番外#4成人ホリデー
教師は俗物であるべきだ、なんてトンデモ発言を笑顔で言うのは我が校の社会科教師、井上先生だ。
能力者の素質を持つ子供を受け入れる学校は能力者の教師がいなければならないというルールに基づき、俺と井上先生がいるわけだけれど、井上先生ははっきり言ってレベルが違う。
能力者としても、人間としても。
「生徒間の問題は生徒が解決すべきなんだよ、大人は大人しかできないことだけやっていればいいの」
埃っぽい社会科準備室で煙草をふかしながら井上先生は笑う。
驚くほど整った顔立ちながら、高嶺恒人や御恵明希のような人形じみた雰囲気はまるでない、俗っぽい大人の色気がある姿。
「だから新倉先生、無視すればいいだんよ。そんなことは」
「・・・そうですか」
とくに逆らう理由もないが、返事が投げやりになってしまった。
あの問題児、岩上逹瑯の件で相談に来たわけだが完全な無視を決め込むつもりらしい担任教師にこれ以上俺が言うこともない。
「まあ、岩上もかまってちゃんだから・・・注意したらしたで喜ぶとは思うけどねぇ」
俺が渡した封筒をこちらに投げて、井上先生は笑う。
「今までのことに比べれば、可愛いものじゃん」
「それは同意しますけどねぇ・・・」
封筒をキャッチしてポケットにしまい、俺は苦笑する。
5月から今まで、次々と起こっていた問題に比べればこんなものは些細な悪戯だ。実害もなかろう。
「そういえば、もうすぐ日食祭だね。新倉先生は参加?」
「一応は・・・」
「元・外法師の彼も?」
「京君なら、平安京の方に応援に呼ばれてるみたいですけど」
「いいなー、俺もそっち行きたいけど、学校守らなきゃいけないからなぁ・・・」
特に表情も変えずに言うものだから、本気なのか計りかねる。
「ところで新倉先生」
「・・・はい?」
「お客さんが来たようだから、そろそろ戻ったら?」
今日は学校は休みで、保健室に誰も来るわけがないのだけれど、井上先生が言うのだから誰か来たんだろう。
ガラが遊びに来たのかもしれない。
「そうですか、じゃあ失礼します」
社会科準備室を出ると、自然ともれる溜め息。
手にびっしょりと汗をかいている・・・まったくあの人は底知れない。
保健室へと戻ると、本当にお客さんが来ていた。
というか占領されていた。
我が愛すべき友人たち四人が祖父の代からここにいましたみたいな顔でくつろいでいる。
「おかえり薫君。教師の仕事も大変やね、まあ俺らにお茶でもふるまってゆっくりして」
などと優しい台詞と取り違えそうな、しかしよくよく聞けば「お茶を出せ」と言っているにすぎないことを言うのは心夜だ。
逹瑯からの描写は甘かったというか、さほど口数が多い方ではないから気づかなかったのだろうけれど、こいつはかなりの勢いで頭がおかしい。
顔立ちは美形と言える、なんというか明希が少女漫画に出て来るような美少年で、恒人が少年漫画に出て来るような美少年ならば、青年漫画に出て来る美少年といった顔立ちなのだけれど。
(何が言いたいかというと他の二人と違って色っぽいのだ)
中身でオツリどころか借金ができるぐらい難がある。
「薫君、俺はコーヒーがいいなぁ」
などと敏弥が言う、こいつもまあ優男だが整った顔立ちをしている。
「あ、俺もコーヒー、ブラックで」
と堕威。逹瑯が語ってくれたかもしれないが、精悍な顔立ちの男前。
「俺は、ミルクも砂糖も多めで」
トドメに京君に言われ、しかたなく俺はコーヒーを入れる準備をする。
それぞれ好き勝手にくつろいでくれている、部外者は立ち入り禁止だと言うのに・・・
大学時代はこの5人でつるんでいたのだけれど、俺は何度か陰で花の女子大生たちが泣いていたのを目撃している。
「あれで口さえ開かなければ」とか。
大きなお世話って感じだが、実際みんな黙ってさえいればかなり容姿の整った集団だ。
さすがに自分を美形だとは言うまいが、外見だけならばモテる自覚ぐらいはある。
ただ、これはこれで自覚している、俺は致命的に常識に欠けるのだ。
というか俺でもこの四人を見ると思う。
黙っていればいいのにとか。
特に心夜。
明希の馬鹿っぷりは愛嬌で済むが、心夜のおかしさって流せるレベルではないからなぁ。
かといって恒人のように完璧が故に天然でも引くが。
パラメーターの振り方を間違えたのだろう。
誰が一番マトモかと言えば、堕威かな。
こいつの場合はシンプルすぎてデリカシーに欠けるだけで、女子には無視されても同性の友人は多い。
・・・俺と違って。
あらためて思うと辛い現実だった。
結局、それぞれに好みの味のコーヒーを出し終わったところで聞く。
「それで、今日は揃ってなんの用や?」
「うん?今度行く旅行の相談やん」
始めて聞く話をさも当然のように言って、京君が微笑んだ。
成人ホリデー
今、旅行と言ったか。良好の聞き間違いではなく?
「ていうか京君さぁ、義手で温泉なんか入れるの?」
「大丈夫やろ」
温泉旅行らしい。
そして敏弥は・・・みんながさりげなく触れずにいる京君の義手のことを口にした。
屈託がないというか無垢というか、物事に対する差別意識が低いのだ、故に何も考えずに喋れる。
そしてよく知らない人間からは凄まじいKYに見られる。
「これ、濡羽家に作ってもらったやつやし、硫酸かけても溶けんで。まあ、動力が霊力やけど」
「あー付けてるとMP消費するんだ」
「そやね、そんな感じ」
「いや、ちょっと待て。俺は旅行に行くなんて話聞いてないで」
さすがに耐えきれずに嘴を挟むと堕威が怪訝そうに言う。
「そらそやろ。今日初めて言うんやから」
こいつら・・・殴りたい。
一人づつ脳天にお見舞いしたい。
「明後日やから準備しといて」
心夜がこれまたしれっと言ってくれる。
「明後日って・・・普通に学校あるやん」
「休めばええやん」
「軽く言うな」
そんな個人的事情で唐突に休め・・・なくもないが。
俺の信用問題ってものあるんだけどなぁ。
つーかお前らみんな自由業なんだからそっちが予定合わせるべきとちゃう?
「わーかーりーまーしーた!旅行な」
しかしこういうところ俺はこいつらに甘いので頷いてしまう。
怒って治る連中じゃないことは痛感してるからなぁ。
今更って感じ。
・・・つーか京君の場合、義手以前に刺青を理由にお断りされる可能性がありそうだけれど、その辺りは心夜が如才なく抜け目なく計画を立てているのだろう。
無精無精了承して椅子に座った瞬間、ポケットから封筒が落ちた。
俺が拾う前に堕威が縮地法で取りあげた。
比喩じゃなくて使えるのだ、漫画チックなのではなくちゃんとした武道の足運びである。
そうなだけに霊能力の類よりやられると冷や汗ものだが、今は別の意味で嫌な汗をかいてしまっている。
「なんやこれ?」と了承もなく中身を取り出す堕威に、今までバラバラにくつろいでいたくせに頭をくっつき合わせる愛すべき友人達。
呼吸合いすぎやろ。
「うわー」という声を上げて四人が同時に俺を見る。
軽蔑の視線で。
いや、京君と心夜はにやけているので事情を察知したのだろうが、堕威と敏弥は文字通りのドン引きだった。
(というか「心夜がにやけている」という表現はオカシイ、表情は変わらない奴なので、付き合いの長い俺からすればにやけているということが分かるというのが正しい)
「え、なんやこれ?あの美少年生徒の写真!?」
「うわ、着替え中とかメイド服とか!これなんかシャツ捲ってポーズとっちゃってる」
うわぁ・・・と引く二人の隣で京君と心夜はにまにましながら言う。「変態教師」
「変態教師」
普段喧嘩ばっかしてるくせにこういう時は仲良しだな・・
ちなみに心夜は「にまにま」といっても無表情だ。
しているように見えるだけ。
おちょくられるのは腹が立つが、本格的に誤解しているのが二人だけってのは救いだ。
「ちゃうわ。それは生徒から没収したやつ。お前らも会ったろ?岩上逹瑯」
「あのでっかい生徒がなんでこんな写真?」
堕威はやっぱりシンプルだった、言い訳とも突っ込まず真面目に俺の顔を見る。
「あいつ、その二人の生写真売りさばいとったんや、一枚300円でな」
「考えそうなこっちゃなぁ」
やっぱり分かっていたらしい京君が笑う。
「え!?でも着替えとか、こんなポージングしてるのもあるよ!?」
写真を片手に敏弥が喚く。
確かに際どいショットであり、商売していたこともあるがそこも問題にしていたのだけれど・・・
「明希は・・・」そうしてしばらく言葉を探して、他に表現するものがなかったので諦める。
「明希は超ド級の阿呆やからな、ちょっとシャツ捲ってみせてーとか言うたら従ったんやろ」
そうしてどこぞのエログラビアみたいな写真の出来上がり。
銀河系の阿呆、御恵明希様。
全裸要求でも何も考えずに飲んだだろう。
考えなしというか、思考回路が磨滅しているというか。
「こっちの恒人君・・・だっけ?の着替え中の写真は隠し撮り?」
「いや、視線がちゃんとカメラのほう向いてるやろ」
「・・・あ、ホントだ」
「向いとるな」
写真を覗き込みながら堕威と敏弥が頷く。
「恒人は賢いけど従順やし、撮らせてって頼まれたら撮らせたんやろ。悪用されるって発想がそもそもないからな」
正義の徒ならば悪を見抜けとも思うが、ああいう性格であるが故に『友達を疑う』という発想がそもそもないのだ。
「友人とカテゴライズした人間には際限なく従順やからな」
そこで何故だか京君が苦笑する。「塩薙の発想やね」と呟いて。
そうして俺の視線に気づいたのか、すぐに意地の悪い笑顔に切り替えた。
「薫君はこの問題で悩んでるん?」
「ああ、担任のセンセのとこに持ち込んだけどほかっとけば良いって言われた」
「解決法ならあるやん、とっても簡単なの」
「・・・なに?」
「浅葱に教えてやったらええ、逹瑯がお宅のとこの末っ子ちゃんでこんなイカガワシイ商売してますよーってな」
「・・・あ」
確かに解決する。
というか殲滅する。
マオではなく浅葱に教えるところがポイントだ。
マオに教えた場合、明希の所有権を主張した挙句に「俺も一枚かませろ」と、このイカガワシイ商売自体が広大してしまうが、浅葱に教えれば、浅葱が逹瑯を成敗して、説教して終了だ。
生徒が解決できる問題は生徒で・・・か。
「いや、教えるまでもなく来週中にはもう青バスチームの内誰かの耳には入って、そこでお終い」
「せっかくハイスペックな生徒が揃ってるんやから有効活用せんとな」
既に興味を失くしていたらしい心夜がベッドに腰掛けて文庫本を読みながら呟く。
いや、お前はそこまでウチの生徒と付き合いないやろ。
「・・・まあ、そうなんやけどね」
俺は堕威と敏弥の手から写真を取り返して元通り封筒にしまう。
生写真売りのシステム自体、携帯電話を駆使した現代の高校生ならではのもので、偶然に逹瑯が持っていたサンプル写真を発見しなければ俺は気づけなかっただろうが。
携帯電話を駆使している以上、確かに来週中にも青バスチームの誰かの耳には入ろう。
・・・だから放置しろと言われたのか。
やはり底知れないな井上先生。
ミヤが復活するまでクラスの問題を全て放置していたのだって、ミヤが復活すれば即解決すると分かっていたから。
いや、ミヤが復活するタイミングすら知っていたのかもしれない。
「あれ?薫君、ミヤ君のことは矢口って呼んでなかったっけ?」
「やかましい!」
敏弥の脳天にチョップを喰らわせて黙らせる。
ややこしくなるから普通に行こうと思ったのに、なにをかましてくれる。
だからKYだと言うんだ。
「で、さっさと旅行の計画とやらを聞かせんか」
まあいい、明後日は休もう、ガラに連絡しておかなければ。
というわけで旅行当日、皆で敏弥の車に乗り込んでいた。
俺の車はタイミング悪く車検に出していたのだ。
「ったくいい年こいた男の車が軽自動車とは」
毒づきながら後部座席でくつろぐのは心夜。
「ったくいい年こいた男の車が軽自動車とは」
まったく同じ台詞を言い、同じく後部座席でふんぞり返る京君。
そんな二人に挟まれて真ん中に座っている俺。
成人男子としては並みの体躯をしているので軽自動車の後部座席の真ん中ってかなり辛いんだが、その体躯を理由に京君を真ん中に座らせられないのが俺の甘さだ。
「うっさいよ!文句あるなら乗るなよ!」
運転席で敏弥が叫ぶ、涙声なところが情けない。
「俺様を乗せられることを光栄に思わんかい」
傲慢に、高慢に言い放って京君が凄みのある笑顔を見せると敏弥はあっさりと黙った。
「はいはい、言い合ってないで出発」
堕威が仕切る、図体のデカさとナビ役を理由に助手席。
「まあ、軽自動車なんてある意味珍しいな、そうそう乗れるもんでもないわ」
そんなことを心夜が言う。
これも説明してないと思うが心夜は超巨大貿易商の一人息子である。
将来的には社長というエリート様。
こいつの実家、一度行ったことがあるがアニメに出て来るような大邸宅だ。庭にイギリス庭園とかあるんだよ、執事とかいるんだよ。
ああいうところで育つとこんな奇抜に歪んだ人間が出来上がるのかと感心したものだ。
堕威は堕威で造り酒屋の次男坊だったりする。
彼は後を継ぐ気はないらしい、兄が優秀なんだと言っていた。
だからこそ全国放浪フリーターなんてまねごとができたのだろう、金持ちの息子に偏見を持ちすぎかもしれないが、堕威のバイタリティ、アクティヴさは金持ちの息子とはとうてい思えないのだが。
強いて挙げるなら彼のデリカシーに欠ける面は、男性ばかりの社会で育ったせいだろうか。
俺と敏弥はいたって普通の家庭で育っている。
敏弥は今、探偵事務所でパート的に働いているらしい、行方不明者の捜索と能力は相性が良いからな。
専門で働くほどでもない能力者には珍しくない職種である。
それで京君が天涯孤独だから、バラバラな集団だな。
しかし現在の仕事については言う必要もない気がする。
俺の過ちで、真っ当な道を諦め、身軽になるように心かげたのだと思うから。
俺が教師になって贖罪に生きたように、彼等はいつ何が起こっても手持ちのものをすぐに捨てられるように生きてきた。
その点で行けば、俺の贖罪はまだ終わっていないのだろう。
これからも永久に続く、そんな過ちだ。
朝ご飯を食べていないと喚く堕威君と京君のためにファストフード店でハンバーガーを購入した。
この先、京君がハンバーガーを落とす展開はない。
何故だか知らないが言っておかなきゃいけない気がするので言っておく。
「せっかくあの辺りに行くんやし、千段階段の走り不動見たいなぁ」
そう言ったのは堕威で、これには全員から揉めることなく同意の言葉が上がる。
能力者限定の観光名所で、祝い人の一つである楠木家の寺へ続く千段階段を祈祷で呼びだされた不動明王が階段を駆け上がっていくのが見える・・・というものだ。
この面子なら全員問題なく目にすることができるだろう(くっきり見えると透けて見えるぐらいの差はあるが)。
「それにまあ、楠木ならな・・・」
問題はない、極めて良識的な集団だ。頭のオカシイ連中揃いの祝い人の中で言えば常識ある人物、楠木光夜が当主を務めている。
祝い人、日本拝み屋最高会、陰陽師の葛葉、僧侶の楠木、犬神憑きの一刃、神官の去風、山伏の有里、巫師の尾下、忍者の塩薙、管狐使いの丁屋、鍛冶屋の濡羽・・・この中で断トツで会いたくないのは尾下家現当主、尾下奏だ。
火の神を身に宿し、その気になれば一瞬で街一つ灰にできる戦闘能力が理由ではない、彼は十代後半の時、拝み屋最高会の次期当主となる人物をまとめて『友達にしてしまった』のだ。
彼が中心に立ち、全員が友達になるようにした。
以前はいがみ合っていた祝い人が今は仲良く、独自の協定で動いているのは全て彼の策略だ、策略というのはあまりに気持ちが悪い。
それぞれ曲者で、家系的にいがみ合い、憎み合っていた10人を『友達にする』そんなもの、異常だ。
なんとなくだけれど、井上先生と似たタイプなのだと予想する、全てを見透かし、コントロールする人間。
そんな人間とは会いたくない、知らず知らずのうちにコントロールはされたくない。
そして断トツで関わりたくないのは葛葉家の当主、葛葉陽月だろう。
まあ、曲者極まった男だ、周囲を巻き込んでトラブルを大きくするのが趣味の様な奴で、一生関わりたくはない。
ようやく手に入れた平穏なのだ、この5人でまた一緒に遊べるのは奇跡なのだ。
かつて俺が壊した安息の地があの頃と違わず此処にあること、幸せと呼ばなくてなんと呼ぼう。
馬鹿みたいにつるんで歩いたあの頃、どれだけ一緒にいても飽きなかった、たいした話をしなくても深く繋がっていた。
帰り道にコンビニで食べた肉まんとか、満開の桜の木に登って飲んだ酒とか、流れ星を探した天体観測とか、川辺で足を流れにつけながらアイスを舐めたとか・・・ありふれた想い出しかない、しかし青春最後の煌めきを一気に固めたこの5人でまた遊べること。
俺はふと思う、あの憎らしくも可愛らしい生徒達のことを思う。
あいつらがいずれ大人になった時、間違いなく気づくだろう、青春がどんなに輝いていたか、何気ない日常がどれほど煌めいて見えるか、振り返るのが眩しいほどになるか、痛いほど分かるだろう。
願わくばその時に、同じ面子で集まってその輝きを眺められる生き方をして欲しい。
俺のように失敗しないで欲しい。
途中サービスエリアなどで休憩を挟み、ぎゃあぎゃあ騒ぎながら楠木家所有の寺に到着する。
原生林を突きぬける粗い石段、噂の千段階段だ。
手前に車を止めて、適当な位置まで上がる、中央辺りが一番見やすいらしい。
上る間もわいわいぎゃあぎゃあ騒いでいる(主に堕威と敏弥が)のを見ると、自分の年齢を忘れそうになった。
逹瑯達と同じレベルだよなぁ。
300段ぐらいは上っただろう、日の光は伸びた木々に遮られ少し寒いほどだ。
階段から逸れると即座に遭難してしまいそうな濃い山。
「もうこの辺りで良いんじゃない?走り不動見るだけならさ」
敏弥が言う、この程度で疲れるわけもないはずだけれど、ガタガタの石段は確かに上り辛いので俺もこの辺りで良いと思う。
「そやね、あんまり上がると楠木に挨拶せなあかんし」
京君が敏弥の意見に同意するのは珍しく、忌々しそうに言うのは楠木と関わり合いたくないからか、敏弥に同意するのが嫌なのか。
心夜は黙りこくっていた、反論の時しか口が動かない奴である。
堕威は運動がてらにもう少し昇りたいのか、整備の適当な石段でステップを踏むように上下している。
「まあ、ここらでええやろ」
俺が言う、なんでだか知らないがまとめるのは俺の役目なのだ。
最終的な許可を出すのは俺だ・・・別にミヤのような統率力も浅葱のような人徳もマオのような支配能力もないんだけどな。
マオは別に羨ましくないが、天然だもん、あいつのは。
「そういえば薫君、恒人のことなんやけど」
一段上にいる京君が俺の耳元で言う、段差一段分で耳に届いたなんて言ったら脳天に踵落としを喰らうので黙って頷く。
「どうした?」
「塩薙の上層部、びみょーに納得いってないっぽいで」
「・・・マジ?」
「ほら、あそこ今は人手不足やから。黒葉が納得しても他の連中がな。今は藍錆と石竹も援護に周ってるから心配ないとは思うけど一応」
塩薙一族な・・・以前ある事件で一気に構成員が減ってるからそれもあるか。
「自分の生徒には幸せになってもらいたいんやけどねぇ」
「薫君、ちゃんと先生してるんやな・・・」
「少なくとも、生徒のためになる先生は目指してるさ」
元よりそのためになったのだから、異質な能力を抱えた生徒を守るための『保健室の先生』だ。
「それにしても、知らんところでずいぶん京君に助けられてたんやなぁ」
俺は後手後手に回っていて、ミヤの一件から解決ができなかったとしたら後のマオや明希、青バスチームの面々も救えなかっただろう。
井上先生は京君の存在すら見越して放置していたのだろうけれど、あの人を信頼し頼れるかと言われると、否だしな。
「まあ、逹瑯と偶々縁はあったし、ガラは弟子やったしな。身内にぐらいサービスするで」
「京君は優しいからな」
「あぁん?」
ぎろり、と目を光らせ京君は拗ねる。
昔から褒められるのが大嫌いなのだ、貶したら喧嘩になるが。
自分が他人に評価されることを嫌う、子供じみていると言えば子供じみたところだ。
「それにしたって」
ぬぅと心夜が間に割って入ってきた、座敷童子のような登場をするな、心臓に悪い。
「ラッキー続きやん、皆」
「・・・そら、そうなんやけど」
際どいところでみんな助かっている、みんな無事に日常へ回帰している。犬神とそれを使う祝い人分家の三刃杜若が絡むもなんとか無事、異界からマオが帰還し、飛縁魔は残滓を残しながらも消え、塩薙本家のごたごたに巻き込まれながらも実質的な問題にはなっておらず、挙句に京君に宿っていた異形まで浄化してしまった。
「魔術が須らく等価交換って考えた時、バランスが良い方に傾きすぎなぐらいやん」
「なに心夜ってば、そんなこと考えてたの?」
楽しげに口を挟む敏弥の方を心夜は見もしない。
「オマエと違って脳味噌詰まってるからな」
毒吐かれることが確定してるのに敏弥もなんで突っ込んでくるかな。
堕威は階段で踏み台昇降運動をしながらゲラゲラ笑っていた。
止まると死ぬ生き物なのか?
「・・・なんか騒がしくないか」
京君の声が不意に鋭くなる、俺も木々の生い茂る方へ視線をやった。
「・・・・・・微かにざわめいてるな」
堕威も笑顔を消し、心夜も敏弥も視線を飛ばし真顔になっていた。
確かにざわめいている、音のないざわめきがいつの間にか山に広がっている。
「なにかあったのかな?」
敏弥が不安そうな顔を俺に向けた。
「楠木の領地やで、そうそうなにかが起こるわけないやん」
そう言いつつも堕威の顔に笑顔は戻らない。
「そうそう起こるわけないことが起こったとしたら?」
心夜も俺に視線を向けて言った。
「薫君、どうする?」
全員が俺の指示待ちだった、なんで俺がリーダーなんだろうな。
選択肢は二つ、さっさと此処から立ち去るか、楠木家に話を聞くか。
後悔した、さっきあんなことを言うんじゃなかった、素敵な前フリになってしまった。
なんでこの手の連中は気配を消して近寄るのが好きなのか。
俺へ向いていた皆の視線も、ぱっとそちらへ映る。
少し上に黒いコートの男が立っていた。
銀色の長い髪を鬣のようにオールバックにしている、鋭い釣り目は糸のように細い、造形は整っていて古風な日本人形のような顔立ち。
背は190はあるだろう、薄い皮のコートに包まれた肉体はぎりぎりまで引き絞られ均整がとれている。
会うのは初めてだが、その特徴ある見た目ですぐに分かった。
葛葉陽月。
世界最強の陰陽師である。
「おやおや?こんなところに都合よく能力者の集団がいるなー」
口調は軽いが声質は金属を擦り合わせたような不快な響き、そしてその立ち姿にも表情にも隙が全くない。
「丁度よかったさっくり手を貸してくれたりすると嬉しかったりしなくもなかったりするよー」
「黙れ木っ端陰陽師が」
答えたのは京君で、いきなり喧嘩を売るモードだった。
世界最強の陰陽師を木っ端呼ばわり、すごいけどやめてほしい、トラブルを避けようって意識がなさすぎる。
陽月は笑った、黒板を引っ掻いたような声だった。
「木っ端かぁ・・・元気良いな。最早異形を持たない元・外法師さんねぇ」
「京君、話だけでも聞こうよ」
「うっさい黙れ変態」
切り捨てられる敏弥、毎回毎回言われて何故懲りないんだ、こいつも。
「薫君!この子どうにかして!」
そして俺に振ってくる。
「京君、話だけでも聞こうや・・・」
「・・・ん、分かった」
「なんで!?俺も同じこと言ったじゃんか!」
「敏弥うっさい黙れ、間違えた、死ね」
そして案の定、心夜にも切り捨てられる。敏弥は口を尖らせながらも黙った。その代わり堕威が爆笑していた。
空気の読めない集団で申し訳ない。
「いや俺様のうっかりでねー」
陽月が笑う、一人称が「俺様」だった。
逃げたい、今すぐ背中を向けて逃走したい。
「此処に封印してた夜刀神を全部逃がしちゃったんだよねー」
「・・・はぁ!?」
今、神話級の妖怪を逃がしたとか言ったか?
「あ、正しくは面白そうだから封印解いたら、思ったよりスピード早くて百匹ほど逃がしちゃったんだけどー」
「うっかりじゃなくて故意だっ!」
反射的に突っ込む敏弥、さすがに気持ちは分かるので止めない。
「君等さぁ、良いタイミングで来たんだから捕まえるの手伝って。一匹辺り一万円を楠木家が払うらしいから」
それだけ言うと陽月は俺達の横をすり抜けて階段を下りて行く。
馬鹿馬鹿しい、誰が手伝うかと思ったところで陽月が振り返り言う。
「あ、無理ならいいよー。ド素人に怪我でもされたらコトだしねぇー」
・・・ちくしょう、扱いを心得られている。
「あぁ!?誰がド素人じゃ、やったろやないけ!!」
「誰に向かってものを言ったのか分かってへんな・・・」
「売られた喧嘩は高価買い取りじゃボケェ!!」
「やってやるよ!バーーカ!!」
煽られると燃える、俺の愛すべき友人達はベッタベタな振りにあっさり乗ってくれたのだった。
いつまでたっても子供の心を忘れなくてけっこうなことだ、この状況ウチの生徒たちでももっと冷静になるだろうにな。
とりあえず本堂に向かうために残りの階段を上がっていると、堕威が俺に歩調を合わせてきた。
「ほどほどにさせんと、特に京君は無茶するで?」
「知っとるわ、オマエもどうにかするの手伝え」
喧嘩を買ったんなら漏れなくその辺りもフォローしてくれ。
「京君も薫君みたいに手の抜き方覚えた方がええよなぁ」
「褒められた気がせんなぁ」
「褒めてへんもん」
どついたろかと思ったが、素手で戦ったら俺が負ける。
格闘技がプロ級だからなこいつ。
「手の抜き方ってゆうたら、マオのグループと浅葱のグループを足して二で割りたい・・・全力なんか出すのめんどくさいグループと全力出さない意味が分からないグループ」
「類友なのか、朱に交わればなのかどっちやろな・・・」
「マオのために夜な夜な走りまわってた明希の口から『全力なんか出したら疲れるじゃないですかぁ』と言われた時の絶望感!スポイトでお互いにちょっと吸って分けれんもんか」
「そんな、お絵かきソフトじゃないんやから。ちなみに薫君、それを俺ら5人にやったらどうなると思う?」
屈託のない笑みを浮かべる堕威の言葉を受けて、しばし頭の中で俺達の性格をちょっとずつ交換するパターンを幾つか試してみた。
「うん、全員漏れなくダメ人間になるな、人間失格やな」
「そう考えると俺らはバランスが良いってことで」
「いや、ギリギリのパラメータでダメ人間じゃないだけやろ」
というか色々と偏りすぎだ。
ダンジョンの1階で全滅しそうな配分だ。
まあ現実のグループなんて偏ってるものか、マオ達は全員後衛で浅葱達は全員前衛って感じだからな。
そう考えるとミヤがまとめてるあの4人はそこそこバランスが良いのか。
・・・ブレーキが存在しないくせにアクセルが強すぎるが。
本堂につくとまさに大騒ぎになっていた、袈裟を着た僧侶がバタバタと動きまわっている、手近な人を捕まえて事情を話すと入山証(首からかけるタイプ)と籠を貰えた。この籠に夜刀神を突っ込めば封印できるらしい。
「なんか日雇いバイトみたいやな」
「そだね」
堕威の呟きに敏弥が同意する。
「なにそれ?」
心夜は怪訝そうだ。
「は、これだから金持ちのボンボンは」
何故かそこで勝ち誇る敏弥、案の定鼻っ柱にチョップを喰らった・・・堕威から。
「今、俺の悪口言うたか?」
「ちがっ、心夜のこと言ったんだよ!!」
まあ、堕威も金持ちのボンボンには違いないが、そこで自分の悪口と拾う辺り、さすが元ヤン。
「ちょっとそこの君たち」とスタイリッシュに呼ばれて振り返り、俺は思わず声を上げてしまった。
ロキノン系ファッションの上に袈裟を着るという妙な格好にではなく、有名人だったからだ。
テレビでよく見る、情報番組とか、料理番組とか、クイズ番組とかで。元モダンバレエのダンサーという特殊な経歴を持つ、祝い人、楠木家当主、楠木光夜だ。
「陽月はどこに行った?」
祝い人の中では常識人と呼ばれている彼は、極めて普通に言った。
うわーテレビで見るよりカッコいい、顔の造形はそこまででもないのに全身からイケメンオーラ、ついでに姿勢が異様に良い。
「陽月なら階段降りてったけど?」
「・・・逃げたな。まあ、とんだことに巻き込んだが一匹一万だ、よろしく頼む。夜刀神は額に角のある蛇だがその角で傷つけられると問答無用で呪われるからそれだけ気を付けてくれ。あと大きさは自由に変えられる、すげぇ小さくなってる可能性もあるから気配を探りながらやってくれ」
たしかに日雇いバイトみたいだ、光夜はそう言ってまだごたごたしている坊主達に指示を飛ばし始めた。
「5匹捕まえたら、旅館の料理のグレードアップできるで!やったろ!」
清々しい笑顔で拳を突き上げる堕威に黙々と頷く俺達、ノリが悪くて申し訳ない。
山深いところは専門家に任せておくことにした、あくまで俺達は温泉目的で来たので山登りに適した靴でも服でもないので。
逃げた夜刀神だが楠木家の結界を強化したので山から出る心配はないとのこと。当たり前だ、一般人が遭遇したら死ぬ、大惨事だ。
葛葉陽月はあくまで楠木家への悪戯のつもりでやったのだろう。
相手に命をかけさせる悪戯か、逹瑯でもそんなことしないっての。
ここで夜刀神について軽く解説が必要だろう。
『常陸風土記』に出て来る蛇神であり、新田開発をする際に邪魔をしたため、山へ追いやり、祟りがないように祀ったものだ。
日本神話の神というのはこーいう曖昧なものが多い。
なんでもいいから『力ある者』を神とする風土だからだ。
人に理解できない力を持つ者はなんであれ神と呼ぶ国。
だからそれそのものが強いわけではないが、そんな大昔の、まがりなりにも神なのだ。
「大きさは変えられるって言うけど、どんなもんだろうね」
茂みをかきわけながら敏弥が首を傾げる。
「普通の蛇サイズじゃないってことやろ。ミミズぐらいかも」
「どうやって見つけるのさ、そんなん」
堕威の発言に口を尖らせる敏弥。
「まあ、掌サイズとか」
「だから心夜、そんなものど・・・うわああああ」
「うっさいぞ、敏弥。うわ!」
京君まで叫んだので何事かと視線をやると心夜が片手に白い蛇を握っていた。
ふしゃーと口を開く小さな蛇はなるほど額に角がある。
「オマエ・・・神話クラスの神を素手で握るなよ」
突っ込みすら空回り。
素手で掴んでいいものだったのか、夜刀神って。
祟る神なのに。
心夜は無造作に籠に白蛇を突っ込み、無表情で頷いた。
籠の中で白蛇は白いボールと化している。
「まず一匹やな」
「薫君!この子なんか怖い!」
敏弥が俺に縋りついてくる、まあ・・・頭の神経何本か切れてるんだろうな・・・賢いからそう見えないだけで。
「でも考えてみりゃ素手で掴めるサイズになってくれてんのラッキーやん、これなら目標金額の5万も楽勝」
無駄に爽やかに笑って堕威が親指を立てる。
こいつはこいつでなぁ。
「・・・サイズを自由に変えられるんやから、なるほど隠れるなら小さくなってるわなぁ」
京君は義手の方の手を開閉させながら笑う。
「こっちの手なら呪いを受けることもないし・・・ん?」
うん、まあそうだよな。
サイズを自由に変えられるって言うならそっちも含むだろうな。
京君も、堕威も、敏弥も、心夜ですらも俺の方、正確には俺の頭上を見ながら顔を引きつらせてるけど。
よし、振り返ろう、リアクションはそれからだ。
せーのーで
「だああああああ!!!」
周囲の木々よりでかい巨大な白蛇が爛々と輝く赤い瞳でこちらを見下ろしていた。
とか叫んではみたが、俺だってそれなりに能力者として修羅場を潜っている。
「堕威!敏弥!禹歩」
「おしゃあ」
「はいよっ」
堕威と敏弥が左右に別れて走りだす、ただ走るのではなく禹歩と呼ばれる、場を清める足運びだ。
超・簡易の結界になる。
夜刀神を囲むように走りきると、巨大な蛇はその場で身をくねらせながら動けない。
「心夜!」
「namaH sarvatathaagatebhyaH sarvamukhebhyaH, sarvathaa traT caNDamahaaroSaNa khaM khaahi khaahi sarvavighanaM huuM traT haaM maaM」
滑らかに唱えたのは不動明王真言、突き出した印を組んだ手から炎が爆裂し、夜刀神の顔面を焼いた。
凄まじい叫び声をあげた夜刀神がこちらへ向かって来る。
「はっ、タスクACT4!!」
と思いっきり漫画の技名を叫びながら義手から弾丸を発射する。
スタンドというよりロボット技っぽくはあったが。
その弾丸は真っ直ぐに夜刀神の角を砕いた。
濡羽製品さすがというか、危ねぇなこれ、凶器じゃん。
霊力がなけりゃこんなトンデモ技はできなかろうが。
角を砕かれた夜刀神は崩れ落ちる。
「薫君、GO!」
戻ってきた堕威の手を踏み台に俺は籠を持ってジャンプし、ほとんど下がっていた夜刀神の頭に籠を被せる。
白い玉に変形し封印完了だった。
ふ・・・このコンビネーション、ウチの馬鹿生徒どもに見せてやりたい、少しは俺を見る目も変わるだろう。
これが正統派の能力者というものだ。
非常識すぎるんだよ、馬鹿生徒ども。
ノルマの5匹を捕まえたところでさっさと帰る、あれだけ能力者がいるのだ、難しい仕事じゃなかろう。
やはり祝い人とは積極的に関わりたくない。
と言うわけで温泉だった。
酒を飲みながら露天風呂。
「うあー解放される」
とか言いながら泳いでいる堕威、オマエはいつでも解放されているだろうが。
心夜と京君は隅の方でちまちま酒を飲みながら喋っている。
ま・・・なんだかんだで仲の良い二人だ。
「しかしラッキーだったね、旅館の夕食グレードアップできたし」
隣でほやほや笑うのは敏弥だ、優男顔なわりに鍛え上げられた身体をしている、知らない間にそんな身体になっている。
俺は・・・ちょっとたるんだかな。
年月とは残酷だ。
「どうせならもっと貰えば良かった」
「ええんや、あぶく銭なんかいらん」
ぱっと使うのが正解だ、あの仕事で5万は貰いすぎなのだから。
「ウチの生徒らってな、なんか見てて危なっかしいんや」
「うん?」
「力まんでいいとこで力んで、エネルギー使って、手を出さんでええことまで出して、疲れて、凹んで・・・なんか見ててもどかしい」
「しょうがないんじゃない?子供なんだし」
「そうそう、高校生なんて子供子供」
泳いでいた堕威がいつの間にか目の前にいた、こいつの移動はあんまり音がしないから心臓に悪い。
音もなく泳ぐな、トンデモ人間!
「なんつーかな、世の中諦めといたほうがええことっていっぱいあるやん。アイツらはどうも無茶ばっかして、一歩間違えたらほんまに危なかってんで」
「ええんちゃう」
隅の方で酒を飲んでいた京君が言う。
「確かにさ、歳をとって諦めたもんっていっぱいあるけど、それは本当に諦めなきゃいけなかったもん?ちゃうやん、アイツらはアイツラで自分の力で選択してかないかん。先生である薫君にできることはアイツらがどうしょうもなく行き詰った時に方法を教えてあげることやないかな?」
「・・・京君がやってたみたいに?」
そう答えるとむっつりと口を閉じてしまった。
褒めると貝になるよなぁ、そこは昔から変わらない。
「あの子らやったら今日、俺達がやったことも大冒険になるんやろね。そこの違いやないかな、未熟な分だけ手を伸ばして、未熟な分だけ苦労する、そうやてあの子らも学んでいく」
京君の隣で心夜が淡々と言った、どうでもよさげな口調ながら目は真剣だ。
「・・・ええ先生になったな、薫君」
心夜に褒められた・・・・。
怖い・・・!!
しかし、どうしようもなく行き詰った時に手を貸すか、井上先生の言うことと本質は同じだろう。
大人は大人にできることを。
子供にできることは子供に、子供にしかできないことは、子供に。
そう思えば俺に出来なくてあいつらにできることはたくさんある、俺はあんなにも、全ての事に無我夢中になれない。
どこかで選ぶ、臆病になる、あんな猪突猛進で、我が身を焼き尽くしては生きられない。
馬鹿みたいに頭が良いはずのミヤや浅葱だって、平然とそういうことをする、自己犠牲を恐れない。
それは確かに、背負う物が少ない子供の手法で、そうやって解決できることもあるんだろう。
俺は、先生として見守れば良いのか。
夜刀神捕獲というふざけたイレギュラーはあったが、楽しい温泉旅行だった。グレードアップした夕食は美味しかったし、旅館の部屋で、気が向いたらまた温泉に入って、夜を徹して語り合った。
それは俺が原因で作ってしまった空白の時間をすべて笑い話にする作業だった、一つ一つ、離れていた時のことを辛いことも悲しいことも笑い話へ変える、5人揃っているだけでその作業は簡単だった。
二日酔いで痛む頭で帰り、学校の近くで下してもらった。
歩いて家まで向かう途中、下校時間から少し後にしたというのに馬鹿に捕まった。
「にぃぃくぅぅら先生!」
逹瑯が尻尾を振るような笑顔で駆けて来た。
右手に恒人を、左手に明希を引きづっている。
よく持ってこれたな、各グループの宝玉みたいな二人を。
「新倉先生、突然のお休みで心配していました、御加減でも悪かったんでしょうか?」
心配顔の恒人に見つめられ、すさまじい罪悪感。
「い、いや・・・ガラから聞いてないか?ちょっと有給使って休んだだけやで」
「そうですか、それは余計なことを言ってしまいました。すみません」
だからなんでコイツは俺を持ち上げるんだ?
前世に俺は恒人によほどの恩を売ったのか?
「せんせーせんせー」と腕に軟体動物のように明希が絡みついてくる。女子生徒にやられたが問題だが、男子生徒にやられても嬉しくない、いかに美少年だろうと嬉しくはないが邪険にし辛い。
可愛いってのは即ちそういうことだからな、可愛がりたくなる。
守ってもらうために可愛さってのはあるんだもんな。
「南風にお好み焼き食べに行くんですよ、一緒に行きましょうよ」
「そうなんです、なんか逹瑯さんが臨時収入があったとかで、俺と明希君にだけ内緒で奢ってくれるとか」
嬉しそうな恒人の言葉に、俺は逹瑯の頭を掴んで引き寄せた。
「まあ、もう稼いだ分はええわ・・・でもこれ以上続けたら浅葱に言うで?」
逹瑯の表情が凍りつく。
こいつはこいつで頭が回るから、もしかすると浅葱達にバレない方法を考えているかもしれないので、釘を刺したのが効果覿面だったようだ。
「いやいやいや、勘弁して下さいよぅ、消炭にされちゃいますって」
「なら俺にも奢れや」
「うわぁ、教師が脅迫してくる!」
「そ、じゃあ浅葱を説得する方法でも考えるんやな」
あるわけないよな、悪いことには死ぬほど厳しいから、アイツ。
「分かりましたよ、奢りますって」
俺達の小声のやりとりをどう聞いたのか明希がますますべったりとへばりついてくる、重い。
「わーい!先生とお好み焼きー!」
きょとんとした顔で俺と逹瑯の顔を見比べている恒人の袖を引く。
「ほな行こか、偶には生徒とお好み焼き食うのも悪くないわ・・・なあお前ら」
こいつらの眼には俺は『大人』として映っているのかもしれない、高校生じゃまだ『大人』になったら完璧になれるとか、そんなことを思っているのかもしれない。
でもこの歳になったってまだまだ未熟で、できないことが多くて、諦めるのが早いだけ弱くなった気すらする。
しかしそれでも・・・人は大人になる、どんな方向であれ成長していく。
「なにか困ったことがあったら先生に相談せんとあかんで」
不器用にがむしゃらな可愛い生徒たちの頭を撫でてやる。
うん、今の俺も悪くない、それなりに悪くない。
言葉ではなく生き様で伝えてやろう。
今、その瞬間を輝かせることができたなら、幾つになったって人生は楽しいんだと。
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