表現者達の凱歌
目の前で猫が轢かれて死んだ。
ただそれだけのことだ。
表現者達の凱歌
小動物が車に轢かれて死ぬなどという現象は、日本全国津々浦々どこでも起こっていることであって、その目撃者になる確率もそれほど低くはないように思う。同様にその《加害者》になることも車やバイクを運転しているのであればやはりそれも低くない。
俺のような猫好きが猫が轢かれて死ぬ瞬間を目撃するというのも、それほど珍しいことではないのかもしれない。
そういったことを差し引いたところで気分は悪い。
やるせなさとか、悲しみとか、ひどく陰鬱な気持ちにさせられる出来事だ。
ブレーキ音に驚いて道路を見たら猫が車に跳ねとばされた。昔、改名するときに「猫を助けて轢かれて死んだ」などと冗談で作ったネタがあったが、これはあまりに突然だったので助ける暇がなかった、もっと早く道路を見ていたとしても身をていしてまで猫を助けることはできなかったはずだ、自分を取り巻く様々なことが浮かぶだろうし、それ以前に恐怖で体は動かなかった。万が一そんなことで命を落とそうものなら、それこそ昔作ったネタと被りすぎて洒落にならない、というか悪趣味だ。悪趣味な死に方などたぶん最も嫌な死因だろう。末代まで語り継がれそうだし。
猫を轢いた車はそのまま走り去ってしまった。それに対して少なからず怒りを覚えたが動物好きな俺には分からない《人間》以外を生物として認識していない感覚というものを持っている人物が運転手だったのかもしれない。そしてそれは案外一般的なのだ。
道路脇に落下した猫を確認しにいくと、猫は徹底的に、これ以上ないほど徹底的に死んでいた。そこにあるのは《猫の死体》以外のなにものでもなかった。
キジトラの痩せこけた猫は終わっていた。いったいこいつが何年いきてどんな人(猫)生を送っていたのか知るよしもない。
手でも合わせようかと思ったがそれもエゴっぽく、そして「自分と関係のない死体を拝んではいけない」みたいな迷信を聞いたことがあったのでやめておいた。
まぁ《迷信》と言った時点で《従わなくていい》と認定しているようなものなので九割方エゴになるのが嫌だという理由だったが。
人通りが多い場所とまではいかなくても、俺以外にそれなりの通行人はいてブレーキ音と衝突音(意外と大きな音がするものだ)がしていたので猫の死には気づいていたはずだが、こうやって猫の死を確認しに来たのは俺だけだった。
もう少し何らかのリアクションがあっても良いのではないだろうか?
息があるなら病院に連れて行ってやらなければ、とか。
それとも彼等にとっては只の「不愉快な出来事」としてこれは終わったのだろうか?
猫を轢いた運転手にとってもやはり「不愉快な出来事」として終わったことなのだろうか?
本当に終わってしまったのは、このキジトラの痩せこけた猫の一生なのだけれど、俺の中ではなかなか終わりそうもない。
そうこうしているうちに雨が降ってきた、昼の時点の天気予報では何も言っていなかったので雨具の用意はしていない。しかもいきなりの本降りだった、最悪だ。
そして髪の長いどう贔屓目に見ても堅気に見えない男が真夜中に猫の死体を見ながら雨にうたれている図というのはもっと最悪だったので、俺はとりあえずコンビニを目指して歩くことにした。ビニール傘でも買わなければ。
まだタクシーを拾える場所までは遠い、さすがに雨に濡れて風邪を引いたなんてことになればいくら曲作り&作詩期間とはいえミヤ君から小言の一つや二つ喰らうことになるだろう。
雨粒がついてメガネのレンズが濡れる。自分が泣いているみたいで落ち込みたくなった、そんな時。
「逹瑯やないの?」
聞き慣れてはいないけれど聞き覚えのある声がした。
ふり返ると、立っていたのは金髪の小柄な、どこか剣呑な雰囲気のある人物。
カテゴリーは《先輩》で関係性は《同業の友人の親しい先輩》だ。
「京さん、こんばんは」
さすがに外で「おはようございます」もないだろうと思ってそう挨拶する。
目深く帽子を被っている俺と違い、目立つ金髪の頭も特徴的な瞳も隠すことなく京さんは立っていた。ファンに追いかけられたりしないのだろうか?それとも京さんのファンの間でプライベートな姿を見かけても気づかないふりをするというルールでもあるのだろうか?
・・・いいな、それ。そう宣言してみようかな。
馬鹿な事を考えていると京さんは俺に近づいてきて、目一杯腕を伸ばして傘をさしかけてきた。たぶん京さんも突然の雨に慌てて買ったであろう小さなビニール傘。
俺と京さんの身長差は20センチを越えるのでかなり不自然な体勢だった。
本来、傘は俺が持つべきなのだろうが、そもそも京さんがどういう意図で傘をさしかけてきたのかが分からないので動けない。
「京さん、相変わらずミニマムですね」
戯けてしまった。命かけてるなぁ、俺。視線を上げるだけでは足りなかったのか顔ごと上を向いて京さんが睨む。
「あ?」
「言い間違えました、ミニモニですね」
「改善されてへんやん!むしろ悪くなっとるわ、歌うぞコラ!」
京さんがミニモニの歌を唄うところを想像してみた。
うわぁ・・・18禁映像というか聞く方が罰ゲームだ・・・
「失礼しました、言い直します。相変わらず小さくてかわゆいですねっ!」
「かわゆいは許さん!」
軽く鳩尾に拳がいれられた。ライダーキックを喰らった怪人のようなリアクションをとってやろうかと思ったけれど、むしろ反復とはいえ京さんが「かわゆい」って言ったのが変なツボに入ったのでそちらに気を取られてしまった。
断じて萌えたわけではない《変なツボ》に入っただけだ。
その辺りを勘違いされるととんでもないことになるので巨大フォント付点付きでしっかりと宣言したい。
「逹瑯、おまえなぁ冗談言う時は表情も合わせろや、なにしけた面しとんねん」
鋭いな。まぁミヤ君辺りからは「オマエは全部顔に出る」と言い切られてるので俺の感情を見抜くのはそこまで難しいことじゃないのかもしれないが。
「今、ちょっと生理中で・・・」
「・・・ふぅん」
下ネタ系のギャグに突っ込んでもらえないと羞恥プレイのようだった、いや自分が悪いんだけれど。
「逹瑯はどこに住んどるん?」
本格的に流された。もしかしたら下ネタは嫌いなのかもしれない、今度ガラに確認しておこう。
「××のほうです」
「俺と反対方向やな、まぁタクシー踊り場まで傘貸したるわ、俺もタクシー拾って帰るし」
・・・タクシー踊り場ってなんか楽しそうだ、どうやって踊るんだろう。
「京さんも電車通勤ですか?」
あれ?突っ込んだほうがよかったか?「タクシー踊り場」に。
「いや、マネジャーに送ってもらったんやけど、帰りはちょっと歩きたかったからな」
「さいで、でなんでタクシー乗り場じゃなくて踊り場って言ったんですか?」
普通に睨まれた。時間差で突っ込んだからか、本当に言い間違いだったのか、ツッコミ方がダメだったのか。
「さっさと傘持て」
怒られた。俺が傘を持つと京さんは怠そうに上げていた腕を振った。
「で、しけた面の理由はなんだったんや?」
「あ〜〜〜〜。猫がね、轢かれたんです、目の前で」
「死んだんか?」
「死にましたね」
終わってしまった話だ。時間を戻す魔法など心得ていない俺にはどうしようもない話。そんな、けして愉快ではない話を聞かされるほうもたまったもんじゃないだろうけれど、どこかで吐き出したい気持ちがあった俺はつい喋ってしまった。
「ん〜〜そうか・・・ん」
『災難だったな』でも『嫌なもの見たな』でも『可哀想だな』でもなく、言葉を選んで、探してくれているというところに不覚にも優しさを感じてしまう。ガラがこの人に懐いている理由を垣間見た気がして俺は本質の部分を話す事にした。
猫の物語は終わってしまった。
しかし俺の物語は続いている。
「それは、どうしようもないことなんですけど、思っちゃった自分にちょっと苛々して・・・《歌詞になりそうだな》って」
漆黒の瞳が俺を捉えた。
「それは《業》やから、表現者の《業》や」
淡々とした風に京さんは言う。
「結局、経験やろ、自分の内側から沸いてくるもんにしたってその根底にあるものは《経験》や、突き詰めていけば《暗い部分》を歌詞に落とすんなら、どっかそっかで他人様の不幸を勝手に拝借しとるわけやろ・・・もっと悪い言い方をすれば飯の種にしとる。それが嫌なら、そんなことに耐えられないなら、甘くて薄っぺらいラヴソングやら夢やらを書いたらええねん、世の中にはそれで感動できる人間もいっぱいおる、いや、そういう人間のほうが多いのかもしれへん」
「ただ《歌う》だけなら同じ事や」と結んで京さんは俺から視線を外した。
沈黙が降りる。
「でも、逹瑯はそんなこと分かっとるよな・・・」
「そうですね・・・ただちょっとだけそんな自分が嫌だっただけです」
「・・・嫌にならなかったらほんもんのアホや、嫌になったオマエが正しい」
「《業》は背負うものですからね」
分かったような口をきいてしまったかもしれない。京さんの描くものと俺の描くものは違うのだ。《暗い》と言ったらそれで括られてしまうのだけれども。
京さんは少しだけ笑ったみたいだった。
「俺は、オマエの詞が結構好きやで」
「今まで二番目に嬉しいです、歌詞誉められて」
「一番は誰からや?」
「秘密です」
レクイエムとは言うまい、それでも俺は歌詞を書こう、そして歌おう。
上げるは凱歌。
表現者としての凱歌。
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