#3飛縁魔シューター
友達というのはいいものだ、高校二年生になって俺はそう思うようになった、一緒にいれば嫌なことも辛いことも飛んでいく、バカな話をするのは楽しいし、本気で語り合えば胸の奥が熱くなる。不安に押しつぶされそうになる夜も、明日になればまたアイツらと会えると思うと楽になって、眠ることができる。
でも、そんな「友達」といることで自分自身が災厄に、不幸に見舞われるとしたら?一緒にいるのは楽しいのに、大事な友人のそばにいるだけで不幸になるとしたら?
それでもそいつと「友達」でいつづけることができるだろうか?
この問いに即答で「もちろん、ずっと友達でいる」と答えたヤツらがいた。
例え話ではなく、実際に、現実としてそんな事態に陥っている時に、不幸に見舞われているさなかにそう答えたヤツら。
あの妙にキャラ立ちしていて、巫山戯ているかと思えば呆れるくらい真面目な五人組。
馬鹿だけど最高じゃないか。
俺が彼を最初に見たのは青嵐高校に入学して間もない頃、一人暇つぶしに校内を散策し、体育館をのぞいた時だった。
金に染められた猫っ毛が日の光を浴びてキラキラと輝いて、小さな身体と整った横顔に目を奪われ、俺は思わず立ち止まって入り口からその姿を見ていた。
彼は体育館のバスケットゴールの前に立ち、ボールをかまえていた。
そして綺麗なフォームで反対のゴールへボールを投げた。
音もなく、ボールは吸い込まれるようにゴールへと落ちる。
運動神経がけして良いとはいえず、特に球技においては全てのボールを顔面で受けてしまう俺からすれば魔法のような光景だった。
それを彼は何度も何度も繰り返し、カゴのボールがなくなるまで続けた。
ボールは全てゴールへ。
肩にかかる金髪から滴る汗を拭いながら彼は唖然としていた俺の方を見た。一瞬驚いた顔をしたが、すぐに花の咲くような笑顔を浮かべて、やけに柔らかい仕草でと声で言った。
「君も俺とバスケやらへん?」
危なかった、あやうくこの話が青春スポーツ小説になってしまうところだった。
砂倉涙沙、後にその左手に災厄を宿すことになる少年とのそれが出会いだった。
飛 縁 魔 シ ュ ー タ ー
一年で最も嫌いな季節がやってきた。梅雨である。なにせ田舎なもので交通機関はほとんどないし、高校生なので移動手段は自転車か徒歩のため行動が制限されてしまう。
そしてこれは毎度のことだけれど中間テストの結果が散々だった。歴史だけミヤ君が直前で叩き込んでくれたおかげもあり、いつもより高い点数を取ることができたが(あくまで俺にしてはだけど)、全体的に見ればボロボロ。張り出された順位表で俺は見事、最下位を飾った。ヤスにも負けた、ちくしょう。
だからってわけでもないれど、雨のせいで必然的にミヤ君の家、銀湾荘の8号室で遊ぶことが増えたのを機会にミヤ君から勉強を教わったりしている。
「た・・・たつぅが勉強してる!?ヤバイ!!明日、地球が自転を止めてしまう!!」とユッケに騒がれ、ヤスからは「どうした!?逹瑯!?夏風邪はタチが悪いから気をつけなきゃだダメだべ!」と見当違いな心配をされた。
むくれる俺の横でミヤ君は涼しげな顔で「そうだな、夏風邪は馬鹿が引くって言うしな」なんて言っていた。
俺が勉強を始めた本当の理由を言ったら、ミヤ君はどんなリアクションをするだろうか?
きっと優しい声で「やっぱオマエ馬鹿だなぁ」なんて言われるだろうな。
中間テストの結果発表の日、張り出された順位表の一番上に『矢口雅哲』の名前が此処が定位置だと言わんばかりにしっかりと書かれていたのだけれど、ミヤ君はちょっと渋い顔をしていた。
「二位と僅差だった、4点しか違わねぇ」などと殿上人のお言葉。
「でもすごくね?前日前夜まであーんなトラブル抱えてたのに一位取っちゃうんだもん」
俺が言うとミヤ君は肩を竦めた。
「勉強は日々の積み重ねなんだよ。それを言うなら二位の浅葱君だって前日体育館で部活の自主練してたし。つーかさ、今回は絶対に点数落としたくなかったんだよな」
二位の彼も定位置、それ以下はけっこう入れ替わるけれど、この二人だけはいつも変わらない。十六夜(いざよ)浅葱、あまりにもインパクトのある名前の彼との差は確かに4点しかなかった、ケアレスミスレベルなんだろうな。
ちなみに浅葱は俺達の年の入学式で新入生代表挨拶をし、現在はバスケ部の部長を務める本物の優等生だ。
「何で落としたくなかったの?」
問いかける俺からすっと視線を逸らしてミヤ君は声を落とす。
「・・・俺が変わってから、壁取っ払ってから初めてのテストだろ、つまりさ・・・その、逹瑯達と友達になってから初めてのテストだ。だから・・・ウチの教師陣だってみんながみんな井上先生みたいな話分かるヤツばかりでもねぇだろ・・・此処で点数落としたら・・・オマエらと付き合うようになったからだなんて言われるんじゃねぇかと思って・・・」
ミヤ君はそこまで言うと片手で顔を隠した。
「だせぇな、俺。人間ちっちぇ〜!馬鹿みたいだ・・・」
はっきり言って俺にはない発想だったので最初は意味が飲み込めなかったけれど、その言葉を噛み締めるうちに、胸の奥がむず痒くなってくる。
「あう〜」なんて変な声を上げながらミヤ君はトイレへと逃げていってしまった。
俺は行き場のない思いを後ろで曖昧な笑みを浮かべて見ていたユッケを叩くことで発散する。いつもなら奇声をあげて良いリアクションを取るユッケが真面目な顔で見上げてくるので俺もつられて真顔になった。
「分からなくもないよ、ウチの親も良く言うもん《成績良い子と友達になりなさい》とかさ、なったらどーなるの!?って感じだけど、やっぱ保護者からすると友達づきあいも口出したくなるんだよねぇ、アホらしいけどさ」
「・・・じゃあオマエ、俺とかヤスとかと付き合ってるの良く言われてないのか?」
ユッケの家はけっこう厳しい、厳格な家庭だ。
「んんん、まぁねぇ・・・たつぅは悪目立ちしてるし、ヤス君は・・・」
「ああ、うん」
ユッケが口ごもるのは分かる、悪口として言うわけではなくてもこの流れでは言いにくいことだ。ヤスの家はいわゆる母子家庭で母親はスナックを経営している。だからヤスは夜中はふらふら出歩いているか、店を手伝っていることが多い。
そうか、そんな風に言う親もいるのか。
「ミヤ君と友情復活したことについてもあんまり良く言われてないんだよね、両親亡くなって、1人暮らししてる子なんてみたいにさ、小学生の頃ウチに遊びに来た時はすっげぇ喜んでたくせに。ほら、小学校時代のミヤ君、頭良かったし、人気者だったから・・・あ、それは今もか」
「でもそれって・・・」
「だからさぁ、親は知らないわけじゃん。三刃杜若がどんなヤツだったかを。引き取られた先でミヤ君がなんか問題起こしたみたいに言われてるんだよ、今」
「言われてるって、何処で?」
「主にウチの近所、つまりミヤ君が昔住んでた辺りね。俺の家、ミヤ君とはご近所だったから」
たぶん今、ものすごく不機嫌な顔になっているけれど、それをユッケに向けてもしかたがない。意味がない。そしてこれはぶつける場所がどこにもない怒りだ。
話しながらユッケも腹が立ってきたのだろう、だんだん声が低くなってきている。
「頭にくるよね、俺、別に両親嫌いじゃないけどその話になる度に大喧嘩だよ」
俺がない頭を絞って考えて出した結果は、ミヤ君達と付き合うようになって良くなったね、と言われるような状態を目指し、またその逆に俺と付き合うことでミヤ君達に悪評が立つのを極力抑えるよう行動するいうものだった。
もちろん優先順位としては下のほうのこと、本来、外野の言うことなんかどうでもいいけれど、半分意地みたいなもの。
だからこその適度な努力。
そんなわけで、ミヤ君の家で遊ぶ時は、定規でべちべち頭を叩かれながら勉強を教わっている。最初はクエスチョンマークを大量に浮かべていたユッケやヤスも一緒になって勉強会。
俺は勉強なんて大嫌いだけれど、この四人でやるのはそんなに悪くない。
雨音が心地良いな、なんて思ってしまうぐらいには悪くない。
6月も後半に入った、相変わらずじめじめした空気が鬱陶しいそんな日、中休みの時に「逹瑯先輩!」と甘い声で俺を呼ぶヤツがいた。
御恵明希、抱えていた問題が解決してからは、出逢った頃のあの仏頂面はなんだったんだ!?ってぐらい笑顔大放出で寄ってくる可愛い後輩。
わざわざ教室まで来るなんてどうしたんだろう、しんぢはC組だぞ〜?なんて思いながらふり返り、明希の姿が視界に入った途端、俺は驚きのあまり椅子ごとひっくり返った。クラス中の視線が集まる。
「ちょ!?逹瑯先輩、大丈夫ですか!?」
声を上げる明希の肩を掴み、自分でも驚くほどの素早さで廊下に出ると扉を閉めた。
「お、おま・・・明希!なんちゅーかっこうをしてんだよ!!??」
「うな?」
明希はYシャツの裾を胸の下あたりまで上げて結んでいた。つまりお腹全開、へそ出しルック。ネクタイはしておらず、上のボタンも二個あけている。
ズボンも腰まで下げていて、見せパンが見事に見えていた。
夏服とはいえ学校指定の制服が着こなし次第でここまでの露出度を誇れるものなのか!?
っていうか、腰が細い!細いけどガリガリじゃなくて柔らかそうで、まさに少女漫画に出てくる美少年体型!
ぶっちゃけ言ってエロすぎる!!
俺の後輩エロ可愛い!!
「明希様、なんでそんな恰好をしてらっしゃるんでしょうかねぇ?」
「だって、暑いじゃないですか」
さらりと言われて目眩がした。ミヤ君の天然とはまた違うこのズレっぷり、いやもう天然なんじゃなくてハイレベルのバカなのかもしれない。
「制服そんな風に着ていいわけねぇだろ!今すぐお腹しまいなさいっ!」
明希はアヒル口で俺を見上げてくる。
アヒル口が似合う高校生男子だった。
「だって、校則には制服を着ろとは書いてあるけど着崩すなとは書いてないですよ?逹瑯先輩だって着崩してるじゃないですか」
屁理屈言うな!俺はネクタイ緩めてる程度だ!
「限度ってもんがあるだろうが!だいたいマオに怒られないのか、そんな恰好して!」
留年になってしまったため学年は同じだが、年上であるマオは明希とゆうやの教育係のはずだ、しんぢは・・・しんぢはまあ脇に置いといて。
マオ、学校内では真面目だからこういうことを許すはずがないだろうと思ったのだが、そんな俺の期待を打ち砕く言葉を明希は言った。
「だってこれ、俺が暑いなぁって言ったらマオ君がやったんですよ?」
あ・の・野・郎!!猫被るの放棄しやがった!しずかちゃんの外見したジャイアンめ!!
つーか自分がやれよな、マオだってそこそこ見た目可愛いんだから、中身はそのまま「せか〜いでいち〜ばんおひめさま♪」とか歌い出しそうなヤツだけど。
ゆうやも止めろよ・・・しんぢは、まぁ絶対止めないだろう。むしろあの飄々とした態度のまま内心でめちゃくちゃ楽しんでそうだ。
こうなったら実力行使でむりやり裾を下ろそうか?いくら俺でも明希相手なら力負けはしないだろう、でもその場面を他人に見られたら取り返しのつかない誤解を受けるんじゃないかと俺が悩んでいると、明希は「あ!そうだ!」と弾んだ声で言って舌を出した。舌にはシルバーのピアスが光っていた。
「ひはふはへはんへすひょ〜!」
『ピアスあけたんですよ』と言いたいのだろうが、なんで舌を出した状態で言うんだ。
そしてこれ以上、身体に穴を増やしてどうしたいんだ、こいつは。
さて、どこから突っ込んだものか、とりあえず殴るかなと手を上げたかけた時、扉が開いてミヤ君が出てきた。
「逹瑯、声まる聞こえだったぞ」
「げ、マジで・・・」
「オマエの美声はよく通るからな」
あれ?今、ほめられたのかな?《美声》って単語が入っていた気がしましたけど。
ミヤ君は明希の姿を見ても一切動じることなく、いつもの涼しげな表情で言った。
「明希、そんな恰好をしてるとお腹を冷やすぞ?」
「うな?あ!そうですよね、大変だ」
そう言うと明希はあっさり結んでいた裾を解いて下ろした。
これって何?北風と太陽?《物事には適切な対応を》だね・・・
なんかどっと疲れた。
「で、明希はなんの用事だったんだ?」
「ん〜そうでした。今日は学校新聞の日なんですよ!」
俺とミヤ君は同時に「だから何だ!?」と突っ込んだ。
「青嵐高校の壁新聞が張り出されているんですよ、逹瑯先輩達は誰に入れました?」
「明希、もっと色々順序立てて喋れよ」
苦笑するミヤ君に明希はまたアヒル口。
「えっとですね、あれです。校内の《姫ランキング》と《王子ランキング》が発表されてるから一緒に見に行こう、括弧はぁと括弧閉じる!ってマオ君が言ってたんですよ」
そういえば中間テスト明けに新聞部がそんな投票企画をしていたな、いわゆる『誰が一番可愛いor綺麗か』と『誰が一番カッコイイか』を投票する企画。
この企画でウチが男子校なんだということに突っ込むヤツはいなかったのだろうか。
たしかに頭の偏差値低いくせに顔の偏差値高いヤツが多いんだけど、青嵐高校は。
でも珍しいな、そういう伝達役をやるのはいつもゆうやなのに、なんで今回に限って明希が来たのだろう。
・・・ああ、そうか、明希にあの恰好をさせたのはマオだったか、ということはこれは愛を込めた嫌がらせだな。
いつかマオとは決着をつけなければいけない。
ドSジャイアン対決だ、そして俺は勝つ!
ここでちょっと話を飛ばして今年の四月の話、その時ほぼ全校生徒がある賭けをしていた。
ことの始まりは入学式の手伝いに駆り出されていたヤツがもたらした情報で「今年の新入生代表挨拶をした一年生があまりに美人すぎる」というものだった。
繰り返すが青嵐高校は男子校である。
だがその日のうちに回ってきたその子の写メール(盗撮)を見て「あまりに美人すぎる」という言葉に俺も頷かざるおえなかった。
彼の名は高嶺恒人、なんの捻りもなく「高嶺の花」なんてあだ名がすぐに付いた。
写真を見て思ったことは目がデカイということ。
全国の睫毛を巻き巻きして頑張っている女子が悔し泣きしそうなぐらい、目が大きい。
そして澄んだ綺麗な瞳をしている。男らしいのは顔の輪郭ぐらいで、他のパーツも整っていて、顎のほくろもどこかセクシーで確かに美人だ。
でもまぁそんなヤツもいるよとそこで話は終わるはずだったのだが、その日の下校時のこと、俺もその場にいたので目撃したが、ちょっとした、そしておもしろすぎる事件があった。
周囲からの視線を浴びながらも「そんなことには慣れている」と言わんばかりのすました表情で颯爽と歩いていた恒人に声をかけたヤツがいたのだ。
文里(もり)英蔵、2年C組。1年生の時は俺と同じクラスだった。
わりと男前なのに挙動不審すぎてちょっと残念なヤツ。
「恒人君!恒人君!」とハイテンションで駆け寄ってくる英蔵に恒人はちょっと引いたらしく、眉をひそめて「なんですか?」と冷たく返した。
「恒人君、俺とつき合ってくれない!?」
周囲が思わず足を止めて二人を凝視する中、恒人は学生鞄を大きく振りかぶって英蔵の横っ面をぶん殴った。
「何言ってんだよ、アンタっ!!」
ドスのきいた低い声。倒れ込んだ英蔵の頭目がけて恒人はさらに鞄を振り下ろそうとした。
「いだっ!!ちょっと待って!!間違えた!!違うんだ!!言い間違い!!」
「あぁ!?」
鞄を振り上げたまますごむ恒人に英蔵はぶんぶん手を振って言う。
「言い間違えたんだよ!ちょっと話があるから俺に付き合ってくれない?って言いたかったんだ!」
それは絶対に言い間違えてはいけない言葉だろう。「恋」を「変」って書いちゃうくらいの大失敗だ。
「じゃあさっさと言って下さい」
まだ鞄を振り上げている恒人に英蔵は笑顔で言った。
「バスケ部入らない?」
「はぁ!?なんでですか?」
「いや、ウチのバスケ部、今4人しかいなくてさ、このままだと同好会に格下げなんだよね」
恒人はようやく鞄を下げたけれど、まだちょっと嫌そうな顔をしていた。
「・・・なんで俺なんですか?」
「え〜?だって恒人君さ、中学の時にバスケの全国大会出てるだろ?しかもポジションはスモールフォワード!ちょうどそこが空いてるんだよ!ウチの部活、人数は少ないけど実力はあるんだぜ?だから・・・」
英蔵は最後まで喋らせてもらえなかった、今度は鞄の角で頭をぶん殴られたからだ。
その場で悶絶する英蔵を残し、恒人は足に羽根がはえているかの如き惚れ惚れするような走りっぷりで校門から出ていってしまった。
だが英蔵は諦めなかった、翌日も、その翌日も、登校時、下校時、昼休み等々、恒人も元に現れてバスケ部に勧誘し続けた。
そして青嵐高校の生徒による壮大な賭けが始まった。
『英蔵は恒人をバスケ部に入部させることができるか』という賭け。
7:3で「できない」が優勢。
そして俺は「できる」ほうに賭けていた。食券を20枚。掛札は新聞部が作ってきたのが密かに配られた。
結果が出たのは10日目、学生食堂。一人で食事をしている恒人の前の席にいつもの妙なテンションで英蔵が座った。
昼休み時の混み合っている学食でのこと、英蔵もちゃんと食べ物を購入している以上「来ないでくれ」とも言えまい。といっても英蔵がそこまで計算してやったのかどうかは疑問だけど。
そしてその時、俺は偶然にも英蔵と一つ離れた席に座っていた。恒人の斜め前。
「ねぇ、ツネ。バスケ部入ってよ」
勝手にフレンドリーな呼び方になっている英蔵を無視して恒人は黙々と食事を続けた、綺麗な外見に似合わず、がつがつとそれはもう親の敵のように食べていた。
「聞いてる?」
「・・・聞いてますよ」
「俺さ、一回だけ見たことあるんだよ、ツネが出てた試合。すっごい格好良かった、つーか中学生がやるスカイフックとか初めて見たし!しかも何度も!縦横無尽に駆け回っててなんか蝶々みたいに・・・ってなんか喩えおかしいな・・・えっと、とにかく格好良くて!」
バンッと恒人が箸ごと手をテーブルに叩きつけた、元々注目が集まっていた二人にもはや学食中の生徒が口を閉じて注視していた。
「だったら知ってますよね?俺が同級生殴り飛ばしてバスケ部クビになったのも」
俯いたまま淡々と放たれたその内容は衝撃的で、全員がことの成り行きを見守って息を呑んだ。
「うん、知ってるけど」
「馬鹿にしてるんですか?」
いつもの軽い調子で言う英蔵に恒人は怒りを滲ませた声で返した。
きゅっと唇を噛んで、ガラス玉みたいな目で英蔵を睨みつける、さすが美人が睨むと迫力があった。
正直俺は逃げたくなったが、その時にはもう誰も動けないでいた、厨房のオバチャン達も手を止めている。
さすがにその空気に気まずさを感じたのだろう、席を立とうとする恒人に英蔵は急に真面目な声で言った。
「ってゆーかさ。俺、たまたまその場面見てたのね」
「は?」
「いや、その場面だけ見ただけだからもしかしたら間違ってるのかもしれないけどさぁ、ツネは虐められてた子を助けに入ったんだよね?俺にはそう見えたけど」
恒人は答えない、驚いた顔で英蔵を見てる。
「あ〜、公園でさ、5、6人で1人をガンガン蹴ってたから、おいおい虐めかよ!?とか思ってたらツネが来てさ、あ、この前試合で見た子だ〜とか思ってたらいきなりすっげえ啖呵切って突っ込んでくからびっくりして・・・」
おいおい、見てたなら手を貸すか助けるかしろよ!と心の中で突っ込みを入れたのは俺だけではあるまい。
「俺がぼーぜんとしてる間にツネ、一人であの人数叩きのめしちゃって・・・でもあの後そんな問題になるとは思わなくてさぁ」
「たいへんベタで申し訳ないんですが、あの時ぶっ飛ばしたヤツの1人がPTA会長の息子でしてね」
「ありゃ〜、ベタだね、それは・・・でもさぁあれってツネは別に悪くないじゃん?」
「知ったようなこと言わないで下さいよ」
「うん、分かんねぇけどさ、俺が個人的に思うの、ツネは悪くないなって」
俺の位置からはよく見えた、頑なだった恒人の表情が氷解していくのが。
そして恒人は声を上げて笑い出した、ぽかんとした顔で「え!?なんで笑うの!?」と戸惑う英蔵に恒人は笑顔で言う。
「その4人しかいないバスケ部、今日の放課後に見学に行ってもいいですか?」
戦勝パレードの如く掛札が食堂中を舞う中、英蔵は満面の笑みで恒人の手を取ってぶんぶん振り回しながら嬉しそうに言った。
「入部してくれるの!?ありがとうっ!!」
「べ・・・別に英蔵さんに言われたからじゃありませんからっ!」
高嶺恒人のあだ名が「ツンデレ君」に変更された瞬間だった。
閑話休題。
というか長かったな、今回は。
ユッケとヤスも連れだって新聞が掲示されてる場所に向かう途中、廊下のど真ん中にグラビアアイドルの如くポーズをきめたマオが立っていた。校内だというのに洒落た帽子を被って。どうもこいつは帽子好きらしくていつも被っている。が、それに突っ込むなら明希の安全ピンだらけの制服にも言及しなければいけなくなるのでとりあえず無視。その隣で壁にもたれかかるようにしんぢとゆうやもいる。
「もちろん《姫ランキング》《王子ランキング》共にマオにゃんに投票してくれたよね?」
開口一番そうのたまう、殴りたい。誰がマオにゃんだ、確かに猫顔だけどさ。
「いや、俺は両方とも名前書かずに出したから」
ミヤ君はそう言ってかわした、ヤスとユッケは顔を見合わせて苦笑い。
「誰に投票したかなんて恥ずかしくて言えるかよ」
「へぇ、言ったら恥ずかしい人に入れたんだ?」
「うるせぇ!揚げ足とるんじゃねぇ」
「ってゆーかさ、俺、髪型変えたんだけど、なんで指摘してくれないの?」
そう言われてマオを見ると確かに少し髪の色が明るくなっていて、サイドだけ伸ばした洒落た髪型に変わっていた。が!
「だからなんだよ!?オメェは俺の面倒くさい彼女かっ!?」
俺の突っ込みをマオは鼻で笑う。
「はっ!彼女いたこともないくせに〜」
「え?なに、逹瑯君って童貞なの?」
壁に持たれたまま我関せずという顔をしていたしんぢが言ってきた。
「しんぢって下ネタだと食いつき早いよね・・・」と明希が苦笑している。
「るせー!ほっとけバカ!」
「え・・・逹瑯、童貞なのか?」
あれ?ちょっと落ち着こう、俺。
今の台詞を言ったのは、ミヤ君に聞こえたんだけどなぁ、あれぇ?
「ミ、ミヤ君はどうなのさ?」
「ちょっともう!やめましょうよっ!真っ昼間から廊下でそんな話するのっ!特にマオ君と逹瑯先輩は無茶苦茶声通るんですから!!」
ゆうやは空気が読めるヤツだった。それに免じてオマエの声が一番デカイんだがっていう突っ込みはひかえておいてやろう。
健全なる男子高校生として同い年の彼等が童貞であるか否かはけっこうな死活問題だか下手にこの話を広げると大火傷をしそうだ。
「で、本当のところは誰に入れたんですか?」
興味津々といった様子で見上げてくる明希の額を軽くはたくと「うむぅ〜」と妙な声を出して恨めしげに見上げてくる。
「教えねぇよ」
明希は気づいていないのか、それとも俺が思っていることがむしろ一般的ではないのか、そのあたりの判断がつかないので口にするのは控えるが、《校内で一番可愛いor綺麗な人》と《校内で一番カッコイイ人》に投票するというこの行為、《友達には入れにくい》のではないだろうか。
例えばヤスはイケメンだ、おそらく最も万人受けするタイプの爽やかフェイス、そして性格は馬鹿だけど、馬鹿であるが故に単純明快で男前、俺は素直にカッコイイと思う。そしてミヤ君、本人には一欠片の自覚もないようだがけっこう可愛い顔をしているし、ちっこいのと仕草が小動物を連想させる。そして性格はそれはもう無茶苦茶カッコイイ、カッコイイというか尊敬レベル。ユッケだって髪型で相殺されているものの実際は可愛い系の顔だし、気遣い上手で優しいのだってポイントに入るかもしれない・・・だが。
四六時中一緒にいる友達を《可愛い》だの《カッコイイ》だので票を入れるのに抵抗がある。
・・・恥ずかしいじゃないか。
「そういうマオは誰に入れたんだ?」
「え?自分にだよ」
ミヤ君の質問にさらりと答えるマオの頭を本気で殴りたいと思った。
そんなマオの答えにミヤ君はなんのリアクションもとらず、質問を次に回した。
「明希達は誰に入れたんだ?」
「うな?だってマオさんが自分に入れろって言ったから・・・」
「右に同じ〜!!あれ!?明希は今俺の斜め左にいるから斜め左に同じっす!!」
明希、ゆうや、年長者だからって甘やかしたらダメだぞ。
「俺はマオの名前は書かなかったけど、代わりに自分の名前を書いた、もちろん《姫》のほうに自分の名前をね」
「もういいから黙れよ変態」
しんぢの詐欺師スマイルを睨みつけて俺は無理矢理会話を中断させた。
4人ともなまじ顔立ちが整っているぶんタチが悪い。しかし明希に関していえばもう少し自分のルックスを自覚して欲しいとは思うけれど。最近気づいたが明希の癖はアヒル口の他にやたらと人にくっつくというものがあるのだ。とろけるチーズのようにべた〜っと張り付いてくるので正直対応に困るというか、対応に困ってる自分に困る。
わいわい言っているうちに壁新聞が掲示されている渡り廊下に到着した。さすがに中休みなので他の生徒の姿はない。
「あ!明希、二位だよ!!《姫ランキング》!!」
「え〜!?なんでだよ!?俺のどこが《姫》なんだ!?」
嬉しそうに声を上げるゆうやに明希は不満そうだった。
明希の場合、この投票が行われる直前まで保健室登校のレアキャラだったことも票を伸ばした一因だろう。
「なんで俺の名前がないんだよ!」
と叫ぶマオを押しのけて(そんなことしなくても身長差があるから見えるけれど、気分的に邪魔だった)俺も新聞に目をやる。
見たらテンションが上がってしまった。
「ミヤ君ミヤ君ミヤ君ミヤ君ミヤ君ミヤ君ミヤ君ミヤ君ミヤ君ミヤ君ミヤ君ミヤ君ミヤ君ミヤ君ミヤ君ミヤ君ミヤ君ミヤ君ミヤk「うっせぇ黙れ!!」
ミヤ君のローキックが太股に入ったが俺のテンションは下がらない、こんなおもしろすぎる事態に下がるわけがない。アドレナリンが出まくっていて蹴られた痛みすら感じない、そのくらい面白すぎる。
「すっごいね、ミヤ君!《姫ランキング》で八位で《王子ランキング》で三位だよ!!」
「見れば分かることを大声で叫ぶな馬鹿パグ!前髪毟るぞ!!」
「前髪まで届かないくせに〜!すごいねミヤ君、両方に名前があるのミヤ君だけだよ!!」
調子に乗りすぎていると自分でも思うが、こんなにからかえるチャンスはめったにないので、今日一日ぐらいこのテンションでいるつもりだったのだけれど、さすがミヤ君は一枚上手だった。
「・・・バラすぞ」
「ほへ?」
俯いたままボソリと言うミヤ君に俺は間の抜けた声を出す、顔を上げたミヤ君は笑っていた。あの妙にへにゃっとした顔で笑っていた。
「逹瑯、オマエが《姫ランキング》誰に入れたかバラすぞ」
「・・・え、やだなぁ。ミヤ君が知ってるわけないっしょ?」
「投票箱に入れる時にチラッと見えたんだ・・・特徴的な名前だから間違えようがないよな」
《特徴的な名前》だと!?本当に知ってるじゃないか、この人!!
「すいませんでした。マジでごめんなさい、調子乗ってました、もうしないんでバラさないでぇぇぇぇ!!」
「なら黙っておいてやるよ」
なんだかミヤ君には一生勝てない気がした。
「逹瑯!!俺《王子ランキング》で二位だった!!嬉しい!!」
ヤスが輝かしい笑顔で俺とミヤ君の間に顔を突っ込んできてそう叫んだ。
「ちょ・・・ヤス、耳元で叫ぶな」
「いや、おまえさぁ。男子校でこんなランキングに入って嬉しいわけ?」
俺がそう言うとヤスは一瞬不思議そうな顔をしてまた笑った。
「だって、これだけのヤツが俺のことを好いててくれてんだべ!?もちろん嬉しいぞ!!」
「ホント、ヤス君のストレートさはすごいよねぇ・・・」
ユッケが呆れ半分感動半分といった表情で呟いた。俺も一票投じる、もはやそれポジティヴシンキングですらない、只の直球だ。
裏読みしない、深く考えない、単純に受け止める、歪みがない、屈折がない、そういう思考。
これができる人間をヤスの他に知らない。
ゆうやとヤスは似てるけど、ゆうやは気を回しすぎた結果のストレートさだからまた別なのだ。
そんな俺のしみじみとした空気をぶち壊す声が後ろから聞こえた。
「逹瑯君!」と明るい、関西訛りの声。
ふり返ると砂倉涙沙がこっちに向かってくるところだった。
ミヤ君よりさらに低い背、華奢でしなやかな身体、柔らかそうな猫っ毛はふわふわ揺れていて金色で、アーモンド型のつり目に筋の通った鼻、形の良い唇。
びっくりするぐらい小顔、両手で簡単に包み込めそうな小顔。
《姫ランキング》堂々第一位の彼は俺の2メートルぐらい手前でジャンプしてぴょこんと俺の前に立った。
「おす!元気してた?」
などと言って首を傾げ俺を見上げてくる。なんとなくジャンガリアンハムスターを思わせる彼の頭を掴んで思いっきり下に引っぱってやるが、するりと俺の手をくぐり抜けて今度は口を尖らせて俺を見る。
「なにすんねん!」
「うっせえチビ!こっち来んなバカ!」
「ええねん、身長以外では全部勝ってるから」
ふんっと鼻を鳴らしてから涙沙はあっかんべーした。くるくると表情のよく変わるヤツだ。
「小学生か・・・」
と呟くミヤ君に視線を戻すと憐憫の表情で俺を見ていた。俺は慌ててミヤ君に顔を寄せて囁く。
「あのね、俺は確かに《姫ランキング》アイツに入れたけどね、単純に顔だけの話だから、あと友達には入れにくかったのね・・・」
「言えば言うだけ虚しくならないか?」
「・・・なりますけど事実なのっ!」
もしくは出来心でした。
どうせ涙沙が一位だろうなぁとは思っていたし。
親しげに声をかけてきたけれど俺は別に涙沙と友達というわけではない、涙沙は一度でも会話を交わした人間とは誰に対してもフレンドリーに接するのだ。当然人気も高い。
俺に一通りからんでから涙沙は明希の肩をべちべち叩いた。
「明希君すごいな!二位やな!俺と7票差やし!デットレースや〜!」
「う〜。るう先輩は分かるけど、なんで俺が《姫》なんだよぉ・・・」
いつの間にそんな親しげに呼び合う仲になったんだ?まあどちらも人なつっこい性格をしているから不思議ではないが。
「青バスチーム、お出ましだねぇ」
ユッケがなんだか遠い目をして呟いた。
歩いてくる残り4人に涙沙がぶんぶん手を振って笑っている。
青嵐高校、バスケットボール部。略して《青バスメンバー》は・・・
十六夜浅葱、ポジションPG、部長
藤大城、ポジションC、副部長
砂倉涙沙、ポジションSG、広報隊長
文里英蔵、ポジションPF
高嶺恒人、ポジションSF
5人だけのバスケ部だけれど、実力は全国大会クラス、毎週のように練習試合の申し込みがあって、勝率8割という漫画みたいな連中。
完全無欠の5人組。
広報隊長ってなんだよと聞いたら涙沙は「バスケの良さをみんなに広めるんや!」とかのたまった。《隊長》って言葉はどっから出たんだよ、そっちが気になるんだよ!
涙沙は楽しそうに笑いながら手をメガホンみたいにして言った。
「俺も一位!浅葱君も一位やで!!」
浅葱は小首を傾げて苦笑した。
「るいちゃん、もう着くからちょっと待って」
「はいは〜い」
涙沙はその場でぴょこぴょこ弾みながら待っていた、無性にはり倒したい衝動にかられる。俺は小動物を見るといぢめたくなるタイプなのだ。
《王子ランキング》で一位を飾った浅葱は確かにカッコイイ。大人びた、大学生と言っても通用しそうな優しい雰囲気。でもしんぢみたいな詐欺っぽさがない。顔立ち的にはやや癖のある美形といったところか。
「げ、俺だけ名前ないじゃん!?」
着くなりそう声を上げる英蔵に恒人が含み笑いで言う。
「英蔵さんらしくていいじゃないですか」
ツンデレ君!と声をかけたくなったが怒られそうなのでやめた。
「どんならしさなの・・・」
ヘタレなとこだろ?ああ、突っ込みたい。
「俺なんかが七位に入ってていいのかな」
と謙遜した声を上げたのは大城。思わず録音したくなるような美声だ。
「ツネ、《姫ランキング》三位やで〜!」
「いや、嬉しくないですから・・・」
「綺麗やって言われてるんだから喜んだらええねんて」
「そういうものですかね」
涙沙に言われて恒人も軽く微笑む。
そうだった、自分のルックスを完璧に理解していると涙沙みたいになるんだった。これはこれでやりにくいよな。
「矢口君、こちらで勝っても意味がないんだけど、一応初めて勝ったよ」
柔らかい笑みを浮かべて声をかける浅葱にミヤ君も笑い返す。
「いや、この前の中間は僅差だったよ、あれは運のレベルだ。それに勝ったのは初めてじゃないだろ、浅葱君は首席入学なんだから」
「ふふ、高校で首席入学ってあまり自慢にはならないと思うけどね・・・」
「そうでもないさ、トップはトップだろ?」
「いや、実はアレね、筆記の点は並んでたんだよ。でも面接で俺のほうがよかったから俺が新入生代表やっただけなんだ」
「面接でダメってほうがダメな気がするよ・・・ちょっと態度がでかすぎたかな、俺」
俺の傍で殿上人の会話を繰り広げるのはやめてくれ。
「るう先輩、ダメなんですよ。お腹が冷えるってさっき俺、ミヤ先輩に注意されたんです」
「俺は胃が丈夫やから問題ないねん!てか明希君もやってたんや」
こっちはこっちで・・・問題だ。涙沙はへそが見えるようにYシャツの下ボタンを開けていた。なんなんだよオマエら、露出狂なのか?
「いや。俺はですね、ここでこうやって結んでたんですよ。マオ君がやってくれたんです」
「あ、ええなそれ。俺もやろうかな、可愛いやん!」
そう言って涙沙はシャツを捲り上げてお腹を全開にした。
こいつも腰細いな、バスケやってるわりに柔らかそうで、色が白い。
いや、しっかりしろ、俺!誰かこのバカ共を止めてくれ、俺は関わりたくない。
「ツネもやらへん?」
「いえ、俺は遠慮しときますよ」
恒人も制服を着崩していたが男らしい崩し方だった。というかこいつは顔は綺麗だが仕草やらなにやらは男らしいんだよな。近くで見るとやはり目の大きさに驚くけど、睫毛も長い、まばたきするたびに音がしそう。
腰の位置が高くて足が長いし、体つきもシャープでモデルみたい。どんなシャンプー使えばそうなるんだってぐらいさらさらの綺麗な黒髪を後ろで結んでいて、肩胛骨ぐらいまでの長さでくるっと巻いている。こいつ本当に俺と同じ人種なのか?突然変異とかじゃなく?
「え〜。ツネのほうが良い身体してるのに」
頬をふくらませる涙沙の頭をミヤ君と話してた浅葱がひょいと手を伸ばして引き寄せた。
「"え〜"じゃないの、るいちゃんもやめて」
さすが部長、部員の教育は完璧だね!と言いたいところだが、なんでそんな顔を近づけて言うんだい?
「なんで〜ええやん、別に」
「制服着崩すのは構わないけど、ちゃんと限度を持ってやらなきゃダメだからだよ」
「・・・はぁい」
涙沙は大人しくシャツの裾を下ろした。浅葱に頭を撫でられて笑顔。
「でも浅葱君もちょっとぐらい崩せばいいのに、暑苦しいで、それ」
「るいちゃん、制服はこうやって着るのが正しいの」
「そっか、まぁ浅葱君はなに着てもかっこええけどな!」
何故か誇らしげな涙沙の隣で恒人が新しいおもちゃを見つけた子供みたいな顔で英蔵を見る。
「英蔵さんは何着ても似合わないですよね」
「ちょ、酷くない!?俺、そんなに似合ってないの!?」
「それはもうびっくりするぐらいに」
「ああ、そういうこと言っちゃう!?それを言ったらツネなんて女子の制服着たほうが似合うんじゃない?」
「アンタなに言ってんですか?大城さん、此処に変態がいま〜す!」
つんとそっぽを向いて恒人が呼ぶと、大城も笑顔で英蔵を見る。
「英ちゃんは変態じゃなくてむっつり!」
「むっつりの何が悪い!」
「そこ開き直ってどーするんですか!」
けらけらと笑う恒人に口を尖らせる英蔵を見て、大城も笑い出した。もっとつんけんしたヤツかと思ったら意外とはっちゃけてるんだな恒人って。
「はいはい、みんなそろそろ行くよ。授業始まるから」
「は〜い。ほなまたな!」
まだはしゃいだテンションのまま俺達に手を振って青バスチームは渡り廊下の向こうへ消えていった。
「・・・彼等は台本か何かあって、コントなのかな?今のは」
ミヤ君が真顔で呟いた。そんな高校生イヤすぎるだろうが、なんで台本にそって喋るんだよ。
「天然でやってるんだよ、アレ」
「へえ、面白い連中だな」
俺の言葉に感心した様子のミヤ君だった。まぁあそこまでいくと確かに「感心」かもな。キャラ立ちすぎだろう、あの5人。そのままアニメ化できるぞ、きっと。
「若干イラっとしたのは俺だけ?」
「ああ、なんかバカップルっぽかったよね」
半眼のマオと相変わらずの笑顔を浮かべたしんぢの横で明希がシャツの下ボタンを開け始めたので、今度こそ俺はグーて頭を叩いた。
「う゛なっ!!なにするんですか!逹瑯先輩!!」
「なにするもなにもねぇんだよ!!露出狂めっ!」
「露出狂?ゆうや、俺って露出狂かな?」
とんでもないキラーパスを渡されたゆうやは見事に固まった、聞くなよ、そんなこと。
しばらく苦悶の表情で考えた末、ゆうやは雄叫びのように言った。
「明希は露出狂だぁぁぁぁぁぁ!!!」
その声に被るように予鈴が鳴り響いた、間抜けた余韻が残る中、ミヤ君は今までの出来事などまるでなかったかのように、いつもの調子でさらりと言った。
「さ、教室戻るか・・・次は数学だし」
教室へ戻る道すがら俺は隣でストレッチをしながら歩いているマオに言った。
「おい、マオ。妙な嫌がらせしてくるんじゃねぇよ、なんだよさっきの明希の恰好は」
「ああ〜。《嫌がらせ》って取ったんだ?《嫌がらせ》だと思うか、《サービス》だと思うかどっちかなぁってマオにゃんは思ったわけですよ」
「あんな《サービス》があってたまるか!どんだけ可愛かろうが明希は男っ!」
「性別なんかに拘るなんて逹瑯君は古風だねぇ。それにあれは同性にやらせるから冗談で済むの。女の子にやってもらったらセクハラだよ」
絶妙に返しに困ることを言ってくる。
「嫌がらせしてくるのは勝手だけどよ、わけわからずにやってる明希を利用するなよな」
マオは元々上がり気味の口角をさらにつり上げて俺の顔をのぞきこんできた。
「その辺りってどうなのかなぁと思ってね。明希ちゃんってあの性格じゃない?うっかりさんだし、人見知りしないし、すぐ懐くし・・・」
「それは明希の長所だろ?あ、うっかりはちげぇわ」
「うん、うっかりさん以外は長所だよ。俺も明希のそーゆうとこ大好きだしね。でもさ・・・明希の持ってる天狗の力ってけっこう凄いものなんでしょ、ガラ君から聞いた」
身につけようと思って修得できる類の力ではないということは俺もガラから聞いた。レア中のレアだとか、有名な《能力者》の中でも現信太家当主の人しか公式には持っている人がいない力だとか。それがどうしたというのだ。
怪訝そうな顔になっていたのだろう「わかんないかなぁ」とマオは言って俺から視線を外す。
「今後、明希の持ってる力を利用しようって輩が出てきた時に、ころっと騙されたりしないかな、って心配なのよ、マオにゃんとしては」
「・・・明希だって馬鹿じゃないんだから、そうほいほい乗ったりしないだろ?少なくともオマエを異世界に飛ばしちゃった一件で学習してるわけだし」
「世の中には人を騙すの上手いヤツなんていくらでもいるだろ、明希ちゃんってすごい騙しやすいと思うんだよね」
俺は答えない、黙って続き待つ。
「でもさぁ、明希のああいうちょっと抜けててピュアなところって明希らしさなわけだから・・・でも心配で、自分でもわけわからなくなってな。正直あんな一件に巻き込まれたのに俺自身には何の力もないのもどかしい。明希にもしなにかあっても助けることができないかもしれないんだから。ぶっちゃけ人生観は変わったけどね」
こちらの世界で10ヶ月、向こうの世界では10分、異世界にいたマオ。確かに影響はあるだろう。マオとはまったく条件が違うけれど俺も二足歩行の猫の所へ行った時はやっぱり変わった。右目という代償を支払ったからというのもあるけれど。
「で、ちょっと迷走しちゃった。あと逹瑯君とミヤ君が羨ましくて・・・いや、ミヤ君にとっても逹瑯君にとってもその《能力》が良いもんじゃないってのは分かってるよ?それでもやっぱ、羨ましかったんだ」
5月中旬のミヤ君の一件。あの時もし俺がただ『見えるだけ』で京さんの存在を知らなかったら、どうしようもなく、何もできず、ミヤ君は×んでいて。ユッケやヤスと本当の意味で友達になることもなかった。
5月の終わりに明希やマオ達のことを知った時だって最終的に京さんの手助けがなかったら解決できなかった、4人が救われることもなかった。
だからマオの思いは少し分かる。
ただ不安なのだ。
きっとゆうやとしんぢも同じ不安を抱えているだろう。
そして明希も自らの力が他の3人に迷惑をかけないかと怖れている。
やはりなにもかも元通りってわけにはいかなかったのか。
俺は目の前を歩く明希を見る、あの一件以降、さらにくだけた関係になったようで彼の地である少々口の悪い喋りでゆうやとじゃれ合っていた。
良い意味で変わったものもあるのだ、確かにこの4人の絆は深まった。いつのまにかお互いを呼び捨てにしてるし(マオだけ君付けなのはやはりマオが中心だからだろう、だからこそマオがいなくなっていた間、他の3人の関係はほぼ停止状態だった)それでも、だからこそ・・・一度失う怖さを知ってしまったからよけいに不安なのだ。
昼休み、俺の席を中心にいつもの面子で昼ご飯を食べていると、涙沙が我が2年B組を訪ねてきた。たしかこいつはA組だったはずだ。ガラと同じクラスってことになるけれどアイツは教室に顔を出したことすらないだろうから、クラスメイトと言っていいのか微妙だな。
「高安君おる?」
髪の右側部分を和っぽい桜模様の飾りのついたゴムで結っていた。いちいち持ってるアイテムが可愛いな、女子高生か、こいつは。
「もほ〜はんはへ?」
「ヤス君、口の中のものなくしてから喋ろうか?」
コロッケパンを口いっぱいにほおばってハムスター状態のヤスはユッケの言葉に頷いて、ごっくんと音を立てて飲み込み、案の定というか当たり前に胸につかえたらしく目を白黒させた。
ミヤ君が呆れた顔でお茶を渡すとそれを慌てて飲んで、今度は軽く咽せた。
見ていて飽きないヤツ。
「お〜ごめんな、なんだべ?」
ようやく落ち着いたヤスが涙沙の方を向くと、涙沙は笑いを堪えたような顔をひっこめ、いつもの可愛らしい笑顔を浮かべた。
ぶりっこするんじゃねぇよ、高校生男子!
「あんな、お願いがあるんやけど・・・」
「おう!いいぞ!」
「内容聞いてから言えやっ!!」
ユッケが思わずキャラ放棄してツッコミを入れた。涙沙は堪えきれなくなったらしくしゃがみ込んで笑い出す。手をばんばん叩いて意外と豪快な笑い声。
「高安君っておもしろいなぁ。英蔵君みたいな残念感がなくて良いわ!」
「ん?おう、ありがとうな!!」
ヤス、たぶんほめられたわけじゃないぞ。
「ふふっ。あんな、お願いっていうんは、今日の放課後ちょっと時間とってほしいんや」
「おう、分かった!」
「だから理由を聞けよ・・・」
今度はミヤ君が苦笑を浮かべながら突っ込む。
「あ、そっか。なんで?」
「ウチって5人しか部員おらんやん?最近練習試合の申し込みがなくて試合したいんやけど、誰かに頼むとしてもオレらレベルでできる人他に5人も集められへんし。だから3on3をやろうと思って、高安君ってバスケも上手いんやろ?」
「おう!俺、身体使うことならなんでもできるべ!」
「ならお願いできへんかな?高安君以外に頼める人おらんねん」
そう言って涙沙は、片目をつぶって手を合わせた。あれは・・・天然かな。
「分かった、今日の放課後、体育館に行けばいいんだなっ!」
「うん、お願いな!しっかし相変わらすウチの部は人増えへんわ、なんか手っ取り早く人集める方法ないかな?」
オマエら5人で世界が完結してるから入りにくいんじゃないのか?という正論を言うのはやめて俺はこの小動物っぽい同級生をからかうことにした。
「オマエがスーカト履いてプレイすれば集まるんじゃね?《姫ランキング》ナンバーワンさんがさぁ」
俺の言葉に涙沙は一瞬きょとんとして、それからきゃらきゃら笑いながら俺の背中を叩いた。
「なにゆうとんねん!まぁスカートなら履いたことあるけどなっ!」
「いつどこでどんな状況でどんなスカートを!?」
「ん?制服やけど、中学の頃文化祭で女子と制服取り替えっこして」
文化祭ならばまぁノリでそういうこともやるか。こんな顔の男子がいたら女子としては着せたくもなろう。
「えっと涙沙君ってどこ中だったっけ?」
ユッケが妙にキラキラした顔で身を乗り出す。
「俺?凍凪中やけど、あ、浅葱君も同じな」
「「いてなぎぃぃぃ!?」」
俺とユッケは同時に素っ頓狂な声を上げた、凍凪なんて明希達の行ってた芳春ほどじゃないにしても私立の、良いとこのヤツが通う学校じゃないか。
そういえば涙沙もテスト順位でベスト10の常連だった、そりゃ頭良いはずだよ。
が、どうもユッケが声を上げたポイントは俺とは別のところにあったらしい。
「凍凪ってあの制服めっちゃ可愛いとこ!?雑誌のランキングで上位組の!?」
「制服のランキングが載ってるってどんな雑誌だよ・・・」
尤もすぎるミヤ君の呟きも今のユッケの耳には入っていないようだった。
「あれだよね、セーラー服だけど丈が腰下まであって、腰のとこが絞ってあって、青いプリッツスカートで、セーラーカラーのトコに洒落た模様が入ってて、淡いグリーンの大きいリボンのとこだよねっ!?」
「・・・うん」
ユッケの勢いにかなり引いた様子で涙沙が頷くと、ユッケは雄叫びを上げた。
「羨ましすぎるぅぅぅ!!」
「・・・あは。あ!じゃあ高安君!放課後よろしくな!」
「おう!後でなぁ〜!」
引きつった顔で慌てて教室を出ていく涙沙を見送りながら、俺はユッケの側頭部を殴った。
「いてっ!!」
「いや、人の趣味に口出すつもりはないが、同級生が引くほど自分見失うんじゃねぇよ!」
「あ〜、ごめん、完璧に意識飛んでた」
へらっと笑うユッケの隣でミヤ君は黙々とクリームパンを食べていた、今の出来事を無視することに決めたらしい。
スルー検定一級拾得者はさすがに違う。
放課後、体育館に向かうヤスに俺達もついていくことにした、強いと有名な青バスチームの実力を見てみるのも悪くないと思ったからだ。
といっても俺はバスケなんてまったく分からないけれど。
「今日はウチの部の我が儘を快く引き受けて下さってありがとうございます」
体育館に入るなり恒人が丁重に頭を下げて俺達を出迎えてくれた。
筆で殴り書きしたような書体で「籠球」と書かれた黒いTシャツにハーフパンツ姿。
ヤスは照れたように頭を掻いた。
「おう!気にすんな!俺もスポーツ好きだし!みんなでやると楽しいよな!」
その隣、同じく籠球Tシャツの浅葱が優雅な微笑みを浮かべて言った。
「ウチの子リスちゃんは何かご迷惑かけなかったかな?」
・・・ん?今こいつは何語で喋ったのかな?
きっとエノク語だな、「子リスちゃん」とか聞こえた気がしたけどそれはきっと空耳だ、空耳アワーだ。
「・・・浅葱さん、部外の、それも初めての人にその言い方では伝わらないかと」
恒人が冷静にそう言ってくれた。そうだよね、日本語で喋らないと。一年生なのにしっかりしてるね、君は。
俺が脳内で現実逃避をしきる前に浅葱はまた優雅に笑って言う。
「ああ、そうだね。子リスちゃんっていうのはるいちゃんのことなんだけど」
天然で言葉のミサイルを撃ち込んでくる男だった、ミヤ君や明希の天然さがまだ可愛く思えてきたぞ。俺の隣でユッケは「子リスちゃん」がツボに入ったらしくうずくまって肩を震わせていた。
「ウチの部、メンバーにあだ名つけるの流行ってるんですよ」
慣れたいるのか達観しているのかそれとも本気でおもしろいと思っているのかさらっと言う恒人にミヤ君が真顔で聞く。
「じゃあ恒人君はなんなの?」
「・・・子狐っす」
「情が深くて悪戯好きだからね」
照れた様子の恒人の隣でやはり優雅に微笑む浅葱。からみづれぇ!三枝師匠だったら客席に向かって「誰か司会変わってください」って頭下げてるところだよ!
「へぇ、なかなか面白いな。俺も今度やってみよう」
俺の隣にいる天然兵器がそんなことを言いだしたので俺は本格的にツッコミを放棄することにした。もう手に負えないって。
「じゃあ浅葱君はなんなの?」
ミヤ君、もうこの会話広げるのやめようよ!
「俺?俺は兎さんだよ」
帰ろうかな、とか思っていると恒人が話題を変えてくれた。
「ところで高安先輩以外でバスケのルール分かる人、いますか?」
「俺、一応分かるけど?」
笑いすぎて涙目になっているユッケが手を上げると恒人は小首を傾げて言った。なんだそれ、涙沙の悪影響か?
「審判をお願いしてもいいでしょうか?」
「いいよ、ちょっと自信ないけど・・・」
ガラス玉みたいな目で見つめられては断りにくかろう、直視するのにも気合いがいりそうだ。幸い恒人は平均身長の域に入っているので上目遣いにこそならないが。
でも相手が俺だったらなるか。いや、なったらどうだと言うんだ。
「じゃあオレら得点係でもやろうか?」
さらっと気をまわすミヤ君に恒人はぴょこん!て感じのお辞儀をして言った。
「助かります、お願いします!」
ああ、なるほど、子狐だな。『雪渡り』に出てくるやつ。
「やほ!今日はありがとなっ!」
更衣室からダッシュ&スライディングで涙沙がやってきた、同じく籠球Tシャツにハーフパンツ。セミロングに近い髪は昼と同じく軽く結ってあった。
「るせーよ。子リスちゃん!」
俺がそう言うと涙沙はみるみる真っ赤になっていって、口をぱくぱくさせてから浅葱に向かって叫んだ。
「浅葱君っ!!部外の人には言わんといてって言うたやんっ!しかもよりにもよって逹瑯君に言うなんて!!」
「はははっ!卒業まで呼び続けてやるよ、子リスちゃん!」
「こーゆうヤツなんや!」
俺をびしっと指さして地団駄を踏みながら涙沙は浅葱の袖を引っぱっていた。確かにこいつはリスだな。
「いいじゃない、可愛いから。ならお返しに逹瑯君にもなにかあだ名つけてあげたら?」
浅葱はそう言って、王子様みたいな仕草で俺に手を向けた。こいつも嫌味で言ってるんだか悪気がないんだかなぁ。
「ほな、逹瑯君はアライグマ君な!」
なんでいきなり某長寿哲学ギャグマンガのキャラクターにされなくてはいけないのだ?俺はあそこまで傍若無人じゃねぇよ。あれってアニメ版がとくに酷いからせめて漫画版20巻以降にしておいて欲しいんだが。
・・・隣でミヤ君が爆笑してるし。漫画版20巻以降のアライグマ君だと言って下さい、でなきゃ凹みます。
「じゃあたつぅより強いミヤ君はスナドリネコさんか」
「いいな、俺、あのキャラ好きだ」
ユッケがミヤ君に一番良い役を割り振った、腹立つなぁこいつら!でもミヤ君がスナドリネコさんなのには賛成だ。
「じゃあてめぇはメガネヤマネ君だな」
「ちょ、出番ないじゃん、俺!」
「そりならツネはフェネックギツネ君なのでぃす!」
「涙沙さん、シマリス君のモノマネ上手いですね!?」
くだらないことを言い合う俺達を浅葱は不思議そうに見ていた、元ネタを知らないのだろうか。
「ごめんね〜遅くなって」
「ウォーミングアップに手間取っちゃった!」
大城と英蔵もやってきたのでそこでバカ話は中断、恒人が「英蔵さん、遅いっすよ〜」なんて言って「何で俺にだけ言うの!?」と英蔵が情けない声を上げていた。
相手限定のツンデレってポイント高い気がするな。
いや、ちょっと落ち着こう、いろいろ落ち着こう、俺。
「ポジションの関係上、俺、ツネ、大城君のチームと英蔵君、るいちゃん、高安君のチームで勝負ね。あと3on3だけどフルコートでやります」
浅葱の説明に頷くヤスはいつものどこかぽやっとした感じがなくて、凛々しくなっていた。スポーツしてる時は本当にかっこいいよなこいつ。
とりあえず、浅葱チームと涙沙チームに分かれてやるらしいが・・・
俺は得点板を挟んで反対側のミヤ君に小声で話しかける。
「ポジションの関係上ってどういうこと?」
「いや、俺もバスケはよく知らないから・・・」
まぁプレイを見つつ後でユッケにでも聞くか。
が、正直いざ試合が始まると俺の口は開きっぱなしだった、めったに物事に動じないミヤ君でさえ唖然としている。
ユッケは審判を引き受けたことを後悔しているような顔だった。
俺はそもそもスポーツ全般に興味がなく、バスケの試合を見るのもほぼ初めてだったけれど、すごいのだけは分かった。
涙沙と恒人が別のチームになった理由はスピードの問題だろうか、とにかくこの二人、足が速い。全体のスピードも早くてボールを目で追うのが精一杯だった。
そして4月に英蔵が「中学生がやるスカイフックを初めて見た」と興奮していた意味も分かった。あの時はスカイフックがなんなのか知らなかったので凄さが分からなかったけれど、これはすごい。
恒人はリングより高い位置に手がいくぐらいジャンプして片手でボールをシュートするのだ。
平均身長の域を出ない彼が、リングより上に胸の辺りがいくぐらい高く跳ぶ、もう《跳ぶ》というより《飛ぶ》だ。
他のシュートはかなりの高確立で止めていたヤスもこれをやられるとどうにもならないらしい。
もちろんそれは警戒されていて、恒人をスカイフックがうてる位置に行かせないようにしてはいたけれど。
中学生どころか高校生だってできていいレベルじゃない気がする。
そして俺は不本意ながら初めて会った時から知っていたけれど、涙沙はコートのどの位置からでもシュートできるらしい。さすがに試合ともなれば無茶苦茶離れた位置からはやらないが、こっちはこっちでやっかいだろう。
大城はパワー系といったところか、特に大城のゴール下でのディフェンスは凄まじかった、見た目を裏切らないというか、期待を裏切らないというか。
英蔵も身長的には平均でどちらかといえば華奢な身体をしているくせにパワフルだった、リバウンドが得意なようだ。
というより・・・ヤスが助っ人で他の部活に呼ばれている光景は何度も目にしているけれど、いつだって一番目立っていた。
ヤスの存在が霞むという点で、彼等のレベルが半端ではないことが分かる。
得点は拮抗していたけど浅葱チームが勝っている、最初はその理由が分からなかったけれど、だんだんスピードに慣れてきて分かった。
いい時にいい位置にいていいパスを出せてシュートがうてるのが浅葱だ。
よく見れば他の二人に指示を出しているのも浅葱だった。
思いだした。PG、ポイントガード・・・司令塔か、なるほどね。
20分に設定された試合は6点差をつけて浅葱のチームが勝った。土壇場で浅葱の放った3ポイントシュートが決定打に見えた。司令塔でオールラウンドプレイヤーってところか。
そりゃ性格が多少天然でないと神様的に不公平すぎるわ。
「ま〜け〜たぁぁぁぁぁ」
とその場で寝転がってばたばたしている涙沙を浅葱が肩にかついで飲み物やらタオルやらが置いてある所まで連れて行っていた。
「おおおおお!なんか久々に全力で動いた感じだっ!」
とヤスは上機嫌。そうだよな、オマエは止まると死ぬ生き物だもんな。
「あ〜もう、俺ほんと、基礎体力つけよ・・・」
涙沙はタオルに顔を埋めたまま、まだ動けないようだった。
「るいちゃんそれ去年も言ってたよねぇ」
「言ってた、言ってた」
「ひでぞー君うるさい!」
「なんで俺にだけ言うの!?大城君も言ったじゃない」
「それは英蔵さんだからで〜す!」
上がった息で、滴になって落ちる汗をタオルで拭いながらもお約束めいたやりとりになってしまうあたり、本当に天然でやってるんだなぁと思う。
同意を得ようとミヤ君を見ると、ミヤ君の視線は浅葱のほうに向いていた。それも何かを観察するような目で。
「どうかしたの?」
「・・・・・・いや、なんでもない」
そんな目をしておいてなんでもないってことはないだろう、俺も浅葱の方へ視線を向けた。
彼は壁にもたれて、片手にタオルを持ったままぼんやりとしていた。
息も上がっていなければ、汗もかいていない様子で、表情からも疲労はまったくうかがえない。
20分間、フルコートを走り回ってそんな状態、それはあり得るのだろうか?
そんなことが少し、心の端に引っかかった。
帰り道、いつものように自転車の後ろにミヤ君を乗せて走る。空は薄い雲がはっていて微かに水の香りがした。また一雨くるかもしれない。
湿った風にYシャツを揺らしながら田圃のあぜ道で、小石にタイヤを取られないように気をつけながらペダルを漕ぐ。
「ねぇ、ミヤ君、浅葱君ってさぁ・・・」
「たつろー」
俺の言葉を遮って、ミヤ君は妙に間延びした声で俺を呼んで黙らせた。
「俺さぁ、一時期世の中は話の通じない人間が9割だと思ってた、言っても分からないヤツが9割みたいな?」
「・・・ん?それは俺も思ってるけど、現在進行形でそう思ってるけど、《一時期》ってことはミヤ君はもう違う考えなの?」
ふふっと小さく笑ってミヤ君は言葉を紡ぐ。
「違う。逆なんだよ、自分にとって言葉が通じる人間が1割しかいないんだ、向き合って心を通わせて初めて話が通じる、そんな人間が自分にとって1割。目見て面付き合わせてそれでもやっぱり分かり合えないこともある、だからって諦めるのも違うと思うけど・・・でも1割もいればすごいだろ?《言葉が通じる相手》が。あの青バスチームの五人はちゃんと通じ合ってる・・・そして毎日一緒に部活してて気づかないほど鈍くもないだろう」
ああ、話が見えてきた。そういうことか。
「でも他の4人が何も言ってないってことはたぶんあれはあれでいいんだよ。何かでっかい事情があるのかもしれないし、なんてことない理由かもしれないけど、気にしてないってことは、あれはあれで完結なんだ・・・ごめん、分かり難いな」
「いや、ちゃんと分かるよ、大丈夫」
「ん、明希の時はどう見ても手助けが必要そうに見えたからまた別だったけど、今回はそうじゃねぇだろ、だから俺達は余計なことしなくていいし、しちゃいけないと思う」
「ま、ちょっとばかし俺とミヤ君は反則的存在でもあるからね」
俺の猫の目、ミヤ君の犬頭。
京さんの異形の腕ほどじゃないにしても反則。
ミヤ君はまた小さく笑った。
「だな。ちょっとばかり《不思議》の香りが浅葱君からはするけど、そこに突っ込む必要性はないから、このままでいい」
そこで俺はちょっと思いだした、涙沙と初めて会った時のこと。
ほとんどの人間は初めて俺と会った時、この右目のことを聞く。眼帯をしている理由を聞いてくる。普通のガーゼの眼帯ではなく、革の分厚いものをしているせいもあって聞かれるのはしかたないと思っていた。
けれど涙沙は聞かなかった、視線すら俺の眼帯にいかなかった。
それから何度か会話した時も、ずっと聞いてくることはなかった。
だから俺は、それなりにアイツのことを気に入っていたのだ。
「そうだね、あの5人はあれでいい」
ミヤ君はまた笑って俺の頭に顎を乗せてきた。
「しっかし凄かったな。俺ちょっとバスケに興味出てきたわ、初めて生で見たよ、ダンクシュートとか・・・アリウープだっけ?」
帰り際、浅葱が手伝ってくれたお礼とかでダンクシュートを見せてくれたのだ、空中で涙沙のパスを受けてそのままダンクを決めていた。
俺も漫画以外で初めてダンクシュートを見たのであれには興奮したな。
涙沙と浅葱のコンビでしかできない技だとかなんとか。
「あんなん試合でやられたら俺が相手チームならやる気なくすかもなぁ・・・てゆーかツンデレ君もダンクできるんじゃない?あんだけ高く跳べるなら」
「ツンデレ君って・・・恒人君なぁ、すげぇジャンプ力だったよな、むしろあっちのほうが戦意削がれないか?」
「実際削がれてんじゃない?5月あたまぐらいに練習試合申し込んでやってきた某強豪高のチームが泣いて帰ってったとか話が・・・」
「あったあった、あれ見ちゃうとその話の信憑性が増すよなぁ」
同じ高校にいる凄いヤツらとちょっと親しくなれた、そんな梅雨時のある日、物語が転がりだしたのはこの翌日だった。
いつだって最悪と災厄は音も立てずにやってくる。
俺にしてもミヤ君にしても不思議な力を持ってはいるが、持っているからこそ関わらないようにしていたので、その話は基本的に無視していた。
青嵐高校近くの小川に架かっている木製の橋。そこに幽霊が出るという噂が一週間ぐらい前から流れていたのだ。
いや、実際に「見た」という人間がごろごろ出てきたので噂ではなく実際いるのだろう。実質クラスのリーダーとなっているミヤ君に相談に来る奴までいた。
「危ないから近づかなければいい」と来た奴みんなにそう言てはいたがミヤ君自身が問題解決に乗り出す気はないようだった。
実害は出ていない、ただいるだけ。
ソレは黄昏時に橋の上に立っているらしい。着物姿の女性で、長襦袢を頭から被っているので顔は見えない。そしてソレは前を通ると血の凍るような声で一言呟く。
「貴方じゃない」
と。誰かを捜しているのか、そもそも幽霊なのか妖怪なのかも分からない。只、自然発生したものならまた勝手に消えるだろうし、ヤバイモノなら専門家が対処するだろうと、俺達の間ではほとんど話題に上ることもなかったのだが。それがよくなかったと言われればそうだったのかもしれない、後悔先に立たず。
その日、俺はガラに借りていた本を返そうと一時限目が始まる前に一人、保健室へ向かった。
保健室の扉を開けると煙草の香りがしなくて、新倉教諭の不在が分かる。
「ガラ〜!来てるか!?」
俺が声をかけるとすぐにガラが出てきたが、心底嫌そうな顔で静かにしろとばかりに人差し指を口の前で立てた。
「他に誰かいるのか?」
「ああ、ちょっとな。でも今日は新倉先生が出張でいなくて、どうしようかと思ってたところだ」
「体調崩したヤツが来てるのか・・・」
まぁよく考えたら保健室なんだから当たり前といえば当たり前だけど。さっさと本だけ返して帰ろうと思っていたら奥の、かつて明希の指定席だったベッドから聞き覚えのある声がした。
「もしかしてそこにおるの逹瑯君?」
「・・・涙沙か?」
「ああ、やっぱ逹瑯君や〜」
声は怠そうだったけれど間違いなく涙沙のようだった。ガラがちょっと驚いた顔で俺を見る。
「知り合いだったのか?」
俺はガラを押しのけて奥のベッドのカーテンを開けた。
「どうかしたのかよ、子リスちゃん」
「・・・うっさい、アホ」
涙沙はネクタイを外してベッドに横になっていた、顔色が悪くて呼吸も少しだけ苦しそうだった。
「どうしたんだよ、風邪か?」
「・・・風邪って感じやない、よく分からんわ」
昨日あれだけ元気だったのに、どうしたというのだろう。顔が漂白されたように白い、静脈が透けて見えそうなぐらい真っ白だ。そっと額に手をあてると予想に反して冷たかった、それも普通の冷たさではなく、氷みたいに冷たい。
たしかにこれは風邪ではない。
「貧血か?病院行ったほうがいいんじゃねぇの・・・」
「貧血なんか生まれてこのかたなったことないし、病院行くほどでもないわ。昨日の夜からちょっと気分悪かったんや、少し横になっとったら治るやろ」
「昨日の夜からって・・・こんな状態で学校来るなよな」
俺のその言葉には涙沙は応えない、目を閉じて額に手をあて、黙っている。
「おいガラ、年がら年中保健室にいるんだからなんか分かんねぇのかよ?」
「いや、俺はあくまで生徒だし・・・下手なこともできない・・・傷の手当てぐらいならできるけど、病気とかだと・・・な」
本気で申し訳なさそうな顔で俯くガラにいつもみたいな軽口は叩けなかった。
「ええって、ほんまに。こんなんちょっと休んだら治るんやて〜」
「でも、なにか酷い病気かもしれないし、やっぱりちゃんとした人に診てもらったほうがいいから・・・他の先生にでも言って送ってもらうか親に迎えに来てもらうかしたほうが・・・」
ガラの言葉に涙沙はきゅっと唇を噛んできつい顔になった。
「ええねん!俺、此処におりたい!」
ガラはまた申し訳なさそうに俯いた。俺はベッド脇の丸椅子にこしかけて涙沙の頭に手をおく。柔らかい猫っ毛がくすぐったい。
「保健室登校児のハートはガラスのように繊細らしいからそう言わないでおいてやれよ」
「・・・あ、ごめん、浅田君」
「いや、大丈夫。あとガラのことはガラって呼んで欲しいんですよ・・・」
「ん、ガラ君。なら俺のことはるいちゃんかるうでええよ」
「・・・る、る、る・・・るいちゃん!」
何故そこまで照れながら呼ぶんだよ。つられて涙沙まで照れてるだろうが。
「見てるこっちも少し恥ずかしくなったぞ・・・で、涙沙さぁ。なんか体調悪くなった心当たりないのか?変なもん食べたとか、そういうの」
頭においた手から《体温》と呼べるものは伝わってこない。人形みたいだ。涙沙の綺麗な造形も重なって本当に人形に触れているような気持ちになってしまう。
「いちおう俺も運動部やから体調管理は気をつけてる・・・特にはないなぁ」
そういうものなのか、そういえばヤスも早朝ランニングとかやっていたな。
本人がいいと言っているのだからかまわないのだろうけど、なんとなく心配で離れられずにいたら、新倉教諭の椅子に体操座りしてくるくる回転しながらガラが俺を呼んだ。
「なんだよ?」
俺が寄っていくとガラは声をおとして言う。
「・・・あれ、たぶん《霊障》だと思う」
「《霊障》!?」
「俺も経験あるから・・・たぶんだけど」
《霊障》文字通り霊によって起こる障害のこと。種類は様々だけれど直接身体に影響が出ることもあるらしい。
「霊に会って、それと相性が悪くて中てられるとああなることがあるんだ、心当たりないか聞いてみてくれないか?」
「・・・自分で聞けよ」
「いいじゃないか、知り合いなんだろ」
ガラの神経質そうな目で見つめられてしかたなく俺は涙沙のところに戻った。
「なあ子リスちゃん。昨日、なにか変なモノ見たり、変な経験したりしなかったか?」
「その呼び方やめろや。あったつーか会ったで、あの噂になっとる橋の上の幽霊さん、見た」
「それだけか?」
「そんだけや」
そしてまた涙沙は苦しそうに息を吐いた。
俺は涙沙が目を閉じている隙に少しだけ眼帯をズラしてみた。特に妙なものは見えない、ならば本当に休んでいれば治るレベルのものだろう、「じゃあゆっくり休んでろ」と言おうとしたら予鈴が鳴って涙沙が跳ね起きた。
「あ!もうホームルーム始まる、行かな!」
「アホか、おまえ。そんな状態で授業受けれねぇだろ、休んでろよ」
「あかんて、浅葱君が心配するやん」
理由それかい!!
「浅葱君に保健室行くって言ってないわけ?」
「言ってへんよ、そんなこと言ったら心配かけるやん」
どういう思考回路してんだ。俺は涙沙の頭を掴んでベッドに押しつけた。本当に顔小さいな、こいつ。
「ちょ!なにすんねんっ!」
「いいから寝てろよ、子リスちゃん!」
「む〜!やめんかマジで、怒るで!」
小さい身体をばたばたさせてもがくけれど、この体勢ではどうにもなるまい。
「はなせ〜!変態!」
「変態的な行為は一切してねぇだろうがっ!」
端から見たらとんでもなく間抜けた行為を続けていると「うなっ!?」と聞き覚えのある声がした。ふり返れば予想通りそこにいたのは明希で、目をぱちぱちさせながら俺と涙沙を見ている。
「がーん!がびーん!ずがーん!」
と言葉で驚きを表現してからこっちが驚くようなことを言った。
「逹瑯先輩とるう先輩が保健室でちちくりあってる!?」
「・・・明希、ちちくりあうって言葉の意味分かって使ってるの?」
意外にもガラが冷静なツッコミを入れてくれた。明希は少し首を傾げて口を尖らせた。
「マオ君は友達と遊ぶのを《ちちくりあう》って言いますよ」
マオは天然ではなく悪意でやっているのであとではり倒しておこう。
「《ちちくりあう》っていうのは男女が情愛を交わすことだから、この場合は違うよ」
「そうなんですか、じゃあ保健室でじゃれ合ってるんですね」
その言葉から強烈に危険な香りを感じるのは俺だけか?
しかし明希、進学校出身なのに案外言葉を知らないのか、もしくはあまりそちらの知識がないのか・・・
「なぁ明希。《松葉崩し》って意味分かるか?」
俺の言葉に明希は真剣な顔になって首を傾げる。
「映画のタイトル?あれは《積木崩し》か・・・えっと分かんないっす」
どうやらそちら方面にあまり詳しくないらしい、高校一年生ってこんなもんかな。ついこの間まで中学生だったわけだし、私立の進学校だからこそ疎いっていうのもあるかもしれない。
「知らないのか、じゃあ後でしんぢに聞けよ。マオは分からないだろうから、しんぢにだぞ」
「そうですか、聞いてみます」
マオもたぶん知っているが十中八九嘘を吹き込んでまた俺に愛を込めた嫌がらせをしてくるだろうからそう言った。しんぢなら懇切丁寧に教えてくれるだろう、懇切丁寧にな。
ガラは生暖かい笑顔で、そして涙沙は冷ややかな目で俺を見ていたが、嫌がらせには身を切るのを覚悟してやっているのでかまわない。
明希は「本で指切っちゃったんですよ」とか言ってガラから絆創膏をもらうと保健室を出ていった。
「逹瑯君も教室戻れば?」
と俺に頭をベッドに押さえつけられたままの涙沙が言う。
「じゃあオマエは此処にいろよ」
「いやや」
「ならずっとこのままだぞ?」
「・・・・・・逹瑯君、なんか変わったな」
「は?」
涙沙は俺を見上げて少し笑った。
「前はこういうことするタイプやなかったと思う、他人を心配したりしなかった。いや、ホントは心配してるんやろーけど、自分のことで手一杯な感じやった・・・」
同じクラスになったこともなく、廊下で会ったら話す程度の付き合いだったくせに、よく見てやがる。
悔しいんだか、嬉しいんだか。
「じゃあその俺の貴重な《心配》に免じて、せめて一限ぐらい休めよ」
「・・・分かった」
「あ、えっと・・・るい、ちゃん担任誰だっけ?」
俺の後ろからガラが顔をのぞかせた。呼び辛いなら無理にあだ名で呼ばなくてもいいだろうに。
「俺、ガラ君と同じクラスやで?」
涙沙に可笑しそうに言われて、ガラは顔を赤くした。
「あ、そっか。杉原先生には俺が連絡いれておくよ」
「ありがとな〜。で、逹瑯君、いいかげん手どけてくれる?」
頭をがっちり掴んでベッドに押さえつけている俺の手を指さしてそう言われて、俺は涙沙を解放した。
「髪が乱れた」とか呟きながら前髪をいじる涙沙の顔を改めて見る。
《霊障》か、たしかに中てられただけなら時間が経てば治るだろう。
5月から二件続けて重大事件に首を突っ込んだせいでちょっと神経過敏になっているのかもしれない。
いつも明るくて屈託のない同級生が体調悪そうにしている姿を見ると確かに心配で、でもそれをストレートに出せたのは、5月の一件で俺が変わったからかもしれない。
そんな俺の変化は良いものなのだろうか?
中間テスト結果の発表の時にミヤ君達と友達になってから「良くなった」と言われるよういなりたいと思ったけれど。
いざ変化を指摘されると受け取りに困った。
排他的であることが俺の生き方だったけれど、自然な流れでそれができなくなっている。
俺は今、必要以上に他人に構い過ぎてはいないだろうか。
心配することと優しさはきっと別のものなのに。
「逹瑯?どうかしたのか」
ガラが怪訝そうな顔で声をかけてきた、涙沙も同様に俺を見上げている。
「どうもしてねぇし・・・途中から教室入りにくいから俺、一限ぶっちね」
一限はなんだったかな。数学だっけ。サイン・コサイン・Vサイン。あれ?なんか違うな。
「サボるのは自由だが、ちゃんと日数計算してサボれよ」
ガラの言葉に真ん中のベッドへ寝転がりながら答える。
「分かってるよ」
手前の、ほぼ専用になっているベッドにガラも腰を下ろした。
湿気た風が窓から流れ込んでくる。空は相変わらずの鉛色。水の中にいるみたいに静かだ。
そんな中で涙沙がぽつぽつと言葉を紡ぐ、誰に聞かせるわけでもない、独り言みたいな話を俺とガラは黙って聞いていた。
「ウチの部活って5人しかおらんやん、で、ウチの学校って部活動は基本的に生徒主体やろ、部費の調整とか練習試合の打ち合わせとか全部浅葱君がやってるんや、ほぼ全部な、ツネが入ってから・・・別に拘らんでええのに最下級生だからとか言ってマネージャーっぽいこともやってくれるようになって、それもツネには負担かもしれんのに、色々世話焼いてくれて・・・俺もツネみたいな気配りができたらとか、大城君みたいな自然な労り方ができたらとか、英蔵君みたいに人に優しくできたらとか・・・そういうこと思いながら結局なーんもできない自分に偶に苛つくんや、だいたい俺が気づく前に何が問題だとか誰かが元気ないとかみんなが気づくから、俺、いつも出遅れやなって」
雨音みたいに涙沙は話す、体調が悪い時は気持ちも弱くなるのだろう。
俺と似たようなことで悩んでるんだと、誰にでもフレンドリーなこいつの一面が見えてくる。
他の人ができるのに、自分ができないこと。
「浅葱君とは一番付き合い長いし、俺が一番気づいてあげなきゃあかんのになぁって、自主練もやって勉強もやって部長もやって、あと学級委員やし、大変なはずなんに、絶対そーいうの出さなくて・・・出してくれて良いのに・・・俺、みんなの役に立てる人になりたいなぁ」
浅葱に心配をかけたくないというのはそういう理由からだったのか。
おまえはみんなの役に立ってるよなんてここで言うのは無責任だ。青バスメンバーが涙沙を必要としていることなんて外野の俺でも分かることで、涙沙自身それを分かっていないはずがない、そんな鈍いヤツではない。だから只、歯痒いのだろう。
言うのは悔しいから言わないけれど、入学したてのあの時、初めて会った体育館で俺はちょっとばかり救われていたのだ。右目が人間のモノじゃなくなって、表面上の付き合いに徹するようになって、人間関係がめんどうで、高校三年間それを我慢し続けるのかと思っていたあの時に、屈託なく、裏表なく、声をかけられて・・・それがとても嬉しかったのだ。
昨日のミヤ君の言葉を思いだす。本当に分かり合える人間は自分にとって1割しかいないと。涙沙はきっと残り9割とも本気で分かり合おうと努力するタイプだ。そこを割り切れるミヤ君のある種の非情さや大人びた部分は俺にとって憧れだけれど、涙沙の屈託のなさも素敵だと思う。
俺、今ふらふらしてるな、人間的に。
水の香りのする風に包まれて、白いカーテンが揺れて、水底になった保健室で、初めて聞く同級生の本音は、どこまでも真っ直ぐだった。
どういう人間になりたいかなんて思ったこともない俺からすれば、涙沙の悩みは透明で輝いている。
「・・・なれるといいね」
柔らかい声音でガラに言われて、涙沙は小さく頷いた。
一時限目の授業が始まって15分ほど経過した頃、扉がノックされ「失礼します」という丁重な挨拶と共に入ってきた人物がいた。
声だけで分かったらしい涙沙が跳ね起きるのにつられて俺とガラも身体を起こす。
入ってきたのは浅葱だった。少し怒ったような顔をしている。
「るいちゃん、探したよ・・・大城君からメールで保健室にいるみたいだって聞いて・・・大丈夫なの?」
なんで大城から伝わったんだ?と不思議に思ったが少し考えたら答えが出た、明希がしんぢに話て、しんぢが同じクラスの大城に言ったのだろう。
情報伝達ってすごいな。校内って狭いわ。
「あ、うん、大丈夫やで!」
明るく言う涙沙に浅葱はやはりちょっと怒った顔で言う。
「さっき顔色悪いけど大丈夫?って聞いた時もそう答えたよね。でも保健室で休まなきゃいけないほど辛かったんでしょ?」
「や、ちょっと寝不足でな、ちょっと昨日遅くまでゲームやってて・・・だから眠くて一限サボろっかなぁって・・・」
「嘘。るいちゃんはそんな理由で授業サボらないし、ゲームは好きだけど翌日に影響が出るようなやりかたはしないでしょ」
耳が痛い!耳が痛いっっ!すいません、俺、よくゲームで徹夜して保健室でサボって寝てます!
「・・・ごめん」
項垂れる涙沙に浅葱は表情を緩めた。
「怒ってるわけじゃなくて、どうして俺に言ってくれなかったのかなってことだよ」
「・・・心配かけたくなかったから」
「るいちゃん・・・何も言わずに教室に来ないほうがよっぽど心配だよ」
呆れを滲ませた浅葱の言葉に俺と涙沙とガラは同時に小さく「あっ!」と声を上げた。三人いて誰もそれに思い当たらないってアホだな。
「って浅葱君!授業は!?」
「授業よりるいちゃんのほうが大事でしょ」
痒い、全身がむず痒い、同性の友人に天然でキザってすごすぎる。こいつの彼女になる子は大変そうだ、友人にこの態度なら恋人相手にはどうなるんだ。
「で、どこが悪いの?」
「いや、ちょっと辛いだけで、ホンマに大丈夫やから、風邪とかでもないみたいやし、ちょっと休んだら治るから、なっ!」
慌ててそうまくし立てる涙沙の額に浅葱は自分の額を合わせた。
ガラが半笑いのままフリーズしている。自然すぎて突っ込めない、どうしよう。いや、どうもしなくていいんだろうけど、どうしよう。
「すごく冷たいんだけど・・・るいちゃん体温高いのに」
もう黙れよこの天然絨毯爆撃男!
「そやな・・・不思議やなぁ・・・」
「まあとにかく休んで、治らないようなら病院行くんだよ。今日は部活も休んで・・・」
急にはっとした顔になって浅葱は言葉を切った、しばらく間を置いてから俯いたままの涙沙に言う。
「部活は・・・練習には参加しないで見てて、その後家まで送るから」
「ごめんな」
「あやまるようなことじゃないでしょう」
そのやりとりの意味がこの時は分からなかった。
一限が終わって中休み、まだ調子が戻らない涙沙をもう少し休むように説得して俺は教室に向かった。途中、顔を真っ赤にして駆け寄ってきた明希に
「もうしんぢのクラス行けなくなったじゃねぇか!!ばぁろぅぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!」
と怒鳴られて肩をぐーで殴られてしまった。仕掛けた俺が言うのもなんだがしんぢ、どんな教え方したんだよ。
教室に戻ったら「苦手科目サボってんじゃねぇよ!」とミヤ君に怒られて、その後、誰かがこぼした水に滑って転んだ拍子に落ちていたホッチキスの針が右の掌に刺さって怪我をしてしまった。
ぎゃーぎゃー騒ぐ俺の掌からミヤ君がホッチキスの針を引っこ抜いて、ユッケから絆創膏をもらって応急処置。
「救急車呼ばねぇと!119!!119!!あれ!?救急車来ねぇぞ!?」
と叫んでいたヤスはミヤ君に追い立てられて席に戻った。ギャグで言ったと思わないと精神的にきつすぎるよな、今の。
さすがに出てきたばかりなので保健室には行きにくい。
「しかし・・・たまたま水がこぼれていて、滑って転んだところにたまたまホッチキスの針、それも未使用のものがうまいこと刺さるように落ちてたなんて、偶然か?」
俺の掌に刺さっていた針をゴミ箱に放り込みながらミヤ君が首を傾げる。
たしかに転んで丁度手をついた位置に、おそらくはタイルの間に挟まって針が上を向いた状態で落ちていたなんて確率的には低いけれど。高校の教室内でホッチキスを使う機会だってそうそうなければ、常備してるヤツもいないだろうし。
「ミヤ君、偶然じゃなかったらなんなのさ、偶然でしょ、こんなの」
「・・・それはほら、《ファイナルデスネーティネーション》的な?」
真顔で俺を見上げて、ミヤ君はさらっと恐ろしいことを言った。
「ちょ、ちょ!やめてよっ!電車が飛ばした車の破片で口から上ぶち切れたり、パソコン爆発で首に破片突き刺さったり、非常梯子突き刺さったり、日焼けサロンで人間トースターになったりしてばんばん人が死ぬ話でしょ、それ!?うわぁ思いだしただけで気持ち悪くなってきた!!」
喚く俺にミヤ君はくすっと笑って言った。
「逹瑯、オマエ怖いの苦手なくせにあの映画見たんだ・・・それも三作全部」
「だって、中学の時にこれ見れなきゃチキンだとかなんとかでっ!あれ見た後すげぇ怖くてしばらく何もできなかったんだよ!?」
「逹瑯・・・かわいいな」
いや、あの映画は怖いよね!?かわいいとか言われたよ!すっげえ可愛い笑顔で「かわいい」って言われちゃったよ!!
「・・・っつーか何で三作全部見たって分かったの?」
「いや、オマエが上げた死亡シーン、三作ばらばらのとこから言っただろ。もしかしてあれか?三作目の《ファイナルデットコースター》見て絶叫マシン乗れなくなったとか?」
「・・・なりましたっ!ミヤ君はあれ見て怖くなかったの?」
元々苦手だったけどね。冒頭のジェットコースター事故シーンが怖いんだ、あの映画。
俺の言葉にミヤ君はちょっと口を尖らせて思案顔。
「映画として、見せ方が上手いとか、そういう意味では怖いかなと思ったけどさ。まぁ俺もグロは好きじゃないけど、このシーンどうやって撮ったんだろとか考えるのは面白かったし・・・事故死シーン、確かに怖いけどほぼありえないのばっかだろ、たぶん生活様式とか行動とかやっぱりアメリカと日本じゃ差異がでかいって理由もあるんだろうけど、ありえないなぁって思うし。あれの日本バージョンとか作られたらきっともっと怖いとは思うけれどな」
そういえばミヤ君って映画好きだったな、やっぱり好きな人は見方が違う。そうか、あの映画見て主人公達の行動が不自然に見えたのはお国柄の違いか、その視点はなかった。
「それにだ、ホラー映画は《徹底的な不条理と理不尽》が基本だけれど、現実ならきっと、回避できない運命なんてないだろ?」
急にそんなカッコイイ台詞を吐いてミヤ君は俺の目を見た。
「それを教えてくれたのは逹瑯だと思ってるんだが・・・」
怪我をした俺の手を取ってちょっと顔をしかめながらミヤ君は小さなため息をはいた。自分で言ったことに照れたのか耳が赤くなっている。色白って損なのかな。ミヤ君は表情が読みにくいから俺としてはありがたいけれど。
「・・・そうだよな、偶然だよな。ちょっと神経質になってるかもしれねぇ」
「そだよ、こんなのなめときゃ治る怪我だしさ」
絆創膏のガーゼ部分はもう赤黒くなっていて、傷は深いようだった。奥から響いてくるような痛みで上手く手を動かせない。針、深々と刺さっていたもんな、それを顔色一つ変えずに綺麗に引っこ抜くミヤ君、ちょっと凄いぞ。
「そりゃ縫う怪我ではないけど、消毒したほうがいい、膿んだりしたらどうすんだよ。利き手の掌の怪我って治りにくいぞ?」
「どうせ今日は新倉先生出張でいないし、ガラに手当てされたらなんかイヤだし、とりあえずこのまんまでいいよ」
「でもこれ・・・痛そう」
そんなことを言い合っていると「君らさぁ・・・」と馴染みのある声が教室に響いた。
気がつくとクラスメイトは全員席についていて、教卓にもたれた井上教諭が呆れたように俺とミヤ君を見ていた。
「二人の世界を形成するのはかまわないけど、授業始めていいかな?」
知らないうちにチャイムが鳴り、授業時間になっていたらしい。
・・・今日は厄日か?
俺は動揺を隠して席に戻り、他人のフリをしていたユッケの頭を叩いた。右手が使えないので、左手で。
ああ恥ずかしい。
確かに利き手の、それも掌の怪我というのはやっかいだった。昼休みに保健室に行って、絆創膏からガーゼにはりかえる。消毒だの簡単なものならガラも触って良いらしく「なにがどうなればそんな怪我をするんだ」と呆れた顔をしながらも手当をしてくれた。さすがに手先が器用な俺でも、利き手の怪我だと手間取っていたので見かねてという感じだったけれど。
「そういや涙沙は?」
「3限終わりぐらいに、調子良くなったからって教室戻ったよ。まあ霊か妖怪に中てられただけならもう心配ないと思うけど・・・」
ガラは神経質そうな顔を歪めて言う。
「体温が・・・冷たいままだったんだよな、ちょっと手の甲で触っただけだから絶対じゃないけど」
「それってやっぱ問題、か?」
「分からないな、人によって様々だし、一概に問題とも言えない、と思う。京さんだったら分かるだろうけど、さすがにこんなことで連絡したら嫌がられるだろうし・・・」
神経質になりすぎだから気にしないようにしようと思ったのやはりミスだったのだろうか。
中間の意識っていうのは難しい。
翌日、自転車置き場にマウンテンバイクを突っ込んでいると浅葱に会った。アシンメトリーの長髪という特徴的な髪型をしているので少し離れていてもすぐに分かる。
ミヤ君は職員室に用事があると先に行ってしまったので俺は今一人、向こうも一人、単品で喋ったことはないけれど挨拶ぐらいすべきか迷っていると、俺が声をかける前に向こうから声をかけてきた。
「岩上君、おはよう」
「逹瑯って呼んでくれていいよ、でなきゃ苗字で呼び捨てにして。バスケ部は朝練じゃなかったっけ?」
浅葱は気まずそうに笑って前髪をかき上げた。額にはガーゼ。
「怪我しちゃってね、さすがに休めってみんなから言われたよ」
前記した通り浅葱はちょっと癖のある美形なので、額にガーゼが貼られているのがなんともミスマッチだった。
喩えるならジェノベーゼのパスタに目玉焼きが乗っているような・・・いや、なんか違うな。オムライスにお好み焼きソースとマヨネーズがかかっているような・・・って普通に美味そうだ、今度それ作ってみよう。
・・・俺、ホントに人と話してる時にほかごと考えるの癖だな。
「なんでそんなとこ怪我したんだよ?」
運動神経の良いヤツは怪我をしないイメージがあるのは偏見だろうか。ヤスなんて何の前置きもなく道路標識のポールに掴まって《こいのぼり》をやったり、壁を2メートルぐらい横に走ったりするけど怪我しないもんな。
「部活中の怪我ならまだかっこうがついたんだけど・・・あれは事故って言っていいのかな・・・」
絵に描いたみたいに綺麗な形をした目を細めて浅葱は少し首を傾げた。
「昨日、るいちゃんを送って行く途中でね、横をトラックが通った時に・・・たぶん落ちてたバイクの部品だと思うけど、それがはね飛んできて、ざくっと」
ミヤ君の言葉が頭の中で再生された『・・・それはほら、《ファイナルデスネーティネーション》的な?』
いや、まったくあり得ない事故とは言わないけれど、とても嫌な感じがする。
「とっさに上体そらしたから掠っただけですんだけど、血がだらだら出て、逆にるいちゃんに病院に連れていかれちゃったよ・・・まぁ縫うほどの怪我じゃなかったけどね」
「そりゃ・・・災難だったな」
「ついてないよ」
ついてないというか、彼の運動神経、反射神経だったから軽傷ですんだのではないのか?それこそ一歩間違えば大怪我だったんじゃないのか?
胸のもやもやが治まらない。
昨日返しそびれた本を返すために保健室に行くと今日は新倉教諭がいた。
相変わらずくわえ煙草で椅子にふんぞり返っている。
「ガラなら今日は休みやで」
何故か渋い顔をして新倉教諭はそう言った。前髪の隙間から覗く眼光が鋭い。
「あいつ、どうかしたんですか?」
「怪我したらしい。上げ下げ窓ってあるやろ、アレに手を挟んで骨にひびはいって今日は病院」
ガラは見た目虚弱体質っぽいけれど俺よりはるかに運動神経は良いしあまりドジをするタイプでもないのだが。
「窓が古くて弱くなってたらしいで、外見てたらいきなり窓が落ちてきて・・・まぁひびですんでよかったわ」
この養護教諭は保健室登校のガラを可愛がっているので心配しているからこんなに不機嫌そうなのだろう。
しかし困った。借り物は直接本人の手に返さないと気が済まないのだ。せっかく借りた本だから感想も言いたいし。夢野久作の傑作集で俺は『縊死体』が気に入ったけれどガラはどれだろう。ちなみにミヤ君は夢野久作の中では『冗談に殺す』が好きらしい。
「そういえば新倉先生は夢野久作読みます?」
「・・・岩上、おまえ喋るべき言葉をかなりの数すっとばしとるで?まぁトオルほどやないか」
知らない名前だ、まぁ新倉教諭のプライベートな友人なら知らなくて当たり前だけれど。
「夢野久作なら《少女地獄》が好きやな・・・」
何故かふっと悲しそうな、それでいて優しい笑みで新倉教諭が答えた。先生だというたけで自分の中で妙な位置づけで固まってしまっていたけれど。そこに新倉教諭の中にある俺の知らない物語を見た気がした。
それにしても、俺、浅葱、ガラと立て続けにあまり当たる確率の高くない事故での怪我、偶然で良いのだろうか。
教室に戻ると誰もいなかった。机の上には制服が脱ぎ捨てられたり、畳んでであったりして置いてあった。
一時限目は体育だったか。ならもう全員運動場に移動したんだな。俺の前、ユッケの席には丁重に畳まれた制服。悪戯でもしてやろうかと思ったけれどあまり気分が乗らない。窓際、ミヤ君の席を見るとそこには制服は置かれていなかった。やはり体育はサボることに決めているらしい。
携帯電話を取りだしてミヤ君にメールを送る。
『また体育サボり?(-_-)今どこにいるの?(>_<)』
即レスと言って良いぐらいの速さでメールが返ってきた。珍しい。
『サボり(^_-)音楽室』
俺はポケットに携帯を突っ込んで音楽室へ向かうことにした。体育は昨日の怪我がまだ痛いからお休みってことで。
音楽室からはピアノの音が漏れていた。他にも誰かいるのかと思いながら入ると驚いたことにグランドピアノの前に座っていたのはミヤ君だった。
右手で単調なリズムを刻みながら左手でどこか哀愁漂う複雑なメロディを弾いている。
「・・・ミヤ君、ピアノ弾けたんだ」
ミヤ君は手を止めずに言う。
「ちょっとな、オカンが元ピアニストで俺が生まれてからは家でピアノ教室開いてた」
初めて聞く話だった。
生憎音楽は特定のジャンルしか聴かないのでミヤ君が弾いている曲が分からない。
「ねぇ、それなんて曲?」
「・・・・・・そういや曲名決めてなかったな」
「・・・え!?それもしかしてミヤ君が作った曲!?」
「ああ、そうだけど」
ホントこの人は万能とまではいかないけど多才だよな。
「いつ作ったの?」
「中学2年の夏休み」
どうやら一曲弾き終わったらしくミヤ君は手を止めて俺を見た。
「で、なにか話があるんだろ」
俺は浅葱とガラの怪我について話した。
「まぁ偶然にしては感じが悪いけれど・・・逹瑯もカウントに入れるとして、オマエと浅葱君とガラ君じゃ接点がないんじゃないか?」
確かにない、俺とガラは友人だけれど、涙沙が同じクラスだったことすら知らなかったガラが浅葱と同じクラスであることを知っている可能性は低い、下手をすれば昨日が初対面だったかもしれない。俺と浅葱にしたって友人と呼べるほどの付き合いはない。
「3人の怪我が偶然じゃないとしたらどこかにミステリ用語で言うところのミッシングリンクがあるはずだけど、オマエ思い当たることないか?」
3人の共通点、保健室登校児のガラと悪目立ちしている成績底辺の俺となんでもこなす優等生の浅葱・・・思い当たらない。
「昨日、何か同じ行動をしたとか、同じものを見たとかそういうことでもいいぞ」
「・・・保健室、昨日全員保健室に・・・いや、ダメだ。それだと涙沙と明希も含まれちゃうし」
「他にもオマエが知らない間に保健室を利用した生徒もいるだろうしな・・・ウチの学校の生徒が無作為にって可能性もあるかもしれないが」
「無作為に?」
「なんらかの《悪意》が働いているとしてだ、《呪い》だとか《祟り》だとか・・・」
その言葉で思いだした、昨日、涙沙が話したこと。
「涙沙が・・・あの橋の上の幽霊を見たって言ってたけど」
ミヤ君はため息をついてまたピアノを弾き始めた。今度の曲は俺も知っている。吉田拓郎の『夏休み』だ。渋い選曲だな。
「とっかかりはそれだけか。今日の放課後、その橋に行ってみよう」
なんでこんなことになったんだろう。
俺は深い事情は話さずに、学食でマオに会った時「放課後、橋の上に出る幽霊を見に行く」と言っただけなんだが。
「え〜じゃあ俺も行く!」とか言いだしたマオを「てめぇには学習能力ってものがねぇのかっ!」と怒鳴ったら、隣で明希がなにか言いたそうに見ていたなぁとは思ったんだけれど・・・なんで今、噂の橋に向かう小径のど真ん中に明希が腕を組んで仁王立ちしているのだろう。
「辛気くさいですよ!ミヤ先輩、逹瑯先輩!!」
そしていきなり罵られた。
「え?どこか辛気くさい部分があったか?」と真面目に返すミヤ君に明希は口を尖らせて首を傾げ、言い直した。
「水くさいですよ!ミヤ先輩!逹瑯先輩!!」
えっと、こいつは有名私立進学校出身なんだよな、ゆうやの言葉信じるなら成績良かったんだよな!?そしてもう一つ、突っ込むところがある。
「おまえ・・・なんだその恰好は!?」
「私服ですよ〜。補導対策です」
「よし、もうちょい分かりやすく言ってやろうか・・・なんじゃその私服は!?」
明希の私服とやらは黒いタンクトップに大きめの白いパーカーを羽織ったものだった。ここまでは普通、が、下はデニムのホットパンツにブーツだった。
男のホットパンツが此処まで違和感がないとは・・・つーかこいつ、太股が女子にしか見えない。いや、腰から下が女子にしか見えない!
「似合ってませんか?」
「似合ってるから困ってる自分に困ってるんだよっ!!」
「・・・逹瑯、いいからちょっと黙れ」
俺はまったく悪くないはずなのにミヤ君に睨まれてしまった。
「明希、何の用だ?」
明希は口をへの字にして俺達を見つめた。
「・・・橋の上の幽霊を見に行くんですよね?」
漆黒の瞳が吸い込まれそうなぐらい深い。
「そうだ、確認しに行くだけだどな」
「危ないかもしれないんですよね!?」
「ああ、だからユッケとヤスは置いてきたんだ」
「俺も連れて行ってください、というか行かせてもらいます!」
「・・・だから危ないかもしれないから」
「だからでしょう!!」
明希はほとんど怒鳴るように言った。それに驚いてミヤ君は口を閉じる。
「京さんから紹介して貰った有里さんに俺の中の《天狗の力》の使い方をちゃんと学びました、もう俺の力は不安定じゃない、開ける扉は選べないけれど、狙ったモノだけを異世界に飛ばすことができます、確実にっ!足手まといにはならないしむしろ役にたつと思いますよ」
「・・・でもオマエになにかあったら困るんだよ」
明希のことを心配し、自分にできることがないと悩んでいたマオの顔が浮かぶ。
「ユッケ先輩とヤス先輩だってお二人のことを心配してますよ。それと同じことだし、待つほうの辛さだって俺は知ってます。でも自分にできることがあるのなら俺は待つほうにまわりたくはありませんよ・・・お二人は俺の大事な先輩ですから」
組んでいた腕を解いて明希は目を伏せる。
「橋の上に出るのが《幽霊》だった場合、そしてあの時のピエロみたいに悪霊化して半ば実体を持っているものでなかった場合、ミヤ先輩の犬頭と逹瑯先輩の猫の目では《直接的》すぎますよ。霊体相手じゃダメージ与えにくいわけですし」
力の使い方を習った《有里さん》から聞いたのだろうか、確かに俺とミヤ君は言うなれば《直接戦闘タイプ》なのだ。浄化もできなければお祓いもできない。
「でも俺なら、相手が霊体でもピンポイントで飛ばせます・・・後衛としてでいいから連れて行ってください、お願いします」
ミヤ君は少しだけ微笑んで言った。
「分かった。一緒に行こう・・・確かに武道家と戦士だけのパーティじゃ心許なかったかもな、補助魔法系のヤツが必要かも知れない」
そうか、明希の力ってドラクエでいうところのバシルーラってところか。
仲間が三人に増えたところで俺達は幽霊が出るという橋へと向かった。
そんなちょっとした冒険は拍子抜けに終わった。ミヤ君の犬頭の影響力を考慮してかなり離れたところから橋を見ていたのだけれど、噂の幽霊さんが出ることはなかった。
黄昏時を過ぎ、完全に日が落ちたところでミヤ君から「解散」の号令が出た。
「俺は歩いて帰るから明希を送っていけ」と指示されて、本日は俺のマウンテンバイクの後ろに明希。
散々マオ達と夜遊びをしているんだから今更心配する必要もなかったのだけれど、この恰好の明希を放置できない。胸のなさでかろうじて男と判別できるけれど、これだけ暗くなればどっからどう見ても女子だ。タチの悪いナンパに引っかかったり、変な不良に絡まれたりしたら大変だからな。
「逹瑯先輩もミヤ先輩もお人好しすぎますよ。俺達はそれに助けられたわけですが・・・」
あまり二人乗りに慣れていないのか、力一杯俺の肩を掴みながら明希はぼやくように言った。
「だってよ、少なくとも自分にできることがあるかもしれない状況なら手を貸したくなるだろ?さっきオマエが似たようなこと言ったじゃねぇか」
「友達だからですもん。・・・ってゆーか逹瑯先輩は自覚がないんですよね」
「は?なんの自覚だよ?」
「教えませんよ。自分で気づいてください」
「・・・なんだよそれ」
「まぁ俺の手が必要な時はいつでも言って下さいね。逹瑯先輩のためなら俺、脱ぎますから!」
「《一肌脱ぐ》ってちゃんと言え!!《一肌》って言葉抜いたら只の変態発言なんだよ馬鹿っ!!」
「《ひと肌》を脱いだら人間は何になるのでしょうか・・・」
「哲学問答っぽく間抜けたことを言うな!つーか言葉で遊ぶなっ!」
「じゅげむじゅげむごこうのすりきれかいじゃりすいぎょのすいぎょうまつうんらいまつふうらいまつくうねるところにすむところやぶらこうじのやぶこうじぱいぽぱいぽぱいぽのしゅーりんがんしゅーりんがんのぐーりんだいぐーりんだいのぽんぽこぴーのぽんぽこなーのちょうきゅうめいのちょうすけ」
「言葉遊びって良いねっ!舌足らずが《寿限無》言うとマイナスイオンが発生するねっ!」
「逹瑯先輩が変態です」
「誰が変態だっ!俺の性癖はおかしくないっ!」
「無脊椎動物という意味ですよ」
「俺は虫レベルなの!?」
「いいえ、プラナリアです」
「・・・しぶといってことですか、明希様?」
「切ったら再生しそうという意味ですよ〜」
「キモいって言いたいのかっ!?ところでオマエ、青バスチームと仲がいいのか?」
今回の一件について詳しいことはほとんど話していない。だからさりげなくそう聞いてみた。
「ん〜マオ君が一年生の時に英蔵さんと同じクラスだったんで、マオ君探してる時にゆうやがちょっと話聞いただけなんですけど、その繋がりがあったからかな?るう先輩とはたまにお話します」
明希にしてもゆうやにしても人懐っこいからな、そんなものか。
「るう先輩は掘削がなくて素敵な人ですよ」
「そうだな、岩盤に穴あける人間はイヤだな」
「噛んだんですよ。屈託がないって言いたかったんです!」
「いや、おまえすごい良い発音で《掘削》って言っただろーが・・・」
「ふふっ。ところで逹瑯先輩とミヤ先輩はちゅーするほどの仲ですか?」
大きく自転車が蛇行して明希が「うな〜!」とか悲鳴を上げた。
今、何を言った!この馬鹿。
「アホかっ!俺とミヤ君は友達っ!!」
「だから《友達キス》ですよ」
「友達キスってなに!?俺の知らない若者文化が開花したのっ!?」
「昔、しんぢさんが《俺の国では友達同士もキスする》とか言ったんで〜」
あの詐欺師はどこまで変態なんだ!?どこの国だよそれは!?
「だから俺もマオ君やしんぢやゆうやとはキスしますよ」
「てめぇはテンション上がった時のジェシー叔父さんかっ!?友達同士でキスはしねぇの!日本の常識!覚えておきなさいっ!!」
「舌入れるのでもダメですか?」
「なお悪いわっ!!」
つーか入れてんのか!!!ダメだこいつ、一から常識教えないと!マオやしんぢに任せておいたら世に放ってはいけないモノになる。
阿呆な会話をしながら夜の闇の中を走る、胸のもやもやを一時忘れることができた。
でも、この時点で捲るカードを間違えていたのだ、というより出遅れた。
事態は悪い方向に転がるのがとても上手なのだ。
翌日、今日こそ本を返そうと学校についてすぐに保健室に向かった、ミヤ君も一緒。
保健室の扉を開けると新倉教諭もガラもいなかった。
けれど満員御礼。涙沙と英蔵と恒人がいる。
俺達の姿を見つけると涙沙が動揺しているような口調で言った。
「あ、なぁ!新倉先生いないんやけど、消毒とか勝手に使っちゃってええかな!?」
「いや、どうだろう・・・誰か怪我したのか?」
首を傾げるミヤ君に恒人が「わけわかんないんっすよっ!」とテンションの高い声を上げた。
恒人はYシャツを脱いで黒いタンクトップ姿。興奮しているのか顔が赤い。
「今日、学校に来る途中、英蔵さんと歩いてたら、止まってた軽トラに積んであった鉄パイプの紐がいきなり切れて落ちていたんですよ!その一本が英蔵さんのお腹当たっちゃって、で、俺がびっくりして駆け寄ったら・・・自分でも信じられないんですけど、電柱の看板が落ちてきたんですっ!こんなことってありますか!?」
言葉を失ってしまった俺と違い、ミヤ君は冷静さを保っているようで、少し驚いた表情はしたものの「怪我は大丈夫なのか?」と優しく聞いた。
「まぁ、落ちてくるの見えたから避けたんで・・・擦り傷ですみました」
恒人は後ろを向いてタンクトップの紐を下げた。
右肩から肩胛骨の辺りから擦れて血が固まっている。いや、これ擦り傷って言っていいのか、けっこう深いのもあるぞ。
「骨とかは無事だったんですけどね・・・英蔵さんも打ち身ですんだみたいだし。英蔵さん!?」
ベッドに腰かけて険しい顔をしていた英蔵は恒人の声に慌てて顔を上げた。
「うん、俺は大丈夫だよ・・・」
「でも一応、病院行って下さいよ。酷い怪我だったら大変ですからね。トラックのナンバーと横に書いてあった工場の名前控えておきましたから、治療費が高くつくようなら保険やらなにやらでいるかもしれないでしょう」
「・・・よくあの状況でそんな余裕あったな」
「英蔵さんがパニックになってたから逆に落ち着いたんですよっ!」
でっかい目で睨め付けられて英蔵は困り顔。
「だって・・・俺から見たら・・・ツネの真上に看板が落ちてきたんだよ?そりゃ避けたのも見たけど、頭真っ白になってさ」
「だからって何も泣き出すことはなかったでしょう」
「ツネが無事だったと思ったら勝手に出てきたんだよ・・・」
そう言って英蔵は深いため息をついて頭を抱えた。こいつらはこいつらで恥ずかしいな、って今はそんな場合ではないか。
「緊急事態に不在なのが悪い。まぁ怒られる時は一緒に怒られようぜ」
ミヤ君はそう言ってオキシドールやらなにやら一式を勝手に引っ張り出してきた。
おろおろしている涙沙を座らせておいてミヤ君が恒人の手当をした。擦り傷と切り傷プラス打ち身といったところか、傷が酷いので冷やすわけにもいかないだろうし、とりあえず消毒をしてガーゼを貼る。恒人の前に英蔵が座って傷をみてもらっていた。
「深呼吸した時に痛みとかはないですよね?」
「・・・うん、大丈夫、大丈夫」
「治療のための質問だから嘘ついたら怒りますよ」
「いや、ほんとに大丈夫です・・・」
アイスノンをはだけたお腹に押し当てながら恒人に言われて、年下相手なのに敬語な英蔵。
「あんまり痛みがひどいようなら絶対に病院行って下さいよ、お腹だから内臓損傷の危険もあるんですからねっ!」
「はい、分かりました・・・ツネは痛くない?」
「そりゃ痛いですよ」
「え!?えっとどうすれば・・・」
「もう怪我してしまったんだからどうにもなりませんって・・・あ、矢口先輩、ありがとうございます」
「ああ、恒人君も痛みが酷くなるようなら病院行けよ」
「はいっ!」と元気の良い返事をして、脱いでいたタンクトップを着ながら恒人は英蔵を見る。
「そうだ、英蔵さん。制服が血がついた上に破れちゃったんで羽織るもの持ってないですか?ジャージの上着とかでいいんですけど・・・さすがに部活用のTシャツ着てるわけにもいかないし・・・」
「俺のでよかったら、スポーツバッグのほうに入ってるから勝手に持ってって〜。サイズ小さいかもしれんけど」
手前のベッドに腰かけていた涙沙が言った。もう落ち着いたらしいがその代わりに表情が暗い。目を伏せて唇を噛んでいる。
そんな涙沙の様子に少し怪訝そうな顔をしながら恒人は礼を言って涙沙の鞄からジャージを取り出した。
「じゃあお借りしますね」
「・・・うん」
英蔵は何故か険しい顔で涙沙を見ている。いや、彼もどちからと言えば目つきが悪い方だから単に何か考え込んでいるのかもしれない。
「なぁ涙沙。オマエはもう調子悪くないのか?」
俺の質問に涙沙は沈んだ顔のまま答える。
「調子はもう・・・でも体温が上がらなくて、ちょっと動くの怠い」
ピースは出そろっているような気がする、たぶん今、ミステリ小説でいうところの『読者への挑戦』のページまできているはずだけれど。
組み合わせが上手くいかない、全体の絵が見えてこない。
俺がもう少し、涙沙に質問をしようとした時、保健室の扉が開いた。慌ただしく入ってきたのは浅葱と大城。大城はハンカチで右頬を押さえていて、ハンカチには血が滲んでいる。
「大城さんどうしたんですかっ!?」
駆け寄る恒人に浅葱と大城も驚いた様子で言う。
「オマエらこそどうしたんだよ?」
「なんでみんな揃ってるの?」
青バスチームが全員揃った。涙沙以外、全員怪我をしているというこの状況。
「いや、学校のすぐ脇のフェンス。あれがいきなり倒れてきてさ、ちょっと切れちゃって・・・」
大城の言葉に全員押し黙った。もう全員が気づいている、これは偶然ではなく《異常事態》だっていうことに。
「大城君、とりあえず手当するからこっち来て」
ミヤ君だけはペースを崩していないけれど、表情が険しい。
大城の怪我はそこまでひどくなかったようで、消毒をしてガーゼを貼ってひとまず完了。恒人と英蔵の怪我の理由を聞いて、浅葱と大城も戸惑っている様子だった。
車に跳ねとばされた破片で額を切った浅葱と、軽トラから落ちてきた鉄パイプで腹を打った英蔵と、落下してきた看板で肩を怪我した恒人と、倒れてきたフェンスで頬を切った大城。
4つとも、一歩間違えばかなり危険なことになっていただろう。
そして俺とガラの怪我もカウントに入れるならば、入れるならば?
「あの、さ・・・」
口を開いたのは英蔵だった、仲間達の顔を一人一人確認しながらゆっくりと言う。
「気づいたってゆーか、思いついたってゆーか・・・でももしかしたら言う必要のないことかもしれないけど、それでも言わなきゃいけないのかもしれなくて・・・これ、どう考えてもおかしいよね」
誰も答えない、黙って英蔵を見ている。肯定の沈黙。涙沙だけが顔を伏せていた。
「浅葱君、一昨日、るいちゃんが保健室で休んでた時、行ったんだよね?その時にるいちゃんの熱計ろうとして額合わせなかった?」
「・・・合わせた、けど」
浅葱の答えに英蔵は小さく息を吐いた。
カウント1。
「昨日、るいちゃんとツネ・・・虹が出てたからって携帯で写真撮ってたよね、肩組んで一緒に写って」
「・・・しましたね」
カウント2。
「それからこれも昨日、言葉のじゃれ合いの延長でるいちゃんが大城君のほっぺたをぺちぺち叩いてたよね、右側の頬を」
「・・・ああ、してた」
カウント3。
「そしてその時、るいちゃん俺のお腹に軽くぱんち入れたよ・・・ね?」
涙沙は俯いたまま小さく頷いた。
カウント4。
俺の中でも繋がったものがある。俺は絆創膏の貼ってある掌を向けて言った。
「一昨日、俺・・・涙沙の頭掴んだよなこっちの手で」
カウント5。
「それで涙沙・・・俺や浅葱が保健室出た後、ガラが手の甲でオマエに触らなかったか?体温を確認するために」
これにも涙沙は小さく頷いた。
カウント6。
「ガラな、窓で手を挟んでヒビが入ったらしい」
涙沙は顔を上げた。目を見開いて、震えている。
「・・・・・・俺なん?みんな俺に触れたか、俺が触ったとこ怪我してるってこと?」
疑問系にはなっていたけれど質問には聞こえなかった、涙沙もどこかで感づいていたのだろう。
誰も何も答えられずにいると、涙沙は弾かれたように保健室を飛び出していった。
「るいちゃん!?」
と声を上げて浅葱も保健室を出ていく。それに続いてミヤ君も軽く俺の背中を叩いてから浅葱の後を追っていった。
『此処はオマエに任せた』ということか。
「英蔵さんっ!!」
最初に声を上げたのは恒人だった、英蔵の胸ぐらを掴んでで怒鳴る。
「なんなんですか今のはっ!!俺達の怪我が涙沙さんのせいみたいに聞こえたんですけどっ!?」
「そんなつもりじゃねぇよ!!でもこんなの・・・偶然の範疇越えてるだろうがっ!!」
普段の温厚さは微塵も感じさせない口調で英蔵も恒人の肩を掴んで怒鳴る。
「それは分かりますよ!!でもなんで涙沙さんが触ったところ怪我したなんてっ・・・」
「実際そうだったんだよ!俺だってるいちゃんは関係ねぇと思いたいっての!!俺の記憶違いだと・・・」
「英蔵さんの記憶が間違いなわけないでしょう!記憶力ハンパないんですからっ!!でも・・・だからって、そんなのっ!!」
「俺だってこんなの認めたくねぇって!!オマエ何に怒ってんだよっ!!」
「分かりませんよっ!!」
怒鳴り合う二人の間に大城が静かに割って入った。
「英ちゃん、ツネちゃん。一回落ち着いて。此処で二人が喧嘩しててもなにもならないよ」
大きな目から今にも涙がこぼれ落ちそうなのを拭って恒人は小さく「ごめんなさい」と謝った。
「俺もすまん・・・」
英蔵も恒人の背中を撫でながら謝る。もしかするとあの入部前のやりとりを除けばこんな風に喧嘩をしたこと自体初めてだったのかもしれない。自分で自分の行動にショックを受けているような、そんな顔をしていた。
「とにかく今はるいちゃんのところに行こう、浅葱君が行ってくれているど、やっぱり俺達も行くべきだよ」
「そうですよね」
「・・・どこに行ったのかな?」
俺が此処に残った理由は、この三人を宥めろとかそういうことではなく、メッセンジャーだったのだとたった今、着信を告げたメールで分かった。ミヤ君からのメールには一言。
『特別棟の屋上』と書かれていた。
階段を駆け上がりながら大城が俺に言う。
「岩上君、巻き込んだ形になってるのかもしれないし、心配してもらえるのはありがたいけど、これウチの部の問題だと思うから・・・」
ちくしょう、全員すごいスピードで階段登って行きやがる。さすが運動部。
「巻き込まれたんじゃなくて、俺達は首突っ込んでるんだよ。涙沙のことに幽霊だの妖怪だのが絡むなら力になれると保証する」
「え?それはどういう・・・」
「追々話すべ。とりあえず早く涙沙のとこ行ってやろう」
浅葱とミヤ君がいるのだから大丈夫だとは思うけれど。涙沙も相当ショックを受けているはずだからやはり心配だ。
屋上に続くドアを開けるとすぐ横にミヤ君が立っていた。すぐにでも飛び出せるように踵が上がっている。
「こっち来んなっ!!」
俺達の姿を見て涙沙が叫んだ、屋上の柵の前で泣きそうな顔で叫んでいた。
「るいちゃんごめん!!るいちゃんを責めるつもりで言ったわけじゃなくて・・・」
「そんなん分かってるっ!!」
英蔵の謝罪に涙沙はそう返した。
「俺かて気づいてたもん!!みんな俺が触ったとこ怪我してるんじゃないかって、でも確証もなかったし、でも英蔵君が言ってくれて、英蔵君の記憶なら間違いないから、やっぱりそうだったんやって思って・・・」
「涙沙さん、そうだったとしても。怪我が涙沙さんのせいだなんて誰も思ってないで・・・」
「分かってるっ!!」
恒人の言葉を遮って涙沙はまた叫んだ。
「みんなええヤツやからそんなこと思わないって分かってる・・・なぁ逹瑯君、アレがそもそもの原因なんやろ?橋の上の幽霊・・・だってみんなが怪我しだしたのあの後からだし・・・それに・・・噂と違ったんや。俺は、あの幽霊に《やっと見つけた》って言われた」
噂では「貴方じゃない」という幽霊が「やっと見つけた」と言った、その意味は・・・なんだ?幽霊が探していたものは涙沙だったということなのか?
「その後、幽霊は消えて・・・怖くなって逃げたけど・・・あれが原因なんやろ?」
「取り違えてたんだな・・・確かに涙沙君に出てた症状は《霊障》だった、でも中てられたんじゃない、そして幽霊は消えたんじゃない・・・涙沙君は《取り憑かれた》んだ」
ミヤ君は静かにそう言った。
「だったらなおのことるいちゃんのせいじゃないじゃない・・・」
大城の言葉に涙沙は激しく首を振った。
「自業自得なんや、家に帰りたくないからって、部活終わった後もふらふらして、ついでに肝試し気分であの橋まで行って・・・それで《取り憑かれた》!?そのあげくにみんなに怪我させた!?どう考えても俺が悪いやん!!」
潤んだ瞳で涙沙は声を張り上げる。
「そんな、触れたところが怪我させてしまうようなヤツと誰がつきあうねん!一緒にいて不幸になるヤツと誰が関わりたいと思うねん!だったら俺・・・本当に誰からもいらないヤツやん!」
そんな言葉を黙って聞いていた浅葱が涙沙に駆け寄った。
そして彼は驚いて見上げている涙沙を力一杯抱きしめた。
予想外の行動に誰も動けない、かまえていたミヤ君ですら、踵が上がったままの状態で固まっている。
「ちょ・・・浅葱君!?俺に触ったらダメだって!?」
身長差の関係で包み込まれるような形になった涙沙が必死で身体を離そうとするが、下手に触れることが怖いのか足だけで踏ん張っている状態のため抜け出せないでいた。
「触ると怪我しちゃう?だからなに?」
低い声で言う浅葱に涙沙は動きを止めた。
「るいちゃんはるいちゃんでしょ。誰が関わりたいと思うかって俺が思うよ。大城君達だって思ってる。ねぇ・・・お願いだから自分のことをいらないヤツだなんて言わないでよ。俺はずっとるいちゃんのこと必要としてたよ?何度も救われて、何度も励まされてきた。だから絶対に俺がなんとかするから、るいちゃんのこと助けるから・・・そんな悲しいこと言わないで」
そこまで言って浅葱はようやく涙沙を離した。
涙沙は黙ったまま何度も頷いている、それに浅葱が微笑んで、横の柵に手をかけたその時、ガタンという音が響いて屋上の柵が外れた。そこに手をかけていた浅葱もバランスを崩して空中に放り出される。
誰かが叫んでいる。
景色が飛んでいく。
叫んでいるのは俺で、景色が飛んでいくのは俺が走っているからだった。眼帯を引きちぎって、俺は屋上から飛び出した。
落下していく浅葱の驚いた顔が見える。そして後ろから幾つかの悲鳴が重なって聞こえる。
俺は壁を駆け下りて浅葱に手を伸ばした、猫の目はパワー系ではないのだけれど、人一人抱えられるぐらいの力はある。浅葱を肩に抱えてそのまま落下していく。この程度の高さなら難なく着地できるはずだ。
・・・いや、ちょっとまて。俺は猫の目で身体が柔軟かつ強靱になってはいるけれど、浅葱に衝撃はいかないのだろうか?
そもそも人を抱えた状態でこんな高さから飛んだこと事態初めてなのだが、大丈夫なのか!?
うわぁ・・・俺、本物の馬鹿だ。でも今更どうしようもない、上手く着地できることを祈るしかない。落下しながらそんなことを考えている俺の横を白い物体が通過していった。それが何なのか確認する間もなく地面についたのだけれど、足に感じたのは地面の感触ではなく、ふわふわの毛玉。羽毛布団を何枚も重ねたようなそこへ俺と浅葱は倒れ込んだ。
見れば俺の下にいるのは巨大な白い犬で、そいつはつぶらな瞳で俺を見つめて笑った。
犬に微笑みかけられたのは始めてだ。というかこいつは、ミヤ君に憑いてる犬頭じゃないのか?
あの人、いつの間にこんな大技を・・・
俺の隣では浅葱が犬頭をもふもふとしながら必死で現状把握しようとしている様子だった。
下にはミヤ君の犬頭、俺は猫の目全開。
もはや全部事情を話すしかなくなったな。
浅葱はとりあえず何かに納得した顔で頷いた。
「でっかいわんこ・・・」
そして、頭の上からどんな天災よりも恐ろしい怒号が降って来た。
「このど阿呆どもがっっっっっ!!!!そのままそれに掴まってろっっっっ!!!!!」
上でブチ切れているミヤ君が待っているという状況でなければ、妖怪(神様だけど、一応)に乗って空を飛ぶという状況を多少は楽しめたんだけどなぁ。
屋上に着くなりミヤ君に太股を拳で殴られた。一瞬目の前が暗くなるほど痛かった。
「いきなりなにをするんだよオマエはっっっっ!!!!!もっと考えてから動けよっ!!!心臓止まるかと思ったじゃねぇかっ!!!!」
「すいません、マジごめんなさい・・・いや身体が勝手につーか・・・」
「判断が悪かったとは言わねぇけど・・・猫の目使えば大丈夫だろうってのも分かるけど・・・頼むから無茶しないでくれ・・・」
そうだよな、俺が逆の立場だったら絶対怒るよな。
青バスチームは無言だった、そりゃそうだろう、いきなり浅葱が落ちて、それを俺が追っかけて飛び出してあげくにでっかい空飛ぶ犬に乗って戻ってきたのだから。
「浅葱君さ・・・」
大城が口を開いた、怒りを孕んだ美声はこっちまで竦み上がってしまいそうなほど怖い。浅葱も自分がやったことのなにが悪かったのか気づいたようでしゅんとした声で「はい」と小さく返事をした。
「るいちゃんを落ち着かせる必要はあったよ、それでその役目を浅葱君が即座におっちゃうのも分かる、でもなんで抱きしめたりしたの?」
「つい、いつもの癖で」
・・・いつもやってんのかいっ!?
「でも現状としてるいちゃんに触ったら怪我しちゃう可能性が高かったわけだよね。あれで浅葱君が怪我したら、傷つくのはるいちゃんだよね」
「うん、ごめん、考えなしだった・・・」
「浅葱君が落ちた時、こっちも生きた心地がしなかったよ」
「・・・すいません。みんなごめん」
膝をついてしまっている恒人とそれを支えている英蔵が頷いた。
「るいちゃん」
浅葱に声をかけられて小柄な身体を丸め込むようにしてしゃがんでいた涙沙はびくりとした。
「ごめん、逆に心配かける結果になっちゃって・・・るいちゃん」
涙沙は膝に顔を埋めて声を殺して泣いていた。時折、うわごとみたいに「ごめんなさい」と言いながら。
「るいちゃん、俺は大丈夫だったから・・・ね?」
確かにこんなにもどかしくて歯痒いことはない、目の前で泣いている大切な人をなでてやることもできないなんて。
触れられないことがこんなにも辛いなんて。
「とりあえず、事態を解決するために建設的な話をしようか・・・全員その場に着席っ!」
冷静に聞けばおかしな台詞だったけれど、ミヤ君の号令に全員その場に大人しく座った。
この人は本当にすげぇな。
まず俺とミヤ君が持つ力とそれを得た経緯を簡単に説明した。
「じゃあ、さっきの白い塊はイヌカシラっていう犬の神様なんだ・・・で逹瑯君は猫の目か」
まだショックから立ち直っていない様子の恒人の背中を撫でながら大城が言う。
「話が早くて助かる・・・ってあれだけ目の前で展開しちゃったらもう飲み込むしかねぇか。で・・・涙沙君、ちょっと君にとってはきつい話になるかもしれないけれど、解決するために続けていいか?」
涙沙は膝に埋めていた顔を上げてちゃんと頷いた。
「涙沙君は橋の上の幽霊に取り憑かれた。その影響で触れた部分を相手が怪我をしてしまうという事態になった、これをとりあえず《呪い》って呼ぶよ。これに法則があるのかまったくランダムなものなのかがまず疑問だ」
「えっと・・・どういうこと?」
英蔵の疑問に俺と大城も頷く。
「まずは《時間》逹瑯が涙沙君の頭に触ったのが一昨日の一時限目で怪我をしたのが次の中休み。でも浅葱君はほぼ同時刻に涙沙君に触れたけど怪我をしたのはその帰り道、ガラ君はその日の夜」
「ああ、分かりました。俺と大城さんと英蔵さんが涙沙さんに触れたのは昨日の放課後だけど、怪我をしたのは今日の朝・・・でたった今、浅葱さんは涙沙さんを抱きしめた直後に落ちてる・・・時間が定まってないってことですね」
落ちつきを取り戻したらしい恒人が言った。なるほど、言われてみれば確かに。
「それプラス、怪我の程度もバラバラだ。逹瑯はホッチキスの針が掌に刺さっただけだけど、ガラ君は骨にヒビが入るほどの怪我、聞けば逹瑯は涙沙君の頭を掴んでかなり豪快に触ったんだろ。でもガラ君は軽く触れただけ、普通怪我の重さが逆にならないか?」
「ん、でも俺はちょっとばかり普通の人間じゃないから、それもあるのかも・・・」
「その可能性もあるけれど、青バスメンバーの怪我もバラバラだよな」
「・・・法則はない、と考えるほうが自然かな」
涙沙から少し離れたところに座った浅葱が涙沙から視線を外さないまま言う。
「ああ。怪我の程度についてはむしろ受けた側の個人差なのかもしれないけれど、《呪い》とか《祟り》は人によって耐性が違うから・・・で、逹瑯。猫の目を使った状態でも涙沙に取り憑いてるやつは見えないのか?」
俺は改めて涙沙を見る、正直痛々しくてあまり見ていられないのだけれど、目を凝らして見る。
あ・・・あまりにも微細すぎて気づかなかったけど、これは・・・
「少し、輪郭がブレて見える・・・それだけ」
ミヤ君は額に手を当てた。
「どうやっても確実に、涙沙君に憑いているものを判定できる人間が必要になってくるな・・・長襦袢被った女ってだけじゃ情報が少なすぎるし・・・ここまできたら幽霊じゃなく妖怪だとは思うけれど、他に何か手がかりは・・・」
「あ」と涙沙が小さな声を漏らした。泣いたせいか掠れた声で言う。
「俺、その幽霊さんに会った夜・・・えっと取り憑かれた直後・・・母親と接触したけど、俺の母親は怪我、してない」
「家族は例外ってことか?」
俺の質問に涙沙は表情を消して言う。
「母親っていっても血は繋がってへんから、関係ないと思う」
「あ、ごめん」
特別珍しいことじゃないし「そうなんだ」と流す方が自然だったのだろうけれど、涙沙の表情がふれてほしくないところにふれられたというように見えたので思わず謝ってしまった。
「いや、知らないんやから別段謝るようなことは言ってないやろ」
涙沙はそう言って笑った、彼に似つかわしくない不自然な笑顔。
「・・・女は例外ってことだったら?」
キング・オブ・マイペース、ミヤ君はそう言って立ち上がった。
「だったら?」
俺の言葉にミヤ君は切れ長の細い目をさらに細くして言う。
「飛縁魔(ひのえんま)じゃねぇか?」
《飛縁魔》、概念派生型の妖怪。妖怪化してしまった《概念》。十干と干支で陽の火が重なる年を《丙午》といい。火が重なることからこの年に生まれた女性は気性が荒く、男を食い潰すという迷信があった。有名どころでは幼い恋に身を焦がし、重罪を犯した少女、《八百屋お七》。実際彼女は丙午生まれではなかったのだけれど、これにより丙午の迷信は強化され、出生率が下がったり間引きが行われたりした。そしてその《概念》は妖怪を生む。
《概念》は形になって美しい女性の姿で現れ、男を誘惑し精気を吸い取り殺す妖怪になった。
「男を不幸にする妖怪に取り憑かれていたから、みんな涙沙に触れられたところを怪我した。この手の現象は対象によって現れ方が変わってくる、取り憑いた相手が涙沙じゃなかったら、また違う形で現れていたと思うんだが・・・なんで涙沙に取り憑いたのかがまず謎だしな・・・あとは専門家さんにすがるか。といってもあの人しかいないわけだけど」
ガラは大事を取って家で休んでいたらしく、携帯はすぐに繋がった、ただ京さんは現在遠くの町にいるので、今から来てはくれるけれど到着は明日の朝になるとのこと。
涙沙は放課後まで保健室に閉じこもっていて、ずっと傍に浅葱がついていた。
新倉教諭はそれについて特になにも言わず「好きにしとけ」と言ってくれた、話の分かる大人だよな。
ただ涙沙が外に出るのが怖いし家にも帰りたくないと言いだした。当然だろう、町を歩けばうっかり誰かと接触してしまうかもしれないし、家に帰るのも同様。
どうしたものかと思っていたら浅葱とミヤ君が職員室に駆け込んで、バスケット部の名ばかり顧問である倫理担当の櫻澤教諭になにやら相談し、そして俺達は今、夕陽の差し込む体育館で運動用のマットを引いていた。
涙沙を一人にするのも心配、そして家からわざわざ京さんとの待ち合わせ場所である葉隠公園に集合するのも面倒なので、緊急練習合宿と称して学校に泊まることに決めたのだ。
あの哲学と宗教観を喋らせると止まらない、理屈っぽいスピリチュアルというややこしい人物である櫻澤教諭をどう納得させたのか謎だ。浅葱とミヤ君、あまりタッグを組ませない方がいいかもしれない。
ちなみに俺とミヤ君は《体験入部》という名目だ。
無理あるよなぁ、どう考えても。
俺と浅葱君で保健室から勝手にタオルケットなどを拝借して再び体育館へ戻る途中、俺は初めて浅葱とゆっくり話した。
「凍凪中には2年の時に転校してきたんだ、俺、海外から転校してきたんだよね。国籍は日本だけど」
「へぇどこから?」
「中国・・・山のほうでね凄く寒いとこだったよ」
意外だった。もっとヨーロピアンな感じかと思った。
「ちょっとウチ家系が複雑で、でも家では日本語で話したから喋るのは完璧だったんだけど、やっぱり文化も違うし、俺は人見知り激しいし、きっと馴染めないだろうなって思ってたんだけど、転校初日にね、るいちゃんが声をかけてきてくれて《困ったことがあったらなんでも俺に言ってなっ》って笑って」
−何度も救われて
−何度も励まされてきた
「それが俺、すごく嬉しくて。るいちゃんのおかげで学校にも日本にも馴染めたし、バスケ始めたのもるいちゃんがきっかけだしね、だからるいちゃんは何があっても守るって決めてるんだ」
ほら、ちゃんと力になってるじゃねぇか、役に立ってるじゃねぇか、涙沙。
「ところでさ、いや、本人から聞かないの反則かもしれないけど・・・涙沙の家ってなにか複雑なのか?」
一昨日、保健室で頑なに家に帰ることを拒んでいたし、他にも家に帰りたくないと取れる言動が幾つかあった。
「ああ、別にるいちゃんも隠してるわけじゃないんだよ、わざわざ話さないだけで。部活のメンバーは全員知ってることだし。再婚してるんだよ、だから母親とは血の繋がりがない。でもるいちゃんがそれを知ったのは高校に入ってすぐの時でね・・・」
子供が物心つく前の再婚なら、子供に隠していてもおかしくはないか。
「その・・・母親のほうと上手くいってないのか?」
「簡単に言えばそうなるかな。ただ現在のご両親も離婚する予定なんだって、るいちゃんが高校卒業したら離婚だとか・・・その話が出たから母親と血の繋がりがないってこと知ったみたい」
「そりゃ・・・家には居づらいよな」
「でもいいんだって、俺達といる時のほうが家族といるみたいで楽しいって言ってた。特にツネが入ってから弟ができたみたいってすごく喜んでたよ」
そういえば俺もミヤ君達とは家族みたいになってきてるな、ミヤ君の部屋入る時にうっかり「ただいま」とか言いそうになる。
でもそういうの、少し切ないな。
家族って血なのかな、心なのかな。
「辛いだろうなって思う時だっていつも俺に気を使ってくれて、明るく接してくれるし、何に対しても一所懸命なるいちゃん見てると俺も頑張ろうって気持ちになる・・・だから。るいちゃんを傷つけるものは妖怪だろうが神だろうが許さないよ」
そう言って口角を上げる浅葱は不思議な迫力に満ちていた。
体育館は賑やかだった。まず目に入ったのはパンツ一枚で仁王立ちしている大城の姿。
「なんで脱いでるの!?」
俺の叫びに大城は頭を掻いて笑う。
「いや、寝る時はいつもこの恰好だからさ」
男ならそういうのもいるだろうけど。つーかすげぇ肉体美なんだが。細身にぎりぎりまで絞られた筋肉がついているからまるで彫像の様。
一部の隙もない肉体美。憧れるなぁこの体型。
「大城さん、せめて下は履きましょうよ・・・人前ですから」
「そうか、残念・・・ハーフパンツ持ってこよう」
更衣室に行った大城を見送って恒人は制服をたたみ始めた。こっちはタンクトップで下はジャージ。そんな恰好でもスタイル良いヤツがやると野暮ったくならない。
「あ〜ズボン寝押ししようかな、でもマットなんかでやったらニオイうつりそうだし・・・英蔵さんから借りたジャージは緩いし・・・」
「借りておいて文句言うなよ。だいたいなんで部活用のハーフパンツ履かないの?」
「なんとなくイヤなんです」
「なんとなくって・・・」
そんなやりとりを涙沙も少し離れたところで楽しそうに見ている。そうか、いつものように振る舞うことにしたわけか。
「ミヤ君は着替えないの?」
マットの上に寝ころんでいるミヤ君は制服のままだった。
「・・・めんどいからこのままでいい」
「制服シワになっちゃうよ!?ミヤ君てそーいうとこ雑だよね・・・」
「うるさい、ジャージがつんつるてん!」
「ひがまないでよ、おチビさん!」
俺もジャージに着替えていたけれど、平均サイズのを買ってしまったからもろに足首が出てるんだよな。
「そういえば、疑問というか、真面目な話して良いですか?」
大城が戻ってきたところで恒人がそう言った。全員体操座りで恒人の方を向いて頷く。
「怪我に関してなんですが、どこまでその《呪い》とやらの意図なんでしょうか?」
「・・・意図って?」
英蔵の言葉に恒人は少し首を傾げた。
「例えば浅葱さんの怪我ですけど、その飛んできた破片はどこに向かって飛んできたんですか?」
「首辺りだね、たぶんだけど」
「浅葱君、マトリックスみたいに上体反らして避けてたもんな・・・」
涙沙の言葉に浅葱は少し照れた顔。
「そこですよ、そういう風に避けたからこそ額を怪我したわけでしょう?」
そこでミヤ君は話が見えたらしい膝を叩いて言う。
「そっか、避けられなかったら怪我してたのは額じゃないし、横に避けてたとしても怪我したのは額じゃない」
「で、俺の場合ですけど、英蔵さん。英蔵さんから見て看板はどこに向かって落下してきたんですか?」
「真上だよ、ツネの頭の上、だからホントに心臓止まりそうだった・・・」
「俺からもそう見えました、見上げたら目の前に見えたんで、そこでとっさに横に転がったから肩を怪我した。でも小さいとはいえあれだけ派手に落ちた看板の下にいて怪我が肩だけっていうのも確率的に低いと思いませんか?」
大城も分かったらしく「あ!」と手を叩いた。ちなみに俺はまだ話が見えていない。
「俺はフェンスが倒れてきた時、とっさに網の部分を手で掴んだけどちょうど網の破れ目でほっぺた切ったんだよね、英ちゃんの場合はどうだったの」
「英蔵さんはそもそも避けれてませんでしたから、とっさに身体動かないタイプですもんね」
ぴしゃりと恒人に言われて、英蔵はちょっと落ち込んだ顔をした。
「え・・・と、ゴメン、どういうこと?」
ガラス玉みたいな目が俺を見る。呆れられたかな・・・
「ですから、どう回避したって決まったとこを怪我するようになってるみたいでしょう?俺や浅葱さんや大城さんは避けた結果そこを怪我しているんだから、避けること前提で事故がおこったみたいじゃないですか」
「あ、そうか・・・」
「それこそ矢口先輩がさっき喩えに出した《ファイナルデスティネーション》じゃないですけど・・・これってどう避けようが絶対に怪我をするとこは決まってるってことですよね」
回避不可能な運命、いやこれは《呪い》・・・か。
「つまり、ですよ。さっき浅葱さんが涙沙さんを抱きしめて・・・その、屋上から落ちたわけですけど、結果的に怪我はしてませんよね・・・これから怪我をする可能性はないんでしょうか?」
さすがにその部分を言う時、恒人は涙沙の表情を窺いながら恐る恐るといった感じだった。
涙沙がまた怯えた顔になって俺達を見る。
言われてみれば確かにその通りで俺も怖くなった、体育館の天井の鉄骨や照明、あれ落ちてきたりしないだろうな・・・あんな頑丈そうな屋上の柵が壊れるぐらいだからあり得なくはないかもしれない。
重い沈黙が降りるなか、浅葱が妙に抜けた、それでいて申し訳なさそうな声を出した。
「それに関しては・・・大丈夫だと思うよ・・・」
「なんで?」
大城の言葉に浅葱は目を泳がせる。
「いや、実は・・・」
「実は、なんやねん」
暗い声で涙沙に言われ、浅葱は身を縮めて言った。
「落ちた時、けっこうな衝撃でさ・・・今、お腹から胸にかけて・・・すっごく痛い」
残りの青バスメンバーにこれでもかというくらい怒られて、恒人と大城にアイスノンを上半身いっぱいに押しつけられて浅葱はマットの上に寝かされた。
さてはこいつ、常習だな。大丈夫じゃなくても大丈夫って言うタイプだな。
そりゃ涙沙も大変だわ。
どういう風の吹き回しか、櫻澤教諭が夕ご飯にお弁当をさし入れしてくれた、学校前の弁当屋で一番高いステーキ弁当を。
もっとも体育館には一歩も足を踏み入れず「ほれ」と床に置いていっただけだが。
なんだそのちょっとぶっきらぼうな人が飼育小屋の兎に餌をやるみたいな差し入れのしかたは。そしてバスケ部の合宿なのにみんなマットをひいてころがっていることに対するツッコミはなしか!!
「相変わらずの名ばかり顧問っぷりやなぁ、そもそもあの人、バスケのルール知らんし」
すこし離れたところで弁当を頬張りながら涙沙がぼやいた。
確かに問題を抱えている真っ最中ではあったけれど同級生とのお泊まり会というものは無条件でテンションが上がるものだった。
はしゃぎまわって、ちょっと真面目な話をして、あげくに恥ずかしいこと告白大会までした。
英蔵は「《姫ランキング》でツネに票を入れた」とか明らかに今言わなくてもいいことを告白して恒人にはり倒されていた。
大丈夫だ、こんな良い奴等が揃っているんだ、悪い結果になるわけがない。
ハッピーエンド以外は認めない。
結局そんなテンションのまま朝を迎え、全員一睡もせずに葉隠公園へ向かった。早朝なのでほとんど誰とも会わずに目的地へつく。
葉隠公園にはすでに対人用結界が張られていた。
モニュメントの前で京さんが怠そうに座っている。素肌にサロペットジーンズはいつも通りだが刺青がまた増えていて、髪が金髪になっていた。ヒヨコみたいでなんか可愛い。とりあえず自己紹介と挨拶、これまでの経緯の説明をすませたけれど京さんの視線は何故か浅葱に固定されていた。
京さんはまだ半分眠っているような顔で幼さが倍増している。
「しっかしミヤ、おまえいっそ探偵にでもなったらどうや?《飛縁魔》で間違いないで」
「飛縁魔はどうして涙沙君に取り憑いたんですかね?」
京さんの賛辞は流してミヤ君は質問した。京さんは目を閉じてその場でゆらゆら揺れ始めた。大丈夫か、この人。
「ん〜。霊媒体質ってわけでもなさそうやしなぁ・・・飛縁魔にとって都合が良いと思われたんやない?」
「つ、都合がええてどういうことですか!?」
そういえば京さんと涙沙は同じ関西弁か。若干京さんのほうが柔らかく感じるけれど。
「男の精気を吸い取るのに都合が良いってことやん・・・見た目が」
さらっと言われた言葉に涙沙はショックを受けたようだった。
「なっ!?それやったら女子に取り憑つけばええやんっ!!」
「飛縁魔が男の精気を吸うのは《陽》の気が欲しいからなんや。つまり飛縁魔は《陰》の属性しか持ってない、同じく《陰》の気を持つ人間の女には取り憑けない・・・あくまで陰陽道の理屈やけどな、が、飛縁魔はそもそも概念派生の妖怪やから概念に縛られてる、概念外の行動はできない」
妖怪の世界も複雑だな、《噂の実体化》であった都市伝説といい、あの二足歩行の猫はもっとフリーダムな感じだったけれど。
「えっと・・・ってことは怪我をした俺達は精気吸われてるってこと?涙沙に取り憑いてる飛縁魔に」
俺の質問に京さんは目を開けた。やっぱりまだ眠そう。
「ちょっとミヤの考えで間違ってたとこやな。精気を吸うのが主であって、怪我をしたのはオマケみたいなもん。涙沙が触れた部分の精気が吸われたから、その部分が弱くなったっていうか妙な磁場が出たというか、まぁ飛縁魔の性質の《不幸を呼ぶ》のも重なって、その結果の怪我」
「京さ〜ん。理屈は分かったから涙沙に憑いてるの取ってよ」
俺の言葉に京さんは不愉快そうに顔を歪めた。
「俺は便利屋とちゃうで、今回の件は俺にメリットないっぽかったけど、まこが必死で頼んでくるからしかたなく来ただけやし。だいたい逹瑯、この手の問題は理屈が分からなきゃ解決できへんのや」
京さんはそこでようやく涙沙を見た。京さんのただ者じゃない空気に気圧されたのか緊張している様子。
「俺には少々手に余る。信太が楠木連中の領分やし・・・」
陰陽師の信太家か、密教僧の楠木家、お祓い専門の最強家系。
「涙沙君に憑いているモノ、京さんのヴォルバドスで食べちゃえないんですか?」
「無理やね、涙沙の霊体に飛縁魔ががっちり食い込んでる、俺のヴォルバドスなんかで食いついたら涙沙の霊体まで食いちぎってまうから、まともにお祓いできるヤツの領分・・・つってもこれだけの重傷やから普通に頼んでもン百万の話になるし、信太も楠木も忙しい奴等やからな、待っとったら意識まで乗っ取られるで」
「そんなっ!!なんとかならないんですかっ!?」
無言だった青バスチームから恒人が掴みかからんばかりの勢いで叫ぶのを英蔵が慌てて腕を引いて止めた。
そんな恒人の姿を飛び越して、京さんの視線は浅葱に向いてる。
「・・・例えばやけど?人間の霊体は一切傷つけることなく、飛縁魔だけを食いちぎれるヤツがいたら切り離した飛縁魔は俺のヴォルバドスが食べてやれるけどなぁ」
「あ、俺の犬頭は!?」
「犬頭も人間の霊体喰えるから無理」
なんというか、さっきから持って回ったような言い方をするな、珍しい。
「じゃあその条件に何が該当するんですか?」
ミヤ君もちょっと苛ついてきたらしく低い声。
「《契約》をしているヤツやな、《人間は一切傷つけない》という《魔術的契約》をしているヤツ、ミヤが持ってる杜若との念書に近い、その《契約》をしているとたとえ人間に牙をむけても《契約》によって傷つけるのを回避できるんや、ま、どっちかつーと裏技、ルールを逆手にとるってやつやけどなぁ・・・」
まるでこの場にそういうヤツがいるかのような言い回し。
そしてそれはきっと・・・
「あのさ・・・」
と手を上げたのは浅葱で、それを見て京さんがニヤリと笑った。
「俺、それに該当してるんだけど」
その場にいる人間全ての視線が浅葱に集中する。
「今まで黙ってたけど・・・実は俺・・・人間じゃないんだっ!」
かなり力んで放たれた浅葱の言葉に、残りの青バスメンバーは一瞬きょとんとした顔になってそれから声を揃えて「うん」と頷いた。
「え!?驚かないの!?」
「え、驚くとこだったの?」
「というか隠してるつもりだったんですか?」
大城と恒人に言われてむしろ浅葱が驚いた顔になった。
「か、隠せてなかった?」
「だって、汗はかかないし息切れもしないわりに代謝いいし、あと怪我の治りが異様に早いし」
「あと、浅葱さんって踵がないですよね・・・」
ないんだ!!踵!!しかもそれを隠しきれてなかったんだ、そりゃ気づくだろう。
「別に浅葱君は浅葱君やから別に気にしてへんかった」
「具体的に話す気がないなら聞かなくてもいいかなって感覚で見てたよ」
涙沙と英蔵にも言われ「あ〜」とか呻いて浅葱は頭を抱えた。
「で、そこまで言ったんやったら教えて。浅葱君はなんやの?」
「人虎・・・格好良く言うとワータイガー」
格好良く言う必要性についてはともかく、そう言われれば分かった。獣人類ってことか。
「って言っても憑き物筋とかじゃなくって、そういう一族っていうか集落っていうか・・・まぁ半分人間で半分虎なんだよね、うちの血筋はみんな虎に変身できる」
「ほんまに!?むっちゃかっこええやん!!」
とはしゃいだ声を上げてから涙沙は慌てて口を押さえた。
「ご、ごめん!今の言い方、無神経やった?」
「いや、むしろ嬉しいよ、ありがとう」
そんな青くて甘いやりとりを無視してマイペース、ミヤ君は言う。
「そっか、狼男とか人虎とは出入国時に制限があるんだよな、それがさっき京さんの言った《契約》か」
「うん、きっちりさせられた・・・京さん、俺ならるいちゃんを助けられるんですね?」
京さんはにやっとして浅葱を見上げた。
「俺が涙沙の霊体を引っぱり出すから、浅葱は飛縁魔をくわえて引きはがせばええ、《契約》がある限り、絶対に涙沙は傷つかない、でもオマエ、抵抗はないんか?」
「るいちゃんに牙をむけるのはちょっと、でも大丈夫なんでしょう?」
「そこやないって。仲良しのお友達の前で変身することに抵抗はないのかって聞いとんねん。口で言うのと実物見るんじゃ全然違う。いざオマエの本当の姿目にしたらお友達いなくなるかもしれんで?」
押し黙ってしまった浅葱に青バスメンバーは口々に言う。
「俺達をなめないでください」
「その程度で壊れる関係じゃないし」
「つーか普段の浅葱君の言動のほうがよっぽど極地や、虎になるくらいたいしたことないて」
「どうであろうと浅葱君なのに変わりないもんね」
一部、ちょっと酷い言葉が混じっていたがやっぱりこいつらの絆って深いんだな。
「ふふっ。冗談や、ちょっと意地悪言っただけ。ほな浅葱、さっそく変身しろ」
つーかあれだな日常会話で(日常ではないけど)「変身しろ」って単語ってなんかすげぇな、ファンタジックだ。
友人達の言葉に感動していた様子の浅葱が急に頬を赤らめた。
「・・・じゃあするけど、みんなこっち見ないでくれるかな?」
「あ、変身するとこ見られるのは恥ずかしいんか?」
「・・・そうじゃなくて、あの・・・全裸にならないといけないから、ほら、そのままだと服破けちゃうし」
そうか、人間から虎の姿に変わるんだから当然そうなるわな。浅葱が後ろに下がって、全員前を向いたまま直立不動。
京さんは手で顔を覆って見ないようにしていた。
衣擦れの音がして数秒後、たんという軽い音がして『もういいよ』という声。
ふり返ると虎がいた。それもホワイトタイガー。ちょっと予想外。
輝くような白い毛並みに黒い縞が綺麗に入っている、しなやかそうな身体は猫科の特徴を見事に出していて、目元にちょっと人間版の浅葱の名残がある、神々しい虎。
『あ、俺の場合ホワイトタイガーじゃなくて突然変異だから・・・』
虎はちょっとエコーがかかってはいるけど、浅葱の声で言った。というか浅葱自身なんだけれど、不思議な感じだ。
「す、すっげえ!!超カッコイイっ!!」
恒人がテンションぶっち切って敬語を忘れていた。
「さ、触っても大丈夫ですか!?」
英蔵は挙動不審さがアップしていた。
そんな二人の頭を軽く小突いて大城は苦笑い。
「それは後でしょ、今はるいちゃんのことが先っ!」
分かってる、分かってるけど・・・超もふもふしたいっ!!
毛皮ふかふか!!
「逹瑯・・・おまえ俺のヴォルバドス見た時は腰抜かしたくせに、なんやその態度の違い」
京さんが子供みたいに頬を膨らませて俺に言った。こっちはこっちで撫でたくなるな。間違いなく殴り飛ばされるけど。
ミヤ君も目を輝かせて「カッコイイ・・・」と呟いている。
「あんな、オマエら・・・オマエらの反応は一般からズレてるからな、それだけは肝に銘じておけよ」
京さんは深いため息をついて言った。
「じゃ、さっさとすまそうか」
スタンバイは完了。右手にヴォルバドスを出した状態の京さんが地面に寝転がっている涙沙の上で左手をひらひら動かしている。
「目を閉じて、呼吸を楽にして、全身の力抜いて、頭の中からっぽにしてな・・・3秒数えたら出るで」
涙沙は軽く頷いて言われた通り全身の力を抜いて目を閉じた。その横でちょこんと座っているホワイトタイガー、浅葱。
い、異様だ。すげえ異様だ!
異様を通り越してちょっとコントみたいな光景になっている。
危ないかもしれないので俺達は少し下がって見ている。さすがに青バスチームは不安そうな顔。
しかし事前説明ちゃんと受けたとはいえ全員、京さんのヴォルバドスに動じないとは・・・どんだけ順応性あるんだ、こいつら。
「1・・・2・・・3!」
京さんのカウントが終わると、涙沙が寝たまま宙に浮いた。いや、本体はちゃんと地面にある、空中30センチぐらいのところに半分透けた涙沙が浮いていて、そこに飛縁魔が絡みついていた。それはもはや人の形をしていない、着物の菊模様は見えるけれど残りは触手のように涙沙に絡みついて吸い付いて、酷いものは突き抜けたうえで絡みついていた。
飛縁魔が引きずりだされたことに気づいたのか顔を見せた。恐ろしく整った女の顔だが黒目がなく目はルビーのように輝いていた。
「あ、見える・・・」
「俺も・・・」
大城と恒人がそう呟いた。そういえば俺も眼帯をしたままだけど見えている。
「まぁ、此処まで顕著ならな・・・」
ミヤ君は涙沙達から視線を外さないままそう言った。
京さんがひょいっと顎をしゃくって指示を出すと、ホワイトタイガーバージョンの浅葱が飛縁魔の頭目がけて飛びかかり、噛みついた。黒板を引っ掻いたような悲鳴が聞こえる。
噛みついたまま頭を大きく振って浅葱は涙沙から飛縁魔を引きはがした。ずるずると涙沙の霊体に絡んでいた触手が外れていく。
「ああ!くそっ!!」
何かトラブルでも起こったのか京さんがそう呟いて、浅葱が引きはがした飛縁魔にヴォルバドスで食らいついて丸飲みにする。
「涙沙、俺の声は聞こえとるな?《戻れ》って思えば戻れるから、戻ってええで」
すっと涙沙の霊体が下がっていって本体に戻った。
「俺、どうなったん?」
涙沙は怠そうに言いながら身体を起こした。待ちきれなくなったのか大城達が駆け寄っていったので、俺とミヤ君もそれに続く。
「るいちゃん、大丈夫!?」
「待ってっ!!」
大城を制して涙沙は不安そうな顔で京さんを見上げた。
「左手だけ、体温戻ってないんやけど・・・」
飛縁魔を食べ終わったヴォルバドスを元に戻しながら京さんは言う。
「左手部分はもう完全に乗っ取られてたからな、どうしようもない・・・」
『じゃあ・・・』
浅葱がホワイトタイガーの姿のまま悲痛な声を上げる。
『るいちゃんが左手で誰かに触れたりしたら、また?』
「そういうことやない・・・とりあえず浅葱は人間に戻れ、対人用結界は張ってあるけど、一応な」
浅葱は大人しく頷いて、服を置いてある位置まで駆け戻っていった。
モニュメントに腰かけた京さんの前に、人間に戻った浅葱を含め、全員が真剣な顔で立っている。
涙沙はどうなるんだ。早くそれが聞きたい。
「飛縁魔の大部分は俺が食った。涙沙の左手に残ったのは力の残滓だけや」
「じゃあやっぱり!?」
「話は最後まで聞けや、馬鹿が」
初めて会ってから30分ほどで馬鹿呼ばわりされた英蔵は気まずそうに口を閉じた。
「妖怪連中もな、意志とかそーいう部分はココに入っとんねん」
そう言って京さんは人差し指で頭を叩く。
「だから涙沙の左手に残った力は涙沙の意志で制御できる・・・そもそも今回の件がさほど大事にならずにみんな軽傷ですんだのは涙沙に触った相手が全員、涙沙自身が好意を持ってる相手だったからやと思うで、取り憑かれてても飛縁魔の力の発動に完璧に乗っ取られたわけじゃない涙沙の意志も多少なり影響があったはずやから・・・万が一、憎んでる相手に触ってたらそいつ大幅に精気吸い取られて死んでたかもな」
そう言って京さんは笑った、なんか意地悪してくるな、今回は。青バスチームに気に入らないところでもあるんだろうか。
「ねぇ、ガラだけ骨にヒビが入るほどの怪我だったのは涙沙とほぼ初対面だったからなの?」
言ってから俺の質問もかなり意地悪だと気づいた。涙沙は俯いてしまったし、ミヤ君も含め、他の面子には睨まれてしまった。
「まこは例外、あいつはむちゃくちゃ影響受けやすいタイプやから。猫の目のオマエが一番軽傷だったのと同じや・・・で、涙沙。オマエの左手には力だけ残った。オマエの意志で使える力や。オマエが相手を呪うつもりでその手で触れれば呪うことだってできる。《呪おう》という意志で左手で触れれば相手に《災厄》がふりかかる。でも、オマエが普通に生活しとる限りはなんの問題もない、体温が低いだけの普通の左手」
涙沙は顔を上げた、少しずつ表情が輝きを取り戻していく。同様に他のメンバーの顔も明るくなってきた。そして浅葱は涙沙に向かって手を広げた。
「るいちゃんっ!!」
「浅葱君っ!!」
一昔前のトレンディドラマの如くお互いの名前を叫んでから二人はひしと抱き合って、浅葱が涙沙を抱きかかえてぐるぐる回転。最終的にお姫様抱っこで公園を走り回った。
なんかもうお花畑が見えるよ、極彩色の蝶々が飛んでるよ!
これにくらべりゃ虎に変身できるぐらい常識の範疇におさまるな。
そしてその光景をさも当然といった顔で見ている青バスメンバーにも頭が下がる。
京さんは複雑そうな表情でため息をついた。
「《触るだけで人を呪える》って言ったんやで?めっちゃ重いやろそんなの・・・気にしてへんの、あの子らは」
その言葉に大城が肩を竦めて答えた。
「たとえ力があっても《人を呪う》なんて発想がそもそもないですからね、るいちゃんは」
「涙沙さんは誰が相手でもちゃんと怒るしちゃんと話す人ですから・・・」
恒人にも言われて京さんは頭を掻く。
「あんなぁ。世の中そう良いヤツばっかやないんやで、話しても分からんヤツも、理不尽な攻撃してくるヤツもいるし、人を裏切ることをなんとも思わないヤツもいる、そんな時、あの左手の《災厄》を使いたくなる時だって来るかもしれへんのやで?」
「それが分からないほど子供じゃないし、何も考えないほど抜けてないですよ・・・」
英蔵がやけにカッコイイ笑顔で言った。
「るいちゃんはきっと、そんな時が来た時、《災厄》を使うくらいなら左手切り落としちゃうような子ですから」
「極端なんだかマトモなんだか立派なんだかなぁ・・・」
呆れる京さんに恒人が悪戯っぽい微笑みをたたえて言う。
「そしてそんな状況になったら、手を切り落とす前に浅葱さんが全力で問題を解決しちゃうでしょうね・・・たとえそれが何年後でも。もちろん俺達だってそのつもりですが」
京さんは目を細めて、優しさと悲しさが入り交じった顔で言った。
「変なヤツらやなぁ」
礼を言う青バスメンバーを軽くあしらって京さんはさっさと帰る準備を始めていた、対人用結界を解いている京さんに俺は声をかける。
なんとなく、京さんが寂しそうに見えたから。
「京さ〜ん。朝ご飯ぐらい一緒に食べて行きませんか?」
「・・・俺、食べれんから」
「え?」
「ヴォルバドスで食べたモノしか栄養にならないし、味も感じないから。まぁ咀嚼して飲み込むことはできるで、でも虚しいやん」
京さんは俺を見る、漆黒の瞳は底なしに深い。
「正確に言うなら俺はヴォルバドスと《共生》しとんねん、まぁ9割俺が制御できるんやけど」
「・・・なんでそんなことになっちゃったんですか」
「なんでそんなこと聞くねん、今まで興味なかったやろ?」
「それは・・・だって・・・」
「・・・俺が寂しそうにでも見えたか?」
ふっと笑って京さんは俺から視線を外した。
「俺かて思いだしたら切なくなる思い出ぐらいあるわ、あの5人見てたらちょっと昔を思いだした、楽しかった頃をな」
「・・・今は楽しくないんですか?」
「楽しそうに見えるんか?」
京さんは結界を解き終わって、荷物を抱えた。
「楽しいことはいつか終わるし、好きなやつをずーっと好きでいられないもんやで」
「・・・でも好きな人を嫌いになるのは難しいですよ?」
「そやな、難しい、とっても難しい」
そう言って京さんは朝靄の中、また何処かへ行ってしまった。
快気祝いというほどのものでもないけれど、俺達は朝食を取るために、この町に一件だけあるマクドナルドにいた。
「そーいやさ、明希がこの前、初めてマック行ったとか言ってたよ」
注文をするのに並んでいる時ミヤ君に言うと怪訝そうに見上げてきた。
「アイツ、ここで何食べるんだよ」
「ビックマックセット、ビックマックのパン抜きで!って頼んだらしい」
「・・・最近もしかしてとは思ってたけど、明希ってちょっとバカ?」
「でもちゃんと出てきたらしいよ」
「店側もすげぇ迷惑だな・・・」
「でもポテトの揚げ油にダメなもんが入ってたらしくて死ぬかと思いました!とか言ってた」
「そもそもなんでそんなリスキーなチャレンジをしようと思ったんだ、明希は」
「マゾだからだってさ」
「・・・バカだな」
そんな話をしながら会計を終えて席を探す。机を幾つかひっつけて俺とミヤ君と青バスチーム。
「ところでさ、みんないつから俺が人間じゃないって気づいてたの?」
全く分からないんだけど、という顔の浅葱に残りのメンバーは呆れた顔。
「浅葱君、人間は暗闇で目が光ったりせんのやで」
・・・光るんだ、そうだよな、半分虎だもんなぁ。
「俺もそれと、あと踵がないの見てああ人虎なんだって思いました」
ハッシュドポテトを囓りながら言う恒人に浅葱は心底驚いた様子。
「ツネは俺が人虎ってことまで知ってたの!?」
「まぁ、たまたま知識としてあったんで・・・」
浅葱はがっくりと肩を落とした。
「あ、矢口君達も・・・もしかして気づいてた?」
「変だなぁぐらいは思ってたけど」
「俺は犬頭がしっかり見えてたってのが一番引っかかった」
ホットケーキにこっちの胸がむかむかするくらい蜂蜜をかけながらミヤ君が言う。
「大城君は《あの白い塊が犬頭》って言い方したろ?でも浅葱君はあれがちゃんと犬の姿に見えてた、それで何かしらの得意体質かなって」
大城が苦笑いを浮かべて言う。
「というか、隠してるつもりだってことにこっちが気づかなかったよ」
「そうですよね、英蔵さんでも気づくくらいですもんね」
「ツネ、俺をいぢめたいだけじゃないの・・・」
「嬉しいでしょう?」
可愛いじゃねぇかこのツンデレ子狐ちゃんめ!
涙沙のほうもすっかり調子を取り戻したみたいで浅葱とじゃれている。
すごいな、もし俺の立場だったら、きっとそんな風にできない。
もし自分に相手に気づかれずに相手を確実に不幸にできる力があったとして、普通に振る舞うことができるだろうか。
分かり合えない9割の人間を一切憎むことも恨むこともなく生きていくことができるだろうか。
俺にはきっと無理だ。
ミヤ君のように割り切ったり、涙沙のように諦めることをしない生き方は、俺にはできない。
じゃあ俺は、どんな人間になりたいんだろう、なれるんだろう。
「なぁるいちゃん、本当に大丈夫か?」
涙沙が驚いた顔で俺を見る。
「その《力》のことでなんか困ったことがあったら言えよ、俺ができることなら力になるから・・・いや、これだけ良い仲間がいるなら大丈夫だとは思うけど、俺にできることがあるなら、な」
涙沙は目をぱちぱちさせて叫んだ。
「た、逹瑯君が・・・!初めて俺のこと《るいちゃん》って呼んだ!!」
・・・え?あ!
顔が熱くなる、火を噴きそうだ。
「ちがっ!みんなそう呼んでるからつられただけだよっ!バカ!!」
「ええやん、るいちゃんって呼んでくれてええんやで」
「るせー!うるせー!ばーか!ちーび!誰が呼ぶかっ!」
「逹瑯君、顔真っ赤や〜!」
「だからうるせぇって!!」
そんな俺の肩を優しく叩いてミヤ君が言った。
「落ち着け、そして冷静になれ、逹瑯。同級生をあだ名で呼ぶぐらい別に恥ずかしいことじゃないだろ?」
「・・・・・・あ」
そうだよな、ミヤ君にしてもユッケにしてもヤスにしてもガラにしても全部あだ名だもんな、確かになんでこんなに恥ずかしいんだ?
う〜ん、謎。
「このアホはほっといて、俺が気づいたどうでもいいこと言っていいか?」
「どうぞ」
人間でないことがとっくの昔にバレていた動揺から立ち直ったらしい浅葱が優雅に微笑んで言う。今更だけど、こいつマック似合わないな。見た目が貴族ぽいもんな。
「オマエらの名字、十六夜(いざよ)、砂倉(さくら)、高嶺、文里(もり)、藤、って偶然にしては面白い一致があるよな」
「え〜なになに」
顔を寄せる俺の頬に意味なくビンタをかましてミヤ君は言う。
「全部、日本の薔薇の名前だろ?漢字は違うけどさ」
「すごいね、俺以外でそれに気づいたのは矢口君が初めてだよ」
「なかなか運命的じゃないか」
笑うミヤ君に浅葱も頷く。
「しかも全員、花とイメージがピッタリなんだよ」
へぇ、帰ったら図鑑でも見てみよう。
「そりゃ偶然にしちゃおもしろいね」
「なんかの伏線だったらイヤだけどな・・・」
「伏線ってミヤ君、小説じゃないんだから」
「逹瑯、人生は小説だ」
ミヤ君の言葉にみんなで笑い転げた。
そして後日談。砂倉涙沙は相変わらずバスケ部のスターで校内の人気者だった。
一つ変わったのは左手にいつも指なしの革手袋をしているようになったこと。
彼なりのしるしでけじめみたいなものだった。
起こったことを忘れない記録。
異端の証。
ちなみに俺達は今回の件を相談しなかったことをユッケとヤスからむちゃくちゃ怒られた。
たとえ役に立てることがなくても話してくれと言われた。
俺も青バスメンバーと同じぐらい良い仲間に恵まれてるんだと実感。
青バスメンバーとはあれからすっかり仲良くなって、放課後、ヤスと一緒に3on3をするのを見るのが週二ペースぐらい。
ふわふわの金髪を揺らしてロングシュートを放つ涙沙はやっぱり綺麗でかっこいい。
願わくは《災厄の左手》がこの先ずっと彼の枷になることがないようにと、俺はそれを見るたびに思う。
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