第三話『遊戯』
正義の下に屍を
右手の慈愛を全ての人へ
左手の冷酷を全ての人へ
むかしむかしあるところに、ちゃらんぽらんな男がいた。
男は大きなお城と広大な土地を持っていて、お城の中には世界中の珍しい物や金銀財宝が溢れていた。
綺麗な絵画や輝く宝石、異国の美しい食器。そしてたくさんの召使いに囲まれていたけれど男はいつも孤独だった。
いつでもひとりぼっちで、いつでも寂しい男だった。
ある時、男は城の窓から見える一軒の小さな小さな家の、小さな窓から、いつも一人の少女が外を見ていることに気がついた。
無垢そのもののような少女は、本に描かれた妖精のように愛らしく美しかった。
男が窓から少女を見ていると、少女も男に気づいてやわらかく微笑んだ。
それから男は毎日、少女と微笑みを交わすのが唯一の楽しみになっていた。
初めて孤独が癒された、初めて寂しさが癒された。
やがて季節が変わる頃、少女のいた家に黒い服を着た人々が並び、小さな棺桶が運び出された。黒い葬列は丘を越え、町はずれの墓地へ消えていった。
男はなにも知らなかった。
少女は長く患っていて、噴けば消えるような命の灯火を知りながら微笑んでいたことを。
男はなにも知らなかった。
男が持っている宝石一つで少女の一生分の薬が買えることを。
なんにも知らなかった。
男は前よりいっそう寂しくなってしまって、どうしても少女にもう一度会いたくて、たくさんの本を集めて、あることを決めた。
そして少女に似せた等身大の硝子人形を作った。瞳にエメラルドをはめこみ微笑みをたたえた硝子の人形。
男はそこに命を吹き込んだ。
禁じられた魔術で、禁断の術だった。
ホムンクルス。
今度はけして死ぬことのないように、どんな武器を持ってしても傷つかない身体を、けして老いることも病むこともない身体を、男は作り上げた。
命を宿した硝子人形は、男に様々なことを教えた。
知識しか持っていなかった男にたくさんの知恵を授けた。
男はもう孤独ではなくなった。
そしてたくさんの研究をした、どんな病気でも治す薬や、馬より早く移動できる機械や、空を飛べる技術・・・ホムンクルスの手を借りて、一冊の本を作り上げた。
『例外すぎる聖典』。
しかしそれは禁断の魔術。
とうとう男の城を審問官達が取り囲む。自分の最期を悟った男はホムンクルスに『例外すぎる聖典』を託して逃がすことにした。
「どうかこれを、信頼できる人間の手に、正しく使ってくれる人間の手に渡して欲しい、そして私は人間も《夜人》も、共に幸せに生きる時代が来ると信じている。私の子、どうか正しき道を示す光であってくれ」
むかしむかしあるところに、ちゃらんぽらんな男がいた。
意志薄弱で、どうしようもないほど情けなくて・・・でも誰よりも純粋な男がいた。
これが禁断の魔術を行った罪により28歳で斬頭台の露と消えた、涙ちゃんの生みの親、オリバー・レイ伯爵の物語だ。
遊戯
大きな国が一つ滅んだ。長い年月でみれば珍しくもなく、歴史でみれば例外的でもなく、ごくありきたりなこととして、一つの国が滅んだ。
数多の恨みを買った結果、復讐の惨劇で国は廃墟になった。
残虐で残忍で救いようのないことをした国は、怒りの鉄槌を喰らって砕け散った。
しかしあの国の住人達がみんな一人残らず残虐で残忍で救いようのない悪人であったわけではないと俺は思う。
只、残虐さすら日常で残忍さすら当たり前として飲み込んで、住人達は普通の人間として暮らしていた。
もしかしたら国が滅ぶ時に死んだ人間の中にも「こんなことはおかしい」と思っていた人物がいたかもしれない。
どちらにしても終わった話、手の施しようがない過去の物語。
ある意味では無邪気であったのかもしれない。
恨まれている自覚すらなかったのかもしれない。
間違いだとは露とも思わず暴走し、滅んだ国。
それは自滅で、自爆。身から出た錆、因果応報。
きっと多くは自分達が「悪いことをした」などとも思わずにわけもわからぬまま死んでいった。彼等が熱狂しながら見ていた命乞いを今度は自分達がしながら、それは聞き届けられずに死んでいった。
この物語をどう見るかは貴方次第、彼等を残酷な悪人だと思うか、無知な愚か者だと思うか、哀れな被害者と見るか。
俺はまだ答えを見つけられていないのだけれど。
目的地が近づくにつれ暗雲が垂れこめていた、言うまでもなく比喩表現としての暗雲であり、むしろ気候は涼しく心地よく、晴天が続いていた。
まぁヴァンパイアである浅葱さんをリーダーとする俺達にとって晴天はそこまで歓迎できるものではないのだけれど。
浅葱さんは厚く雲が張っていれば日中でも多少ならば外に出られるから、曇っていてくれたほうがありがたい。
なにが暗雲なのかといえば《夜人》狩りと宗教のコンボだ。
200年ばかり前を起源とする宗教はこの辺りでは深く根付いているらしい。その宗教では《夜人》を駆逐すべきものとしていて、《夜人》狩りも盛んだ。
よほど無茶な相手でもないかぎりあしらって逃げるようにはしているものの、もう20回ぐらい襲撃されていて、精神的に辛い。
比例するように、《夜人》狩りを心底嫌って怖れている恒人はふさぎ込むようになった。といっても表だって不機嫌になったりはせずに、明るく振る舞ってはいるのだけれど、悪戯を仕掛けてくることはほとんどなくなり、眠ると毎回うなされている。
目的地へ向けての旅なので進路変更はできないことが痛かった。
心配して声をかけたら「これを期に克服しますよ」などと言っていたけれど。
同時に涙ちゃんの機嫌も下降の一途を辿っている。
もちろんこちらも表だって不機嫌さをだしたりはしないけれど、必要以上に明るい態度を見ると、空元気なのがよく分かる。
向かっているのは涙ちゃんの故郷なのだ。
もちろん涙ちゃんの生みの親、オリバー・レイ伯爵の血筋は途絶えていて、国そのものが変わっているようだったけれど。
故郷に近づくにつれ、俺達にとっては悪い状況になっていくことが心中複雑なのだろう。
「一応この先に小さな国があるみたいだけど、どうする?」
こんな空気の中だからこそ、大城さんは先頭に立って前向きで明るい。
「できれば買いだししないと・・・いろいろ不足してますから」
馬車の上で胡座をかいている大城さんにもたれかかっていた恒人がそう言って下を見た。
「様子を見つつ入ろうか」
ホロの中から浅葱さんが答える。
「りょーかい。じゃ英ちゃん退いて、偽装しなきゃだし」
御者席でぼんやりしていた俺はその言葉に慌てて、馬車の上へ移動した。
「二人ともきっちり後ろに座ってろよ、《夜人》ってバレたらまずいんだから」
いつもそれなりに隠してはいるけれど、この辺りでは細心の注意が必要だった。
俺も恒人も素直に頷いて馬車の後ろの席に座る。
どうやら流行りの宗教では自分達の信奉する神以外を徹底的に否定しているらしく、旅人だというだけで不当な扱いをされることもままあった。
異教徒と、そう言うらしい。
おかげで食料やらなにやらが底をつきかけている。日常用品も壊れた物があるので買い足したい。しかし次の国でそれができる保証はないのだ。
国の防壁が見える位置まで来たところで涙ちゃんがホロを捲って顔を出した。
「やっとできた!これみんな着けといて!」
そう言って手渡されたのは金のブレスレットだった。
「これはめとったら、《夜人》を見抜けるヤツの目を眩ませるはずや。100パーセントではないけど、能力の低い《夜人》狩りに絡まれるのは防げるやろ」
「最近なにか作ってると思ったら、これ?」
「うん、人数分あるから」
硝子の手を振って涙ちゃんはすぐに馬車に引っ込んだ。
「ありがとね、涙ちゃん。もう国だけどどうする?なんなら俺と英ちゃんだけ入って必要な物だけ買いだしてすぐ出てもいいけど・・・」
「今は戦力を分散させたくないからみんなで行こう」
浅葱さんの言葉に「りょーかい!」と元気よく返事をして大城さんは御者席であくまで人間らしく馬車を走らせるふり。
入国自体は簡単だった、浅葱君と涙ちゃんが馬車を出ない理由を誤魔化すのも慣れている。旅人を露骨に嫌っている風ではないことに安心して、国内へ入る。
しばらく大通りを進んで道の端に馬車を止め、俺と大城さんで買いだしに出ることになった。小さな国ながらかなりの賑わい、祭りでもあるのかというぐらい騒がしかったので恒人が見張り兼留守番だ。
「ツネ、大丈夫?」
御者席にちょこんと腰掛けた恒人に言うと「大丈夫ですよ、お二人こそ気をつけて行ってきて下さい」と笑われた。
なんだろう。
なんとなく不安だ。
「英ちゃん、行くよ〜!」
既に歩き出している大城さんに言われて慌てて後を追う、ふり返ると恒人は笑って手を振っていた。
少し歩くと賑わいというより群衆と言っていいほどの人間が集まっていた、祭りという雰囲気ではなさそうだ、それにしては殺伐としている。
「・・・なにかあったのか?」
大城さんが顔を歪めた。俺達は何かに急き立てられるように群衆の方へと歩き出した。
歓声、雄叫び、何かがぶつかる音、何かが壊れる音、一瞬喧嘩かと思ったが違うらしい、近寄ってみると、道の端に少女が鎖で繋がれていて群衆はその子へ向けて石を投げつけていた。
石打ち刑。見るのが初めてというわけではないが、死刑と同義の刑であるため重罪人にしか行われないはずだった(重罪人だからやっていいなどとは思っていないけれど)あんな年端もいなかない少女が石打ち刑になるほどの罪を犯したというのか。
横の立て札に『姦淫』の文字が見て取れたが納得はいかない。
もしかするとまたあの宗教絡みだろうか。猿ぐつわを噛まされた少女に拳大の石が次々ぶつけられる、惨状は描写する必要もないだろう。
思わず前に出かけると大城さんに肩を掴まれた。
「止めようとか思ってんじゃねぇぞ?」
「でも・・・いくらなんでも・・・」
「分かってるんだよ、そんなことは。しかし此処で騒ぎを起こすのはまずい、連中みんな正体をなくしてる、下手に突けば爆発するぞ。だいたい俺達の力で人間を押さえ込んだら殺しちまう」
分かっている、頭では理解しているのだけれど、群衆の雄叫びに混じるくぐもった悲鳴が耳を刺す。
「馬車に戻ろう、この国は早いとこ出たほうがいい。ツネちゃんがこれ見たらパニック起こしちまうかもしれないしな」
踵を返して歩き出した大城さんに俺も一瞬躊躇したが後を追おうとしたその時、
「アナタ達、異教徒サンですか?」
真後ろで気の抜けた声がした。
俺も大城さんもふり返る。
妙に背の高い男が立っていた。大城さんよりもずっと高いその男は黒い詰め襟の裾が長い服をきっちり着込んでいて、銀色でバサバサの髪を後ろに流している。糸みたいな目は鋭く、口が異様に大きい。
男はにぃっと笑って言った。
「ワタシはフローライト、聖執行人です。アナタ達は異教徒・・・」
そこでフローライトは少し首を傾げて言う。
「いえ、《夜人》ですね」
涙ちゃんがくれた魔法具をつけているのに見抜かれた。ということはかなり能力の高い《夜人》狩りだ。
男は手に十字架を持っていた、並の十字架ではない。男の身長よりはるかに長く、バトルアックスほどの太さがある銀の十字架。長い部分の下あたりは持ち手になるらしく、そこだけ細かったが、こんなもので殴られたら人間は一撃で御陀仏だろう。
聖執行人の武器ならばそれなりに魔力も秘めているだろうから俺達だってどうなるか分からない。
ゆっくりと距離を取るために後退る俺達にフローライトはまたにぃっと笑い後ろの群衆に声をかけた。
「ミナサン!此処に《夜人》がいますよ!」
群衆は一斉にふり返った、全員違う顔のはずなのに表情は全く同じ。群衆の一人が石を投げつけてきた、大城さんがそれを手で弾いて落とす。
「逃げるぞっ!」
「はいっ!」
こんなところであのフローライトとかいうヤツを相手にしたら他の人間まで巻き込んでしまう。それにこの国に高い能力を持った《夜人》狩りがいるとなると、残してきた恒人達が心配だ。
全力で走るとすぐ馬車は見えた、俺達の後ろにはフローライトを先頭としたスタンピード状態の群衆。御者席にいた恒人が立ち上がると同時に大城さんが手で合図をして、馬車は方向転換して走り出した。俺と大城さんもすぐに追いついて走る馬車に飛び乗る。
「《夜人》狩りですか?」
恒人は馬車の上に登って冷静な声で言った。
「ああ、それもかなり強い・・・あの群衆がやっかいだな、攻撃できないぞ」
道にもそれなりに人がいるせいで馬車を全速で走らせることは不可能だった。フローライトは群衆を引き連れ追いかけてくる。
そして群衆の数はどんどん増えていく。
俺と大城さんの攻撃は広域的すぎる、確かに使えない。
馬車の中から硝子人形姿の涙ちゃんが飛び出してきた、こうなれば隠れていても無意味だと思ったのだろう。
「涙ちゃん!物理結界!」
「おっけぃ!」
呪文を詠唱し、馬車の周囲にドーム状の結界ができあがる。群衆が投げつけてくる石やらなにやらが弾かれた。
フローライトがあの巨大な十字架を振りかざすと、幾本もの光の矢がこちらへ向かって飛んできた。
恒人が立ち上がって手を組み、マジックキャンセルを作動させ、魔力の矢を無効化させる。
「このまま国の外まで逃げるぞ!」
「でも、前っ!」
他の国民達もこの騒ぎに気づいたのか、馬車を止めるつもりらしく、露店の商品をぶちまけたり、進行方向で徒党を組んだりしだした。
馬車は完全に止まってしまった。制御しているのは浅葱さんだ。このまま進めば確実に人間を轢き殺してしまうと判断したのだろう。
涙ちゃんの物理結界と、恒人のマジックキャンセルに守られているとはいえ、この状況。攻撃すれば人間に当たる、それにフローライトの力も未知数だ。
「あのフローライトとかいうヤツ、ここまで計算尽くで群衆を煽ったのか?」
大城さんが歯噛みする。
群衆の先頭に立ったフローライトはゆっくりと笑いながら近寄ってきた。
「鬼ごっこは終わりですか、《夜人》のミナサン」
そう言って巨大十字をくるくると回す。あれがどれぐらいの重量があるのかは知らないが、人間業ではない。
「ツネ・・・マジックキャンセルを三秒間解いて、それから英蔵君馬車の入り口をそれに合わせて三秒間だけ開けて」
馬車の中から浅葱さんの静かな声がした。俺は恒人と視線を合わせて頷く。
三秒をカウントしながら入り口を開ける、バチッという音がして目の前の群衆が動きを止めた。邪視による金縛り。フローライトの動きも止まっている。
異変を察知したのだろう、進行方向を塞いでいた人間達に動揺しだしたところで大城さんがドスの効いた声で叫んだ。
「どけっ!!!」
その一言で人間達は道の脇へと逃げていった。
今度は全速力で馬車を走らせる。
こちらの力量を見せ、怯えが入ったのか馬車の行く手を阻んでくるような者はいない、国の入り口には薄い木の扉があっただけだから、このまま突っ切れるだろう。
「嘘!あいつまた来た!!」
涙ちゃんの声にふり返ると、フローライトが俺達を追ってきていた。
そんな馬鹿な、こっちは馬車で全力疾走しているんだぞ、人間が追いつけるわけがない。そもそも浅葱さんの邪視で動けないはずだ。
「KYAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!」
奇怪な笑い声を上げてフローライトが跳躍する。
馬車よりも高く飛び上がり、巨大十字を振り下ろしてきた。それは涙ちゃんの結界も恒人のマジックキャンセルも叩き壊す。
咄嗟にそれを手で受け止めると、掌が焼けるような音と感触がして、衝撃で馬車の、魔術強化を施している馬車の天井が凹んだ。
フローライトは空中に浮いた状態で俺が受け止めている巨大十字に力を込める、また少し天井が沈む。まずい、陽光が中に入ったら浅葱さんがダメージを受ける。
恒人が馬車の縁を掴んで身体を回転させ、フローライトの脇腹を蹴り飛ばした。
横に飛ばされながらフローライトはまた奇怪な笑い声を上げて、巨大十字を回転させる。
ひゅおんひゅおんと周囲の空気が音を立て無数の刃に変化して俺達に襲いかかる。
恒人が馬車後ろの台に飛び降り、ぎりぎりでマジックキャンセルを発動させてなんとか回避したが、側にあった街灯がまるでチーズのようにスライスされてバラバラなり、その破片が物理結界の解けた馬車に降り注いできた。
大城さんがそれを器用にすべて叩き落とす。
「全員無事か!?」
大城さんの声に四つの返事がはもる。恒人が馬車の上に戻ってきて息をついた。
「なんですか、あの人・・・」
「《夜人》狩りにしたって、無茶苦茶だよ」
巨大十字を受け止めた手は、火傷でもしたように爛れていた。
十字架はそもそもあの形そのものに《夜人》が苦手な力があるのだが、彼等の宗教はそれをシンボルマークにしている。
「あいつ、フローライトだっけ。たぶんトランス状態になってるんだ、彼等の信じる創造主とやらの力を借りていると思いこんで、潜在能力を全部使ってる」
フローライトは塀を壊して墜落した場所から起きあがり、また奇怪な笑い声を上げていた。
大城さんは抑揚をあえて押さえたような調子で続ける。
「かつての俺と一緒だ、あの状態になったらどんな無茶もできる・・・反動はあるはずだが」
フローライトがすごい勢いで追いかけてくる。しかし門はすぐそこだ、国の外まで逃げれば追いかけてこないかもしれない。
「あかん!門に結界が張られとる!」
前方を見ていた涙ちゃんが叫んだ。
「結界を解くのにどれぐらいかかる?」
馬車の中から浅葱さんの落ちついた声がした。
「1分はもらわんと無理や!」
「大城君、防壁を壊すのは?」
またも落ちついた浅葱さんの声に大城さんはにやりと笑う。
「5秒!」
馬車が方向を変え、防壁へ向かって走り出す。大城さんが馬車からジャンプし、防壁の上へ飛び乗ると拳を叩きつけた。
その一撃で防壁の丁度馬車が通れるぐらいの幅が砂屑と化した。そこを馬車が通り抜ける時に、横へ移動していた大城さんが馬車の上へ戻ってきた。
稲妻のような勢いで馬車は国の外へと駆け抜けていく、防壁が遠くなりまったく見えなくなる頃、ようやく馬車を止めて様子を窺った。
フローライトは追ってこない。
「あっっぶなかったわぁ!!」
涙ちゃんが馬車の上にへたり込むと、俺も気が抜けてしまって横になった。
「浅葱君、大丈夫?」
「大丈夫だよ、そっちは?」
ホロ越しに声をかけた大城さんに浅葱さんが答える。
「英蔵さん、手・・・大丈夫ですか?」
恒人に言われて手の怪我のことを思いだした。皮がめくれてボロボロになった両手はひりひりと痛んだがたいした怪我ではない。
「あの十字架、魔法具やし、治りが遅いかもしれんから薬ぬっといたほうがいいで」
涙ちゃんが馬車の中から薬を取ってきて手渡してくれた。
「しかしまいったねぇ・・・あんなハイレベルの《夜人》狩りがいるんじゃ・・・」
「進路を変更しよう、森の方から進めば人間には会わないはずだ、目的地までそう遠くもない」
浅葱さんがそう言って馬車が進み出した、森の方へと。
深い森を進んでいるうちに夜になった。魔力の濃い森はエネルギーに満ちあふれていて無数の小さな《夜人》達の気配がする。
警戒心の強い彼等が姿を見せることはなかったけれど、此処には《夜人》狩りがいないことの証明でもあるので安心して進む。
最初に気づいたのは恒人だった。
「・・・なんか焦げ臭くないですか」
今は人間の姿をとっている涙ちゃんが馬車の周りを浮遊しながら目を細めた。
「他に誰かいるんか?」
「いえ、人の気配はしませんけど・・・英蔵さんはなにか感じますか?」
「焦げ臭いのだけは分かるよ」
御者席に座っていた浅葱さんが、俺達の方を向いて赤い目を細めた。
「行ってみよう」
匂いの元は半焼した巨木だった。そして木の前に女が一人蹲っていた。
唸り声を上げている彼女の身体もまた、右半分が焼けただれ、いや、焼け落ちている。
「ドリアードですよ、この木の精霊・・・」
恒人が俺にそう言ってから涙ちゃんと一緒にドリアードに駆け寄っていく。俺もその後を追った。
「だ、大丈夫なんか・・・?」
ここまでくると「大丈夫か」という問いが滑稽にすら聞こえる。大丈夫なわけがない。
ドリアードは顔を上げた、おそらく元は妖艶な美女であっただろう顔も半分は崩れていて緑色の髪も焼けこげて縮れてしまっていた。
「あ、あの、国・・・」
ドリアードは震える声でそう言って、俺達の進行方向を指さした。
「あ、あそこ、地獄、逃げて、来た、処刑だって、火をつけられた、あの国は地獄、です、《夜人》が、たくさん、殺されて、る・・・」
あの国、俺達が向かっている涙ちゃんの故郷のことを言っているのか。涙ちゃんが少し厳しい顔になってドリアードに問いかけた。
「その国でなにが起こってるんや?」
「《夜人》を、捕まえてきて、《夜人》同士を戦わせて、る。私も捕まって、逃げてきた、けど、無理、だった・・・」
俺達は顔を見合わせた。《夜人》同士を戦わせてる、だって?
浅葱さんが御者席から降りて、ゆっくりとドリアードに歩み寄った。高位の《夜人》であることは分かるのだろう。ドリアードは縋りつくように浅葱さんに手を伸ばした。
「君はどうして欲しい?」
「あの国に、復讐を・・・それ、と、お願い・・・」
すっかり灰になった巨木を前に俺達は佇んでいた。
「無理、だったんだよ・・・ドリアードは木と一体だから、あそこまで焼けた木が元に戻ることはない。こうでもしなきゃあのドリアードはあんな状態のまま木と共に朽ちていかなきゃいけなかった」
大城さんの言葉は俺を納得させるつもりであるようにも、自分の気持ちを抑えるようにも、浅葱さんを励ますようにも聞こえた。
「殺して欲しい」というドリアードの願いを浅葱さんは聞き届けた。
「・・・行こうか」
浅葱さんが背を向けて歩き出すと、涙ちゃんが寄り添うようにその隣を浮遊してついていった。
大城さんもゆっくり背を向けて馬車へと向かう。
「ね、ツネ・・・」
「なんですか?」
「《夜人》は死んだらどうなるの?」
「・・・・・・知りません」
手向ける花もないのだろうか、それでも周囲の小さな《夜人》達がひっそり息を殺しているのがまるで黙祷のようだった。
夜明け近く、太陽が昇る少し前にその国が見える位置まで辿り着いた。
切り立った崖の下に広がる巨大な国、六角形のその国は広く広く広がっていて、精密に均等に白い建物が並んでいた。
ひときわ高くそびえ立つ城はおそらく国の王がすむ場所だろう。
そしてその隣、円形の建物があった。
建物といっても天井はない、石の壁で囲われており、壁に沿って雛壇のように石が積まれていて、中央には円形のステージがあった。
ドリアードがいた場所の近くにいたレプラホーンに少し話が聞けた。
レプラホーンはしわくちゃの顔をさらにしわくちゃにして言った、あの国の人間はそれなりに力を持った《夜人》を捕まえてきてはあそこで殺し合わせている、と。
人間はあそこを闘技場と呼んでいると。
日が昇る前の闇に沈む国を俺たちは無言で見下ろしていた。
レプラホーンは小人で力の弱い《夜人》だから難を逃れたようだが、あそこにいたドリアードは捕らえられて連れて行かれた。
そうしてなんとか逃げてきたが、木の精霊である彼女はあそこから離れることができず、木ごと燃やされた。
「さて、どうする?」
大城さんがわざと重くならないように気をつけた調子で俺達を見回した。
「それなりの力を持った《夜人》狩りがいる、ということになるけれど・・・」
「とりあえず調べてみませんか?」
浅葱さんの言葉に恒人が答えた。《夜人》狩りに怯えを持っている自分が気遣われていることは分かるのだろう、なんでもない風にそう言う。
「・・・そうだね」
浅葱さんが小さく頷いた。
涙ちゃんは何か感情を押し殺した顔で国を見下ろしている。
故郷だった場所に広がっている国、なにか思うところがあるのだろう、様々なものを噛みしめた顔で眼下の光景を眺めていた。
明けて昼頃、俺と涙ちゃんはかなりの距離をとりつつ、国の周辺を見て回っていた。
多少労力は使うがやろうと思えば日中も人の姿をとれるため、念を入れて人間の姿で、浮遊等の能力は使わずに涙ちゃんは俺の前を歩いていた。
森の奥深くにあった洞窟を拠点として、俺と涙ちゃん、大城さんと恒人のチームに分かれて調査中である。
浅葱さんは洞窟に残っていた。目くらましの結界(ミヤ君が張っていたのと同じタイプ)のものを張っておいたし、洞窟の中ならば、万が一敵が来ても浅葱さん一人で遠慮なく迎え撃てる。
日中の行動制限のせいで失念しがちだが、真祖ヴァンパイアの浅葱さんの強さはそんじょそこらの《夜人》などお呼びでないレベルなのだ。
この二組に分かれたのは属性の問題である。
金属性の涙ちゃんの力を借りれば俺の能力は跳ね上がるし、恒人も大城さんといれば能力の幅が広がる。
「やっぱりなかなか強固な結界が張ってあるわ」
涙ちゃんが感心したように呟いた。
「結界というとどの系統の?」
「能力を封じるタイプのものやね」
「進入は禁止されていない?」
「ない。ウェルカム状態。ま、罠って可能性もあるわな」
まぁ《夜人》を捕まえてきて殺し合いを強要できるぐらいだから予想範囲内ではあるけれど。
この手の魔術と戦闘能力は比例しないところは気になる。
あのフローライトのようにどちらも持ち合わせているタイプが珍しいのだ。
涙ちゃんは遠く防壁の向こうを見て、アーモンド型の目を細めた。
エメラルド色の瞳の奥で光が揺れている。
「ちょうどあそこなんや」
涙ちゃんにしては珍しい、少し暗い声で言って、視線は防壁にやったまま小首を傾げる。
「あの闘技場のある辺りに、レイの城があった」
レイ。オリバー・レイ伯爵。涙ちゃんの生みの親。
タイミングとして良いのかどうかは分からなかったが、俺はかねてから気になっていたことを聞いてみた。
「涙ちゃんはさ、そのレイ伯爵の知ってる女の子をモデルに作られたんだよね?」
「そやね、俺は会ったことないけど」
「だったらなんで涙ちゃんは男なの?」
涙ちゃんは苦笑したようだった。
「そこらはほら、ツネと似た部分があるかもしれんなぁ・・・」
「うん?」
「見たことなかったんや、女の裸なんて。だから顔はともかく身体に関しては自分と同じに作るしかなかったみたいで・・・」
「ああ、なるほど。男女の身体の差異なんて知らなかったんだ」
「阿呆って言ったら阿呆な話やけどね、まあそもそもホムンクルスに性別なんてあってないようなもんやし、俺はどんな身体でも困らなかったんやけどなぁ」
涙ちゃんはようやく明るい笑みで俺を見た。
「さ、無駄話してたら日が暮れてまうし、行こうか」
歩き出した涙ちゃんの後を追って俺も歩き出そうとしたら、涙ちゃんが数歩踏み出したところで急に止まって振り返ったため、かなりの至近距離で向き合う形になった。
「英蔵君ってさ、どんな話聞いてもひかないよな?」
「はい?」
「ん〜〜〜。ま、ええけど。俺はそこが英蔵君の良いとこやと思うし」
それだけ言うと涙ちゃんは今度こそ歩き出した。
既にレプラホーンから得られた情報を元に大まかな計画は立ててあった。
大城さんと恒人がわざと捕まって国の中へ入り、内側の結界基盤を恒人のマジックキャンセルで無効化、外側から俺と涙ちゃんで外の結界を全部解除する。
国を見下ろした時点で内側と外側に魔術的結界が施されていることは分かっていたので今日は確認作業だったのだ。
この計画の中心は恒人のマジックキャンセルと涙ちゃんの結界解除にかかっている。
それさえ解ければ、捕らわれている《夜人》は解放される。
問題と言えば恒人のメンタル面だ、数人までならともかく大勢の人間に囲まれると萎縮してしまう恒人には少々辛い計画になる。
しかしマジックキャンセルができるのは恒人だけだ。
外側の結界を解くのは魔術的知識を必要とするので涙ちゃんが中に入ってしまうわけにはいかない。
最終の、本当に最終の手段として、浅葱さんの炎で結界そのものを焼き尽くしてしまうという方法もあるにはあるが、反動を考えれば、それは最悪の事態に陥ったときのみにしか使えない。
俺達は5人で、ちょうど属性がバラバラで補い合っている関係ではあるが、実のところ弱点が多すぎる。
俺は例によって半端な、限りなく半端な人狼であるため、これといった能力は持っていないし、満月時に動けなくなる。
大城さんは、力のすべてを解放してしまえば、理性も吹っ飛んでしまうので、制限付きでしか動けない。本来ベルセルクは狂戦士というその名の通り、こと戦闘になれば最強クラスであるのだが、本気戦闘モードになると敵味方の区別すらつかなくなってしまうため、仲間と行動している以上本気は出せない。
恒人は空狐としての力の大半を封じられている上に、人間に対する恐怖心を持っているし、性格的にもあの真っ直ぐさは危なっかしい。
浅葱さんの日中行動制限はかなりの枷になるし、基本的に人に甘すぎる。
涙ちゃんはそもそも戦闘向きではない、攻撃用の魔術は使えても、体術は会得していない。まあそもそもが硝子人形なので普通に殴っただけでもけっこうな威力があるにはあるんだけれど。
バラバラに行動するときは慎重にならなくてはいけないのだ。
考え抜いた上での役割配分。
結界の下見を終えて、俺と涙ちゃんは帰路についた。
順当にいけば半日強で解除可能らしい、計画通り。
が、ことはそう上手くは運ばないものである。
「悪い知らせと悪い知らせがあるんですが、どちらから聞きたいですか?」
洞窟に入ると既に帰ってきていた恒人が腕を組んで壁にもたれたままそんなことを言ってきた。
隣で座っていた大城さんは微笑ましそうにそんな恒人を見てる。お父さんのノリだ。
「どっちでも一緒じゃん!」
俺が呆れて言うと恒人はわざとらしく口を尖らせた。
「あまりよろしくない知らせとかなり悪い知らせがあるんですが、どっちにします?」
どちらにせよ意味のない選択肢だった。
涙ちゃんがきゃらきゃら笑いながら腰を下ろしたので俺も座る。
洞窟の奥で岩の上に乗って何かを考えていた浅葱さんが恒人に視線をやってから言う。
「あまりよろしくない方からお願い」
「そうっすか。まあ別に支障が出るタイプのものではなく、精神的にダメージを食らうお話になりますけれど。今、あの国を治めてるのは王女で、闘技場を始めたのもその王女さんだそうです」
「というと女の王様?」
俺の問いに恒人は「なにを当たり前のことを聞くんだ」とばかりに冷ややかな目をして頷いた。
「その王女さん、現在18歳、闘技場を始めたのは4年前で14歳の時だそうですよ。なかなかの悪政っぷりのようです。闘技場はいわば税圧に苦しむ国民の息抜き娯楽ってところでしょうか・・・ま、その王女さんに盾突いた場合、あそこで公開処刑されるらしいですけど」
細い肩を竦めて恒人は浅葱さんを見る。
「どうします?捕らわれている《夜人》を解放した場合、その王女さんが殺されてしまう可能性がとっても高いですけど」
「最初からこの計画はそれも前提だったはずだよ。変更はない」
きっぱりと言い切った浅葱さんに、恒人は特に感情が揺れた様子もなく頷いた。
そうなのである、解放された《夜人》がさっさと逃げてくれればいいが、おそらくはその多くが、力を制限するものがなくなれば『復讐』に走るだろう。
そこそこの力を持った《夜人》ということはイコールそこそこプライドも高い、虐げられていたことを許すような生温い精神の持ち主ではない。
その王女さんの命は保証されない。
確かにあまりよろしくない知らせだ、しかし、年若い王女だから殺されぬように配慮するというのもおかしな話になってしまう。
男で、大人ならば見捨ててもいいのかという話になる。
まあその辺り、最低限の努力はするつもりではあるけれども。
「そして、かなり悪い知らせですが・・・」
「それは俺から話すよ」
大城さんが挙手をして言った。
「捕らわれている《夜人》の中に・・・どうやらバーサーカーがいるらしい」
バーサーカーとベルセルクは同一のものと考えていい。
両者とも人間がトランス状態に陥ることで理性と引き替えに最大限の戦闘能力を引き出したもの。その一撃は大砲に匹敵し、武器で傷をつけることは不可能な身体になる。
しかし反動で《夜人》化してしまう場合がある。
大城さんがそうであったように。
ベルセルクが熊の毛皮を被るのに対し、バーサーカーは狼の毛皮を被る。
その結果、ベルセルクが破壊力で勝り、バーサーカーは機動力で勝るらしい。
問題なのは、大城さんがベルセルクで相手方がバーサーカーだということだ。
500年前、ベルセルクを戦士として使う国とバーサーカーを戦士として使う国は戦争になった、大国同士の歴史に残る大戦争。
連日連夜続く白兵戦の中、ベルセルクとバーサーカーは大量生産され、戦うことになった。
そして結果的に両国とも滅んだ。
その戦争以降ベルセルクもバーサーカーも生まれていないし、両者が生まれるきっかけとなったのはその戦争だ。
イコール、そのバーサーカーは大城さんにとって敵方の戦士であった者なのだ。
「いやあ、俺はまったく気にしないんだけれどねぇ」
大城さんは苦笑して言う。
「ま、向こうさんがそう思ってる保証はないわな・・・」
涙ちゃんも苦笑だった。
最悪会った瞬間本気の戦闘になってしまう危険性がある。それでは計画が壊れる。
「難易度は上がるけど仕方がない、英蔵君と大城君のポジションを入れ替えよう、いい?」
浅葱さんの赤い目が俺達を見る。
確かにそれしかない、不安ではある、属性云々より戦闘能力において、いや他の様々なことで大城さんのほうが勝っている。
国の中に入る方が危険なのだ。俺の役割は恒人のサポートになる、やりきれるか?いや、やるしかない。
全員が頷いたのを確認してから浅葱さんも頷いた。
「懸念すべき点があるとすれば・・・バーサーカーほどの《夜人》を捕まえられるほどの力を持った人間がいる、ということか」
渋い顔をする浅葱さんに大城さんはやはり苦笑して言った。
「まあストレートな種族だからねぇ、騙し討ちには弱いよ」
「卑怯卑劣は《夜人》狩りのお得意ですからね」
同じくストレートな種族である恒人が顔をしかめた。
最終的な打ち合わせと準備の後、俺と恒人は連れだって洞窟を出た。
「いってらっしゃい」と言われて、「いってきます」と言って出てきた。
当たり前だ、特別な言葉なんて言う必要はない、また此処に帰ってくるのだから。
夕暮れ時の森の中を恒人と並んで、わざと《夜人》の気配をまき散らしながら歩く。
向こうにこちらを見つけてもらわなければいけないのだ。
ちなみにローブは脱いできた、あれ事態が魔力を有した、防御力の高いものだから脱いでおく必要性があった。
「あのローブの特性は防御力だけじゃないんですよね」
黙って歩いているのも変だと思ったのだろう恒人が口を開いた。
「そうなの?」
「動きが誤魔化せるんですよ、相手から読みにくくなる、戦闘向きなんです。濡れると身体に張り付いて動きにくくなるのだけが欠点ですが」
ローブを脱いでいるので恒人はあの露出度が異様に高い格好だった。
お腹と肩と太腿がむきだしである。
「なるほど、ねぇ・・・」
「若干不安にはなりますけど」
「やっぱ俺と組むの不安?」
俺の言葉に恒人は呆れた視線をよこしてきた。
「今はローブの話をしてたんですよ、英蔵さんのことなんて言ってません。どんだけネガティブなんですか・・・」
「ああ、ごめん」
「英蔵さんが俺のことを信じているぐらいには、俺は英蔵さんのことを信じてますよ」
勿体ぶった言い方のわりには無邪気な笑顔で恒人は俺を見る。
「うん、分かった。いや、分かってるんだ・・・」
「ま、封印だけバレないように気をつけていれば、大丈夫ですよ」
封印、涙ちゃんが施してくれた能力値を誤魔化すためのものだ。
俺はともかくとして、恒人がマジックキャンセルを使えることが向こう側に分かってしまえばその力を別種の魔術で封印されてしまうといけないので、保険。
そんな話をしていると数人の人間の気配がした。
お出ましらしい。
わざと捕まらなくてはいけないというのも難しい注文ではあるよな、相手方の技量も分からないことだし。
しかしそこは心配する必要はなかった、相手さんはいきなり投網してきたのだ。
「きゃん!」と恒人がえらく可愛らしい悲鳴を上げたのは演技なのかなんなのか。
魚か猛獣にでもなった気分である、一応の魔術処置が施された網ではあったがその気になれば引きちぎれるレベルのものだった。
慌てる演技とかしてみせたほうがいいのだろうか、とも思ったけれど。相手さんは姿を見せることなく矢を打ち込んできた。
もちろん避けられたけど避けずに、しかし微妙に位置を調節して、刺さっても不具合がない場所で矢を受ける。
二の腕辺りに刺さった矢を見てから恒人を見た、頭を抱えてしゃがんだ状態で短いスカートの上から太腿に矢が刺さっている。
「ツネ?」
声をかけると視線だけで頷かれた、大丈夫らしい。
矢に意識を失うタイプの魔術が施されていたらしく、だんだん意識が遠くなる。
さて、目覚めた時にどうなっているのか、考えてみたらとんでもない博打だな、これ。
この計画を組むにあたって浅葱さんは何度も、時に優しく時に厳しく恒人に聞いていた。
「大丈夫なのか」と。
かつて《夜人》狩りに5年間捕らわれていた、そしてそれが心の傷になっている恒人に、わざと《夜人》狩りに捕まれという計画なのだ。
大城さんは反対していたし、涙ちゃんも反対していた。
恒人は強固に「大丈夫だ」と言って、最終的に二人が折れる形でこの計画を遂行することになった。
俺は・・・俺は反対も賛成もできなかった。
基本的に恒人の「大丈夫」はあまり当てにならないけれど、さすがに今回ばかりは真剣に考えた結果なのだろうし、だとしたら俺に反対する理由もない、浅葱さんにしても確実に無理な計画であるなら提案したりしないだろう。
−英蔵君は、なにがあったか見てないから!
涙ちゃんに言われた言葉を思い出す、言った直後に平謝りされたけれど、確かに俺はその時のことを知らない。
様々な経験をしたみんなの中でもそれはトップランクで忌まわしい記憶であるようだった。
俺は知らない、知りようがない。知ったところでなにもできない。
ここのところうなされていた恒人を見れば、やはり未だに振り切ることができない過去なのは分かる、分かるけれどそこまでだ。
ただその時初めて聞かされたのは、浅葱さんに助け出されてから今の状態に戻るまで1年かかったということ。
回復力の高い《夜人》には異常と言っていい長さだ。
ぎりぎりで入れ替わることになった大城さんと俺の役割、一切のミスは許されない、なにがなんでも恒人を守りきらなくてはいけない(たしかに属性を抜いても大城さん向きのポジションではある、『守る』という精神性が大城さんはとても高い)。
そして、涙ちゃんの生まれた場所をこれ以上汚させてはいけない。
目が覚めると牢屋の中だった、かろうじて立てる、かろうじて身を横たえられるほどの狭い牢屋。
「ツネ?」
呼びかけてみるが返事はない、立ち上がって鉄柵の前に移動してもう一度大きな声で呼ぶ。
「ツネ!?」
のぞいて見ると、地下牢らしく見張りらしき兵士が数人トランプに興じていた。
「お前の連れか?」
そう問いかけて来たのは一人、壁に寄りかかっていた中年の兵士だった。
「そうだ、どこにいる!?」
「・・・此処にはいない」
「じゃあどこにいるんだよ!?」
「反対側だ、あまり深くは教えられん」
いきなり分断されたか、予想外だ。いや、予想しておけそれぐらい。
綿密なようでいて雑な計画である。
まあなんとかなるから詰めなかった部分なのだけれど。
ああ、そうだ・・・演技しなければいけないのだった。知らないフリを、なんで捕まったのか分からないフリをしなければいけないのだ。
正直苦手なのだが。
「なんのつもりだよ、てめえら・・・」
「明日になれば説明があるだろう」
兵士はそう言って哀れむような顔で俺を見た。
「生きてお前の連れに会える可能性はもうないかもしれないがな」
もちろんわざと捕まった身である以上、その言葉にダメージを受けたわけではないが嫌な台詞だ。
トランプに興じていた兵士の一人が顔を上げた、こちらはぐっと若い。
「しかし良いのを捕まえて来たじゃないか、人型のほうが盛り上がるってものだろう」
「ああ!?」
思わずすごんでみたが、捕らわれている俺を安全だと思っているらしく若い兵士は笑いながら言う。事実、今の俺にどうこうする手だてはないのだけれど。
「化け物同士の戦いも盛り上がるけど、やっぱり人型の《夜人》がぶっ殺されるところ観衆は見たいからな。見目が綺麗なやつだとなお良い。逃がしたのは惜しかったよ、この間の・・・なんだっけ、あの緑の髪の《夜人》」
他の兵士達も同意の声を上げて笑う。
生きたまま焼かれたドリアードのことを言っているらしい。
「いや、もう一人のほうすげぇ綺麗だったぜ、見てきたもん、俺」
「本当か?男だって聞いてたけど・・・」
「男だけどかなり綺麗なヤツなんだよ、アレが出たら盛り上がるぞ」
「それならあっちの見張りがよかったけどな」
「手を出すのは禁止だっての」
「最終的には同じことじゃねぇかよ」
下卑た笑い声を上げている兵士達を見て、今すぐこの檻をぶち壊し、叩きのめしてやろうかと思ったけれど・・・この国そのものの結界を考えれば無理だし、計画の意味がなくなる。
「てめぇら・・・ツネになにかしたら殺すぞ」
こちらは半ば本気で放った言葉ではあったが、やはり安全だと思っているのか笑いを煽っただけだった。
あの中年の兵士はやはり哀れんだ顔で俺を見ている。
「・・・・・・」
意識を飛ばして周囲の気配を探ってみる、無数の《夜人》の気配がして、ずっと遠くのほうに恒人の気配を感じた。
なんら乱れている様子はない、とりあえずは大丈夫だ。
さらに集中して他にどんな《夜人》がいるのか探ろうかとしたが、さすがにそこまでは分からない、恒人だったら分かるかもしれないが。
とにかく恒人の気配が安定している以上、安心していいか。
分断されてしまったので、互いの無事の確認しかできない。
いや、仮に異常を察知したとしてもできることはない、か。
一応、国の外から浅葱さんも様子を窺っていてくれているのだから、俺がやきもきしてもしかたないことではある(ちなみに俺か恒人になにかあったら即座に『最終手段』発動となる)。
がつん。と衝撃が来た。物理的な物ではなく、どうやら恒人が気配を波動代わりにぶっ飛ばしてきたらしい。器用なことをしてくれる、俺の迷いが伝わったので渇を入れるつもりなのだろう。
おかげで気分が持ち直した、狭い牢屋で腰を下し明日のために休むことにした。
此処は闘技場の地下で、こちら側は西チームで恒人がいる向こう側が東チーム。それぞれに7人の《夜人》が待機(捕らえられて)していて、総当たり戦を行う。
相手を殺してもいいし、降参させても勝ち。
東西に分かれているので一人当たりの試合数は5回、但し、死者が出る場合もあるので必ず5回とは限らない。
30戦連続勝ち抜きすれば解放してもらえる(さすがに嘘だろうけれど)。
というのが翌朝言われた説明だった。
とりあえず本日は総当たりで、面子を入れ替えたりして連日試合は行われるらしい。
此処にいる14人の他にも捕らわれている《夜人》はいる、だとか。
どちらにしても涙ちゃんが外の結界を解除したブレに乗じてこの国に張られている結界基盤ににマジックキャンセルをかければチェックメイト。
そして外から俯瞰してその位置は分かっている、この闘技場の中、国王席の真ん前にそれはある。それを強制的に無効化する。
しかし総当たり戦とは都合が良い。
もう一つやるべきことは、同じく捕らえられている《夜人》の協力を仰ぎ、扇動することだ。その時にできれば黙ってこの国を去るように頼むつもりでもある。
まあ後のは「できれば」だ。
好戦的な種族もいれば、そもそもコミュニケーションが取りづらい種族、プライドが異様に高い種族もいる。
博愛主義のヴァンパイアも平和的なベルセルクも、戦い嫌いな人狼・・・まあ俺は半端だから例外だが、そもそも希有なのだ。
恒人だって好戦的な種族でもなければ性格でもない。
涙ちゃんはそもそも例外中の例外な存在だ。
よく考えればミヤ君や逹瑯君に指摘された通り変な集まりだ。
《夜人》図鑑なるものが作られたらそこに書かれる説明に俺達は当てはまらないだろう、それを言えば親友同士のクドラクとクルースニクなんてなんの冗談だって話になるけどな。
俺を人狼にした人狼が「らしい」といえば「らしい」のか、知能派ではあったみたいだけれど。
少し前まで人間であった俺が言うのも変だが、人間の技術発展というものは素晴らしいものがある、だからこそ・・・なんでこんな無駄なことに使うんだと呆れてしまった。
闘技場の観客席に人間が集まりだし、声やら振動やらでうるさくてしかたがないと思っていたら、あの中年の兵士が闘技の開始を告げてきた。
すると、牢屋の天井が開き、床が迫り上がりだしたのだ。
どういう仕組みになっているのか、魔術は関知できなかったから人力なのだろうけど、どうなっているのか想像もつかない。
床が上まで達して、地上と並ぶと洞窟みたいな石煉瓦で作られた通路の中。
光が漏れている方へ行け、と言われたか。
そして外へ出ると、力を封じる物がなくなった。なるほど戦わせたいのなら力を封じたままでは都合が悪かろう、そしてそのシステム上、人間が《夜人》を地上へ移動させるわけにはいかないのだ。
・・・まったく、この技術をもっと有効に使えよなぁ。
とりあえず、光の方へ歩いて外に出る。花道があってそれは円形のステージへ続いていた。崖の上から見たときは分からなかったがステージの下は針山だった。
鉄の刃が等間隔で並んでいる、落ちたら痛いじゃすむまい、いくら《夜人》でも下手をすれば死ぬ。
いや、耐久力の高い《夜人》であればあるほど、地獄の苦しみを味わう羽目になるだろう、考えてみれば耐久力の高さ、生命力の強さは状況においては最悪だ、全身を串刺しにされても死ねないなんてまさに地獄だろう。
深く刺さってしまえば容易に抜け出すことすらできまい。通常のものでは傷を負うことすらない涙ちゃんならばともかく、そして浅葱さんなら霧に変身して逃げられるだろうけれど、俺や恒人や大城さんなら此処に落下したら成す術がないかもしれない。
過去に落ちた者がいるのだろう、一部血で汚れている刃もあった。
悪趣味だ、悪趣味の極みだ。
存分に胸くそ悪い気分で周囲を見渡す。観客席を埋め尽くす人の群れ、老若男女問わず割れんばかりの歓声を上げている。
・・・恒人は大丈夫か?この状況に耐えられるのか?
しかしもう進み出してしまったのだから止めようがない、やると言ったことは何が何でもやる子なので信じよう。
これも崖上から見下ろした時に分かっていたけれど、観客席側には別種の侵入を封じるタイプの結界が張られている、地下があることも分かっていたのでこちらの対処法は考えてある・・・というより牢屋が地下にあるというのは都合がいい。
北側の上部にある国王席を見る、豪奢な椅子に腰掛けているのは幼さの残る王女だった。
美女というよりは美少女で気怠げにステージを見下ろしている。
この馬鹿馬鹿しい遊技を始めた張本人、なんの意図があったのか、あるいは気まぐれの遊びか、考えていてもしかたがないので思考を切り替える。
さて、対戦相手とやらはどんな《夜人》だろうか。
最低でも言葉が通じるとありがたいのだけれど。
視線を前にやると反対側の花道から木が歩いてくるところだった。
「・・・・・・」
どこからどう見ても木である、2メートルほどの木。
俺はステージまで歩み出て、同じくステージにやってきた木を見た。
喋れるのか?
いや、そもそも口はどこだ?
それを言ったら耳はどこだ?
戦闘開始の合図である銅鑼の音が響き渡った。
落ち着け、此処まで歩いてきたということは最低限の知性はあるはずだ。
(どうも、こんにちは)と心の中で、しかし木に向かって飛ばすようにそう言ってみた。
俺の方へ向かってこようとしていた木は足(?)を止め、こんにちは、話しかけてくる相手がいるだなんて珍しいな。とでも言うように幹を変形させた。
コミュニケートは可能らしい。
私はジュボッコという種族の《夜人》だよ、人狼モドキさん。とまた幹を変形させた。
俺達が黙って突っ立っているからだろう、客席からブーイングが起こる。
長らく生きていたと思ったら人間に捕らわれ、こんなことをさせられているだなんて実に嘆かわしいと思わないか、人狼モドキさん。
(まったくです・・・)
心の中でそう返しながら俺はゆっくりと、様子を窺っているように見えるよう歩き出す。
ええ、本当に嘆かわしい、しかしながら脱出方法がない以上、戦うより他はないのだよ、私とて死にたくはないからね。おかしな話だ、私は人間も食すが、考えてみれば『食料』に捕まって意に反した戦いをさせられているのだから。
とでも言うようにジュボッコは幹を変形させた。
いや、これ本当にコミュニケートできてるんだよな?俺の妄想じゃなく?
(脱出方法がある、といえばどうしますか?)
ジュボッコは驚いたように幹を変形させた。
(そもそも俺達はそのために来たんですよ、脱出方法はあります)
おやおや、だとしたらまさに天の助けと言いたいところだけれど、私を油断させるための罠だという可能性はどうやったら消せるんだい?
とジュボッコは疑わしげに幹を変形させた。
だよな、普通それを疑うよなぁ。
いや、今・・・『俺達』と言いったかい?もしかすると昨日捕まった《夜人》、私と同じ東側の牢屋に捕らえられていた霊狐は貴方のお仲間か?人狼モドキ。
(ええ、仲間ですよ・・・)
ならば話は別だよ、人狼モドキ。
とでも言うようにジュボッコは幹を変形させた。
ふふ、霊狐が嘘をつくわけがないから、霊狐の仲間たる貴方もまた嘘はつかないでしょう人狼モドキ。霊狐は不誠実を嫌うからね。私は同郷だからよく知っているよ、いやいや船ごとこんな遠い異国まで運ばれて、同郷の《夜人》を見つけたと嬉しいかぎりだったが、状況的にはなんて悲しいことだろうと思ったんだよ。霊狐はすぐ人に懐いてすぐ騙される愛すべき種族だからね。
そう言うように幹を変形させるジュボッコ。その内容はひやりとさせられるものではあったけれど、どうやら納得してくれたようだ。
しかし良くも悪くも霊狐(恒人は正式には空孤だけれど)というのは評判が良いらしい。
ドジっ子萌えというかドジっ狐萌え、といったところだろうか。
これ恒人に言ったら絶対、鎖骨をぐーで殴られるな。
しかし、しかしだよ、人狼モドキ。
と言うようにジュボッコは可笑しそうに幹を変形させた。
この闘技場のルールは聞いているだろう?見ての通り私は人間に言葉が通じないから『降参』を表明することができないのだよ、どちらも死なずに済ませようと思うならば貴方が『降参』を表明してくれないとね、人狼モドキ。
(ああ、それはまったくかまいませんけど)
総当たり戦なのだ、勝たなければいけない理由もない。
しかし、しかしですねぇ。『降参』を表明して負けた場合、ジャッジするのは観客だよ。敗者の末路は観客が決める、しらけたことをすれば『降参』表明後即殺されるなんてことになってしまう。
ジュボッコはやはり可笑しそうに幹を変形させた。
つまりこれから私と貴方はスリルあるバトルごっこをしなくてはいけないんだよ、楽しいじゃないか、人狼モドキ。
(・・・まあ、そうなりますよね)
気乗りはしないがしかたあるまい。今は何もできない囚われの身を演じなくてはいけないのだ。
ちなみにこの『バトル好きのジュボッコ』というキャラクター、後に恒人のツボに入りことあるごとに思い出しては笑い転げるという素敵な位置づけになる。
『博愛主義のヴァンパイア』並みに笑えることらしい。
形式ばかりの戦いを終え、適当なところで『降参』を表明して、俺は再び地下牢へ戻された。
やれやれである。
形式とはいえ『降参』なので全身ぼこぼこだった。
しかしあのジュボッコは強さが半端ではなかったので、話し合いができてよかった。
また別の試合が始まったらしく歓声が地下まで響いている。
恒人ではないようなので俺は気配を探るのをやめ、回復に専念した。
今、見張りはあの中年兵士だけだった。
例の宗教の教義が書かれた本を読んでいる。ずいぶん読み込んでいるらしく本は傷んでいた。
「なあ、なんでこんなことをするんだ?」
そう声をかけると、兵士は顔を上げて俺を見た、やはりどこか哀れんだ顔で。
でもそれは対等な者へ向けられた風ではなく、これから食肉にされる家畜を見る目だった。
「・・・見ればわかる通り、只の娯楽だ」
「娯楽、ね・・・そういえば人型の方が盛り上がるとかなんとか言ってたな、昨日」
「ああ、人型の《夜人》が派手に殺された時が一番盛り上がる・・・俺は《夜人》の感覚など分からないし、今こうして話していたってお前と『話している』なんて気分にはならないけれど、人間は残虐性を持ち合わせた生き物なんだと思う、だからこうした息抜き娯楽なんかが平然と行われている」
「アンタは?アンタはこんなもん見て楽しいのかよ」
「好んで見ようとも思わないが・・・見ればやはり興奮するものが不思議とあるな。特に見目が綺麗な《夜人》が残虐に殺される姿を見ると、妙な爽快感すら感じる」
「アンタら歪んでるよ、歪んでる」
「そうだ、歪んでる。《夜人》は創造主の意に反する存在だから滅してもかまわないと教義には書かれているけれど、こんな娯楽にする必要性はないと、そう思う・・・しかし国民の多くがこの娯楽を望んで、楽しんでいるんだ」
話が通じているようでいて、まったく通じていない感触だった。
やはりあの宗教の影響か、この男もまた《夜人》を別種と見なしているらしい。
殺しても罪悪感などない、爽快感すらある存在。
害獣であることに変わりはないが、生き物だからせめて安楽に死なせてやったほうがいいという考えが言葉の裏にある。
平行線ですらない会話だった、認識すらされていないのだから。
「ところで、お前と一緒にいた《夜人》はなんなんだ?」
「なに、というのは・・・?」
「いや・・・昨日妙なことを言っていたじゃないか、何かしたら殺すだとかなんとか・・・」
兵士が心底怪訝そうだったので、俺は一瞬間の抜けた顔を返してしまった。
「当たり前だろうが・・・家族に手を出されれば、《夜人》どころか獣だって怒るだろ?」
『家族』ごく自然にその言葉を選択して、俺は兵士を見る。
「家族?」
「そうだ、血の繋がりはないけれど、大切な家族なんだ」
兵士は驚きに顔を歪め俺を見る。
なにをそんなに驚いているんだと俺も驚く、試合が終わったのか歓声が地下を揺らした。
例の宗教が言う『創造主』ではなく、人間から『神』と呼ばれる《夜人》がいる。
恒人の師匠である『ウカミー師匠』もその部類だ。
彼らは人間からの『信仰心』を糧として力を得るタイプの《夜人》なのだ。
畏れ敬われる心を主食とし、生きる。
畏れ敬われるにはそれだけの力が必要なので『神』と呼ばれる《夜人》はみな須らく、超高位クラスの《夜人》だ。天候を操れるだとか、そういった能力を持った《夜人》。
しかし、どんな《夜人》も、いや人間だって・・・「信頼されている」というのはかなりの力になるのではないだろうか。
精神的なものではあるけれど、背中を押し、支えてくれる存在がいるだけで、持てる力を存分に発揮できる。
直前で大城さんとポジションを交代することになったわけではあるが、そもそも俺に荷が重い役割ならば浅葱さんが提案するわけはないし、そうでなくても誰かが止めただろう。
俺にはこの役割を担うだけの力量があると認められて、信じられている。
大城さん向きのポジションではあったが俺にもできる。
「と、テンション上げて行こうか・・・」
本日第二戦である。気配を探る限り恒人も無事。
交渉術においては恒人のほうが上だし、あのジュボッコの発言を聞く限り霊狐という種族は信頼されているようだ。
交渉の余地がない相手というのももちろんいるだろうけれど・・・
再びせり上がった床が地上に着くのを待って俺はステージへと歩き出す。
ステージに到着し、相手を見て何となく気が抜けてしまった。
大城さんそっくりだ。
見た目は違う、引き締まった身体と精悍な顔立ちという点では共通しているが、さほど似ているわけではない。
燃えるような赤毛の彼は、まるで他の色を憎んでいるかのように服もなにもかも徹底して赤色だった。
赤いツナギに赤いブーツ、耳だれの付いた赤い帽子に赤いゴーグル、アクセサリーにいたるまで赤。
しかし気配は大城さんそっくりだった、目を閉じていたら間違えてしまいそうなほどに似ていた。
そうか、この人がバーサーカーか。
二回目で当たるとは。
「愉快やなぁ」とバーサーカーは涙ちゃんと同じイントネーションで言った。
「えらい変なのが出てきたわ、人狼なのに人狼じゃないなお前・・・」
「まあ、色々と事情がありまして」
話せば長いのでそんな風に誤魔化し、銅鑼が鳴る前にとっかかりだけつけておく。
「それで、なんですが・・・俺は此処を脱出する方法を知っています、バーサーカーさん」
試合開始の銅鑼が鳴り響いた。
バーサーカーは怪訝そうに顔を歪めたまま動かなかった。ポケットから手を出してすらいなかったけれど、彼が大城さんと同種ならばどんな体勢でもそれは戦闘態勢なのでうかつに近寄るようなまねはできない。
「俺、堕威って言うねん」
そしていきなり名乗られた。
「バーサーカーってなんか響きが間抜けで気に入らんのや、なんで音引き三つもあんねん、間延びしすぎやろっちゅー話や。言いにくいし、ベルセルクのほうがよほどカッコいいわ。言い替えたら同じ『狂戦士』やのに呼ばれる度に貧乏くじ引いた気分になる」
「はあ・・・」
にこにこと人のよい笑みを浮かべて堕威さんは言う。この頼れる兄貴分みたいな空気も大城さんに通じるものがあるけれど、それはたぶん、種族の関係ではない。
「つーか人が名乗ってんやからそっちも名乗らんかい!」
今度は怒られた、短気な人だった。
「・・・英蔵です」
「ん?なんかつい最近その名前を聞いたような・・・」
堕威さんが首を傾げていると、戦いを始めない俺たちに焦れたのだろう、観客席からブーイングが巻き起こった。
「話があるんですけど、戦うフリしながら聞いてもらえませんか?」
「ん、ええで」
堕威さんが承諾して、形式だけのバトルスタートだった。
形式でよかった。堕威さんはポケットに手を突っこんだまま、左足だけで応戦している。対して俺は半ば本気で撃ち込んでいるのだけれど全て軽くあしらわれていた。
大城さんと同種ならさもありなん。本気で戦っていたら1分持たなかっただろう。
狂戦士、戦うための種族。
「あ、そうかそうか!昨日の夜捕まった子が口にしてた名前か!『英蔵さん』って!どっかで聞いたことあるはずや、あの霊狐ちゃんね!」
「ツネの姿見たんですか?」
ジュボッコに続いて堕威さんまで恒人を『霊狐』と認定していたのが不思議でそう聞いてみた。
「見た、連れてこられた時にな。一番奥の牢屋やったし。えらい可愛い子が来たなぁと思って。つーか声聞くまで女の子だとばかり思っとったんやけど、あの子なんであんなファッションなん?英蔵君の趣味?」
「いやいや、違いますよ!?」
あれはどちらかといえば涙ちゃんと浅葱さんの趣味なのだ。そして全身真っ赤っかの人からファッションに関する突っ込みを入れられるのはなんとなく心外だ。あつらえたように赤が似合ってはいるけれど。
「あんな過激な格好はよくないと思うで?いらん刺激を与えるやろ」
「いらん刺激ってなんですか・・・」
「男はみんな狼ですって言うやん、って人狼に言ったらなんや俺がギャク言ったっぽくなった!」
「・・・いや、ツネも男なんで」
なんで楽しく雑談しているんだ、地味にあちこちに蹴りが入っていて痛いのだが。
俺たちからすれば組み手のようなものだけれど人間から見れば立派な人外バトルであるため歓声がうるさいほど響いている。
「んで、なんやったっけ?脱出方法知ってるって?」
「はい、というかそのためにわざと捕まったんですよね、準備は万端ですよ」
「ふぅん、ってことは英蔵君とあの霊狐以外にも仲間はおるんやな」
堕威さんの踵落としを避けつつ俺は頷いた、魔術で強化されている石のステージが少し抉れる。
「いますよ」
「・・・誰?」
少し迷ったけれど、一応有名人である浅葱さんの名前だけ出すことにした。
「サクスブルー・ダークローズ・アンチアーレス・・・さんです」
堕威さんは驚いたように目を見開く。
「ああ、あのあっちこっちで甚大な被害を巻き起こしている《夜人》をぎったんぎったんにして、絡んでくる《夜人》狩りを叩き伏せ、各所で畏れられてる、灼熱と狂熱と焦熱のヴァンパイアさん?」
尾ひれがついてる!尾ひれがついている上に、知らぬ間に浅葱さんの二つ名が長くなっていた。ちなみに「○○と〜」系の二つ名は付属する言葉が多いほど良いらしい。
しかし俺達、そんな評価を受けていたのかよ・・・
「一部事実と違う点がありましたが、そうです」
堕威さんの回し蹴りが飛んできたので前転で避ける、髪の毛が数本切れて舞う。
俺が繰り出した拳をブーツの底で受け止めて堕威さんは笑った。
「実は俺も目的があってわざと捕まったんやけどな。いざ捕まってみたら脱出方法がなくて困ってたところなんや」
「・・・・・・」
「いやあ、気合いでなんとかなるかなぁと思ったけど、案外結界が強固やし、そもそも俺、結界解除する方法なんも知らんかったって捕まってから気づいたわ、まいったまいった!」
・・・爽やかに馬鹿だ!この人!どんだけ猪突猛進なんだよ!
「まあええわ、お前の話に乗ったる。で、ものは相談なんやけど」
「なんでしょうか?」
「後であの霊狐ちゃん紹介してくれへん?俺の知り合いにショタっけがある奴がおんねん、まあ本人は否定してるけどな」
「・・・それは全力でお断りします」
ごんっ!と俺の真横のステージが堕威さんの蹴りで抉れる。
「冗談や。こっちの目的を邪魔しないでくれたらそれでいい」
「目的ってなんですか?」
「密命やから秘密や」
「・・・分かりました」
「そ、なら契約成立やな」
にっと人のよい笑みを浮かべたと思ったら脇腹を蹴り飛ばされた、衝撃と共に身体が横に舞ってステージぎりぎりに落下する。
真下に刃の山。俺はさっさと降参を表明した。
二回連続降参負けということで、観客は少々不満だったらしいが、俺は元の地下牢へ戻された。
「命乞い」とやらをするはめになったのでプライドは甚く傷ついたがしかたあるまい。
三度目はないかもしれないから手段を変えた方がいいだろう。
あの兵士の言葉から推察するに観客は『殺される』場面が見たいのだ、それも派手に残虐に《夜人》が死ぬシーンが見たいのだ、人型のほうが楽しいというのは(それも見目が良いのがいいというのは)全く理解不能だけれど。
身体を確認すると肋骨が二本外れていた、あの蹴りはかなり計算されて放たれたものらしい。
《夜人》の回復力の高さは体質であり能力ではないので此処でも制限はされていない、治りは早いだろう。
しかし、あくまで本気のバトルではなかったとはいえ全て片足であしらわれたとは堕威さんが強すぎるのか、俺が弱いのか。
戦闘技術については大城さんにけっこう鍛えられたのだけれど。
大城さんの性格上、言葉でなくひたすら身体に叩き込む教育方法で自信もついていたのに、これは凹む。
そういえばバーサーカーって属性はなにになるんだ?それを聞くのを忘れていた・・・
また地上から歓声が響く、気配で分かった、恒人がステージに出ている。
相手は誰だ、獣系の気配はするけれど、詳しくは分からない。
歓声で地下が揺れるほど、見目がいい人型が盛り上がるというのであれば恒人は条件を満たしている、とても嫌な気分だ、これからあと何年生きても、この嫌な気分はトップランクに入るであろうぐらい最悪の気分だ。
自分の『家族』が大勢の人に殺されるのを心待ちにされている状況なんて最悪以外のなにものでもない。
「コロセ」というシュプレヒコールが響き渡る。
しかし、それでも・・・人に囲まれることを苦手とするはずの恒人の気配は少しも揺らいでいない。
平常心のままだ。
つくづく強い子だ。
だからこそほおっておけないのだけれど。
ああ、でも、この立場は辛いなぁ。
手を貸せないのは辛いな。
声をかけてやれないのは辛いな。
姿を見せられないのは辛いな。
俺がステージで戦っている時、恒人はこんな気分だったのか。
泣けてくる。
しばらくすると、大勢の人間が落胆する声が聞こえた、恒人の気配は揺らいでいない。終了を告げる銅鑼の音が響く。
恒人が勝ったのだろう、長い間止めていたみたいに苦しい息を吐いて俺は全身の力を抜いた。
「所詮、世界中のどこを探しても正義と悪の戦いなんてないんだよね」
回想する、珍しく浅葱さんと二人きりで話した時のことを。
月の明るい夜だった。涙ちゃんと恒人が川へ水浴びに行って、大城さんが見張りとして着いていったので俺と浅葱さんだけが馬車に残っていたのだ。
「ない、ですか」
「うん。そんなに世界は単純じゃないし、そもそも正義や悪ってなにを基準に判断すればいいのか分からないしね。それでも自分がやっていることは正しいと思っているからこそやるんだろうけれど」
「確かに、自分は『悪』だということを行動理念にしているのは稀有かもしれませんね」
「探せばいるんだろうし、正義だ悪だなんて考えない人もけっこういるんだろうけれど。つまるところ戦いって正義対正義なんだよね、だから俺達も見方を変えれば『悪』になる。勝った方が正義って言葉はあまり好きではないけど・・・でも生き残った人は正しいのかもしれない」
「生き残れば正しい?」
「だって、命を捨てて貫く正義もなければ、命を捨てて守れるものもないんだから。だから・・・己が信念を貫きたいのなら何が何でも生き残ることが大切だと俺は思う」
地上から群衆たちの声が響く、明らかに焦れた声が響き渡る。
俺と恒人で話をつけたせいで、本日の死亡者は2名。難しいところだった、総当たり戦である関係上、交渉が成立した相手が他の対戦相手に殺されてしまった可能性もあるのだ。
そして一度だけ冷やりとする場面があった、恒人がステージに出ている時に集中して気配を探っていたら、恒人の気配が大きく揺れたのだ、地下にいても耳が痛くなるほどの歓声の中、必死で気配を探り続けていると、明らかに異常事態が起こっている。
しかしすぐに持ち直し、観客の落胆の声が聞こえた。あれは本当に肝が冷えた。
向こう側から一人死者が出たため次の4戦目が最終戦で恒人と当たることになるけれど、そろそろ涙ちゃんの結界解除が終わるので適当に乗り切れば良い。
外部結界が解除された混乱に乗じて行動を起こす。
ブーイングと足を踏み鳴らす音で地下は壊れそうだった。
彼らはこの娯楽を「正しい」と思っているのだろうか、宗教の教義とやらで?《夜人》はどう扱ってもいい存在だと思って?
それとも、なにも考えていないのか・・・
そんなことをぼんやり思っているとあの中年兵士が声をかけてきた。
「なんのつもりで相手を殺さないのかは知らないが・・・『家族』だとか言っていたよな?」
「・・・ええ」
「《夜人》が他を大切に思っているなんて初めて知ったし、今だ信じられない」
何が言いたいんだと顔をしかめると、兵士は躊躇の混じった声で言った。
「本当に大切なら・・・この対戦で殺してやれ」
「は?」
「貴族連中には妙な癖の持ち主もいてな、この闘技場で見て気に入った《夜人》がいると買い上げて、連れていく、意味は分かるか?」
「・・・毛色の違うペット、ってことかよ」
「そういうことだ。死んだ方がマシな扱いを受けることになるぞ、既に目をつけられている」
おもわず侮蔑の視線を投げてから、この兵士が悪いわけではないことに気づいてやめた。
むしろ親切にしてくれたと捉えてもいいだろう、《夜人》相手に親切心を見せた。
「これはな、俺の尊敬してる子が言っていたんだけど『死んだ方がマシな状況でも死ぬよりはマシなもの』らしいぜ」
ゆっくりと床がせりあがっていく、兵士は困惑した顔で俺を見ていた。
あの言葉を言ったのは他ならぬ恒人だ。かつて本当に『死んだ方がマシ』の場所にいた子が言うのだから説得力がある。
それでも・・・地上に着いたところで俺は思った。
計画でなく、脱出の手立てもなく、今の状況に陥っていたら、俺はあの言葉に揺らいだだろうな、と。
『殺してやる』なんてことはないにしても、迷いを持つだろう。
そして、気づく。疑問が一つ解ける。
能力制限が徹底しているとしても、何故「保険」をかけておこうとしなかったのか、俺がすごんでみせた時に何故あれを言わなかったのか。
どうして恒人を「人質」扱いにしなかったのか。
そうすればもっとスムーズに要求を飲ませられたはずじゃないのか。
相手を殺さない戦闘方法が不満なら恒人を縦にして、対戦相手を殺すよう俺に言えばよかったのに。
そこまでの残虐さは持ち合わせていないのかと思ったけれど、どうやらそれは好意的解釈すぎたらしい。
この国の人間は《夜人》をまったく理解していないのだ、人間と同じように人質が有効に働くだなんて思いもしていないのだ。
そして思う、いったいどれだけの《夜人》が此処で様々な思いを抱き、ステージへと向かって行ったのかと、自由を得るためか、しかたなく、どうしようもなくか、俺のように仲間と一緒に捕えられた者がいたのなら、胸が張り裂けんばかりの気持ちでこの道を歩いたのだろう。殺す恐怖を抱いて、殺される恐怖を抱いて、それを楽しむ観衆を憎んで、人間を憎んで、何人も何人も無念のうちに死んでいっただろう。
己が身を引き裂かれ、血を撒き散らし死にゆく様を熱狂し見ている人間を殺したいほど憎んだだろう。
あの兵士が言った内容を信じるならば、現在進行形で人間に飼われている《夜人》もいる。
それにしても、《夜人》と人間が共に平和に生きる世界を望んだオリバー・レイ伯爵が住んでいた場所に、対極の施設が建つとは皮肉な話だ。涙ちゃんはそれをとても悲しんで怒っていた。
ステージについた、向かいに恒人が立っている。
両側で結っていた髪は半端にほどけて乱れ、艶を失っていた。顔にも痣があり、お腹の辺りが火傷でもしたように爛れていた、ところどころ服は破けて血が滲んでいる。
見事にズタボロだった、俺も似たようなものではあったけれど、俺よりずっとズタボロだ。
硬い表情は俺を見ると緩んでにっこりと笑った。
「英蔵さん、なかなか男前になりましたねぇ」
「ああ、恒人も一段と男前に見えるよ」
なんだかずいぶんと長い間離れていたように思えた。
今すぐにでも頭を撫でたい衝動にかられたが、それはもう少しお預けだ。
「大丈夫?」
「だいじょーぶですよ。大概のことは気合いでなんとかできますから」
・・・堕威さんと会わせたら、案外気が合うんじゃないか?
「一回、なにかあったでしょ?」
「ああ、相手がニーズヘッグだったんですよ。正確にはニーズヘッグの仲間ですが・・・まったくあんなものを捕まえて来れるエネルギーがあるならもっと有効利用してほしいところです」
「ニーズヘッグ?」
「まあデカイ蛇ですよ。『嘲笑する虐殺者』なんて異名があるぐらいの種族なんで、むしろ此処で《夜人》殺しまくれることを喜んでいるようでした・・・」
「危なかった?」
「丸呑みにされてしまいました」
その言葉に一瞬絶句してから「はいぃぃい!?」と俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。
こんな状況だというのに恒人はそれに吹き出して笑う。
「笑いごとじゃねぇよ・・・」
「ものの見事にごっくんされてしまいました、相手さんの食道が広くて助かりましたよ、死ぬかと思いました」
「ああ、うん。ツネ細いもんね」
「人を麺類みたいに言わないで下さい。まあ、仕方がないんでお腹切り裂いて出てきました」
まあ相手方が死んだのは気配で分かってはいたけれど、逆にその場面を見ていたらショックで心臓が止まりかねないような状況だ。
「生まれ変わった気分です」
「そんな経験ギャグにしてんじゃねぇよ・・・」
「二度とごめんですね、胃酸で身体がちょっと溶けたんで」
そのお腹の傷はその時のものか。
「怖かったでしょ」
「・・・いえ、別に」
「素直じゃないんだから、ツネは」
べーっと赤い舌を出して恒人は笑う。
銅鑼の音が響き渡った。
ふと、ミヤ君と逹瑯君のことを思い出した、宿命の鎖によって本気で、でも楽しく殺し合った二人を。
改めてやっぱり辛かったんだろうなと、そう思った。
地面を蹴って飛び上がり、恒人が全力の一割ぐらいのスピードで回し蹴りを入れてきたのを受け止めた、恒人の攻撃はさほど威力がないので受け止めた方が確実なのだ。
まあ全力のスピードを出されたら反応しきれない可能性の方が高いけれど。
ちなみに大城さんの攻撃なんてガードごとぶち抜かれるので避けなければいけない、それが頭にあったから堕威さんの攻撃はひたすら避けていたのだが。
恒人は俺の肩を踏み台にして後ろへ飛んで回り込む、俺は身体を回転させる勢いで拳を叩き込んだがさすがに早い、一足飛びで既に反対側へ移っている。
そこへハイキックが飛んできたのでその足首を掴んだ。恒人は少し不愉快そうな顔をしてから言う。
「どうやらこの国に《夜人》狩りは二人しかいないようです」
「二人!?」
「ええ、それも《夜人》狩りというより魔術師に近いタイプですね。此処の結界を張ったり《夜人》を捕獲する用の道具を作ったりした者が一人、それと所謂『正体を見抜く』タイプの者が一人、それだけです」
拍子抜けしてしまった、あのフローライトのようなとんでもないのがいるかと思ったのに。
作戦勝ちというか、システム勝ちというか、まるっきり身の丈に合わないことをやっているということか。
まあ結界の強さだけは涙ちゃんも誉めてたから魔術師としてのレベルは高いのかもしれないけれど。
そこまで言うと恒人は身体を捻り、片足を俺に掴まれたままの状態で空いた足で鳩尾に蹴りを入れてきた。
綺麗に決まった。正直痛い、というか本気で蹴らなかったか、今。
そのままバク転して俺から距離を取ると小さくため息をついた。
「あまり愉快な気持ちではありませんねぇ・・・」
「同感、涙ちゃん達まだかなぁ」
観衆の声でステージまで揺れそうだった、声を揃えて「コロセ」と叫んでいる。
「しかたありません、もうしばらく続けましょう」
「・・・だね」
まあ恒人とも戦闘訓練はするから慣れたものではあるけれど、見世物じゃない。
今度は俺の方から攻撃を仕掛ける、もちろん手加減はするけれど、素早い恒人の動きを捕捉するのは容易ではない。
全部簡単に避けられてしまう、となると力技だな・・・毎度のことながら。
飛んできたハイキックを再び捕まえ、力一杯引いてバランスを崩したところを突き倒して馬乗りになった。
普段の訓練ならこれで勝負ありなんだけれど・・・
歓声が大きくなる。
殺せって?誰が誰をだよ馬鹿野郎。
見目としては人型同士の戦いなんて地味だろうに、どうあっても「殺される」場面が見たいらしい。
「ヒデゾーさん重い・・・ん?」
恒人の視線が空へ向いたので、俺が力を抜くとその瞬間、足を引っ掛けて投げ飛ばされた。
「お前なぁ・・・あ」
空に光が舞っている、涙ちゃんからの合図だ。
地面に寝転がったままきっちり10秒数えると、ぐらりと視界が歪み、ガラスにヒビが入るような音が歓声を打ち消して響き渡った。外側の結界が解除されたのだ。
ところで俺が投げ飛ばされる必要性はあったのだろうか、まあいいけどさ。
これでこの国全体の能力制御結界は無効になった。しかし一時的なものだ、基盤を壊さなければ適切な処置が行われすぐに仮復帰するだろう。観客席に張られた結界は別種でかけられているために有効に作用している。
しかし、だ・・・
凡ミスなのか、全体の結界があるから大丈夫だと思ったのか、他にどうしようもなかったのかそれは不明だけれど、侵入を封じるタイプの結界であるが故に、俺達がステージに行くための出入り口には結界がない、そして、《夜人》が捕えられている牢屋は地下にあるのだ。地下牢は観客席の真下。
異常事態を察知してどよめきだした観客を余所に俺と恒人は花道を駆け抜け、通路へと向かう。
もう此処でも問題なく力は使える、ということは、だ。
俺は飛び上がり、全力で天井を叩き壊した。大城さんならば一撃でいけただろうが、二発拳を打ち込むと天井に穴が空く、瓦礫と一緒に観客席にいた人間が二人ほど落下してきたが、死んではいなかったのでかまわず飛び上がって観客席に出た。
あの二人に判断能力があれば、逆に命は助かるかもしれないけれど、そこまで気を回せない。
ざっと見たところ千人はいる観客の命を救うことは不可能だ、それぞれの運と判断に任せる。
パニック状態の群衆をかき分け、外壁に飛び乗って全力疾走。
北側、国王席の前にある結界基盤にマジックキャンセルをかけるためだ。
すぐにあちらこちらで破壊音が響き渡り、粉塵が舞う。地下牢にいた《夜人》たちが続々と天井を突き破って脱出しているらしい、はたして「大人しく逃げてくれる」ものが何人いるのか、一応交渉した相手には伝えておいたけれど、そこはみんなぼかしたからなぁ・・・
走っていると、あのジュボッコが見えた。四方八方に伸びた枝には人間が締めあげられていて、その内何人かはもう干からびてミイラのようになっていた。チラリと視線をおくると、久々の食事だよ、まさか邪魔はしないだろうね。と言うように幹を変形させた。
目下に見える観客席はさながら地獄といった光景だった。
泣き叫ぶ声、怒号、命乞い、何かが壊れる音、何かが砕ける音、濃い血のニオイが漂いだしている。一般用の二つしかない入口に向けて人が殺到しているため、観客席から人間が次々と転がり落ちる、その先は針山だ、鉄の刃が並ぶ地面だ、人間では助かるまい。
俺はできるだけ感情を殺して、ひたすら走った。
《夜人》狩りの二人は王女の側近だったらしく、国王席のすぐ近くに控えていた。此処で彼らはミスを犯した、ミスであって間違いではないのかもしれない、王女を守ることを優先させたかったのならそれでもいい、しかしこの段階ならば結界基盤から全体の結界の修復は可能だったはずだ、しかし二人は王女を連れて王族専用の出入り口から脱出した。
国民を残して、王が逃げた。
珍しい話ではないだろう、悪政を布くぐらいだからそもそも国民のことなんて考えていないのかもしれない。
しかしそれは明らかに彼らの、この国の敗因だった。
国王席の真後ろにたどり着いて飛び降りる、群衆も《夜人》もまだ此処までは来ていない。
結界基盤は丸い石だった、呪文が隙間なく刻まれたそれに恒人が結界基盤にマジックキャンセルをかける。石が砕け散る。チェックメイト、この国にかけられた魔術は全て消え去った、観客席側の結界も解ける、もはやなんの意味もない結界ではあったけれど。
他の《夜人》を先導する形にはなったので、この地獄絵図の一端は俺達だ、さらに濃くなった血のニオイに顔をしかめていると、恒人が振り返って言った。
「ごめんなさい、限界っす」
「うん?」
ぽしゅんと白い煙に包まれたかと思ったら、小狐に戻った恒人が宙に浮いていた、そのまま階段を落下しそうだったので慌てて受け止め、ついでに脱げた服もまとめて持つ。
「つ・・・ツネ!?大丈夫!?そんなに力使い果たしたの!?」
片腕で簡単に抱えられるサイズになった恒人に言うと、ほとんど目を閉じたまま言った。
「いえ、精神的なもんです・・・すいません気を抜くのが早すぎました・・・」
「いや、充分だよ。頑張ったね」
後はこの国から脱出するだけだ、さほど難しいことではない。
大人数に囲まれることに恐怖を感じる恒人にこの状況はやはりとんでもない負荷だったようだ。
白いふわふわの毛並みをぎゅっと抱きしめて、此処から退散しようとしたとき、堕威さんがこちらへ歩いてきた。
「よ〜!英蔵君、やったな」
ポケットに手を突っ込んだまま、この大騒ぎの中を全く傷ついても汚れてもいない鮮やかな赤を身にまとって堕威さんは笑う。
「・・・ええ、なんとかなりました。大成功とは言えないでしょうけど」
この状態では此処にいる人間が何人生き残れるか、全滅ということはさすがにないだろうけど、死者は数の問題ではない。
命は数値じゃない。
「自業自得ではあるかもしれへんけどな、まあ助けられるものだけ助けたらええねん」
そう言って堕威さんは、王女達が抜けて行った出入り口へと歩き出す。
「あ、あの、どこへ!?」
「ああ?きまっとるやん、俺は此処の王女暗殺しに来たんやから王女殺しに行くんや」
「・・・・」
「のわっ!言うてまった!!君、誘導尋問めっちゃ上手いな〜!!」
やはりこの人、爽やかに馬鹿だ・・・好感は持てるけど、暗殺なんて向いてないんじゃないか。
小狐の姿のままの恒人がごく控えめにいった。
「この状況で暗殺もなにもない気がするんですけど・・・」
「んん〜!?まあええんちゃう、目的達成すれば手段や過程なんてどーでも、じゃ俺は行くわ」
そう言うと堕威さんは軽やかな足取りで、散歩にでも行くような雰囲気で行ってしまった。
俺達も退散しようかと思っているとまたも声をかけてくる人物がいた。
あの中年の兵士だった。
「最初からこれが狙いだったのか」
「そうなるね」
あやまるのもおかしい気がして肯定の返事だけすると、兵士は顔を歪めて剣を構えた。
「どうするつもりだよ?」
「こうなれば、命に代えてでも王女の命は守らなければならない」
「俺達はそんなもの狙ってないんだけどね・・・」
堕威さんが今行ったところであることはあえて言わなかった。
「アンタさ、それでいいの?この状況で守るべきものって王女の命なわけ?家族はいないの?」
兵士は動揺した顔で俺を見る。
「この混乱はすぐに国中に広がると思うけど、アンタが守るべきものって本当にそれ?」
「家族はいる・・・しかし・・・」
「だったら生き残って、なにがなんでも生き残って守れよ」
動揺したままの兵士に背を向けて、恒人を落とさないように外壁に飛び乗り闘技場を出た。
「英蔵さん」
「うん、なに?」
「今の、俺は正しかったと思いますよ」
ふわふわの顔を俺の肩に埋めて、小狐姿の恒人は小さくそう言った。
闘技場を出て、俯瞰した時に頭に叩き込んでおいた道順通りに国の外へと向かう、闘技場以外の場所に捕えられていた《夜人》は相当数いたらしく、やはり地獄絵図が広がっていた。
あちらこちらから火の手が上がり、叫び声が泣き声が怒号が渦巻いている。
逃げようとして転んだ若い男がライオンの姿をした《夜人》に頭から喰われていた。女の顔をした巨大な鳥が、鉤爪で逃げる人々を突き倒し切り裂いていた。
「ツネ・・・俺達にあれを止めることはできるかな?」
「推奨はできません、ライオンの方、マンティコアは食欲旺盛でそもそも人食いです。鳥の方、ハルピュイアもあれが性質です、そしてどちらも強い。今の満身創痍状態でどうこうできるものではありません、それに・・・」
少し痛そうに言う小狐姿の恒人を抱き直して視線を合わせる。
「誰をどこまで助ける気ですか?」
その通りだった、闘技場で散々人を見捨ててきて、今ここで襲われている人間を助けることは矛盾してる。そして、この状況で助け切れるわけもない、こっちが死ぬ。
俺は恒人を抱えたまま、国の外へ向かって全力で走った。
太陽が沈む頃、俺達は最初に国を見たあの崖の上にいた。
馬車の中にいる浅葱さんを除く四人で国を見下ろしていた。恒人は小狐姿のまま大城さんに抱かれている。
国は燃えていた、夕日と同じぐらい赤に染まっていた。
黒煙が至る所から立ち上り、死滅した臭いは此処まで漂ってくる。耳を澄ませば悲鳴だって聞こえるだろう。
建物の幾つかが崩れ、粉塵が舞う。
防壁の門から逃げ出してた国民をマンティコアが追いかけていく、ハルピュイアは空へ舞い上がり、遠くの空へ消えていった。
あのジュボッコがどうしたのかまでは確認はできない、闘技場の横の城も燃えている。
日が落ちると浅葱さんも出てきて、五人でその光景を見ていた。
会話もなく、只見ていた。
それなりの数の国民が逃げ切れたようだが、その後どうなるのか、なんの装備もなく国の外へ出て易々と生き延びられるほど世界は優しくない、仮に隣国まで辿り着いたとして受け入れてもらえるかも分からない。
ただ、あの中年の兵士が家族らしき人を連れて逃げて行くのは見えた。
闇の中、赤々と燃えている国を見下ろしていると、あの人の気配がした。他のみんなも気づいたらしく、視線を足もとへ落とす。
「よっこいしょっと〜!」と明るい掛け声で崖をフリークライミングしてきたのは堕威さんだった。
あの懸念。ベルセルクとバーサーカーを会わせてしまうことが危ないのではないかという問題は堕威さんと喋った印象で大丈夫だとは思ったし、みんなにもそれは伝えてあるけれど。
大城さんは苦笑を浮かべて堕威さんを見ている。
「また、えらいおもろい集団やなあ」
と、友好的な《夜人》に会ったときに必ず言われる台詞を吐いて堕威さんは俺達を見まわし、大城さんで視線を止めた。
「よお!元・仇敵」
「こんばんは、元・仇敵」
二人はそう言い合うと軽く拳を合わせて笑った。
「まだ赤いまんまなんですねぇ、あの頃から目立ちまくっていましたよ、その斬新すぎるファッションは」
「赤は俺のラッキーカラーやねん。戦場では目立つ必要性もあったしな」
「撹乱役でしたもんねぇ・・・」
「君は特攻やったな、あんま戦ったことはない、か?」
「4、5回ですかね、全部引き分けだったと記憶してますよ」
500年前の戦争相手とそんな会話を交わし、狂戦士二人は肩を竦める。
蟠りもなにもないようだ。
小狐姿の恒人が大城さんの腕を抜け出して肩に移動し、ちょっと襟巻っぽい状態で堕威さんを見ている。
「ん?小狐ちゃんどしたんや?」
「・・・そのズタ袋の中には何が入ってるんですか?」
阿呆な話、恒人の言葉で初めて堕威さんが持っていた布の袋に気づいた、赤黒い染みがついた袋。涙ちゃんも浅葱さんも、その袋のほうへ視線が行っている。
「ああ、これ?王女様の首や」
その言葉に少なからず動揺したことを見抜かれたらしく、堕威さんは俺に視線を移した。
「まさか、可哀相とか言わないよな?」
「・・・言いませんよ」
最初からそういう事態は想定していたはずだ、女だからとか子供だからとかそんな理由で「助けなければいけない」とか「許さなければいけない」なんてことはない。
「でも、悼む気持ちはあります」
女だろうが子供だろうが、一国の王だった。権力と責任はイコールだ、権力を行使するならば責任も持たなければいけなかった。
あるいは彼女にそんなことを教えてくれる人間はいなかったのかもしれない。闘技場を気だるげに見下ろしていた彼女の顔を思い出す。只の暇つぶしだったのか、あるいは悪政のガス抜き戦略だったのか、知りようもないけれど、数え切れないほどの犠牲者が出たことは事実だ。可哀相じゃない、しかし、だから死んで償えとも思わないからその死を悼む心はある。
一つの命であることに変わりはないのだ。
「ふぅん・・・」
と堕威さんは目を細めて俺を見た。
「まあ、一応お礼をするのが礼儀やと思ってな、君らのおかげで俺はあそこを出られたし目的も達成できた、ありがとさん」
どうやらそれを言いに来ただけだったらしく背を向ける堕威さんに浅葱さんが声をかける。
「一つ聞いてもいいでしょうか?」
「なんや?サクスブルー・ダークローズ・アンチアーレス」
「長いので浅葱と呼んでください。堕威さん、密命を受けて王女を暗殺しに来たということは・・・貴方は現在どこかの国に仕えているということですよね」
堕威さんは背を向けたまま快活に笑った。
「まあそこらへんは好きに想像してくれてかまんよ。俺は狂戦士やからな、戦いを乞われれば手は貸す、戦うための種族、それがバーサーカーや」
そして少しだけ大城さんに視線を送って言う。
「君らがこういうことを続けるならば、そう遠くない将来・・・会うことになるやろ、敵か味方かは分からんけどな」
堕威さんはにっと人の良い笑みで俺達を見て、それから崖を垂直に駆け降りて行って、すぐに姿は見えなくなった。
「・・・変なバーサーカーやなぁ」
『例外すぎる聖典』のことがあるため、さりげなく気配を消していた涙ちゃんがそう呟いた。
夜が明けになりようやく炎は鎮火した。「闘技場の様子を見てみたい」と言った涙ちゃんに、俺と恒人が同行することになった。
最初は大城さんがついていくと言ったのだが、自分達が見届けるべきという恒人の意見が通り、この面子。
確かに見ておく必要があるだろう、俺達が行ったことの結果なのだから。ならば全員にその義務はあると浅葱さんは言ったが恒人と涙ちゃんが説き伏せる形になった。
「浅葱君が見たら、気に病むやろうしな」
国へ向かう道すがら涙ちゃんがそう呟いた。
「・・・俺を助けた時に《夜人》狩りの連中を殺したことも、未だに抱えたままですからね」
怪我も治り、人の姿に戻った恒人がそう答えた。
「それでも行きたかったんだろうけどね」
「うん、逆に俺らがそこのところを気にしてるのを分かって納得してくれたんやろうな、そこまで思いやってくれんでもええのに、浅葱君はほんまに優しいわ」
涙ちゃんはそれでも生みの親であるレイ伯爵が住んでいた場所を見ておきたいらしかった。
もしかすると何か確認したいことでもあるのかもしれない。
ずっと何かを気にしている様子だったから。
壊れた防壁を抜けて国へと入る、肉の焦げた臭いが充満していて、ところどころに逃げ遅れた人の死体が転がっていた。
さすがに会話を交わす気にもなれず、まっすぐに闘技場へ向かう、さりげなく気配を探ったが生きた気配は全くなかった。
闘技場の一般用入口から中にはいると、観客席には無数の死体が転がっていた。
喰われた者、引き裂かれた者、階段を転げ落ちた者、踏み潰された者、鉄錆の臭いと腐臭が満ちている。
生きてる人は誰もいなかった。
ところどころ壊れた闘技場を涙ちゃんは無言で歩き出す、ついていこうとしたら恒人に袖を引かれた。
「一人にさせてあげましょうよ」
「・・・そうだね」
気分としては最悪だろう、故郷が、まったく別の国になっていたとはいえ最悪の経路を辿って最悪の結末になったことは。
俺は反対方向へ歩き出し、恒人は跳び下りてステージへと移動した。
一応ちらちらと二人の姿を確認しながら観客席を見て回る、やはり生きている人間はいなかった。
どれも息を確認する必要すらないほどに徹底的に死んでいた。
正直、旅をしていると死体を見るのには慣れてしまう、滅んでいる国を見たことも何度もある。
でも今回、引き金は俺達なのだ。
陰鬱な気分になる、この光景を見てまで「正しいことをした」と清々しい気分になるほどに自分達を絶対的な正義だなんて思えない。
そしてそれはきっと正常な感覚ではあると思う。
確かに考え事はしていた、周囲に気を張っていたわけではない、それでも・・・
彼の登場は唐突すぎた。
いつの間にかステージにフローライトが立っていた。
同じくステージにいた恒人でさえ呆然とその姿を見ている。
銀髪を靡かせ、片手には巨大十字を持ち、片手にはズタズタに引き裂かれたマンティコアを引きずって、あの《夜人》狩りは大きな口で歯をむき出して笑っていた。
「やはり《夜人》は粛清すべき、ですねぇ・・・創造主の寵児たる『人間』を虐殺するなどと、神の意に反した存在であることの証です」
マンティコアは死んでいた、そもそもマンティコアだと判別できたのはあの特徴的なサソリの尻尾が残っていたからで、獅子の形をとっていた頭は原形を留めていなかった、あそこまで頭を潰されて生きていられるのは真祖クラスのヴァンパイアぐらいのものだろう。
丁度反対側にいた涙ちゃんと目があった、互いに事態が呑み込めていない、それは恒人も同じらしくステージの真ん中に立ちつくしたままフローライトを見ている。
こいつ、どこから来てどこから入ったんだ、そしてなんでこんなに近付かれるまで気づかなかった?気配を読むのに長けている恒人がいて、なんで!?
フローライトはマンティコアの死体を軽々と投げ捨てて、十字架を回転させた、ステージ上の瓦礫が、無数の拳大の石が宙を舞う。
風を操っているのか、フローライトが十字架を振りかぶると石の群れは恒人に向かって散弾のように飛んでいった。
ようやく反応をしてマジックキャンセルを発動させる恒人に涙ちゃんが叫ぶ、
「あかんっ!ツネ、避けろっ!!!」
その言葉に恒人は、はっとした様子で手を交差させて顔を庇う、石を飛ばしたのは魔法でも石そのものは魔法ではない、だからマジックキャンセルをかけたところで石はそのまま飛んでくる。
直前だった、ガードするのが精一杯の避ける暇すらないほどギリギリだった、石だって立派な武器だ、場合によっては弓より重宝される武器、それが投石器より強い勢いで何発も恒人に襲いかかる。
華奢な身体は木の葉のように飛ばされて、ステージ上に赤い花が咲いた。
「あああああああああああああああああああああああああっ!!!」
叫んでいるのが自分だと分からないまま、俺は跳び出していた、観客席からステージに移り、恒人に駆け寄る。
涙ちゃんも同時に飛んできた、蒼白になった顔で恒人をのぞき込んで、叫ぶように恒人の名前を呼んでいる。
とっさに顔を庇った両腕に被害が集中したらしく、ぐしゃぐしゃになっていた、複雑骨折なんて生易しいものではない、両腕が粉々に砕けてところどころ骨が飛び出して血が溢れていた。
身体のほうはローブに隠れてわからなかったが、いくら見た目より遥かに防御力のある、チェインメイル程度のものではあるけれど中身まで無事かは分からない。
恒人は血で汚れた顔で、いつもよりも白い、痛みに歪んだ顔で俺を見た。青を帯びた銀色が俺を真っ直ぐに見る。
「なにを、しているんですか・・・敵の前ですよ・・・」
「・・・あ」
そうだ、我を忘れてる場合ではなかった。俺は顔を上げてフローライトを睨みつける。
まともに戦えるのは俺だけで、こいつは紛れもない『敵』なのだから。
「涙ちゃん、ツネを頼んだよ」
「ああ、分かっとる」
ゆっくりと立ち上がりながらフローライトの様子をうかがった、十字架を肩にかついて歯をむき出しにして笑っている。
冷静になれ、泣くのも心配するのも後悔するのも生き残れば後でいくらでもできる。涙ちゃんの『魔法』が呪文の詠唱によって行われるのに対し、恒人が色々と使う『術』は手を複雑に組み合わせて発動させている、両手が破壊された状態では使用不可能だろう。涙ちゃんは肉弾戦が不得手なので魔法による後方支援か攻撃魔法しかできないだろうし、今は恒人の治療が先決だ。
幸いにも、万が一生き残りがいた時のために治療道具は持ってきている。
あの崖から此処までの距離、大城さんか浅葱さんがこの事態を察知できるかは判断ができない、判断ができないことに期待をかけてはダメだ。
そしてこのフローライトという《夜人》狩り、聖執行人、只の力技馬鹿ではない。
一戦交えただけだというのに、恒人の特性を見抜き逆手に取って弱点を突いた。魔法攻撃を無効化できる相手に『魔法攻撃に見せかけた物理攻撃』を仕掛けることを思いつくぐらいには戦略に長けている。
だとすれば『これといった特性がないのが特性』の俺に対して手なんてあるまい、そう思い戦闘態勢を取る。
「《夜人》などに言っても無駄かもしれませんがねぇ・・・かような虐殺を行って心は痛まないのです・・・」
みなまで言わせる気はなかった、心理戦に持ち込む気だろうというあたりがついたからだ、踏みきって懐に飛び込むと全力で拳を叩きつける。
普通の人間であれば内臓ごと潰れるほどの威力を持った俺の拳を受けフローライトはざざっと音を立てて後ろへ流されるが、踏みとどまって俺を見て笑う。
「人の話は最後まで聞くものですよ、人狼モドキ」
「うるせぇよ!!」
いきなり攻撃をしてきておいて何を言ってるんだこいつは。冷静になれと言い聞かせていても、すこぶる機嫌が悪かった時に目の前で恒人に大怪我を負わされて、珍しく好戦モードに入っている。
フローライトは巨大十字を振り回して横殴りにしてきた、早い。恒人ほどにないにしても早い。バックステップで避けるが、大振りのくせに攻撃は的確だった。あっという間にステージ際へ追いつめられる。
脳天目がけて振り下ろされた十字架を受け止めた、手の皮が焼けるように痛い。それ以上にとステージから落下させようとする力が強い。
ふと、フローライトが目を見開いて横を向いた。
幾本もの氷の槍がフローライト目がけて飛んできている、涙ちゃんの魔法だ。
いやいや、涙ちゃんの魔法に関する精密さは分かっているけど真ん前にいる俺が冷やりとする。
フローライトは空いている手をかざして、氷の槍を全て粉々にした。
最初に結界を叩き壊された時に気づいてはいたがこいつ、軽度とはいえマジックキャンセルも使えるらしい。
一人で俺達に向かってくるほどの自信とそれを裏付ける実力がある。しかし、これはフローライトにも予想外だっただろう、いつの間にかフローライトの真下に恒人が飛びこんで来ていた。
一瞬、動揺した顔をする。そりゃあそうだろう、あれだけの怪我をしたのだ、いかに回復力の高い《夜人》とはいえ戦力外になったと思っていたはずだ、正直俺も驚いた。なにやってんの、この馬鹿子狐!?ぐらいの。
一瞬の動揺をフローライトはかろうじて立てなおす。涙ちゃんの魔法攻撃が目くらまし、あるいは恒人が突っ込む二段攻撃であったとしても・・・両腕が破壊されている以上、恒人の脚に注意を払う。攻撃が読みにくいという付加価値のある長いローブに隠れた脚に注視する。もしかするとあの時の戦闘で肉弾戦になれば恒人は足技を中心に使うことまで読んでいたのかもしれないが・・・
しかし、恒人の無茶苦茶さは度を越していた、仲間である俺にさえ予想できない行動に出た。
既にぐちゃぐちゃに潰れた腕を、血まみれで骨が飛び出していて、自らの意志では動かすことすらできないであろうその右腕を、腰の回転を利用して鞭のようにフローライトの顔面めがけて叩きつけたのだ。
もちろん俺の拳でダメージを受けなかった彼が骨の折れた腕を叩きつけられたところでダメージを受けるわけもない、まあ骨が出ているのでさながら棘の鞭のようであったとしても、『創造主』とやらの加護で強化された肉体に傷はつかない。
が、眼球を狙って叩きつけられれば話は別だ、仮に内臓まで強化できていたとしても、血まみれの腕を目に叩きつけられたのであれば話は別。
どれだけ強化されていようが、眼に血が入れば、眼に異物が入れば、視界は閉ざされる。
そして戦闘中に視界が閉ざされれば、いかに百戦錬磨の戦士であろうとも狼狽する。
動揺が完全に立てなおっていないところにさらに予想外の行動を取られ、視界を奪われた。
「なっ・・・がぁ!?」
フローライトの特徴的な口調がキャラ作りだったとしたら、それを完全に放棄した形で眼を抑え、後退する。
俺はフローライトの腹に全力で蹴りを入れた、ステージ際である、フローライトはステージ下へ落下していく。
そこへ涙ちゃんの氷の槍が再び降り注いだ。
硬質な音と派手な音を立てて、ステージ下の刃が舞い土煙が立ち上る。
俺の隣でしゃがみこんだ恒人は
「腕が超痛いっ・・・」
と当たり前のことを言って顔を歪めていた。心配と呆れがせめぎ合って最早なにも言う気になれない俺の代わりに駆け寄って来た涙ちゃんが恒人の頭にチョップを入れた。
「このおバカっ!」
「痛いっ!涙沙さん腕に響くから止めてくださいよぉ!」
「足払いかけるって予定やったやろ!なんちゅー無茶苦茶なことをするねん!」
「だって〜」
「だってやないのっ!!」
「ごめんなさい」
どうも恒人は最終的に生き残れば良いと思っている節がある。肉を切らせて骨を断つというか・・・
ニーズヘッグに呑み込まれたなんて言っていたが本当のところは、真っ向勝負では勝ち目がないと判断して自ら呑み込まれたんじゃないかと後で考えて思った。
まあ隠し事はできても嘘は言えない恒人のこと、帰ったら浅葱さんか大城さんに問いただされてがっちり叱られるだろう。
などと和んでいる場合ではなかった。
フローライトはバキバキに折れた刃の中、ステージの下で無傷で直立して俺達を睨んでいた。
「KYAHAHAHAHAHAHAHAHAHA」と笑いながら。
「・・・なあ、アイツってマジで人間か?」
涙ちゃんが満面の笑みで言う。臨界を超えると人は笑うのだ。引きつることすらできなくなる。
「あの人、激怖いっす!」
まさに激怖いことをやらかした恒人が言う。そんな恒人を腕に刺激を与えないように抱え上げて俺もまた笑顔で後ろへ下がる。
「どちらにも同意するけど・・・どうしよっか」
「逃げるに決まってるやん、結界張りつつ・・・」
「あんま逃げ切れる気がしないんだけど!?」
「逃げましょう、気合いでなんとかなりますよ」
だからなんでそこまで気合いを信奉するのだ?いや、大切ではあるけれどさ。
とっさの戦術(というよりは戦闘センス)に関しては恒人だが、全体の戦略を立てるのは俺達の中で涙ちゃんか浅葱さんであるため、俺は涙ちゃんを見た。
「あんま期待せんで・・・」
と微笑みと一緒に言われた。
フローライトが巨大十字を振り回しながら跳躍する。避けようと後ろに下がったその時、フローライトは空中で弾かれて再び地面に叩きつけられた。
「俺はなにもしてない」とばかりに涙ちゃんが首を振る。起き上がったフローライトの視線は俺達の後ろへ向いていた、狼狽した様子で俺達の後ろを見ている。
振り返るとそこに一人の男が立っていた。
眩い金糸の髪はボサボサの状態で後ろに結ってあり、秀麗で優しそうな顔立ちに片眼鏡、お世辞にも綺麗とは言い難いよれよれの服。
その男は透けていた、涙ちゃんの硝子とは違う意味で、幽き者として透けていた。
「此処は僕の場所だよ、立ち去りなさい」
男はそう澄んだ声で言った。
「ちぃ・・・霊は専門外ですっ!」
そんなことを言ってフローライトは後ろに飛んで闘技場の壁に張り付いた。
「また会いましょう、《夜人》のミナサン!!」
「「「会いたくねぇよ!!」」」
これには思わず三人声を揃えて返し、去っていくフローライトの気配が完全に消えてから改めて振り返る。
涙ちゃんが叫ぶように言った。
「レイ!お前まだ此処におったんか!?」
やはり、彼がオリバー・レイ伯爵だったか。
「うん、まだいたの」
悪戯を咎められた子供のような顔をするレイ伯爵に涙ちゃんはふくれっ面で言う。
「・・・お前なぁ!とっとと上に行けや!そんでさっさと生まれ変われ!」
「いやぁ、だって涙沙のことが心配なんだもの」
「心配されるほどヤワにできてないわ、作ったお前が一番よく知ってるやろ!」
「そういう意味じゃなくてね、『例外すぎる聖典』の行方も気になるとこだし、それに色々見届けたいこともあるから」
涙ちゃんは呆れたようにため息をついた。
なるほど、レイ伯爵が霊体のまま此処に留まっていたから涙ちゃんはやたらこの場所を気にしていたのか。
「と、いうか・・・この国ができてからは僕も表に出られない状態でね、昨日ようやく出られたの・・・酷いものだった、出られないけどずっと見てた、酷かった」
「だったら、はやく成仏したらええやん。その姿のまんま、此処から動けないまま、こんな世界を見続けるのは面白くないってゆーかむしろ辛いんとちゃうの?」
レイ伯爵は笑う、とても純粋な、涙ちゃんとよく似た笑顔を見せる。
「涙沙だってやっていることでしょう。僕はどんなに世界が最悪でも見届けたいんだよ、オリバー・レイのままでね」
「勝手にしたらええやん、もう・・・」
「どうかな、元気にやってる?」
「おかげさまでな、さすがにもう『例外すぎる聖典』目当てで狙われることもなくなったし、面白い仲間もできたしな、楽しくやってるで」
「そっか、ならよかった」
そうして二人は笑いあった、綺麗な笑顔で互いを見ていた。
国を出て、浅葱さん達のいる崖へ向かって歩く。恒人は俺が強制的に肩に担いでいる状態だ。絶対に怪我は腕だけではないはずだからな。今更「やばい怒られる、超怒られますよ〜」なんて後悔している。
ぐしゃぐしゃになった両腕は薬を染み込ませた特殊な布でぐるぐる巻きにされていたが、血が滲んでいて痛々しい。
俺だってお尻ぺんぺんぐらいしてやりたい気分だ、山ほど叱られればいい。
「ね、涙ちゃんさ、レイ伯爵はずっとあの場所にいたの」
「そやね、まああの状態で会ったのは3回・・・浅葱君は一回連れてったけど、大城君が加わってからは一度も行ってない」
なるほどなあ「涙沙をよろしくね」なんて言われてしまったけれど。
「なんでさ、会いに行かないの?」
「ん〜・・・やっぱズルやし、もう死んでることに変わりはないからな。アイツあそこから動けんし、俺が傍におったらよけいにあのままやろうし、俺も幽霊と一緒に暮らすのはオカシイことやと思うし。今回はミヤ君にあそこがえらいことになってるって聞いたから特別に行ったけど・・・やっぱああいうのってズルやろ」
そう言って涙ちゃんは俺の肩に担がれている恒人をちらりと見た。
まあ恒人は×××お兄ちゃんともう幽霊でも会えないわけだけれど、俺に生まれ変わっちゃったからな。
「ズル」という部分を強調して涙ちゃんは頷く。
「アイツもまた、会いに来て欲しいとは思ってないみたいやし、やっぱり・・・不自然ではあるし。俺もまたあそこに留まっていたらどこへも行けないしな」
「・・・そっか」
「俺には浅葱君の夢を手伝う目的があるし、『例外すぎる聖典』を誰かに渡す使命もある。ま、今回会えたのは嬉しかったけどな」
そう言って笑う涙ちゃんはやはりレイ伯爵によく似ていた。
純粋すぎて危うさすら感じるほどの美しい笑顔だった。
夜になった、俺達は洞窟に移動し、フローライトを警戒して厳重に結界を張って休んでいた。
恒人がとてもじゃないけれど動かせる状態じゃなかったのだ。
案の定というか当たり前に怪我は腕だけじゃなかったようだ。攻撃が上半身に集中していたため脚が無事だったから動けただけ、肋骨と内臓をもれなく損傷していた。
無言で怒りのオーラを放っている大城さんと、穏やかだが重厚な声音で説教をする浅葱さんに挟まれてしょげていた。
俺の予想通り、ニーズヘッグにも自分から飲み込まれに行ったらしくその点においてもきつく灸をすえられている。
そんな状況なので俺は涙ちゃんと洞窟の外にいた。
「・・・逃げたあの国の人達どうなったかな?」
「さぁ、でもマンティコアがフローライトにやられとったってことは、案外アイツが助けたかもしれんな。あの変態、人間には優しいみたいやし」
「変態って・・・」
「『KYAHAHAHAHA』なんて笑う奴は変態に決まっとるわ」
まあなぁ・・・普通はあんな笑い声上げないよな。
「しかしツネは無茶苦茶だよ、なんであんなことするのかな」
「うん、俺には理解できん。俺なんて怪我しなくても危険なことしないのに、ツネはいつもあれや。どんだけ考えても理解できないし、冷や冷やする。死ななければ無茶してもいいなんて考え、俺には一片も分からへん。でもああいうところもすごく好き」
「好き?」
「俺と違うところやから。俺の、というよりホムンクルスの性質かな。理詰めで考える、計画立ててからじゃないと動かない。だから感情のままに突っ込んでいけるツネをカッコいいと思う。逆にツネは俺のそーいう理知的な部分が好きだって言ってる」
「ああ、なるほど・・・宗教だかなんだか知らないけどさ、自分にないものだから、自分と違うものだから良いって思えたらいいのに」
宗教。
世界は『創造主』が人間のために作ったという教義の下に広がった宗教。
彼らはきっと「言葉を喋る鶏」でも躊躇なく食べることができるのだろう。
「違うもの」を排除し続けるのだろう。
いや、人間は元々そういうものか。
涙ちゃんは俺を見た。エメラルドの瞳が光る。
「なあ、《夜人》は確かに長命やけど・・・この旅もいつかは終わるんやで、ずっと一緒にいるわけにもいかない」
「・・・でも、涙ちゃんは『例外すぎる聖典』を誰かに託せても、浅葱さんについていくんでしょう?」
「それは決めてへん。託した相手の傍にいる必要があるならそっちにつくかもしれない」
意外、だった。涙ちゃんは浅葱さんとずっと一緒にいるものだと思っていたのに。
「それに、確かにヴァンパイアもホムンクルスも不老不死やけど、絶対に死なないわけじゃない」
「・・・・・」
「英蔵君達なら死ぬ確率はもっと高くなる・・・いつ誰が欠けてもおかしくない旅や」
「やめようよ、そんなこと言うの」
「でもそれが事実やろ。俺は・・・ツネに関して言えばどこか安全な場所が見つかればそこに置いていくべきだとすら思ってる」
「ツネは嫌がるよ、きっと」
「本人が嫌がっても、こっちのエゴでも長生きして欲しいやん。まして空狐や、封印さえとければもっと寿命は延びる」
「そうだけどさ・・・」
「絶対ではないけれど、この面子の中で一番長生きするんはたぶん俺や・・・家族を4人も看取りたくない、最後に1人だけ残されるのなんて御免や。だったらいっそ生きてるうちにさよならしときたい、目の前で死なれるのは嫌だっ!本当はレイに1個だけ文句言いたい、なんで俺をこんな・・・怪我もすることなくよほどのことがなければ死ぬこともない身体にしたのか・・・」
初めて聞く涙ちゃんの弱音だった。俺が最初に涙ちゃんと話した時「それは逆に辛いことではないか」と思った部分を涙ちゃんは笑っていたけど、本当はやはり辛かったんだろう。
「涙ちゃん、俺が言うことじゃないかもしれないし、俺の勝手な推測かもしれないけど・・・レイ伯爵があの場所に留まっている理由はそれじゃないの?」
涙ちゃんを『作った』時点で気づかなかったとしても、聡明そうな彼が分からなかったはずはない。
残される辛さを、不老不死という性質の痛みを。
「涙ちゃんにだけ背負わせられないから、あの場所であのままでいるんじゃない?」
霊体のまま、意識を持ったまま留まり続けること。
並大抵の意志では無理だ。
涙ちゃんのエメラルドの瞳が揺れた。泣くのかなと思ったけど泣かずに笑った。
「だとしたらアイツ本物の阿呆やな」
そう言って笑った。
翌朝、怪我はほとんど治ったものの一晩中浅葱さんから説教された恒人はすっかりしょげかえっていた。
さすがにここで重ねて俺が説教をする理由がないので、いつもの調子で軽く接しながら一緒に出発の準備をする。
今度の目的地は此処からずっと北、大城さんの故郷に用事がある。
しばし全速力で進み、宗教が流布している地帯から抜け出す予定だ。
馬車を人外ダッシュさせる。どっちにしろ《夜人》狩りに絡まれるのならば突っ切った方がいくらかマシという判断だ。
多少堪える旅になるがしかたあるまい。
というわけで馬車の中の荷物を全部固定しているのだ。
既に日は昇っているため馬車の中にいる浅葱さんも手伝ってくれている。
説教がよほど怖かったのか若干ビクついている恒人を困った顔で見ていた。
普段懐かれているから、怖がられると戸惑うんだろうなぁ・・・
「ツネ・・・もう怒ってないから、ね」
とうとうそう優しく声をかけて頭を撫でた。
甘い、甘すぎる。
そしてその一言で即座に持ち直す恒人も甘い。
なにはともあれいつもの空気に戻って俺達は出発した。
もちろん苦味はある。
廃墟と化した国に痛みは残る。
それでも留まることはしない。
どこへも行けないレイ伯爵と違って、俺達は流れて行けるから。
ふと堕威さんの言葉が頭をよぎった。
いったいどこでまた交わるというのか。少なくとも好感を持っている相手なのでできれば味方として出会いたいけれど。
超高速で走る馬車の上、そんなことを思っていると急に恒人が立ちあがった。
「おい!さすがに危ないって!」
「あ、あの激怖い人来ましたぁぁぁぁ!!!!」
どちらかといえば冷静な部類に入る恒人が心底慌てた様子で叫ぶ。
「・・・激怖い人って!?」
恒人を抱えるようにして座らせながら大城さんが後方へ視線をやる、俺もそちらを見た。涙ちゃんも馬車から顔を出して見た。
遠くで土煙を上げながら走ってくる男がいた。
フローライトだ。
「アナタ達っ!待ちなさい!どこへ行く気ですかぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
さすがにあの時の倍速で動いている馬車に追いつくことはできないらしく、そして一応彼にもスタミナ切れというものはあるらしく、どんどん引き離されてはいきくけれど、胆の冷える光景だった。
「必ずっ!!!この世の果てまで追いかけますからねぇぇぇぇ!!!」
「あの人、激怖いっす!」
「・・・俺も激怖い」
恒人の言葉に大城さんが同意した。
最後に「KYAHAHAHAHAHAHAHAHAHA」という笑い声を残してフローライトは見えなくなった。
「なあ浅葱君、どーすんのあれ?」
呆れたように言う涙ちゃんに浅葱さんは珍しくうんざりしたような声で言った。
「こればっかりは・・・逃げるが勝ちってことで行かせてもらおうか」
同意だ。
恒人に怪我を負わせた点は許せないし、強力な《夜人》狩りなので捨て置いたら危険もあろうけれど・・・
それ以上に関わり合いになりたくない。
俺達にだって「逃避」という概念ぐらいある。
二度と会わないことを願いつつ、走る馬車に身を任せた。
あとどれだけ続くか分からない旅だけど、分からないうちは続けたいと思いながら。
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