ドウタヌキ?


番外#2跳狐ジャンプ


初めてツネこと高嶺恒人を見たのは市の体育館だった。全国大会への進出をかけた決勝戦。
観客席からでも分かる華を持った子で、試合が始まってからはもう彼から目が離せなくなっていた。まるで足に翼があるかのようにコートを駆け回り、そして放たれたスカイフックが見事に決まった瞬間は会場内からどよめきが起きた。
しかし試合を見ているうちに俺の心には苛立ちが積もり始めた。ツネがいた他のチームメイトが下手だとは言わない、ツネが飛び抜けているのだ。が、単純に実力でいけば相手チームの方が力量は上だろう。
−俺ならあそこでいいパスが出せるのに
−もっと上手くサポートしてやれるのに
そんな思いが心を占めていって俺は苛立った。
彼と同じチームならばという思いはどんどん強くなっていって、止まらなくなった。
彼があの事件をきっかけにバスケを止めてしまったと聞いた時は心底落ち込んだものだ。なにせ俺はあの時、現場にいた。
してやれることはなかったのかと悔やんだ。
だからツネが青嵐高校に入学したと聞いた時、そう、あの入学式の写メールを見た時、浅葱君に頼み込んで彼をバスケ部に勧誘しに行ったのだ。
「バスケがやりたかったらウチに入学してこないと思うけど・・・大丈夫かな?」
という大城君の呟きは大正解で、初めて言葉を交わした瞬間、鞄でぶん殴られるという我ながらアホらしい結果になってしまったのだけれど。



跳 狐 ジ ャ ン プ



実のところツネがどうして俺の誘いに乗ってくれたのか全く分かってはいない。
なんであんな風に笑い出して、バスケ部に入ることを承諾してくれたのか謎だった、それをるいちゃんに話したら。
「ほんっっっっと英蔵君はアホやな」と呆れられて理由は教えて貰えなかったのだ。
ツネは明るい社交的な性格でバスケ部にすぐに馴染んだ。浅葱君とは既に面識があったらしい、新入生代表挨拶の引継みたいなことで言葉を交わしていたようだ。るいちゃんとはすぐに兄弟みたいに(むしろ姉妹に見えると言ったら双方からどつかれた)仲良くなったし、兄貴気質な大城君にはすぐに懐いた。
が、俺に対してはつんけんした態度を取ったり、辛辣なことを言ってきたりするので、初っ端から鞄で殴られたということもあり、嫌われているんじゃないかという不安があった。
ちなみにこのこともるいちゃんに相談したのだけけれど「ほんっっっっっっっっと英蔵君はアホやな」とややタメ多めで同じ台詞を言われてしまった。
なんだってんだ。
たとえば登校時、跳ねるように、軽やかに歩くツネの姿を見つけるのは容易で、声をかけようと思うのにいつだって躊躇ってしまう。
そうこうしているうちにツネが気づいてあの水晶玉みたいな目で俺を見て言うのだ。
「俺の後ろで挙動不審は止めて下さい、注目が集まっています」
と。他の部活のメンバーとは普通に挨拶を交わすのになんで俺だけ。
浅葱君や大城君といるときは、むしろ甘えるような態度すらとるのに俺には一貫して「つーん」という擬音が聞こえてきそうな雰囲気で辛辣なことをずばずば言ってくる。
今度は大城君に相談してみたら呆れた顔で「英ちゃんはバカだねぇ」と笑われた。
だからなんなのさ。
最終的に浅葱君に相談してみたら思いっきり不思議そうな顔で「ツネは英蔵君といるときが一番楽しそうに見えるけど?」と首を傾げられた。
そんなこんなで4月の終わり、俺は意を決して登校中のツネに声をかけた。
「・・・おはよう」
「おはようございます」
あまり人相のよろしくない俺が難しい顔をしていると只の悪人顔になることは分かっているけれど、心と裏腹の表情を作れるほど俺は器用ではない。
「ちょっとさ、話があるんだけど・・・来てくれる?」
勧誘時の失敗は繰り返すまいと慎重に言葉を選びながら言うと、ツネは不思議そうな顔をしながらついてきた。
体育館裏。
この場所が使用されるのは決闘か告白(男子校だがごくまれにそれもあるらしい)だということに来てから気づいて後悔した。
ツネは落ち着かない様子できょろきょろしてから言った。
「で、話ってなんですか?」
「え・・・・・・と、あのさ、ツネって・・・俺のことキライ?」
「はぁっ!?」
全く予想外のことを言われたとばかりに大きい目をさらに丸くしてツネは俺を見る、ああ、眼球って本当に球体なんだなぁとどうでもいいことを思った。
「いや、態度とか・・・嫌ってるなら嫌ってるでいいんだ、俺って空気読めないし、ヘタレだし、ツネみたいにしっかりしたヤツから見るとイライラさせちゃうのかもしれないし。でも俺、ツネとバスケしたいんだ、ツネと同じチームでいたいから・・・あの」
俯いてそこまで言ってから顔を上げた、呆れられただろうなと思ってツネの顔を見たら、彼はひどく傷ついた顔をしていた。
俺、またなんか失敗したのか。
「ち、違うんだ。ごめん変なこと言って、別にツネがいて部内の雰囲気悪くなってるわけじゃないし、むしろ良くなってるのに、俺が余計なこと言ったら・・・」
ツネは露骨に深いため息をついて俺を見た。
「英蔵さん、俺がいつ英蔵さんのことキライだなんて言いましたか?」
「いや、言ってはないけど・・・つっかかってきたりとか、その・・・えっと・・・ツネってるいちゃんとはしま・・・兄弟みたいだし、浅葱君のことは尊敬してるし、大城君には頼ってるみたいだし・・・」
「・・・・・・・んですけど」
「え?ごめん聞こえなかった」
ぎっと俺を睨みつけてツネは言う。
「俺、あれで英蔵さんに甘えてたんです、けど・・・まさか嫌ってるとかそんな風にとってたなんて、迷惑だったんですね・・・ごめんさない」
俺を睨みつけてる瞳が僅かに濡れていて、今、自分がやった失敗は失言ではなく、そもそも出発点から間違えてたことに気づいた。
「め、迷惑だなんて思ったことは一度もないよ!でも俺のことキライでやってるのかなと思ったらすげぇ怖くなって」
「嫌ってなんかいませんよ・・・誤解されるような態度とってごめんなさい、今度から気をつけますから・・・」
「ち、違う!態度変えて欲しいとかじゃないんだよ!むしろ今のまんまでいい!」
今度こそツネは呆れた顔になった。
「じゃあどうしたいんですか、英蔵さんは?」
「ツネが俺を嫌ってやってないって分かれば、ツネの態度、全部嬉しい・・・です」
「・・・今、自分がどれだけ恥ずかしい台詞言ってるか自覚あるんですか!?」
そう言われて、俺は今までの会話を反芻してみた・・・・・・・・・うわっ!恥ずかしい!!
もう一回謝ろうとした時、ツネがはっとした顔でふり返った。
「誰かいるんですかっ!?」
体育館裏に入るのに俺達が通ってきた通路の角、その向こうへツネが鋭い声を飛ばすと、どたどたどたっ!と音がして、折り重なるように倒れてきた人物が三人。
下からるいちゃん、大城君、浅葱君。
全員へらっと気まずそうに笑った。
「るいちゃん・・・だから立ち聞きはよくないって言ったじゃない」
「大城君かて一緒になって聞き耳立ててたやんっ!浅葱君も!」
「いや、俺は心配だったから・・・」
責任を押しつけ合う三人と呆然とする俺を交互に見て、ツネは笑い出した、口に手を当てて、呼吸ができなくなるんじゃないかってぐらい笑って言った。
「ほんと皆さん素敵ですよねぇ」
「・・・その《皆さん》に俺は含まれてるの?」
俺の質問にツネは軽いパンチを俺の胸に当てて答えた。
「そーいうこといちいち聞かないでくださいっ!」



浅葱君がツネに『子狐』というあだ名を付けたのは5月半ばだったか、その頃ウチの部は《変なあだ名》ブームでそれも只の変なあだ名ではなく、イメージにあった物に喩えてそれで呼ぶというものだったけれど、最終的にツネの『子狐』とるいちゃんの『子リスちゃん』が定着した。るいちゃんに関しては『苺大福』もかなりの傑作だったと思うけれど。それから続いたスイーツシリーズでは俺は『外郎』るいちゃんが『フルーツタルト』ツネが『ミルフィーユ』で大城君が『モンブラン』浅葱君が『アップルパイ』だった・・・あれ?俺の扱い悪くない?
せめて『チョコレートケーキ』じゃない?この流れだったら。
それはともかくツネが『子狐』というのは全面的に賛成だ、俺が人生で使える票を全て投入したいぐらい俺の中で大ヒットだった。
「情が深くて悪戯好き」という浅葱君の名付け理由にも賛成。「《情が深い》ってあまり男に使う言葉ではない気もしますけど、そして時と場合によっては褒め言葉ですらない気もしますが」とツネは苦笑いしていたけれど。
ツネの艶のある長い黒髪は、後ろで結んであって、先がくるっとカールしている。それは彼が軽やかに歩くたびに揺れて狐の尻尾みたいだ。
直接呼ぶと怒られるのでよく心の中で『子狐ちゃん』なんて呼んでいた。
不審者か、俺は。



6月終わり、未知なる体験にして貴重な体験であった飛縁魔の一件が終わってから、俺達はさらに仲良くなった。特に浅葱君とるいちゃんの仲の良さは見ていて引くぐらいラブラブだった、友人同士で使う言葉でないことは分かっているが、あれはラブラブと以外表現しようがない。
しかしあの一件で俺達はどうにもならなかったコトと、この先どうにもならない現実を突きつけられる結果になった。浅葱君は『人虎』だ、彼が人間ではないことを俺も気づいていたけれど、そのことを知ったのはあの一件のあと、ミヤ君に教えてもらった。5月半ばに急に目立つようになった彼。どこか浅葱君と似たものがあるけれど、スペックは同じだけれどスキルが違うといった人物像を持つミヤ君こと矢口雅哲君から聞いた事実に俺は打ちのめされた。
今まで我が青嵐高校バスケ部は単純に人数の問題で大会に出ないのだとそう思っていた。
でもそれは違った。
15年前に制定されたルールーにより一部の《能力者》と人以外の血を引く者は『公式のスポーツ大会に出られない』のだ。
浅葱君はどれだけバスケを続けても、上手くなっても、公式の試合にでることができない。
そしてミヤ君によれば、あの飛縁魔の一件でるいちゃんの手に残った《災厄》。あれによってるいちゃんも公式の試合にでることは別の意味で不可能になったらしい。

「涙沙君の力は秘密だ、バレたらややこしい連中が口を出してくるだろうって京さんも言っていたし、隠すのが最善。でも公式の試合に出ようと思ったらドーピング検査ならぬ《能力者》検査があるんだ、それにかけられたらたぶん、涙沙君の左手に残ってる力のことがバレるよ?それは絶対に避けるべきだ、世間は普通と違うことにとても厳しい。まだ短い付き合いだけど、涙沙君はとても心の優しいいい子で、あの《災厄の左手》を使う機会もないだろうってことは分かる。でもそれは俺達が友達だから思うんだ、あの力のことが公になったら、それこそ迫害されるよ」
そこまで言ってミヤ君は薄い唇を尖らせた、ツネと同じ薄い唇、文章化してしまえば同じ言葉に集約されてしまうことも、視覚で捕らえると全然違うなあと、現実逃避気味にどうでも良いことを思った。
「・・・《魔女狩り》だよ。なんで拝み屋連中は《祝り人》で固まってる?未知の力を持ってるヤツがいりゃ迫害する、それが人間だ」
この辺りがミヤ君と浅葱君の最大の違いだろう、ミヤ君は『人間』というものに対してとても非情だ。
俺の顔が不満そうに見えたのか、ミヤ君はあの猛禽類みたいな目で俺を見て微笑した。
「俺としては《ヘイトクライム》の枠に入れてもいいと思っているんだけれど、そもそも《ヘイトクライム》に対して日本は後進国だからな・・・《魔女狩り》、分かるよな?」
意志を持って触れるだけで呪うことのできる力、それはやっぱり異端で、異常なんだと彼の言葉で思い知らされた。
「俺はスポーツに打ち込んだことがないから分からないけどさ、やっぱり公式大会出て記録残したいのも分かるけど・・・」
「あきらめる、べきですか・・・」
「残念ながら、な」


部活後、体育倉庫に用具を片付けながらツネにその話をすると、ちょっと唇を噛んで言った。
「まぁミヤ先輩の言うとおりでしょうね・・・」
「・・・やっぱそっか」
「覚えてます?1ヶ月ぐらい前、浅葱さん持っていたボールが破裂したことあったでしょう?」
「ああ、あったね」
「あれってたぶん浅葱さんが勢い余ってというか本気で握っちゃったからだと思います」
「・・・え?」
「力強いらしいんですよ、人虎って。というか怪力?普段はかなりセーブして生活しているんでしょうね」
「そっか、大抵の人間はそういうの見たら怖がる、か。るいちゃんの力にしても同じかぁ・・・なぁツネ、これからあの二人、肩身の狭い思いしたりしないかな」
ボールがすごい勢いで俺の胸の辺りに飛んできたので慌ててキャッチした。手が痺れる。
「そうならないために俺達がいます。というか俺達がそうさせちゃいけません」
若くて幼い言葉ではあったし、それが一生の約束になりえない可能性の高さももちろん俺は分かっていたけれど、ツネのその言葉は胸に火を灯すように熱く真剣だった。
だから俺は力強く頷いたのだ。



俺の所属する2年C組は『団結力』という言葉から最も遠いところにいるクラスだ。
あの調停上手な浅葱君が学級委員を務め、杉原先生という熱血教師を担任にもつA組はそこそこクラスの絆があるし、当初最悪の雰囲気だったB組もミヤ君による《常識外れの統率》によって今や校内一問題のないクラスだった、ただB組の生徒のほとんどが「なんで問題が解決したのかが実はよく分からない」と言っているところは問題な気もするけれど。っていうか怖いけど。
C組内で会話するのは大城君と、俺達同様ミヤ君達に世話になったというしんぢ君だけ。マオ君の失踪事件を解決したのがミヤ君達だったと聞いた時は驚いたものだ。
ある日の中休みのこと、俺は前の席のクラスメイトの話に苛々しながら次の授業の準備をしていた。無視しようと思ってもバカでかい声で交わされる会話はイヤでも耳に入ってくる。
「入学式の時に写真出回ったヤツ、覚えてる?高嶺恒人」
「覚えてる、あの男のくせに美人なやつだろ」
「今朝アイツに話しかけたらさ《なれなれしく話しかけないで下さい》とか言われたんだぜ?男のくせにお高くとまりやがってイヤなやつ」
自分の額に青筋が浮かんだのが分かる。ツネは基本的に礼儀正しい子だ、そんな返答をしたってことはコイツはよほど失礼な声のかけかたをしたんだろう。
それをイヤなやつってどういうことだよ。隣の席の大城君は目を細めてその会話を聞いている。
怒りゲージが半分は超した顔だ。
「オマエなんて話しかけたの?」
「《男と付き合ったことあるのか》って」
「そりゃ知りてぇなあ!つーか女だったらよかったのにな、アイツ」
下卑た笑い声を上げるな。そんな下品な話題にツネのことを出すな。ツネの良さは性別なんかで測れない。
「弱小バスケ部のエースで学年トップだからって調子乗ってんじゃねぇの?」
「見た目は良いんだから黙って立ってりゃいいのにな、男なのが残念だけど」
オマエらになにが分かるっていうんだ、ツネは勉強にしたってバスケにしたってすごい努力をした上で結果をだしているんだよ、黙れよ。
大城君は怒りのあまりへし折ってしまったらしいシャーペンを半眼で見つめていた。
俺の怒りゲージはもう満タンだ、ボタン一つで爆発してしまう。
大城君も満タンが近い。
だいたいなんなんだコイツら、同じバスケ部員の俺達がいる傍でこんな話をするなんて。
「なぁ、恒人呼びだしてちょっと脅してみねぇ?生意気な新入生を躾るのは先輩の役目だぜ」
その言葉を聞いた瞬間、目の前が真っ赤に染まって、俺は机に脚をかけその勢いでそいつの顔面を殴り飛ばしていた。机を三つほど巻き込んで相手が吹っ飛ぶ。
「なにすんだよ、てめぇ!」
もう一人が俺に殴りかかってきたが途中で転んで、もろに顔面を床に打ち付けた。手前の席に座っていたしんぢ君が足を引っかけて転ばせたらしい。
「おや、失礼。《人》がいるとは思わなかったから」
と微笑んでしんぢ君は俺の方を見て軽く頷いた。
「英ちゃん、落ち着いて・・・」
まだ荒い息を吐いている俺を大城君が俺の腕を掴んで机から下ろした。
・・・同級生を殴ってしまった。青嵐高校は喧嘩が珍しくない学校ではあるけれど、俺が一方的に殴り飛ばしたこの事態、問題になるのだろうか。
バスケ部に迷惑がかかってしまわないだろうか。
騒然となった教室内で大城君が俺の背を撫でながら言ってくれた。
「英ちゃんが行かなかったら俺が殴ってたから・・・」


2年C組の担任は河村先生だ。究極のことなかれ主義と言われる彼だって教室内での暴力事件となれば無視はできないだろうと思っていたのだけれど、しんぢ君が「俺は全部様子を見ていましたよ、第三者観点から公平に事情を説明します」とさらりと言って河村教諭と共に職員室へ向かい、何をどう話したのか俺にお咎めはなかった。
でもそれなりに騒ぎになってしまったのも事実で、しっかりと他の部活メンバーの耳にも入ってしまった。もちろんツネにも届いた。その日の部活は緊急会議となった。
体育館の真ん中に円座を組んで、話し合い。
「つまりアレですか?英蔵さんは俺がヤキ入れられそうになったのを阻止するためにクラスメイトぶっ飛ばしたと、そーゆうことですか?」
水晶玉の瞳に俺が映ってひどく気まずい気分になった。
「・・・単純に頭にきた、から」
俺の煮え切らない態度にツネはため息一つ。
「俺・・・すでに4回ほど呼び出し喰らいましたけど、全員叩きのめしちゃってるんですよね」
そういえばツネってめちゃくちゃ喧嘩強いんだったな・・・でも問題はそこじゃなくて。
「ツネのことなんも分かってないヤツに勝手なこと言われたから腹が立って、それ、で・・・」
「俺って・・・そんなに態度悪いですかね・・・」
「そんなことはない、アイツらのはただの妬みだよ」
目を伏せてしまったツネに大城君が言う。俺もこのくらい的確に話せたらな、いいのに。
「でも、暴力はよくないよ」
浅葱君が静かな声で言う。
「話して解決する余地があるなら話すべきだったと俺は思う、英蔵君、守ることと暴力はイコールじゃないよ」
厳かで威厳のあるその声に俺は身体を縮めてしまった。ほんとに情けないな、俺。
「・・・良くも悪くも目立ってはいるんだよ、ウチのメンバーは。特にツネはウチに入部するか否かが賭の対象にされてたでしょ、そのとき賭け負けた人達の中でツネを逆恨みしてる連中がいるんだよね」
「ええ、実際それでいまだに絡んでくる人もいます」
それって、ほぼ俺が種をまいたようなものじゃないのか?
俺の責任もあるのか。
そんな俺の心を読んだかのようにるいちゃんが言う。
「別に英蔵君のせいとちゃうで?勝手に人を賭けの対象にして、それを素直に楽しんで見守ってたならともかく、たかだか食券数十枚のことで逆恨みする連中がアホやろ」
鼻を鳴らしてふんぞり返るるいちゃんに苦笑しながら大城君が言う。
「ツネちゃんなら絡まれても簡単に叩きのめしちゃうことも分かってるよ、分かってるけどイヤなんだ・・・やっぱりそんな風に絡まれたらいい気持ちはしないでしょ。ちょっとでもツネちゃんに嫌な思いさせたくなかったし、目の前でそんな話されて見過ごせない。それに本当にタチの悪い連中だってこの学校にはいるから、ツネちゃんが喧嘩強くても絶対大丈夫とはいえないじゃない、だから英ちゃんがやらなかったら、確実に俺が殴り飛ばしてたと思う」
俺が言いたかったことを大城君は上手く言語化してくれた。ツネは身を乗り出して俺と大城君を見る。
「なら俺もイヤですよ。英蔵さん、殴り返されそうになったんでしょう?俺のことで喧嘩になってお二人が怪我でもしたら・・・すごくイヤです」
そんなツネの頭を優しく撫でながら浅葱君は微笑む。
「るいちゃんの一件で学んだこと改めて復習しよっか。仲間が傷つくのはイヤだけど、それ以上に仲間が自分のために傷つくのはイヤだってこと・・・誰も傷つかない方法ってとっても難しいかもしれないけれど、それを絶対に意識しておこうよ」
「そやな、自分の身を守ることと相手を守ることはイコールなんや。相思相愛の場合はな!」
るいちゃんが笑顔でシメて、緊急会議は終わった。
着替えるために部室に向かおうとしたらツネが俺の耳をつまんで引っぱってきた、何事だ?
「いたっ!ちょ、なにするの!?」
他の三人は気づいていないようでもう背中が遠い。
「馬鹿蔵さん」
「・・・ば、ばかぞうって!?」
ツネはつまんだ俺の耳に唇を寄せて囁いた。
「・・・ありがとうございます」
それだけ言うと驚くほどの素早さで俺から離れるツネの肩を思わずつかむと冷ややかな視線が返ってきた。
「近づかないで下さい、物理的に!」
「え!?」
「精神的にならもっと近づいてくれて良いですけどね」
そう言うとあのいつもの跳ねるような動作で部室に駆けていってしまった。
影で必死で努力しながらそれを一切見せず、愚痴もこぼさず、俺達の前では明るく元気で、その上マネージャーみたいな世話まで焼いてくれるツネ。
排他的であるとか、拒絶しているとかそういう意味でなく、相手を気づかう故にあまり本音を言わない彼の心からの「ありがとう」は、一時行動不能になるくらい胸に響いた。



精神的にお近づき宣言以降、ツネは俺の姿を見つけると駆け寄ってきて必ず何かしらの悪戯をしかけるようになった、以前からそういう部分はあったけれど、今となってはもう悪戯された数をかぞえるのを途中で放棄してしまうほど。それが彼なりの「甘え」ならば嬉しいと思ってしまう俺はマゾなのだろうか。
その日も廊下を歩いているとツネが駆け寄ってきた。健康的な白い歯をのぞかせて笑っている。その後ろには保健室登校を卒業した御恵明希君。
ツネより背が高いけど、ぐっと幼くて愛らしい顔立ち、話す声も甘ったるい。
「恒人君、良い相談相手って英蔵先輩ですか?」
「そうそう!英蔵さんならばしっと良い答えを出してくれるよ!英蔵さ〜ん、明希君が悩み事があるそうなんで聞いてあげて下さい」
いやいやいや、俺のところに持ってきた時点で悪戯の伏線だよな、相談事なら浅葱君のとこに連れていきなよ。戸惑う俺の前に押し出された明希君はアヒル口で俺を見た。
・・・・・・断りにくいな、なんだこの子の全体から漂う危なっかしさは。
「あのですね、英蔵先輩!友達同士でキスするのって変なんですか!?」
「はぁ!?」
危なっかしいんじゃなくてマジで危ないことを言い出す子だった。
「逹瑯先輩は日本人は友達同士でキスはしないって言うんです、でもしんぢやマオ君はするものだって言うんですよ〜!」
ツネがにやにや笑って俺を見ている。子狐ちゃんめ・・・
「一般常識としてしない、と思うけど。明希君は友達とキスできるの?」
「できますよ〜!気分が高揚するとしちゃいますね〜!」
「君はテンション上がった時のジェシー叔父さんかい!!??」
時限爆弾送られた気分だぞ、これ。
「うななっ!すごいです!英蔵先輩、逹瑯先輩とツッコミが同じです!あのツッコミマスターの逹瑯先輩と同じツッコミとは!さては英蔵先輩、プロですね!」
頭たたき割って中身確認したくなるな、この子。たぶん12本ぐらいネジが紛失してるぞ。
「英蔵さんは少年時代に《フルハウス》を見ながら、どんどん成長して可愛くなっていくステファニーにドキドキしていたタイプですね、むっつりスケベ」
ツネがそんなことを言ってきた、いや、確かにステフは可愛いけど!
「ツネ、あの名作をロリコン製造器みたいに言うんじゃねぇっ!!第八シーズンの10話なんて何回見ても泣けるんだぞ!?」
「おや、ステファニーじゃなくてドナ・ジョー派でしたか?」
「お、俺はベッキー派だっ!!」
いや、ステフ派なんだけど。一番無難なところを言ったけれどツネはあっさり見破ったらしく、妙に可愛い声を作って言った。
「How rude!」
あまりの大ダメージを受けて頭を抱える俺にツネは声を元に戻して真顔で言った。
「すいません、英蔵さん。歴史物好きの貴方が《フルハウス》を英語版まで完全に把握しているほど思い入れがあったとは・・・・」
「一瞬でも幸せを感じた自分に涙が止まらないです・・・」
ちなみに『How rude!』はステフの口癖で邦訳版だと『ちょームカつく!』でどっちも好きです。
勝ち気なおませさんってところがツネと被ってるし、俺、昔からこのタイプに全力で弱いんだなぁ・・・ツネに抱いているのは恋愛感情じゃなくて庇護欲だけどさ。
「俺はジョーイおじさんみたいなお父さんが欲しかったです・・・じゃなくて友達キスの話ですよ!」
大幅に脇道に逸れた話を明希君が元に戻した。逃げられないらしい。
俺がどう回避するのか笑顔で待ちかまえているツネをぎゃふんと言わせるために、俺は頭をフル回転させた。
「えっとな、明希君。テレビドラマとかで友達同士がキスしてるの見たことある?」
「ありませんけどテレビドラマは作り話ですよね」
微妙に回転いいな、この子、回転の方向が間違っているのか回転しすぎてわけわからなくなってるかのどちらかだな・・・俺は同じクラスのしんぢ君の顔をを思い浮かべた、彼ならろくでもないこと吹き込みそうだな、この前助けてもらったけど、そういうこと楽しんでしそうなタイプだ。
どう説明したら良いんだろう、というか文化圏によっては友達同士でも挨拶のキスを交わすこともあるそうだから、絶対にダメではないんだよな。
そういえば浅葱君はナチュラルに手の甲にキスならするし・・・あれ?なんであの行為に今まで誰も突っ込まなかったんだろうな・・・あまりにも自然すぎるからか。
「あ〜・・・じゃあ明希君、女友達とはキスできるの?」
「うな?・・・な?えっとできませんね、キスしたら友達じゃなくなる・・・あれ?」
どうやら上手いところを突けたらしく、明希君は真剣な顔で悩みだした。
「キスしたら友達じゃなくなるけど、友達キスはあり・・・矛盾しています!」
「・・・してるね」
「マオ君としんぢに確認して来ます!」
と言って明希君は走っていってしまった。
「・・・恒人君?」
「なんでしょーか?」
しれっと言うツネの肩を掴んで力を込める。
「今回の悪戯は・・・きつかったです・・・」
「それはよかった!」
その笑顔に全身の力が抜けた。



一度も不思議に、不自然に思わなかったのかと言われれば俺は俯くしかない。目の前で現実として展開された出来事だから受け容れた、それだけの話だ。
あるいは俺に『知識』があったなら、それに気づいていたかもしれないけれど、きっとそれはどうでもいい。
指摘されれば分かること、単純すぎるその事実。
浅葱君をよく見ていれば人間離れしていることが分かったように、このことだってまともに考えたら分かっていたことなのかもしれない。
中学生のスカイフックなんて常識外れだった。
ツネのジャンプ力は度を超している。
人を飛び越せるほどのジャンプ。
人間離れまではいかなくても超人級のその域に中学生で到達できたツネは・・・《普通じゃない》と。


もうすぐ夏休みという頃、部活を終えた帰り道、家の方向の関係でツネと二人だけになるその時にツネがいつになく真剣な顔で言った。
「俺ね、バスケでプロ目指したいんです。将来的にはNBAで活躍する選手になりたい」
高校一年生でもうそこまで将来の夢を持っているのか、俺は少し感動した。
「ツネならきっとなれるよ・・・」
「今日、親に話そうと思います」
尖った横顔は緊張しているのか固い。
「そっか、頑張れよ」
「・・・はい」
もっと気の利いた言葉もあっただろうに、そんなことしか言えない俺。でもツネは笑って俺を見た。
「がんばります」
小さく拳を作って、水晶玉の瞳を輝かせて、夢を持っているヤツの目ってどうしてこんなに綺麗なんだろうとそんなことを思いながら俺も微笑み返した。



翌日、登校中に会ったツネの様子が明らかにおかしかった。ひどくなにかを思い詰めているような顔をしていて、俺が声を掛けても生返事。それでいて、何か言いたそうな目で見つめてくる。
昇降口で別れた後、俺は少し悩んでからツネの後をつけた。
我ながら情けない。
ツネは事前にメールで待ち合わせをしていたらしい逹瑯君とミヤ君に合流して、特別棟の屋上へ歩いていった。その後をこっそり着いていく俺。
ダサイ、自分で自分がダサすぎる。
俺に言えなくてミヤ君達に言える話ってなんだよっていう子供じみた苛立ちも重なって、凹んだ。
まさか屋上までついていくわけにもいかずに俺は、階段の前で待っていた。予鈴が鳴る頃、ツネと逹瑯君が出てきたけれどとっさに身を隠してしまった。
・・・なにがしたいんだよ、俺。
俺は屋上へ続く扉を開けた。あの時外れた柵は綺麗に直されていて、微かに煙草の香りがした。
煙草を吸っていたミヤ君が俺を見て笑う。猛禽類の目。
「煙草、吸うんだ?」
「内緒だべ」
会話が続かない。紫煙が漂う中で無言の俺達。
「英蔵君さ・・・」
ミヤ君が吸い殻を携帯灰皿に押し込みながら口を開いた。
「《アドバイスをする》のと《相談にのる》のと《力になる》のと《支えになる》って全く別物だと思わねぇか」
「・・・え?」
「恒人君は英蔵君にとってどの立場だよ、って話」
俺が答えないでいるとミヤ君は妙に可愛い笑顔で笑って屋上から降りていった。

俺にとってのツネの立場?


その日、休み時間にツネが絡んでくることもなく、部活でもいつも通りに振る舞ってはいるものの練習に身が入っていない様子だった。
「なぁ英蔵君。ツネ、なんかあったん?」
るいちゃんに聞かれたけど、俺は首を傾げるしかなかった。なにかあったかって俺が知りたい。
昨日言っていた親との話し合いが上手くいかなかったのかと思ったけれど、そういうことではない気がする。
みんな心配はしているものの、ツネのそんな様子を見るのは初めてで対応に困っているようだった。
部活が終わり、片付けをしている時にるいちゃんがツネに声をかけた。
「ツネ〜!この後、アイス食べに行かへん?期間限定トリプルサービス、そろそろ終わってまうやろ?」
元気づけて、そして聞ける話なら相談に乗ろうというるいちゃんの気づかいだろう。ツネにもそれは伝わったらしく、嬉しさと困惑が混ざったような笑顔を浮かべた。
「すいません、俺・・・今日はちょっと用事があって、明日行きましょう」
「ん、ほな明日な!」
るいちゃんは気分を害した様子もなく明るく笑った。
用事ってなんだろうと思っていると、ツネが俺に近寄ってきて小声で言った。
「この後、俺に付き合ってもらいます?一緒に行って欲しいところがあるんです」
「え!?俺!?」
「・・・今、俺は誰に話しかけているんでしょうかね」
「はい、俺です。いいけど、どこ行くの?」
「秘密です」
なんだってんだ?


30分後に学校の裏だということなので、適当に時間を潰してから行ったら、裏門に私服姿のツネがいた。白いTシャツにダボダボの黒いワイシャツ、下も大きいデニムのハーフパンツ。BBキャップ。
とんでもない男前だった。というか休日もひたすら部活をしていて、遊ぶのもその帰りなので、必然的に制服だったため、ツネの私服を見るのは初めてだった。ストリート系なんだ・・・意外。
どんなファッションだったら意外じゃないのかと聞かれると困るけれど。
「なんで私服なの?」
「補導対策です」
「・・・そんな不良みたいなことを」
「俺は別に優等生というわけではありません」
固い声でそう言ってツネはくるっと後ろを向いた。
「行きますよ」
「行くって、何処へ?」
「ついてきて下さい」
キャップからこぼれた長い後ろ髪が尻尾みたいに揺れている。
俺は無駄口を叩くのをやめてツネの後ろを歩きだした。


向かったのは学校の裏山だった。山道があることすら知らなかったので登るのは初めてだ、朽ちかけた木の階段を、ツネは跳ねるように登っていく。
光源は月明かりだけなのに、なんの苦もなく軽やかに歩くツネの後を俺は必死で追いかけた、足元がほとんど見えなくて、転びかけた三度目、ツネの手が俺の目の前に差し出された。
「怪我でもしたらことですから、掴まって下さい」
「・・・あ、うん」
ツネに手を引かれ、闇の中を登っていく。暗闇のせいで時間の感覚も分からず、時計の確認もできなかったけれど30分以上一時間未満といったところか、やっと頂上についた。
湖が広がっていた。
月を映しこんだ水面が静かに揺れていて、水場のせいか風が涼しい。
「そろそろです」
とツネが言ってその場に座り込んだので、俺もその隣に腰を下ろした。
「そろそろって何が?」
「静かに、時間です」
ツネが前を向いたままそう言った瞬間、辺り一面に青白い光が乱舞した。息を呑む俺の横でツネが小さな笑い声をもらした。
「よかった、本当だった。逹瑯先輩、疑ってごめんなさいっ」
「こ、こんな時期に蛍?いや、蛍はこんなじゃ・・・」
「《妖怪》だそうですよ」
青白い光にふわふわと照らされながら飛び出した非現実的な単語。
「妖怪!?」
「ええ、誰にでも見えるタイプのもので、害はないそうです」
「そう、なんだ・・・」
苦笑いするしかない。いや、ついこの間、非現実的すぎる事件に巻き込まれたのだからもう動揺するほうがおかしいのかもしれないけれど。
ふわふわ舞い踊る青白い光達は幻想的で綺麗だった。
「逹瑯先輩から聞いたんです、此処で見られるって、でも一人で行くのもアレだしなぁと思いまして」
「ならみんな誘えば良かったじゃない?浅葱君とか絶対好きな光景だよ、これ」
「なにせ情報源が逹瑯先輩でしたからね、50%ほど嘘である可能性があったので・・・」
その言葉はどう受け取ったらいいんだろうか・・・
「しかし綺麗だな、此処で女子口説いたら完璧じゃない?」
「妖怪が乱舞してる中で愛の告白ですか?最低のセンスですね、俺が女子なら殴りますよ」
「そこまで言わなくても・・・」
でも今はそうじゃなくて、聞かなきゃいけないことがある。
「なぁ、ツネ。なにかあったのか?」
ツネは立ち上がって青白い光の中を踊るようにくるくる回った。
「《祝り人》あるいは《拝み屋最高会》と呼ばれる人達への知識はありますか?」
「そりゃ、まぁ・・・最低限は」
「塩薙家はどういう血筋か知ってますか?」
ツネはキャップを脱いで俺を見た、水晶玉の瞳で俺を見た。無表情。
「・・・ごめん、知らない」
「《忍者》の血筋だそうです」
「忍者って・・・それって《能力者》なの?」
ツネは無表情のまま言う。
「身体能力が異様に特化した一族。それが塩薙家です。牙組、爪組、羽組に分かれていて、簡単に言うと牙組が《攻撃》爪組が《防御》羽組が《探索》という役割だとか・・・」
ツネは無表情のままだった、心臓が五月蠅いほど高鳴る、口が渇く、何を言おうとしているの?
「塩薙家はずっと歴史の裏で暗躍し、主に暗殺を請け負ってきた一族です、《人殺し》の一族です。効率よく確実に人を殺すために身体能力特化を目指し、効率の良い子を産み育て、生まれながらにして身体能力の高い者が生まれるように操作してきた・・・一族です」
青白い光が舞い、それに照らされた白くて整った顔はなんの表情も浮かべないままで、そんな綺麗な姿で、ツネは吐き捨てるように言った。
「俺の父は・・・塩薙一族牙組の人間だそうです。特例として一族を離れ、一般人の母と結婚しましたが、塩薙の人間です」
何も言うことができない俺の前でツネは続ける。表情は変わらないまま。
「ま、俺の運動神経の良さは塩薙の血がなせる技だったというわけですよ、あと夜でも物がはっきり見えるのもそれです。昨日初めて両親から聞いて驚きました。つまり俺も浅葱さんや涙沙さんと同じ《例外》だったわけです、公式大会には出られない。中学時代は出てましたけど、中学校レベルのものだから可能だったことですね・・・もう無理ですよ、調べられればバレることですし、俺自身が知ってしまいましたからね」
ふわふわと目の前を漂っていた青白い光の玉をつつきながらツネは薄く笑った。
「でも・・・」
だって、そんなもの、血筋なんて、そんなもの・・・
「元々そういう能力があったとしても、ツネはいつだって頑張ってたじゃねぇか、ずっとバスケ頑張ってきたじゃん!たとえそれが公式に認められないことでも、ツネの努力は俺達みんなが知ってるよ・・・夢を叶えられないのはそりゃ理不尽だし、辛いだろうけど・・・ツネがやってきたことは血筋だとかそんなの関係ない、本物だよ」
「・・・英蔵さんならそう言ってくれると思ってました、きっと大城さんも、浅葱さんも、涙沙さんもそう言ってくれる・・・でもそうじゃないんですよ、浅葱さんと涙沙さんが公式大会に出ることをきっぱり諦めているんです、俺だってその事実は受け容れられますよ?自分が積み重ねてきたこともちゃんと分かっています・・・だから・・・」
ツネは俯いて肩を震わせる、涙が出そうになるのを必死で耐えているのだろう、俺は動けなかった、座ったままツネを見ているだけだった、どうしていつもこう上手く行動できないんだろう、上手く言えないんだろう・・・
「英蔵さん・・・塩薙の一族の身体能力が高いのは《人を殺すため》なんですよ?俺の父も・・・・・・金で請け負って人を殺したこと何度かあったって言ってました。・・・俺は怖いです、自分の中に流れている血が怖いです、本当は数ヶ月ぐらい前から塩薙の本家から俺のところに声がかかってたらしいくて、塩薙に入らないかって、俺の身体能力は塩薙一族的に合格だとかで、昨日、塩薙本家の人と会ったんです。断りましたよ、もちろん。でも言われました・・・塩薙の人間ならすぐに《人を殺す》ことぐらいなんとも思わなくなるって・・・」
ツネの目から涙がこぼれ落ちて、嗚咽が漏れる。
「むしろ、塩薙の血を引く人間が一般社会に混じっていることのほうが問題だって、そう言われました」
かっと全身が熱くなって、今までピクリとも動かなかった俺の身体は勝手に動いて乱暴にツネの肩を掴んでいた。
「そんなっ!そんな馬鹿なことがあるわけねぇだろっっっ!!」
俺の怒号にツネが身を竦めた。馬鹿か、俺は。ツネを怯えさせてどうする。
「怖いです、自分の中の《人を殺せる可能性》が怖いんです、今朝ミヤ先輩に相談した時は、その気持ちがあるかぎりオマエは大丈夫だって言ってもらえたけれど、でも・・・怖いんですよ」
今朝のミヤ君の言葉を思いだした。
『《アドバイスをする》のと《相談にのる》のと《力になる》のと《支えになる》って全く別物だと思わねぇか』
ああそうだ、確かに全然別のものだ。
なら俺がツネにしてやれることはなんだ?
「俺、涙沙さんの気持ち、全く分かってませんでした・・・こんなにも怖いものだななんて思ってませんでした」
ぽろぽろと涙を零すツネを見ていられなくて、抱きしめた。
「分からなくて当たり前だ、自分のことじゃなかったら、分からないのが当たり前だよ・・・でもツネ、浅葱君が人間じゃないと、人虎だと知って、浅葱君のこと怖くなったか?」
俺の肩辺りに埋めた頭が激しく横に振られる。
「るいちゃんの左手に触るの怖いか?」
ツネはまた首を振った。
「だったらそれと同じように血筋とかそんなもの関係なく俺にとってツネはツネだよ。みんなも同じだ・・・そして俺はるいちゃんがあの左手の力を使わないと信じてるのと同じように、ツネの中の《人を殺せる可能性》を否定できる、ツネはそんな子じゃないって保証できる・・・なぁツネ、俺じゃ力不足かもしれない、頼りないかもしれない、でもツネが苦しいことがあったら聞くから、話聞くから、だから泣かないで・・・いや、泣いてもいいけど辛い時に一人で抱え込んだりしないで、俺ができることならなんでもするから、ツネは俺のすっげえ大切な友達だから・・・」
ああ、ちっとも上手く言えてない、でも伝えたいことはいっぱいある。
「俺の知ってるツネは、悪戯っ子でお茶目で努力家で真面目で優しくて、ちょっと素直じゃなくて、でもいつだって真っ直ぐな子だよ、だから大丈夫だ、血筋なんて関係ないだろ?ツネが重荷になるようなことなら俺も一緒に背負うから、大丈夫だよ」
ツネは俺の胸を押して離れて、涙で潤んだ瞳で俺を見た。
ちゃんと伝わった?
俺の、おそらく間抜け面になっているだろう顔を見てツネ言った。
「すっげぇカッコイイこと言った後にその顔ですか・・・台詞が若干プロポーズっぽかったし・・・」
「え?・・・ああ、ごめん」
「・・・ありがとう、ございます」
青白い光に照らされたツネは笑顔を、心からの笑顔を浮かべてた。
ちゃんと伝わったんだ。
俺も安心して笑顔を浮かべた瞬間、涙がぽろりと一つ零れた。



舞い踊る光の中を俺はツネと並んで歩いた。
「これっていつまで見られるの?」
「時間的なことを聞いているのなら日付が変わるまで、時期的なことを聞いているのなら一年中見られるらしいですよ」
「今度はみんなで来ようよ、浅葱君とかストライクだよ、こういう幻想的なの」
「・・・テンション上がって妙な行動取りそうですけどね」
「浅葱君のこと尊敬してるわりに辛辣な部分はちゃんと辛辣だよね、ツネって」
「事実を述べたまでですが」
「ねぇ子狐ちゃん」
腰骨の辺りをぐーで殴られた。でもたまにはへこたれずに続けてみようかな。
「逹瑯君がツネは《雪渡り》に出てくる子狐ちゃんだね、って言ってたけど俺もそのイメージなんだよね」
「まぁ不愉快なイメージではありませんね、そして逹瑯先輩と英蔵さんは宮沢賢治ってイメージではありませんね」
上手いこと言われてしまった・・・
ツネはぴょんとその場で跳ねて笑う。跳ねたといっても俺の顔の前にツネの膝がくるハイジャンプ、着地して回転して、『雪渡り』の子狐の台詞を言う。
「《今夜は美しい天気です。お月様はまるで真珠のお皿です。お星さまは野原の露がキラキラ固まったようです》」
「ツネがたとえ本当に狐でも俺はツネが差し出したお団子をなんのためらいもなく食べるよ?」
「そうですか、明日は6分の5でロシアン団子をやりましょう、ハバネロでお団子を作りますから英蔵さん全部食べて下さい」
「いや、無理だって!口の中痛くなっちゃうでしょ!?つーかそれロシアンルーレット式にする意味がないでしょ!」
「前言撤回は認めません、食物であるだけマシだと感謝して食べて下さい」
「いや、ハバネロ入りって宣言された物を食べる馬鹿はいないって!」
「《キックキックトントン、キックキックトントン。ひるはカンカン日のひかり、よるはツンツン月あかり、たとえからだを、さかれても狐の生徒はうそ云うな》」
また上手いこと『雪渡り』の台詞で返してきた。
「そうだな、ツネって悪戯はするけど嘘はつかないもんなぁ・・・」
「そうでしょう?」
ツネはまたジャンプした、ツネの足先が目の前に見える。
乱舞する青白い光の中、宙を浮くように跳ぶツネが悪戯っぽく微笑んで俺を見た。
「なぁツネ、俺ってさぁ・・・ツネにとってなに?」
音も立てずに着地しながらツネは怪訝そうな顔で言う。
「友達で、仲間ですよ?」
「えっと、そうじゃなくって・・・今回のことだってなんで俺に一番に話してくれたの?俺って一番頼りなくない?」
「・・・自分でそんなこと言ってどうするんですか?」
怒られてしまった、ちょっと情けない台詞だったかな。
「だって、似た問題持ってるるいちゃんとか、人虎の浅葱君とかのほうがもっと的確に話聞けたと思うし、大城君は何事においても頼りになる人じゃない?」
ツネは何かに気づいたように目を丸くして、それがだんだん細くなっていった、これは・・・呆れた顔だな。
「あのね、英蔵さん。俺はもうバスケやりたくなかったから、まともなバスケ部がないという話の青嵐高校に入学したんですよ。でもなんでまたバスケ始めたと思います?」
「あ、それずっと聞きたかったんだよ!俺の誘いかたそんなにしつこかった?迷惑だった?」
「・・・この馬鹿蔵!!自分で気づけ、そのぐらいっ!!」
「う〜〜〜?ごめん、分からない・・・」
「もういいですよっ!」
光が舞う中、俺とツネは馬鹿な話をしたり、真面目な話をしたりしながら、歩いた。湖を一周してから帰路につく。
いつもの分かれ道でいつものように別れて、俺は家に向かった。
『《今夜は美しい天気です。お月様はまるで真珠のお皿です。お星さまは野原の露がキラキラ固まったようです》』
ツネの言葉が耳の奥で木霊する。
浅葱君が何者であろうとかまわなかったように、るいちゃんが得た力が俺達の関係の障害にならなかったように、俺の中でツネはツネだ。
でもそのことでツネが悩むなら、俺は《力になりたい》と思う。
俺は一人、月を見上げて誓った。
静かな誓いを月に。


あの湖でツネは他の部活メンバーにもこのことを話すと言っていて、帰った後すぐ、メンバー一人一人に電話して話したらしいことを他の三人からのメールで知った一部抜粋。
『ウチの部で普通の人間は俺と英ちゃんだけってことかい!?ある意味最高だね』
という内容を送ってきた大城君に笑ってしまった。本当だよ、変な部活だ。
『で、ツネと二人でデートして進展はあったん?なんてな(>_<)』
コトを笑い飛ばせるるいちゃん、素敵だと思うけれど、あれかい?神様は男を可愛い顔に作ると頭のネジを数本外しておく決まりでもあるのか?
ちなみに浅葱君からのメールは文字制限いっぱいのものが三つに分けて送られてきたので抜粋しようがない、むしろ俺が把握しきれてないのでレジュメを作る必要がありそうだ。


翌日、「英蔵さんっ!」とツネの明るい声が聞こえて、ふり返り、俺は目を丸くした。
長かった髪がバッサリと切られ、ブラウンに染められていた。
といっても切ったのは後ろ髪だけのようだったけど、かなりのイメージチェンジだ。
「ど、どうしたの、それ!?」
「似合いませんか?」
「いや、似合うけど・・・」
気持ちの切り替えのために髪を切るなんて案外分かりやすいことをするんだなと思ったら、なんだか微笑ましくてにやける。
「・・・なにか失礼なこと思ってませんか?」
「いっやぁ!?ツネも案外可愛いトコあるなっと思っただけよ!?」
「殴りますよ!ぐーでいきますよ!!」
「暴力はよくないっ!!」
俺の情けない声にツネは声を上げて笑う。
「ねぇ英蔵さん、冬になったら北の方に旅行に行きませんか?」
「え〜。なんでわざわざ寒い時に寒い方に行くの!?」
「雪景色が見たいです。《雪渡り》に出てくるみたいな雪景色。もちろんみんな一緒にですよ」
「ああ、雪景色の中で《雪渡り》ごっこするの?」
「さすがにそれはちょっと・・・危ない人に見えます。主に英蔵さんが」
俺の隣で軽く口を尖らせるツネの頭を俺はくしゃくしゃと撫でた。
「ちょっと!セットが乱れるじゃないですか!!」
「いいじゃん、みんなで行こうよ。雪景色見に。でも着いたとたん子狐に変身してどっか行かないでよ?」
「英蔵さん、頭大丈夫ですか?黄色い救急車呼びますか?」
「・・・ツネ、だんだん俺に対して辛辣通り越して只の毒舌になってるよ!?」
「嬉しいでしょう?」
「いや、俺は別にマゾキャラではないんだけど・・・」
「ま、仮に俺が本当に子狐でも、英蔵さん達といるほうが楽しいから行きませんけどね」
真っ赤になってしまった俺を見て、ツネはまた声を上げて笑った。
「じゃあ冬休みの旅行計画、さっそくみんなで相談しましょう!」
冬休みになる頃、俺達はちゃんと5人で笑っていられるだろうかなんて不安が一瞬宿ったけれどそれはすぐに霧散した。
「俺達は最高だよな!!」
素敵な決め台詞のつもりで放ったそれは、予想以上に大声になってしまい、周囲からの注目を集めたあげく、ツネは「失礼します」とか言って逃げてしまった。
跳ねるように駆けていくツネの背中が見えなくなって、本気で逃げたのかとがっくり肩を落とす俺の胸ポケットに入れた携帯が振動した。
開いてみれば、ツネからのメールを受信していて、そこには一言、
『もちろん、俺達《青バス》は最高ですよ』
その場で大きくガッツポーズを決めたのを、大城君に目撃されていて後で教室でさんざんからかわれることになってしまったけれど、みんな同意してくれる。

−俺達は最高だ

ってね。


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