ドウタヌキ?


番外#3失格ブラザー


この世界で不可思議が当たり前になった今だけれど、ほとんどの人間はそれと関わりなく生きていくらしい。
世界があまりに不可思議に馴染みすぎて、慣れ過ぎて、懐きすぎて、むしろそれは自分の外に存在するもので、交わることなく生きていける。
ならば俺達は例外なのだろう、周囲に不可思議がいて、友人ですらあって、けれど・・・俺もいつか忘れていくのだろうか。
高校時代に経験したことは大人になれば思春期の妄想のように、泡のように消えてしまうのだろうか。
きっとそのほうが生き易くて、それはとても寂しい。




失 格 ブ ラ ザ ー






るいちゃんの飛縁魔、浅葱君の人虎、恒人の塩薙の血脈、明希君の天狗、ミヤ君の犬頭、逹瑯君の猫の目、ガラ君の神降ろし、そして京さんの異形。
多すぎるぐらいの不可思議に囲まれても、俺は、藤 大城はいたって普通の人間のままだった。未だに幽霊も見えない。希望をかけてチャレンジしたスプーン曲げも成功したことがない。
ないほうが良い物だとは分かっているけれど、下闇山であったようなことがまた起きた時、なにもできないのは嫌だったのだ。
英ちゃんもその気持ちはあるらしい、誰かを守れる力があるのなら欲しい。
しかし、るいちゃんも浅葱君も恒人も明希君もミヤ君も逹瑯君もガラ君も京さんも体内に不発弾を抱えているようなもので、羨ましがっても求めてもいけないものだってことは充分に分かっている。
その狭間で煩悶する日々の中、京さんの腕に宿る異形がガラ君の力で浄化されたと、そう聞いた。
強大な力を失って、それが枷であったにせよ喪失感はないのか聞いてみたい、いずれ聞いてみたい。
そんなことを思いながら今日、文化祭明けの休日。
これは文化祭の翌日だからというより、稲刈り休みの名残で、明希君はともかくしんぢ君辺りは家の手伝いで忙しいかもしれない。
俺の家は農家ではないため、暇つぶしのジョギングに出ていた。
向かうは青嵐高校、ジョギングには丁度良い距離なのだ、あの周辺は人通りも少なくて走りやすい道が続いている。
休日の青嵐高校は静まりかえっていた。ついでだと俺は門を乗り越えて校庭に降りる、誰もいない学校というのもなかなか面白い。
ちなみに昨日の文化祭、優秀賞に選ばれたのはマオ君率いる1年B組の喫茶店だった。メニューは紅茶とシフォンケーキのみだったけれど、美少年二人のメイド服姿による呼び込みは他校の女生徒及びお母様方に大いに受け、とんでもない売り上げを叩きだしたらしい。
明希君には萌え系フリフリなメイド服を、恒人にはシックで本格派のメイド服を着せたマオ君のセンスには感服する、最終的に撮影会になっていたからなぁ。
そんなことを考えながら校庭を歩いていると体育館の方に人影を見つけた。遠くからでも分かる恐ろしく細身なシルエットは恒人のものだった。
恒人はすぐに俺に気づいて駆けて来る。
「大城さん!!どうしたんっすか?」
「ツネこそ、なにやってんの?」
「いやあ、昨日の文化祭で体育館も使用されましたからね。掃除したんですよ」
つくづく真面目な子だと感心してしまう、そんなこと思いもしなかった。
「俺らにも声かけてくれれば一緒にやったのに、一人でやるの大変だったろ?」
「いえいえ、一人でできることですし。俺が思いついたことに巻きこむのもなんですからねぇ」
そう言って恒人は柔らかく微笑む。
最近は表情がとても柔らかくなった。以前はもっと取り澄ました感じだったけれど、変わった。ミヤ君達のおかげかなと思う。
俺らはとても親しくしていたけれど、関係は5人で終始していたから恒人の世界も広がり様がなかったんだろう。
文化祭の時も楽しそうだったし、恒人に対して「ツンケンしてる」という印象を持っていた人間もあれで考えを変えた気がする。
「そっか、御苦労さま。これからなんか予定ある?」
「いえ、なにもないですよ」
「じゃあ俺とデートしよ。お兄さんがケーキおごってあげよう」
「マジッすか!?やったー」
無邪気に笑って恒人は俺の隣に並ぶ、染めた髪はさらに鮮やかな夕焼け色で、耳のピアスも増え、外見は不良っぽくなったのに中身は柔らかだ。
男の子としてはありがちな願望として弟が欲しかったから、恒人のことは本当に可愛がっている。目に入れても痛くないぐらい可愛い。いっそ頭から齧りたい。
青バスチーム共通意識なのでそのうち浅葱君あたりは齧るかもしれない。虎だし。
「つーか俺、ジャージだけどいいかな?」
「大城さんはなにを着てもカッコいいっすよ」
恒人は休日らしくお洒落なファッションなのでちょっぴり気が引けるけれど、一緒にいて恥ずかしくないのならいいか。
髪を切ったついでにB系ファッションは脱したらしく、ロック系に変わっている。
俺も休日はロック系に近いのだけれど、華奢な恒人が着ると趣が違うなぁ。
「しかし大城さんってホント、カッコいいですよねぇ・・・憧れます」
「一緒に筋トレでもするか?」
「いやあ、俺はどうも筋肉付かない体質なんで。部活じゃほぼ同じメニューこなしてるはずなのに、俺だけ華奢なまんまっすよね・・・これも血なのかなぁ」
血、塩薙の血脈。
筋肉なんて付けなくたって、恒人の運動能力はとんでもないレベルに達していた。
最近では浅葱君同様、かなり抑えなければバスケットボールというスポーツは逆にできなくなってしまうほど。
体内の構造が違うのかもしれない。

俺と同じクラスに在籍するしんぢ君、二ノ宮慎司君はひそかに『暗黙の平均』というあだ名で呼ばれている影の有名人だ。
テストをやる度、それが小テストであろうと抜き打ちテストであろうと毎回判で押したように平均点しか取らなければそりゃあ逆に目立ちもする。
そして彼の口からそれを狙ってやっていると聞かされた時は心底驚いた。
理由を聞けば「嘘をつくのが癖なんだよ」と笑うだけだったけれど、そのあとあの、どこか嘘っぽい笑顔で言ったのだ。
「俺達がみんな嘘つき村の住人なら君たちは正直村の住人だよね」だとか。
その言い方がそもそも捻くれているのだけれど、彼の言わんとすることは分かった。ひねくれ者の集まりと、馬鹿正直集団。
そう言いたかっただけのことなのだろう、ひねくれているが故の危うさと素直すぎるが故の危うさはどちらも思春期らしく、そして同じくらいに危険だ。
「ねぇツネちゃん。ツネちゃんって『嘘つき村と正直村』のクイズ知ってる?」
「知ってますよ。しかし俺はあの正解には欠陥があると思います」
「欠陥、と言うと?」
「分岐点に立っている男がいて、男が正直村の住人か嘘つき村の住人か分からない。質問は一回だけって問題ですよね」
恒人は立てた人差指を揺らしながら言う。
「そうそう、正直村へ行くにはどうすればいいか」
「それで正解は『あなたの村はどっちですか?』って聞くんですよね」
「うん、それが正解だった」
「その人が嘘つき村の住人だった場合、どっちの村でもない方向を指差す可能性があるじゃないですか!」
どや顔で言った。
馬鹿馬鹿しいほどひねたことをどや顔で言った!!
あんまりにもそれが可愛かったので俺は頷いてやる。弟ができたら死ぬほど甘くしようと心に決めていたのだ。
「その通りだな、まったくもってその通りだ。この有名なクイズには欠陥がある」
まあ恒人はこの手のクイズ、数秒で解いてしまうから面白みがなくてそんな発想になるのかもなとこれは甘さでなく思う。
川渡りパズルとかメモもなにもせずに解くし、浅葱君とかミヤ君と目隠しチェスとか普通にやってるし、この3人はたぶん頭の中に脳の代わりに別の物が入っていると思う。コンピューターチップとか。
将棋盤もないのに「将棋しませんか?」とか言ってきて「道具がねぇじゃん」って答えたら「なくてもできるでしょう」ってさらっと言うんだぜ?
マインスイーパー上級を1分もかからずクリアするんだぜ?
もうこれは我がことのように自慢しまくってる。そういえばミヤ君はマインスイーパー苦手らしい、どうしても爆発させたくなっちゃうんだとか。あの人はあの人で危ないよなぁ。
それだけでも充分すぎるのにそれぞれ人外的スキルを持っている。
俺は体力には自信があるほうだけれど、学校の成績は平均程度。その自信がある体力にしたって人外的スキルを持つ彼等と比べたら大型拳銃とペーパーナイフぐらいの差がある気がする。
「ところでツネさぁ、最近・・・部活楽しい?」
「どうしたんっすか急に、楽しいっすよ」
首を傾げる恒人。
俺の中でスポーツって『全力を出し切る快感』に楽しさを感じている部分が多いから疑問に思ったのだ、セーブしてやっていて楽しいのかと。
浅葱君は最初からだったけれど、最近は恒人も息切れとかしなくなってきてる。
「いや、セーブしてやってて楽しいのかなって」
「ん〜〜。たぶんですけど、この面子じゃなかったらつまらなかったと思いますよ。それこそ中学時代だったらやめてたと思います。今はみんなでやってるのが楽しいかな〜。全力出したらバスケじゃなくなっちゃうし・・・ある意味でパズルゲームみたいなもんっすよね。どこまでの力ならバスケットボールとして成り立つのかっていう。それに大城さん、力をセーブしているだけであって大城さん達に手加減してるわけじゃないっすからね」
「それって別物なの?」
「別物ですよ、コートの端から端までジャンプしたって面白くないでしょう。なんていうのかな、トラヴェリングしないとかと似てます。スポーツマンらしくないことはしない。大城さんだってバスケのルールから外れるからしないけど、やれば優位に動けるって時あるでしょう」
「まあ、あるな・・・」
なんのことを言っているのか分かるのでこれには苦笑だ。
「それと一緒だと思いますよ。でもちょっと寂しいっすよねぇ。バスケだと俺自身は失格みたいで」
「失格って。でもさぁ皆が皆、公式大会出れないのって不公平な気もするよな」
「個々のモラルに任せて上手くいけば最良なんでしょうけど、そうもいかないことのほうが多いっすからね」
こういう妙に達観したところは最初からだった。

『暗黙の平均』ことしんぢ君となにかの拍子に深い話になったことがあった。中高生ならばよくあることで、偶々放課後の教室に二人だけというシチュエーションで、深い話に。
というよりあの時の俺は喋りたかったのだろう、恒人から「浅葱さん達には内緒」と言われた話を、誰かに喋って鬱憤を、憤懣を晴らさずにはいられなかったのだろう、しんぢ君はきっと・・・それに義務的に付き合ってくれたにすぎない。深い話を振られたら真面目に聞くのが『普通』だから。
テスト用紙を見た瞬間、学年全体の能力値と問題の難易度から割り出し、バレない程度にケアレスミスや空欄を作って平均点を取るように、体力測定でわざと平均数値しか出さないように、高校生らしい振る舞いとして俺の話を聞いてくれただけ。
今はもうこの学校の生徒ほとんどが知っている、恒人が中学バスケ部をクビになったエピソード、イジメられている子を助けた時、殴り飛ばした生徒の中にPTA会長の息子がいた。
分かりやすいといえば分かりやすいこのエピソード、実はかなり端折って語られたものだと恒人は俺にだけこっそり話してくれた。
PTA会長の息子の母親というと反射的に我が子を溺愛する、ややモンスターペアレントっぽい人をイメージしてしまいがちで、実際そんなイメージだったのだけれど、違ったのだ。
とても公明正大な人物であり、事情を知ったその人はむしろ非はすべて自分の息子にあると言い切り、息子に対して恒人に謝罪するよう申しつけ、暴力をふるった点に関してだけ恒人にも謝罪させたという、聞けば感心するような話だった。
恒人が端折りたかったのはこの後の事、イジメのターゲットが恒人に移ってしまったのだ。学校と言う枠内の非情さを考えれば当たり前に、恒人が助けたといういじめられっ子も一緒に恒人をイジメる側に移った。
元々、部内で実力が高すぎる故に煙たがられているところがあったので温床は充分だった。
喧嘩になれば敵わないことを分かっている彼等は、陰湿な、実に陰湿なイジメ行為を恒人に向けた。
私物を壊されるのも、机に落書きされるのも、ゴミ箱代わりにされるのも、毎日のことだったらしい。
そしてそれは徹底的なまでに陰湿に、けして犯人を特定できないように行われた。
恒人はその全てを無視しつづけたのだが、そのイジメを発見した部活の顧問から言われたらしい。
「部内の空気が悪くなるから退部してくれないか」と。
さすがにヘコんだと恒人は笑っていた。
勢いで話してしまったけれど、浅葱さん達には内緒ですよと最後にまた笑った。
まあこの事実を知ったら、今からでも抗議に行きそうな面子なので配慮と言えば配慮なのだけれど、その重苦しいエピソードを一人で抱え込めずに、俺は目の前にいたしんぢ君に話した。
しんぢ君はいつも通りの表面的な微笑みを浮かべて頷いて、「人選ミスだと思うよ」とまず最初に言った。「そういう話はミヤ君向きだよ」と。
「最近は穏やかになったけどさ、恒人君って正義感も倫理観も強いでしょ、イジメを止めに入るって、それ中学生にとって並みの正義感じゃないよ・・・異常なレベルの正義感だ」
限りなく『普通』を求める彼は『異常』とそう言い切った。
「なんでマオが嫌われないか分かる?あれだけ我が儘放題やっても嫌われないか、それはね、彼が劣っているからだよ。少なくとも『高校生』って枠組みの中じゃ、勉強も運動も苦手で劣っている。明希もそう。欠点だらけだからこそ愛される、愛すべき欠点だと思ってもらえる。恒人君は?彼には欠点らしい欠点なんてないでしょう?」
勉強は常時トップ、尋常じゃない頭の切れ、運動神経は抜群、そして目を引く容姿。
「イジメを止められるだけの正義感が美点だってことぐらい、どんなに頭の悪い中学生でも分かることだよ。でもね大城君、欠点のない人間から注意されるほど悔しいことってないんだよ。自分が逆立ちしたって敵わない、美点の塊みたいな人間から注意されたら、普通は心底嫌悪するんだよ、自分を責められないから、相手に転嫁する。そうして自分の弱さも欠点も守る」
声も出なかった、俺の憤慨は行き場をなくし、ただ茫然としんぢ君を見ていた。
しんぢ君はふと、あの常時張りつけている笑みを消して俺を見る。
「彼はもう・・・ずっと前から無自覚に『異常』だったんだよ。俺のように世界を信じていなければ、俺のように『普通』を演じるべきなぐらいに」


俺の隣を跳ねるように歩く恒人を見る。
可愛い可愛い弟分である、その姿を愛おしく眺める。
欠点は確かにない、偶に暴走しがちなところや自己犠牲的なところが仲の良い俺達からすれば欠点だけれど。
「大城さん、なんだか難しい顔してますね?」
「んん!?いや、なんでもねぇよ」
「もしかしてこの前話したこと、気にしてますか・・・?」
これに素知らぬフリをできるほど器用でもない俺は素直に頷いた。
「うん、終わったこととはいえ、飲み込めねぇわ。今からでもどーにかしたい気分」
「すみません・・・話せばそうなることぐらい、分かってたのに。聞いて気持ちの良い話でないことも」
「いいんだよ。俺に話してすっきりするなら話してくれてもさ」
「でもそれで、大城さんが重い気分になったら、意味ないですよ」
「その分だけツネちゃんが持つのが軽くなるならそれでいい」
「大城さん・・・カッコよすぎですよ・・・」
あの時、しんぢ君に聞かれた、恒人に劣等感を持ったことはないのかと。
なかった、一度たりともなかった、ただひたすらに自慢の弟だとそう思っている。
考えてみれば実の兄弟だって劣等感ぐらい抱くだろうに、ちらとも過ったことはない。その理由を問いかけて、その問いに意味はないのだと思う。
感じてすらいない感情をどう探せというのだ。
「大城さんが本当のお兄ちゃんだったらよかったなぁ」
「よし、さっそく市役所行って戸籍変えてもらおうぜ!」
「いやいや、そんな簡単に変えられませんから。どんだけ自由なんですが、日本の法律は」
「駄目なのか・・・いいじゃないか両者合意の上ならよ〜!」
「あと戸籍上、兄弟になりたいって意味じゃないですし」
ああ、そっか。
「本当のお兄ちゃんだったら」って考えてみれば、そうだよな、最初っから兄弟として生まれてたらってことだよな。
考えてしまう、本当の兄弟だったら、中学時代のことも俺が助けられたのに。
それこそ学校に怒鳴りこんでいただろうに。
「また難しい顔になっちゃいましたね」
「いやいや、俺は考えたいんだよ。ツネが話したこと後悔しなくていいんだ」
そう、俺が悩んでもしかたがないことを勝手に悩んでいるだけだ。
過去のツネを助ける術をを考えたいだけのことなんだ。
「いいんっすよもう過去のことですし・・・」
「ならさ、これからはマジでお兄ちゃんってことでいいかな?」
「マジでお兄ちゃんといいますと?」
「俺が何があっても守ってやるってこと」
恒人は俺を見つめて、真摯な瞳で・・・長い間の後頷いた。
「はい・・・宜しくお願いします」
そんな甘酸っぱい、青春の一ページみたいな会話を、『贈る言葉』が流れていそうな土手道でしていたわけだけれど、唐突に視界が塞がれた。
すぐ目の前に男が立っている、両手にチェンソーを持った男。
土手道である、金八先生が歩いていそうな土手道。
人気はまったくなかったので、川側からでも道側からでも人が上がって来たなら気づくはず。
なのにその男は当たり前のように俺達の前に立っていた。
両手にチェンソーを持って。
両手にチェンソーってなんかもう馬鹿馬鹿しさすら感じて恐怖がどこかへ飛んでいってしまう。
稼働していないチェンソーを両手に構えた男は俺達に、いや・・・恒人に向けて微笑んだ。
「やあ、恒人」
挑戦的なつり目が印象的な顔、短い黒髪は剣山みたいに立てている。よくファッション雑誌から抜け出してきたよう、なんて表現があるが、彼はファッション誌の1ページ目に載っていた服を量販店で似た物を集めて着たような、悪く言えば安っぽくてダサい着こなしをしていた。
これでチェンソーさえなければ普通なんだがと思いながら、俺は恒人を庇うように一歩前へでる。しかし彼は俺を見ようともせず、視界に入っていないかのように恒人を見て言う。
「俺は塩薙藍錆(あいさび)、そして後ろの彼は」
振り返ると後ろにも男が立っていた、前にいる藍錆の顔から目だけを垂れ目に変えたような顔立ちに、肩までの長い黒髪。下はサルエルで、上は『山葵』と書かれたネタTシャツを着ていた。
「私は塩薙石竹(せきちく)です。よろしくどうぞ」
とか言いつつ石竹は両手に鋸を持っていた。桂言葉様か、こいつは・・・
両手にチェンソーと両手に鋸を持った男に囲まれながら、その凶器の馬鹿馬鹿しさに恐怖感はゼロ。
しかし名前だけは聞き逃せない『塩薙』と確かにそう名乗った。
恒人がその血を引く・・・忍者の一族。
「なにかご用ですか?」
淡々と言う恒人に藍錆は笑顔、石竹は無表情。
「なにか用ですか?」
こんどは少しきつく放たれた言葉に藍錆は肩を竦めて爽やかな笑顔を浮かべた。
「そう怖い顔をするなよ、恒人。俺達はただ、腹違いの弟の顔を見に来ただけさ」


両手にチェンソーを持った男に「腹違いの弟」と言われ、さすがの恒人も言葉を失くしていた、リアクションすら取れず呆然としている。
「俺と石竹ちゃんは双子だ」
「不本意ながら私は藍錆と双子です」
「俺と石竹ちゃんの母、塩薙白銀はずっと前に亡くなっている」
「残念ながら母、塩薙白銀は既に鬼籍に入っています」
「俺と石竹ちゃんの父親は塩薙一族を離脱した」
「私と藍錆の父は前人未到の離脱を果たしました」
「それが恒人のお父さんだ」
「だから私と藍錆は血縁上、貴方の腹違いの兄ということになります」
双子と言えば目以外に違いはない二人は、コンビネーションのような噛み合っていないようなトークで次々ととんでもないことを言う。
しかし恒人はさすがだった、冷静沈着な彼は、やっぱり冷静に言う。
「だから?俺は塩薙一族とは無関係だと、当主である黒葉さんに認めてもらったはずですよ」
藍錆と石竹は同時に肩を竦めた。
「俺と石竹は塩薙一族の中でも特殊な立ち位置にいるんだ」
「藍錆と一緒というのは甚だ不本意ですが、特殊な位置にいます」
「《牙組》《爪組》《羽組》その何処にも属していない、第四のチームなんだ」
「藍錆と私だけのチーム・・・塩薙一族《鱗組》です」
「やることは一つだけ、塩薙一族を守ること」
「塩薙一族のためだけに動くのが私達です」
「そして俺達は、仲間と認めた人間を絶対に見捨てない」
「私達は仲間と認識した相手を全力で守ります」
恒人は息を飲み、そしてまた強い調子で言った。
「だから・・・なんだって言うんです!?」
藍錆は笑顔で、石竹は無表情のまま言う。
「恒人は俺の仲間だ」
「だから私達が守ります」
俺は恒人を引き寄せた、なんつーかシャレで抱きつくことはいくらでもあるけれどシリアスシーンでやるとちょっと恥ずかしい。
「お前らなんなんだよ」
藍錆は初めて俺を見た、初めて俺を認識したような顔をして、そしてまた笑顔。
「お兄ちゃんだと、本物のお兄ちゃんだと言ってるじゃないか」
さっきの会話を聞いていたような口ぶりなのが腹立たしい。
「いきなりそんなこと言われたら混乱するだろーが、言いたいことは分かったから出直して来い!」
叫ぶ俺に後ろから浴びせられたのは言葉ではなく、殺気。
一気に全身が総毛立つのを抑えこんで振り返る。
鋸を構えた石竹を見て理解する、いや・・・させられた。
鋸に殺傷能力なんてない、生きている人間に使用できる武器ではないとそう思っていた、それこそ桂言葉様、アニメキャラしか武器にできない道具だと。
違った、この男は鋸を充分に武器として扱えるからこそ所持しているのだ。
そしてチェンソー両手持ちという非常識な扱いも同等に。
この藍錆と言う男は、チェンソーを両手に戦えるのだろう。
「そんな、危ないモン構えて『お兄ちゃん』もなにもねぇだろうが」
俺の言葉に藍錆はあっさりと頷いて、チェンソーを上に投げた、お手玉でもするように投げてキャッチする動作を繰り返しながら、メキメキと、バキバキと、握力だけでチェンソーをスクラップにしていく。
冷え切った胆がさらに冷える、俺一人ならとっくに逃げているだろう。
喧嘩に自信あればこそ、俺は勝てない喧嘩を意味もなくする気はない。
でも、意味があればやる。
「君の言う通りだねぇ。まあ俺らは黒葉さんから恒人が『月白(げっぱく)』の名を継ぐだけの才があると聞いて顔を見に来たんだ」
「驚かせたのなら悪かったですね」
石竹のほうはそう言って鋸を、背中にホルスターでもあるようで背負うようにしまって頷く。
「出直しましょうか、藍錆」
「石竹ちゃんに同意するのは癪だけど、そうだね」
そのまま土手を降りて行く二人にほっと息をつくと、藍錆が振り返り言った。
「恒人、君の才はいつか周囲に不幸を呼ぶよ」



その後、俺達が取った行動は『専門家の御意見を聞く』だった。
京さん、既にその身から異形を解き放った彼に連絡を取った。
俺は知らなかったが恒人は何かあったら連絡するようにと携帯電話の番号を貰っていたらしい。
駅前の喫茶店、曜日限定のケーキバイキングをやっている店で京さんと合流した。
本日はケーキバイキングの日であり、俺の奢りだと聞くやいなや皿いっぱいにケーキを盛った京さんは心なしご機嫌だった。
ヴォルバドスの影響で今まで食事が取れなかった反動だろうか?
甘い物好きには見えないのだけれど。
恒人も5つほどのケーキを皿に取っているが、俺はさして甘味は取らないのでコーヒーのみ。
「藍錆と石竹なぁ・・・」
俺達の話を聞き終えた京さんは、かき込むようにケーキを食べながら言う。
ハムスターみたいになってるのによく喋れるもんだ。
「ってことはお前の親父の名前も分かったわ。塩薙消炭、それが元の名前やね。離脱した奴がいるのは知ってたけど、名前までは知らなかったなぁ」
「・・・改名したってことですか」
「そやね、消炭って名前じゃ目立つから」
恒人はちまちまケーキを食べながら不安げ。
まあ不安にもなろうって状況だが。
「塩薙一族はみんな色の名前がついているんですね、なにか法則はあるんですか?」
恒人の問いの意味が分からず、俺は話をさえぎってしまう。
「色の名前?」
「ええ、藍錆、石竹、消炭、どれも色の名前ですよね」
「そうなんだ」
「藍錆は濃い藍色、石竹は淡いピンク、消炭は灰色です」
「そこまで分かってくれとったら話は早いな」
ケーキを半分ぐらい飲み込んだ京さんがにぃっと笑う。
凶悪な笑みですが、頬っぺたにクリームついてますよ・・・
「まあ、白系と黒系に分けた時、スピードがある奴が白系、パワーのある奴が黒系やね。あと重要なポストの奴は原色が振り分けられることが多いらしい。それで恒人が言われた月白もまた、色の名前やろ」
「ええ、青みがかった白ですよね」
「当主になる奴は『黒』なんや、黒葉の場合、『葉』は先代と区別するための記号みたいなもんで本来の名前は『黒』そんでサブに来るやつが『白』を名乗るわけやけど、塩薙の中で月白が名乗れるなら幹部クラスって意味やね」
「・・・俺がですか」
「名乗っても良いだけの才能があるって黒葉が言うたんやろなぁ」
またケーキを口の中に押し込んで京さんは勝手に頷いている。
ふむ、あの二人の場合、石竹はスピード系で藍錆はパワー系ってことか。
濃い藍色で片手チェンソースクラップなら、もっと黒に近い奴、地球とか割れるんじゃねぇか?
そして恒人は、スピード系の中でも特化したスピード系ってことか。
「そんで藍錆と石竹な、塩薙の中でも問題児つーか。周囲に言わせりゃこうや」
京さんはフォークをびしっと俺達に向けてキメ顔で言った。
「なんであいつら双子なんだ!」
俺達がリアクションを取りあぐねていると、ケーキにフォークを突き立てて丸ごと口に押し込んだ。
・・・もしや滑ったことに対する照れ隠しなのか?
「すまんすまん、これ楽屋ネタやった。つまりな単品ならさほど被害はなかったはずなのに、双子だからセットで動く。仲も良くない癖に双子だからベクトルが一緒というか、セットになると被害が5倍10倍になる、お互いがお互いのアクセルみたいになるんや。能力的な相性は良いしな」
能力者として活動している人達の間では、藍錆と石竹が双子というのは笑いのネタになってしまうようなことってか。
「仲が良くないって、性格的な相性は悪いってことですか?」
落ちついたというより、冷静に頭を回転させているらしいツネはケーキを先程より早いペースで口に運びながら言う。
「ふん。仲の良さと性格の相性は関係ないわ、遊んでるわけやないからな。性格においてもお互いがお互いのアクセルや」
空になった皿に残ったクリームをフォークで掬いながら京さんは笑う。
いや、もう口元クリームやらソースやらですごいことになってるんだけど。
「だから、双子じゃなければよかったのに・・・ってことやん」
そう言って京さんは皿を持って席を立った。
まだ食べるのか。
いいんだけど、バイキングだし。
そして俺は、気づかなくても良い事実に気づいた、いや、事実と言うか矛盾。
「なあツネちゃん、計算が合わなくないか?」
「・・・はい?」
「ツネちゃんのお父さんが離脱したのは15年前ってことだよな」
「そうなりますけど・・・」
「藍錆達の母親が他界したのって何年前よ?つーか藍錆達、いったい歳は幾つなんだ?」
「白銀さんの他界が15年以上前でないとおかしいですが・・・」
「白銀が死んだのは17年前で、アイツらなら22やで、7歳で父親に捨てられたってのも性格が歪んだ・・・っと」
いきなり口を挟んできた京さんは思いっきり失言をして黙った。
そう、俺は単純な計算が合わないって言ってるんじゃない、20代前半に見えた彼等が、恒人と父を同じくするのであれば、恒人の父の離脱もおかしな話になってしまう。
幼い我が子を見捨てて、他の女の元へ走った・・・言葉は悪いがそうなってしまう。
恒人はクールな表情のままでケーキを口に運んでいる、京さんは一瞬困ったような顔をしてから続けた。
「そんで、あいつらは《鱗組》や、他の塩薙一族がピンチの時に手を貸す。あの二人を別個にするよりもいっそまとめて暴走させておこうってのが黒葉の思惑やろねぇ・・・あれで仲間意識が強いってことだけは共通する二人やから」
「じゃあ、俺を守ると言うのは・・・」
「本気やと思うで。家族として守りにきたんやろねぇ」


喫茶店を出ると京さんは「じゃあ」と何処かへ行ってしまった。高校生に奢らせる20代ってのもすごいと今更思ったけれどまあいい。
恒人も俺に挨拶して帰って行く、送るという申し出は断られた。
険しい表情を見て思う、帰ったら父親に話すのだろうと。
並はずれた正義感を、倫理観を実の父親であろうと、家族であろうと容赦なく向け、判断を下すのだろう。
あるいは・・・恒人の性格を鑑みれば、決別もありえるのだ。
家族との決別も・・・ありえる。
それはもう俺の出る幕じゃなかった、形式上のお兄ちゃんを気取っても、友達としてのカテゴリーの中で兄貴分でも、血の繋がった家族の問題に出る幕はない。
手は出せないし、口も挟めない。
考えてみれば藍錆と石竹・・・良い奴らなのかもしれないと思う。
自分達が捨てられる原因となった、母親の違う子を『弟』と迷いなく呼んだのだから。
守るという言葉にも嘘があるようには見えなかったし。
しかしそこもまた・・・俺の出る幕ではないのか。
無論、あの二人の言葉が嘘で、恒人に危害を加えてくる素振りを見せたら戦うつもりではいるけれど。
「あれ?大城君じゃねー」
軽薄な声に振り返ると逹瑯君が立っていた。
男子的に背の高い俺よりもさらに高い、ひょろりとした身体を丸め、愛嬌のある顔にへらへらとした笑みを浮かべている。
その愛嬌と軽薄さ故に、右目の眼帯は悲壮さも痛々しさも演出してはいない、ある意味では得で、ある意味では損なキャラクター。
「や!逹瑯君。どうしたの、こんなとこで?」
「散歩だよ、大城君こそ」
「俺はツネちゃんとデートした帰り」
「いけないんだー、デートなら家まで送らなきゃ」
なんというか、話していて和む。
中にはイラつく人もいるぐらいの軽さだが、重い空気が苦手な俺には逹瑯君の軽さはありがたい。
しんぢ君のように裏はないし、明希君ほど盛大にズレてないのがいい。
そして・・・
「なんか大城君にしては珍しく暗い顔してんねぇ」
彼はとても、人の気持ちに敏感で優しいのだ。
その点を指摘したら逹瑯君は否定するだろうけれど、優しい男だなんて思われたくないのだろうけれど、優しい。
優しくなければ、ミヤ君に始まり京さんのことにまで手を貸しはしないだろう。
封印を施した猫の目を、不発弾をわざわざ刺激しなくてもいい。
自己犠牲とまでいかなくても、相手のために身を粉にするぐらいのことはするのだ。
いや・・・彼は浅葱君を助けるために学校の屋上から飛び降りてくれたから、それは立派な自己犠牲なのかもしれないけれど。
タイミングというか時系列の問題というか、恒人が塩薙の血を自覚したのがあの事件より前だったら、恒人も一緒にダイブしていただろうな。
面倒な弟分である。
「まあ、俺にもいろいろあんのさ」
「マジで珍しいな、大城君って悩むより先に動くタイプじゃん」
「動いて解決する悩みならな、動いて解決しない悩みだと俺なんかはどうしようもないよ・・・ウチのチームで俺は頭脳労働はしないの」
「それはなんか分かるなー。俺も考えるのはミヤ君任せだし」
「何が虚しいってよ、頭脳労働専門のやつがオールマイティーなとこだよな、肉体労働においても上だと、自分の存在意義に悩んじまうっての」
「あはは。ま、俺なんて猫の目がなかったらどっちもないよ。人間の力でパワー持ってる分凄いと思うけどね」
「そんなもんか?」
「そりゃそうだよ。俺は失敗で負ったもんだけど、大城君は努力で手に入れた力でしょ、俺の力なんてチートみたいな・・・」
俺は逹瑯君を突き飛ばした、ムカついた上での暴力ではない。
上から降ってくるものから退かしたのだ。
逹瑯君も伊達に修羅場を潜っていなかった、降ってきたものに気づいて即座に眼帯を引き剥がし、猫の目を解放する。
「な、なんだ・・・」
塩薙藍錆がそこにいた、アスファルトを粉砕して、ついでに持っていたらしい芝刈り機も地面との激突にさいして粉砕している。
お前は某黒い執事が出てくる漫画の死神かという突っ込みはとりあえず堪える。
「ありゃ、やっぱ量販店で買った武器は脆いな・・・」
そんなことを言う藍錆に逹瑯君は律義に叫ぶ。
「お前ねー!芝刈り機は武器じゃないよ、芝を刈るためにあるんだよ!だから名前が芝刈り機なんだよ!武器なら名前は人刈り機だよ!」
「うんうん、まあそうだなぁ。ところでそこの妖怪」
びしっと逹瑯君を指差して藍錆は言う。
「塩薙藍錆が全力で遊んでやるよ」
決め台詞っぽいんだが・・・妖怪?
「は!?妖怪って誰が!?」
慌てる逹瑯君にもう一つの影が飛ぶ。
鋸を振りかざした、塩薙石竹。
事前知識のない逹瑯君はともかく、俺は藍錆がいるなら石竹もいるだろうと思っていたので素早く反応ができた。
飛んできた石竹の手首を掴み、身体を滑らせて回転、投げ技であり宙に浮いていた形の石竹を地面に落とすことに成功した。そのまま自分の身体を投げるように叩き下す。石竹の肩関節めがけ、肘を落とした。
投げ技なんてアスファルトの上でやって良いものじゃないし、関節目がけての肘打ちなんぞ反則だが相手は忍者だ。
案の定、石竹は素早く俺の肘から抜け出して立ち上がる。
立ち上がり、不快そうな顔で外れた関節を嵌めた。
「石竹ちゃんダッサーーー!!一般人から攻撃喰らってやんの!!」
「言いますけどね藍錆。今の彼の動きを見ていなかったんですか?一般人の動きじゃないですよ。特殊能力こそ使ってませんが、プロの格闘家・・・それも実践向きのレベルでした。有里家の人間が使う技に似ています」
関節が外れるのも、それを嵌めるのも尋常じゃない痛みのはずだが、石竹は顔色一つ変えていない。
「有里がどうだか知らんが、俺の家は古流武術の道場なんだよ」
ガキのころからやらされてる。
まさか忍者相手に使う日が来るとは思っていなかったが。
「え!?大城君の家ってあの、超デカイ道場!?」
逹瑯君が声を上げ、藍錆と石竹の視線を浴びて黙った。
「何故、邪魔をするんですか。私達はこの妖怪を退治したいだけです」
「そうだよ、恒人の周囲に危ない物置いておけないだろ」
淡々と言う石竹と拗ねた風な藍錆に俺は逹瑯君と視線を合わせ首を傾げる。
「・・・いや、俺は妖怪じゃないんですけど」
恐る恐る言う逹瑯君に藍錆と石竹も首を傾げた。
「諸事情あって、右目が妖精の目になってるだけで・・・一応、人間・・・」
「その逹瑯君は恒人とも友達だよ、何回か助けられてる」
俺も援護するつもりで言えば、藍錆と石竹は互いを睨みつける。
「藍錆、貴方が言いましたよね?妖怪がいるから退治していこうと」
「えー、石竹ちゃんも反対しなかったろ」
「言いだしっぺは貴方でしょう」
「反対しなかった石竹ちゃんも悪い」
「いえ、貴方の責任です。謝罪しなさい。私とそこの彼に」
「なに言ってんの!?謝るなら石竹ちゃんもだろ!!」
「殺しかけた貴方が謝るべきです」
なるほど、仲の悪い双子だ。
そして暴走する双子だ。
未だ事情が飲み込めていない逹瑯君が目を白黒させている。
まあ、なんにせよとんでもない誤解は解けたようだと息をついていると「なにしてんだてめぇらぁぁぁぁ!!」という威勢の良い声とともに、ジャンプというより飛行に近い跳躍でやってきた恒人の爪先が藍錆の喉にヒットした。


そして再びごちゃごちゃになった事態は、一番意味が分かっていない逹瑯君の「静まれてめぇら!!」という叫びで収束した。
単に街中に響き渡るような声にびっくりしたこともあるが、全員我に返った。
互いの誤解とズレを解いたところで、ようやく本当の一息。
「藍錆さん、石竹さん、ちょっと家まで来てもらえますか?」
いつものクールさを取り戻した恒人が言う。
「貴方がたにとっても父親でしょう、話し合いに参加して欲しいんですけど」
「・・・まあ私はかまいませんけど」
「俺も良いよ〜」
さくっと了承する二人を引き連れ歩きだす前、恒人は俺を見る。
「終わったら連絡しますね」
「ああ、待ってるよ」
それから逹瑯君に向き直り頭を下げた。
「巻き込んでしまったようですみませんでした」
「良いよ、代わりに今度なにか奢らせて」
「え?俺が奢るんではなく?」
「奢らせろって言ってんの」
「・・・分かりました」
そうして去っていく三人の背中を見送って逹瑯君はへらりと笑う。
「恒人って薄幸そうな顔してるけどさー、マジでどんどん幸薄い感じになってくねぇ」
「それ、あんま笑えねぇなぁ」
「薄幸の佳人。ま、家族の問題は色々あるわな・・・」
変わらない軽薄な笑みの奥に影を見た気がして、俺は逹瑯君を見る。
「ナイーブな問題ならさ、内容は喋んなくていいから・・・俺にできることだけ言ってね」
やっぱり逹瑯君は優しい。


寝付けず、いやそもそも寝るつもりはなく自室でぼんやりとしていると、0時過ぎに恒人からメールが入った。
『今から青嵐高校の体育館まで来られますか?』
簡潔ながらしっかり『青嵐高校の』と入れているところが恒人らしい、俺は了承のメールを送ると部屋の窓を開けた。
あらかじめ準備していた靴を履き、外に出る。
和風家屋から続く日本庭園を抜け、門の端にある小さな扉から外へ。
秋の匂いを含んだ夜風に吹かれながら俺は青嵐高校へ向かって走り出した。
澱の様な不安を振り切るように足を前に進める、
話し合いはどうなったのだろうか?
家族と決別するような結果になってやしまいか?
藍錆達と一緒にどこかへ行ってしまうんじゃないだろうか?
分かっている、手出しができない領分であることも。
俺はまだ高校生で、再来年には俺は卒業で、そうすればもう部活チームの皆とつるめなくなることも。
今の俺にとって全てを占めるほどの重要な問題も、子供の通過点で大人になれば忘れてしまうかもしれないことも。
それでも俺の、今の俺の問題として、お兄ちゃん立場の人間として、走る。
校門の前で気づいたのは、体育館に薄く明かりが灯っていることだった。
闇夜に浮かび上がるように、静まりかえった校庭で体育館はその輪郭を浮かび上がらせていた。
恒人はもういる、あるいは俺にメールをした時点で既に体育館にいたのかもしれない。
体育館の重い扉を開けると恒人がいた。
赤と黒のバスケットシューズ、我が高のユニホームを着用している(番号は3番)。
ゆっくりとドリブルしながら俺を見た。
「・・・1on1しませんか?」
白皙の美貌に怜悧な笑みを浮かべられ、俺は頷く。
弟からのお誘いに断る理由はない。
俺もバスケットシューズに履き替え、ユニホームを着る(ちなみに俺は5番)。
フリースローラインに立った俺に恒人はいきなり突っ込んできた、そして予備動作なしで跳躍する。あっという間に俺の背を飛び越え、そのままダンクシュートを決めた。
「・・・止めて下さいよ。もうバスケじゃなくていいし、ルールもなくていいから、止めて下さい」
「ああ、分かった」
転がったボールを拾い上げ、再び跳ぶ恒人に合わせて俺も跳ぶ。
俺だってダンクできるぐらいのジャンプ力はあるのだ。
それでも恒人のほうが高く飛んでいる。俺は構わず恒人の信じられないぐらい細い腰を抱いて回転させた。
投げ技。
もちろん通常は地面でやるもので、空中ではうまく決まらない。一旦、落下した恒人はその僅かな間で身体を回転させ、床を蹴って跳躍した。
逹瑯君がプリキュアと例えたけど、まさにそんな動きだ。
落下していく俺は、飛び上がる恒人と交差する瞬間に足首を足で挟んで捻る。
今度は俺も恒人もまとめて床に落下した。
俺も恒人も問題なく受け身を取れたが、こんなことを試合でやったら退場だろう。
恒人からボールを奪い、立ち上がりかけたその細い肩を蹴って跳び、レイアップシュート。
肩を踏みこまれたことで反応が遅れたのか、なんとかきめられた。
「あははは」と恒人が笑う。
「無茶苦茶だー」
「そうだな、無茶苦茶だ、こんなの・・・失格だ」
バスケットプレイヤーとして?あるいは人間として失格だ。
こんなものはもうスポーツではない。
ならなんなのかって?
分かり切ったことだ、俺達はただ、じゃれ合っているのだ。
ダブルドリブルもトラヴェリングも関係なく、俺達はゴールの前でじゃれ合った。
全力でじゃれ合った。
恒人も全力だったけれど、それは癇癪を起した子供が拳を滅茶苦茶に振りまわしているようで、少しだけ悲しかった。
俺がゴールに叩き込もうとしたボールを、逆さまに飛んできた恒人が蹴り上げた。
勢いがついたボールはそのまま弾丸のように飛んでいき、天井に挟まる。
挟まったまま落ちて来ないボールを眺めながら、俺と恒人は床に重なるように落ちた。
「あは、あははははは!」
恒人が声を上げて笑う。
俺も一緒になって笑った。
どちらも息が切れていて、引きつったような笑い声が二人だけの体育館に響き渡る。
「大城さん、俺・・・一つ決めましたよ。俺とか、逹瑯さんとか、たぶん涙沙さんも・・・力を持った人間の周囲にはやっぱりなにかしら起こるんだって」
「・・・なにかしら?」
「考えてみれば、俺らの場合は飛縁魔のことがあってから、起こったことは多すぎですもん。集まってるから変な磁場になってんのかもしれないっすね」
「・・・かもな」
「だから俺は、力が欲しい。大城さんだって思ったことあるでしょ?力を求めたことあるでしょう?」
此処で嘘をつくのは違う気がして俺は頷く。
「あるよ」
「俺はその力の元と呼べるべき血が流れているんですよ、だったらそれを使う方向で動いても良いんじゃないかって思うんです。もっと有効に、もっと的確に、力を」
「・・・そっか。ツネがそう決めたなら良いと思う」
「大城さん、一人で決めてると決意鈍っちゃうかもしれないから・・・聞いてもらって良いですか?」
もう一つの内緒を、恒人から貰う。
ずっしりと重いそれを抱きしめて、心の底に入れて鍵をかける。
これが口外される時期が来たら、みんな大パニックだろうな。
「それから・・・俺のお兄ちゃんはやっぱり、大城さんと、英蔵さんと、浅葱さんと、涙沙さんですよ」
「藍錆と石竹の二人はどうするんだ?」
「あの二人とは関係なくですよ」
無垢に無邪気に笑う恒人の髪をかき混ぜるように撫で、俺は天井を見上げた。



翌日、俺はいつも通りに登校した。土手道を歩いているとベルが鳴らされる。
「大城君、おっはー」
変わりない軽い挨拶をして、逹瑯君は自転車から飛び下りる。
その後ろにいつもいるミヤ君の姿はない。
「おはよ。ミヤ君は?」
「日直だから先に行った。んで?なんか俺にやれることあった?」
「いや・・・もう解決はしたんだ。でもさ・・・その、逹瑯君にやって欲しいことが今じゃなくて・・・2年後とか、卒業後とかになっちゃっても・・・手を貸してくれる?」
逹瑯君は目をぎょろりとさせて笑う。
「なに言ってんの?そんなの当たり前だべ」
「でもさ、卒業したらもう人間関係も違うし、今の関係は過去のものになってるかもしれないよ」
田舎町だ、高校卒業と共に出て行く人間も多い。
その先にはきっと今とは比べ物にならないほど広い世界があるだろう。
過去の関係を助ける間なんてあるだろうか。
「なーんか意外な一面見た気がするな。別にその時に交流がなくなってたって友達には変わりないんじゃね?だったら俺は手を貸すよ、それこそ50年後でもな」
あっけらかんと笑う逹瑯君に、なんだか肩の力が抜けた気がした。
「そうだよね・・・ありがとう」
恒人が決めたことは、それこそ何年か後の問題になる。
その決断は正しいことだった、異論を挟む余地もない正しい道だった。俺が止めることはできない、茨の道であっても、間違ってはいないのだから、止められない。
でも逹瑯君の言う通り、恒人が困っているのなら50年後だって俺は助けにいけるだろう。
『お兄ちゃん』なのだから。
向こうで手を振るみんなが見える。
恒人と、英ちゃんと、るいちゃんと、浅葱君。
今はかけがえのない仲間と共に、青春とやらを謳歌しようじゃないか。



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