第零話『帝國・零二』
堕威は久しぶりに故郷の地を踏んだ。浅葱達と別れた後、そして浅葱達との会話で思うところもあり、故郷へ。
廃墟と化した国を見ても感慨はない、感傷もない、懐かしさすら感じない。
そういった人間的な感情はバーサーカーと化し、人間でなくなった時に失ってしまった。それでも胸の奥でざわめく言い知れぬ思い。
限りなく悲しみに近いようで悲しみと名付けるには不十分な感情を胸に堕威は廃墟を歩いた。
ほとんど原形を留めていないせいもあるが、どこに何があったかは覚えていない。
山の上に霞む城だけ微かに覚えている。
民兵であった大城が知らないことを、堕威は知っていた。
覚えているというより、知識として後に自分が人間の頃残したメモで知ったというほうが正しいが、この戦いのきっかけを知っている。
大城がいた国が谷なら、堕威のいた国は山だった。
炭鉱で栄えた国だった。
堕威はその国で軍人で、その時はまだ名称だけの軍人で単純に国王に仕えていた。
だからこそ知っていた真実。
当時、炭鉱資源が枯渇しかけていたことを知った国王が、大城のいた国の資源を狙って戦争を仕掛けたのだ。
しかし侵略戦争を大々的にやるわけにはいかなかったので、国民には「向こうの国が攻めて来る」という情報を流し、そのプロパガンダは成功、国民が奮起して戦争へと突入して行ったのだ。
廃墟を歩きながら堕威は、その時の自分はなにを思い戦ったのか思いだそうとした。
しかしどれだけ記憶を辿っても思い出せない。
「やっぱ来るんじゃなかったな・・・」
うじうじと悩むのは性にあわない、今はバーサーカーとして戦いを求めるだけの人生なのだ。
そして崩れた石壁の前に座り込むそれを見つけた。
日に透ける身体、ボロボロになった鎧を纏う男は、錆びた剣を地面についている。
「ゴースト・・・か?」
あの戦争の犠牲者でスケルトン化しなかったということは、よほどの執着があり、自我を保っているのだろう。
どうしたものかと堕威は思う。《夜人》のほとんどがゴーストとの相性は悪い。
会話が通じないことが多いのだ。
悩みながらも男の前に立つ、そして男が下げている懐中時計を目にして思いだした、いや・・・気づいたと言った方が正しいのか。
王家の紋章が入った懐中時計。
戦争の指揮をとっていた王子、王家の次男坊。
「・・・なあ」
知り合いと言うべきか、上司と呼ぶべきか、堕威は声を掛ける。
彼は顔を上げた、上げた顔の目は潰れていた。
ゴーストが生前の怪我を引き継いでしまうことは珍しくない、しかし目が潰れたことを引き継いでいる彼には自分の姿も、目の前の光景も見えてはいないのだろう。
『堕威・・・か?』
しかし彼は名前を呼んだ。はっきりとは覚えていないが自分は彼に声で区別がつけられるほど近しい存在だったのだなと思い、答える。
「ええ、そうですよ・・・」
『戦いはどうなった?』
堕威は息を飲んで目の前の男を見つめる、自分の死すら気づいておらず、国が滅んだことも、もうあれから何百年も経っていることも知らず、ずっと此処にいたのかと思えば、喪失したはずの人間的感情が酷く痛んだ。
「我々の勝ちです・・・もう戦いは終わりました」
だから、そんならしくもない嘘をついた。
男は目の潰れた顔で微笑む。
『そうか終わったのか・・・』
言った瞬間、男の姿は消えた。
ボロボロだった鎧と錆びた剣は崩れて粉々になり、風に攫われて行く。
ぽつんと残されたのは懐中時計だけ。
蓋を開けたまま、もう時を刻まぬ時計だけ。
堕威はそれを拾って歩き出す、らしくないとも思いつつ、高台にでも埋めてやろうと思ったのだ。
そしてひらけた高台でまた息を飲んだ。
墓場になっている。
無数の石が等間隔に並んだ墓場。
「あいつ・・・」
大城のことを思いだした、こちら側の埋葬もやっていたようだ。
懐中時計を片手に、その墓場を眺め深い息を吐いた後、堕威は懐中時計をポケットにしまい込んだ。
持っていたくなった、微かに感じた痛みを残しておきたかった、敵側の墓まで作る気持ちを理解したくなった。
もう動かない懐中時計を持っていれば、自分の中で何かが変わるようなそんな気がした。
帝國・零二
「なぁなぁ、あれはなんや!」
城の横に立つ塔の天辺、矢継ぎ早に聞いてくる京の質問に応えるべく、敏弥は望遠鏡を動かす。
ヴァンパイアである京の視力で捉えられるものが、人間である敏弥には見えないため望遠鏡を持ちだして来たのだ。
超高級品だが、京の要求に応えるためだと言えば薫は快く持ち出しを許可した。
「あれは学校だね、子供が勉強をするとこだよ」
「ふぅん、なあ、あれは?」
まったく逆方向を指差され焦る敏弥に構わず京は急かす。
「なあ!」
「ちょ、ちょっと待って・・・」
まだ京に対して恐れがあるため強く出られない敏弥。
そんな光景を心夜が壁に背を預けながら苦い顔(しかし、親しくない人間から見れば無表情)で眺めていた。
一通り街を見ると京の興味も尽きたのか、階段を駆け下りて行った。
「心夜も見てるだけじゃなくて手伝ってくれればよかったのに」
丁重に望遠鏡をしまう敏弥に心夜は淡々と言う。
「なんでいきなり街の様子なんか知りたがったんやろ」
「知らないよ、突然見たいからって。まさか街中に出すわけにもいかないから一望できる此処でと思って・・・」
「敏弥にしては妥当な判断やな」
「それはどうも・・・って褒めてないよね!?」
「ほぅ、分かるんか。思ったより頭使えるんやな」
「あのね、俺の方が年上だったりするんだけど・・・」
「それがなんや?」
無機質な瞳で見つめられ、敏弥は口をつぐむ。
どうもこの男に言い合いで勝てる気がしない。
「今まで、人間のことなんて興味なかったはずなんやけどな」
「いいじゃない、食べられる心配が減って」
「阿呆、ヴァンパイアにとって食料であることに変わりはないわ。愛玩動物としてブタを飼う人間が肉食をやめんのと同じ」
「でもさ・・・なんか変わったよ、京君。とっつきやすくなった」
へらっと笑う敏弥に心夜は軽く舌打ちをした。
「笑い事やない」
「・・・へ?」
「何千年と、趣味趣向の多少の変化はあったかもしれんけど、性質はそのままに生きてきた者が《変わる》ことの重大性を考えろ。ええか、今まで彼が、ウィンゲート・コルレニオスがそこまで問題視されなかったのは、当人がいたって気まぐれで、意志意図を持って歴史を変えなかったからや。だからこそ《災厄》であり《天災のようなもの》って言われて来た」
「それは分かるけどさ・・・」
「もしその変化が悪い方向にブレたら、人類なんて壊滅するかもしれん」
それだけ言って心夜は背を向ける。
元より彼はこの国の参謀、知識力と頭の回転の速さを買われ此処にいるのだから敏弥が気づかぬ問題点に気づいたとしてもそれは当たり前のことだ。
しかし敏弥にはまだ心夜が言った危険が飲み込めずにいた。
戻ってきた堕威はそのまま薫のところへ直行した、京に報告しようと思ったが、恐らく京は自分になにを言ったかすら覚えていまいと思ったからだ。
下手をすると堕威の顔すら覚えていないかもしれない、そんな面倒なやりとりをしたい気分ではなかった。
「おー帰って来たんか」
巨大な書庫の中、本棚に掛けられた梯子にもたれたまま薫はメガネを指先で上げる。
「帰って来た。なんか戦いの匂いがするんやけど?」
「さすが鼻が良いな、バーサーカーは」
ふっと笑って薫はまたメガネを上げる。
「《宗教》って知ってるか?」
「この世界は《創造主》が人間を中心に作ったとか言ってる連中」
「まあ、そんな解釈でオッケーや」
堕威のいた国と大城のいた国の宗教はほぼ同じ色であり、バーサーカーもまた軍神オーディンの力を借りているとされていた。
故に堕威の《神》の概念は多神教しかないため《創造主》と言われてもピンとこない。
「その《宗教》の団体がこの帝國に《宗教》への改宗を迫って来た、そんで突っぱねたから、攻め込んでくる気やね」
「・・・準備は?」
「西の防壁が脆いって情報を漏洩済み」
薄く口角を上げる薫に堕威は黙って頷く。
「この帝國に神みたいなもんがいるとしたら・・・京君やしな」
「そうやな」
事実、この国は京を崇めているところがある。
昔、京が気まぐれでこの国の窮地を救ったがために、神話の英雄レベルで語り継がれている。
だからこの国は比較的容易く京の存在を受け入れていた。
中には危惧する者もいたが、こう見えて薫は国民から信頼されている。
「で、その神様はどこや?」
「お昼寝中、起こすなよ」
「言われんでもやるかっ」
「堕威君、帰ってたんか」
背後から声をかけられ、堕威は面倒くさげに答える。
「心夜か、今帰ったとこや。俺も寝るから戦争が始まったら起こして」
「・・・分かった」
振り返れば無表情で頷く心夜がいる、その反応に小さく舌を出し、堕威はそのまま退室した。
「向こうさんが攻めて来るのは?」
「明朝。西の防壁を敏弥に、他は堕威君に。京君は・・・動いてもらう必要はない」
淡々と簡潔に言う心夜に薫は微笑する。
「お前が優秀で助かるわ」
「・・・薫君ほどやない」
心夜は無表情のまま舌打ちする、この男は自分の能力を分かっていない、だからタチが悪い。
飛び抜けたカリスマ性があるわけではない、統率力は帝王学を身につけた結果であり、並みだと思える。
高潔な人物でもない、人格人徳で惹きつけているわけでもない。
ただ、薫の特異なところは異常を気にしない、異常を受け入れる、それだけだ。
堕威にしたってバーサーカー、戦いが始まれば敵味方の区別なく殲滅するだけ、そんな爆弾みたいな男―《夜人》を平然と手元に置いていることが、友人のように接することがおかしいのだ。
京ほどじゃないにしても、いつ殺されるか、気まぐれで裏切られるか分かったものではないのに。
敏弥にしてもそうだ、あの男は、あの一見ヘタレな優男は、とてつもない異常性を秘めている。
ネクロマンシーは外法であるが、能力としては便利なので置いている国も多いだろう、だが敏弥は「ネクロマンサーとして」異常なのだ。
そして薫のそれは、ウィンゲート・コルレニオスにさえ作用した。
《黄金の災厄》、壊滅と破滅と破壊と殲滅のヴァンパイアさえ、薫にしてみれば受け入れる対象なのだ、それも・・・友人として。
それを言いだせば、自分も同じなのだろうけれどと心夜は無表情のまま自嘲して薫を見る。
「今回の戦いの勝算は聞かんの?」
「そんなん、心夜が仕切るんやから100%やろ」
「戦争に100%なんてもんがあったら、この世に戦争なんてないわ」
「そんなもんか?」
微笑する薫を見返し、心夜は無表情に頷く。
「当たり前やろ、だいたい《創造主》の加護を受けた《宗教》連中の力が未知数なんやから」
薫はきょとんとした風に心夜を見る。
「神様なんておるわけないやろ」
西の防壁が脆いのは事実だ。太陽が反対側から照らす荒野の向こうから聞こえる大群の足音を耳に、敏弥は防壁に立つ。
他には誰もいないはずのその場で唐突に声をかけられた。
「死体臭い・・・」
「うあ!京君!?」
いつの間にか京が隣に腰掛けていた、金色の髪を揺らし不快そうに眉をひそめている。
「此処、すごく死体臭い」
「そりゃそうだよ、いっぱい埋まってるから」
「墓場なん?」
「この国ね、墓場の税金だけ馬鹿みたいに高いの。埋葬できるのは一部の富裕層だけで他は全部、此処に埋められるんだ」
「はぁん」
京は合点がいったというように笑う。
「あえて此処に攻撃を集中させて、迎え撃つってわけか。ネクロマンサーがいればこそやな」
「そういうこと」
「しかし」と京は首を傾げた。
「ざっと千体は死体がありそうやけど、そっちの負荷は平気なん?」
「負荷?」
「なんせ同族の死体やからな、ネクロマンサーって基本的にたくさんは動かせんはずやん。死体への冒涜かなんかが罪悪感になって返ってくるから」
敏弥は怪訝そうに首を傾げ、京を見た。
「ヴァンパイアの京君までそんなこと言うの?死体なんて、只のゴミでしょ」
さらりと言う柔和な顔に、戸惑いや冗談の色はなく、本心からの言葉であることを語っている、京はまた首を傾げた。
「人間って、同族の死体はやたら大切にするちゅーか思い入れある奴ばっかやん」
「俺からすればその感覚が変だよ。だって死んでるんだし、とっといて得があるわけでも、丁重に埋葬してなにがあるわけでもないじゃん。だから俺、ネクロマンシーに出会った時に思ったもん、なんて便利なゴミの再利用法があるんだろうってね!」
さすがに色を失くした顔で京は敏弥を見上げる。
長い歳月を生きてきた京は、人間の『遺体』に対する並々ならぬ思い入れを見てきているので、その感覚がいかに普通と外れているのか分かった。
分かったところで、気味が悪いとも思わないのは、彼が人間ではないからだ。
しかし強いて言うなれば京は、共食いしないと思っていた動物が共食いする場面を目撃したような気分になっていた。
様々な人間を見て来た、その中にはカニバリストもネクロフィリアもいたが、その二つはむしろ死体への執着によって狂ったと言える。
しかし敏弥は実にさっぱりと死体をゴミと思い、その感覚を疑っていない。
「・・・変な奴」
それだけ言うと京は前方に視線を飛ばす。
土煙が立ち上り、今まさに帝國を討たんとする《宗教》の軍隊がもう間近に迫っていた。
目の前で繰り広げられるのはゾンビと軍隊の白兵戦。
《宗教》の軍隊がやや押される形ながら、マジックキャンセルを使える者がいるらしく、敏弥が死体にかけている魔力を無効化し、ゾンビの1割ほどは只の死体に戻されていた。
「鬱陶しいなぁ、もう・・・」
ロッドを片手にゾンビに指示を出しながら敏弥が忌々しげに吐き捨てる。
その様子を京は感心しながら見ていた。
これだけ多量のゾンビを白兵戦で有利に運ぶように動かせるのは並みの精神力ではない、いや、狂った精神と言うべきか。
「ゴミって思えばここまでできるとはねぇ」
京は立ち上がり獰猛な笑みを浮かべた。
「手伝ったるわ」
「・・・は!?」
「マジックキャンセル使えるのだけ、俺が潰したる」
「そりゃありがたいけど・・・ちょっと!」
敏弥が見た時にはもう京の姿はなかった、争う人の群れに突っ込んで行く黄金の風をなんとか視界で捉えられただけ。
「薫君に怒られたりしないよね・・・」
へらりと笑ってから、ゾンビを操ることに集中する、京の攻撃の巻き添えを食うのを避けるために。
防壁の中ほどに作られた監視用の小部屋から、その様子を眺めていた心夜は常時無表情なその顔を僅かに歪ませる。
空中を風のように飛んで行った京がマジックキャンセルの使い手の頭を片手で掴んで持ち上げ、なにか話しかけている。
読唇術でそれを読みとった心夜は息を吐きだした。
名前やらなにやら、相手の来歴を質問しているのだ、相手が答えると満足そうに頷いてからその喉元に齧り付く。
突然現れたヴァンパイアに軍隊はパニック状態になった、漆黒の羽根が京の背中から伸び、逃走を塞がれる。
突っ込もうとすれば敏弥が操るゾンビの群れに囲まれる。
もう戦争でも何でもない、一方的な虐殺だった。
「・・・ウィンゲート・コルレニオス」
その名を呟き、心夜は膝をつく。
懸念していたことが今、現実になった。
異常を普通と扱えば、異常にも変化が起きる。
感情が存在する限り、変わる。
敏弥も変わった、異常のまま自分を普通だと思い込み始めた。
堕威も変わった、異常を自覚して普通という感覚を掴もうとし始めた。
そして今、京も、ウィンゲート・コルレニオスも・・・
人間という種族に興味を持ってしまった。
餌としてでなく、食料としてでなく、種族としての興味を。
トリガーとなったのは敏弥だろうが、下地を作ったのは薫だ。
そもそも今の敏弥の有り方は薫が原因なのだ。
「どうなるんや・・・いったい・・・」
「あー堕威君、故郷はどうやった?」
「今し方、戦争しとったちゅーのにその話しか。つーか覚えてたんか?」
「俺が言うたんやし、一応」
円卓を囲み、無邪気に言う京に快活な笑みを浮かべる堕威。
「やっぱ《夜人》同士って仲良いもんだねぇ」
呑気なことを言う敏弥を見て、心夜は内心で溜め息をつく。
仲が良い?まるで何年も連れ添った友人同士のような空気が異常なのだ。
そもそも自分達はそんな『もの』ではないはず。
そして・・・あの伝説の吸血鬼ですら呑まれているこの状況を俯瞰できる自分もやはり異常なのだろう。
豪奢な椅子に腰かけ眼前の光景を楽しげに見守る帝國の王は優しげな顔立ちでそこにいた。
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