぇ」
「基本だろ」
基本って、ウチの学校の防犯大丈夫なのか?
「でもそれいつの話?もう鍵直されてたらどうすんの?」
「窓割って入ればいいんじゃねぇの」
「いやいやいやいや!アナタね、たかだか忘れ物ぐらいでそこまでしませんよ!?」
「そうなのか?」
とミヤ君は不思議そうに首を傾げる、この物事に対する基準値のズレっぷりが彼の天然さの根元である。
成績が学年トップってだけで優等生ではないからな、さりげなく煙草吸ってるし。
ウチの学校のような校則はあってないが如しみたいな場所だから不良に見られないだけなんだよね。
まぁさすがに喫煙は法に触れるのでバレたらやばいだろうけど。
俺の妙なロン毛やユッケのパッツンキノコ頭が許されているのだ、校則には『高校生らしい服装を』とあるけれど、そんな曖昧なもの守るヤツはあまりいない。
中庭を抜けて校舎の西端へ向かうとミヤ君の言った通り部品倉庫の窓が開いていた。身体を滑り込ませると真っ暗でカビ臭い。部品倉庫なるものがあるのは知っていたが入ったのは初めてだ。
「懐中電灯とか持ってくればよかったね」
と俺が言うとミヤ君はポケットからペンライトと取り出して点けた。・・・準備のよろしいことで。
「おまえさぁ、もうちょい先のこと考えて行動しろよ」
「いやあ、やっぱりミヤ君に一緒に来てもらってよかったなぁ!!」
ユッケやヤスならこう上手くいかないだろうしね。たぶんぎゃーぎゃー騒いで終わる。
「明日なんか奢れよ」
「らじゃーです!」
友達になってまだ一ヶ月もたってないのだが既に主導権というか手綱というか命綱というかそういうものをがっちり握られてる気がする、まぁ俺は先頭に立って何かをするタイプではないのでむしろ心地良いぐらいだが。
ミヤ君の人心掌握術レベルは半端じゃないからね。
部屋の中には地球儀やら(何故か)マネキン人形やらが置いてあった、その陰にはもっとあってはいけないものが置いてあった、日本酒の瓶が数本。
誰かは分からないが此処に酒を隠している先生がいるらしい、まぁ新倉教諭だろうな、校内に酒を隠す養護教諭、いろんな意味でやばいです。
どうでも良いマメ知識だが《保健医》というのは誤用であり、架空だ。新倉教諭のことを《保健医》と呼ぶと側頭部を殴られてしまう。
本当だよ、パソコンで「ほけんい」って打ってみ?変換できねぇから。
というわけで養護教諭と呼ぶのだがなんだか堅苦しいなぁ、でも新倉教諭は「保健室の先生」なんて可愛いものではないからしかたない。
などと俺が酒瓶相手に思いを巡らせているとミヤ君の舌打ちが聞こえた、反射的に直立不動体勢になってしまった自分に驚く。だって怒ると怖いんだもん、この人。
まぁ本気で怒ったら犬耳と尻尾が出てしまうのでそこまでいくと笑えるけど。
「どうしたの?」
「しまった、ドアに鍵がかかってる・・・でもまぁ掛け金だしな此処は」
ああ、外から掛け金がかけられてるのね、どうしようかと俺が言う前にミヤ君はドアに強烈な蹴りを入れた。
立て続けに三発、ドアがたわむほどのキック。
「よし、開いた!」
「よしじゃねぇんだよ、なにすんだよ!?」
「いいだろ、開いたんだからさ」
そう言ってミヤ君は扉を開けて廊下に出る。いや、誰かこの人に常識教えてあげたほうがいいよ、普段常識人に見える分ギャップで怖いよ。
うだうだ言っていてもしかたないので俺も廊下に出る、扉を確認してみると鍵を壊したわけではなく蹴った時の衝撃で鍵を外しただけのようだった。
俺が部品倉庫を出るとミヤ君は元通り扉を閉めて鍵を掛けた。
う〜ん、計算尽くなのか、しかし手慣れすぎてないかな・・・
「そういや宿直の先生とかっていないの?」
「オマエ漫画の読みすぎなんじゃねぇの、今時ねぇよそんなもん」
「そうなのっ!!??」
「まあ校舎が古いから宿直室は残ってるよ、偶に忙しい先生とか帰るのめんどくさい先生とかが泊まり込んでるみたいだけど」
「忙しいのはともかく帰るのめんどくさいって!?」
「ウチの教員にその点で突っ込み入れだしたらキリがねぇだろうが」
ミヤ君の対応は大人だった。常識には欠けていても大人の対応ができる人間だった。
廊下を歩くとやたら自分の足音が響いて不思議な気持ちになる、いや、怖いんじゃない。ちょっと昔読んだ怪談話を思いだしただけだ。
『クチャクチャハフハフ』とか、あれ怖かったなぁ・・・
「ミヤ君さぁ、ウチの学校の七不思議知ってる?」
「ああ、オマエらが流したやつな」
「まぁそうなんだけど・・・出るかな?」
「4月終わりなんかほとんどの生徒が喋ってたし、井上先生の言うとおりなら出るんじゃないか」
「人体模型と会ったらどうしようかな、ミヤ君、怖くない?」
「オマエ、その眼帯とればいくらでも幽霊や妖怪見えるくせになにが怖いわけ?」
ペンライトを俺に向けてミヤ君は笑う。
「それとこれとはまた別だよ、人体模型が歩いてたら怖いじゃん!」
「あ、やっぱ怖かったんだ逹瑯」
ひっかけられた!!怖いって言っちゃった!!
開き直ろうかなあと思っていたその時、ポーンとピアノの音が響いた。俺は思わずその場で飛び上がる。
「ミミミミミミミミ、ミヤ君!いいいいいいいい今の!聞こえた!?」
「ああ、聞こえたよ、ピアノの音。特別棟の音楽室からだったな」
そういや犬頭のおかげで聴力も上がってるんだっけか、って今はそれどころじゃない。
「どうしよう、逃げた方がいいかな!?」
「プリントどうするんだよ?」
「だって誰もいないのにピアノが鳴ってるんだよ!?」
「《夜中、誰もいない音楽室でピアノが鳴る》って噂流したからだろ」
「でも実際鳴っちゃってるんだよ!?」
俺に腕をがっしり掴まれたミヤ君はやはり呆れたように見上げてくる。
「でもそれだけだろうが。《夜中、誰もいない音楽室でピアノが鳴る》って噂を流した、尾ひれもついてないからそのまんまの怪談だ。だったら害はないから問題ないだろ、別にピアノが襲いかかってくるわけでもねぇんだし、ただピアノが鳴ってるだけ、教室と音楽室は別方向だし怖がる理由が分からん」
「・・・まぁそうだけどさ」
反論の余地もなかった。しかしミヤ君、肝が据わってるのか鈍いのかどっちだろう。
断続的に聞こえてくるピアノの音にビビリながらもなんとか教室に辿り着き、俺は無事、英語のプリントをゲットした。レベルの高いダンジョンにセーブなして特攻をかけた気分だ。これからは忘れ物には気をつけよう。
ようやくバクバク言っていた心臓も落ち着きを取り戻し、俺は意気揚々とドアの前で待っているミヤ君のところに向かった。
「ミ〜ヤ〜君、おわ・・・」
言い終わる前に俺の唇に手が当てられた。「静かに」とミヤ君は重々しい声で一言、俺も口を閉じて耳をすます。
足音が聞こえた、誰かが走っている足音、下の階を誰かが走っている。
足音はしばらく走ると教室の扉を開けて中を確認しているようだった、しばらくするとまた走り出す。
「・・・人体模型かな?」
「いや、これは人間の足音だろう・・・泥棒にしても変だが」
しばらくすると足音の主は階段を上がり始めた、こちらに近づいてきている。
「逹瑯、怖いなら向こうから降りて逃げるか教室に隠れてろ」
「え!?ミヤ君はどうすんのさ」
「泥棒だったらマズイだろ、正体を確かめる」
つくづく男前な性格の持ち主だった、やめてほしい、長生きできなさそうじゃないか、そして俺もそんな言葉を聞いて自分だけ逃げるほど人間として終わってない。
武器になりそうなものが何一つなかったのでとりあえず身構えた、ミヤ君はペンライトを下に向けて階段を駆け上がってくる音を聞いている。
階段を上り終わった足音の主のシルエットが見えた。細身で身長はミヤ君以上俺以下・・・つまり平均身長ってことになってしまうのだが。
「誰だ?」
ミヤ君はペンライトを床に向けたままそう問いかける。
相手は無言で近づいてくる、駆け足。
窓から差し込む月明かりで相手の顔が見えた。
幼くてちょっと女っぽい整った顔、耳には少し顔を動かすだけでじゃらじゃらと音が鳴りそうな大量のピアス、口と眉と鼻にもピアス。ゆるくウェーブした黒髪はアシンメっぽく纏めていて着用しているのはウチの制服だが、あちらこちらに安全ピンがあしらってあるその少年。
俺は思わず声を上げた。
「御恵?御恵明希か?」
会ったのは一度だけだけれどこの強烈な外見は忘れようがない、我が校の保健室登校児、一年生。「保健室の眠り姫」なるあだ名を持つ彼、明希は俺達を見て何故か落胆したような顔をした。
「岩上先輩と・・・えっとそちらは・・・・」
「矢口、矢口雅哲」
「矢口先輩でしたか、なにをやってるんですか?こんな時間に」
「オレらはちょっと忘れ物を取りに。いや、明希こそ何やってんだよ」
「・・・探し物か?」
ミヤ君の言葉に明希は少し目を泳がせる。
「まぁ、ちょっと野暮用ですよ」
どんな用事があれば夜の校内を走り回るのか想像もつかないが、明希の顔はそれ以上の質問を拒んでいた。
「そうか、気をつけてな」
それはミヤ君にも分かったようでそう言って深く追及はしなかった。明希は軽く頷いて「では失礼します」とまた走り出した。
少し行ったところで足を止めてふり返って言う。
「あ、特別棟には行かない方がいいですよ、さっき人体模型が歩き回っていましたから。不気味なだけで害はありませんが」
それだけ言うと今度こそ本当に走り去ってしまった。
っていうかマジで動いてたんだ、人体模型・・・うわぁ。
これから本当に忘れ物には気をつけよう。
俺達は階段を下りて、一年生の教室の窓から外に出た。
この時点で夜の十時半、これから家帰って宿題できるかな。
グラウンドには怪談を作らなかったけれど体育館には『自分の首でバスケットボールをする少年』という噂を流したはずだ、微妙に体育館から距離をとる俺をミヤ君が可笑しそうに見ていた。
校門の鉄柵によじ登った時、「あのっ!!すいませんっ!!」とバカでかい声が響いた、危うく落ちそうになったのをなんとかこらえきって俺は視線を下に落とす。
ウチの高校の制服を着た少年がそこにいた。
なにせ上から見下ろしている形なので正確には分からないがけっこう背が高く、俺と違って体格が良い。ただ顔立ちが子供っぽく、初めて見る顔なのででたぶん一年生だ。
学年を区別できるしるしはネクタイピンの色だけなのでこう暗くてはどうしようもない。
まったく街灯ぐらい増やせよな、市長、あとコンビニも!!
まぁ市長の顔も名前も知らないけどさ。
俺がどうでもいいことを考えているうちにミヤ君はひらりと校門を飛び越えてその少年の前に立っていた。
「俺達になにか用か?」
ちっこいけど眼力抜群のミヤ君に見上げられて、少年はちょっと戸惑ったような顔で言う。
「えっと、俺・・・1年B組の・・・スポーツバックですっ!」
と少年は肩にかけていた鞄を顔の前に持ってきて叫ぶように言った。
ミヤ君と俺がどうリアクションしたものか困っていると少年は恐る恐る俺達を見てがっくりと肩を落とした。
「滑っちゃったよ!フォローしてくれる人いないのに滑っちゃったよ!!」
落ち込んでも元気な子だった。
ていうかギャグだったんだ、今の。微妙なことこの上ない。
「改めまして、1年B組、白土友也です!!ゆうやって呼んで下さい!」
漢字じゃなくて平仮名呼びを要求されてしまった。
「ああ、俺は2年B組の矢口雅哲、こっちは同じクラスの岩上達郎」
「矢口先輩って学年トップのですか!!すごいですね!!」
「・・・そりゃ、ありがとう」
なんか微妙に距離感を掴むのが下手な子だな、大丈夫なんだろうか。
「あのですね、明希君見ませんでしたか!?」
鉄柵から降りかけていた俺はその言葉に反応しようとして足を滑らせて落ちた。
「なにやってんだ、おまえ?」と、冷ややかに言うミヤ君。まぁたいした高さじゃなかったんだけど、心配してくれたら嬉しかったなぁ・・・それはおいといて!
「ゆうやだっけ、オマエ明希の友達なの?」
打った腰をさすりながら立ち上がるとゆうやはやはり俺と同じぐらいの身長だった。俺のほうがちょっと高いけど、ここは譲りたくないね。
「明希君とは中学の頃からの仲良しですよっ!!芳春中学で一緒だったのですよ!!」
芳春中学って私立の進学校じゃないか。なんで青嵐高校なんかに入学したんだよ。
俺の怪訝そうな顔で何を思ったのか察したらしく、ゆうやは力いっぱい言った。
「俺と明希君は落ちこぼれの不良だったのです!芳春設立創立以来初の不良生徒だったのです!腐ったポンカンです!!」
「今のは本気かボケかどっちだぁ!!!」
思わず突っ込んでしまった。ゆうやはキラキラと顔を輝かせて嬉しそうに叫んだ。
「突っ込んでくれてありがとうございます!!ボケですよ!」
突っ込みを入れて礼を言われたのは初めてだ。
そんな俺とゆうやの会話を黙って見ていたミヤ君がため息と共に言った。
「いくら周りに民家がないとはいえ夜中なんだから声おとせ。あとゆうや、明希なら校内で走ってたぞ」
それを聞くとゆうやは途端に悲しそうな顔になった、今にも泣き出しそうな顔。
「・・・やっぱりか」
「やっぱり?」
「うあ!別になんでもありません!!マオ君のこととか!あ!いやなんでもないです!!」
ぶんぶん手を振ってゆうやは慌てたように言う。
「俺は此処で明希君待ってるんで、おやすみなさい!矢口先輩、岩上先輩!」
遠回しに「帰れ」と言われているらしい、なかなか根性が座っているな。
ゆうやに別れを告げて学校が見えなくなったところでミヤ君が口を開いた。
「《マオ君》ってさ、山口真生のことか?」
「まぁ《マオ》なんてそうそうある名前じゃないしねぇ」
「去年の夏、行方不明になったあの?」
「あ、そっかミヤ君はC組だったっけ。俺は同じクラスだったからよく覚えてるよ」
外見は少し軟派な感じだったがどちらかと言うと礼儀正しく面倒見がよくて真面目なタイプの人間だった。俺は特別仲良しというわけではなかったが、マオも社交的だったので付き合いはそれなりにあった。
完璧人間とは言わないが相手に誠意を持って接するので人気者。真面目とはいっても四角四面ではなく冗談も言う話上手、欠点らしい欠点はなかった記憶がある。
そんな彼が行方不明になったのは去年の夏休み、つまり一年生の夏休みのこと。8月の頭に突然姿を消した。
なにせ高校生の夏休み中の出来事だったので家族も最初はさほど心配しなかったらしい、元々マオは予告もなくフラリと遠出することもあったからなおのこと。それでも2日間連絡もなく、携帯電話もずっと繋がらない状態だったので3日目の朝、家族は警察に届けた。
でも警察はまともに取り合ってくれなかった、我が校、青嵐高校という不良学校の生徒、単なる『家出』だと思われた。
『事件性がない』と判断されて。
巫山戯た話じゃないか、マオは友人も多く、家族仲だって悪くなかった、そんな人間が、周囲の人間になにも告げずにいなくなるのは不自然だ。
確かに彼は突然小旅行に出る趣味があったが、それも仲の良い友人にはちゃんと話していたのだ。
そしてマオは家出をするタイプではない、明るくて良識ある人なのだ。
これだけ熱く語っておいて情けないことに、俺はなにもしなかった、同じクラスのマオと仲が良かった人間もなにもしなかった。
誰かが言ってくれたらきっと後に続いたのになんて言い訳にすぎないけれど、いきなり降りかかった《非日常》に俺は、俺達はどうすることもできなかったのだ。
俺の眼帯の下の右目は、猫の目はなんの役にも立たなかった。
もっと最低なことは月日が過ぎるにつれそんな焦燥もなくしてしまったことかもしれない、でも正直怖かった、考えることが怖かった、行方不明になって3ヶ月もすると、もう彼は生きていないんじゃないかと思えてきて怖かったのだ。
だから俺は考えることをやめた、思考を停止させてしまった。
「逹瑯」と俺を呼ぶミヤ君の声で俺は意識を浮上させた。
「なんかは分からんが、過去自分ができなかったことで自分を責めるのはやめとけよ?」
「・・・なんですかアナタ、エスパーですか!?」
「只の犬頭憑きさ。というかオマエはぜ〜んぶ顔に出てるんだよ」
「なんかもう嬉しいやら悔しいやら・・・よよよよ」
泣きマネをする俺の肩をミヤ君は軽く小突いた。
「ところでさ、御恵明希って名前、どこかで聞いたことある気がするんだが」
「そりゃウチの学校じゃあ有名人だからね」
「そうじゃなくて、もっと昔に・・・なんか繋がりそうで繋がらなくてもどかしいな」
「繋がりそうって?」
「《行方不明》って単語から喚起させられる記憶が・・・う〜ん、ダメだ出てこない」
たまにミヤ君はよく分からないことを言う、思考回路が違うんだろうな。
・・・いや確かにミヤ君は学年トップで俺はヤスとビリケツ争いだけれどそういうことではなく、いや、そういうことなんだろうか。
あ、最初の自己紹介の時、成績は中の下だと言ったけど、本当は下の下です、見栄張りました、すいません。
「そういえばマオが行方不明になってからほとんど学校に来なくなったヤツがいたよ、マオと一番仲の良かった二ノ宮慎司・・・えっとしんぢってあだ名の」
「それってあだ名なのか?只の発音のニュアンスじゃないか」
「ミヤ君、ここに突っ込むならさっきのゆうやにも突っ込めよな。まぁともかくあんまり来なくなった」
「マオを探してるのか?」
「そうかもね」
話をしているうちに銀湾荘に着いたのでそこで別れた、胸にモヤモヤしたものが溜まっていたが、とにかく今日は帰ろう。
5月も終わりのまだ少し肌寒い夜のこと、これがあんな出来事に発展していくなんてこの時は思いもしなかった。
翌日、なんとか英語の宿題をこなし俺は自転車で銀湾荘に行った、ミヤ君が自転車を持っていないので二人乗りで学校に行くのがもはや習慣となっている。
マウンテンバイクの後ろ、二人乗り用の立ち棒に乗ってすぐミヤ君が言った。
「御恵明希は思い出せなかったけど、白土友也は思いだしたぞ」
「ん?彼も有名人なの?」
「いや、サッカー部でさ、よく小野瀬先生から怒鳴られてるのを見かけたなってそれだけなんだけど」
小野瀬教諭はサッカー部の顧問。鬼コーチだ。
「サッカー部ね、確かにスポーツ少年っぽかったけど」
「だな。そういえば俺、浅田君に用があるから一時限目ぶっちするわ」
浅田ってガラの本名なんだけど、俺は普段「ガラ」と呼んでるからなんか違和感があるな、京さんは「まこ」って呼んでるし。
「え〜、じゃあ俺も行く!今日の一限なんだっけ?」
「体育、いいかげん時間割覚えろよな」
「なんだかんだ言ってサボる教科選ぶよね、ミヤ君って・・・っていうかミヤ君いつも体育サボってない?」
運動神経いいはずなのに。
「成績落とすと井上先生がうるさいからな」
おっと、体育のとこは流されちゃった。
「嘘だぁ。気にしないでしょ、あの人は」
「いや、俺が中間テストで一位とるのに一万円賭けてるからって」
「生徒のテストでトトカルチョやってんのか、ウチの教師陣は!!」
すっかり忘れていたというかあえて考えないようにしていたけれど、もうすぐ中間テストなんだよな、憂鬱だ。
「トトカルチョって誤用だぞ?まぁもう一般語の部類だからいいか」
「知識系の突っ込みは胸に突き刺さりますよ、ミヤ様!」
「バカの自覚があるヤツに言う分には問題ないと判断して言ってるから」
「ミヤ君ってよくその性格で1年以上も孤高を貫き通せたよねぇ・・・今更ながら感心しちゃうよ」
「こういうことはオマエらにしか言わねぇよ、友達だからな」
「えっと、もうワンランク上で!」
「親友だからな」
「ミヤ君愛してるっ!友愛的に!」
「黙れデコパグ」
べしっと頭を叩かれた、本気で照れてるんだろうなぁ。
まぁ俺も恥ずかしいんだけど。
途中、軋んだ音を立てるママチャリに乗ったヤスとデッドヒートになりながら学校へ到着、校門の前に生徒指導として立っていた杉原教諭に嫌な顔をされたが気にせず笑顔で通り抜けた。
朝のホームルームだけ参加して教室を抜けだした。ユッケも行きたそうだったけれどヤスが体育好きでサボらないのを知っているので残ることに決めたらしい。ヤスって運動バカなわりに部活は入ってないんだよな。
「俺は一つのところにしばられたくないんだべ!」とか言っていたけれど、たまに助っ人としていろんな部活に呼ばれている。
保健室に入ると新倉教諭の姿がなかった、しかし薬品臭いのではなく煙草臭い保健室って全国探しても此処だけだよな。
ガラはいつもの指定席、手前のベットの上で正座していた。
ミヤ君がメールで行く事は伝えておいたので待ってたらしい。
「なんだ、逹瑯も来たのか。ミヤ君だけ来たらよかったのに」
「あ?何言ってんだよ、俺がわざわざ会いに来てやったんだから喜んで踊り回れ。つーかあれだな、オマエが校内歩いたら七不思議が追加されるな《骸骨模型が歩き回ってる》って」
「・・・オマエなんか目じゃなくて口を盗られればよかったのに」
「猫口萌え属性でもあるのか?マニアだな」
「いいからオマエ帰れよ。あ、ミヤ君はこちらへどうぞ」
ガラは俺を睨みつけてからミヤ君に微笑みかけた、骨のくせに器用なことしやがる。
「浅田君、急にごめんな」
「ガラのことはガラって呼んで欲しいんですよ」
変なキャラ設定してんじゃねぇよ。たまに敬語になるし、変なヤツなんだよな、こいつも。
「そうか、じゃあガラ君な」
ミヤ君は言われた通りにガラの隣に腰かけたので、俺は無理矢理二人の間に割り込んで座った。
「いや、マジで帰ってくれないか?本気で邪魔なんだが」
「またまた、ツンデレだねガラは。ミヤ君もツンデレだから両手にツンデレだ!」
「・・・逹瑯、帰れ」
地の底から響くような低音でミヤ君が言った、目が笑ってない、というか顔も笑ってない、つまり怒ってる。
「すいませんでした、もう減らず口ききませんから此処に居させて下さい!」
「ならよし」
ガラは感心した様子でミヤ君を見た。
「すごいな、どうやって調教したんです、これを」
《調教》って俺は犬かよ!?
「それはもちろん、飴と鞭で」
ミヤ君ものってんじゃねぇよ、つーか飴の割合少ないです、もっと飴を下さい。
両手いっぱいの、溺れるくらいの飴を下さい。
ってポエム読んでどうするんだ俺!
ガラへの用事というのは犬頭に関する微細なもので、ガラが京さんに確認してくれるということで済んでしまった。まだ10分ぐらいしかたっていない、授業に戻るのも面倒だったので俺達はベッドの上に座り込みトランプでダウトを始めた。
3人でダウトって死ぬほど不毛なのだが暇つぶしには最適だからね。
順番は俺、ガラ、ミヤ君だ。
「A、ところで明希はまだ来てないの?」
「2、まだ来てない、あいつは来る時間まちまちだから」
「3、その明希だけど、昨日の夜中校内を走り回っていたぞ」
「4、いつもあんなことやってんの?」
「5、いつもやってるらしい、新倉先生も知ってる、黙認状態」
「6、なんであんなことやってんのさ」
「あ、逹瑯それダウト」
なんでバレるかな、確かに出したのは6じゃなくてKだったけど。
俺がカードを集めている間にガラが言う。
「なにか事情があるらしいが、俺には話してくれないんだ。新倉先生も知らないらしい」
「明希ってさ、ゆうやと仲が良いの?」
「白土友也か?ああ、毎日訪ねてきてなにか話してるから良いんだろうな」
「二人は山口真生と何か関わりがあるのか?」
ミヤ君の言葉にガラは目を細めた、何かを考えている仕草。
「いや、俺は知らないな」
ガラでも知らないのか、なんだかんだ言って情報通なヤツなのだが。
扉が開く音がしたので新倉教諭かと思ってのぞくとそこにいたのは話題の主である明希だった、俺とミヤ君の姿を見て一瞬嫌そうな顔をする。
「なぁ明希、昨日・・・「俺に・・・
俺の言葉を遮って明希は俺を見た、昨日と同じ拒絶の目で。
「俺に関わらないで下さい、詮索もやめて下さい、ゆうやが何を言ったかは知りませんけど、岩上先輩達には関係のないことです、俺の問題ですから」
言葉でも徹底的な拒絶をすると明希は一番奥のベッドに行ってカーテンを閉めた。
まるで少し前までのミヤ君みたいだった。
気まずい空気になってしまったので俺達は保健室を後にした。ガラが「行かないでくれ」と目で訴えてきたがそれは無視だ。
保健室を出てすぐのところで新倉教諭に遭遇した。前髪が伸びすぎていているうえにくわえ煙草。ほんと顔は良いのに残念な人だ、髭が無精髭ではなくお洒落髭なので外見に気を使わないタイプなのではなくセンスがないんだろう。これ口にしたら絶対殴り飛ばされるだろうな。
「矢口、岩上、授業中やぞ、なにしとんねん自分ら」
「廊下で煙草吸ってる人に言われても説得力ないんですよ」
とミヤ君、新倉教諭は楽しそうに口角を上げる。
「ちょ〜っと前まで一言もしゃべらんかったくせに、言うようになったやん。岩上の悪影響か?」
「これが地です。逹瑯は関係ありません」
「冗談や、それくらい分かれや。でも矢口、煙草は隠れて吸えよ」
ミヤ君は動揺したように口を押さえる。
「吸ってませんよ」
「嘘つけ、見たら分かんねんそんなもん。まぁ若いウチはしゃあないけどなぁ」
生徒の喫煙を黙認する養護教諭だった。というか「見たら分かる」ものなのか?
「そういえば新倉センセー」
「なんや岩上、殴って欲しいんか?」
「マゾじゃないんでけっこうです。なんでコンビニの袋なんか下げてるんですか?」
俺は新倉教諭が持っている袋を指さした、青い看板が目印の有名チェーンのものだが、この近くにコンビニはない、車でも20分といったところか。
「ガラと明希の朝飯や、あいつらほっとくとなんも食べんからなぁ。生徒の健康管理は俺の仕事や」
だから煙草吸いながら言っても説得力ないつーの!
「すぐそこの弁当屋のじゃダメなんですか?」
ミヤ君は窓の外を親指で指しながら言う。たしかに青嵐高校は目の前に弁当屋がある、個人経営の店で安くてボリュームがあって美味しいので金のないウチの生徒には大人気なのだ。一番人気は唐揚げ弁当280円、ご飯を味ご飯にランクアップしても320円なり。昼休み時、この弁当屋までなら行くのを容認されている。鬼の杉原教諭が校門で見張ってるけど。
「いや、ガラも明希も偏食でなぁ、なかなか適当なのがないんや。まったく最近のガキは、俺なんかセミ食って生きてたぞ」
ウチの養護教諭は昆虫の生態系のトップに立っているのだろうか?
「セミを食べてたんですか?」
ミヤ君が真面目に聞き返す。
「ん?間違えた、セミじゃなくてアメリカザリガニや」
間違えようがない気がするんだが・・・まぁアメリカザリガニを食べるというのは聞いたことがある。いや、まて、この人いったい歳いくつなんだ。
「ガラが偏食なのは知ってますけど、明希も偏食なんですか?」
たしかガラは生物が食べられない、あいつの家、寿司屋なのに。
そう考えるとキテレツ大百科のブタゴリラって立派だよな、野菜命だもんな。本名が出てこないけど・・・あとでユッケに聞こう。
「岩上、質問しといてほかごと考えんな。明希はなぁ偏食っていうか・・・米とか麦とかあと豆類が口にできないんだよな、アレルギーに近いのかもしれんけど・・・まぁ珍しいな、他にもちょいちょい食べれんもんがあるし」
「何食って生きてんですか、明希は!?」
「まぁ豆類以外の野菜とタンパク質はとらせとるけど、不思議と身体は健康なんや・・・
ってオマエら無駄話はええから授業戻れや」
珍しく先生らしいことを言って新倉教諭は保健室に戻っていった。
俺の隣ではミヤ君が難しそうな顔をして何かを考えている。
「どしたの?」
「いや、またなんか海馬が刺激されたというか・・・何かを思いだしそうなんだがな」
「御恵明希君でしょ、知ってるよ〜」
四限目の終わりのチャイムが鳴る前に窓から飛び出して購買に行き、限定30個の焼きそばパンをゲットしたユッケは「もちろん」という顔で言った。
ちなみにヤスも同じ方法で焼きそばパンをゲットしている、焼きそばパンは一人一個しか買えないのだ。ちなみに俺にはコロッケパン、ミヤ君にはチョココロネを買ってくるように指示を出していたのだが忘れずに買ってきてくれた。
四限目の授業が国語、つまり河村教諭だったからできた技だが。井上教諭が放任主義なら河村教諭はことなかれ主義である。
そういえば「市長の名前を知らない」と言ってしまったが、市長は河村教諭の父親なので必然的に「河村市長」なんだよな。
「早く失脚すればいいのに」と度々河村教諭がこぼしているので親子仲は悪そうだが。
閑話休題。
というか本当にどうでもいい話だったな。
「御恵明希だよ!?名字がめちゃくちゃ珍しいし、男で明希ってのもかなり特殊だもん、さすがに覚えてたよ。だから入学したって聞いて驚いたのに、ホントに三人とも覚えてないの?」
焼きそばパンを囓りながらヤスがデカイ声を上げる。
「そんなに覚えてなきゃオカシイのか!?」
「う〜ん、ヤスとたつぅは学区が違ったからね〜。っていうかミヤ君が覚えてないってのが驚きだね!ま、ウチは一応青年団入ってて親父が駆り出されたから覚えてるのかもしれないけどさ」
だんだんイライラしてきたので俺はユッケの焼きそばパンを奪って一口食べた。ユッケは「てりゅー!」とか変な声を上げている。
「まどろっこしいんだよ、さっさと話せ、このパッツンキノコ!!」
「うっさいよ!順序ってもんがあるだろ、禿げパグ!」
「あれ?オマエ、まわし飲みとか同じ箸使うのとかダメなヤツじゃなかったっけ?」
ミヤ君がまったく本筋と関係ないことを言って俺の手から焼きそばパンをとって一口食べ、ユッケに返した。
「嫌がらせの時は身を切るのよ」
「その根性を世界平和のために使ってくれ・・・で、ユッケ、話の続き」
「半分になっちゃったじゃん!もう!だからさ、8年か9年ぐらい前だよ、その時の行方不明事件の被害者っていうか当事者が御恵明希君だったじゃない」
ミヤ君は細い目をかっぴらいて「思いだした!」と言った。
俺も朧気だが記憶にあった、なにせ小学校時代のため学区外の情報はほとんど入ってこなかったが、山狩りがあったり、ビラが配られたりけっこうな騒ぎになったはずだ。
学区内、つまりミヤ君とユッケは明希と同じ小学校だったことになるが顔見知りではなかったらしい、まぁ小学校は横割り社会だからしかたあるまい。
二人の話を総合し、記憶を埋め合わせるとこうだ。
二人が小学校二年生か三年生の頃、御恵明希は忽然と姿を消した。(つまり明希は二年生か一年生)
10月半ば、山の中腹で明希は同級生達と遊んでいた、日暮れが近くなりそろそろ帰ろうという時になって同級生達は明希の姿がないことに気づいた。
周囲を探すと烏池というため池の近くの巨大な松の木の傍に、明希の靴が綺麗に揃えて置いてあったが肝心の本人の姿がない。
烏池は水遊びができるようなところではないし、既に寒い季節のこと、小学校低学年とはいえさすがに奇妙なものを感じた同級生達はすぐに大人を呼んだ。
そこからは大騒ぎだった、池をさらい、山狩りを行ったが明希の姿はどこにもない、まさに煙のように消えてしまったのだ。
事件か事故かと警察も出てきて街中を探したが、明希の姿どころか足取りもつかめない。
つかめないまま二ヶ月が過ぎた時、明希は突然見つかった。烏池の六地蔵の前に不思議そうな顔をして座っているのを青年団の人間が見つけた。
ユッケとミヤ君が知っているのはここまで、明希は同級生達には行方不明になっていた間のことを話さなかったのだ。
「たぶん、明希は《天狗攫い》にあったんだろうな」
納得がいったという顔でミヤ君は続ける。
「状況から言って《神隠し》だけど、烏池の松の木っていったら天狗が出るので有名な場所だし、さっき新倉先生が言ってただろ、明希は米や麦、豆類が食べられないって。それって《穀物》が食べれないってことじゃないか?」
「それが天狗攫いと関係あんの?あとミヤ君、かっこよく喋ってるとこ悪いけどチョココロネからチョコ垂れてるよ」
「おっと」
ミヤ君は垂れたチョコを慌てて舐めた。泉こなたか。
「天狗攫いにあった人間の後遺症として事例が上がってる、修験道にある《五穀断ち》が元じゃないかって話だ」
言ってることカッコイイのに唇にチョコついてますよ〜!ホントこの抜けっぷりは天然記念物だな。
「うお〜!ミヤ君すげぇ!!どこで知ったんだ!!」
感動した様子で顔を輝かせるヤスにミヤ君はちょっと困ったような顔をした。
「犬神に憑かれてた時に自分でなんとかできないかと思って調べたんだ、隙を見て杜若の持ってた資料をあさってな」
三刃杜若の名前を聞いて怒りがぶり返した。解決したとはいえ曖昧なままだ、死ぬまで許せない人間がいるとしたらそれは三刃杜若だろう。
ミヤ君はもう気にしなくて良いと言ってくれているが、俺の怒りは俺のものだ、これに関してはいつか決着をつけたい。
「しかし、奇妙な偶然だな、ゆうやの口ぶりと明希の態度から見て二人はマオと友達なんだろう、そのマオも行方不明、か・・・」
唇についたチョコを親指で取ってなめながらミヤ君が言う。だから台詞がカッコイイのに行動が女子だよ、あなた!
「マオ君も《天狗攫い》にあった、かつて《天狗攫い》にあった明希君にはなにか感じるものがあって・・・いや、でも夜の校内を走るのに繋がらないなぁ」
ユッケも真剣な顔で言うが焼きそばがこぼれている、あれだな、ご飯食べながら真剣な話をするって行為がそもそも間抜けなんだな、新発見。
「いや、《天狗攫い》にあうのはほとんどが女子供だ」
「15、6歳って昔なら大人だったかもしれないけど今の時代じゃ子供だよ、その辺りって変化しないの?」
俺の疑問にミヤ君は苦笑した。
「まぁ例外だってあるかもな」
「なぁなぁ!その《天狗攫い》ってどれだけの間いなくなっちまうんだ!?」
いつの間にか焼きそばパンを食べ終わっていたヤスが言った。
「数ヶ月から数年、決まってないな。帰ってこないパターンだってあるのかもしれない」
「かもしれない?」
「実話系怪談のタブーって知ってるか?誰もいなくなってしまったり体験者がそれを誰にも語らずに消えてしまったりする話はボツだよな、《誰がそれを伝えたの?》てことになっちまうからさ。それと一緒だよ、行方不明になって帰って来なかったらただの行方不明だろ」
ミヤ君の言葉にヤスは目を白黒させて唸った、犬か。
「だからね、ヤス君。《天狗攫い》にあった子が帰ってきて《天狗に攫われた》て言ったからその子が《天狗攫い》にあったって分かるわけでしょ?帰ってきて証言しなきゃなにも分からないじゃない」
ユッケの丁寧な説明を聞いてヤスはぶんぶん頭を振って頷いた。
「ま、例外があるとすれば《寒戸の婆》かな、あれは《神隠し》だけど」
「それ知ってる。《遠野物語》だよねっ」
「なんだ逹瑯、日本系にも強いのか?」
ミヤ君は意外そうな顔で俺を見た。確かに俺の猫の目はフェアリーリングに踏み込んだのが原因だったので知識は西洋系から埋めていったのだが、さすがに《遠野物語》ぐらいは押さえてる。
「ちょっと〜二人だけで納得しないでよ〜!」
「仲間外れは禁止だっぺよ!」
不満そうなユッケとヤス。軽くミヤ君と目線を交わしあって俺が説明する役に決定した。
「寒戸っていう地方で一人の女の子がいなくなってしまった、30年以上経ったある冷たい風の吹く日、その子の生家にボロボロの着物を着た老婆が訪ねてきた。その老婆が行方不明になった女の子だったんだ、親類達は家に入るように言ったけど、その老婆はそれを断って帰ってしまった、それ以来、冷たい風の吹く日になると寒戸の婆が来そうだなぁと言うようになったとか」
めっちゃアバウトに纏めてしまったが本で読むと素晴らしい話なのでオススメだ。
「なんで家に入らなかったんだろーな、なんかすっごい大変な事情があったんだろうなぁ・・・」
ヤスは昔話に対する反応まで優しい男だった。つくづく良いヤツだ。
「明希のパターンと符合してる部分があるよな・・・」
「ん?」
「今、逹瑯がはしょった部分だけどさ、その女の子が消えた時、梨の木の下に草履が置いてあったってとこ」
「そういえば、そうだね・・・」
明希の場合は松の木の下に靴が揃えてあったんだっけ、確かに出来すぎというか変な符合だ。やはり明希の行方不明は《天狗攫い》で間違いないということか。
「そっちが絡むならさ、事情によっては力になれる気がするんだが明希は話す気ないみたいだしな・・・」
犬頭が憑いているミヤ君、猫の目を持つ俺、手の届く範囲は狭いけれど、最終的にはガラを通して京さんの力を借りる手だってある。
「なぁなぁ、俺がゆうやに話し聞いて来たらいいべ?」
机につかまってガタガタ揺らしながらヤスは言う、動いてないと喋れないんだろうか。
「え〜話聞くならミヤ君が誘導尋問で引っかければいいべ?得意でしょ、そういうの」
軽い揶揄を込めて言ったら予想通り、ミヤ君は俺を睨んできた、やった!
・・・なにが「やった!」なんだ、自分で自分が分からない。
細い目をさらに細めてミヤ君は少し口角を上げた。
「無理だな、ああいう単純ストレートなタイプは誘導尋問には引っかからないんだよ、話すと決めたら話すし話さないと決めたら話さないんだ。誘導尋問に引っかかるのは逹瑯みたいに妙に裏を読もうとしたり逃げ道作って喋るタイプだ」
うわぁ、10倍返しぐらいにされてしまった。誰か!回復魔法唱えてくれませんか!
「ん〜〜?だからさぁ、俺、ゆうやと友達だから話してくれるように言うって〜」
ヤスの言葉をユッケと俺とミヤ君は一瞬理解できずにポカンとして、5秒後に叫んだ。
「「「はぁぁぁぁぁ!?」」」
「うお!なに!?」
「ヤス、ゆうやと友達だなんて聞いてないぞ?」
「うん!今初めて言ったっぺ!」
「ヤス君、なんでさっき言わなかったの?」
「ん?言うタイミングあったっけ?」
「・・・ヤス」
「おう!」
「ばーーーーーーーーーーーーーーーーーーか!!!」
きっと俺の言葉が一番的確だよな、バカ。
「ならヤス、ゆうやに話聞いてきてくれるか?」
ミヤ君のお願いをヤスが断るわけがないと思ったがヤスは首を横にふった。
「俺が〜話すように〜ゆうやに言うから、ミヤ君達が聞いてくれよ〜」
「仲介ってことか、でも友達ならヤスが直接聞いてくれたほうが・・・」
「ん〜〜〜〜〜〜」
ヤスがへらっと笑ったのを見てユッケが恐る恐る言った。
「ヤス君、もしかして今までの話理解できてないの・・・かなっ?」
「ん〜〜〜〜半分ぐらいは分かったべ?サムトノババな!」
それ半分じゃねぇよ一部だよ!
そんなこんなで放課後。俺とミヤ君、そしてユッケは学校の近くの『南風(はえ)』という店でヤスがゆうやを連れてくるのを待っていた。
喫茶店のような名前だが喫茶店ではない、駄菓子屋がメインだけど、お好み焼きやたこ焼き、ソフトクリームやかき氷などが売っていて、奥には食事できるスペースもある。六人用の机が3つ、机も丸椅子も古くてガタガタだけれど、青嵐高校の生徒御用達の店だ、安いし美味しいしオバチャンは優しいし言うことなし。
明希が夜まで学校に残っているので校内で話を聞かない方がいいだろうということと、昨日のお礼にミヤ君に何か奢る予定だったのでそれも兼ねている。
「ミヤ君、なに食べる〜?」
「かき氷、いちごミルク」
「また甘いもん食うの!?まぁいいけど・・・俺は久々に豚玉いこうかな」
実はこづかい入ったばかりでちょっとリッチなのだ。
「たつぅ、俺にも奢ってよ」
「キノコに奢る理由がないからイヤだ」
俺は豚玉、ミヤ君はかき氷いちごミルク、ユッケはネギ焼きを食べながらヤスがゆうやを連れてくるのを待つ。
・・・連れてこれるのかとても不安だけど。
幸いまだ部活の時間なので店内には俺達だけ。
半分ぐらい食べた頃、ヤスがゆうやを連れてやってきた、ゆうやは制服ではなく運動着、部活中のところを引っ張ってきたのか・・・小野瀬教諭、怒るだろうな。
「どうもっ!白土サッカーボールですっ!!」
ゆうやは持っていたサッカーボールを掲げて言った。店内の温度が10度ぐらい下がった気がした、ヤスですらちょっと引いた顔でゆうやを見ている。
「またすべったぁぁぁぁぁ!!!フォローしてくれる人いねぇのに!!!」
その場で激しく地団駄を踏みながらゆうやはくるくると回った。
ヤス以上に犬っぽい人間がこの世にいたとは・・・
「まぁとりあえず座れ!」
ヤスがゆうやの背中を押して椅子に座らせると、ゆうやは真顔になって俺達を見た。
「ヤス先輩から聞きました、矢口先輩達ならマオ君を見つけられるかもしれないって、本当ですか?」
それはちょっと誇大広告だな、どういう説明したんだ、ヤス。
「マオが行方不明になった経緯になにか《不思議》が絡んでいるならば力になれるかもしれない、そういうレベルだ」
ミヤ君の言葉にゆうやは口を尖らせて困り顔。
「しんぢ君は人に話さないように言われてるんですけど・・・明希君は・・・」
困り顔から泣きそうな顔に変わる、何か激しく葛藤しているようだ。
「明希君は、俺をけっ飛ばしてくれなくなりました」
「はぁ?」
思わずそう声が漏れる、脈絡がなさすぎるぞ。
「俺がバカをやるたんびにいっつもマオ君がフォローしてくれて、しんぢ君は笑って見てました、で、度が過ぎると明希君が蹴りを入れてくれました、もしくはグーパンで!」
明希にそんなバイオレンスな一面があったとは。クールな子かと思ってたのに、まぁこのテンションのが終始そばにいたら手も出るか。
「明希君が蹴りを入れるのは俺だけだから、特別みたいで嬉しかったから、痛かったけど、でも嬉しかったから、でもマオ君がいなくなってそれがなくなりました、それどころか明希君は笑ってくれなくなった・・・」
−特別みたいで
−フォローしてくれる人、いないのに
・・・友達、か。なるほどね。
そんな切ない意味が込められた言葉だったのか。
「ゆうや達はマオがいなくなった理由について、他の人に話していない部分を知ってるんだな?」
ミヤ君は冷静だった、冷静にそう聞いた。ゆうやは黙って頷く。
「警察や親にも言っていない部分を知ってる、そしてそれは人為的なものじゃないことが絡んでる?」
ゆうやはまた頷いてミヤ君を見た。
「話します、どこから話せばいいですか?」
「なるべく最初から・・・まずマオとはいつ知り合ったんだ?」
明希とゆうやは芳春中学出身でマオはたしか南中だったはずだ、学年は一年違うのだから接点がない。
「俺と明希君は不良でした、明希君、勉強はできたみたいだけど・・・でも芳春って校則とかすげぇ厳しいんです、それが窮屈だったみたいで、いっつも校則違反しては先生と喧嘩になってました。俺もあの学校は大嫌いでした・・・生徒は勉強のことしか頭にないし、先生達も陰湿で区別的で差別的でした、俺、勉強あんまできなかったから、よくねちねち怒られてて、その時、明希君が庇ってくれて、仲良くなりました。なんかあの頃はとにかくなにもかもがイヤで、つまらなくて、明希君と一緒に夜の町を歩くのが日課になってました」
箱の中に閉じこめられているような窮屈さから一時解放される、明希とゆうやにとって夜の散歩はそういうものだったらしい。
明希とゆうやならまるでケージから飛び出した猫と犬みたいな光景だっただろうな。
煙草を吸うでもなく、盗んだバイクで走り出すでもなく単純に町を歩き回るだけ、それでも勉強と校則に雁字搦めだった二人にしてみたらたしかに「解放」だった。
ある晩のこと、この町では数少ないコンビニの前で、バイクに掠ったという理由でタチの悪い不良に明希が絡まれた、実際は掠ってなどおらずカツアゲ目的。明希は可愛い外見に反して気の強いタイプだったので言い返してしまい一触即発、ゆうやがその後ろでオロオロしていた時。あざやかな跳び蹴りでその不良を撃退してくれたのがマオだった。
そしてゆうやはいきなり怒られたそうだ。
『君ね、彼女が絡まれてんのになに黙ってんだよ!?』と。
明希を女の子だと勘違いしたらしい。分からなくもない、今でも見ようによっては女の子に見えるから中学校時代ならなおのことだろう。
ぽかんとしてしまった二人のところに少し離れたところで見ていたらしいしんぢが寄ってきて一言。
『マオ、その子は男だよ?』
それからすぐに四人は意気投合して友達になった。
夜の散歩は二人から四人に増えた。
一時の解放を求めるためだけだったその行為は四人になってから何ものにも代え難い大切な時間になった。
今までは塵くずにしか見えなかった星空が宝石に見えるようになるぐらい楽しくて、宝物になった。
4人の交流はマオとしんぢが青嵐高校に入学してからも続いた。
楽しい時間は永遠なのだと思った、そんな頃。
口下手さをもろに感じさせる語り口ながら今まで途切れなく喋っていたゆうやが何か躊躇するような目で俺達を見た。
「しんぢ君が黙ってろって言ったのも、俺が今まで誰にも話さなかったのも明希君が疑われたり、悪く思われたりするのが嫌だったからです・・・だから・・・」
言わんとすることはなんとなく分かったので俺達が頷くとゆうやは話の続きを始めた。
「夏休みに入ってからのことでした、マオ君から肝試しの提案があったんです。青嵐高校に夜、お化けが出るらしいから見にいかないかってそんな話でした。マオ君は冒険好きなところがあったから・・・今までも廃墟とかちょこっとのぞいたりとかしてたから・・・いいよ、ってみんな言って、8月3日の夜10時に青嵐高校の前に集合って話になって・・・」
しかしその当日、ゆうやは青嵐高校に行く事はできなかった、運悪く補導されてしまったのだ。この片田舎でも夏休みは警察の見回りが多少強化されているとはいえ、その後、起こってしまったことを考えれば最悪のタイミングだった。
そしてしんぢも家の都合で急遽行けなくなってしまったらしい。
彼がマオにそれを伝えるために電話をかけたのは9時55分頃。
『もう明希も来てるのに・・・まぁしかたないか、ゆうやが来たら俺達だけで行くよ』
マオはそんなことを言っていたらしい、そしてしんぢにとってはそれがマオの最後の声だった。
「俺はお巡りさんと親にこってり絞られてから明希君に電話しました、12時近かった・・・繋がらなかったけど、もう寝ちゃったのかなってあんまり気にしなかったんですその時は、でも次の日のお昼すぎにしんぢ君から連絡があって、マオ君と連絡が取れない、家にも帰ってないっていうから・・・俺、すぐに明希君に電話しました、でも繋がらなくて、だから明希君の家まで行ったんです。でも俺、明希君の親に嫌われてるんで・・・門前払い喰らっちゃったんです、でも明希君のお母さんの言い方から見て明希君は家にいるみたいでした、部屋にも一瞬影が映ったし。でもそんなこと初めてだったから、俺、もうなにがなんだか分からなくて・・・」
だんだん辛そうな顔になってくるけれど、今の時点でかける言葉が見つからない、そしてきっと今必要なのは半端ななぐさめではないのだ。
「一週間・・・マオ君は見つからないし、明希君は家から出てこないし、だから俺としんぢ君で明希君の家族が出かけてる間に玄関越しに声かけまくって、ようやく明希君が出てきてくれたんです・・・」
やつれてはいたがとにかく明希が無事だったことに二人はほっとしたという、でも明希が語った内容は事態思っている以上に悪いということを示すものだった。
ゆうやが現れなかったので10時30分頃、マオと明希は二人で肝試しをすることにして校内に入った。
−そこでピエロの化け物に襲われて、マオ君が消えてしまった。
明希はそう言った。
「それからしんぢ君は《能力者》の人を探すって、あっちこっち出かけるようになったんです、でも上手くいかなくて・・・」
「もしかしてさ、明希とおまえが青嵐高校に入学したのはマオを探すためなのか?」
俺の質問にゆうやは力強く頷いた。
「はい。でも夜の校舎内を探す時、明希君は絶対に俺を連れて行ってくれません、すっごく怖い顔で追い返されます・・・だから俺は情報集めっていうか・・・色々聞いてまわってるんですけど、サッカー部に入ったのも一番人数が多い部活だったからなんですよね、でも明希君に変な噂がたつと困るから確信部分は喋れないし、俺、口下手っていうか・・・全然役にたってない・・・やってるのは明希君のお迎えぐらいかな・・・」
ゆうやは自嘲気味に笑った。
俺はなんだか腹が立ってしまった、ゆうやには全く似合わない表情だったからだ、怒る方向が間違ってるし、ぶつけようもない怒りだがとにかく腹が立った。
隣でミヤ君がすっかり溶けてしまったかき氷をスプーンでかき混ぜながら言った。
「なぁゆうや、明希は小学校一年か二年の頃、行方不明になってたことがあるよな、それは知ってるか」
急に違うことを聞かれてゆうやはちょっと戸惑いながらも答える。
「知ってますよ、天狗に攫われたんだってよく話してましたから」
やはり明希の件は《天狗攫い》だったのか。
俺達の沈黙をどう受け取ったのか少し声のトーンを上げてゆうやが言った。
「本当ですよ!?天狗から貰ったっていう御守り袋みたいなの持ってるんです、中に紙が入ってて何か書いてあるんですけど読めないんですよ!」
「それは、古い字体だからとかそーゆうんじゃなくて?」
ユッケの質問にゆうやの声のトーンがさらに上がる。
「違うんですよ!日本語じゃないんです!象形文字をぐちゃぐちゃにしたような文字なんです!読めないよ、って俺が言ったら、明希君は俺は何故か読めるんだよ、って!で、俺が何て書いてあるの?って聞いたら呪文だって、《本当に困った時しか口にしちゃいけないよ》って天狗に言われたんだって・・・ってことらしいです!!」
それはなんなんだ、「バルス」みたいなものなのか?あれは楔形文字だったけど。
とりあえすゆうやから得た情報を元にこちらでも調べる、手を貸すと約束してゆうやは部活に戻った、ヤスも一緒に戻った、代わりに小野瀬教諭に謝るつもりらしい、相変わらず素敵な男気だ。
大型犬二匹が店から出たところで、スプーンで液体と化したかき氷を混ぜていたミヤ君が言った。
「その呪文、気になるな・・・」
「え?マオのこととは関係なくない!?」
そう言ったら睨まれた、やめてほしい、目つきだけは本当に悪いんだから怖い。
「化け物に襲われたってのは《本当に困った時》に入るんじゃないのか?」
「あ、そっか、確かにね」
ユッケがぽんと手を叩いた、言われてみればそうだ、可能性の一つとしてそれはある。
ならば、天狗の教えたその呪文とはなんだ?
どういっても明希から直接話を聞く必要が出てきた。
俺もミヤ君もユッケもヤスも既にこの件に関して全面協力するつもりでいた、口にはしなかったけどしなくたって分かる、ゆうやが去り際に言ったあの言葉。
「俺が、もう一つやってることっていったら《変わらないコト》かもしれないっす。マオ君が戻ってきた時に戸惑わないように、俺はずっと俺のまんまでいるつもりです。そんなことぐらいしかできないけど」
その無邪気な笑顔の裏にどれだけの苦悩と苦痛を抱えているのか、「そんなことぐらい」と言ったけれどそれがどれだけ難しいことか。
分かるとは言うまい。
でもそんな話を聞いて、捨てておけるわけがない。
俺にとってハンディでしかない猫の目が役に立てるのなら、喜んで使おうじゃないか。
ふと今までゆうやが座っていた椅子に目をやると何かが落ちていることに気づいた、拾ってみると、不細工な赤いクマの人形がついたキーホルダーだった。
「ゆうや君の忘れ物?」
「みたいだな、明日届けに行こっと、どうせまた話を聞く必要があるだろうし」
俺はキーホルダーをポケットに突っ込んですっかり冷めてしまったお好み焼きに箸を伸ばした。
「なぁ、去年の夏頃にウチの学校でお化けが出る噂ってあったのか?」
「え?ミヤ君知らないの?」
「・・・まぁあの頃はまだ余裕がなくてさ、周囲にアンテナ張り出したのは2年になってからだから」
ついこの間まで孤高を貫いていたミヤ君。一年生の頃はまだ「関わりをもたない」ことに気を配るのに精一杯だったということか。
そうだよな、なにもミヤ君だって万能ってわけじゃない、俺と同じ高校二年生なんだもんなぁ。
たいていのことは俺よりミヤ君のほうが出来てしまうし、性格も(まぁ大部分においては)大人びているから忘れがちだけど。
「えっとね、俺らが入学する前からあった噂なんだけど、夏休み明けてから徐々にフェードアウトしてった怪談話があったんだよね。まぁマオ君の行方不明やらなにやらでごたごたして怪談話どころじゃなくなったっていうのもあったのかもしれないけど・・・」
俺がしみじみとしている間にユッケが話し始めた、別にかまわないからいいが。
「どんな怪談なんだ?」
「夜の学校の廊下にピエロが出るって、会うと首を切られる、そういう怪談。今思うと変な怪談だなって感じだけど」
「・・・いや、学校の怪談でピエロが出るってパターンもメジャーじゃないが珍しくもないし、首を切られるは王道だから、そこまで変ではないと思うが・・・ふぅん」
ミヤ君、《学校の怪談》系にも詳しいのか。
「《噂の実体化》ってこと?」
「井上先生の言葉を信じるなら噂から実体化したモノに人に害をなせるほどの力はないってことなんだよな・・・今回の件じゃあ実際に人が一人消えてるわけだし」
首を傾げるミヤ君の横でユッケも首を傾げる。
「あ、そうか。さらに井上先生の言葉を信じるなら、噂から実体化したモノは噂通りの行動しかとれないはずだもんね」
《会うと首を切られる》という話なのだから、実害が出るほど強力なモノと化していたとしてもおかしくなってくる、マオは消えてしまったのだから。
「じゃ、ミヤ君、次はどう動く?」
「なんかすっかりリーダー扱いだよな・・・そうだな、二ノ宮からも話が聞きたい。しまったな、ゆうやいる間にすませなきゃいけないことだったな」
また呼び出すのも悪いので明日ゆうやに繋いでもらうことにして、とりあえず本日は解散となった。
夜、俺は自室のベットに寝転がって、ゆうやが落としていったクマのキーホルダーを見ていた。赤い、不細工なクマ。
そっと眼帯を外して猫の目を解放し、キーホルダーを見つめる。
猫の目、妖精の目。
サイコメトリーというほどたいそうなものではないが、波長というか相性というか、上手くいけば何かが読みとれることがあるから試し。
この能力についてはミヤ君達にすら話していない、京さんは知っているだろうがガラは知らない、なんとなく言いづらい部類の力だ。
俺もあまり好きではない、プライバシーを侵害しているみたいでなんとなく嫌なのだ。
それでも何か有益な情報が得られたらいいと、俺は猫の目の前にキーホルダーをかざした。
ぐんっと何かに引っ張られる感覚。上手くいったらしい。
目の前が暗くなって、すぐに眩しいほどの光と賑やかな音楽、これはゲームセンターかな?
『しんぢ君すごい、一発で取れちゃった』
俺は初めて聞く明希の明るい声、その隣で『すげぇすげぇ』と喚いているのはゆうやだろう。
『こういうの得意だよねぇ』
『まあね』
聞き覚えのある二つの声はマオとしんぢのものだ。だんだん映像がクリアになってきて、小型のクレーンゲームの前で四人がはしゃいでいる姿が見えた。
『でもすっげぇ変なキーホルダー!!なんのキャラ、これ!!』
『別にオマエのために取ったんじゃないからな・・・明希、いる?』
『くれるの?やった!』
『え〜!!しんぢ君、俺にも〜!!』
『丁度四つセットなんだから四人で分ければいいだろ?』
『いや・・・男四人でお揃いのキーホルダーってどうなの・・・』
呆れ顔のしんぢからマオはキーホルダーを奪って袋から出す。
『まず〜、明希はピンクだろ』
『なんですか、その決定!?』
拗ねた風に言う明希にマオはピンクのクマを押しつけて、嬉しそうに笑った。
『いいの、似合うから』
『じゃあマオ君は青だね、サドだもん』
『言うようになったなぁ。ま、事実だし俺は青で、ゆうやは赤だな、赤。うるせぇから』
『よっしゃああ!!』
『何がよっしゃあなんだよ?で余り物の緑が俺か・・・』
『イメージに合ってるよ、しんぢ君はほら、癒し系だから?』
『うわ〜明希、俺としんぢで態度違いすぎ!いぢめてやる〜』
『やめろよ〜!』
明希の頬をつねってけらけらと笑うマオを他の二人も笑って見ている。
暗転して場面が変わった、土手寝転がって星空を眺める四人。
『とうとう高校生になるんだよなぁ、なんか実感わかない・・・』
『高校行ったら何か変わるかな・・・変わるわけないか』
感慨深そうに言うしんぢの隣でマオがふふっと小さな笑い声をもらす。
『でもマオ君達が高校行っちゃったら今までみたいに遊べなくなっちゃうね』
テンションの低い、どことなく寂しそうな声で一番端に寝転がっていたゆうやが言うと、その隣、マオとゆうやの間の明希も少し寂しそうな顔をした。
『まぁ通学に時間かかるけどさ、夜は時間取れるって』
『どうせ俺ら部活とか入らないし、それに・・・』
マオが手を伸ばして明希の髪をぐちゃぐちゃにかき回す。
『ちょ・・・!?』
『明希とゆうやで遊ぶの楽しいし!』
『《で》って俺らは玩具か〜〜〜〜い!!!!』
ゆうやの大声が夜空に吸い込まれていく、それに反応したかのように何処かで犬が遠吠えをして、四人は笑い転げた。
『あ〜もう。俺がせっかく良い台詞言ったのに台無し!』
『いや、そんなに良い台詞でもなかったと思うけど』
苦笑いするしんぢにマオは口を尖らせる。
『つーかさぁ、その辺りは言わなくても分かれよ、別に俺もしんぢも明希やゆうやと《遊んであげてる》ってわけじゃないんだからさ、楽しいから一緒にいるんだから』
『今のは良い台詞だな』
『そう思うならぶち壊さないでくれる?』
しんぢとマオのやりとりがツボに入ったのか明希は声を殺して笑っている。
『ずっと一緒にいようとかそーいうの、俺は信じないけど。ずっと一緒にいたいなって気持ちなら理解できる、体感してるから分かる。俺はしんぢとも明希ともゆうやともずーっと友達でいたい。たしかに学校はつまんねぇし、家もさ、悪くもないけど楽しくもなくて居場所がないように思う時もあるけど、おまえらといるときはなんか呼吸が楽になるっていうか・・・無条件で楽しいんだ、心から笑えて、全部ぶちまけられて、あ、俺生きてるなぁって思う・・・ってこれだけ語ってこんなこと思ってるの俺だけだったら超恥ずかしいけどさ』
星空を見たままマオは静かに語った、他の三人はマオを少し驚いた表情で見ている。
『・・・なぁ、なんか言ってくれないと本気で恥ずかしいんだけど』
『マオ君こそ、言わなくても分かれよ・・・同じこと思ってるに決まってるじゃん!』
『俺も!俺も!俺も!』
『・・・俺もだ』
星空を見上げる四人の瞳にも星が映っていた、青臭い会話かもしれない、でもそれは息を飲むほど綺麗で、真っ白で、高潔だった。
マオが照れを誤魔化すかのように呟く。
『もうすぐ春だねぇ』
再び場面が変わる、白いカーテンの向こうに蹲る人影。青嵐高校の保健室。
『明希君、ねぇ明希君ってば』
人影は動かない、返答もない。
『このまんまじゃ明希君がどうかなっちゃうよ、俺、そんなの嫌だよ・・・』
呼びかけるゆうやの声にやはり反応は返ってこない。
『明希!!』
鋭い声にようやく影が動く、顔を上げる。
『・・・俺の責任だから、俺が絶対なんとかするから』
風でめくれたカーテンの隙間から見えたのは、携帯電話につけられたピンクのクマのキーホルダー。
そこで俺の意識は浮上した。頬にあたたかいものが伝っている、それが涙だと自覚したとたん本格的に泣けてきた。
「これ、明日一番にゆうやに返さねぇとな・・・」
俺の知らないマオの一面を垣間見た気がした、彼はいつも明るかったけれど俺がそうだったようにマオも演じていたのだろう。真面目で面倒見のよい、明るい性格を。
処世術。俺がお調子者のムードメーカーを演じていたのと同じ。
もちろんそれもマオの一面だったのだろうけれど、明希達といるときはもっと我が儘で強引でそれでいて周りを惹きつける不思議な魅力を持っている人に見えた。
同じクラスだったのに、一緒に遊んだ事もあったのに気づかなかった、もっと話せばよかった。
俺にとってのミヤ君やユッケやヤスが、マオにとっての明希でゆうやでしんぢだった。
マオがいなくなってから十ヶ月、三人はどれほどの思いを抱えてきたのだろう。
そしてマオ、今何処にいるんだ?
早朝、銀湾荘のミヤ君の部屋まで行ってドアをノックした、チャイムなんてハイテク(?)なものはこの木造アパートには存在しないのだ。
返答がないので携帯電話にかける、薄い扉の向こうから微かに聞こえる着メロ。
『・・・・・・・・・・・・・あ?』
ミヤ君の寝起きの悪さは世紀末的だ、もしかしたら怒りのあまり犬耳と尻尾が出てしまっているかもしれない。
「もしもし、私メリーさん。今あなたの家の前にいるのっ!」
『コロスぞ』
本気で怒ってる、絶対今、犬化してる。
「もしもし私メリーさん。あなたの後ろに物理的に立てないの!」
ぶはっと電話の向こうでミヤ君が笑い出した。
『そりゃ俺、寝てるからな・・・85点』
朝から高得点を貰えた、今日はきっと良い日だ・・・じゃなくて、すぐに本来の目的見失うのが俺の悪い癖。
岩上逹瑯は親友にギャグの点数をつけてもらう人間でした、はい。
「昨日拾ったゆうやのキーホルダー、どうもすげぇ大事なものだったみたいでさ、すぐに返したいんだ。サッカー部だったら朝練出てるべ?」
『・・・10分待て、すぐに出る準備をする』
飲み込みが早いというか、筋の通ったことには素直なのがミヤ君の長所だと思う。
10分と言ったが実際は7分でミヤ君は出てきた、髪型が無造作ヘヤと寝癖の絶妙なラインをいっている。
俺はミヤ君を自転車の後ろに乗せて全速力で学校へ向かった。
青嵐高校の広いグラウンドに、サッカー部員が散らばっていた、人数は30人ほど。この中からゆうやを探し出すのは大変そうだ、でも大声で呼んだら来そうだな、あいつ犬っぽいし。などと俺が悩んでいると、ミヤ君はグラウンドに降りてメガホン片手に熱血指導中の小野瀬教諭に声をかけた。
「すみません、小野瀬先生。白土友也君に至急の用事があるんですが呼んで頂けませんか?」
・・・・・・そうですよね、そうすればいいんですよね、いや別に俺だって思いつかなかったわけじゃなくて奇をてらった方がいいかなぁとか、そういうことで、うん。
「白土?あいつは今日来てねぇぞ」
対する小野瀬教諭はヤン口調、リアル《ヤンキー母校に帰る》なのだ、この人は。
「そうですか。ありがとうございました、失礼します」
「あ、そうだ矢口!おまえ高安と仲良かったよな?」
次に何を言われるか予想がついたのだろう、ミヤ君は苦笑いを浮かべて頷いた。
「あいつにさ、サッカー部入るように言ってくれないか?しつこく誘ってんのに逃げんだよ」
「一応伝えておきますが、たぶん無理ですよ」
「高安が入ってくれれば即戦力になるんだけどなぁ・・・」
遠い目をする小野瀬教諭に一礼してミヤ君は俺のところに戻ってきた。
「どーしよ、教室で待とうか?」
「下級生に威圧与えそうだよな、それも・・・あ、そうだ、一応確認しよう」
「何を?」
俺の質問には答えずにミヤ君は早足で歩いていく、俺も慌てて後を追った。ついたのは体育倉庫の裏。
「俺、ミヤ君にヤキ入れられるようなことしたっけ?」
「星の数ほどあるけどオマエに対してはその場で鉄拳制裁だ。そうじゃなくて此処なら人目につかないから」
「エロいことすんの?」
どこっ!と俺の脇腹に回し蹴りが入った。痛さのあまり悶絶する俺を見下ろしてミヤ君が低い声で言う。
「俺はそういう下らない下ネタは許さん」
「ミヤく〜ん。《下》っていう字が被ってるよ〜!」
「それがどうかしたのか?」
ミヤ君のマジ睨みは下から見ても迫力満点だったので俺はそれ以上下らないことを言うのを止めて起きあがった。
あ、俺も《下》って字が被った!日本語って不思議だな!
俺が立ち上がるとミヤ君は腕を組んで俺を見上げてきた、だから怖いってば。
「笑うなよ?」
「何が?」
「いいから笑うなよっ!!」
迫力に押されて俺が頷くとミヤ君はふっと息を吐いて、聞き取れないほど小さな声で何かを言った。
ぴょこんと飛び出したのは真っ白い犬の耳と尻尾。
「・・・え?それって自分の意志で出せたの!?」
「ああ、やり方を覚えた・・・」
感情が高ぶってうっかり出てしまった時は気にしてなかったのに、自分の意志で出すのは何故か恥ずかしいらしく顔が赤くなっている。
三角の耳も心なしか垂れていて、ふさふさの長い尻尾も所在なさげに揺れている。
親友が獣耳属性っていうのも悪くはないけどなぁ、同性なんだよなぁ・・・
異性だったら素晴らしいフラグだったのになぁ。
「これ出すと、聴力と運動神経がとんでもなく上がるんだよ、普段も上がってるけどあれで10分の1ぐらいだから、こうなるとホントに犬並ってわけ、まぁ逹瑯が猫の目を解放した時と同じ状態だ」
俺が阿呆なことを考えている間に、ミヤ君が丁重な説明をくれた、なるほどね。
「ゆうやが校内にいれば分かる・・・校内にいてかつ声を出してくれていればだけどな」
だから《一応確認》か。無駄に校内を探し回るよりは有効だろう。
ミヤ君は犬耳をぴくぴく動かした。
ダメだ、笑うな、俺。笑ったらまた蹴られる!
俺が必死で笑いをこらえているとミヤ君はすっと耳と尻尾を引っ込めた。
「いたぞ。特別棟の屋上だ」
「くるし〜こ〜ともあるだろさ!かなし〜こ〜ともあるだろさ!だけどぼっくらはくっじけないいいい!な〜くのはいやだぁわらっちゃおっ!すすめ〜〜〜〜〜〜♪」
ゆうやは特別棟の屋上でバカデカイ声で『ひょっこりひょうたん島』を歌っていた。マイク通したらハウリングを起こしそうだけど地味に上手い。ぱっと見笑える光景だが、彼の抱えているものを考えればなんだか切なくなる。
俺が声をかけるとゆうやは照れくさそうに笑った。
「なにかすげぇところを見られてしまいましたっ!!」
「あのさ、二ノ宮と連絡って取れるか?彼からも話が聞きたいんだが」
ミヤ君はスルー検定一級を取得している、主に俺とヤスのせいで。
「しんぢ君ですね!取れますよ!今は家にいるはずですから!電話してみますっ!!」
「あ、その前にゆうや、これ忘れ物」
本来の目的であったクマのキーホルダーを返すとゆうやはすごい勢いで飛びついてきた。
「それ!すっげえ探してたんです!!それはもう寝ないで!!」
「・・・そうか、ごめん」
大事なものだと分かった時点でヤスを通して連絡を入れておくべきだったな、目の下の隈を見れば「寝ないで探していた」というのも誇張じゃなさそうだし、徹夜明けではハードなことで有名なサッカー部の朝練をサボったのも分かる。
キーホルダーを大切そうにしまい込んでからゆうやは少し離れたところで電話をかけた。といってもゆうやの声は全部聞こえていたが。声のでかさは地なんだな。
「しんぢ君、昼には学校に来るって言ってるんで、昼休みに此処でいいですか?」
特別棟の屋上はめったに人が来ないので場所としては悪くない。昼休みにまた会う約束をして俺達は屋上を後にした。
二ノ宮慎司ことしんぢ、一年時はA組。となるとヤスと同じクラスだったわけだ。マオが行方不明になってからは出席日数ギリギリしか姿を現さず、二年生となった今は一応C組。なんでよりにもよって(事情を知らない人から見れば)不登校児を河村教諭のクラスにしたのか、この学校の体制についていつか言及しなければいけない。
事と次第によってはレジスタンスを結成する必要がある。
一年生の頃、そういえばよくマオと一緒にいたなという記憶はあるが俺自身に接点はないし、どんなヤツかも知らない。
昼休み、約束通りしんぢは現れた。
高校生にしては大人びた顔立ち、演技派イケメン俳優みたいな雰囲気。黒縁眼鏡が知的でスタイルも良い、身長は明希よりは高くてゆうやよりは低いといったところだが、俺とミヤ君みたいな大きな差ではない。あれだ、明希、しんぢ、ゆうやの順に並んだら携帯電話の電波状況を表示するヤツになりそう。
あまり大勢いても意味がないのでユッケとヤスは留守番だ。しんぢは俺とミヤ君をしばし観察するかのように眺めてからすぐに本題に入った。
「岩上と矢口は多少なりとも《不思議》な現象に通じてるという解釈でいいのかな?ゆうやの話はどうも要領を得なくてさ」
しんぢの後ろで落ちつきなく揺れていたゆうやはその言葉に頷いた、頷くところじゃない気もするが。
「そう思ってもらってかまわない、でも本当に《多少》だ。二ノ宮は今まで《能力者》を探して来たんだろ、その成果を聞かせてくれないか?」
ふっとしんぢは笑みを浮かべた、笑顔まで大人びている・・・まぁ悪く言えば作り笑いっぽい。
「成果がないからこの状況だよ。昨日は京都の信太(しのだ)本家まで行ったのに門前払い」
「信太本家?陰陽師統括の?」
俺が思わず声を上げるとしんぢは頷いた、とんでもない行動力だ、いきなり警視庁長官に会いに行くようなものじゃないか。
「どうも俺は悪質クレーマー扱いされているらしい。マオがいなくなってから・・・いや明希の話を聞いてからすぐに金宮家の人間に来てもらったんだ」
《金宮》は信太の分家だ、やはりこの男の行動力、半端じゃない。
「その金宮の人間はなんて?」
「この学校には、この校内には人一人を消してしまうような悪質な霊や妖怪はいないと言われたよ。しつこく食い下がったら・・・」
そこで初めてしんぢは高校生らしい表情を見せた、尖った目、悔しそうに歪んだ口元。
「明希に問題があるようなことを言われたからつい・・・殴り飛ばしてしまった。それがどうもいけなかったらしい、表だった《能力者》の間で俺はブラックリスト入りしたよ」
ある程度説明がつくようになってきたとはいえやはり霊や妖怪は未知のものだ、それこそ子供の反抗期まで祟りじゃないかと騒ぎ立てるヤツもいるので、商売として《能力者》をやっている人間は客の選別に神経質になっている。
「その言葉を受けてからだと少し言いにくいんだが、そしてもしかしたらゆうやの説明不足なのかもしれないが、明希は何か隠してないか?」
しんぢの表情を読みながらミヤ君が切り込む、俺の出番ナシ。
眼鏡の奥の目を細めてしんぢはまた大人びた笑みを浮かべた、ゆうやとは反対で感情が表に出ないタイプらしい。ポーカーフェイス。
「隠しているというと語弊があるかな、嘘はついていないけど話していない部分があるってとこだろうね。明希にしてみれば理由があって話さないだけで《隠している》つもりはないと思う・・・屁理屈っぽくて悪いけど」
「理由があって話さない、この場合《話す必要がない》んじゃなく・・・」
「話せばよくない事があると思っているんだろうな。明希はあれで頑固というか意固地というか、こうと決めたら梃子でも動かないヤツだからね。ちなみに明希のピアスの数は30個だ」
だからなんなんだと思っていたらミヤ君が笑っていた。あ、今の笑うところだったのか。ゆうや以上に分かり難いな・・・
「あと明希君はドMですよ!ドMの三乗です!!」
ゆうやからもいらない情報をもらった。絡みづらいな、このコンビ。
「といっても俺が数えたわけじゃなくて明希の自己申告だけどね、数えさせてくれと言ったら頭叩かれたよ、3回も」
そりゃそうだろうな、確か耳はほぼピアスでいっぱいになってたけど30個となるとボディピアスもしているだろうから、いや、待て、マオが行方不明になってからそんな和やかな会話をする機会はなかったはずだから明希は中学の時点でそれだけピアスをしてたってことか!?
校則が厳しい事で有名な方春中学で!?
なんだか俺の中で明希のキャラがやばい方向に固まって行くんだが大丈夫だろうか?
ミヤ君を見ると軽い微笑みを浮かべてしんぢを見ていた。
あ、そうか、これってアレか。
「しんぢ、明希を説得してくれないか?俺達は届く範囲の全ての力を貸す」
「俺も《ミヤ君》って呼ばせてもらっていいのかな。明希が話してくれるのを待つつもりでいたけど、初めて糸口が見えた気がするから予定変更だ」
無駄口叩きは協定成立の合図ってとこか。
・・・もっと高校生らしい会話しようぜ!
消える魔球の投げ合いでミヤ君としんぢは俺には(たぶんゆうやにも)分からないレベルのしっかりとした信頼関係を築いたらしい。
今度その会話のコツを教えて欲しいな・・・
万年保健室登校児、ガラの証言によると明希は入学式の当日に保健室にやってきたらしい。入学式には出ずに、いきなり保健室。
怪我でもしたのか?と聞く新倉教諭に明希はむくれたような表情で言ったという。
「俺は本日より此処を根城とさせてもらいます」と。
それを了承してしまう新倉教諭もどうかと思うが、まぁ適当な彼のこと保健室登校児がもう一人ぐらい増えても別にいいかと割り切ったのだろう。
「これで明希が女の子だったらフラグだったのに、運命だったのに!」とかガラがその話になる度にほざくのが頭痛い。
フラグ立てたいなら保健室から出てこい。
まぁ男子校だけど、ウチは。
それから明希は一番奥のベッドを陣取ってほとんど姿を見せなくなった。ガラや新倉教諭が話しかけても適当に流される。
ガラの印象としては喋るのが苦手だとか対人恐怖症だとかそういった感じではないということ。
そんな事前情報を四月半ばに知っていたため俺の中で明希はずっと謎の存在だった。その謎が今、少しづつほどけていっている。
でも変じゃないだろうか「マオを探すためだけに青嵐高校に入学した」という点は理解できる。が、保健室に引きこもる理由がないんじゃなかろうか?
むしろ交流を持ったほうが情報は手に入りやすいのだから。
しんぢとゆうやから聞いた明希の性格は「人見知りがなく社交的」らしい。(加えて天然だとか成績がいいはずなのに発言が馬鹿っぽいとか延々続きそうだったので途中で黙ってもらった)マオの行方不明になんらかの責任を感じていて、落ち込んでいるのだとしても「社交術」は情報集めにおいて武器なのに・・・まぁそういう打算のないタイプなのかもしれないけれど、それでもやはり保健室から出てこない理由に少し足りない。
そして明希はしんぢやゆうやともほとんど接触を断っている。
これはおかしいだろう、むしろ協力するところなのに。
やはり明希はなにか隠している、いや、しんぢの言葉を借りるなら「話していない部分がある」そしてきっと突破口はそこなのだ。
・・・で、何故に俺は明希の心を開く役目をミヤ君から仰せつかってしまったのでしょうかね。自信のはミジンコほどもないというのに。
ユッケとヤスは別働隊として任務を与えられて、今は俺とミヤ君とゆうやで銀湾荘の前。
「ミヤ先輩は1人暮らしですか〜!俺も1人暮らししたいっす!」
ゆうやは相変わらず元気だった。今までの話を統合すれば空元気なのかもしれないけれど。協定成立したためフレンドリーに呼び方が変更されているんだけど、《ミヤ先輩》って面白い響きだな。
「家事とか大変だぞ?」
「そうですよね!だからできる人、尊敬します!」
「いや、ミヤ君はできてないからね」
勘違いによる尊敬はよくないので俺がそう言うとミヤ君に足を踏まれた。実際まともにできるの洗濯ぐらいのくせに!
しんぢが明希を連れてくる手筈になっているのだが上手くいくかどうか、保健室では込み入った話ができないのでなんとか連れてきてもらわないと。
『強硬手段は趣味じゃないけど、まぁ俺はツボを知ってるから、ちょっと裏技使えば明希に言うこときかせることはできるんだ、明希は単純だしね』
と、今すぐ110番をダイヤルしたくなるような台詞と嘘くさい笑顔で保健室に向かったしんぢを信用しよう。
・・・していいのかな?どう考えても危険極まりない台詞吐いてたぞ。
気がつくと考え込んでいる俺の顔をゆうやがのぞきこんでいた。
「大丈夫ですよ、しんぢ君は確かに胡散臭いけど優しいんで!」
「・・・オマエ、人の心でも読めるの?」
「読めないし読みたくもないですね〜。ちゃんとお話してその人の本音を知りたいんで!しんぢ君はいつも最初は好印象持たれて次に大丈夫かな?って思われちゃう人なんで、たぶん逹瑯先輩もそう思ったのかなってね!」
なんというかこいつ・・・ゆうやって・・・すごいかもしれない。
空気が読めるって言葉がちゃちに感じる、ちゃんと相手を思いやってその上で話せるヤツなんだ。このテンションの高さに隠れ気味だけど。
距離感がとれていない感じがしたのは滑りっぷりというか外しっぷりのせいだったのだろう
「・・・来たぞ」
ミヤ君が顎をしゃくる。道の向こうからしんぢと明希が歩いてくるところだった。
しんぢは笑顔だけれど、明希はむくれた顔。童顔女顔のせいで怒りを全面に出していてもあまり怖くはないのに迫力がある。周囲の空気がどす黒くなるほど重い雰囲気。
俺の傍まで来ると明希はぎっと睨みつけてきた。美形に睨まれると怖い。
「関わらないで、詮索しないでくださいと言ったはずですが?」
舌っ足らずの甘い声ですごまれるのも別の意味で怖いなぁ。
「明希、さっきも話したけど・・・」
「知りませんよ」
納得してないじゃないか、説得できたわけじゃないのか。
「聞き分けがないな、頑固者め」
しんぢはそう言って明希の耳にある大量のピアスをまとめて掴んで軽く引っぱった。
「うなぁぁぁぁぁ!?」
変な悲鳴を上げてしゃがみ込む明希の頭をわしゃわしゃと撫でながらしんぢは笑顔。
「もう10ヶ月だよ?人の手を借りたっていいだろ、明希が抱えてるもの全部出してもいい頃だと俺は思うけど」
明希が答えないでいるとしんぢはまた明希のピアスを掴んだ。
「ね?」
これって脅しじゃないのか?と俺はゆうやを見たが先程あれだけ素晴らしい読心術を見せてくれた彼はこの状況を当たり前だという顔で見ていた。
マオを含めたこの4人の力関係がどうなっているのか激しく気になってきた、リーダーはマオだろうけど、明希ってどの立ち位置なんだ。
ま、ゆうやが「いぢってください」オーラを放っているように明希は「いぢめてください」オーラーを放っているなとは思っていたけど。
「いぢる」と「いぢめる」という微細ながら大きな差、これ以上語ると俺が変態決定になるので黙ろう。
「とりあえず、中入ろう。それから決めてくれ」
明希が可哀想になったのか、自宅アパート前でこのヤバイ行為を繰り広げられるのが嫌なのかミヤ君はそう言って明希の肩に手を置く。
「・・・・・・分かりました」
頷く明希はちょっと涙目。単純にピアスを引っぱられたのが痛かったのか、耳が弱点なのか、後者の理由だったらしんぢからは離れて歩こう。
俺もミヤ君の犬耳と尻尾引っぱりまくってるから人のことは言えないのだが、すごい悲鳴上げるんだよね、引っぱると。その後ボコボコにされてもやる価値はある。
「失礼します!!」と体育会系らしい挨拶をして入るゆうや、会釈して入るしんぢ、聞き取れないほど小さな声で「おじゃまします」と入る明希と、ただ他人の家にお邪魔するだけでも個人差は出るものだ。
「ま、きったねぇ部屋だけど入って」
「俺の部屋なんだよ馬鹿野郎!狭くて悪いな、座布団とかもないからまぁそのへん適当に座ってくれ」
ミヤ君は床に散らばっていた服やらなにやらをまとめてつかんで部屋の隅に投げ飛ばしながら言った。そういや今朝は慌てて出てきたもんな、とフォローしておいてあげよう。
5人で円座になった。明希はまだ不機嫌な様子で体操座りをして顔をうずめている。
「えっと、明希ちゃん」
じとっと睨まれた、ちゃん付けがお気に召さなかったらしい。やっぱ俺には無理だろう、どう考えたってミヤ君が話した方が上手くいく。
「岩上先輩達に話したら解決するとでも言うんですか?違うでしょう」
明希は膝に顔をうずめたまま言う、たぶん本来はキツイ物言いをしたり嫌味を言ったりすることがない人間なんだろう、語尾に迷いが見える、言って自分で傷ついてるみたいな。
「じゃあ明希はマオを見つける方法分かってるのかよ?」
「分かっては・・・いませんけど・・・」
「ホントはマオが消えた時、何があったの?」
「本当もなにもないですよ」
「ピエロの化け物に襲われて、その時どうしたんだ?」
膝を抱き寄せてさらに顔をうずめて明希は答えない。
「泣いてんの?」
「泣いてませんよ、泣くわけないでしょう・・・」
胸の奥で渦巻いていた名前のない感情が急速に形になっていく気がした、それはすぐに言葉になって俺の口から出てくる。
「なんで泣かないんだよ?」
「え?」
「明希だけじゃねぇよ、ゆうやもしんぢもなんで泣かねぇの?不安でどーしょうもないんだろ、それって泣くとこだぞ。それぞれが《自分に責任がある》とか《自分がなんとかしなきゃ》って思うのも間違いじゃねぇし、むしろ立派な部類に入ると思うけどさ、切羽詰まって行き詰まってまで自分らだけで抱え込む必要がどこにあるんだよ、確かに八方手を尽くしてどーしょうもない状態なのかもしれないし、警察だとか拝み屋連中の対応に失望してんのも分かるけど・・・でも、必死で助けを求めてるヤツを見て、本気で無視できる人間なんてそうそういないんだよ、そんで今現在、オレらはオマエらの力になりたいと思ってんだよ!確かにオレらが手を出したからって解決できる保証なんてないかもしれねぇけど、オマエらが一人より二人だったように、二人より四人だったように、くさい言葉かもしれねぇけど力を合わせればなんとかなるかもしれないだろうが!オレらだけじゃねぇぞ?ガラや新倉教諭だって明希のことは気にかけてるし、ちゃらんぽらんに見えるウチの教師陣だって事情が分かれば死力を尽くしてくれるぞ?やる前から他人を諦めるなよ、俺がなんとかなったからオマエらも、マオもなんて言わないけど、でももういいだろ、助け求めろよ!」
俺にはミヤ君のような理論立てた言葉もヤスのような直球もユッケのような優しい気づかいもできない、それでもこれは俺が今思っていること全てだった。
いつの間にか明希は真っ直ぐに俺を見ていた。
光の宿った瞳は綺麗だった。
明希は姿勢を正してしんぢとゆうやの方を見る。
「今まで黙っててゴメン、もしかすると俺はあの時、方法を間違えたのかもしれないし、だとしたらまた同じ事が起こった時、二人を巻き込みたくなかったから・・・あの夜、マオ君と二人で青嵐高校の校舎の中を歩いてた、特別棟の三階廊下に行った時、ホントにピエロが出たんだ、それもいきなり目の前に、鉈を振り上げて・・・」
明希はブレザーを脱いでシャツの袖を捲った。細くて白い二の腕に似つかわしくない傷痕があった。深かったが縫うほどでもなかったというところか、ミミズ腫れのよう盛り上がっている。
「鉈で切られた、血が流れて、痛くて、そこで初めてとんでもなく危険な状況なんだって分かったけど、怖くて足が動かなかった・・・」
動けないでいる明希をマオが突き飛ばして庇うように前へ出て「早く逃げろ」とそう叫んだ。
「不思議なものですよ、そっから全部スローモーションで、頭の中が妙に冷えてて、さっきまで《何かあったら置いて逃げるからね》とか言ってたのになにやってくれてんの、この人!?とか最初に会った時の跳び蹴りとか思いだして・・・普通に考えて友達置いて逃げれるわけないだろうが!って」
ピエロが振りかざした鉈がマオに振り下ろされようとする光景を見ながら明希は思いだした。
「天狗が教えてくれた呪文、今使う時じゃないかって・・・唱えたんです」
それを口にした途端、その場に突発的な竜巻が起こったかのような風に包まれて何も見えなくなった、そして次に目を開けた時・・・
「マオ君もピエロの化け物もいなかった・・・校舎中探したけどどこにもいなかった、それがあの夜の全部です」
話し終わった明希の頭をしんぢが無言で抱き寄せるようにして撫でた、「よくできました」とばかりに。
「・・・俺が悪いでしょう、どう考えても」
「そんなことない!!」
明希の小さな声に被せるようにしてゆうやが叫ぶ。
「誰も悪くないんだよ!でも、明希君がそのことを話してオレらが明希君を責めるとか思ってたんだったらちょっと怒る」
「・・・少しだけ、思ったよ」
「じゃあ怒る、明希の馬鹿!」
「・・・ごめん」
そうして三人は額を寄せ合った、それでもやっぱり泣きはしなかったけれど。
ミヤ君が軽く俺の背中を叩いてくれた。
上手くやれたとかそんな風には思わなかったけれど、その感触に胸が熱くなった。
一息ついたところで進行役はミヤ君に移行した。
「明希、その天狗の呪文とやらを見せてくれないか?」
「ああ、はい」
明希は首に手を回して、紐付きの御守り袋を取り出した。ピアスだらけの明希が取り出す古ぼけた御守り袋、ミスマッチだ、こういうのもギャップ萌えというのだろうか?ごめんなさい、黙ります。
中から出てきた紙に書かれていたのは文字とは言い難いものだった、確かに崩れた象形文字だ、ほとんど記号に近い。
ミヤ君はそれを確認すると部屋の隅に置いてあったダンボール箱を引きずり出してきた、中には大量の古書。
「杜若が置いていったものをちょっとな、拝借してきてたんだ・・・」
「杜若?」
しんぢが目を細める、耳聡いな、こいつ。
今後のこともあるので俺とミヤ君は自分が持つ能力とその経緯について簡単に話した、俺にしてもミヤ君にしても詳しく話せばえぐくなってしまうので簡単に。
明希が《天狗攫い》にあった過去もあるせいか三人はとくに違和感なく受け容れてくれたようだった。
「その呪文の効果が知りたいんだよな、まぁほとんどが呪術関係の資料だから微妙といえば微妙だが・・・」
そう言ってミヤ君が古書を捲る。
「俺も手伝わせてもらっていいかな?」
「ああ、頼む」
しんぢ達も加わって俺達は資料をあさった、といっても古文最低点な俺はあまり役に立たなかったけれど。
5人で古書の束と格闘していると、ユッケとヤスがやってきた。やや興奮気味、ミヤ君に頼まれて調べていたことが分かったらしい。
二人が上がり込むと四畳半に7人、さすがに狭いなと思っていると、ゆうやがさっと立って玄関に移動した。
「俺は此処でいいですよ!」と笑顔。う〜ん、体育会系だなぁ。いいなぁ!こういう後輩。
そんなゆうやにすまなさそうな顔をしながらもユッケは空いた席に身体を滑り込ませた。明希も遠慮したのか壁際に寄って、その隙間にヤスが座る。
・・・いや、なんでそんなデレデレなんでしょうか、高安君?
「去年の夏に流行ってたピエロの怪談だけどね、どうも辿ってくと《都市伝説》でも《学校の怪談》でもないみたいだった、ちゃんと元ネタがあるんだよね」
首を傾げた明希達に《噂の実体化》等々をミヤ君が説明した。
「つまり、ピエロの化け物が《学校の怪談》だったなら実際に襲いかかってくることはなかったってことか、で・・・元ネタね、つまり妖怪かそうでなきゃ霊?」
この中で一番頭の回転が速いのはしんぢのようだった。マオの行方不明に《不思議》が関わっていると知った時点でそれなりに勉強したのだろう、事前知識もあるようだ。
「そうだね、このピエロに関しては霊・・・いや悪霊か、ソレがどうも全国の学校に出没してて、一時期《能力者》の間で問題になってたみたい」
「・・・そんな情報どこで手に入れたんだ?」
ミヤ君の鋭い突っ込みにユッケは照れ笑いを浮かべた、全く可愛くないが功績を讃えて殴るのは勘弁してやろう。
「ま、《能力者》限定のSNSみたいのがあってさぁ、ID手に入れるのにちょーっと苦労したよ、紹介制でね、機密性も高いからなかなか流出しないし、流出バレたらすぐシステム自体変えちゃうから、必要な情報だけ取ってさっさとばっくれてきたんだけど」
「それはハッキング的なものなのですか!?」
玄関に突っ立ったまま叫ぶゆうやにユッケはぱたぱたと手を振る。
「そんなたいそうなもんじゃないよ、PC技術よりむしろネット上の人脈使わせてもらっちゃいました。で、そこで仕入れてきた話なんだけど・・・みんな覚えてないかな、15年前起こった大量殺人事件」
こいつの話はどうもまわりくどい、というか焦らすよなぁ。さっきは見逃したけど今度は思いっきり頭をひっぱたいた。
「オレら1、2歳だろうが、知るかよ!?」
明希とゆうやに至ってはへたすりゃ生まれてないぞ。
「じゃあこう言ったら分かるかな?《殺人ピエロ》」
「あ、もしかしてアレ?日本の《ジョン・ゲイシー》事件の?」
「そう、それ!」
ミヤ君、知識の幅広いなぁと思っていたら、しんぢと明希も「分かった」という顔をしていた、知らないのは俺とゆうやだけか。ヤスは事前に聞いてなかったら知らなかった可能性が高いけれど。
「まぁあっちは連続殺人だから被ってるのは《ピエロ》ってとこだけだけどね」
「だからさっさと説明しろっての」
俺が睨むとユッケは「てゅん!」とか変な声を上げてから説明を始めた。
「15年前の9月13日・・・奇しくも金曜日、××県××市の×××高校で起こった事件だよ・・・」
名前は伏せるがその高校で惨劇が起こった。午後5時10分、部活棟にあった文芸部の部室にピエロの扮装をした男が現れた、文化祭も近い時期のこと、誰かが巫山戯ているんだろうと思ったと生き残った生徒は後に語っている。部員達が状況を掴めないでいるとピエロは隠し持っていた鉈で一番近くにいた生徒を殺害。5人いた部員の内3人を殺害するとピエロは出ていった。ピエロはその隣のコンピューター部でも同様に生徒を殺害、悲鳴や物音で飛び出してきた生徒や先生も次々に鉈の餌食となった。
部活棟を血の海にしてピエロは逃走、駆けつけてきた警察が捜すとピエロは体育館裏で自らの首に鉈を突き立てて自殺していた。
犯人は近所に住む35歳の消防署員、度々「部活の声や音が五月蠅い」と学校に苦情を言っていた。そのせいなのか一番被害が酷かったのは吹奏楽部だったらしい。
しかし厳密な動機もピエロの扮装をしていた理由も不明、なにせ本人が自殺しているので真相は藪の中、そんな事件。
「で、どうも3年ぐらい前からその犯人が悪霊化したらしくてさ、それも高校限定で現れるとかで《能力者》連中で非常線張ってたみたいなんだよね」
「その悪霊が去年の夏は青嵐高校にいたってことかな?」
黒縁眼鏡を指で押さえながら言うしんぢの顔から笑顔は消えていた、まぁこの状況では笑ってないのが正常だけれど。
「いや、コレは一カ所にとどまるタイプのものじゃなくて、色んな所にランダム出現するから《能力者》連中も手を焼いていたみたい」
「じゃあなんで去年の夏、ウチの学校にそんな噂があったんだよ?」
「それは・・・ん〜?」
「たぶん、どこからか情報が漏れたんだ、それも変な形で。だから《学校の怪談》として流れて、ウチの学校でも定着した・・・」
壁に背を預けて体操座りしていた明希がミヤ君を見る。
「じゃ、俺とマオ君を襲ってきたのはその・・・悪霊?」
「と、いうことになるんだろうが・・・ユッケ、そのピエロの悪霊、今はどうなってるんだ?」
「それがね、去年の八月以降音沙汰ナシだったもんで、自然消滅ってことで解決したみたいになってるんだよねぇ、実際被害はちょこちょこあって大怪我負わされた人もいたからさ、そんな解決でよかったのか?って今でも《能力者》のSNSでは議論されてた」
ふぅと息を吐いてミヤ君は持っていた古書を明希に渡した。
「あった。たぶんこれじゃねぇかな?しかしこれ《有里跳流》って名前が書いてあるけどいいのかな・・・」
有里家は修験者の家系なのでその跳流さん?とやらの持ち物ならば天狗関係のことも載っているか。なんで杜若が持っていたのか疑問だけど。
「その御守り袋に入ってた紙の文字と似てる気がするんだが、どうだ?」
「これです!間違いないですよ!これはいったいなんの呪文だったんですか?」
ミヤ君は少し言いにくそうな顔をした。
「・・・扉を開く呪文、だそうだ。異界への入り口を開く呪文」
「じゃあ・・・俺はあの時、入り口を開いてしまったってことですか?」
明希の肩が震えている、今度こそ泣くんじゃないかと思ったけれど、彼の整った目から涙が零れることはなかった。
「たぶんな、マオは・・・異界にいる」
明希の噛み締めた唇にピアスが光っている。泣く前にこのままバラバラに壊れてしまいそうな儚げな雰囲気。そんな明希の肩を身を乗り出して掴んだのはゆうやだった。
どこまでも真っ直ぐな瞳でミヤ君を見る。
「だったら、その呪文をもう一度唱えたら!?また扉は開くってことですか!?」
この言葉にはミヤ君が答える前に明希が首を振った。
「ダメ、それならもう何度もやってる、でもなにも起こらなかった!」
「その本の通りなら、明希が知ってる呪文は一方通行みたいなんだよな、こちらからむこうに行くためだけの呪文・・・でもその本には載ってないんだよ、その逆の呪文が」
「俺、その話をもう一度、信太か、でなきゃ専門の有里にねじ込んで来るよ。此処まで来て手詰まりなんて認めない」
しんぢの瞳もいつの間にか真っ直ぐに俺達を捕らえていた。こんな顔もできるんじゃないか。
その通り、ここで手詰まりなんて諦められるわけがないし、それに、周りがいくら「違う」と言ったところで明希は自分の責任だと、今までより強く思うだろう。
「その前に俺達の最後の手を打たせてくれ、逹瑯・・・」
「はいよ、京さんに連絡ね」
相変わらず連絡先は教えて貰ってないのでまたガラを通すことになるのが面倒だが犬神の一件の後、京さんから言われたことは守ったのでたぶん大丈夫だ。
『《外法師》なんかあんまあてにすんなや、何か起こった時、八方手を尽くしてどうしょうもない時だけ俺に連絡しろ、緊急事態はのぞくけどな』
八重歯を見せ、チャシャ猫を思わせる獰猛な笑顔でそう言われたのだ。
俺は携帯電話を取りだしてガラの番号を選択した。長い呼び出し音の後、通話が繋がる。寝起きらしい不機嫌な声。放課後に保健室で寝るなよな。
「あ、ガラ。ちょっと京さん呼び出してくれない?」
『右目か?それかミヤ君?』
「違う、俺じゃないしミヤ君のことじゃない。でも用事があるからさ、呼べよ」
『それが人にものを頼む態度か?俺だってそうそう・・・』
ぐだぐだ文句を言い出したので俺は明希に携帯電話を向けて言った。
「明希、ちょっと受話器に向かって《ガラ先輩お願いします》って言ってくれる?」
明希は怪訝そうな顔をしながらも携帯電話に顔を近づけて言った。
「ガラ先輩・・・お願いします・・・」
『・・・そうかぁ、分かった、京さん呼べばいいんだな、すぐ聞いてみるよ、折り返し連絡する、じゃあ!』
妙に明るい声で言ってガラは電話を切った。
自分で仕向けておいてなんだけど、本当にアレであっさり乗られると今後のあいつとの関係を真剣に考えたくなるな、とか思っていたらミヤ君から絶対零度の視線が俺に向けられていた。
問題です、この場合一番変態ちっくなのは誰でしょう!?ってか。
「あ〜・・・気にしないで下さい、そういう扱い・・・たいていのことならしんぢ君とマオ君で慣れてますから」
明希、すごく気を使ってくれているのは分かるけど何のフォローにもなっていない上に友人二人に黒い疑惑がでてしまってるぞ。
俺の周りは天然か変態か馬鹿しかいないのだろうか?それとも人間を大まかに分類すると天然と変態と馬鹿になるのだろうか。
俺が人類の壮大なるテーマに思いをはせていると携帯電話が着信を告げた。ガラだ、早いな。
『一つ言っておくが断じて萌えたわけではなく、同じ保健室登校児としてだな、俺は後輩思いの優しい先輩なんだ!』
「言い訳はいいから早く結果を言えよ」
『そうだったな、今回も幸運だ。2時間後に葉隠公園に集合!だそうだ。一秒でも遅れたら髪の毛を一本一本、全部抜いてやるとの脅しがもれなくついてきたが、京さんにやられるなら本望だろう』
髪の毛を一本ずつ抜いていくって、それ確か拷問だぞ。そんな知識がある自分に絶望したよ、今!
「オマエってやっぱ変態?」
『ジョークぐらい流せよ。何があったとは聞かないが、明希のことは後輩として俺も可愛いと思ってる、手が必要なら遠慮なく呼んでくれ、じゃあな』
自己中で我が儘な男だけど(そしてそのキャラが俺と被るのであまり言いたくはないけれど)ガラは優しい奴だ、なんだかんだ言って俺の右目のことを気にかけてくれているしね。今度保健室に行く時はあいつの好きそうな物を購買で買っていってやろう。
『あんま大勢で来られると鬱陶しい。だって俺、人見知りやし』by京さん。
ということだったのでヤスとユッケを置いてきた、鬱陶しい順で行くならゆうやも置いていくべきだが今回は当事者だからね。それに京さんは妙に兄貴気質なところがあるので俺のようなひねくれ者よりはゆうやのほうに好感を持つはずだ。
葉隠公園までは徒歩。待ち合わせ時間の20分前には着けるように計算して出発した。
俺の隣には明希、先程のピアス引っぱりで警戒したのかしんぢから距離をとっている。
しかし、まぁこうして見ると本当に可愛いというか、顔面偏差値悠々70越えしてるな、俺的には85ぐらい。口が拗ねたように尖っているのはミヤ君と同じだけど、ミヤ君と違ってぽってりした唇のせいで童顔度が高いし。
身長的に俺の口辺りが明希の頭だったので観察しやすかった。ミヤ君が何か考え込んでいるようで軽口を叩ける雰囲気ではなくて暇だった観察しているだけなのだけれど。
とはいえ男子校に通って二年目、近くに他の高校はなく女子と喋る機会がほとんどない若者としては同性とはいえ目の保養になるヤツを見るのはなかなか楽しかった。
パーマーのかかった黒髪を今日は下ろしていて、そうすると長さはセミロング、よく見るとメッシュも入っていてなかなかお洒落な髪型だ。
俺もこの前、井上教諭によってかなり凝った髪型にされてしまったのだけれど。
ルックスもかなりのものだけれどやはりついつい見てしまうのは耳を飾るたくさんのピアス。え!?そんな位置にも空けられるの!?と思ってしまうようなところにもピアス。耳の形ってこんなに複雑だったんだと感嘆。
リング型のだけでなくチェーンみたいなものもしているので近くを歩くとシャラシャラと音が聞こえる。俺はつい悪戯心を出してそのピアスを引っぱった。一応加減して軽く。
「うな!?」
と声を上げて明希が俺を見た。それも軽く頬を染めて。
「な、なにするんですか!!??」
岩上逹瑯、サドスイッチON!どん引きされようとも此処でやらなければドSが廃る!
「ねぇ、なんで耳弱いのにそんなにピアスしてるの?」
「べ、別に弱くないですよ!ピアス引っぱられたら誰だって驚くでしょう!?」
「え〜顔真っ赤じゃん。じゃあ予告してから引っぱれば驚かないよね?引っぱらせてよ」
「イヤですよ!けっこう痛いんですから!」
「Mなんだろ?いいじゃん痛くても」
「Mなのは認めますが好きでもない人からやられて喜ぶ趣味はありませんっ!!」
飛び出た爆弾発言をネタにさらにいぢめてやろうとしたその時、トラック同士が衝突したような音を立てて俺の身体が3メートルほど吹っ飛んだ。同時に襲ってくる痛み。
「てめぇは道端でなんちゅー会話をするんだこの大馬鹿野郎!!!」
拳ではなく掌底なのは手加減してくれたと考えて良いのだろうか?怒りのオーラを全身に纏ったミヤ君が俺を睨み殺さんばかりに見下ろしていた。
肋骨の二三本持って行かれたような音がしたけどどうやら無事らしい。
「ミヤ先輩!すごいっす!かっこいいっす!俺にも教えて下さい!」
とゆうやが興奮していた。誰か俺を心配するやつはいないのか?
打たれた腹よりも吹っ飛んだ時にぶつけた腰が痛かったのでそこをさすりながら起きあがると明希はしんぢの後ろに隠れていた。
あれ?俺、信用なくなっちゃった?しんぢはアメリカのホームドラマに出てくる俳優のように両手を広げて肩を竦めた。
「だめだめ、引っぱり方にはコツがあるから、こういう風にね」
しんぢはそう言って明希のピアスを掴んで引っぱった。
「うなななな!?うなぁ!?」
耳を手で庇いながらしゃがみ込んだ明希に微笑みを浮かべて、しんぢは俺を見る。
「そして明希のピアスを引っぱっていいのはこの世で俺とマオだけだよ」
俺は一応、自分の事を突っ込み属性だと思っているが・・・この発言は全力でスルーさせて頂こう、というか無視だ、記憶から抹消だ。
「さ、先を急ごうか、待たせると失礼だしな」
ミヤ君も同じ事を思ったようでさっさと歩きだした。
「っふざけんなてめぇら!しんぢなんか鼻にネギ突っ込んでりゃいいんだよバァロー!」
と何気に口の悪さを露呈させた明希は軽くしんぢを睨んでからミヤ君の隣に移動した。的確な判断だ、おそらくそこが一番の安全圏だろうから。
・・・うわぁいぢめてぇ!超いぢめてぇ!!
この一件が無事解決したらいぢめまくってやろう!
葉隠公園の中心、幾何学模様のモニュメントの上、既に京さんはいた。
赤と黒の斑の髪。素肌にサロペットジーンズは前回と同じだが色が白になっていて、刺青の量が増えた気がする。
京さんは俺達の姿を見るとふわりと飛び降りて真っ直ぐに明希の前に立った。
そしてものすごく嫌そうな顔をした。
「なんでオマエ、俺より童顔なくせして俺より背ぇ高いんや!」
子供かよ。というか年齢を考慮にいれたら童顔レベルは京さんのほうが上だ。
そしてたぶん、京さんより背の低い男子なんてめったにいないだろう。
いきなり怒られた明希はちょっと悩んでから丁重に頭を下げた。
「初めまして、御恵明希です。逹瑯先輩から紹介されて来ました」
「ん、ええよ。やっかいごとは俺の食料やからね」
・・・天然同士って会話がスムーズなんだな。
「それにしても明希ってなんか変わった匂いがするなぁ・・・有里連中みたいや、てゆーか天狗の匂い?」
天狗の匂いってどんなのだろう?と俺が考えている間に、ミヤ君としんぢで今までのこと(明希が《天狗攫い》にあった過去も含め)を全て京さんに話した。
京さんは天狗の呪文の書かれた紙をみてなんとも複雑そうな表情をした。
「今回は俺の力を使わなくても解決できると思う・・・というか、言うけど怒んなや?」
その言葉の真意が掴めずにぽかんとする俺達を無視して京さんは話を続ける、というか問いかけておいて相手のリアクション見ないってどういうことだよ。
「コレはこっちから向こうに行く呪文なんや、でその逆の呪文なんか本に載ってなくて当然やで、だってめっちゃ簡単なことやから」
「その呪文ってなんなんですか!?」
焦れたように言う明希に京さんは苦笑した。
「コレを反対に唱えればええんや」
沈黙が降りた、そして俺達は同時に叫んだ。
「「「「「えええええええええええええええええええええええええ!!??」」」」」
「うっさい、だから前置きしたやん」
そんな阿呆なことがあるのか?天狗の呪文ってどんだけアバウトなんだよ!?
「京さん、今まで明希は毎晩この呪文を・・・逆じゃないのを夜の学校で唱え続けてたわけですけど、それが発動しなかったのは何故ですか?」
さすがミヤ君は正気に戻るのが早かった、「ええ質問やな」と京さんは頷く。
「《呪文》っていうのは《心》が合致した時しか発動しないものなんや、あくまでこの《呪文》がこちらから向こうに行くものである以上、《マオを連れ戻したい》って《心》では発動しない。そのピエロの悪霊に襲われた時、明希は《マオを助けたい》と思って唱えた、それが広範囲ながらその《呪文》に合致した《マオを逃がす》という願いが叶えられた、まぁそのついでにピエロの悪霊もマオとは別の空間に飛ばされたわけやけど、そこら辺は明希がコントロールできなかった部分やろな、本来ならピエロの悪霊だけ飛ばしてまえばよかったんやけど・・・なぁ明希、どっちを強く思った?ピエロの悪霊をどうにかしたいって思いとマオを助けたいって思い」
明希は目を伏せて祈るように手を組んでいた、きっと今、自分を責めている。
「マオ君を助けたいって思いの方が強かった・・・」
京さんの大きな黒目はひどく優しい色を帯びていた、組んだ明希の手に触れて柔らな声で言う。
「それは間違いだったってこと、今なら分かるな?」
「分かります、あの時、自分はどうなってもいいからマオ君をって思った。それはいけないことだったのに・・・今、こうやって残される側になったら、その思いがどんなに自分勝手で残酷なことか、よく分かります」
「そう、間違いや。でも悪くはないんやで、この世には天秤にかけたらいけないものが幾つかあるけどそのトップバッターが《命》や。だけど選択しなきゃいけない場面ってのも確かにある。悲しいことにな」
「でも、そこまで切羽詰まって選択しなきゃいけない状況じゃなかった・・・」
「そやな、だからつい思ってしまったんやろ。その《呪文》の意味だって知らなかったんやから、俺は別に無知を罪とは思わんよ、間違いだって分かった、それだけでもう充分、あとは明希、オマエの力や」
明希は組んでいた手を解いた。
そもそも祈りのために組まれた手ではなかったのだけれど、それはまるで神に頼ることをやめ、自らの足で立つ事を決意した行動のように見えた。
明希はもう次に言われることを分かっている。
「オマエには微量ながら天狗の力が宿ってるんや、そうでなきゃ天狗の呪文を発動させることはできなかったからな、だから分かるよな?オマエがやるんや」
明希は頷くと、ふり返ってしんぢとゆうやを抱きしめた。
力強い抱擁。
「今までゴメン、マオ君を迎えに行こう」
「もう謝る必要なんてないさ、行こう、マオが待ってる」
「あんま遅くなると怒られるもんね、遅刻したらアイスおごり〜とか言ってさ」
涙も笑顔も、再会のその時までとっておくつもりなのか、三人は顔を埋め合って抱擁を交わしていた。
逆に俺が泣きそうになって視線を逸らしたら、同じくミヤ君も泣きそうな顔になっていた。
どうしよう、気まずい。
夜の青嵐高校に俺達はいた。消えた場所と同じ所のほうが呪文の効果が高いらしい。面子は俺、ミヤ君、明希、ゆうや、しんぢ、そして京さん。京さんは引率みたいなもので俺とミヤ君は何かあった時のバックアップ要員だ。その時に混乱が起こらないように京さんの能力(特に見た目のグロさについて)はしっかり説明しておいた。俺とミヤ君の能力についても改めて説明して準備万端。
俺達はマオが消えた特別棟の三階に向かう、階段一段一段がやけに重く感じるのはさっき京さんから言われたことのせい。
「念のため、念のため言っておく。依頼主に《最悪の事態》を伝えておくのはルールなんや、だから辛いかもしれんけど聞いてくれ」
そう言う京さんのほうが辛そうだった。
「マオがいるのは《異界》だ、こことは違う場所、時間の流れが違う」
俺は浦島太郎の昔話を思いだした竜宮城での数日が地上では何百年だったあの話。
「こちらでの十ヶ月が向こうでは何十年かもしれない、もっと言ってしまえばこの世界とは物理法則が違うかもしれない、もしくは危険な世界かもしれない、そういう事態もある、でもこれはあくまで《最悪の事態》や。今回の場合、明希はマオを《助けよう》と思ってやったことやから、ほぼ確実に安全な場所にいるはずや」
でも、それでも時間の流れの違いだけはどうしようもないんじゃないだろうか?たとえそこが安全な場所でもこちらでの十ヶ月が向こうの百年だったら、もう・・・
「大丈夫ですよ」
そう笑顔で言ったのはしんぢだった、驚いた顔をする京さんにもう一度「大丈夫です」と笑う。
「俺はマオのことも明希のことも信じてますから大丈夫です」
「あ、なんか俺も大丈夫な気がしてきた」
つられてゆうやが頷く、こんなシリアスな状況じゃなかったら俺はしんぢに「詐欺師」というあだ名をつけているところだったぞ。
それくらい無意味な説得力に満ちた言葉だった。
言葉というのは理屈じゃないのだ。
三階の廊下の真ん中辺りで先頭を歩いていた明希が立ち止まった。
「この辺りです・・・」
「よし、他の奴らは20歩後ろに下がれ、って俺も下がるけどな」
京さんに言われた通り、俺達は後ろに下がった、ちゃんと数えて下がったら足の長さによる差がけっこう開いていたので、突っ込みが入る前に京さんの隣に並んだ。
「じゃあ明希、始めてくれ」
「あっきーがんば!」
京さんとゆうやの声に明希はふり返った、しんぢも無言で頷いてエールを送る。
月明かりを浴びて立つ明希の華奢な身体は頼りないのにその瞳に宿っているものに俺は焼き尽くされそうになる。
炎のような決意。
「・・・いきます」
明希は前に向き直って静かに呪文を唱えた。
「×××××××××××××××××××」
炭酸が弾けるような音がして全身の産毛が逆立つ、これは静電気か?廊下の、教室の窓がガタガタと音を立てる、ごうごうと風が渦巻く。
その瞬間、俺は見た、一瞬だ、一瞬の出来事だったけれど、明希の背に羽根がはえていた。漆黒の羽根、烏のような羽根・・・天狗の羽根。
バキバキと音を立てて廊下の真ん中、何もない空間がまるで卵の殻がめくれるように剥がれ落ちていく。
「マオ君!?」
音がすごい、明希の悲鳴のような叫び声、そして微かに聞こえたのは俺に聞き覚えのある、そして3人にとってはこの十ヶ月、待ち焦がれた声。
「明希?明希!?そこにいるのか!?」
「マオ君!!此処にいるよ!!」
金属質な音と共に、めくれた空間から手が延びてくる、華奢な手。その手を明希はしっかりと掴んで引き寄せた。
そしてマオが現れた、紛れもなく、実体としてそこにいた。
マオは目の前にいる明希の肩を掴んだ。現状把握そっちのけで。
「怪我は大丈夫なん!?無事なん!?どっか痛いとこない!?早く怪我の手当しないと!」
畳みかけるように言うマオに明希はひたすら頷いた。
「マオ君は?大丈夫なの!?」
「俺は平気、明希が無事でよかった・・・ごめんね」
「なんでマオ君が謝るの!?」
「色々含めてあやまらなきゃいけない気がしたんだ・・・ごめん、明希」
今までずっと涙を流すことのなかった明希はその言葉で泣き出した、大粒の涙をこぼして座り込む。
「え、ちょ、明希!?」
京さんからの了承を得て、二人のところにゆうやとしんぢも駆け寄っていく。
「マオ!」
「マオ君!!」
「・・・へ?なんでオマエら・・・あれ?」
マオは何が起こったのか分からないという顔で二人を見ていた。
「そういやなんで明希もゆうやもウチの制服着て・・・ん〜〜〜?もしかして俺、迷惑かけた系?」
「かけてないよ!!俺がかけたんだよ!!」
泣きながらべちべち叩いてくる明希を抱きとめてマオがしんぢ達に何か言おうとしたその時。
「危ねぇっ!!」
ミヤ君が叫んで飛び出した、既に犬頭の力を解放していて、長い尻尾が俺の横を通過していった。
マオが出てきた空間の隣にも亀裂が入っていた、そこから覗いているのは大ぶりの鉈とピエロの顔。
やはり明希の力は不安定だったのだ、あの時と逆のことをした結果、ピエロの悪霊を飛ばした空間の扉までも開いてしまった。
すぐに4人もそれに気づいて互いを抱きかかえるようにして、その場から逃げる。
空間から今や全身を現したピエロの顔面にミヤ君が強烈な一撃を見舞うがピエロは少し後ろに下がっただけでダメージを受けた様子はない。風を切る音と共に鉈が横薙ぎに振るわれるのを、ミヤ君は頭を下げて避け、タックル。
押し倒すような形になったが、ピエロは少し首を傾げて、躊躇なくミヤ君の頭目がけて鉈を振り下ろした。ギリギリのところでミヤ君は横に転がって避ける。
「逹瑯!俺が《ヴォルバドス》を召喚する間・・・5分や!なんとか時間を稼げ!」
言われるまでもない。俺は眼帯を引きちぎるように外して、地面を蹴る。跳躍、その一飛びでピエロのところまで距離を詰めた。猫の目を解放すれば俺の運動能力は飛躍的に上がる、特に身の軽さにおいては10階ぐらいの高さなら易々と飛び降りられるほど、だって猫だからね。宙に浮いたままピエロの顔面に蹴りを入れる。風船でも蹴ったような感覚。
再び横薙ぎされる鉈を俺は空中で回転して避けてピエロの背後に着地する。
目を合わせる必要はない、ミヤ君と呼吸だけ合わせて同時に前後から回し蹴り。一瞬ピエロの動きが止まったことに油断してしまった。ピエロは鉈を回転させて下から上に突きあげるように背のほうをミヤ君の胸に叩きつけた。
肺の中の空気を吐き出し、ミヤ君の身体が宙に浮いて、吹っ飛ばされる。思わずそちらに駆け寄ろうとした俺の首に手袋越しでも分かるゴツイ手が絡みついた。180を越えている俺の身体をピエロは簡単に持ち上げて締めつける。
うわ、アニメでよく見る戦闘シーンである光景じゃねぇか、まずいな、俺、パワー負けしてる。打開策を考えていると視線の端で鉈が振りかぶられるのが見えた、その軌道の先は俺の腹だ。
今まで熱に浮かされていたような脳が急に冷えた、ヤバイ、死んでしまう。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
叫び声と共に俺の目の前を青いものが通過した、今の声、ミヤ君じゃないよな。霞んだ目に映ったのは、ピエロの目に突き刺さったT箒の柄、そして明希の姿。
ああ、この子は本当に無茶をする、しんぢとマオに再教育を要求させてもらおう。
悪霊でも目は弱点だったのか、獣のような咆吼を上げて、俺は解放された。
目にあんなものが刺さったら人間なら死んでいるだろうしな、いや、このピエロはすでに死者だから関係ないけど。
俺はおそらく混乱状態であろう明希を肩に担いで、地面を蹴り、京さん達のほうに飛んだ。途中ダメージから回復したらしいミヤ君が立ち上がってピエロのほうに向かうのを見た。血の混じった唾を吐き出して、友人である俺ですら竦み上がるような目でピエロを見ている。
現代語で言うなら「キレて」た。
「明希!無茶するな!!」と怒鳴るしんぢに明希を預けて俺は京さんを見る、右腕がぼこぼこと波打ってはいたがまだ《ヴォルバドス》は出ていない。
「京さん、まだですか!?」
「これでも全力や!二カ所も空間が空いとるせいで召喚系が使いにくくなっとんねん!」
それを聞くと俺はすぐにミヤ君のところに戻った、ミヤ君がやったのだろう、T箒はピエロの目を貫通して後頭部から飛び出していた、それでも動けるらしいが、視界が悪いのだろう、鉈をめちゃくちゃに振り回している。
「逹瑯、どうする?オレら今地味にピンチだぞ?」
ミヤ君は完璧に俺好みの笑顔でそう言った。
「あれだね、お届け物イベントだったはずがいきなり中ボス戦みたいな感じ?」
「やっぱり常日頃からレベルは上げておかないとダメだな」
「そうそう、装備も良いヤツ揃えてね、俺は防具強化派だけどミヤ君は?」
「俺は武器強化派だな。つーかラスボスの時の装備、たびびとの服だった」
「お、男前すぎるっ!!」
こんな状況でも軽口叩けてしまうのが俺達だった。
ミヤ君がピエロの鉈を持った方の手を掴んでヘッドバットを決めている間に俺は足を目がけてタックル。振り回される鉈をギリギリの所でかわしながら、攻防を続けた。
それでも追いつめられる、二対一でも勝てない。
怪我こそしていないが俺もミヤ君も息が上がっていた、相手は鉈だ、一撃当たれば取り返しのつかないダメージを受ける。
京さんは《ヴォルバドス》が召喚しにくいとか言っていたが、いくら《外法師》として修羅場をくぐり抜けていた彼でも、異空間への穴が二つも空いている状況での召喚術なんて初めてなんじゃないのか?
ならばそれはそもそも成功するのか?
約束の5分はもう過ぎた、無理だと判断したなら「逃げる」ことに方針を決めるだろう。
再び来る攻撃に身構えたその時、空間に空いた穴から伸びてきた手がピエロの頭を掴んだ。第三者の登場だった。イレギュラーにもほどがある。
「みんな元気やね?ウチ、つい来てしもうた」
空間から出てきたのは黒い着流しに長い黒髪の男、顔はひな人形みたいな純和風。しかし、彼が異端である証としてその背中には黒い羽根がはえていた。
さきほど明希に一瞬宿った羽根と同じ。
ピエロは頭を掴まれているだけだというのに指先すら動かすこともできないようだった。
「春夜丸さん!?」
声を上げたのは明希だった、黒羽根の男は明希を見て嬉しそうに目を細める。
「ひさしぶり、明希、大きくなりよったな、昔はあんなんちっこかったんになぁ」
ちょっと待て、この春夜丸とかいう人、まさか・・・
「あ、アナタが昔、明希君を連れて行った天狗ですか!!!!」
ゆうやの大声に春夜丸は少し驚いたような顔をして頷いた。
「そう、ウチばい」
「あ、関西弁じゃなくて博多弁なのか・・・」
ミヤ君がこの状況では全力でどうでもいいんだよ!!ってことを呟いた。だから天然だって言ってるんだよ。
「明希、こっちに来てくれんね」
その言葉にゆうやもしんぢも、そしてほとんど状況を把握できていないであろうマオでさえ明希を後ろに追いやって春夜丸を睨みつけた。
「警戒せんと。ウチは悪い人ではなかよ、ほら明希、さっさと来る!」
「あ、はい。・・・あの人は大丈夫だから、ね?」
明希は他の三人を柔らかく押しのけて春夜丸のところに来た。
「悪かった。ウチが渡した《呪文》で明希を困らせたみたいやね、ちゃんと説明しておくべきだった、でも明希はあの時もうウチら天狗の世界の物を食べて、ちょこっと普通の人間とはちごうとったから、なにかしらなの《自衛》が必要だと・・・というかそっちの世界に馴染めなかった時はまたウチと一緒に来たらいいと思ってたんやけど・・・」
そこで春夜丸は言葉を切ってマオ達のほうを見た。
「そん必要はなかったな・・・逆に困らせる結果になって悪かった」
「俺は別に、春夜丸さんを・・・」
「よかよか、恨んでくれて、どうもウチら天狗連中は適当でいかんわ!」
そう言って春夜丸は明希の頭を撫でると、人形のように固まってしまったピエロを引きずったまま、空間の穴に足をかけた。つーか人の話聞かないタイプだな、この天狗さん。
「お詫びにコレはこっちで始末しとくわ、あ、そこの犬のカワイ子ちゃんと猫のデカイの・・・縁があったらまた会おうな!」
全力で会いたくなかったが、一応頷くと春夜丸・・・天狗は満足そうに帰っていった。
彼が消えると同時に空間の穴も元通り塞がる。
「なんかあの人・・・マオ君と似てる・・・あの強引さが」
ぽつりと呟いたゆうやの頬をマオが思いっきり引っぱった。
「つーか状況説明してもらえるとありがたいんだけどね、俺的には!!」
そうだった、立て続けに色々起こりすぎて忘れていた。
「そうだな、まずどこか落ち着いた場所で説明を・・・あれ?京さんは!?」
仕切りなおそうとしたミヤ君が、慌てて言う。
そういえば京さんの姿がない、また問題が起こったのかと一瞬焦ったが、すぐに横の教室の扉が開いて京さんが顔を出した。
「あの天狗、帰ったか?」
「・・・なに隠れてるんですか、京さん?」
「べ、別に隠れてへんもん!!天狗連中が苦手なだけやもん!!アイツら強引やし、人の話聞かへんしっ!」
また語尾が「もん」になっていた、この人って本当に想定外の事態に弱いよなぁ・・・
とりあえず俺達は場所を移動して普通棟の教室にいた。マオに今まで起こったことを説明する、自分が十ヶ月以上も行方不明となっていた事実にかなりの衝撃を受けたようだ。京さんが懸念した通り、此処とマオがいた空間では時間の流れが違ったのだ、しかし今回それはプラスに働いたと言っていい、マオが異空間にいたのは彼の感覚では10分ほどのことだったらしい。
「なにもない場所にいたよ、地平線が見える一面の草原だった、空は曇天でひどく寂しい所だと思った、でもそんなことよりずっと、明希のこと考えてた・・・無事でいるかってそればっかり」
教室についてから再び泣き出してしまった明希の頭を撫でながらマオはそう語った。
「明希が無事でよかったよ、ホントによかった・・・」
「で、でも・・・十ヶ月ですよ!?マオ君の十ヶ月間を俺の軽率な行動で奪ったんだよ!?」
「軽いもんだよ、明希が無事で、しんぢとゆうやもいて、それ以上望むものなんてない、十ヶ月?そんなもん一緒にいれば埋められるだろ?」
マオのその言葉にゆうやも泣き出した、顔をくしゃくしゃにして泣いた。
「オマエらもう大丈夫なんやから泣かんでもええやろ?」
京さんがそう言うとしんぢが黙って首を振って、ゆうやと明希の頭に手を置いた。
「違いますよ、もう大丈夫だから泣いていいんだ・・・っていうか俺も泣きます、見ないで下さい」
しんぢは明希の背中に顔を埋めると大声を上げて泣いた。幼子みたいに泣いた。
そんな三人をめいっぱい手を伸ばして抱くマオの瞳からも涙がこぼれ落ちた。
俺も泣きそうになった、もらい泣きではない、その光景があまりにも綺麗だったせいだ。
ほどけかけた絆が再び固く、もう二度と離れないように結ばれた瞬間。
仏頂面で背を向けていたミヤ君も、居心地悪そうに窓の外を見ている京さんもきっと同じだ。
ねぇ、こういうのを見ると思ってしまうよ、人間も悪くないってね。
悪くないだろ?って言ってやりたい、あの二足歩行のにやけた猫に、そしてあの頃の俺に。
青嵐高校を出て、街灯のない夜道を俺達は歩く。
「さっすがに家に帰りにくいなぁ・・・」
マオがそう呟く、あの後打ち合わせをしてマオは家族にも警察にも行方不明になっていた間の事は一切覚えていないで通すことにした、もちろんあの夜、青嵐高校に肝試しに行ったことは秘密。
明希の持つ《天狗の力》を外部に絶対漏らさないほうが良いと京さんが言ったからだ。拝み屋連中に知られると体よく利用されてしまう可能性が高い。俺とミヤ君の力を秘密にしているのと同じ事。それに明希の今後の人間関係への影響もある。保健室登校はやめてこれからはちゃんと学校に通うらしいが、その時、妙な力を持っているなんてことが知られたら忌避されたり虐められたりするだろう、まぁ明希を虐めようものならそいつは明日を迎える事はできないだろうけどねぇとマオが笑顔で言ったけれど。
やはりマオ、ジャイアン気質のようだ、やめてくれ俺とキャラが被るじゃないか。
「あ、そうだ明希」
急に真剣な顔を向けるマオに明希も真剣な顔になって見返すが、次の瞬間、マオは明希のピアスに指を絡めて引っぱった。
「うなななななななぁぁぁぁぁ!!??」
耳まで真っ赤にして座り込む明希をマオは絞め殺さんばかりに抱きしめた。
「ふふ、やっぱ明希ちゃんだ!腰砕けちゃった!?」
・・・さっきの俺の感動を利子つけて返せよ。
マオが家に帰ったら大騒ぎになるだろうけれど、それに俺達は関わる事はできない。
そういう筋書きだ、「気づいたら家の前でした」って言い張る設定。
「明希、一応伝えとくってゆーか渡しとくわ」
京さんが明希に一枚の名刺を差し出した。
「なんですか?これ・・・」
「オマエのその力は一生消えない、一生付き合っていかなきゃいかんもんや、ならちゃんと正しく使えたほうがええやろ、落ち着いてからでええ、そいつに連絡しろ。力の制御のしかたからなにやら教えてくれるはずや、そいつは《祝り人》やけど信用できる」
「あ!この名前・・・有里跳流って・・・」
「そ、ミヤが杜若からパクった本の元の持ち主・・・いや著書か、明希自身のタイミングでいいから連絡するんやで?」
「はい!ありがとうございます!」
明希は深々と頭を下げた。次に顔を上げた時には笑顔。無邪気で純真で無垢な笑顔。でもそれは何も知らない透明ではなく、身を削り、苦悩を削り、彼が自分自身で手に入れた、宝石のような透き通った笑顔。
この笑顔がもう何にも、誰にも汚化されることがないことを切に願いたくなるほどに綺麗だった。
マオだけは京さんが家の前まで送ることにして、俺とミヤ君は家に帰った。
月の綺麗な夜だった。
微かに夏の香りがする夜だった。
翌日眠い目を擦りながら銀湾荘に向かう。ミヤ君は徹夜したらしい腫れぼったい目でアパートの前に立っていて、俺が自転車を横付けすると「おはよ」と小さな声で言った。今日から衣替えなので夏服バージョン、そういえばミヤ君の夏服は初めて見るな。肌を露出すると色白さが際立ってる。青嵐高校の夏服は半袖のYシャツにネクタイなんだけどちょっとデザインが凝ってるせいで軍服っぽく、密かに人気があるらしい、主に一部の女子に。
「なに〜?ミヤ君なんで徹夜してんの?」
その言葉に返答はなかった。俺がもう一度「どうしたの?」と問うとミヤ君はまたしばらく黙ってから言った。
「まさかとは思うけど・・・オマエ忘れてる?」
「ふえ!?何が?」
「・・・・・・今日から中間テストだぞ」
俺の絶叫に鳥が数羽驚いて逃げていった。
「なんで衣替え覚えてて中間テスト忘れるんだよ?セットみたいなもんじゃないか・・・」
「いや、まぁ・・・あはは」
誤魔化す俺にミヤ君は呆れたようにため息をついた。
「今回は色々あったからしかたねぇな、今日は現国と歴史と数学だ、一夜漬けならぬ浅漬けにつき合ってやる、とりあえず暗記系の歴史だけでもたたき込め!」
「ふぁい・・・」
「気の抜けた返事をするな」
「はい!お願いします!ミヤせんせー!」
その日の学校への道程は後ろからミヤ君に今回の歴史のテストにでる主要単語を延々耳元で言われ続けるという変なプレイみたいなことになった。
途中、追い抜いていったヤスが見てはいけないものを見たという顔で逃げていったのであとで色々訂正しなければ。
マオが、山口真生が発見されたというニュースは既に学校中に広まっていた、さすが田舎、情報の伝達が早い。教室内は完全に浮き足立っていてこれからテストだという雰囲気ではなかった。そんな中で俺とヤスはミヤ君から今回のテストの主要ポイントを叩き込まれていた。ミヤ君は家庭教師には向かないな、生徒が泣くよ、きっと。
それでもテストの直前まで叩き込まれたおかげで歴史のテストはけっこうできたと思う。
現国と数学だけはどうしようもないけどね。
テストが終わってもまだ教室内はざわついていた、十ヶ月も行方不明になっていた同級生が見つかったというのだから当然といえば当然か。
今回の中間テスト平均点下がるぞ、この様子じゃ。
数学のテストを終えて、俺は問題用紙をまとめてミヤ君の席に移動した。自己採点するからちゃんと問題用紙にも答えを書けとミヤ君に言われていたのだ。
ざっと目を通して最初に言われた一言は「数学が酷すぎる」だった。
「いや、どうも数学ってさぁ、公式とかの意味が分からないんだよねぇ」
「高校生レベルの数学なんだから公式の意味なんて理解しなくていいんだよ、使えればいいんだ使えれば。でも現国はできてるな・・・っていうか逹瑯、文章題は得意なのか・・・」
「あ、そうだね。ただ漢字とか文法はさっぱりかな」
「そんな感じだな。おい、ヤス!」
ミヤ君は前の席で机に突っ伏していたヤスの背中を叩いた。
「採点するから問題用紙見せろよ」
「ん〜?」
ヤスはぽけっとした顔でふり返えって問題用紙をミヤ君に渡す。
「・・・オマエ、これ回答が書いてねぇじゃねぇか」
「お〜〜!!忘れてたっ!!」
「うん、まぁ、そうじゃないかと思った」
「ちょっとミヤ君!ヤスに甘すぎるよ!?」
俺達がぎゃんぎゃん言い合っているとクラスメイトの一人に「お客さんだよ〜!」と声をかけられたので扉の方を見るとしんぢがいた。詐欺っぽいイケメンスマイルを浮かべている。
俺達は(途中で撃沈していたユッケの襟首を掴んで引きずって)廊下に出て、一番端の空き教室の前まで移動した。
「さっきマオから連絡があってね、とりあえず一段落したって、警察行ったり病院行ったり大変だったみたいだけど、身体に異常もないし、まったくの健康体だってさ」
「本当になんの影響もない安全な空間にいたってとこか」
伸びた前髪を弄びながらミヤ君が言う。
「不幸中の幸いって言っていいのかな?」
「もしくは終わりよければ全て良しかもね」
ユッケの言葉にしんぢはやはり詐欺師スマイル。昨日の素直な君はどこへ行ったんだい?
「ああ、そういえば逹瑯君、井上先生が呼んでたよ、テスト終了後、社会科準備室で待っているので早く来てね、来なかったら鼻フック!だってさ」
・・・普通に呼べないのか、あの人は。
「逹瑯!早く行ったほうがいいべ!これ以上鼻の穴が広がったら大変だ!!」
急に慌てだしたヤスの頭を俺は掴む。
「地味に気にしてること言うんじゃねぇよ!!ちょっと顔が良いからってこのやろぉぉぉぉ!!」
しかし猫の目を封印している俺は軟弱なのでスポーツマンのヤスにあっさりふりほどかれた。
「先生待たすのよくない!!早く行け!!」
くそ、正論言いやがる。俺は渋々その場を離れて社会科準備室に向かった。
「なかなかベストなタイミングでベストなことをしてくれるね、職員室がスクランブルだよ。メーデー!メーデー!」
扉を開けるなり長机の上に腰かけていた井上教諭は眠そうな顔でそう言った。
「《メーデー》ってどういう意味でしたっけ?」
「色々あるけど今の文法から行くと《遭難信号》だね〜っ!てゆーか話そらさないっ!」
びしっと俺を指さして井上教諭は微笑む。
「山口真生、見つかってよかったじゃん」
「なんでそれを俺に言うんでしょーかね?」
俺の質問を無視して井上教諭は続ける。
「大人はダメだね、すぐ諦めちゃうから、ガキはしつこいけどそこが良い。だからまぁちょーっとばかり贔屓ってゆーかご褒美あげるよ。さっきも言った通りこのテスト中の忙しいさなかにマオ君発見で職員室大混乱中だからうまいこと通してあげる」
まったく意味が分からないでいる俺に井上教諭はもう帰れとばかりに手を振った。
部屋から出る時に井上教諭は珍しく、心底優しげな笑顔で言った。
「岩上、よく頑張ったね」
そんな井上教諭にびしっと指を差し返して俺は言った。
「いつかアンタの正体暴いてやる!」
いわゆるその後の話。
中間テストの最終日に購買でガラの好きそうなものを買って保健室に向かうと明希が私物をまとめていた。
「俺、明日からは教室行きます、今まではあの原因が俺にあるかもって思ってて、まぁ実際俺だったんですけど、だから他と距離置いてましたが、もうその必要もなくなったんで」
そんなことを俺に囁いて明希はガラと新倉教諭に頭を下げた。
「今までお世話になりました、無愛想にしてゴメンなさい」
「気にするな、何かあったらいつでもおいで、相談に乗るからね」
ガラは寂しさを無理矢理押し込めたような顔で笑っていた。
「そやな明希、もし虐められたりしたら俺のとこに来い、相手しめてやるで」
と、新倉教諭も少し寂しそうに笑っていた。っていうか、おい、教師!
まぁ明希の愛らしい顔と仕草見てたら無条件で守りたくもなろうけど。
しかしマオにガラに新倉教諭、そしてしんぢとゆうやもカウントに入れるならほとんど親衛隊だな、明希。愛され属性とはこういうヤツのことを言うのか。
「ガラ先輩、いろいろ優しくしてくれてありがとうございます」
最後に明希はそう言って、あの反則的に可愛い笑顔を見せた。おそらくガラは初めて明希の笑顔を見たのだろう、口をあけたまま固まっていた。
明希が保健室から出ていくとガラはものすごい形相で俺の肩を掴んだ。
「今の確実にフラグ立ったよな!?いや、明希が女の子だったらって話でだけど!フラグ立ったっ!!て感じだよな!?」
気持ちは分からなくもないが落ち着け、保健室に籠もりすぎてコミュニケーション能力に欠陥ができてるぞ。
「立ったことには立ったけどガラ、あれは《フラれフラグ》だ。おまえは《いい人止まり》だよ」
「・・・ふっ、そうだよ。俺はいつも第二の男さ」
この場合、明希の本命はマオだよなとか男子校でギャルゲごっこしている俺やばいかもな。
新倉教諭から「オマエら気持ち悪いわ!」と蹴りを入れられた。
反撃する資格はきっとない。
そしてマオのこと、残念ながらというか当然のことながらというか留年扱いになって1年B組に入ることになった。
明希とゆうやと同じクラス。井上教諭の言っていた「ご褒美」はたぶんこれだ。
友達同士で同じクラスってやっぱり嬉しいからね、しんぢがちょっと可哀想だけれど。
今では4人仲良く校内でじゃれ合っている姿をよく見かける。
お揃いのクマのキーホルダーを揺らして、楽しそうに飽きることなく一緒にいる。
たまに俺達も一緒に遊ぶようになった、明希のピアスを引っぱる権利はもらえていないけど、リアクションが楽しいので適度にいぢり倒している。
「逹瑯先輩!」とショットガン並の威力を持つ笑顔で挨拶されるのはとても良い気分だ。
御恵明希、漆黒の翼を持つ少年はもう夜を走らない。
大切な仲間と光の中にいる。
自らの手で取り戻した幸せを胸に。
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