『夜の小話《第一夜》』
夜の荒野をホロ馬車が走っていた、馬車を引く馬は一頭。逞しい青毛の馬は風を切りながら駆け抜けていく、ホロ馬車を引くにしては早すぎる、しかし馬車は揺れることなく、まるで空を飛ぶように進んでいく。よく見れば車輪は地についておらず、地面から少し高い位置で回転していた。
一目で人間の乗り物ではないと分かる馬車。
人が見れば《夜人》の乗るものだと気づき、そっと目をそらすだろう。
馬車の上では特徴的なローブを着た男が一人寝転がっていた。
精悍な顔立ちをし、ローブの上からでも分かる引き締まった肉体をした彼は、猛スピードで駆ける馬車の上で星空を楽しむようにのんびりと煙草を吹かしている。
そして風に乗って聞こえてくる同乗者の言葉を楽しんでいるようで、時折可笑しそうに目を細めていた。
ベルセルクのなれの果て、齢500年を越す《夜人》、《一騎当万》の通り名を持つ元・人間、大城。
馬車の後ろ、板を渡しただけのスペースには二人座っていた。どちらもまた特徴的なローブ姿。
一人は華奢で「美少年」という言葉がぴったりくるような凛とした綺麗な顔立ちに、雪のように白い肌の男。黙っていれば精巧な人形だと言っても通用しそうな彼は茶目っ気たっぷりに悪戯な笑みを浮かべ、風に煽られる艶やかな黒髪を押さえながら隣の人物をからかっているようだった。空狐。齢300年の《夜人》、恒人。
その隣では恒人のからかいに困った顔をしながらもどこか嬉しそうに受けている男がいた。男前だが若干行動が挙動不審気味。ついこの間、複雑な経緯を経て《夜人》になったばかり。半端な人狼、英蔵。
馬車の前は開け放たれ、そこにも二人座っていた。
一人は月光の如き金糸の髪に、幼い顔立ちながらどこか妖艶な雰囲気を持った小柄な男。挑戦的なつり目は嬉しそうに細められ、きゃらきゃらと笑い声を上げている。
ある錬金術師が硝子の人形とホムンクルスを同化させて誕生した齢400年の《夜人》、涙沙。
涙沙にじゃれつかれながら穏やかに微笑んでいる男は、漆黒の髪と赤い瞳に貴族的な顔立ちをしていた。笑うと綺麗に三日月型になる目と紳士然とした態度で優しそうな雰囲気に包まれている。名門貴族の真祖ヴァンパイア、灼熱のヴァンパイア、齢千年を越す《夜人》、浅葱。
五人を乗せた馬車は月の光の下を駆け抜けていく。
湖の畔にて
小さな湖は月の光を浴びてきらきらと輝いていた。初夏の風は気持ちよくそよぎ、夏の星々はその命を燃やして瞬き、濃い緑色へと変わっていく世界を見守っている。
せっかく綺麗な景色だからと馬車を止めた一行は、めいめい泉のほとりに座ったり星を見上げたりしながらすごしていた。
英蔵は湖の近くまで歩いていって水面をのぞき込んだ。澄んだ水が揺れている。ふと視線をよこに移すと小さな桟橋が見えた。
なんでこんな誰も来ないような場所に桟橋が?とは全く疑問に思わず、桟橋に足をかけ、数歩進んだ。後ろで大城が「あ・・・」と声を上げたと思った瞬間、桟橋は消えそのまま水面に落下してしまった。
湖は深かった。ぎりぎり足のつく深さではあったが、最初の勢いで頭まで沈んでしまったため咽せながら顔を上げる。
岸辺では恒人が笑い転げていた。そこまで笑うかというぐらい笑っていた。
「ツネ〜っ!毎回毎回なにすんだよっっ!!」
幻術で作られた桟橋に足をのせてしまった結果の落下だった。
「だって〜!英蔵さん毎回毎回ひっかかってくれるんですもんっ!」
無邪気に微笑まれてしまっては返す言葉もない、なんで俺だけとも言いたかったが恐らく英蔵にしか通じないというのが理由だろう。
狐族の悪戯は親愛の証らしいから悪い気はしないのだが、こうも毎回やられっぱなしというのも納得がいかない。
「ツネ〜、上がれないから引っぱって〜!」
「はいはい、どーぞ」
けらけら笑いながらも伸ばしてきたその手を掴んでおもいっきり引っぱると華奢な身体は簡単に湖に落ちた。
「なにするんですかっ!」
「しかえしっ!」
びしょぬれのまま顔を見合わせて笑い合う二人を馬車の前で見ていた大城は立ち上がって伸びをしてから言った。
「火起こしてお茶でも入れるか・・・服乾かさなきゃ・・・」
「乾くまで此処で休憩やね〜」
涙沙がにまにましながら言う隣で、浅葱はツボに入ったのか無駄に良い声で身体を屈めて爆笑していた。
大草原の真ん中で
大草原を一行を乗せた馬車が走っていた。風が駆け抜け、若草は波のように揺らいでいていて、まるで緑の海だった。
太陽の光が眩しく降り注ぎ、草原を光の線が幾つも走っていた。
「なんかさぁ・・・こういう景色見てると無意味に叫びたくならない?」
馬車の後ろに腰かけた英蔵が言うと隣にいた恒人がにんまり笑っていった。
「なんですか英蔵さん、発情期ですか?」
「は・・・っ!違うよ!ってゆーか人狼って発情期あるの!?」
きょどる英蔵に恒人は首を傾げる。
「知りませんってゆーか・・・そもそも発情期ってなんですか?」
「・・・・・・・・・はいっ!?」
「いやあ、前に涙沙さんが使ってたから適当に言っただけで意味知らないんですよねぇ」
またからかう気かとその顔を伺うが、本気で分からないらしく妙にイノセントな雰囲気できょとんとしている。
英蔵は慌てて馬車に昇り、上で寝転がっている大城に声をかけた。
「どーいうことっすか?」
大城はちょっと困った顔で笑う。
「ん〜・・・ツネちゃんってほら、小狐のうちに修行に入って俗世間脱してるからさぁ、マジでそっち方面の知識ゼロなのよ」
それから二百年ほど生きてるはずだが、教わる機会もなかったのか。顔を引きつらせる英蔵に大城は悪戯っぽく笑って言う。
「ちなみに人狼はいつでも発情期かつ食欲と一体だよ」
知りたくない情報を頂いてしまった。
「英蔵さん、発情期ってなんなんですか〜教えて下さいよ〜」
下から恒人がそう不満げに言う。
え?なに?俺が教える流れ!?と英蔵は大城に助けを求めるが激励のように肩を叩かれただけだった。
しかたなく恒人の隣に戻る。
「・・・えっとね」
見た目美少年っぽい、人間でいったら20歳過ぎほどの外見なのにそちらの方面知識ゼロの子に発情期の意味を教える。
何の罰ゲームだ、というか恐ろしく背徳的な気持ちになるのは何故だ。
「・・・えっと〜」
単純な知的好奇心に目をキラキラさせて見られていることで、ものすごく悪いことをしている気分になってきた。
そもそもどう説明すればいいのか、頭の中がぐるぐる回る。
「な・・・なんかテンション上がる時期!?」
結局逃げた。
「そうっすか〜」
と一応納得した様子の恒人に慌てて付け加える。
「でもあんまり良い言葉じゃないからむやみに使っちゃダメだよ!」
これには怪訝そうにしながらも恒人は「はぁい」と頷いた。
馬車越しに涙沙から「ヘタレやなぁ」という言葉が飛んだがそれは聞こえないふりをしておいた。
林檎の木の下で
大きな林檎の木は赤い実をたわわにぶら下げていた。ふんわりと甘く爽やかな香りが周囲に漂っている。
夜空には立待月が静かに光っていて、草原では虫たちが澄んだ声で唄っていた。
「あ〜、そろそろ食料微妙だし、せっかくだから獲っていこうか?」
「そやね、林檎やったら浅葱君も食べれるし」
大城の言葉に涙沙が同意して立ち上がる。
「ツネ〜行こっ!」
「はい」
と恒人も元気よく返事をして立ち上がった。
涙沙は飛んで、恒人はジャンプして獲る気なのだろうなぁと馬車の入り口でぼんやりと英蔵がその姿を見ていると浅葱が言う。
「いや、俺が落とすから二人は下で受けててくれる?」
「あ、そっか。そっちのほうが効率ええな」
浮き上がりかけた身体を下ろして涙沙が笑う。
「籠とかあったほうがいいっすかね?」
「ローブで受けたら?」
首を傾げる恒人に大城が言うと二人は頷いて林檎の木の下に移動した。
そしてローブの裾を抓んで広げる。
太腿見える・・・じゃなくてどうするつもりだろう?と思いながら英蔵は浅葱を見た。
バチッと音がして林檎が一つ落下した。
「・・・・・・」
浅葱が瞬きをするたびに林檎が落ちていく。
「ま、邪視の一種だよ」
よほど英蔵が怪訝そうな顔をしていたのか大城が解説を加えた。
「邪視、ですか?」
「そう、視線だけで岩ぐらいなら抉れる」
「はぁ・・・すごいですね」
「簡単に言うと《目からビーム!》みたいな」
なんか一気にダサくなった。というか・・・
「んな凄い力・・・林檎落とすのに使うんですね」
アリに戦車持ち出しているような感覚だ、いや、別に戦いではないのだけれど。
「いいんじゃない?便利だし」
大城はさらりとそう言って、戻ってくる涙沙と恒人に手を振った。
「これ、一人二個づつやからね」
「余分に食べちゃだめですよ〜」
そんなことを言いながら二人は空いている食料用の袋に林檎を移す。
より濃くなった林檎の香りがふわりと舞った。
故郷の味
「・・・ツネってさ、料理苦手なの?」
「俺が料理下手だと言いたいんですか」
英蔵の言葉に恒人は冷ややかな視線を送った。今は夕食中であり、本日の食事当番は恒人だったので聞くタイミングとしては最悪だ。
被害妄想でなく言外に「まずい」と言ったと取られてもしかたないぐらいのものだったが恒人も別段怒っているわけではないらしく、視線は冷ややかながら口元が笑っていた。
「基本ごった煮やからね、ツネは。味付けもちょっと独特かなぁ・・・」
「独特ですか?」
「食文化がもろに違う国から来たからな。俺は気にならんけどね〜」
涙沙の言葉には素直に頷く恒人。
「違いますね。というか・・・あまりこっちの大陸に移ってからはそもそも調味料から違うんで、それもあるかもしれません」
「たぶんだけど・・・いや、ほとんど食べてない俺がいうのもなんだけどさ」
浅葱が穏やかに微笑みながら恒人を見る。
「調味料が違うのに自分の知ってる味に近づけようとするからごった煮っぽくなるんじゃないかな?」
「あ!なるほど、そうかもしれません。今度からその辺り考えてみます」
「まぁそもそも野外だし、食べられればなんでもいいけどね〜俺は」
「・・・さすが元兵士!」
さっくり言って食事をかき込む大城に涙沙が笑った。
「食文化が違う・・・って言うとツネのとこでは何食べてたの?」
英蔵の質問に恒人は首を傾げる。
「ん〜・・・主食はお米で、肉はほとんど食べませんでしたね、魚は食べますけど・・・ま、これ人間の話ですけどね」
「でもそれちょっと興味あるな、あの国は滞在期間短かったからその辺りノータッチだったし。ツネちゃんは何が一番好きだったの?」
「いなり寿司っすね!」
大城の問いに恒人は即答した、よほど好きらしい。
「「「イナリズシ?」」」
三人が首を傾げるが浅葱だけは知っているのか黙って微笑んでいた。
「えっとですね・・・油揚げを」
「「「アブラアゲ?」」」
「豆腐を・・・」
「「「トウフ???」」」
恒人は「ん〜」っとしばらく唸ってから続けた。
「大豆の絞り汁を固めたものを豆腐と言うんですけど、それを薄く切って揚げると油揚げになるんです」
「想像がつかへん・・・」
「これは袋状になってまして・・・そこに酢であえた炊いたお米を入れるんです・・・」
「お米を酢であえるの!?」
「・・・はい」
言われた説明を元に『イナリズシ』なるものに想像を巡らせるがまったく浮かばない。
「う〜ん・・・異文化だ・・・」
大城が夜空を見上げてそう呟いた。
選んだ人達
国に入る時はその国で一番偉い人の許可を取るのがルール、方法は国によって異なり境目も様々だ、巨大な砦に囲まれていたり、簡単な岩垣だったり、境界を示す植え込みがあるだけだったり、それがまた治安の目印でもあった。
しかしこの国ではその必要はなさそうだ。
壊れた岩垣の隙間から馬車を乗り入れ進む、時刻はそろそろ夕刻。
重厚な石畳と、整った街並みをもつ巨大な国に人の気配はなかった。
《夜人》の鋭敏な五感を持ってしても生きている者がいることを示す手がかりはない。
誰もいない町を馬車が進む。
恒人がぴょこんと馬車から飛び降りた「こらこら」と馬車の屋根に座っていた大城が呆れた声を上げるが止める気はないらしい。
恒人は近くの家の窓から中をのぞき込む。
「やっぱ誰もいませんね〜」
疾走する馬車と併走しながら恒人は他の家ものぞいていくが首を振って大城を見上げる。
「マジで誰もいないっすよ・・・」
「なにかあったのかもね」
「死体もないん?」
物騒なことを言いながら硝子人形姿のままの涙沙も馬車から出て、空を飛びながら上階をのぞきこんだ。
誰もいない。
夜になり浅葱も一緒に街を見て回った。
人間も《夜人》も、猫の子一匹見つからなかった。
ある豪奢な家の前にさしかかった時、英蔵が顔をしかめる。
「なんか・・・ニオイが・・・」
「死んでるニオイがしますね」
嗅覚の鋭い二人の言葉に残りの面子は顔を見合わせる。
少し躊躇ったが全員で家の中に入った。
寝室のベッドに二体のミイラが寄り添い合うように横たわっていた。
一体はまだ小さい、子供のようだった。
ベッドの脇に置かれていた手帳に浅葱が手を伸ばし開く。
しばらく静かな顔でそれに視線を落としてから言った。
「原因不明の病気が流行ったようだね、疫病を懸念して病気になった人間を隔離したけれど、この国では宗教上の理由で死体を火葬しなかった、だからかどうかは分からないけれど病気が広がるのは止まらなかった、病気にかかっていない人間はこの国から逃げ出した・・・」
少し悲しげに目を伏せてから浅葱は続ける。
「この書き手・・・おそらくその大人のミイラは此処の国長だった。彼は病気にかかっていなかったけれど、この国に残って死んでいく国民を埋葬した。全部が終わった頃には健康だった彼の子供も病にかかってしまっていた・・・そして彼は子供と、この国とこの場所で朽ちることを選んだ」
浅葱は手帳を閉じて元の位置に戻した。
「その国長の選択は正しかったんでしょうか?生きることを選ばなかったこと」
英蔵の問いに浅葱は穏やかに微笑む。
「さぁ、俺には分からないな」
5人は静かに二体のミイラを見つめた。
しばらくそうしていると天井裏で小さな音がしたので一斉に上を向く。
小さな光る塵の塊が舞っていた。
「ボギーですね、ホブゴブリンと同じ種族の《夜人》です」
自分に向けたらしい恒人の解説に英蔵は頷いた。
「もう此処には誰も住んどらんで、この国には誰もおらん。早く新しい場所を探したほうがいいで」
涙沙が優しく言うとボギーは緩やかに形を変えながら言った。
「しってル、でモ、ここニいル」
「誰もいない家に住んでたら・・・お前、死ぬんだよ?」
大城の言い聞かせるような言葉にもボギーは首を振るように動く。
「わかっテる、でも、おれはこコにいル、ズっとここにいル」
ボギーはそう言うと天井裏へ戻っていった。
誰もいない夜の街を馬車が走っていた。
「あのボギーの選択は・・・正しかったのかな?」
英蔵が誰に問うでもなく呟いた。
馬車は走っていった。
瓦礫の中で
ぬけるような青空、というのはまさにこういうことを言うのだろうなと英蔵は空を見上げた。
舞っていた粉塵もいまはおさまり、澄んだ青空だけが視界に入っている、一面の青。
全身が痛く、指先が僅かに動くだけ、人間だったらきっと五回は死んだはずだ。
目に見える怪我はないが半分瓦礫に埋まっているせいで背中が痛い。
痛い。
死ななくても痛みはある、すぐに回復する怪我でもやはり痛い、数分前まではおそらく内臓のどれかが損傷していたのだろうが、それはもう治ってしまったことがなんとなく分かる。
視線を少し上げると、此処より少し高い瓦礫の山から真っ白な手だけが見えていた、先程まで滴っていた血はもう乾いて、傷は塞がっていた。
「ツネ〜・・・大丈夫?」
先程と同じ質問をもう一度してみた、無言のまま手がVサインを作る。
声が出せない状態、というわけではないだろう、大城が声をかけた時は小声ながら何か答えていたから単におっくうなのかもしれない。
ちなみに聞こえてきた大城の声は「ツネちゃん大丈夫?・・・へぇ・・・怪我の状態を軽く申告したら後で10分間くすぐりの刑だよ?・・・はい、良い子」だった。
英蔵も大城に怪我の様子を聞かれたが、そんなわけのわからない脅しを受けるのはイヤだったので素直に答えた。というか実際にやるのだろう、大城の場合。
大城は少し首を傾げてから「二人を担いで帰ることもできるけど怪我人にへんな体勢させるのもねぇ・・・俺だけ行ってるいちゃんから薬もらってくるよ」と去っていった。
「ね〜ツネさぁ・・・俺らこの状態で襲撃されたらどーなんの?」
「・・・周囲に危険な気配はないから大城さんは俺らを残して行ったんですよ」
少し掠れた声で返事がきた。
「ツネ〜・・・声嗄れてるよ・・・」
「は?英蔵さんの気のせいでしょう」
強引な否定だった。相変わらず可愛げがない。
「今日の相手ってやっぱ強かったの?」
「ま、3対1だからこの程度の怪我で勝てたんでしょうね。知能が低い種族だったのは幸いですが、俺はあの手の力任せで戦術もなにもない相手が一番苦手です」
「ん・・・ツネさぁ、顔見せて?」
「イヤです」
石壁粉砕して叩きつけられても立ち上がれる自分に驚いたけれど、痛いものは痛かった、それこそ死ぬほど痛かった。
痛み。
人間ではなくなったけれど生きている証。
身体の痛みと心の痛みがその証。
少し動くようになったので頭を起こす、瓦礫の傍に巨大な石の棍棒が転がっていた。
あれで殴られても死ななかった、不思議な感覚だ。
鉱山に作られた坑道の近くを通る人間がことごとく行方不明になっていると此処から少し離れた国で聞いた。
隣国から来た使者が、化け物に襲われて命からがら逃げてきたと、そう言った。
一緒にいた人間は全員化け物に捕まったらしい。
一日かけて調べ、坑道にサイクロプスが住みつき、通る人間を片っ端から食らっていることが分かった。
夜になるとサイクロプスが坑道に潜ってしまい、地の利がないので戦闘には不利と判断し、昼間動ける英蔵達が3人で退治に来たのだ。
厳密に言えば涙沙は日中動けないわけではないが、浅葱は本当に動けないので1人にするわけにはいかない。だから3人。
「俺さ、少しは役にたった?」
初戦である、無我夢中というか、後半は頭に血が上っていてほとんど覚えていないのだけれど。
「たちましたよ、とっても」
からかいや悪戯はしても嘘は言わない恒人の言葉なら実際役に立ったのだろうと英蔵は息を吐く。
坑道脇にあった石の建物、おそらく昔は此処で働く者達が住んでいた場所・・・今は英蔵と恒人の下で瓦礫と化してしまったが・・・そこには無数の人骨が残されていた。
人を喰う生き物が人を食べるのは悪ではない。
それでもこの陸路しかない此処を挟む二つの国は物流が途絶える。それが生む結果は分かりきっている。
それでもこれは正義ではない。
痛い思いをして、怖い思いをして、満身創痍になって、心配をかけて、心配して、それでもこれは正しいことなんかじゃない。
良いことなんかじゃない。
空が綺麗だった、雲一つない青空だった。
「ありがとう」
しゃがれた低い声が坑道のほうから響いた。それは幾重にもなって木霊する。
「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」
「・・・此処に住んでいたドワーフ達ですね、サイクロプスに住処を奪われて困っていたんでしょう」
「そっか・・・」
「・・・大城さん、どうやら馬車ごと来る気みたいですね」
「ということは浅葱さんとるいちゃんも一緒か」
「それはもう、必然的に」
美しくなりきれなくても、正しくなりきれなくても、帰る場所ができたのだ。
仲間ができたのだ。
「空、綺麗だね・・・」
「綺麗ですね・・・」
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