蜿蜿




五条さんに電話をした後日。メールで届いたデータを見た私は、後悔した。


【報告書】

橘小春(22)
XXXX年4月4日 午前4時44分44秒出生。
父:橘**
母:橘++
母親は産後容態が悪化し死亡。母親に立ち合っていた父親も小春が産まれると同時刻に、謎の心臓発作により死亡。橘小春は母方の祖父母に育てられる。尚、父方の家系(橘家)の人間は、同じ理由で全て死亡している。

橘家
平安初期から続く貴族家系の末裔。得手勝手な振る舞いで町を飢饉にまで陥れた事で有名である。殺戮を娯楽の一環として楽しむ姿が、書記や絵として残されている。尚、御上の命により呪詛師に呪われるも、当時力のあった呪術師を雇い、家系は橘の姓を残しながら途絶えず続いている。橘家に嫁ぐ、もしくは婿入りすることによって、その者も非呪すると予想される。


「つまり…、祓うのは容易ではないと。」

溜め息を一つ。さて、どうしたものか…。頭を悩ませながら会社に向かい、受付の前を通りかかった。視線だけで受付スペースを確認してみたが、今日まで休みだという彼女が出勤しているはずもない。エレベーターのボタンを押した時、ポケットの中で震えたスマホ。取り出して見た液晶画面には、あの男の名前が…。

「はい。」
『おっはよ〜七海!』
「おはようございます。」
『メール見た?』
「…ええ、今しがた拝見しました。まずは調べていただきありがとうございます。」
『可愛い後輩の頼みだからね。』
「はあ。」
『で、どうする?祓うにしても、条件が厳しいと思うんだよね。』
「と、言いますと。」
『橘の家ってさ、結構続いてるでしょ?まずそこから止めないと、呪いはその家にずっと付きまとう。そこでクエスチョン!どうすれば祓えると思う?』
「…結婚でもして、橘の姓を捨てさせるとでも。」
『さっすが七海、分かってる!』
「…。」
『…その子の事、助けたいんでしょ?』
「…。」
『じゃあするでしょ、結婚。あ、式には呼んでねー!じゃ!』

一方的に切られた電話。エレベーターは既に他の社員たちを乗せて動き回っている。スマホをスーツのポケットに仕舞い、溜め息。結婚?私が?



...




今日まで会社が休みの私は、いつも御守りを買っている地元の大きな神社に来ていた。参拝して、事前に連絡していた神主さんに挨拶。そしていつも通り祈祷と、御守りの交換。神主さんはご高齢で、よぼよぼのおじいちゃんだ。子供の頃から祖父母に連れられてお世話になっているので、付き合いも長い。

「おお、元気じゃったかね。」
「はい、今のところ。…でも、最近発作の頻度が増えていて、ついこの間も会社で倒れちゃって…。」
「…そうかいそうかい。…私もね、もうこんな歳だからね…力が落ちてきたかもね。」
「…無理しないでくださいね?」
「うんうん、橘さんとこはね、うちが昔からみてるからね、私もね、もっと長生きしないとね。」

震える手でお茶を啜る神主さんに、私は少し不安を覚える。万が一、考えたくもない万が一、この神主さんが亡くなってしまったら、私はどうすればいいのか。

「…長生き、してください。」

私の呟きは、神主さんには聞こえていない。



 


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