次はいつ角名くんとお昼ご飯を食べられるだろうか。
自室の机に座り、角名くんに買ってもらったフォークを眺めていたら、お誘いを受けた。
“明日一緒に昼飯食える?”
初めてデートをした週の日曜日のことだった。
そういうわけで、翌日、9月24日月曜日。

お昼休みは角名くんと中庭に来ていた。
こちらもすっかり秋がベールを広げていったようで、青々と生い茂っていた樹木は赤や黄色に彩られ、花壇の端ではところどころに枯れ葉が内緒話をするように集まっている。
「寒くない?」
「大丈夫だよ」
ベンチに乗っていた枯れ葉を手で払い退け、座る。
冷たいかな、と覚悟したけど、晴れていることが幸いし、お尻はじんわりと暖かかった。
当然のように肘と肘が触れ合っているけど、もう飛び跳ねたりしない。
「これからもっと寒くなるだろうし、次食べる時は場所考えないといけないね」
角名くんが焼きそばパンの袋を破りながら言った。
そろり、と視線を膝に落とし、お弁当の包みを広げながら、そうだね、と答える。
包みを広げると、お弁当の上に乗った、今日下ろしたてのフォークが現れる。思わず笑みが零れ、これ角名くんに買ってもらったフォークだよ、と見せようとした。その時だった。
「うわっ! 角名が女と飯食っとる!」
そう叫ぶ声が聞こえてきて、フォークを持った手は止まってしまう。
声の先を辿ると、中庭に面した渡り廊下で、治くんそっくりの顔がびっくりした様子でこちらを見ていた。眩しい金髪を生やしている彼は治くんの双子の侑くんだろう。話したことはなかったけど、何かと声の大きい侑くんは稲荷崎でその名を知らぬ者はいないというほどの有名人だし、教室に治くんや角名くんに教科書を借りにきている姿をよく見かけていたから、勝手に知り合いの感覚でいる。でも女呼ばわりをされているところを見ると、向こうは私のことを知らないのだろう。
侑くんの隣には治くんもおり、その隣にはもう1人、バレー部と思われる男子学生がいた。
「女、というかミョウジさんやん」
治くんはキョトンとしている。
「知り合いなん?」と侑くんが聞けば、「同じクラスや」と治くんが答えた。
「へー同級生かぁ」
侑くんはニタァとやらしい笑みを浮かべる。
私の隣で角名くんが明らかにめんどくさそうにため息を吐いた。
「どうりで最近俺らとの昼飯を断ってたわけやな」
一人で何か納得した様子の侑くんは、肘で隣にいる片割れを小突く。
「ちょっと遊んでいこか」
「まぁ、ええけど」
治くんはあまり乗り気ではなさそうだったけど、先に歩きだした侑くんと一緒に中庭へ踏み出す。その背中に向かって、渡り廊下に残された男子学生が手を伸ばした。
「そっとしといたりや」
「ええやん、別に。銀は固いなぁ」
彼は銀くんというらしい。銀くんの制止を無視し、双子たちはこちらへやってくる。銀くんは難しい顔をして侑くんたちを見ていたが、結局申し訳なさそうに彼らの後ろからついてきた。
「で、自分は何? 角名の彼女?」
私の前に立った侑くんは、スラックスのポケットに両手を突っ込み、背中を丸めてまで物珍しそうに私の顔を覗き込んでくる。檻に入れられた珍獣になった気分だった。
「あの、えと……」
「彼女だけど」
角名くんがため息混じりに答えれば、「うわ、まじか!」と声を上げた侑くんが大袈裟に背中を逸らした。侑くんの隣に立っていた治くんも感心したように「そうやったんや。全然気づかんかったわ」と続ける。
「ほら、もうええやろ。行くで」
「まだ来たばっかりやん」
銀くんから向き直ると、侑くんはまた背中を丸めジロジロ見てくる。
「へー、角名の彼女かぁ。結構可愛いやん」
品定めをするように、右から左、左から右と顔を行き来しながら、目と鼻の先でこちらを見てくる。私はなんだか落ち着かず、侑くんの視線から逃げるように視線を彷徨わせてしまう。
「やめてくれる? 怖がってんじゃん」
「別にええやん。なー?」
侑くんが私に同意を求めてくる。
「えと……」
「だから近いって」
角名くんが虫を払うように侑くんの顔の前で手を振る。
それでようやく離れていった侑くんは、考え込むように顎に手を当てた。
「角名も抜け目ないなぁ。もう春高予選は始まっとるちゅうことやな」
春高予選?
たしか、去年は10月の末頃に決勝を見に行った気がするけど、今年はもう9月に大会が始まっているのだろうか。
角名くんの方を向けば、角名くんは「は? 何言ってんの?」と言って、訳がわからなそうに侑くんを見上げていた。どうやら、春高予選が始まっているというわけでもなさそうだった。
「ほら、もう、行くで。食堂混んでまうやろ」
銀くんが呆れたように双子の後ろから声を掛ければ、侑くんと治くんは、食堂という単語に、あぁ、と思い出したような顔をする。
食堂は大人気なのだ。いい匂いを嗅ぎながら長い列を並ぶのはなかなかの苦行なのだろう。
治くんは「せや、はよいかな」と身を翻す。それに合わせ「せやな」といった侑くんも背中を向けた。そして、上半身だけ振り返りながら、「ほなまたなぁ」とヒラヒラ手を振る。角名くんにだけでなく、私にも手を振ってくれているようだった。迷ったけど、私も小さく手を振り返す。すると侑くんは満足したように笑い、前へ向き直った。三人は来た時と同じように、治くん、侑くんを先頭にし、銀くんが後に続いて渡り廊下へ戻っていく。
その彼らの背中から話す声が聞こえてくる。
「俺も春高予選応援しに来てくれる彼女作ろ」
そう言ったのは頭の後ろで手を組んだ侑くんだった。
「俺も作ろ」
治くんも続ける。
「作ろ、言うてできるもんとちゃうけどな」
銀くんが冷静に突っ込んだ。
どうやら春高予選が始まっているというのはそういうことらしかった。彼らの春高予選は応援しに来てくれる彼女を作るところから始まるようだ。
頭の後ろで手を組んでいた侑くんはもう彼女ができたように、ほわほわと幸せそうな空気を醸しながら言った。
「彼女に手作りのお守りとかもらいたいよなぁ。いらんけど」
いらんのかい、と銀くんが再び突っ込む。
「俺は彼女に弁当作ってもらいたいわ。朝に治くん頑張ってなぁって渡しに来てくれるねん」
その声もふわふわ浮いているようだったが、侑くんの、うわ、という驚きや不快感を滲ませた声が割り込む。
「俺それ無理や。知らん女が作る飯なんか何が入っとるかわからんやん。怖くてよう食えんわ」
「知らん女って。彼女っていう設定とちゃうかったん?」
銀くんに言われ、「あ、せやった」と侑くんはハッとする。
「ツム、前に女の子に貰ったクッキー捨てようとしてたもんな」
「あぁ、調理実習で作ったってやつな。サムが代わりに食うたやつ。お前ようあんなん食えたな」
「美味かったで」
「侑が人でなしなんは知っとったけど、治もそれ食ったらあかんやつやろ」
女の子たちの夢が壊れそうな会話がだんだんと遠ざかっていく。
角名くんは彼らの背中が小さくなっていくのを見送ることなく、「あいつら馬鹿だよね」と言って、焼きそばパンを齧った。
「でも、賑やかで楽しそうなメンバーだね」
「まぁ、見てて飽きないよね」
もぐもぐしながらそう言うと、飲み込み、何か気になることがあるのか、持っていた焼きそばパンを下ろしてまで改めて私を見下ろす。
中央で私を捉える瞳はいつだって優しい。でもどこか、野生の獣のような鋭敏さを秘めている。そんな瞳にじっと見下ろされ、体が狐に見つかってしまったウサギのように張り詰めていく。
「応援」
角名くんの薄い唇が言った。
「来てくれるでしょ。春高予選」
「あ……うん……」
咄嗟に下を向き、どうしてかわからないけど、嘘をついた。本当は、デートをした時から言わなくちゃ、言わなくちゃと思っていたけど、たった今決定的な嘘をついたことで、もう言えなくなってしまった気がする。
冷たい風が吹き、足元を赤い葉がコロコロ転がっていく。それは花壇の端の仲間たちと合流すると、大切なものを隠すようにひっそり留まった。いつまでもその枯葉たちを眺めていると、「どうしたの?」と角名くんが尋ねてくる。でも、そうやって聞きながら実はその細めた瞳で私の心の奥まで見透かしているんじゃないかと思う。角名くんがどうしたの? と尋ねた声は心配する言葉の筈なのに、とても平坦だった。
「なんでもないよ」
顔を上げた私はうまく笑えていただろうか。
結局角名くんにフォークを見せる機会を逃してしまい、それで差したウイナーを噛み締める。あまり味がしなかった。
それに、せっかく角名くんと一緒にいるのに、会話がいつもみたいに弾まなかった。私はどうしても他のことに考えがいってしまい口数が少なくなるし、角名くんもいつもみたいに話しかけてくれない。2人でいるのに1人と1人でいるみたいで、沈黙の中、ご飯を食べるお昼休みは普段より長く感じた。だけど、終わってしまえば、あっという間だったようにも感じた。
“ミョウジさん、俺に何か隠してることある?”
普段は、部活終わった、から始まるメッセージのやり取りだったけど、その夜、いきなり核心をつくメッセージがやってきた。
きっと、これが最後のチャンスだ。
言わなきゃ。ちゃんと言わなくちゃ。
急かすように心臓の音が大きくなっていく。
でも、言えない。9月も終わろうとしているのに、今さら言えない。
今、言ったら、なんで今まで黙ってたの? ってなるし、そもそもなんで告白してきたのってなるし、今日嘘をついてしまったことも手伝って、今までのことも全部嘘だったの? って思われ、最悪嫌われちゃうかも。
一次凌ぎでしかないことは分かっていたけど、今嫌われるよりましだ。
“ないよ”とだけ送る。
既読がついたけど、暫く待っても返信は返ってこなかった。
諦め、机にスマホを伏せる。これから課題をしなければならないのだ。ノートを開き、英語の参考書も開き、シャーペンを握った。しかし、チラっと伏せたスマホを見る。スマホは知らん顔でだんまりだ。やっぱり諦め、英語の参考書に目を落とす。瞬間スマホが振動する。すぐにシャーペンを投げ出し、スマホを覗いた。
“部活終わった。これから飯”
いつもの文章に胸がぎゅっと締め付けられた。
“私はこれから英語の課題を始めるところだよ”
こうして、ずっと角名くんとメッセージのやり取りができたらいいのに。
角名くんの“順番”が来るまで、いつもより少しぎこちなく、でも私たちのリズムで吹き出しが流れていった。