ドウタヌキ?


『現実』


暇つぶしにネットサーフィンをしていて見つけたゲームを何気なくDLしてみた。
所謂ホラーアドベンチャーゲームで有名なRPG作成ソフトで作られているらしい。
凄い時代になったものだなと感心する、一般人が此処までのクオリティのものを作り、無料で配布するのが今は当たり前なのだ。
閉じ込められた学校のいたるところに仕掛けられたトラップを掻い潜り、より多くの仲間と生きたまま脱出するゲームだ。
手始めにやった結果はBADENDで主人公を死なせてしまった。
そうなるともうハマってしまい、もう一度プロローグを飛ばしてスタートさせる。
すっかりやりこんで、3回のBADENDを越えてなんとかコツを掴み、ノーマルエンドを迎えることができた。
手にしたスマートフォンを弄り、ツイッターの画面を開いてから考え直して電話帳を呼びだしてかける。
『もしもし?どうしたの葉月さん』
相手はバンド関係の友人である恒人だった、俺は年齢の関係上横繋がりで同年代の友人があまりいないが、恒人はその中でも貴重な年下の友人であり、屈託なくつき合ってくれる相手だった。
共通の趣味があるわけでもないのに何故だかいつも長電話になってしまう。
「いや、面白いゲーム見つけてさ」
『ディープダンジョン魔洞戦記?』
「なんでこの時代にファミコンの鬼畜ゲーやんなきゃいけねぇんだよ」
そもそも俺も恒人も小学生の頃にはスーパーファミコンがあった世代で、ファミリーコンピュータへの馴染みは薄い。
わざとなのか天然なのか恒人との会話はいつも変な方向へ弾む。
「そうじゃなくてパソコンでやるゲームだよ。ツネはパソコンでゲームやらない人?」
『あんまりやらないけど・・・動作重くなると困るし』
パソコンが仕事道具であることを鑑みればそうなるだろう、俺は手短に軽量で無料のゲームがあることを伝え、今やったゲームの説明をした。
『脱出ゲームか、面白そうだね』
「まあ、怖いの苦手なら無理だと思うけど」
ホラー要素の濃いものだったのでそう付け加えると受話器から沈黙が返ってきた。
「え?ツネって怖いのダメだっけ?」
『だっ、だめじゃないよ!?な、なんか面白そうだからやってみるよ!』
どうやら苦手らしい、いつもクールにしているのに意外だ。
それからしばらく馬鹿話をして電話を切った。
その後、玲央さんと、暇だからオマエを潰して遊んで良いかと物騒なメールを寄こして来た逹瑯さんにもこのゲームを紹介していると恒人から電話が来た。
『あ、やってみたよ』
「早いな、どうだった?」
『とりあえず一回やってノーマルエンドで、やりなおしやりなおししつつ二回目でトゥルーエンドだった』
「まじで?謎解き難しくなかった!?」
『謎解き自体は特に。ヒント多かったし、トラップは分かりやすいし』
周囲から頭の回転の早さと観察力の高さはお墨付きをもらっている恒人のこと、この手のジャンルはやってみれば得意なものだったのかもしれない。
『最初に貰える特殊能力がネックだね、あれって名前変えると能力が変わるでしょ?』
「そうなの!?」
『うん、もしかしてプロローグ飛ばしてやってた?』
「やってた・・・」
『名前によって規則性あるみたいだよ、ランダムで貰えるわけじゃないっぽい』
「それは盲点だったな」
『だから使える能力を変えてあちこち試してみるとキーが見つかるからそれでクリアできるっぽい』
「ツネってこういうゲームの方が得意なんだな」
モンスターハンターを一緒にやったけれど、下手だった記憶がある、アクションより地道に進めて行くゲームの方が得意なのだろう。
『ありがとね、煮詰まってたから良い頭の体操になったよ』
そう礼まで言われると照れてしまうが、それは出さずに笑う。
「はは、俺も気分転換のつもりなんだけど長くなっちまったよ。そっちは作曲?」
『うん、葉月さんも?』
「そうなんだよ、じゃあもう一息頑張るか」
『そうだね、がんばろー!』
その後、逹瑯さんから《レコーディング中になにやってんだってミヤ君に怒られた!葉月のせいだ!ばーか!》というメールを頂いた、いやレコーディング中にやらないで下さいつーか・・・それを俺のせいにされても・・・
そんなありふれた一日を終えて明け方頃に眠りについた。




『現実』






肩を誰かが激しく揺さぶり俺の名前を呼んでいる。
「葉月さん起きて!」
此処にはいるはずのない人物の声に俺は目を開ける。
「・・・ツネ?なんでここに?」
「とりあえず起きて周り見て」
恒人に言われて身を起こす。
教室の床に寝ころんでいるようで、窓の外は墨のように暗い。
そしているのは恒人だけじゃなかった、ドアの方を向いて仁王立ちしている玲央さんと、俺から少し離れたところで呆然としたまま座っている逹瑯さんがいる。
「葉月、起きたか・・・」
と玲央さんが厳しい顔で俺を見た。
「オマエも目が覚めたら此処にいたってことでいいのか?」
「え、はい・・・玲央さん達も?」
「そうだよ」とこれには恒人が答える。
「俺も逹瑯さんも目が覚めたらここにいた」
「つってもよぉ」と逹瑯さんが間延びした声を上げる。
「俺が寝てたのはスタジオの廊下にある椅子」
「変ですよね」
「変だよな」
と恒人と玲央さんが顔を見合わせて言う。
「・・・なにが?」
俺の問いに恒人が不満げな顔になる。
「大の男が四人誘拐されてるだけでも異常なのに、スタジオなんて人目のある場所でどうやって気づかれずに逹瑯さん連れて来るんだよ」
言われてみればそうか、逹瑯さんはガタイが良い方ではないがとにかく背が高い、180を越える男子を人の行き交うスタジオから誰にも気づかれずに連れ出すのは不可能だろう。
恒人は華奢で体重も軽いが、俺は平均的な成人男子の身長だし、玲央さんはかなりガタイがいい。
「そもそも、どんだけ眠りが深いんだよって話になるし」
と恒人がさらに追加する。
それもまたその通りだ、部屋にはしっかり鍵をかけていたし、まして抱え上げられでもしたらいくら俺でも起きる。
「この部屋さぁ見覚えない?」
逹瑯さんは俺に視線を固定して言った。
「オマエが紹介してくれたゲームの始まりの部屋に似てない?」
玲央さんと恒人が同時に小さく声を上げる。
俺もあらためて部屋を見渡して思った。
アレはドット絵だったから「見覚え」というより物の配置や色、あれを実際に再現したら確かにこの教室だ。
「葉月君さぁ、なんか知らないの?」
「・・・え!?」
「葉月君が教えてくれたゲームに似てっから言ってんの」
「し、知りませんよ」
偶然見つけたゲームが面白かったから、ここにいる三人に教えただけだ。
「とりあえずこんな部屋から出ましょうよ」
俺はさっさと立ち上がって玲央さんの脇をすり抜け扉に手をかけた。
「おい馬鹿っ!」
玲央さんの声と、身体が引き倒されたのと、風切り音がして何かが真横に突き出したのは全部同時だった。
顔を上げると驚いた顔をしている玲央さんと、俺の腰にタックルを決めた恒人が見える。
ドアの取っ手から太い刃が突き出ていた。
構造的にどう考えてもおかしいが、そうだった、あのゲームでは最初の部屋から出ようとして仲間が一人このトラップに串刺しにされて死ぬんだった。
「葉月君って馬鹿なの?」
逹瑯さんが場違いに明るい声で言って、玲央さんが深い溜め息をついた。
「怪我はないか?」
「はい、大丈夫です」
「オマエじゃない」
ぴしゃりと言われ、俺は腰につかまったままの恒人を見る。
「ツネ・・・大丈夫?」
「・・・うん、平気。でもびっくりした」
そうか、三人は分かってたから扉に近寄らなかったのか・・・
俺がとんでもない馬鹿だな、この場合。
「えっと・・・ありがと」
恒人が引き倒してくれなきゃ、俺の腹が串刺しになっていたわけなのだが、いまいち実感がわかない。
「・・・気をつけてよ」
しかしそれは壊れた、恒人の肩の辺り、袖がざっくり破れていたのだ。
・・・ああ、本当に危なかったんだ。
ちょっと待ってくれ、混乱してきた、この場所は実際に死んじゃう危険があるってことか!?
ゲームの事を思い出す、ドット絵で表された惨殺死体の山。
ドアの取っ手から伸びる刃は鈍く輝いている。
これが俺か、あるいは恒人に刺さってたかもしれないってことか。
「とりあえずさぁ」と逹瑯さんの声は普段通り明るくて軽快だ。
「葉月君のお馬鹿行動のおかげでこの空間がマジってことは分かったわけじゃん」
「あのゲームと同じってことか・・・」
玲央さんは・・・まあ常時眉間にしわが寄っている人なのでいつも通りの顔。
「だとするとますます変な話になってきてしまいますけどね」
恒人もまた、俺を殺人トラップから庇った直後とは思えないいつもの涼しげな表情をしていた。
いや、なんでこの人達この異常事態に通常運転なの?
「とりあえずだけどさぁ、確か扉のトラップは一回発動したらそんだけだったよね」
「ええ、もう扉は開いていますから」
逹瑯さんの問いに恒人が答える、廊下へ続く扉はもう薄く開いていた。
「じゃあ・・・まさかだけど、アレ?」
逹瑯さんが指差した先にはこの部屋には不釣り合いなディスクトップパソコンがある。
そうだゲームだとあれに名前を入力して特殊能力を授かるんだ。
特殊能力って・・・まさかぁ・・・
「そっか、葉月ってここら辺を飛ばしてプレイしてたから扉のトラップ忘れてたんだね」
恒人がそう言って俺を見る、こちらを安心させるような笑顔。
言われてみればその通り、ここら辺はプロローグで2回目のプレイからは飛ばせたからな。
最初のトラップで死んだキャラのことすら忘れていた。
「まあ、名前を入れてみるだけならタダじゃん。やってみようよ」
逹瑯さんはあくまで軽いけれど玲央さんは躊躇っているようだった。
「安全なのかな?万が一にでも逹瑯さんに何かあったらミヤさんに、恒人君に何かあったら浅葱さんに合わせる顔がないんだが」
こんな時でもお父さんする辺り、玲央さんもいつも通りなんだろう。
「いいっての、俺がやってみるからさ。ほら案外これに名前入れたら『ドッキリ大成功』って札持った集団が出てくるかもしんねぇし」
「あの・・・」と恒人が控えめに挙手をする。骨の髄まで末っ子属性が染みついてるな。
「俺は逹瑯さんに賛成です、一応ゲームで問題のなかった通りに進んでみるのが良いと思うんで・・・」
玲央さんはじっと扉を、取っ手から飛びだした刃を見つめる。
「まあ、既に非現実であることに変わりはない・・・か」
ディスクトップパソコンは真っ暗な画面に【名前を入力してください】とだけ出ている。
逹瑯さんはなんの気負いもなくキーボードを叩き、ひゅっと息をついてからエンターキーを押した。
途端、逹瑯さんの肩で携帯電話ぐらいのサイズの水晶が浮く。
「おお、マジじゃん」
逹瑯さんはその水晶をつついて笑った。
パソコンには【架空閃光】と表示されている。
確か化け物キャラが近づくと光って教えてくれる技だ。
習得できてしまうのか、この空間はなんでもアリだな。
「そういえば名前によって習得できる技が違うんだったよな」
恒人に言うと自信なさげに頷いた。
「うん、たぶん狙ったの出せると思う」
そう言って恒人は再び【名前を入力してください】と表示されたパソコンの前に立つ。
「えっと・・・誰が何を習得します?」

話し合った結果、玲央さんが【雷神の鉄鎚】、恒人が【星の砦】、俺が【隠者の蔦】を習得する。
まあ、逹瑯さんのように目に見えて分かるタイプのものではないのだけれど。
ちなみに、攻撃、バリア、探索みたいな振り分けだ。
「さて、改めてこれからのことだが・・・」
仕切るのは玲央さん。キャリアも含めれば逹瑯さんのほうが上だが年齢と性格を考慮すればリーダーは玲央さんだろう。
冷静さにおいて恒人は最強かもしれないが、一番年下の彼が仕切るにはこの業界は縦社会すぎる。
「七不思議を封印していくゲームなんだよな。だから七不思議を封印していけば出られる。全部の手順を覚えている人は?」
「俺は一応」
と逹瑯さんが手を上げる。
「俺も一応覚えています」
恒人も挙手、俺はちょっと不安であることを玲央さんに視線で訴えると頷いてもらえた。
この状況においてオマエを頼りにする気はないから大人しくしていろという顔をされてしまった。
ちょっと凹む。
しかしこの三人、こんな状況でも通常運転だな・・・
そもそもなんであんなくそややこしいゲームが頭の中に入ってんだよ。
「そういえばだけど、あの手のフリゲーって良質な物は必ず攻略サイトがあるんだけど、あのゲームはなかったな」
ふんぞり返って胡坐をかいた逹瑯さんが言う。
「タイトルが『七不思議』なんて区別できそうなものだったからではなく?」
「なに、恒人君は調べなかったの?」
「攻略本を見るのが好きじゃないタイプなもので」
「ふぅん、好きなRPGは?」
「デビルサマナー。攻略本なしでクリアするの大変でした」
「あれを攻略本見ずにクリアしたことに驚くわ!!」
突っ込みの逹瑯さんだが恒人は天然だからな、冗談も言うがこっちが突っ込みたくなるようなことはだいたい天然だ。
「それより早く行こう、確かこの部屋に長居すると何か出て来るんじゃなかったか?」
「あ、そうだそうだ、行こう」
そう言って逹瑯さんは少し身体を避けながら扉を開ける。
「そうなのか?」
俺はこそっと恒人に話しかけた。
「うん、最初の教室にとどまってると出て来る。武器調達前だから回避難しくなるんだよ」
そうだ、これから家庭科室に行って武器を調達しなきゃいけないんだよな。
廊下はひんやりと冷たい、普通の学校の廊下だけれど窓の外は墨色だ。
此処からは化け物がシンボルエンカウントで出て来る、発生率は低いし、逹瑯さんの【架空閃光】があれば、画面外でも反応するはず。
「手っ取り早く封印具を集めようぜ、それを体育館に持ってけばクリアだろ」
逹瑯さんは警戒しながら歩きだす、玲央さんがさりげなく先頭を行き、恒人が最後尾についた。
「え?でもヒント集めないと」
「つくづく馬鹿だね葉月君は、俺らは何が封印具なのか知ってんじゃん、どこにあるのかも。ゲーム内じゃ『封印具を集める』ってヒントを手に入れないと集められなかったけど、俺らはゲームキャラじゃないんだよ?だったら最短で動ける」
なるほどそういうものかと感心したけれど、玲央さんも恒人もリアクションがなかったので気づいていなかったのは俺だけらしい。
ゲームでは最初はヒントを探して彷徨うだけなのだ、途中から校内に封印具が散らばっているというヒントを得てそれを探すことになるが、そのヒントを取得する前に封印具があるところに行っても反応はしない。
しかし俺達は現実の人間なのだから封印具を今からでも集めることができる。
「此処だよな、封印具があるの」
そう言って玲央さんが指差したのは天井にある穴・・・ダクトのつもりだろう。
此処を抜けると隠し部屋があってそこに封印具が置いてある。
学校に隠し部屋というもの妙だがそういう設定なのだからしかたない。
「確か一階にある倉庫から脚立をゲットしてようやく行けるんだよね」
ダクトがあるという情報はあっても、アイテム欄に脚立がないと『上がる』という選択肢が出ないのだ。
「じゃあこれは後回しか」
呟く玲央さんに恒人が挙手する。
「いや、ゲーム内だから脚立なんて簡単にゲットできますけど、此処4階ですよ、わざわざ脚立持ってくるのも大変でしょう、逃げる時に邪魔になりますし」
「じゃあどうすんだよ」
俺の言葉に恒人はさらりと言う。
「葉月さんちょっと肩車してよ」
「あ?」
「俺が上がって取ってくる、突っ張って行けばなんとかなるでしょ」
「そりゃ・・・」
ダクトの広さから言ってそれは可能だろう、むしろ俺らの身体のサイズじゃ脚立で上がる方が難しいかもしれない。
「その通りだが、行くなら俺が行く」
玲央さんが言うも恒人は静かに首を振る。
「いえ、俺が行きます」
あーあ、こいつ頑固だぞ。
「恒人君になにかあったら浅葱さんに会わせる顔がない」
「会わせる顔がないような事態は起こしません。玲央さんが取得した【雷神の鉄槌】は片手が空いてないと使えないけれど、俺の【星の砦】ならダクト内でエンカウントしても回避は可能です」
「そういや偶にダクトの中や隠し部屋でも化け物に遭遇するんだよな」
それは知っていた、ダクト内で化け物と遭遇した時、なんとか回避できるのは恒人が習得した【星の砦】だけという主張は正しいだろう、バリアなのだから最初の一撃を弾いて逃げれば(落ちてしまえば)良いのだから。
しかし化け物と遭遇する可能性がある以上、恒人を一人で行かせるのもどうなのか。
「玲央さん、俺も行きます。俺と恒人で行くならいいでしょう」
「馬鹿だね、葉月君が行ってどうなんのよ?」
「一人でいかせるわけにはいかないからですよ」
熟考したわけではない、でも一人で行かせられないなら俺がついていくまで、それだけのことで・・・逹瑯さんは目を丸くして頭を掻いた。
「いいんじゃね、それで」

結局一番背の高い逹瑯さんの肩に乗り、恒人がまずダクトに上がる、四肢を突っ張って行くとなんとか登れそうだ。
恒人が半分ぐらい行ったところで俺もダクトに入った、思ったよりキツイ。
ダクトはさほど長くはなく、さっさと登り終わった恒人がこちらを覗き込んで来た。
「葉月さん大丈夫?」
「ああ、平気」
返事するのもやっとだなんて言うまい、最後は恒人の手を借りて隠し部屋に到着。
煤けた灰色の空間にポツリと落ちている封印具は古ぼけたお人形のキーホルダーだ。
こうした一見意味のないアイテムが七不思議を封印する封印具になっている。
恒人がそれを拾い上げた。
「ポケットだと不安だよね、適当な袋あればいいのに」
「それこそどっかにあるんじゃねぇの、給食袋とかさ」
ゲーム内ではなんの表示も出なかったものも取り放題だろう。
「そうだね、とりあえず・・・」
恒人が何か言いかけたところで下から逹瑯さんの声が響いた。
「石が反応してる!!こっちにはなにもいないぞ!!そっちは!?」
逹瑯さんが言い終わる前に俺はそれを目視していた。
恒人の背後の壁からずるずると手が生えてくる、ずるずると、ずるずると、焼け爛れた両の手が。
ごぽりと壁が波打って頭が出て来た、数房残った黒い髪は縮れ、捩じれた頭はぐらぐら揺れている。
瞼のない、縮んだ眼球がこちらを見た。
舐めていた。
ゲームではドット絵だったから茶と赤の塊だったけれど、リアルで見るとこうなのか。
・・・花子さん。
俺の表情からか、音からか気配からか、恒人はキーホルダーを握り締めたまま凍りついていた。
いつもクールに尖った涼しげな顔が、妙にあどけなく震えている。
こいつ、怖いの苦手だったんじゃないのか!?
「ツネ!!逃げるぞ!!」
俺は腹の底から叫ぶ、恒人は我に帰ったように俺のほうへ駆けて来た。
ずるりずるりと花子さんがこちらに這いずってくる。
ダメだ、部屋が狭すぎる、追いつかれてしまう!!
「【星の砦】!!」
なにせ初めて出すのだ、出るかどうかも不安だっただろう、しかし恒人の周囲にドーム状のバリアが発生し、花子さんを阻む。
「葉月さん飛び降りて!!」
迷っている暇はない、俺はダクトから飛び降りる。
落下してきた俺を玲央さんがダイバーをキャッチするスタッフよろしく捕まえてくれる。
「飛び降りて伏せろ!!」
玲央さんがダクトの上に怒鳴ると、恒人は指示通り飛び降りて床に伏せた。
その上から焼け爛れた少女の怪、花子さんが追いかけて降ってくる。
「【雷神の鉄槌】!!」
それが恒人に襲いかかる前に、玲央さんが吹っ飛ばした。
花子さんは玲央さんの巨大ハンマー化した腕に廊下の端まで吹き飛ばされた。
「逃げるぞ!」
玲央さんが恒人の手を引いて叫ぶ、四の五の言う間はない、俺も逹瑯さんも走りだしていた。
おいおい、マジだよこれ。


俺達は当初の目的である家庭科室へ逃げ込んだ、どこかの教室に入ればシンボルエンカウントはリセットされる。
ドアの前で息を殺し、気配が消えたことに息を吐いた。
身体が小刻みに震えている、隣にいる恒人も小さく震えていた、歯の根が合わないまま声をかける。
「大丈夫か?」
強く頷いて恒人は自らの細い肩を抱きしめている。
「マジなんだなこれ」
長い髪を掻きむしりながら逹瑯さんは意味もなく歩きまわっていた。
玲央さんは警戒した表情をドアの方へ向けている。
ゲームと違うのは俺達はけして仲良しグループではないということだ。
逹瑯さんは先輩だ、面識もあるし可愛がっても貰っている。
しかしキャリアと年齢の噛み合わなさからか玲央さんとは距離があり、恒人とはほとんど面識がないはずだ。
玲央さんは俺を優先的に守ってくれるだろう、息子のように可愛がられている。
バンドぐるみの付き合いで恒人との仲もそれなりだが、俺と違って友達なわけじゃない、歳が違いすぎる。
「ツネ・・・大丈夫か?」
俺はもう一度問いかける。恒人のメンバー曰く、恒人が「大丈夫じゃない」と言う時はせいぜい倒れる直前なのであてにならないらしい。
あんなものに追われ、大丈夫なわけがなかった。
俺もぜんぜん大丈夫じゃない。
怖くて足ががくがくいって、しばらく立てそうにない。
「大丈夫だよ」
そう恒人は俺に笑顔を向けた。
こいつは男気のある奴だ、俺を守る気でいる、廊下でさりげなく最後尾に立ったように、率先して隠し部屋に上がったように。
ふざけるな、アレに捕まり負けたらグロテスクな死に様を晒す羽目になる、トラップに引っかかっても同様だ。
そんな状況で友達に守られたくない。
この面子だ、恒人を気にかけてやれる立場にいるのは俺だけだ、どこまでも気丈な年下の友人をむしろ俺が守るべきだ、庇うのではなく守るのだ。
「葉月、恒人君、立てるか?武器を探そう」
玲央さんの声に俺はなんとか立ち上がる、恒人も続いて立ち上がった。
元々白い顔は漂白されたように血の気がない。
「戦うってさ、あんなんに包丁で立ち向かうの・・・できるのかな?」
「・・・っ!?」
家庭科室で手に入る武器は包丁ぐらい、ゲームの中では疑問に思わなかったけど、化け物を相手に包丁とはなんて心元ないんだろう。
「箒とかさ、リーチあるやつのほうがいいかもな。あと投げられるやつとか、そっちを探そっか」
俺らの会話を聞いていたらしい逹瑯さんが悪戯っぽい笑みを向けて来た、こんな状況だけれど頼りになる先輩のようだ。
武器を探しながら俺はもう一度よく考えてみる、一度しか見なかったプロローグ、この物語の始まり。
放課後、降霊術をいたずらに行った5人の生徒が突然の揺れに気を失い目を覚ます。
部屋から出ようとした時にまず1人死に、事態の異様さに学校から逃げようとするが外へ出られず、七不思議を封印しなければならない状態へ陥る。
そんな話だったはずだ。
くそ、プロローグ飛ばしてやっていたこと自体がミスだったなんて・・・
「葉月さん、これどうかな?」
そう言って恒人はT箒を持って来た、リーチで言ったら一番あるだろう。パワーはともかく振り回すぶんには良いと思う。
「いいんじゃないかな」
「じゃあ、はい」
と、恒人はT箒を俺に差し出した。
「ほら、俺はバリアあるし・・・」
「あれって制限時間あるだろ」
「でも葉月さんのは探索だからさ」
「分かった」
とりあえず受け取る、今思えば【隠者の蔦】を俺に勧めたのは恒人で、率先して【星の砦】を取ったのも恒人だ、危険度高いのを自分が選んで低いのを俺に勧めたな・・・
「あの」と俺は玲央さんと逹瑯さんにも聞こえるように言う。
「考えたんですけど、仲間が死ぬイベントって戦闘以外だと必ず、仲間割れしたとか、逃げる時に散り散りになった時に起こってますよね、だからこの先・・・どんなことがあっても、絶対に・・・バラバラにならないようにしましょう」
ぽすんと玲央さんの手が俺の頭に乗っかった。
「大丈夫だ、皆で帰る」
「葉月君は心配性だね、俺もそこまで薄情じゃないよん」
逹瑯さんは例の悪戯っぽい笑顔でVサインを突きつけて、確かに俺達は仲良しグループではないけれど、大丈夫じゃないかと思えた。
「葉月さん・・・ありがとう」
と、恒人。
お見通しですか、そうですか。
こいつ絶対、俺のことを『不器用に優しい人』とか思ってるよな。

武器に関してはそこまで凝る必要はない、撃退はできても倒すことはそもそもできないのだから。
玲央さんの【雷神の鉄槌】−ふっ飛ばし攻撃なのだか、アレで隙をついて逃げるを繰り返せば良いだろう。
教室でエンカウントした時は武器で撃退。
包丁を持った逹瑯さんが複雑そうな顔をして言う。
「戦える戦えない以前にさ、気分悪いな・・・人型のものに包丁向けるなんて」
「極力そういう事態にならないように祈りつつ・・・封印具を集めよう」
「あ、でもその前に職員室行って鍵を取ってこないとダメです」
学校探索モノだとありがちなのかもしれないが、職員室で鍵をゲットしないことには開かない部屋が多いのだ。
家庭科室は武器の都合上例外的に開いている。
「職員室は一階だな、よけいなものに会わないようにダッシュで行くぞ」
そうか、吹っ飛ばして逃げ込むって手は他の階じゃ使えないんだった。
まて、鍵を手に入れたら全てのドアは勝手に開くようになっていたが、鍵を開けて教室に入るまでの時間で追いつかれてもアウト・・・現実ってシビアだな。
家庭科室を出て、階段まで走る。
階段はエンカウントしないので余裕を持って下り、一階までいったところで職員室までダッシュ。
緊張もあるだろうが息が切れいていた。
「ここも長居できないはずだよ、居座るとイベント起こったはず」
逹瑯さんの声に俺達はゲームで鍵のあった棚まで行く、行って呆然としてしまった。
ゲームでは『鍵を手に入れた』それだけのことだった、しかし考えてみればこっちが当たり前じゃないだろうか。
鍵は学校の教室分だけ大量にあった。
「ど、どうする?」
全部持つと結構な分量だし使い分けが大変そうだ、しかし此処に長居はできない、ならば何度も来るところじゃない。
「全部持って行きましょう」と恒人が言う。
「全部持って行って先に全ての部屋の鍵を開けるんです、そのほうが探索しやすくなる。鍵を開ける間、逹瑯さんの【架空閃光】があるし、俺の【星の砦】もある。開ける前に葉月が【隠者の蔦】でトラップの有無を確認すれば安全ですよ」
やはりこいつは頭が回るし、もう冷静になっているようだった。
「よし、それでいい。鍵を集めるぞ」
時間がないのだ、俺達は手分けして鍵を全て集める。
備え付けのボードに掛った鍵を全て回収して、手近にあった鞄につめると足早に職員室を後にした。


俺達はとりあえず保健室の扉を開けた。
何事もなく入りこんだところで一息。
「確か此処で回復アイテムが手に入るんですよね」
「葉月君ってマジでお馬鹿なんだね、サトチといい勝負かも」
逹瑯さんにそんなことを言われ、絶句する俺。
なにか変なこと言ったっけ?
「葉月さんさ、そりゃゲーム内のHPは包帯で回復するかもしれないけど、現実でそうもいかないじゃん」
「う・・・」
その通りだった、怪我した時に絆創膏ぐらいあっても良いかもしれないが、それ以上の怪我でもして動けなくなったら現実では詰みだ。
HP1とかさ、もう死ぬよね、それ。
「あ、でも消毒薬とかさ、なんか出て来た時にぶっかければ役に立つかもよ」
とフォローを入れてくれる恒人、良い友達だよオマエは。
保健室を最初に選んだのは此処がセーブポイントだからだ。勿論、現実ではセーブもなにもないが、此処では化け物にエンカウントしない安全な場所だというのが重要。
今後の方針を改めて話し合うために来た。
「昇降口いきません?」
と恒人。
「なんで?死角多いだけでなんもねぇぞ」
首を傾げる逹瑯さんに恒人は苦笑して自らの足を指す。
「いや、上履きかなにか借りられたらいいなと」
そういえば俺も玲央さんも恒人も自室にいたから裸足なのだ、逹瑯さんはスタジオだったから靴を履いているけど。
「確かに裸足というもの不安だな、上履きを借りにいこう」
と玲央さん同意、俺も同意だ。
「つーかツネよ、それって部屋着か?」
「部屋着だよ?」
恒人はずいぶん洒落た格好だった、シャツもスエットもカッコいい。
「外出できそうな格好だな」
「やだよ、こんなの・・・恥ずかしい。でもまさか」
と笑いを堪えるような顔になる恒人。
「葉月さんが家では中学の時のジャージだとは思わなかった」
「うっせぇ・・・」
これが楽なんだよ、ちなみに玲央さんはコマンドーって感じ、別の意味で外に出られなさそう。
超強そう。
「後は・・・倉庫にバッドがあるんだよな」
「包丁よりは役に立ちそうだな」
確かに、現実においても金属バッドって包丁より強そうだし、やっぱりリーチがある武器の方がありがたいよな。
「ゲームでは七不思議を散らばしてしまったから、あるべき姿に戻して、戻したら学校から出られるんですけど・・・」
恒人はそこまで言って口をつぐむ。
「やるしかないっしょ、そうしたら俺らも解放されるって信じるしか」
これには逹瑯さんの言葉も少し弱い。
「・・・ミヤ君がいたらな、あの人こーいう状況に強いから」
ミヤさん、ムックのリーダー。
確かにサバイバル向きな人だよな、俺はこういうの全くダメだけど。
「元の世界で俺達の扱いはどうなってるのかも分からない」
と玲央さん。
「オマエが行方不明になってたら、異世界だろうと助けに来そうだよな、特に浅葱さん」
恒人にそう言ってやる、とにかく今はネガティヴに考えてはダメだ、恒人は少しだけ笑ってくれた。
「あ、あったぞ」
机を漁っていた玲央さんが一冊のノートを持ってくる。
これも此処で見つかる重要アイテムだ。

星影高校七不思議。
その1、トイレの花子さん。苛められていた女子生徒がトイレの3番目の個室で焼身自殺をした。夕暮れ時にトイレの3番目に呼びかけると花子さんが出てきて火をつけられる。

その2、図書室のヨミコさん。終業式の日、居残っていた生徒が鍵を掛けられて閉じ込められ、夏休みの間に干からびて死んでしまった。それ図書室の前で呼びかけると扉を引っ掻くような音が聞こえるようになった。

その3 飛び降りさん。時々窓から人が飛び降りる影が見えるのは飛び降りさんの仕業。窓を覗くと引きずり落とされる。

その4、見回り先生。授業が始まってから3階の廊下を歩いていると見回り先生に捕まる、見回り先生には首がない、悪いことをした生徒は首をとられる。

その5、回答さん。職員室の前にある電話からある番号をかけるとテストの答えを教えてくれる回答さんに繋がる、しかし回答さんの質問に答えられないと連れて行かれる。

その6、地下室のピエロ。学校には地下室があって、そこに鎌を持ったピエロがいる、彼は自分の姿を見られるのが嫌いなので正面から見ると殺されてしまう。

そこまで書いてあって7つめは不明となっている。
最初に見た時も思ったのだが、高校の七不思議にしては幼稚な上に捻りがなく、実害を伴うものばかりなのがリアリティに欠ける。
「殺される」とか「連れて行かれる」とかは小学生の怪談だろう。
「ツネの高校って怪談話あった?俺んトコは・・・なかったと思うけど」
高校なんてほとんど行ってないから分からない。
「俺んトコはなかったね」
先に逹瑯さんが答えた。
「俺もなかったな・・・小学生の頃に口裂け女は流行ったが」
「あ、玲央さんその世代なんだ」
ちょっと驚く逹瑯さん、年齢差がけっこうあるからな。
「俺のところはあったよ・・・というか、過去に実際一人死んでたからその幽霊だけどね」
「ああ、実際に事件があるとさすがにな」
「だからこっちも興味本位とかじゃなくて、避けてたって感じ。幽霊の目撃談はあったけど、実際に死んでるんだからはしゃげないよね。だからこの七不思議もどうなのかな、回答さんなんてもろ『怪人アンサー』だし」
「でもこれがマジで襲いかかってくるんだから笑えないよな」
ビジュアルインパクトとしては焼け爛れている花子さんが再強か。飛び降りさんがどうなるのかが微妙なところだ。
ヨミコさんも辛いな、ミイラみたいなんだろうし。
首なしも実際に見るとキツイのか・・・回答さんは影で表されていたけれど・・・
なにせそれと戦って撃退しなきゃいけないのだから気が重い。
「なんか子供っぽい怪談ばっかだけどねぇ、バトル前提にしてんだろうけど」
と、逹瑯さんが俺が思っていたことを言う。
「そうですね、俗語で言う厨二病的な・・・」
恒人の言うことが的確だったので俺は頷いた。
「うん、葉月さんみたいな」
「だれが厨二病だよ」
どついた。
どついたら玲央さんにどつかれた。
「恒人君にそういうことするなよ」
「だ、だって今・・・」
しかし玲央さんに睨まれると黙るしかない。
脱線しながらも行動は決まった、まず上履きを借りる、倉庫からバッドを取る。
それから図書室へ行く。
俺は知らなかったがトゥルーエンドに到達するためには図書室に置かれている真の七不思議を書いたノートが必須らしい。
体育館の祭壇に封印具を捧げる前にそれぞれに対応した封印具を七不思議に見せる必要があるのだとか。
「だからさ、ヨミコさんはこれで追い払えるんだよね」
と恒人は隠し部屋で手に入れたキーホルダーを握り締めながら言う。
しかしどれにどれを使うか誰も正確に覚えていなかったし、見せるだけじゃなくて言わなきゃいけない言葉があるらしくノートはどうしても必要とのこと。
昇降口で上履きを借りる、高校の設定でよかった、靴のサイズがあった。
コマンドーな玲央さんは上履きを履いたことで直視できなくなってしまったが。
いや、笑っちゃうよ、こんな状況だけど。
逹瑯さんは遠慮なく笑ってたけど俺と恒人はさすがにな。
倉庫に入ってバッドを探す、ゲームじゃそこが光っていたけれど、倉庫の中はごちゃごちゃしててなかなか見つからない。
ふと、何かが光った。
逹瑯さんの【架空閃光】が反応して青白く輝いている。
しかし倉庫の中にはなにもいない。
「・・・?」
「電話から離れて!!」
恒人の声に俺は飛びのいた、唯一窓口が必要な化け物・・・回答さん。
机に置かれた黒電話からにゅっと手が伸びて来る、後ろに下がった拍子に置いてあった物をしこたま倒し、そこにバッドが転がっているのを見つけた。
俺は咄嗟にそれを広い伸びて来た黒い手をぶん殴る、ゴムのような感触だ。
狭い倉庫の中、俺達はそれなりに散らばってしまっていた。
回答さんの黒い手は獲物を探すように隙なくうごめき、じりじりと距離を取りながら俺達は出口へ向かう。
ひゅんと黒い手は突然素早く動いた、一番出口に近かった逹瑯さんに向かっている。
その黒い手に俺が落としたのを拾っていたのだろう、恒人がT箒を投げつけた。
ダメージにはいたらない、しかし黒い手が怯む、それに逹瑯さんが持っていた包丁で切りつけた。
今度こそダメージを与えたらしい、黒い手は、回答さんは電話の中に引っ込んだ。
その隙に俺達は廊下へと逃げだした。
「恒人君サンキュー」
「いえ、大丈夫でしたか?」
足早に廊下を進みながら逹瑯さんが笑顔で礼を言う。
恒人の顔は強張っていた、無理してんだろうな。
その後も俺の【隠者の蔦】でトラップの有無を確認しつつ、逃げ込む部屋を増やして3階にある図書館。


さてさて図書室である、死角だらけのそのくせ広い場所。
「固まって行動するか、手分けするかが問題だな」
「ノートがある位置は覚えてるんですけれど、確かゲームでもしつこく【探す】コマンドを選択しないと見つからないから・・・」
「位置が分かってんなら散らばる必要ないんじゃね?」
普段のミヤさんからの扱いが扱いなので忘れがちだが、逹瑯さんはかなり頭の回転が速い部類に入る人だ。
悪戯ばかりするのに憎めないという立ち位置を会得しているのも、そうした頭の良さ、立ちまわりの良さ、空気が読めるところにあるのだろう。
馬鹿すぎてフォローできないと言われる俺とは違うのだ。
玲央さんは・・・ちょっと天然入ってるからな。
頼れる人ではあるんだけれど、思考回路がどうなってるのか、俺でも分からないもん。
「えと、じゃあ見張り二人、探す人が二人という感じでいきましょうか」
一番年下ながら仕切る恒人、相手の意見を聞いてまとめるのが得意な、典型的なナンバー2タイプ。
自己犠牲が最優先デフォルト設定なので間違っても人の上に立てるタイプじゃない。
「俺に任せて先に行け」とその時が来たら言えてしまう奴だ・・・嫌な奴だ。
頼むから俺なんか庇わないで欲しい、友達に庇われて平然としてられるほど、俺の面の皮は厚くない。
「探す役はとりあえず俺と・・・あと・・・」
どうすべきか、バリアが出せる恒人は見張りのほうがいいだろうが、逹瑯さんと玲央さん、どっちが適任だ?
「俺が探す役、探してたって光れば分かるもん」
と俺の頭を逹瑯さんがぺちぺち叩く、そうでした。
玲央さんは即座に対応しなきゃいけない能力ですからね。
ノートがあるはずの本棚で念のため【隠者の蔦】を這わせて異常がないことを確認してから、目的の物を探しにかかる。
ゲームでは小さかった棚も、リアルになれば結構な広さだ。
逹瑯さんと端と端に別れて丹念に調べて行く、俺に背中を合わせるように恒人が、逹瑯さんには玲央さんがついて、図書室の中心部にあたる此処から隙なく見張る。
喉の渇きを覚えたが今はどうしようもない、心臓だってばくばく言いっぱなしだ。
「今更だけどよ・・・明るいんだな」
「うん、電気ついてないのにね」
背中越しに恒人が小さく答えた。
これもゲームの御都合設定か、電気もついていないのに部屋の中はよく見える。
光源なんてどこにもないのに。
これがリアルに夜の校舎、異世界に閉じ込められた校舎だというのなら真っ暗であるべきだろう。
一冊一冊丁重に、間に何か挟まっていないか、隙間になにか落ちていないか調べて行く、こめかみのあたりを汗が伝った、寒いぐらいなので冷や汗だろうか。
「ねぇ、恒人君ところも歌詞書くのボーカルさんだけ?」
逹瑯さんが唐突に雑談を始めた。
「はい、全て浅葱さんが書いています」
「で、恒人君は歌詞きっちり読む派?」
「うーん、というかウチはまず歌詞を理解するところから始めるんです」
「そうなの?」
「ん・・・原曲を渡して、そこから浅葱さんがまず世界観を決定するんですよ。仮の歌詞と短編小説みたいな解説が送られて来るんでそれを理解して、それから正式に曲を組み立てていきます。ウチはとにかく歌詞ありき、世界観ありきですね」
「・・・葉月なんてぎりぎりで仕上げてくることもあるのにな」
玲央さんの苦笑交じりの声に俺は肩を竦めた、恒人のところが特別なのだ。
「短編小説つくんじゃ、歌詞から想像広げる要素はないの?」
逹瑯さんが興味を持ったのか質問を重ねる。
「そうですね、自由度は低いとは思いますけれど。この時この人はどう思ったかみたいに考えながらベースラインやドラム作るの楽しいですよ」
「アレンジもけっこうやるんだっけ?今度ミヤ君に会わせてあげるよ、あの人は音マニアだからそういう話するの好きだよ」
「本当ですか?一度お会いしたいと思っていたんです」
社交辞令なのか本気なのか判断しかねるトーンで恒人は言う。
「・・・いぢりがいないなぁ」
逹瑯さんがそんな風に呟いた。
そうしてチラリと俺を見る。
「無事に帰ったら好きなだけいぢり倒してください」
そんな返事、だって今となっては逹瑯さんにからかわれ、遊ばれたことすら遠い。
化け物の徘徊する得体のしれない校舎の中、帰れるかどうかも分からない。
「あった!」
俺がそう叫ぶのと、逹瑯さんが声を上げるのは同時だった。
青白く輝く【架空閃光】。
「上です!伏せて!」
恒人がそう言って【星の砦】を発動させる。
バリアに落下してきたナニカ。
ゲーム内では白と茶と赤のドッド絵で表されていた、飛び降りさん。
吐きそうだった。
逹瑯さんですら小さく悲鳴を上げ、玲央さんも目を背けたソレ。
飛び降りさん、永久に飛び降り続けるモノそれは・・・ぐしゃぐしゃだった。
脳が出ているとか眼孔がどうとかいうレベルではない、砕いた骨と肉を無理矢理人の形に固めたような物体だった、内臓がどうとか、肋骨がどうとか、そんなものではない、皮膚も中身もない、ただぐしゃぐしゃの骨も肉も内臓もまぜこぜに、ただそれが『人の形』をしていた。
俺はたぶん、絶叫してた。
喉が酷く渇いたから、叫んでいたんだろう。
「葉月しっかりしろ!」
逹瑯さんの檄でようやく口を閉じ、立ち上がる体勢をつくる、バリアが切れるタイミングで玲央さんが【雷神の鉄槌】を使い飛び降りさんを壁の方へ吹き飛ばした。
「走れ!」
玲央さんの号令に一斉に出口へ向かう、ふらつく俺の手首を恒人が握って引っ張ってくれた、冷えた汗で滑る。
飛び降りさんは跳ね飛ばされた壁に跳ね返ってこっちへ飛んできた、ぬらりとした物が俺の首筋を掴む。
「うわあああ!」
ほとんど反射的にバッドを叩きつけていた、飛び降りさんが床に落ち、跳ね返って天井でバウンドする。
そうだ、コレはそういうボールみたいな動きをするんだった。
床で天井でぐしゃぐしゃと何かが飛び散る。
「葉月さん!」
恒人に手を引かれて図書室を出た、出口で玲央さんにも手を引かれる。
「保健室まで走るぞ!」
距離はあるが体勢を立て直す必要がある、メンタルが崩れかけているのだから。
走るのが不要な階段も走って俺達は保健室へ駆けこんだ。


「俺ちょっと吐いて来るわ」
こんな状況でも逹瑯さんが明るく言って洗面台がある方向へ移動した。
怖いと言うより、気持ちが悪い、気持ちが悪いのだ。
蒼白になって震えている俺の背中を恒人が撫でてくれていた。
「お・・・オマエは?大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ」
でもまた血の気が引いてしまっている顔は、どう見ても大丈夫じゃなかった。
「玲央さんは大丈夫ですか?」
恒人の問いに、腕組みをして壁にもたれていた玲央さんが軽く頷く。
「少し休もう・・・時間は・・・気にしなくても良いだろう」
時計はゲーム内と同じ4時44分で止まったままというベタなもので、この空間に来てからいったいどれぐらい経ったのか分からない。
「しっかし恒人君も玲央さんも咄嗟の対応が早いよねー、おかげで助かってるようなもんじゃん」
吐いてすっきりしたのか、逹瑯さんがそんなことを言いながら戻って来て机の前の丸椅子に腰かけた。
「葉月さんも少し座りなよ」
「・・・オマエもな」
俺と恒人は手前のベッドに腰掛けた。
ゲームだと此処で寝ると回復できたりするんだが、まあ気持ちを立て直す手助けぐらいにはなるだろう。
「これからは本格的に封印具集めだな、さっきの布陣でいいだろう。俺と恒人君が見張り、逹瑯さんと葉月が探す・・・」
さすがに玲央さんも精神的に参っているようだ、タフな人だけれど、こんな状況じゃしょうがない。
「リーダー気質と参謀が揃ってるからなんとかなるっしょ、ムックより安全運転だよ」
逹瑯さんはあっけらかんとした笑顔を見せる、この人なりの気づかいだろう、和ませようとしてくれてる。
「ムックはハンドルとアクセルが優秀だけどブレーキがないからね。玲央さんはさっすが年季が違うや」
玲央さんはそれに少しだけ笑みを浮かべる。
「ウチのボーカルは格別手がかかるからですよ」
隣で恒人が小さく吹き出す。
「そういえばさ、葉月君と恒人君って仲良しさんなの?」
「さあ、一方的に懐かれてるだけっすよ、知りません」
「なにそれー、葉月が寄って来たんじゃん?」
「手のかかる猫に懐かれちゃったって言ってんのー」
軽口を叩いていると逹瑯さんが可笑しそうに肩を震わせた。
「いやいや葉月君、どこからどー見ても恒人君のほうが優秀だからさ、説得力ないよ」
「・・・知ってます」
交友範囲は狭いのに信頼はされてるからな、恒人って。
遊び相手はいなくても、いざって時に手を貸してくれる人が多そうというか。
全然繋がりがない先輩から「ああ、あのチート後輩?」なんて聞いたこともあるし。
俺もそんなあだ名付けられてぇよ「ああ、あの馬鹿な子」って言われたことならある・・・からさ。
「俺さぁ」と逹瑯さんは笑顔のまま言う。
「ミヤ君に歌詞書け!って言われてたんだよね、ちょい仮眠のつもりがこんな状態だよ、早く続き書かなきゃ」
「俺も・・・浅葱さんからアレンジ頼まれてて、朝にはメンバーに送らなきゃいけないんです。俺もそうですよ、仮眠のつもりだったから・・・早く曲仕上げなきゃ」
恒人はそう真っ直ぐに前を見ていた、もう怯えもなにも感じられない瞳。
「俺らは明日・・・リハなんだよな。葉月」
「はい!?」
「叫んで喉痛めんじゃねぇぞ」
不敵に笑う玲央さんに俺は笑い返す。
「玲央さんこそ、歳考えて行動してくださいね」
「ほう・・・帰ったら覚えてろよ」


玲央さんはお父さんキャラ、頼れる人だしリーダーシップ性がある。
逹瑯さんは一見軽薄だが情に脆い兄貴分で、頭の回転が速く、なによりポジティヴだ。
恒人は冷静沈着で、思いすぎるぐらい人のことを思える。
じゃあ俺は?俺がこの状況に置いてとるべき行動は?
少なくとも何か判断を下すことはできなさそうだ、そんなに頭は良くないし、トゥルーエンドに到達できなかったせいで今後のこともよく分かっていない。
だから自分の身を守ること、それから皆を守ること。
【隠者の蔦】を慎重に使い、トラップを絶対に見落とさないこと。
俺達は封印具を集めた、見回りさんに廊下で遭遇したのをふっ飛ばしコンボで回避しつつ、ようやく5つ。
次は体育館にあるとかで、渡り廊下を抜けて体育館へ向かう。
体育館の扉を開ける前に【隠者の蔦】を発動させトラップを確かめる、ゲームではなかったはずでも、絶対にないとは言い切れない。
「大丈夫みたいっす」
俺がそう言うと玲央さんが身体を避けながら慎重に扉を開けた。
誰もいないがらんとした体育館もまたどこにも光源がないくせに明るかった。
「どこにあるんだっけ?」
「えっとほら、あの肋木ですよ」
「ろくぼく・・・ってなんだ?」
逹瑯さんの問いに答えた恒人に聞くと苦笑された。
「ほら、あの脇にある垂直の雲梯みたいなやつのこと。あれを肋木って言うの」
「・・・へぇ、初めて名前知ったよ」
確かに体育館でよく見るけど、用途が不明だよな。
ぱっと見た限りなにもないが、上に何か引っかかっていた。
ノートのようだ。
「俺が取る・・・でいいですかね?」
「気をつけてな」
玲央さんは止めるのを諦めたらしい、言ってもたいした高さじゃない、危険もないだろう。
でも、なんだか嫌な予感がして止めた。
「いや、俺が行く」
「・・・葉月さん?」
恒人がそれ以上言う前に俺は肋木に足をかけていた、ちょっと上って手を伸ばせば取れるんだ、怖がるほどのものでもない。
しかしノートを掴んだ俺の手を何者かが掴んだ。
天井から手袋をした手が不自然に伸びて俺の手首を掴んでいる。
だらりと蛇のように伸びた手。
「うあ・・・」
上げかけた悲鳴が飛んできた影に中断される、肋木に上がった恒人が、俺を掴んでいる手に躊躇なく包丁を突き刺した。
ギャ!と上で悲鳴が聞こえ、伸びていた手が掃除機のコードのように引っ込む。
ほとんど落下するように飛び降りた俺の隣に恒人も着地した。
「逃げるよ!」
逹瑯さんの声に走りだす、走りながら振り返ると、大玉に乗ったピエロが鎌を持って追いかけて来るのが見えた。
グロいの連発だったからシュールな光景に思える。
扉を閉めて、粗く息を吐き出す。
「な・・・なんだよ、今・・・反応してなかったじゃん」
逹瑯さんは自らの肩にある【架空閃光】を見て言う。
「ゲーム内でも偶に起こった・・・イベントの類だと反応しないし、その一種かもしれない」
玲央さんはそう言いながら俺の顔を覗き込む。
「大丈夫か?」
「・・・はい」
正直死ぬほど驚いたおかげで心臓が痛いほどだが、怪我はない。
あそこで恒人が動いてくれなければどうなっていたかは分からないが。
「・・・ツネ?」
恒人は扉を見ながら呆然と立っていた。
「・・・なかった」
「・・・へ?」
「封印具を捧げる祭壇、6つ集めたら体育館に出現するはずなのに、葉月さんがノート持っても何も起こらなかった」
逹瑯さんがはっとした顔になり、それから恐る恐る体育館の扉を開ける。
エンカウントはリセットされると分かっていてもさすがに緊張する・・・薄く開けた体育館の扉。
そこにやはり祭壇はなかった。
「どういうこと?祭壇出て来なかったらどうすりゃいいの?」
扉を閉めてそれを背に逹瑯さんが焦った声を出す。
「・・・バグなのか?」
バグ。
ゲームにはつきもの。
ほら、フラグ立てたのにイベントが起こらないバグ。
でもこれは現実なんだぞ。
「落ちつけよみんな」
逹瑯さんが場違いに明るい声を出す。
「パニック起こすな、絶対だよ。まだ詰んだって決まったわけじゃないんだから・・・保健室に戻ろう」
俺は恒人を見た、冷静沈着な恒人ならばとそう思って。
しかし、恒人はこの中で一番冷静さを欠いている顔をしていた。
「ツネ・・・落ちつけよ」
「え?あ・・・うん・・・」
大丈夫と言うことすら忘れてしまっている。
「恒人君、しっかりして。ほら」
玲央さんに背中を叩かれようやく我に帰った顔になったが、まだ動揺している様子だ。
「葉月、手を繋いで行ってやれ。危なっかしい」
玲央さんに言われ、俺は恒人の手を引いた、握り返してはこない手。
頭が回る分、それが追いつかなくなるとフリーズしてしまうものなのかもしれない。
さっきあんな素早さで俺を助けてくれたのに。
ゲーム内での登場人物の行動、パニックを起こしたり、喧嘩してバラバラに動いたり、非常時にそんなことやるわけないだろうと思ったけれど、馴染んだ人間が突拍子もない行動を取るから非常時なのだ。
普段通りの軽妙さで和ませてくれている逹瑯さんが一番強いのかもしれない。
玲央さんが普段のリーダーシップ性を発揮し切れていないように見えるのもやはり・・・非常時なのだ。
さっきだって咄嗟に逃げてしまったが、ピエロを追い払う封印具は持っていたのに、誰もそれを言いださなかった。
今までは手持ちと出て来る化け物が上手く合わなかったからやってないけど・・・
「・・・う」
隣を歩く恒人がそんな声を上げたので俺は驚いて顔を見る。
え、ちょっと待って、泣きそうになってんだけど。
泣いてんの?つーかこいつって感動意外でも泣くプログラム組み込まれてたの?
「ちょ、おい、大丈夫だよ、なんとかなるって!なっ!」
いつだったか浅葱さんから聞いたんだっけ?普段張りつめてるから、その糸が切れちゃうと泣くとか・・・
「泣くなよ!泣いてもどーにもなんねぇんだよ!」
俺は乱暴にそう言っていた。
恒人の冷静さに安心感を覚えていたものだから、俺まで動揺した結果がこれだ。
「・・・葉月」
玲央さんに宥めるような声で言われ、俺は息を吐き出す。
「悪い・・・とりあえず今はちゃんと周り見て歩け、保健室ついたら泣いても良いから」
男の手を握って優しい言葉をかけるなんて、俺のキャラじゃないけれど、泣いてる友達を乱暴になんて扱えない。
「・・・うん、ごめん。葉月さんは優しいな」
だから俺を『不器用に優しい人』に位置付けるなっての。
しかし涙目の恒人を見たらつい思ってしまう。
俺達は帰れるのだろうか?
そんな恐怖が胸を満たした時、唐突にその人は現れた。

保健室に向かう廊下の真ん中、一言で言うならば「黒い」。
しかしそれはどす黒いとか、嫌な黒さではない、清々しく黒い。
高貴な色ですらあるような、黒一色。
平均的な、しかし引き締まった体躯。
咥え煙草がよく似合う精悍な顔立ち。
特徴的なのはその瞳。
世界を見透かしたような、その瞳の前ではこの世の全てが透視図形にすぎないようなそんな瞳。
彼は俺達を見て
「元気がいいなぁ、なにかいいことでもあったのかい?」
人気アニメの台詞を丸パクリした。

「黒い」って言った時点でもう該当者一人しかいないだろうが、櫻さんその人である。
櫻大先輩と呼ぶべきか。
黒いと表現するのはV系界広し、そしてV系の基本カラーが黒だとしてもこの人しかいなかろう。
この人以外には使えまい。
噂によると部屋の床天井壁まで黒いらしいからな。
風水的にも心理学的にも最悪そうだ。
「あの・・・ドウシテコチラニ?」
片言で問いかける逹瑯さん。
そりゃそうだろう、玲央さんですら呆然としちゃっている。
恒人ときたらこんなタイミングで人見知り発動して俺の影に隠れているし。
「歪んでたから」
「・・・ハイ?」
「歪んでたから来たんだよ、気になってな」
「ヒズンデタンデスカ?」
片言を通り越してロボットみたいになっている逹瑯さん。
交流あるんだから任せましたよ、嫌だよ俺は、こんな異常事態に当たり前のように登場する人の相手なんか。
「君はさ、自分がいる世界が仮想現実じゃないかと疑ったことはないか?」
しかし櫻さんはさすがというかなんというか、逹瑯さんを飛び越え、いきなり恒人に問いかけた。
俺の後ろで小動物のように縮こまっていた恒人はびくりと身体を竦ませ・・・しかしそれでもさすが縦社会で鍛えられただけのことはあり、背筋を伸ばして俺の影から出た。
「あります・・・子供の頃に何度か」
「空想力豊かな子供だったんだな、なかなか良いと思う。しかしそれは疑いじゃない、この世界は仮想現実なんだ」
答えられない恒人、逹瑯さんは首が捩じ切れそうなぐらい傾げている。
玲央さんと俺はフリーズ。
「此処は仮想現実世界だ、仮想現実世界は人が想像し、形作った瞬間現れる」
「・・・それがネットに上げたゲームでも?」
恒人の問いに櫻さんはにこりともしないで頷いた。
「YES、プリキュア5」
突っ込み難いというか突っ込みたくない。
「そしてこれを作ったのは俺だ」
これまたさらりと放たれた告白に俺達は顔を見合わせ。
「ええええええええええ!!!」
一斉に叫んだ、グロ化け物相手にも悲鳴を上げなかった恒人ですら叫んだ。
「手遊びに・・・何も考えずに作ったからクオリティの低さはスルーして欲しい、いや、マジで適当に行き当たりばったりで作ったから」
いや、確かに突っ込みどころは多かったけれどゲームですって理由で流せることがほとんどだったから、手遊びで作れたことがすげぇよ。
「それにハイドがなんやかんやしたらこうなった」
説明になってねぇ、あとハイドさんすげぇ。
「あ、さっきの仮想現実の話は適当に思いつきを羅列しただけだから忘れてくれていい」
「・・・え?」
真面目に考えていたんだろう、恒人が裏切られたような顔をする。
うん、この子は人の悪意ある悪戯に耐性がないからな。
善良の塊みたいなメンバーに囲まれてるから。
「仮想現実の話はまったく関係ないと言ってもいい、これはどっちかといえばゲームの呪いだ」
「ゲームの呪い・・・ですか?」
ようやく精神が持ち直したらしい玲央さんが聞く。
「怪を語れば怪に至る、それと同じシステムだ。俺が作ったゲームをハイドに弄らせたらこうなった。たぶん、同業者だけ選んで引き込んでるんだろう、ゲームはもうネット上から消去したからこれ以上の被害者が出る危険はないが・・・どうやらバグが起こったらしいな」
「・・・はい、体育館の祭壇が出ません」
恒人が怯えながら言う。
この人は別に怖い人じゃ・・・怖い人だよな、俺も怖い人にしか見えないもん。
「そこは俺が直しておくから君たちは引き続きトゥルーエンドへの道を進んでくれ、せいぜい死なないようにね」
櫻さんはやはりにこりともせずに言って、踵を返した。
「・・・ふ。馬鹿正直と言うか真面目と言うか、こんな状況においてゲームと同じ行動をすれば助かると思った?」
誰も答えない、虚をつかれた気分でぽかんと櫻さんの背中を見ている。
「そんな都合の良いことが現実で起こるわけがないのに、此処がゲームでよかったね。現実はもっと理不尽だから」

ドアを開けようとして死んだり。
突然現れた化け物に殺されたり。
そんなこと・・・現実では当たり前。
そんな理不尽が当たり前。

櫻さんを追いかけることもできず、俺達は保健室に戻って来ていた。
誰も何も言わない。
「葉月さん・・・」
「どうした?」
誰でも良い、喋ってくれたのが嬉しくて恒人を見る。
「あのさ、限界なんだけど失神してもいいかな?」
「・・・ダメ」
「そっか、じゃあもうちょい気合いで頑張るよ」
小さくガッツポーズを作る恒人の額に俺は軽くげんこつをかました。
馬鹿だ。利口の皮被ったミラクル馬鹿。
「ぶっ」そんな俺達のやりとりに逹瑯さんが吹き出し、文字通り腹を抱えて笑いだした。
「ぎゃはははははははは!!!なんなのお前ら!?それデフォ!?漫才とかじゃなくて!?俺は大好きだよお前らみたいな馬鹿!!」
「・・・まったく、つくづくお前は友達に恵まれてるよな」
玲央さんもそう言って肩を震わせている。
「ま、この面子ならだいじでね?なんだかんだ今まで上手く回避できたんだしっ」
逹瑯さんが明るくそう言った。
「そう・・・ですね。そういえば葉月さんって主人公顔してるし」
唐突にそんな意味不明なことを言う恒人。
「は?」
「初めて会った時から思ってたんだけど、葉月さんって主人公顔だよ、うん。だからなんか大丈夫な気がしてきた」
「オマエな、この状況で俺のルックスがなんか意味あんのかよ」
「んー・・・なにかな、そんな気がしただけ」
「つーか主人公顔ってなんだよ」
「えっと、個性のないイケメン」
愛すべき友人の頭を思いっきり引っ叩く俺。
悪かったな、個性がなくて。
「いいじゃんそれ」
と何故か逹瑯さんが乗ってくる。
「玲央さんはほら、主人公チームのリーダー格って感じだべ?百戦錬磨の戦士顔!」
玲央さんは苦笑するがそれには俺も同意だ。
「で、俺はおちゃらけムードメーカーでしょ。それで恒人君がチームに一人はいる美男子!」
美男子と言われてきょとんとする恒人だが玲央さんは頷いている。
「分かります、人気投票で必ず主人公抜いて一位を取るタイプ」
「ですよねー、なんか天然入ってるんだけどハイスペックな奴」
「え?俺ってそんなん?」
オマエが先に俺を主人公顔とか言ったんだろうが。
まあ、分かった。
俺が主人公、玲央さんが主人公を導く先輩格、逹瑯さんがおふざけムードメーカー、恒人が美少年な天才系のキャラ。
「そんで葉月君とカップリングなんだよね」
笑顔で逹瑯さんがそんなとんでもないことを言うと恒人は首を傾げた。
「カップリング・・・?えっとコンビって意味ですか?」
「ごめんなさい、調子乗りすぎました!」
一気にテンションの下がった逹瑯さんがそう謝る。
うん、まあ・・・今のはな。
俺は意味分かったけど・・・。
今のギャグにピュアな視線向けられると辛いことも死ぬほど分かる。
「まあそんな、漫画みたいな面子なんだ乗りきれるさ」
力強く言う玲央さんに俺達は頷き合った。
そうだ、なんとかなる。
逹瑯さんが俺の背中を叩いた。
「頼りにしてんぞ、主人公!」


化け物はシンボルエンカウント方式だけれど、必ず会える方法がある。
出現場所へ行って呼びだすことだ。
トイレの花子さん。場所は2階の女子トイレ。
こんな状況でも女子トイレに入るというのは躊躇を覚えるもので、そして初めて入った。
小便器がなくて個室だけ、なんだか手狭な印象だ。
ぴちゃぴちゃという水音が不気味に響いている。
「主人公だからな、俺が行くぞ」
そんな理由をつけて俺は恒人の襟を引っ張って玲央さんに渡して前に出る。
三番目の個室を三回ノック。
「はーなこさん、あそびましょ」


『花子さんは全国の学校のトイレに出現する霊であり、学校の守護神でもある。怖がらせはするが基本的には生徒の味方、座敷童子からの変形だ。しかし我が校の花子さんは違う。その昔、北村華瑚という生徒がいた。彼女は熾烈な苛めの末、トイレの個室で焼身自殺をしたのだ。彼女が強い恨みを持って死んだこと、そして名前が《ハナコ》だったことで、本来の怪談である《トイレの花子さん》と融合し、強力な霊となった。彼女は人間そのものを恨んでいて、自分の元に来た者を無差別に襲う悪霊となってしまったのだ』

焼け爛れた身体、瞼のない目が水分を失い縮み、不自然に睨む。身体に溶けて癒着したボロボロの制服。
グロテスクでありながら痛々しい、死んで尚・・・女の子がこんな姿と言うのは、あまりにも悲しい。
俺は封印具を真っ直ぐに掲げる。
猫のキャラクターの消しゴムだ。
「北村華瑚さん・・・おやすみなさい」
解放の言葉を口にすると、花子さん・・・いや、北村華瑚は光に包まれた。
おさげ髪に野暮ったい眼鏡の、でもよくよく見れば可愛らしい女子高生の姿に戻り静かに目を伏せて消える。

「トゥルーエンドっぽい道筋になってきたなぁ」
俺の呟きに逹瑯さんがからかうような視線を向ける。
「トゥルーエンドに到達できないとか、根気足りないんじゃない、葉月君はさぁ」
「逹瑯さん、もっと言ってやって下さい」
玲央さんが味方になってくれなかった・・・
「そ、そーいう逹瑯さんは根気あるんすか?」
「ムックにいたら根気つくよー。ウチのリーダー鬼だもん。俺が出せないキーのデモを平然と出してきて『出せないよ!』って文句つけたら『は?』って言われるもん。『出せないじゃないんだよ、出すんだよ』って」
怖えぇぇぇ!!
ミヤさんで想像すると割増怖い。
恒人は小首を傾げている。
「それ普通ですよね、出来ないなら出来るまでやれってことでしょう」
「・・・え?Dのリーダーって浅葱さんだよね?なに、ミヤ君みたいなキャラなの?」
「いえ、それは言われるまでもなく、自主的に・・・」
「見た目に反して体育会系だな、おい」
焦った様子の逹瑯さんが言う。
「葉月もムックかDに体験入学させてもらえると良いんだが」
玲央さんが重々しく頷く。
「いいよ、メンタルがバッキバキになるから鍛えられるよー。一度骨折した骨は強くなる的な」
逹瑯さんが笑顔で俺を手招くが、もちろん首を横に振る。
ミヤさんの鬼軍曹っぷりを知らない人間はこの業界にはいないのだ。
「バンドは無理だけど、事務所のほうなら体験入学いけると思うよ」
恒人は生真面目に言う。
「社長モードの浅葱さん、超厳しいから」
「是非お願いしたいな」
「玲央さぁぁぁん。勘弁して下さいよ〜。俺は褒められて伸びるタイプなんですよ」
「褒められて調子に乗るタイプの間違いじゃん」
しれっと言った恒人にチョップを喰らわせて俺は歩きだす。
「さ、ちゃっちゃとやっちゃいましょう」
「葉月さんが体験入学してくれる!嬉しいなぁ」
無垢に言うな、悪いことしたみたいになるがね。
動揺のあまり訛っちまったじゃねぇか。

次に向かったのは三階の図書室。
開け放してあった扉を閉めて呼びかける。
偶然にも一度も出会わなかった怪。
ヨミコさん。
「ヨミコさんヨミコさんお越しください」
扉に手を当てて呼びかけると、カリカリと引っ掻く音が聞こえた。
俺はゆっくりと後ろに下がる。
キーホルダーを手に前に出た。

『図書室のヨミコさん。日羽蓉子は図書委員だった。友達が少なく、図書室で一人で本を読む日々だった。夏休みを控えた終業式のその日も、蓉子は図書室で本を読んでいた。
それに気づかずに見回りの先生が鍵をかけてしまった。
泣いても叫んでも誰も来てくれない、辺鄙な所にある図書室は夏休みの間誰も近づくことがなかった。
夏休みが終わり、ドアが開くと蓉子はすっかり干からびて死んでいた。それ以来、日が暮れてから図書室の前に行き、「ヨミコさんお越し下さい」と声をかけると、ヨミコさんが出て来るのだ』

外れるのではないかと言う勢いで扉が開く。
干からびたミイラが、四つん這いになってずるずると向かって来る。
ブレザーを着たミイラ。
落ちくぼんだ眼窩と干からびた唇から蛆がこぼれ落ちる。
爪が剥がれ落ち、そこからだけは鮮血が滴っている。
恒人はそんなヨミコさん、日羽蓉子にキーホルダーを見せて言う。
「日羽蓉子さん・・・おやすみなさい」
優しい声に光は満ちる。
ブレザー姿の髪を型口で切りそろえた少女は立ち上がって静かに頷くと消えた。

「変なんだよね」と恒人が呟く。
「変だな」
「変だよね」
と玲央さんと逹瑯さんも頷く。
「・・・何がですか?」
再び馬鹿を見る視線を向けられて、俺は解説を求めて恒人の袖を引く。
「だからさ、あの図書室に閉じ込められたからどうだっていうわけ?」
「は?」
「二階だよ、窓あんじゃん。そっから叫べば気づいてもらえるでしょ。ドアだって普通のドアじゃん、いくら女の子だからって本気で体当たりかませば壊せるでしょ。話じゃ辺鄙な位置の図書室だけど、此処は辺鄙でもなんでもないし」
「・・・あ、そうか」
元の事件が成り立たない怪談ってアリなのか?
「確かによくあるパターンな話だけどさ、それは写真部の子が地下の暗室に閉じ込められたとか、あとはイジメで地下室に閉じ込められたとか、そうなんだよ。地下って設定じゃなきゃ成り立たないの」
「よくあるパターンの話なのか?」
玲央さんの問いかけには俺が頷く。
「丁度・・・学校の怪談とか流行った時期でしたから」
「流行ってたよね、子供向けのホラー番組も多くて」
「アニメもドラマもたくさんあったからなぁ」
俺達の会話を聞きながら逹瑯さんの表情がふと曇る。
「作ったの・・・櫻さんなんだよね。なんか普通に終われない気がしてきたんだけど」
「こ、怖いこと言わないで下さいよ!」
現段階ではそれが一番怖いんだから。
「あと引っかかることがもう一つ」
玲央さんが眉間のしわを三割増しぐらいにさせて言う。
「華瑚さんはセーラー服だったのに、蓉子さんはブレザーだった。違う学校ってことじゃないのか?」
俺達は立ち止まって黙りこんでしまった。
探るような沈黙の後逹瑯さんが手を叩いて笑う。
「ま、考えてもしゃぁねーよ。次は誰にする?」
「このまま上に行って屋上さんですかね」
あのビジュアルに再び会うのは怖いが、やらなきゃいけないもんはしょうがない。
俺達は屋上へ向かった。

『右端の教室は絶対にカーテンを開けてはいけない。飛び降りさんを見てしまうから。飛び降りさんを見た後に窓を開けると引きずり落とされる。飛び降りさんの正体は小池実夏、ある日突然、学校の屋上から飛び降り自殺をした。理由は誰も知らない。親しい友人は誰もいなかったし、遺書もなかった。しかし彼女は飛び降り続けている、自分が死んだことに気づかないんだろう、延々と飛び降り続けている。そうして窓を開けた人間の腕を掴む。本当は引きずり落としたいのではなく、助かりたいから掴む』

軽薄馬鹿と言われる俺だが「死にたい」と思ったことがないわけじゃない。というより一度たりとも「死にたい」と思ったことがない人間なんていないんじゃないだろうか。
軽妙洒脱な逹瑯さんだって、逞しくて頼れる玲央さんだって、生真面目で明るい恒人だって一度ぐらいは「死にたい」と思ったことがあるんじゃないだろうか。
それでも・・・屋上から飛び降りるというのはどんな気持ちだろう。飛び降り続けるのはどれだけ怖いだろう。
「自殺は・・・罪だと、それで諭せれば良いのにな」
玲央さんが言う、容姿からとてもそうは見えないがクリスチャンなのだ。
事故死は不運だけれど、自殺というのは気分が重い。
この歳だ、知り合いに自殺をした奴だっている。
気分の重さは段違いだ。
なにせ自ら命を絶つのだ、差しのべられたかもしれない手を何度も何度も考えてしまう。
屋上へ着くと、手すりを乗り越えて飛び降りさんが落ちるところだった。
ぐしゃぐちゃの潰れた肉の塊が不自然に人間の形をしたそれは落下し、遠くのほうで衝突音を立てたかと思うと元に戻る。
手すりの前で飛び散った肉片が固まり、人の姿を作る。
顔もない、なにもない。
時折混ざる布切れが制服なのだろうか。
玲央さんが、古いキャラクターのついたお弁当箱を差し出して言う。
「小池実夏さん・・・おやすみなさい」
光に包まれ、それが消える頃には少女の姿へと戻る。
セーラー服を着た、ショートカットの女の子だ。
あどけなさの濃い顔立ちは歳不相応な憂いを持ち、でもそれなりに可愛い女の子。
彼女はじっとお弁当箱を見て頷くと消えた。

階段を下りて、三階の廊下に立った時、逹瑯さんの【架空閃光】が反応した。
恒人が即座に鞄(職員室で拝借したもの)から出席簿を取り出す。
澱みない足取りでやってくる、首のないスーツ姿の男性。
・・・見回り先生か。
【工藤先生は熱血教師と呼べるタイプの先生だった。学校は荒れていたけれど、一人一人と真剣に向き合う先生でした。ある日の授業中、裏庭にバイクで乗り付けて騒いでいる生徒がいた。工藤先生はすぐに廊下の窓を開けて生徒達に教室に戻るように言った。運悪くそこに工事していた屋上からガラスが落下して、工藤先生の首を切断しまった。工藤先生は責任感の強い人なので、首がなくなった今でも授業中に遊んでいる生徒がいないか探している】
考えてみれば、遭遇しても捕まえようとはしてきたけど、攻撃はしてこなかったんだよな。
古い古い年号、俺が生まれるより前の年号の出席簿を逹瑯さんが恒人の手から取りあげる。
「先生を煩わせたタイプだからね、俺は」
そう言いながら出席簿を見回り先生につきつけた。
「工藤先生・・・おやすみなさい」
ぼんやりとないはずの首の辺りが光って、精悍な顔立ちの男性に変わる。
下手をすると俺より年下かもしれない先生は俺達を見て頷くと笑って・・・それから消えた。

「次は回答さんだな・・・」
真の七不思議が書かれたノートを見ながら玲央さんが呟く。
一階の職員室前に公衆電話があったからそこに向かった。
「俺らの頃、学校に公衆電話なんてなかったよな」
俺がそう言うと恒人が頷く。
「少なくとも俺が通ってた高校にはなかったよ」
「俺んトコはあった」
と逹瑯さん。
「休み時間になるとみんなでそこからポケベルに呼びかけるんだよねぇ」
「見たことないですよ、ポケベルとか」
俺が言うと逹瑯さんはショックを受けた顔になる。
「うわ、もう時代の差が。恒人君は?」
「俺は歳の離れた兄が持っているのを見たことはありましたけど、高校の時はもう携帯電話でしたね」
うーん逹瑯さんとはそこまで歳の差はないはずなんだけれど、時代の変遷ってすごい。
「回答さんを呼び出す番号は10桁だから古いタイプの携帯電話なんだろうな」
そう言いながら玲央さんは恐る恐る受話器をとる。
隣で逹瑯さんが体育館で取ったあのノートを掲げている。

【回答さんの正体は、病気でずっと入院している小島美紀子という生徒。頭の良い子で電話をすると授業で分からないところを教えてくれた。治療のかいなく亡くなった後も、何故か電話をかけると繋がり、次のテストの答えまでも教えてくれるようになった。しかし彼女はずっと孤独だったため、友達を欲しがっている。最後に友達になって欲しいと言われるのでそれに「はい」と答えると連れ去られる。「いいえ」と答えると殺される】

玲央さんがすぐに逃げられるように受話器を置いたまま番号を回す、回し終わった瞬間受話器から黒い影が幾重も伸びて廊下いっぱいに膨張した。
屈みこんだ俺の横で恒人が手を掲げ【星の砦】を発動させている。
いかん、完全に油断してた。
逹瑯さんがノートを掲げて叫ぶ。
「小島美紀子さん!おやすみなさいっ!」
影は一気に収束したそれは人の形になり、パジャマ姿の少女が現れる。
長い髪を一本のみつあみにして肩にかけた、痩せこけた少女。
少女はじっと俺達を見て、小さく溜め息をついて消えた。

「これって全部・・・櫻さんの創作なのかな?」
恒人がぽつりとそんなことを言った。
「どうしてだよ?」
「なんだか寂しいのばっかだな・・・って。イジメられてた華瑚さんもさ。自殺した実夏さんも、蓉子さんだってさ、いつも図書室にいたって皆が知ってたら、いなくなった時に探されそうなもんじゃない」
「なにオマエ、いじめられてた人?」
「そういうわけでもないけど・・・」
だからといって寂しそうな顔を俺に向けられても困るわけだが。
「まああと一個だけど・・・地下室ってたしかパスワードいるんじゃなかったっけ?」
「エンカウント待つのも手間だし、行くしかないでしょうね」
先に立つ玲央さんと逹瑯さんの後を俺と恒人も追う。
地下室がへ向かう扉は番号合わせ錠が掛っていた。
「えっと・・・誰か覚えてる?」
逹瑯さんはそう言って俺達を見まわす。
「俺これが分からなくててピエロはエンカウント待ったんだよね」
「簡単ですよ、これです」
と玲央さんが真・七不思議のノートを示す。
「え、これだったの・・・うわー無駄に歩き回っちゃったよ」
そんな会話を交わしていた時だった。
「葉月さん危ないっ!」
叫び声に振り返るのと、恒人が前に飛び出して【星の砦】を発動させるのはほぼ同時。
ピエロは俺達の背後にいて、鎌がバリアに阻まれている形。
またしても気を抜いていた、そのうちバリアの制限時間が来て、弾けるように消える。
俺はとっさに恒人を引いて後ろに飛んでいた。
玲央さんと逹瑯さんの上に重なるように転倒することになったが、鎌は足元ギリギリに刺さっている。
ピエロ。
グロテスクなものに比べればなんてシュールな、白塗りで目の周りは赤く、涙がワンポイントのメーク、赤くて丸い鼻。
とんがり帽子に赤いもじゃもじゃ。カラフルな衣装。
しかし死神の如き大鎌を持つ・・・化け物。
「おい、封印具出せ!」
折り重なったまま、玲央さんが恒人の持っていた鞄に手を突っ込む。
しかし何故か恒人が震えてしまっているので上手くいかない。
「恒人っ!」
怒鳴りつけるとようやくはっとしたように鞄から封印具・・・おもちゃの腕輪を取り出すが眼に見えて手が震えているので俺はそれを奪って言う。
「片岡修太郎さん、おやすみなさい」
元に戻るでもなんでもない、ピエロは断末魔と言えるような絶叫を上げてかき消えた。
恒人を抱え起こすと、下敷きにする形になっていた玲央さんと逹瑯さんも起きあがる。
「しっかりしろよオマエ」
恒人を睨むとまだ震えている・・・なんだよ。
震えているどころか過呼吸を起こすんじゃないかってぐらい呼吸が乱れて、ひどい冷や汗をかいていた。
「恒人君・・・道化師恐怖症なら先に言ってくれ」
「・・・すみません」
恒人は心底しょんぼりした顔で謝っている。
道化師恐怖症?
「そういう恐怖症があるんだよ。ピエロが怖いの。蜘蛛がダメとかあんじゃん。あれと同じ・・・意外な弱点だね」
なるほど恒人にしてみればグロテスクなものよりピエロのほうが恐怖は大きかったというわけか。
体育館から出た時に涙ぐんでいたのはむしろそっちの理由だったかもしれない。
「すみません」
恒人はそう深々と頭を下げる。
「いいよ、無事だったんだし。それに・・・怖いのに葉月を庇ってくれてありがとう」
そうなんだよな、それだけ怖いのに俺を助けてくれたんだ、それも二回も。
むしろそれに頭が下がる。
「とりあえず6つの封印は済んだんだし、ゆっくり落ちつけよ」
またも不器用に優しい男みたいになってしまったが、鎌で首を飛ばされるところを助けられたのだ。
恐怖症を持つほどの相手から守ろうとする・・・やっぱすげぇ根性。

【地下室のピエロ。片岡修太郎という用務員がいた。容姿が怖いから生徒から恐れられていたんだけれど、ある時学校のイベントでピエロの格好をして出て来て人気者になったんだ。でもすぐに地下室で作業中に足場から落ちて首の骨を折って死んでしまった。それから鎌を持ったピエロが生徒に襲いかかってくるようになった。心の底では自分を恐れた生徒達を嫌っていたのかもしれない】

華瑚さんは昔友達から貰ったキャラクターのけしごむ、蓉子さんは大切にしていたキーホルダー、実夏さんは母親から貰ったお弁当箱。工藤先生は自分のクラスの出席簿、美紀子さんは友達の電話番号が書かれたノート、片岡さんは生徒から貰ったおもちゃの腕輪。
封印具というよりは化け物となった彼等を正気に戻すアイテムだったのだろう。
恒人が落ち着くのを待って俺達は体育館へと向かった。

祭壇は完成していた。
広い体育館いっぱいに描かれた魔法陣、7つの机が置いてある。
「ごくろうさま」
ステージに座った櫻さんは悠然と笑う。
「さっきの話は全て嘘だ」
と出し抜けにそんなことを言うものだからまた恒人がショックを受けた顔になった。素直な奴だ。
「違和感があっただろ?」
「ええ、怪談が・・・一つの学校の物ではなかったように思います」
玲央さんが言う。
「ピエロに至っては小学校の怪談でしょう。用務員さんとか、貰ったのがおもちゃの腕輪とかね」
逹瑯さんは精一杯不敵な笑みを櫻さんに向けた。
「そう、全国から本物の怪談だけを集めて作成したんだ。ヨミコさんの学校では図書室が地下にあったんだよ。随所随所ズレはあるが一箇所に集めてしまいたかったから不自然になった、時代も違うしな。ほとんどが古い古い事件が元になった怪談なんだよ。それを集めてゲームを作った。そして・・・波長の合う人間が4人引き込まれるようにした」
「・・・波長ですか」
あまり意味が分からず繰り返すだけになる俺に櫻さんは表情を変えずに言う。
「同業者連中になることを見越してだ、この状況下でパニックにならず、仲間を信じることができ、愚直にゲームをなぞれるタイプ・・・やっぱり同業者になるだろう。それに条件が一つあった。それは『死んだら大勢の人間が悲しむ人』だ。この階段の元となった連中は死んでもあまり悲しまれなかったからこそ、あんな姿になったんだからな」
そう言って櫻さんはステージを下り、USBメモリーを机の上に置く。
「怪談を少しズレた次元で具現化し、成仏させる。これがこの空間における7つ目の不思議だ。さあ、封印具を此処に、魔法陣を踏まない様にな」
何を言うでもなく、玲央さんが行った。
封印具を一つ一つ机に置いて魔法陣から出る。
「さあ、これでみんな眠れるだろう。そして君達はもう目覚める時間だ。手間を取らせたね、今度酒でも飲もう」
行きたくない飲み会の誘いを断る前に魔法陣が静かに輝き始める。
そして光に包まれ、なにも見えなくなった。


気がつくと見慣れた天井があった。
・・・俺の家?
じゃあ今のは夢か?
「は・・・葉月さん?」
恒人の声に顔に身体を起こす、ぼへっとしている逹瑯さんと、苦虫を噛み潰したような顔の玲央さんもいた。
なんてことだろう、逹瑯さん以外は上履きを履いていた。
「夢じゃ・・・ない」
「此処って葉月さんの家!?」
「ああ、そうだけど、あれって現実だ・・・」
「そうじゃなくて」
焦っている恒人、玲央さんは頭を抱えている。
逹瑯さんはきょとんとしているので俺だけ分かっていないわけではなさそうだ。
「こ、ここ・・・名古屋!?」
「そうだけど・・・あ」
回答、俺と玲央さんは名古屋住まい、恒人と逹瑯さんは東京。
逹瑯さんにいたっては・・・スタジオにいたはずである。
「ええええええええ、な、名古屋!?」
事態が飲み込めたのか逹瑯さんが焦る。
時計を見ると午前二時。
「やば、俺、行方不明になってんじゃねぇか!?葉月君携帯貸して!!」
俺が差し出した携帯電話を高速連打する逹瑯さん。
呼び出し音が鳴るか鳴らないうちに繋がる電話。
「あ、ミヤく・・・」
『逹瑯、てめぇどこほっつき歩いてんだっ!!』
ムックのリーダー、ミヤさんの怒号に逹瑯さんのひょろ長い身体が縮む。
っていうかミヤさんの番号暗記してるんだ・・・
「いや、そのいろいろあって、ホントいろいろあって、すぐには帰れない場所なんだけど・・・」
説明しようがないだろう、しかし電話の向こうのミヤさんは言う。
『一つ聞く、お前はムックに顔向けできないことはしてないと言えるか?』
「言える、それは言えるよ」
『じゃあ待っててやる、帰って来い』
そして電話は切れたようだった。
な・・・なんてカッコいいリーダーなんだ。
惚れそうだ、男惚れしそうだ。
「葉月さん、俺も一応浅葱さんに連絡して良いかな?アレンジ頼まれてからたぶんメールばんばん入ってる」
「ほい、使え」
俺ではなく逹瑯さんが携帯電話を渡した、自由な人だ。
こちらも呼び出し音が一秒もしないうちに浅葱さんの声が響いた。
(浅葱さんの番号なら俺の携帯にも入っている)
『ツネ!?どうしたの!?なにかあった!?ぜんぜん連絡来ないから心配したよ!これ葉月君の番号だよね!?一緒にいるの!?なにがあったの!?』
「あ・・・とりあえず大丈夫なんですけど、実はですね・・・」
なんと恒人は今あったことを端折りつつも正直に話した。
おいおい信じてもらえるのかよ。
『そっか、大変だったね。怪我はしてない?』
信じるのかよ!?
「はい、それで頼まれてたアレンジなんですけど・・・」
『今日の昼まででいいよ』
「ありがとうございます」
『名古屋からでしょう?慌てずに危なくないように帰って来るんだよ』
「はい」
・・・浅葱さんもすげぇ。
対応力ありすぎだろ。
玲央さんは立ち上がって俺の頭を叩いた。
「葉月、車のメンテはしてるか?」
「いて!・・・してますけど」
「二人を東京まで送る、キー出せ」
まあこの時間だし、高速ぶっ飛ばせばそれが早いよな。
「それなら俺も行きますよ」
「オマエに運転させられないから言ってんだよ」
「ナビでもなんでもいいから連れてって下さい」
あんなことの後に部屋で一人で眠れるわけがなかった。
「じゃあお二人ともそれでいいですか?」
「マジで!?ありがとー!」
「御迷惑おかけします。えと、あと・・・葉月さん」
恒人がものすごく言い辛そうに俺の服を引っ張る。
「なんだよ?」
「・・・靴貸して下さい」
そう上履きを履いた足を指差した。


飛ばして行くとはいえ長距離、途中にコンビニで買い出しをする。
買いに行ったのは俺と逹瑯さん恒人が土下座しそうな勢いで「こんな恰好でコンビニなんて入れません」と訴えたからだ。
アイツにとってはあくまで部屋着で外出できるようなものではないらしい。
俺は着替えたし、逹瑯さんはそもそも外にいたのだから良いけれど。
「結局・・・なにがなんだったんだろうなぁ」
高速に乗り、俺達はコンビニで買ってきた飲み物やらなにやらを開ける。
「分からんよ。櫻さんの言ったことだってなにが本当だか」
玲央さんは苦笑気味に答えた。
「そういや恒人君はリーダーさんに信じてもらえたの?」
「・・・はい」
逹瑯さんの問いかけに恒人は怪訝そうだ。
「あんな荒唐無稽な話を?」
「だって、嘘なんかつきませんから」
「逹瑯さん、此処はなんかちょっと特殊ですから」
フォローのつもりで言ったのに恒人に睨まれる。
「特殊ってなにさ・・・」
「いや、まあ、俺もミヤ君に信じてもらうべく言わなきゃいけないからさ。コツとかあるなら聞きたかっただけ。信じてもらえなかったらぶち殺されるよ。あんな化け物空間から生還したのに、メンバーに殺されるとかどんなオチだよ」
「誠心誠意話せば信じてもらえますよ」
恒人は生真面目に返す。
「玲央さん、俺らは・・・」
「話す必要もないだろ、スタジオ練習までには名古屋に帰ればいいんだから」
「そうですけどね」
どんな反応されるか興味はあるんだよな・・・。
まあ玲央さんならともかく、俺が話しても信じてもらえないだろうが。
夜の高速を飛ばしながら会話は止まらなかったが発展的なものだったかといえば否だ。
結局俺達は自分の身に起こったことがなんだったかすら分からないのだから。
「まあさ、俺が櫻さんに聞いとくよ・・・これで櫻さんがなんにも知らなかったら終了だけど」
逹瑯さんがそう締めくくったのは東京までもうすぐの頃。
夢オチならばよかったのに、上履きを履いた状態で俺の家に集合しちゃってたのがな。
身体ごと、どこか別の場所へ、光源もないのに明るい現実ではないような空間へ行っていたとしか思えないのだから。
俺は最後に隣に座っている恒人を見た。
まあ、いろいろ言いたかった。
庇うんじゃねぇよと、身を挺してかばうんじゃねぇよと。
「ツネさ、なんで道化師恐怖症なの?」
「あー・・・なんでかな、小学生の時に兄ちゃんからジョン・ゲイシーの話を事細かく聞いたからかも。ピエロの扮装した写真見せてくれたりして」
「どんな兄貴だ!!」
確か歳の差の大きい兄がいたはずだが、小学生に殺人鬼の話って。
キラークラウンがトラウマになっていたのか。
いや、そうじゃなくて俺が言いたいのは。
俺が言わなきゃいけないことは・・・
ちらりと玲央さんがバックミラー越しに俺を見た。
やっぱりお父さん気質。
逹瑯さんは上がる口角を手で押さえながら黙っている。
なんだかんだで優しい先輩。
この面子だから助かった、この面子だから帰還できた。
仲良しグループではなかったけれど、ちゃんと他の人のことを考えていた。
俺がやった馬鹿の数々もフォローしてもらえた。
「・・・ツネ。ありがとな」
「んん?」
「色々助けてくれて、でも・・・オマエも自分を大事にしろよ」
恒人は俺の方を見なかった、窓の方を見て、でもガラスに映った姿は軽く目頭を押さえていた。
「葉月さんもありがとうね・・・」
「あ?」
「とても、心強かった」
「・・・あ、そう」
俺もそっぽを向く、かすかに明るみ始めた高速道路。
「え、なんですかこの繊細な空気!?」
「若いんでしょうね、二人とも」
前の席の二人がそんなことを言って笑ってる。
かくして奇怪な体験はなんの説明もなく終わる。
終わって朝が来る、いつも通りのお仕事だ。
現実というのはこんなものかもしれない、とんでもない災厄が降りかかっても、誰も説明してくれない。
せいぜい自分でそこから得られたものでも探して、一人頷くだけのこと。
ああ、そうだ、櫻さんの言う通り、ゲームのように進むならどれだけ安全で楽か。
どこまでも理不尽で不条理なのが、現実というやつらしかった。
ほぼ徹夜でスタジオ練習に向かわねばならない現実を前に俺はただ、肩をすくめて溜め息をついたのだった。



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