ドウタヌキ?


第零話『帝國・零』


たとえ貴方がどんな人間であっても、主義主張というものは持っているだろう。
そしてそれを正しいと思っているからこそ、心の中心に鎮座しているのだろう。
一本通ったその軸こそが『心』と呼べるものを持つ生き物の必然。
あるいは軸がぶれていて、そのぶれこそが自分だと思っているのなら、貴方はとても俺に近い。
半端な人狼、複雑な経緯を経てそんな存在になった俺は常に揺れている。
そしてその揺れこそが大切な『俺自身』なのだと思う。
目の前の景色に悩むこと、煩悶すること、考えること。
白黒なんてつけない、黒と見えたものが角度を変えれば赤に見えることなどこの世界では珍しくもない。
だから俺は考え続ける、考えて考えて、時には完全に納得いっていないまま行動する。
しかし最初に告げたように後悔だけはしないようにはしているけれど。
だって彼等も悩んでる、血を吐くほどの苦悩の結果、時に冷酷に見える行為もする。
たとえ悪夢にうなされても、自らが選んだ道だから後悔はしない。
俺が最初に語った物語を覚えているだろうか?実はあの時、もう一つ選択肢を示されたのだ、一人隠れ住み静かに生きるか・・・そしてあの燃えるような赤い目で真っ直ぐに俺を見て浅葱さんが言ったのだ。
茨の道を選ぶか、苦悩と流血に満ちた道を共に歩むか。
しかしそれを分け合える「家族」にならないか、と。
家族。
生まれも育ちも考え方も性質も生物性すら違う俺達五人は「家族」なのだ。
一人じゃないから、苦悩は五倍で喜びは五倍。
煩悶を止めない、しかし歩むのもやめない。そう決めた五人。
それでもどうやっても避けたい存在がいる。
壊滅と破滅と破壊と殲滅のヴァンパイア、名前すらまともに呼べない、というのは表向きの話ではあるが、少なくとも人間の中では『黄金の災厄』(最悪とかかっているらしい)という名称で呼ばれる、彼。
アンチアーレス家と対をなす名門ヴァンパイア貴族の一人。
禁忌の存在、いてはいけない存在、異例の存在、異質の存在、偶然の申し子。
コルレニオス家のヴァンパイア。
ウィンゲート・コルレニオス。
彼の物語を俺が語る日が来ないことを願う。
存在するだけで、只そこにいるだけで意図もなく意識もなく悪意もなく全てを否定し尽くすその人。本人はいつの頃からか「京」と名乗るのがお気に入りらしいが・・・
天災の如きその存在に打つ手もなければ為す術もない、通りすぎるのを待つだけだ。
だから今から少しばかり語り部を放棄することを許して欲しい。
というより見ていないのだから語りようもないのだけれど、エピローグまでしばしのお別れ、彼がいかに埒外の存在であるかぐらいはきっと分かってもらえるはずだ。



帝國・零



200年、人間にとってその時間は長いだろう。200年前、ある国の一人の男が広めた思想は200年の時を経て、大規模な広がりを見せた、広がる段階でそれは思想から宗教へと変化し、既に男の言ったことの、否、真に伝えたかったことの原型は止めていなかったけれど、それは広く人々に広がった。
この大陸のほとんどでそれは一般化し、今や疑う者はほとんどいない。
『この世界は創造主によって作られ、創造主はこの世界を治める生命として人間を作った』
簡潔に言えばこれだけのこと。
しかし日常習慣や考え方まで細かく定められた『教義』というものが存在しており、その『教義』を伝えるものは聖執行人と呼ばれた。
そして急激に《夜人》狩りは加速する。
聖執行人達にとって《夜人》は邪教の神であり、悪魔であり、創造主が許していない存在であったからだ。
彼らは《夜人》を殺すことを最大の正義で、神への奉仕と考え、《夜人》を狩り続けた。
《夜人》側からは虐殺にすぎないそれも彼等にとってはまぎれもなく正義であり彼等もまた人間の間では目標にすべき、創造主から愛された善なる存在であった。


どの国からも遠く離れた荒野に、小さな城がある。
古びてはいるが朽ちた様子もないその城は大量の茨に包まれており、一年を通して黄金色の薔薇が咲き乱れていた。
しかし此処に近づく人間はいない。黄金の薔薇を摘み取ろうとしようものならそこにどんな理由があっても昼夜問わず巨大な蝙蝠が現れて噛み殺されてしまう。
そして数少ない人間が知っていた、この城は壊滅と破滅と破壊と殲滅のヴァンパイア、ウィンゲート・コルレニオスの住処であると。
100年ほど前から眠りについているらしい。冒険心を起こした者が城へ侵入しようと試みたが、門に手をかけるとどこからともなく巨大な黄金色の狼が現れてやはり噛み殺されてしまう。
そんなわけで城の周囲には白骨が散らばり、ますます誰も近づかなくなっていた。
旅人ならば尚のことその異様な様子に気づいて避けていく。
しかし今日は少しばかり違うようだった。凛とした足取りで歩いてくる男達がいる。
3人の男は揃いの黒い詰め襟の裾の長い服を着て、胸から銀色の十字架を下げていた。そしてそれぞれ、グリップ部分が木製で他は金色をした回転式拳銃を手にしている。
年若い目つきの鋭い男、グーヘリル。
すこし太った中年の男、ノワー。
筋骨隆々とした青年、ロコーラアン。
本名ではなく聖執行人としての名前であり、この一帯の《夜人》達が恐れをなす《夜人》狩り達だ。
彼等は城の前で足を止めた。
城の門がゆっくりと開く。《夜人》狩り達は少し驚いた顔をした。
出てきたのは童顔矮躯の男、さすがに少年とは呼べなかったが顔立ちのせいで妙に幼く見える、ぼさぼさの金髪は獅子の鬣の如く日の光を反射して輝いている。
黒いズボンを履いている以外はなにも身につけていない、裸足で上半身裸。しかしその上半身は綺麗に絞られていて、半分ぐらいに脈絡も法則性もない、様々な刺青が入っていた。
ウィンゲート・コルレニオス、京という愛称を名乗るその人である。
京は《夜人》狩り達に一瞥もくれず、青空を見て気持ちよさそうに目を細め、伸びをしながら大あくび。無邪気で無垢そのもののような姿。
そんな京に《夜人》狩り達の銃が一斉に火を噴いた。
年若い男、グーヘリルは思う。仕留めたとそう思う。
神の祝福を受けた銃に神の祝福を受けた銀の弾丸。いかにヴァンパイアとて創造主の力の前では無力だと、現にこれでこの城をを守る蝙蝠と狼は倒したのだ。
矮躯に三つの大穴が空いたことを京は不思議そうに見ていた。
その傷は瞬く間に治ってしまう。
そして京は軽く咳をして銃弾を二つ吐き出すと、それを地面に捨てた。
《夜人》狩り達に戦慄が走る。何故効かないと、恐れおののく。
やはり彼等に視線はやらないまま、京は少し首を傾げ、そして無造作に手を自分の胸に突き入れた、鮮血がほとばしるのもかまわずぐりぐりと手首まで突っ込んで、そして頷いて自らの心臓を引っ張り出す。どくどくと脈打つ心臓を眺め、それに刺さっていた銃弾を乱暴に引き抜いた。心臓から間欠泉のように血が噴き出したがそれもすぐに止まった。
京が心臓をまた無造作に自分の胸の中へ戻すと、胸の穴も塞がる。
そこでようやく京は《夜人》狩り達に目を向けた、というよりも本当に今気がついたという様子だった。
どちらかといえば愛らしい部類に入る顔立ちの中で、瞳だけが爛々と金色に輝いている。
「うあ、あああああああああああああああああああああ!!!!」
悲鳴を上げて腰を抜かしたのは体格の良い青年、ロコーラアンだった。必然的に京の視線がそちらへ向く。へたり込み必死で後退りながらロコーラアンは京に銃を向けて撃った、今度は京の身体から血はでない、銃弾は京が指先でつまんでいた。
しばらくそれを見てから興味が失せたとでもいうように、それをロコーラアンへと指で弾き返した。その一撃でロコーラアンの顎から上が消失する、砕けてなくなる。
「あれ?」
京は不思議そうにそう言って、もう二度と動くことはないロコーラアンを見て首を傾げた。
そして何か記憶を辿るかのように顔をしかめた納得がいったらしく頷いた。
「なんや、人間かぁ・・・」
そして彼の興味はロコーラアンの持っていた回転式拳銃に移ったようだった。
ロコーラアンの死体からこぼれ落ちた拳銃をしばし眺めてから放りだし、手を揉むようにして、自らの力で回転式拳銃を作り出す。
物質形成能力。
その様子に、中年の男、ノワーが悲鳴を上げて後退る。
京は銃をノワーに向けた、特に意味もなく、動いていたからとそんな理由で引き金をひく。
爆発音が響いてノワーの胸に穴が空いた。
呆然とした表情のままノワーは後ろへ倒れ、そのままもう動かなかった。
「あれ〜?」
京は声を上げて自らの手を見る、形成の配分を間違ったのか銃ごと爆発したため京の手は血塗れになっていた。しかしそれも一瞬で治る。
「ウィンゲート・コルレニオス!」
一人残ったグーヘリルは恐怖を押し殺して京の名前を呼んだ。黄金の瞳がグーヘリルをとらえ、それから首を傾げる。
「えっと、どこかで会ったっけ?すまんなあ俺、人の顔覚えるの苦手やねん」
今し方二人の人間を殺したとは思えない無邪気な顔と穏やかな口調で言って京は困ったような笑顔を浮かべる。
「よ、《夜人》に知り合いなどいない、我らは聖執行人、《夜人》を抹殺し、正義を遂行する者だ。ウィンゲート・コルレニオス!神に反する貴様を・・・」
「ちょお待って、神ってどの神?俺、あの連中ともめた覚えないんやけど」
「神は創造主ただ一人だ」
グーヘリルの言葉に京は少し困惑した顔をしてから、手を叩く。
「ああ、ちょい前にあった変な宗教の!あれまだあったんや〜驚くわ〜」
やはり無邪気にそう言われてグーヘリルは言葉に詰まる。
「・・・ヴァンパイア、その存在は『教義』に反する!」
「ん〜〜〜〜っと、ああ!あのわけのわからん決まり事なんか守ってるんや、難儀なやっちゃなぁ・・・めんどくさそうやわ」
あくまで無邪気に、京はグーヘリルの根底を揺るがした。
自分の軸がこのヴァンパイアにとっては取るに足らないものだということを思い知らされる。
揺らぐ、信じていたものが揺らぐ。
自分の足元が崩れていく感覚に立ちつくしているグーヘリルの前で京は少し口を尖らせた。
「やっぱ寝起きは腹が減るわ・・・」
そういって背伸びしてグーヘリルの両肩を掴む、その矮躯からは想像もつかない力にグーヘリルは身動き一つ取れない。
目の前のヴァンパイアはまるでお菓子を目の前にした子供のように無垢な顔で、黄金色の瞳を輝かせていた。
「いただきます」
京は丁重にそう言って、グーヘリルの首筋にかぶりついた。
一瞬、死に至るその一瞬でグーヘリルは思う。
食事を取る前、神に感謝の祈りを捧げていたことを思う、今日の糧が得られることに感謝をし、神が人間が生きるために他の生き物を作ってくれたことを感謝した。
しかしその「感謝」とやらは喰われる側の生き物にとってなんの意味があったのか、と。
喰われる側になって初めて思う。
彼の中で神が、教義が崩れ去っていく、そしてそれが全てであった彼の中にはなにも残っていなかった、真っ暗な虚無の中で首筋の痛みだけを残して、飲み込まれていく。
闇へ、何もない場所へ、意識は沈んでいく。
神のためにことを為し、死んだ者は神の国へ行けるという『教義』の一文すらよぎることなく、なにもかも、形成する全てを叩き壊されて、ゆっくりとその命は消えていく。
そしてこのヴァンパイアにとって自分は只の食事でしかなく、記憶にすら残らないことだけははっきりと分かった。
悪と呼べるものはそこにはなかった。

だとするならば、この存在はいったいなんだ?

その答えに到達する前に彼の意識は途切れた。
ほとんど骨と皮しか残っていないグーヘリルから牙をはなし、京はやはり丁重に手を合わせて言う。
「ごちそうさまでした」

グーヘリル、ロコーラアン、ノワー、周囲一帯の《夜人》達に尤も怖れられ、圧倒的な力をもって《夜人》を殺害し続けた3人はあっさりと、おそらく京にとっては「殺した」という意識すらなく殺された。



そこからかなり離れた高台に双眼鏡をのぞきこむ二人の男がいた。
一人は背がすらりと高く顔立ちが整った男、黒い複雑な作りのローブを着ており、髑髏の飾りがついた長いロッドを持っていた。
もう一人は線の細い、どこか女性的な顔立ちをした男、こちらは黒いロングコートを着ており無表情で前を見ていた。
「・・・てか、心夜さ、マジなの?」
背の高い男はそう呼びかけて顔をしかめる。
「マジだけど。なん?敏弥怖いんか、このチキン」
ほとんど一本線で表せそうな抑揚のない口調で心夜は言い、やはり無表情で敏弥を見る。
「埒外ってかやばくない、あれ!のこのこ出ていったら瞬殺されるよ!」
「今はお腹一杯やから大丈夫や、たぶんおそらくきっと」
「ちっとも安心できねぇよ!」
「は?この帝國参謀である俺の立てた策戦に穴なんてないわ、丸太に掴まって渓流下りするような気持ちでさっさと行けよこのヘタレ」
「やっぱり安心できないんですけど・・・」
心夜と違い敏弥は表情豊かなタイプらしく、むうと頬を膨らませて心夜を見る。
「現実的な話を馬鹿にも分かるようにしてやろうか、俺は只の参謀や、人間。敏弥はネクロマンサー、人間やけど魔術師、多少はあちらさんにも好意的に見てもらえるし、いきなり餌認定はされんやろ・・・本来なら堕威君が適任なんやけど、あのオッサン連絡つかんしな、どっかでのたれ死んどるんとちゃうか?」
「堕威君は殺したって死なないって・・・まあ分かったよ、行ってくる」
「危なくなったら逃走経路ぐらい作ったるから・・・泥船に乗ったつもりでおってええで」
「・・・泥船は沈むってば!」
あくまで無表情で淡々と喋る心夜に敏弥はハイテンションだった。
妙な二人組だ。
「ウィンゲート・コルレニオス、彼の力を借りて、我ら帝國から歴史を塗り替える、その目的の第一歩や、忘れるな」
「はいはい、参謀様・・・」
敏弥は頭を掻いて高台を降りていった。

帝國とウィンゲート・コルレニオスの出会いは確実に、その宣言通り歴史を変えることになるのだが、それはまた数年後の話だ。




お楽しみと呼ぶには血生臭い話だったかもしれない、けれどエピローグということで俺が語り部に戻らせてもらおう。
新月の夜、馬車を止めて夜営をしていた時、一話の蝙蝠がやってきて浅葱さんの肩に止まった、浅葱さんの表情がたちまち曇り、そして深いため息をついた。
「どうしたん、浅葱君?」
心配そうに問いかける涙ちゃんに浅葱さんは頭を抱えたまま言う。
「ウィンゲート・コルレニオスさん・・・起きちゃったみたい」
「うげ!」
「うわぁ・・・」
「あ〜・・・」
涙ちゃん、恒人、大城さんの順でそう声を上げるなか、この時はまだ俺だけ意味が分からずにきょとんとしていた。
それに気づいた恒人が言う。
「ウィンゲート・コルレニオス。ヴァンパイアです。それもかなり強大な力を持った・・・」
「えっと、危険な人なの?」
これには大城さんが答えた。
「危険って言葉は適切じゃないな、ヴァンパイアだから人間の血を吸うけどむしろ殺戮はお好みじゃあないし、対等と認めてもらえればかなり良い人の部類に入ると思う・・・ただ強すぎるんだよ、あの人は」
大城さんの言葉を浅葱さんが継ぐ。
「彼は・・・生まれが特殊なんだ、ヴァンパイアとヴァンピールのハーフなんだよ。真祖のヴァンパイアと、ヴァンパイアと人間の元に生まれたヴァンピールのハーフ・・・本来ヴァンパイアとヴァンピールは敵対してるからあり得ない組み合わせなんだ、前例がない、といっても彼は俺よりも年上だから4千年は生きているけど・・・彼はヴァンパイアの能力を全て持ち、ヴァンパイアの弱点を一つも持たない、そういう存在なんだ」
「えっとつまり・・・」
「本人曰く、『自分でも死に方が分からない』らしい。そして誰も彼を殺す手段も封じる手段も知らない、ただ時間感覚の違いで100年ぐらいは眠っちゃうからその間は平穏なんだけどね・・・食事量は一ヶ月に2人ってところかな」
一ヶ月に2人、人間が食事として殺されるわけか、しかしそれがヴァンパイアの性質であるのだから仕方あるまい。
と、あっさり思った自分に少し驚いたけど、それはどうしようもない現実だ。
たとえ死ななくても、飢えの苦しみがあるのがヴァンパイアなのだから。
「問題なのは彼があまりにも強すぎて、御本人があまりに無邪気すぎるってところかな・・・」
なんだかんだ言って博愛主義の浅葱さんには珍しく本気で嫌そうな顔で言う。
「極端な例えになるけど、英蔵君は子供の頃、蟻の巣を壊したことはない?」
「え・・・まあ、あったと思いますけど・・・」
「それはどんな気持ちで?」
「たぶん、壊したらどうなるのかな、とかそんな感じ・・・だ、と・・・」
嫌な汗が背中をつたった、これから浅葱さんが言うであろうことがなんとなく分かってしまったからだ。
「あの人はまさにその程度の感覚で人間の世界に介入しちゃうんだよ。あの人のやってみたらどうなるかな?っていう一撃で大規模に勢力が塗り替えられる、歴史が動く」
「本人に悪意はないのよ、彼にとって人間はその程度の存在だからね」
大城さんもため息混じり。
「天災だと思って諦めるしかない、《夜人》だってあの人に積極的に関わりたいって人はいないと思うよ」
「打つ手ナシ、ですか・・・」
俺の言葉に4人は同時に首を傾げた。
「必要もない気もするけどなぁ、なにせ伝説のヴァンパイアやし、人間側もそれなりに認知してる存在やし」
涙ちゃんが同意を求めるように恒人を見た。
「人間側が上手く回避すればいいことかと、まぁウカミー師匠だったらなにか知っているかもしれませんが、かれこれ200年連絡がつきませんからねぇ」
知らない名前が出てきた、「師匠」と呼ぶぐらいだから、そういう立場の《夜人》なのか?また俺の表情に気づいたのか恒人が補足する。
「俺が空狐になる修行はその人のところでしたんです、ウカミー師匠。正しい名前は・・・宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)です、略してウカミー師匠!」
噛みそうな名前だ・・・それは略して正解だ、呼ぶたびに噛まないか冷や冷やしなくてはならない。
「ツネちゃんの国では超最高位の《夜人》で人間の間じゃ神様だったんだよ。ツネちゃんは弟子だからああ気軽に呼んでるだけで、本来はとっても高貴な存在だからね」
大城さんがそう付け足してくれた、言えるように練習したほうが良さそうだ、ウカノミタマノカミ・・・さん。
大城さんがにんまり笑って恒人に言う。
「ちなみにもっと長い名前の人もいるよね?」
「ああ、俺が知ってる中で一番長いのは天照国照彦天火明櫛玉饒速日命 (あまてるくにてるひこあめのほあかりくしたまにぎはやひのみこと)様です。超偉い人です」
いや、それもう噛まずに呼べってほうが無理だろう、呼ぶ時とかどうすればいいんだ。っていうか言える恒人がすごいよ。しかもアレか超偉い人ってことは略し呼び不可なのか?
「さすがに本人もめんどいとかでニギハヤヒって愛称を持ってましたけど」
「・・・だよね!それ聞いて安心したよっ!」
リピートしろって言われたらどうしようかと思った、いや今はそんな話ではなく。
「で、浅葱さんそのウィンゲートさんのことはどうするんですか?」
「ああ、呼ぶ時は『京さん』って呼ぶと多少好感度あがるからそうしてあげて・・・どうするもなにも今のところは流すしかないよ、とりあえず行かなきゃいけない所もあるわけだし」
そう、今は珍しく『目的地』があって移動中なのだ、これに関しては次回詳しく話すことにするけれど。
ウィンゲート・コルレニオス・・・京さん、か。
興味はあるが浅葱さん達がここまで避ける相手、避けたほうがいいのだろう。
あと何百年あるか分からない俺の人生で、回避し続けるのは不可能かもしれないが・・・


この時すでに歴史が大きく変わり始めていることなど知るよしもなく、その時はただ京さんという存在を胸にとどめるに終わった。
知っていたとして何ができたわけでもなかったのだろうけれど。
後に『帝國激震』と呼ばれる歴史の流動の始まりは音もなく静かだった。


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