ドウタヌキ?


第六話『霧雪』


たとえば歴史を振り返り、何故こんなにも愚かなことをしたのだろうと思う時はないだろうか?
しかし誰もすき好んで悪い未来を選択するわけではないのも事実だ、最善を選んだ結果が最悪であることが珍しくないことを俺達は知らなければいけない。上げた声が、黙っていることが、いつしか大きな渦となり歴史を動かし、陰惨たる未来へ向けて転がってしまうことを、自覚すべきだ。
説教臭い前フリになってしまった。俺だって本当は分かっちゃいない。
今やっていることが正しいのかどうか、本当は分からない。
誰かを守って誰かを傷つけ、誰かを助けて誰かを見殺しにしてきた。
悔いては前に進めずとも、居丈高に正義を叫ぶつもりはないのだ。
正しくもあり、間違いでもある。
誰かにとって俺達は悪だ、それは揺らがない。
それでも俺は守りたいと思った、守るために選択した。
これが最善であることを、これで輝く未来が拓けることを信じながら。


霧雪


恒人の故郷にはもうすぐ到着するようだ。恒人は甲板でもの想いに耽ることが多くなり、少しだけ静かだった。
これから行く島国は国外からの旅人が少ないということで警戒されないように服を変えた。ローブに似ているけれど、前で合わせて結ぶ着物というもので、恒人が人数分作ってくれた。
最初は慣れなかったが、機能性は意外と良い。

いちじく にんじん さんしょに しいたけ ごぼうに 
ろうそく ななくさ はくさい きゅうりに とんがらし

甲板で恒人が風に黒髪をなびかせながら歌っているのを聞いていた。
数え唄で手鞠の時に歌うものらしい。
ジュボッコさんは安全だと言ったけれど不安は拭えない。恒人はどんな気持ちでいるのだろうか。
そして夜半、こっそりと上陸した。
基本的に海向こうからの旅人は受け体勢が厳しい国なのでちょっとした密入国だが、広い国なので入ってしまえばどうとでも誤魔化せるらしい。
上陸するなりジュボッコさんは、では私はこれで、達者で暮らして下さいね、などと幹を変形させてさっさとどこかへ消えて行った。
自由だ、言いかえると勝手だ。
いてくれれば多少は戦力になるのにとも思ったけれど、そのお願いも勝手と言えば勝手かもしれない、向こうには向こうの都合があろう。
「食事に行ったんでしょうね」と恒人が言っていた。
森に上がり、準備しておいたいつも違う形状・・・ホロではなく木の小屋のような馬車に荷物を入れて整え終わると浅葱さんが言う。
「俺とるいちゃんで一回り様子を見て来るから、三人は此処にいてね」
「なるべく早く戻るから、心配せんでええで」
涙ちゃんもそう笑ってふわりと宙に舞った。
浅葱さんは蝙蝠に姿を変えて飛び立つ。
本当に《夜人》狩りがいないか確認しに行ったのだ。
確認が終わるまでは火を焚くわけにもいかず、俺達は馬車の中でじっとしていた。
「ツネちゃん、大丈夫?」
「大丈夫っすよ。久々の故郷なんでちょっと感慨が・・・」
そう言って恒人は扉の隙間から森を見ていた。
確かに匂いも、生えている植物も違う。
空気は乾燥していて少し寒い。
この国はもう冬だという。
「そっか、ちゃんと安全で色々見て回れるといいね」
「はい!」
元気よく返事をする恒人の頭を大城さんはくしゃくしゃと撫でる。
俺は隣で別のことを考えていた。
いつか涙ちゃんが言ったこと。どこか安全な場所さえあればそこに恒人を置いていったほうがいいと・・・故郷が安全になったのならば、その場所とやらはまさに此処ではないかと。
そうなった時、俺はどうするのだろう。
浅葱さん達とも恒人とも離れがたいが、一人で置いて行くのは酷な気がする。
これが旅の終わりかもしれないと思うと怖くなったのだ。
ふと、恒人が緊張した顔で外を見た。
生温かい湿った風が吹き込んでくる。
明らかに異質なそれに俺と大城さんは顔を見合わせた。
「お二人とも、俺がいいと言うまで絶対に声を出さないで下さい、音も立てないで、気配も消して下さい」
恒人の声は硬い、俺達が頷くと恒人は両手を組んで小さく何かを呟いた。
なんとなくだが分かる、結界のようなもので俺達の姿を隠したのだ。
俺は言われた通り、息を殺してじっとしていた。
扉の隙間から見える暗い森の奥からナニカが来る。
《夜人》だ。それも尋常ではないほどの力をもっている。
かーん、かーん、という音がだんだん近くなり、馬車のすぐそばに長身の男が立った。
扉の隙間から少しだけ見えるその男に戦慄を覚えた、姿形ではない、とてつもない力を持っていることが感じ取れたからだ。
それは鋭利な刃物のように危険な強さ。
腰まである黒髪を靡かせ、ボロボロの着物を身につけた彼は足が一本しかなかった。左足があるべき場所に足はなく、右足だけで真っ直ぐに立っている。
右側に眼帯をしていて、左目は爛々と輝く金色だ。
背が異様に高く見えるのは一本しかない足に高下駄を履いているからだと気づく、恒人に下駄という靴を教えてもらってはいたが、とんでもないバランスだ。
「主(ぬし)様、どうされた?」
ガサガサと木の葉が擦れる音と、しわがれた声が頭上から響く。
「妙な気配を感じと思ったが・・・なにもないな・・・」
主様と呼ばれた男は首を傾げる。
俺達の頭上にいるものはなんなのか、もし俺達が結界を張る前から見ていたのならバレてしまうんじゃないかと、緊張で口が渇く。
分かるのだ、この主様とやらと敵対した場合、此処にいる三人では敵わないことが。浅葱さんと対等といっていいほどの強さの持ち主だと。
だんだん呼吸が苦しくなってそっと二人を確認する。
恒人は手を組んだまま目を閉じていて、大城さんは俺と同じように緊張した顔で外の様子を見ていた。
「なにもなかったとは思いますけどねぇ、あっしもずっと此処にいたわけではねぇんで」
主様は小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「ムササビ風情が言いよるわ、どうせ道に降りて人を驚かせて遊んでおったのだろう」
「まあ、あっしらはそれが仕事のようなものなんで・・・いつだったか《夜人》狩りが横行した時には参りやした」
「あ奴らのことなど口にするな、思い出すだけでも忌々しい・・・ん」
主様が視線をやった方向から、子供が二人駆けて来る。
十にも満たない子に見えるが《夜人》なので実年齢は分からない。
どちらもおかっぱ頭だが一人は男の子で一人は女の子だった。
青い着物と赤い着物の二人はそっくりな顔つきで仲良く手をつないでいる。
「下の庄屋のトコの座敷童子じゃねぇか、どうしたんで?」
頭上の声が驚いたように言う。
「なんだ、あの家は滅びるのか?」
主様の可笑しそうな問いかけに座敷童子と呼ばれた二人は答えた。
「違う、あたしはあそこが気に入っている」
「違う、おいらはあそこが気に入っている」
合唱でもするように二人は言う。
「主様にお話があってあたしは来た」
「主様にお話があっておいらは来た」
「・・・なんだ?」
主様の態度からするに、どうもこの座敷童子とかいう二人、格が高いらしい。
「異国の赤い星がまたやって来た」
「異国の赤い星がまたやって来た」
「あたし達の恩人が今、この国にいる」
「おいら達の恩人が今、この国にいる」
「でも今度も恩人なのか、あたしには分からない」
「でも今度も恩人なのか、おいらには分からない」
主様は顔をしかめる。俺は大城さんと顔を見合わせた。
「異国の赤い星」と呼ばれているのは浅葱さんのことではないか、と。
「また、なにかが変わろうとしている、悪いことかもしれない」
「また、なにかが変わろうとしている、良いことかもしれない」
「あたしに分かるのはそれだけ、それを言いに来た」
「おいらに分かるのはそれだけ、それを言いに来た」
そこまで言うと座敷童子の二人は手をつないだままもと来た道を駆け抜けて行った。
「じゃあ、あっしもこれで」
頭上の声もガサガサと音を立てて去って行く。
主様は急に疲れたような顔になって一本の足で跳ねながら森の奥へと消えて行った。
静寂が戻り、気配も消え、百は数えただろうか。ようやく恒人が組んでいた手を解く。
「もう喋ってもいいですよ・・・助かりました・・・」
「今のヤツ、何者だよ?」
さっそく大城さんが聞いた。
「一本だたら、と呼ばれる《夜人》ですが・・・同時に山の主でもあります、彼らは少し複雑で、討伐された異民族が元になっているので人間嫌いなんですよ・・・正直なところ他の《夜人》にも友好的ではないです」
「好戦的な種族なの?」
「ん〜・・・他を嫌悪しているだけでしょうけど、どうやら挨拶もなしに彼の領土に踏みこんでいたみたいなんで、異国から来た《夜人》なんて名乗ったら確実に事態がややこしくなっていました」
恒人は深いため息をついて床に突っ伏す、疲れたのだろう。
そんな恒人に色々聞くのも悪いかと思っていると、こちらの気持ちを察したのか自分から話してくれた。
「上にいたのは野衾(のぶすま)という《夜人》です・・・大城さん達に分かりやすく言えば妖精に近い存在ですね、とても弱いですよ。それから・・・座敷童子さんは福の神というか家の守り神ですね・・・といってもそんな大それたものじゃなく・・・ん〜・・・」
「えっとボギーとかホブゴブリンとかと似てるのかな?」
俺が言うと恒人は突っ伏したまま頷いた。
「お家を守ってくれるけど、偶に悪戯もする、似てますね。ただ、彼等は存在が純粋故に強いんですよ・・・」
「どういうこと?」
大城さんの問いに恒人は突っ伏したまま首を傾げた、器用だ。
「彼等に戦う能力はなくても、倒すことは不可能、という意味と・・・あとあの二人には見えてたはずなんですよね、俺達の姿」
「ええ!?」
「マジで!?」
俺と大城さんは同時に声を上げる。
「ええ、純粋で無垢な存在に目くらましの術は通じませんから、見えていながら黙っていてくれたんでしょうね・・・あの二人が来た時は終わったと本気で思いましたよ」
なんというか、国と国とで文化の違いはあったけど、恒人の故郷は芯から異文化なんだな、と思った。
海を越えるとこうも違うのか・・・
「なんで黙っててくれたんだろうね?」
首を傾げる大城さんに、恒人はやはり突っ伏したまま首を振る。
「分かりません。こちらに敵意がなかったからでしょうか、争いごとをなにより嫌いますから、彼等は」


主様、一本だたらのテリトリーにいると分かっても、浅葱さん達が帰ってくるまで移動するわけにもいかず、月が沈む頃ようやく戻って来た二人に事情を話し、早々に森(というかどうやら山だったようだが)を後にした。
かたかたと馬車は小さな村を走っている。
どの家も闇に沈み、灯りはなくひっそりとしていた。
「あの峠を抜けると大きな町に出るはずです」
浅葱さんと恒人で国の大まかな地図を書きあげて現在地を確認すると恒人がそう言った。
「そこに危険はある?」
「・・・昔と変わっていなければ狼の《夜人》が出るはずです」
「それって人狼なん!?」
涙ちゃんが俺を指差して言った。
いや、俺は・・・人狼だけどさ。
「いえ、そんな恐ろしいのではなく・・・英蔵さんのこと言ってませんよ」
恒人にきゃ行の擬音でもつきそうな顔で見られて調子が狂う。
「わ、分かってるって・・・」
「えっとですね、長年生きて《夜人》になっちゃった狼さんですね。送り狼という名称で呼ばれています」
俺、大城さん、涙ちゃんが一斉に吹き出したので、恒人がきょとんとする。
「みんなが想像したのとは違うから」
と浅葱さんに妙に優しい微笑みで言われた。
「夜道を行く人を家まで送ってくれるんです」
「いい狼じゃん」
「その人が転んだら食べます」
「・・・何がしたいんだ?」
「そういうルールなんですよ」
俺の突っ込みに恒人は不満そうだった。
まあ同じ国とはいっても他の種族のことを細かく聞かれてもそりゃ困るよね。
「ま、俺らは馬車なんで関係ないですけど」
峠道は獣の気配こそあったが、トラブルもなく通り抜けることができた。
大きな町から少し離れた雑木林の中に馬車を止める。
朽ちかけたお堂と石像があり、この国の神様の偶像だと教えられた。
日が昇り、町の方が賑やかになり始めた頃、俺と大城さんで出かけた。
まだこの国が100%安全と決まったわけではないので様子見だ。
日中ではあるが涙ちゃんと浅葱さんがいれば恒人も大丈夫だろう。
酷く不安げに俺達を見送る姿に、余裕があったら土産でも買っていってやろうと思った。

木の建物が綺麗に並ぶ町は、たくさんの露店が出ていた。
大道芸人らしき人々や、露店の売り口上も高らかで、なかなかの活気だ。
正直初めて目にするものばかりでつい気を取られてしまうが、様子を見に来たんだと言い聞かせる。
「前に来た時はこんな風に町をみる余裕はなかったけど、面白そうなとこだよな」
そう言いながらも大城さんはぬかりなく周囲に視線を走らせている。
「そうですね・・・」
俺も気配を探るが《夜人》狩りも《夜人》もいない。
さりげなく道行く人に《夜人》狩りのことを聞いてみたが「昔はいたけど今はいないよ」ときっぱり言われた。
しばらく見て回ったが危険なものはなさそうだった。そろそろ帰ろうかという時、その看板が目に留まる。
「大城さん、あれって前にツネが言ってたやつじゃないですか?イナリズシとかいう」
「あ、ホントだ・・・買ってってやるか」
「ですよね!」
此処に来るまでに恒人の術で葉っぱをこの国のお金に変えたので手持ちはある。通貨の単位も一応覚えた。
看板のある店でイナリズシとやらを頼んで小銭を渡すと、その恰幅の良いご婦人はその場で小銭と小銭を打ち合わせ、顔をしかめた。
・・・恒人が作る小銭は音が鳴らないという致命的弱点がある、そこを突いたような行動に俺と大城さんは緊張した顔を見合わせた。
しかし婦人の反応は予想と違い、その場で笑い出すというものだった。
「なんだい、あんた達はおキツネ様かい!?」
「え!?」
「葉っぱの小銭じゃあ買い物はできないよ、でもしょうがないねぇ、稲荷のお使い様じゃあ商売人として無下にできないじゃないか!持って行きな!」
そういって奥から重箱を持ってきて手渡された。
「ウチの商売繁盛、頼んだよ!」
「え!?ああ、はい!」
勢いに負けて受け取ってしまい、大城さんと慌ててその場を去る。
「どういうことですかね!?」
「わかんねぇよ・・・でも好意的だったのは確かだ・・・」



「おかえりなさ・・・いなり寿司の匂いがする!!」
そう言って顔を輝かせる恒人に俺も大城さんも頬がゆるんでしまう。
「そ、ツネちゃんにお土産で買ってきたの」
「ありがとうございますっ!!」
耳が出ちゃうほど嬉しいかったらしい、すぐに引っ込んだけど、ばっちり見たぞ。
日の光が入らないよう、馬車の中に乗りこんで見て来たことを話す。
「それは確かに好意的やねぇ・・・」
「昔はそんなでしたよ?怒る人もいたけど、大抵の人は食べ物くれましたから」
「じゃあマジで《夜人》狩り根絶!?」
納得いっていないような涙ちゃんの横で浅葱さんは取り仕切るように手を叩いた。
「まあ、せっかくのお土産だから食べてからお話しようか」
「そやね、ツネが狐に戻る前に・・・」
うん、目がキラキラしてるもん、気を抜いたら狐に戻るだろうな。
初めて食べたイナリズシとやらは、上品なようで素朴な味がするものだった。
身体に良さそうだ。
みんなそう思ったらしく、二段の重箱にぎっしり詰まっていたイナリズシはすぐになくなった。珍しく浅葱さんも二、三個は食べたのでよほど美味しかったのだろう。
その後、思ったより腹が膨れてしまったのには参ったけれど。
それから長い長い話し合いをした。
どうやら此処に《夜人》狩りはいないということ、少なくとも人々は《夜人》に好意的であるということ、圧政はなく政治的にも安定しているということ、治安は良好ではないが俺達が警戒するほどでもないということ、この国の《夜人》には俺達の存在が既に知れている可能性が高いということ。
まとめて言えば、この国は安全といっていい域にあるという結論が出た。
それからも話し合い、明朝、出発することになった。
前の俺が住んでいた村、恒人がいた村へ。
因縁の場所へ。
話が終わるころには日も落ちていた。
外でぼんやりしていると馬車から恒人が出てきて俺の袖を引く。
片手にはイナリズシが入っていた重箱を持っていた。
「ちょっと一緒に来てもらっても良いですか?」
「いいけど、何処に行くの?」
「お返ししないと。俺はこの国の《夜人》なんで、此処のルールは守らなきゃ」
そんなものなのだろうか。
そういえば俺は《夜人》としての故郷は持っていない。
人狼として逸脱している俺に適応されるルールがあるのかも謎だけれど。
「浅葱さんが一人じゃダメだけど、英蔵さんとなら行っても良いって・・・」
浅葱さんに頼りにされたのなら行かないわけにはいくまい。
俺は恒人の後を追って歩き出した。
まず、近くの小川で重箱を丁重に洗う、洗う前になにか川に向かって声をかけていた。
不思議に思ったけれど、真剣な背中になんとなく声をかけるのがはばかられた。
洗い終わると恒人はさっさと歩き出す。
しばらく歩いて、藪の前に来ると俺に重箱を渡して藪の向こうへ消えた。
一瞬心配になったけれど、すぐに木の実やおそらくは食べられるであろう野草、キノコなどを抱えて戻ってきてそれを丁重に重箱に詰める。
「さ、英蔵さん。これを頂いた店に案内して下さい」
ああ、そういう要員でもあったのか。
そうでなきゃ浅葱さんが自ら行くはずだもんな。
少しばかり拍子抜けしながら今度は俺が先に立って歩き出す。
町は昼間の活気が嘘のように静まり返っていた。
俺が言った店の前に重箱を置くと恒人は深く頭を下げた。
狐のルール、か。
なんとなくあの店の婦人が気さくにイナリズシをくれた理由が分かった気がした。
人間だった頃の俺にとってのホブゴブリンやピクシー達と似ている。
世界が裏映しになったように思った、今の俺はこちら側だ。
人狼に供え物をするなどとは聞かないけれど、こちら側。
人間じゃない。
自覚していたつもりだったけれど、深く考えなかっただけなのかもしれない、あるいはいつかミヤ君が言ったように境界がなくて、不意に見えた境界線に戸惑っているのかもしれない。
帰り道の恒人は饒舌だった。
故郷の風がそうさせるのか昔話をたくさんした。
「化けるのは得意なんで、もっと怖いのに化けて人間を驚かせたりたんですよ。目が一つとか、顔がないとか、釣り帰りの人とか驚かせてお魚盗ったり」
「そんなことして怒られないの?」
「化かされた人間が笑われちゃうんです。たまに退治してやる!って来る人は逆に化かしてやりかえすんですよ。俺はね、実は化けるのそこまで得意じゃなくって、もっと上手い狐は女の人とか、巨人とかに化けるんです!」
「すごいなぁ。でもさ、ツネは人間に化けられるんだから、その姿以外の人間にもなれるの?」
「今の姿は物心ついた時からですよ。それでウカミー師匠のとこで修業してからはこれで固定っすね、やってできなくはないでしょうけど、かなり力を使うでしょう・・・ねぇ英蔵さん、前の英蔵さんの気持ちになって考えて欲しいんですけど・・・」
なんとなく伺うような表情に俺はつい笑ってしまった。
「うん、前の俺の気持ちな」
「弟さんの特徴聞いて、俺がそれそっくりに化けたんじゃダメですよね」
「・・・ダメだと思うよ」
「ですよね、偽者ですから・・・」
解決した問題だと思っていたけれど、まだ引っかかるところはあるのか。
いや、失敗して取り返しがつかない過去にそもそも「解決」なんてないのかもしれない、一生引っかかり続けることなのだろう。
「あのさ、ツネ。前の俺って飢饉で死んだって言ってただろ。もしさ、その時お前が傍にいたらどうした?」
「食べ物探して持って行きますよ」
当然だと口を尖らせる恒人に、俺は聞く、聞いてみる。
「それでも食べ物がなかったら?」
恒人は俺を見た、とても真剣な顔で、怖いぐらいに澄んだ目で。
「人間は狐を食べられますよね」
予想を裏切らない答えで、僅かな希望を裏切る答えだった。
本質は揺るがない。
今の最低ライン、死なない程度の怪我ならばオッケーということだっておそらく浅葱さんが必死で叩き込んで教えたものだろう。
いざとなれば身を投げ出す、いざとなれば自分以外を優先させる。
こんな生物は愛されてあたりまえだけれど、愛し続けるには哀しい。

いちじく にんじん さんしょに しいたけ ごぼうに 
ろうそく ななくさ はくさい きゅうりに とんがらし

誰もない町を月明りに照らされながら恒人は跳ねる。
これがこの国の平和な光景ならば、奪った《夜人》狩り達は何処から来て、そしてどうして消えたのだろう。
大城さんは故郷が滅んでいて、涙ちゃんも故郷と呼べる場所は既にない、今のところ俺は故郷に対する思いは湧かない。
恒人は違ったのだろうか、ないことと、帰れないことはきっと辛さの質が違う。ホームシックすら経験していない俺とは違う。

いちじく にんじん さんしょに しいたけ ごぼうに 
ろうそく ななくさ はくさい きゅうりに とんがらし

俺も一緒に口ずさんでみた、さほど難しくない歌だから簡単だった。
俺達は手を繋いで数え唄を歌いながら帰った。
仲の良い兄弟のように。
こっそりと人間の町を歩く狐の兄弟にでもなったつもりで。


それから馬車での旅。どうやらこの国はほとんどが山で、集落が点在している形らしい。俺達は中心街(この国の統治者が住む場所)とは反対に進んでいた。目的地は決まっていたし、密入国であることに変わりはないのでなるべく役人の類との接触は避けたい。
旅をしていると役人に良い思い出はあまりないしね。
どうもこの国の人間はおおらかな人が多いらしく、俺達が旅人だといえば食べ物をくれとても気さくに接してくれた。
しばらく野菜には不自由しないだろう。
農業と林業が主で、これだけ動物が多いのに狩猟はあまり行われないらしい。
《夜人》達は俺の知る限りでは妖精に似た、あまり力の強くない者達ばかりを見かける。
話を聞けば、強い《夜人》は《夜人》狩りが横行した時に殺されたか、行方をくらましてしまったようだ。
そうして3日かけようやく俺達は目的地へついた。
小さな村。
前の俺が生まれ育った場所。
多少記憶と重なる部分はあったが、俺のことではないので感慨はない。
恒人は懐かしそうに眺めてはいたけれど、なにも言わなかった。
村から少し離れた場所に馬車を止め、大城さんと恒人が村へ聞き込みに出かけた。
朝に出て行って夕方頃帰って来た二人はどことなく気まずそうだった。
「まずね、《夜人》狩りはもういないっていうか・・・《夜人》狩りの話題を出した途端みんなすごいリアクションするんだよ。あんなものはとんでもないって、あれで神様を怒らせて、祟りがあったから・・・《夜人》とは共存しなきゃいけないんだって、ね。《夜人》狩りがいなくなったのは・・・100年近く前らしいよ」
元々、この国はそういう倫理だったはずだ。
しかし今問題なのは・・・
「えっとその座敷童子やっけ?その子らの話と掛け合わせると、《夜人》狩りがいなくなったきっかけって・・・浅葱君?」
涙ちゃんが視線をやると浅葱さんは馬車の奥でゆっくりと目を閉じた。
「・・・そうなるのかな」
浅葱さんは小さくため息をついて目を開けると恒人を見た。
「ツネ、明日の天気はどう?」
「ん。たぶん大雨になりますね」
それから浅葱さんの視線が俺に移る。
「英蔵君、明日はちょっとつき合ってくれる?」
「ええ、かまいませんけど」
俺が頷くと浅葱さんはまた目を閉じた。
「そういえば、こんな小さい村なのに二人ともずいぶん遅かったな」
涙ちゃんは話題を変えるつもりで言ったのだろうけど、大城さんは困った顔をする。
「俺が・・・ちょっと時間かけちゃったんです・・・」
大城さんががしがしと自分の頭を掻いた。
「墓参りだよ。×××お兄ちゃんの。名前出したら知ってる人がいて、村外れに墓があったんだ、だからさ・・・」
「変ですよね、今更お墓参りとか・・・」
彼の魂は俺だ、お墓にはなにもない、その墓石の下に骨があるだけ。
「ごめんなさい。さすがに不愉快ですよね、こんな話」
恒人はそう言って俺にあやまる。しかし自然に出たその言葉はきっぱり俺と×××お兄ちゃんを分けていてむしろ嬉しかった。
「そんなことないよ。ツネがしたかったんでしょ、お墓参り。だったらいいよ」
「・・・まあ、お墓に魂が残ってることなんか稀やし、それを言ったら最短3年で転生するんやから、別におかしなことでもないんちゃう」
涙ちゃんがわざと軽い調子で言うと、恒人は少しだけ笑って頷いた。


翌日は恒人の言った通り、大雨だった。
これだけ雲が分厚ければ浅葱さんもなんとか外出は可能だ。フードを被った上に傘を差さねばならなかったけれど。
視界の悪い雨の中を二人で会話もなく歩いた。浅葱さんが先に立っているので俺から表情は伺えない。
黒い手袋をした手が傘の柄を妙に強く握り締めているのだけが印象的だ。
村外れ、山に作られた長い石段の前で浅葱さんは足を止める。
「此処だよ」
と浅葱さんは呟くように言った。
俺の記憶ではここは神社・・・なにか神様を祀ってある場所だ、よく恒人と待ち合わせした場所。
「この上に恒人を捕えていた《夜人》狩りの拠点があった」
俺は息を飲む。
答える言葉がみつからない。
浅葱さんが石段を上り始めたので俺もそれに続く。長い石段が終わるとそこに廃墟があった。
木で造られた大きな屋敷は、朽ちている。
浅葱さんは傘を畳んでその屋敷へ足を踏み入れた。少し躊躇したけれど俺も中へ入る。
此処はとても嫌な臭いがする、生理的嫌悪を促す臭い。
浅葱さんは、この建物の地下へ続くらしい扉を開けた、そこから先は石造りになっている。
完全に陽光が入らないからか浅葱さんはフードを脱いだ、ようやく顔が見えたけれど、無表情だった。
どちらかと言えば顔に出てしまうタイプの浅葱さんが必死で感情を押し殺しているような無表情。
じめじめした石段を下りて地下へ。
真っ暗だけれど、俺達には関係ない。
嫌な臭いが濃くなった、これは血の臭いだ、それも並みの量ではない、屠殺場だってこんなに濃い血の臭いはしない。
あそこに似ている、マーマンが占拠した島の地下で見た・・・あの場所に。
そしてそれは正解だ、似ているというよりは同じだ。
浅葱さんが少し身体を退けると地下室の全貌が見えた。
嘔吐感が込み上げてくる。
木で出来たテーブルのようなものは四隅に鎖付きの枷がある。テーブルは所々刃物で切ったような痕があり、どれも血が染み込んでいた。
大小様々な檻があった、どれも歪み、傷跡があってやはり血がこびりついている。
天井からぶら下がっている鉤爪付きの鎖、壁に固定された鎖、変色した木の桶、台に置かれているのはすっかり錆びたノコギリ、包丁、錐、とにかく凶器となり得るもの、そしてこの部屋そのものが全て血まみれだった。
それは人間の血ではない、全部《夜人》の血だった。
「・・・浅葱さん」
ようやく声を絞り出すと、浅葱さんはやはり無表情なまま振り返り、奥の一番大きな檻を指差した。
壁を掘って作った檻。
「ツネはね、あそこにいたよ」
一際頑丈な枷が壁から伸びているその檻の中も例外なく血まみれだった。
恒人の匂いがする血だ。
足に根が生えたように動くことができない、寒くもないのに全身が震えている。
「空狐だから、力も回復力もずば抜けていて、簡単には死なないから・・・実験体にされてた。対《夜人》用の術や毒を試したり、回復力を計ったり、そんなこと」
眩暈がする。
耳鳴りが酷い。
「俺が見つけた時はね、脚を切断されそうになってた。どうも四肢を切断しても回復するか試したかったみたいだけど・・・さすがにそれは無理があるんだよね、間一髪だった。いや、そんな表現したくないな・・・俺が見つけた時はもうボロボロだったから」
「・・・浅葱さん」
「でもツネは人間達に聞いてたよ、『どうしてこんなことをするんですか?』って、分かってなかったんだろうね、人間が好きだったからやられていることの意味も理解できなくて混乱してたみたい」
「もういいです、やめて下さい!」
「・・・・・・」
「聞きたくありません!」
気づくとそう叫んでいた。浅葱さんはやはり表情のないまま頷く。
「これはツネのことじゃないから・・・そこ、分かる?檻の前」
もう檻の方向すら向きたくなかったけれど、視線をやると檻の前の石が焼けていた、よく見れば檻の一部、柵が変形して途切れている。
まるで灼熱の炎が焼き切ったかのように。
「此処にいた人間、骨も残らなかった、俺がやったんだよ」
浅葱さんはそう言って俺を見た。
「浅葱さん・・・浅葱さんの優しさも、分かってるつもりです。でも俺がその場にいたらやっぱり人間達を殺していたと思います。浅葱さん・・・そんな状況ですら自らの手で殺してはダメなんですか?」
「殺さずにツネだけ助けることも俺にはできたよ。それに今ではツネは家族だけれどあの時は初対面だ。俺は怒りに任せて殺したんだ」
「でも、こんな残虐なことを・・・」
「残虐でも生き物だった、きっと彼等にも愛する人がいて、彼等を愛する人もいた。それも全部分かった上でやった、この屋敷にいた全員を跡形もなく焼き殺した・・・正しくはなかったと思っている」
俺は答えられない。
浅葱さんに同意することも否定することもできない。
「ツネもさ、助けたは良いけど最初は俺のこと怖がってたんだよ。全部ツネの目の前でやってしまったから・・・かといって俺を責めることはなかったけれど・・・」
浅葱さんは深く息を吐いて、それから無理矢理笑顔を作った。
「ごめんね、こんな話・・・でも知っておいて欲しかったから、ツネにあったことも、俺がやったことも全部」
「・・・いいえ」
俺はゆっくりと首を振る。さすがに話してくれて良かったとも言えないけれど、ある程度納得できた部分はあった。


屋敷跡から出て、俺は浅葱さんと別れた。浅葱さんは馬車に戻ると言ったけれど、俺は少し歩きたかった。
遠い記憶を呼び覚ましながら俺は村を歩く。微かな記憶のおかげで道に迷うことはなかった。
前の俺の家があった場所は畑になっていた。まあ、200年近く立てば当たり前か。飢饉といったけれど、少なくともここ数年は豊作が続いているらしい、政治的に安定しているのも理由かもしれないが。
昔は・・・よく覚えていないが不安定だった気がする。
それこそ内戦があったような・・・さすがにそこまでは思い出せないか、頭の中じゃなく魂に少しだけ残った記憶だしなぁ。
田畑を抜けて、村の外れへ、さっきいたのとは反対側。小さな墓地があった。
視界すら閉ざす雨の中、座り込んでいる影を見つけて俺はため息をつく。
・・・やっぱりいた。
俺達が使ってしまったせいか、残ったボロボロの傘をさして、一つの墓石の前でしゃがむ華奢な身体。

いちじく にんじん さんしょに しいたけ ごぼうに 
ろうそく ななくさ はくさい きゅうりに とんがらし

そのボロボロの傘もどちらかといえば墓石にかけているので、恒人の細い肩は濡れて着物がはりついていた。
「・・・風邪ひくよ」
長い黒髪から雫が滴り落ちるのも気にならぬのか恒人はじっと墓石を見ている。
「ツネ?」
「ほおずき、濡れちゃう」
墓石の前、竹筒に差した赤いほおずきを恒人は指差した。
「それ、ツネが差したの?」
恒人は小さく頷いてまたじっと墓石を見る。
「・・・血の臭いがしますね。浅葱さんとあそこへ行って来たんですか?」
急にそう問いかけられて心臓が跳ねたが、隠すことでもないと思いなおす。
「うん、浅葱さんから話も聞いた」
「最初ね、すげー怖かったんですよ、浅葱さん。ヴァンパイアとか見るの初めてだし、あれだけ炎操れる《夜人》なんて、ウカミー師匠ぐらいしか知らなかったから、すっごく怖い神様なんだと思いました。初対面でマジギレモードな浅葱さんですよ。プチトラウマです」
そりゃプチトラウマにでもなろうとは思う。
俺だってあの人狼倒した時の浅葱さんは思い出すだけでびくっとするし。
「でもねー助けてもらいましたからね、俺はとっても感謝してるんですけどね。あのまんまだったら・・・いつかは殺されていたでしょうし」
「・・・うん」
「命の恩人ですからね、だから・・・そこが傷になってるなら辛いな〜って。俺は俺で向きあわなきゃいけないけれど、今回此処へ来たことで浅葱さんの傷も癒えたらいいんですけどねぇ」
子供なんだか大人なんだか分からない子だと思う。
強情で純粋で、それでいて落ち着いていて、鋭い。
「ツネ、帰ろ?ほおずき濡れないように傘は一本置いて行けばいいよ」
「あ〜・・・名案っすね。そうしましょう」
恒人は持っていた傘を墓石に差しかけて、飛ばないように石で固定する。
俺の傘を恒人の方に向けていたので肩が濡れたけれど、まあいいか。

帰ったら「お前らその歳になって雨でびったびたになって帰ってくるってどういうことやねん!!」と涙ちゃんに叱られた。


「まあ、浅葱さんがきっかけ、というのは間違いないみたいなんですよね」
恒人は墓に行っただけでなく、村人の話も聞いてきたようだ。
濡れた黒髪をタオルで拭きながら言って、ちらりと視線を上にやる。
浅葱さんは蝙蝠の姿になり屋根にぶら下がる形だ。
赤い目はこちらを見ているので起きているらしい。
雨は叩きつけるように馬車の中を音で満ち溢れさせていた。
「この国の人間、特に中央部の人達は《夜人》狩りに乗り気だったようです、政府は積極的に討伐を・・・しかし山や海に近い人達は信心深いですからね、乗り気ではなかった。そしてこの村・・・あの《夜人》狩りの館があったのはそもそもウカミー師匠を祀っている場所でした。そこを潰したことで不安はあったようです・・・そして、村の人間から見れば、あの館にいた《夜人》狩りが一晩のうちに消し灰と化してしまったから、これは神の祟りに違いないとそう思った。きっかけとしては小さなものですけど集落ごとの交流もそれなりですからね、それが徐々に広まっていって、《夜人》狩りはいなくなり、それが元で当時、国を治めていた人もその座を降りたようです」
「結果的に見ればよかったってことか〜」
涙ちゃんはそう言って伸びをした。
浅葱さんに聞かせるような言い方だった。
「そもそもさ、空狐・・・まあツネちゃんのことだけど、それを捕まえてるってだけで、庶民の人達は祟りを恐れてたからそれが噴出した形になったんだろうね・・・さて、次はどうする?」
大城さんは蝙蝠の姿の浅葱さんを見る。浅葱さんは蝙蝠の姿のまま首を傾げた。
「宇迦之御魂神様に拝謁をすべきだとは思っているんだけれど・・・どうかなツネ?」
「ウカミー師匠ですか?それならウカミー師匠を祀っている場所の方が呼びかけはしやすいですけど・・・少なくともこっちの世界に出てきてはいないです」
「それは絶対?」
「あれで俺のお師匠様ですから、いらっしゃれば何処にいても分かるはずです」
「・・・じゃあ、その場所を探すべきだね」
それから浅葱さんは眠ってしまい、俺達も雨ではやることがなかったので交代で見張りをしながら眠りについた。


夜半になっても雨は止まない、退屈だ。
俺が見張りの番になったので馬車の扉を少しだけ開けて見ているけれど、雨が降り続く暗い林が見えるだけだった。
先に弁解させてもらうが俺はけしてビビりでもなければ怖がりでもない、ある程度のことには慣れてきたつもりだ。
しかし唐突に、開けた扉いっぱいに髪の長い巨大な顔がのぞいたら悲鳴を上げるなというほうが無理じゃないだろうか。
悲鳴というか奇声だったけれど。
俺の声に一瞬で戦闘態勢になった馬車の中だったが、その扉から見える《夜人》を確認すると恒人から気が抜けたような声を出した。
「なんだ、おとろしじゃん、驚かさないで下さいよ」
恒人の態度に浅葱さん達も戦闘態勢を解く。
「ツネちゃん、この大きな人お知り合いかい?」
大城さんに聞かれ、恒人は小さく頷いた。
『空狐の匂いに惹かれて来てみれば・・・なんだこの異国の集団は』
おとろしさんは巨大な口を開けていった。尖った牙と金色の口内が特徴的だ。
俺達は顔を見合わせて少し迷ったけれどそれぞれ自己紹介をする。
おとろしさんはがちがちと牙を鳴らした。
『ふむ・・・異国の赤い星か。まあ私には関係のないことだな。ところで空狐。宇迦之御魂神様はまだお隠れになったままか?』
「俺はこの国に来たばかりですよ、ここ100年ばかりのことはなにも知りません」
恒人がむくれたように言うとおとろしさんは金色の目を細めた。
とにかくデカイのでなんだか眩しいというか目に痛い。
『最近は空社ばかりでな、顔を見せるのは大物主様ぐらいだ』
「あのお方は単純に他と折り合いが悪いだけでしょう、大物主様が来てるってことがそもそも他の方は来ていない証拠みたいなもんじゃん」
どうやらこのおとろしさんと恒人、つまり空狐では、空狐が明確に上位なようだ、かなり敬語が崩れている。
おとろしさんは大声で笑った、その風圧で扉がバタバタと揺れる。
『ふん、まあ我々のような下っ端にもお声をかけてくださるとありがたいと、もしお会いしたら伝えておいてくれ』
「分かりました」
『そういえば・・・他にも異国から渡って来たのがいたぞ。《夜人》ではなく人間で・・・私にはさっぱり意味が分からないのだが・・・』
おとろしさんはどう説明すべきか悩むように金色の目を細める。
『神がどうとか言っていた、人間は世界を支配するために神が作っただとか、そして《夜人》は駆逐すべき存在だ、とか・・・意味が分からないことを』
俺達は顔を見合わせる、それはあの、大陸で疫病の如く流行っていた宗教のことじゃないか?
こんなところにまで布教しにきていたのか?
「それで、この国の人間はなんと?」
『今のところあまり相手にされておらぬようだが、《夜人》狩りで痛い目にあったのは人にとっては遥か昔のことだからなぁ、中には乗っている若い連中もいるさ』
恒人は軽く首を傾げておとろしさんを見る。
「それはわざわざ教えて下さってどうも」
『では、私はこれで・・・縁があったらまた会おう』
そう言うとおとろしさんは一陣の風と共に消えた。
雨はすっかり上がっていた。
「なにがなんでも宇迦之御魂神様に拝謁する必要性がでてきたね」
深刻さを孕んだ浅葱さんの声に恒人は外を見たまま頷いた。


雨が止んだのでそのまま出発することになった、宇迦之御魂神様が祀られている場所・・・稲荷神社というらしいがそこを探すため。
といってもそこかしこにあるらしくあえて「探す」必要性はないと恒人は言ったけれど。
「ツネちゃんさぁ、ウカノミ・・・ウカミー師匠とやらはどんな人だい?」
あっさりフルネームを言うのを諦めた大城さんに恒人は片を竦める。
「ん〜〜〜・・・変な人ですよ」
「俺らの中では誰に近いとか?」
さりげなく全員を「変な人」にしたな、大城さん。
「誰にも近くないですけど・・・そうですねぇ、ミヤさんと浅葱さんと堕威さんを足して4で割った感じです」
・・・全く想像がつかないんだが、しかも3人足して4で割るって。
「とにかく気まぐれな人です、感情の起伏はさほど激しくないんですけど、そのぶんなにを考えてるのか分からなくて・・・とにかく知れば知るほど謎な人ですね」
「ふ〜ん・・・確かに俺らとは被らないな」
「あるいは一度たりとも他人に本音を言ったことがないのかもしれません」
ますますどんな人だか分からなくなってきた。
「しかしお隠れになっている、ということは《夜人》狩りに心を痛めたとかではないのかな?」
馬車の奥から浅葱さんの声と光る赤い目。
恒人はゆっくりと首を傾げる。
「ん・・・あの方の力をもってすれば壊滅も容易かったはずなんですけど。それすらするのが嫌になるほど鬱陶しかったんじゃないでしょうか」
壊滅も容易だった、それを聞いて浮かんだ疑念。
宇迦之御魂神様は恒人が《夜人》狩りに捕まったことを知らなかったのだろうか、この場合「知らなかった」でなければいけない。
そうでないなら、壊滅が容易なら、恒人は師匠に見捨てられたことになる。
いや、向こうには向こうの事情、あるいはルールがあったにせよ、この国には《夜人》狩りの力を凌駕する《夜人》がいたはずだ。
彼等はなにも行動を起こさなかったのだろうか?
同じ《夜人》が惨殺されているのに。
・・・違う、同じではないのか。ヴァンパイアにとって他の《夜人》が取るに足らない存在であるように、彼等もまた他の《夜人》が眼中になかったと考えるのが自然か。
「ひでぞー君、すごい面構えになってるけど、どうかしたん?」
涙ちゃんにのぞきこまれて我にかえった。
「うん、いや・・・ちょっとね。ねぇツネ、そのウカノミタマの、カミ様・・・」
言い難いな、口に出すと。
「えっと、その人とは、神社ってとこに行けば連絡取れるんだよね」
「さあ。呼んでも出ていらっしゃらないことも多いですし」
「でもツネはその人の弟子なんでしょう?」
「俺で千五百二十一番目ですよ。いちいち気にかけられてないです、放任主義な人ですし・・・正規のお使いとなればまた別かもしれませんが、俺はあくまで修業しただけですから」
恒人はていっと薄い胸を張った。
「でも、俺も認めてもらえたら、社に祀られるレベルです!」
そこじゃなくて、すごいけど今はそこじゃなくて・・・
「お使いさんってつまりは?」
「眷属っすねぇ・・・召使とか、そんなイメージかな。やることはまぁ使いっパシリらしいですけど」
眷属という言葉を聞きつけて、俺は浅葱さんに視線を移した、赤い目が細められる。
「ヴァンパイアの眷属とは意味合いが違うだろうし、俺は眷属を持ったことがないからね」
そうだった、ミヤ君のアレは例外として、そういうヴァンパイアらしいことを一切しないのが浅葱さんだった。
「っていうか言いたいこととか聞きたいことがあるならはっきり言った方がええで!」
とまたのぞきこんでくる涙ちゃん。
確かに俺が考えていても回答はでない、心を決めて恒人を見る。
「ツネの師匠は、ツネが捕まったこと・・・知ってたの?」
「そりゃ知ってたでしょう、あれでも神様ですし」
「・・・じゃあ、なんで助けにこなかったの?」
傷を抉ってしまう言葉かと思ったけれど、恒人の反応は違った。きょとんとして、目を点にして、首を傾げている。
「なんで、ってそんなの当たり前じゃないですか。弟子一人助けるためにそんな手間のかかることしないでしょう」
本当にそれが当然だと言わんばかりの口調だった。
「殺されてたかもしれないのにかよ!?」
反射的にそう叫んでいた。浅葱さんが助けなければあの暗い地下室で嬲り殺しにされていたはずだ。
かもしれない、じゃない・・・確実にだ。
「二千匹近くいる内の一匹ですよ。羊飼いが狼に一匹羊を襲われたって損害はあっても、手間をかけてまで助けたりしないでしょう」
価値観の違いは分かっている。
分かっているけれど、その言葉を飲みこむわけにはいかなかった。
狭い馬車の中で半ば立ちあがる形になって・・・大城さんに手首を掴まれた。
俺が反射的に振りあげた手を大城さんが掴んでいる。
叩きかけたのを止めてくれたのはありがたいけれど、言う。
「そんな問題じゃないんだよ・・・弱肉強食とかコレが当たり前とか、ツネの価値観とか否定するつもりはないけど・・・羊飼いの羊に喩えられて納得できるわけがない、悪いけど・・・理解したくもない」
恒人は俺を見ていた、黒い瞳はすっと青をおびた銀色に変わり、次の瞬間、恒人は走行中の馬車から飛び出していた。
「ツネちゃん!」
俺と大城さんで同時に外をのぞき、浅葱さんがすぐに馬車を止めてくれたけれど、恒人の姿は見えなかった。
「探してくる・・・」
大城さんが馬車を飛び下りて恒人の名前を呼びながら駆けて行く。
俺も行こうとしたが浅葱さんに腕を掴まれた。
「俺のせいですから、止めてもいきますよ」
「うん英蔵君のせいだね、でも・・・悪いことは言ってない」
赤い瞳は優しい輝きで、俺は息を止めて浅葱さんを見た。
「どうして怒ったのか、どうして怒らせてしまったのか、ちゃんと説明して。ツネは聡い子だから理解できるはずだよ」
浅葱さんは俺の腕を離して微笑む。
「俺も探しに行くから、早く連れて帰ってやろう・・・涙ちゃんはツネが戻ってくるかもしれないから、一応結界を張って此処にいてくれる?」
「ええけど・・・夜明けが近いってことだけは忘れんといてな」
涙ちゃんはしかたないというようにため息をついた。
「それから、絶対に俺らの末子は連れて帰ってきて」
俺と浅葱さんは頷いて馬車を出る。
山道は狐の領分だけれど、俺だって人狼だ。
浅葱さんとそれぞれ別方向に山の中へ駆けこんで行った。


雨で湿った夜の山、闇はなんの問題もないが少々足場が悪い、濡れた落ち葉が滑る。人間ならば簡単に転倒してしまうだろう。
冷え込みは酷く、吐く息は白かった。
会ったらどう説明しよう、俺達はみんな種族が違う。価値観は違って当たり前、けれど恒人も含めてみんながそれぞれ互いの言葉を聞き、歩み寄り譲り合ってきた。
ハーメルンの音楽隊が本当は不可能でも、俺達はやってきた。
ヴァンパイアとホムンクルスとベルセルクと人狼と空狐。
あまりにも異質な取り合わせでも、家族として一緒だ。
だから、衝突したら話し合えばいい、お互いに納得できるまで膝を突き合わせて好きなだけぶつかればいい。
俺は俺が言いたいことを恒人に伝えるべきなんだ。
そんなことを思いながら走っていると不意に木々が途切れた。
一軒の小さな木の家があり、明かりが漏れている。
もしやと思い、扉を叩いてみるが返答はない、そっと開けてみれば。囲炉裏に火がくべられ、薬缶に湯が沸き、今の今まで人がいたかのように見えるが人の気配はない、というより・・・此処はなんだか《夜人》っぽい。
それもかなり格が高い。
俺が出ていこうとすると、こつんと何かが頭に当たった。足元に朱塗りの高そうなお椀が転がっている。
持って帰れと言われているような気がした。
「悪いけどいらないよ、人を探しているんだ」
そう言ってまた踵を返した途端、家中に木霊するように声が響いた。澄んだ少女の声だけれど妙に威厳がある。
『ならばその道を開きましょう』
強い風に背を押され、俺は家から突き飛ばされるように出た、さっきまではなかったはずの坂が目の前にあり、俺はそのまま滑り落ちて行く。
ぽっかり空いた黒い穴の中へ落ちながら地面らしきものを感じ、受け身をとって着地する。
「うわっ!」
すぐそばで驚いた声。
見ればしゃがみこんでいる恒人が仰天した顔で俺を見ていた。
「な、なんでいきなり空から降ってくるんですか!?」
恒人からはそう見えたらしい、そりゃ驚くか・・・俺がなんと説明したものか迷っていると、恒人ははっとしたように頭を下げた。
「ごめんなさい、急に飛び出したりして」
「いや・・・俺もごめん、いきなり怒って、意味分からなかったよな」
手を伸ばして頭を撫でようとしたら、すごい早さで避けられた。
・・・地味に傷つく。さっき叩きかけたのがいけなかったらしい。
今度はゆっくり手をやって、俯いている恒人の頭を軽く撫でる。
「ごめんって、もう怒ってないから」
「・・・ごめんなさい」
ぽたぽたと恒人の目から涙が落ちる。
泣かせてしまった・・・どうしよう・・・
「あの、さ。ツネは羊飼いと羊に喩えたけど、見捨てられた羊が羊飼いを恨んじゃいけないことはないと思うよ。それが羊飼いにとって仕方のない行為だったとしても・・・俺はツネの師匠とツネの関係を知らないけど、助けられる位置にいたのに助けなかったなら、俺は怒りたくなる。俺は俺の立場からツネの師匠に対して怒る」
ああ、ちっとも上手く説明できない。
「お願いだから、もっと自分を大切にして、自分の存在を軽く見ないで、本当ならかすり傷一つだってイヤだし、それがどんなに過去のことでもツネを傷つけたヤツは許せない・・・過去のことでも自分が死んでいたかもしれない事実を容認しないでくれ」
恒人はしっかりと俺を見て話を聞いていた。
しばらく悩んでから微かに頷く。
全てが伝わったとは思わない、根底にある価値観の違いはやはり大きい。
「理屈では分かってるつもりなんです、俺だって、みんながちょっとでも怪我するの嫌ですし」
そうだろうな、でなければ大人しく説教されていまい。
「でも、やっちゃう。ホントはズルいんです、分かってます。自分が怪我した方が、誰かが怪我するより痛くないから」
「・・・うん」
「ウカミー師匠は絶対に来てくれないって思ってたけど、すごく怖くて痛かったから、本当は助けに来て欲しかった。でも・・・そんなこと期待して畏れ多い人だから、思わないようにしてました・・・そしたら浅葱さんが来てくれましたけど」
恒人は涙の溜まった目で俺を見上げて言う。
「でもね、英蔵さん・・・俺は今でもウカミー師匠のこと御師匠様だと思ってるんですよ?」
「そっか、じゃあそこは俺がごめん、だね。ツネの大事な師匠のこと侮辱するようなこと言って」
「・・・いいんです。なんで英蔵さんが怒ったのか、理解はできたと思いますから」
そう言って仲直りの握手をした後、浅葱さん達に連絡するために恒人が木の葉を飛ばした。


「それはマヨヒガですね」
「まよひが?」
「迷い家、と言った方が通じやすいですかね。幽霊船と同じく生物の形を持たない《夜人》です。生活感のある無人の家で、そこから何かを持ちかえると富を得る、という」
なるほど、迷い家か。お椀を持ち帰れと言われたように思えたのも間違いじゃなかったわけだ。
「迷った時に現れて願いを叶えてくれる・・・って言われてます」
確かに願いは叶えられた、恒人のところへ連れて行ってくれた。
「この国は・・・自然精霊的な《夜人》やそういう曖昧な存在が多いんです、人間を襲うものもいるけど、明確な敵対はしてないし、《夜人》同士も仲の良し悪しはあれ、争いにはならないんです。みんな戦いは嫌いですから」
「なんだか浅葱さんが好きそうだな」
「ええ、前回はそれどころじゃなかったけれど、今回は・・・気に入ってもらえたら嬉しいなぁ」
「気に入ってくれるさ、ツネの故郷だもん」
まだちょっぴり泣き顔の恒人を引き寄せて頭を撫でてやっていると後方から声がした。
「俺はお邪魔かい?」
振りかえると大城さんが立っていた。恒人はぴょこんと立ちあがって駆け寄ると頭を下げる。
「いきなり飛び出してごめんなさい!」
「ま、無事で見つかってよかったよ。さっさと帰るぞ」
そう言うと大城さんは恒人を問答無用で肩に担いだ「ぎゃー」とか叫んでいるが大城さんは気にしていない。
「浅葱さんは?」
「夜明けも近いし先に帰ってもらったよ」
木々に隠れていたけれど、確かにもう西の空は白み始めていた。
大城さんが恒人を肩に担いだまま、木を蹴り折らん勢いで走り始めるので俺も慌てて後を追った。


それから馬車の中で軽く浅葱さんと涙ちゃんから怒られて、いつもの旅路へ。
大城さんは形式上の御者役として外に、俺達は陽光が入らないように扉を閉めて馬車の中にいた。
「移動する時はですね〜馬に乗ってる人に声をかけてたんです、人間の姿で、みんなすぐ乗っけてくれました」
「そりゃあツネが声かけたらな、スカート捲ってヒッチハイクしとるようなもんやし」
涙ちゃんの言葉にツネは首を傾げる。
「いや、なんでもない。続き続き」
「でも狐のルールで適当なとこで気づかれないように降りなきゃいけなくて、けっこうみんなその時に驚かせたりするんだけど、俺は降りる時に乗せてくれた人の頭にシロツメ草の冠乗っけるんですよ。こっそり観察してたらみんなびっくりした後、笑ってました」
微笑ましいというか、和む悪戯だなぁ。
浅葱さんもすごい和んだ顔してる、半分寝ながら聞いていたらしい。
「でも中には怒る人がいるんですよね〜。シロツメ草嫌いだったんでしょうか」
・・・下心満々で乗せたヤツに同情はいらん!と言えないのが悲しいな。
「それにしてもツネって本当に人間に対して警戒心なかったんだね」
「ん・・・母はあまり近づきすぎてはいけないって言ってたけれど、興味はあったし、面白いし、優しい人は多いし」
「そっか・・・」
俺はある程度飲み込む、人間を糧とする《夜人》が人間を殺すこと、人が食べるために生き物を殺すこと、また(人間を含め)生き物同士が自らの領域を守るために殺し合うことを、それが悪ではないと思える。
しかし無警戒に、疑いもなく、こちらを信じて近づいてきた生き物を惨殺することを・・・否定する。
その気持ちを否定する、その行為を否定する。
かつてこの国にいた《夜人》狩り達を、俺の全てを持って否定する。
彼等にも理念があっただろう、しかし俺は否定しよう、誰も傷つけない思想も理念もないけれど、積極的に数多の生き物を惨殺したその理念ごと否定する。
それがどんなに崇高なものであろうとも・・・否定する。
彼等が人間には優しかろうが、温かい家庭を持っていようが、俺は俺をもって否定してやる。
確実に言える、俺がその時の浅葱さんの立場ならば同じことをした。
恒人と知り合う前だとか、そんなことは関係ない。目の前の惨状を作りあげた連中をきっと許せなかった。
赦せなかった。

地下室を出る時、一瞬だけ振り返った時に見えた白昼夢。
解体されて解剖しつくされた部屋いっぱいの《夜人》の死体。
木桶の血に浮かんだ首、血だけではなく悲鳴が、断末魔が染みついたあの部屋を・・・認めるわけにはいかないのだ。


「英蔵さん、なんだか男前な顔になってますね」
恒人に言われて俺は思考の海から浮上した。
「男前になってるって、まるで普段はそうじゃないかの如く・・・」
「え?何を言ってるんですか!?」
「本気で驚きながら言うなっ!傷つくわ!!」
そりゃルックス的にはそうだろうよ、他みんな超絶レベルなんだもん!!
「英蔵君、大事なのは外見じゃない、中身だよ」
浅葱さんの言葉に涙ちゃんと恒人は吹き出すのを堪えるように口に手を当てた。
「あ、浅葱さんに一番ヒドイこと言われてしまいました!ショックですよ!!」
「ええ!?俺、ヒドイこと言った!?」
「天然で言ったってことは本音ですか!!」
うわ・・・いや、客観的にそうだってのは自分でも分かってるけど。っていうか浅葱さんがその台詞言うと普通に嫌味にしか聞こえない。
嫌味を言う人じゃないはずなのに。
美形が言ってはいけない台詞ナンバー1だ。
俺が本気でショックを受けていると恒人が悪戯っぽい微笑みで言う。
「英蔵さん、大事なのは外見に伴う中身ですよ!」
なんだか人生のハードルが下がった気がしたのが逆にまたショックだった。
っていうか大城さん、馬車の外で笑いすぎです・・・


そんなこんなでいつもの道中、ようやく稲荷神社を発見した。
人がいるときではまずいし、みんなで行きたいから真夜中、赤い鳥居をくぐる。
大きな古い社は荘厳だった。
なるほどここならば神様もいて、願いは叶えられようと納得してしまうような清らかで重たい空気。
恒人は社の前に進むと正座をし、深く頭を下げた。
「宇迦之御魂神様、お答えください」
凛とした声が響く。
長い静寂の後、格子の闇の向こうで、微かに鈴の音がした。
恒人がゆっくりと顔を上げる。
「宇迦之御魂神様に拝謁したく参じました、私の恩人である異国の《夜人》達もいます、お声をお聞かせ願えないでしょうか」
格子の向こうから微かな声が聞こえる。
『霊孤に成り下がった者が今更なにをしに来た?』
「宇迦之御魂神様に用があるんです」
棘のある口調に恒人もまた棘ある声を返した、どうやらこの声の主は宇迦之御魂神様ではないらしいが・・・ムカつくなぁ。
『あの方はお戻りになられていない、私も長らくお会いしていない・・・人間を見限られたのかもしれぬ』
「一番弟子である貴方にも?」
『うっさいよ。出てこないものは出てこないんだからしょうがないじゃん!』
いきなり口調が変わった!!
さっきまでの空気はなんだったんだ!?
『つーかなに?異国の《夜人》って!めっちゃ怖い感じするんですけど!なに連れて来ちゃってんの!』
「あの・・・賢さん?」
この声の主は賢さんと言うらしい、恒人も困ったように首を傾げている。
『ウカミーがいなくなって、俺ら眷属はみんな孤児だよ!もう俺だって人間のことなんか知るもんか!人間なんて嫌いだよ!』
「賢さん、聞きたいんです、異国から渡って来た《夜人》狩りがいると・・・」
『また同じことになるんじゃない?だから嫌いなんだよ人間は、何回でも同じ過ちを繰り返して反省もしない!見限られて当然じゃん!俺の知ったこっちゃない!!』
なんだかひどく興奮しているらしいけれど・・・
俺は不敬を承知で恒人の隣まで移動して声をかける。
「聞きたいことがあるんですけど?」
『アンタだれ!?』
「一応、人狼です・・・名前は英蔵といいます」
『ジンローのヒデゾー?よく分からないけどなに?』
人狼を知らないのか、まあ俺の場合経緯がややこしいから逆に説明する手間が省けた。
「貴方やウカノミタマ様は・・・恒人が《夜人》狩りに捕えられていたことを知っていたんですか?」
『知ってたよ、ウカミーも知ってた』
「だったら、どうして助けなかったんですか?」
『ウカミーがその必要ないって言ったから』
その言葉が脳に到達した瞬間、俺の拳は木の格子を突き破っていた。
「英蔵さん!?」
恒人が飛び上がるように立って俺の肩をを掴む。
『な、なんだよ、ビビってないかんね!バチ当たっちまえ、バーーーーーカ!!!』
奥でガタガタと音がして・・・考えて見れば当たり前に夜目が利く俺には見える社の中で尻尾が九本ある銀色の狐が大きく飛び上がってどこかへ消えた。
・・・あれ、もしかして俺、やらかした?



「あの人、ウカミー師匠のこと大好きで・・・あと一回拗ねたら機嫌治してくれませんからね」
「・・・ごめん」
涙ちゃんに叩かれたこめかみをさすりながら俺は石段を降りる。
「まあ気持ちは分からなくもないよ。俺もしょっぱなから頭にきてたし」
大城さんはそう言って笑った。
「悪い人ではなさそうなんだけどねぇ・・・」
「まあ仮にもお使いの狐さんやからな」
浅葱さんと涙ちゃんもどこか呆れた調子だ。
「ホント、すみません・・・」
「でも怒った英蔵君って男前やった」
涙ちゃんにきゅんとするようなことを言われてしまった!
「人のために怒れるっていうのはカッコいいことだからね」
浅葱さんにも言われ、さらにきゅんとなる。
きゅんきゅんだった。
「しかし・・・見限ったって言うのは妙ですねぇ」
「そういうお方じゃないの?」
「慈悲深いって意味じゃないですよ、見限るなんて面倒なことをするだろうか、って感じです」
俺の問いに返って来た意味不明なこと。
見限るのが面倒?
どんなメンタリティならそんな思考ができるんだ。
「というより、見限るほど人間に対して愛着があったとは思えません」
それならなんとなく分かるけど、ドライな人なのかな?
「しかしウカノなんとか様に会えないとなると・・・どうする?その異国から来た《夜人》狩りの様子でも探ってみるか?」
大城さんは腕組みをして深刻そうに言う。
またあのフローライトみたいなのが出て来たら嫌だな・・・
「そうだね、とりあえずそうしてみようか」
浅葱さんの言葉で今後の方針は決定したが、夜明けが近く、その《夜人》狩りに関する情報もないので、次の夜までその場で休息を取ることにした。


朝方、俺は一人で稲荷神社へと続く石段を上っていた。
みんなにはお手洗いと適当に誤魔化して出てきたけれど、すぐにバレるだろうな。
社にはまだ人影はない。
俺はそっと呼びかけてみた。
「賢さん・・・でしたっけ?昨夜は失礼しました」
『なにオマエ、また来たのかよ、なんだよ〜!!』
声は上からした。社脇の巨木に、虎ほどのサイズはある銀色の狐がいた。
「いえ、昨日怒ったことあやまりにきたんです」
『はぁ!?』
賢さんは九本ある尻尾を振りまわした、さながら巨大風車のようで壮観だ。
『で、アンタあの子のなんなのさ?』
聞き覚えのあるメロディーが頭の中で流れたけれど、世界観的に出してはいけないので受け流す。
「友達で・・・家族みたいなものですよ」
『マジ?ジンローってキツネと仲良しさんなんだ知らないけど、へぇ・・・』
なんていうかこの人、変な訛りがあるって言うか、発音自体が下手みたいな印象を受ける。
『うん、じゃあなんで怒ったのか分かった、ゴメンね』
あっさりとあやまられた、素直な性格らしい。
『ってかそっち人間の姿じゃん、俺も変わろ!!』
そういってくるりと宙返りして枝に座った時には賢さんは人間の姿になっていた。
短く刈り込んだ黒髪で背は高い、顔立ちは精悍なのにどこか幼いというか子供っぽく、子犬のような印象を受ける。
狐に子犬のようなって喩えも変な話だけれど。
尖った耳と九本の尻尾はそのままだ。
「なあジンロー、一緒にいた怖い人が異国の赤い星でショ?」
浅葱さんのことだよな。俺が頷くと賢さんは満足そうに笑った。
「すごかった、《夜人》狩りの一番の拠点壊滅じゃん?俺はてっきり神様がやったかと思ったら、異国の・・・ヴァンパイア?って《夜人》だっていうからびっくりしてさ〜でも捕まってた俺らの同胞が一緒に連れてかれたっていうから俺らの間じゃちょーーっと騒ぎになったんだよ!」
賢さんはまた、尻尾を風車のように回転させる。
「うん、でも無事だったならいっか」
軽い物言いにまたカチンときたけれどどうもこの人はこういう性格らしいと諦めた。
「ところで賢さん、異国から来た《夜人》狩りの居所をしりませんか?」
「知ってるよ?なになに!?退治してくれんの!?」
嬉しそうな賢さんにどう苦言を呈すべきか悩んだけれど、どうも言いようがなかった。



戻ったら馬車の前に大城さんが仁王立ちしていて、怒られるのかと思いきや「飯食いにいくぞ」と腕を掴まれた。
後から恒人もちょこちょこついてくる。
「でも木の葉のお金、バレますよね?」
「あ、大丈夫です、お金ならあるんで。ちゃんと本物のお金!」
恒人が得意げに言った。
「どこでどうしたの!?」
「人がいるところで楽器を弾くとお金を投げて貰えるんです!」
ない胸を張るな、薄すぎるから変な感じになるんだよ。
「・・・そうなんだ」
まあ旅芸人文化はこの国にもあるのだろう。
恒人なら器用だからそれぐらいはできそうだし、手段としては合法的だ。
「×××お兄ちゃんがお金に困ってる時に覚えたんですよ!」
・・・俺の前世ぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!
なにしてんの前の俺!!!
「田圃を売る寸前だったので頑張りました!」
「まあ、ほら・・・好意を無下にできないって思ったんじゃねぇの?もっと稼がせようと思ったら手法はいくらでもあるんだし」
大城さんがフォローしてくれる。
「前に会った霊孤がですね、お気に入りの人間のために身売りしてお金を渡したという話を思い出して×××お兄ちゃんに話したら、そうやってお金を稼ぐ方法があるって教えてくれたんですよねぇ」
血の気が引いた。
叫んで悪かった、むしろグッジョブ、前の俺!!
「ツネちゃん、身売りって意味分かってるの?」
大城さんに聞かれて恒人は心外だという顔で頷いた。
「もちろんですよ。先払いで泊まり込みのお仕事をさせてもらうことですよね」
「うん、そうだね、よく知ってるね!」
とても平たい口調で言う大城さんに恒人は得意そうな笑みを浮かべた。
ま、間違ってはいないけど。
しかしまあ宇迦之御魂神様に会えなかったことで落ち込んでなくてよかった。
町の屋台でソバなる食べ物を頂いた、この国は基本的に味付けがさっぱりしていて素朴だな。
そして帰り道、俺はようやく賢さんから聞いたことを話した。
「あ、やっぱあやまりに行ってたんだ、だろうとは思ったけどさ」
完全に行動を読まれていた。
「しかし場所が分かったなら探りに行くか・・・ツネちゃん大丈夫?」
「フローライトみたいなのがいないことを祈ります」
それは切実なんだよなぁ。
「どっちにしても行くなら夜か、夜の方が俺達には有利だし。夜にはつくようにゆっくり移動しよう」
《夜人》狩りがいるという場所はここからそんなに離れてはいない。



夜、徒歩で移動して《夜人》狩りの拠点があるという山中までやってきた。
気配を消していたつもりだが、あっさりと見つかってしまった。
様子を見るだけの予定だったので急襲された形だ、フローライトと同じ黒い衣装に身を包んだ人間達が30人ほど、崖の上から弓を構えている。
「まずったな・・・」
飛んできた矢を素手で受け止めた大城さんが呟く、銀製品の矢は俺達の弱点だ、浅葱さんも大城さんも、俺も、涙ちゃんですら弱い。
そして物理結界を張ったまま膠着状態。
相手方に守りに長けた者がいるのだろう、浅葱さんの邪視も効果がなかった。
「分担ができてるんだろうね、気配を察するのに長けた者、守りの術に長けた者・・・ちょっと急ぎ過ぎたかな?」
こちらが物理結界を張っていることは分かっているらしく、矢を無駄にする気もないのか射ってはこないが分担ができているのなら物理結界を解ける人間だっているのかもしれない。
こうなったら一旦逃げるつもりだけれど、逃げる隙も与えてはくれないようだった。
浅葱さんが本気を出せば容易いけれど、本気を出したら皆殺しになってしまうのでその選択肢はない。
黙りこくっていた恒人に視線をやるとすっと逸らされた。
怒りに満ちた顔は真っ直ぐに《夜人》狩りを見つめている。
「おい、ツネっ!」
俺が声を上げた時、には恒人は飛び出していた。とっさに伸ばしたであろう浅葱さんの手をすり抜けて結界の外へ。
「・・・っ、馬鹿っ!」
涙ちゃんが叫ぶが結界を解くわけにもいかない。飛び上がる恒人に無数の矢が降りかかる、それを身体を捩じって避けるが、幾つかは身体を切り裂いていった。
「空狐に・・・銀の矢が効くかっ!」
恒人は叫びながら手近な人間に飛びかかる。
銀は俺達に天敵だけれど、恒人は例外だ、この国はそもそも《夜人》のルールが異なるのだ。銀でつけられたものはかすり傷でも俺達に大打撃となるが、空狐にそれは適応されない。
そんなこと全員が分かっていたが、やらせる気はなかった。恒人だけに特攻させて済むならすぐにだってやっていた。
飛びだしかけた俺の腕を浅葱さんが掴む、尖った犬歯をぎりぎりと噛みしめながら恒人を見ている。
恒人が捕まえた人間はそのまま崖下に引き落とされた形で、そこに他の人間が容赦なく矢の雨を降らせる。
「ツネっ!!」
大城さんが結界ギリギリで叫んだ。
矢の雨から人間を庇うように覆いかぶさっていた恒人が顔を上げる。
背中に刺さった数本の矢が地面に落ち、刺さっていたはずの背中に傷はない。
長い黒髪は風に靡き、その天辺から生える白く大きな耳、そして、本来は出現し得ない、力を封じられた彼が人間の精気を吸わなければ取り戻せない、三本の巨大な尻尾が揺れていた。
初めて会った時、あの時は俺の精気を吸って出現させた空狐の力。

「こぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん」

恒人が空に向けて叫んだ、高い声は響き渡り、木々を揺らして木霊する。
それを終えると、再び射かけられた矢を潜りぬけて結界の中へ駆けこんできた。その華奢な身体を浅葱さんが抱きとめる。
「・・・また、無茶した」
「勝算ならありましたよ・・・」
「違うでしょ?」
「ごめんなさい・・・」
物理結界に跳ねかえった矢が落ち、人間達はまた弓を撃つのをやめたが。今しがた恒人がやった行為が意味するものを話し合っているのが聞こえてくる。
《宗教》、一つの神を信じる彼等はこの国の《夜人》に関する知識はあまりないらしい。《創造主》の力の下ならなんでもできると、疑いもない。
そんな場合でもなかったかもしれないけれど、俺達はただ、震える腕で恒人を抱きしめる浅葱さんと、三つの尻尾を揺らして浅葱さんにしがみついている恒人を見ていた。
「でも、ずっと嫌でした。俺との出会いが浅葱さんを悩ませているのがずっとずっと嫌でした。浅葱さんが、みんなが俺にしてくれたこと、ちゃんと返したいから、その機会を探していたんですよ?」
「・・・ツネ?」
不意に無数の目が光った。
木々の隙間から、下にも上にも無数の目が輝いている。
それは全て、狐だった。
白い狐達。
先程の叫びは、彼等を呼んだものだったのだろうか?
恒人は浅葱さんから離れ、毅然とした態度で彼等に視線を向ける。
『同胞からの呼び声に応えてみれば、なんだこの異国の集団は』
『《夜人》狩りのところなどに呼び出してどういうつもりだい、坊や』
『争いは好かぬし、武器を持った人間などとは関わりたくもないんだけどね?』
狐たちは口々に言う。ざっと見たところ百匹以上の狐があまり好意的とは呼べない様子で俺達と《夜人》狩りを見比べていた。
「すみませんね、俺の様な若造が呼び出しをかけて。しかし同胞、本当にこのままでいいんですか?」
恒人の凛とした声は響き渡る。
「100年前と同様、たくさんの仲間が殺されることにまたなるんですよ?黙って見ていれば、隠れていれば、自分は生き残れても他の誰かが死ぬんです・・・俺はそれを言いにきた、今この国がどんな状況か来るまでは分からなかったけれど、歴史は繰り返す、争いは何度も起こる、その時にずっと傍観者のままでいいんですか?」
狐たちはじっと恒人を見つめていた、判決を下す前のような顔で見ていた。
恒人が声を張り上げる。
「俺はそれを言いに来た!!再びこの地が蹂躙され血にまみれようとしているのに、隠れて過ごす気ですか!?他の誰かがやってくれるのをただじっと待って、自分だけは傷つかずに生きていくつもりですか!?この手で守れるものならば守るために全力を出そうとは思わないんですか!?確かに人間達が何を崇拝しようが、なにを信じようが俺達には関係ない、しかしみんなにも恩を受けた相手がいるでしょう!巡り巡って誰が傷つき、死ぬか分からないような災厄の芽を放置していいんですか!?・・・俺達、狐族は受けた恩は必ず返すんでしょう・・・だったら世界から受けた恩も返すべきです」
狐たちは沈黙していた、《夜人》狩り達も何が起こっているのか分からず様子を見ている。
『言いよるわ、小童が』
長い沈黙を破り、一際大きい五本の尻尾を持つ狐がそう言ったかと思うとひらりと舞い上がり、《夜人》狩りに飛びかかった。
それがきっかけになったかのようにつぎつぎと狐たちが飛びかかって行く。
白い塊は猛吹雪のように《夜人》狩りに圧し掛かり、精気を吸い取る。
矢を射ようとした者もいたが、的が多すぎてどうにもならず、狐に圧し掛かられて倒れる。
1分もしないうちに《夜人》狩りは全員地面に倒れていた、死んではいない。只、精気を吸い取られ、衰弱して動けなくなっている。

「こぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ「こぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ「こぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん」

幾重もの鳴き声が夜空に木霊する。狐達は叫ぶだけ叫ぶとまた木々の間を駆け抜けていなくなってしまった。
「・・・なんやったん?」
張りっぱなしだった物理結界を解いて涙ちゃんがそう呟いた。
すぐに崖に上がって確認すると《夜人》狩りは皆、地面に伏したまま動かないが、死んでいる者は一人もいない。
ただ精気を吸い尽くされて眠っている。
「後処理は俺がしますよ。だからみなさんはもう行って下さい」
恒人は俺達を見て淡々と言う。
「お前・・・なに言ってんの?」
大城さんが伸ばした手から下がって逃れ、恒人は笑う。
とても綺麗に微笑む。
「俺は此処に残りますから、みなさんは行って下さい。本当はずっとその機会を探していたんです。俺の存在が辛い記憶と共にあるから、一緒にいるかぎり忘れられない・・・だから俺はここでお別れします」
背を向けた恒人を俺は飛びかかるように抱きしめた、何かを考えたわけじゃない、ただとっさにそうしていた。
「なにするんですか・・・」
「俺は嫌だ、恒人と離れたくない」
「・・・俺さえいなければ英蔵さんは」
「だったらなに?俺はみんなといられて幸せだった、恒人と会えてよかった。人狼になったって現象は不幸でも自分の境遇を嘆いたことなんてねぇんだよ」
「俺はこの国に残ります」
「だったら俺も残る」
どさっと上から何かが降ってきて俺は恒人ごと地面に倒れてしまった。
「勝手に話し進めてんじゃねぇよ・・・」
背中から立腹しているらしい大城さんの声。視線だけやれば、やっぱり怒った顔の大城さんが俺の肩越しに恒人を見ている。
「お別れとか簡単に言うなよ、そりゃ永久に一緒ってわけにはいかないだろうけど、そんな理由でさよならされても俺は納得できねぇ。勝手なことしてんじゃねぇよ。共感してくれるのは嬉しいけど、人の嘆きまで自分のせいにして勝手に自分責めて、勝手に離れるな」
浅葱さんは恒人の頭側からのぞき込んでその額を軽く叩いて言う。
「ツネがさ、本当に俺達と離れたいっていうなら別だよ?でも違うでしょ。俺達のことを思ってくれるなら離れるなんて言わないで、ツネとお別れするほうが辛いし。確かにツネとの出会いの瞬間は俺の苦悩だけれど、ツネがいることでそんな苦悩は忘れられる、ツネが元気でいてくれたからあの時のことが本当の意味で俺の中で傷になってないんだ」
俺は涙ちゃんを見る、時が来れば恒人を安全な場所に残していくべきだと言った涙ちゃんを。
「・・・本気で此処に残りたいんか?」
いつもの明朗さはない、ただひたすらに鋭い声で涙ちゃんは恒人に問いかける。
「残って・・・幸せになれるんか?」
俺と大城さんに圧し掛かられた形のまま恒人は目を見開いて涙ちゃんを見る。
「そうでないなら・・・置いてはいけん・・・別れる時は全員納得づくで別れなかったら・・・そんなんやっぱり不幸やん。それに前提としてツネの胸に食い込んでる封印の呪符、それを残したまま置いてはいけんで?」
恒人は視線を俺と大城さんに戻し、それから浅葱さんを見て目を見開いた。
明らかに動揺した様子に俺達も視線の先を辿る。
彼は、そこにいた。
《夜人》狩りの連中が寝泊まりしていたらしい小屋の上、屋根の天辺に立つ人。
「・・・ウカミー・・・師匠」
恒人の呟きに浅葱さんがまず姿勢を正し、大城さんと俺も恒人から退くと、恒人は反転して地面を頭につけた。
「お久しぶりです!」
彼は、宇迦之御魂神様は淡々と答える。
「さっきから出るタイミングをうかがってたんだけどすっかり逃しちゃったよ」
肩までのハシバミ色の髪はふわふわと風に揺れ、瞳もまたハシバミ色。何重もの着物を粋に着崩し、幾重もの帯もまた風に揺れている。
そして、怖気震うほどの美丈夫、整いすぎて生気を感じない顔にうっすらと笑みを浮かべ見下ろしていた。
「どうも、異国の客人達・・・俺がこの国で宇迦之御魂と呼ばれる『神』だよ」
神だというからにはきっと会っただけで威圧されるような空気を纏っているのだと勝手に思っていた、怒った時の浅葱さんのような、あるいはこの国についてすぐ会った一本ダタラのような。
しかし彼にはなんの威圧感もない、こうして向き合ってもなにも感じない、纏う空気はひたすらに透明で、威圧も恐怖もなにも抱かせない。
それが・・・とてつもなく恐ろしい。
なにも感じさせないことが、向き合っているという実感すら湧かないことが、怖い。
皆も同じなのか背を真っ直ぐ伸ばしたまま只、宇迦之御魂神様を見ている。
「そしてまだ俺が出るタイミングではなかったみたいだね、大事な話を止めてしまってごめん」
宇迦之御魂神様はまたうっすらと笑う。
口元だけで微笑む。
そこで浅葱さんがようやく我に帰ったのか頭を下げた。
「初めまして、サクスブルー・ダークローズ・アンチアーレスです。100年前、俺がやった行為がこの国の情勢を大きく変え、そして弟子である恒人を勝手に連れ出す形になったことを改めてお詫びします」
宇迦之御魂神様は興味なさげな一瞥だけ送り、それが決まりだとでもいうようにまた笑みを浮かべる。
「どうでもいいんだよ。弟子ではあるけど俺の所有物ってわけじゃないから。だから助けなかったことを怒られるいわれもない」
これはきっぱりと俺に向けて放たれた言葉だった、色の柔らかさに反し凍りつくような視線が一瞬俺に向けられる。
「人間風情に空狐が捕まったことも怒らなければ、たった今、本来君の立場ではやってはいけないはずの収集をかけたことも怒らない・・・俺にはどうでもいいことだからね」
ある意味で怒るより恐ろしい内容を言い放つ宇迦之御魂神様に恒人は顔を上げて答える。
「では何故・・・此処に現れたのですか?」
「後始末と報告」
簡潔に言うと宇迦之御魂神様は屋根から降りた、飛び下りたと言うよりは舞いおりたという表現がしっくりくるのに、とった行動は眠りに落ちている《夜人》狩りの頭を蹴り飛ばすという乱暴なものだった。
大城さんと涙ちゃんが俺の横に並ぶ。
「な、なんか想像してたのと違わへん?」
「・・・同感だな」
俺も同感だ。
宇迦之御魂神様はなんとか目を覚ましたらしい《夜人》狩りに向かって言う。
「この地は我々が支配している、創造主の加護は届かない。帰ってそう伝えればいい・・・さあ、戻れ」
瞬間、とてつもない質量をもった風が吹き抜け、稲光が幾つも交差した。
そして《夜人》狩り達が稲光と共に出現した真黒い穴に吸い込まれていく、悲鳴を上げる間もなく次々と闇の奥に呑まれ、全員を呑み込んだ穴は何事もなかったかのように閉じた。
「あの・・・今のは・・・」
不安そうに問いかける浅葱さんに宇迦之御魂神様はだるそうに答える。
「故郷へ返した、それぞれ勝手に証言してしばらくこの国には来ないでしょう・・・後始末は終了。次は報告か」
あくびを噛みしめるような顔で恒人を見て、宇迦之御魂神様はようやく顔全体で微笑んだ。
「恒人、その胸に食い込んでいる呪符を外してあげようか?」
「・・・え?」
恒人の封印を解く、旅の目的の一つで百年かけても達成できなかった問題。それをあっさり「やる」と言い放たれたことに誰も反応できない。
「但し。封印が解けたら俺の下に戻ってもらうよ。空狐クラスの力を持った子を異国に旅させることまでさすがに『どうでもいい』とはいえないからね。俺はお前たちを叱らない代わりにこれでも・・・お前たちがやったことの責任は取ってるんだよ」
「じゃあ、俺・・・この封印が解けたら・・・浅葱さん達と一緒にはいられなくなるんですか?」
「ほら、俺が出て来るタイミングじゃなかったでしょ?話がこじれるから出て行きたくなかったのに」
確かにタイミングとしては最悪だった。まとまりかけた話がまた元に戻ってしまった。
恒人は困惑した顔で俺達を見て、俺もそして他のみんなも困惑した視線しか返せなかった。
あの封印は解いて欲しい、でもそうしたら恒人とはお別れだ、お別れはしたくないけれどこの人の下に戻るなら恒人は安全だ。でも安全だけれど・・・幸せなのだろうか?
「ああでもね、俺はとても適当なの。だから恒人が俺の知らないところで、俺以外に封印を解いてもらうならそんなことは要求しないけどね」
宇迦之御魂神様はしれっと言って俺達を見る、答えなんて決まっているだろうとばかりに、見透かした目で俺達を、そして恒人を見る。
浅葱さんの手が恒人の背中を撫でると恒人は深く頷いた。
「だったらいいです・・・俺はまだみんなと離れたくない・・・」
「お前はもう少し、素直になった方がいいと思うよ」
宇迦之御魂神様はふわりと浮き上がり俺達を一人一人確認するように見た。
「良い家族を持ったね、恒人・・・じゃあ元気で」
それだけ言って宇迦之御魂神様が消えると恒人は振り返って俺達を見る。
そして大城さん目がけて飛び込みながら両隣りにいた俺と涙ちゃんにも手を伸ばしてダイブ、届き切らなかった手は俺の襟を掴んでいる。
「なんやもう、ツネの泣き虫」
声を殺して泣いている恒人の頭を涙ちゃんと大城さんの手が乱暴に撫でて、俺は襟元にかけられた手を握ってやった。
そういえばあまりの存在感に恒人を助けなかった理由を問いただすのを、あるいは怒るのを忘れていた、自己紹介すらしていない。
あの呑み込まれそうなぐらい透明な存在を前に口を開くのすら忘れていた。
怒りたい気持ちはまだあったけれど、無駄であろうことも分かる、どんな風に喰ってかかったところできっとあの薄い笑みで受け流されるだけだ。
「助けなかったことを怒られるいわれもない」などと、普段の俺ならば激昂するだろう台詞を向けられても何も言えなかったのだ。
格が違いすぎる。
それでもこの手の中に感じる恒人の温もりは本物だった。離したくない、まだ離せない。必死で握り返してくるこの手を離せるわけがなかった。


元々不穏な模様だった空からとうとう雪が降り始めた、俺達は馬車の中でそれを見ている。
正確には俺と浅葱さんだけが見ていて、他の三人は眠っていた。
どうやら人間の精気を吸って取り戻した力を行使するのは負担になるらしく恒人は小狐化しており、大城さんはそんな恒人を枕にいびきをかいていた。
涙ちゃんは隅っこの方で膝を抱えたまま眠っている、透明な硝子人形の姿だ。
「俺の故郷はよく雪が降るんだけど・・・久しぶりに見るなぁ」
「積りますかね?積ったら綺麗でしょうけど・・・」
ひらひらと舞い踊る雪は徐々に激しさを増していく、冷え込みもかなりのものなので明日の朝には積っているかもしれない。
「今日のことは俺の判断ミスだった」
浅葱さんは外に視線をやったまま言う。
「様子を見に行くだけなのに、みんなで行って、自分でもどうかしてたと思うよ。計画ミスですらない、計画なんて立ててなかったんだから」
「行こうって言ったのは俺ですし、浅葱さんだけの責任でもないですよ」
年齢的に、実力的に浅葱さんがリーダー扱いであるだけで、全員で決めた行動なら責任も全員にあるはずだ。
気配を読むのに長けている俺が追い詰められる前に気づくべきだったし、今回も恒人はやりすぎてる。
本当にバランスが危うい。
ミヤ君に怒られそうだ、堕威さんなら笑うかもしれない。
浅葱さんは三人の寝顔を順々に眺める、愛おしそうに見る。
「生きて長いからね、別れなんていくらでも経験してるのに、こうして一緒にいると別れるのはやっぱり怖いんだよねぇ・・・不思議なものだよ」
成って間もない俺には分からないことだろう、そりゃ人間にも出会いがあり別れがあるけれど、時間の規模が違う。
いて当たり前だったものがそうでなくなり、それから続く時間も膨大なのだ。
なまじ自分より寿命の短い種族を相手にしたら、別れは必然でありながら辛いものになるだろう。
「そういえば・・・俺の寿命ってどんなもんなんですかね?」
「イレギュラーすぎて前例がないからね。その点じゃ京さんと同じではある・・・」
吸血鬼の弱点を一切持たず、吸血鬼の特性を全て持つ京さんと比べられても困るけれど、人狼の特性をほとんど持たず、弱点は持っていると言葉にすれば似ているかもしれない。
自分で把握していない部分もまだあるしなぁ。
薄く開いた扉の向こうに雪とは違う銀色の輝きを見つけて浅葱さんと二人でのぞきこむと賢さんが立っていた。
人間バージョンで耳と九本の尻尾は出したまま。
「や!ジンローとヴァンパイア!」
ドアを開け放つと雪が中に入ってしまいそうだったので俺と浅葱さんは外に出て扉を閉める。
「どうかされましたか?」
浅葱さんの問いに賢さんは無邪気に笑う。
「イノラン・・・あ、俺は宇迦之御魂神のことあだ名で呼んでるの、イノランって、ちなみに俺は一番弟子ね!それでイノランがさ、珍しく動いてるから」
「・・・動いてる?」
「うん。他の神様にも連絡まわして、その《宗教》とやらが入ってこないようにするみたい。国の中枢に人間のフリで紛れ込んでる《夜人》もいるから彼等に働きかけて《宗教》の人間を中に入れないつもりみたいだよ」
賢さんは笑顔で俺達の後ろ、馬車に視線を向ける。
「柄にもなくツネヒトクンの呼びかけに感じるとこがあったんだろうねぇ。イノランは淡泊ではあるけど冷淡じゃないからオカシイことでもないんだけどサ」
「そう・・・なんですか」
そんな素振りはまったく見せてなかったのだけれど、恒人が叫んだあの言葉に宇迦之御魂神様として心動かされたのか・・・
「100年前の《夜人》狩りは国内発生だったんだ。当時の政権がこの国と統治するために《夜人》も統治すべく行ったものだった。今までの文化を壊滅しようとして敗北したんだよ・・・だからヴァンパイアが責任を感じることはあんまないと思う。歴史の流れとしての敗北者だったんだよ彼等は。彼らのやり方が上手く運んでいれば、《夜人》狩りの最大拠点を崩されたぐらいで揺らぎはしなかったもん。それにヴァンパイアがやらなくても、誰かがやったかもしれないし・・・ツネヒトクンが助かったのは間違いなくヴァンパイアのおかげだけどさ」
「俺が悔いているのは・・・あくまであの場にいた人間を皆殺しにしたことですよ」
賢さんは無邪気な笑顔のまま言う。
「別の誰かだったら、国中の人間を皆殺しにするって解決方法だったかもしれないよ?」
あの闘技場を思い出した、まかり間違えばああなっていたということか。
「まあ過ぎたことは過ぎたことだけど、今回もやっぱり助けられたかもね、異国の赤い星さん」
急に呼び名を変えて賢さんは浅葱さんを見つめ、また笑う。
「もし今夜・・・君等があの《夜人》狩りと一戦交え、結果的にイノランが彼等を故郷に吹き飛ばさなかったらね、明日辺り近隣の村の有志が彼等を殺しに来るはずだったんだよ?」
「え!?」
驚きの声を上げる俺にも笑いかけ賢さんは続ける。
「みんな100年前のことを恐れてるんだ、この国はずっと昔から万物に神が宿り、その神に感謝することが当たり前になってる。いまさら《創造主》の話を持ちだされてもピンとこない、新しい神様が増えた程度にしか思わない。でも彼等が《夜人》を排除しようとしたのは拙かった。《夜人》や神の怒りを買うことを恐れたこの国の人間は、彼等の方を排除しようとそう思ってたみたい」
「それじゃあ・・・あそこにいた《夜人》狩りは」
「命拾いしたよねぇ。明日にはリンチにあって殺されてただろうけど、精気吸い取られて強制送還されるだけで済んだんだから。結局のところなにが救いになるかなんて分からないんだよ、なにが正義かも、ね。だからヴァンパイア、100年前君がやったことは君の判断で悪でも正義でもなくて、ただ何人かの人間を殺して、ツネヒトクンを助けたって事実があるだけなんだよ?」
浅葱さんは答えない、あるいは答えられないのか黙って賢さんを見ている。
「当時の《夜人》狩りや政権からしてみれば『悪』で、俺達《夜人》には『正義』だった、でもどっちから見るかなんて、中立な判断なんてこの世の中にはないんだよ?少なくとも俺達が《夜人》である以上、《夜人》側にとっての『正義』ならいいじゃんって俺は思う・・・それともまさか、全種族共通の『正義』なんてものを探しているの?」
賢さんはぐるりと九本の尻尾を回転させ、言葉を結ぶ。
「そんなもの、あるわけないでショ」


翌日、雪は足首が埋まるほど積った。
人間がいないのをいいことに雪合戦に興じる涙ちゃんと大城さんを俺と恒人は馬車の傍で眺めていた。
浅葱さんはもう日が昇ったので眠りについている。
「分かってはいるんですよ・・・恩は必ず返すのが特性な俺達ですけど傍から見ればそれが引くレベルのもんだってことぐらい」
恒人は雪を手のひらサイズに固めて葉っぱと南天の実でウサギを作りながら言う。
「別に引いてはないけどさ、困ることはあるけど・・・」
「《夜人》と人間が結婚する話って結構聞きますよね?」
「ん!?うん」
恒人はあまり『結婚』の概念を正しく理解していないはずだけどと思いながら頷く。
「狐と人間ってパターン、この国じゃけっこう多いんですよ。でもね他とはちょっと違うんです。大抵の場合は人間側が約束を破って破綻します。破綻してお終い、お土産を残していくことも罰を与えることもあるけれど、約束を破られた《夜人》は人間の前から姿を消します。でも狐は違うんですよ、離れられない」
完成した雪ウサギを両掌に乗せ満足そうに眺めながら恒人は言う。
「離れられないんです。狐は忘れられないんですよ、一度好きになった人を振り切れないんです・・・どうしようもない弱さですよね。裏切られても嫌えない、裏切られても尽くすのをやめない、生命としてどうしようもなく弱い」
力加減を間違えたのか雪ウサギは恒人の手の中で崩れてしまった。
雪の塊に乗る二枚の葉っぱと二つの赤い実を前に恒人は目を細め、それを地面に捨てた。
「英蔵さん、最初に会った時に言いましたよね『人間を主食とするものが人間を食べるのは《悪》か?』って」
「うん、覚えてるよ・・・」
強烈で、価値観を揺らがされる言葉だったからよく覚えている。
「あの時点では英蔵さんは人間だったから『人間を食べるものは《悪》だ』って言ってもよかったんですよ。でも、それを言えない英蔵さんだから・・・俺らの仲間なんでしょうけどね」
迷い続けている、完全な中立の判断なんてどこにもないと知りながら迷い続けている、みんなが幸せになる方法を探して彷徨い歩いている。
そんなものはあるわけないという賢さんの言葉をちゃんと理解して尚、探し続けている。
この世界に生きる全てが幸せになれる方法を模索している。
間違いを繰り返しながら、失敗を繰り返しながら、諦められない。
目の前で起こる不幸を見過ごせない。
その時々に正しさに迷い、最善の道を探して、過ちを犯す。
まるで歴史のように繰り返し間違えながら、それでもまだ進もうとしている。
「ツ・・・」
開きかけた口に飛んできた雪玉がまともに入り、冷たさも相まって奇声を上げる俺を指差して大城さんと涙ちゃんが笑っていた。
「昼間っから黄昏てんじゃねぇよ!」
「英蔵君!ツネ!かまくら作ろう!かまくら!!」
「もうっ!なにするんですかぁ・・・」
顔についた雪を払い俺は立ち上がる、少なくとも今、守るべき仲間は此処にいた。
もし一人で悩んでいたら、一歩も進めなくなるような道程だけれど、みんながいるから止まることはなく、止まれない。
一緒にいることで見つけられる正解も、一緒にいることで犯す過ちも、まとめて愛せる。
「かまくらだって、ツネも行こう?」
差し伸べた手を掴む頼りない感触が、俺を立ち止まらせてはくれない。
血まみれになっても、傷だらけになっても、幸せだと笑える。
「とくべつ大きいのを作りましょうか。それで夜になったらその中に入ってみんなでご飯を食べるんです。紅茶も残り少ないので、最後の紅茶を熱々で飲みましょう」
「うん、そうしよう」
こんな風に小さな幸せを積み重ねるのが仲間で家族なんだとそう思う。
正義も悪も霧雪に紛れたように見えにくいけれど、幸せはちゃんと光っているから見つけやすいのだ。


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