結婚という名の縛り




翌日、私は新しく新調した御守りをポケットに入れて出社した。更衣室で受け付けの制服に着替えていると、先輩が更衣室に入ってきたのが見えて、急いで目的の物を手に先輩の元へ駆け寄る。

「先輩、おはようございます!」
「あ、橘さんおはよう!体調どう?」
「はい、大丈夫です、お騒がせしました!」
「全然!何ともなくて良かったー、心配したんだから。あ、そうだ!あの時いたでしょ、金融課の人。分かる?」
「…顔は覚えてないんですけど、何となく?」
「橘さんのことを心配して訪ねてきたから、名前教えちゃったんだけど、大丈夫だった?」
「あ、はい、大丈夫です!私もその方にお礼したくて…。あ、これ、ご迷惑をお掛けしましたお詫びです。」
「いいのに!」

渡した紙袋の中には、私の地元の名物和菓子が入っている。先輩は和菓子好きだと入社初日に聞いていたので、迷わずこれを購入した。

「え、これ有名なやつじゃない?食べたかったの!ありがとう!」
「いえいえこちらこそ、本当にありがとうございました!今日からまた頑張ります!」

その後、準備を終えた先輩と受付のあるロビーへ。出社してきた社員たちに挨拶をしながら、あの人を探した。どんな人だったかはうろ覚えだったから、返された挨拶の声が頼りだ。あの低くて落ち着いた声…、一度聞いたら忘れられない声…。暫くした頃、一人の金髪の社員が受付に向かって歩いてきた。先輩が「あ、」ともらし、私は悟った。

「あの人よ、金融課の、橘さんを心配してきた人。」

こっそりと耳打ちしてくれた先輩に礼を言い、金髪の彼に視線を向ける。かつん、革靴の音が受付の前で止まった。

「突然ですが、私と結婚してください。」

開いた口から何かを発する前に聞こえた言葉に、私はただぽかんとする。え?今、なんて?結婚…?

「それでは。」
「え、あ…。」

何事もなかったかのように背を向けたその人に、ハッとして慌てて追いかけた。待って、お礼すら言えてないのに、突然結婚ってどういうことですか!?頭の中で聞きたいことは山程浮かんだというのに、私の口はそれを全部吐き出す余裕がない。

「待ってください!」

ようやく発せられた静止の言葉に、彼は足を止めて振り返った。えっと、まずは何から?名前?挨拶?お礼?ぐるぐると思考が落ち着かない。

「あの、私…橘小春と申します。」
「存じております。」
「そ、そうですよね。あの…お名前を伺ってもよろしいですか?」
「…七海建人です。」
「七海さん、あの…先程の…け、結婚って…?」

周りを社員たちが通りながら、ちらちらと向けられる好奇の目。彼の顔を見上げる。綺麗に分けられた七三、煌めく金色の髪、切れ長の瞳。

「言葉通りです。橘小春さん、私と結婚してください。返事はなるべく早めにお願いします。」

高い身長と、スーツの上からでも分かる鍛えられた体、低く落ち着いた声。…正直、タイプ…!途端に逆上せるように体が熱くなり、私はにやける顔を隠そうと手で顔を覆った。

「…恥ずか死ぬ…。」

彼は既にエレベーターに乗ってしまった。乗り場の前で立ち尽くしながら、火照った顔にぱたぱたと手で扇いで冷ます。先輩がニヤニヤしながら駆け寄って来て、私の肩を叩いた。

「で、どうするの?」
「…どうしましょう…。」



 


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