ドウタヌキ?


コトノハ


東京も秋めいてきた、木々が色づくのはまだ先だろうが、ショーウィンドウを飾る華やかな服は全て秋物に代わり、行き交う人々も秋色に染まっている。
朝晩の冷え込みもきつくなってきた頃、室内作業が多いとはいっても移動中や行き帰りには必要だろうと薫はクローゼットを開けた。
去年買った秋物のジャケット、けっこう気に入っているので今年もこれでいいだろう。
ジャケットを出した時、ポケットから紙片がこぼれてきた。
メモ帳を千切ったような小さな紙が折り畳んだ状態で床に落ちる。
全く身に覚えがないものだ、薫は不思議に思いながら紙を開く。
「・・・・・・・・・」
一旦、紙を畳んでテーブルに置いて天井を向き数回瞬き、軽く頬を叩いて自分が起きていることを確認してからもう一度、紙を開いてみた。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
当たり前のことだけれど先程と中身は変わっていない。見慣れた、癖のある字で書かれていた言葉。
《ごめんな ありがとう》
それだけだった、手紙といえば手紙だが・・・そしてこれは。
「京君の字、やな・・・」
覚えがない。
ということは去年の秋に、京がこの手紙を薫のジャケットにこっそり入れておいたのだろう。
「・・・去年、なんかあったっけ?」




コトノハ




スタジオに着くまで、色々と記憶を辿ってみたが思い当たることはなかった、謝られる覚えも礼を言われる覚えも全くない。
去年の秋といえば国内ツアー、そして11月に入れば海外ツアーだった。海外でこのジャケットを着た覚えがないので予想を立てるなら国内ツアー中から海外ツアーに出るまでにこの手紙は入れられたことになる。
さらに言うなれば、早期の段階で入れられたものならば、今更になって手紙の存在に気づくということはないだろうし、ツアー後、一度クリーニングに出した覚えがあるのでそれより後。
「北米ツアーのリハ中ってことになるな・・・なんか俺、探偵みたいやな」
と、此処までは去年のスケジュール帳(驚くほど真っ黒なそれ)を見て予想は立てられたが、細部まで思いだすことはできない。
むしろ色々ありすぎて記憶がぐしゃぐしゃだ、とにかく大変だった、メンバーの誰かしらが不調だったり、機材が不調だったり、周囲の状況だったり。
自ら望んで走っているけれどまさに馬車馬の如く、といったところか。脇目もふらずに走った、走った、よく分解しないなぁと感動するぐらい。
「ま、その辺りは頑丈にできとるんやな、俺らは・・・あかん、今まさに思考が脇目を向いている!」
珍しく上手いこと言った薫だが、生憎今はタクシーの中でそれも独り言だったのであまり意味がなかった。
「お客さん、何か良いことでもあったんですか?」
タクシーの運転手がそう声をかけてきた。
「え?なんでですか?」
「いえ、なんだか嬉しそうな顔でしたんで・・・」
嬉しそう?

《ごめんな ありがとう》

「ああ、嬉しいのかもしれませんね」
一応そう返しておいた。嬉しいというか微笑ましいというか、なんというか、直接言わずに、こっそりジャケットのポケットへこんなメモを入れておくなんて・・・そこまで思って薫ははたと気がついた。
自分はこの手紙に対して、京に対してなんのリアクションも取っていなかったことになる。
こっそり入れたとはいえ、謝りたくて、礼が言いたくて入れたものに。ノーリアクションだった自分を京はどう思っただろうか、と急に不安が押し寄せてきた。
スタジオの前でタクシーを降りて、入り口に向かいかけ、薫はふと思い立ってふり返る、走り去っていくタクシーを見る。
「・・・あれ?俺ってめっちゃ変な客やったかな・・・」
嬉しそうな顔でぶつぶつ独り言を呟いたと思ったら急に難しい顔をして考え込んでいる客って、微妙すぎる。
ただでさえ、堅気に見えないのに。
「ま、ええか」
そんな細かいことを気にしていてもしかたがない。




スタジオに入ると到着しているのは敏弥のみで椅子に座ったままベースを爪弾いて練習中だった。
「おはようさん」
「あ、薫君、おはよう」
笑って顔を上げる敏弥の前に座って薫は一応聞いてみる。
「なぁ、去年の秋頃ってなんかあった?」
「・・・なにかって?」
質問が広すぎたと思った薫はちょっと考えてから言い直した。
「えっと、たぶん北米ツアー行く前のリハの時とかその辺りだと思うんやけど・・・俺と京君が喧嘩したとか、そういうこと」
敏弥は少し首を傾げてから言う。
「う〜ん、10月終わりぐらいに京君と薫君の間でなにかトラブルがなかったかってこと?」
「そう、それ」
「・・・さすがにそんなことあったら強烈すぎて覚えてると思うけど、記憶にないなぁ」
「だよな・・・」
敏弥は急に目を輝かせてベースを置き、身を乗り出した。
「ねぇ、なにかあったの?」
「ああ・・・実はな、今日出したジャケットの中にこんなんが入ってたんや」
薫は京からの手紙を取り出して見せる。
「・・・っへえ!!」
にやにや笑う敏弥に薫は渋い顔。
「なんやねん、そのリアクション」
「いや、可愛いなぁと思って。メールじゃなくて手紙ってことがまたオツじゃない?」
そういえば、確かにメールで済む内容だ。
何故、手紙だったのだろう。
別に京も薫もメールというツールを使いこなせていないということはないのに。
「電子機器じゃなく直で伝えたいけど口でいうのは嫌、みたいな?らしいといえばらしくない?」
「・・・ああ、まあな」
「ホント、あれだよね、ツンデレだよね」
「ツンデレておまえ・・・」
「ま、本人に聞いてみれば?」
「言われなくてもそのつもりや」
まぁ京が忘れてしまっている可能性もあるのだが、気になるじゃないか、こんな手紙。


《ごめんな ありがとう》


「京君、ちょっとええ?」
休憩時間、京にそう声をかけると不思議そうな顔で頷かれた。
「なんや、改まって」
「いや、実はな・・・今朝コレを見つけたんや」
薫に手紙を見せられた京は一瞬きょとんとして、それからみるみる赤くなった。
「ごめん、これの意味が分からんのやけど、なんかあった?」
「・・・い」
「い?」
「今更こんなん見つけんなっ!どあほぅ!!」
手元にあったペットボトルで殴りかからんばかりの勢いで立ち上がった京に薫は後ずさる。
「ご、ごめん」
「つーか今更気づくとか遅すぎるやろ!!ポケットの中ぐらい確認しろっ!!」
「ごめんて!で、これなんやったん?」
「まだ言うか!?自分忘れとったんやからもうええやろ!」
「だって・・・めっちゃ気になる・・・」
京は伸びた髪をぐしゃぐしゃにかきまわしながら深いため息をついて腰を下ろした。
「・・・去年、リハん時やけど」
ああ、そこの予想は間違ってなかったのかと思ったが余計な口を挟むと続きが聞けなくなる可能性があるので薫は黙って頷いた。
「俺、喉の調子が悪くて、その日・・・休憩ん時、薫君が・・・」
少し俯いたままで京は黒目がちな瞳を上げて薫を見る。
「飴をくれたやん、でも俺、苛ついてて・・・かなり乱暴に"いらん!"って突き返してまって・・・」
確かに、そんな記憶はある。
別にそのことで気を悪くしても、怒ってもいなかったのだが。
「で、この手紙か・・・」

《ごめんな ありがとう》

「後でめっちゃ悪いことしてまったと思って・・・でも、もう薫君別のことやってて、あんま気にしてへんみたいやったし、メールで言うのもなんか悪いし・・・」
そこまで言うと京はまた髪をぐしゃぐしゃにしながら下を向いた。
「後から考えたらめっちゃ恥ずかしかったのに、薫君、なんのリアクションもなかったから・・・ああ!もうっ!!なんで今頃っ!!」
完全に、そのまま床につくんじゃないかといういきおいで頭を下げる京の前で、薫は頬が緩んでしまうのを押さえきれなかった。
「あんな、京君。返事遅れて悪かったけど。気にしてへんから、手紙ありがとな」
妙なうめき声を上げるだけで京からの返答はなかった。

たとえばそれは人の優しさだとか、
ちょっとしたすれ違いに痛める心だとか、
信じていても不安になる気持ちとか、
伝わらない本音だとか、

全部を包み込める言葉。

《ごめん》と《ありがとう》

汚れた世界を目の前に、
醜い人間を目の前に、
それでも世界も人間も諦められないからここにいる、
世界も人間も愛しているからこそ憎む心がある、
本当にどうでもいいなら、
きっと苦しくもないだろうから、

だから彼からの《ごめん》と《ありがとう》はこんなにも重い。


「薫君、それ捨てろや!絶対捨てろ!シュレッダーにかけて捨てろ!」
顔を上げた京が薫の持っている手紙を指さしてがなるのを苦笑しながら流して手紙をポケットにしまう。
「はいはい、捨てます、捨てます」
「嘘や!そういう物言いする時は絶対嘘やん!」
「なんや、信じろや、捨てるって」
もちろん捨てる気なんて微塵もないのだけれど、笑う薫に京ははっとした顔で言う。
「薫君、それ誰かに見せてないよな!?」
「・・・見せてへんよぉ」
「・・・誰に見せたんや?」
睨みつけてくる京に薫は目を泳がせる。
「誰に見せた?」
ワントーン声が下がった、放置しておいたらどこまで低音になるのか興味があったけれど、本格的に怒られる前に素直に言う。
「えっと、さっき敏弥に見せた」
「あ゛ぼぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!!」
ガテラルボイスで叫ぶ京(たぶん「阿呆!!」と言っている)の前からそそくさと退散しつつ薫は笑う。
「はいはい」
この手紙は大切にしまっておこうと思いながら。




《ごめんな ありがとう》




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