第二話『螺旋』
黒と白の螺旋。けして混ざることなき二対の色。無限の時を繰り返し繰り返し、離れることなく絡み合う螺旋。
悲劇以外のなにものでもないそれを、彼等は悲劇だと思ってはいなかった。
永劫に繰り返す地獄の責めに等しき苦痛を悲劇だなんてこれっぽっちも思ってはいなかった。定められた宿命と戦うことのみに真っ直ぐ生き抜いていた。
逆様の双子、正反対の二人、結末が決められた鏡面映し。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、その苦渋に満ちた結末を越えながら、彼等はまた生まれ変わる。
そうしてまた宿命と戦う。
片方は白い羊膜を破り、片方は赤い羊膜を破り、生まれてくる。
一人は狩る者として、もう一人は狩られる者として。
背負うには重すぎる宿命を背負い生まれる。
そして最悪の結末に向けて生きていく。
栄えある(と彼等は言った)百回目の目撃者となった俺が引き続き語り部を勤めさせてもらおう。
黒と白の物語。
ハッピーエンドからは遠いけれどけしてバッドエンドではない物語。
悪のヴァンパイア、クドラクとヴァンパイアハンター、クルースニクの物語を。
螺旋
浅葱さん達の旅に加わりしばらくが過ぎた、幾つかの国を越え、二度ほど他の《夜人》と渡り合い、北へと進んだ。
月の明るい夜、湖に近い場所での野営。浅葱さんと涙ちゃんは夜になると外へ出ていく、近くにいるときもあれば遠くまで出かけることもある。
今夜は遠くへ出かけたらしい。残った俺達は馬車の入り口を開けて月光浴をしていた、《夜人》が月の光を浴びることは人間が日の光を浴びることと同じだ。
しかしこの身体に、半端な人狼になってからはほとんど疲れることはなかったし、睡眠も数時間で事足りるようになっていたけれど。
魔術的な毒でも受けない限りは病気になることはないらしい、多少の怪我なら数時間で治る。
ただ人狼の性質上どうしようもないことだけが一つだけあるのだけれど。
故郷のことを思いだすことはあまりなかった。頭の作りも多少は変わったのか元々記憶力に自信があるほうではあったけれど今はそれがさらに高まっていた。
どうやらあのお揃いのローブは恒人が作ったものらしく、故郷を出て一ヶ月ほどで俺の分も作ってくれたのだが、俺が着たのを見て「ありえないほど似合わない・・・」という減らず口を叩いてきた、まったく可愛くない。
いや、半ば本気でショックを受けたような顔で言われたので凹んだというのが本心だけど。
その恒人は馬車の入り口近くで丸まって眠っていた。狐の時の癖が抜けないのか大抵丸まって眠る。
俺はその隣に座ってぼんやりと星空を見上げていた。
大城さんも馬車の外に立って星を見ている。大城さんは俺以上に眠らない、眠る必要性はあまりないらしい。
大城さんととりとめもない話をしながら何気なく、本当に何気なく隣で眠っている恒人の頭を撫でた。
「・・・×××お兄ちゃん」
「うん?」
思わず普通に返事をしてしまってから固まる。寝言だったらしく恒人は小さな寝息を立てていた。
手の感触は同じ、ということだったっけ。
大城さんは苦笑いを浮かべて俺達を見ていた。
「代替を求めては来ないんですよね・・・」
「なにがよ?」
こちらに歩いてきて、恒人を挟んで隣に腰かけた大城さんが怪訝そうに言う。
「いや、生まれ変わりってそんなあっさり割り切れるものなんですかね。俺だったらその人に求めてしまう気がして・・・」
「求めようがないほど別人なんじゃない」と軽口を叩いてから大城さんは真顔になった。
「誰も誰かの代わりにはなれないからね。求めたら求めたで辛いでしょう、違う部分が目についてさ、求められるほうも辛いしねぇ」
恒人の言う『×××お兄ちゃん』は前の俺。魂は同じ。
それを重ねることも比べることもしないなんてできるのだろうか。
「難しい顔をしていると面白い顔がますます面白くなるよ〜。ま、ツネちゃんだって完璧に割り切ってはいないんだろうけどさ。これからの問題じゃない?」
「これから、ですか?」
「関係性は違うから、これからどうしていくかでしょうよ」
「英蔵君はツネの中の×××お兄ちゃんを越えたいの?」
突然浅葱さんの声がした、目の前で霧が渦巻き浅葱さんの姿になる。
この人の登場だけは未だに心臓に悪いというか、鋭敏になった五感でもまったく気配が読めない。
「越えたいとか、そういうもんでもないですけど・・・」
前世の自分に嫉妬とかみみっちいにもほどがある、みみっちいの極みだ。
「浅葱君、涙ちゃんは?」
「湖で沐浴中。見るなって追い立てられたから戻ってきたの」
・・・乙女かよ!
そういえば恒人も下は露出度高い服を着てるくせに人前だと絶対に脱がないんだけどなにか理由でもあるんだろうか。
「俺が半端に記憶を引き出しちゃたものよくなかったのかもね」
「それは別に浅葱さんのせいじゃありませんよ」
恒人に会った後、僅かながら思いだしてはいたからな。前世の記憶が残っているのはよほど悔いが残ってたからだと後で聞いた。
「そういえば、前世の記憶というか今まで転生した記憶を全部持っている人がいるとか聞いたことがあるな」
大城さんの言葉に浅葱さんは少し首を傾げてから頷いた。
「いるね。そういう人も」
「そんなことが可能なんですか・・・?」
「まぁ容量の問題もあるから何もかもってわけじゃないけれど、そうだね三十年間生きた人間が三十年間にあったこと全部を覚えているわけじゃあないけれど三十年分の記憶はある・・・というのに近いかな」
「なんでそういうことが起こるんですか?」
何回転生するのかは知らないが、全部を覚えているというのはあまり愉快なものではない気がする、楽しいことばかりじゃないだろうし、なにより記憶をしているなら永劫の時を生きる《夜人》と同じく、全ての問題は地続きになって降りかかってくるのではないだろうか。
「宿命を背負った者はそうなると伝え聞いているけれどね、俺も千年以上生きているけれど会ったことはないよ」
「浅葱君、浅葱君!」
涙ちゃんがそう叫びながらぱたぱたと走ってきた、慌ててローブを着たのか片腕が袖に入っていない。
「どうしたの?」
「湖の向こうになんかあるで!たぶん結界がある!」
馬車を置いたまま湖の対岸へ移動した。二対の巨大な石の彫刻、腕を広げた黒い色の人間と、腕を祈るように組んだ白い色の人間、それが向き合って立っている。
その向こうにぼんやりと、濃い霞がかかったように街並みが見えた。
「なんか見えますね」
「いんや、俺には見えない」
俺の言葉に大城さんが首を振る。
「俺も見えません」
目を擦っているのは眠いからか確かめているのか恒人もそう言った。
「俺にも見えへん」
「俺にも見えない・・・ということはかなり強力な対《夜人》用の結界が張られているね」
半端者の俺だからかろうじて見える。ならばこの街には《夜人》狩りがいるのか。
「どうする?」
涙ちゃんに顔をのぞき込まれて浅葱さんは首を傾げた。
「どうしようか・・・」
わざわざ渦中に突っ込むのは危ないけれど、無害な《夜人》に危害を加える《夜人》狩りがいるなら捨て置くわけにもいかない。
彫刻の前で佇んでいると、向こう側に人が現れた。
背がひょろりと高い男。髪は漆黒で長くさらさらと風になびいている。どこか愛嬌のある顔立ち、黒いシルクハット、黒いコート、黒いブーツ、黒いステッキ。
全身真っ黒なその中で瞳だけが赤く光っている。
《夜人》。
何故《夜人》が結界の内側にいるのだ?
「よう、同胞」
男は浅葱さんを見て笑った。
「やあ、同胞」
浅葱さんも笑った。
「そんなところで何をしてるのかな?」
「俺は此処に住んでいる、覚醒を待っているのさ。この国へ入りたいのなら明朝また来るといい、これを張った人間の許可が出れば簡単に入ることができるさ」
「じゃあ明朝また来るよ。俺はサクスブルー・ダークローズ・アンチアーレス。浅葱と呼んでくれ、君は?」
「名門貴族じゃないか。俺は逹瑯だ。ではまた、同胞」
そう言うと逹瑯君は背を向けて去っていった。
「・・・・・・変なヤツ」
大城さんの感想が的確だったので俺から逹瑯君に対するコメントはなにもない。
《夜人》狩りの罠という可能性も考えなくはなかったけれど、少なくともあの逹瑯君は信用して良いという浅葱さんの判断で俺達は夜が明けてからあの石像の所へ行った。
と言ってもすでに日は昇っているので浅葱さんと涙ちゃんは馬車の中だったけれど。
白い像の前で男が一人座っていた。こちらは間違いなく人間。
ぼさぼさの短髪に、切れ長の目が鋭い。怠そうに煙草をふかしながら俺達を見る。
射抜くような視線。
「・・・ミヤだ」
自己紹介されたのだと理解するのに数秒かかった。俺達も順に自己紹介をしていく、浅葱さんは馬車の中から、涙ちゃんは手だけ出して。ミヤ君はいちいち視線をやりながら頷いてそれを聞いていた。
「・・・分かった」
そこでようやく立ち上がる。
小さい!
涙ちゃんとたいして変わらない!
「今『小さい!』て顔したヤツ、覚えたからな」
睨まれた。すごい怖い顔で睨まれた。顔に出ていたのか。
「無害な《夜人》なら歓迎するべ、好きに滞在して好きにしてくれ、この結界はあくまで侵入を禁じるものだから中に入っても能力が制限されることはない、各自常識を守ってくれればいくらでもいてかまわない、出る時は俺に声をかけなくても勝手に出られる」
そう言ってミヤ君は石像の向こう側へ歩いていく、それについて行くと拍子抜けするほどあっさり中に入ることができた。
そして見えたのは長閑な街並み、極々普通の小さな国だった。
ミヤ君は猫背気味ながら早足で歩いていく。
「俺は食堂を経営しているんだが部屋が余ってるから泊まるならそこに泊まってくれ、そっちの浅葱さんと涙沙さん、日の光がダメなら地下室もあるからそこを使ってもらってもかまわない、先に言っておくが狭い国だから野営するような場所はねぇぞ、馬車ぐらいなら止めておけるが」
「い、いや、あの!」
さすがに大城さんが声を上げる。ミヤ君は煩そうにふり返った。
「この国ではいったい《夜人》はどういう扱いなの!?」
ミヤ君は笑った、へにゃりと妙に可愛らしい顔で。
「ちょっと変わった同居人だな」
んなアホな。
その「んなアホな」だった。食堂で山盛りの食事を出されながら大城さんが引きつった笑いを浮かべている。
「今ちょっと現実を受け容れられない・・・」
賑やかな町の食堂、昼休みのオジサン達や、話を聞きつけてやってきたオバサン達、子供達に囲まれて、まったく意味が分からないが歓迎されていた。
いや、珍しがられているのか?
「アンタ肌も髪も綺麗だねぇ、どっから来たの!?」
「・・・いや、あの・・・え?」
「いいわねぇ美少年、私があと十年若かったら〜」
「二十年の間違いでしょ!」
「ウチの旦那と取り替えたいわ!」
「鏡見てからら言いなさいよ〜!」
「ホントに可愛いわねぇ、頭撫でてもいい?」
「・・・え、と」
恒人がオバサン達に囲まれていた、美少年だもんな。恒人はどうしていいか分からないらしく助けを求めるような視線を寄こしてくるけれど、俺もどうしていいか分からない。
「ちょっと!アナタ痩せすぎよ!ちゃんとご飯食べてる!?」
「え、あ、はい・・・大丈夫です」
「男の子なんだからたくさん食べなさい」
「なにか食べられないものとかある?好きなものがあったらいくらでも食べていいのよ」
着実に消耗しているけれど、今小狐バージョンに戻ったら撫で間違いなく倒されるから頑張ってくれ。
ちなみに俺はというと昼真っから飲んだくれているオジサンに訥々と人生とはなにかについて説教されていた。
内容は酔っているせいで意味不明だったがとりあえず頷いている。
大城さんの方を見ると子供に囲まれていた。
「兄ちゃんかっけ〜!《夜人》なんだろ!強い!?」
「なんかやってみせて〜!」
「遊んで〜!」
「後でな!ご飯食べてから!」
「ホント!?やった〜!」
何気に一番先に馴染んだよ!というか大城さんは子供に好かれるタイプだったのか。
恒人の方を見るとぎりぎり笑っているけれど本格的に辛そうな顔になっていた。さすがに無視できない。
「ちょっと失礼します!」と恒人の腕を掴んで外に連れ出した。
外、路地裏まで歩いていって恒人を見る。
少しだけ震えていた。
「大丈夫?」
重ねられても比べられてもそれで落ちつくならかまわないと思って、頭を撫でる。
しばらく撫でていると安心したように息を吐いて笑った。
「すいません、ちょっとびっくりしたっていうか・・・あんなたくさんの人間にかこまれるのなんて・・・」
語尾はほとんど消えて言葉も途中で止まった。俯いたまま唇を結ぶ。
「ゴメン、気づかなくて」
「いえ、情けないっすよね。いつまでビビってんだっていう・・・」
あんなたくさんの人間にかこまれるのなんて、《夜人》狩りの連中に捕まっていた時以来だと、そういうことなのだろう。
どの国に行っても恒人はほとんど出歩くことはなかった。
人間を恨んではいなくても、人間は怖いのだろう。
人の気配を感じて顔を上げるとミヤ君が立っていた。
「すまなかったな、この国の人間は事情があって《夜人》に対してああいう接し方をする。もう少ししっかり説明しておくべきだった」
「あ、大丈夫です。こちらこそゴメンなさい、親切にして頂いたのに・・・」
恒人がぺこっと頭を下げるとミヤ君は優しげな目をした。
「気にするな、距離の取り方なんて難しいもんさ」
「あの・・・その事情って・・・?」
俺の質問にミヤ君の目つきが鋭いものに変わった。いや、俺にじゃない、俺を飛び越して路地の向こうを見ている。
「おいこら。どこに行こうとしてんだよ」
俺達も視線をそちらに向ける、ひょろ長い男が身をかがめて食堂の裏口から出てきたところだった。
「え?いんや、べつに〜!」
顔を上げたその男は逹瑯君だった、服装は違ったけど逹瑯君。
ヴァンパイアじゃなかったのか?まともに日光の下を歩いているぞ。
いや、全員が全員というわけでもないらしいけれど。
「そうか、べつにか・・・後ろ暗いところがないならこっちに来い」
ミヤ君は淡々と、しかし地獄の使者の如き迫力に満ちた声で言う。
「聞こえなかったか、逹瑯。来いよ」
やはり彼は逹瑯君なのか。目の色は黒いけれど。
逹瑯君は半笑いを浮かべながらミヤ君の前まで来た。逹瑯君の背が高く、ミヤ君が低いので完全に見下ろす感じだが、迫力でミヤ君が圧倒している。
「オマエ、また仕事サボる気だったろ?」
「んんん?そんなことねぇよ、いやだなぁ・・・」
「毎回毎回、そう上手く逃げられると思うなよ。まったくサボタージュの腕前ばっかり上げる前に料理の修業をしたらどうだ?」
「え〜ミヤ君俺が作る料理美味いって言うじゃん」
「友達判断と店で出すもんじゃ違うんだよ、馬鹿野郎」
「はいはいはいはい、分かりましたよ〜」
「『はい』は一回だ」
「は〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜いっっ!!!」
軽い調子でそう言うと逹瑯君は裏口から中へと戻った、それを見送ったミヤ君は深いため息をつく。
「ったく、アイツはいつになったら真面目になるんだ・・・」
日光の下を平然と歩くヴァンパイア、ヴァンパイアであるはずの逹瑯君を圧倒的な迫力で叱るミヤ君、どういうことなんだ?
俺達もミヤ君に案内されて裏口から入り、従業員の控え室らしきところに通されて改めて料理を振る舞われた。
「これ作ってるのって逹瑯さんですか?」
何が好きかと聞かれて「甘いもの」と答えた恒人の前にはパンケーキに果物と生クリームが山盛りになっているものが置かれている。
「全部じゃねぇけどな、だいたい逹瑯が作ってる・・・この昼時に料理人が厨房から逃げようとするなんて・・・まったく・・・」
「いやあ、でも美味いっす」
「本人には言わなくていいぞ、調子に乗るからな」
呆れた口調ながら逹瑯君の話をするミヤ君は妙に楽しそうだった。
「まぁ好きなだけ食べていい、金はいらん。旅してるとこういうもの食えねぇだろ」
「うん、まあね」
確かに食べる機会はあまりない。国に入っても大抵自炊ですませることが多いのだ。
食べる量が少なくてすむだけであって、食欲はあるのでこれだけ食べられるのはありがたいことだった。半端な人狼になってからやたら肉が食べたくなるが、旅をしているとそうもいかないからな。
肉と麺が入ったスープを食べつつ頷く。
確かに美味しい。
「やっぱ人狼って肉が好きなのか?」
ミヤ君にそう問われて驚いた、人狼(正確には半端な人狼)だとまでは名乗ってない気がするのだが。
俺が怪訝そうな顔をしていたのかミヤ君は少し笑って言った。
「ああ、俺はちょっとばかり見える、というか・・・《夜人》の正体が分かるんだ」
「・・・あれだけの結界を張れる人ならばそうでしょうね」
恒人は特に驚いた様子もなくパンケーキを頬張っていた。
「ん?狐って甘いもの好きだっけか?」
「狐の姿の時は食べられませんけどね〜」
そういえば恒人が甘いものが好きなのは初耳だな、やたら果物ばっかり食べているなとは思っていたけれど、好みだったのか。
「残りの二人、浅葱さんと涙沙さんは何か好きな食べ物とかあるか?後で作って持っていかせるけど・・・いや、ヴァンパイアってやっぱり血が主食?」
「浅葱さんは真祖なので血を飲む必要はありません。嗜好品ですけどワインとか紅茶は飲まれますよ、食べ物だと香りのある果物が好きです。涙沙さんは人間と同じものを食べますけど俺と同じで甘いものが好きです」
「りょーかい、後で持っていかせる」
「ありがとうございます!ってゆーかこれ、マジ美味いっす!」
よほど口に合ったのか恒人は目を輝かせて食べている。微妙に口調も崩れていた。
ミヤ君は自分が褒められたみたいに嬉しそうな顔をする。
よほど逹瑯君と仲が良いらしい。
いや、でも・・・
「あの、逹瑯君はヴァンパイアなんだよね?」
「一応な」
「だよね、昨日の夜、石像の前で会った時、浅葱さんに『同胞』って言ってたか・・・」
「ちょっと待て」
ミヤ君が手を上げて俺の言葉を遮った。
「昨日の夜、逹瑯に会ったって?」
「え・・・逹瑯君から俺達のこと聞いてミヤ君は入り口にいたんじゃないの?」
「違う、《夜人》が来る気配がしたから待っていただけだ。逹瑯からは聞いてない」
ミヤ君はそう言って尖り気味の上唇を撫でた、少しだけ悲しい顔で。
「・・・その時、逹瑯の目は赤かったか?」
「赤だったよ・・・」
俺の言葉に頷いて、ミヤ君は奥の扉に声をかける。
「逹瑯!ちょっと来い!」
恐る恐るという感じで扉が開き、逹瑯君が顔を出す。
「お、俺なんもしてないよ!真面目にやってるよ!」
「・・・昨日の夜、石像へ行ったか?」
「へ!?なんで、行くわけないじゃん」
ミヤ君は超然とした笑みで頷いて、それから明るく言った。
「今回も終わりが来たみたいだぞ」
逹瑯君は目を見開いて、一瞬だけ泣きそうな顔をした後、へらっと笑った。
「あちゃー!あれだね、天災は忘れた頃にやってくる、みたいな〜。そっか〜もうかぁ。でも今回って最高記録じゃね?」
「違う、最高は二十九年、今回は二十六年だ・・・」
「あ、そっか。前回は短かったよね、十七年だったし」
「まぁもったほうだな、歴代二位だ」
「どーする?」
「後で話すから仕事に戻れ」
「はいはい、店長!」
そう言って逹瑯君は扉を閉めた。
なんだったんだ今の会話は。
唖然としている俺達にミヤ君は言う。
「君らのリーダーは浅葱さんかな?」
「・・・ええ、一応は」
「少し相談したいことがあるんだ、あと一時間で店が暇になるから、そうしたら部屋に伺わせてもらう」
一時間後、俺達は地下の部屋に集まっていた。
銘々椅子に座っていたり、ベットに腰かけていたり、壁にもたれかかったりしながら部屋の中央に並んで立ったミヤ君と逹瑯君を見ている。
日の差し込まない地下室をランプの灯りが淡く照らしている。
ミヤ君は涼しげな顔で、逹瑯君はへらへらしながら、それでも少しだけ困ったように顔を見合わせてからミヤ君が口を開く。
「俺はクルースニクだ、ヴァンパイアハンター。逹瑯はクドラク、ヴァンパイア」
俺には意味が分からなかったが他のみんなは分かったらしく神妙な顔で頷いた。
「逹瑯は時がくればクドラクとして覚醒する、疫病を流行らせ、作物を不作にし、不幸を呼び、人を殺すヴァンパイアになる。それを倒すのが俺の役割だ・・・今回でちょうど百回目になる」
「・・・君達はその百回の記憶の全てを持っている?」
浅葱さんの言葉に二人は頷いた。
「百回目の転生だがほぼ全て覚えている、さすがに序盤の記憶は曖昧だがな。99回、俺は逹瑯を殺した」
「俺、きゅーじゅうきゅーかい殺された〜」
逹瑯君はあくまで軽い口調で言って笑う。そんな逹瑯君を一瞥してからミヤ君は続ける。
「どう足掻いても、最終的にはそうなる。逹瑯が覚醒すると俺も連動して覚醒する、そして殺し合う、それがクドラクとクルースニクのルールだ」
「あの・・・でも、二人は、友達同士なんだよね?」
俺はそう口を挟んだ。友達、とても仲の良い友達に見える。
「99回、別にこいつのことなんか好きでもなんでもないが一応友達だ」
「ミヤ君、ひっどーい!」
「毎回こんな性格でこのナリだ。いいかげん飽きたが生まれ変わる度にこいつと顔を合わせる」
「お互いさまだべ」
「そして最後は俺が逹瑯を殺して終わる、役目を終えると俺も死ぬ、そしてまた生まれ変わって・・・繰り返しだ」
言葉が出なかった、99回友達と殺し合ったことを世間話のように喋る二人に何も言えなかった。
「色々試してはみたんだ、この国のみんなも協力してくれた、俺と逹瑯が何事もなく生きられるように手を尽くしてくれた、でも結果は同じだった」
「あんねぇ。俺は赤い羊膜に包まれて生まれてくるの、ミヤ君は白、だからね〜この国では俺らが生まれると名前は決まってんの、逹瑯とミヤ。いちいち名前が変わるとめんどうだからね〜」
「この国の人間は皆、君達に協力的なの?」
浅葱さんが首を傾げると逹瑯君はけらけらと笑った。
「だね〜!変わってるよね、俺が悪いヤツになるかもしんねぇのに親切にしてくれんの!《夜人》狩りからも他の《夜人》からも守ってくれる、入り口の結界を張ったのは50回ぐらい前のミヤ君だけどさ〜!」
「試してはみたんだ、あえて俺達が会わないように育てたり、逹瑯だけ国の外に住ませたり、色々・・・でもどれも上手くいかなかった。結局俺達は覚醒して戦うことになる・・・正直手は尽くした、もう案がない」
「ただ今はね、どうも俺らが一緒にいるほうが覚醒までの期間が長くなるってことだけは分かってさ、初っ端から一緒に育てられてる、なんかもう友達つーか兄弟つーか・・・双子?」
どこまでも軽い逹瑯君に肩を竦めて呆れたような顔をしてミヤ君は浅葱さんを見た。
「頼みがあるんだ、この連鎖を断ち切る方法があったら教えてほしい、知らないのなら手を貸して欲しい、昨日の夜、赤い目の逹瑯に会ったんだろ。だったらもう逹瑯の覚醒までほどんど日がない、無理を承知でお願いする、手を貸してくれ」
ミヤ君は深々と頭を下げた、逹瑯君も真顔になって頭を下げる。
「断ち切りたい?」
「ああ、逹瑯を殺すのは辛い」
「俺も毎回理性が吹き飛ぶっていうか俺の心が消えちゃう前にきっちり殺してくれるのはありがたいけど、その役目をやらせちゃってるってのはすげぇイヤ」
「・・・今の段階では断ち切る方法を俺は知らないけれど、貸せる限りの手は貸す、それでいいかな?」
浅葱さんの言葉に二人はもう一度、床につくぐらい深く頭を下げた。
夜、浅葱さんと涙ちゃんが出ていくのと入れ替わりに俺と恒人は地下の部屋にいた。大城さんも含めて三人で色々調べて回るらしい。
俺も行きたかったが生憎今夜は満月だった。
半端な人狼である俺はそこまで月齢には左右されないが、満月時だけはさすがに辛い。
血が騒ぎ、腹が減る、ひどく凶暴な気持ちになる。
人狼としての能力も最大になるらしいが、下手に動くと自制が吹っ飛ぶので満月光の当たらない場所で静かにしているしかなかった。
そして此処で属性が重要になってくる。
いや、ならなくていいんだけど、しかたがない。
俺の属性が土であるためそれを押さえ込めるのは木、つまり恒人だ。
この属性・・・どうにかならないかな。
便利と言えば便利だけれど不便と言えば不便というか、精神的になんか、以下略。
というわけでベッドに寝転がった俺の隣に恒人が座っている。
身体は高熱を出したかのように熱く気分が落ち着かないが、確かに恒人がいるとずいぶん楽になるのだ。
断じて膝枕はされていない。
全力で、いや、土下座して勘弁してもらった。
「顔が五割り増しほど凶悪になっていますね〜」
恒人はそう言いながら俺の額に手をのせた、触れられたところから熱が抜けていくように楽になる。
しかしこの力を打ち消すという行為はやる側もかなり疲れるらしいから、適度なところで調整して欲しいのだけれど。
それに、あの時のように恒人が食料に見えてしまったらイヤだ、それだけは避けたい。
でもこうして力を押さえていてもらわないと暴走するかもしれない、究極の選択だった。
「ツネはミヤ君の言ってた、クドラクとクルースニク・・・知ってたの?」
「ん〜。まぁ知識としては、会ったのは初めてですけどね」
逹瑯君とミヤ君。
百回目だと言っていたか。
「概ねミヤさん達が話した通りですけど、クドラクとクルースニクは宿命の敵同士です。ヴァンパイアハンターって基本はヴァンピール・・・つまりヴァンパイアと人間のハーフがなるんですが、クルースニクは人間です。但しクドラクと戦うための能力を持っています」
「・・・宿命、か」
「光と闇です。必ずクルースニクがクドラクを倒すのが決まりですね」
「あれ?あの二人に属性はないの?」
「クルースニク・・・ミヤさんは人間だからありません、逹瑯さんが覚醒した時どういった属性になるのかは分かりませんけど」
「ヴァンパイアの属性って火じゃないの!?」
浅葱さんがそうだったからてっきりヴァンパイアってみんな火属性だと思っていたのだけれど。
「違いますよ、火属性のヴァンパイアってアンチアーレス家ぐらいじゃないっすかね。色々いるけど火は珍しいというか、アンチアーレス家以外聞いたことがないです。一番多いのが金ですかね・・・体温上がってきましたよ、今夜は月が高いのかな」
また恒人の手が額に触れる、体温を持ち合わせない浅葱さんや涙ちゃんと違って恒人は元が狐のせいか温かいのに今は冷たく感じた。
触れられたところからまた少し楽になって心が落ちつく、ざわめいていたものが静まる。
「・・・悪いね、付き合わせて」
「仲間なんだから当たり前じゃないですか」
そう言って恒人は可笑しそうに笑った。
「ミヤ君と逹瑯君さ、辛いよねやっぱり。いや、俺が決めちゃダメなのかもしれないけど、たとえ何回やっても、友達と殺し合うのは辛いよね・・・」
それこそ割り切れる問題ではないだろう。
前世の記憶をお互いに持っているならば例え生まれ変わったとしても地続きだ。
朧気に、僅かに記憶を持っている俺とは話が違う。
代替ですらなく、同一の友人だ。
百回を何年かけたのかは知らないけれど、あの二人はとても古い友人同士なのだろう、逹瑯君が「双子」と言うほどに。
「見た目も中身もまるっきり正反対のお二人でしたけど、だからこそ仲良しなのかもしれませんね・・・辛いでしょうね、殺す方も殺される方も」
まるで無限ループだ。何度も何度もスタート地点に戻ってやり直しても迎える結末は最悪で、それを強制的に繰り返すことになる。
あるいは地獄だ。
何度も身を心を引き裂かれ、苦しみを味わっても元に戻る。
死すら終わりではなく、また生まれ変わり、同じ苦しみを味わう。
地獄だとしたら彼等がどんな罪を犯したというのか。
まだ前世の記憶を持たなければ救いもあったのに、友達同士でなければ救いもあったのに。
「同じ性格で同じ姿、と言ってましたよね・・・通常の転生ならそうはならないはずなんですけど」
恒人が眉間にシワを寄せて首を傾げた。
そういえばそうか、俺と『×××お兄ちゃん』は手以外似ていないんだった。
普通の転生ではないということか。
それも含めて宿命なのか。
「あの二人がああなったのは、なにか原因があるのかな?」
「涙沙さん、魔術的知識が高いですからなにか掴めるかもしれませんね。原因があるのであればですが」
原因がなかったら?ただ意味もなく運命とやらの采配で、偶然そんな事態になっているのだとしたら?どこにも出口がなく永遠に同じことを続けるのだとしたら?
それこそ救いようがないじゃないか。
夜明け前、三人が戻ってきたのでこれからのことを相談し、役割分担を決めてから地下室を出た。
その頃にはもう日は高く、もうすぐ正午といった時間帯だった。
「まずは原因究明、ですね」
「原因があればだよねぇ」
「なに後ろ向きになってんですか!」
跳ねるように歩いていく恒人の後を追いながら俺は少しばかり憂鬱だった。
もちろんあの二人の手助けはしたいけれど、あまりに事態が重すぎる。
「ってゆーかツネ、人間怖いんじゃなかったっけ?」
「怖くはありません、囲まれるとびっくりするだけです」
拗ねた顔で言われた。三百年生きているわりに子供っぽいのは小狐のうちに俗世から離れていたからだと浅葱さんが言っていたが(「そんなところがすっごく可愛いよね」とめちゃめちゃ綺麗な笑顔で言われて返答に窮してしまった)、《夜人》になったというのに《夜人》の精神状態は理解できないというか、未だにこれから自分が何百年も生きるんだっていう実感が湧かない。
「そういえばミヤ君達って記憶があるなら・・・《夜人》みたいに何百年も生きてるのと同じ気持ちなのかな?」
「ん〜そうかもしれないっすね、百回でしょう。平均をまぁ二十三として・・・2300年・・・浅葱さんより長い・・・いや浅葱さん千歳越えてからカウントしてないみたいなんで分かりませんが」
二十三という数字が何処から出たかともかくとして二千年ぐらいは生きているようなものなのか。
「でも生まれ変わるのは必ずこの国とはいえ、多少は気分的に変わるかもしれませんね、不老不死とはまた違う。まぁ住人がみな協力的っていうのは不幸中の幸いなんでしょうけど・・・」
向かいから老女が歩いてきた、よく見れば昨日食堂で恒人をやたらかまっていた女性の一人だ。
恒人もそれに気づいたらしく頭を下げる。
「昨日はどうも、突然出ていってしまってすいませんでした」
老女は笑って言う。
「いいのよ、こちらこそ急にみんなで騒いだりしてごめんなさいね、驚かせてしまったかしら?」
こうして個人的に向かい合えば気さくで優しい雰囲気の老女だった。
「よかったらこれ、食べて」
老女が差し出したのはキャラメルだった、恒人は嬉しそうにそれを受け取る。
「ありがとうございます」
「《夜人》に会うの、私は初めてだったから接し方を間違えてしまったかもしれないなと思っていたの、それに《夜人》ならミヤ君と逹瑯君を助けてあげられるのかなって期待してしまって・・・」
受け取ったキャラメルを大事そうに持って恒人は頷く。
「今は方法は分からないけれど、できる限りのことはやってみます」
老女は微笑んだ、もうずいぶん歳を取っている人だけれどその笑顔は綺麗だった。
「あの、気を悪くされたらすいません、この国の人達はどうして逹瑯君とミヤ君に協力的なんですか?」
逹瑯君は悪性のヴァンパイアとなる宿命を背負っている、それを受け容れるというのはかなりの覚悟がいることではないだろうかと、そう思い聞いてみた。
「昔のことは知らないわ、でも・・・私が最初にあの二人に会ったのは私がまだ幼い頃で、二人はもう大きかったわ、15歳ぐらいだったかしら」
老女はまるでその頃に戻ったように、少女っぽい微笑みを浮かべた。
「逹瑯君は本当にお調子者でね、巫山戯てばかりで、馬鹿みたいな悪戯ばかりするの。ミヤ君は真面目でしっかりしてて、仕切り上手でね、毎日のようにミヤ君が逹瑯君を叱り飛ばしているのよ、でも二人とも優しいお兄さんって感じだった。面倒見が良いのね、子供から見るとミヤ君は少しぶっきらぼうで怖かったけれど、でもあの時は25の時に逹瑯君が覚醒してしまって、お終いだった・・・」
お終い、終わり。
悲劇の結末。
「そしてこれは悲しい話じゃなくて、私の自慢なの。逹瑯君は次は私のところに生まれてきたのよ、今の前の逹瑯君ね」
老女は微笑む、少女から聖母の笑みに変わる。
彼女はヴァンパイアになり、殺される運命の子供が生まれてきたことを「自慢」だと言った。
そして前回は十七年で終わったはずだ。
「その時は悲しかった、やっぱり息子ですもの。でもミヤ君は逹瑯君が壊れる前に役目を果たしてくれた、だからそれでよかったの・・・また生まれてきてくれて、仲良くしている二人を見て嬉しいのよ・・・だからね、逹瑯君とミヤ君はこの国みんなの兄弟でこの国みんなの息子なのよ」
恒人は真っ直ぐに老女を見て言った。
「絶対になんとかするなんて安易なことは言いません、でも俺達にできる限りのことはすると約束します」
「ありがとう、この国の人間はみんな、あの二人が何事もなく幸せに生きてくれることを願ってるから・・・」
彼女と別れて俺達はまた目的地に向けて歩き出した。
恒人は貰ったキャラメルを日にすかしながら言う。
「ひでぞーさん」
「・・・うん」
「とっても優しくて強い方でしたね」
「・・・うん」
「この国の人はみんな、同じ気持ちなんでしょうね」
「・・・うん」
「やっぱ優しい人間は優しいんですね・・・」
「ツネ・・・」
「はい」
「マジで頑張ろうね」
「ですね」
「無茶はしないでね」
「はい、死なない程度に」
「・・・もうちょいランク下げようか」
「その意見を却下します」
気持ちが固まったのは俺も同じだが恒人が「約束する」という言葉を使ったのでそこは少しヒヤッとしてしまった。
狐族は約束は必ず守る。主義でも美学でもなく変えようもない本質だ。
加えて人懐っこく、度が過ぎるほどお人好しで馬鹿正直、というのは涙ちゃんの談だけど。
若干の不安を残しつつ、役割分担で決められたことを果たすため、とりあえず歩いた。
用事を終え、木陰に二人して座り込んで先程貰ったキャラメルをなめた。
「手がかりナシか・・・」
「まぁ辿れるところまで辿れたのだからよしとしましょう、消去法ですよ」
俺達が調べたのはあの二人に家系的な呪いがかけられていないか、ということだった。逹瑯君とミヤ君、それぞれが《一番最初》に生まれてきた家を訪ねたのだ。もちろん当時のことを知っている人間はとうの昔に死んでいたが、記録はしっかり残っていた。
両家ともなんら問題はない。
しかしその一番最初の時はまだ、逹瑯君とミヤ君は友達ではなかったらしい、宿命の敵として覚醒した逹瑯君をミヤ君が打ち破った。
しかし三年後、再び赤い羊膜を被った子供と白い羊膜を被った子供が生まれた。口を利けるようになってすぐ、二人は前世の記憶を持っていることを周囲に告げたらしい。
その二回目で二人は友人同士になった。前回の壮絶な戦いによってお互いを認めた二人は友達になった、なってしまった。
そして繰り返しが始まる。
今回がその百回目。
「呪いだったら俺か涙沙さんが解除すればなんとかなったんですけどねぇ」
「ツネもそういうことできるの?」
「『魔術無効化(マジックキャンセル)』を使えばわりと簡単に。調べるんだったら・・・う〜ん、封印されてなきゃ『運命辿り』ってのを使えるんですけど」
「そういえば、その封印って解けないの?」
「できたらとっっっっっっっっっっっくにやってますよ」
呆れたような視線を寄こして恒人は目を細める。
そりゃそうだよな。まして魔術系全般に詳しい涙ちゃんがいるのだから。
「そういえば英蔵さんには見せてなかったんですよね」
「何が?」
「封印、です」
そう言って恒人はローブに手をかけ、左側を肩に下ろした。そして下に着ている服をはだけ左胸を露出させた。厚みのない薄い胸に細長い紙が貼られていた、見たこともない文字が書かれたそれは根を張り、皮膚と同化するように存在していた。
恒人はすぐにそれを仕舞うと俺の顔を見て笑う。
「そんな悲壮な顔をされると困りますよ」
「・・・え、でも、それ」
「ああ、痛みはないですよ。でも心臓まで食い込んでるからどうしようもないんですよねぇ、さすがに心臓潰されたら死んじゃうし。浅葱さんクラスになれば大丈夫なんでしょうけど」
心臓に食い込んだ封印。
おそらく悲壮な顔をしたままであろう俺の頬を恒人が引っぱった。
「不便な時はありますけど、ホントに大丈夫ですから、ね」
「・・・うん」
無邪気に笑う恒人に頷くことしかできなかった。
「仲良しだねぇ、お二人さん」
軽い声がして、振り向くと逹瑯君が相変わらずのへらへらとした笑顔で立っていた。
「仕事サボってきちゃった、後でまたミヤ君に怒られるんだろーなぁ」
「いや、むしろ・・・食堂は通常営業してるの、こんな状況で!?」
俺が驚くと逹瑯君は可笑しそうに首を傾げた。
「ん、だって別にできないわけじゃないからね。こっちはこっちで方法模索してはいるのよ〜。あとせいぜい一週間ってとこだからさ、逆にいつも通りにしてたいんだよ、俺もミヤ君も」
そう言って逹瑯君は俺の一つ向こう、恒人の隣に腰を下ろす。
「あ、そのキャラメルね〜、10回前のミヤ君発案で俺が開発したんだべ?この国って酪農多いからさ〜、生クリーム使って作ったの。なんかできないかねって。ま、お礼も兼ねてるよ、毎回良くしてもらってるからさぁ」
「ああ、なんか普通のキャラメルと違って、とろけて美味しいです!」
「だべ!?それ作るの苦労したもん!」
逹瑯君は自慢げに言って木にもたれかかる。
「逹瑯君はさ、どうしてミヤ君と友達なの?」
俺の質問に逹瑯君は少し顔をしかめた。
「ん〜。理由とかなくねぇ、そういうのって」
まあ確かにそうか。友達になるのに明確な理由はいらないか。
「あえて言うなら・・・ミヤ君は俺がどんなことしても諦めないでいてくれたからかな、百回目だからね、ちょっとばかりグレたってゆーか、人に当たり散らしたり、悪さしたりしたこともあってさ、周りが俺に呆れてもミヤ君だけはちゃんと叱ってくれた、ぶん殴ってでも正しい道に戻してくれた、だからかなぁ・・・」
逹瑯君は目を閉じ、微笑みを浮かべながら続ける。
「今まで色々やってみたんだ・・・他の《夜人》を頼ったこともあった、一度も顔を合わせなかったこともあった、あえて絶交してみたこともあった、でもだんだん俺は夜、自分も知らないうちに出歩くようになって、それが覚醒の合図で、心が真っ黒いもんに浸蝕されていくのが分かるんだぁ・・・何回目だったかな?ミヤ君が俺を倒さなかった時があったよ、どんな形でもいいから俺に生きてて欲しいってそう言った、でも結局、俺は人を殺そうとして、ミヤ君がそれを止める形で俺を殺してくれたよ。嬉しかったけど申し訳なかった・・・だからその次の時、ミヤ君の手を煩わせないようにしようと、そう思って、ほとんどヴァンパイア化してから太陽の下に出た、自殺するつもりでね。でも灰になった端から再生してって全然死ねなくて、痛くて、苦しくて、結局ミヤ君がとどめを刺してくれた・・・ダメだったんだ、全部」
逹瑯君は目を開けて、またへらっと笑った。
恒人がそんな逹瑯君を見上げて言う。
「できる限りのことはしますから、諦めないで下さいね、もういっそ消えたほうがマシだって思える状況になっても・・・」
「ありがとね、諦めるつもりはないよ。どこのどいつが俺らに押しつけてきた宿命だか知らないけど、俺の心がある限り、ミヤ君がいてくれる限り、俺はそれと戦い続ける、絶対に打破してやる」
ああ、そうか。彼等にとって友達同士であることは不運ではなくむしろ唯一の救いなのだ。二人だから頑張れるとそう思っているのだ。
恒人が経過報告をしてくると地下に行ってしまった後、俺が一人、食堂の裏口に佇んでいるとミヤ君が出てきた。
「逹瑯しらねぇ?」
「むこうでサボってたよ」
「まったく・・・」
やれやれとばかりにため息をついてミヤ君は煙草をくわえる。
「浅葱さんってどういう人なんだ?」
「どういうと言われても・・・」
「じゃあそもそもアンタらはどういう集まりなんだ?」
そう聞かれると返答に困る。
「俺が仲間に加わったのは最近で・・・そもそも最近まで人間だったんだ」
ミヤ君は目を細めて俺を見る、続きを促されているらしいと気づくのにしばらくかかった。
「え〜・・・と」
俺は簡単に《半端な人狼》になってしまった経緯を説明した。
色々ありすぎてまとめるのが難しかったが、ミヤ君は理解してくれたようで頷いた。
「じゃあ英蔵さんは浅葱さんがアンチアーレス家だと聞いてもなにも思わなかったわけだな」
「ヴァンパイアの中でも名門貴族だってことは知ってるけど・・・」
「名門中の名門だ、そこの真祖となったら《夜人》の中でもトップランク、そこら辺ふらふらしてるつーのが例外的だし・・・そもそのヴァンパイアが人間と対等に付き合うってこと事態変わってるよ」
「え・・・そういうものなの?」
ミヤ君はゆっくり紫煙を吐き出してから言う。
「確かに真祖なら吸血の必要はないだろうが、それでもヴァンパイアにとって人間は食料だぞ。人間にとっての鶏や牛と一緒だ、さっき面白い例えをしたな『鶏が言葉を喋れたとしたら俺はその鶏を食べることはできない』と・・・」
話の中でそれは言った。ミヤ君は少し口角を上げる。
「だったら、英蔵さんはその『言葉を喋る鶏』を人間と対等に扱えるか?人間と同等の付き合いができるか?」
「え?」
「ヴァンパイアが人間と対等に付き合うっていうのはつまりそういうことだぞ」
「そんなこと考えたことも・・・」
「だからとってもすごいことだと思う、素晴らしい人なんだと」
ミヤ君は今度はちゃんと笑った、へにゃりと笑った。
「・・・・・・」
賞賛の言葉を贈ってくれたらしい、分かり難いというか心臓に悪い。
「それに英蔵さんもすごいな、境界がない」
「・・・境界がない?」
「人間の時に彼等が《夜人》だと知っても普通に付き合い、自らが《夜人》になったことも悲観すらしない」
それは、当たり前のことじゃないのか?この国の住人だってやっていることじゃないか。
「少しだけ外見が違うだけで迫害し、文化が違うだけで虐殺できてしまうのが人間なんだ、だから境界なくつき合えるっていうのはとてもすごいことだと思う」
ミヤ君は空を見上げて静かに言った。
何故だかとても重い言葉のように感じた。
「あ!あのさ、浅葱さんが俺にやってくれた方法じゃダメなのかな!?その、逹瑯君のクドラクの力だけ吸い出してもらうっていうのは・・・」
俺の提案にミヤ君は首を横に振る。
「ダメだ。ヴァンパイア同士の吸血行為は例外を除いて禁忌だからな。やった方もやられた方も死ぬ」
ダメなのか、いい方法だと思ったのだけれど。考え込んでいると頭の上になにか冷たいものが乗った、嫌な予感を胸に抱きつつ、うっかり見上げないように気をつけながら横にずれた。
硝子人形のままの涙ちゃんが空中に浮かんだまま笑っていた。
涙ちゃんもローブの下は露出度高い恰好しているからなぁ・・・あれはなんなんだ、《夜人》の風習なのか。
「英蔵君サボってんの?」
「サボってないよ!ツネ待ってるの!」
「分かってるて、英蔵君サボれるほど器用やないし〜」
褒められたのか貶されたのかどちらだろうか。
「悪いな、手間をかけさせて」
ミヤ君のごく自然な調子で放たれた言葉に涙ちゃんはきゃらきゃらと笑う。
「ええて、こっちも好きでやってるんやし!この国をぐるっと見てきたけど特に因縁のありそうなものはなかったな、土地の因果ってわけでもないみたいや」
ふわりと地上に降りて涙ちゃんはミヤ君を見る。
「そっちから質問は?」
にんまり笑う涙ちゃんにミヤ君は少し困ったように目を細めた。
「それは水を向けてくれてるのか?」
「理解が早くて助かるわ、やっぱり知ってたかぁ」
「ああ、400年ぐらい前は有名人だったもんな、《例外すぎる聖典》の保持者、ホムンクルスの涙沙・・・と」
『例外すぎる聖典』、エクセプショナル・バイブル。涙ちゃんが作り主である錬金術師から託されたものらしい。400年前に書かれたものでありがなら現代の魔術技術はその内容に未だ到達していない、涙ちゃんの話によれば人間の手ではあと二千年以上かけて到達できるかどうか、というほど高位の技術が事細かに書かれている。
俺は外見しか見せてもらっていないし、浅葱君ですら中を見せてもらったことはないとか。
内容が開かれれば歴史が変わるほどの内容なのだ。
俺が知っているのはそれぐらい。
「そこには俺達のような者がどうすればいいのか書かれてはいなかった、か」
「うん、アレはあくまで人間側からのものやし、《夜人》の研究書ではないから役に立ちそうなことは書いてなかったわ。一応それは言っておいたほうがええかなと思って」
「実を言うと君の名前を聞いた時少しばかり期待したんだが、そう上手くはいかないものだな・・・英蔵さん、逹瑯はどの辺りでサボっていた?」
急に話を向けられて一瞬きょどってしまったが場所を告げると、ミヤ君は俺達に手を振って歩き出した。
逹瑯君、怒られるんだろうなぁ。
「あ、食事・・・昨日の場所に置いてあるからよかったら食べてくれ」
角を曲がる時、ふり返ってそう言うと、ミヤ君はそのまま歩いていった。
「無愛想ってゆーと言葉が悪いけど、人付き合い苦手な人みたいやね」
「逹瑯君はすごく人懐っこいっていうか、がんがん入ってくる感じだけどねぇ」
正反対の二人、白と黒、光と闇、ヴァンパイアとヴァンパイアハンター、鏡に映したように正反対。外見も性格も正反対。
相対する宿命。
只、普通に暮らして生きていきたいとそんな願いすら叶わない二人。
99回、何を思ったのか。
悲観することなく曲がることなく、その連鎖を越えるのにどれほどの痛みを抱えたか。
いつか運命を、宿命を打ち破ると、それだけで。
涙ちゃんが真剣な顔で言う。
「あるいは・・・逹瑯君だけどこか遠くへやってしまえば、少なくともミヤ君は全く普通とはいかなくても此処で人間として生きていけるんやけど、それを選ぶ気はないんやろな、ミヤ君も、この国の人も」
「・・・二人で打破しなければ意味がないと、そう思っているんだろうね」
友達だからと、それだけであの二人は地獄を乗り越えるつもりなのだ。
タイムリミットは刻一刻と迫っていた、「一週間」はあくまで目安だ、逹瑯君の精神力次第では早まるかもしれないし伸びるかもしれない。
5日が経過し、さすがに逹瑯君の顔色が悪い。
心が浸蝕されていく感覚、自分が自分でなくなっていく感覚、人狼になりかけた俺はそれを経験している。だから逹瑯君の辛さが分かるとは言わないけれど、正直死ぬより怖いことだ。99回、それを経験してきた。
逹瑯君にとってミヤ君はある種の救いだったのかもしれない。
悲しいことにかわりはないけれど。
言い訳にしかならないかもしれないが逹瑯君の心情に共感を覚えていた俺も、《夜人》としての精神が濃いみんなも、そしてミヤ君がとても強い人間に見えるから、意識から外していた部分があった。
いや、浅葱さんはそうではなかったのかのもしれない。
俺もあれを聞くまではミヤ君は揺らがない人間だとそう思っていた。
その日も色々調べまわり、浅葱さんに報告しようと地下に降りた時にそれを聞いた。
少し扉を開いた時、ミヤ君と逹瑯君の背中が見え、ただならぬ雰囲気になっていた。
「なんでっっ!!」
ミヤ君の叫び声、少なくとも彼が声を荒げるような人間だとは思っていなかった、冷静でいつも静かに淡々と喋る人、そしてその印象は間違いではないはずだった。
そのミヤ君が浅葱さんに向かって怒鳴っている。
「なんで逹瑯はダメなんだよ!!ヴァンパイアだってアンタみたいに仲間と普通に生きている人だっているのにっっっ!!なんで逹瑯はそれができないんだっっっ!!」
後ろ姿でも逹瑯君が息を飲み驚いているのが分かる。
もしかすると逹瑯君ですらミヤ君がこんな風に、弱音を吐く形で激昂した姿を見るのは初めてだったのかもしれない。
「なんで・・・」
そんなミヤ君を浅葱さんは静かに見つめていた、全ての言葉を受け止める優しい瞳。
「・・・すまない。浅葱さんだって楽に生きてるわけじゃないだろうに勝手なことを言ってしまった」
ミヤ君はすぐに落ちついた声に戻って頭を下げた。
「いいんだよ、君達はもっと嘆いていいんだ、怒っていいし、弱音を吐いてもいい、それで止まってしまってはいけないけれど、たまには吐き出したっていいんだ」
浅葱さんの言葉にミヤ君の肩が少し揺れた。
「・・・ありがとう。一つだけ頼みがあるんだ、これは打開策じゃないけれど、真祖である浅葱さんがいなければできないことだ。運命を少しばかり捻る手法。これではたぶん解決できないし、結果は来世に持ち越し、とても消極的な方法ではあるけど、ずっと考えていたことがあるんだ、これは俺の我が儘でもある」
浅葱さんは頷いてから俺の方を見た、俺が階段を下りてきた辺りから気づいていたのだろう、俺はその視線の意味を受け取って、音を立てないように扉を閉めて地下を出た。
食堂の表に立って行き交う人達を見ていた。誰も悲しい顔はしておらず俺に気さくに声をかけてくれる。二人のことを頼みながらけしてプレッシャーをかけるようなことは言ってこない。思えばこの国の人達の心情も長年かけて培われてきたものなのだろう。
みんなの兄弟で息子。
そうある意味で「割り切れる」ことも簡単なことではなかったはずだ。
横に人が立つ気配がしたけれど、誰かは分かったので視線は向けなかった、なんとなく今は顔を見られたくないのではないかと思ったからだ。余計な気づかいだったかもしれないが。
「英蔵さん」
ミヤ君はいつもの淡々とした口調で言う。
「・・・醜態を見せてしまったな」
やはり俺が見ていたことに気づいていたか、いや恐らく俺が扉を閉めた音で気づいたのだろう、そうでなければあんな台詞は言わなかっただろうから。
「醜態だなんて思わないよ」
「アンタらは本当に変わってるな、でもありがたかったよ。手を貸してくれたけど同情はしなかったもんな、半端に心情を酌んで理解したような態度で接してはこなかった、哀れみを寄こさなかった、手を貸してくれたことは元より、それが一番嬉しい」
「・・・ダメだよ、まだ過去形で話したら」
「そうだな」
ミヤ君は小さく笑った。
「英蔵さんはクドラクの倒しかたを知っているか?」
「いや、知らないけど・・・」
「まぁ半ば人外バトルっぽいことをやって、一応死ぬんだが、確実に殺すにはセイヨウサンザシで作った杭で心臓を刺すか、膝下の腱を切断しなければいけない、そうしてようやく完全に消滅する・・・それが終わると俺も消滅だ。きれいさっぱり消えてなくなる。正直その作業が辛くてな、いや作業じゃねぇな、もう逹瑯はいなくて、俺は一人なんだとそう思うことが一番辛い、一人の時間は辛いんだ・・・逹瑯がいねぇとなんもできねぇのは俺のほうだ」
「・・・ミヤ君」
俺はミヤ君の方を向いた、いつもの涼しげな顔。
「だから、今回もダメならちょっとばかりズルをする。逹瑯を見習ってサボタージュだ」
そう言ってミヤ君は逹瑯君によく似た笑顔を見せた。
翌朝、もうリミットだと逹瑯君が言った。百回目ともなればその感覚は明確に分かってしまうのだろう。
今夜でお終い。
クドラクとクルースニクの戦いの時。
日が昇っているうちは大丈夫らしいけれど、今夜が逹瑯君の自我が保てるぎりぎり。
だから今夜、決着をつけるという二人の決断だった。
最後だからといつもの軽い調子で逹瑯君は食堂を開放し、国の人達に料理を振る舞っていた。
みんな笑顔で、楽しいパーティをしてるような顔で、食堂は笑い声に溢れていた。
逹瑯君はひょうきんな態度でみんなを楽しませ、ミヤ君も普段の仏頂面が嘘のように声を上げて笑っていた。
このまま時間が止まればいいのに。
食堂の屋上で流れてくる笑い声を聞きながらそう思った。
あるいは誰もがそう思っているのかもしれない。
結局何もできなかった俺達に国の人達は恨み言一つ言わず、むしろ礼を言ってくれる人ばかりだった。
来世への持ち越し。
記憶は全て受け継いで、次へ。
宿命を打破するまで続く戦い。
敵も方法も分からない戦い。
「英蔵さん」
いつの間にか屋上の入り口にミヤ君が立っていた。
妙にすっきりした顔で笑っている。
「・・・ごめんね」
「何がだよ?」
「結局何もできなくて、さ」
「こっちが無理に頼んだことだ、気にしなくていい。今回の俺はもう最後だけど、その最後にアンタらと会えて良かったと、そう思ってる」
ミヤ君はそう言って俺の横の手すりにもたれ、煙草に火をつける。
「英蔵さんはさ、前世の記憶少しだけ持っているって言ったよな」
「うん、本当に断片的なものだけどね・・・」
それこそ自分がどうやって死んだかすら覚えていない。恒人と交わした会話の幾つかを朧気に覚えているだけ。
「やっぱり前世と今って英蔵さんにとって別物なのか?」
「別物だけど・・・完全に切り離せてはいない、かな・・・」
前の俺の不用意な一言で恒人の人生を狂わせたことに変わりはなく、しかし今の俺では償えない。
どうしようもなく塞がっている。
「じゃあ俺や逹瑯ってちょっとばかりズルかもな。まぁ記憶を継承して外見が同じにはなるけど、頭と身体の帳尻合わせるまで地味に大変なんだけど」
「どういうこと?」
「いや、やっぱり成長しきった状態の時の感覚が一番濃いからさ、子供のうちとかあれ?俺こんなこともできないんだ、って戸惑ったり」
ああ、身体はリセットされているわけだものな。
確かにそれは難しいかもしれない。
「・・・それで、ちょっとばかり英蔵さんにお礼、というか」
ミヤ君は言葉を選ぶように首を傾げる。
「正確にはこのお礼は英蔵さんと恒人君に、大きなお世話で余計なお世話かもしれないし、そう思ってくれたら受け取らなくていいんだけど・・・ちょっとばかり魔法をかけてみようかと」
ミヤ君は切れ長の目で俺を見上げた。
「1分間だけ英蔵君を前世の姿に戻す方法を知っているんだが、どうする?」
「へ!?」
「前世の姿に戻る、まあ外見に関しては《そう見えるようになる》だけだけれど、記憶や思考も前世に戻る、1分間だけ。それが終われば英蔵君は今の姿に戻る、記憶も思考も。まぁその1分間になにをしたかぐらいは覚えているかもしれないけれど・・・なにか、前世のアンタが恒人君に言い残したことがあるならば、だ」
「えっと、つまり・・・俺は前世に戻った状態でツネと会うってこと?」
「ああ、ちなみに恒人君にどうしたいか聞いたら、英蔵さん側の負担になることだから英蔵さんに決めて欲しい、だそうだ」
目を閉じた。色々なことを考えた。
恒人の言うところの×××お兄ちゃん。
前の俺。
1分間でも会話を交わせるなら、前の俺だけじゃなく恒人だって言いたいことはあるだろう。
「じゃあ、お願いします」
下げた頭にミヤ君の手が添えられる。
「×××、36歳没、村を襲った飢饉による餓死」
ずいぶん若いうちに死んでいたんだなと、どこか人ごとのように思った、人ごとといえば確かにその通りなのだけれど。
村が飢饉になったのか。もしその場に恒人がいたらやはり無茶をしたのだろうなとこれは人ごとでなく苦笑する。
頭上でミヤ君が聞き取れない言語を高速で唱えている。
涙ちゃんが偶に使う魔法とも、恒人が使う術とも全く違うものだった。
そして急激に意識が隅の方へ押しやられる。
身体が自分のものではなくなる。
視界は閉ざされていないけれど、硝子越しに見ているような、夢の中にいるような、そんな感覚。
ミヤ君が入り口のほうへ声をかけると恒人が出てきた、戸惑った顔で俺を、いや×××お兄ちゃんを見ている。
澄んだ瞳からたちまち涙が溢れ、その場で声を上げて泣き出した。
子供みたいに泣いた。
「ごめんなさい、俺、知らなくて・・・ごめんなさ・・・」
×××お兄ちゃんが恒人を抱きしめる、あやすようにその頭を撫でる。
俺に感触は伝わってこないけれど、恒人が安心したように身体の力を抜いたのが分かった。
「もういいんだ、俺のために頑張ってくれてありがとう、本当にありがとうな。でももういいから、俺のことも、俺の願いももういいから。また会えてよかった。生きる時は違っても、もう会えなくても、お前の中で生きているから、どうかお前はお前の道を生きていってくれ」
「・・・はい」
「無茶はしないで、無鉄砲なことはしないで、悪戯はほどほどに」
「・・・・・・はい」
「お前に弟の面影を見たことは事実だけれど・・・それでも弟とは別に、お前のことを本当に弟のように大事に思っていたから、だから・・・ありがとう」
恒人が顔を上げる、涙に濡れた顔で綺麗に笑う。
「俺も、本当のお兄ちゃんみたいに思ってました。会えて幸せだった・・・ありがとうございます」
・・・号泣したくなるような感動的シーンの後、この気まずさである。
隣で耳まで赤くした恒人が蹲っている向こうでミヤ君が困ったように頭を掻いていた。
1分間しか持たない魔法であることは俺も恒人も知っていたけれどあの状況で時間を計っているわけもなく、あの状態のまま俺が元に戻ってしまったため、この空気。
ミヤ君は計っていたらしいが「あの会話の中で『残りあと10秒』とか言えると思うか?」と至極真っ当なことを言われてしまった。
はい、俺も恥ずかしいよ。
「いや、ほら・・・俺には会話聞こえなかったし・・・」
「英蔵さんねっ!!嘘つく時は右の眉が上がるんですよっっ!!」
恒人が威嚇するような顔で怒鳴った。
「ああ、上がるな。露骨に」
ミヤ君も淡々と言った。
そんな癖があったのか、気づかなかった・・・
「でもなんかすっきりしました。ミヤさんありがとうございます」
「どういたしまして、しかし英蔵君の前世は男らしかったんだな」
「でしょう?全然違うんです!!」
「・・・そこ力まれると凹むんだけど」
どうせ俺はヘタレだよ。
そして夜は来た。
彼等がこれを悲劇と思わないのなら俺も思うまい。
これは二人の遊戯でお祭りなのだ。
国の中央にある広場に逹瑯君が立っていた。
黒いシルクハット、黒いコート、黒いブーツ、黒いステッキ、瞳は血のように赤い。
よく見ると至る所に白い逆さ十字があしらわれている。
逹瑯君は俺達を見るとへらっと笑った。
まだちゃんと逹瑯君のままなのだ。
対するミヤ君は全身真っ白、対峙する逹瑯君を見て微笑みながら煙草を吹かしている。
至る所に赤い十字があしらわれた衣装。
そして瞳の色は赤。
『運命を少しばかり捻る』
つい先程、ミヤ君は浅葱さんに血を吸ってもらった。
眷属を作るための吸血行為。
ミヤ君は今、ヴァンパイアハンターのクルースニクでありながらヴァンパイア化している。
人間のままクドラクを倒すクルースニクがヴァンパイアになっている。
矛盾した異例の存在となっている。
これがどんな結果をもたらすのか浅葱さんも分からないと言った。
それほど異例で異常。
只、少なくともこれでミヤ君は彼が尤も厭うていた最後の作業をやらずにすむ、分かっていることはそれだけ。
奇跡でも起こらない限り、今回がお終いであることに変わりはない。
「ホント、ミヤ君って突飛なことばっか思いつくよねぇ・・・ミヤ君のほうが俺よりよっぽど常識ねぇべ?」
「どっかの阿呆と付き合いが長いせいじゃないか」
そんなことを言い合って二人は笑う。
闇には静かに満開の白木蓮が浮かんでいる。
国の人々は遠巻きに、周囲の建物の中から息を飲んでその様子を見ている。
二人が踏み切ったのは同時だった、鏡に映したように二人は拳を突き出す、真ん中でぶつかった拳は弾け飛ぶ、赤が舞う。
弾け飛んだ腕は一瞬で再生し元に戻る、血飛沫だけが周囲に漂う。
二人は笑った、声を上げて楽しそうに笑った。可笑しくて仕方がないというように笑った。
ぶつかる腕が、脚が、弾け飛び、血飛沫だけ残して再生する。
肩を抉られても腹を抉られても赤を飛び散らせて元に戻る。
服も元通り再生する。
舞う赤さえなければ、周囲に漂う鉄錆びの匂いさえなければ、本当に友達同士のじゃれ合いに見えた。
「だいたいミヤ君はさぁ、くそ真面目なんだよ、同い年のくせして俺のことばんばん叱ってくるし、鬱陶しいよ」
「てめぇが不真面目すぎるんだろうが、鬱陶しいと思うなら叱られるようなことすんな、子供かオマエ」
「俺はいつまでも子供の心を失わないピュアな子なのっ!」
「うぜぇこと言ってんじゃねぇよ、頼むから精神年齢レベルをもっと上げてくれ」
「ってゆーか、子供っぽいって言ったらミヤ君だべ!なにそのチャレンジャー精神、見てて冷や冷やすんだけど!」
「ちゃんと弁えてやってんだ。逹瑯よりは大人だよ、俺は」
「ミヤ君は天然すぎるの!両手ふさがってるのに他のことしようとして慌てないでよ」
「誰かさんがサボるから俺の仕事が増えてるんだよっ!!」
身体が抉れて、砕けて、ヴァンパイアでも痛みはあるのに、二人は笑っていた。
衝撃破で白木蓮が散る、血飛沫を浴びた白い花弁は渦巻く、赤と白の二色が舞い踊る。
「なんで俺を見捨てないんだよ、なんで助けてくれるんだよ、なんでミヤ君ばっかいっつも責任被るんだよ、なんで負担かけられても涼しい顔してんだよ!!」
「友達だからに決まってるだろうが、俺は逹瑯を認めてる、巫山戯ててもちゃんと陰で努力して、いつもみんなを笑わせていて、ヘタレなのにくそ度胸があって、そのくせ繊細で、綺麗な感性を持っていてそういうところ全部・・・・・・俺の、憧れなんだよ。オマエはずっと、俺の憧れなんだ」
白木蓮の香りと、血の匂いが混ざる。
白い花弁と赤い花弁が舞う。
白い羊膜に包まれて生まれるクルースニクと赤い羊膜に包まれて生まれるクドラクを包み込む。
逹瑯君は少しだけ泣きそうな顔になって、でもすぐに笑った。
ミヤ君も軽く口を尖らせてから笑う。
同じ笑顔。
「俺・・・ずっとミヤ君みたいになりたかった、一所懸命で真っ直ぐで、口数少ないくせに上手にみんなを導けて、かっこよくて、どんなに傷ついても人前じゃ絶対それを見せなくて、色んな物事も鋭く見れて、本当は誰よりも優しい・・・ミヤ君に憧れてる」
正反対の双子、逆様の鏡映し。
「だから・・・次もそのまんまのミヤ君でいてね」
「ああ、逹瑯もそのままでいろ」
「迷惑かけるよ?」
「なんかもうそれが楽しいんだよ」
二人は笑って地面を踏み切る。
赤と白の花弁が舞う。
互いが突きだした右手が、互いの左胸を突き抜ける。
突き出た手は互いの脈打つ心臓をしっかりと掴んでいた。
すぐ近くてミヤ君は見上げて、逹瑯君は見下ろして、また同じ笑顔を浮かべた。
「逹瑯、次こそ勝つぞ、オマエを殺さない未来を手に入れる」
「うん、必ず・・・ミヤ君」
そして二人は同時に言った。
「来世でまた会おう」
二つの手に力がこもる、心臓を握り潰す。
血飛沫が舞い、同時に二人の身体も消える、塵になって跡形もなく消失する。
花弁が舞っている、大勢の人が息を飲んでいる気配がする。
二人がいた場所から二つの光が現れた。
赤い光と白い光は並んで、じゃれ合うように位置を変えながら、くるくると楽しそうに回って、広場を旋回する。
旋回は大きくなり、周囲の建物の中から見守っていた人々を照らす。
「ありがとう」「まってるから」「おつかれさま」幾つもの声が上がった。
二つの光は最後に俺達の前で一瞬静止してから、またじゃれ合うように回って天空へと昇っていった。
俺達は何も言わなかった、二つの光が消えた星空を見上げていた。
翌朝、といっても日が昇る前に、俺達はみんなに見送られながら国を出た。
二人がまた生まれてくるのは3年から5年後だと言う。
次がどんな結果になるのかは分からない、今回捻った運命がどうなるのかは想像できない。
国の人達は皆、俺達に礼を言って笑っていた。
次は自分の所に生まれてきて欲しいと言う夫婦もいた。
石像の前、此処を出たらもうこの国には戻れない、許可を出してくれるミヤ君がいないのでどんな《夜人》であろうと入ることはできない。
大城さんはすっかり懐いた子供達の頭を撫でながら笑っていた。
知り合った人達と別れの言葉を交わしながら浅葱さんと涙ちゃんも笑っている。
俺は最初に絡んできた酔っ払いのオジサン(さすがに今は酔っていなかったけれど)に「オマエはいい男になる」と肩をばしばし叩かれていた。
ふり返ると馬車の前に立っていた恒人のところにあの老女、逹瑯君の99回目の母親だった女性が寄っていって何か渡していた。
恒人はやわらかく微笑んで頭を下げた。
長いお別れをすませて、結界を出る。街並みがぼやけて見えなくなる。
黒と白の石像が遠くなる。
朝日が昇り始めていたので浅葱さんは馬車の中、涙ちゃんは半分透けたままの状態で浮遊しながらそれを見ていた。
俺と恒人は馬車の後ろに並んで座り、大城さんはホロの上で寝転がっている。
石像が見えなくなり、湖も遠くなった頃、もうほとんど硝子人形に戻った涙ちゃんが言った。
「あの二人なら、いつか宿命も運命も打ち砕くんやろな・・・」
「俺もそう思うよ」
馬車の中から浅葱さんが答えた。
「そういえばツネ、なにもらったの?」
恒人は視線を前にやったまま答える。
「キャラメルを瓶ごと頂きました」
「そっか、よかったね」
「・・・はい」
日は昇り、朝の爽やかな風が流れている。視線を横に移すと白木蓮が咲いているのが見えた。あれは4日目だったか、最終決戦の場となったあの広場でミヤ君がまだ蕾の白木蓮を指さして珍しくはしゃいだ声で言っていた。
『俺はこの花が一番好きなんだ、咲くとこ見られそうでよかったよ』
全ての記憶を持って転生できようとも、死は死だ。
彼等はちゃんとそれが分かっていたから百回目であろうと手は抜かなかったのだろう。
その時の生を真っ直ぐに駆け抜けたのだろう。
そんな彼等にどこのどいつがあんな運命を科したのか。
高望みはしていない、ただあの国で二人で生きていくことを、それだけを願っていたのに、それすら叶わなかった。
「どうしたら、あんな状況で心から楽しそうに笑えるんでしょうか・・・」
恒人も白木蓮を見ながらそう呟いた。
「信頼してたからじゃないかな。どんな状況でもこいつがいるなら大丈夫だって、こいつといるから楽しいって心底思ってた」
馬車の上から大城さんが答える。
白木蓮、どこか凛としたその花はあの二人に似ていた。見た目も性格も正反対なあの二人を思わせた。
「泣くなよ」
熱くなった目頭を押さえていると大城さんが言った。
「当事者達が泣かなかったんだ、俺達も泣かなくていい」
「ええ、そうですね・・・」
遠くなっていく白い花を見送りながら俺はそう頷いた。
逹瑯君とミヤ君が宿命を打破できるその時を思いながら。
- 3 -
*前次#
ページ: