工くんと出かけるのは、食器を買いに行って以来で、これで二回目だ。新居探しや互いの実家に挨拶に行ったことを入れなければの話だけど。
引っ越しや何やらで忙しかったことや互いに休みが被らなかったことでなかなか二人で出かける機会がなかったのだ。今回も、必要に迫られて出かけるに過ぎない。
外に出ると、落ちてきそうなほど真っ青な空に襲われ、鋭い日光が差してきた。頭がジリジリと焦げていくのを感じる。地面からゆらゆらと立ち登る空気は視界を揺らし、仕事に行く朝と仕事から帰ってくる夜にしか見ない日常の風景を南国へと変えていた。こういう日は、ものぐさ太郎が顔を出す。でも、隣で瞳を輝かせている人に、やっぱり今日はやめようなどとは言えなかった。
「さぁ、行きましょう!」
工くんは、私の手を握って一歩を踏み出す。そうだね、と言って、手を握り返して、ようやく、ドキッと胸がなった。
工くんとは沢山キスをして体を重ねてきたにも関わらず、手を繋ぐのは初めてだったのだ。
まるで、恋人のようだ。それは、いつかもたどり着いた思考だった。あの時は泣きそうなくらい胸が締め付けられたことを今でも覚えている。
「どうしたんですか?」
私が歩き出せないでいると、工くんが心配そうに顔を覗き込んでくる。なんでもないよ、と返した。
まるで、恋人のようだと思ったけど、私たちは正真正銘、恋人なのだ。そして、もうすぐ家族になるのだ。ここには本物が存在する。今は、どうしてか、泣きそうなぐらい胸が温かった。やっと手に入れたそれを離してしまわないように、工くんの手をきつく握り返した。
「ありがとう」
それは勝手に口からこぼれた言葉だった。思いを伝えなくては、伝えなくては、と思って今まで先延ばしにしてきたのだけど、思いは溢れてしまえば、自然と言葉となって口からこぼれてしまうらしい。
工くんは、不思議そうに首を捻った。
「え? まだ何も買ってませんけど……急にどうしたんですか?」
「いつもそばにいてくれてありがとう」
「え? あ……え?」
「もう。ほら、行くよ」
今度は工くんの方が固まってしまったので、工くんの手を引っ張る。すると、あっけなく手は離されてしまった。その代わりに、覆いかぶさるように肩に腕を回されぎゅっと抱きしめられる。
「いきなりそれはずるいです……」
「抱きしめてくれるのは嬉しいけど、熱い……」
「ナマエさんのせいです!」
蝉の笑い声を聞きながら、丸まった背中をポンポンと撫でてあげた。
店の自動ドアが左右に割れた瞬間に、上品な香りを含んだ冷気に当てられる。惜しみなく外へと放出されるその風には、品格と風格を持ち合わせた者のみが持つことを許させる余裕というものを感じさせた。
涼しい店内では、ショーケースが並んでおり、それは目を細めてしまうほどの煌びやかな光を発している。ショーケースの中を覗けば、同じデザインで大きさの異なるリングが二つセットとなり並んでいた。
どうやら、一発目で今回のお出かけの目的に到達できたらしい。
「綺麗だね……」
「そうですね……」
幸せを輝かせるそれに魅入っていると、穏やかに尋ねられた。
「何かお探しですか?」
顔を上げれば、スーツを着た女性が微笑んでいた。工くんの私の手を握っていた手に力が入る。緊張しているのかな。そう思ったけど、工くんは静かに言った。
「結婚指輪を買いにきました」
言い終えると、私を見下ろして微笑む。随分と柔らかな笑顔だった。私の方が顔が熱くなり、思わず、目を逸らしてしまう。手が汗ばんでしまったが、工くんの手をきつく握り返した。工くんは、大丈夫ですよ、というように私の手をまたきつく握る。
店員の女性は、おめでとうございます、と一言添えたのちに、結婚指輪はこちらからこちらまでとなります、とショーケースの端から端までを指した。ザッと二、三十は種類があるだろうか。工くんと一緒に端から順番に見ていく。
最初のうちは、実際に指に付けてみたりとして、真剣に見ていたのだけど、模様が入っているものと入っていないもの、ダイヤがついているものとついていないもの、指輪の輪っか半分をダイヤで飾ったハーフエタニティ、輪っか全てをダイヤで飾ったエタニティ。ダイヤだけでは飽き足らず、ダイヤの周りを赤や青の宝石で装飾したもの。色々見ていると、再び、例の太郎が顔を出す。
「適当にそれっぽいの選んで帰ろっか……」
「また、そんなこと言って……ダメですよ。ちゃんと選んでください」
「どれもつけたら一緒だよ……」
「違いますよ! 愛を誓う指輪なんですから」
「そうなんだけど……」
愛を誓う指輪、なんてセリフをこうも堂々と言える工くんは凄いなぁ、と思う。平日だからか、店内にお客さんは私たちしかおらず、工くんの愛を誓う指輪という眩しすぎる言葉は店内に反響した。
「ナマエさんがそう言うと思って俺ちゃんとブランド調べてきたんですからね。どうせナマエさんのことだから何も調べてないんでしょ」
図星すぎて胸が痛い。ここに来たのも全て工くん任せだった。
「少なくともあと、もう二店舗くらいは人気のブランド回りますからね!」
「えー……」
ショーケースの中に並ぶこの光景をあと二度も見ることとなるのかと思うと小さなため息がこぼれる。そこで、あ、やってしまった、と思う。こんなところでため息なんてつくべきではなかった。反省していると工くんの方が、しまった、と言わんばかりに、あ、と声を上げた。
「もしかして体調悪いですか……?」
工くんの視線は私のお腹に向かっていた。ここ暫くで急に膨らんできたのだ。家にいる時は、スイカのようなこのお腹に工くんは愛おしいものに触れるような手つきで触れてくれる。時には子どものように頬をすり寄せ、今喋りましたよ! みたいな面白いことを言って喜んでくれていた。
今工くんが心配そうに視線を向けているこの膨らみに手を当てると、自然と笑顔がこぼれた。
「ううん、大丈夫だよ。ちゃんと選ぼったか」
工くんは切なげに笑った。
「俺も本当はなんでもいいんです。俺とナマエさんの指に同じ指輪をつけられるなら、なんでも……」
「なんでもよくないでしょ。愛を誓う指輪なんだから」
そうでしたね、と言った工くんは泣き顔のような顔でクシャッと笑った。
本当は先程まで私も指輪なんて形だけのものなのだから、なんでもいいと思っていた。だけど、工くんが言ったように、愛を誓う指輪なのだ。これから、幸せな時はもちろんのこと、辛い時も苦しい時も共に時を紡いでいこう、と。
きっと、形だけのものではないのだ。私たちの間にある思いや決意を形づけたものがそれなのだろう。
ずっと工くんの隣にいたかった。これから先もずっと、ずっと。
「ねぇ、指輪選んだら食器買いに行こうよ。お揃いの」
私たちは家族になるのだ。それを形付けたものがたくさん欲しかった。
「いいですよ。お揃いのものを買いましょう。俺とナマエさんとお腹の子どものと」
工くんの腕が私の腰に回る。そっと私を引き寄せるので、私は工くんの逞しい体にもたれかかり、再び、ショーケースへと視線を落とした。そして、これがいいかな、とか、こっちも似合うんじゃないですか、とかそんな会話をして、時折顔を合わせては笑いあい、ゆっくりとした時間を工くんと一緒に紡いでいった。この一ヶ月後には二人の名前が刻印されたお揃いの指輪が私たちの左薬指についているのだった。