ドウタヌキ?


第三話『鬼達のいちぬけ』


《運命》というものを信じるか?と問われた。信じないと答えた。
どうしようもなく最悪でも劣悪でも罪悪でもそれでも生きているのだから、俺は俺の選択で生きているのだから、そうとして生まれたとしても・・・贖罪はすまい、贖罪しないことが償いだ。生まれながらに決まっていたことでも、彼等を殺したのはまぎれもなくこの両手なのだから、《潔癖》による《掃除》だったのだから、殺した彼等の死を嘆く人間がいても、その人達に謝罪しようとなんて思わない、すまないだなんて思ってはいけない。
そんなものは偽善だ、だからこのままで生きていこうと・・・そう思っていた。
「分かってなんかいないんだ、理解してなんかいないんだ、《正義》だなんてものを一欠片も、何一つ知らないんだ、そんな薄っぺらなもののためにたくさん殺したんだ、俺は最悪よりも酷い、存在そのものが世界の毒だ、有害だ、《正義》なんてものがこの世にあるのなら肉片の一つも残さず消えるべきは俺だ、本当は《幸せ》の意味すら考えてはいけないんだ、そんな価値すらないんだ、《幸せ》なんて単語すら知ってはいけなかったんだ、それなのに・・・」
それなのに・・・
出逢ってしまってごめんなさい、手を伸ばしてしまってごめんなさい。
知らなければよかった、本当は全部、知らなければ、気づかなかったのに。
その手が温かかさで身体の震えが寒さのせいじゃないことに気づいてしまった。


鬼達のいちぬけ


都内某ファミリーレストラン内。少しばかり周囲の視線を集めている二人組がいた。一人は長い髪を天辺でお団子にまとめた男、長い身体をボックス席へ狭そうに折り畳んで、ミックスサンドをちまちまと食べている。どこか愛嬌のある顔立ちに軽薄そうな笑みを浮かべ、通りの良い声でべらべらと喋っている。口は悪いらしい。向かいに座っているのは小柄な、可愛い系に属する顔をしているのに目つきが限りなく悪い男で、おそらくは2、3人前に設定された巨大なパフェを食べている。こちらも何か喋ってはいるようだが不明瞭で、聞き取りにくい声。
若い男性の二人組というのも少々珍しく、お団子頭のほうの声は店中に響くような大声であったため自然と周囲の目が注がれていた。ジャンボサイズのパフェを食べる男というのも珍しいのでそれもある。
半年前、お友達宣言をした天吹逹瑯と薄野ミヤ。
《殺し名》二人は仲良くランチタイムといったところか。
交わされる会話はどこまでもくだらない内容で、今時の若者らしいあまり意味も発展性もないものだった。
女子は夏服より冬服の方が可愛いとか、ところであのお笑い芸人は最近見ないがやはり一発屋だったのかとか、最近のバラエティはつまらないとか、今年の紅白は誰が出るのだとか、流行語大賞をとるのはなんだと思うとか、とりとめのない話。
「ミヤ君、パフェかき混ぜて食べるなよ、なんか別の物体に見えてくるじゃん」
「別の物体ってなんだよ、ストロベリー成分が臓物に見えるとか言うなよ、食欲が失せるだろうが」
「は?今更でしょ、それ。見慣れてんじゃんそんなもん、死神並だべ、死神って言っても石凪連中のことじゃあないよ」
「あの連中の名前を出すんじゃねぇよ、いちいち怖いもの知らずだな。俺はオマエと違って血が流れるのはキライなんだよ、汚れるだろうが」
「ナイフ使いは返り血浴びなくて一人前ですもん!」
「あっそ、俺はナイフ嫌いだな。シンプルじゃない」
「刃物ほどシンプルな武器はないっての、まあ銃器は邪道だけどさぁ」
などとかなり危うい会話も交わしはしたが、若い男子の言うこと、周囲は冗談かでなければ重度の中二病だと思われるだけなので問題はない。
「逹瑯こそ、サンドウィッチに塩をかけないなんて邪道だ」
「かけるほうが邪道だっての、ミヤ君ってなんでもかき混ぜて食べるよね。知ってる?その癖は一番女子が嫌うらしいよ」
「納豆はかき混ぜるだろ、オマエだって」
「納豆はかき混ぜて食うもんなんだよ!なんだよその話の飛ばし方!」
「パフェだって混ぜなきゃフルーツに生クリームが絡まないだろうが」
「トルコアイスでも喰ってれば?」
「そういやアレ最近見かけないよな、一時期けっこう売ってたのに」
「うわあ、すげぇツッコミ殺し・・・」
ミヤのマイペースっぷりに逹瑯は一瞬不服そうな顔をするがすぐに元の軽薄な笑み戻ってサンドイッチを口に放り込む。
「・・・納豆パスタって美味いのか?」
「いっぺん頭たたき割って脳回路確認したいな・・・食べたことないの?」
「話には聞くけどパスタ屋行ってもねぇんだもん・・・」
「じゃ、今度俺が作ってあげるよ」
「マジで?やった」
そこでようやく今まで無表情で喋っていたミヤがへにゃっとした笑顔を浮かべた。逹瑯も自然に笑い返す。
「ねぎと納豆の出汁巻き卵とか〜納豆のいなり焼きとかも作れるよ〜」
「オムライスは?」
「納豆で!?いいや、開発しとく。ミヤ君オムライス好きだねぇ」
「逹瑯が作るのは美味いと思う」
「その台詞、可愛い女の子から言われたいなぁ」
「俺も可愛い女の子にこの台詞言いてぇわ」
そうして小さな笑い声を漏らす。
以前の二人を知る人間がいたらさぞかし驚いただろう、この二人のあまりに《普通》な姿に。
「あ、ミヤ君、俺ドリンク取ってくるけどなにがいい?」
サンドイッチを食べ終わった逹瑯は同じくパフェを食べ終わったミヤに声をかけて席を立つ。
「・・・アイスコーヒー」
「りょーかい!煙草吸うなら今の内に吸っといて〜」
「分かった」
苦笑しつつ、ミヤは煙草に火を点けた。
ぶちゃけ二十歳前なのだけれど、仕事柄あまり十代に見られることもなく、とがめられたこともない。
ミヤは紫煙を吐き出し天井を仰ぐ。
半年、だ。
ランドセルランドに行ったあの後から、逹瑯とミヤ、そして優介と悟史、4人で集まって頻繁に遊ぶようになった。天吹と薄野ではあるが敵対関係ではないのが幸いか、仕事の内情を明かしさえしなければ、友人付き合いをすることは問題にはされていない。
ただ、2ヶ月ほど前からか、ソレが気になりだした。
人を殺す瞬間に躊躇いが出る、ほんの些細な、頭の何処ががチリッと痛む程度のものではあったが、それは間違いなく『躊躇い』だった。
今のところ仕事に支障がでるほどではないけれど、その躊躇いは日に日に大きくなっている気がする。
比較的楽な仕事ばかりだったから良かったものの、何かの拍子にプロのプレイヤーと戦うことになったらまずい、こんな状態ではまずい。
「・・・やべぇよな」
「やばいよ?」
独り言に返答があったので驚いて前を見れば逹瑯が戻ってきていた。
「俺が戻ってきたのに気づかないなんてらしくないね、気を抜いてると攻撃したくなるじゃない」
「ああ、悪い」
「じょーだん。零崎じゃないんだし、そんなことしねぇよ」
逹瑯が差し出したアイスコーヒーを受け取る時、伸ばした腕から血の臭いがした。
返り血を浴びなくても染みつく臭い。
そういえば、今日は人を殺してきたんだと思う。
目の前の光景が、自分がやっていることが滑稽で脆く感じた。




それから半月後のこと、逹瑯は自宅で(と言っても使い捨てのつもりで借りた安アパート)電話を受けた。酷く悲壮な声をした優介から。
『ミヤ君が帰ってこない、もう半月連絡がないんだ・・・』
「仕事先で何かあったのか?」
『違うんだよ。ここ半月、ミヤ君仕事全部蹴ってたんだ・・・様子も変だった。それに拠点にしてたホテルやらなにやら全部引き払ってる、ミヤ君は自分の意志でいなくなったみたい』
死んだわけではないのか、それでも・・・それが意味することはもっと最悪な気がする。乾ききって開くのが億劫な口を開いて逹瑯は優介に問いかける。
「ミヤ君、いなくなる前になにか言ってた?」
『・・・薄野やめたい、って』
「・・・聞くぞ、答えろよ?もしミヤ君が薄野やめたくて逃げたんなら、薄野はミヤ君をどうするんだ?」
電話の向こうに沈黙が下りる、逹瑯は焦れたように叫んだ。
「どうするんだって聞いてんだよっ!!!」
『殺すよ、ミヤ君、殺されちゃう・・・言わせないでよそんなことっ!』
携帯電話を叩きつけたい衝動にかられたがぎりぎりで押さえる。食いしばった歯から息が漏れた。
「・・・こっちでも探してみる。なにかあったら連絡しろ」
『・・・分かった』

仕事が立て込めば連絡を取れないことも多いのでミヤから半月連絡がなかったことを特に気にかけていなかったのだが。
「・・・なんでよ?ミヤ君」
布団に身体を投げ出し目を閉じる、最後に会った日のことを思いだす。そういえばあれが丁度半月前だ。
逹瑯の前ではいつもと変わりなかったように見えた、ほとんど無表情で、でも偶にふっと微笑む。いつも通り。
涼しげな横顔、マルメンの香り、不明瞭な声、鋭い瞳・・・《日常》
日常?
違う、あれは日常じゃない。自分達の日常は暴力と戦いと死に彩られた、腐臭のするどうしようもない最悪の中にある。
じゃああの日々は?この半年間はなんだったというのだ。
「・・・それが、理由?」
なんだ、この感情はなんだ、死ぬのが当たり前に生きてきた、逹瑯にしても他の三人にしてもいつ命を落とすか分からない状況の中にいる。
仲間や知り合いが死んでも、それこそ家族が死んでも、ほんの小さな、一瞬の痛みだけで全てを割り切ることができるのに。受け容れることも割り切ることもできない、ミヤが殺されるという事実に耐えられない。
4人でまたランドセルランドへ遊びに行ったこと、ファミリーレストランで一晩中バカ話をしたこと、車に乗って温泉へ小旅行へ出かけたこと、夜の海辺で花火をしたこと。
あれはあくまで《非日常》だと、その感覚をいつから取り違えたのだろう。
自然に《日常》と思ってしまっていた自分に驚く。
「・・・これ、か」
そう思った瞬間、全てが崩れていくような気がした。
枕の横に置いた携帯電話の束に手を伸ばす、改造したものや、使い捨てるつもりのものばかりの中に一つだけあるPHS。
ミヤがくれたものだ、何かの拍子に他の連絡手段がなくなった時にと。
天吹である逹瑯と悟史に一台、薄野であるミヤと優介に一台という振り分けで持ったのだけれど、基本的に危険な活動が多い逹瑯とミヤが持っていることが多かった。
震える手を押さえて、記憶しているその番号にかける。
永遠のように長い呼び出し音のあと通話が繋がった。
『・・・逹瑯?』
くぐもった聞き取りづらい、いつものミヤの声。
「ミヤ君!なにしてんだよっ!今どこにいるの!?」
『その様子だと優介から聞いたな、俺がなにをしたか』
ふふっと電話の向こうでミヤが笑う。
「っ何考えてんだよ!自分がなにしてるか分かってるの!?このままじゃ・・・」
『本家から刺客送られるってのも珍しい経験になるな』
またミヤが小さく笑った。
「笑いごとじゃねぇんだよ!!今なら大丈夫だろ、戻って来いよ!」
『イヤだ、俺は戻らない』
「薄野やめて、それでどうするの?どうなるっていうの!?」
『・・・どうにもならないだろうな、どうしようもない、此処が行き止まりで生き止まりだよ。なぁ逹瑯、どっちにしても同じことなんだ、あのまま続けていても遠からず俺は命を落としていた、躊躇っちまうんだ、人を殺すのを・・・人を殺せない《殺し名》はそれでお終いだよ』
逹瑯は胸の奥からせり上がってくる熱を飲み込む、言うべき言葉を探す。
「悟史はもう前線にはでていないよ?だったらミヤ君だって・・・」
ミヤはまた笑う、今度は少し自嘲気味に。
『聞いたんだろ?あの日、ランドセルランドで優介から。俺は作られた存在なんだよ、薄野の技術を駆使て作られた38番目だ、そんなやつが殺せません無理ですなんて通らない、他の番号のヤツと同様に《失敗作》として廃棄されるだけだ。《死》ですらない』
返す言葉がなく黙りこんでいる逹瑯に、ミヤは柔らかい声で言った。
『だったら、最期ぐらい選びたいんだ。《正義》だなんてわけのわからないものじゃない、薄野じゃない、ただ一人の人間として死にたい、それだけが俺の望みだ・・・逹瑯、オマエらと遊べて楽しかったよ。でもあれを日常だなんて勘違いした時点で終わりだった。あのまま薄野にいて《失敗作》として廃棄されるより、薄野として誰かと対峙して殺されるより・・・一瞬でも最期の一瞬でもいいから人間になりたい、オマエらと一緒だった時を《日常》にしたい』
「イヤだよ・・・俺、どんな状態でも、最悪でも・・・ミヤ君に生きていて欲しいよ・・・また一緒に遊びたいよ、この前約束したじゃない、オムライス作るって、来年も4人で海に行こうって・・・ねぇ・・・」
『逹瑯、おかしなこと言うなよ、《殺し名》が人に死んで欲しくないだなんて・・・オマエ・・・』
「出逢って・・・変わったのはミヤ君だけじゃないよ?」
それでも逹瑯の中で一つの決意が固まりつつあった。
心臓がこのまま灰になってしまうのではないかと思うほど熱くなった胸を掴み、声を絞り出す。
「また連絡するからPHSそのままにしておいて」
『・・・分かった』
最後にまた小さな笑い声がして電話が切られた。


一週間後、逹瑯は都内から少し離れた廃ビルに足を踏み入れた、少しやつれており、寝不足なのか目蓋が重そうだ。それでもしっかりした足取りで中へと進んでいく。
体中に下げたナイフが揺れてきらきらと光った。
「酷い様だな、と言いたいところだったけれど・・・すごい目つきをしているな、燃えるようだ、《殺し名》がそういう目をするときは危ないんだが」
廃ビルの一室に男が佇んでいた、どこか骸骨を思わせる痩せこけた男。
罪口誠、《呪い名》の《武器職人》。『罪口商会』に属する彼を逹瑯はガラと呼んでおり、個人的な交流があった。
「ガラ、無駄話はいい。頼んだ物はできてんのかよ?」
「できてるさ、最速で作った。他ならぬ逹瑯の頼みだからな・・・」
そう言ってガラは小さな革のケースを掲げる。
「しかしだ、依頼人の内情に踏み込まないのが罪口の鉄則というか美学なんだが・・・これは気になるぞ」
「踏み込まないのが鉄則なんだろ?踏み込むんじゃねぇよ」
ガラは深いため息をついて逹瑯を見る。
「さすがに噂になっている、薄野ミヤさん、オマエのお友達が逃げたこと・・・その始末にオマエが名乗り出たことも」
逹瑯は鼻で笑ってガラを見返す。
「薄野側の説得には手間取ったけどな、最終的に薄野の中で実力トップクラスのミヤ君を殺そうと思ったら薄野の被害もデカイってことで納得してくれた。こっちは薄野に借りを作れるんでむしろ喜んでるさ」
「オマエとミヤさんじゃ実力は五分だろうが・・・この武器ならやれるかもな」
「制作者直々に太鼓判か、心強いことだね」
「違う、ミヤさん愛用のワイヤーを作ったのは俺だから言うんだ」
逹瑯は一瞬怪訝そうな顔をしてからガラの意図を飲み込んで笑った。
「喰えないヤツ・・・」
渡された革のケースを開けると入っていたのは大ぶりのサバイバルナイフ。刀身は黒く、持ち手も黒い。
「全てご要望通りのものだ、代金は前払いでちゃんと頂いているからそれはもうオマエのだ、好きに使え」
ナイフを確認していた逹瑯はガラを見て首を傾げる。
「前払い?前金の間違いでしょ?」
「餞別だよ馬鹿野郎」
「・・・そりゃどーも」
黒いナイフを幾重にも巻いたベルトの一つに引っかけると逹瑯はガラに背を向けて歩き出した、そして扉のところでふり返らずに言う。
「ガラ、俺・・・オマエのこと嫌いじゃなかったよ?」
「奇遇だな、俺もだ・・・では、安息を、逹瑯」




そういえば最初に会ったのも公園だったなと逹瑯は思いだす、此処はあのオフィス街にあるような洗練された公園ではなく、児童公園、遊具がたくさんある公園だったが。ミヤと逹瑯で共通して拠点にしている場所から近く、仕事が立て込んでいる最中の少しだけ開いた時間によく此処で待ち合わせた。ほんの1時間、雑談をするだけでも妙に心が軽くなったものだ。
逹瑯はゆっくりとした足取りで公園を横切っていく、呼び出しはしたが本当に来ているかどうか不安だったので、その姿を見た時にほっとした。
ジャングルジムの天辺にミヤが座っている。少し伸びた黒髪をそのままに煙草をくわえて空を見上げている。軍服ではなく黒いパーカー姿。その両腕にはぐるぐるとワイヤーが巻き付いている。
公園内に植えられた木々は全て赤に染まり、そのむせかえるような赤色の中にミヤがいる。
赤は血の色だ、自分達の色だ。
足元は赤く染まった落ち葉の絨毯、赤い世界。
「・・・ミヤ君」
「よお、逹瑯。久しぶりだな」
「・・・なんでこうなんのかな?」
逹瑯の問いかけにミヤは目を細めて首を傾げた。
「俺ねぇ巫山戯て見えるけど天吹としてはけっこう真面目にやってきたんだけどもね、今の気分は最低最悪」
「出逢わなきゃよかったか?」
「そうは思わないけどね、知らなくていいこともいっぱいあるんだなってお話。海を知らない蛙が空の深さを知っても、手は届かないのにね。だったら空なんか見上げなきゃよかったんだ、蛙は井戸の中だけ知っていればよかったのに」
ジャングルジムの上で空を見上げたままミヤは楽しそうに笑う。
「でも、知ってしまったものは戻れない。空へ向かってジャンプして、届かずに水底に叩きつけられて内臓ぶちまけて死んでも・・・それが蛙の望みなら」
「その破滅的な性格で生きてこられたのある意味すごいかもね、ミヤ君は。そろそろ下りてきてよ、見上げてんの首が痛いんだけど」
「最後ぐらい見下ろさせてくれよ、オマエが隣に立つと俺はいつだって首が痛かったんだから」
ミヤが吐き出す紫煙が空へ上っていく。
赤く染まり始めた空へ消えていく。
「せめてさ、せめて名前ぐらい欲しかったな、って思ってた時期があったよ。ずーっと38番だったから。それを優介が《ミヤ》って呼び始めて、それが定着したんだ、8歳ぐらいだったかな・・・」
「ミヤって名前、気に入ってる?」
「ああ、気に入ってるよ。そういえば逹瑯の両親どうしてるんだ?」
「とっくのとっくにいない、仕事中にね。そういえばミヤ君だってさ、何もホムンクルスじゃないんだから、血というかDNA上の親はいるんだよね?あ、でなきゃ産んだ人」
「・・・いるんだろうけど誰か知らないな。というか産んだ人はいないと思うぞ、俺の最初の記憶ってガラスケースなんだ」
「胎児の記憶ってやつ?」
逹瑯は見上げるのをやめてジャングルジムにもたれかかった、上からミヤの声とマルメンの匂いが降ってくる。
「《胎児》ってさ、胎内にいるから《胎児》なんじゃねぇ?だったらなんなのか分からないけど、ガラスケースの液体の中だ・・・周囲が見えてるはずはないのに見えてんだよな、なんでだか。それでさ、俺の隣のガラスケースにいたヤツ、37番目・・・まあ形的には《胎児》だよそこそこ人間の形していたし、確かにまだ生きていたんだが・・・何かに失敗したんだろうな、なんかでっかいピンセットみたいなのでつまみ出されてさ、ゴミ袋に突っ込まれてんの。《廃棄処分》だよ・・・それをちゃんと覚えててさ、まあ俺はなんとか成長して外のことやら薄野のことやら分かった時に、あの《廃棄処分》も《正義のために殺し》てたのかな〜って思ったら・・・考えてみればその時から薄野の《正義》とやらが理解できなくなったのかもしれねぇわ」
ミヤの口調はどこまでも淡々としていた、何の感情も伴わない声。
「今でも夢に見るんだ、その時のこと、確かに人だったのに、命だったのに、ゴミ袋に入れられて、捨てられた37番目のこと、名前もないまま《廃棄》されたそいつのこと、俺が毎晩見る悪夢だ。悪夢の中では捨てられるのは俺で、可能性が高かった俺の結末だ。でも《殺し名》だろ?まあいいのかなって思った、でもさ《表の世界》でも22週未満の胎児って一般廃棄物なんだってさ、ゴミ袋に入れるのかなぁって思った」
「・・・それ、知らなかったな」
「ああ悪い、だからなにってわけじゃないんだ。ただ・・・《殺し名》じゃなくても世界は充分最悪なのかなって・・・」
「そうだね、きっと・・・俺達みたいなのがいなくても、人は勝手に人を殺して貶めて傷つけて踏みつける、じゃあミヤ君はどうしたい?何処に行きたい?」
返答はなかった、逹瑯はジャングルジムから離れてまたミヤを見上げる。
笑って見下ろしてくるミヤの姿。
「・・・末期の一服がすんだなら始めよう、日が暮れる前に始めよう。そしてもうお終いにしよう」
ジャングルジムの上でミヤが立ち上がる。赤く燃える木々と赤く燃え始めた空を背後にあの笑顔をみせて。
「いいぜ、遊ぼう、逹瑯」
ふわりと飛び降りるミヤの足が地面に着く前に、逹瑯はナイフをベルトから抜いて投げつける投擲用のものを6本。高い金属音がしてナイフは全てミヤのワイヤーに叩き落とされた。
「大事に使えよ。拾う暇は与えないぞ?」
「・・・飛び道具全無効化ってある意味セコイよね」
「ん?大砲とか打ち込まれたらさすがに弾けないけど?」
「そんな話はしてないでしょ、アナタは本当に天然ボケ」
ミヤは少し不満げに口を尖らせた。それから二人で声をあげて笑う。ひとしきり笑った後、同時に踏み込んで距離を縮めた。
びぃうんと音を立てて首元に飛んでくるワイヤーを屈んでかわし、逆手に持ったナイフを下から振って切りつける、それをまたワイヤーで弾かれ、ミヤは逹瑯の肩に手をかけ、一回転して後ろに飛んだ。すぐ耳の横を抜けていくワイヤーを逹瑯は横に避ける。長い髪が少しだけ切れてぱらぱらと地面に落ちた。
「ああ、悪い。貴重な髪を・・・」
「それだけは禁句だって言ったよねっ!?」
振り向く勢いでそのまま駆けたし、喉元目がけてナイフを振るうが両手で伸ばしたワイヤーがそれを受け止めた、ぎちぎちと鍔迫り合い状態になったところをミヤはワイヤーでナイフを絡め取り、逹瑯の腹を蹴り上げる。
逹瑯は即座にナイフを離し、後ろに飛んでダメージを緩和した。ワイヤーに絡まったナイフを面倒くさげに地面に捨てるミヤに逹瑯は笑みを浮かべる。
「使いこなせれば良い武器だよね、確かにある意味じゃナイフよりよっぽどシンプルかもしれない、それだけで防御も攻撃も完璧だもん、隙がない・・・」
「逹瑯だって図体はデカイのに回避が上手いし、正確無比な遠距離攻撃と的確に急所を狙う単純近距離戦、会得するにはそれなりの努力がいっただろう、賞賛に値するよ」
「ねぇ《殺し名》として合格なヤツは人間としては《失格》なのかな?」
笑いながら二人は視線を交わす。
「《失格》じゃなくて《人外》さ。まだ足りないな、遊ぼう逹瑯。子供は日が暮れるまで遊んでいいらしいから・・・」
「迎えに来てくれる人も、本当は帰る場所もないんだけどね」
「でもずっと遊んではいられない、俺達も・・・」
真っ赤に染まった空と、風に舞う赤い木の葉、とても静かだった。
逹瑯が跳躍する、地面を蹴って高く跳ぶ。空中でくるりと回転する時に体中のナイフを引き抜いて、まとめて投げた。
数十本の様々な種類のナイフが夕陽を浴びて赤く輝いた、赤い雨。
それをミヤは指揮者のように軽く腕を振って、全て叩き落とす。高い金属音が連続して響いて赤い雨はミヤに届かず、すべて地面に落ちる。
「あ〜あ。これが最後の一本だよ・・・」
「大事に使えって言っただろうが」
呆れた顔をするミヤの前で逹瑯は黒いナイフを抜く、先程ガラから受け取ったずっしりと重いそれを構える。
一瞬で踏み込んでくる逹瑯の攻撃を後ろに飛んでかわしながら、ワイヤーを放ちナイフに巻き付ける。
逹瑯はナイフを回転させ、絡んだワイヤーをさらにしっかり巻き付けてミヤを見た。
浮かべるべき表情が分からないから、なにもできなかったというような無表情で。
「たつろ・・・」
ミヤが言い終わる前に小さな炸裂音が響いた。ミヤの身体が一瞬仰け反り、糸が切れたように膝をつく。微かに焦げたニオイがした。
「ナイフ型スタンガン、ってとこかな?もちろん電圧やらなにやらその辺にあるものとは比べ物にならないよ。今ので一番弱い設定。罪口製品です・・・」
「・・・はっ」
膝をついたまま、ミヤはゆっくりと顔を上げる。
「オマエにしては頭使ったもの持ってきたな」
「ガラって知ってるよね?アイツに作ってもらったんだ、ミヤ君のそのワイヤー、どうしてもその性能上電気を通しやすいものなんだってね」
「・・・あの野郎、顧客情報漏らしやがったのか」
ワイヤーを回収しようとするが逹瑯が上手くナイフに絡めてしまったので、できない。腕に装着している部分も本来なら一瞬で外せるはずだが、電流が流れた拍子に服が焼けこげ、繊維とワイヤーが絡まって外れない。
「もう日が暮れる・・・」
空はもう赤くなかった、藍と紫にその色を譲っていた。
太陽も眠りにつく、夜が来る。
夜は《人外》の時間だ、人間の時間ではない、ならばもうお終いだ、人間のままでいたいのならもうタイムリミットだ。
ミヤは逹瑯を見上げて微笑む。
「・・・ありがとな、楽しかった」
「うん。俺も楽しかったよ、もし生まれ変われるなら、地獄堕ちが決定している俺達でも生まれ変われるなら、次はちゃんと普通に遊ぼう。そうだな、学校の廊下でどっちかが本を落として、あ、それ俺も読んだことあるぜ、とかをきっかけに仲良くなって、帰りにゲームセンターとか寄っちゃって先生に怒られて、今の社会は腐ってるぜ!とか言いながら屋上で煙草なんて吸って、優介や悟史も一緒に軽音楽部を設立するけど、先生達からロックなんてダメだとか言われて文化祭出れなくて、それならっと屋上をジャックしてゲリラライブやっちゃうような、そんな感じ」
「・・・逹瑯、それは希望じゃなくて妄想だ」
「ははっ!最後まで的確にツッコミありがとう、じゃあ・・・バイバイ」
「・・・バイバイ」
先程より大きな炸裂音がしてミヤの身体が弓なりに仰け反り、そのまま後ろに倒れる。
逹瑯はワイヤーの巻き付いたナイフを下げたままミヤに近づいて、その顔をのぞき込んだ。
微笑を浮かべたまま目を閉じる、白い顔。赤い絨毯の上に横たわる、大切な友人。そっと手を伸ばして首に触れてから顔を上げ、茂みの方へ声をかける。
「・・・終わったよ」
茂みの中から出てきた壮年の男はミヤに近づくと逹瑯がしたのと同じように首に手を触れ、頷いた。
「・・・確かに。手間をかけたな」
「ちゃんと始末したでしょう?」
「間違いなく」
電気ショックによる心停止。最初からそれだけを狙っていた。
逹瑯はミヤ横にしゃがみ込んだまま壮年の男、薄野の上層部であろう男を見上げる。
「お願いがあるんだけどさ、ミヤ君の遺体・・・俺に埋葬させてくれないかな?・・・ある意味でそれも最後の願いの一つだったんだと思うんだよね、ゴミ袋に入れられて廃棄物として捨てられたくないってのも」
薄野の男は怪訝そうに逹瑯を見下ろした。
「俺も個人的にさ、友達だったから最後まで見送りたいんだ、ヘマはしないから、頼むよ」
「・・・こちらとしても手間が省ける、かまわない」
薄野の男はそれだけ言うと踵を返して立ち去っていった、彼が公園から出るのを確認してから逹瑯はもう動かないミヤを抱え上げる。
「ああ、思ったよりは重いかも・・・」
垂れ下がった腕から操り手を亡くしたワイヤーが伸びている。それにかまわず逹瑯は公園の裏口に出て、止めてあった車の後部座席にミヤを寝かせた。
固く閉じた目蓋と短い睫毛、口元はやはり微笑んでいるようだった。
逹瑯はきつく、血が出るほどきつく唇を噛み締め、拳をミヤの胸に叩きつけた。
「ふざけんじゃねぇよ・・・勝手すぎるだろ!」
何度も何度も拳を叩きつけながら逹瑯は叫ぶ。
「出逢って変わったのはミヤ君だけじゃないって言ったじゃんか!なのに何一人だけ抜けてんだよっ!オレらはどうすりゃいいんだよっ!・・・これからどうすりゃ・・・」
また数回拳を叩きつけてから逹瑯は深いため息をついた。それから後部座席のドアを閉め、運転席に乗り込んで車を発進させる。車が走り出す時にバックミラーであの薄野の男の姿を確認して、また大きなため息をついた。



都内から離れた山奥、車が入れるぎりぎりまでで止めて、逹瑯は後部座席からミヤを運び出した。日はすっかり暮れて星が瞬いている。
虫の声がうるさいほど響いていて、夜風は少し冷たかった。
光のない道を1時間ほどミヤを抱きかかえたまま、黙々と歩き続け、ようやく目的の場所にたどり着いた。小さな自然窟、身をかがめて進むとすぐに開けた場所に出る。そこだけ洞窟の天井が開いていて、地面には草も生えているそこにミヤを寝かせると、その隣に逹瑯も座り息を吐いた。
そして手を伸ばし、あたたかいミヤの頬をつつく。
「ミヤく〜ん、もう起きてよ」
その言葉にゆっくりとミヤの目が開く、細い目が不機嫌そうに逹瑯を見て、気怠げに身体を少し動かした。
「あ〜・・・死んだ。さすがに初体験だ・・・」
「そりゃ心臓止まってたからねぇ」
「・・・なんちゅー無茶をするんだ、とまず言っておこうか」
「うん、かなり無茶だなと自分でも思ったもん、頭の中でタイマーかけながら超テンパってたよ」
心臓が止まっても人間は死なない、心停止後すぐに意識が消失し、呼吸が停止し、そして脳に酸素が供給されなくなり死ぬ。
「ぶっちゃけ呼吸止まるとこまではいってたけどさ、人工呼吸は必要ないって仮説が正しくてよかったね、心臓マッサージだけでよかったもん」
ミヤを後部座席に乗せた時、執拗に胸を殴っていたのはそのためだ、あの薄野の男が見ていることは分かっていたので三文芝居付きでやるはめになったが。しかし胸を叩くのはともかく人工呼吸を他のものに見せかける術は思いつかない。
「ミヤ君、いつから目を覚ましてた?」
「車が止まって、逹瑯が抱きかかえてくれた辺りかな・・・最初は意図が読めなかったからそのままでいたけど、まあ途中で分かった・・・」
「なら自分で歩いてよ・・・けっこう大変だったんですけどねぇ、野郎をお姫様抱っこしても面白くもなんともねぇしさ」
寝転がったままのミヤの隣に逹瑯も横になる。
「・・・また夢見が最悪だった」
「ゴミ袋に入れられて、捨てられる夢?」
「ああ、黒いゴミ袋に突っ込まれてぐちゃぐちゃに丸められて、燃やされて、排水溝へ流されるんだ・・・」
焼けこげた服に絡みついたワイヤーを解きながらミヤは顔を歪める。
「ミヤ君、こう考えてよ。排水溝に流されたのは《薄野ミヤ》だよ。此処にいるのは只のミヤ君」
「オマエさぁ、マジで《君は一回死んだ、だから新しく生まれ変わるんだ》とか言う気じゃねぇよな?」
解いたワイヤーを投げ捨てるミヤに逹瑯は忍び笑いを漏らす。
「まさか。でも当分の目くらましにはなるでしょ、まあしばらくは安泰だよ・・・」
そう言って逹瑯が手を繋いできたのでミヤは少し驚いた顔で逹瑯を見る。
「なんだよ?」
「こうしてるとね、悪夢見ないらしいよ。人と手を繋いで眠ると悪夢見ないんだって」
ミヤは答えずに空に視線を戻した。他に光源がないせいか、洞窟の丸く開いた天井からは漆黒のなかに犇めく星の輝きがはっきりと見える。
「ミヤ君、俺の悪夢、聞いてくれる?」
「・・・ああ」
「15の頃かな?俺のターゲットの中にさ、12歳ぐらいの女の子がいたのね、・・・キリスト系新興宗教の教祖の娘だった。その場にいた全員を殺してその子が最後だった、その子は祭壇の前で俺に向かって祈ったんだ、命乞いをされるのかと思ったけれど違った・・・ひどいこと言われた、《貴方は許されます》って言って笑ったんだ。何人も殺していちいち覚えてなんかいないけど、その子のことは鮮明に覚えてる、ステンドグラスの《ピエタのマリア》そっくりな笑顔でにナイフを突き立てて殺したの、あれだけは何故か忘れられない、俺の悪夢だよ・・・」
どちらともなく繋ぐ手に力を込めた。
「その子が教えてくれたんだ《人と手を繋いで眠ると悪夢を見ない》んだってね、まあいままで繋ぐ相手もいなかったから確かめられなかったけどさ」
「じゃあ今から確かめてみるか?・・・でもどうせ・・・」
「あ、やっぱ分かる?優介と悟史も来るよ」
「・・・だよな」
その会話をかわしてすぐ、二人の研ぎ澄まされた聴覚だからこそ分かる微かな足音がして優介と悟史が姿を現した。
「そっちは成功、みたいだね・・・」
微笑む優介をミヤは寝転がったまま見て言う。
「オマエはなんて言って出てきたんだ?」
「ミヤ君が死んだって報告聞いて、かる〜く自殺をほのめかして出てきましたっ!」
「お〜こっちもなぁ・・・」
悟史は逹瑯の隣に腰を下ろしながら言う。
「グラミー賞ものの演技をだなっ!」
「グラミー賞は音楽だから、それを言うならアカデミー賞だ」
律儀に突っ込むミヤに悟史は照れくさそうに頭を掻いてから続ける。
「逹瑯はきっとミヤ君殺して自分も死ぬ気だよ〜〜って周りに言っておいた、そしたらよ〜、罪口のガラが来て口裏合わせてきたの、それで周りも信じたっぽい、で、俺は逹瑯を探しに行くって言って出てきた・・・なあ、なんでオマエら手を繋いでるんだ?」
「・・・悪夢封じのおまじないだよ」
「じゃあ俺もやるっ!」
悟史も逹瑯の隣で横になり手を繋ぐ。
「・・・優介も来いよ」
ミヤにそう言われて優介は戸惑いながらも身体を横たえミヤと手を繋いだ。
「さとーの悪夢はなに?」
優介に問われて悟史は少し唸ってから答える。
「最後の前線で失敗した時だなぁ・・・罠作動させちまってさ、6人いてまず2人が粉々に吹き飛んで死んで、あとの3人が蜂の巣になって死んだ。なんで俺が生き残ったのかは分からないな、偶然かもな・・・それからのことはよく覚えてない、気づいたら俺は血まみれで、ターゲットだった連中はみんなズタズタになって死んでた、俺がやった記憶はないけど俺がやったんだ、ミスで仲間を死なせたことも嫌だったし、記憶もないまま人をあんな残虐に殺せるんだと思ったら怖くなって・・・なんもできなくなった。優介は?」
「・・・実験室だな。ミヤ君が産まれた場所、あそこで見たの・・・39番目、そいつはぎりぎりまでケースの中で育っていて、人の形をしていなかった。肉の塊にしか見えなかった、手も足も目もなかった。彼か彼女かもわからないし、あの39番目に感情と呼べるものがあったのかどうかも知らない、少なくともコミュニケーションは取れないみたいだった。どういう意図で39番目が生かされていたのかは分からないけど、結局そのまま死んだ、死んで《廃棄処分》された。その頃・・・俺はもうミヤ君と仲が良かったから・・・8歳の時だった、あれがミヤ君だったかもしれないとも思ったし、今俺と仲良くなっていたのはあの39番だったのかもしれないと思ったら、世界がとても脆く感じた・・・ミヤ君を《ミヤ》って呼び始めたのはそれからだよ」
それからは長い沈黙だった、只、痛いほど手を繋いで星空を見上げた。
どれほど静かな時間が流れたか、悟史が言った。
「なんか変だ、目の前がぼやけて見えねぇ・・・」
「俺もなんだけど」
「俺もだ」
「俺もだね・・・」
それから互いの顔を見合わせて驚く。
「つーかさ、オレらさぁ・・・泣いてんじゃん!?」
「そうみたいだな・・・泣ける、ものだったのか」
そうしてまた強く、手を繋いだ。
「ねぇみんなさ、俺と悟史は天吹をやめて、ミヤ君と優介は薄野をやめて、まああれだけ騙したから当分はしのげるけどいつかはバレるじゃん・・・だから今度は《潔癖》のためでもなく《正義》のためでもなく俺達のために戦おうよ、俺達が4人でいるために戦おう・・・この手を離さないためなら俺はなんだってできるつもりだよ、《殺し名》じゃなく、只一人の意志を持った生き物として、戦う・・・それが俺の選択だよ」
「俺はそれでいいべ?」
即答する悟史に逹瑯は苦笑する。
「考えて答えろよ、おまえ」
「考えた!すぐ答え出た!だってほら、あれだべ・・・友達じゃん、俺ら」
「で?」
「えっと、だからな・・・え〜〜〜〜っと、例えばな、誰かが優介に危害を加えようとするだろ、そしたら守らなきゃいけないだろ?そういうのが全部繋がったら逹瑯が言ったことになるべ!?」
「さとー、戦うの怖いんじゃなかったの?」
優介の問いに悟史は笑う。
「不思議だけど、そう考え出したらなにも怖くなくなった、この中の誰かが欠けるほうがよっぽど怖いし」
「・・・俺は賛成だね。俺だって実験室を見たあの日からずっと薄野に疑問を持っていた、正直ミヤ君が逃げたのも殺されちゃうかもって点では辛かったけど、ああようやくだなって思ったよ。いや、そう思うなら自分が先陣切れって感じだけど、でもきっと・・・この選択は間違いじゃない」
優介の言葉が終わるとミヤに視線が集まる、ミヤはいつもの涼しげな表情のまま空を見上げて言った。
「まず・・・俺だけ抜けようとしたことは勝手だった。それは本当にごめんな。でも今は俺も同じ気持ちだ、これからは全ての道は自分で選びたい、そしてそのために、オマエらに危害が及ぶ事態になったら俺は戦える・・・」
手を痛いほど繋いだまままた空を見上げた、丸い自然の窓から見える星空はチカチカと瞬き、そして幾重にも流れ星が走る。
「そういえば今日じゃなかったっけ?ナントカ流星群」
「ああ・・・綺麗だな」
涙で滲む流星を、《殺し名》を捨てた4人はただ見上げる。
もう手遅れかもしれないことは分かっている、あまりに殺しすぎた事実は変わらない。
そして今後、天吹と薄野の手から逃げ切れる確立なんて、1%以下の小さなものだ。
行き止まりで足掻いているだけ、生き止まりで祈っているだけ。
でも一つだけ確実なことは、この4人でいる限りはもう、悪夢を見ることがないということだった。


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