ドウタヌキ?


第一話『EOCビルの饗宴』


君と出会って僕は変わった

オマエと出会って俺は変わった

《普通》を知ってしまった

《日常》を知ってしまった

《異端》を選んだのは僕なのに

《最悪》を選んだのは俺なのに

君が教えてくれた

オマエが教えてくれた

初めて誰かを救いたいと思った

初めて何かを守りたいと思った

助けられなくて、ごめんなさい

救ってくれて、ありがとう

君に流星のように《幸せ》が降り注ぎますように

オマエに流星のように《幸せ》が降り注ぎますように

−どこにもいない神様に願った


日暮れ時の公園、ビル群の間に存在するその公園は「都会のオアシス」という喩えに相応しく、緑に溢れていた。新緑のむせかえるような緑の群れ。
治安の悪化が叫ばれる昨今、この時間帯に子供の陰はなく、またオフィス街であるせいか、カップルの姿も見あたらない、そんな公園に明らかに異様な二人組が入ってきた。
一人はサーファー系だと全ての人間に断言されてしまいそうな爽やかな風貌の青年。ただしTシャツに短パンという服装にもかかわらず手に持っているのは巨大なジェラルミンケース。それを右手にさげていた。
もう一人はさらに異様だった。ひょろりと背が高く、比例するように手足もひょろ長い、そして髪までも身長に合わせるかのように長く、二の腕の辺りまでの黒髪ストレート。ぎょろりとした目で公園内を見渡している。
タンクトップにベスト、凝ったデザインの革パンというセンスの良い服装を全てぶち壊すかの如く全身に、ありとあらゆるところに、じゃらじゃらとナイフを抜き身でぶら下げていた。ナイフの種類は様々でサバイバルナイフのような大きなものから、ペーパーナイフのようなものまで全身ナイフだらけだった。
「おい、悟史」とやたらと通りの良い美声でナイフ男はサーファー風の青年に声をかける。サーファー風の青年の名は悟史というようだ。
「なんでいちいち待ち合わせしなきゃいけねぇんだよ、単純に《仕事》がダブルブッキングしただけだろうが、俺一人でさっさと片付ければすむはなしだろ」
剣呑な外見に相応しく、口の悪い男のようだった。
「ダブルブッキングつーか被っただけだっぺよ〜。ならいっそのこと共闘しようって向こうから言ってきたんだべ」
「断れよ、そんなもん」
「現場でトラブルになるよりはいいって〜、それより逹瑯」
ナイフ男の名は逹瑯というらしい。うざったそうに視線を寄こす逹瑯に悟史は苦笑したようだった。
「喧嘩すんなよ」
「相手しだいだよ、そんなもん・・・《薄野武隊》ねぇ・・・」
悟史と逹瑯は《天吹正規庁》に所属する《掃除人》だ。とはいっても悟史はある理由で前線を離脱し、今は情報収集を主に行っている。
対する逹瑯は天吹の中でも特攻と言ってよいほどの実戦派である。
「で、相手のその薄野さんの特徴は?まぁプロのプレイヤーなら見りゃわかるけどよ」
「ん〜。なんか小さいのと金色の」
「・・・・・・おまえが情報収集役ってのもなんか問題あるよな、ん?あれじゃねぇか?」
公園の中央にある小さな噴水の前に置かれたベンチに人影があった。
金髪の男がベンチに腰掛けており、その横で小柄な男が煙草を吸っていた。
確かに《小さいのと金色の》である。
金髪のほうは後ろ姿なので細かい事は分からないが、小柄な男は夏だというのに軍服のような格好で、その両腕、手首から肘にかけて際限なく細いワイヤーがぐるぐると巻き付けられていた、逹瑯に劣らない異様さだ。
「お手並み拝見、的な?」
逹瑯はそう言ってぶら下がっているナイフの一つを取った。おそらくここからは素人目には何が起こったかすら分からなかったであろう。
ガキンという金属音がして、逹瑯が手に持っていたナイフは、《小さいのと金色の》と逹瑯の中間地点に転がっていた。
逹瑯が目にとまらぬ動きで投げたナイフをおそらくは小柄な男が何らかの方法で叩き落としたのだ、手が届く地点にすら達していないナイフを、組んでいた腕をほどくことすらせずに叩き落とした。
何が嬉しいのかへらへらとした顔で笑う逹瑯を小柄な男は睨みつけると腕を組んだまま近寄ってきた。
色白で可愛らしさのある顔立ちの中で細い目が異様に鋭い。
「《薄野武隊》ミヤだ、ご挨拶だな《天吹正規庁》さん」
「共闘する相手の実力確認してなにか問題でもあんの?足引っ張るような相手めーわくなだけだし、俺一人でできる仕事だし」
「こっちは名乗ってんだ、オマエも名乗れよ」
「はぁ?俺に命令しないでくれる、そういうのウザイ」
「・・・プロのプレイヤー同士とはいえいきなり人に凶器を投げるような奴に最低限の礼儀を期待した俺がバカだったな、《足を引っ張る》?勘違いするなよ、これは共闘じゃない、相手の邪魔をしないレベルの情報交換、行動をしようっていうだけだ、そっちこそ、俺達の迷惑にらならいよう気をつけてくれ」
「ふ〜ん、さすが《薄野武隊》サマ、《正義のために殺す》ってだけあって他人の礼節にもうるさ・・・」
逹瑯の言葉はそこで阻まれた、がっしりとミヤが逹瑯の顎を掴んだからだ。
「おい、貴様。二度と俺の前で《正義のため》に殺してるとか言うんじゃねぇ」
「あ?」
逹瑯はミヤの手を掴んで捻り上げようとするが、力が拮抗しているのか中途半端なところで止まったまま、二人は相手を睨み殺さんばかりに視線を絡ませている。
「逹瑯!喧嘩するなって言ったべよ!」
「ちょっとミヤ君、なにいきなりもめてるのさ!」
サトチが逹瑯の腕を引き、金色のがミヤの肩を掴んで止めたため、二人はようやく手を離した。

第一印象は《最悪》だった。



午前一時を周り、オフィス街のビルの群れも所々に明かりを残すだけとなった。
その中でも一際大きなビル、入り口の『EOC』というロゴが銀色に輝いているビルの36階、最上階より10階下のそのフロアにミヤの姿があった。
かっちりと着た軍服に両腕にワイヤーを巻き付けたままの姿で照明の落とされたフロアに佇んでいる。
「あれ?ミヤ君早いね」
ガタリと音がして空調のダクトから逹瑯が顔を出す。その軽薄な口調にミヤは顔を歪めた。
「オマエが遅いんだろ」
「いちいちつっかかってくんなよ、待たせたな武蔵、的な。どっから入ったの?」
「企業秘密だ、行くぞ。あとその場合は待たせたな小次郎だ、いやどちらにしても応用が間違ってると思う」
「ツッコミは簡潔にしてよね」
「そもそもつっこんでるわけじゃねえんだよ」
ミヤのターゲットは5人、逹瑯のターゲットは8人、内3人が被っていた。3は2で割れないため少し揉めたがターゲットの少ないミヤのほうが2人を請け負う形で決着がついた。只それだけのことで3時間も言い合いをしてしまったことをミヤはひどく悔やんでいた。
元来そんなに熱くなるタイプではないのだがどうも逹瑯とは相性が悪いらしい。
「次の階からセキュリティが厳しくなるからな・・・めんどくせぇ」
そう言いながらミヤは、セキュリティがかけられた扉の電子ロックに小型のパソコンのようなものを繋いで操作する。1分ほどで扉は開いた。
「すげぇじゃん、ミヤ君メカニック得意なの?」
「最低限のことができるだけだ、コレは優介が作った。アイツはクラックが得意だからな」
「優介ってさっきの金髪だよね、へぇ・・・」
逹瑯としてはこの手のセキュリティは力業で破壊してしまうのが基本だったが、余計な労力が省けたことを良しとした。
階段を上がり、37階の扉を開けようとした時、逹瑯とミヤは同時に気がついた。

空気が、
ニオイが、

感じ慣れた、嗅ぎ慣れた、死滅したモノだった。
逹瑯はナイフを抜き、ミヤはワイヤーを革手袋をした指に引っかけ、扉を開いた。
37階のフロアは照明がついており目が眩むような明るさだった。
しかしいくら《殺し名》とはいえこの場合は暗い方がありがたかったかもしれない。
少なくとも30人以上の人間が床に転がっていた、その誰もが唖然としたような表情を浮かべ死んでいた、全員、一人残らず、喉を切り裂かれて死んでいた。
フロアは血で赤く染まっている。
その《血溜まり》どころか《血の海》の中に、一人の少年が立っていた。
藍地に特徴的な唐草模様の甚平。そこからのぞく手も、足も折れそうなほど細く、象牙のように白い。金に染められた長髪を黒いヘアバンドでとめている。
幼く愛らしい、少女と間違えてしまいそうな顔立ちの中で、瞳の混沌を閉じこめたような深い黒が印象深い。
この血まみれのフロアの中で、彼だけが一切汚れていない、せいぜいサンダルが血溜まりを踏んだせいで赤くなっている程度。
少年が逹瑯とミヤを見た次の瞬間、跳躍ですらない、省略したかのように少年は二人のすぐ目の前にいた。
ミヤが力一杯逹瑯の襟を掴んで後ろに引くと、今まで逹瑯の首があった地点を何かが掠めていった。
「な・・・なんだよいきなり!誰だよてめぇ!」
少年と距離をとりながら叫ぶ逹瑯を少年は感情の全くない表情で見つめる。
手に握られているのは扇子。黒地に甚平の柄と同じ唐草模様。素材がなんなのかは分からないが武器として使用している以上ただの扇子ではあるまい。
ここに転がっている死体の喉笛を切り裂いたのはおそらくこれだ。
「・・・あんた、まさか」
ミヤも少しづつ移動しながら少年を観察する。
プロのプレイヤーであることは分かる、手口から見て《殺し名》か・・・
少年は首を傾げてから言った。
「俺は、闇口京」
「な・・・!闇口ともブッキングしたってこと!?」
逹瑯は動揺を隠せず声を上げた。闇口、序列第二位、《暗殺者》・・・特定の誰かのためだけに殺す集団。
「待った!攻撃待った!俺は天吹の逹瑯!仕事で来ただけで闇口とやり合う気はねぇよ!」
「・・・薄野のミヤだ、同じく《闇口衆》を敵にまわす気はない」
二人の言葉に京はゆっくりとまばたきをしてから言った。仕草の一つ一つが嘘っぽい、人形を相手にしているような気分になる。
「俺はこのビル内にいる人間を全員殺すように言われて来たんや、天吹でも薄野でも《このビル内にいる人間》には違いないやろ?」
淡々とした口調、関西弁であることが滑稽にすら聞こえる、なんの感情もこもっていない声。
「いや、そこは融通きかせようよ!《殺し名》同士で無駄な争いはよくないって!」
あの一瞬で京との実力差を痛感した逹瑯は必死でそう言った。
「俺に命令する権利はこの世でただ一人にしかない、命令は必ず遂行する」
予備動作すらない、時間を省略したようにしか見えない速度の動きで京は再び逹瑯に近寄る、しかし逹瑯とてプロのプレイヤー、二度目は自らバックステップで距離をとり攻撃を避けた。
びぃぅんびぃぅんという風切り音がして京の手足にワイヤーが巻き付く、ミヤの放ったものだ。
「ちょっと話聞けって!」
「・・・《曲弦師》ではないようやな」
「《曲弦師》を気取ってるわけじゃなくて被ってるだけだからな!」
ミヤとしてはあまり深く突っ込まれたくない部分だったのでそれだけ言うとワイヤーを絞った。
「でも、動きを止めるくら・・・」
京を引き寄せたつもりがミヤのほうがすごい勢いで引っ張られた。小柄とはいえパワーにも自信を持つミヤが、ミヤよりさらに小柄で華奢な京の力でワイヤーごと投げ飛ばされた。
叩きつけられるのを避けるため、素早く京に絡んだワイヤーを解いたがが既に体は宙を舞っている。
なんとか空中で方向を変えて床に転がる死体の山を避けて着地する頃には、京は再び逹瑯に攻撃を仕掛けていた。
京がふるった扇子を逹瑯はナイフの腹で受け止め、一瞬拮抗状態に持ち込んだかに見えたが、京の左手が放った掌底を受けて、京より20センチは大きい逹瑯の体が紙のように吹き飛ばされ、置かれていた小型のソファーを巻き込んで壁に叩きつけられた。
「逹瑯っ!」
「・・・いや、大丈夫」
明らかに声のテンションが下がっているので大丈夫ではないのだろうが、ミヤも自分より序列も実力も上位な京の前で迂闊に駆け寄ることができない。
絶望的ともいえる状況になったその時、轟音を立てて外に面している壁が崩壊した。
逹瑯やミヤはもちろん、京もなにもしていない。逹瑯にいたっては「あ・・・あさまさんそー事件!?」と阿呆なことを口走っている。
粉塵の舞う中から「けらけらけらけら!」という軽快な笑い声、ではない口で「けらけら」と言った、そんな馬鹿げた声と共に一人の男が姿を現した。
「いけない、いけない。ドアだと思ってノックしたらココ壁じゃん、うっかりしてた」
ツッコミどころ満載な台詞を言いながらフロアに入ってきたのは、細身で中背の、美麗な顔立ちの男。ストライプのシャツに黒いベスト、スカル模様の黒い革のネクタイ、ダメージジーンズに孔雀の羽をあしらったテンガロハットという洒落たファッション。
どこからどう見ても異様さはない、むしろ全体的にセンスの磨かれた、アーティステックな店の一つぐらい経営してる青年実業家みたいな雰囲気。
37階の外壁から入ってきたというとんでもない行動からすればあまりに普通の外見にむしろ恐怖を感じる。
外見と言動がまるっきり噛み合っていない、ちぐはぐな男。
逹瑯とミヤはただただ唖然としていたが、京は違った。
素早く男に詰め寄ると首筋目がけて扇子をふるった・・・はずだった。
男は人差し指だけで扇子を止めていた。
「君が京君!?噂どーりちっちゃくてかわゆいね」
さすがの京も驚いたのか目を見開いて男を見上げている。
「あ、自己紹介が遅れました、俺は匂宮 祈(いのり)。イノランって呼んでね。団員ナンバーは・・・ごめん!忘れちゃった!」
他の三人が同時に息を飲む。
匂宮!《殺し名》序列第一位!殺戮奇術匂宮雑伎団!誰にだって頼まれれば殺す《殺し屋》!
そして団員ナンバー・・・忘れたって!?
色んな意味での衝撃に逹瑯とミヤの顔は自然と引きつった笑みの形を作っていた。《殺し名》とはいえどうしようもない状況に直面すると笑ってしまうらしい。
「あと、薄野ミヤ君と天吹逹瑯君だよね?すごいね〜《殺し名》が四家も揃うなんてめったにないじゃん!っていうか俺が初体験、的な!?」
そう言って笑うイノランを京はとてつもなく不愉快なものでも見るような目で見て後ろに下がった。
「《薄野》の秘蔵っ子に《天吹》の生え抜きに《闇口》の究極の失敗作、キャスティングとしては最高、いや《最悪》なのかな?」
「あの〜」
と逹瑯が遠慮がちに声を上げた、ミヤが視線で軽く制したがそれを振り切る。
「匂宮とも仕事が被ったってことなんですか?」
イノランのぶっ飛びっぷりに腰が引けているのか敬語になっていた。
「いやいやいや、俺は雑用、京君、君の主から伝言でーす」
そう言ってイノランは小型のカセットレコーダーを取り出して再生ボタンを押した。
ノイズにまみれた音声が流れ出す。

『京君、俺だよ。これは俺が言うことは君の《主》からの言葉だからね。今回の命令はEOCビル内の全ての人間の殲滅だったけど、不慮の事態が発生したんだ。たぶんそこに薄野と天吹がいるね?俺達は無駄な争いは生みたくない、時間と労力の無駄だからね。命令を上書きする《EOCビル内にいるEOC関係者の殲滅》いいね』

「はい、以上!」
そう言うとイノランはカセットレコーダーを中に入っていたテープごと握りつぶした。豪快すぎる機密保持だった。テープが爆発してくれたほうがまだましな気がする。
京は少し首を傾げてから頷いた。
「了解した。つまりあんたら3人以外を俺は殲滅すればいいんやな」
「いや、俺に確認とられても分からないけど、それでいいんじゃない」
イノラン、メッセンジャーのくせにかなり投げやりな回答だった。
「と、とりあえず助かったね・・・」
ミヤの隣に移動してきた逹瑯が苦笑いで言った。
「・・・しかしこんな偶然あるのか?」
「ってゆーかさ。オレらのターゲットもあの京さんがやっちゃうんじゃない?」
逹瑯、京のことを「さん付け」だった、よほど怖かったらしい。分かりやすい男である。
「ビル内の関係者全員だから当然そうなるな・・・」
「どーする?譲ってくれるように頼んでみる?」
そう言ってミヤを見る目は「俺は言えないからミヤ君、お願い」と訴えていた。
何処かで轟音が響いた、気がつけばイノランの姿がない。
どうやら扉と壁の区別が本気でつかない人間のようだった。
京も移動開始して階段へと向かっている。
「・・・どうしたらいいんだ?」
ミヤはめんどくさそうに頭を掻いた。
「つーかさぁ。なんで匂宮が京さんの主だかの使いっ走りやってんだろね」
「・・・その主がとんでもねぇ奴なんじゃないか?」
「どーする?」
逹瑯とミヤ、この時点で共に19歳。両家の中の実力派であり、年齢が二桁になる前から実戦を積んでいるとはいえそれでもまだ経験値が少ない。
《殺し名》四家が絡む事態など想定外中の想定外である。《殺し名》としての自負があるので口には出さないが二人の思いは同じだった。
「今すぐ帰りたい」
高層ビルの外壁から入ってくるような常識外れなイノランとか名乗った匂宮ともできれば関わり合いになりたくなかったし、それにあの闇口・・・京にしても規格外すぎる。二人が行動方針を決めかねていると、上階で銃声が響いた。それもかなり大きい。
「・・・アサルトライフル、40発同時ってとこかな」
「ってことは最低40人かぁ・・・《殺し名》を銃で殺せると思ってるなんておめでたいなぁ。しかし音からいってアサルトライフルってのは賛成だけどさ、ヤバイにもほどがあるよね、この国でそんな武器を持った警備員雇ってるなんて、一応医療機関なんでしょ、此処」
「《掃除人》と《始末番》から同時に狙われるって時点で《終わってる》だろ」
天吹は『綺麗にするために殺す』
薄野は『正義のために殺す』
この両家に同時に狙われるだけのことをEOCはしてきたのだ。
正義と潔癖に反する事をしているのだ。
逹瑯はへらへらと笑った。ミヤは仏頂面で天井を見上げた。
「逹瑯、このビルの見取り図、頭の中にちゃんと入ってるか」
「ん、入ってるけど?」
「40階から42階の北側の壁、不自然だろ?」
逹瑯は頭の中で此処に来る前に見た図面を思い浮かべた。
「あ、なんか壁が厚すぎるつーか、空間が・・・あ、隠し部屋か!」
「銃を持った警備員がいるぐらいだ、あってもおかしくないだろ?ターゲットがビル内にいるのは確実だがこれだけの騒ぎになっていれば、たぶん」
逹瑯とミヤのターゲットは共にEOCの主要人物である。ビルが襲撃されたとなれば隠れるか逃げるかするのが自然だろう。
「隠し部屋の位置はだいたい分かるけど、扉も隠れてるんだよね?」
「図面を見た時に目星はついた。とりあえず40階だ、行くぞ」
「命令すんなよ」
「じゃあ帰れ、阿呆」
「うるせーよ、ちび!」
喧しく言い合いながら二人は上階へ向かった。38階の惨状は凄まじいものだった、京の手口ではないのでイノランが一暴れしたのだろう。突発的に台風が発生したかのように、全てのものが破壊して破壊して破壊しつくされていた。フロアのあった5台の自動販売機が全部、壁に突き刺さっており、ちょっとしたシュールレアリスムの絵画みたいだったが、あのイノランとかいう優男がやったのだろうと考えれば、こちらも無視しておいたほうが精神衛生上よろしかったので互いにコメントは避けた。
イノランが京を手伝うことにしたのか、メッセンジャー以外にも依頼を受けていたのか、単に暴れたかっただけなのか、考えても分からないことは考えない。
仕事の達成のみを目標にして、あの二人とは関わらないという方針は相性の悪い逹瑯とミヤであっても口に出すまでもなく一致していた。


隠し部屋への扉は目星通りのところにあった、機械を差し込み電子ロックを解除する作業をしながらミヤが言う。
「37階で殺されてた奴ら、なんか不自然だと思わないか?」
「ぱっと見、社員と警備員って感じだったけど、なんか変だった?」
「あの闇口の京がどれくらいの速さで相手の喉笛を切り裂けるのかは分からない、いやたぶん一人一秒もかからないのかもしれない、だとしても、やっぱりオカシイだろ?」
「もったいぶらないで早く教えてよ」
「オマエの頭は帽子の掛けか?30人以上の人間が全員その場で殺されてることがそもそもあり得ないだろうが、社員なら逃げるし警備員なら武器を・・・みんな特殊警棒を携帯していたんだからそれを抜くなりしてなきゃ不自然だろ?」
襲撃を予想して隠し部屋を作っておくぐらいの企業が雇っている警備員ならそれなりの人間、忍者のようだと称される闇口が相手だったからといって、武器を抜く暇ぐらいあってもいいし、喉笛を切り裂くなどという、地味なようで派手な殺されかたを目の当たりにしたら、普通の人間なら逃げる。
「全員が全員、恐怖で足が竦んだとか?それとも・・・」
ミヤの言いたいことを理解した逹瑯が笑みを浮かべる。
「なんらかの方法で動けなくされた、とか?」
「いずれにしても、早いトコ終わらせて、帰った方がよさそうだ」
「あんまミヤ君の意見に賛成したくないけどさんせー!」
「子供か、おまえは・・・開いた、行くぞ」

中に入るなりSPらしき岩の様な男2名に銃を向けられた。
逹瑯は心底楽しそうに、ミヤは心底嫌そうに言った。
「お掃除にまいりました」
「罰を、執行します」
ミヤのワイヤーが銃弾を全て叩き落としたところで、逹瑯が30本のナイフを同時に投げる、悪趣味な表現だがまさに黒髭危機一髪のような状態になってSPは倒れた。
「ねぇねぇミヤ君、オレらってさあ、絶対共闘向きじゃないよね」
「意見が一致したな、俺にしてもオマエにしても絨毯爆撃タイプっていうか・・・まぁお互いに当てないように気をつけようとしか言えねぇけど」
逹瑯もミヤも前衛後衛もなにもない、広範囲に攻撃を当てるタイプである、ミヤのワイヤーも、逹瑯のナイフ投げも、精密で正確無比ではあるものの、狭い場所での交戦状態にはあまり向かない。
自分一人で他の全員が敵なら問題ないが、共闘となると少々気を使う。
「俺、当てない自信がないよ」
さらりと言う逹瑯にミヤは呆れた視線を向ける。
「オマエ、単純な接近戦はできないのか?」
というかそもそもナイフはそのための武器である。
「ん?そりゃできるけど。投げた方が楽だしかっこよくね?」
「・・・俺も接近戦用の戦い方は持ってる、それでいこう。まぁオマエがどさくさに紛れて俺を《不幸な事故》に遭わせたいなら好きにすればいいけどな」
ある意味で自虐的なミヤの言葉に逹瑯は少し怪訝そうな顔をした。
「零崎じゃあるまいし、そんな単純に初対面の相手を《殺したい》なんて思わないよ?」
「・・・あぁ、いや、悪い。俺は冗談が下手なんだ」
「冗談だったんだ、びっくりしたぁ。じゃあお互い接近戦オンリーってことで、さっさとすませようか」
「あぁ、ま、相手は全員素人だし1分ってとこかな・・・」
最後の扉に防音設備がないのであれば、ターゲット側からすれば恐怖を煽るだけの会話だったが二人に悪気はなかった、いや《常識》がなかったのか。
ミヤの予想通り、1分後には13人の死体が隠し部屋に転がることになった。

「やばいなぁ、決め台詞早く言い過ぎて中でもう一回言うはめになっちゃった、恥ずかしい」
「いや、別に言わなきゃいけないルールはないんだからよ・・・」
隠し部屋を出て40階の廊下。相変わらず楽しそうな逹瑯とウンザリ顔のミヤがいた。
上階ではまだ何かが破壊される音が響いている。
「じゃ、帰るか」
ミヤはあくまで「聞こえないフリ」をすることに決めたらしくそう言って、おそらくは換気用であろう小窓を開けた。
「帰るって、そこから?」
「そう、ラペリングで」
簡潔にそう言ってミヤは腕のワイヤーを弄り出した。
「そのワイヤーってそんな長いの?」
「長い」
「そのワイヤーってそんな丈夫なの?」
「丈夫だ」
「俺の一言には三つの言葉で返事して下さい」
「・・・オマエのどこが《世界で一番お姫様》なんだ?」
ボケツッコミも息が合ってきた、いや《殺し名》としてボケツッコミのスキルが上がっても全く意味がないのだが、会話が楽しいのは良い事である。
「そ、じゃあ気をつけてね」
「オマエも一緒に行くんだよ」
「なんで!?」
「・・・またダクトから帰る気なら止めた方がいいと思うからだ」
ミヤがすっと天井の一角を指さす。あんまりな光景だったので来た時は無視したのだがそこには鉄製の扉が上階から突き抜けて刺さっている。
イノランの仕業だろう。
何がしたいのか、もしかすると三次元でシュールレアリスムを表現したい熱狂的なサルバドール・ダリのファンなのかもしれない。
「下手にダクトなんか通ったら何かの拍子に押しつぶされるぞ?」
ミヤの言うとおりだった。相手は《殺し屋》匂宮、下手に気配を感じさせたらそこにピンポイントで即死確実なものが飛んでくる可能性が高い。
「でも俺、ラペリングはやったこと・・・」
「俺につかまっとけ、一人ぐらい乗せてやっても問題はない」
「いや、あの・・・」
ぎょろ目を泳がせる逹瑯にミヤは不機嫌そうに顔を歪める。
「なんだよ?」
「・・・高いところは、ちょっと」
その言葉にミヤは一瞬目を丸くして、それからへにゃりと笑った、普段の仏頂面からは想像もつかない、《殺し名》とはとうてい思えないような笑顔に逹瑯は一瞬気をとられてしまう。
「こんな時に面白い冗談言うなよ、ほら行くぞ」
・・・信じてもらえてなかったらしい。冗談じゃなくて本気でダメなのだが。
「ね、ねえミヤ君!」
引き延ばしたって状況は変わらないのに引き延ばし作戦に出る逹瑯。ミヤはラペリングの準備をしながら気のない返事をする。
「ミヤ君の技って《曲弦糸》とは違うんだよね」
「ん〜全くの別物だけど」
《曲弦師》糸使い、極めた者ならビニールテープで人間をバラバラに解体できる技。
「俺はこのワイヤーしか使わないからな、まぁ他で代用できないことはないが、コレは太さはそうだな、ギターの6弦ぐらいだ。特注品だから強度と柔軟性はもっと高いけど、見て分かったと思うけどコレは鞭みたいに使ってる、あと絞殺」
「あぁ三味線屋の勇次って感じだよね」
「必殺仕事人で喩えるなよ。あと切断はできないけど、骨を外すとか折るのには向いてるな」
「それは念仏の鉄だね」
「仕事人で喩えるなっての、好きなのか?」
「分かるミヤ君もアレだけどねぇ」
「それに《曲弦糸》は摩擦力とか遠心力とかの応用だろ、俺もまぁそれを使ってる部分はあるけど、ほとんどは力業だ・・・準備できたから行くぞ」
渋々ながら逹瑯がミヤに近寄ろうとした時後ろから声をかけられた。
「なぁ」
二人が驚いてふり返るとそこに立っていたのは京。
「終わったんか?」
感情のこもらない口調で問われて二人が頷くと京は少し目を細めた。
「俺も終わったから帰るわ」
わざわざ報告に来てくれたのか、たまたま見かけたから一応伝えたのか京はそう言った。
「イノランさんは?」
「なんかけらけら言いながら外壁駆け下りて帰った」
聞かなきゃよかった。
「他に何か言ってなかった?」
「《私は殺し屋依頼人は秩序、任務を遂行いたします》とか言いながら帰ってった」
本来登場時に言うべき台詞を去り際に言ったらしい、無茶苦茶過ぎてむしろ整然さを感じるぐらいだ、というか戦慄だ。その言葉を放つ京の表情に微細ながらうんざりしたようなそんなものが読みとれるところを見ると、この少年も感情がないわけではないようだ。
「・・・あと、団員ナンバーは24だとか」
「あ、思いだしたんだ」
「いや、携帯で誰かに聞いてたな」
それだけ言うと京は闇に溶けるように消えてしまった、今までのが幻だったのかと思うくらい音もなく、京も帰ってしまったらしい。一方的に会話を打ち切られた形となった二人は顔を見合わせる。
「・・・帰ろうか」
「・・・おう」
イレギュラーが入り乱れすぎて無茶苦茶というか、仕事が無事達成できたことが奇跡のような事態だったがとりあえす無事に済んだ。
先に窓から出たミヤの次に逹瑯も出る、小柄なミヤと違って図体のデカイ逹瑯は窓から出るのに苦労した。
「ミヤ君、ラペリングってもっとこう・・・ベルトとか」
「しっかり掴まってろよ、あと喋ると舌噛むぞ」
こんなんラペリングじゃねぇよと全力で言いたい。あとミヤの背中にしがみついてから気づいたがイノランがもう帰ったならダクトを通って帰ってもよかったはずだが後の祭りである。
身長差のせいで逹瑯が後ろからミヤにしがみつくと抱き枕でも抱いているような微妙な図になった。
俺はコアラだと言い聞かせながら逹瑯はしっかりとミヤにしがみつく「いくぞ」という一言と共に降下が開始された。
・・・バンジージャンプのほうがましなぐらい怖かった。
やったことないけど。
よくよく考えてみれば40階から一気に降りられるほどの分量のワイヤーを腕に巻けるわけがなく、右手のワイヤーである程度降りたら左手のワイヤーを引っかけ、右手のワイヤーを外してまた降りるという繰り返しだった。ミヤは手に何か滑車代わりになるような道具をつけていたようだが、逹瑯はしがみついているだけである。本気で怖かったので途中から足をミヤの腰に絡めて本当にコアラ状態で降りるはめになった。


戦い済んで夜明け前、歓楽街にある24時間営業のファミリーレストランに逹瑯とミヤ、それに優介と悟史を加えた4名がいた。
4人用のボックス席で逹瑯は少し窮屈そうだった、背が高いというのも損なこともある。
逹瑯は茶そば御膳にサラダまでつけて注文しており、健康に気を使っているOLの様だった、その向かいでミヤはジャンボフルーツパフェをハイスピードで食べている。
「甘党なんてミヤ君可愛いなぁ〜ちっちゃいし可愛いなぁ〜」
という悟史のボーダーラインギリギリの発言には「どう返していいか分からん」とだけ言ってとにかくものすごい勢いで食べていた。
仕事を終えたのに4人が集まっているのは情報交換の必要性があったからだが「食事中に仕事の話はしたくない」というミヤの意見に逹瑯以外が同意したので黙々と食べている。いや、悟史と優介はいつの間にか仲良くなったらしく和やかに歓談しながらの食事だった。
逹瑯は相変わらずナイフをぶら下げたままだったが(投げたナイフは回収しない主義なのでかなり数は減っていたが)此処まで堂々とぶら下げているとアクセサリーの一種だと思われるのか店員も特に不審そうな様子は見せなかった。ミヤは上着の下にワイヤーを巻き直していたが軍服姿。
端から見たら妙すぎる4人組だったが誰も注意を払わない。大都会の掟だろうか。
悟史はダブルハンバーグセット、優介はカルボナーラとそれなりに外見に合ったものを食していた。
3人が若い男相応のスピードで食事を終えても、逹瑯はまだちまちまと食べ続けている。まぁミヤは例外的スピードだったかもしれない、そもそもあのパフェは3人前なのだ。
「あ、俺食べるの遅いから、話進めちゃって〜」
「どこか調子でも悪いのか?やっぱラペリングが堪えたのか?」
ミヤにそう言われて逹瑯は気まずそうに笑った。
しかしあれをラペリングと言っちゃっていいものか疑問は残るが。
「ま、それもあるけどね」
その隣で悟史が目を丸くしている。
「逹瑯、オマエそんなことしたんか!?高いトコ苦手だべ!?」
「・・・え?あれ冗談じゃなくて本当にダメだったのか!」
ミヤも驚く。
「そーなんだ、変だべ?ハサミと煙は高いところが好きだって言うのに」
二つが混ざって大事なものが抜け落ちてしまっていた。
「・・・ハサミが高いところが好きだっていうのは初耳だな」
ズレたツッコミなのか嫌味なのか微妙なラインのことをミヤに言われて悟史は不思議そうに首を傾げる。
「た・・・高枝切りバサミ!?」
「おお、それだべ!」
さらに的はずれなことを言う優介に悟史は嬉しそうに同意した。
「・・・だりぃからつっこまねぇぞ」
「優介、報告してくれ」
剣呑な声で呟く逹瑯に気を回したのか、ただの仕切り屋なのかミヤが話を戻す。
「うりっ!てゆーかさ、この短時間で《闇口衆》に所属しているよーな人のことを調べれたの、誉めて欲しいよっ!」
「報告内容を聞いてから誉めてやるから早く言え」
「ミヤ君って公平なんだかなんだかなぁ・・・その闇口京のご主人様だけど、最近財界で名を上げてる《灰銀財閥》だった、EOCとまぁ何かしらの遺恨があったんじゃないかな」
「敵対してたにせよビルごと壊滅しにかかってくるなんてずいぶんなトコだな」
逹瑯の合いの手を待っていたかのように優介は机を叩く。
「それなんだけどさ!調べてみたんだよ、でもココ、びっくりするぐらい真っ白、真っ白すぎてむしろドン引き!悪どいこと一切してない!」
「いや、でもさ、闇口雇ってる時点でこっちの・・・《裏の世界》との繋がりがあるってことじゃねぇか?」
またも逹瑯の合いの手、なかなかの聞き上手なのかもしれない。
「ちょっと回りくどい話になっちゃうんだけど、現在の《灰銀財閥》のトップが新倉薫って男なんだけどさ、けっこう若くて30歳の美丈夫でね、この人がびっくりするぐらい善人ちゅーか・・・善人なんだよ」
「慈善事業好きとか?」
「それじゃ只の人助け道楽だよ〜。まぁ遠回しにはやってるみたいだけど、とにかく評判が良いんだこの人、悪く言う人が一人もいないの。《灰銀財閥》と敵対してるトコとか結果的に潰されたトコの人までも悪く言う人が一人もいない」
さすがにこれには他の三人が絶句した。
そんなことがあり得るのだろうか?
生きていて、しかもそれなりの力を持っていて人から恨まれない人間。
そんなものは・・・
「引くでしょ、ちょっと。しかもこの人、いろんな方面で天才的なんだよ」
《天才》であることなんて疎まれる要素になれこそすれ、けして好かれる要素ではない。
「天才っていうとどの規模の?」
分からない部分は後回しとばかりにミヤが聞くと優介は微妙な笑みを浮かべて言った。
「ER3にいた経験あり、まぁ肌に合わないとかですぐ辞めたみたいだけどね」
−ER3、《学術の最果て》世界中の頭脳の集結であり、すべての分野を研究する。
「まぁその新倉さんが《善人》なら肌に合わないっていうのも納得できるけどな」
知識欲のために存在する組織であるせいか、非人間的な人が多いと聞いている。
「で、この人に関しては・・・叩いても埃が出ないっていうレベルじゃないぐらい問題がなかったんだよね・・・」
「でも実際、ビルの中の人間を皆殺しを実行してたんだぞ」
全く話がまとまらない、ミヤは少し不機嫌そうに口を尖らせる。
「まぁ、曲者がいるとしたらこの秘書室長の原敏弥って人が怪しいってゆーか、経歴抹消されてるし、どうもこの《灰銀財閥》の中でもトップクラスの数人しか姿を見たことないって人なんだよね」
「露骨に怪しいべ!」
話に一応付いて来れていたらしい悟史がそう言った。というかむしろそっちのほうが闇口っぽいぐらいだ。
「調べれば調べるほど混乱しちゃって、で、ここで切り替えてその闇口京さんだけど・・・新倉さんに仕えるようになった経歴は不明、でも彼自身はそこそこ有名みたいよ?《究極の失敗作》って言われてる」
「・・・匂宮の人がそんなこと言ってたよね?」
「言ってたな。なんで《失敗作》なんだ?はっきりいってデタラメに強かったぞ」
「ある程度の段階までは成功だったらしいけど・・・結局《失敗》だったんだよ、闇口京はねぇ20代後半の青年なんだよ」
一瞬、逹瑯とミヤの頭の上に大量のクエスチョンマークが乱舞した。
「は?それ別の奴だろ?」
「俺達が会ったのはどっからどう見てもローティーンの・・・子供だったぞ」
「だから《失敗》なんでしょ?何をどうやって《作った》かは知らないけどさ、成長しなかったから《失敗作》」
声も出なかった。
あれだけの戦闘力を有しながら、《失敗作》。
理由は分かる。所詮《少年の体》である以上、どこかに限界がある。
成長すれば、大人の体になれば補えるものを、闇口京は生涯補えないのだ。
今思えば、彼の攻撃は全て《力業》ではなかった、ミヤをワイヤーごと投げ飛ばしたのも、逹瑯を吹っ飛ばせたのも単純な力学の応用。
成長すれば力が付く、リーチが伸びる、そういう単純なことができない。
それ故の《失敗作》。
「胸糞悪ぃな・・・」
乱暴に茶碗を置いて逹瑯は後ろに大きく仰け反った。
「それにたぶん、闇口とはいえ人間だから体が成長しないっていうのはやっぱり・・・」
「将来的にもっと重大な欠陥になるかもしれないってことか?」
「下手すると、身体的な理由で早死にしちゃうかもしれない可能性があるから、主にその身を捧げる《闇口衆》としては、たぶん一番あり得ないんだと思う、病死じゃね・・・」
「胸糞悪ぃ」
逹瑯はもう一度そう呟いた。
「追加情報としてもう一つ、ミヤ君の疑問に対する答えは見つけてきたよ。ってゆーかこれが限界だね、《闇口衆》の一員にココまで突っ込めたのが奇跡とゆーか、これ以上突っ込んだら死んじゃうよ・・・睨まないでよ!結論言えばいいんでしょ!闇口京は《音による精神感応術》使いのはしくれ。まぁ言っちゃえば彼の場合《声》である程度のレベルなら相手の動きを止めるだとかそーゆうことができるの」
30人以上の人間が武器を抜く暇も逃げる間もなくその場で全滅させられていた理由。
動きを封じられてたならば納得がいく。
「それはまた・・・《殺し名》らしくねぇなぁ」
悟史が率直な感想を述べる。
「まぁあくまで《はしくれ》で彼にしてみれば《補足技》みたいだけどね、俺の報告は以上・・・つーか本気で無理です、殺されます」
「よくやったな、優介」
「ミ・・・ミヤ君に誉められたっ!やばい俺、泣きそう!」
優介がハイテンションで喜びの声を上げたので、天吹チームは目を丸くした。
「あ〜〜〜。で、悟史のほうはどうなんだ?」
とりあえず突っ込みは避けて、逹瑯が悟史のほうを見る。
「匂宮祈だろ?簡単だったつーかさ、逹瑯もミヤ君もこの人知ってるはずだっぺ。たぶん個人名だから出てこなかっただけで、この人、元《月の海−ルーン・シー−》の一員だ」
「っていうとあの?五人で一つの殺戮奇術つーふれこみのあの人達?」
「・・・生きて、いたのか」
「お〜、三年前から個人行動始めちゃってな、あんまり名前が出てこなくなっただけで5人とも健在。で、この祈さん、《月の海》時代は後衛専門だったけど、個人で動き出してからどうもはっちゃけちゃったとゆーか・・・」
あれをはっちゃけたで済ませていいものかと現場を見ている逹瑯とミヤは苦笑した。
「趣味で使いっ走りはやるし、好き勝手に暴れ回るし、匂宮本家も手を焼いてるらしいべ。分かったのはそんだけ」
序列第一位の匂宮相手、それだけ分かれば上々だ。
「逹瑯、誉めろ!」
「いやだ!」
悟史にそう言われたが逹瑯はあっさりと断った。
情報交換終了である。
「優介、それとなくでいい《灰銀財閥》の動向を気にかけておいてくれ」
ミヤはそれだけ言うと返事を待たずに席を立った。
当然のように明細を持ってレジに向かう。奢ってくれるつもりらしい。
「ちょ、ミヤ君!ダメだよ、ちゃんと本家に顔出さなきゃ」
「・・・すぐ行くって」
「そんなこと言って一ヶ月あけたことあったでしょうが!・・・あ、ごめん、俺も行くね」
さっさと会計を済ませて店を出るミヤの後を追って優介も席を立つ。
逹瑯と悟史、天吹の二人が残された。
「マイペースだなぁ・・・なんか気に食わない、俺にあれこれ指示は出すし、やたら仕切るし、世話焼いてくるし、序列下だからってなめてんのかな、つーかあのラペリングはねぇだろ、まさか行きもあれかよ。強いのは認めるけど、武器があれじゃ派手さがねぇよ。あえて突っ込まなかったけど仕事で貫徹した早朝にパフェ完食ってどうなの?甘党にもほどがねぇか?あの顔で?いやそりゃちょっとは可愛い顔してるけどさ、目つき超怖いし、ちびのくせに態度でかいし、ああいう他人に指示出し慣れてる人間って俺、ダメなんだよね・・・」
ミヤがいなくなるなりまくし立てるように文句を言い出す逹瑯の顔を悟史は真剣な表情で見つめる。その視線に気づいた逹瑯は愚痴を言うのをやめて悟史を見返した。
「なんだよ?」
「いや、珍しいな、と思ってよ」
「なにが?」
「オマエがそんな風に、他人に興味持つの珍しい」
「興味?俺はただ気に食わない奴だって・・・」
「それが珍しいべ。そもそもオマエが他の人間に好きであれ嫌いであれ《感情的》な感情を抱くなんて今までなかったぞ?一度だってなかった、他人のことなんて路上の石ぐらいにしか思ってないつーか物との区別すらついてるかどうか怪しいレベルだっていうのに」
「・・・ずいぶんな言われようだな、それ」
「逹瑯の中にあるのは天吹としての損得勘定だけだ、自覚ねぇのか?」
悟史に、この一見ぼーっとした男にそこまで言われると逹瑯も返す言葉がない。
そして、自覚がないわけでもない。
でも、それは・・・
「俺は只の《掃除人》だからな」
どこか投げやりにそう言って逹瑯も席を立った。



EOCビルの隠し部屋、合計13体の死体が転がっているそこに、帰ったはずのイノランがいた。
「まぁ、的確ってゆーか、お見事、的な?」
急所を一突きで仕留められている者と首をへし折られている者、前者が逹瑯で後者がミヤの仕業だということは一目で分かる。
「投擲用じゃないナイフを投げ当てするにしても《曲弦師》でもないくせに的確なワイヤー使いも、下位の《殺し名》にしては上出来、ってゆーか破格・・・規格外かな。まぁとっくのとっくに人外魔境なんだけど《殺し名》なんて」
イノラン自らたたき割って入ってきた外壁から外を見れば、空は白んでいた。夜明けだ。
それを確認するとイノランは携帯電話を取りだして、何者かに連絡を入れる。
「お望み通り、このビルにはもう生きてる人間は誰もいないよ。仕上げしちゃっていい?・・・・それにしても君さぁ、たしかに《使いっ走り》は俺の趣味だけど、俺を匂宮だとしっててそんなこと頼むなんてすごいよねぇ。もはや賞賛に値するよ・・・地獄には堕ちるかもしれないけど」
それだけ言うと通話を切って、外壁に開いた穴から飛び降りた。
1分後、ビルは地下に仕掛けられた爆薬によって崩壊した。
隣接するビルや前の通りには一切の被害を出さず、綺麗に崩れ落ちた。
匂宮、闇口、薄野、天吹が偶然にも共闘した跡など一欠片も残さずに、只の瓦礫の山と化した。


早朝の閑散とした街をミヤは一人歩いていた。戦闘能力の低い優介をまくぐらいのことは朝飯前というかほとんど無意識でできてしまう。
例えば、とミヤは世界に問いかける。
裏の世界のことなど全く知らない、表の《戦争で平和な世界》に生きる人々のうちどれだけの人間が考えるだろうか。
《人を殺す》ということの意味について、あるいは意義について。
「そんなものは許せない」とほとんどの人間がそう言うだろう。
違う、そうではなくて、《自分》が《人を殺す》ということについて考える人間がいるだろうか?
たぶんそれは少数派、殺意と殺人の間の溝は狭いけれど果てしなく深い。
では第二問《正義のために遂行される殺人》についてどう思うだろうか?
それこそ「必殺仕事人」じゃないけれど。
たとえば誰かが言う「殺人犯は死刑にすべき」あるいは「遺族の復讐を許すべき」そんな意見。
「殺人は許せない」と言ったその口で殺人を推奨するそんな意見。
《悪》の裏は《正義》ではないし、《正義》裏も《悪》ではない。
《正義のために殺す》は《悪を殺す》とイコールではない。
闇口の忠義も、薄野の正義も、墓森の仁義も、天吹の潔癖も、《殺人》であることに変わりはないのだ。
薄野に生まれ、人を殺す術、仕事を遂行する技術、そして薄野としての精神をそれこそ生まれた時から叩き込まれたというのに、ミヤは分からない。
《正義のために殺す》ということが理解できない。
人殺しに理屈など付ける意味が分からない。
頼まれたから殺す匂宮はまだ理解できる。
忌避され、忌み嫌われている《殺人鬼》である零崎のほうが、自らの意志で殺人を犯しているだけずっと自然だ。
正義などという曖昧な定義にそって人を殺すなどという行為が理解できない。
理解できないのにやっている。
最悪だ。
先程仕事を済ませてきたEOCの主要人物達は、確かに正義に反することをしてきた、自らの手は汚さずにたくさんの人間を殺して、たくさんの人間を不幸にした。
天吹側の理由は知らないが、薄野側の事情としてはそんなもの。
「あいつは、どう思ってやってんのかな?」
天吹逹瑯、《掃除人》。あのへらへらとした、落ち着きのない、子供のような男。
ミヤと正反対な彼。
聞いてみたいと一瞬思ってすぐに首を振る。
《殺し名》同士で殺人の意味を話し合ってどうするというのだ。
どうしたいというのだ。
ミヤ自身が何を思ったところで、何を考えたところで薄野として一生を終えるしかないのだから。
《殺し名》として生きていくしかないのだから。
数年前ならあるいはこの道から降りる術だってあったかもしれない。
でももう手遅れだ。
殺しすぎたし、既に立ち位置は薄野の中核だ。
降りることが許されるわけがない。
降りる時は死ぬ時だ。
そして死のうとは思えない。
天吹逹瑯。
天吹悟史。
闇口京。
匂宮祈。
そして薄野ミヤと薄野優介。
全員異形だ。
普通も平和も望むべくもなくただ漠々とこの《暴力の世界》で生きるしかない。
弱肉強食魑魅魍魎跳梁跋扈。
そして薄野でありながら薄野の正義に疑問を持っているミヤでさえ食われてやる気は一欠片もない。
「浮かない顔してるじゃん?」
「・・・・っ」
当たり前のように、先程からずっと並んで歩いていたかの如く、ミヤの隣に立っていたのは匂宮祈、イノランだった。
「《白銀の執行人》さん、どうかしたの?」
「・・・恥ずかしいので二つ名で呼ばないでもらえますか」
それだけ言って立ち去ろうとしたミヤの肩をイノランが掴む。万力で締めつけられているかのような力だった。
「じゃ、ミヤ君。ちょっとお話してかない?」
「お断りします」
「してくれないと戮っちゃうぞ☆」
脅迫された。
「萌え台詞っぽく怖いことを言わないで下さい!」
「鎖骨がぐしゃっといっちゃうかも」
「具体的に言うのもやめて下さい・・・分かりました、聞きますから離してください」
序列第一位の匂宮相手に回避する術なんてそうそうないので諦めた。っていうか普通に敬語になってしまった。
イノランはやけに無邪気な笑顔を見せて手を離す。
「《灰銀財閥》には深く関わらないほうがいいよ、この短時間で・・・君らがあのビルを出てすぐ連絡したとしてせいぜい2時間弱で、かなり調べたみたいだけどこれ以上はやめとけ」
匂宮が薄野に警告してくるというのはどういうことだ。
まだ《灰銀財閥》に仕えている京がその台詞を吐くなら理解できるが。
「特に原敏弥ね、こいつには君が《薄野》であるならなおのこと、関わらないほうがいい。この先《灰銀財閥》が薄野や天吹の領分になることは絶対にないと保証しするからさ」
「・・・いや、匂宮に保証されましても、そもそも相手は俺が選んでるわけじゃないんで」
そう言ってさりげなくかわすと再びイノランに肩を掴まれる。
「つれないこと言わないでよ。そもそもこうやって俺が《普通》に会話するの《殺戮タイム》の後だけなんだからさ」
そんな不安定なのか、この《殺し屋》は。
ぶっちゃけ逃げたいが、肩はしっかり掴まれている。
「《月の海》が分断した時に俺がまとめて請け負っちゃったからね。《殺戮分野》を」
「・・・《月の海》って確か、5つの体に5つの頭脳に1つの精神でしたっけ?」
「そ。あの中じゃ一番戦闘能力が劣ってる俺があえて引き受ける形になったんだけどさ、精神を5つに分断した中での《殺戮分野》をね。でもまぁ無理があったかな1つの精神を5つに分断するなんてさぁ・・・不安定すぎていけない・・・・ん?喋りすぎだなこれ」
「じゃあ聞きません。警告も聞きましょう」
ますます興味が湧いてしまったので調べるつもりだったが。
「ん〜。警告じゃなくて忠告だよ、守らなくってもなんもしないし」
やっぱり意味が分からない人だった。
「じゃ、またね」
肩を掴んでいた手の感触が消えたと思ったら、もうどこにもイノランの姿はなかった。
「またね、ってもう会いたくないんだけど・・・ん?」
−君が《薄野》であるならなおのこと、関わらないほうがいい。
「どういう意味だ?いや、まさかな・・・」
そのまま少し歩みを進めて、くるりと方向転換した。
「さすがに上に報告しねぇとまずいわ」

《白銀の執行人》薄野ミヤ
薄野優介
《災厄なる蜘蛛》天吹逹瑯
天吹悟史
《元・月の海》匂宮祈
《究極の失敗作》闇口京
《灰銀財閥》新倉薫
原敏弥

役者が出そろっていないような、パズルのピースが足りないようなそんな感覚。
齟齬があるような、妙な感覚。
そちらにとらわれて、ミヤは一つ失念していた。
《殺し名》だろうがなんだろうが人である以上、《出会い》は何かを変えてしまうことを。
忘れていた。


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