第二話『ランドセルランドの休日』
「逹瑯、《幸せ》というものについて調べてみたんだ、気にはなったらな」
「なにミヤ君、街頭で100人に聞いたの?」
「通報されるだろ、そんなことしたら。どっからどう見ても宗教勧誘以外のなにものでもねぇじゃねぇか、辞書を引いてみたんだ」
「いや、それもどうかと思うんだけど・・・それで?」
「満ち足りていて、安定していて、でもそれは個人個人の価値観で数値化できないものらしい」
「ふふっ、案外そっけないものだね、まあ客観視されるとうざったいものではあるよね、昔流行った《世界が100人の村だったら》だっけ?あったじゃない。あれ途中まではけっこう楽しく読んだんだけどラストのほうでいきなりこうこうこれができるアナタはできない人達より恵まれていますみたいな話になるじゃない、あれがすごくイヤだったのね」
「俺もそこがイヤだったけれど逹瑯のイヤだったポイントを聞かせてくれ」
「《だからアナタは恵まれています》って他人に言われたくないよね、オレらみたいな《殺し名》がこんなこと言うの馬鹿げてるとは思うけれどさ、例えば学校がない国で苦労している子もいれば学校に行くのがイヤで自殺しちゃう子もいるじゃない、そこに他人が優劣つけるの俺はイヤだな。ミヤ君のイヤだったポイントを聞かせて」
「・・・だいたい同じだけれど、こっちが恵まれてますってことは向こうは恵まれていませんって言ってるってことだろ、それすごく失礼じゃねぇかな?ってとこだな」
「ああ、アナタ恵まれてますよ、よりアナタ恵まれてませんよって言われるほうがよっぽど腹は立つかもなぁ・・・そこを含めてミヤ君、世界中の人間が幸せになる方法なんてあるのかな?」
「・・・ないんじゃねぇの?」
「あっさり言うね、そのココロは?」
「じゃあオレら、幸せになれるか?」
「・・・無理かもね」
ランドセルランドの休日
都内からさほど離れていない山中の小屋の中にミヤが立っていた。《正義のために殺す》薄野の構成員の一人、《白銀の執行人》という二つ名を持つ男。少年と呼ぶには大人びていて青年と呼ぶにはやや幼い、19歳。しかしその若さで薄野でもトップクラスの実力を持つ。トップクラスの実力なんていうと聞こえはいいがこの場合『人殺しの実力』である。
《始末番》として数多の人間を手にかけてきた、数えるのはとっくの昔に止めてしまったので人数は分からない。だから今、足元に転がっている死体が何人目なのかミヤは分からない。
彼の戦闘服である軍服のようなデザインの服。両腕にはぐるぐるとワイヤーが巻き付けてある。背は低く、身体も細い。色白の可愛らしい顔立ちの中で目つきだけが異様に悪い。彼は《殺し名》だった。生まれた時から《殺し名》だった。
ミヤは深いため息をつく。足元の死体に哀悼を示したわけではなく視線は扉の向こうへ注がれていた。
「諦めてくれねぇかね?アンタの依頼人はこうしてお亡くなりになったわけだしさ」
返答はない。ミヤは軽く舌打ちする。
「俺に命狙われてるって気づいてすぐ、まさかアンタみたいなのに逆に俺の殺しを依頼するなんて頭良いんだか阿呆なんだかよく分かんねぇな、この人・・・もう死んじまってるけど。やるならとっとと終わらそうぜ、俺はさっさと帰って寝たいんだよ」
静かに扉が開いた。体格の良い、190センチほど身長のある髪をオールバックにしたスーツ姿の男が入ってくる。
「まぁ礼儀として名乗っておくよ、俺は薄野ミヤ、アンタは?」
「東屋華火(あずまや・はなひ)。覚える必要はない、お前は此処で死ぬのだからな《白銀の執行人》」
「雑魚っぽい台詞だな。東屋ってことは匂宮の分家じゃねぇか、すげえとこに人の殺し依頼しやがって」
《殺し名》序列第一位《匂宮》の分家の数は五十三家にも及ぶ、その中の一人、というわけだ。
「分家といえど匂宮、薄野如きに遅れはとらん」
「・・・そうだろうな、別段油断する気もねぇけどよ」
華火は腰に下げていたサーベルを抜き構える。踏み込んでからトップスピードに乗るまでが身体の大きさに反して早かった。ミヤは壁ぎりぎりまで飛んでそれを避ける。
「またえらく古風な武器だな」
次の攻撃も早かったがミヤは壁を蹴って天井まで飛び、梁に手をかけて一回転、反対側の壁際におりた。
「避けてばかりか?《白銀の執行人》」
「いちいち二つ名で呼ぶんじゃねぇよ、恥ずかしい」
そんな攻防をしばらく続ける内に華火は焦れたようだった。
「なんのつもりだ!?俺と戦う気がないというのか!?」
「ん、そうだな、ねぇわ」
華火が顔を怒りに赤く染め「巫山戯るな!」と叫びサーベルを振りかぶり飛び上がった。
ミヤは壁に背を預けたまますっと両腕を上にあげた、これから演奏を始める指揮者のように。
華火の動きが止まる、空中で停止する。
「なっ・・・!?」
「だって、もう終わってるからな」
華火の身体のあちこちにワイヤーが巻き付いている、それは小屋の中のいたるところを拠点にして最終的にはミヤの腕に集まっていた。
「人の二つ名覚える暇があったら、スキルも調べとくんだな」
そっけなくそう言ってミヤは腕を振り下ろした。
ごきりという音がして華火の腕が脚が腰が首がありとあらゆる部位が同時に折れ曲がる、軽く腕を振ってワイヤーを回収しながらミヤはまたため息をついた。
ワイヤーがなくなれば物理法則に従い華火の身体は床に落ちる、関節という関節が全ておかしな方向に曲がって、まるで折り畳まれたかのようだった、当然もう死んでいる。
あえて大げさな動作で攻撃を避け、小屋中に小さな刃物で傷を付けて拠点を作り、華火が飛び上がった瞬間に蜘蛛の巣のようにワイヤーを張り巡らせる。室内か、少なくとも拠点になるものが在る場所(例えば森など)でしか使えない技のうえ下準備がいるが、今までこの技を回避できた人間は存在しない。
といってもそれはミヤが相手を選んで使っているからだが、華火のような単純接近戦タイプには有効で確実だ。例えば逹瑯・・・天吹逹瑯のような絨毯爆撃タイプには効かないだろうし、圧倒的なスピードを持つ闇口京にも効かないだろう、ワイヤーを張り巡らせる速度は下準備が整ってしまえば0.5秒といったところだが、それでは京には回避されてしまう。そして匂宮祈、イノランならワイヤーが巻き付いたところで容易く引き千切ってしまうだろう。そこまで考えてミヤは酷い自己嫌悪に陥った。
一週間前、多少の行き違いがあったとはいえ結果的には共闘した3人、逹瑯とは食事までしたので《知り合い》というカテゴリーには入っている、その3人との戦い方を、そして殺し方を考えている自分に嫌気がさした、骨の髄まで《殺し名》なのだと思い知らされる。
小屋の中、ミヤが立っている真後ろの窓ガラスが割れた、飛来してきた物体を軽く指を動かしてワイヤーで叩き落としてふり返る。
落ちていたのは投擲用のナイフ。驚きはしない、匂宮系列の人間は兄弟姉妹で行動していることが多いので相手は華火一人でないことは予測していた。今は一人で行動しているイノランだって元は《五人兄弟》だったのだ。
走り去っていく男の姿が見える、体型は華火と同じでスーツ姿。東屋の《殺し屋》。
逃亡ではないだろう、このフィールドがミヤに有利と判断して体勢を立て直すつもりなのだ。ミヤは胸に渦巻く自己嫌悪を振り払う。
脳は自動的に指令をだしていた、敵を殺せと指示していた。ミヤは窓から飛び出すと東屋の後を追って走り出した。
ミヤの予想通り東屋の《殺し屋》は体勢を立て直し、自分に有利なフィールドへミヤを誘い出すため走っていた。
「今晩は、まだ夕刻だからこんにちはでいいのかな?」
唐突にそう声をかけられて東屋は足を止める。おかしい、進行方向に人が立っていれば絶対に気づく。それなのにその人物はずっと前からそこにいたように切り株の上に直立していた。
血も凍るような美男子。ロキノン系のファッション。男は東屋に微笑みかけると孔雀の羽をあしらったテンガロハットを脱いで胸に当てた。
「えらく殺気立ってるじゃない、どうかしたの?」
この男が誰であろうと問題はない、目撃者は消さなくてはならないしこんなところにいられては邪魔だ。一目でプロのプレイヤーであることは分かったが、東屋、自らの腕に自信はあった。
東屋の手にはシャマダハル、手に付けて使うタイプの刃物。華火同様、古風な武器を好んで使っているらしい。
「・・・おや?やる気なの」
口調が少し呆れたようなものに変わったと思った瞬間、男は宙を舞っていた、跳躍とも呼べない予備動作もなにもない空を飛んだようにしか見えない動き。
男は空中でくるりと回転すると裏拳を東屋に向かって繰り出した。東屋は反射的に腕でそれをガードしようとした、自分よりはるかに優男の一撃、判断として間違っていたとは言えないかもしれない。しかし東屋の意識は男の拳がガードした腕に触れた瞬間に途切れた、何が起こったかすら、自分が死んだことすら気づけなかっただろう、東屋は拳の一撃で上半身まるごと粉々に吹き飛ばされた。
東屋が男の名前を聞いていたら腕でガードしようなどとは思わなかっただろう、それでも寿命がせいぜい1分ほど延びただけだろうが。
小型ミサイルでも打ち込まれたかのような光景の中、悠然と佇んでいたのは匂宮祈。匂宮の分家である東屋の人間なら知っていただろう、彼の拳の一撃が《雷神の鎚−ミョルニル−》と呼ばれる一撃必殺の技であったことを。
その情景を物陰から見ていたミヤは気配を殺してもと来た道を戻りだした「関わらない、関わらない」と言い聞かせながら、足音を立てないよう(そんなことは無意識下でできるレベルではあるがこの時ばかりは気をつけて)息も止めて、足を速めた。なんであのタイミングであの場所にイノランがいたのか気にはなるが、それ以上に関わりたくはなかった。
拠点にしているホテルに戻り、シャワーと着替えをすませるとミヤはベットに潜りこんだ、夜明けが近い。素早く適切な睡眠をとるのも必要なスキルの一つだ。
眠りについてから数時間後、携帯電話が着信を告げた、一瞬で目を覚ますと相手を確認して通話ボタンを押す。優介からだった。
「やっほー!ミヤ君、起きてた?お仕事終わった!?怪我してない!?で、今暇っ!?」
「・・・コロスぞ」
「ってことはお仕事成功、怪我もなし、携帯の着信で起きたってことでオッケーなりか!?」
付き合いが長いというのもある意味で面倒なものだった。ミヤのうんざりしたため息を無視して優介は寝起きには辛いテンションで喋り続ける。
「ねぇねぇ!この質問には答えてよ?今日は予定あるの?」
「・・・べつにねぇけど」
「じゃあ今からいう場所に一時間後に集合ね!あ、普通のカッコで来てよ、普通のカッコ、目立たない一般社会でいうところの普通の服装でね、お金はそこそこ持って来て」
なにを考えているんだ、頭沸いたのか変態キノコ、と突っ込みたかったがそれも怠いと思っているところに集合場所を告げられた、さすがにこれには突っ込もうとするがミヤがなにか言う前に通話は一方的に切れてしまった。
「・・・・・・なんだってんだよ」
平日の朝9時15分前、家族連れや若者グループ、カップルなどが並んでいる列にミヤの姿があった、優介にいわれた通り普通のファッション。Tシャツにダメージジーンズ、短い黒髪は最近の若者らしく無造作にセットされている。但し見えない所に暗器のたぐいは隠し持っていたし、肩に掛けたセカンドバックには愛用のワイヤーがしまってあった。
その隣では逹瑯が仏頂面でそっぽを向くようにして立っていた。Tシャツに黒いベスト、細いローライズのジーンズがスタイルの良さを際だたせている。ナイフはどこにもぶら下げていないがミヤ同様、暗器は隠し持っている。
「なぁ逹瑯、なんで俺達はこんなほのぼのとした所にいるんだ?」
「知らねぇよ、俺は悟史に呼ばれて来ただけなんだから」
二人がいるのはテーマパーク《ランドセルランド》の入場ゲート前、開園を待つ列の中だった。
《殺し名》が遊園地などミスマッチもいいところだ、悪い冗談としか思えない。
ミヤも逹瑯も年がら年中《殺し名》として動いているわけではなくそれなりに娯楽も楽しむし趣味も持っているが家族向けの遊園地など来るのは初めてだ、ランドセルランド自体がそれなりに有名なので存在は知っていたが来ようと思ったことすらない。
ミヤは優介に呼び出され、逹瑯は悟史に呼び出され此処にいる。二人同時にため息をついたところでチケット売り場から優介と悟史が戻ってきた。
屈託のない笑顔で入場チケットを差し出してくる優介にミヤは呆れた顔をしながらも「いくらだ?」と財布を取り出す。根が真面目なのだろう。
「五千円だよ」
「ほらよ」
五千円札を優介に渡して入場チケットを受け取る。一方逹瑯は見ていて清々しい気分になるような笑顔で「ごせんえ〜ん!」と手を差し出す悟史を鼻で笑った。
「あ?おめぇが勝手に連れてきたんだからおめぇのおごりだろ?」
「そーいうと思ったっぺよ」
悟史も特に気分を害した様子は見せず逹瑯に入場チケットを渡した。
「そうだミヤ君、ついでにさとー達にも聞いてほしいんだけどさぁ」
と優介、いつの間にか悟史をあだ名で呼ぶほど親しくなっているらしい。
「EOCと灰銀財閥の間にあったのは遺恨じゃなかったよ、灰銀財閥が一方的に被害者になるところだった」
「・・・なるところだった、ってことはなってはいないんだな」
「アレで食い止めたってことなんだろうけど、EOCがある養護施設を経営してたんだけどそこでどうも不当な人体実験が行われていた、っていうかそのための施設だったんだよ」
「・・・人体実験ねぇ」
そもそも薄野の《正義》がEOCに行使されたのはそれが原因だったのだが、優介がさも最近仕入れた情報のように言ったのでミヤもそれに合わせる。
優介も頭の回る人間なので内情をあかすようなまねはしないのだ。
逹瑯は相変わらずそっぽを向いたまま、悟史は興味深そうに話を聞いている。
「そこにそうとは知らずに灰銀財閥は出資してたんだよ、でもこの養護施設の内情が警察にバレそうになったEOCは全ての罪を灰銀財閥に押しつけるつもりだったんだよ〜」
「おい、優介。俺が調べて欲しいって言ったのは・・・」
「ミ〜ヤ〜君。せっかちは損するよ?」
「え〜〜〜と!京さんはソレを止めるためにあの日EOCをセンメツにかかったってことだべ」
「なんだオマエ、脳味噌入ってたのか?」
必死で考えて言う悟史を逹瑯は鼻で笑う。悟史は何故か照れ笑いを浮かべた。褒められたと思ったらしい。
「それと《証拠隠滅》だな、灰銀財閥に罪を被せるために用意した《偽証拠》の隠滅ってとこじゃねぇの?あの後ビルが爆破されたのもそのためじゃね?」
「たつぅーも鋭いじゃん」
「気安く呼ぶんじゃねぇよ、ぱっつんキノコ。なんだその頭、常識ねぇのか?」
「じょ、常識問われた!体中にナイフぶら下げてるような人に常識問われちゃった!!」
優介は助けを求めるようにミヤを見たが早く続きを喋れとばかりに睨まれた。
「分かったよ、なんだよこの四面楚歌。あのね、あの時EOCビル内にいたのは警備員以外全員、その計画《灰銀財閥に罪をきせる》ことに関わってた社員だったんだ、関わってた人間みんな、それ以外は一人もいなかったの」
その言葉にようやく逹瑯はふり返る。
「ありえなくねぇか、そんなの?・・・時宮か?」
《呪い名》序列第一位、人を操る能力を持った集団、確かに彼等ならば可能だろうが、逹瑯はすぐに首をふって自らの言葉を打ち消した。
「違うか、あそこには匂宮が、イノランさんがいたんだからな・・・」
匂宮と時宮は犬猿の仲、共闘以前の問題だ。
「どうやったってイノランさんの存在が浮くだろ?そもそもあんなテープに吹き込んだメッセージを持ってくること事態不自然極まりないんだから」
「お?ミヤ君、なんで!?」
「なんでもなにも、緊急で連絡取らなきゃいけないことなんていくらでもあるんだから、闇口京だって、携帯電話なりなんなり持ってるはずだろ?」
「お〜〜〜!!そうだな!ミヤ君すげぇ!!」
輝かしい笑顔で悟史に言われ、ミヤは苦笑した。
「なるほどねぇ、ユッケにそれを調べさせてたわけか・・・」
「ちょ、ユッケって勝手に美味しそうなあだ名付けないでよ!!」
「てめぇだって付けたんだからおあいこだろうが、でも調査能力は認めてやるよ、俺もたぶんミヤ君と同じ事が気になってた」
「逹瑯もそうか、あのビルの周囲、いくらなんでも《人がいなさすぎた》よな・・・」
「《結界》・・・時宮じゃねえとすると、なんだと思う?」
「フリーで活動しているやつなんだろうな・・・」
逹瑯とミヤが本日初めて目を合わせた時、入場ゲートのスピーカーから開園を告げるアナウンスが流れた。
「ま、今日は遊ぼうよ!いっつも眉間にシワよせてると老けるよ、ミヤ君?」
「優介・・・お前、マジで遊園地で遊ぶ気で呼んだのか?」
「とうぜんナリよ!遊園地は遊ぶところだよ!」
逹瑯はもう諦めているのか大人しく列の流れにそってゲートへ向かう、が、入ってみて唖然とした視界にはいるアトラクションの全てが絶叫マシーンだったからだ。
「・・・は?」
「なんだおめぇ知らねぇのか、ここは絶叫系で有名なんだべ!」
「悟史、計ったな・・・いや悪い、お前にそんな頭ないわ。ユッケ、てめぇかコラ!」
「えぇ?なにたつぅ。まさか《天吹正規庁》さんたるものが絶叫マシーンにも乗れないわけ?」
「殺すぞ、てめぇ!」
《殺し名》が冗談で吐いてはいけない台詞だった、そんなやりとりを見てミヤはふふっと小さく笑う。
「なぁ逹瑯、観覧車ならどうだ?それくらいなら乗れるだろ」
「え?まぁ観覧車ぐらいなら・・・」
いきなりへにゃ顔で笑われての動揺もあって頷いてしまった逹瑯の腕を悟史と優介が掴む。
「今なら並ばずに乗れるよ!早くいこ!」
「お〜!れっつらごーだべ!」
《殺し名》の本気ダッシュというやや反則技をつかったおかげで観覧車にはトップバッターで乗る事ができた。
−観覧車内の模様は台詞のみでお楽しみ下さい。
「ちょっと待て、この観覧車おかしくねぇか!?なんで安全バーが降りるんだよ!」
「逹瑯、もうあきらめっぺ!」
「乗っちゃったんだからしょーがないナリよ」
「こういうの初めてだな、わくわくする」
「うわ、動いた・・・てオイ!おかしいぞやっぱ!早い、早い!!」
「すっげー!Gだな!引力だな!」
「さとー、それを言うなら重力だよ。ひゃっほー!!」
「さすがに景色いいなぁ」
「ミヤ君、てめぇ!計ったな、ちょ、待って、ホントに待って、怖い、怖いって!!」
「なんか目が回ってきたっぺよ〜ふわふわしておもしい!」
「あ、燕がこんな高さまで・・・」
「ミヤ君って動体視力すごいよねぇ、ひゃー、すっげ!!」
「ぎゃああああああああ!!」
ランドセルランドの観覧車は時速百キロ近いスピードで回転する、此処の名物の一つであった。
観覧車から降りた逹瑯は優介と悟史をどつきまわしてから鼻息荒く宣言した。
「こーなったらなんでも乗ってやろうじゃねぇか!!」
そこからの四人はまるで普通の若い男子の友達同士のように、はしゃいで、遊んだ。
まるでそれが《日常》のように楽しんだ。
返る童心もないのに、童心に返って心から楽しんだ。
その姿は誰が見ても普通の仲の良い若者グループだった。
その後3つほどのアトラクションをはしごして「ギブアップ」を宣言した逹瑯と優介を残し、ミヤと悟史は「もう一回観覧車乗ってくる!」と行ってしまったので、二人でベンチに腰掛け水分補給をしていた。
「たつぅさぁ、これからもミヤ君と・・・時々でいいから遊んであげてくれない?」
「あぁ?なんでだよ」
「あのとーりの仕事人間でさ、あんまこうやって外で遊ばないんだよね、だから息抜きで」
「だから、なんでその役目が俺なんだよ?」
「・・・京さんが《作られた》存在だって話聞いて、たつぅ《胸糞悪い》っていったじゃない?あれ、ミヤ君すごい嬉しかったと思うんだ」
「どういう意味だよ?」
「たつぅは鈍いんだか鋭いんだか分からないなぁ・・・ミヤ君も同じだからだよ」
同じ、闇口京と同じ。作られた存在。
さすがに真顔になって見返してくる逹瑯に優介は軽く微笑む。
「闇口がどんな手法を使ったかは知らないけど、《作られた》って言葉にしちゃえば同じだよ、試験管ベイビーみたいな。それこそ胎児の時から7歳ぐらいのころまで投薬と実験で体中いじくりまわされて作られた」
「・・・薄野もそんなことやってたのか?」
「向上心の強い連中がいてね、いつまでも《殺し名》の下位に甘んじてる気はないとかなんとか、いい迷惑だよ、こっちは。そもそもミヤって名前ですらないからね」
「・・・それって、おい」
「さすがに分かるよね?38番目ってことだよ」
優介は相変わらず微笑んでいたが、それはどこか自嘲のような笑みだった。
「その他の・・・その37番目まではどうしたんだよ?」
「みんな死んだよ、ほとんどは胎児のうちに、40番目までいたけどミヤ君が唯一の成功。まだ完全な成功じゃないけどね。ミヤ君の身体が成長して、25歳ぐらいになったら身体にかかってる全てのリミッターを外してそれが上手くいけば《成功》ってわけ」
言葉が出ずにいる逹瑯に構わず優介は続ける。
「京さんもそういう予定だったんだろうね、でも成長しないからリミッターを外せない、外したらそれこそ死んじゃう。ミヤ君だって今後どうなるか分からない・・・まぁ《殺し名》だからね、それがなくったっていつ戦いで命を落とすかわからないけど、戦って死ぬのとそれじゃあ意味が全然違うもん」
「だからって、俺にどうしろって言うんだよ?そんな話聞かされて・・・どうすりゃいいんだ?」
「俺もよく分からないや、でもミヤ君、たつぅといて楽しそうだったし、だったらせめて・・・」
「笑って死ねたらいいじゃん」
《殺し名》として生まれて、生と死は隣り合わせで、等価値で、それでも、死ぬ瞬間に人間になれたら。
「そんなもん、俺向きじゃねぇよ。この前悟史にも言われたばかりだぜ?《人と物の区別がついてない》って。他に適任がいるだろうが。つーかオマエじゃダメなのかよ」
「ダメだから頼んでるナリよ?それに人をいちいち人として認識してたら《殺し名》じゃないんじゃない?その辺りの感覚はさとーか特別なんだと思うよ。それにたつぅだってミヤ君のこと好きでしょ?」
「・・・そんな頼み受けれねぇよ、バカかオマエは」
「あぁダメかぁ。ま、いいけどね」
「あ〜〜〜でもまぁ、あれだ、今度ヒマな時遊びに誘うかもしれねぇ、いや、他に遊び相手がいなかったらな、でまぁ・・・俺は普通にしてるだけだけどさ!」
大仰な動作で空を向いて言う逹瑯に優介が吹き出す。
「笑ってんじゃねぇよ!!」
「ん、いやありがとね。たつぅは良いヤツだ」
観覧者の中、猛スピードで回転するそのゴンドラの一つにミヤと悟史は向かい合って座っていた、体にかかる力はかなりのものであるはずなのに、まるで普通の観覧車に乗っているかのように二人は景色を楽しんでいた。
「ミヤ君よ〜、逹瑯のことどう思う?」
「・・・変なやつだと思う」
ミヤの返答に悟史はケラケラと笑った。
「じゃあキライじゃないんだな?」
「・・・なにが言いたいんだよ」
悟史の屈託のなさに毒気を抜かれるのかミヤの口調は穏やかだった。
「逹瑯な、ホントはすげぇいいやつなんだ、ホントは《殺し名》向きじゃねぇんだよ」
「悟史のほうがよほど向いてないように見えるけど?」
ゴンドラが一番高いところまで来て、フリーフォールのように落下を始める。
「俺はな、単にバカだから向いてないんだ。2年前・・・俺けっこう大きな仕事のリーダー任されてさ、頑張ったんだけど、ミスしてさ・・・すげえ被害出ちまったの、いっぱい仲間死なせたんだ。仕事自体はなんとか成功したんだけどさ、やっぱ問題になっちまって・・・」
悟史は正面に向き直り、後ろに頭をつけて天を仰いで、目を閉じる。
ミヤはまったく表情を変えないまま、景色を見ていた。
珍しくない話だ。
仲間が死ぬのも当たり前の世界で生きている。
それでもやはり、どれだけ死と隣り合わせでも、戦って死ぬことを運命づけられた人生だとしても、痛みがなくなったことなんてない。
「その上、怖くて仕事できなくなっちまったんだ、だから俺もう天吹の中でいらない存在になったんだけど・・・そん時に逹瑯がかばってくれたんだよな、結果俺は今、裏方みたいなことやってんだけどさ・・・逹瑯は変なやつだよ、人と物の区別なんてついてないみたいなのに、たまにそーいうことするの、俺から見てもよく分かんねぇんだ」
「悟史、もうすぐ下に着くぞ。結論を言えよ」
「あ、ごめんな俺、話すの下手で。こんなこと思ったの初めてだしさ、どう言っていいか分からないんだけど、逹瑯と仲良くしてやってくんねぇ?」
「・・・は?」
そこでようやくミヤは悟史の顔を見る、にこにこと無邪気に笑う顔になんの意図も感じられない。
「会ったばっかなのに変だけど、逹瑯はミヤ君といる時、すげぇ自然なんだ」
「・・・考えとく」
その後4人は合流して、昼食を取る場所を探して歩いていた。平日とはいえそこそこの混雑、その中で彼を見つけられたのはやはり群を抜いて目立っていたからだ。
平日の遊園地に《殺し名》二組が集合しているだけで充分異常事態だというのに、縁があるのかもしれない、4人ほぼ同時に、反対方向から歩いてくる闇口京の姿を見つけた。
金の長い髪をツインテールにして黒いキャミソールの上に透けるほど薄手の白いジャケット。下は短いデニム地のキュロットで、カラータイツに踵の低いミュール。
そんな京と連れだって歩いているのはライダースファッションの髪を赤く染めた、彫りの深い顔立ちの20代後半から30代前半といった感じの男だった。
4人は、とくに京と直接会ったことのある逹瑯とミヤは驚愕というか戦慄したがそれは心の中に押しとどめ、無表情を守りきった。一瞬視線が合ったが京のほうも同じ気持ちらしくそのまま何事もなく通り過ぎようとした時、赤毛の男が声を上げた。
「お!?なんや、そこの4人、京君の知り合いか?ってことは《闇口衆》なん!?でなくても裏の人やね、遊園地なんかでなにしとんの!?まぁええわとりあえず自己紹介、俺は安東大って言うねん!ダイって呼んでなっ!4649!!」
劇団の方ですか?というくらいの大声でまくしたてられ、手を差し出され、さすがの《殺し名》四名も唖然とした顔でダイと名乗った男を見た。
若干ガラは悪そうだがにこにこと邪気のない笑顔を浮かべている。
その隣で京が申し訳なさそうな顔をして言った。
「諦めてくれ、こーいう人やねん・・・」
おそらく遊園地内では一番高いレストランで、予約してあったのか一番良い席に案内された。
レストランは中生代の森を模しており、ロボット仕掛けの恐竜たちが単調に動いていて、鳥の声や唸り声がBGMとして店内に流れている。
その中でもティラノサウルス・レックスとトリケラトプスの前の席。
なんというか申し訳ない気持ちになってしまう、この席に座りたい子供達が何人いるのだろう、《殺し名》なのに、10代後半なのに・・・
いや、恐竜はけっこう好きだから嬉しくないわけではないのだが、こんなちぐはぐな面子で座るのもなんとなく恥ずかしい。
気まずそうに視線を交わす4人にかまわずダイは相変わらず機嫌良く喋っている。
「あれやね、恐竜は男子の夢やね!」
「・・・ケツァルコアトルス」
京がそう言って天井を指さした。見上げると機械仕掛けの巨大な翼竜が旋回している。
「・・・俺、あれ好きやねん」
「それは、なかなかダイナミックかつマニアックですね」
ミヤが答えると京は少しだけ口角を上げた。
此処に来るまでに一応の自己紹介はすませた、言っても問題ないと判断はしたからだ。
まだ気まずそうにメニューに視線を落としている他3人をちらりと見てからミヤは言った。
「安東さん」
「ダイでええよ〜」
「・・・ダイさん。何故俺達が京さんと面識があると分かったんですか?全員顔には出さなかったはずですが?」
ダイは世にも不思議な質問をされた、という顔で見返してくる。
「出さなかったからやん、視線は合ったのにまるっきりのノーリアクション。まああれだけの人出なら視線が合うのはええよ?でもノーリアクションってことはないわ」
「どういうこと?」
さすがに逹瑯が顔を上げて疑問をぶつける。
「あのね、だいたいの人間が俺と京君の取り合わせ見たらすっっっっっごい顔するから。え?なに?犯罪?このロリコンペド野郎っ!ぐらいの顔するで、みんな」
「見た目が犯罪的である自覚はあったのかよ・・・」
逹瑯に言われるとダイは朗らかに笑った。
「いや、別に趣味でこんな恰好させてるわけやないで?でも・・・頼んだらなんでも着てくれるから面白くて・・・つい・・・」
けっこうなことを言われたが、京は気にした様子もなく天井で旋回するケツァルコアトルスを見ている。
「闇口って・・・大変ですね・・・」
優介が思わず漏らした言葉には小さく一言「別に」と返ってきただけだった。
このレストランのオススメらしい《中生代プレート》を前に《殺し名》三家が偶然揃った奇妙なランチタイム。
ちなみにステーキとミートスパゲティとチキンライス。
チキンライスには旗も立っている。お子様ランチ大人版みたいな。
「オマエらあの後こっちのこと調べたやろ?俺の主の名前ももう知ってるな?」
ものすごい速さでナイフで細切れにしたステーキをちまちま食べながら京が言う。
「うあ〜バレてました・・・」
引きつった笑みを浮かべる優介に京は淡々と言う。
「表の連中に知られなければ問題ないレベルの隠し方しかしてない情報だからかまわへん」
「勘違いしないでおいて欲しいのは・・・と言ってもやってまったことは事実で言い訳以外のなにものでもないことを承知で言わせてもらえば、EOCビルでの一件に薫君は噛んでない」
あれだけ繊細にワイヤーを操れるくせに不器用なのか、早々にフォークを諦めて箸でスパゲティを食べていたミヤが目を細めて笑う。
「闇口が、主以外の命令を聞いて動いた、と?」
「その辺りはさすがに詳しく喋れないけどな、そういうことや。薫君は人死にを好まないし、そもそも俺も薫君も京君にはなるべく人を殺して欲しくないと思っている」
この言葉に4人の手が止まった。怪訝そうに、あるいは不快そうにダイの顔を見る。
「ただオレらの中にも過激派がいてな、薫君は一回仲間だと認識した人間は疑わない性格やから気づいてへんのやろうけど、あれはそいつの独断」
ふっとミヤが笑う。
「まるでそれが誰だか分かっていて、かつ過激派は一人であるような言い方ですね?」
「ははっ。口が滑ったわ。まあそういうことや」
「ぶっちゃけ聞いてもいいかな?あんたらの目的ってなんなの?」
逹瑯の質問にダイは目を細める、笑ったようでもあり、あるいはまったく別の感情を込めたような表情で言う。
「薫君の目的は・・・《全世界の人間を一人残らず幸せにすること》や」
誰も答えない。
まったく理解できない異国の言葉を聞いたようなそんな表情を浮かべてダイを見る。京だけが黙々とステーキを口に運んでいた。
「そんなことが、できるわけ・・・」
長い沈黙の後、逹瑯が口を開いたが、それはまともに文章化できないまま語尾が消えて止まる。
「戯言やと俺も思った。でもそれを聞いたその時に、俺は薫君を主に決めた、裏の世界の人間も全員幸せにすると薫君が言ったから、その時からそれだけが俺の存在理由や」
食事の手は休めないまま京が淡々と言う。
やはり誰もなにも答えられなかった。
奇妙なランチタイムを終え、京達と別れると4人はまた遊び狂った。あの話を聞いてまた別のタガが外れてしまったみたいだった。
逹瑯もだいぶ絶叫マシーンに慣れたのか、ぎゃーぎゃー言いながらも楽しんでいるようだった。
京とダイから聞いた話が話題に上ることはなかった、あまりにも異次元で、異世界の話だったからだ。ただ最後、日も暮れる頃。シメにと乗ったジェットコースターでのこと。
運良く先頭に乗ることが出来た逹瑯は隣に座っているミヤに問いかけた。
「ね〜ミヤ君、幸せってなにかなぁ?」
カタカタと登っていく途中、逹瑯はへらへら笑ったままそう言った。
「ん〜見たことないから分かんねぇな」
「楽しいのとは違うのかなぁ?」
「違うんじゃねぇか?」
「死にかけてギリギリで生還してさぁ、うわあ俺生きてるっ!って時の感覚とも違うのかなぁ?」
「違うんじゃねぇか?」
「美味しいもの食べた時?趣味に打ち込んでる時?友達と喋ってる時?どれでもないよねぇ・・・」
「たぶんな」
「じゃあ俺も分からないなぁ、幸せなんてさぁ。足元に転がってるとか言うけど俺らの足元に転がってるのは死体だもん、なんかさぁ、もう幸せになりたいとか烏滸がましいから言わないけれど・・・一度だけ見てみたいね〜!」
天辺までたどりついたジェットコースターから夕陽が見えた。
無性に泣きたくなったけれど、涙を流す方法なんてとうの昔に忘れてしまったからどうしようもなかった。人を殺す術ならいくらでも知っている薄野と天吹の二人は泣き方を知らなかった、胸が押しつぶされそうに燃えている時、どうすればいいのか知らなかった。
それが悲しみと名付けられるものだとすら知らなかった。
「・・・そうだな、見てみたいな」
「・・・ミヤ君、また遊ぼうか?」
「・・・ああ」
天辺で一時停止するジェットコースターの先頭で逹瑯とミヤは目を合わせた。
「・・・お友達になってもらえますか?ってことだべ」
「いいよ、こちらこそよろしくって意味の《ああ》だ」
照れたように笑う逹瑯の鼻を軽く弾いてミヤも笑う。
「じゃあ友人になった記念に一言・・・」
「え?なになに?」
「《ファイナルデッドコースター》って映画見たことあるか?」
急降下を始めたジェットコースターから「ミヤ君の鬼ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」と叫ぶ逹瑯の声が響き渡った。
都内某高級タワーマンションの最上階、ワンフロアぶち抜きで使用されている部屋のベランダに闇口京は降り立った。
あの妙なファッションはダイの悪ふざけなので、甚平に着替えている。面倒なので髪はツインテールのままだったが。
60階の高さでも月は遠い。ネオンと汚れで霞んだ空に浮かぶ月はどことなく朧気で光が弱い。
当たり前のように開いている窓から部屋に入れば、なんとなく飼い猫にでもなったような気分になる。
飼い猫ということに間違いはないのかもしれないが。
「お〜、京君お帰り」
ソファに座って嬉しそうに微笑む男。やや中性的で顔立ちの整った、目つきは鋭いが全体的な柔らかさでとても優しげに見える彼。
京の主。新倉薫。
「どうやった?遊園地楽しかったか?」
傍に寄っていけば、当然のように頭を撫でられる。京は姿が幼いだけで年齢的には薫とそう変わりはないのだが、薫からすれば子供のようなものらしい。
−子供のようなもの
雇った闇口に対する扱いとしてはあまりにも異質。主にこんな風に頭を撫でられる闇口など京の他にはいないだろう。
その心地よさと闇口としての精神の揺れに微かに痛みを感じながら京は微笑む。
主がしたい扱いに従うのは闇口だから、そう思いながら。
「ケツァルコアトルス見られたから、よかったな」
「あれレストランのロボットやん、いろいろアトラクションあるのに、変なやっちゃなぁ」
「ちゅーかあれやで、ダイ君といくとむしろダイ君のほうがはしゃいでるから」
「ははっ、まあダイも久々の休みや、大目に見たり」
「その久々の休みに俺の世話か、難儀やなぁ〜」
薫に促されて京は隣に腰を下ろす。
「その髪型はダイの仕業?」
「うん、でもこれ案外いいわ。邪魔にならんし、動きやすい」
「ならええけど、なかなかビジュアル的にえらいことになってるで、似合ってるけどな」
契約を結んだその日に、友人のように、あるいは家族のように接して欲しいと言われたからこうしている、それ以外に理由はない。
薫の手を取って主従の誓いを述べた、だからこうしている。
「貴兄が乾きしときには我が血を与え、貴兄が飢えしときには我が肉を与え、貴兄の罪は我が贖い、貴兄の咎は我が償い、貴兄の業は我が背負い、貴兄の疫は我が請け負い、我が誉れの全てを貴兄に献上し、我が栄えの全てを貴兄に奉納し、防壁として貴兄と共に歩き、貴兄の喜びを共に喜び、貴兄の悲しみを共に悲しみ、斥候として貴兄と共に生き、貴兄の疲弊した折には全身でもってこれを支え、この手は貴兄の手となり得物を取り、この脚は貴兄の脚となり地を駆け、この目は貴兄の目となり敵を捉え、この全力をもって貴兄の情欲を満たし、この全霊をもって貴兄に奉仕し、貴兄のために名を捨て、貴兄のために誇りを捨て、貴兄のために理念を捨て、貴兄を愛し、貴兄を敬い、貴兄以外の何も感じず、貴兄以外の何にも捕らわれず、貴兄以外の何も望まず、貴兄以外の何も欲さず、貴兄の許しなくしては眠ることもなく貴兄の許しなくしては呼吸することもない、ただ一言、貴兄からの言葉のみ理由を求める、そんな惨めで情けない、貴兄にとってまるで取るに足りない一介の下賎な奴隷になることを――ここに誓います」
凄まじい内容ではあるけれど、権力を欲している人間にとっては闇口を手駒におけるということは喜ぶべきことなのに、薫はひどく悲しそうな顔でそれを聞いていた。
《全世界の人間を一人残らず幸せにすること》
京も逹瑯やミヤと、あるいは悟史や優介と同じように幸せがなんなのか分からない。闇口の幸せは主に仕えることだと教わっていたので今の状態が幸せなのかと偶にぼんやりと思うだけだ。
でも、本当の意味では理解していないような気がする。薫は幸せな時は心が満たされていると言ったけれど京の心はいつだって空っぽの空洞だったからだ。
「薫君、もう仕事終わったなら眠らないと、明日も忙しいんやろ?」
「あんま眠くないな、ねなあかんのは分かってるんやけど」
「なら沈静効果のある曲でも歌うわ」
「ほんま?なら眠れるわ。京君の歌好きや、気持ちよく眠れる」
「・・・ま、そういう術やから《精神感応》の」
「そういうんやないで?京君の歌が好きなんや」
薫の言うことがよく分からない時がある、そういう時はなるべく笑うようにしている、京が笑うと薫も楽しそうに笑うからだ。
《殺し名》達の長い休日はこうして終わった。
この日をトリガーに物語が回転し始めることにはまだ誰も気づかないまま。
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