ダークダンジョン攻略記
闇というよりは黒い空間、ぼうとディズプレイが光る。
淡いはずの光はこの空間では眩しいほどで目を細める。
《名前を入力してください》
そうして浮かび上がる、片仮名の一覧にぼんやりとした気持ちのまま手を伸ばす。
なにかに誘導されているような気がしたが、思考は霞みが掛ったようにはっきりしない。
《種族を選んでください》
種族などと言う普段は使わぬ言葉と、いかにもファンタジーめいた『種族』の一覧が映し出される。
選んだと言うよりはたまたま指が触れたと言った方が正しいような選択は《ハーフエルフ》だった。
《クラスを選んでください》
ようやくこれがRPGのようなものだと分かる、幾つかある職業の中で点滅しているのは数個だ。
《アルケミスト》
光っている文字にこれもなんとなく触れる。
すると周囲の闇が引き潮のように去って行き、光に包まれた。
酒場だ。
それもファンタジー映画でしか見ないような木造と石を合わせた古そうな酒場。
「・・・あ?」
あまりに現実を欠いた光景に瞬きをして目を擦るが変わらない。
触れる感触がむしろ夢の可能性を取り払っていく。
広い酒場の中に大勢の人間が呆然とした顔で席についていた。
そして目の前に見知った顔が並んでいた。
今気がついたという顔で目を瞬かせている。
そのうちの一人、もっとも親しい顔がこちらに気づいて元々大きな目を見開く。
「葉月?」
「・・・ああ、そうだけど」
目の前にいる他バンドの友人、恒人にそう頷く。囲むようにしてD面子はみんな揃い、怪訝そうに顔を見合わせていた。
「なんなんだよ此処!」
後方で上がった声に視線をやればそちらのテーブルにもまた知った顔がいた。
「逹瑯さん?」
葉月が声をかける。
狼狽して席を立った逹瑯の周囲、円形のテーブルにはムックの面子が揃っている。
「あ、葉月君」
駆け寄ってきた逹瑯が葉月達のいるテーブルの少し手前で動きを止める、いや・・・その不自然な止まり方は「止められた」ように見えた。
手首から一斉に響いたブービー音に葉月と逹瑯、Dの面子が思わず自分の手を見る。
デジタル時計のようなものが嵌まっていて、しかしそこには時刻ではなく文字が浮かんでいた。
《6人以上での行動はできません》
そっけない一言。
逹瑯は少し青くなった顔で数歩下がる。
「なあ、そっちも暗い空間から来たの?」
近づかなければ会話は可能らしい。
「・・・はい」
葉月が頷き、Dの面々もそれに同意する声を上げた。
「もういい逹瑯、戻れ」
鋭く飛んだミヤの声に逹瑯は小さく手を振って元の席に戻った。
「ねぇ」
口を開いた大城の言葉はどこからともなく鳴り響いたデジタルなファンファーレに阻まれる。
『ダークダンジョンの世界へようこそ』
音声合成ソフトに喋らせたような、高くも低くもない声。
『ゲームクリアの条件は一つ、ダンジョンの最下層にいる魔王を倒すこと、そうすれば元の世界への帰還が可能です』
酒場には他にも大勢いたが、皆一様に黙りこくっている。
『プレイヤー同士の戦いはルール違反となり、そのプレイヤーには罰が与えられます。モンスターとの戦いで死亡した場合、寺院で無限に蘇生が可能です。ダンジョンで全滅した場合は所持金の半分を没収のうえ寺院へ自動回収後、蘇生されます』
淡々と告げられる、現実を欠いた出来事。
声を上げる者はいなかった、葉月も口を閉じていた。
こんなことは初めてだがこんな状況は映画や小説でよく見る、こんな状況では率先して動いた人間はろくな目にあわないことを知っていた。
『パーティの上限は6人、それ以上の人数での行動はできません。最下層の魔王を倒したパーティから現実世界への帰還ができますが、魔王はパーティごとに出現します。ダンジョン内のトラップもパーティごとの出現となります、詳しいルールはお手元のデータブックを参照にして下さい。それではダークダンジョンの世界をお楽しみを』
ぶつり、と声は途切れた。
葉月は改めてDの面々を見る、それから自分も。
皆、布で出来た簡素な服を基調に派手さのないファンタジーじみた服装に変わっている。
ロッドや剣、弓などを横に置き、そうして言うべき言葉を探すような顔でお互いを伺っている。
恒人は自分の手首(おそらくそれがデータブックなのだろう)を見て呟いた。
「俺らと葉月はもうパーティ扱いされてるみたいだね」
状況確認すべき何段階かを大幅にすっ飛ばしたように思える台詞だが、先程響いた言葉をそのまま受け取ったのであればさして奇異でもないのか。
葉月もデータブックを見る。
Dの面々と自分の名が片仮名で映し出されていた。
これがRPGならば横の数字はHPとMPなのだろう。
「・・・ふ、バランスの良いパーティだね」
黙りこくっていた浅葱がそんな、恒人よりもっと大きく確認すべきことをすっとばしたことを言った。
それに涙沙と大城が吹き出し、英蔵が困惑するいつもの空気が降りる。
大城が『闘士』、英蔵が『魔法剣士』、涙沙が『僧侶』、浅葱が『君主』、恒人が『ハンター』、そして葉月が『アルケミスト』、職業の詳細は不明だが、これを額面通り、いや知ったRPG通りに受け取るのであれば確かにバランスが取れている。
「っていうか浅葱君のって普通上級職な気が」
大城がぽつりとつぶやいた。
「軍資金もあるっぽいですよ」
腰に下げられた袋から幾許かの銅貨を見せる英蔵に、葉月も自分の腰に下がっていた袋を確認してみる。
確かに銅貨が少し入っていた。
「うん・・・もう少し確認してみようか」
そう言って浅葱が手首のデータブックを弄り始めたので葉月もそれに習う。
そしてなんでこんなことになったのか考えてみた、原因として思い当たるのは一つ。
街頭で無料配布していたPCゲームを受け取ったのだ、そのタイトルがたしか『ダークダンジョン』だった。
「そこさ、なに普通に和んでんの?」
少し離れたところから逹瑯に声を掛けられ、振り返ると隣に知っている、しかしこんなところで会うとは思わなかった人物を見つける。
「・・・京さん?」
「異常やで、此処」
言葉の割に淡々とした表情で京はこちらを一瞥する。
「扉が三つしかない、店か、寺院か、ダンジョン。それ以外どこにも出る方法がない、カウンターに座ってるおっさんは同じことしか言わない。店も一緒や、まるきりゲームの世界やな此処は」
「ならば言われた通り、魔王とやらを倒すしかないんでしょうね」
浅葱の言葉に京は眉を寄せる。
「そういうことやな、あと6人固まらなければ他とも会話できるらしい。ウチはメンバー全員呼ばれとったから一人でいる奴に声かけて聞いて回ったけど、みんな街で配布されてたゲーム貰ったらしいな」
「『ダークダンジョン』というPCゲームですか?」
「ああ、バーチャルリアリティにしても性質悪い。さらに嫌なお知らせや。唯一奥行きのあるダンジョンに何かあるかもと突進してった知らん一団がいかにもモンスターですって奴に襲われて死んだ。死んだと思ったら消えて寺院って書いてある扉から出て来たわ」
京はあくまで淡々と言い切って緩く口角を上げる。
「どうやらこれは、巫山戯てはいるけど現実や」
酒場にいる人間の半分はパニック状態に陥り、しばらく騒がしかったが、あるパーティが意を決してダンジョンに潜り、しばらくしてから戻ってきた。
宝箱からとったというアイテムと、モンスターを倒した時に手に入れた銅貨を持って。
もたらされた情報が一つ、使ったことのない武器が使いこなせた、魔法が使えた、罠を自然と見破れた。
そうしてこれがゲームじみた現実であるという確信が広がり、第二弾として最初のグループを含む3組がダンジョンに入った。
彼等もまた無事戻り、口頭での情報交換が行われ、次々と気持ちを固めたパーティがダンジョンへと入って行った。
D面子+葉月という6人も黙って座っていたわけではない、まず『店』へ行ってみた。
京の言うように同じことしか言わぬ店主は不気味だったが、薬草やらなにやらは持っていた銅貨で買うことができた。
酒場に戻ると、立て続けに寺院の扉から精気が抜けたような顔をした一団が出て来る。
全滅したのだろう。
「・・・死ぬってのもマジなのかよ」
葉月は恒人の袖を引く。
「分かんないよ、そんなの・・・」
平気そうに見えたが本当のところは不安だ、そんな顔で見返され葉月は口を閉じる。
ムックの面々と、いるはずのディルの面々の姿は見当たらない、もうダンジョンへ潜ったのだろうか。
「こうしていてもしょうがない、行こう」
浅葱の号令に頷き、D+αパーティはダンジョンへ続く扉へ向かった。
ダンジョン1階(D+α)
ダンジョンは石造りの高い壁がどこまでも続く作りだった。
「えと、たしかマッピングができるんだよね」
浅葱が手元のデータブックを弄る。
「まあ・・・迷いますよねこんなの」
恒人はそう呟く。
少し歩けば分かれ道、その先もまた分かれ道、扉もある。
手には弓があった、矢はないが分かっていた。
当たり前のように分かっていてその違和感に気づかなかったぐらいだ。
矢は人差指に嵌めた指輪から無限に発生するようになっていて、指輪を変えれば矢の属性が変わる。
この指輪の矢は炎の属性だ、炎系のモンスター以外にはダメージの大きい、汎用性の高い属性。
恒人以外の面々もダンジョンに足を踏み入れた瞬間から分かっていた。
どう周囲に気を配れば良いのか、足音を立てずに歩くにはどうしたらいいのか、染みついている知識、動作のように自然にできていた。
「このゲーム受け取った時、明徳もいて、あいつはそんな危うげなものよく貰いますねぇなんて言ってたけど、あいつが正解だったんだな」
葉月が最後尾を歩くのも誰が決めたわけでもない、当たり前のこととして受け取っていた。
その前は恒人が歩いている。
石の迷宮は光源がないのにぼんやり明るかった、しかし奥までは見渡せない不自然な明るさ。
「しかし・・・浅葱君が上級職だから前衛が三人か。まあなんとかなりそうだね」
先頭を行く大城が笑う。
「ツネが探索系ってことになるんだよね」
その隣の英蔵がちらりと後ろを振り返ると恒人が頷く。
「なんかさっきからすごい聴覚とか、いろんなものが研ぎ澄まされてて・・・罠とかの解除の知識も何故だかあるんですよ」
「俺もなー、魔法を使えるって確信とやりかたが頭の中にはいってる、マジでゲームキャラになったみたいや」
真ん中に挟まれる形の涙沙が呟く、その手には重そうなメイスが握られていた。
「葉月はなにができそう?」
恒人に聞かれ葉月は慌てて言う。
「魔法が・・・それも所謂『補助系』の魔法が使えるみたいなんだよ。なんでアルケミストなんか選んだんだか」
「でもさ、補助系いると楽になるじゃん、良かったよ」
励ますように言う恒人に葉月は苦笑した、どうやらDの面々は早々にこの事態を受け入れているらしい。
「傾向としてはさ、ウィザードリィだよなこれ」
大城の言葉に浅葱が頷く。
「だよね、迷宮探索型のゲーム。システムはウィザードリィによく似てると思う」
「あの・・・ってことは、序盤はめっちゃ死にまくるんでしょうか」
恐る恐る言った恒人に大城が茶目っ気のある視線を寄こす。
「なにツネちゃん、ウィザードリィ知ってんの?渋いなぁ」
その態度に葉月が首を傾げていると恒人がそっと耳打ちしてきた。
「そこは深く考えるなってさ」
「・・・あ、なるほど」
平然として見えるが、あくまでそういう態度をとっているだけなのだろう。
浅葱がマップを確認しながら迷宮を少しづつ進んで行く。
ふと、恒人が足を止めた。
「来ます!!」
言うが早いか弦のない弓を構え、指先で引き絞る動作をすると、そこに見えない弦があるが如く、炎の矢が現れる。
矢は真っ直ぐに闇を貫き、獣の咆哮が満ちた。
そうして闇の奥から駆け出て来たのは小鬼ようなモンスター。
葉月が手元のデータブックを見ると
《LV1:コボルト》と表示されていた。
駆け出て来たのは5匹、うち一匹は炎の矢を肩に受けたのか血を流している。
「ウィザードリィより難易度が低いことを祈るぞ」
手に鉤爪をつけた大城が一匹のコボルトに飛びかかる、切り裂き、蹴りあげる動作を流麗にこなす。
英蔵も剣を片手に斬り込んで行った。
少しためらって浅葱もそれに続く。
戦いは拮抗しているらしい、離れたところから恒人が次々と矢を打ち込んで行く。
「・・・俺もいくで」
メイスを振りまわすようにして涙沙も突っ込んで行った。
「おわっと・・・」と叫んで大城が後ろに飛ぶ。
肩の辺りがさっくりとコボルトの爪で裂けていた。
「大城君、大丈夫!?」
目の前のコボルトにトドメを刺した浅葱が叫ぶ。
「なんだこれ・・・怪我してんのに痛みがない・・・」
怪訝に思いながらも目の前のことを優先させる気なのか、大丈夫だと全員に言いながら大城は再び戦いに戻った。
葉月はまたデータブックを見る。
大城のHP表示が減っていた。
怪我はしても、痛みのない空間。
しかしそれはゲームとしては普通なのかもしれない、少しでも怪我をすれば動きは鈍るだろう、しかしゲームでそれが表現されることはない。
この空間はあくまでゲームに倣っているのだ。
なんとかコボルトを撃退する頃には皆、細かな傷が出来ていて、まともに食らった大城の傷はたとえ痛みがなかろうと見ていて痛くなる。
「大城君えっと・・・ヒール」
涙沙が手をかざすとその傷が消えた、やった当人が驚いたように自分の手と大城の傷があった場所を見比べている。
「マジで魔法使えるんやな・・・」
「涙ちゃんありがと!」
快活に笑う大城、ここで葉月はようやく我に帰った。
先程の戦闘で何もしていなかったことを思い出し、すわ怒られるかと身構えていると恒人が心配そうにのぞきこんできた。
「大丈夫?怖かった?」
「こ・・・怖くねぇよ。これ見てみろ」
素直な謝罪の言葉は出て来ずに、雑にデータブックを指し示す。
「うあ、HPが減ってる・・・」
「ツネ、ちょっとおいで」
浅葱に呼ばれ、恒人は慌てたように行ってしまった。
葉月もそれについて行くと、一抱えもある宝箱が落ちていた。
「これ開けられる?」
「・・・はい、たぶん」
恒人は不安げに頷いて宝箱を調べ出した。
「あの、罠なのは分かるし、解除法も分かるんですけど、確実にできるかって言われたら自信ないんで離れてて下さい」
と言われたからといって、末っ子を放置して離れる人間はDにはいない。
葉月はしばしそれを眺めて言う。
「いや、特殊効果与える罠だった時のこと考えたら離れたほうが良いですよ、回復魔法持ってる涙沙さんは特に」
「・・・まあ、そうなんやけど」
しかたなさそうに皆が少し距離をとると恒人は宝箱に手をかけた。
カチカチという金属音が響き、宝箱は無事開く。
恒人が頷いたので皆で中を覗き込んだ。
短剣、ローブ、それから銅貨が少し入っている。
「まあ、一階なんだしこんなもんか」
大城がそう言いながら中身を取り出すと、宝箱自体は煙のように霧散してしまった。
「おや、初心者の人達か?」
唐突に声が響き、驚いてそちらを見ると鎧を纏った戦士風の男が、闇にまぎれないギリギリの距離に立っていた。
「・・・貴方は?」
6人で固まり警戒した視線を向けると男は屈託のない笑顔を見せる。
「俺はこのゲーム、3回目なんだよ」
「・・・え?」
「街頭で配られるだろ、あれを貰うと入れるから俺はもう三回目、前回のクリアデータを引き継げるシステムなんだ」
男は嬉しそうに語る、価値ある情報だと判断した浅葱が頷き、ブービー音が鳴らない距離を保ちながら話を聞く体勢に入った。
「具体的に此処がどこかは分からないけど、ゲームじみた空間だよ、怪我の痛みはほとんどないし、死んでも生き返る、ボスを倒せばクリア。なんだか現実より楽しくてもう3回目なんだよ」
「ボスを倒せば帰れるのは確実なんですね」
「確実だ、こっちの一週間が現実世界での1時間ぐらいで、手堅くやっても一ヶ月かければ初めてでもクリアできる。そんなに難易度の高いものでもない」
「・・・そうですか」
「ただな、他のプレイヤーを攻撃だけはするなよ、酷いことになる・・・」
そこだけ顔を歪めて言う。
「知り合いは同じテーブルに集められるようになってるんだ、最初から6人いて、パーティバランスもよければ難しい作業じゃないさ、頑張れよ」
それだけ言って男は闇の奥へ消えてしまった。
残された6人はしばし顔を見合わせ、ほっと息を吐く。
「一旦戻ろうか、今の話を逹瑯さん達に会えたら伝えたいし・・・手堅くやりたいしね」
浅葱の言葉に反対意見はでない、葉月も賛成だった。
ダンジョンに足を踏み入れてから、自分の身体が自分でないような感覚がまとわりついて妙に気持ち悪い。
隊列を組み直し、戻りかけた時、どこからか悲鳴が聞こえた。
「あっちからですね、なんでしょうか」
恒人が分かれ道のほうを差す。
「行ってみよう」
浅葱の号令に全員が従った、葉月も少し遅れて後を追う。
石造りの道の真ん中、2人の少年が倒れていた。
「どうしたんだ!?」
大城に声を掛けられ、倒れていた少年が言う。
「あ、助けて下さい!なんか宝箱の罠にかかったみたいで、皆動けなくなっちゃって!」
データブックの通りであれば、ダンジョンから出れば治るはずだ、しかしこのまま動けずにいればモンスターに襲われるだろう。
「でも俺らもう上限いっぱいやし・・・」
涙沙が困惑した視線を浅葱に向ける。
「ん・・・どうしよう」
しかしこの面子に「見捨てる」という選択肢はない。
悩んでいると恒人が小さく挙手をした。
「一旦俺らのパーティを解散すればいいんじゃないでしょうか?俺とあともう一人此処に残って、こちらの2人を連れ帰ればいいでしょう」
「それならなんとかなるけど・・・大丈夫?」
心配そうな浅葱に恒人は力強く頷く。
「はい、その人達を酒場まで連れて行ってあげてください」
「じゃあ、もう一人・・・誰が残る?」
先程の戦闘で自分がなにもしなかったことを思い出し、葉月が手を上げる。
「あ、俺が残ります」
「そっか・・・じゃあお願いね」
葉月と恒人を残し、4人が倒れている少年達の所へ向かう。
涙沙と浅葱が一人づつ背負い、葉月と恒人に頷いて出口へと歩いて行った。
薄暗い迷宮の中、ぽつりと二人残されると急激に恐怖感が湧いてきて、葉月は隣に立つ恒人の様子を伺った。
「・・・大丈夫かな?」
「ここでじっとしてればすぐに戻ってきてくれるよ」
「・・・うん」
まだこの状況に頭が追いついていない、蘇生されるとは言え死ぬかもしれない空間。
そして帰還できるのが100%の保証はないこと、考えると圧し潰されそうで、だからDの面々はあえて考えずに進む道を選んだのだと分かるが。
「ねぇ・・・葉月・・・」
言い辛そうに目を伏せる恒人に葉月は眉を寄せる。
「なんだよ?」
「あのさ・・・気づいてない?」
「だからなにが?」
「名前がさ『ハズキ』になってるよ『ヅ』だよね、実際」
言われて、データブックを見た。
「うあ!?マジじゃねぇか!?」
「なんで自分の名前間違えるかなぁ・・・」
「普通は片仮名で書かねぇんだよ!」
「いやいや、でも普通は間違えないよー」
「うっせぇ!!」
可笑しそうに笑う恒人に、心の澱が少しだけとれる。
確かに事態は最悪だが、さっきの男が言うように友達がいてくれたのは心強い。
恒人とはこの通り仲良しで、Dの面々は頼りになる。
ようやくいつもの精神状態を取り戻した葉月は恒人を見て、固まってしまった。
「・・・え?」
恒人自身も呆けた顔で視線を下げている。
「・・・あ」
握り締めたロッドが汗で滑る。
恒人の華奢な身体が少し浮いて、視線が葉月と同じ高さにきていた。
そしてその薄い胸から生えているのは、否、貫いているのは赤に染まった銀色。
電子音を立てたデータブックが恒人のHPを0と表示する。
ずるりと刃が引き抜かれ糸の切れた人形のように転がった恒人に手を伸ばす、予期してたような死人の感触ではなかった変わりに、空洞の人形でも抱えたような感覚に葉月はさらに焦った。
データブックに表示が出る
《LV20:シャドウストーカー》
そして何かが身体を貫く感覚を味わった。
貧血を起こしたときのように視界が眩み、遠のくのを感じながら思う。
LV20?
ゲームだとして、一階にいていいものなのかそれは?
探索系の能力を所持しているはずの恒人が一切気づかなかったのは?
変だ、何かが変だが答えを出すには足りなさすぎた。
情報もなければ、現状を把握する余裕ももうない。
ただ、目の前が完全に暗転する直前、自分達が実質《全滅》したのだと理解した。
ダンジョン1階(ムック)
狭い道を塞ぐようにしてうねる、青色の粘体。そのど真ん中でムックのミヤが暴れていた。
カタールで切り裂き、ブーツで蹴り飛ばす、じりじりと粘体は削れていく。
ミヤは種族を選ぶ時《獣人》をセレクトしていた、外見に変化はない、しかし五感が冴えわたっていた。
聴力が、視力が、嗅覚が、人間ではあり得ないぐらいに冴え、感覚でこの不規則な動きをする粘体《LV2ブルースライム》の動きを捉えることができた。
そして四肢に力が漲っていた、感覚に合わせ全身が自在に動いた。
故に、的確に削って行く。
その少し後ろで、手斧を持ったサトチがこちらに攻撃の手が伸びて来るのを片っ端から叩き落としていた。
サトチが選んだのは《ドワーフ》、力はいつもの何倍も出る、手斧を片手で振りまわすのも楽だった。
そのさらに後ろではメイスを両手で握り締めたユッケがはらはらしながらその様子を見守り、となりでロッドを杖代わりにした逹瑯が生あくび。
どうやらミヤがセレクトした獣人は初期値が高いらしく、これが3回目のモンスターとの遭遇になるがさして苦もなく撃破していた。
しかしそれでも少しずつ減るミヤのHPに冷や冷やしながら僧侶を選んだユッケはメイスを強く握っていた。
隣の逹瑯は最初にテンパってコボルトにファイアを打ちまくった結果、MP0という、初期の魔術師としてただのお荷物化している。
軽快な電子音が鳴り響き、スライムが消えたところから宝箱が出現する。
ムック面子に探索能力を持った者はいない、僧侶の魔法で宝箱の解錠は可能だが、そちらにまわすと回復に使えなくなる。
「ね、ミヤ君。一旦戻ろうよ」
この宝箱を開ければユッケのMPは0だ、薬草もさっき底をついた。
次に大ダメージを喰らえば後がない・・・つまりミヤのテンションが一番上がる状況だ。
それを承知で、ユッケは必死で訴える。
そんなことまで頭がまわっていないサトチと、最早「なるようになれ」としか思っていない逹瑯を置いて、ユッケは全力でブレーキ役を務めるつもりだ。
宝箱の中には少しの銅貨、胸当て、長剣。
「ね、ミヤ君。一回戻ろう!」
幼馴染の必死の訴えに、ミヤは不満そうにしながらも頷く。
ムック面子は突き進みつつ状況を探る道をとっていた。
ミヤなんぞは「試しに一回死んでみてもいい」ぐらいの気持ちでいるので、常識人のユッケからすれば胃が痛い。
サトチは性格的に真っ直ぐすぎる、細かいことは考えられない。
逹瑯は小心者の面が出るか、居直るかで行動が違う、予期しない状況にぶち当ればまたパニックを起こしかねない。
ミヤはとにかく危ないことが好きだ、石橋を叩いて渡るタイプの真逆、今にも朽ちそうなつり橋をタップダンスで渡るような男だ。
この4人でこの状況は最悪だと、そう思っているのが自分だけなのが一番最悪だとユッケは内心で頭を抱えている。
これが現実なのは分かった、怪我をしても痛みがないことも、魔法や武器が使いこなせることも分かった。
復路、モンスターと出会わぬように祈りながらミヤを先頭とした4人は石のダンジョンを歩く。
復活できようが痛みがなかろうが関係ない、この手のかかる永遠のお子様共を無事に返すのがムックの保父さん、ユッケの使命だった。
「・・・人が来るな」
ミヤが呟いて足を止める。
6人以上は固まれないルールがあるため、相手が2人以上ならば道を譲るか譲ってもらわねばならない。
ただムック面子はヤンキー気質なので、道を譲るという発想があまりないため、一旦止まったもののまた歩き出した。
確かに向こうから人が歩いて来た。
相手は一人なので揉めることはなさそうだとユッケは内心ほっとする、手元のデータブックを操作してみると《LV4・戦士・タクマ》と出た。
ムック面子はようやくLV2になったところだ。
「よお!」
とタクマが気安い感じで声をかけて来る。
「よお!」
「おす!」
答えたのは逹瑯とサトチでミヤは我関せずといった顔で無視している。
「そっちは4人なの?俺は一人でさあ、仲間に入れてもらえない?」
「ダメだ」
間髪いれずにミヤが否定し、タクマどころかムックの面々も驚いた。
「俺はこいつら以外信用する気はない」
「はは」とタクマは笑う。
「ああ、それで考えたんだけどさ、楽に金をためる方法」
ミヤは顔を歪めて笑うタクマを静かに見返す。
「他のプレイヤー襲って盗っちまえばいいんだよ」
剣を構えるタクマにミヤは鼻を鳴らして笑った。
「アホだな。4対1だぞ。信用させといて寝首かくならまだしも。それにその行為はルール違反のはずだ」
「ルール?この状況にルールもくそもあるかよ!」
タクマは剣を振り上げて襲いかかってくる、即座に前へ飛びだしたサトチがそれをバックラーで受け止めた。
「・・・ぅお」
HPが3ほど削れる。2レベル差は大きいらしい。
さすがに逹瑯が焦った様子でロッドを構え、ユッケも戦闘態勢に入る。
ふとタクマの顔が不自然に歪んだ。
ミヤはそれを変わらず静かに見ている。
「危ない橋を渡るのは楽しいさ、だからこそ俺は絶対に渡ってはいけない橋を・・・見分けている」
その言葉が合図だったかのようにタクマの身体が溶け始めた。
どろどろと、どろどろと、指先から形を失くし、粘体となって床に落ちる。
「あああ・・・な、なにしやが・・・」
「ルール破りの罰則だろ」
ミヤはそっけない。
そのおぞましい光景にサトチと逹瑯がくっつくようにして後ろに避け、ユッケはありったけの勇気を振り絞ってミヤの傍へ移動した。
「ああああああああああ!!!!」
タクマの身体はもう半分溶け、粘体から突き出した上半身が徐々に傾いでいく。
絶叫する口が溶け始め、叫びは意味を成さないものへ変わっていく。
「――――――――――――――!!!!!」
どろり、と全てが溶け、コールタールのようなものが床に広がる。
「み・・・ミヤ君、この人」
「他の全てが本物なら、罰則だって本物だろうさ」
「こ、この人どうなっちゃったの?死んじゃったの?」
「たぶん、そこまで甘くもない。逹瑯、ヤスこっちに来てろ」
その言葉に二人は跳ねあがりミヤの傍まで移動した。
「少し離れるぞ」
言われなくともこんなものの傍に一秒だっていたくない、足早に出口の方向へ歩き、振り返った。
溶けたものがごぽごぽと泡立ち始める。
ごぽり。
一際大きく泡が弾け、一つの形になった。
豚と人をかけ合わせたような醜悪な姿。
ミヤは無言で他の三人にデータブックを示した。
《LV4オーク》
絶句する三人にミヤは簡潔に言った。
「逃げるぞ」
理解した、サトチはユッケに説明され、他は自主的に理解した。
他のプレイヤーを襲った罰則は『モンスターになること』なのだ。
ミヤの勘は正しかった。
データブックには実に細々と情報が載っていたが、その罰則についてはなにも書かれていなかった。
考えられる理由は二つ、掲載の必要がないほど些細な物か、意図的に隠されているのか。
後者だとしたら危険性は高い。
そしてこれは・・・後者だったのだ。
「酒場でこれに関しての情報をあつめる」
ミヤの号令に三人は頷く。
妙な確信が広がっていた、いやそれは確信というよりこの男といると思い知らされてしまう現実。
ミヤをリーダーとした場合、どんな状況すらぶち壊して進めるだろう。
それはどうやら、こんな状況でも作用するらしかった。
店(ディルアングレイ)
「何なのオマエら馬鹿じゃない?何なのオマエら馬鹿じゃない?何なのオマエら馬鹿じゃない?何なのオマエら馬鹿じゃない?何なのオマエら馬鹿じゃない?何なのオマエら馬鹿じゃない?何なのオマエら馬鹿じゃない?何なのオマエら馬鹿じゃない?何なのオマエら馬鹿じゃない?何なのオマエら馬鹿じゃない?何なのオマエら馬鹿じゃない?」
それが何かの呪詛の如く、薫は頭を抱えたまま繰り返す。
「なんなのこの馬鹿ども?死ぬの?まとめてカバの口に頭突っ込んだらええのに」
ディルアングレイのリーダー薫は、ダンジョンに潜るその前にとある問題にぶち当たり座り込んでいた。
「ホントなんなのこの馬鹿ども、どんな苗床で育てればこんな馬鹿ばっかり生えるの」
「あーもう!!いつまでもぐちぐちうっさいわ!」
耐えかねた堕威がそう怒鳴りつける。
「そうそう、しゃーないやん、済んだことや」
眠そうな顔で壁にもたれていた京は他人事のように言う。
「薫君あんまりストレスためるとハゲるで・・・あ、ハゲが酷くなるで」
心夜も毒舌絶好調だ。
「ごめんね、薫君」
敏弥だけが謝っているが、そのポーズがテヘペロなのでさらに薫の怒りを煽っていた。
というか敏弥の態度が一番ムカつくと思っていた。
薫が怒っている原因は一つ。
薫以外のメンバーが《種族》に《デビルハーフ》を選択していたことにある。
この種族は非常に特殊で、初期能力値が高い代償として『呪われた武器』以外は装備できないのだ。
普通の武器を持つと逆に呪われる。
もちろん大抵のゲームで『呪われた強力な武器』はあり、これがゲームだとするなら、そういったものも存在するのだろうが、それは中盤以降の話だ。
スタート地点の此処で、薫以外は武器を所持していなかった。
サービスで貰える最初の武器さえないらしい。
その分、軍資金がちょびっと多かった。
ついでに言えば、パーティバランスが最悪だった。
薫が魔術師、敏弥も魔術師、心夜が司祭、京が忍者、堕威が戦士。
「どんな無理ゲー!!どんな上級者向け!?」
というわけで、せめて序盤で火力になる堕威が装備する武器だけでも、店に持ち込まれないかと待っているのだ。
さっきからプレイヤーが入ってくる度に声をかけているが未だ当たりはない。
巻き込まれた同業者二組はなにも問題がなかったようなのに、なんで自分のところだけこんなに統率が取れていないんだと泣きたくなってきた。
「俺は初期ボーナスリセットしまくって、全員忍者でクリアしたことあったなぁ」
「さすが京君、ゲームやる時も自己マゾ」
京と心夜の淡々としたやりとりにも薫は頭を抱える。
なんでこの異常事態でメンバーの性格について悩まねばならぬのか。
確かに登録した時は訳も分からない状態でだからこそ薫は無難な種族・・・《人間》を選んだというのに、何故こいつらは談合したかのように難易度の高い種族を選んだのか。
どうせ「談合したかのように」ならパーティバランスの良い職業を選ぶとか、そっちに発揮して欲しかった。
もうそんなことを言ってもどうしようもないことは分かってはいるが。
薫はもう何度目になるか分からない深い溜め息をついた。
酒場(ムックとD+α)
寺院の扉を開け、葉月と恒人は酒場へ帰還した。
「しかしなんだったんだ、あれ・・・」
「話し合うのは後、早く浅葱さん達と合流しなきゃ」
半額取られたことはさして痛くない、しかしこれで浅葱達とはぐれては大事である。
葉月もそれは分かっているのでついて行こうとし、迷宮から出てきた四人組に足を止めた。
「逹瑯さん!」
「おー!葉月じゃん、どうしたん?」
「ちょっと事情があって他の人達とバラバラになってて」
葉月が言うとミヤが視線を今し方出てきた扉に向ける。
「Dの皆さんならついさっきすれ違ったぞ」
「ホントですか!?ツネ急いで・・・」
「いや、ヤス、行って呼んできてくれ。ユッケ、ヤスに付き添ってやれ」
「はいよっ!」
「了解!」
即座に駆けだして行くリズム隊を見もせずにミヤは静かに言った。
「君等に渡しておきたい情報がある。恒人君・・・だったな?」
「あ、はい」
ムックメンバーと交流がないため、葉月の後ろにいた恒人が頷く。
「これまでの経緯を説明してくれ」
丸テーブルにつき、恒人はダンジョンに入ってからゲームオーバーになるまでのことを簡潔に説明した。
「なるほど、熟練プレイヤーもいる。そして此処がこうなっているのは初めてじゃない・・・と。君等を殺したモンスターのデータは入っているな?」
「俺は読みとる前だったんで、葉月のに入ってるかと」
突然話を振られて葉月は大急ぎでデータブックからモンスター図鑑を呼びだした。
「あ、これです」
《LV20シャドウストーカー》
『奇襲攻撃を得意とする人型のモンスター。一閃効果のある攻撃を放つ。スピードが速く物理攻撃に強いが、魔法に弱い。特殊効果魔法をかけても有効。ダンジョンの7階に主に生息する』
「これが一階にいたんですよ・・・」
「それに関してだが、こちらの情報で説明がつきそうだ」
そうしてミヤは立った今、ルール違反を犯したプレイヤーがモンスター化したことを伝えた。
「おそらく、その時のLVに応じたモンスターになるんだ。その場でな」
「じゃあ俺らを襲ったのは、かつて1階でルール違反をしたLV20のプレイヤーってことですか?」
「たぶん・・・ほぼ確実だろうな。手口の容赦のなさからいっても、自我は喪失しているようだし」
思案する二人を置いて、逹瑯と葉月の軽妙組は視線を合わせる。
「葉月はそのチームで動くの?」
「まあ、成り行き上・・・いや、安心感がですねぇ」
「そりゃムックよりはな、真面目、堅実で有名だもんね」
「見捨てられることもまずないですし・・・でも・・・」
葉月は横目で恒人を確認する、ミヤと真剣に意見交換をしている友人に小さく溜め息をつく。
「痛みがなくても、蘇生できても、ゲームでも・・・目の前であんなの・・・正直キツイっす」
「そりゃ、そうだろうさ・・・」
軽妙であると同時に硝子メンタル仲間でもある二人は仲良く目を伏せる。
「あれ?なにこれ」
恒人がそう声を上げた。
「どうした?」
葉月と逹瑯も覗き込む、恒人は自分のデータブックを指していた。
《称号確認『殉教者』》
そんな一文がステータス欄に表示されている。
「葉月のはどうなってる?」
「あ」と葉月も慌てて自分のデータブックを弄る。
ステータス欄には同じ一文が表示されていた。
「《称号》か・・・二人の行動に与えられたものだろうな」
ミヤは目を細める。
「人を助けた代わりに死んだ・・・その行為に与えられた称号だろう」
ステータスに並ぶ数字に上向きの矢印が点滅し、称号を手にしたことで力を得たのだと分かる。
「ふぅん、怪我の功名ってやつ?まあ、ラッキーだったじゃん」
「・・・そうですね」
恒人は複雑そうな顔で頷いた。
「じゃあ逹瑯、店の方にディルの皆さんがいたはずだからこの情報を余さず伝えて来てくれ、それと向こうが何か情報があるようならしっかり聞いてこい」
ミヤに言われ、逹瑯は素直に頷いて立ち上がる。
「ミヤさん凄い・・・指揮官って感じです」
葉月の感心した声にミヤは肩を竦めた。
「さあな、神経何本か千切れてるだけかもしれねぇぞ。確かに俺はスリルを求める性格ではあるが・・・」
眉を寄せ首を傾げながら続ける。
「恐怖感やらなにやらが麻痺してる感じだ、頭の回転は鈍ってないようだがな」
「俺もです・・・」
恒人が小さく言う。
「そりゃ人に言われるように冷静なとこあるけど、こんな状況でテンパらないほど強くないはずなのに・・・何故だか気分が落ち着いてるんです。さっき殺された恐怖感だってないんですよ。貧血起こして倒れた程度」
「・・・俺もだな」
葉月は頷いた。
なにせ目の前で恒人が殺され、自分が死んだのだ。
己のメンタルの脆弱さを知っている葉月からすれば、今現在パニックを起こしていないのが不思議だった。
「恒人っ!」
そう声を上げて駆けて来た浅葱に、ミヤはすんなり席を立って離れる。
必死の形相に葉月は慌てて立ち上がり、恒人はその隣に並んで大人しくしていた。
そうして浅葱にまとめてハグされた。
「葉月君も、大丈夫だった!?」
ぎゅううううと一緒に抱きしめられ、恒人とも浅葱ともくっつくことになった葉月は焦るが、恒人は当たり前のように目を伏せている。
「はい、大丈夫ですよ。御心配おかけしました」
「二人とも大丈夫!?」
次いでやってきた大城と涙沙にもハグをされ、最後の英蔵だけが恒人の一瞥で途中で手を止め照れる。
「よかった、心配したんだよ。どっか痛くない?」
「はい、平気ですよ」
「・・・なんかすみません」
あまりの強烈ハグに若干引く葉月。
恒人は慣れているのか表情を変えずに頷いている。
安心感はあれどこの面子に慣れねばなぁとある意味でどうでも良いことを葉月は思った。
店(D+α)
浅葱はこのゲームを受け取った時のことを思い出していた。
丁度みんな揃って事務所を出た道で配っていたのだ。
最初に受け取ったのは自分で、あの時自分が受け取らなかったら他の面々も受け取らなかったかもしれないと後悔する。
しかし今はたられば話をしている場合でもない。
不要なアイテムを売却し、防具を揃えた。
あんなことがあったばかりなので心配したが恒人はさらりと「前衛を優先にすべきです」と言い、葉月は「この状況でお客様扱いされる気ないっすよ」と笑ったので、英蔵、それから浅葱の防具を先に揃えた。
大城の職業はあまり防具を装備できない部類のものらしく、何も買えなかった。
店にあるアイテムは多くなく、ほとんどはダンジョンで手に入れる設定のようだ。
「んー、やっぱウィザードリィか。最近はストーリーやグラフィック重視でこの手のゲームは絶滅気味だもんなぁ」
大城の呟きに恒人が答える。
「というよりキャラ重視なんでしょう、ウィザードリィライクゲーというと世界樹の迷宮か、エルミナージュ辺りですかね。むしろネット上でWIZクローンを作ってる人が多いぐらいです」
「人気としてはコアではあるんだよなあ。まあこれ、HPの減りを見る限りそこまでシビアでもないんだろうけど。くっちゃべっててもしかたねぇな、ぼちぼち行こうか、浅葱君」
「ん・・・ああ、そうだね」
考えるにも情報が少なすぎる、死んだら蘇生できるという疑わしいことが真実だったのは収穫かもしれないが。
「ほら、浅葱君もあんま悩まんで」
と、涙沙が笑顔で浅葱の背中を叩く。
「うん・・・それでさ、一つ提案があるんだけど」
と浅葱は仲間の顔を見渡す。
「酒場にさ、掲示板みたいなの作ったらどうかな?他の人達とも情報交換したり、マップ作製したりするのに」
「良い考えですね」
英蔵が即座に同意するが、他の面々は顔を見合わせてる。
葉月が渋い顔で言った。
「いや、そこまで他の人達を信用しても良いんですかね?」「・・・ん?」
言われた意味が分からず、首を傾げる浅葱に葉月は言い辛そうにした。
「ムックの人達は他のプレイヤーに襲われているわけですし、周回の人があの人だけとも限らないでしょう。偽情報流したり、邪魔する人だっているかもしれませんよ?俺はあまりこっちの手の内明かすのは賛成できません」
「・・・ツネも?」
葉月と一番仲の良い恒人に視線を向けると困惑しながらも頷いた。
「ええ。そりゃ困ってる人がいたら手ぐらい貸しますけど、あそこにいる人達みんな信用できるかといったら・・・ちょっと無理です」
「俺もだな」
と大城が同意した。
「熟練の奴ほど危ないかもしれない、裏技めいたものだってあるかもしれないし。葉月君の言う通り偽情報掴まされるかもしれない・・・この空間が異常なんだよ?ムックやディルの皆さんはともかく、他の連中がそもそも『人間』だって保証もないよ」
「・・・涙ちゃんもそう思う?」
「そうやね・・・不用意に信じるべきではないと思う」
「そっか、んーー」
「相変わらずの博愛主義ですよねぇ」
軽口を叩いた葉月を恒人が小突く。この状況ではそんなものかと浅葱も納得した。
1階(ディルアングレイ)
「おっしゃああああ!!」
錆びた長剣を振るい、堕威がコボルトを打ち飛ばす。
飛ばしたところで敏弥の魔法が焼き殺した。
「うわわ!ホントに出来た!!」
自らの手から発射された火の玉に敏弥が焦る。
「慌てるの後や」
心夜の声に前を向けばこちらに襲いかかってくるコボルト。
「わわわわわ!?」
しかしそれは、姿の見えなかった京による後ろからの一撃で止められた。
錆びた短剣がコボルトの喉を切り裂く。
足を止めたコボルトに今度は薫が魔法の火の玉を放つ。
電子音が鳴り響き、コボルトが消えた変わりに現れた宝箱にさっそく京が飛び付いて開ける。
「お!穴あきローブや!ラッキー」
呪われたアイテムを手に入れた京が嬉しそうに言う。
「やっぱ初期値が高いんやな、この種族は」
怪我をした堕威に回復魔法をかけながら心夜が呟いた。
「でも成長も遅いんやろ」
「ええやん、さくさく進も」
なにやら楽しげな京に薫は首を振る。
「あかん、後衛3人やで?俺ら魔法打てなきゃなんもできん、地道にいくで」
「えー・・・めんどい」
ふくれっ面の京に薫はあくまで厳しく言う。
「あかんて、別に競争やないんやから地道にいきます」
「・・・まあ、薫君に賛成や」
心夜が小さく言うと京は不満げな顔で頷いた。
「でもさあ、潜らないとアイテム手に入らないよ」
「大丈夫や、他のプレイヤーと仲良くなって呪われた武器や装備見つけたら優先的にまわしてもらうように約束とりつけたから」
しれっと言う心夜に心配げだった敏弥は目を見開く。
「やもちゃんって何気に社交性高いよねぇ」
「そやね、お前らと違って精神的に大人やからね」
「このガキいらつくっ!」
敏弥の訴えを薫は無視する。
「でもまあ、MP残量あるしまだ進めるか。じゃあ堕威」
「あー?どうでもええ話し合い終わったんか、ほな行こか」
歩き始めた堕威の髪を掴んで京が止める。
「ストップ!!」
「いたっ!なんやねん」
「そこの床、剣先で叩いてみ?」
「ああ?」
凄みながらも堕威は言われた通り剣先で床を叩く。
パカリと床が開いた。
「落とし穴か・・・」
覗き込んだ心夜が呟く、データブックのマップには《シュート》を示す記号が浮かんでいた。
「ねぇねぇ階段探さなくてもここから二階にいけばいいんじゃない?」
敏弥が楽しそうに言う。
「そやなぁ、飛びこんでみるか」
堕威もあっさり同意した。
落とし穴はとっぷりとした闇しか見えない。
「めんどいもんな、階段探すの」
京もそう言う。
「二階に行ったらアイテムあるかも・・・」
薫もほぼ同意。
「おし、じゃあ行こう」
と、堕威があっさり飛びこんだ。
「ちょ、ちょっと待ってよぉ!」
焦ったように敏弥が続く。
「おいお前ら!いきなり行くな!」
薫も飛びこんだ。
「・・・落とし穴が二階までとは限らんし、本家WIZには死ぬまで落ち続ける落とし穴とかあったし、おっさんら阿呆やなぁ」
既に行ってしまった三人に心夜がぽつりと呟いた。
「お前・・・それをもっと早く言ったれや」
京が呆れたように肩を竦め・・・「まあええか」と飛びこんだ。
「長生きには不向きな生き物やねぇ」
心夜は微かに笑うと目の前の落とし穴をしばし眺め、躊躇いなく飛びこんだ。
1階(D+α)
「ふむ、ようやくLV3かぁ」
倒し終わったモンスターの残骸を前に大城は大きく伸びをする。
どうやら宝箱をドロップしないタイプのモンスターだったらしいが、LVが上がったのだからよしとしよう。
「俺はまだ2だよー」
浅葱が落ち込んだ声を上げる。
「しゃあないって、上級職やもん。上がるのも遅いんやろね」
「浅葱さん、俺もまだ2ですよ!!」
涙沙と英蔵に励まされて、浅葱もようやく笑みを浮かべた。
「うん、なら後々みんなの役に立つように頑張るよ」
「ごめん・・・俺まだなんもしてない・・・」
葉月はそう肩を落とした、そもそも補助魔法なんてどう使えばいいのかが分からない。
「気にしないでよ、補助魔法なんだからさ、強いモンスターと当たった時のために温存してればいいんだよ」
葉月を励ますのは恒人の役目になっていて、明るく言う。
「しかしLV上がると新しい魔法が覚えられるのは当たり前として、身体能力とかも上がるんやね」
「ですね、俺も最初より楽に罠を見破れるようになりました」
どうやらLV3までいけば一階のエリアは比較的楽に歩き回れるらしく、探索範囲も増えていた。
恒人がトラップを見破る専門職であることもあって、既に幾つかの隠し部屋を見つけ、幾つかのトラップを無効化している。
「じゃあ、俺と英蔵君がLV3に上がったら挑んでみようか」
慎重な浅葱もそんな結論を出す。
挑むとはなにに挑むのか。
二階へ下りる階段を発見した時に見たもの。
それは所謂『中ボス』と呼ばれる存在だった。
このゲームは階ごとにボスがいて、それを倒すと先へ進めるシステムのようだった。
「そうですね、俺も新たに魔法を使えるようになるでしょうし、この階のモンスターが最高でもLV2なことを考えると妥当でしょうね」
葉月も同意した。
慎重には進みたいが楽しみたいわけでも長居したいわけでもないのだ、ムックやディルの面々とはあれから会っていないがどうしているのだろうか。
ムックと交流のある葉月はミヤのことを思い浮かべ、案外もう下の階まで行ってるかもしれないと思った。
もし酒場で会えるのならボスの攻略法を聞きたいところだ。
「じゃあ一旦戻りますか?」
最初に軍資金が入っていた袋はどういう仕組みなのか追求するだけ無駄ではあろうが、袋より遥かに大きな物も収納でき、取り出したいと思ったアイテムを取り出せる仕組みになっていた。
上限はあるようだが。
「そうだね、売れるもの売って防具を強化してからボス戦ってところかな」
この場ではリーダーである浅葱の号令に、一団は元来た道を引き返し始める。
その途中ではたと英蔵は足を止めた。
「あ、ボスの部屋、もう一回確認しておきません?」
扉の隙間から目視したボスの姿、おそらく部屋に入らない限り戦闘にはならない。
「ああ、一応見ておこうか」
浅葱が同意し、他から特に意見も出なかったので、前を行く大城がそちらに足を向けた。
2階(ディルアングレイ)
「ああもう馬鹿、ホント馬鹿、俺らの馬鹿ってギネス級!!」
叫ぶ薫を真ん中に、ディル面子は逃げていた。
何故ってLV1では二階のモンスターに一切太刀打ちできなかったからだ。
与えられるダメージが1なのに喰らうダメージは10の世界。
というわけで本気で逃げていた。
後ろからは鎧を纏った二足歩行のワニ、リザードマンが5匹追いかけて来る。
「まあなあ、こうなるわなぁ」
逃げながらも心夜が淡々と呟く。
「だからオマエもっと早よ止めろや」
逃げながらも京は律義に突っ込む。
「うわ、余裕だこの人達・・・」
穴あきローブを邪魔そうに翻しながら敏弥が苦笑する。
切羽詰まっている年上二人を置いて、どこか余裕な三人に堕威が苛立った声を上げる。
「やかましい!全力で逃げんかいっ!」
「堕威君、こっちや!」
しかし探索能力において最高値の京がいることが幸いだった、安全な道を逃げることができる。
リザードマンの群れを振り切りさえすれば、後はモンスターに会わないように戻ることも可能だろう。
戦士の堕威はともかく、忍者の京は奇襲ができるだけで攻撃力は低い。
稀に一閃効果で一撃で仕留めることはできるが、今の段階でその確率は低い。
魔術師二人はMP残量は残り少なく、あと一発撃てるかどうか。僧侶魔法を使える心夜には回復にまわってもわわねばならず、こっちのMPも残り少ない。
これが危機的状況なのは馬鹿でも分かる。
そうして逃げ回り、なんとかリザードマンを振り切って、這う這うの体で登り階段に辿りついた。
「まあ、とにかく着けたな」
「そやね、さっさと帰ろう」
この空間で疲労は蓄積しないが、緊張感で限界だ。
5人は階段を上り切り、そして呆然としてしまった。
広い部屋は半分に壁で仕切られ、唯一の通り道を塞ぐように立つ自分達の倍はある影。
巨大な鎧を纏ったゴブリンがこちらに背を向けて立っている。
「え・・・これってまさか、中ボス!?」
敏弥が絶望的な声をもらす。
「みたいやな、階段ごとに中ボスがいる仕組みか・・・」
さすがの心夜も力のない声で言う。
データブックには《ボス:ハイゴブリン》の文字が表示されている。
「どうしたら・・・」
ハイゴブリンは振り返った、ずしずしとこちらに歩いてくる、どうやら戦闘開始らしい。
「ちっ・・・やるしかない!」
堕威が剣を構えて前に出た。
ハイゴブリンは石斧を振りあげる。
前に出ながらも無理なことは堕威自身が分かっていた。
2階の雑魚にダメージを与えられなかったのに、どうしてコレが倒せる。
しかしやらねばならなかった、蘇生できようが死ぬことなんて想定して動く気はない。
恐らく、一撃を受けたら倒れる。
ならばどうする。
「プロテクトアップ!!」
5人の物ではない別の声が響き、身体が光に包まれた。
堕威に振り下ろされた石斧はクッションがあるかのように速度が緩まり、軽いダメージを受けただけで済んだ。
「・・・誰や!?」
ハイゴブリンが退いたことで通れるようになった道から駆けて来たのは葉月だ、バンド繋がりで多少の交流のあった薫が叫ぶ。
「葉月!?なんで此処に!?」
「ポイズンシュート!!」
葉月が手を突きつけるとハイゴブリンは紫の泡に包まれて悶え、膝をついて吠える。
「詳しくは後です、俺らのパーティが交代で入って援護します!」
「!?ああ、頼む!」
確かに詳しく説明している間はない、葉月と入れ違いに今度は涙沙が駆けて来る。
全員に回復魔法をかけ、そしてMPを回復する薬を投げてよこすと、すぐにまた駆けて行って今度は大城が来た。
「援護します!倒しましょう」
「おっしゃ行くで!」
伊達にライブと言う修羅場を潜っていないディル面子は完全に持ち直し、目の前のハイゴブリンに立ち向かっていった。
最早、心夜も遠慮しなくていい、あらん限りの魔法の炎を打ちまくり、京は物影を走りまわり、奇襲攻撃で削っていく。
堕威と大城で特攻攻撃を加える。
葉月が放った毒が効いているのかハイゴブリンの動きは鈍くなっていた。
偶に涙沙と大城が交代して回復しながら、着実に敵のHPを削り、そうして長い時間をかけてハイゴブリンを倒すことができた。
「ありがと・・・助かったわ・・・」
荒い息を吐きながら薫はその場に座り込む。
「いえ、偶々この部屋をのぞいたんですけど、お役に立ててよかったです」
「この借りはいつか必ず返す」
そっけないながら誠意を込めて京も礼を言った。
「ホント助かったよー、もう絶対死んだと思ったもんね」
敏弥もまた座り込んでいた。
「マジで恩に着る。ほら、やもちゃんもお礼言いなさい」
堕威に叱られ、心夜は視線を合わせないまま淡々と言った。
「・・・・・・ありがと」
あの時、ボス部屋の様子を見に入ったDの面々は、何故か2階から上がって来てボスと対峙しているディル面子を見つけた。
そうして落とし穴から落ちて上がってきたところに遭遇したことを察し、ディル面子が5人パーティだったので1人ずつ入って援護したのだ。
それが上手くいった。
「借りは必ず返す」
京はもう一度強くそう言った。
ハイゴブリン、即ち一階のボスを撃破したのはディルのパーティという扱いになるらしく、データブックにそれが表示された。
一旦別れて酒場へと帰還しあらためてテーブルを囲む。
「バグじみてるというか・・・変ですよね」
立場上、一番下になる恒人は伺うように言う。
「なにが?」
対する京は軽いもので、それに幾らか緊張が緩和されたのか恒人は続ける。
「一階ごとにボスがいるのに落とし穴があることがです、例えばですよ、隠し扉みたいに初回はダメだけど、一度ボスを倒したら2階へ最短距離で行ける落とし穴・・・なら意味があるとは思うんですが、今回のは変でしょう」
「確かにな」と心夜が同意した。
「バグかでなきゃ根本的なミス設定や、間違えたら詰むゲームなんて・・・いや、これは無料配布ゲームなんやっけ」
「これからも、そういうバグじみた詰みがあるってことですか!?」
葉月が渋い顔をする。
「まあ、これからは落とし穴に飛びこむような軽率な行動は・・・」
しない方が良いと同意を求めかけ、薫は肩を竦める。
そんなことをする馬鹿は自分達だけで充分だし、目の前にいる生真面目そうな面々がそんなことをやらかすようには思えなかった。
「・・・それ!」
と京が声を上げて立ち上がる。
「なに!?びっくりするじゃ・・・」
抗議する敏弥を押しのけ、京は薫の腕を掴む。
「それを早く、逹瑯達に伝えんと!」
「え!?」
「あそこのリーダーは・・・危ない・・・」
ディルの面々は、少なくとも当人たちは・・・堅実に進んでいるつもりなのだ。
ならば、だとすれば、自ら危険に突き進む男をリーダーに持つムック面子は危険すぎる。
「落とし穴なんて見つけたら・・・絶対に飛びこむ!」
珍しく他人を心配して焦る京に薫の行動は迅速だった。
「よっしゃ、探しに行くで。お前らももうええよな」
京に押しのけられ、テーブルの下に追いやられていた敏弥が顔を出す。
「もうそれ強制だよね」
文句を言いつつも立ち上がり、心夜は黙って立ち上がった。
堕威はアメリカドラマのように大仰なリアクションをDの面々にしてみせる。
「俺達も手伝いますよ」
浅葱の申し出に薫は手を振る。
「ついででええよ。これ以上後輩に迷惑かけてたまるかい」
一階(ムック)
彼等だって万能ではない、一件最強そうな京や心夜はむしろ常識というものが大幅に欠如しているし、探偵役を務められそうなほどの頭のキレを持つ浅葱だって一介のミュージシャンだ、だからその見落としを責められる理由はなかろう。
ムックのパーティには探索役がいなかった、罠を見破れる職業を持った人間がいなかった。
罠を見破れる職業は三つ、盗賊、ハンター、忍者のみ。
ムックはそのうちのどれもなかったのだ。
しかしこの4人は優秀だった、豪快に突き進むミヤと繊細に物事を見極める逹瑯がいて、地道に壁や床を調べ隠し扉やらなにやらを打破し、1階のマップはほとんど完成させていた。
データブックには記載されていることだが、ミヤがセレクトした種族《獣人》は探索系に適したもので、職業として選ばなくとも微細な空気の流れなどを察知できたことも功を奏していた。
とはいえやはり見破れないものは見破れないのだ。
足元がぐらつく感触にミヤはとっさに飛びのいていた、獣人を選んだことで研ぎ澄まされた五感と身体能力で開いた床から飛びのいていた。
しかしそれはほとんど反射に近い行動だったが故に後ろを歩く者への警告が送れる。
「おわ!」と声を上げてぽっかり空いた穴へサトチが落下する、その真後ろにいたユッケがとっさにその腕を掴み、しかし支えきれずにまとめて落ちてしまった。
「ちょ!?大丈夫か!?」
最後尾を歩いていた逹瑯が突然のことに驚きながらも落とし穴を覗き込み声をかける。
「おーい!!ユッケ!!ヤス!!返事しろ!!」
床に空いた穴は闇が漂うばかりで返事がない、焦った逹瑯の視線を受けてミヤは静かに落とし穴を見下ろした。
「・・・深いのかな?」
とりあえず遠まわしに状況を探る言葉を放つ逹瑯にミヤは小さく首を傾げる。
「返事がないってことはそうだと考えたいな」
「・・・うん」
「情けない顔をするな」
そう言いながらミヤは唇をなぞる、危険好きだが自殺志願者ではないミヤは考える。
落ちた二人からの返事がないということはあり得ないぐらい深いか、落ちたら死ぬか、あるいはなんらかの不可思議パワーによって返事が聞こえないかだろう。
「あと・・・此処のマップはすぐ埋まるよな?」
ミヤに聞かれ逹瑯はデータブックを見る。
「うん、たぶん行ってないとこはこの先の一箇所だけ・・・まあ此処が正方形だと仮定してだけれど」
「なら下に降りよう、合流できるかもしれない」
逹瑯を気づかって直接的な言葉は避ける、データブックにはまだユッケとサトチの名前が載っているがHPが《不明》という嫌な表示なのだ。
ということはパーティは解除されていない、もし二人が死んだ扱いになっていても《全滅》ではないのだ、回収しなければならない。
それを口に出すと逹瑯がパニックに陥る恐れがあったのでミヤはあくまで淡々と言う。
「さっさと二人を迎えに行こうぜ」
「・・・うん」
戸惑いながらも頷く逹瑯と、残りのマップへと進んで行く。
もちろん、中ボスの存在なぞ知らないままに。
「逹瑯はこの《ゲーム》をどう思う?」
「ん・・・ぬるいウイザードリィって感じだね。本家WIZだったら魔術師なんて雑魚の一撃で死ぬHP5とかだけどそんなでもないし」
LV1の段階でも逹瑯のHPは60ほどあった、戦士をセレクトしたサトチと倍ほどの差があるとしても厳しいほど少なくもない。
「トラップとかもそこまで殺人的じゃないし、他の連中の話聞く限りじゃ宝箱トラップの解除失敗率も少ないみたいだし・・・全滅時の救済措置もあるし・・・ゆとり仕様のウィザードリィって感じ」
「俺の感想もそんなところだ。オートマッピングできるから迷うこともないしな。難易度の低いウィザードリィだ。いったい地下何階まであるのかは知らないがLVの上がりも遅くはないし」
「ああ、本家は泣きたくなるほど遅いからね」
「酒場に帰れば全回復する、とてもぬるい」
慎重に進むミヤの後に着きながら逹瑯はほっと息を吐いた。
ミヤは逹瑯の心配を取り除こうとこんな話題を振って来たのだ、そうしていることが楽観できない状況であることを示しているが、ミヤからのこうした気づかいは快い。
「・・・逹瑯、MPは残ってるな?」
「うん、ファイアをあと7発は打てるよ」
「そうか、なら打ち尽くせ」
扉を開けたまま振り返り無表情で言うミヤに首を傾げると薄い唇が状況を楽しむように釣り上がった。
「中ボスがいる」
「・・・マジで」
笑うしかないので逹瑯も笑う。
それに満足げに顎を下げ、次の瞬間ミヤは突撃していた。
「ちょ・・・」
慌てて後を追って部屋に入るとハイコボルトの顔面にミヤが飛び蹴りを入れているところだった。
先制攻撃を決められその鬼じみた顔に戸惑いが浮かんでいる。ミヤとの付き合いが長い逹瑯はミヤが下がるなりその戸惑いを浮かべた顔面にファイアを打ち込む。
ぎゃっと獣じみた悲鳴を上げた喉元にミヤのカタールが突き刺さる。
「畳むぞ!」
「おっしゃ!」
本来チームで倒すべきボス相手に二人しかいないという危うい状況に構うことなく、鏡に写したように正反対の二人のベクトルが完全に揃う。
メンバーを迎えに行く最中にあった障害物如きに躊躇するような精神は持ち合わせていないのだった。
倒れたハイコボルトは霧になって消える。
その脇でしゃがみこんだミヤはズタボロという表現がしっくりくる。
あるいはボロ雑巾か。
痛覚が制御されていても辛そうなHP3の状態、見た目はすごいことになっていて逹瑯は顔をしかめる。
離れたところにいたため、そしてハイコボルトが近距離物理攻撃しか使えなかったため無傷。
「・・・薬草寄こせ」
血まみれの顔面を鬱陶し気に拭いながら差しだされた手に逹瑯は慌てて薬草を二つ差しだす。
それを食めばみるみる傷は消える、傷どころか壊れた防具も元に戻る。
ゲームによっては防具や武器の耐久も反映されているが、どうやらこの《ゲーム》にそれはないらしい。
「・・・行くぞ」
治ったミヤはさっさと立ち上がって階段を下りて行くので逹瑯もその後を追う。
先程のボス戦で二人ともLV5になっている。
「保父さんとワンコのお迎えね」
心配を隠し逹瑯はわざと軽快な足取りで階段を下りていった。
遡って落ちた二人。
慌てて天井を見上げても濃い闇が溜まっているばかりで声は聞こえない。
パニックの渦中に飛び込んでしまったサトチをユッケが宥める。
「大丈夫だよ、ミヤ君達が迎えに来てくれるよ!」
ミヤの性格を考えれば飛びこんできてもおかしくないのでユッケはしばらくその場で待つことを提案した。
サトチのほうは自分のせいでユッケも落ちてしまったことに責任を感じてすっかり落ち込んでいる。
しばらくまってもミヤが飛び降りてこないのでユッケは考える、筋道でも理論でもなく幼馴染の行動パターンを考える。
「ねぇサトー、ミヤ君達さ、きっと階段を下りて迎えに来てくれるよ」
そうして一階の地図・・・残り少ない部分に階段があると仮定して二階、まだ自分達が落ちた部分しかないものと照らし合わせる。
よほど意地悪な造りでなければ、階段まで辿りつけるはずだ。
しかし・・・意地悪な造りの可能性を考えると下手に動くより待っていた方が良い気もする、向こうだって落ちた位置に当たりをつけているはずだ。
「・・・えっとね」
そうしてユッケは思う、たしかもう一つレベルが上がれば同じ階にいる仲間を探す魔法が習得できたはずだ。
それをサトチに説明するのが面倒だった、というより理解してもらうまでの時間がもったいない気がした。
「あのさ、モンスター退治しよ?」
「え?なんでだ!?」
「ほら、この辺りのモンスターを退治しちゃえばミヤ君達と合流しやすいでしょ。ミヤ君も褒めてくれるよ」
「褒めてくれる!?」
無垢な目で見上げて来られて若干の罪悪感はあったが、今から本来の意味を説明しているとさらにややこしくなりそうなのでユッケは押し切る。
「うん、褒めてくれるよ」
「うしっ!俺がんばるべ!!」
素直なサトチは素直に頷いて笑顔になる。
ユッケはメイスを握り締めて周囲の気配を探った。
「サトー、近くになんかいる?」
「えっとな、この扉の向こうになんかいると思う」
ドワーフを選んだサトチもそれなりに感覚は鋭敏になっているらしく言った。
「どんなのか分かる?」
「んっとな、危なくない感じ」
サトチは元々そういった野生の勘じみたものに優れている、ユッケは迷わず扉を開き、そうしてサトチの勘を信じたことにガッツポーズをしたくなった。
《LV4スケルトン》
僧侶魔法の前では容易いモンスターが五匹ほど蠢いていた。
錆びた剣と盾を持った骸骨。
「サトー!えらいえらい!」
「ん?ありがと!」
喜ぶサトチを背に、この手のモンスターには有効である僧侶系の攻撃魔法を放つ。
「喰らえ!ホーリーボルト!!」
聖なる光がスケルトンの群れに降り注ぎ、絶大な効果を与える、武器を落とし、ぼとぼとと骨が取れて砕け、ほとんど一部分だけになった骸骨が狂ったようにこちらへ走ってくる。
「おっしゃいくべ!」
それをサトチが片っ端から剣で砕き、見事モンスターの群れを全滅させた。
ギリギリのところでレベルアップを果たし、ユッケは新しく覚えた呪文を唱える。
データブックで呼びだしたマップ、ほとんど未完成のマップの黒い部分にミヤ達がいることを示す表示それから・・・ユッケの身体から導くように光が伸びていた。
「なにこれ!?すごい!?」
はしゃぐサトチを連れてユッケは歩きだす、この分だとミヤは本当に褒めてくれるかもしれない。
MPの残り残量を確かめ、これならばなんとかなりそうだ。
「サトー、薬草はまだある?あとMP回復のポーション」
「うん、ある、薬草はあと3つ、ポージョンは2つ」
「大丈夫そうだね・・・」
落ちた時はどうなるかと思ったが、なんとか合流できそうだ。
光の方向へ進んでいく、幾つかの角を曲がり半端にマップを作りながらユッケは半ば気を抜いていた、サトチに強く腕を引かれるまで安心し切っていた。
「ど、どしたの!?」
「・・・なんか怖いのがいる」
「え!?」
種族の設定上サトチのほうが敵に対して鼻が効く、しかし言うことがアバウトすぎて当てにならない。
ユッケは一旦立ち止まって耳を澄まし、じりじりと角まで下がった。
石の回廊を割砕くような軋む音と、何かを打ち合わせる様な音が響いている。
意を決して覗き込み、頭を抱えたくなった。
一言で表現するなら『巨大なカミキリムシ』。
《LV15リッパーアント》と表示されるモンスターがそこにいた。
「ちょ・・・15って・・・」
恐らくルール違反をした冒険者が変質したものなのだろう。
二重の意味で戦いたくない相手だ。
「どうすればいいんだ?」
無垢に聞いてくるサトチにユッケは困惑した笑みを浮かべる。
どうすればって・・・逃げるしかない、しかし逃げたら確実にミヤ達と離れるし、ミヤ達がこのモンスターに遭遇する危険もあるのだ。
「つーかよ、低い階層で高レベルモンスターに会う確率高すぎるだろ、バグレベルだぞおい」
思わず素に戻って悪態をついてしまった。
「WIZライクゲーだしなぁ、首切り持ってそうだしなぁ」
敵うわけもない、4人いたって無理だ、レベル10も差があれば。
幸い向こうはこちらに気づいていないので逃げることも不可能ではないが。
「・・・うー」
手首のデータブック、ミヤ達は迷うことなくこちらに向かっているらしい、ほどなく鉢合わせるだろう。
「ユッケ」といきなりミヤの声がして弾かれたように顔を上げる。
「あ、ミヤ君!たつおー!」
サトチはリッパーアントの存在を忘れたのか影から出て陽気に手を振った。
がちがちとリッパーアントが鋏を打ち鳴らす。
その向こうに無表情のミヤと引きつった顔の逹瑯がいた。
どうやら昆虫らしく知能は低いらしいリッパーアントを睨み、それからユッケとサトチに向けて無情なリーダー命令が下る。
「滑りこんでこっちに来い」
ミヤはリッパーアントの腹の下、足の間を指差し当たり前のように言い放った。
酒場
無事帰還したムック面子は薫に呼ばれた、そしてD面子も含んだリーダー3人が同じ席に集まり、改めて情報交換を行う。
「バグ要素といえば、モンスター化も考えようによってはバグですよね」
ミヤは肘をついて気だるげに言う。
「1階にLV20のモンスターとかバグですよ。他のモンスターは階層に応じたレベルのものがいるのに・・・」
「確かにな、今の段階でLV20のモンスターなんか倒せんし、まあ運良く会ってはいないけど。シャドウストーカーだっけ?一撃死攻撃放って来る奴とか相手にはできんやろ」
薫がそういうと恒人達のことを思い出したのか浅葱が眉を寄せる。
「これがWIZライクゲーだとして・・・所々にそういった、システム上甘い要素があるわけですよね」
不快を飲みこんで浅葱は言う。
「素人が作ったゲームみたいやなぁ・・・まあ、街頭で無料配布していたようなもんやからクオリティ求めるのも・・・というか取りこまれるようなゲームにクオリティもくそもないか」
「まあ・・・目的が、なにかこうして俺達を閉じ込める目的があるとして、それが《ゲームクリア》とは限りませんからね」
ミヤは嫌そうに言う、人の手の中で踊らされるぐらいなら死んだ方がましとでも言いたげだ。
「目的・・・ですか」
浅葱は目を伏せて唇を撫でる。
「えっと、なんていうんでしたっけ?トリップもの、異世界トリップってジャンルありますよね。あれだとしたらいまいち整合性に欠けますよね、ボス系のモンスターはパーティごとに現れるわけですし」
「ああ、俺達は異世界を救う勇者として呼ばれていたわけではなさそうだ」
ミヤは軽く頷いた。
「じゃあ・・・遊びか」
と薫は笑う。
「誰かが俺達を見て楽しんでる、どっちかつーとソリッドシチュエーションスリラー」
「そのほうが腑には落ちますけど」
腹立たしいです、とミヤは口角を釣り上げた。
「あくまで倒して欲しいのはモンスターで、プレイヤー同士の殺し合いが望まれてないのは・・・唯一マシな部分やけど」
「それ・・・それだけでも全員に伝えた方がいいですよね」
浅葱は広い酒場を見渡した、ほとんどが知り合いでない人間達が大勢いて、そのほとんどに伝わっていないのだ「他プレイヤーを襲うとモンスターになる」ということが。
「言って信じてもらえればいいけど、俺たちみたいに諦めの良い連中ばかりでもないぞ」
とミヤは言う。
「中には怖がって一回もダンジョンに潜ってない奴もいる、何度か死んで精神的に危うい状態になってる奴も、此処にいる中に敵がいると疑っている奴もいる・・・それとも浅葱さんは、全員が帰還するのを手伝う気か?」
浅葱は目を見開いてミヤを見た。
「嫌味で言ってるわけじゃない。しかしさっき葉月君達が全滅したのは、他のプレイヤーを助けたからだろう?今後も身内を犠牲にしてでも助ける気か?いくら死なないといっても・・・」
「それは・・・」
浅葱は唇を結ぶ、彼の性格上、容易く答えが出る問題でもなかった。
見捨てることはできない、しかしまたあんなことになるのはゴメンだった。
ユッケから恒人達が寺院から出て来たと聞いた時、生きた心地がしなかった。
無限に生き返る空間だとして、ゲームだとして、それでも自分の判断ミスで怖い目に合わせてしまったことに変わりはない。
「まぁミヤもそう言ってやるな、俺らも浅葱君らに助けられてるし、人からの信頼を勝ち取れるって点じゃ善行を否定はせんよ」
「・・・そうですね。すみません」
ミヤはあっさり謝って、すぐに切り替えたように言う。
「俺らの側から見ればこれはWIZライクゲーなんですけど、造った側からすれば別のゲームになりません?」
「うん?」
怪訝そうに首を傾げる薫にミヤは淡々と答えた。
「ダンジョンを経営するゲームとでも言いますか。これなら攻略する側からすればバグでも経営している側からすれば戦略ですよ。例えば階層にあったLVのモンスターしか配置できないとして、モンスター化したプレイヤーはその例外だとしたら、置いておくでしょう、間違いなく」
「あ・・・」
薫がそれに答えようとした時、後方で派手な音が響いた、何事かと振り返れば、酒場にいた男の一人がタガー片手に血走った目でテーブルを蹴り飛ばしている。
「もう嫌だ!」
と男は叫ぶ。
「もうこんな異常な場所にいるのはたくさんだっ!お前らの中に黒幕がいるんだろ!」
明らかに正気を失くした焦点の合わない瞳、初期装備しか身につけていないところを見るとダンジョンの探索に手間取っているのか。
彼を止める様な者も声をかけるものもいないので、一人でこの空間に来たのかもしれない。
「誰だっ!誰がこんなふざけたことをしてるんだっ!」
そう言って彼は、一番近くにいた女性に掴みかかろうとする。
「おい、ヤバいぞ・・・」
空気に呑まれていた薫と浅葱が立ち上がる頃、ミヤは既に男の近くまで移動していた、それを確認するのとほぼ同時に男の腕を掴む影。
「ちょ、落ち着いて下さい!」
英蔵だった。
英蔵が錯乱した男の腕を掴んでいる。
それに続くように恒人も駆けだしてきて、襲われかけた女性を避難させていた。
「とりあえず冷静に・・・話を聞いて下さい」
淡々とした声で恒人が言うが男は英蔵に掴まれた腕を振りほどこうともがいている。
もしも男が誰かを攻撃すればモンスター化してしまうのだ、英蔵は必死の様子で、そして恒人も顔に出ていないだけで必死なのだろう。
「ちょっとヤバイよっ!」
後ろから逹瑯が浅葱の肩を叩く。
「はやくあの二人を呼び戻した方が良いって」
「え?」
「え?じゃなくてさ・・・」
まるきり「その可能性」に至っていない浅葱に逹瑯は言い淀む。
男が英蔵の腕を振り払い、タガーで切りつけた、身を反らし、掠っただけで済んだようだが変化はすぐに出る。
男の身体が溶けだした。
「・・・あ?」
タガーを握っていた指が溶け落ちてそこからぞろぞろと肉が粘性の物体と化し、床に落ちてゆく。
「え?・・・あれ?」
むしろその異常事態に男は一度正気にもどり、そうしてがくんと身体が傾いた、ぞろぞろと床に広がってゆく足だったもの。
何重もの悲鳴が爆発した、近くにいた者はその場から離れようとし、そうでない者も突然起こった安全地帯での事件に混乱して逃げようとする。
しかし逃げ場はどこにもない。
「ちょ・・・」
「あ、浅葱さん待って!」
駆けだした浅葱を追って逹瑯も走る。
幸い、上背のある二人は混乱の中でも辛うじて埋もれずに済んだ。
逃げまどう人の群れを逆に掻き分けていく。
逹瑯の言った意味を浅葱は遅れて理解していた、確かにこの事態は、二人の方が危険だ。
二度目の悲鳴が爆発する。
溶けた男がいた場所に立つのは、もうおなじみとなったコボルト。
そうして逃げ遅れた少年に襲いかかる。
少年は間一髪で避けて逃げ、さらに追いすがろうとするコボルトの胸に炎の矢が突き刺さった。
後ろにいた恒人が放った矢。
相変わらず表情を変えぬまま、しかし痛みを堪えるように唇を固く結んでいる。
コボルトは倒れて消える。
黒い霧が霧散して消える。
「なんなんだよ今の・・・」
混乱したままの酒場から声が上がる。
「こいつらなにかやったのか!?」
いつの間にかぽっかりできた空間に英蔵と恒人だけが取り残され、そこに刺さるのは不審の視線。
「お前ら、なにをしたんだ・・・」
「これがルールなんですよ」
前に出ようとした英蔵を抑え、恒人が務めて冷静な声で言う。
「プレイヤーへの攻撃というルール違反をしたものに与えられる罰則なんです、モンスター化は」
「そ、そうなんです、本当に・・・」
多数の不審の視線にさらされ戸惑った英蔵の声が弱々しく響いた。
「本当だ」とミヤがそのぽっかり空いた空間に歩み出て言う。
「俺もダンジョンの中でこの目で見た、襲ってきた奴がモンスター化するのをな」
「信用できるか、オマエら知り合いだろ」
どこからか飛んだ声にミヤは眉を寄せる。
「なら」とドスを聞かせ、円を描くように取り囲み、不審の視線を向ける集団に言う。
「俺を攻撃してみるか?俺の言うことが事実ならモンスター化するわけだが」
酒場内に下りた重い沈黙、浅葱は前に出ようとして逹瑯と薫に止められた。
見れば他のメンバーもディルやムックの面々に止められているらしい。
確かに同じパーティを組んでいた自分が出て行ったところで説得することは不可能だが、浅葱は歯噛みする、状況を打破する方法が浮かばない。
「あ、あの、本当だと思います・・・」
沈黙していたからこそ聞こえた細い声、一斉に集まる視線に言葉を発した主は縮こまった。
まだ中学生に見える少女が3人固まっている、それなりの装備を身につけているので、ダンジョンをきちんと攻略してうるのだろう。
「あ、私達も他の人に襲われて・・・その人がモンスターになっちゃうとこ、見たから」
最初に声を上げたのとは別の少女が言うと、最後の一人も頷く。
「ホントです・・・」
子供と言ってよい女の子達の証言に険呑だった空気が少しだけ溶け始めたところで反対側から声が上がる。
「あの!いや、俺らは見てないんですけど・・・ダンジョンの中で罠に引っ掛かって痺れて動けなくなったとこ、助けてもらったんです」
見ればあの時、酒場まで連れ帰った少年二人のグループだ。
「パーティ解体してまで俺らを連れ帰ってくれて、助かったんですよ・・・だから変な人達じゃないと思います」
不審の視線はもうなかった、まだ納得がいっていなさそうな者も何人かいたが、諦めたようにそっぽを向いて席に着く、中には英蔵達に謝罪の言葉をかけるものまでいて、助かったようだった。
都内にある某ホテル、リンチ一行が東京で泊りの仕事をする際に使用しているホテルの一室。
「葉月、入るぞ」
そう声をかけて玲央はマネージャーから預かった合鍵でドアを開ける。
狭いシングルの部屋に人影はない。
「やっぱいませんね・・・」
葉月の部屋を訪ねても応答がないことに気づき、玲央に訴えた明徳が溜め息のように言う。
「どこにいったんだアイツは・・・」
一応ノックをしてユニットバスの扉を開けるがそこにも人影はない。
使用された形跡のあるバスダブを見て玲央は眉を寄せる。
「あの、財布も鍵も置きっぱなしなんですけど」
「葉月なら置いて出かけかねんが・・・」
「携帯も置きっぱなしです」
「それは・・・珍しいかな」
ベッドの脇で困惑している明徳の隣へ移動して気づいた。
備え付けのテーブルの上で開いたままになっているノートパソコンがある。
「あ、これさっき配ってたゲームだ、これやったんでしょうか?」
「そんなもんを仕事道具に・・・」
少し呆れながら玲央はノートパソコンを覗き込む、ゲーム画面が表示されていた。
荒い画像はRPGでよく見かける酒場で実際『酒場』と表示されている。
玲央と明徳は怪訝そうな顔を見合わせた。
下に表示されたステータスウィンドウにDの面々の名前と葉月の名前が片仮名で表示されていた。
仮にキャラメイクできるゲームだとしてDのメンバーで揃えるだろうか。
知り合いの名前を使うのは良い、なんでDのメンバー全員なのか。
玲央も明徳も口にこそしないが疑問は同じだった。
「・・・これ、操作できませんね」
パソコンに触れた明徳が呟く。
「フリーズしてるのか?」
「かも・・・あ」
今度は誰も触れていないのに画面が切り替わった。
『商店』という表示に変わり、購入画面が勝手に動き出す。
「・・・なんだこれ?」
そう声を漏らす玲央に明徳が半笑いで言う。
「葉月さん、この中にいたりして」
「は?」
「いや、よくあるじゃないですか、ゲームの中に閉じ込められたとか・・・」
明徳は笑い、しばし笑って笑顔を引っ込めた。
突然消えてしまったとしか思えない形で家主不在の部屋で、それが冗談にしては笑えないことに気づいたのだろう。
玲央は画面と明徳を見て、思案気に顎に手をやる。
「・・・案外、それが正解かもな」
そうして玲央は開いたステータスウィンドウを眺める。
「この数字はなんだろうな?」
「え・・・経験値、はこっちか・・・なんでしょう」
「080から始まる11桁だな」
「・・・・・・いやいや」
そうしてまた二人は顔を見合わせた。
玲央はポケットに入っていた携帯電話を取り出し、番号を押してみる。
「・・・繋がった」
ぷるるるる。と鳴る呼び出し音が長く響き、そうして。
『・・・・・・も、もしもし?』
困惑極まった葉月の声がした。
ゲームはまだ続く。
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