虫ノウタ唄イ
君は×××× 俺は×××
虫ノウタ唄イ
鏡だな、と思った。
自分とは反対に面長の輪郭、自分とは反対に細い目、自分とは反対にシャープな鼻筋、自分とは反対に尖った唇、自分とは反対に小さい身体。
鏡を見てるみたいだと、逹瑯はそう思った。だからしつこく彼の前の席を陣取ってまじまじとその姿を観察した。
初めて鏡を見た幼子のような気分で。
へらへら笑っている自分とは正反対な、むっつりとした仏頂面を眺めていると、当然といえば当然に怪訝そうな視線が返ってくる。
「ねぇ、鏡の仕組みって分かる?」
そう聞いてみた。彼はしばらく考えてから言う。
「分かんねぇ」
逹瑯の質問の意図を理解したのか、それともわけの分からないことを言う奴だと思われたのかは今でも分からないが、その時たしかに彼は笑った。
声まで正反対でやっぱり鏡だなと逹瑯も笑った。
逹瑯がミヤと初めて会った時の話だ。
逹瑯とミヤでなかったころの話だ。
「ミヤ君、ミヤ君、ミヤ君、ミヤ君、ミヤ君、ミヤ君、ミヤ君、ミヤ君」
「うるせぇ連呼すんな、聞こえてる、あと恥ずい」
「しっくりこねぇなぁ・・・」
「普段は普通に呼べばいいだろ?」
「そうだね、ぐっちゃ」
ぐっちゃが雅になってミヤになった、達郎がタトゥーになって逹瑯になった。
名前が変わっても鏡写しなのは変わらない、名前は只の記号でしかないのだから当たり前に、変わる事はなかった。
それでも関係性は変わっていく、感情は変わっていく。
たまらなく大切な仲間であったり、鬱陶しい存在であったり、時に憎しみの対象であったり、最悪の時にはなんの感情も伴わない相手だと思ったり。
それでも只、一貫して鏡写しだとそう思い続けていた。
逹瑯が傲岸不遜に見えてその実、繊細で小心者で神経質であるのに、ミヤは謙虚で真面目に見えて、大雑把で子供っぽい好奇心の塊のようなところ、そんなことを知るにつれてますます鏡だなという思いは強くなっていた。
鏡の仕組みはまだ分からない。
「ねぇぐっちゃ、ぐっちゃは存在してるの?」
「昨日の酒が抜けてねぇのか、暑さで頭沸いたのか、疲れて脳細胞がお休み中なのか、哲学的な問答がしたいのか、この4つの内から選べ、ただし最後の選択肢以外の理由だったらこの話は終了だ」
「どれか分からないけど聞きたいんだよ」
「一番ダメな回答のはずなのに何故か良い答えな気がするな。俺は存在してるべ、此処にちゃんとな」
「光の反射じゃないから」とミヤは笑う。
自分と同じ事を思っていたんだと逹瑯も笑う。
「ねぇ、鏡の仕組みって分かる?」
「分かんねぇ」
鏡の仕組みが分からない。
「おまえにしてはずいぶん愁傷な悩みだな、でも、友達にしたってメンバーにしたって全員と同じように接することなんてできないだろ、俺だって相手によって変えるし、例えば逹瑯、おまえとこうして二人で話す時と、そうだな・・・大佑と二人で話す時じゃやっぱり少し違うぞ、微細な違いだけど」
もう一度「おまにしては愁傷な悩みだな」と繰り返してガラはどこか呆れたように言った。
あの季節、悪夢ともいうべきあの季節、鏡面写しは崩壊した。
いや、鏡に映る資格を失ってしまったのかもしれない。
いくつかの贖罪と、贖罪の誓いと、許しを経て再び鏡面写しとなっても違和感は拭えなかった。
歪んだのは鏡ではなく自分だったのだろうと思う。
その歪みを鏡が反射しなかったからこその違和感なのだと。
「ねぇぐっちゃ、この前たつぅが俺とミヤ君は鏡だみたいなこと言ってたけどさ、どういう意味?何もかぶってないじゃない」
扉の向こうでユッケの声がする、立ち聞きではない、入るタイミングを逃しただけだ。
「だから鏡なんだろ?」
「ほへ?」
「鏡は全部反対に映るだろうが」
ミヤの説明のあとしばらく間を空けてユッケの納得したような感嘆の声が聞こえた。
「でもさ、でもさ、やっぱり鏡っていうのは変だよ・・・人間同士なのに」
それに対してはミヤの面倒くさそうなうめき声が聞こえた。懸命に言葉を探しているようだった。
「ん・・・例えばな、鳥と魚とか・・・そう例えても良かったのかもしれねぇけど、なんつーか鏡が一番しっくりきたんだろ、逹瑯は。俺もだけど・・・ん、でも鳥と魚じゃ一歩間違えば捕食関係になっちまうから、やっぱり鏡で良いんだよ・・・たぶん」
「でも鏡じゃ触れないよ?」
「触れるさ、こっちが手を伸ばせば向こうも手を伸ばすだろ、反対の手をな」
その日から違和感は消えた。
いきなりなにもかも元通りにはならなくても《関係》はモノではなく生き物だから、治癒能力を持っているから、流動を重ねながらゆっくりと戻っていく。
歪んでなんかいなかった、ただ少し間違えただけだったのだ。
歌詞を一緒に書くという作業にもずいぶん慣れてきた。自分の世界観に他人が介入するということに最初は抵抗があったし、今でもぶつかることはある。
それでも見ているのが鏡なら、引き出しが開けやすくなるという点で発見が多く、面白い。
「此処から一気に広がりが欲しいんだよな、場面転換というか、景色が変わるというか」
向かいの席でシャープペンシルをくるくる回しながらミヤは唇を尖らせる。
「そこは賛成だけどね・・・雨を止ませようか、場面転換」
眉間にシワを寄せた逹瑯も同じようにシャープペンシルをくるくる回す。
「あぁ、ここで晴れるのは良いな・・・前フリはあるわけだし。でも頭に持ってくる言葉、メインの言葉は晴れた空じゃなくて・・・もっとこう・・・」
ミヤが顔を上げてもどかしそうに手をふりながら言うので逹瑯も顔を上げる。
「そうだね・・・なんつーかもっと規模のデカイ話なんだよね・・・」
視線を合わせて数秒、二人の口が同時に開く。
「「新しい世界・・・的な!?」」
全く同じ事を声を揃えて言ったことが可笑しくてしかたなくて頬が緩む。
「ねぇ、ミヤ君。鏡の仕組みって分かる?」
「分かんねぇ」
紙に《新しい世界》と書き込みながらミヤは答える。
「いつか分かるかねぇ、鏡の仕組み・・・」
そう言う逹瑯にミヤは事も無げに言う。
「さぁな、分かるまでオマエは此処で唄ってろよ」
「一生分かんねぇと思うけどね、なんせ鏡だもん」
「そうかもな、でもだから面白いんだろ?」
逆様の鏡面写しは同じ笑顔で笑った。
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