※病気ネタ。具体的な病名を出すなどして、かなり生々しい内容となっておりますので、苦手な方は飛ばしてください※

 最近、ナマエさんの元に通う頻度が高くなってきた気がする。
 ナマエさんと再開したばかりの頃は、毎日のようにナマエさんを独占したい気持ちだったけど、通うのは週一、二に抑えていた。でも、近頃は、空いている日の殆どをナマエさんと過ごしているような気がする。夜だけじゃないことが俺は嬉しい。勝手に押しかけているだけだけど。
 あの人は、孤独を選ぶような生き方をしているくせに寂しさを独りで抱えることができない人だ。
 ナマエさんに会う度にナマエさんの体に自分を刻みたいと思ってしまうけど、何よりも、夜に溶けてしまいそうな頼りない輪郭を持ったあなたを見ていると、あなたのそばにいてあげたいと言う思いが、昔と同じように湧き出てくる。その思いを受け止めてもらえるとは思っていないけど、最近ナマエさんの纏う空気が少し、優しくなった気がして、少しは俺を求めくれているのかなと勘違いしてしまうのだ。

 いつものように、ナマエさんにメッセージを送った。”いいよ”と返ってきていたので安心して、ナマエさんの部屋の鍵を回して扉を開いたら、不満げな顔をしたナマエさんに迎えられた。
「なんでそんな嫌そうな顔するんですか?」
「やっぱりダメって送ったじゃん」
「え? そうなんですか?」
 慌てて、スマホを確認すると、ナマエさんからの新着のメッセージ。
 やば。本当にダメって来てた。
 でも、なんでだ? 風邪引いてるわけでも無さそうだし。部屋に他の男の気配があるわけでもないし。仕事で忙しいのかな。
「すみません……帰りましょうか?」
「セ、セックスはできないけど、泊まるだけならいいよ」
 目を逸らしながら呟くナマエさんに、泊まるだけでもいいんだ、と思ってしまう。この人は、セックスがしたくて、俺を受け入れたんじゃなかったのだろうか。こないだだって、途中で行為を中断したら、珍しく大きな声を出して怒っていたじゃないか。
 その時のナマエさんを思い出して、そうだ。この人はそういう人だった、と思い直す。
 きっと、いつもの気まぐれなのだろう。
「じゃあ、泊まらせてください」
 俺がそう言うと、ナマエさんはそっぽを向いたまま、いいよ、とだけ答え、スタスタと部屋に向かっていってしまう。離れていく背中はいつだって、手を伸ばすのを躊躇うほど遠いのに、必死にしがみつこうとしてしまうのはきっと、あなたのそばにいてあげたいからではなく、俺があなたのそばにいたいからなのだということを本当は分かっている。

「晩御飯は?」
「食べてきました」
 興味なさげに、ふーん、と言ったナマエさんは、これから仕事をするのかと思えば、いつものように、本を読んでいるだけだった。それも仕事のうちなのかな。分厚い本を読んでいるが、それも見慣れた光景で、特に忙しそうにしている素振りはなかった。
 普段通り風呂に入る時間になれば、俺に風呂に入るか聞いてきて、シャワー浴びてきたんでいいです、と返せば、ふーん、とだけ返してきたナマエさんは、風呂に行き、のんびりしたのだろう。いつもと同じ時間に風呂から出てきた。
 なんで今日はダメな日だったんだろう。明日の朝早いとか?
「なんで、今日来ちゃダメだったんですか?」
 ナマエさんが横になるセミダブルのベッドにお邪魔して、尋ねると、セックスできないし、とだけ返ってきた。電気を消したばかりの暗い部屋に目が慣れていないせいで、こっちを向いている筈のナマエさんの顔は良く見えない。
 俺がベッドに横になると、ベッドの軋む音が少しだけ聞こえてきた。布団を被ってナマエさんの方を向く。
「なんで今日セックスできないんですか?」
 軽い気持ちで聞いてしまったのだ。まるで彼女の明日の予定でも聞くかのような感覚で。
 ナマエさんが息を飲むのが伝わってきた。聞いてはいけない事だったのだろうか、と思うと同時に答えは返ってきた。
「カ……カンジダにかかったの……」
「カンジダ?」
 聞き慣れない単語を反復すると、ナマエさんは言いにくそうにごにょごにょとした口調で説明する。
「その……痒くなっちゃう……びょーき……」
「病気……」
 それ、誰に移されたの? そう思った瞬間、胸にまた、グサリとナイフが刺さった。
 彼女の甘い気まぐれはいつだって毒入り。
 血がだらだらと流れる胸は、強く鼓動を打ち始める。
「そう、ですか……」
 何も考えられなくなった頭の中で、辛うじてその言葉だけ返した。
「なんか勘違いしてない?」
「かんちがい……」
 鋭すぎる指摘に体が強張る。
 確かに、勘違いしていた。あなたが少しは俺のこと求めてくれているのかなって、勘違いしていた。ごめんなさい。
 勝手に溢れていく涙が鼻を伝って落ちていく。暗くてよかったと思う。俺の泣いている姿なんて、あなたにはきっと鬱陶しいだけでしょうから。
 ゴシゴシ目を擦って上を向くと、天井に埋められた白いLEDの電球がぼんやりと浮かんで見えた。なんだか、一気に疲れてしまって目を閉じると、また目の端から涙が落ちていくのを感じた。もうこのまま寝てしまおう。そう思った瞬間だった。
「やっぱり勘違いしてる!」
 隣でそう声が上がったかと思えば、腹に心地の良い重み。何? と思い目を開ければ、両頬を鈍い痛みが引っ張っていた。
「へ? なに? なんでふか? いたいでふ……」
 馬乗りになったナマエさんに両頬を引っ張られてうまく喋れなかった。
「カンジダは性行為で感染したんじゃないからね!」
「へ……? そうなの?」
 頬はまだ離してもらえない。
「こないだ風邪ひいたでしょ! あの時だいぶ熱が出ちゃったから。そういう時、たまにカンジダが出ちゃうの! 私に限らず全ての女性がこうなる可能性があるんだからね!」
「へ、そうなんでふか?」
「やっぱり勘違いしてた!」
「いでっ! いでっ!」
 頬を引っ張る力が強まる。なんでナマエさんはそんなに必死に訂正してくるのだろうか。こないだまで平気な顔で他の男が残したキスマークを首につけていたくせに。変な人。
 分かったんで離してください、と喋りにくい口を動かしながらやっとの思いで言うと、ようやく離してもらえた。ナマエさんも満足したのか、俺から降りて、また布団にもぐっていく。なんだか必死な様子のナマエさんが愛おしくて、背中を向けるナマエさんに手を伸ばせば、お腹を抱きしめた腕にナマエさんの手が重なった。
 きっと、胸に空いた穴がまともに閉じていったのはこれが初めてだった。
「じゃあ、中以外は触っていいの?」
「だめ!」
「なんで?」
「お医者さんに聞いてないからよく分からないけど、中にお薬入れてもらってるから……その……流れちゃうかもしれないし……」
「ナマエさんちょっと触っただけで、ちょーぐしょぐしょになっちゃいますもんね」
 振り返ったナマエさんにまた頬を引っ張られる。すみません、と三回くらい謝ったところで離してもらえた。
 目が慣れてきたせいか。ナマエさんが泣きそうな顔をしながら頬を膨らませているのがよく見える。ナマエさん、こんな拗ねた子どものような表情をする人だったんだ。少し新鮮な気分だった。
「そんなにしたいなら今日は私が五色くんにしてあげる」
 それ。子どもの表情でいう言葉じゃないですよ。ナマエさん。その辺、相変わらずですよね。
 愛らしいナマエさんの言葉に甘えるのもいいですけど。
「それもだめでしょ。ナマエさん俺の舐めながらいつも超濡らしてるじゃないですか」
 また頬を引っ張られた。
 なんですか、これ。普通の恋人同士みたいなやり取りじゃないですか。
 そう思うと、どうしてか。再び涙が滲み出てしまった。