五条悟という男




「お待たせ致しました。」

ウエイターがワインと料理を並べる。会話はそこで途切れたものの、私の頭の中には先程の七海さんの言葉が何度も駆け巡る。

「死ぬって、どういうことですか…?」
「言葉通りの意味です。」

ウエイターが去ったのを機に聞けば、返って来たのは冷たい言葉。食事なんて楽しめる気分にならない。握り締めた手が震える。

「勝手なこと「あ、いたいた。」

私の言葉を遮って、男の人が手を振りながら無遠慮に近付く。白髪頭に目元には包帯を巻いて、暗い色の服を着た背の高い男の人。七海さんの知り合いなのか、彼が小さく「五条さん…、」と言った。ぞわぞわと鳥肌が立ち、途端に体が重くなった。

「や、初めまして。橘小春さんだね?…ほんと、ヤバイの憑いてんねえ。」
「…どちら様ですか?」
「…紹介します。彼は、私の母校の先輩、五条悟です。五条さん、なぜここに。」
「いや、可愛い後輩の事が気になってね。近くまで来てたからついでに寄った。」
「はあ。ですが見ての通り、食事中です。話なら後程…、」
「と、言いたいところだけど、彼女ヤバいんじゃない?」

二人の会話が遠く聞こえる。呼吸がうまくできなくて思わず胸元を押さえる。何、突然、いつもとは違う感覚に、私は震えが止まらない。

「落ち着いて、僕の目見れる?」

私の肩に手を置いて、五条という男は包帯をずらして片目を見せた。私を見つめる綺麗な蒼に、目を奪われる。

「…七海、今からでもこの子連れてったがいいね。多分だけど…この子を護ってた人、死んだんじゃないかな。」
「は…、」

五条さんの言葉にハッとする。護ってた人?それってもしかして…、そう思っていると私のスマホが着信を告げた。震える手で画面を見れば、祖母の名前が。二人を見ると、出ろと頷く。

「っ、お祖母ちゃん…?」
『ああよかった、小春大変よ…!お世話になってる神主さん、今電話がきて亡くなったって!あなた、体は平気?』

祖母の言葉に私は体から力が抜けるのを感じた。スマホがごとりとテーブルに落ちる。私の名前を呼ぶ祖母の声。

「うん、こりゃ大変だ。てなわけで七海、楽しい食事は後にして今すぐこの子の地元に行っといで。」
「今からですか。」
「そ、あ、ちょっとスマホ借りるよ。…もしもし、小春さんのおばあちゃん?」
『あ、あなたは?小春は無事ですか?』
「私小春さんの婚約者の先輩でして、今一緒にいるんですけどね、落ち着いて聞いてもらえます?」
『婚約者…、そんな話始めて聞いたわ…?』
「そ、その件で今からそっちに伺いまーす。あ、僕は行かないよ。じゃ、切るねおばあちゃん。」

五条さんは電話を切ってスマホをテーブルに置いた。

「…五条さん、あなたなら祓えるのでは?」
「祓えるよ?でもさ、言ったでしょ、条件が厳しいって。無理に祓っても死ぬ、祓わなくても死ぬ。アンタはどうしたい?」

ポケットから御守りを取って握り締める。神主さん、昨日会ったときはまだ元気そうだったのに、こんなに突然死んでしまうなんて。ぽたぽたと涙が零れてテーブルクロスの色を濃くした。どうしたい?わからない。けど、頭に浮かんだのはただ一つ。

「…死にたく…ないです…っ。」
「じゃ、七海と実家に帰って明日にでも結婚してね。今の君が生き残るにはそれしか方法ないから。あ、これが一番大事な事なんだけど…、」



 


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